伝統文法の枠について : 英文法の改革者たち(1)
著者 貞方 敏郎
雑誌名 主流
号 26
ページ 1‑21
発行年 1964‑11‑15
権利 同志社英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016688
伝統文法の枠について
一 一 英 文 法 の 改 革 者 た ち(1)一 一
貞 方 敏 郎
前号において私は,伝統文法と様造主義について小論を書き,従来行われてきた 文法とう構造主義を母体とする新しい文法と,変形分析理論を含む最近の産文文法 (Generative Grammar)とのそデノレを簡単iこスケッチしてその特徴の比較を試み た.その際に「伝統文法」とか「新しい文法」という呼び名が何を意味するのかp 同じ英語を記述するための操作でありながら!日来の文法と構造主義の文法とが,モ デルとしてこれほどの相違をもつのは,これら新旧の文法が夫々目標としている所 がはじめから逢っていたのではないかJ といった点について,なお問題を残したと 思う.以下は前橋で言い足りなかったこれらの点、に対する補足をも兼ねて警かれた
ものである.
1
伝 統 的 (Traditional)の意味は保守的 (Conservative)の意味に通じる ものであって, 1"もとの形を保持するJ, 1"中道を歩む」の意味と解される.
俗なことばで言うなら, !B式 (oldfashioned)という意味も含んでいる.
そこで問題とJなるのは,近噴きかんに用いられる「伝統文法J(Traditional Grammar)という呼び名である.この呼び名は漠然と用いられている場合 が多しこの名称で呼ばれる文法がどの種類の文法であるのかは必ずしも 明確とはいえない.これを決めるには,結局は英文法のモデルの変遷に従 って,個々の文法のスタイルを検討することが必要となってくるであろう.
Ben ]onson (1573 ?‑1637)に始まる18世紀以前の英文法はp 英文法の歴史 の上では先史時代として考察の枠外におくとしても,18世紀のDr.Johnson 以 来200年以上の間行われてきた,英語を記述する方法としての英文法の
2 伝統文法の粋について
モデノレを眺めると,それは全く保守的であって,品詞の命名,品詞の機能 の説明から文法組織の立て方に至るまでの一般傾向において殆ど変化は見 られなかった.この「旧式な文法」に対して科学的な手が加えられ始めた のは比較的新しい時期である.いわゆる「科学文法jと呼ばれるものの出 現である.そこで再び問題となるのは,この新しい科学文法といわれるも のが, もとのモデ、ノレの伝統を保持していたか3 保持していなかったかとい うことである. これを明かにすることによって伝統文法が指す「枠」とで もいうものが幾分でも客観的に規定されてくるであろう.
2
構造主義の新理論が現われるまで,われわれは, 20世紀前後を境界とし て,英文法の歴史に新と!日を意識していた.この新旧をわかっ考えは,そ れまで数世紀にわたる伝統をもって普遍的に行われていた学校文法に挑戦 する科学文法〔または理論文法〉と呼ばれる文法が現われたことによるも のである.学校文法は,古くローマ人たちによって与えられた定義 ars recte scribendi recteque loquendi' (art of writing and speaking correct‑ ly)を受けつぎ9 英文法はそのままラテン文法の移植であり,内容は,英 語の記述よりもむしろ実践上の規則の集まりでよいとされてきた.従って 学校文法においては「正しさJ(Correctness)に絶対価値が置かれていた.
一名「規範文法J(Prescriptive Grammar)と呼ばれるゆえんである.19世 紀の終りになって,ょうやく英文法は言語学の一部門として科学的研究の 対象としてのとりあっかいを受け始めた.規範文法万能の時代に,そして
「正しさ」の規準が文法家の主観的判断に委されていた時代に9 therules of grammar have no value except as statements of facts : whatever is in general use in a language is for that very reason grammatically correct. A vulgarism and the corresponding standard or polite expression are equally grammatical‑each in its own sphere‑if only they are in g巴neral
use.円といった HenrySweetのことばは,それまでの,規則に基づく文 法作りの操作から,実際に得られた言語事実の資料から帰納される文法発 見の操作へと9 文法観を方向つけたものであって,これをもってわれわれ は英文法の一転換期であると考えてもよい.これに続いて9 英文法の改革 者と称される科学文法学者の輩出を見た.その中の代表的な学者を挙げる
とすれば Sweetの依鉢を直接に受けついだと考えられる ]esperse立を はじめとして Curme,Kruisinga, Poutsmaを挙げることには誰しも異 存はないであろう.これに私はもう 1人 JanetAiken女史を加えたいと 思う.このような科学的な文法家がp 過去の学校文法の不合理を指摘して これに修正を加え,新術語を作って説明の不備を補い,あるいは文法組織 の再編成までを試み,英文法の体質改善に努力を続けた時期は,英文法の 歴史において,たしかに「新時代」といえる.しかし戦後アメリカ構造言 語学が導入されるに及んで,これがいままでの文法観をさらに大きく変え たので,ここでわれわれはもう一度「新時代」が始ったと考えねばならな くなった.この感じ方は,わが国におけあよりも,かえって米英本国にお ける方が強いのではないかという見方もある.なぜならば,米英両国にお いては,語学教授の実際面の研究の方が理論面の研究よりも盛んであり,
文法研究の分野でも9 教 科 用 の 学 校 文 法 の 占 め る 比 重 が 大 き し 従 っ て Sweet, J espersen, Curmeらの科学文法学者の活動Jふわが国や大陸の諸 国における程には深い関心が払われなかったことによるらしい.従って,
特にアメリカでは, I日式学校文法の時代から一足飛びに構造主義文法の新 時代へ進んだようなもので,変異の感は当然大きいものがあると思われる.
