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相関関係説からみた名誉毀損 プライバシー侵害の違法性判断 145 研究ノート 相関関係説からみた名誉毀損 プライバシー侵害の違法性判断 土平英俊 1 名誉毀損 プライバシー侵害の違法性の判断枠組み 2 違法性峻別論の妥当性 3 裁判例の不統一 4 相関関係説による統一的理解 5 むすびに代えて 1

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1  名誉毀損・プライバシー侵害の違法性の判断枠組み

( 1 ) 一般的な考え方  名誉とプライバシーは,ともに個人の人格に関する権利ないし法的利益で ある点では共通している。しかし,どのような要件のもとでその侵害が不法 行為となるかという違法性の判断の枠組みは,それぞれで異なるものとして 理解されている。  名誉毀損の場合,最高裁判例は,表現行為が原告の社会的評価を低下させ るものであっても,いわゆる真実性・相当性の法理によって被告は免責され るとする(1)。公共性・公益目的・真実性といった事由の主張立証責任は被告に

相関関係説からみた名誉毀損・

プライバシー侵害の違法性判断

土 平 英 俊

研究ノート 1  名誉毀損・プライバシー侵害の違法性の判断枠組み 2  違法性峻別論の妥当性 3  裁判例の不統一 4  相関関係説による統一的理解 5  むすびに代えて ( 1 ) 最高裁昭和41年 6 月23日第一小法廷判決[長部謹吾裁判長]民集20巻 5 号1118頁 (「署名狂やら殺人前科」事件等)。   公共の利害に関する事実に係ること,目的が専ら公益を図ることにあること,摘示

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あり(2)(抗弁),これらは「違法性阻却事由」であると理解されている(3)。すなわ ち,「原告の社会的評価を低下させるに足りる事実を摘示したこと」が,民 法709条の要件を満たす違法な行為であり,原告は,名誉が侵害されたこと を主張立証すれば,侵害行為に対する救済を求めることができる(4)。  他方,プライバシー侵害の場合,最高裁は,プライバシーに属する事実を 「公表されない法的利益」とこれを「公表する理由」とを「比較衡量し,前 者が後者に優越する場合に不法行為が成立する」としている(5)。すなわち,プ ライバシー侵害の場合は,比較衡量の結果,プライバシーに属する事実を公 表されない利益がこれを公表する利益を上回ると評価されてはじめて当該行 為は民法709条の要件を満たす違法な行為である,と評価されることになる。 名誉毀損の場合のように定型的な事由に基づいて違法性阻却事由の有無が判 断されるのと異なり,諸般の事情の比較衡量によって違法性が判断される点 で異なっている(6)。 事実が真実であることの全てを立証した場合に,「その行為には違法性がなく,…不 法行為は成立しない」とする。なお本稿は,名誉毀損とプライバシー侵害の違法性判 断に主眼を置いているので,相当性についてはひとまず検討対象外とする。 ( 2 ) 但し,真実性の証明の対象は,重要な部分についてのみなされれば足りる(最高 裁昭和58年10月20日第一小法廷判決[中村治朗裁判長]集民140号177頁)。なお,意 見ないし論評による名誉毀損についても,意見の前提となる事実について同様の考え 方が示されている(最高裁昭和62年 4 月24日第二小法廷判決[香川保一裁判長]民集 41巻 3 号490頁,最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決[佐藤哲郎裁判長]民集43 巻12号2252頁,最高裁平成 9 年 9 月 9 日第三小法廷判決[園部逸夫裁判長]民集51巻 8 号3804頁)。 ( 3 ) 最高裁平成15年 3 月14日第二小法廷判決[北川弘治裁判長]民集57巻 3 号229頁。 ( 4 ) 原告の社会的評価を低下させる事実が摘示されたことの主張立証責任は,原告に ある(請求原因)と解されている。眞田範行「名誉毀損訴訟の要件事実的整理」判タ 1071号48頁,伊藤滋夫総括編集『民事要件事実講座第 4 巻』230頁以下(青林書院, 2007),岡口基一『要件事実マニュアル民法 2 』第 5 版563頁(ぎょうせい,2016)。 また,大江忠『要件事実民法( 6 )』第 4 版756頁(第一法規,2015)は,名誉回復請 求(民法723条)についての文脈ではあるが,社会的評価を低下させる事実の流布を 請求原因事実であるとしている。 ( 5 ) 最高裁平成 6 年 2 月 8 日第三小法廷判決[大野正男裁判長]民集48巻 2 号149頁 (ノンフィクション「逆転」事件)。

