●人工臓器 —最近の進歩 ■ 著者連絡先 大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学 (〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2) E-mail. [email protected]
1. はじめに
人工血管は,永久的に体内に埋め込むことが最初に証明 された,人工臓器の先駆けである。ただ開発当初,人工血 管内には内膜の被覆があるなど宿主への同化が期待された が,実際には移植後何年経過しても内膜には内皮細胞は認 められず,器質化も不十分な症例がほとんどである。 最近,ステントグラフト治療がトピックスとなっている が,実際にこの治療が臨床に導入されたのは1993年であ り,すでに遠隔成績も得られている。ただしステントグラ フトのグラフトは通常人工血管材質と同じであるため,人 工血管そのものに関しては臨床上の革新は認められない。 そこで今回,新規人工血管開発に向けての取り組みを中 心に,2006年秋に本邦で企業製デバイスが使用可能となっ て以降,急速に普及しつつあるステントグラフト治療とそ の問題点,それに対する新たな試みなどを取り上げる。2. 人工血管開発の歩み
理想的な人工血管に求められる特性として,安全性はも ちろんのこと,移植後急性期・慢性期の血栓形成や炎症反 応などの生体反応を抑え,内膜形成を促進し,適当な強度 を維持しつつ自己組織と一体化し,収縮・弛緩をはじめと した血管の生理的機能を有すること,さらには汎用性があ ることなどが挙げられる。 人工血管の歴史は1950年代に遡る。1952年に初めて Voorheesらが動物実験に成功した1)。彼らが用いたヴィ ニヨンNはパラシュートの素材より作製したものであっ た。このころは日本も世界と競争してすばらしい人工血管 を開発・導入していた。1959年には日本でテトロール (ニット製品)が販売され,1960年代は日本製ダクロン人 工血管が普及した。その後資本の問題か,欧米製人工血管 に押されるようになり,日本製人工血管は衰退していくこ とになる。 これまでの人工血管開発の歴史の中で,組織親和性を求 め,Wesolowskiのgossamer concept2)に基づき,多孔質グ ラフトの開発努力がなされてきた。しかし1970年頃から グラフトからの出血やseroma形成などの問題により,低 有孔性が重視されるようになり,上記のような特性を求め るよりも,現実的な導管としての人工血管が開発されるよ うになった。胸部大動脈などの大血管手術では,グラフト からの血液漏れが大きな問題となるが,これを防ぐために ゼラチンあるいはコラーゲンを塗布した人工血管がシール ドグラフトである。これらのシールドグラフトでは,シー ル剤の固定に細胞毒性をもつホルマリンやグルタールアル デヒドなどの架橋剤を用いていたため,移植後の強い炎症 反応による発熱,滲出液貯留,組織修復遅延などが問題と なった。しかし,その後は架橋剤なしにコラーゲンを固定 したシールドグラフトも登場した。またテルモ社からは, コラーゲンやゼラチンの代わりに高分子化合物を2枚の ニットグラフト間にはさむことで,架橋剤を用いないシー ルドグラフトが商品化されており,こういった改良により, 術後の炎症反応も軽減されてきている。 小血管に対応するexpanded polytetrafluoroethylene (ePTFE)では,1970年代の導入時に繊維長に関する検討 が行われ,人工血管としてのhandlingの良さや吻合部の針 穴からの出血予防,血栓付着阻止性から,繊維長が30μm 以下の低有孔性のものが選択された。繊維長約30μmで のporosityは十分に水を通すものであるが,素材がフッ素人工血管の現状とステントグラフトへの応用
*1大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科,*2同 先進心血管治療学講座竹内 麦穂
*1,倉谷 徹
*2系樹脂であるため疎水性となっており,間隙には繊維芽細 胞が侵入しにくく,自己組織による器質化は遅れるが,抗 血栓性は非常に高かった。このため人工血管がむきだしの まま存在する時間が長いが3),開存が最優先される中・小 口径グラフトでは必ずしも多孔質,親水性は必要ないと考 えられ,用いられるようになった。
