• 検索結果がありません。

【学位論文審査の要旨】

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "【学位論文審査の要旨】"

Copied!
9
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

【学位論文審査の要旨】

Ⅰ.本論文の目的

本論文の目的は、日本本土・沖縄および台湾の空手会派を事例として、中根千枝の「小 集団」論(いわゆる「タテ社会」論)および米山俊直の「仲間集団」論(いわゆる「ヨコ 社会」論)を再検討し、社会人類学的な小集団論の新たな可能性を提示することにある。

具体的には、日本本土・沖縄・台湾の空手会派の支部や道場といった、師をトップとし弟子 を成員とする集団を、直接的接触とエモーショナルな参加による「小集団」(中根の用語で

「一次集団」に近い)として捉え、そこにおける師弟関係や弟子同士の関係、個人の主体 生成や個人と小集団との関係、小集団と小集団の関係、それらを束ねる空手会派団体とい った「大集団」との関係や構造などについて、主に会派内の「争議(もめ事)」の民族誌的 記述を通して検討することにある。

中根の議論は、アフリカなどの小さな民族集団の事例から作られたイギリス社会人類学 の社会構造論を規模の大きな近代国家である日本社会のなかの小集団に適用した先駆的研 究として評価できるものである。米山の議論は、それを批判するというより、中根の議論 について一定の評価をしつつ、中根が軽視している側面の重要性を示すという形で提示さ れたもので、相補的なものといえる。中根と米山の議論は、日本社会の「小集団」につい て、前者がタテ関係を中心とするのに対して後者がヨコ関係を重視するという対立として 捉えられてきたが、本論文では、社会的なものは社会構造だけからなるのではないという ヴィクター・ターナーの「構造/反構造(コムニタス)」という議論を援用して、中根の「タ テ社会論」が、当該の関係が社会構造を成すかどうかを基準とする社会構造一元論を取る のに対して、米山のいう「ヨコ=仲間」は、ターナーのいう反構造を取り上げているもの と捉え、小集団のあり方を、社会が構造と反構造の両方からなっているという集団の「二 重性」の視点から記述・検討することが有効だという見解を提示する。そして、日本本土・

沖縄および台湾の空手会派の事例を通して、「小集団の二重性」という見解の一般的な妥当 性を実証するものである。

Ⅱ.本論文の構成

本論文の構成は次の通りである。

序論

はじめに 本論文の目的と視座

第1節 中根千枝の「小集団」論と米山俊直の「仲間集団」論 第1項 中根千枝の「小集団」論

第2項 米山俊直の「仲間集団」論 第3項 両者の議論の違いをどう見るか

第2節 小集団における関係の「二重性」という視座

(2)

第1項 タテの組織におけるヨコの関係――渡世人社会における兄弟分を例に 第2項 「社会構造」一元論批判――ターナーと市川浩を援用して

第3節 大集団の構造――「イエモト」論を中心として- 第1項 フランシス・シューと浜口恵俊の「イエモト」論 第2項 中根千枝の「大集団」論

第3項 大集団の構造と大集団そのもの 第4節 「リーダーとトップ」

第1項 小集団と仲間(集団)におけるリーダー

第2項 小集団世界そのものとしての「トップ」――生田久美子を援用して 第5節 本論の構成-

第1章 空手の成立と対象集団の概要 はじめに

第1節 沖縄の空手 はじめに

第1項 琉球拳法唐手 第2項 沖縄から本土へ 第3項 沖縄の空手の現在 おわりに

第2節 日本空手道と対象団体 はじめに

第1項 日本空手協会 第2項 日本空手松涛連盟 第3節 台湾の空手と対象団体- おわりに

第2章 小集団と大集団の構造――日本本土の空手会派の事例から はじめに

第1節 争議から見る小集団

第1項 事例 1-会派における争議 第2項 事例2-道場における争議 第2節 師弟集団のトップ

第1項 トップの権威とは何か 第2項 トップは仲間か 第3項 トップと成員 第4項 小括

(3)

