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「アスパンの恋文」における曖昧性

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(1)

「アスパ ンの恋文」における曖味性

Arnbiguities in“

The Aspern Papers''

Hiromi NAGARA

「アスパ ンの恋文」(“

The Aspern Papers",1888)は

,ヘ

ンリー・ジェイムズ (Henry JameS, 1843-1916)が 初期の傑作『ある婦人の肖像J(T79θ 及刈η打〆 β Lβウ

,1881)を

世に問い

,国

際 テーマを扱 う作家 として確かな評価 を得た後に

,日

を転 じて様々な方向に実験的試みを行 った時代 の作品である。直前に書かれた二つの社会小説『ボス トンの人々』(TF2θ βO琵伽力盟δ

,1886)及

び 『カサマシマ公爵夫人』(TF2θ Prttεθtt Ottr22β郎朋 彦

,1886)は

思いがけず不評に終わ り

,ま

た数 年後の『ガイ・ ドンビル』(θιげ

D醜

労胎

,1895)に

代表 される戯曲の創作 も手痛い失敗に終わっ ている。「アスパ ンの恋文」は

,こ

の二つの大 きな試みの間にちりばめられた

,い

くつかの優れた 中・短編のうちの一つである。執筆時期 と重なる1886年12月から1887年 7月 までの約半年間

,ジ

ェ イムズはフィレンッェとベニスで長期休暇を過ごしてお り

,こ

の旅の影響を反映 して

,イ

タリアの 雰囲気に満ちた臨場感豊かな作品に仕上がっている。一連の「芸術家 もの

Jに

属するが

,ま

た一方 で推理小説のようなスリルとサスペンスに満ち

,特

に二つのクライマ ックスは劇的な緊張感 を字ん で

,読

者の注意をそらすことな く結末へ と導いて行 く勢いを持っている。この時代の様々な試みの 挫折にも関わらず

,ジ

ェイムズの創作力が衰えることなく鋭敏に機能 していたことを証明する作品 と言える。 物語は名前 を明かされることのない語 り手「私」によって語 られる。この視点人物 と他の二人の 主要登場人物の性格には

,様

々な曖味さ

,矛

,両

義性が付与されている。この小論は

,こ

れらの 登場人物の持つ二面的な性格 を分析 し

,そ

れが作 り出す複数のテクス トが撚 り合わさって

,こ

の作 品の独特の緊張感 を支えていることを論証 しようとするものである。

物語構想の萌芽

『創作ノー ト』

(働

θ

N開

銹οttδ プ 河θ盟り ヵF22CS,1947)の1887年 1月12日付けのフイレンツェ での記録には,「アスパ ンの恋文」の もとになったと思われる実話について

,詳

細 な記述が残 され

ている。

O Hamltonと

いう知人か ら聞いた

,ボ

ス トンの芸術批評家でシェリー

(Percy Bysshe

Shelley,17921822)の 崇拝者シルズビー大尉(Captain silsbee)と

,シ

ェリーの妻メアリー

(Mary

Godwin Shelley)の 異父姉妹であ リバイロン

(George Gordon Byron,1788-1824)の

元愛人でも あった老女クレアモント嬢

(Miss Clare Clairmont,17981879)に

まつわるエ ピソー ドである。

美* 裕 柄 長 辛 国際言語文化講座,英米文学

(2)

長柄裕美:「アスパ ンの恋文Jにおける曖昧性 クレアモン ト嬢はすでに80歳前後になってお り

,50歳

前後の姪 とともに最近までフイレンツェに住 んでいたが

,シ

ルズ ビーは彼女たちがシェリーとバイロンの手紙等興味深い文書を所有 しているこ とを知 り

,そ

れを手に入れる目的を持ってクレアモント家に下宿 を申し入れ

,受

け入れられる。は たして

,シ

ルズビーが望んだ通 り滞在中にクレアモント嬢は亡 くなり

,文

書 を譲 り受けたい旨をそ の姪に伝えるが

,彼

女は彼 との結婚を条件 になら手紙 を渡 してもよいと言ったという。ジェイムズ はこの話を聞いて間もなく「アスパ ンの恋文」の執筆 を始め

,完

成 した作品は 1年 余 り後の1888年 3月から5月 にかけて,『ア トランテイック・マンスリーJ(T72θ スF722施 νbコtF2ケ

)に

掲載され る連びとなった。 ニューヨーク版「アスパ ンの恋文

Jに

つけられた「序文」にも同様のエピソー ドが言及されてい るが

,遠

い過去に属するはずのクレアモン ト嬢が

,ジ

ェイムズが好んで過ごしたフイレンツェにご く最近まで生 きていたという単純な事実が

,ジ

ェイムズの創作意欲を刺激 したことがわかる。 もう 少 し早 く知つていたなら自分 も生前のクレアモ ン ト嬢 に出会つていたか も知れない とい う思いか ら

,ジ

ェイムズは

,彼

女が「われわれの存在 も過去に密着 していることを立証 して くれている」 と 感 じ

,そ

れに強い関心を覚えたと述べている。 さらに「明白す ぎる物語の典拠 を払拭 し」,「自分の 足跡を隠す」ために

,様

々な工夫がほどこされたことが記されている。すなわち

,エ

ピソー ド全体 の「黄金に輝 く不思議な情調をアメリカの社会的事実に負わせてみること」であ り

,登

場人物たち をバランスよく「置 き換え」ることである。まず

,シ

ェリーまたはバイロンをアメリカ人詩人ジェ フリー・アスパ ン (」

errey Aspern)に

,そ

してそれに釣 り合 うようにクレアモン ト嬢 をアメリカ 入ジュリアナ 。ボル ドロー嬢 (Miss Juliana BOrdereau)に 置 き換え

,さ

らに物語の舞台を

,フ

ィ レンッェから

,よ

リジュリアナの密かな生活に適 し

,か

び臭いロココ調の洗練に満ちた街ベニスに 移 している。こうした工夫によって, もとのエ ピソー ドはエ ッセンスをそのままに, より複雑で奥 行 きのある物語に生 まれ変わることになった。②

測 られ た過 去

ニューヨーク版に添えられたジェイムズ自身による「序文

Jの

中で特に興味深いのは

,「

過去」

に関する記述である。物語が扱う過去として

,「

より歴史の

F権

威』に守られた時代」よりも「バ

イロンの時代」を選んだ理由として

,ジ

ェイムズは次のように述べている⑤

l deLght in a palpable imaginable v7α よβbFe past=■n the nearer distances and the clearer mysteries,the marks and signs of a world we may reach over to as by making a long arm we grasp an object at the other end of our Own table.The table is the one,the colnmon expanse, and where 、ve lean, so stretching, we ind it firm and continuous. That, to my irnagination,is the past fragrant of al,or of alrnost al,the poetry of the thing outhved and lost and gone, and yet in、 vhich the precious element of closeness,tening SO Of connexions but tasting so of direrences,remains appreciable,With mOre moves back the element of the

appreciable shrinks,…

(3)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育,人文科学 第

2巻

2号

(2001) 161

We are divided of course bet、veen liking to feel the past strange and hking to feel it fanlihari

the difficulty is,for intensity,to catch it at the moment when the scales of the balance hang with the right eヤenness,… ⅢVith the times beyond, intrinsically more ``strange," the tender grace,for the backward vision,has faded,the afternoon darkenedi for any tilne nearer to us the special erect hasntt begun.(`Preface',p.x)

つ まり,「バイロンの時代

Jは

近過 ぎず また遠過 ぎない「訪れ得 る過去」であ り

,ち

ようどテーブ ルのがっ しりとした幅 を感 じつつその反対側 にある ものをつか もうと身を仲 ばす ようなものだ とい うのである。それ よ り遠過 ぎては現在 と過去 とのつ なが りが実感で きない し

,ま

た近過 ぎて も過去 の魅力は薄 らいで しまう

,ま

さにその中間の平衡状態 をとらえようとしていた ことがわかる。19世 紀初頭 という時代 は, もとのエ ピソー ドがバ イロンに関す る ものであうたために選ばれたのではな く,「テーブルの幅」 に喩 えられるほ どに具体 的で現実的な測量の もとに

