• 検索結果がありません。

日本の学校経済教育の改革(I) : 経済学概念志向の2005年会議の意義(投稿原稿(査読付))

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "日本の学校経済教育の改革(I) : 経済学概念志向の2005年会議の意義(投稿原稿(査読付))"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Ⅰ.問題の所在

 本稿は,日本の学校経済教育が 2005 年の会議(「経 済教育に関する研究会」の中間報告発表会議と「経済 教育サミット」)を契機に,主流派経済学の概念・原 理志向の構成に転換しはじめたことを検証するもので ある。  筆者の一人は韓国人研究者であり,日本の学校教育 における経済教育に関して,次の 2 つの認識を持って いた。すなわち,第 1 に,教育実践においては,その 教育内容がマルクス経済学と近代経済学の併存状況に あることであり,第 2 に,近代経済学の概念や原理を ベースとするカリキュラムや教育実践は,試行的であ り一般的なものとなってはいないことであった。  こうした韓国研究者の認識は,日本の学校経済教育 が韓国に紹介されてきた経緯に負うものであった。韓 国に日本の大学以前の学校経済教育が,学術論文を通 じて初めて紹介されたのは,山根栄次による 1986 年 の講演『日本の小学校社会科における経済教育の概念 と方法』だった。これは,韓国の中小商工人経済団体 の「大韓商工会議所」に招かれて講演したものであっ た。韓国で再び日本の学校経済教育が紹介されたのは, 1995 年の山根と新井明による「韓日経済教育セミ ナー」における「日本の中学・高校における経済教 育」という講演であった。これらの論文が韓国経済教 育学会誌『経済教育研究』創刊号に掲載され,日本の 中学・高校での経済教育が,より具体的に紹介された のである。(山根 1996;新井 1996)  これらの論文は,日本の学校経済教育に興味を持っ ていた韓国の研究者に,その特徴と課題に関して,ひ とつの見方を与えた。その見方とは,日本の学校経済 教育が,経済学の概念と原理に基づいた教育よりは, 経済問題や制度を中心にした教育であるということ, そして教科書記述や学校での教育実践には,マルクス 経済学と近代経済学が併存しているということである。 このような日本の学校経済教育の特徴は,あたかも中 国の学校教育に似た印象を韓国の研究者に与えたので ある。それは,社会主義を標榜しつつ,市場経済と金 融教育関連の事項を大胆に導入する新教育課程の二重 構造と似たものであった(キム 2007)。  もちろん,1990 年代以後,日本の学校経済教育で 近代経済学を教授しようという動きは継続していた。 たとえば,近代経済学の基本概念,原理に該当する稀 少性や機会費用,そして供給曲線概念の学習の意義と 方法に関する論文(山岡 1992,1993;新井 2004)や, それらの原理に基づくアメリカ経済教育協議会の経済 教育教材を分析した論文(猪瀬 1997,1998)が現れ たが,少なくとも 2004 年当時の日本の学校経済教育 は「日本の経済問題中心」の内容構成やマルクス経済 学と近代経済学が学校現場で併存しているというもの であった。  しかしながら,こうした現状に「改革」と呼ぶにふ さわしい大いなる変化が現れる可能性を秘めた 2 つの 経済教育関連の会議が,2005 年に日本で開催された。 2 つの会議とは,2005 年 6 月の「経済教育に関する研 究会」の中間報告発表会議1)と,同 7 月,それに基づ いた内閣府と日本経済教育センターが共同開催した 「経済教育サミット」である。  注目すべき点は,内閣府が主導して日本の学校経済 教育の改革のための実状調査や改善案の提示がなされ た点である。具体的には,「近代経済学」の基礎概念 と合理的意思決定,金融経済に対応した学習を強調す る経済教育への改善案であった。  これら 2 つの会議後,2007 年から日本の学習指導要 領の改定が進められ,学校の経済教育内容に関して幾

Article

The Journal of

Economic Education No.32, September, 2013

論文

日本の学校経済教育の改革(Ⅰ)