3
英文法が英語学の一部門として科学的研究の対象となったのが20世紀以 降であると考えると,それは英文法の歴史として決して古いことではない.
また言語の記述という操作は他の科学に見られる援雑な学問上の操作と比
4 伝統文法の粋について
べると一見して単純であるように思われる.しかし現実には,一見単純と 見える英文法は,この比較的短かい期間に大きな変容をとげている.特に 構造言語学は言語学の中では最も新しい若い学問であって,始祖を Sapir 及びBloom五eldと見るならば,それは30年の歴史しかもたないことになる が9 この新言語学の内容にも絶えず、変化がある.構造言語学を大ざっぱに 内訳してみると, 1930年代が方法論の時期でありフ 1940年代が音素論,形 態素論中の形態論の時期であり, 1950年代に入ってようやく統語論に入り,
Friesの TheStructure of English (1952)の出現によって構造主義文法 というものがどのような形をとるものであるかを見たにすぎない.そして この新しい理論による文法のモデ、ルも学者によってスタイルが不同であっ て,いまだ安定感がないままに,Chomskyらによる変形分析文法 (Genera‑ tive Grammar) のようなさらに新しいモデルの文法が出現している.こ のような細かな変容は英文法のどの区間についても挙げられるが,それは さておいて,英文法の歴史を通観してこれを大きく特散別に区分すると,
旧から新へと 3つの区別があることは一般に認める所であろう.すなわち L学校文法, 2.科学文法, 3.構造主義文法である. (これに 4.Generative Grammarを加えることを主張する人もあるであろう.ただしこのそデ、ル の文法は現在進行しつつある未完成のものであるので 1つの区分として 認め得るかいなかは疑問である.)ただしこれらの名称については若干の註 釈を要する.ここでいう「科学文法」というのは,それまでの学校文法を 非科学的であるとして9 これに改革を施そうとする文法家がうちだした種 々の理論に対する名称である.大体1900年から1930年頃までに頂点をおく 伝統的科学文法といってもよいものである.もし「科学的」という名称を厳 密な意味に用いることになれば,構造主義文法など純科学的というべきで ある.また「構造主義文法」という名称であるが,構造主義の方法におい ては,これを時代1)頃に見ていくと,言語の記述はまず音素を対象とする音 韻論 (Phonemics)から始まり9 形態素を対象とする形態素論 (Morphe‑
伝統文法の枠について
mics)に進みp 形態素論では単語 (Word)の内部構造を扱う形態論 (Mor‑
phology)から,単語の連結様相を扱う統語論 (Syntax)に至っている.
すなわち音韻論→形態素論(形態論→統語論〕はむしろ一貫した分析の過 程であって,それまでの文法において見られた程には孤立した部門をなし ていないようである.そしてこの中9 常識的には形態論と統語論を並行し た2つの部門として,これを総称して一応文法と呼んでいるけれども,時 には統語論で扱うものだけを文法と呼ぶこともある.Friesの文法は後者 の観が強いようだ.いずれにしても構造言語学では文法という名称はいわ ば俗称であって,厳密な意味での科学的名称ではないと説く向きもある.
4
1.学校文法 (1700‑1900) 2.科学文法 (1900‑1930) 3.構造主義文 法(1930年以降〉という図式は,英文法のモデ、ルが,あたかも時代を区切 って出没しているかのように見えるかもしれないがp 決してそうではない,
学校文法は科学文法の出現によって存在価値を失いヲ科学文法は構造主義 文法の出現によって影が薄れたという訳では決してないe この3種のモデ ノレは夫々に異った目標をもちつつ現在においても 3者併存の形で健在であ る.その特質においてお互に相手の持っていないものを持っている.まず3
学校文法はヲいうまでもなく,一国の言語を習得する手段としての学習文 法であり,同時に自国語の記述と再認識を目的とする手段ともなるもので,
主として語学的内容をもっと同時に修辞学的な面を多く含んでいる固これ に対し科学文法(または理論文法〕と呼ばれるもの比言語の科学的研究 であり,言語を体系として記述し,その構造を明らかにすることを主目的 とするものである.Sweetによれば,文法を Scienceof Languageとし ての科学的文法と, Art of Languageとしての実用文法に分け,更に科学 文法を,その方法に従って,記述文法(DescriptiveGrammar),歴史文法 (Historical Grammar),一般文法または哲学的文法 (GeneralGrammar
6 伝統文法の枠について
or Philosophical Grammar)等に分けている.そしてこのような枠内に おいて見るならば,構造主義文法
ι
それがモデルとして新しいものであ っても,科学文法のうちの純記述文法に属することは論をまたない.この ように文法をその内容や方法論から眺めると,結局さきに挙げた図式(1.学校文法 2.科学文法 3.構造主義文法〉は,学校文法と科学文法の2区分 に書き換え,科学文法の中に旧科学文法(構造主義以前の文法,厳密にい えば構造主義以降でもそれに属さない「非構造主義文法J) と新科学文法
〈構造主義文法〉を含ませるべきである.ただしこの部類分けについては もう 1つの考え方がある.
