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寄稿論文

金属サレン錯体の魅力:多様な触媒作用と高不斉誘起能

九州大学大学院 理学研究院

香 月  勗

Scheme 1.  サレン錯体の構造的な特徴は金属イオンの近傍にエチレン部位が存在することと3,3'位の 間に大きな空間が存在することである。すなわち,エチレン部位に置換基を導入することに より,さらには 3,3' 位に適切な置換基を導入することによって,金属イオンの近傍に目的に 応じた反応空間を構築することが可能である。サレン錯体のもう一つの重要な特徴は, OH N N HO R1 R1 *= stereogenic center OH O R2 R2 H2N NH2 HO O + + R1 R1 * * -2H2O R2 R2

R1= bulky and/or chiral substituent O N N O R1 R1 M 3 3' R2 R2 MXn X 5 5' 3 5 * * 1 * *

はじめに

 近年,光学活性な金属サレン錯体を触媒に用いた不斉合成の報告例が急速に増加している。 サレン錯体の各種誘導体の合成が容易なこと,それらの誘導体の多くがそれぞれ特色ある触 媒作用を示すことが大きな理由である。それ故,さまざまなサレン錯体が合成され,それら を用いて活発な研究が展開されている。本稿では,金属サレン錯体の構造および触媒作用の 基本的な特徴について述べるとともに,筆者らの研究を中心に最近の金属サレン錯体の化学 の進展について述べてみたい。

1. 金属サレン錯体の合成と構造的特徴

 サレン配位子[N,N'-bis(salicylidene)ethylenediamine]およびその誘導体は,相当するサリ チルアルデヒドとエチレンジアミンの誘導体の脱水縮合反応によって合成される。得られた 配位子は,一旦フェノキシドイオン誘導体とした後あるいは塩基性条件下で金属イオンと反 応させることにより,金属サレン錯体(1)に導かれる(Scheme 1)。アルカリ,アルカリ 土類,一部の希土類金属を除くほぼ全ての金属イオンがサレン錯体を形成する。クロム,コ バルト,マンガン錯体などでは,相当する3価の金属イオン錯体が触媒として広く用いられ ているが,これらの錯体は置換容易な2価の金属イオンを用いてサレン錯体を合成した後, 空気酸化などで目的の錯体に変換されている。今日では,3- 位あるいは 3,5- 位に置換基をも つさまざまなサリチルアルデヒドならびに光学活性な各種ジアミンの合成法が確立されてい る(一部は市販されている)ので,異なる中心金属をもつ多様なサレン錯体の入手が可能で ある。

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Fig. 1. Some conformers of metallosalens.  サレン配位子は平面4配位しているが,このことは配位子が平面構造であることを意味す るものではない。エチレンジアミンと中心イオンより構成される5員環キレートは半イス型, エンベロープ型あるいはそれらが少し歪んだ配座をとり得る。この結果,サレン錯体は階段 型〔stepped〕(AおよびB),傘型〔umbrella〕(C),あるいはこれらが少し歪んだ配座のいず れかをとることになる1。階段型配座はキラルであるが,傘型配座はアキラルである。エチ レン部位に置換基を導入すると,両置換基がgaucheの関係をとり,かつ安定な擬エクアトリ アル位を占めた階段型配座(A)が,擬アキシアル位を占めた配座(B)や両置換基がeclipsed の関係をとる傘型配座(C)より有利となる。このことは,置換基を導入することによって, エチレン部位に不斉が導入されるばかりでなく,サレン骨格もキラルとなることを意味して いる2。置換基のないアキラルな錯体(R = H)は,一般に二つの鏡像異性体[AおよびB= ent-A)]の平衡混合物として存在する。しかし,アキラルな錯体でもアピカル配位子(X も しくは Y)がキラルであると,AとBはジアステレオマーの関係になるので,平衡はいずれ か一方の異性体側に傾くことになる。このことを利用すると,アキラルな錯体を触媒に用い る不斉合成が可能となる3。実際に,アキラルなサレンマンガン錯体(3)を触媒に用い,光 学活性なビピリジン -N,N'- オキシド(4)をアピカル配位子としてエポキシ化を行うと高エ ナンチオ選択的に進行する(Scheme 2)4。なおこれらの研究は,アキラルな金属錯体の配 座制御を行って不斉合成を行った最初の例である。その後同様の試みが広く行われている5 M N O N O X Y N N M O O stepped conformation N N M O O umbrella conformation NOM NO enantiomeric X and Y= achiral X X diastereomeric X or Y= chiral R R R