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 そして,ある記事が名誉とプライバシーをともに侵害する内容を含む場合 について,最高裁は,当該記事の掲載によって不法行為が成立するか否か は,「被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し,個別具体的に判 断すべき」であるとする(長良川少年推知報道事件最高裁判決(7))。同判例は,( 1 ) 名誉毀損の成否については上記「署名狂やら殺人前科」事件最高裁判決を引 用し,同判決の示した真実性・相当性の法理によって公共性・公益目的・真 実性・相当性に関する事情を審理判断すべきであることを判示し,他方, ( 2 )プライバシー侵害の成否については,ノンフィクション「逆転」事件 最高裁判決を引用し,同判決の示した比較衡量の判断枠組みによって公表さ れない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を審理判断すべきであ ることを判示した。 ( 2 ) 問題点  このように,名誉毀損の場合は真実性・相当性の法理という定型的な違法 性判断によるが,プライバシー侵害の場合は比較衡量(相関関係的な違法性判 断)を行うというように,違法性の判断枠組みはそれぞれで異なるものと考 えられている(以下では,説明の便宜上,こうした考え方を「違法性峻別論」と呼ぶ)。 ( 6 ) 杉原則彦・最判解説平成15年度(下)478頁は,プライバシー侵害による不法行 為の成否は,「プライバシー情報該当性と侵害態様の違法性を相関的に考慮し,そこ で不法行為の要件を充足する場合に,違法性阻却事由を検討するという判断枠組みに 従って判断することになる」と述べている。   また,三村晶子・最判解説平成15年度(上)143頁は,名誉及びプライバシーの各 被侵害利益と表現の自由等の衡量に関する判断基準に関して,「名誉毀損と表現の自 由との調整としては,事実の公共性,目的の公益性,真実性が証明されれば違法性が 阻却されるとの法理が定着している」とし,プライバシー侵害については,「違法性 の判断基準は,プライバシーの情報を公表されない法的利益と加害行為である情報の 公表の理由とを相関関係において考察されるべきであるとするのが前掲最三小判平成 6 年 2 月 8 日など従来からの基本的な考え方」である,と述べている。 ( 7 ) 最高裁平成15年 3 月14日第二小法廷判決[北川弘治裁判長]民集57巻 3 号229頁。 未成年であった当時に殺人等の罪で起訴されて刑事裁判係属中の原告 X について, 容易に X と推知することができる仮名を用いてその犯行態様(犯人情報)や年齢, 非行歴,家族関係,離婚歴,暴力団員との交友関係等(履歴情報)を記載した「週刊 文春」の記事が名誉毀損・プライバシー侵害となるかが問題となった事案である。

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 名誉とプライバシーそれぞれの被侵害利益の境界線がいつも明確で,名誉 毀損とプライバシー侵害がいつも区別できるのであるならば,このように, それぞれで異なる違法性判断を行うことに疑問はない。  しかし,名誉とプライバシーは,時に,区別が困難であり,名誉毀損とも 言えるし,プライバシー侵害とも言えるような事案がある。裁判例にも,必 ずしもこうした峻別が徹底されていないように見受けられるものもある。こ のような場合に,違法性峻別論はどこまで意味があるのか。本稿は,この点 について,不法行為の違法性に関する相関関係説の考え方に立って考えれ ば,不統一であるように見える裁判例も統一的に理解することが可能とな り,違法性峻別論の意義がはっきりするのではないかということを示した い (8)

