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● シンポジウム 2 神経保護と神経再生
要 旨 頭部外傷に伴う脳組織の変性と再生を予測することは困難であり,このことが適切な治療方法の選択を困難 にしている.頭部外傷の基礎研究が進展しない原因の一つとして,臨床を適切に反映した動物モデルがないこ とが挙げられる.ヒトでは頭蓋を破壊しない程度の物理的衝撃であっても脳挫傷を引き起こしうるが,これを げっ歯類などにおいて再現することは困難である.従来の頭部外傷モデルは,頭蓋を除去して露出させた脳実 質に物理的衝撃を与えることによって作成されている.しかし,頭蓋除去はグリア細胞の活性化などを引き起 こすため,こういったモデルでは変性が長期にわたって進行し,再生がみられる場合はほとんどない.この問 題を解決するため,頭蓋の一部を薄削し,この部分から照射した光によって大脳皮質の一部を破壊する方法を 開発した.この光傷害と名付けた方法を用いて,閉鎖性頭部外傷に伴う脳組織の変化を検討したところ,傷害 24時間後から出血が顕在化し,損傷部位は約 1 カ月の間に縮小して脳挫傷を形成した.また,損傷の収縮過 程において活性化ミクログリアが損傷内部に集積する一方,ネスチンを発現する活性化アストロサイトの突起 が損傷周辺部位を覆い,この部分で顕著な組織再生が進行した.ネスチン陽性活性化アストロサイトは顕著な 脂肪酸の取り込みを示したことから,損傷部位におけるエネルギー代謝を維持し,組織再生を促進しているの かもしれない. (脳循環代謝 25:63∼66,2014) キーワード : 閉鎖性脳傷害,組織再生,グリオーシス,ネスチン,VEGFイントロダクション
ゼブラフィッシュでは脳組織が高い再生能力をも ち,脳損傷がほぼ完全に修復されることが知られてい る1).これは,脳組織が潜在的な再生能力を持つこと を示唆しているが,脳傷害の臨床において脳組織再生 と機能回復は個人差が非常に大きい.おそらくヒトの 脳は,「神経細胞の密度」と「神経活動の頻度」がともに 高いため,傷害に伴う興奮毒性,炎症,代謝負荷など の影響が大きく,再生能力が発揮されにくいと考えら れる.とくに,近年の多光子顕微鏡を用いた in vivo イ メージングにより,哺乳動物の脳では,正常状態にお いても,神経細胞が代謝負荷にさらされていることが 明らかになりつつある.すなわち,毛細血管から離れ た脳組織は NADH の自家蛍光が高いことから,ATP 産生に必要な酸素が不足している2).ヒトの脳血流 は,神経細胞が消費しているエネルギー消費に対して 十分ではなく,fMRI でみられる Neurovascular coupling は,神経活動に伴って消費された ATP を補充するこ とよりも,むしろ ATP 産生に対する抑制を解除する 役割があるのかもしれない.脳傷害はカリウムイオン の蓄積や血流の不全によってエネルギー収支をさらに 悪化させるため,脳細胞の生存が長期にわたって脅か され,潜在的な再生能力は失われる.しかし,血流の 供給増加や神経細胞の代謝抑制によってエネルギー収 支を改善することができれば,潜在的な再生能力を引 き出し,高い確率で脳機能を回復させることができる かもしれない.新規脳傷害モデル「光傷害」における
脳組織再生とグリア細胞の活性化
森田 光洋
神戸大学大学院理学研究科 〒 657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町 1-1 TEL: 078-803-6636 FAX: 078-803-6636 E-mail: mmorita@boar.kobe-u.ac.jp脳循環代謝 第 25 巻 第 2 号 ─ 64 ─ アストロサイトは神経細胞と血管の間に介在する細 胞であり,脳における血流や栄養供給に主要な役割を 果たしている.哺乳類の脳におけるエネルギー収支は 進化に伴って急速に悪化したため,アストロサイトの 発達によりこれを補ったと考えられる.それでは,脳 傷害に伴うエネルギー収支の破綻に対して,アストロ サイトはどのように対応するのであろうか? この細 胞は様々な神経精神疾患において活性化され,形態, 増殖および遺伝子発現が大きく変化することが知られ ている.この活性化はエネルギー収支を改善し,脳組 織再生を促進するのだろうか? この問題を解決する ためには,動物モデルにおいて脳組織再生と活性化ア ストロサイトの関係を調べることが必要である.しか し,既存のモデルでは脳組織再生がほとんどみられ ず,十分な研究が行われてこなかった.これに対し て,我々が開発した「光傷害マウス」は顕著な脳組織再 生と,特徴的なアストロサイトの活性化を示すため, 上記の問題の解決に有用であると期待されている.