─経済学概念志向の 2005 年会議の意義─

The Reform of Economic Education at Japanese Schools (I) : A Significance of Two Conferences Oriented Economics Concepts in 2005

金 景模(韓国国立慶尚大学校)

(2)

つかの改善がなされた。それは,概念・理論を活用す ることであり,金融に関する内容の充実である。具体 的には,価格と費用,市場経済の基本的な考え方,経 済概念・理論習得の強調,小中学校間の系統性の強化, 生徒たちの生活経験と関連のある経済教育などが提示 された。こうした学習指導要領の経済教育の改定は, 2005 年の内閣府主導の 2 つの会議で提示された改善方 向と一定の関連があるのではないか。  本研究は,2005 年日本で行われた学校経済教育関 連の 2 つの会議が,学習指導要領や教科書の改定を通 じて「改革に至る大きな変化」をもたらしたはずだと いう仮説の下で,その関連性を検討することによって, 2005 年以後の日本の学校経済教育を把握しようとす る試みである。そのため,本稿では,日本で学校経済 教育を変化させようとした「契機」といえる 2005 年 の 2 つの会議について検討する。次稿において,新学 習指導要領上の経済内容と教科書構成の内容が反映さ れている年間学習指導計画の内容を検討することに よって,双方の関係を検討する。2)

Ⅱ.日本の学校経済教育変革の試み:

2005 年の二つの会議

1.「経済教育に関する研究会」の報告会 ─経済教育の現状と改善に関する調査研究  「問題の所在」で述べた 2005 年の 2 つの会議のうち, 第 1 の会議は,内閣府経済社会総合研究所が,(財) 日本経済教育センターに委託して,同年 6 月に開催さ れたものである。そのタスクフォースとして「経済教 育に関する研究会」が組織された。この研究会の調査 報告書は,経済教育の必要性や目的,教育現場の実状 と課題,アメリカ経済教育の実状分析,日本経済教育 の課題やモデル教材の作成など,5 つの部分で構成さ れている(内閣府 2005)。  このうち,学校経済教育の目標・内容・方法と直接 的に関連のある「経済教育の必要性や目的」,「教育現 場の実状と課題」,「モデル教材の作成」の 3 つから, その概要を検討する。 1)「新しい」経済教育の必要性と目的  報告会では,「新しい」経済教育の必要性と背景を 次のようにまとめている。