chiral metallosalen complex (R H) A B (= ent-A) A B A B R Y Y 2

achiral metallosalen complex (R= H) C Scheme 2. O2N AcNH O O2N AcNH O O N O N O Mn+ PF6 t-Bu t-Bu t-Bu t-Bu N+ N+ -O O -CH2Cl2, -20 °C 3 (4 mol%) 82% ee, 65% 4 3 4 (5 mol%) PhIO * エチレン部位の存在によってもたらされる構造的な柔軟さである。サレン錯体は殆どがオク タヘドラル構造を有しており,その多くはサレン配位子が中心イオンに平面4配位している (トランス - 異性体,2)。すなわち,配位子の4箇の配位原子(N,N,O,O)はエクアトリアル 位を占めており,アピカル位には他の配位子(X, Y)が結合している(Fig. 1)1

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 サレン錯体のもう一つの大きな特徴は,配位異性体の存在である。上述の如く,サレン配 位子の多くは平面4配位をしているが,二座配位性の添加剤(X-Y)を加えるとこれらがシ ス配位する結果,サレン配位子の1個の酸素原子がアピカル位に移動したシス-β配位をとる ことが多い(Fig. 2)6。なお,Zr, Ru, Hf など第2および第3遷移系列のサレン錯体では二 座配位子が存在しなくてもシス -β配位をとることがある。これらのシス -β錯体は平面4配 位型錯体と異なって,錯体の第1配位圏がキラルであり不斉場構築に関して大きな利点を有 している。すなわち,シス -β錯体は鏡像異性の関係にある∆もしくはΛ異性体として存在 し,中心金属はキラルである。この中心金属のキラリティーは,一般にジアミン部の不斉に よって決まる。シス-β錯体のこの特徴を活かして配位子の設計を行うことができれば,より 高い不斉誘起能をもつ触媒の設計が可能になるものと期待される。特に,二座配位が可能な 基質の反応や配位性官能基をもつ基質間の分子間反応に対して,シス-β錯体は効果的な反応 場を提供するものと考えられる。なお,サレン錯体は二つの酸素原子がアピカル位に配位し た構造(シス -α錯体)をとることも可能であるが,通常は不安定であり不斉触媒反応への 応用例も殆ど報告されていないのでここでは取り上げない。

Fig. 2. Structures of cis-isomers.

2. 平面4配位型サレン錯体を用いる不斉原子移動反応

 平面4配位型サレン錯体は適切な前駆体と反応してオキセノイド,ナイトレノイド,カル ベノイド中間体を与えることにより,オレフィンあるいはヘテロ原子への付加反応あるいは C-H結合への挿入反応を触媒する(Scheme 3)。 M N X O N Y O M N X O N Y O (∆) (Λ) enantiomeric cis-β isomer M N X Y N O O cis-α isomer

Scheme 3. Reaction via oxenoid, nitrenoid, or carbenoid intermediate.

 これらの各原子移動反応を効率よくかつ高立体選択的に行うためには,オキセノイド,ナ イトレノイド,カルベノイドの各前駆体に応じた中心金属の選択と得られる中間体の構造を 考慮に入れたサレン配位子の設計が必要である。1986年,藤田らによって光学活性なサ レンバナジウム錯体(5)を用いたスルフィドの不斉酸化が報告された7。その後,1990 年 Jacobsen ら8と筆者ら9によってマンガン錯体(6,8 79)を用いた不斉エポキシ化の研究が 報告され,3位に嵩高い置換基をもつサレン配位子の有用性が明らかにされた(Scheme 4)。 O M N ON X P-G=Y O M N ON X GP H S PG H P G S G-P G=O: P= non, Y= IPh

G=N: P= R, Y= IPh or N2 G=C: P= R and H, Y= N2

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これらの報告を契機として,サレン錯体を用いた不斉酸化の研究が活発に行われることと なった。反応の立体選択性は,エポキシ化を例にとると,オキセノイド種(オキソ体,Scheme 3, G= O, P= non)への基質の接近方向と接近の際の基質の配向に依存している。すなわち, 接近方向と配向を制御することができれば高選択性が達成されることになる。この接近方向 と配向の制御機構については未だ議論があるが,ここでは実験結果に基づいて筆者らが提唱 している仮説を述べる。前述のようにアキラルなサレン錯体を用いた不斉エポキシ化の実験 から,オキソ体は階段型配座をとっていることが推測される。このことは計算結果からも支 持されている10。3,3' 位に嵩高い置換基(R1)が存在する場合,オレフィンはより大きな置 換基(RL)を 3,3' 位置換基(R1)から遠い側に向け,下向きのベンゼン環に近い N-M 結合軸 に沿ってオキソ体に接近する(Fig. 3)2。もう一つの N-M 結合軸に沿った接近は上向きのベ N N O MnO R1 R1 R2 R2 L R3 R3 O Rs RL 3' 3 5 5' Rs RL Scheme 4. N O N O M X R1 R1 R3 R3

