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企業の社会的責任を学ぶビジネスゲームの開発と実践

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Academic year: 2021

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要旨  ビジネスゲームは,企業経営のシミュレーションを通して生徒の合理的意思決定能力を育成することを 目指している。しかし,多くの場合,そこでなされる意思決定は企業の内部経済に限定されており,企業 の存立前提である社会基盤といった外部経済にまで及ぶものではない。持続可能社会における企業の在り 方が問われる中で,ビジネスゲームにおいて内部経済に加え外部経済についても考慮させる必要があるの ではないだろうか。そこで,この外部経済の視点をゲームに組み入れ,社会負担に対する「ただ乗り」企 業と「お人よし」企業が混在する状況を作り出し,生徒に企業の社会的責任と経済システムのあるべき姿 について考察させたい。本稿は開発したゲームとその試行結果に基づく研究報告である。 キーワード:ビジネスゲーム,合理的意思決定,環境問題,外部経済,内部化

Ⅰ.はじめに

 本稿では,中学校社会科,高等学校公民科において 生徒が企業の社会的責任を体験的に学習することを目 指して開発したビジネスゲームの概要とその実験的実 践結果を報告し,中学校,高等学校における実践上の 課題を考察するものである。  まず,企業の社会的責任の学習について,現在学習 指導要領に記された内容について示すと次の通りであ る。(下線は筆者。) (中学校社会公民的分野) 「(2) 私たちと経済 ア 市場の働きと経済  身近な消費生活を中心に経済活動の意義を理解 させるとともに,価格の働きに着目させて市場経 済の基本的な考え方について理解させる。また, 現代の生産や金融などの仕組みや働きを理解させ るとともに,社会における企業の役割と責任につ いて考えさせる。」 (高等学校公民,現代社会) 「(2) 現代社会と人間としての在り方生き方 エ 現代の経済社会と経済活動の在り方  現代の経済社会の変容などに触れながら,市場 経済の機能と限界,……について理解を深めさせ, ……。また,……個人や企業の経済活動における 役割と責任について考察させる。 内容の取扱い (2)イ(オ)「個人や企業の経済活動における役 割と責任」については,公害の防止と環境保全, 消費者に関する問題などについても触れること。」 (高等学校公民,政治・経済) 「(2) 現代の経済 ア 現代経済の仕組みと特質  経済活動の意義,国民経済における家計,企業, 政府の役割,市場経済の機能と限界,……につい て理解させ,現代経済の特質について把握させ, 経済活動の在り方と福祉の向上との関連を考察さ せる。 内容の取扱い (2)イ「市場経済の機能と限界」については,公 害の防止と環境保全,消費者に関する問題などに ついても触れること。」  中学校,高等学校ともに「企業の役割と責任」が明

Article

The Journal of

Economic Education No.35, September, 2016

論文

企業の社会的責任を学ぶ

ビジネスゲームの開発と実践

Development and Practice of a Business Game for

Learning Corporate Social Responsibility

(2)