2  違法性峻別論の妥当性

( 1 ) 違法性峻別論の根拠  そもそも違法性の判断枠組みがこのように別異に解されている理由は何 ( 8 ) 先行研究として,京野哲也「私人の名誉は公人の名誉より軽いか」( 1 )~( 5 ) (判タ1250号~1254号)がある。   同連載では,名誉毀損とプライバシー侵害の両方が問題となる場面では従前の名誉 毀損の枠組みでは把握しきれない法益として「イッシュー化されない権利」概念の必 要性が指摘され(「私人の名誉は公人の名誉より軽いか」( 3 )),また,「名誉毀損= 真実性・相当性基準,プライバシー侵害=比較衡量基準というように,固定的に考え ることが果たして妥当であろうか」との問題意識について,両者において異なる基準 を採るべき積極的理由は必ずしもないこと,事案の類型(表現対象者や事柄の特徴) によって基準は異なるべきであることなどが論じられた上で(同( 4 )),「公人特別 類型」(メディアが公人の公的事項について表現する場合)は定義的衡量の基準によ る等するべきであるが,私人類型では表現行為の高度の必要性を被告に立証させるべ きである等の解釈論が示されている(同( 5 ))。   本稿は,これと同じ問題意識に関するものではあるが,区々であるように思われる 裁判例をどう理解すべきかや,違法性峻別論にいかなる意義があるかの点について, 相関関係説という視角を提示しようとするものである。

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か。  「名誉」(民法710条,723条)とは,人の社会的評価である(9)。プライバシーは, その概念自体は一義的に定まっていないが,「宴のあと」事件(10)のいう「私生 活上の事実」を「みだりに公開されないという法的保障ないし権利」がプラ イバシーである,と考えると,両者は被侵害利益を異にする別の概念という ことになる(11)。  名誉は,人格権(12)のうち,他者との人間関係においてその個人がどう社会的 に評価されるかという側面に重点を置いた利益であり,プライバシーは,自 身の私生活領域という側面に重点を置いた利益である。基本的には,両者は 被侵害利益を異にする別の概念である。そうすると,その侵害について不法 ( 9 ) 名誉とは「各人カ社会ニ於テ有スル位置即チ品格名声信用等ヲ指スモノニシテ畢 竟各人カ其性質行状信用等ニ付キ世人ヨリ相当ニ受クヘキ評価ヲ標準トスルモノ」 (大審院明治38年12月 8 日判決民録11輯1665頁,大審院明治39年 2 月19日判決民録12 輯226頁)であり,「人がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会か ら受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉を指す」(最高裁昭和45年12月18日第二 小法廷判決[城戸芳彦裁判長]民集24巻13号2151頁)。 (10) 東京地裁昭和39年 9 月28日判決[石田哲一裁判長]判時385号12頁,判タ165号 184頁。判決は,「プライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには,公開 された内容が(イ)私生活上の事実またはそのような事実らしく受け取られるおそれ のあることがらであること,(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立 った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること,換言すれば一般 人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担,不安を覚えるであろう と認められることがらであること,(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがら であることを必要とし,このような公開によって当該私人が実際に不快,不安の念を 覚えたことを必要とする」と判示した。 (11) 「宴のあと」事件のいう「私生活上の事実…らしく受け取られるおそれのあるこ とがら」もプライバシーであると定義した場合は,私生活上の事実「らしく受け取ら れるおそれのある」事柄で,かつ,人の社会的評価を低下させる内容のものがあり得 るので,名誉概念と重なり合いが生じ得ることになる。 (12) 「人格権」自体,定まった概念ではないが,五十嵐清は,「氏名権・肖像権・名誉 権のように,…限定された構成要件を持つ権利」を「個別的人格権」とし,その「総 体」を「一般的人格権」とし,一般的人格権概念は,「特に,まだ十分に限定される にいたらない人格的利益(たとえば,プライバシー)を保護する点に,主な機能を果 たす概念である」とする(五十嵐清『人格権法概説』有斐閣,2003)。