3. 人工血管の現状とその将来
現存する人工血管は,材質,構造,性質などにより,①布 製人工血管,②PTFE製人工血管,③合成高分子素材製人 工血管,④生体材料由来人工血管,⑤組織工学を応用した 人工血管(TEVG: tissue-engineered vascular graft)に分類 することができる。実際に臨床使用されている人工血管の 材質は,ポリエステル,PTFEがほとんどであるが,それ以 外の合成高分子素材としてはウレタンが挙げられる。弾性 的性質が注目されているが,生体内での劣化の問題から臨 床上普及するに至っていない。小口径人工血管の開発にお いては,様々な合成高分子素材の複合化が試みられ,低圧 から高圧まで生体力学場を感受できる人工骨格により,正 常組織の再構築が大幅に促進される同軸二筒型コンプライ アンス小口径人工血管も報告されている4)。 生体材料由来人工血管は,由来種により異種(Xeno-graft),同種(Homograft)に分類される。Xenograftでは, グルタールアルデヒドなどによる架橋処理や抗石灰化処理 した心臓弁や血管,尿管などが使用されてきた。現在,細 胞親和性向上や低異物反応性を期待し,脱細胞化処理や内 皮細胞を播種する試みなどもなされているが5),細胞毒性 から架橋剤による処理は行わないため,劣化が問題となる。 ま たBSEの 問 題 な ど も あ り,普 及 に は 課 題 が 残 る。 Homograftは,脱 細 胞 化 し た 同 種 生 体 弁 で あ るSyner Graft™(CryoLife社)が承認された。 現行の人工血管の問題点は主に治癒障害,すなわちグラ フト表面や吻合部での自己組織の形成不全である。大口径 の人工血管においては,現行のものでも術後成績はほぼ満 足しうるものではあるが,内皮組織化に関しては,良好と されるダクロンでさえ,臨床では長期移植例でもほとんど 内皮組織化はされていない。このため術後数年経っても, グラフト内腔の血栓形成や二次感染をきたす。特に小口径 の人工血管においては,内膜肥厚や血栓形成がグラフトの 閉塞に直結する。小口径人工血管の開存を維持するには, 内膜肥厚を抑える,抗血栓性を高めるという2つの条件が 必要であり,前者に対する試みとしては薬剤溶出性グラフ トを用いる方法6)が報告されている。後者に対しては内腔 をへパリン化させる方法7)や,内皮化を促進させる方法が 報告されているが,近年は,専ら内皮化促進を目的とした 人工血管の開発努力が盛んに行われている。この観点から, 再び多孔質,親水性の人工血管が見直されており,改めて 内皮組織化や治癒過程に重要であることが指摘されてい る8)。Wangら9)は,ePTFEグラフト内腔の親水化処理に 成功し,Porousな構造を保ったままPAU(polyamino-acid urethane copolymer)でコーティングした1.5 mm径の ePTFEグラフトを開発した。 また,再生医療・組織工学を応用し,自己細胞を播種・ 培養して内膜を張らせるTEVGの開発は,特にわが国にお いて研究が進んでおり,臨床使用例も報告されている10)。 これらの人工血管は細胞培養のscaffold(足場)として機能 し,ポリグリコール酸(PGA),ポリ乳酸(PLA)及び天然高 分子などが用いられる11)。小児心血管外科領域などにお いてはgrowth potentialを有する小口径人工血管の開発が 切望されているが,この点においてもTEVGが期待されて いる12)。4. 新たなる人工血管開発への当教室の試み
上記の如く臨床使用への期待が高まるTEVGであるが, これまで報告されてきたものは,bioreactorなどを用いた 患者細胞の培養や播種が必要であり,その工程は侵襲的か つ複雑で,一定の期間を要するものがほとんどである。こ のため,均一で安定した製品の大量供給は困難であり, contaminationのリスクや,緊急時に使用できないことな ど,実用化には多くの課題が指摘されている。そこで当教室では,Chenらの提唱したIn situ cellulari-zationのコンセプトに着目し13),scaffoldの移植のみで術 前の細胞操作を行わず血管壁を再構築する,自己細胞誘導 型心血管修復素材を開発した。