記され,高等学校現代社会では「公害の防止と環境保 全,消費者に関する問題など」に触れるよう指示され ている。しかも,この「公害の防止と環境保全,消費 者に関する問題など」は政治・経済では「市場経済の 機能と限界」の内容として触れるよう指示されている。 このように学習指導要領において企業の社会的責任が 学習内容として指示され,その事例として公害や環境 保全,消費者問題に触れる学習が求められている。そ して,政治・経済の記述が示すように,その扱いの基 盤には市場経済の限界が意識されている。それで,本 研究では,環境保全の問題を通じて企業の社会的責任 について考える学習を構想することとした。  ところで,市場経済の限界については,公害の学習 において外部不経済を取り上げた森分孝治の「公害の 授業」(森分 1978)が有名だが,公害を発生させる社 会経済メカニズムとして市場経済を取り上げ,その解 決策として経済システムの一部修正を含めた対策を考 えさせることになる。公害を引き起こした企業を悪者 にして倫理的断罪をするというアプローチではなく, そうした企業行動を発生させた経済の在り方にメスを 入れ,外部不経済の内部化の問題として公害問題を客 観的に考えさせる学習として評価できる。しかし,こ の学習は客観的ではあるが臨場感がなく,どこか遠方 の世界の話に留まっている印象は否めない。それはお そらく学習者が企業の立場に立って意思決定を行うこ とがなく,疑似的にも公害の発生者となることを体験 していないからだと思われる。ある社会システム下で 合理的と思われる意思決定を行った結果社会的に弊害 が生じたといった経験がないと,その行動を主体的に 反省し,システムを改革しようという意思は現れてこ ないのではないだろうか。単に説明者の立場ではなく 主体として考える学習が必要だと思われる。  こうした主体として考える学習を構成する一つの方 法としてシミュレーション・ゲームの活用があると考 えられる。社会科授業におけるシミュレーション・ ゲームの活用についてはいくつかのレビューがあり (福田 2003,山本 2004,須本 2012),その教育的価値 の高さについて評価は定まっている。中でも,経済学 習との関連で注目されるのが,猪瀬らによるシミュ レーション・ゲームの開発・実践研究(猪瀬 2000, 猪瀬・佐藤 2006,猪瀬・平川 2006)である。これら は学校段階に応じた楽しく実施可能な経済概念習得型 のシミュレーション学習提案であり,現実に利用可能 なものとして流通しており,学ぶべき点も多い。しか しながら,企業経営という立場で環境問題に取り組ん でいるものはない。一方,企業経営を模擬的に体験さ せるシミュレーション・ゲームとしてビジネスゲーム がある。社会科授業におけるビジネスゲーム活用の研 究としては,コンピュータを用いたビジネスゲームの 開発・実践に関する福田の一連の研究がある(福田 2005,2006,2013,2014,2015, 福 田・ 佐 藤 2014, 福田・高濱 2015)。それらは,仮想的に形成された市 場でお互いに競争する企業の経営をシミュレートする というものである。本研究では,このビジネスゲーム の手法を活用して,企業経営と環境問題を繋げて企業 の社会的責任について考え学ぶビジネスゲームを開発 し,実験的に実践してみる。

Ⅱ.研究目的

 本研究の目的は以下の 4 点である。 1)外部不経済の内部化を組み込んだ企業経営シミュ レーション・ゲーム(ビジネスゲーム)を開発する 2)そのゲームを試行し,学習者(プレイヤー)の意 思決定の結果作り出された社会状況を明らかにする 3)作り出された社会状況に対して学習者が考える解 決策(必要な社会制度・システム)をアンケートに よって明らかにする。 4)以上の結果から,企業の社会的責任に対する学習 者の思考の特徴を明らかにし,必要な経済学習につい て考察する。

Ⅲ.研究方法

1.開発ゲームについて  本研究で開発するゲームは,筆者が 2008 年に開発 した「Resort Island」(福田 2008)の着想を生かしな がら,全く新版として作り直したものである。以下に その概要を示す. 1)ゲーム名 Resort Island 2015 2)到達目標(理解目標) Ⅰ企業は,経営要素の最適な組み合わせを選択する ことで自己の利益を最大化すると同時に,自らの経 済活動の基盤を提供する公共の環境の維持に努める ことが必要であることを理解する。 Ⅱ企業が利益をあげるには,損益分岐点以上の販売 量(又は価格)を実現する必要があることを理解す る。 Ⅲ環境維持のための費用は企業にとってはコストと