第3節 仲間(集団)――個と個の位相における小集団 第1項 仲間になること-新規加入者の事例

第2項 仲間(集団)の構造 第3項 小括-仲間集団と小集団

第4節 大集団の内部構造――代がわりをめぐる葛藤 第1項 大集団の定義

第2項 空手会派の代がわりをめぐる葛藤 第3項 小括

おわりに

第3章 小集団と大集団の構造――沖縄の空手集団の事例から はじめに-

第1節 空手における争議

第1項 背景-国体参加をめぐる「全沖縄」と「全日本」の葛藤 第2項 国体派と称された人物

第3項 争議時における師弟関係 第2節 沖縄の空手道場

第1項 沖縄の空手会派と道場

第2項 トップからみる空手道場における関係 第3項 成員からみる空手道場における関係 第3節 沖縄の空手道場における小集団と仲間集団

第1項 「わざ」習得の認知プロセスと関係の構築プロセス 第2項 沖縄の空手道場の構造

第3項 仲間集団の構造 第4項 小括

第4節 沖縄の空手会派 第1項 大集団再考 第2項 GH 氏の会派 第3項 SK 氏の会派 第4項 TM 氏の会派 第5項 沖縄の会派小括 おわりに

第4章 小集団と大集団の構造――台湾の空手集団の事例から はじめに

第1節 台湾における空手の背景と普及

(4)

第1項 台湾における武術とその名称 第2項 国術集団の組織と師徒関係、規範 第3項 台湾における空手

第2節 対象団体 第 1 項 台湾Z会 第2項 台湾S会

第3節 台湾Z会をめぐる争議 第1項 O 氏の脱会

第2項 SY 氏の脱会と移籍 第3項 台湾Z会の脱会、独立

第4節 拝師と叛師――O 氏と SY 氏の事例から 第1項 規範と逸脱、二者関係と三者関係

第2項 第三者――共犯者、中心に共犯する不作為の第三者 第5節 O 氏と SY 氏の事例考察-

第1項 規範の多重性 第2項 第三者

第3項 小集団と空手コミュニティにおける二者関係と三者関係の比較 おわりに 二者関係と三者関係の比較から見る小集団-

第5章 考察――主要概念再考 はじめに

第1節 小集団の成り立ち

第1項 小集団の二重性――システムの位相と個と個の位相 第2項 小集団のトップと成員

第3項 従属型仲間集団と独立型仲間集団の外部との関係 第4項 小集団を結ぶもの

第5項 「タテ」と「ヨコ」集団再考 第2節 トップとリーダー

第3節 「師殺し」から見る師弟集団のトップと成員 第1項 師弟関係と規範から見る師殺し

第2項 師恩から見る師殺し 第3項 象徴としての師殺し 第4節 大集団-

第1項 制度的大集団 第2項 非制度的大集団 おわりに

(5)

結論 はじめに

第1節 各章の概要 第2節 総括と展望

参考文献一覧-

別表 明治以降の空手年表

Ⅲ.本論文の概要

以下に本論文の内容を要約する。

序論では、本論文の理論的な視座を提示する。第1節では、中根千枝の「小集団」論と 米山俊直の「仲間集団」論を検討している。中根と米山の議論は日本社会の「小集団」を 構成する関係について、前者がタテ関係を中心とするのに対して後者がヨコ関係を重視す るといった対比によって捉えられることが多いが、本論文の採る視座からすれば、中根は