5
前述のごとく
r
信統文法」という名称は,はなはだ漠然とした名称で あって,それが文法のどのモデルを指しているかを厳密に規定した人はま だないようだ.それには少くとも 2た通りの解釈があるように思われる.すなわち18世紀以来p 文字通り伝統的に行われ,そして現在も広く用いら れている学校文法への親近感の故に,学校文法をもって伝統文法とすると いう考え方と,学校文法だけでなしそれに改革のメスを入れた前記の1 連の文法家による文法,すなわち上記の図式で挙げた旧科学文法をもひっ
くるめたものを伝統文法とする考え方とである.言いかえるならば,構造 主義に属さない文法を総じて伝統文法と呼ぶわけである.そしてこの後者 の見方は合理的のように思われる.
Sweet, J esperse立らの科学文法は,たしかに,それまでの規範的学校文 法と比べてp その目標や論理性において異るものがあるけれども,その相 違は構造主義文法と学校文法との相違の比ではない.彼等のなしたことは,
学校文法の矛盾欠陥を指摘することが主で,従来の方法を整理してこれに 理論的な裏づけを与えるとか,新しい用語を製造利用することにより記述 の不備を補うといった局所的な改革が多いようで,品詞の分類とその名称,
伝統文法の枠について
文法範轄の設定などについて見ても,基本的にはもとの組織をくつがえす ようなものではない.彼等の目指す所が科学的な英語の記述であるといっ ても,やはり実践的な面を絶えず意識していた事実は見逃ぜない.現に,
意味論的立場に立ってp純学問的体系の文法論を掲げたMaxDeutschbein の DieGrammatik der englischen
S .
ρrache (1924)は今日まで十数版を 重ね, 広く用いられているドイツ系の英文法書であるが 'aufwissen‑ schaftlicher Grundlage'の標題があるにもかかわらず9内容は大体において学校文法のモデルの域を出たものではない.JespersenのEssentialsも9
Curmeの Syntax及び Accidenceも, Kruisingaの Handbookも,そ して SweetのN.E.G.でも3 その骨格において学校文法的であ之
s .
要す石にこの時代の科学文法学者の多くは,その著書によっても分るように,
英語学者であると同時に優れた英語教育者であったのであるe しかしそう かといって,彼等の行った改革がそのまま直ちに実践に連がっていたかと いうと,そうであるとはいえない.彼等の説く所は9 専門家の聞では深い 関心が寄せられたとしても9 実際の語学教育の分野では少数の例を除けば ほとんど見るべき影響を与えていないようだ.学校における実践文法とい うものは,元来中道を歩むものであってp 語法の教授の訓練においてはp
文法そのものの背後にある理論を表面に出す必要がなし従って新しい理 論が出て,それがどのように合理的であっても,それによって根底がゆす ぶられることがないからであると考えられる.
次にi日科学文法時代を代表すると思われる Sweet,Jespersen, Aikenの 著書について,それが「伝統的Jであるかどうか,もしそうであるならど の点において「伝統的」であるのかを考えてみよう,
6
Sweet, Jespersenについては余りにも周知のことがらであるので,ここ に改めて詳細を述べる必要はないであろう.ただ2,3の特徴と用語を挙げ
8 伝統文法の枠について
るに止める.科学文法論を最初に組織的な形で示した点で SweetのNeω English Grammar 2 vols. (1891, 1898)が英文法史上に一線を画するこ
とは誰もが認める所であろう. もちろんそれ以前に文法を組織するに当っ て,科学的な考慮、が払われなかったというわけではない.Essayistとして 知られる WilliamHazlittの文典はその1例である.彼の A Neωand lmproved Grammar of the English Langμage: for the Use of Schools
(1808)は当時としては堂々たる著述で,書名が示すごとし実践的学校 文法ではあるが,これが単なる学校文法に終始せず,今日の科学文法学者 の論争によっても未解決である問題点に対して進歩的な意見が述べられて いる.その一つは品詞の分類法に関する彼の卓見であろう Hazlittによ れば9 品詞の別は言語の必然的な様相ではなしそれは語の意味表示の様 式に基礎を置いたもの,換言すれば,品詞分類は語そのものに関するもの でなく,話者の心的態度の所産にすぎないという説を19世紀初頭のこの著 書の中にすでに述べている.この一見自明かと思われる事実を強調した 文法学者がその後久しい間現われなかったことはむしろ不思議とされてい る.彼のこの考えの中には Saussureのlangueとparoleの区別を暗示 するもの,及び Marty.Funkeの内部言語形式(innereSprachform)の 思想、さえすでに含まれているようだ.そして1932年に出たA.H. Gardiner の問題の著である Theoryof争eechand Languageに述べられた品詞 論が Haz1ittのものと酷似していることは,つとに大塚高信博士が指摘さ れた所で