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行為責任が成立するか否かという違法性の判断基準が異なるのは当然であ る。違法性峻別論の背景には,名誉とプライバシーが異なる法益であるとの 理解が存するといえる。  たとえば,「Y が,X の住所や携帯電話番号を第三者に公表した」という ような事例の場合は,名誉毀損は問題とならずプライバシー侵害が問題とな るのみである。また,「Y が,X に保険金殺人を犯した嫌疑がかけられてい る旨の報道をした」というような事例の場合は,プライバシー侵害は問題と ならず名誉毀損が問題となるのみである。  このように,名誉毀損かプライバシー侵害かが判然と区別し得る事案にお いては,両者の違法性の判断枠組みが異なると理解するのは妥当といえる。 ( 2 ) 名誉毀損とプライバシー侵害とも評価し得る事案  では,名誉毀損ともプライバシー侵害とも評価し得る行為がなされた事案 ではどうか(以下,このような事案を「競合事案」という)。  たとえば,前科の公表は,社会的評価を低下させる事実の摘示として名誉 毀損とも評価し得るし,通常は他人に知られたくない事実が公表されたもの であるとしてプライバシー侵害と評価することもできる。  また,「『X は不貞行為をした』という事実を Y が公表した(不貞が客観的 に真実であるとする)(13)」という事例のような場合は,プライバシー侵害も名誉 毀損もともに問題となり得る(14)。これは,プライバシーとして保護を受ける 「私生活上の事実」概念(15)に,人の社会的評価に影響を与える事実も含まれる (13) 不貞行為をしたことが虚偽であれば,プライバシー侵害は問題にならず,名誉毀 損のみが問題となる。但し,「宴のあと」事件のいう「私生活上の事実『らしく』受 け取られるおそれのあることがら」をもプライバシー概念に包摂すると考えた場合 は,このような虚偽の事実であっても,プライバシー侵害の問題となり得る。 (14) 複数の行為によって,名誉毀損とプライバシー侵害がそれぞれ別個に問題となる 事案もある。たとえば,Y が,「X(〇〇町在住,電話番号〇△-□◇)は,詐欺を 行った」と表現した場合,詐欺を行ったとの表現と,個人情報を公開した部分とで, 名誉毀損・プライバシー侵害がそれぞれ別個に問題となり得る。こうした事案は,本 文での検討対象外である。 (15) 前掲注10(イ)参照。

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からである。  競合事案を念頭に置くと,違法性峻別論には問題がある。原告がいずれを 被侵害利益として主張するかにより立証責任が変わるし,結論も異なる可能 性があるためである。また,法益が異なる以上,名誉毀損の不法行為に基づ く損害賠償請求権とプライバシー侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権と は別の訴訟物であると解することにつながるが,競合事案では同一の表現に ついて二重に提訴することが可能である,という不合理な解釈も生まれかね ない。さらに,違法性峻別論からは,理論上は“名誉毀損は成立しないが, プライバシー侵害は成立する”という結論(あるいはその逆も)が生じ得る (上記の例では,不貞が真実である以上,その他の公益性・公共性の要件を満たす限り名 誉毀損は成立しないが,Xの不利益の程度が公表の必要性を上回ると判断されれば,プラ イバシー侵害は成立するということとなり得る)。そうした結論は妥当とは言えな い (16)

3  裁判例の不統一

 裁判例は,長良川少年推知報道事件最高裁判決の前後を通じて,必ずしも “名誉毀損─真実性・相当性の法理(定型的な違法性判断)”,“プライバシー侵 害―比較衡量(相関関係的な違法性判断)”という判断で一定しているわけでは ない。 ( 1 ) 名誉毀損  名誉毀損が問題となった事案では,多くの裁判例が,真実性・相当性の法 理によって違法性阻却事由の有無を判断している。しかし,相関関係的な枠 組みで違法性を判断する事案もある(17)(16) 名誉毀損の違法性阻却事由である公共性や公益目的は,プライバシー侵害の違法 性を判断する際の,「公表時の社会的状況」や「公表する必要性」,「公表の目的や意 義」という要件と実質的には同じであると考えられるから,実際上は,裁判官の下し た結論が区々になることは考えにくいと思われるが,理論的根拠がなければ必ずしも その保証はない。