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なるが,社会全体で不足すると環境が維持できなく なり,企業経営そのものが存立しえなくなることを 理解する。 Ⅳ安定的な環境投資を得るには,個別企業による経 営判断にのみ依存する体制では限界があり,公共的 な仕組みが必要であることを理解する。 3)開発方針 ①競争市場における経営シミュレーション・ゲーム の手法を踏襲する ②経営と環境を対立的にだけでなく相補的にも捉え る ③企業の共同存立性を意識しやすい設定にする の 3 つを柱にして,環境を売り物にする離島の旅館経 営というテーマでゲームの具体的イメージを作り上げ, 地域の環境保全を考えながら競争市場で利益追求を 図っていく旅館経営ゲームを開発する。なお,ゲーム の開発・実行には YBG(Yokohama Business Game)1) を使用し,ソースコードは全くのオリジナルである。 4)ゲームモデル 図 1 ResortIsland2015のゲームモデル2)  本ゲームでの旅館経営は,宿泊料とそれに含まれる 料理費,そして島の環境維持のために拠出する環境費 の 3 つを意思決定することによってなされる。図 1 で 示すように,環境費は他旅館との競争項目ではなく, 顧客は各旅館の環境費負担を評価しない(できない)。 しかし,島全体の総環境費が島の環境評価に影響を与 え,次期の来島者数の変動要因になるという仕組みに なっている。しかし,各旅館の環境費の情報は公表さ れない。また,その他の費用を固定費として一括し, 宿泊客数 149 人までは 50 万円,それ以降 100 人増す毎 に 50 万円増加するよう設定した。なお,本ゲーム開 始時の宿泊料,料理費,環境費の初期値はそれぞれ 10,000 円,4,000 円,100,000 円,平均宿泊客数は 100 人である。丁度,収支ゼロという設定である。これら の情報は,環境費が個々の旅館の評価項目ではないこ とを除いて,シナリオに記されている。プレイヤーは, 宿泊料と料理費の組み合わせによって他旅館と顧客を 奪い合う競争をしつつ,費用としての環境費をどの程 度負担するか(例えば,環境費を削減して利益を上げ ても,他の旅館も同じことをすると総環境費が不足し, 島の環境が悪化し総需要が減り,結果として自分の客 も減り利益が減ることになる)を決定することにな る。3) 5)ゲーム画面例 図 2 意思決定入力画面 図 3 販売状況データ画面 2.ビジネスゲームの実施方法  ゲームの試行は,高校 3 年生 35 名と社会人 35 名を 対象としてそれぞれ2015年7月の別の日に行った。い ずれも基本 3 人 1 チームの 12 チーム編成で,PC 室を 利用した。ゲーム時間は約 2 時間で,ゲーム前にゲー ムシナリオとワークシート(アンケート含む)を配布 した。ゲームの進行及びシステム操作は筆者が行い, 3 ラウンド終了時にゲームの途中経過をグラフ表示す るなど必要に応じて全体的な情報提供を行う以外,直 接的な指導介入は行わなかった。 3.データの収集と分析方法  本ゲームの試行で収集するデータは,①プレイヤー

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の意思決定内容とその結果,②市場の総環境費と総需 要,③島の課題とその解決策に関する意見(アンケー ト)である。それぞれについて高校生と社会人で比較 する。

Ⅳ.結果

1.ゲームの結果  ゲーム成績である各チームの累積営業利益は図 4 の 通りである。  図から明らかな通り,高校生も社会人も殆どのチー ムが赤字経営に陥っており,最終的に累積営業利益が 黒字だったのは高校生が 1 チーム,社会人が 3 チーム であった。また,両方とも基本的には右下がりのグラ フとなっており,赤字が拡大し経営がどんどん苦しく なっていることが窺える。なお,社会人に比べて高校 生の方が赤字の拡大傾向が強いことも注目すべき点で ある。 2.総環境費と総需要  次に,各チームが負担した環境費の合計である総環 境費と,それに連動して変化する来島客数(総需要) の関係をグラフで示すと図 5 のようになる。  図から明らかな通り,高校生も社会人も環境費が減 少しており,それに連れて総需要も減少している。高 校生では総環境費は初期値の 6 分の 1,社会人では 4 分の 1 まで減少し,総需要も大きく減少している。総 需要の減少は,各チームに配分される顧客数の減少を 招き,経営の悪化を招く。本ゲームで殆どのチームの 赤字が拡大し経営がどんどん苦しくなっているのは, これが大きな原因である。また,高校生の方が赤字の 程度が大きかったのは,総需要の減少の度合いが社会 人よりも大きかったことがその一因となっているとい える。 3.各チームの環境費負担動向  次に,各チームの累積環境費のデータを抽出し,累 積営業利益と比較してみる。チーム毎に左側に累積環 境費,右側に累積営業利益を棒グラフで表示したもの が,図 6 である。  図から,高校生,社会人ともに,各チームの環境費 負担が一様でなく大きく差があること,そして一部の チームを除いてではあるが,環境費を多く負担してい るチームが大きな赤字を出す傾向があることが窺える。 図 4 累積営業利益の推移(左:高校生,右:社会人) 図 5 環境投資(棒グラフ:左目盛)と総需要(折れ線グラフ:右目盛)の推移(左:高校生,右:社会人)