r
外国の文法範障を捉え来って,生きた英語の中にそのequiv‑ alentを探索するに汲々として居た classicistを真向より攻撃し,鋭い観察 によって真理を目指して進む科学的精神により,英語の語文を有りの畳一に 眺めた Hazlittの文典は,歴史的には実に現代文法の先駆をなして居ると 見てよい」と述べていZ
その他 Matzner,Kellnerらによる歴史文法の分野でのいくつかの科学文法と呼び得るものもあるけれども,科学的記述 文法の綜合的な指針を最初に与えたのはSweetであるといってよい.ただ
し彼のlVeωEnglishGrammarの Introductionの部分で述べられた所で は,やはり意味範噂(LogicalCategory)が論述の基礎で文法範曙(Gram咽 matical Category)は多かれ少なかれ前者によって支えられている観があ
之59各論についての叙述でも,それまでの伝統的学校文法中の役立つ限り のものはこれを受け入れつつ9 不備な箇所を新術語によって補っているだ けではないかとの印象さえ受ける. い〈つかの例を挙げるならば, まず Sentenceの構造上の分類である. 2個の単文が連結した文を Complex'
と呼び,この中で, 主舗が Co‑clause' (対等節〉で修飾されるものを Co‑complex' (you shall walk, and 1 will ride) ,主節が,sub‑clause ' で修飾されるものを,Sub‑Complex' (you are the man 1 want.) と呼 ぶ. 3個以上の単文が連結した文を ExtendedComplex' (従来のMixed Sentenceにあたる〉と呼び,この中に primaryとsecondaryの2種の 主節を区別する.たとえばラ I began to write a letter, but I could not finish it, because I wαs interァtψtedにおいて, Principal Clause 1 +Sub‑
complex (Principal Clause 2+Sub‑claus巴〕の階層を認め Ibegan to write a letterを Primary Principal Clauseと呼び,I could not fini・'sh itを SecondaryPrincipal Clauseと呼ぶ.Sub‑clauseを含む Extended Complexは結合される Clauseの数や配列によって雑多な形をとり得るが,
Sweetはこれを詳細に記述している.principal + subordinate co司complex, principal + subordinate sub‑complex
,
principal sub‑complex +co・clause,
principal + coordinate sub町complex,co‑complex十subordinate sub‑com‑
plex, principal + coordinate (principal + subordinate sub‑complex)ヲsub同 complex +subordinate (sub‑complex + coordinate sub‑complex)等々その 組合せは多種多様であ
2
また I抗日hhim to come back / 1 heard of hiscomingのように 1個の単文の中に従節の萌芽(斜体の部分〉を含んだ文 に'Extended Sentence'という特別の名称を与えている.単語の方につ いては,語群中における語間の意味上の従属関係によって Adjunct‑word
10 伝統文法の枠について
とHead‑wordに分ける.Sweεt自身はこれを ModifierとModifiedとい ってもよいと言っているが, Sweetの考えた Modify'は従来の'Modify' より意味は広く ,book‑seller, bookselling, sale of books, he sold hゐbooks 等の中に見られる book(s)をば総て他の部分に対し Adjunct‑wordとし ている.品詞分類については,名称は大体もとのままを採り,語尾変化の 特徴に拠って Declinable'と Indeclinable'(or ' Particles うに分ける.
一方英語の Tenseを'DefiniteTenses' (従来の進行形群〉と,Indefinite Tenses' (非進行形群〉の2群に分ける.以上のような考えは,ある意味 で薪新といえても,従来からあったものに対する 1種の分類変えまたは細 目化であって,大もとにおいて学校文法を踏襲していると考えられる.し かしこれが後に続く科学文法家たちに数多くの指針を与えたことは否定で きない.Jespersenの Nexus,Three Ranks,語類の分類法など,明かに Sweetの理論の発展と見るべきである.
7
伝統的学校文法の組織に,さらに巾広い改革を企てたのはJespersenで ある.Robert, C. Pooleyは Jespersenの文法観を端的に示すものとして 彼の主著から次の個所を引用している.