,あ

らためて意識 的に選 択 された ものだったのである。 この「幅」 を守ることによって

,ジ

ェイムズは

,エ

ピソー ドのエ ッ セ ンスである「われわれの存在が過去 に密着 している」 とい う感覚 を

,最

も効果的に表現で きると 考 えた。 ジェイムズ にとつて

,ア

スパ ンのような著名 な詩人が この時代 のアメ リカに存在 したとい う想定その ものの無理 を指摘する当時の批判 など

,意

に介 さなかったに違いない。 物語 は

,こ

の「バ イロンの時代」 をたえず振 り返 って意識 しつつ

,現

在 の ジュ リアナ とその姪

テイーナ

(Miss Tina Bordereau),そ

して語 り手の間で展 開す る。物語の現在 においてジユリア

ナは約

4分

3世

紀 に渡 って ヨーロ ッパ に住み続 けてお り

,1820年

,当

時約20歳の時にアスパ ン

と親 しい関係 にあつた と言 われているわけだか ら

,物

語の現在 を単純 に出版年 の1888年に重ねて計

算すると

,ジ

ュ リアナは13歳位の時(1813年頃)に アメリカか らヨーロッパヘ渡 り

,20歳

前後(1820

年頃

)に

アスパ ンと知 り合い

,語

り手が出会つた頃 (1888年頃

)の

ジュリアナはお よそ88歳であつ

た と考 え られ る。(語 り手 は想像 の 中で次 の よ うな アスパ ンの言葉 を聞 い た と言 って い る。

“Strange as it may appear to you she was very attractive inゴ 材θ."0ま た

,自

ら調べ上げたア

スパ ンとジュ リアナ との時間的事実関係 について次の ように述べている。“Miss Bordereau,a■er

al, had been in Europe ncβ ビ■ 肋 空 9Lrβrters プ βεer2どtrr/; it appeared by some verses

addressed to her by Aspern on the occasion of his own second absence from Arnerica...that she was even then,as β gi■〆 どveコ,On the foreign side of the sea."(IV i46 7)(ItalicЫ mine))

この計算 は

,物

語の冒頭

,語

り手がジュリアナの生存 を知 つた ときの驚 きについて語 つている箇所 で,「しか し指折 り数 えてみると

,ふ

つ うの寿命 を並 はずれて越 えているほ どで もなかった」 と述 べ る言葉 に無理 な く合致す る

(I:6)。

また

,ジ

ュリアナが今世紀の初頭 にアメ リカを棄 てた芸 術家の娘であ り

,少

女の頃に父 に連れ られて妹 とともにヨーロ ッパヘ渡 った とする語 り手の説 にも 矛盾 しない し

,さ

らに

,ア

スパ ンが出会 った頃の彼女がすでに「数奇 な運命 を辿 つて来

Jて

お り, そのせいかつむ じ曲が りで向こう見ずなところがあったことを暗示 しているとされるアスパ ンの詩 の内容 とも符合す る (Ⅳ :47)。④ 物語中の過去 と現在 を結ぶ ものは

,ジ

ュリアナの命 と彼女 と一体 となって存在 しているらしいア スパ ンの手紙であ り

,そ

の意味では

,過

去 を遡 る「テーブルの幅」 はジュリアナの最大限度 に引 き 延ばされた寿命 と一致 している。語 り手が物語の現在 において彼女 に出会い

,

しか も彼女の最期 に 居合わせ るためには

,こ

の時間的距離 は正確 に測 られていなければならなかった。それよ り短 けれ ば彼女 に会 うことはかなわなかった し

,そ

れ より長ければ彼女の死期 に巡 り会 うことはで きなかっ

(4)

長柄裕美:「アスパ ンの恋文Jにおける曖味性 たはずだか らである。 ジュリアナの寿命その もの も

,短

す ぎては神秘的な魅力が半減する し

,逆

に 不 自然 なほどに長過 ぎれば物語の現実味 を失 うことになったはずであ り

,慎

重 に測 られた後 に決定 されていたもの と考 え られる。そ して私達読者 は

,過

去 の華やか さを微塵 も感 じさせ ない現在 の ジュリアナの姿 になん らかの過去の形跡 を見つけようとして

,語

り手 の報告 に目を疑 らし

,耳

を澄 ますわけだが

,同

時 にジュリアナの存在 を通 して

,現

在 と過去 との距離 を繰 り返 し測 り直 している ことに気づか されるのである。 ジュリアナ という神秘 と謎 に包 まれた存在 は

,こ

の測 られた時間的 距離 を盛 り込 もうとす る意図をもって生み出された ものであることは明白である。 」ulianaの二 面 性 「アスパ ンの恋文」 の登場人物 たちには

,様

々な相反す る性質が与 え られている。語 り手が渇望 する手紙のす ぐそばに居 なが らそれに一歩 も近づけず苛立 ちを感 じるの と同様 に

,私

達読者 も物語 の真実 を求めつつそれを確信 で きず に混乱 させ られるのだが

,こ

れは意図的に行 われた人物の矛盾 した性格づけによる ところが大 きい と考 えられる。過去 と現在の間の時間的距離 と同様 に

,そ

れぞ れの人物の二面的な性格づけにも何 らかの測 られた距離が存在 した と思われる。 まず

,物

語の現在 と過去 を結 びつける存在であるジュ リアナの場合 を考察す る。語 り手がは じめ てジュリアナに会つた ときの印象 は

,次

の ように表現 されている。前 日にテイーナに会い

,下

宿 を 申 し入 れた語 り手が

,そ

の結果 を聞 きに再度訪問 してジユ リアナ と一対一の対 面 をす る場面 であ る。

It Ⅵ/as a spacious shabby parlour with a nne 。ld painted ceiling under which a strange figure sat alone at one of the windows.They came back to me now allnost with the palpita― tion they caused, the successive states marking my consciousness that as the door of the room dosed behind me l was really face to face with the」 uliana of some of Aspern`most exquisite and most renowned lyrics, I grew used to her afterwards, though never coHト pletely;but as she sat there before me my heart beat as fast as if the rliracle of resurrection had taken place for my beneit.Her presence seemed somehow to contain and express his

o、vn,and l felt nearer to hiln at that irst lnoment of seeing her than l ever had been before

or ever have been since.(II 1 23)

憧 れの アスパ ンが愛 した とい うジュ リアナ を前 に して

,語

り手 は彼 女 を通 して昔 日の詩人 に限 りな

く近づ い た と感 じ

,胸

の高 鳴 りを抑 えるこ とがで きない。彼 女 は魔 法 の ように「過去 か ら復 活 して

きた」 人 (She was too strange,too literally resurgent)で あ り

,こ

の瞬 間 ジュ リアナの存在 はお

よそ70年 近い時の隔 た りをつ な ぐ橋 となる。 まさ しく彼女 を通 して

,語

り手 は過去 を「訪 れ得」 た

と感 じるのであ る。

しか し

,そ

の感動 の瞬 間の直後 に

,語

り手 の意識 の 中で大 きな認 識 の ギ ャ ップが生 じる。突 然

,老

醜 を漂 わせ る現 実 の ジュ リアナ に意識が及ぶか らであ る。

Then came a check froni the perception that we werent really face to face,inasmuch as she had over her eyes a horrible green shade which served for her allnost as a mask,I beheved

(5)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第

2巻

2号

(2001) 163

for the instant that she had put it on expressly,so that from underneath it she Hlight take me allin without my getting at hersell At the same tilne it created a presumption Of some ghastly deathも一head lurking behind it, The divine Juhana as a grinning skull― ―the vision hung there untilit passed。 (II:23-4)

様々な象徴性 を指摘 されるジュリアナの目を覆 う「緑色のシェイ ド」であるが

,こ

の「マスク」が, その下に隠された骸骨のように醜悪な彼女の現実 を逆 に強調 している。「ネ申聖なるジュリアナ」か ら「歯 をむき出して笑 う骸骨」への変身一一 これが「テーブルの幅」の時間的距離の意味である。 この後

,部

屋 を借 りることについてジュリアナと交渉を進める語 り手は

,彼

女の現実を嫌 という ほどに見せつけられることになる。特に強調 されているのは

,彼

女の金銭欲の凄 まじさである。部 屋を貸 して欲 しいという語 り手の申し出に対 して

,ジ

ュリアナの返事は「た くさんお金を払って く れるならば」ヤ再くらでも貸す

,と

いうものであ り,「月1,000フラン」 を要求 される。これはす般的 相場の「20倍」0に相当する法外 な額であ り語 り手 を驚かせるが

,た

だで文書が手 に入るなら高 く はないという計算 と同時に

,神

聖なるジュリアナを相手に値段の掛け合いなどした くないという気 持ちか ら

,彼

は要求通 りの金額を支払 うことを決める。

I would pay her with a s■ ling face what she asked,butin that case l would make it up by getting hold of my ``spoils" for nothing. W「oreover if she had asked ive tilnes as much I should have risen to the occasion,so odious ttrould it have seemed to me to stand charering with Aspernも 」uhana.It was queer enough to have a question of lnoney 、vith her at al.