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そこで,その原因を追求するため,ラウンド毎の各 チームの環境費と宿泊客数,それに営業利益をグラフ 表示してみた(図7)。図7は,横軸に環境費,縦軸 に宿泊客数を取り,各チームの営業利益の絶対値を円 表示したものである。黒色の円は黒字,白色の円は赤 字を意味する。  図 7 は高校生の場合のラウンド 1(R1),ラウンド 5 (R5),ラウンド 8(R8)の状況を示したものであるが, 明らかに宿泊客数は環境費の多寡に関係なく,またラ ウンドの進行に伴って営業利益で黒字を出すチームは 環境費の負担が少ないチームに絞られてくる傾向があ る。この傾向は社会人の場合も同様であった。  ここまでの結果をまとめてみると次のようになろう。 すなわち,このゲームでは環境費は直接自社の集客に 結びつかない単なるコストでしかないため,自社利益 優先の意思決定の結果,島全体の環境投資が不足し, 島の環境悪化が顧客に敬遠され,総需要不足に陥り, 自社の客数も減るという悪循環が生じているのである。 いわば「島が沈む」といった状況が作り出されてし まったのである。ゲーム中,プレイヤーたちはこのこ とに気付き出しており,ゲーム後,事後アンケートに その打開策を書いてもらった。 4.アンケートの結果  アンケートの質問は次の通りである。  「島の環境が守れて,旅館の経営もうまくいくよう にするにはどんな仕組みを作ればいいと思います か?」  この問いは基本的に島の環境費負担をどうするかと いう環境費負担の問題である。いかにして各旅館に環 境費を出させるか,その仕組みを考える問いである。 この問題に対する考え方として,権力的手段を用いる か市場に任せるのか(横軸),強制的か自発的か(縦 軸)の 2 軸をクロスさせ,4 つのタイプを設定してみ た(図 8)。それぞれのタイプに該当する回答を例示 すると以下の通りである。 タイプ A(課税制度) 「それぞれの旅館に払うべき環境費の金額を提示し て,それを払わない旅館にはその旅館が儲かった分 だけ罰金を科す。」(高校生 10C)  このタイプは,権力的強制力を持って負担者の意 思にかかわりなく環境費を負担させ,罰金まで設け るタイプである。 タイプ B(自主規制) 「旅館経営者の会議を行う。」(高校生 6A) 「○○島旅館協同組合なるものが要る。環境費の最 図 7 各チームのラウンド毎の環境費と宿泊客数,営業利益(高校生) 図 8 環境費負担対策の分類枠 図 6 各チームの累積環境費と累積営業利益(左:高校生,右:社会人)

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低限の目安を設定し,島全体の売上げの数割を均等 分配する。組合に加入しない旅館については,「○ ○組合加盟」の表示をしない。HP や観光マップに も情報を載せる。組合加盟の旅館に宿泊すると,そ の島で遊べるクーポンがもらえ,利用できる。」(社 会人 3B)  このタイプは,経営者会議や協同組合という業界 団体を作り,その中の話し合いで負担額を決めると いうものである。 タイプ C(市場改革) 「それぞれが環境費を負担させるために,環境費を 公開し,皆利益に応じた環境費を負担すべき。」(高 校生 8B) 「環境費をオープンにして(平等にするなど)来島 者を増やし,島全体の利益につながるようにする。」 (社会人 6A)  このタイプは,環境費負担を,税金制度や業界団 体といった権力的手段ではなく,個々の旅館の判断 に任せるが,負担をしない心理的要因になっている 情報の非開示の仕組みを改めようというものである。 タイプD(倫理的強制) 「島全体で環境費を出し合って来客数を増やす。」 (高校生 6C) 「環境を守るためには共通の環境費を支払う必要が あると思う。」(社会人 6C)  このタイプは,タイプ C 同様権力的手段に拠らな いが,島全体での環境費負担の必要性を説き環境費 負担を倫理的に迫るものである。   高校生と社会人のアンケート結果をこの 4 タイプ で分類してみると,表 1 のようになる。高校生ではタ イプ D が圧倒的に多く,社会人ではタイプ B が多い。 表 1 タイプ別環境費負担対策回答数 タイプ 高校生 社会人 A 2 0 B 5 18 C 2 8 D 20 9 計 29 35