すなわち,小泉改革のス ローガンであった「官から民へ」,「中央から地方へ」 という強力な構造改革の推進と,長期の不況に対応し た年功序列,終身雇用制を基にする雇用慣行再考の必 要性などである(内閣府 2005;1)。  このような変化は,公私に亘る社会生活を送る上で, 素朴な日常的思考から,様々な費用と便益を組み入れ, 「合理的な意思決定」をさせる教育を要請する。すな わち,「なにがもっとも合理的であるか」を,慣行や 常識ではない,合理的で妥当な方法で考えさせようと する教育である。これらが強調されたのは,重要な意 思決定が,国家或いは官僚,そして企業の経営者に よって実質的になされてきたと思われる日本では,個 人の意思決定の経験が貧弱でトレーニングの機会も十 分ではなかったことを示唆している。  これを補完できる適切な教育は,経済学の基本概念 を教える経済教育である。すなわち,「(新しい)経済 教育とは,『経済学の基本概念』を大学にのみ限るの ではなく,幅広く市民の教養として教えることによっ て個人をして合理的な意思決定の術を身につけさせる ことを支援すると共に,これに基づく経済や経済制度 について正確な理解を促進し,政策を論議する型を与 えることであり,こういう点で『経済教育』或いは 『経済学の社会教育』とも呼ぶことができる」(内閣府 2005;3)としている。  以上の記述は,ここでの経済教育が,単に学校教育 に留まるものではなく市民の教養,政策論にまで拡げ た成人向けの「社会教育」としての経済教育を構想し ていることを示している。  そこで教えるべき経済学の基本概念として,「稀少 性」,「選択」,「機会費用」,「トレードオフ」などを挙 げているが,これは経済学の意味を次のように理解し ていることから導出されたものである。すなわち, 「(主流派)経済学の基本思考は,資源は『希少』なも ので,完全市場が成立すれば個人の合理的な『選択』 を通じて効率的に配分される」という考え方を踏まえ ている。一方,私達の日常的な意思決定も或る目的を 達するために金銭,時間,エネルギーなどの希少な資 源を様々な制約条件の下で効率的に配分する一面があ る。こういう点で,経済学の概念や考え方は,私達の 日常生活や人生の重要な時点で個人として合理的な意 思決定をする為の術を与えると共に,経済社会の動き や制度を実感的に理解できる基礎を提供してくれるの である。  したがって,このような必要性によって提示された 新しい学校経済教育の目的は次の 3 つに収斂されるの である。第 1 に,合理的な意思決定をする個人を育成 すること,第 2 に,経済社会に対する関心を高め理解 を深めること,第 3 に,政策的課題に対して自ら考え 意見が述べられるようにすること,以上の 3 つである。