Languag巴is... a set of habits, of habitual actions... The greater part of these actions且redetermined by what he (the speaker) has done previously in similar situations. ... But the speaker has to turn these habits to account to meet a new situation ... therefore he cannot be a mere slave to habits, but has to vary them to suit v乱ryingneeds ‑ and this in course of time may lead ... to new grammatical forms and usages. Grammar thus becomes a part of linguistic psychology or psychological linguistics … プCThe Philosoρhy of Grammar, p. 29)
No linguistic system
,
however,
is either completely rigid or perfectlyharmonious, and we shalI see ... that there are loopholes and deficiencies in the English grammatical system." (Essentials of English Grammar,
p. 16)
いかなる言語にあっても,完全に整った9 水ももらさね体係を具えたも のはなし英文法もその例外でないことを強調しているが,これは同時に 彼自身の文法体系そのものについてもいえることではないだろうか.彼は まず方法論として,文法を聞き手と話し手の立場から見て,形式(音声〉
から意味を究める形態論 (Morphology) と,逆に意味から形式に向う統 語論 (Syntax)の2つの部門を置き,これは同一言語に対する異る観察法 であって9 この2つが相補的であってはじめて言語の記述は完全に行われ ると主張する.しかし言語現象は形式と意味の相会う所にはじめて成り立 つものであって,文法の領域もここにある.純粋に形式だけを,また純粋 に意味だけを取り扱っても言語の記述とはいえない.そこでJespersenは 形式と意味の相会う文法的領域を指して,Function'とし9 これを形式と 意味の両面に顔を向けるJanusの像に警えたのは有名である:これによっ て彼は文法理論において,形式面と理論面をできるだけ区別することを試 みるのであるが,被の実際の操作にあたってはどうやら主張通りにはいっ ていないようであ忍.その最も明らかな結果は A Modern Eηglish Gram・
mar 7 volsに現われている .1¥IIEGは1909年から1949年までかかって,
Jespersenの死後最後の第7巻が出て完結された大著であるが,この中第 1巻は純粋に Soundだけを扱ったものでタ第2,3,4,5,7巻が統語論を,
第6巻が彼のいわゆる Morphology (形式→意味〕形態論を扱ったもの である.統語論の占める比重が殆どであるといってよい.MEGが巻を追 って出版されていた頃,われわれは Syntaxにおいて,従来の文法が扱っ ていた所が総て述べつくされると考え,次にもし Morphologyが続くと すれば3 それはどのような文法の様相を呈するのか3 またどのように金大 なものになるのかを疑っていたが実際に見たのは第6巻1冊だけがこれを
12 伝統文法の枠について
扱ったものであった.しかしJespersenはこの第6巻 Morphologyにおい て,あらゆる文法形態のとり得る形から,造語法の形に至るまで,英語の 語形式を記述して,それが意味にどのように連がっているかを示して,伎 の主張である(形式→意味〉の操作に一応成功を収めているものと思われ る.しかし統語論(意味→形式〕の方法では明かに失敗であったと一般に 考えられている.すなわちここでは分析の基準が形式であったり,意味で あったり 2者混同であったり,また分類のレベルが形態論的(従来の意 味での,すなわち単語中心の)立場と,統語論的(すなわち語群中心の〉
立場が混同されたりして,体系の中に混乱が見られるのである.元来Jes司 persenは形式主義を標梼し,統語論においても形式を重んじる傾向が9 他 の文法学者に比べて強いことは誰しも認める所である.しかし英語のよう に語形変化を極度に失った,分析語的性格と孤立語的性格を兼ねたような 国語の記述や分析に際して,どの程度まで形式主義がおし通せるかは甚だ 疑問である.彼の文法操作においてしばしば指摘され非難されるのが9 形 式と意味の混同であることは周知のことである.品詞の分類において,語 形変化様式だけによって(実際はその語形の担う文法的意味が考えられて いる)分類される語類 (Word心lasses)と,語群間における連語上の機能 様式によって分類される語階級 (Ranks)との2本立てにすることによっ て,言語の形式面と理論面とを区別し得たとしたが,この考えは本来形式 的のものである Ranks分類をば皮相的に logical'と混同したものでp
意味論的な見方をするならば分類として成り立たないことは OttoFunke により痛烈に批判され,それは英文法論争史において余りにも有名な事件 として知られている.Jespersenのこの操作は9 実際には従来の8品詞と,
その臨時的な転用を示す,いわゆる Equivalents'の決め方に1つの理論 的裏づけを与えようとして,従来の EquivatentSystemに新しい名称を つけ変えたのと同じではないかと考えられる しかし語類の分類,格論p
動詞の仮定法の処理などにおいてはたしかに形式に基準を置く傾向は強い.
けれどもこの基準が彼の著述では常にぐらついている.彼の分析のモデル は,semI‑formaI 'の部類に属するといわれるが,その根底において意味中 心であるといった方がよい.Jespersenが言った Butin syntax meaning
12)
is everything.'はSweetの言った'Thatpart of grammar which ignores distinctions of form as much as possible
,
and concentrates itself on their meaning, is calIed syntax.'に通じる思想、であって,この両学者の「進歩的な文法」も意味にささえられる文法として,構造主義の文法とは 明かな対立を見せるものである.
Sweetと同様にJespersenも文法用語に優れた造語の才能を示し,これ によってよく学校文法の不備を補ったことを認めねばならない Nexus, Junction, Nexus町substantive,Nexus object, Contact‑c1ause, Split subject など伎の「傑作」であり,今日ではすでに文法用語の常識となって一般化 されている.しかし用語の発明を含めて彼の改草はいずれも局所的であり,
この進歩的文法家を任じる Jespersenも,実践にあたってはp 伝統的に教 えられてきた学校文法の基本組織をできるだけくつがえさずに,その不備 欠陥を改善することが目的であったように見受けられる. これは彼が言語 学者,英語学者であっても純アカデミズムにとじこもることなし同時 に英語教育者として常に教室の語学に対し深い関心を失わ7なかったことに
もよるのであろう.
8
この点 JanetAiken女史が A New Plan of Engli・'shGrammar (1933) において提唱した改革案はそれまでの科学的な文法学者のものより謹かに 徹底したものといえる.すなわち彼女の構想は9 従来の文法の組織を一度
〈ずしてしまって,これを再編成することであった.Aikenによれば,そ れまでの文法の支柱をなす伝統的な8品詞からして,理論的な分析下にお いて見ると3 まことに不安定なものである.まず動詞は純機能的な観念に
14 伝統文法の枠について
より認められるものである.名詞は,主語と補語という 2個の機能である.