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( 2 ) プライバシー侵害  プライバシー侵害についても,(ア)ノンフィクション「逆転」事件同様 に,比較衡量の結果,違法性があると評価されてはじめて不法行為となると 考えるタイプの判示もあれば,(イ)プライバシー侵害は原則として違法で あって違法性阻却事由がない限り不法行為が成立すると考えるタイプ(名誉 毀損のような定型的な枠組みで判断するもの)もある。 ア  比較衡量の結果,違法性があると評価されてはじめて不法行為となると 考えるタイプの裁判例  早稲田大学において,当時の中国の国家主席である江沢民の講演会が同 大学の主催で開催されるにあたり,同大学が,学生から参加者を募る際に 収集した参加申込者の学籍番号,氏名,住所及び電話番号等の情報が記載 された名簿を,学生の同意を得ないで警視庁に開示した行為がプライバシ ーを侵害するものであるとして,当該学生らが損害賠償を求めた事案で, 最高裁判決(18)は,多数意見,反対意見とも,公表された情報の性質や警察へ の開示に至る経緯など諸般の事情を考慮して不法行為が成立するか否かを 判断している。これは,比較衡量を行った結果として当該行為に違法性が あると評価されてはじめて不法行為となると考えるタイプの判示であると いえる。 イ  プライバシー侵害は原則として違法であって違法性阻却事由がない限り 不法行為が成立すると考えるタイプの裁判例 (17) 非マスメディアが被告となる類型の事件では,マスメディアが被告となる類型に 比べて,真実性・相当性の法理が用いられないことが多いことにつき,和久一彦ほか 「名誉毀損関係訴訟について─非マスメディア型事件を中心として─」判タ1223号49 頁(2007)参照。なお,非マスメディア型の典型である,集合住宅における名誉毀損 事案において,そもそも当該表現が違法かどうかが被侵害利益や行為態様を加味して 考慮される事案(請求原因レベルの違法性が争点化する事案)が多いことにつき,拙 稿「集合住宅等における民事名誉毀損に関する近時の裁判例の動向」(藤井俊二先生 古稀記念『土地住宅の法理論と展開』成文堂,2019)。 (18) 最高裁平成15年 9 月12日第二小法廷判決[滝井繁男裁判長]民集57巻 8 号973頁 (早稲田大学江沢民講演会名簿提出事件)。

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①  長良川少年推知報道事件差戻控訴審判決(19)は,同事件の「争点」を, 「( 1 )名誉毀損の違法性阻却事由について」と「( 2 )プライバシー侵害の 違法性阻却事由について」とに整理した上で,「本件記事が X に関するも のと推知されるプライバシー情報として伝達される範囲が限られるととも に,その伝達により被る X の具体的被害は比較的小さい」,「本件記事が 国民の正当な関心事であってその目的,意義に合理性があり,公表の必要 性を是認しうる」と述べ,「プライバシー侵害についても,違法性が阻却 され,不法行為は成立しない」と判断した。 ②  東京地裁平成17年10月27日判決(20)[貝阿弥誠裁判長]は,全国紙の主筆を 務める原告について,その自宅居室内におけるガウン姿を撮影した写真が 「週刊文春」に掲載されたことにつき,プライバシー侵害となるかが問題 となった事案である。  判決は,「表現行為が他人のプライバシーを侵害する場合であっても, 表現の自由の行使として相当と認められる範囲内においては,違法性が阻 却されると解すべきである。すなわち,その表現行為が公共の利害に関す る事項(社会の正当な関心事)に係り,かつ,その公表された内容が表現目 的に照らして相当なものである場合には,当該表現行為が他人のプライバ シーに優越する保護を与えられるというべきである」と判示し,本件で は,公共の利害に関する事項には該当せず,「プライバシー侵害の違法性 は阻却されない」と判示している。 ③  大阪高裁平成28年11月16日判決(21)[山田陽三裁判長]は,ある自治体の首 長である原告について,その実父や叔父が暴力団組員であった事実などを 記載した雑誌記事がプライバシー侵害となるかが問題となった事案であ る。 (19) 名古屋高裁平成16年 5 月12日判決[熊田士朗裁判長]判時1870号29頁,判タ1198 号220頁。 (20) 判時1927号68頁。 (21) 平成27年(ネ)第3176号