「タテ」と「ヨコ」の構造一元論から議論しており、それと相互補完的に提示されている 米山の議論は、「タテ」を構造とし、「ヨコ」を非構造としているということを示した。そ のうえで、第2節では、ヴィクター・ターナーの「構造/反構造(コムニタス)」という視 点を導入する。ターナーのいう反構造は、儀礼研究としては、構造と構造との時間的・状 況的な間に生ずる非日常的な非構造であるが、社会構造に併存する非構造でもあることを 示唆していた。これを敷衍して、集団は一時的にだけではなく、同時的にも構造であると ともに非構造でもあるという二重性を有しているという、本論文の中心的な視座をそこか ら取り出している。そして、そのような二重性という視点は、哲学者の市川浩による、「セ ミ・ラティス」論を援用した「システム/シャドー・システム」論などにも見られること を示している。

ここで提示される小集団における関係の「二重性」という視座は、具体的には、次のよ うなものである。すなわち、中根がいう小集団は、それ自体が不変の構造(「社会構造」) をなし、より大きな構造の一部に組み込まれうるが、米山のいう仲間集団は、その場・そ の時に、個と個の対面的な関係からなる私たちが日常を生きる場であり、こうした集団と その境界は、永続的・固定的なものではなく、その場・その時の個と個の関係に応じて、

たえず変更されているゆえに構造化されにくい集団である。両者の議論を対立するものと してではなく、より上位のレベルで統合しうるものと見れば、小集団は、非構造であると ともに構造でもあり、システムの一部でありながらシステムに組み込まれない日常の場で もあるという、二重性をもつ集団としてとらえられる。また、仲間集団や小集団における 個人は、「わたし」という対自的主体や「あなた」に対する「わたし」という対他的主体だ けではなく、「わたし」と「あなた」の間の二人称的な間主体、そして「わたしたち」とい

(6)

う集団的主体を合わせもつ。つまり、そこには、大集団という同一性のカテゴリー(中根 のいう「資格」)に連続的につながる社会構造的な論理とは別の論理、すなわち「反構造」

的な関係が見られる。

第3節では、フランシス・シューによるイエモト論を、小集団から構成される大集団論 として検討している。これらの先行研究では社会集団を家族や親族集団をプロトタイプと する議論が展開され、小集団は大集団との構造的連続性によって捉えられてきたが、こう した議論は、やはり社会構造一元論になっていることを論じている。そして第4節では、

小集団内部の師弟関係および弟子の間の関係を、トップ(師)とリーダー(弟子集団)の 区別として提示し、トップは成員にとって小集団そのものと同一視されていることを示し た。そのうえで、師弟集団という小集団やその内部の関係を、「わざ習得」における師弟関 係を非構造的に描きだしている生田久美子の議論を援用し、生田は集団の二重性について 触れてはいないものの、わざ習得のプロセスは二重性を示唆するものとなっていることを 示した。

第 1 章~第4章は、日本本土・沖縄・台湾の空手会派の民族誌的な事例を記述・分析して いる。第 1 章では、次章以降においてデータの提示や比較・考察をおこなうための背景と して、事例とする三社会における空手の成立と対象会派の概要を記している。

第2章では、日本本土の空手会派の小集団や大集団のあり方を明らかにするために、会 派を分断した争議事例における道場という小集団や仲間集団の動きを検討した。また、道 場における争議事例を記述して、小集団の成り立ちをさらに検討した。次いで、道場にお ける弟子の主体の経時的な変化から小集団の構成原理を検討した。それらから明らかとな ったのは、道場という小集団は、システムの位相(構造)と個と個の二人称的な位相(反 構造・非構造)による二重性をもつ集団だということである。それに加えて、日本の空手 会派の道場という小集団においては、他の社会に比べて、隣接する「わたしとあなた」の 確かさのつながりから生ずる「わたしたち」という集団的主体の規範性が強く、ターナー のいう「規範的コムニタス」として捉えられることを論じている。

また会派は、システムの位相としては、小集団を単位として組織される制度化されたツ リー状の大集団であるのに対して、個と個の位相における会派は、道場トップが、仲間(集 団)や個人を結節点として、ひとり一人の関係の確かさによってつながった曖昧性をもつ 輪郭として現れる。このように、会派もまた、二重性をもつ集団であることを明らかにし ている。