形容詞,副詞は修飾語という l個の機能である.前置詞,接続詞は連結と いう 1個の機能を果す語である.最も異分子的であるのが代名詞であって,
この品詞は通常定義されるような「名詞の代用として用いられる語」では 決してなしただなんとなく選ばれた特別な種類の語の集りにすぎない.
それは実際には,動詞を除く 6個の機能のすべてを果している.また感嘆 詞も同様に不明瞭な品詞で,時には機能上独立語 (Absolute)になること もあるし,時には修飾語の機能をも果す.それ自身は機能でも何でもなし それがしばしば感嘆を表わすのに用いられる所から感嘆詞と呼ばれる所の 語の集りにすぎない,と述べている.
Aikenの著述ではp 相変らず Noun,Pronoun, Adjective, Adverbなど,
用語はもとのままのものが用いられているけれども9 その使用にあたって は9 その意味の上では制限がおかれている.すなわちこれら品詞はすべて,
語の連語的機能を示す枠内でのみ意味をもつものとなっている.
Aikenが文法を MorphologyとSyntaxの2つに大別し9 前者で語の 形態を論じ,後者で語の相互の関係を論じている点は従来の組織と余り変 ったものではない.彼女の体系の中核をなすものは Syntaxの構成である.
ここでは,品詞を記述の基礎とすることを止めて, 'Unit'と Function' の2つの立場からの記述としている.すなわち Communication(伝達話,
大体「文」にあたる〉を構成する単位 (Unit)と,その単位がもっ機能を Syntaxの記述の基礎とする.Syntactical Unit は次の5種に分けられる.
Sentence, Non司sentence,Clause, Phrase, W ordで,この中最初の2つ, すなわち SentenceとNonsentenceは独立 (Absolute)の伝達話として 機能する単位であり, 残りの3つは伝達話中の 1部をなす単位で従属的 (Dependent)な機能をもっ.そして各単位はタ意味の上からと形態の上か
らと細分類される.これを表にまとめると以下のようになる.
a. SENTENCE (Subject+ Verbをもっ独立の伝達話〕
伝統文法の枠について
r
DeclarativeIInterrollative 意味上の分類イ 話
IImp巴rative lExclamatory
rSimple 形態上の分類iComplex
LCompound
b. NON‑SENTENCE (上記 Sentence以外の形をとる独立の伝達話〉
Response
Informative non剖 ntence* Exclamation
意味上の繍 ~Impe凶ve
Elliptical non‑sentence Salution
Idiomatic norトsentence**
この単位は一定の形はとらないので形態上の分類は不必要となる.
発 手紙の日附,封筒の宛名,見出し広告,毒物の表題などを含む.
袋 持 分類が困難で他のどの項目にも入らないものを含むp Th巴mor鳥 the merrier,'How about a game?'など.
c. CLAUSE (S. V. C.またはその中のいずれか2つの結合した単位〕
Independent Clause (Principal Clauseに相当する〉
Dependent Clause (Subordinate Clauseに相当する〉
Verbid Clause (S十Vd,Vd十C,S+Vd+Cの形で, Subject, Com幽 plement, Modifi.erの機能を果すUnit.分詞構文,動名詞構文など〉
Verbless Clause (S+C'の結合でV をもたない単位.Sを欠くこと もある.Nexus司object,Nexus‑substantiveなどに類するもの〉
d. PHRASE (2語以上が集って1単位として働きながら Clauseを成 さない単位〉
Modifi.er + Modifi.edの Unit Verb十Auiliaryの Unit
Connective+ Connective(s)の Unit(Phrase Conjunction) Prepositional Phr呂seの Unit
16 伝統文法の枠について
e. WORD (1個または数個の Soundが結合して単一意味を伝える単 位〉
上記5種の構文単位が果す役割を SyntacticalFunctionとして,これ を6種に分類する.
a. Absolute (Independent) b. Verb (Dependent) c. Subject (Dependent) d. Complement (Dependent) e. Modi五er (Dependent) f. Connectiv巴 (Dependent)
この分類で挙げられてある項目はすべて機能を示すものであって, Verb もConnectiveも品詞を示すものではないことに注意せねばならない.例 をもって示すならば 'Se巴ingis believing', 'to see her is to love her' の seeing,believing; to see, to loveはこの分類ではそれぞれ Subjectと Complementであり Verbではない. (品詞としては Nounと考えるべ きであろう.)Unitとしては Word及び Phraseに属するものである.
Aikenに従えば,どのよな伝達話でもヲ内容の如何を問わず 1全体と して見るならば, 常に Sentenceか Non‑sentenceの形をとり, 独立 (Absolute)の機能を果すという.その中には必ず1つ,または1つ以上 の Unitを含み.その Unitは Absolut巴以外の5つの機能の1つ,ま たは1つ以上の機能を果す Absoluteは Sentenceと Non‑sentenceだ けが果す独立機能であって,他の5つの機能は,この独立単位の内にあっ て,部分的にまたは従属的に果されるという. 1, 2の例を示せば 'Not for a mi11ion dollars 1 ' という感嘆文は Non副 総ntenceの Independ巴nt Unit (Absolute)として分類される.'At the turn of the road he found an old mill which had been abandoned'は SentenceF ormをとった Independent Unit (Absolute) として分類される.この中では Clause,
伝統文法の枠について
Phrase, W ordのDnitを含み,それが各々 Verb,Subject, Complement, Modifier, Connectiveの機能を果すわけである.