(III:28) 語 り手が部屋 を借 り生活を始めて後 も

,ジ

ュリアナの貧欲 さは繰 り返 し彼に嫌悪感をもよおさせ る。賃貸契約時の約束通 り花の咲 き乱れる美 しい庭が完成 し

,語

り手は二人の女性宛に毎 日花束 を 届けさせるが

,そ

れが続 く間は一言のお礼 も無かったにもかかわらず

,送

るのを止めた途端にジュ リアナは語 り手を呼びだしてそれを暗に催促するのである。そ して,「残 った花 は売ればお金 にな る

Jと

忠告 して奇妙な笑い声 をたてるが

,こ

れはあたかも過去のジュリアナの声が甦 つて戯れてい るかのようであ り

,語

り手は「お金儲けの話になると

,過

去の神聖なるジュリアナらしさが最 もよ く引 き出される」 という考えにや り切れなさを覚えている。(Ⅵ :69マ1) さらに第

7章

,語

り手の当初の 3ケ 月間の契約期間が切れる頃になると

,ジ

ュリアナは契約の延 長をさせ ようとして貸借料の交渉に乗 り出すが

,こ

れも語 り手にとっては耐え難 く不愉快 な話であ る。語 り手 を餌食にどこまで も金銭 を吸い上げようとする彼女の貪欲 さは

,な

りふ り構わぬあから さまなものであ り,「大詩人アスパ ンに霊感 を与えた女性」 という語 り手のイメージを大 きく損 な うものであった。 このように

,目

の前の生身のジュリアナは

,剥

き出 しであからさまな現実を突 きつける存在であ り

,語

り手の思い描 くロマンティックな過去のジュリアナのイメージを次々と壊 してい くことにな る。現在のジュリアナが

,ア

スパ ンが愛 した過去のジュリアナと同一人物であることは確実である にもかかわらず

,そ

れを感 じさせる要素はほとんど皆無であ り

,逆

に知れば知るほど二人のジュリ アナの距離は広がるばか りである。いわば

,こ

の受け入れがたい距離を無理矢理背負わされている のがジュリアナという登場人物の存在意義である。

(6)

長柄裕美:「アスパンの恋文Jにおける曖昧性

ジュリアナに関するもう一つの謎は

,彼

女が語 り手の正体 をいつ認識 し始めるのか とい う問題 で

ある。 この問題が誰の目にも明白になるのは

,第

一のクライマ ックス

,ジ

ュリアナの部屋 で文書 を

探 ろうとする語 り手 を彼女が見咎め,「この出版 ごろI」 (“Ah you publishing scoundrel l"(Ⅷ :

118))と い う言葉 を投げかけるシー ンである。 この とき初めてジュリアナの「緑色 の 目覆い」 は取 り除かれ

,二

人は目と目を合 わせて対面することになるが

,こ

れは二人が互いの正体 を確認 し合 う 瞬間である と同時 に

,私

達読者がジュ リアナの正体 を真 に確認する瞬間をも象徴 している。 しか し 「緑色の 目覆い」 は内側か ら外狽Iは見 えるが外側か らは内側が見 えない仕掛 けであ り

,第

一のクラ イマ ックス以前の どの段階で ジュ リアナが語 り手 を疑い始めるのか とい う変化の過程 は

,語

り手 に も読者 にも全 く「見 えない」のである。 ジュ リアナの認識の時期 によっては

,前

述 の金銭 に関す る や りとりも全 く異 なった意味 を帯 びて くるのであ り

,こ

の「緑色の 目覆い」が彼女 の全 ての行動の 意味 を曖味に していると言 える。考 えられる最 も早い時期 としては

,語

り手が部屋 の賃貸 を願い出 た初対面の段 階ですで に彼 の 目的 に疑念 を抱 いていた可 能性 が あ り

,そ

れ を前提 に考 えれば, 1,000フランとい う法外 な下宿代 は

,そ

れ を確 かめるために彼女が とつた手段 と見 なす ことがで き る。続いて

,語

り手がテ イーナに気 を許 してアスパ ンの資料 を探 していることを打 ち明け

,そ

れ を 盗み出 して欲 しい と頼 んだ際 に

,テ

イーナか らジュリアナに伝 えられた可能性が考 え られる。その 直後 に

,ジ

ュ リアナは語 り手 と契約の延長 について話 し合 ってお り

,彼

の職業が「過去 の偉大 な著 述家たち」 について書 く「批評家

,注

釈者

,伝

記作家」である事実 を白状 させ て

,彼

と「過去 を詮 索すること」 の是非 を論 じている (Ⅶ :89→0)。 こうしてジュリアナは

,語

り手 にその正体が露呈 していることを暗にほのめか しつつ

,さ

らに 6ヶ 月の契約延長 を求めるのであ り

,こ

こにはさらに 巧妙で狡猾 な彼女の策略 を読み とることが可能 になる。 この後交渉がお もわ しくない と見 たジュ リ アナは

,語

り手 にアスパ ンの肖像画 を見せてその価値 を値踏み させ

,彼

の態度 を試そ うとする。 こ の肖像画 を巡 って

,語

り手 とジュリアナは ともに相手 にアスパ ンとい う名前 を言わせ ようとして心 理戦 を繰 り広 げることになるが

,こ

の出来事 は

,そ

れ以前 に語 り手がアスパ ンの肖像画の存在 につ いてテイーナに尋ねていたこととの関連性 を当然想起 させ る。その段階ではテイーナは「知 らない (V i64)」 と答 えているにもかかわ らず

,後

にこの肖像画の ことを聞いた彼女 は「で は伯母 はあ

れをお見せ したのですか」と言 つて実はそれ を知 つていることを明か している(“And did she show

you that? Oh gracious― 一oh deary mel'' groaned VIiss Tina,who seemed to feel the situation pass out of her control and tte elements of her fate thicken round her.(VIII 1 103))。 この態度

の変化 は

, 5章

か ら

8章

の間の どこかでティーナ とジュ リアナが 肖像画 を話題 に した結果

,テ

イー ナがそれを知 るようになったことを示 していると解釈す ることも可能である。物語 は全 て語 り手の 視点で書かれているために

,ジ

ュリアナ とテ イーナの間の会話はほどんど表面化 しないが

,語

り手 の視野の中に

,彼

の知 りえない二人の親密 なコミュニケーシ ョンの可能性が全 く想定 されていない のは極めて不 自然である。テ ィーナが 自分 との約束 をジュリアナとの関係 に優先す る と考 える語 り 手の前提 その ものが