Ⅴ.考察

 以上の結果をまとめると次のようである。すなわち, 環境維持のための環境費負担を組み入れたビジネス ゲームを高校生及び社会人に試行した結果,両者とも 環境維持レベルを満たさず,環境悪化を招く結果と なった。その原因は,環境費負担をせず自社利益の確 保に走る企業が複数出たことである。この社会状況の 解決策として社会人が制度設計を踏まえた現実的なも のを挙げるのに対し,高校生があげる意見は具体性に 欠ける倫理的なものに留まる傾向が強かった。企業の 社会的責任を考え学ぶ学習を構想する際,ここに課題 があると言える。つまり,「環境費を負担すべし」と いう倫理的帰結を単なるスローガンに終わらせず,経 済メカニズムや社会制度の在り方を踏まえた実質的な ものに高める必要があるのである。  このことを考える具体的な素材として次のデータを 挙げたい(表 2,3)。  表 2,表 3 はともに高校生で高い環境費を負担して 表 2 高環境費負担で黒字チームの意思決定 表 3 高環境費負担で赤字チームの意思決定

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いるチームであるが,表2のチーム(高校生10班)は 営業利益で比較的黒字を出しているのに対し,表 3 の チーム(高校生 7 班)は殆どが赤字である。その差は, 高校生 10 班が宿泊料と料理費の差(マージン,粗利 単価)を確保して実需に合わせて損益分岐点を低くし ているのに対し,高校生 7 班は実需に対して損益分岐 点が高過ぎることにある。つまり高校生 7 班は価格に 見合った需要が読めておらず,たとえ環境費の負担が なくても赤字になってしまうという基本的な経営ミス を犯しているのである。こうして考えてみると,環境 費負担をめぐる企業の社会的責任を経済メカニズムや 社会制度の在り方として考えさせる学習を構想する場 合,その前提として,高校生段階の経済教育では,経 済的意思決定をやりながら基本的な経済概念や経営概 念を身に付ける学習プログラムが必要になると言える。 そうした基本的な概念の習得があってはじめて環境費 と利益の関係を客観的に把握でき,島のシステムの問 題を合理的に考察できるのである。