5: M= V=O, R1= t-Bu, R2= H, R3,R3= -(CH2)4-, X= non 6: M= Mn+, R1= t-Bu, R2= H, R3= Ph, X= PF6 -7: M= Mn+, R1= CH(Et)Ph, R2= H, R3= Ph, X= PF6 -R2 R2 8: M= Mn, R1,R2= t-Bu, R3,R3= -(CH2)4-, X= Cl O N Mn N O Ph Ph (R) (S) Ar Ar OAc 9: Ar= 3,5-(CH3)2C6H4 PhI=O or NaClO O Mn(salen) 6: 78% ee, 72% 8: 86% ee, 67% 9: 96% ee, 61% 4-PPNO

4-PPNO= 4-phenylpyridine N-oxide

 筆者らは,3,3' 位の置換基をオキソ結合のより近傍に配置することができれば,オレフィ ンの配向がより厳密に制御されエナンチオ選択性が向上するものと期待した。そこでt-ブチ ル基に代わる3,3'-置換基として2-フェニルナフチル基をもつサレン錯体(9)を設計した12a この錯体では,ナフチル環上の2-フェニル基がオキソ結合側を向き,望ましい空間に配置す るものと考えた。後に,X線構造解析によってこのことは確認された13。錯体(9)を用い てエポキシ化を行うと,期待通りにエナンチオ選択性は飛躍的に向上した。シス - 二置換お よび三置換オレフィンのエポキシ化では一般的に90% ee以上の高エナンチオ選択性が得ら れる12。なお,エポキシ化のエナンチオ選択性はアピカル配位子の性質によって影響され, 通常は 4- フェニルピリジン N- オキシド(4-PPNO)を添加して反応を行う(Scheme 4)。し かしながら,マンガン錯体は階段型配座をとるものの比較的平面に近いことと反応がラジカ ル中間体を経ることからトランス-二置換オレフィンや末端オレフィンのエポキシ化では良 好な選択性が得られない12b ンゼン環との反撥によって不利になるものと考え られる。5位に嵩高い置換基(R2)があると(錯 体8 11) ,上向きのベンゼン環側からの基質の接 近はさらに不利になり,反応のエナンチオ選択性 は向上する(Scheme 4)11(なお,錯体(8)を 導入した Jacobsen ら自身は,オレフィンは3,5 位の置換基を避けてジアミン側から接近すると主 張しているが11,この提案はその後に報告された 結果と相容れない2b 3,3'位の嵩高い置換基とし てt-ブチル基が主として用いられ,不斉エポキシ 化などでは良好な結果を収めているが,他の原子 移動反応では必ずしも期待した結果が得られない ことがある。 Fig. 3.

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 最近,サレンルテニウム錯体(10)を触媒に用いると,オレフィンの置換様式に関係なく 高選択性が得られることを見出すことができた(Scheme 5)14。錯体(10)は歪んだ階段 型構造をとっており,トランス - 二置換や四置換オレフィンでもオキソ種に接近できるもの と考えられる15。反応は立体特異的であり,シス - オレフィンからはシス - エポキシドが, トランス - オレフィンからはトランス - エポキシドが得られる。なお,錯体(10)は光照射 下で活性化され,触媒作用を示す。すなわち,錯体(10)は配位飽和であり触媒不活性であ るが,光照射によるニトロシル基の解離によって配位不飽和となり触媒活性となる。 Scheme 5.  オキセノイド種(オキソ種)はエポキシ化のみならず,C-H 結合のヒドロキシ化も行うこ とができる。二つの反応に用いられる至適マンガン錯体の構造,反応条件が異なっているこ とから,両者の不斉誘起機構には違いがあるものと推測される。C-H 酸化によるメソ - テト ラヒドロフランの非対称化には,R,S- 型ではなく R,R- 型の錯体(11)が適しており,90% ee と高選択性が得られる16。エポキシ化の時に必要とされた 4-PPNO を添加すると選択性が低 下する(Scheme 6)。 Ph Ph

TMPO= tetramethylpyrazine N,N'-dioxide O * * 82% ee 10, hν, TMPO r.t.