Iwaiらは14),生分解性ポリ マーであるポリラクチン910(glycolic acid と lactic acid の 比率が 90:10 の共重合体:PLGA) を,内腔側に knitted mesh,外側に woven mesh を配し,コラーゲンマイクロス ポンジで架橋処理してシート状のscaffoldを作製した。こ れをイヌの肺動脈主幹部に移植し,組織学的・生化学的評 価にて血管壁構造の再構築を示した。 さらにTorikaiらは15),シート状のPGAとPLAをポリカ プロラクトン(PCL)で張り合わせたPGA/PLLA collagen patchを管状にし,ブタの胸部下行大動脈を置換すること により,12ヶ月間のfollow upで,動脈でも長期間十分な強 度を持つ血管壁の再構築を確認した(図1(a), (b))。この再 構築された動脈壁は血管作動薬によって収縮,弛緩し,形 態学的相同性のみならず物理学的・生理学的特性をも獲得 した。
さらに小口径人工血管の作製に取り組み,生分解性に優 れたPGAと強度維持目的のPLLA の2層構造を保つため, PLLA繊維の芯にPGA繊維を巻きつけて2層構造の糸を作 製し,これを平織りにすることでよりハンドリングに優れ た人工血管素材を開発した。このようなデザインの改良に より,4 mmの小口径人工血管の作製に成功した(図2)。 Yokotaらは16),これをイヌの頸動脈に移植し,12ヶ月まで のfollow upで,全例の開存と良好な内膜形成を確認した。 このように大口径のみならず,課題となっている小口径人 工血管においても良好な結果を得ることができた。 このPGA/PLLAグラフトは,小口径から大口径まで十分 に汎用性に富んだ材料として期待できると思われる。今後, 良好な長期成績が得られることを期待したい。
5. ステントグラフト治療
1986年より,Balkoらによりステントグラフトの実験的 研究が開始され17),1991年にParodiらによる腹部大動脈 瘤に対するステントグラフト治療が臨床応用された18)。また 胸部大動脈瘤に対しても,1992 年よりDakeらにより臨床治 療が開始され,1994 年に初期臨床成績の報告がある19)。本 邦でも1990年よりKatoらが解離性大動脈瘤に対するステ ントグラフト治療の実験を開始し,1993年に解離性大動脈 瘤に対して世界初の臨床応用をした20)。 その時点では PTFE人工血管にGianturco Z stentを用いた自作deviceを 作成したが,改良を重ね,現在ではThin wall polyester woven graftにGianturco Z stentを用いている。自作である ため人工血管サイズは2 mm単位であるが,taper型にする など,大動脈の形状に合わせ種々のステントグラフトを作 製することができる(図3)。ただGianturco Z stent 自体が 25 mm長であり,全くflexibleとは言えない。 企業製造ステントグラフトに関しては,ヨーロッパでは 12種類が使用されている。アメリカでは,FDAの認可を得 ているのは,胸部用でGore Thoracic Aortic Graft(TAG) (W.L. Gore and Associates, Flagstaff, Arizona, USA)(図4),TX2 (Cook, Bloomington, Indiana, USA), Talent graft (Medtronic Endovascular, Minneapolis Minnesota, USA)で あり,その他2種類のdeviceがFDAに申請中となっている。 日本では,TAGのみが2008年5月よりやっと認可された。 2002年よりステントグラフト手術としての手術手技料が 算出できるようになったものの,その手術に用いるステン トグラフト自体がhome-made以外には存在しないという 極めて希有なねじれ現象の中,日本のステントグラフト治 図1 (a)PGA/PLLA-collagen patchを管状にした人工血管,(b)胸部下行大動脈への移植後6ヶ月目の病理組織像(人工血管中央部) 図2 小口径 PGA/PLLA-collagen graft (a) (b)
療は進歩を遂げてきた。このような状況の中でも日本のス テントグラフト技術は全世界の中でトップレベルである。
6. ステントグラフトの素材