Ⅵ.おわりに

 最後に,本ゲームに参加した高校生と社会人の声を 一つずつ挙げておこう。 「環境費と利益は強く関係していると思いました。1 つの島の中にある複数のサービス業。賢い企業であ れば,環境費は誰にも分からないので環境費をゼロ にして利潤だけを手に入れようとします。しかし, このような企業がたくさん出始めると,島に客が来 なくなり,サービス業だけでなく島自体の経営も危 なくなります。ですから,集団の中にいる以上,個 の利益だけを考えても意味のないことを知りまし た。」(高校生 8C) 「きれいな島にしたいという思いとは裏腹に環境費 をけちってしまいどんどん汚い島の安宿になってし まった。環境費を全員そろって払えば島全体の利益 につながっていくと思うが,みんなが払っているか 分からない状態だと,自分の宿の利益のために払わ ずけちってしまった。みんなで話し合って決めた環 境費を払うようにすればよい。」(社会人 11A)  これらに見るように,本ゲームによって,プレイ ヤーは企業として直接環境問題に関わり,当事者とし てフリーライドの誘惑にも直面し,島の荒廃も目の当 たりにし,結果的に営業赤字に陥った。そこからの脱 却を真剣に考える機会となったことは間違いがない。 その点で,本ゲーム実践は企業の社会的責任を実感的 に感じ取れた学習になったと言える。しかし,本当の 学習はこれからであろう。旅館が環境費を負担しつつ 経営も安定できる,すなわち企業の社会的責任と利益 追求が相反するのではなく一致できる社会システムを 皆で考え,さらにその社会システムによってゲームを 作り変え,それを再び皆で演じることを通してその実 効性を確かめつつ社会作りを行っていく。そうした社 会形成に取り組む学習がさらに必要になるのではない だろうか。そういう意味で,本実践の学習は企業の社 会的責任を学ぶ学習の前段部分であり,それに続く後 段部分の必要性を気付かせてくれるものであった。前 段部分で行う基本的な概念形成学習の充実化とともに, 後段部分の学習の構想の実現に向けて取り組んでいき たい。 (本研究は,JSPC 科研費 26381275 の助成を受けたも のである。) 註 1) YBG は横浜国立大学経営学部が提供するビジネスゲーム の開発・運用支援システムである。現在,全国 120 以上 の大学で使用されている(白井 2016, p.77)。詳細は, YBG の Web ページ(http://ybg.ac.jp)を参照されたい。 2) 本ゲームは,各旅館が総需要(来島者数)を各旅館の総 合競争力(宿泊料と料理費から計算)によって分け合う という設定になっている。各旅館の総合競争力は,その 旅館の宿泊料の全旅館のそれに占める割合に逆比例的に 与えられる価格競争力と,同じく宿泊料に対する料理費 の比率の全旅館のそれに占める割合に比例的に与えられ る品質競争力の和であるが,価格競争力に重み付けを与 えている。また,各旅館の環境費は競争力には算入され ていないので,需要分配には無関係である。しかし,全 旅館の環境費の合計である総環境費は,今期の来島者数 に見合った環境需要との比較で次期の総需要変動に影響 を与える。 3) この種のゲームは「社会的ジレンマ」をテーマにした ゲームとして,実験経済学(例えば,西條・大和 2007) や実験社会科学(例えば,亀田・金 2015;宇田川・清水 2015;森本・渡部・清水 2015),社会心理学(例えば,大 沼 2008,2011)で実施されている。しかし,それらはそ れぞれの研究関心のものであり,本研究が目指す中等教 育段階での社会科ないしは公民科教育での実践的課題を 見出すものとは本質的に異なるものである。 参考文献 [1] 福田正弘(2003) 「シミュレーションゲームにもとづく社 会科授業」,社会認識教育学会編『社会科教育のニュー パースペクティブ』,明治図書,236-245. [2] 福田正弘(2005) 「ビジネスゲームによる数理的社会認識 の育成─中学校社会科における『ベーカリーゲーム』の 場合─」,『長崎大学教育学部紀要教科教育学』,45,1-13. [3] 福田正弘(2006) 「ビジネスゲームによる数理的社会認識 の育成(2)─中学校経済未学習生徒のゲームパフォーマ ンス─」,『長崎大学教育学部紀要教科教育学』,46,