DCPO= 2,6-dichloropyridine N-oxide Ph Ph O 87% ee O N Ru N O Ph Ph (R) (S) Cl NO 10 10, hν, DCPO r.t. O N Ru N O Cl O N Ru N O Cl O N Ru N O Cl -NO hν NO DCPO O epoxidation 10 TMPO or Scheme 6.  ナイトレノイドはオキセノイドと等電子構造をもつ活性種であるが,前者は窒素原子上に 置換基があり,その空間的配置が反応場の不斉環境に大きく影響する。接近する基質の配向 にも大きな影響を与える。それ故,ヒドロキシル化で高選択性を示した錯体(11)をただ単 に用いたのでは十分な選択性は得られない。しかし,p-トルエンスルホニル基の配向を考慮 して設計された錯体(12)を用いるとスチレン類のアジリジン化で高エナンチオ選択性を得 ることができる(Scheme 7)17 O N Mn+ N O Ph Ph (R) (R) O O OH 11 (2 mol%), PhIO -30 °C, C6H5Cl 89% ee O O OH 11 (2 mol%), PhIO -30 °C, C6H5Cl 90% ee H H H H PF6 11

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Scheme 7.  最近,Che らはサレンルテニウム錯体(13)がナイトレン移動反応の優れた触媒であるこ とを報告している。収率に改善の余地があるものの,エノールのアミノ化で優れた選択性が 得られている(Scheme 8)18。ただこれまでの反応ではナイトレン前駆体に N- トルエンス ルホニルヨージナンが用いられており,反応の進行とともにヨードベンゼンが副生する。こ のため反応の原子効率が低く,前駆体の改善が必要である。 Ph Ph N N Me Me O O Mn+ 12 Ar 12, CH3C6H4SO2N=IPh rt, 4-PPNO Ar N Ts Ar= Ph: 94% ee, 76% Ar= p-ClC6H4: 86% ee, 70% AcO Scheme 8.  前駆体にトルエンスルホニルアジド(TsN3)を用いることができれば,原子効率がかなり 改善される。Jacobsen らによって銅 - ジイミン錯体を触媒とし TsN3を前駆体に用いたアジリ ジン化が既に報告されているが,アジドの分解のために紫外線の照射が必要であるうえにエ ナンチオ選択性も不十分である19。筆者らはアピカル位に CO 配位子をもつサレンルテニウ ム錯体(14)がスルフィドの存在下室温でアジドの分解を促進し,相当するスルフィミドを 高エナンチオ選択的に与えることを見出した(Scheme 9)。アジドとしては,N- アリール スルホニルアジド20以外に適度な嵩高さと電子吸引性を有するアルキル基をもつカルバモイ ルアジドを前駆体として利用することも可能である21。スチレン誘導体のアジリジン化も TsN3を用いて高エナンチオ選択的に行うことができる(Scheme 10)22 13a (11 mol%) PhI=NTs, CH2Cl2, r.t. Ru N N O O Bu-t t-Bu 83% ee, 68% NTs * * L L R R 13a: R= NO2, 13b: R= Br 13b (11 mol%) OSiMe3 O NHTs 97% ee, 17% * PhI=NTs, CH2Cl2, r.t. L= PPh3 Scheme 9. O N N O Ru Ph Ph Ph S CH3 Ph S CH3 NTs CO TsN3 14 14 (2 mol %) MS 4A, CH2Cl2, r.t. + 98% ee, 99% + Ph S CH3 Ph S CH3 NR Cl3CC(CH3)OCON3 14 (2 mol %) MS 4A, CH2Cl2, r.t. + 95% ee, 93% + R= COOC(CH3)2CCl3