(3)

この 3 つの目的は,とりもなおさず,変化する経済社 会に自立的,能動的かつ創造的な経済的市民を育成す ることを企図しているのである。 2)日本の学校経済教育の実状  日本の学校経済教育の実状について報告書は,当時 の学習指導要領に基づいて,経済教育の内容と特徴を 次のようにまとめている。  小学校社会科では,3 年生から経済教育の内容が編 成されており,家庭生活を支える家族の仕事,地域社 会での買い物,公共施設の利用などがある。この内容 は,主に経済地理的な観点から扱われており,経済の 原理的な観点からの扱いではない。中学校社会科では, 消費活動での経済活動の意義,価格を中心にした市場 経済の原理,生産活動,金融の機能,企業の役割と社 会的な責任,職業の意義や労働の権利と義務,政府の 経済的役割や社会保障,環境保護,日本経済の諸課題 などである。市場の機能(効率)と市場の及ばない所 での政府の機能(公正)の原理が対比的に強調され, 稀少性に関連する記述や選択のような経済学の基本概 念が明示されたが,教科書には定着していない。高校 公民科では,「現代社会」で技術の革新や社会構造の 変化,企業の役割,公的部門の役割や租税,金融機関 の機能,雇用と労働の問題,公害の防止や環境保護な どの内容が,そして「政治・経済」で,経済社会の変 遷と現代経済の構造,国民経済と国際経済,現代社会 の諸問題などが扱われている。その特徴は,効率や公 正のような経済的な概念を中心に経済概念と経済的な 価値を関連させて説明するように構成しているものの, 結果的に知識を伝達する講義が一般的であり,合理的 意思決定を行う個人を育成することの必要性が指摘さ れている(内閣府 2005;5)。  以上の経済教育の内容について,教師達は,経済に 配当された年間授業時間が僅少で,絶対的に不足して おり,また経済教育をする上で情報や研究の機会が十 分ではないことを指摘しており,生徒達は経済授業の 内容が難しく,大人の世界の話だという認識が広がっ ていると報告されている(内閣府 2005;1)  一方,日本の特徴を示す上で,日本とアメリカの経 済教育を内容,方法,教育課程,構成,そしてキー ワードのカテゴリーに分けて比較している。表 1 に示 すとおりである。  表 1 から確認できることは,次の 3 点である。第 1 に,内容においては米国が,概念中心であるのに対し て日本では事実と制度が中心であること。第 2 に,方 法においては,米国が活動中心であることに対して, 日本では座学による講義中心であること。第 3 に,米 国が意思決定を重視することに対して,日本では知識 の習得が重視されていること。以上の 3 点である。  最終的に,日本の学校経済教育を診断するにあたっ て,アメリカの学校経済教育の内容,方法,教育課程, 構成や核心的な目標を検討しつつ,「意思決定」とい うキーワードで概括し,一方,日本経済教育を「知識 の習得」と概括することにより,その改善案をアメリ カ経済教育にもとめていることは注目に値する。すな わち,山根らをはじめとした学会レベルでの米国経済 教育カリキュラムの研究が,公のレベルで,広く「社 会教育」のレベルまで拡げられたとも解釈できるので ある。 表 1 日米の経済教育 国名 米国 日本 内容 経済概念,経済的価値 経済的な事実と制度 方法 活動 座学による講義(調べる) 教育課程 スパイラルな構成原理的知識の 繰り返し,深化構成 構成 演繹的 帰納的 キーワード 意思決定 知識の習得 (出典:内閣府経済社会総合研究所編(2005)『経済教育に関 する研究会 中間報告書) 3)日本の経済教育の課題とモデル教材の作成  報告書では,経済教育の必要性と現状分析をふまえ て,日本の経済教育の課題を 5 つにまとめている。  第 1 に,小・中・高校などの学校段階でどのような 内容をどの教科で,どのように教えるのかという経済 教育の体系化の課題である。第 2 に,改善案に適合す る経済教育教材の作成である。第 3 に,教師や学校へ の支援体制の準備である。第 4 に,活動中心のアク ティビティ,ロールプレイ,シミュレーションなどの 教材を活用した教授法についての積極的な検討である。 第 5 に,社会教育としての日常的な経済教育への拡大 である(内閣府 2005;40-45)。  この 5 つの課題の中で,その方向性をもっとも具体 的に示しているものがモデル教材である。このモデル 教材に関して,目的と条件,構成方法と既存の学習指 導要領との関係などから述べる。  まず,モデル教材の目的は,人々が様々な状況に置 かれ,「生きる力」を発揮できるように,経済学の概 念を活用しながら合理的な判断の重要性を学び,合理 的な意思決定をする能力を高めるためである(内閣府 2005;46-47)。そのための条件を 4 つ挙げている。第