,単

純で独善的な彼 の発想 を表 してお り

,彼

が永年 ヨーロッパ で鍛 え られた二 人の老嬢の手玉 に取 られることになるのは当然の結果 と考 えることもで きる。 この ようにジュリアナは

,過

去のロマ ンテイックで魅力的な美女 と

,現

在の醜 く狡猾 な老女 とい う二つの対極的イメージを負わ される と同時 に

,語

り手の正体 を認識 している可能性 としていない 可能性の二つのテクス トを

,第

一のクライマ ックスの瞬間 まで負 わ されてい るこ とになる。 この ジユリアナの性格づけに含 まれる二面性 は

,ジ

ェイムズによって意図的に付与 された もの と考 え ら れるが

,そ

れによって彼女の存在の曖昧性 は増 し

,物

語のサスペ ンスを高める効果が生 じているの

(7)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第

2巻

2号

(2001) 165

である。 テ ィ ー ナ の 二 面 性 ジュリアナに続いて

,姪

テイーナの性格づけについて考察する。彼女 に与 えられた性格 を最 も強 く特徴づける言葉 は,「分か らない」 または「知 らない」(“I dont know.")である。物語の冒頭か ら

,テ

ィーナは無垢で無知 なイメージを強烈 に印象づ け

,語

り手 はその頼 りなげな様子 に「安全 性」 を認めて気 を許 し

,次

々 と自らの正体 を明 らかに してい く結果 になる。多 くの批評家たちも, ジェイムズの文学 に登場す る純粋無垢 な人物 の系譜 に属す るもの としてテ イーナを位置づ けてい る。語 り手 は彼女 の弱み につけ込 んで彼女 を誘惑 し

,自

分 の 目的 を達 そ うとす る卑劣漢であ り, テイーナこそが

,こ

の物語の第一の犠牲者であるとい う解釈である。た とえば

Benjamin Newman

,物

語 の二つの破壊的力 として語 り手 とジュ リアナ を挙 げ

,彼

らは ともに対照的 に純粋無垢 な テイーナを自己の利益のために犠牲 にし

,弄

んでいると述べている。

0

語 り手がボル ドロー家 を訪れて最初 に対面す るのはテ イーナである。「庭」 を理由に部屋 の賃貸 を申 し入れ ようとす る語 り手が

,庭

を見せ て欲 しい と言 うの に対 して

,テ

イーナは心細tデに “I

dont know,I dont understand."(Ⅱ :18)と 答 えるが

,こ

の言葉 はその後 も彼女のキャッチ フレー ズの ように繰 り返 し用 い られることになる。国籍 を聞かれてさえまず “I don化・

know."と

答 える

(H:19)テ

イーナについて

,語

り手 は「彼女の矛盾が彼女 を頼 りなげで興味深い存在 に していた」

(H:21)と

言 う。 また伯母のジュリアナ も

,テ

イーナがお金 について口を差 し挟む と “

What do

即y know?Youre ignorant."(Ⅲ :29)と 冷淡に切り捨て

,「

若いときには十分な教育をつけて

やったのだがその後は何も学ばなかった」

(Ⅲ :29■

0)と 断言している。抜け目ないジェリアナと

の契約 を苦労 して取 りつ けた直後 にテ イーナ と会 つた語 り手 は

,二

人 の女性 の対比 を明瞭 に意識 し

てい る。

As l stood in the sala again l saw that h/fiss Tina had folo、 ved me.… she oniy stood there with a diln, though not a languid sn le, and with an erect of irresponsible incompetent youth alrnost co■ cally at variance with the faded facts of her person.She was not inirm, lke her aunt,but she struck me as more deeply futile,because her inericiency was in、 vard, which was not the case with Miss Bordereauも 。(III:31ゼ)

この他 に も

,テ

ィーナ を描写 し修飾す る形容詞 には

,愚

か さ

,無

能 さ

,弱

さを表現 した ものばか

りが 目立 ってい る。(…altogether her behaviour was such as would have been possible only to a

perfectly artless and a considerably widess woman。

(V i62))語

り手 に とつて テ イーナの穏 や か

な無知 は一種 の救 い と映 り

,彼

女 な ら全 て を打 ち明けて も「安全」 であ り自分 の味方 になって くれ

る と信 じて

,ア

スパ ンの名前 を口にす る

(V i63)の

で あ る。そ して困 った立場 に立 つ と

,す

ぐに

他人 の親切 にすが ろ うとす るテ イーナの頼 りな さ と滑稽 さは

,次

の よ うに描写 されている。

She had been disconcerted,as l have mentioned,but l had already perceived,and l was to observe again,that when [iss Tina was embarrassed she didnl● 一as mOst、

voman would

(8)

長柄裕美:「アスパ ンの恋文Jにおける曖味性

deprecating, a clinging appeal to be spared, to be protected, Her attitude was a constant prayer for aid and explanation, and yet no woman in the world could have been less of a comedian,Froni the moment you were kind to her she depended on you absolutely:her sel■ consciousness dropped and she took the greatest intilnacy,the innocent intirnacy that was au she could conceive,for granted,(VI:75)

この ようにテ イーナ は

,自

ら もの を考 え判 断す る知能 を持 たず

,他

人 まかせ に人生 を生 きてい る 人物 と して描 かれ る。 だか らこそ彼 女 は

,社

会 か ら遮 断 され た牢獄 の ようなジュ リアナ との生活 に 甘 ん じて こ られた の で あ る。 テ ィーナの この性格 づ けは

,物

語 の 中で一 貫 して強調 されてお り

,誰

の 目に も自明であ る ように見 える。 しか し

,彼

女 が物 語 の成 り行 きに果 た した重 要 な役 害↓

,彼

女 の 行動 や言 葉が物語 を左 右 した要素 を考 える とき

,こ

の常識 を疑 ってみ る余 地が残 されてい る ように 思 われ る。 語 り手 は

,ジ

ュ リアナ との コ ミュニケー シ ョンの不 足 を

,テ

ィー ナ との会 話 で補 って い る。実 際

,物

語 の 中で語 り手 は

,ジ

ュ リアナ との会話 の何 倍 もの時 間 をテ ィー ナ との会話 に費 や してお り

,こ

れによって彼 は自分がおかれている状況 を把握す るための情報の多 くを収集 しているのであ る。 この二人の会話の中で

,前

述の通 り

,語

り手 はテ イーナの無骨 なまでの正直 さを信頼 し

,彼

女 を相手 に自分の正体 を自ら積極的に暴露 してい くことになるが

,同

時に彼 はテ イーナの持つ不思議 な二面性 にも気づいていた。た とえば

,テ

ィーナが予想外の言葉で受け答 えをするのを聞 くと

,彼

はそれは全てジュリアナの指示 による ものだ と考 える。そ してテ イーナの言葉 には,「彼女が 自分 の責任で言つている言葉」 と「伯母の指示 によつて言 う言葉」の使 い分 けが行 われていると判断す るのである。(…I may as well say nOw hat l came afterwards to distinguish perfectly(as I

beheved)between the speeches she made on her Own responsibility and those the old woman

imposed upon her.(III:34))こ の使 い分けを証明する確 かな証拠 はないにもかかわ らず

,語

り手

は自分がテイーナについて思い描いた無知なイメージに執着 し

,そ

れか ら外 れると思われるものは 全て彼女の言葉であるはずがない と判断 して しまうのであるが

,テ

ィーナがその両方 を自分の言葉 として表現で きる「幅」 を持つ人物であった と仮定 した らどうであろうか。表面的には穏和 で無知 な

,精

神的に自立の出来ない女性 を演 じているテ イーナが

,そ

の裏では全 てに意識的で

,先

回 りし て事態 を判断 し

,導

くことので きる賢明さを隠 し持 つているとした ら

,物

語の持つ意味はさらに複 雑で喜劇的な もの となって くるはずである。 語 り手の語 るテ ィーナの描写 には

,こ

の他 にも一貫性のない不安定 な要素が断続的に垣間見 られ る。語 り手は

,愚

かで頼 りない女性 という単純 なテ イーナ像 を確信する一方で

,

しば しばそれに裏 切 られるのではないか という不安が頭 をよぎるのを感 じてい る。第

5章

の語 り手 とテイーナ との長 い会話 には

,こ

うした語 り手の心の揺れが多々見受 け られる。ある夜

,庭

に自分が作 らせたあず ま やに思いがけな くテ イーナがいるのに気づいた語 り手 は

,待

ち伏せ した と疑われぬ よう立 ち去 ろう とするが

,彼

女 は慌てる様子 もな く「よく来て くださいました

Jと

言いなが ら平然 として彼の前 に 現れる。 この態度 に対 して語 り手 は

,逆

に彼女の単純 さを過信す る危険性 を感 じている。

She stood close to me, looking about her with an air of greater security but without any demonstration of interest in me as an individual.Then l felt how litde nocturnal prowlings could have been her habit, and l was also renlinded― ―I had been amicted by the same in