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Scheme 10.  オキセノイド種と同様に,ナイトレノイド種もベンジル位やアリル位の活性C-H結合に挿 入する。基質がオレフィンの場合,C-H アミノ化はアジリジン化との競争反応となるが,サ レン配位子に電子吸引基を導入するとアミノ化が優先して進行するようになる。臭素を導入 したサレンマンガン錯体(15)を用いたときに C-H アミノ化としては最高の 89% ee が観測 された(Scheme 11)23。ただ,前駆体が N- スルホニルイミノヨージナンであり,原子効率 に関して改善の余地がある。 Ph 14, TsN3 MS 4A, CH2Cl2, r.t. Ph N Ts 87% ee, 71% 14, TsN3 MS 4A, CH2Cl2, r.t. N Ts 95% ee, 85% Ph Ph 14, TsN3 MS 4A, CH2Cl2, r.t. NTs * * 92% ee, 25% Scheme 11.  ジアゾ化合物はカルベノイド中間体を経る不斉シクロプロパン化の前駆体として広く用い られている。顕谷らの報告を契機として,銅,ロジウム,ルテニウムなどの触媒を用いた優 れた不斉シクロプロパン化が報告されているが,それらの殆どがトランス選択的反応で ある24,25  筆者らも,サレンコバルト(III)錯体(16)がジアゾエステルを用いたシクロプロパン化を 高トランス,高エナンチオ選択的に触媒することを見出した(Scheme 12)。興味あること に,5位の置換基の電子効果およびアピカル配位子のトランス効果が反応のエナンチオ選択 性に大きな影響を及ぼす。一方,錯体の 3,3' 位に置換基があると触媒活性がなくなることか ら,オレフィンはO-Co結合軸に添ってカルベノイド中間体に接近するものと推測された26 Mn+ N N O O NHTs Br Br Br Br PF6 15, PhI=NTs MS 4Å, -40 °C, CH2Cl2 15 * NHTs 77% ee, 67% 89% ee, 71% 15, PhI=NTs MS 4Å, -40 °C, CH2Cl2 Scheme 12. Ph + N2CHCO2-t-Bu 16 CH2Cl2, r.t. CO2-t-Bu Ph + CO2-t-Bu Ph trans cis trans : cis X= I, Y= t-Bu: 75% ee (95 : 5) X= Br, Y= t-Bu: 83% ee (94 : 6) 42% ee X= Br, Y= MeO: 93% ee (96 : 4) 91% ee O N N O Co X Ph Ph Y Y 16

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 これとは異なり,サレンルテニウム錯体(17)は 3,3' 位に置換基が存在しているにも拘わ らず光照射下でシクロプロパン化を触媒する。この反応は,高エナンチオ選択性と同時に高 シス選択性を示す(Scheme 13)27。単純なオレフィンのシクロプロパン化で高シス選択性 が示された初めての例である。エポキシ化の項で述べたようにサレンルテニウム錯体は歪ん だ階段状構造をとっているために3,3'位の置換基の間に大きなスペースがあり,その間を通 るオレフィンの配向が規制されて高シス選択性が得られるものと考えられた。同じ配位子を もつサレンコバルト(II)錯体(18)も触媒活性を示す。18 も 17 と同様に高シス,高エナン チオ選択性を示すが,興味あることに18 と 17 とでは不斉誘起のセンスが逆である28。この ことは,18 と 17 とではオレフィンの接近方向が異なることを示唆している。コバルト(III) 錯体(16)を用いた反応と同様にコバルト(II)錯体(18)を用いた反応でも 3,3' 位置換基は O-Co結合軸に沿ったオレフィンの接近を阻害すると考えられる。このことは,オレフィン が N-Co 結合軸に沿って接近することを意味する。ただ,16 を用いた反応では困難な N-Co 結合軸に沿った接近が18 を用いた反応では何故可能なのかは未だ不明である。しかし,17 および18 を用いた反応で接近経路が異なることは,以下の実験からも支持される。すなわ ち,ジアミン部の不斉を除いた17および18の誘導体をシクロプロパン化の触媒に用いると, 17の誘導体は17と類似の選択性を示すのに反して,18の誘導体は全くエナンチオ選択性を 示さない28b。なお,錯体(18)は市販のエチルジアゾアセタートをカルベン前駆体に用い ても高シス,高エナンチオ選択性を示す28 Scheme 13. + Ph Ph CO2-R + Ph CO2R N2CHCO2R 17, R= t-Bu: 2% ee (7 : 93) 98% ee (hν) N O N O Ru Ph Ph NO Cl 17 catalyst N O N O Co Ph Ph 18 18, R= t-Bu: -% ee (2 : 98) -98% ee (NMI) 18, R= Et: -% ee (1 : 99) -99% ee (NMI)

: proposed approach of olefin

NMI= N-methylimidazole O N Co N O Me Me 19 R1= Ph, R2, R3 =H: 97% ee, 67% O O CHN2 R1 R2 O R2 R1 H R3 O R1= Ph, R2= Me, R3 =H: 90% ee, 70% R3 19 (5 mol %) N-methylimidazole THF, r.t. O H R3 R2 17 (5 mol%), hν THF (5 ml), r.t., 16 h R1 R2 R1 R3 CHN2 O R1= Ph, R2, R3 =H: 94% ee, 78% R1= (CH3)2C=CH(CH2)2, R2= Me, R3 =H: 90% ee, 70% Scheme 14.  錯体(18)を改良した 19 を触媒に用いると,アルケニルジアゾアセタートの分子内シク ロプロパン化が高エナンチオ選択的に進行する(Scheme 14)。一方,アルケニルジアゾケ トンの分子内シクロプロパン化の触媒としては17 が適しており,高選択性を示す29