(4)

1 に,多くの生徒達が実際の生活に照らして理解でき るものであること。第 2 に,合理的な意思決定の重要 性を,体験しながら概念的な考え方に到達できるよう にすること,第 3 に,基礎から応用することを原理に, 様々な方向に拡張,発展できるようにすること,第 4 に,主体的で能動的な学習を促進する活動中心の学習 形態を活用することの 4 点である。  次に,教材の構成に関しては,日常生活を事例に, 経済学の基本的概念が理解できる基本教材を中心に生 徒の学年や能力に合わせて,もしくは教師の選択に よって,政策課題などの応用事例にまで到達できる拡 張可能性がある構成を原理にしている。その具体的事 例が「牛丼屋シミュレーション」であり,脱サラした 夫婦が,牛丼屋を開店し,価格と費用を考慮しつつ, 融資を返済していくゲームである。このゲームでは, 稀少性や機会費用などの基本的経済概念から,生産の 3 要素,景気変動をはじめとした一般的経済概念まで が,シミュレーション後の,ディブリーフィング(振 り返り)で,習得されることになっている。これら一 連の体験学習による概念習得の過程は,「具体的経験 →省察→概念化→実践・適用→具体的経験」のように ループするものであり,解説は最終報告書に詳述され ている((財)経済教育センター 2006)。  またこの教材が,現場で活用されるようにするため に,詳細な教師用指導書がパッケージとして提示され ている。そこには,授業の背景になる現実の経済知識 などが記述されると同時に,発問・指示・説明などの 一連の授業過程が明示されており,教材の活用を円滑 にしているのである。  こうしたモデル教材の成否は,学習指導要領上の内 容との関連も重要である。そのためには,モデル教材 の内容構成が,中学校学習指導要領公民的分野,高等 学校公民科「政治・経済」,「現代社会」との関連性・ 一貫性を保持すること,消費者教育や金融教育と連係 しながら「生きる力」を涵養することなどを勧告して いる。 4)小括  以上述べたように,「経済教育に関する研究会」の 報告会議では,当時の経済情勢や構造改革を受けて 「経済教育の必要性」を説き,その目的を合理的意思 決定ができる経済的市民を育成することであるとした のである。また,教育現場の現状と課題を調査し,ア メリカ経済教育の実状を分析・比較した上で,日本の 経済教育の課題を導出し,作成したモデル教材を発表 すると同時に試行したのである。  この会議,および報告書からは,米国の主流派経済 学をベースとした意思決定や概念教授への転換を志向 していることが了解される。 2.経済教育サミット 1)サミットの目的と背景  2005 年 8 月,内閣府は,「経済教育に関する研究会」 の成果を報告すると同時に,内外の金融教育を含む経 済教育の現状と方向を検討するためのシンポジウム 「経済教育サミット」を開催した。  内閣府の趣旨は,学校経済教育と金融教育を主導し てきた文部科学省,金融広報中央委員会,金融庁など が様々な活動を展開してきたことを相互共有し,さら に発展させるため,それら諸機関をはじめ日米の経済 学者,経済教育者を招き,「サミット」として一堂に 会することを企図したものであった。  これら関連諸機関の活動とは,具体的には次の 3 つ である。第1に,前項に挙げた2004年からの内閣府委 託「経済教育に関する研究会」の活動である。アメリ カと日本の経済教育の課題について検討すると共に, 実際に授業で使えるモデル教材の開発を行っていた。 第 2 に,日本銀行に事務局を置いた金融広報中央委員 会(以下,金広委)の活動である。金広委は,長期に 亘り金融教育を推進してきた。おりしも 2004 年には, 同委員会がまとめた『金融教育ガイドブック─学校の 実践事例集』を刊行するなど,学校現場の支援のため に各種の事業を推進していた。第 3 に,金融庁が 2005 年 3 月に設置した「金融経済教育懇談会」の活動であ る。これは,金融庁長官が主宰し,関連の専門家から 構成されていた。金融経済教育のさまざまな課題につ いて検討し,さらに利用者のライフサイクルに対応し た身近な生活の実例を基にして金融教育を拡充してい く予定であった。 2)サミットの概要  経済教育サミットは,4 部に分けて進められた。以 下,内閣府経済社会総合研究所の資料などをもとに検 討を進める。3)  第Ⅰ部が「経済教育の必要性」であり,第Ⅱ部は, 「経済教育の現状と課題─日米の取組の比較から」,第 Ⅲ部は,「教育現場から見た経済教育の取組と課題」, 第Ⅳ部は,「政策決定と経済教育」であり,目的・内 外の現状・政策決定に果たす経済教育の役割を確認す るものであった。具体的な展開を確認しよう。  第Ⅰ部「経済教育の必要性」では,3 人の講演がな された。それぞれは,伊藤達也・金融担当大臣「金融

(5)