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 判決は,「他人にみだりに知られたくない事実を明らかにする記事が雑 誌等に掲載され公表された場合であっても,当該事実が伝達される範囲と 具体的被害の程度,記事の目的や意義,公表時の社会的状況,当該事実を 公表する必要性などを総合考慮し,『その事実を公表されない法的利益』 と『これを公表する理由』の優劣を比較衡量し,後者が優越する場合に は,プライバシー侵害行為の違法性が阻却される(最判平成 6 年 2 月 8 日民集 48巻 2 号149頁,最判平成15年 3 月14日民集57巻 3 号229頁参照)」と判示した。 ウ  このように,比較衡量の判断枠組みを示すものもあれば,違法性阻却事 由の有無を審理するという判断枠組みを示す裁判例もある。

4  相関関係説による統一的理解

 被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係において不法行為 の違法性を判断する相関関係説の観点に立てば,違法性峻別論には,次のよ うな意義があると考えることができる。また,一見すると不統一であるよう に見える裁判例も統一的に理解することが可能となる。 ( 1 ) 相関関係説の考え方から見た違法性峻別論の意義  相関関係理論においては,所有権のようないわゆる絶対権侵害の場合は, 権利性が実定法上明確であることもあって,侵害行為が単なる過失であって も当然に不法行為が成立するが(その侵害は原則として違法であり,違法性阻却事 由がない限り不法行為が成立する),法的保護の弱い権利の場合には,より違法 性の強い侵害行為の場合にかぎって不法行為が成立する,と解されている (侵害行為の態様を加味して初めて違法と評価し得る)。  通常,名誉権は所有権のような絶対権ではなく,相対的にみて法的保護の 弱い権利であると理解されている。しかし,それはあくまで所有権等との相 対的な関係において弱い権利であるというだけであって,それ自体が要保護 性の低い権利というわけではない。したがって,上記のような相関関係説の 考え方(権利に法的保護の強いものと弱いものが存在するということ)は,名誉とプ

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ライバシーの場合にもあてはまる。  すなわち,名誉は,民法710条・723条によって明文で法的保護の対象とさ れており,権利性が実定法上明確であるし,その概念も比較的明確である。 加えて,これまでの判例法理で専ら問題となってきた事案では,侵害行為の 態様も違法性の強い類型のものが多かった(新聞や週刊誌などの媒体上で名誉毀 損が行われるような事案)。したがって,所有権のような絶対権ほどではないに せよ,その侵害行為に対しては違法であるとの評価が行いやすい。  これに対して,プライバシーは明文の根拠がない。たしかにプライバシー が法的保護に値する利益であることについては裁判例が徐々に形成されつつ あるものの,プライバシー概念は多義的であって,いかなる情報がプライバ シーに含まれるかが明確ではない。一口にプライバシーと言っても千差万別 であり(上記長良川少年推知報道事件と,早稲田大学江沢民講演会名簿提出事件とを比 べても,問題となった情報の性質はかなり違う),その公表が直ちに違法と評価で きるような性質のプライバシーもあれば(たとえば病歴などのセンシティブな情 報の公表の場合),公表の態様など諸般の事情を考慮して初めて違法と評価で きるプライバシーもある(たとえば住所や電話番号の公表の場合)。加えて,侵害 行為の態様も千差万別である。したがって,プライバシーの侵害を,名誉毀 損の場合と同様の枠組みで違法性を判断することは困難であるといえる。  このように,相関関係説の観点から,名誉とプライバシーの被侵害利益の 強弱,及び侵害行為の態様の強弱に着目すれば,典型的な名誉毀損・プライ バシー侵害事案を念頭に置く限りは,①名誉毀損の場合には,それへの侵害 行為は原則として違法であり,真実性・相当性があるかが問題となるという 枠組みで検討をし(定型的な違法性判断),②プライバシー侵害の場合には比較 衡量によって相関関係的な違法性判断をするという,違法性峻別論には,そ の限りで意義がある。しかし,要保護性の高いプライバシーの侵害が問題と なる事案では,相関関係説の観点からすれば,その侵害行為は原則として違 法の評価を受けるはずであるから,名誉毀損の場合のように,違法性阻却事 由の立証責任を被告に課すほうが適切なはずである。したがって,そのよう