9
以上は Aikenのプランの中核をなすと考えられる Syntaxの組織の概 要である.外観だけを見ると従来の文法の組織と非常に違っているように 見える.しかしいま少しくこれを仔細に検討するとタ原理的にはその殆ど すべての部分が伝統的な文法で行なわれていた操作と変らないことに気づ くであろう.要するに,それまでのどの文法にも見られたタ品詞を記述の 基礎とするやり方を改めて,その代りに文('Sentence 'の代りに Aiken は,Communication ' という用語を用いp 伝達話として独立の機能を果 す形を総て包括しているので,正規の文より広い意味の丈を指す〉を構成 する単位と,その単位が果す機能を設定して,これを Syntほ の 操 作 の 基 礎としたという所に 'NewPlan' の意義を見出すというのであろう.あ る意味ではこれはたしかに旧来の文法組織の改善案ともいえるけれども,
彼女が操作の対象としてとり上げた個々の事象と処理はその殆ど総てが旧 来の文法家の ideaの所産を出ていない. いわば「伝統文法の並べ変え」
の観がある.
また Aikenの体系では,分詞,動名詞,不定詞を総称する 'Verbal' という従来の名称の代りに Verbid'が用いられているが9 彼女によれば9
VerbとVerbidの区別が必要なのは,意味内容だけに関することである.
すなわち Verbidは FullVerbが表わすような Completeness(文が言 いきられた〉の惑を表わさないというのである この考え方は Jespersen の考え方 weshould be justified in restricting the name verb to those forms (the五niteforms) that have the eminently verbal power of forming sentences, and treatIng the verbids" as a separate
c I
ass15)
Intermediate between nouns and verbs."と同じ態度を示すものとして注
18 伝統文法の枠について
目されるのであるが,それよりもこの定義は,語の文法的分類の基準を,
語のもつ意味に頼るという点で興味があると思う.これはFriesらに始ま る構造主義文法において意味を分析の操作から退けるやり方と基本的対照 をなすものである.結局 Aikenの NewPlan'なるものも,伝統的な文 法に通じている人々を対象とし,従来の文法組織に見られる不備を改革す る意図の下に,英語の記述方法の一つのスタイルを示したのに止まるよう だ.ただそれまでの科学文法学者のやった改革の多くは局部的なことに集 中され,従来の文法の矛盾欠陥の指摘をこととしていたのに対し Aiken は,組織的な再編成を企図し9 古い体系に代るものを提供したものといえ る.しかしそれはあくまでも缶統文法の Rearrangement以上を出るもの でなし従来の組織のモデルの根底をゆすぶる改革であるとはいえない.
それは相当な熟慮の上で行われたプランであるのに,これが出版されて以 来9 今日まで30年を経過し,後の構造主義文法がなしたようにヲ実践的に はそれ以後の英文法の上に何ら見るべき影響を与えてはいない.
10
以上私は20世紀以降に輩出した,英文法の数多い改革者を代表する学者 として,科学文法の先駆をなす HenrySweetと, Sw巴etの後継者として 彼の説を展開させ実際活用にまで応用することに努めた Otto J espersen
L
伝統的な文法の組織的な改革を目指してその再編成をはかった Janet Aikenを挙げて,それぞれの文法理論の特徴を素描してみたが,ここでい ずれの場合にも共通に見られることは,従来の学校文法の組織を基本的に は一応受け容れていることである.この点では Curme,Poutsma, Krui‑ singaのような大家も例外ではないようだ. これら文法学者の目標とする 所は,一様に,英語の表現の実態面をなす具体的事項を如何に記述するか にある.すなわち Usageの問題を扱うことに集中されている.その結果 として,文法家の間に程度の差はあっても,根底において意味中心の文法となっている.これに対し構造主義の文法では,このような具体的事項に 焦点、をあてるのではなし英語の分析や整理は如何にあるべきかという,
その Syst巴m の問題の究明を目壊としている場合が多い. (ただしラ Fries の AmericanEnglish Grammar (1940)は主として Usageの実態究明 に献げられたものである.)たとえば S~V~O の文型の文を分析する場合 を例にとってみると,従来の文法(特に学校文法〉では,
S
,V
,O
のもって いる辞書的な意味は9 はじめから自明のこととしてこの文型を説明し,こ の文の文法的構造と内面構造を同時に知らされる.その方法は素朴に Idi‑ omaticalであって9 なぜ Sが Sであることが分るのか,なぜ、 V が V であることが分るのか,なぜ Oが O であることが分るのか,といった,構造の認知のし方,または手順は問題とされない.そういう面をmechan‑
isticな方法でとりあっかおうとするのが構造主義の文法である.Friesが The Structure of Englishの冒頭において,彼の文法がフそれまで広〈親
16)
しまれてきた文法と基本的に違っていることを強調したのはこの点である.