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 以上述べてきたように,適切に設計された平面4配位型サレン錯体を触媒に用いることに よって,オキセノイド,ナイトレノイド,カルベノイド移動反応の立体化学が高度に制御さ れる。

3. シス - βサレン錯体を用いる不斉合成反応

 第1節で述べたように,多くの金属サレン 錯体は平面4配位構造をとるがシュウ酸イオ ンやアセチルアセトンのような二座配位子が 配位するとシス -β構造に変化する。このシ ス-βサレン錯体は,中心金属がキラルである ということの他に,平面4配位構造では得ら れないいくつかの特徴を示す。チタンサレン 錯体などいくつかのサレン錯体はµ- オキソ 結合を介して二量体を形成する(Fig. 4)。こ のµ- オキソ錯体でサレン配位子が平面4配 位している場合両金属イオンに配位した配位 子(L1, L2)の間での分子内反応は困難である が,配位子がシス -β配位すると両配位子の間での分子反応が可能となる。さらに,Fig. 2で 示したように,シス -βサレン錯体は二配位性の基質あるいは反応剤(X-Y)を用いる反応に 対して優れた反応場を提供するものと期待される。  シス -β-µ- オキソ錯体の特徴を活かして,Belokon’ らは高エナンチオ選択的トリメチルシ アノ化を報告した30。チタンサレン錯体にアミン存在下で水を作用させるとサレン配位子が シス -β構造をもつジ -µ- オキソ錯体(20)を形成する。ジ -µ- オキソ錯体(20)にアルデヒ ドとトリメチルシリルシアニドを作用させると,µ-オキソ結合の一つが開裂しそれぞれのチ タンイオンにアルデヒドとシアニドが配位したµ- オキソ錯体を与える。このときそれぞれ のサレン配位子がシス -β構造をとると,アルデヒドとシアニドは分子内で反応が可能とな る。それぞれが光学活性なチタンイオンに配位しており,反応は高エナンチオ選択的に進行 する(Scheme 15)。 M N O N O M N O N O M N O N O O M O N N O O µ-oxo-trans µ-oxo-cis L1 L1 L2 L2 Ti O O N O O N Ti O N O N Ti N N O O Cl Cl H2O N OH N HO Bu-t t-Bu t-Bu Bu-t N N OH HO NEt3 Me3SiCN PhCHO Ti N O N NC O O Ti O O N O N H Ph + CN O Ti N N O O NC Ti N N O O NC O Ti N N O O NC Ti N N O O O Me3SiCN Ph NC NC Ph OSiMe3 RCHO + Me3SiCN R CN OSiMe3 R= Ph: 86% ee, R=4-MeOC6H4: 84% ee 20 20 20 Scheme 15. Fig. 4.

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Ti O O N O O N Ti O N O N

di-µ-oxo Ti(salen)

21 Ti N N O O O O H2O2 MeOH-d4 MeOH-d4 Ti N N O O OCD3 OCD3 MeOH-d4 H2O2 trans-Ti(salen) complex S Ph Me urea•H2O2 23 S Ph Me O 98%ee, 78% n-C8H17 S Me n-C8H17 S Me O * 92% ee, 70% O N Ti N O Ph Ph Cl Cl 22 (R,R)-Ti(salen) 22 H2O, NEt3 CH2Cl2, r.t.