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な事案についてまで,硬直的に違法性峻別論が妥当すると考えるのは適切で はない。 ( 2 ) 相関関係説からみた裁判例の統一的理解  相関関係説の観点からすれば,公表が直ちに違法と評価できるような性質 のプライバシーもあれば,公表の態様など諸般の事情を考慮して初めて違法 と評価できるプライバシーもあることがよく理解できる。とすると,名誉に ついても同様に,相関関係説の観点からすれば,要保護性の高い名誉と,要 保護性の低い名誉があるのではないかということが指摘できるし,侵害行為 の態様に関しても,表現行為が多様化した現代にあっては,必ずしもマスメ ディア上での表現ばかりでなく,違法性の弱い態様での侵害行為もあり得る はずである(その典型が,非マスメディア型事案である)から,違法性があるかは これらの点を考慮して判断されるべきである。  そうすると,相関関係説の観点からすれば,たとえ名誉毀損の場合であっ ても,被侵害利益が弱く,加害行為の態様も違法性の弱い類型の事案では, 原則としてその侵害が違法と判断されるはずはないから,被告が「違法性阻 却事由」を立証するという判断枠組みにはならない。  このように,相関関係説の観点からすれば,名誉であろうとプライバシー であろうと,被侵害利益の内容及び侵害行為の態様の点で違法性が弱い事案 の場合には,比較衡量によって不法行為の成否が決せられ,被侵害利益の内 容及び侵害行為の態様の点で違法性が強い類型の場合には,原則として違法 と評価され,違法性阻却事由の有無が検討されることになる。各裁判例が事 案によって違法性の判断基準を異にしているのは,相関関係説的な理解がそ の背景にあるからではないかと考えられる。 ( 3 ) 小括  競合事案ではなく,名誉とプライバシーの各被侵害利益が別であると解す ることに問題のない事案の場合は,違法性峻別論が妥当するので,その限り では意義がある。但し,本来,相関関係説の観点からすれば,名誉毀損であ ろうと,プライバシー侵害であろうと,被侵害利益の内容及び侵害行為の態

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様との相関関係から違法性の有無が判断されるはずであるから,違法性峻別 論があらゆる事案に当てはまるものと解するべきではない。

5  むすびに代えて

 ごく最近の高裁判例の中にも,東京高裁平成30年 8 月23日判決(22)や,大阪高 裁令和元年 5 月24日判決(23)など,名誉毀損とプライバシー侵害の関係が問題と なった事案がある。  これらはいずれも,最近事件数が多くなっている,インターネットの検索 エンジンに対する検索結果削除請求の事件である。最高裁は,プライバシー 侵害を理由とする検索結果削除請求が問題となった事案で,平成29年,削除 請求の要件に関する初めての判断を示したが(24)(以下,「平成29年決定」という), この判断枠組みが,名誉毀損を理由とする検索結果削除請求の場合にも妥当 するのかが争点となったのが,2019年(平成30年・令和元年)中に出された上 記の 2 つの高裁判例である。 (22) 東京高裁平成30年 8 月23日判決[大段亨裁判長]判時2391号14頁。  インターネット上における広告業務及び広告代理業務等を目的とする株式会社である 原告が,被告(グーグル・エルエルシー)が管理運営する日本向けグーグル検索サー ビスにおいて「A」(原告の商号の重要な一部)などで検索すると,原告ないし原告 の代表取締役が原告の事業として詐欺商材を販売し,詐欺行為をしているとの事実を 摘示した検索結果が表示され,これらが原告の社会的評価を低下させるものであり, 名誉毀損が成立するとして,被告に対し,人格権に基づき,日本向けグーグル検索サ ービスにおける上記検索結果の削除を求めた事案。 (23) 大阪高裁令和元年 5 月24日判決[江口とし子裁判長]判タ1465号62頁。  原告が,被告グーグル・エルエルシー(組織変更前の商号グーグル・インク)に対 し,被告の運営する日本向けグーグル検索サービスにおいて原告の氏名を入力して検 索を行うと,原告が元暴力団構成員であったこと並びに恐喝事件及び同和利権問題に 関与していたことが記載されたウェブサイトの URL 並びに当該ウェブサイトの表題 及び抜粋が表示され,原告の人格権としての名誉権及びプライバシー権が侵害されて いるとして,人格権に基づき,上記検索結果の削除や,不法行為に基づく損害賠償を 求めた事案。 (24) 最高裁平成29年 1 月31日第三小法廷決定[岡部喜代子裁判長]民集71巻 1 号63頁。