システム改革と金融教育」,福井俊彦・日本銀行総裁 「いま,なぜ金融教育か」,鳥居泰彦・中央教育審議会 会長「教育改革と経済教育」である。金融システム改 革,金融教育,教育改革をテーマに,現下の課題を経 済教育と関連させ,その必要性をそれぞれの立場から 説いたものであった。  第Ⅱ部「経済教育の現状と課題─日米の取組の比較 から」では,日米双方からの基調講演とパネルディス カッションが行われた。はじめに,篠原総一・同志社 大学経済学部教授が,「いま,なぜ経済教育か」,また, ウィリアム・ウォルスタッド・ネブラスカ大学教授が, 「米国の経済教育」と題して講演した。篠原は,「経済 教育に関する研究会」での成果を論じ,ウォルスタッ ドは,米国高校経済教育を論じつつ,現在の米国の政 治経済に果たした役割を論じた。つづいて行われたパ ネルディスカッションでは,「経済教育─米国におけ る経験と日本の取組み」と題して,篠原がモデレータ となり,ウォルスタッド,橘木俊詔(当時京都大学経 済学部教授,日本経済学会会長),山岡道男(早稲田 大学教授,早稲田大学経済教育研究所所長),湯本祟 雄(金融広報中央委員会事務局長,日本銀行情報サー ビス局長)がパネラーとして,日米双方の経済教育・ 金融教育の現状と成果を論じた。  第Ⅲ部「教育現場から見た経済教育の取組と課題」 では,2 つ目のパネルディスカッション「わが国教育 現場から見た経済教育の取組と課題」がもたれた。猪 瀬武則(弘前大学教授)をモデレータに,新井明(都 立西高等学校教諭),三枝利多(目黒区立第二中学校 教諭),大杉昭英(文部科学省視学官),横山正(都立 日野台高等学校校長,全国公民科・社会科教育研究会 会長)が,それぞれ中等教育での経済教育の現状と課 題について,特に,全体のカリキュラム内容や設定, 現場実践での隘路について論じた。  第Ⅳ部「政策決定と経済教育」では,クロスナー (シカゴ大学ビジネススクール教授・元米国大統領経 済諮問委員会(CEA)委員)の講演「経済学と政策 決定」と三つ目のパネルディスカッション「政策決定 過程と経済教育」がもたれた。クロスナーの講演では, 経済学が政策決定に重要な役割を果たすことを,国民 の政治経済リテラシー向上,ロビーイングへの対抗, 抽象的理想をどの程度まで実現するかなどの面から説 いた。パネルディスカッションでは,モデレータを竹 中平蔵・経済財政政策担当大臣が行い,藤井彰夫(日 本経済新聞・論説委員),クロスナー,鳥居泰彦(中 央教育審議会会長),小峰隆夫(法政大学社会学部教 授)が,それぞれ経済学と教育が社会形成に果たす役 割を論じた。  以上が,サミットの概要である。このサミットの意 義を,次の 2 点にまとめることができる。第 1 に,経 済学が政策決定に果たす役割を確認したことである。 第 2 に,日米の経済教育を比較することにより,経済 概念や意思決定志向の経済教育の意義が確認されたこ とである。 3)意義とその後  日本の学校経済教育に関した2005年の2つの会議は, 内閣府という政府機関が主導したこと,これを契機に 主流派経済学の基本概念と金融教育がいっそう強調さ れたことの 2 つの点から,日本の学校経済教育史の上 で,重要な転換点になった。  サミット後,「経済教育に関する研究会」を質的量 的に拡大・拡充する動きが生まれた。それが「経済教 育ネットワーク」である。当該 HP には,「経済教育 を実践しているさまざまな個人や団体を,ゆるやかな ネットワークの下で結びつけ,それぞれの教育活動の 向上を支援するもので,特に経済教育に関する情報の 収集・発信の面で日本におけるワンストップサービス の提供をめざす任意団体」4)だとあり,その代表,理 事長が,「経済教育に関する研究会」の座長であった 篠原総一である。  この団体は,全国に会員と組織支部を拡大し,証券 業協会,東京証券取引所と共催して中学高校の教員向 けのセミナーを行い,着実に,2 つの会議の成果を継 続発展させている。

Ⅲ.むすびにかえて

 以上,日本の学校経済教育を変革する契機となった 2005 年の 2 つの会議を検討し,主流派経済学の概念・ 原理志向の構成に転換しはじめた現状を検証した。  もちろん,カリキュラムレベル,現実の学校現場の レベルでどの程度,進展しているかについては,その 検証が必要である。特に,それ以後に改定作業に入り 2008 年,2009 年に改定,公布された新学習指導要領, それに準拠して作成された教科書に,それらの成果が どのように反映されたか,詳しい検討が必要である。 次稿で,その詳細を論じることとする。 註 1) これらは最終的に次の報告書にまとめられた。(財)日本 経済教育センター編(2006 年)『内閣府経済社会総合研究

(6)

所委託,経済教育に関する研究調査報告書』,http:// www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou022/hou22.pdf