(9)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第

2巻

2号

(2001) 167

talking with her before l took possession― ―that it was impossible to allow too much for her

simplicity.(VIM) 夜 の散歩 の習慣 もない彼 女が そ こにい るのは

,逆

に 自分 の方が罠 にかけ られた こ とを意味す るので は ないか

,と

い う不 安 が 一 瞬彼 を と らえ るの で あ る。そ して そ の後 の庭 園 内 で の会 話 の 中で, テ イーナが「なぜ 自分 たちのことを探 ろうとするのか

Jと

問 うのに対 して

,語

り手 は「それはジュ リアナに指示 された質問だ」 と言 うが

,こ

れに対 してテイーナは「そんなことはない」 と平然 とや り返す。語 り手 はこのテイーナの態度 について「彼女 には内気 さと直萩 さとが奇妙 に同居 している」 (She was indeed he oddest mixture of shyness and straightness,(V:55))と 述べて戸惑い を

示 している。 このことは

,第

8章

;ジ

ユリアナの体調の変化 を訴 え

,助

けを求めて語 り手の部屋 を

実内 もな く訪れるテ イーナについて

,語

り手が

,彼

女の大 きな「臆病 さ」の陰 に時 として「大胆 さJ

が顔 をのぞかせると感 じるの と似 ている。(I remember well that l ttlt no surprise at seeing he■ 覇hich is not a proof of lny nOt beheving in her tilnidity.It was inllnense,but in a case in which there was a particular reason for boldness it never would have prevented her from running up to my■ oor.(VIH i 102))語 り手の 目には

,い

つ も「内気」で「臆病」 なはずのテ イーナが

,時

と して全 く対照的な「直裁」で「大胆」な狽1面を見せるように思えるのであ り

,折

に触れてこの不可 解な二面性が指摘 されている。 テイーナは

,語

り手 との会話の中で

,ジ

ユリアナに外出するように言われて珍 しく庭へ出てきた と言 う一方で

,ジ

ュリアナの様態は良 くないと言う。そして

,高

齢の伯母を一人置いていることを 気にする様子 もなく

,時

間のたつのにも忘れたかのように語 り手 との会話につ きあお うとするので ある。これは

,部

屋 を借 りて以来3ヶ月間に渡って語 り手を避けてきた彼女 らしか らぬ

,矛

盾 した 行動 と言える。(¨.she had avoided me for three mOnths,yet now she treated me almOSt as if

these ttree months had made me an old fl・

iend.(V:57))語

り手は彼女の会話の不可解さを次の ように述べている。

I scarce knew what to think of all tllis― 一of W[iss Tinatt sudden conversion to sociability and of the strange fact that the more the old、 voman appeared to decline to her end the less she should destre to be looked after.The story hung indirerently together,and l even asked myser if it lnightntt be a trap laid for lne,the result of a design to make me show my hand.

(V:58)

実 際

,こ

の夜 のテ イーナの雄弁 さはそれ までの彼 女 と比べ る と別 人の ようであ り

,ま

,

しば し ば予告 もな く突然 に姿 を消す癖 のあ る彼女 を思 えば

,い

つで もそのチ ヤンス はあ るの に家 に入 ろ う ともせ ず

,長

時 間 に渡 って語 り手 と語 り続 けてい た彼 女 の行 動 は意外 な もの で あ る。語 り手 が言 う ように

,こ

れが意図的な民であつたことは十分考えられることである。 しか し

,こ

うした様々な疑 間にも関わらず

,語

り手はなおテイーナの愚鈍な誠実さを信頼 し

,彼

女な ら秘密 を打 ち明けて も 「安全」だと信 じて疑わない。ついにアスパ ンの名 を口にしてテイーナの反応 を窺い

,探

りを入れ ようと試みるが

,テ

イーナは驚 く様子 もな くそれを聞き

,淡

々とした調子でジユリアナの過去の知 り合いであることを認めるのである。そ して

,前

述のように肖像画に関する話題が取 り上げられた 後

,テ

イーナは突然語 り手の職業について質問を始める。

(10)

168

長柄裕美:「アスパ ンの恋文Jにおける曖昧性

“Do you write― do you write?" There was a shake in her voice― she could scarcely bring

it out.

“Do l write? Oh dont speak of my writing on the same day with Aspernも !" “Do you write about F2カ 盟 dO yOu pry into his life?"

“Ah,that`your aunt's questioni it can't be yours I"I said in a tone of shghtly wounded

sensibility.

“All the more reaSOn then that you should answer it,Do you,please?"(V:65)

「アスパ ンの生涯 を詮索す るのか」 とい う問いは

,語

り手 の正体 を知 るための核心 を突 く問いで

あ り

,読

み方 によつては

,テ

ィーナは長時間の会話の中でこの質問をするチ ャンス を狙 っていたと

考 えることもで きる。語 り手 はその鋭 い問いはテイーナの もの とは考 えられない として

,ジ

ュリア

ナの指示 によるもの と判断するが

,そ

れがティーナの ものでなかった とい う証拠 はやは りどこにも

存在 しないのである。それにもかかわ らず

,彼

女 に問いつめ られた語 り手 は

,こ

の直後

,思

わず問

われるが ままに事実 を漏 らして しまう (“Yes,Iヤe written about him and I伍 looking for more

material,In heaventt name have you got any?り 。 これを聞 くとともにテイーナは部屋へ駆 け上

が り

,そ

の後

2週

間も姿 を見せ ることはなかった。彼女の目的は果たされたのである。 この経過の中で

,テ

イーナの呆 た した役割 を考 えると

,彼

女の純粋無垢 なイメージが語 り手の警 戒心 を解 き

,真

実 を明かす大 きな要因 となったことがわかる。テイーナを誘惑 し

,文

書 を我が もの にするとい う語 り手の当初の下心

(I:14)と

は裏腹 に

,民

にかけ られ

,餌

食 にされたのは彼 の方 だったのではないか。そ してその計 画 にはジュ リアナ とテ イーナの連携 が あ った こ と

,そ

して テイーナ自身が全ての計画 に積極的に関わつていた と考 えることは容易である。 この後

,テ

イーナ は文書 の存在 をちらつかせつつ語 り手 をで きるだけ長 く居残 らせ る計画 に関わ り

,こ

れ に成功す る。 テイーナを外 出に誘 って くれるようにとい うジュリアナの依頼 に応 えて

,語

り手 はテ イーナ とべ エスの街 を散策する機会 を持つ。話題 はアスパ ンの手紙のことに終始 し

,語

り手 はその存在 を確か め ようと躍起 になるが

,テ

イーナは「伯母 は何 で も持 っている」(Ⅵ

:78)と

答 えて彼 を驚喜 させ る。 さらにジュ リアナが死 を覚悟 してそれを焼却す ることのない ように見張 っていて欲 しい

,出

来 れば盗み出 して見せて欲 しい と懇願す る語 り手 に対 して

,テ

イーナは様 々な理 由を挙 げてその難 し さを主張するが (Ⅵ

:82-4),い

よい よゴン ドラを降 りるときになって

,突

然「 で きるだけの こと は してみる」(Ⅵ

:85)と

あつさ りと答 えて語 り手 の期待 を くす ぐるのである。 この直後 にジュ リ アナは語 り手 と賃貸契約の延長 について交渉す るのであ り

,あ

たか も手紙 と引 き換 えに契約更新 を 求め られているかのような印象 を与 える。結局 1ケ 月の延長で話 し合いは終わるが

,こ

の後 に前述 の肖像画が ジュリアナによって語 り手 に示 されるのであ り

,語

り手の目にはい よい よアスパ ンの文 書の存在が真実味 を帯びて くる。 この交渉での興奮が さわったのか

,ジ

ュリアナは床 に伏 し

,語

り 手 は今度 は文書の保存場所 を求めてティーナを問いつめるが

,こ

の ときのや りとりは次の通 りであ る。

、 “And where are they no、v――the things that、 vere in the trunk?"