ここでは企業製造ステントグラフトにおけるグラフト部 分すなわちステントグラフトに用いる人工血管の素材につ いて言及する。 被覆材料としての人工血管はデリバリーシースサイズに 制限があるため,できるだけ薄い材料を使用している。薄 くなるほど人工血管自体の破綻が心配されるため,損傷を 少なく薄く加工できるポリエステルを用いているステント グラフトが多い。通常より薄くするため,細いポリエステ ル糸を用い,織り密度を落としている。また,ベロア加工, クリンプ,シールド素材といった装飾も取り外されている。 織り構造の特性上,宿主大動脈よりオーバーサイズのステ ントグラフトを挿入すると縦皺ができやすくendoleakの 原因となる可能性がある。一方ePTFEはグラフト素材を 薄くしても耐圧性が保たれる。移植後serum leakageに よ り 瘤 が 拡 大 す る 報 告 が 散 見 さ れ た た め,Gore社 の Excluder,TAGでは従来の素材に繊維長0μmの無透過性 ePTFE被膜を追加する改良を行い,以後seromaの発生は 報告されなくなった。現在TAG, Excluder,Powerlink SystemにePTFE素材が用いられている。7. 当教室における次世代ステントグラフト作製の
試み
前述の人工血管の問題点で取り上げたように,現在ステ ントグラフト作製に用いられるポリエステルやePTFEな どの素材では,術後数年を経てもグラフト内腔に十分な内 膜形成は得られない。このためステントグラフトの固定は expandable stentのradial forceの み に 依 存 し て お り, endoleakやmigrationの一因となっている可能性が指摘さ れている。 これらの合併症に対し,ステントの拡張力を増強したり バーブを取り付けたりする試みもなされてきたが,このよ うな方法では宿主動脈壁に対するmechanical stressが増大 し,解離や動脈硬化など壁の脆弱化を伴う大動脈疾患の治 療においてはリスクが大きい。このような背景の中,宿主 動脈壁と生物学的固定が形成される次世代型ステントグラ フトの開発により,更なる治療成績の改善が期待される。 そこで当教室では,前述の生体吸収性人工血管素材 PGA/PLLAをステントグラフトに応用することで自己細 胞誘導型ステントグラフトを作製し,生物学的固定を強化 する試みを行っている。しかし,PGA/PLLAは依然柔軟性 に乏しく,ステントグラフトには不適であったため,より 柔軟な新規人工血管として,現在人工血管素材として使用 されているpolyethilene terephthalate(PET)繊維の周囲に PGAを巻き付けた2重構造の糸を作製し,編み上げた PET/PGAグラフトを開発した。このグラフトは物性試験 において,透水率は170 ml/cm2/min/120 mmHgとやや高 いものの,引張強度や純曲げ試験で,現在ステントグラフ ト作製に用いられるthin wall polyesterグラフトと同等の 強度と柔軟性を示した。Preliminar yな結果ではあるが, PET/PGAを用いたステントグラフト(図5)のHBDイヌ下 行大動脈への移植実験では,病理組織学的所見において, 生分解性のPGAが吸収された間隙は自己細胞に置換され, グラフトの内側から外側まで自己動脈壁と一体化した組織 図3 様々な形状の自作ステントグラフト 図4 Gore社 TAG図5 PET/PGA graftとGianturco Z stent(a)およびそれらを用
いて作成したステントグラフト(b)
が形成されており,固定力の強化が示唆された。
8. おわりに
TEVGの実用化が待たれるが,当教室のPET/PGAのよ うに,従来の人工血管素材に一部生分解性素材を用い,術 前の細胞操作が不要となることは,人工血管の汎用性から も期待できる。今後は,長期成績も含めたさらなる安全性 確認の後,実際臨床使用が開始された上で研究を重ねてい く必要がある。 文 献1) Voorhees AB Jr, Jaretski A Ⅲ, Blakemore AH: Use of tubes constructed from Vinyon-“N” cloth in bridging arterial defetcts. Ann. Surg 135: 332, 1952
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