第3章では、沖縄の小集団や大集団のあり方を明らかにするために、第 2 章と同様の空 手コミュニティにおける争議を事例とし、道場(小集団)の動きから小集団の集団的主体 性を検討した。次いで、沖縄の道場における弟子の主体のあり方の変化を日本本土の事例 と比較して、その差異から沖縄における小集団を検討した。それらから沖縄の事例では、

師による弟子の主体の自立要請があり、日本本土の事例に比べ、システムの位相とそれに よる師弟・兄弟弟子関係は、緊張感が緩やかで、個と個の位相(非構造)が優位であり、

(7)

集団の凝集性も緩やかであること、また大集団も、そうした小集団トップの個と個の位相 に依拠して形成されるため、システムの位相が弱く、本土のそれとは違い、ツリー型とし て構造化されておらず、セミ・ラティス型(非構造的)になっていること、そうした差異 にもかかわらず、本土と沖縄の小集団のあり方が同様に二重性をもつことを明らかにして いる。

第4章では、台湾の小集団や大集団のあり方を明らかにするために、まず空手道場(会 派でもある)における弟子の独立にかかわる二つの争議の事例を、ターナーのいう「社会 劇」として検討した。次いで、第3章と同様に、弟子の主体のあり方を記述し、日本本土・

沖縄の事例と比較し、そこから、台湾の社会では個人の主体の自立が自明の前提とされる 一方で、武術社会の規範では、弟子の師への従属が強く求められるため、師弟関係では「枠」

の拘束が強く、その間に葛藤が内包されること、また個人の主体の自立性が前提されるた めに、その「場」における「師とわたし」、「わたしとあなた」は、「場」によるものというよ りは、一貫した個人間の関係として捉えられる傾向があることを示した。そしてそれゆえ に、台湾の小集団においては、個人を拘束する師弟集団の「枠」と個と個の二者関係から なる「場」、いいかえればシステムの位相(構造)と個と個の位相(非構造・反構造)のあ いだに相剋があり、それが「師殺し」の語りによって象徴的に現れていると分析している。

さらに第4章の終わりでは、関根康正による「二者関係/三者関係」の区別を援用し、

争議における「傍観者=共犯者としての第三者」の動向にも小集団の二重性が現れている ことを示し、その視点から改めて日本本土と沖縄の事例も検討し直している。

第5章では、第4章までの事例分析による比較から、主要概念を整理しながら考察をお こない、小集団の二重性やトップとリーダーの区別の理論的な一般性について検討してい る。

最終章である「結論」では、まず各章の概略を提示する。次いで 5 章での検討から序章 で提示した問題の結論を導く。本論文の結論は、以下のようなものである。小集団は社会 構造の基盤となるシステムの位相でありながら、同時に個と個の位相による日常の場でも あるということ。そして前者は、「わたしとあなた」の確かさによる「わたしたち」からな る後者に支えられているということ、すなわち、集団的主体性をもつ小集団=仲間集団は、

構造に非構造が貼りついているような、二重の関係性からなる集団であり、人々は小集団 とそれをとおしたシステムの位相に組み込まれながらも自律性をもち、そうした小集団の 個と個の位相に依拠して、システムの位相に異議申し立てや変容を迫りうるということ、

そしてそうした二重の関係性からなる小集団は、小集団から構成されるシステムとしての 大集団をも変容させる拠点となっているということである。

Ⅳ.審査結果

本論文の公開審査は、2019 年1月10日(木)午後3時~5時の間、5号館 131 室で行 われた。

(8)

本論文は、いまから 50 年前の社会人類学における社会構造論(具体的には中根千枝の「タ テ社会論」)を批判するという、一見時代錯誤的な試みにも見えるかもしれない。しかしな がら、本論文の目的は、中根のいう「小集団」とその議論に対抗した米山俊直の「仲間」