``In the trunk?"

(11)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第

2巻

2号

(2001)

therei you seemed to mean she had transferred them." “Oh yesi they're notin the trunk,"said riss Tina.

“W[ay l ask if youヤ e looked?" “lFes,I've looked for you."

“How for me,dear VIiss Tina? Do you mean you4 have given theln to me if you had found theln?" ――and l fairly trembled with the question.

She delayed to reply and I、 vaited,Suddenly she broke outi“ I dontt know what ld do― ―

what l wouldnt l"(VHI:11(>1)

あたか も語 り手 の 目的のため に

,危

険 をか え りみず協 力 して い るか の よ うなテ イーナの言葉 に

,語

り手 は興奮 で声 を震 わせ てい る。彼 の ため な らば どん な こ とで も して しまい そ うなテ イーナ の態度 に

,も

う少 しで 目的が達成 され そ うな予感 が語 り手 の心 をか き立 て るの であ る。 しか しこの直後, 語 り手 はテ イー ナ に 自 らの偽 名行 為 を打 ち明 け

,本

名 を明 かす ので あ り

,相

手 に着 々 と情 報 を提 供 して い るの は実 は語 り手 自身 なのであ る。決定 的 な情 報 を与 えない こ とに よつて相 手 を じら しつ つ

,気

持 ちが途 絶 える直前 にかす か な期待 を持 たせ

,そ

の一方 で相手 に関す る必要 な情報 を一 つ残 らず引 き出 して しまうテイーナのコミュニケーション技術は

,無

意識 とは思えないほどに巧みであ る。語 り手はその技に面白いように操 られているにもかわらず

,ほ

とんどそれに気づかないのであ る。 テイーナの策略について

,敢

えてさらなる深読みの危険を冒すな らば

,テ

イーナは意図的にジユ リアナ と語 り手 とを会わせ

,ジ

ュリアナの健康 を損 ねることを狙 つているようにも見 える。最 も典 型的な場面が

,前

述の第一のクライマ ックスである。死期が迫 っているジュ リアナの部屋 に語 り手 が侵入 しているにもかかわらず

,テ

イーナはそれに気づかず寝入つてお り

,

しかも居間の鍵 をかけ ていなかったという設定は

,不

自然のそ しりを免れない。語 り手 自身

,こ

れはテイーナが文書 を盗 むことを勧めている証拠だとして

,次

のように自己の行為を正当化 している。

…I caught a ghmpse of the possibility that VIiss Tina wished me really to understand,If she didnt so wish me,if she wished me to keep away,why hadnt she locked the door of comぃ munication between the sitting一 room and the sala? That would have been a deinite sign that l was to leave them alone.If l didnl leave them alone she meant lne to come for a pur‐

pose――a purpose now represented by the super― subtle inference that to obhge me she had uniocked the secretary,(VHI1 117)

語 り手の言 うように

,テ

イーナが文書を盗むことを暗に勧めていた可能性 ももちろん考えられる が

,一

方で実際に起 こったように

,語

り手の侵入に対 してジュリアナが最後のエネルギーを振 り 絞つて抵抗するという成 り行 きも当然考えられたわけであ り

,も

し前者がテイーナの意図 したこと であったならば

,最

終的な修羅場 を迎 える前 に語 り手 を追い返す方法 もあったはずである。「この 出版 ごろ!」 という最期の言葉 を残 してジェリアナが倒れる時

,寝

入 つていたはずのテイーナは ジュリアナの体 を両腕に抱 きかかえるのであ り (Ⅷ

:118),や

はりこの場面にテイーナの何 らかの 意図が作用 していたと考えなければ

,彼

女の行動 を説明することは難 しい。 結局

,こ

の直後に語 り手はベニスを離れ

,帰

ってきたときにはジュリアナは亡 くなっている。結

(12)

長柄裕美:「アスパ ンの恋文」 における曖昧性 果的に見れば語 り手の行動がジュ リアナの死 を早めたことにな り

,テ

ィーナは彼の非常識 を責め る ことので きる立場 にあるはずだが

,帰

つて きた彼 に対 して彼女 は一言の恨み言 も口にせず

,た

だ相 変わ らず静かで頼 りなげな様子 を見せ るばか りである。彼女の落ち着 いた態度 は

,あ

たか もこの事 態 を覚悟 していたかの ような印象 を与 える。一方

,語

り手の関心 はついにジュリアナの手元 を離 れ たはずのアスパ ンの文書 だけにあ り

,そ

の無事 を尋 ねるが,「た くさんあるJ,「燃 させ なか った」 と言 うだけで彼 に見せ ることはで きない と言 う。問いつめる語 り手 に対 して

,テ

イーナは「結婚 し て くれるなら見せ られる」 とい う意味の驚 くべ きメ ッセージを伝 えるのである。(“

I you werent

a stranger.Then it、 vould be the same fOr you as for me.Anything thattt Hine would be yours, and you cOuld do what you like.I shouldnt be able to prevent you――and youtt have no responsi‐

bility.(IX:133))語

り手は

,自

分への献身的協力 を信 じて疑 わなか ったティーナか ら出された こ

の条件 にシ ョックを受 け

,街

をあて どな くさまよう。ティーナ との結婚が文書の代償だ とす ると,

彼 には法外 な ものに思われ (That was the price―

that was the price l(IX:136)),結

果的 に

テイーナを誘惑 しその気 にさせた 自分の行動 に良心の呵責 を覚 えるものの

,そ

の責任 を取れないの

は明 らかであった。 (At any rate,whether l had given cause or not,there was no doubt wha与 ever that l cOuldntt pay the price,I couldnt accept the proposal.I couldnt,for a bundle of tat― tered papers,marry a ridiculous pathetic prO nci証

old woman.(IX:137))さ

らに語 り手 は, 古

い手紙 などになぜ これほど執着 したのだろうと自分の計画 を後悔 まで し始める始末であ り

,彼

の狼

狽ぶ りは喜劇的アイロニーに満 ちている。 しか し彼 は

,翌

日になると交渉の余地はまだあると思 い

直 し

,悩

んだ末 に勇気 を鼓舞 して再度テイーナに会いに行 く。果た して

,彼

女の言葉 は「三度 と会

いた くない」 とい うはっきりとした別れの言葉であった。

“Are you going to― day?''she asked,“ But it doesntt matter,for whenever you go l shall not see you again.I dOn't want to."And she smiled strangely,with an ininite gentleness.(IX:

142) しか も

,語

り手にとって最 も大切なアスパ ンの手紙 を

,彼

女は前夜のうちに全て「燃や して しまっ た」(Ⅸ

:142)と

言 う。テイーナのこの潔い決断は

,無

知で頼 りない彼女のイメージとはあまりに かけ離れたものであ り

,ジ

ュリアナの支配から解放されたための変化 と言うだけでは説明のつかな い

,決

定的な食い違いを示 している。この「求婚」 と「手紙の焼却」 という二つの頂点を持つ第二 のクライマ ックスは,『メイジーの知ったこと』(772βιν激蛯7frPθ