di-µ-oxo Ti(salen) 23 MeOH, 0 °C, 24h

23 (2 mol%) , UHP (1.0 eq) S S R S S R * O 99% ee, 91% R= Ph 99% ee, 93% R= Bn trans /cis >99 : 1 94 : 6 urea•H2O2 23  筆者らは,チタンイオン上で速やかなアルコキシド交換が進行することおよび過酸化水素 が二座配位子であることを考慮して,ジ-µ-オキソ錯体を過酸化水素で処理するとシス-β ペ ルオキソチタン錯体(21)を与えるものと考えた(Scheme 16)。21 ではペルオキソ部位は 不斉空間の中に固定されており,それを用いた不斉酸化に興味が持たれた。そこで,チタン 錯体(22)を相当するジ -µ- オキソ錯体(23)に変換した後,尿素・過酸化水素付加体を用 いてペルオキソ錯体を発生させ,各種スルフィドの酸化を試みたところ,アルキルアリール スルフィドのみならずジアルキルスルフィドやジチアンなどが高エナンチオ選択的に酸化さ れることが見出された(Scheme 17)31。なお,その後の検討で錯体(21)はジ -µ- オキソ 錯体から直接得られるのではなく,トランス型錯体を経て生成することが明らかとなった (Scheme 16)31b Scheme 16. Scheme 17. O RL Rs HOOR RL Rs O O OR H O Rs RL O Criegee intermediate B: O RL Rs OR O H :B : . . > O RL Rs O H B: : . . RO  Baeyer-Villiger 反応はカルボニル 化合物をエステルあるいはラクトン に変換する最も簡便な方法である (Scheme 18)。この反応は Criegee 中間体の転位を経て進行するが, 転位に必要な軌道相互作用[σ-σ*相 互作用]を行うためには,転位する アルキル基が酸素−酸素結合に対し てアンチ - ペリプラナー配置をとる ことが必要である32。一般的には, Scheme 18.

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N N O O Co t-Bu Bu-t t-Bu Bu-t SbF6 N N O O Co F F F F SbF6 Ph O catalyst, H2O2 CH2Cl2, r.t. O Ph O 24 25 24: 20%, 0% ee 25: 30%, 57% ee 25: 72%, 77% ee (EtOH, -20 °C) Scheme 19.  ついで,本来はトランス型錯体であるが,反応系中で Criegee 中間体とシス -β型キレート 錯体を形成し得る触媒を用いて Baeyer-Villiger 反応の立体化学を制御することを試みた。そ の結果,サレンジルコニウム錯体(26)を用いたときに 80% ee 以上の良好な選択性が得ら れた(Scheme 20)37。さらに興味深いことに,ラセミのケトンを出発物質に用いた反応を 検討したところ,触媒の位置選択性は Baeyer-Villiger 反応の通常の転位傾向を大きく凌駕し ていることが明らかとなった。すなわち,一方の鏡像異性体からはメチン炭素が転位して生 じた normal- ラクトンが得られるが,もう一方の異性体からはメチレン炭素が転位した abnormal- ラクトンが得られる(Scheme 21)38。酵素に匹敵する選択性である。 N N O O Ph Ph Zr Y Y 26 UHP= urea•H2O2 R= C6H5: 87% ee, 68%

R= p-MeOC6H4: 84% ee, 43% R= n-C8H17: 81% ee, 63% O R 26 (5 mol%), UHP CH2Cl2, r.t. 94% ee, 99% O O O O O R 26 (5 mol%), UHP CH2Cl2, r.t. H H Y= PhO Scheme 20. 枝分かれが多く求核性の高いアルキル基(RL)が枝分かれの少ないアルキル基(RS)に優先 して転位するが,中間体の配座を制御することができれば,RSを RLに優先して転位させる ことが可能と思われた。酵素反応ではそのような例が数多く報告されている。不斉 Baeyer-Villiger反応33の研究でも,反応機構は明らかにされていないものの同様の反応が1例報告 されている34。このことから,触媒を用いて中間体の配座を制御することができれば,酵素 と同様の選択性を達成できるものと考えた。  酸化剤に過酸化水素を用いて得られる Criegee 中間体(R = H)は二座配位子と見做される ことから,シス-β型錯体とキレートを形成するものと期待された。このキレートの配座を適 切に制御することができれば,Baeyer-Villiger 反応の立体化学は制御可能なはずである。こ の考えに基づいて,平面4配位型サレンコバルト錯体(24)とシス -β構造をもつコバルト 錯体(25)の触媒作用を比較したところ,両者ともに触媒活性を示すが,前者はエナン チオ選択性を全く示さず後者のみが中程度の選択性を示すことが明らかとなった(Scheme 19)35,36

(12)

N N RuIII O O OH R R Cl N N RuIV O O OP R R Cl N N RuIII O O OH R R Cl N N RuIII O O OP R R Cl O2 H2O2 27 hν, –NO R2C=O R2CHOH •O2H or •O2– hν R2CHOH •O2H or •O2– P= H or non O O 26, UHP, ClC6H5 r.t. (racemic) fast isomer slow isomer O O O O +

normal lactone 40 : 1 ent-abnormal lactone (matching pair) O O O O +

ent-normal lactone 1 : 35 abnormal lactone (mis-matching pair) Scheme 21.