2) This work was supported by the National Research Foundation of Korea Grant funded by the Korean Gov-ernment (NRF-013-2011-1-B00080).韓国研究財団に計 画書では「体験的経済授業の分析を中心に(focusing on the analysis of experiential economic classes)」という副 題があったが,教室授業の分析が持つ様々な制約のため, 追加の研究で再試行する予定である。 3) http://www.esri.go.jp/jp/workshop/050709/050709main. html を参照されたい。 4) 経済教育ネットワークの HP 参照。http://www.econ-edu. net/aboutus/index.html 参考文献 〈韓国語〉(本来ハングルで表記すべきであるが,日本語の学会 誌であることをふまえ,日本語訳した。) [1] クォン・オヒョン,キム・ギョンモ(2012)「日本の学校 経済教育改革の研究─2005 年の二つの会議と学習指導要 領 の 改 定 を 中 心 に 」『 経 済 教 育 研 究 』 第 18 冊 2 号  pp.91-127. [2] クォン・オヒョン,キム・ギョンモ(2007)「日本中学校 社会課系の学習指導要領の ‘ 経済教育 ’ 関連内容の分析」 『経済教育研究』第 14 冊 2 号 pp.57-87. [3] キム・ギョンモ(2007)「韓・中・日学校経済教育課程の 比較研究」『経済教育研究』第 14 冊 2 号 pp.89-115. [4] 新井明(1996)「日本高校経済学習の現状と課題」『経済 教育研究』第 1 号 pp.207-221. [5] 山根栄次(1986)『日本小学校社会科での経済教育の方法, 学校経済教育の改善のためのゼミナール資料』大韓商工 會議所. [6] 山根栄次(1996)「日本中学校経済教育の現状と課題」 『経済教育研究』第 1 号 pp.167-182. 〈日本語〉 1.報告書 [1] 内閣府経済社会総合研究所編(2005)『経済教育に関する 研究会 中間報告書』 [2] (財)経済教育センター(2006)『経済教育に関する研究 調査報告書』 [3] 経済教育等に関する関係省庁等連絡会議(2005)「経済教 育等の推進について」 2.論文 [1] 新井明(2004)「機会費用概念の教育性に関する覚書」 『経済教育』第 21 号 pp.3-9. [2] 猪瀬武則(1997)「米国経済教育の新展開(Ⅱ)─ Eco-nomics Literacy を育成する初等用指導書の構成」『弘前 大学教育学部紀要』78 pp.11-27. [3] 猪瀬武則(1998)「米国経済教育のカリキュラム論争─全 米経済教育協議会 1984 年版『フレームワーク』をめぐっ て」『社会科研究』49 pp.51-60. [4] 山岡道男(1992)「稀少性(選択と意思決定)に関する教 材について」『経済教育研究』第 4 号 pp.21-30. [5] 山岡道男(1993)「限界分析を用いた教材について─個別 供給曲線の導出方法を中心として」『経済教育研究』第 5 号 pp.35-50. [6] 山根栄次(1982)「小学校社会科における経済教育の概念 と方法(Ⅱ)」『熊本大学教育学部紀要 人文科学』31 pp. 11-43. [7] 山根栄次(1990)『「経済の仕組み」がわかる社会科授業』 明治図書. [8] 山根栄次(1992)「経済教育の人間像を巡る基本問題」 『三重大学教育学部紀要 教育科学』43 pp.1-14. 〈英文〉

[1] Kyungmo, Kim and Hahn Kyungdong (2010), “Issues and Challenges for Secondary School Economics Education in South Korea; Implications from five events since 2004,” Citizenship, Social and Economics Education, Vol.9 No.1 pp.60-68.

[2] Walstad, William B. (2005), “Economic Education in U.S. High Schools,” presented in Agenda for Economic Educa-tion Summit in Japan.

〈インターネット〉 [1] www.econ-edu.net/aboutus/index.html(経済教育ネット ワーク) [2] www.keikyo-center.or.jp(日本経済教育センター) [3] www.esri.go.jp(日本の内閣府経済社会総合研究所) [4] www.esri.go.jp/en/workshop/050709/050709main-3.thml (経済教育サミットプログラム) [5] www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou030/hou022.html(経 済教育に関する研究会の報告書) [6] www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/process/index. htm(中教審答申)

参照

関連したドキュメント

さらに第 4

なお︑本稿では︑これらの立法論について具体的に検討するまでには至らなかった︒

残念ながら日本の教育現場には,改革の推進を

経済学・経営学の専門的な知識を学ぶた めの基礎的な学力を備え、ダイナミック

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

このように資本主義経済における競争の作用を二つに分けたうえで, 『資本

(2011)

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を