7,1897)の

中で

,純

真なはず の少女メイジーが最後に下す成熟 した決断と

,そ

れに射する周囲の大人たちの驚愕を想起 させるも のがある。① しか しすでに述べてきたように

,も

しティーナの実体が「無知」 と「知恵」の二面性 を表裏に含む

,よ

り複雑なものだと考えれば

,こ

の最後の行動 も許容可能なものとなるのである。 彼女はまず

,語

り手の正体 を探 り

,彼

の存在を最大限に利用 しようとするジュリアナの意向に自 ら積極的に協力 した。そ してそれと同時に

,ジ

ュリアナが語 り手との緊張関係を保ち続けることに よって疲労 し

,寿

命 を縮めることを半ば望み

,そ

れに何 ら手 を下すことな く消極的に荷担するので ある。最終的に

,語

り手 もジュリアナも大 きな損失 を被 る (命の喪失 を含む

)の

みに終わるのに対 して

,テ

イーナが失 うものは何 もない。それ どころか

,彼

女は財産

,手

,自

由の全 てを手 に入 れ

,そ

れらに対する全面的権限をも与えられるのである。確かに

,語

り手を手に入れることだけは かなわないが

,テ

ィーナにとって彼が経済的保証以外の魅力や意味を持つていたとは思われない。

(13)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第

2巻

2号

(2001) 171

この物語の唯一の勝不U者は

,テ

イーナだったのではないだろうか。 この ように

,一

見最 も単純 に見 えるテイーナの性格づけにも

,あ

る種 の二面性

,曖

味性が意識的 に付与 されてお り

,物

語の緊迫感や不可解 さを増す効果 を生みだ していることがわかる。 ここでは 敢えて極端な読みを試みているが

,表

面では一貫 して無垢なテイーナの陰に

,絶

えず したたかで抜 け目ないティーナが潜んでお り

,そ

の二つのテクス トが場面ごとに撚 り合わさりつつ異なる局面を 見せるために

,物

語の色調が より深みのある玉虫色 を帝びて来ると考えることがで きる。 語 り手 の 二 面 性 最後に

,主

人公であ り視点人物である語 り手の性格づけについて考察する。彼の性格 について, 行方昭夫氏は「聖杯 を探 し求める献身的な騎士」だとする説 と「プライヴアシイを侵 し

,

とくに純 真な婦人をもであそぶ卑劣漢」だとする説の

,二

つの相反する解釈があると述べている。① 後者は 言 うまでもなく

,ア

スパ ンとジュリアナの過去 を暴 こうとしてテイーナを誘惑する語 り手の行為 を 指 しているが

,自

己の目的のためには手段 を選ばぬ彼の決意は

,物

語の冒頭部分に明確 に示 されて いる。彼は友人のプレス ト夫人 (Mrs.Prest)イこ対 してこの計画を打ち明け

,そ

こで次のような覚 悟 を表明 している。

“I can arrive at lny spoils only by putting her or her guard,and l can put her off her guard onty by ingratiaung diplomatic arts,Hypocrisy,duplicity are nly only chance.Itn sorry for it,but there`no baseness l wouldnt commit for」 errey Asperntt sake.First l must take tta with her一 then tackle he m n iob."(I:11ウ)

この後さらに

,か

つて仕事仲間のジョン・カムナー

(John Cumnor)の

名でアスパ ンの手紙につ いて問い合わせをした際に

,ジ

ュリアナか ら手厳 しい拒絶の返事を受け取つたことから

,身

分を偽 るために「偽名」 を刷 り込んだ名刺 を準備 してきたことが明かされる。そ してそれでも疑われた場 合の戦略 として

,彼

は「姪 を誘惑するJ(“To make love to he niece."(I:14))と 宣言するので

ある。語 り手を「卑劣漢」 と見る説は

,彼

がこの決意を徹底 して実行 したとする解釈である。その 後の彼の働 きかけに応 じて接近の様子を見せ

,つ

いに自ら求婚するに至るテイーナの態度は

,こ

れ を証明していると考えることもで きる。 加えてこの説は

,こ

の物語に芸術家の私生活を詮索することに対するジェイムズ自身の批判 を読 みとろうとする立場を代表 している。作品の真価 を理解 しないジャーナリズムや軽薄な社交界の餌 食 となって

,作

家がその命 を絶たれてしまう現実への彼の強い嫌悪感は

,た

とえば数年後に書かれ る短編「有名作家の死」(“The Death of Lion",1895)に も明らかである。アスパ ンとの過去の思 い出を死守 しようとするジュリアナの意志に対 して

,語

り手の行為 を卑劣 な覗 き趣味 と見る見方は もちろん可能であろう。

一 方前者の説は

,批

評家兼伝記作家 として自らの職業に臨む語 り手の態度 を純粋なものと評価 し て

,彼

の行動は全て

,真

実 と美 を求める世界のための献身的行為だ と見なす解釈である。「献身的 な騎士」 という比喩は

,ジ

ェイムズの「批評の科学」(“The Science of Criticism",1891)と 題 さ れた評論の中で用いられたものである。ジェイムズは

,理

想的な批評家 とは「好奇心 と共感」 とで 全力をくまなく武装 した高貴で忠実な「騎士」のように

,自

己犠牲的に情熱的に根気強 く自己の職

(14)

長柄裕美:「アスパンの恋文」における曖味性

務に当たる者であり

,芸

術家の良さ「助力者

,先

導者

,解

釈者

,兄

弟」 となりうる存在だと述べて

い る。

We have too many sman sch。。1-masters, yet not only do l not question in literature the high utihty of cridcism,but l should be tempted to say that the part it plays may be the supremely beneficent one when it proceeds from deep sources,from the efficient cOmbina― tion of experience and perception.In this light one sees the critic as the real helper of the

artist,a torch―bearing outrider,the interpreter,the brother.… when one considers the noble igure completely equipped― ―

armed

εβρttβ

pFθ in curiosity and sympathy―一one falls in love

with the apparition.It certainly represents the knight who has knelt through his long vigil and who has the piety of his orice.For there is something sacriacial in his function,inas― much as he orers himself as a general touchstone.To lend himselt to prOieCt himself and steep hilnseL to feel and feel till he understands,and to understand so weH that he can say, to have perception at the pitch of passlon and expression as embracing as the air,to be ini― nitely curious and incorrigibly patient, and yet plastic and in■ ammable and deternlinable, stooping to conquer and serving to direct.…(9)

語 り手 が この ような理想 的 な批 評 家 で あ る とす る解釈 を支 えるの は

,語

り手 が時折垣 間見 せ る彼 の批 評家

,文

学者 と しての側 面 で あ る。語 り手 に よれ ば

,様

々 な不愉快 な思 い を経験 した に も関わ らず

,尊

敬 す るアスパ ンに絶 えず 思 い を馳 せ つ つ過 ごせ た この ベ ニ ス で の 生 活 は

,好

ま しい もの だ った とい う。望 めばいつ で もアスパ ンの霊が姿 を現 し

,周

りを さま よって語 り手 を見守 つて くれ た ので あ り

,こ

の一件 を と もに最後 まで見届 け よ う と語 りか けて くれ て い る と感 じた と述べ てい る。 さらに語 り手 は

,自

己の批 評家 と しての使命 について

,次

の ように述べ てい る。

VIy eccentric private errand became a part of the general rOmance and the general glory― ―I

felt even a mystic companionship,a moral fraternity with all those who in the past had been in the service of art.They had worked for beauty,`or a devotioni and what else was l do‐ ing? That element was in everything that」 errey Aspern had written, and l was only

bringing it to light,(Iヽ た:43)

芸術 と美 のため に尽 くした過去 の全 ての人々 と自分 の と間に神秘 的 な連帯が あ る

,

とい う語 り手 の

この言葉 に何 らかの真 実性 を認 め る とす るな らば

,彼

の行為 を自己の使 命追 求 のための純粋 な動機

に基づ くもの と解釈す るこ とも可能 である。

また

,ア

スパ ンの芸術 の本 質的 アメ リカ性 について

,語

り手 は次 の よ うな指摘 を してい る。

Fhs o、vn country after all had had mOst of his life,and his muse,as they said at that tirne, was essentially American,That was ottginally what l had prized him for that at a period 、vhen our native land was nude and crude and provincial,when the famous``atmosphere"it is supposed to lack was not even■ lissed,when literature was lonely there and art and form alrnost impossible,he had found means to live and write like one of the firsti to be free and

(15)

鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第

2巻

2号

(2001) 173

general and not at all afraidi to feel,understand and express everything.(IV i 50)

行方氏 も指摘 す る ように

,当

時 の ア メ リカの芸術 を取 りま く環境 につ い て述べ た語 り手 の この言葉 は

,ジ

ェ イムズ 自身 の見 解 を表 した もの と考 え る こ とが で きる。彼 が『ホ ー ソ ー ン論 』(コ物 雁 脱ο

me,1879)の

中で ア メ リカの文 化 的不 毛 に対 す る作 家 と して の無念 を述べ た こ とは よ く知 ら れてお り,・° その中にあ つて独 自の文学世界 を築 い た作 家 ホー ソー ン (Nathaniel Hawthorne, 1804■

4)が

アスパ ンのモ デ ル とな った考 える こ とは妥 当 な こ とで あ ろ う。 ジェイムズ の見 解 を代 弁す る語 り手 に対 して

,何

らか の信頼性 を認 め るべ きであ る とす る解釈 の可能性 は否定 で きない。 さ らに

,過

去 を詮 索 す る批 評家 の仕 事 を巡 つて交 わ され る語 り手 とジュ リアナ との次 の よ うな会 話 は

,こ

の問題 に関す る二つ の対立す る見 方 を見事 に表現 してい る と思 われる。

“I)o you think ittt right to rake up the past?"