そしてこのようなモデ、ルの文法においては,当然記述の客観性に絶対価値 が置かれp 意味は体系的記述に主観性を帯びさせるものとして退けられる 結果となる.このように見ていくと,構造主義文法は,体系のもつ外観ス タイルのみならず,文法観そのものから,従来の文法の枠をはずしたもの で,それまでの文法の全部をひっくるめてこれと対立させることのできる 大きな特徴をもっていると考えられるのである.20世紀以降に多〈の英文 法の改革者といわれる進歩的な学者が,それぞれのスタイルによって「新 しい文法」を編さんしたが,これらの新しいとされていた文法ふ構造主 義文法との対比において見るならば9 やはりすべて「伝統的Jといってさ
しっかえはないようである。 0964年4月j 注
1) Sweet, Henry, A NeωEπ'glish G問 問 押wr,Part1 (1891) p. 5 2) Chomsky, Noam, Syntactic Strutctures (Moulton, The Hagu ,e1957)
20 伝統文法の枠について
Harris, Ze1Jig, String A則正ysisof Sentence Structure, Pap巴rson Formal Lin‑ guistics No. 1 (Moulton, the Hague, 1962)
3) Otsuka, T. (Ed.) Dictionary of English G問 問 削r (Sanseido, Tokyo, 1958) s. vGrammaア.
4) Sweet, Henry, N. E. G. Pt. 1, pp. 1‑3.
5) 1900~1930年頃を一つの時代と見,この 30年を底辺とする三角形を想定するな らば,その底辺の両 extremitiesは SweetとAikenでありその頂点をなすも のが Jespersenであると考えてよかろう.
6) 今日では Hazlittの文法は P.P. Howeの編さんによる CompleteTTらrksof William Hazlittの第2巻に再録されたのがあるだけである.Demi 8vo版,本 文106頁に小さな活字をぎっしりと詰めた,相当量の文典である.
7) 大塚高信,英文法論考(研究社, 1939), iW. Haz1ittの文典に就いてJp. 314 なお大塚高信博士は HazlittとGardinerとの著書から次の個所を引用比較して 両者が酷似していることを示している.
". the grammatical distinction of words do not relate to the nature of the things or id阻 spokenof, but to our manner of speaking of them, i. e. to the particular point of view in which w巴 have occasion to consider them, or combine them with others in the same discourse." (Hazlitt, op. cit. p. 7)
The so‑ca1Jed parts of speech are distinctions among words based not upon the nature of objects to which they refer, but upon the mode of their repres‑ entatIon." (Gardiner, A. H, The Theory of Speech and Language, Oxford Univ. Press, 1932, pp. 9‑10)
8) Principal + subordinate co‑complex (1注目 a book which 1 hmフeread once, and which 1 hope to read again.)
Principal十subordinate sub‑complex (1 am anxioω because the letter 1 eXlうectedhas not a円かed.)
Principal sub‑complex十co‑clause(The earth is a big ball that is atτvays sPinning round like a top, and at the same time it moves round the sun in a circle.)
Principalトcoordinatesub.complex (I have written a letter, but it is very badly written, because 1 was in a hurry.)
Co‑complex十subordinatesub司complex(I have atτvays thought, and 1 al‑ ways shall think that it was a mistake which could have been avoiゐ,d.)
Principal十coordinate(principal十subordinatesub‑complex) (I meant to call
仰 youyestenぬy,but ajトiendof yours told me he had heard you ωere
not at hοme.)
Sub‑complex十subordinate (suh‑compI位 十coordinatesub‑complex) (There is not ge河era.l正ymuch dew if the sky is not clear; because,グthesky is cloudy, the clouaなpreventthe印rthjトomgiving out its heat; and if the earth is珂otcold enou昌弘thedew wi・IInot settle on it.)λT. E. G. Pt. 1, pp. 164‑166
9) Pooley, Robert C, Teaching English Grammar, (Appleton四Century‑Crofts, 1957) RycengιJ. A. and Schwartz, J.の編さんによる Per・'spectiveson Laか
guage, An Anthology (The Ronald Press Co. N. Y. 1963)の中にその一部 が集録されている. cf. pp. 131‑132
10) Jespersenは 'Function'という名称が誤解をまねき易いとして3後のAnalytic あmtax(1937)ではこれを Morphoseme'と呼び, alinguistic unit standing at the intersecting point, wher巴formand notion meet"と説明を与えてい
る.(A. S. p. 108)
11) Funke, Otto, Jeψersens Lehre von den 'Three Ranks', Engiische Studien Bd. 60, 1925 pp. 140‑157; Jesp巴rsen,Die Grammatischen Ranks叫ん夙 Ibid. 1926 pp. 300‑‑309; Funke, Ein letztes Wort zur Rang必死fenlehreJesρersens, Ibid. Bd. 61. 1927, pp. 309‑315.
12) Jespersen, A lvIodern English Grammar, Vo .lIV, p. 291 13) Sweet, H, N. E. G. Pt. 1, p. 204
14) Aiken, Janet, R, A New Plan of English Grammar (Henry Holt, N. Y.
1933) pp. iii‑iv
15) Jespersen, The Philosφhy of Grammar, p. 87
16) Fries, C. C, The Structure of English (Longmans, London, 1952) p. 2 The difference between the approach used here and the older appoach lies much deeper than a mere matter of terminology; it rests primarily upon a fundamentally di妊erentview of the nature of grammar " ‑ a view that has given tremendous enthusiasm to students of the new" grammar and fresh hope that the results of their study will become increasingly useful for insight into the nature and functioning of language."