光傷害マウスにおける脳組織再生
局所的な組織変性に対するグリア細胞の応答を研究 する目的で,光傷害マウスは開発された.脳傷害で は,複数の要因によってグリア細胞は活性化される. 例えば脳卒中であれば,「血流不全」とそれに伴う「組 織変性」がグリア細胞を活性化する.頭部外傷の場 合,局所的な組織変性に対するグリア細胞の応答を, 単純化して研究することが可能になるが,従来のモデ ルは必ずしもこの目的に適していない.FPI や CCI と いった従来の局所性脳傷害モデルは,頭蓋除去によっ て露出した脳実質に物理的衝撃を与えることによって 作成されるが,近年,頭蓋除去自体がグリア細胞を活 性化することが報告されている3).こういった状況を ふまえ,頭蓋を保持した状態で,局所的な脳組織変性 を誘導する方法を開発した.具体的には,頭蓋の一部 を薄削し,そこから強い光を照射することによって皮 質の一部を破壊した.光が照射された部位では,2∼ 3˚C温度が上昇し,顕著に血流が増加したことから, 頭部打撲と同様に神経活動とエネルギー代謝が亢進し たと考えられる.図 1 に示したように,照射 1 時間後 の脳組織に変化はみられないが,2 日後では照射部位 とその周辺で出血がみられ,30 日後には脳挫傷が形成 された.光照射に伴う神経変性とアストロサイト活性 化を組織学的に解析したところ,図 2 に示すように, 損傷 4 日後にみられる神経細胞が脱落した領域は,21 日後までに顕著に収縮して脳挫傷となった.また,損 傷周辺部位には活性化アストロサイトの集積がみられ た.この活性化アストロサイトは図 3 に示すように 2 種類に分けることができる.すなわち,損傷近傍では ネスチンを発現した活性化アストロサイトが,損傷か ら放射状に突起を伸ばしているのに対し,損傷から遠 位の活性化アストロサイトはネスチンを発現せず,星 状の形態を示していた.このネスチン陽性活性化アス トロサイトは損傷の収縮に伴って再生した損傷部位に 集積しており,図 4 に示すように,再生部位では神経 細胞が活性化アストロサイトの突起に沿って配列し, 神経突起を形成した.以上の結果から,損傷周辺部位 におけるネスチン陽性活性化アストロサイトは組織再 生に必要な足場構造を提供していると考えられる.活性化アストロサイトと脳代謝
顕著な組織再生を示し,特徴的な活性アストロサイ トが集積する光傷害モデルでは,エネルギー代謝にど のような変化が起こっているだろうか? 我々は,活 性化アストロサイトにおける脂肪酸代謝に注目した研 究を進めている.正常な脳におけるエネルギー産生は 糖代謝によって担われているが,傷害に伴う血流不全 図 1.光照射に伴う出血と脳挫傷新規脳傷害モデル「光傷害」における脳組織再生とグリア細胞の活性化 ─ 65 ─ はグルコースの供給を大幅に減少させると考えられ る.また,傷害を受けた細胞は大量の脂肪酸が放出さ れるため,適切にこれを代謝し除去する必要がある. 遺伝子発現の網羅的な解析によると,細胞増殖を伴っ た活性化アストロサイトは脂質代謝関連遺伝子の増加 がみられるため4),損傷周辺で増殖するネスチン陽性 活性化アストロサイトは,脂肪酸を代謝し,神経細胞 が利用可能なケトン体を供給する可能性がある.この 点を検討するための第 1 歩として,光傷害モデルにお ける脂肪酸取り込みの変化を検討した.具体的にはパ ルミチン酸を基本骨格としたトレーサーである BMIPP を投与し,損傷部位への集積をオートラジオグラフに よって検出した.その結果,損傷 7 日後と 14 日後に おいて,損傷部に顕著な BMIPP の集積がみられた. このことは,光傷害モデルにおける組織再生部位では 脂肪酸の代謝が亢進していることが示唆される.
まとめ
我々が開発した光傷害モデルは,臨床における閉鎖 性頭部外傷の病態を再現し,従来の動物モデルではみ られない顕著な脳組織再生を示した.おそらく,頭蓋 除去などに伴う炎症がないため,潜在的な再生能力が 発揮されやすい環境にあると考えられる.損傷周辺に 図 2.損傷の収縮とアストロサイトの活性化 図 3.損傷周辺における 2 種類の活性化アストロサイト 図 4.再生部位における活性化アストロサイトと神経細胞脳循環代謝 第 25 巻 第 2 号 ─ 66 ─ はネスチン陽性活性化アストロサイトが集積し,組織 再生の足場を形成するとともに,脂肪酸代謝などによ りエネルギー収支を維持する可能性が示唆された.今 後は,遺伝子改変マウスを利用するなどして,ネスチ ン陽性活性化アストロサイトが脳組織の代謝と再生に 果たす役割を明らかにし,潜在的な再生能力の促進に よる脳傷害治療法の開発につなげたい. 文 献
1) Kishimoto N, Shimizu K, Sawamoto K: Neuronal regener-ation in a zebrafish model of adult brain injury. Dis Model Mech 5: 200–209, 2012
2) Kasischke KA, Lambert EM, Panepento B, Sun A, Gelbard HA, Burgess RW, Foster TH, Nedergaard M: Two-photon NADH imaging exposes boundaries of oxy-gen diffusion in cortical vascular supply regions. J Cereb Blood Flow Metab 31: 68–81, 2011
3) Xu HT, Pan F, Yang G, Gan WB: Choice of cranial win-dow type for in vivo imaging affects dendritic spine turn-over in the cortex. Nat Neurosci 10: 549–551, 2007 4) Zamanian JL, Xu L, Foo LC, Nouri N, Zhou L, Giffard RG,
Barres BA: Genomic analysis of reactive astrogliosis. J Neurosci 32: 6391–6410, 2012
図 5.損傷部位における BMIPP の集積