集団を、対立的に捉えるのではなく、ヴィクター・ターナーの「構造/反構造」論を援用 しながら、中根が構造を構成する関係だけを抽出したのに対して、米山が反構造・非構造 的な関係性を指摘したものと捉えなおすことで、社会集団や社会関係を社会構造の固定さ れた要素となる関係と、個別的・単独的な二者関係における生きられた関係との「二重性」

という視座を提示し、その視座の可能性を示すことにある。中根と米山の対立は、その後、

地域差や階級差の違いとして解釈され、理論的に深められることはなかったし、ターナー の「構造/反構造」論は、一時的な自然発生的コミュニタスと永続的な構造という、両立 しない対立として捉えられることが多かった。それに対して、本論文で提示された視座は、

「構造/反構造」が同一の集団の同じ関係において同時に併存している――例えば、同じ 師弟関係が構造(「タテ関係」)となることも非構造(仲間関係)となることもある――と 捉えるものであり、「構造/反構造」論のもう一つの可能性を切り開く、斬新かつ野心的な ものである。そして、その視座から、日本本土・沖縄および台湾の空手会派における「争 議」というプロセスを、反構造(非構造)と構造の二重性という小集団のあり方が現れた ものとして分析することによって、この視座の有効性を示すことに成功している。

また、集団を構成する関係の「構造/反構造」の二重性という視座を、クリストファー・

アレクサンダーの「ツリー型/セミ・ラティス型」という対比を援用した市川浩の「シス テム/シャドー・システム」という二重性や、木村敏の「リアリティ/アクチュアリティ」、 関根康正のいう「三者関係/二者関係」、さらにはレヴィ=ストロースの「真正性の水準」

といった理論的な視座と重ね合わせることによって、この視座の理論的な射程を拡げてお り、その一般的妥当性を説得的に示すことにも成功している点は高く評価できる。

ただし、公開審査では、視座の一般性を示すにあたり、個々の用語の意味の明確化にや や難があること、先行研究が少ない研究対象であるとはいえ参照文献が少ないこと、また、

援用しているさまざまな理論の整理が不十分なところがあるなどの難点や、論文提出者自 身が当事者でもあり、問題設定も自身の長年の体験が起点となっているにもかかわらず、

記述の仕方が客観的に対象化したものとなっている点に対する違和感も指摘された。質問 応答では、論文提出者はそれらの指摘に対して、反論も含めて的確かつ真摯に応答し、今 後改善すべき点についての建設的な議論も交わされた。なお、本論文は争議事例等の詳細 な記述に努めているが、そうした記述によって被調査者に不利益が生じることのないよう、

研究倫理の面で万全の注意と配慮を払ったことを公開審査で確認した。

本論文は、古典的ともいえる過去の議論では十分に展開されなかった、集団の持続性と 可変性という普遍的な問題を、上記の小集団の「二重性」という新たな視点から発展させ、

他の領域においても十分適用しうる一般性をもつ視座を提示しようとしているものであり、

(9)

加えて、これまで研究の少なかった空手会派ないしは武道系の団体の集団についてフィー ルドワーカーおよび空手実践者という「二重の」立場から描いた類例の希な研究としても 十分評価できるものである点などから、審査員一同は、小林貴幸に博士の学位を授与する ことが適当であると判断した。

参照

関連したドキュメント

ている。本論文では、彼らの実践内容と方法を検討することで、これまでの生活指導を重視し

地域の中小企業のニーズに適合した研究が行われていな い,などであった。これに対し学内パネラーから, 「地元

氏名 学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件 学位授与の題目

beam(1.5MV,25kA,30ns)wasinjectedintoanunmagnetizedplasma、Thedrift

学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件 学位授与の題目

仏像に対する知識は、これまでの学校教育では必

氏名 学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件 学位授与の題目

氏名 学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件 学位授与の題目