“I dont feel that l know what you mean by Faking it up.How can we get atit unless we dig a little? The present has such a rough way of treading it down."

“Oh I Lke the past,but l don't like critics," my hostess declared、vith her hard compla― cency.

“Neither do I,but l like their discoveries."

“Arentt they lnosdy lies?"

`ィrhe lies are what they sometimes discover," I said,snlihng at the quiet impertinence of

this,“They often lay bare the truth."

“「Γhe truth is Godも ,it isnt man色 :we had better leave it alone.Who can iudge Of it?― 一

who can say?"

“Weイe terribly in the dark,I know,"I adnitted;“ but if we give up trying what becomes of all the ine things? What becomes of the work l just lnentioned,that of the great philoso― phers and poets?Ittt al vain words if therett notlling to measure it by,"(VII:90)

神 に しか わか らない真 実 を人 間が詮索 す るの は間違 いで あ り

,そ

の発見 には嘘が多 い とい うジュ リ

アナの主張 に対 して

,語

り手 は

,掘

り起 こ さなけれ ば過去 は理解 され ないので あ り

,過

去 の偉 業 を

探 求す る こ とをや めれ ばそ れ らは意味 を失 つて しま う と述 べ てい る。 これ らの見解 は どち ら も説得 力 を持 つ もの で あ り

,こ

の 会 話 に お け る二 人 の議 論 は 完 全 な釣 り合 い を保 っ て い る。

Tony

Tannerは

,JoyCeが

妻 に宛 て た親 密 な手 紙 やKafkaが燃 や すべ きだ と主 張 して い た物 語 な ど

,現

の出版物 を例 に挙 げて

,語

り手 の言 い分 を慎重 に擁護 している。

Of coursc he has a point,and the present has,in some way,to hold on to,sometirnes to resurrect,recuperate,exhume,the past,Culture is bound to be,to a degree,archaeological.… In some ways,then,the editor―critic is,if nOt our representative,at least our agent, as he develops his plan of campaign to penetrate the old house,bypass or buy off the old lady,and rescue the hidden buried poetry and intrOduce it into the present,adding it to our culture,

(16)

長柄裕美i「アスパ ンの恋文」における曖昧性 上記二つの説 は

,ど

ちらに も一理あるが どち らも一面的である。一方のみを肯定す ることもまた 否定す ることもで きないのであ り

,行

方氏が指摘す るように

,語

り手 にもこの作品にも

,二

つの要 素が「共存 している」 と考 えるのが妥当であろう。今 まで述べ た他 の二面性 と同様 に

,こ

れ もまた ジェイムズ によって敢 えて意図的に作 り出 された矛盾である。 たとえば

,前

述の語 り手 とジュ リア ナの会話 を通 して私達読者が読み とるものは

,こ

の二つの要素 にバ ランスを保 たせ

,矛

盾 を維持 し ようとする作者 ジェイムズの意識 なのである。

一方

Wayne C.Boothは ,こ

の語 り手の用い られ方の曖昧 さに異 を唱えている。Boothに よれば,

この作 品には二つの主題があ り

,一

方は「な りふ り構 わぬ恋文の探索 と最終的な挫折 とい うプロ ツ ト」であ り

,

もう一方 は「 ジェイムズが発揮で きる最大限の詩的技巧 を駆使 して記録 され

,探

訪 さ れる過去」 である。そ してこの主題の文↓照性 その ものは

,物

語の喜劇的アイロニーを高める効果が あるのでむ しろ望 ましい ものであるが

,問

題 はこの二つの対照的な主題が語 り手 という同一人物 に 委ね られることだとい う。語 り手は,「過去 を探訪 し

,そ

れを呼び起 こさなければな らいJ一方で, 「詩人の愛人だった老婦人の持 ち物 に『飛 びつ き』

,死

にかかっているその婦人の姪 の純真 な気持 ちを傷つけなければな らない」のであ り

,そ

の致命的矛盾 を冒 したためにこの作品は失敗作 となっ た と述べ ている。Boo血はこの作品の初版 とニュー ヨーク版 を細か く比較 して

,後

者 におけるジェ イムズの改訂が

,読

者 に「語 り手の悪業」をより明確 に気づかせ

,「

語 り手 との一体化 を防」いで, 彼 に対す る共感 を持 たせ まい とするジェイムズの意図の証明である としている。従 ってその同 じ語 り手が

,過

去の探訪 において読者の共感 を得 ようとす るのは矛盾 しているとい うわけである。Q分 これに対 して青木次男氏 は

,こ

の作品が語 り手 による「事後の告 白」であることを強調 して

,告

白が よ り入念 に自己の不道徳 を指摘する時

,読

者が告 白者 との間に置 く距離は

,冷

ややかで批判的 な距離 とい うよ りむ しろ「一種の是認 と同情 を交 えた距離」 に変わると述べている。そ して「罪 を 告 白す るように見 えなが ら罪の浄化ではな く肯定 を目ざ し

,読

者の批判 を求めなが ら実 は共感 をさ そう

,巧

妙 ・隠微 なか らくりが この種 の告 白にはある

Jと

い う。つ ま り

,Boothの

い う語 り手 に負 わされた致命的矛盾 は

,告

白とい う自省 的ス タイル をとることによって読者の受け入れ可能 な もの に変質 しているとい うのである。 さらに青木氏はニュー ヨーク版の改訂 を綿密 に確認 しつつ

,語

り 手の告 白が

,い

かにより慎重で ピュー リタン的「良心」 に基づいた ものに加筆4多正 されているか を 説明 している。それによれば

,語

り手の当初の意気込み とは裏腹 に彼 のテイータ誘惑 は不徹底 な も のに終 わ り

,逆

に彼が懸命 にテイータとの距離 を保 って

,誘

惑 と疑 われない よう気 を配 ってい るこ とを強調 している箇所が多々認め られるとい う。住D 読者が語 り手 に対 して持つ好意的解釈の もう一つの理由は

,こ

の点 にあると思われる。私達 は一 方で行方氏のい う「卑劣漠」 としての語 り手の悪徳 は十分認識 していなが ら

,他

方彼 を完全 な「卑 劣漢」 と見 なす ことはで きず

,彼

に対する不思議 な共感 を感 じず にはい られないのであるが

,こ

れ は彼の行動 を規制す る「良心」のために

,彼

のテ イータの扱い方 に一定の礼儀が うかがわれるか ら である。 この矛盾 はBoothが言 うような二者択一式 の読みによっては詐容不可能な ものであ るが, この物語 に用い られた「告 白」のス タイル と

,語

り手 に付与 され強調 された「良心

Jの

効果が

,読

者の許容度 を広 げさせ

,矛

盾 を許容 させ る仕掛 け として機能 していた と考 えられる。 Leon Edelは

,自

身の書いたジェイムズの伝記の中で,「アスパ ンの恋文

J執

筆当時

,ジ

ェイムズ

が フェニモア・クーパー (James Fenimore Cooper)の姪で 自身 も作家であるウールソン嬢 (Miss

Constance Fenimore Woolson)と 懇意 に してお り

,ち

ょうど青木氏がい うような語 り手 とテ イー

ナの関係 に近い関係 を保 つていたことを指摘 している。住りEdelに よれば

,1886年

か ら1887年にかけ

参照

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