4. 酸素酸化への応用

 先に述べたようにサレンマンガンおよびルテニウム錯体は優れた不斉酸化触媒であるが, いずれの反応も化学的酸化剤の使用が必要である。原子効率および環境調和性の観点から, 常温常圧下での分子状酸素,特に空気の効率的な利用法の開発が求められている。筆者らは, サレンルテニウム錯体が空気酸化の優れた触媒であることを見出した。  可視光を照射しながらルテニウム錯体(27)とラセミの第2級アルコールを空気雰囲気下 で撹拌すると,アルコールの速度論分割が起こる(Scheme 22)。相対速度比は 11-20 であ るが酸素を用いた酸化的速度論分割の最初の例である39。反応機構の詳細は不明であるが, 2-ナフトールを同じ条件に曝すと光学活性なビナフトールが得られることから40,アルコー ルが配位したルテニウムイオンが1電子酸化を受けた後にアルコキシラジカルの生成を経て 進行しているものと考えられる(Scheme 23)。ただ,1電子移動がプロトン移動を伴うか 否かは現時点では不明である。 Scheme 22. Ru N N O O Ph Ph Cl NO Ph OH 27 27, air, hν, r.t. Ph OH Ph O + kS/kR= 20 65% conversion >99.5% ee OH OH OH (X 2) * 65% ee Scheme 23.

(13)

 アルコールがルテニウムイオンに配位して酸化が進行するものであれば,イオンの近傍の ジアミン部を嵩高くすれば第1級アルコールと第2級アルコールが区別して酸化されるもの と期待された。実際に 1,2- テトラメチルエチレンジアミンより導いた錯体(28)を触媒に用 いると第1級アルコールが選択的に酸化された(Scheme 24)41。ジオールの場合には末端 アルコールが選択的に酸化されてラクトールが得られる42。いずれの反応でも,カルボン 酸やラクトンへの過剰酸化は観測されない。 OH n O n OH n= 1: 81% n= 2: 95% OH 28, air, hν ether OH OH 28, hν, air d6-benzene, r.t., 12 h O OH quantitative 0% + N O N O Ru 28 Bu-t t-Bu Cl Bu-t t-Bu NO Ru N N O O Ar Ar OH NO 29 Ar= p-C6H5C6H4 Me Me OH OH 29, air, hν CHCl3, r.t. O OH 80% ee, 80% Scheme 24.  以上の結果から,光学活性なルテニウムサレン錯体を触媒に用いてメソ - ジオールの酸化 を行えば,光学活性なラクトールが得られるものと期待された。メソ - ジオールの酸化的非 対称化は広く試みられているが,酵素法あるいは化学的手法のいずれもが光学活性なラクト ンを生成物として与える。種々検討した結果,アピカル位にヒドロキシ基をもつ錯体(29) を用いた時に,メソ -1,2-ジ(ヒドロキシメチル)シクロヘキサンの反応で 80% ee の選択性が 観測された(Scheme 25)43。本反応の適用範囲については現在検討中である。 Scheme 25.

おわりに

 金属サレン錯体はここで述べた触媒作用のほかにもルイス酸触媒などとして数多くの不斉 触媒作用を示す。紙数の都合で省かせて戴いたが,それらに関しては適切な総説44を参考い ただければ幸いである。  なお,本研究は参考文献中に記した共同研究者の大いなる熱意と注意深い観察によって達 成されたものである。ここに深く感謝します。また,文部省科学研究費ならびに科学技術振 興機構(CREST)による研究助成に感謝します。

(14)

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ナンチオ選択性が得られることを報告している (Ref. 24a). 26) T. Fukuda, T. Katsuki, Tetrahedron, 53, 7201 (1997).

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(15)

執筆者紹介

香月 勗 

(かつき つとむ) 九州大学大学院 理学研究院 教授 [ご経歴] 1971年 九州大学大学院理学研究科修士課程修了,1971年 九州大学理学部化学科助 手,1979年9月∼1981年8月 スタンホード大学およびマサチューセッツ工科大学博士研究員(K. B. Sharpless教授),1989年 九州大学理学部教授,2000年より現職。1996年井上学術賞,1998 年有機合成化学協会賞。2001年モレキュラーキラリティー賞,日本化学会賞受賞。 [ご専門] 触媒的不斉合成反応の研究,天然有機化合物の合成研究。 35) T. Uchida, T. Katsuki, Tetrahedron Lett., 42, 6911 (2001).

36) Seebachらによって,筆者らと同時期に Criegee 中間体の配座制御に基づく

Baeyer-Villiger反応の立体制御が試みられている: M. Aoki, D. Seebach, Helv. Chim. Acta, 84, 187 (2001).

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