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17-25. [4] 福田正弘(2008) 「環境保全を意思決定要素に組み入れた ビジネスゲームの開発」,『長崎大学教育学部附属教育実 践総合センター紀要』,7,1-10. [5] 福田正弘(2013) 「市場の多様化に応えるビジネスゲーム の開発 - 多様な企業戦略を可能にするゲーミングモデル の構築」,『長崎大学教育学部附属教育実践総合センター 紀要』,12,107-116. [6] 福田正弘(2014) 「市場の多様化に応えるビジネスゲーム の開発(2)─多層市場モデルゲームの検証実験」,『長崎 大学教育学部附属教育実践総合センター紀要』,13, 109-118. [7] 福田正弘(2015) 「経済的意思決定における数理の働き─ ビジネスゲームにおける数理テストとゲーム成績の分析 から─」,『長崎大学教育学部附属教育実践総合センター 紀要』,14,165-174. [8] 福田正弘(2016) 「シミュレーションゲームにおける協働的 活動の認知的意味─ビジネスゲーム中の生徒のプロトコル の分析から─」,公民教育学会『公民教育研究』,23,35-51. [9] 福田正弘・佐藤弘章(2014) 「ビジネスゲームを用いた中 学校社会科経済学習─ 経営シミュレーションゲーム『Res-taurant』の実践」,『長崎大学教育学部附属教育実践総合 センター紀要』,13,31-41. [10] 福田正弘・高濱功輔(2015) 「ビジネスゲームを用いた中 学校社会科経済学習(2)─ゲームの学習単元への有機的 位置づけと学習成果─」,『長崎大学教育学部附属教育実 践総合センター紀要』,14,175-184. [11] 猪瀬武則(2000) 「第 2 節『政治・経済』の指導計画」,社 会認識教育学会(編)『改訂新版公民科教育』,学術図書 出版,108-132. [12] 猪瀬武則・平川公明(2006) 「経済概念を形成する小学校 社会科の授業形成:『どんぐりマーケット』の場合」,『弘 前大学教育学部研究紀要クロスロード』,10,11-20. [13] 猪瀬武則・佐藤耕人(2006) 「経済概念を形成する中学校 社会科公民的分野の授業形成:『牛丼屋シミュレーショ ン』の場合」,『弘前大学教育学部研究紀要クロスロード』, 10,1-9. [14] 亀田達也・金恵璘(2015) 「第 6 章 集団の生産性とただ 乗り問題─『生産と寄生のジレンマ』からの再考─」,西 條辰義(監修),亀田達也(編著)『フロンティア実験社 会科学 6 『社会の決まり』はどのように決まるか』,勁草 書房,175-192. [15] 森本裕子・渡部幹・清水和巳(2015)「第 8 章 好意には 好意で,悪意には悪意で─応報的行動の研究─」,西條辰 義(監修),清水和巳・磯辺剛彦(編著)『フロンティア 実験社会科学 4 社会関係資本の機能と創出 効率的な組 織と社会』,勁草書房,167-183. [16] 森分孝治(1978) 『社会科授業構成の理論と方法』,明治図 書. [17] 西條辰義・大和毅彦(2007) 「第 6 章 公共財供給実験に おけるいじわる行動」,西條辰義(編著)『実験経済学へ の招待』,NTT 出版,135-159. [18] 大沼進(2008) 「7 社会的ジレンマをめぐる合意形成:個 人や地域の利害と社会全体の利害は調整できるのか」,高 木修(監修),広瀬幸雄(編著)『シリーズ 21 世紀の社 会心理学 11 環境行動の社会心理学』,北大路書房, 18-27. [19] 大沼進(2011)「2 章 環境をめぐる社会的ジレンマは解 決できるのか」,広瀬幸雄(編著)『仮想世界ゲームから 社会心理学を学ぶ』,ナカニシヤ出版,99-113. [20] 白井宏明(2016) 「モデル進化型ビジネスゲームの構想」, 横浜経営学会『横浜経営研究』,36(3・4),77-91. [21] 須本良夫(2012) 「社会科におけるシミュレーション・ ゲーム指導」,社会認識教育学会(編)『新社会科教育学 ハンドブック』,明治図書,256-264. [22] 宇田川大輔・清水和巳(2015)「第 5 章 社会関係資本と しての分業─現実の労力を投入する公共財供給と囚人の ジレンマ実験による検討─」,西條辰義(監修),清水和 巳・磯辺剛彦(編著)『フロンティア実験社会科学 4 社 会関係資本の機能と創出 効率的な組織と社会』,勁草書 房,95-104. [23] 山本友和(2004) 「シミュレーションを取り入れた授業構 成の理論と方法」,溝上泰(編)『社会科教育実践学の構 築』, 明治図書,198-207.

Title

Development and Practice of a Business Game for Learning Corporate Social Responsibility

Author

Fukuda, Masahiro

Abstract

  Business games aim to promote students’ rational decision-making skill through simulating the cor- porate management. But, in many cases, students’ decision-making in business games is limited to inter-nal economies of a company and does not cover external economies affecting social infrastructure which supports business activities. Now the corporate behavior in a sustainable society is an issue people should discuss, it is necessary to let students learn external economies as well as internal economies in business games. We develop a business game of an environmental problem in which the concept of external econ- omies is introduced. In this game, we set a situation where free riders who do not undertake social re- sponsibility coexist with good-natured companies, and try to let students learn Corporate Social Respon-sibility (CSR) and a desirable type of economic system. This is a research report based on our development of a business game and its practice in class.

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