(14)

 東京高裁判決は,“平成29年決定はプライバシー侵害に係る事案における 判示であり,「本件とは事案を異にする」から,削除の可否の要件に関する 同決定の説示が本件に妥当するということはできない”と判示して,平成29 年決定のような比較衡量によるのではなく,北方ジャーナル事件(25)に依拠した 判断枠組みによるべきであるとの判断(26)を示した。平成29年決定の判断枠組み がなぜ本件に妥当しないのかという実質的な理由について,「事案が異なる」 という以外には述べられていないが,この判断の背景には,名誉とプライバ シーとを異なる保護法益と捉え,それが違法となるかどうかの判断枠組みも それぞれで異なる,との考えがあるように思われる(なお,その後,上告審 である最高裁第三小法廷決定(27)は,全員一致の判断により上告を退ける決定を し,削除を認めなかった控訴審判決が確定した(28)。  他方,大阪高裁の事案では,一審判決が,インターネット上の検索サービ スの性質・役割,現代社会におけるインターネットを通じた情報流通の重要 性等の点に加えて,「プライバシーに係る事実と名誉に係る事実とを明確に 区別することが困難な場合があること」を理由として,名誉毀損を理由とす る検索結果の削除請求に関しても平成29年決定と同じ枠組みをもって判断す べきことを示した。しかし,控訴審判決は,名誉権とプライバシー権の関係 には特に言及することなく,北方ジャーナル事件最高裁判決に依拠して判断 枠組みを示している。  原告が元暴力構成員であったという事実は,プライバシーに属する事実で あるとともに,人の社会的評価を低下させる事実でもあり,本件は,競合事 案である。この一審判決の指摘は,違法性峻別論のみの硬直的な考え方で は,事案の適正妥当な解決が困難な場合があることを言うものである。東京 高裁判決が,平成29年決定は事案を異にするためその説示は直ちに妥当しな (25) 最高裁昭和61年 6 月11日大法廷判決[矢口洪一裁判長]民集40巻 4 号872頁。 (26) 一審の東京地裁平成30年 1 月31日・東京地方裁判所平成28年(ワ)第24747号 [鈴木正紀裁判長](判時2391号18頁)も,同様の判断を示している。 (27) 最高裁令和元年 7 月16日第三小法廷決定[山崎敏充裁判長](判例集未搭載)。 (28) 令和元年 7 月17日付日本経済新聞など。

(15)

い,と判示したのに対して,大阪高裁判決が名誉とプライバシーの違いに何 ら言及しなかったのは,一審判決の指摘も踏まえると,両者が全く異なる保 護法益であると述べることができるかにつき明確な見解を示すことが困難で あったことをうかがわせる。  名誉毀損の場合とプライバシーの場合とで違法性の判断枠組みが共通する のか否かという問題は,検索結果削除の判断枠組みの解釈を中心に,今後も 重要な論点として意識されることになるだろう。その際にも,相関関係説の 視角から検討することが益々重要になってくると思われる。

参照

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