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「−自然の教育」おぼえ書き
植 松 辰 美 この両三年,「自然の教育_lあるいは,自然の体験的学習指導ということが, 理科教育に係わる人々を中心に,話題に.なっている(植松,1981a)。 じねんほうに 自然とほ何か。自然は自然科学が対象とする客観的実在の自然から自然法爾 紅収赦するあるがままの無理のない状態を指す自然まで,を含んだ非常に巾広 い概念で,人紅よって,時と場合によって∴全く異なった意味で使われている。 しかし,教育界で,今日的な【・般的課題として−,例えばl ̄自然の教育」が不足 しているといわれる場合の自然とは,現実の具体的な個人の生活と係わり合い のある,いわゆる,身の過りのありふれた自然環境と,その係わり方を指して いるように思う。それは,環境教育とか,野外学習とか,地域自然の直接経験 による学習とかに,はっきり示されている(植松;1976,1979a,b,1981b)。 このおほえ古きでほ,物質に㌧基礎をおく客観的実在の自然を対象としながら も,教育という人間の社会現象の重要な−瀾を担っている自然科学教育ないし ほ理科教育の側面から,「自然の教育−きの必要性を産み出した背景について,思 いつきを書きとめてみたい。思いつきで,大切な誌面を使うこと紅,何がしか の抵抗があるが,しかるべき専門のカや関心をもたれる方々の,指数や叱責紅 よって,理科教育の今日的課題と,その解決方法の糸口が得られることを期待 し,あえて未熟の健の租稿を公表する。 1理科教育の現状 1960年代紅始まった理科教育の現代化遊動は,1970年代の学習指導要領に.具 現された。1980年代(今回)の改訂(小学校1980,中学校1981,高等学校1982 ょりそれぞれ実施)は,人筋紅おいて,1970年代の学習指導要領の主旨を潜聾 してし、る。植 松 反 英 48 改正点の主なものは.,基礎・基本の重視,小・中・高の一周性,直接経験の 産視,授業時間の縮減による学校裁鼠時間の設定などである。それらは,「簡遺 し,構造化した科学の基本的概念と,科学の方法とを,探究の過程を通して教 え,正しい自然観を育てる」という,現代化運動の成果としての理科の目標に よって,教育実践された結果が,必ずしも,満足すべき好ましいものだけでは なかったことへの反省でもある。 この10年間の学校教育ほ,知識(机上の)偏重で現実社会で生活するために 大切な情意や健康な体の発育が,不十分な偏った人間を作り出したのではない か。そして,中・高校生に頻発する非行や,校内展カなど,学校教育の荒廃の 一・つの原因に.なっていないかと,多くの人が考えている。さら紅は,知的なエ リ−トである筈の大学生が,その自然科学的な基礎知識粧さえ,極めて憂慮す べき問題のあることを指摘した報告も,枚挙にいとまがない。 このような情況を産み出した原因の一つを,これまでの教育が,中枢の限ら れた叫・部,すなわち大脳新皮質系の機能である考えるカの育成に重点がおか れ,見つける能力の感覚器や,実行する能力の効果器の教育が,不足していた ことに求めることができる(植松;1980,1981a)。目や耳や鼻と,手や足を 動員した教育,つまり,全人格的な,特に身体を使った訓練が不十分だったと いうのである。 今回の改訂指導要領には,直接経験の重視とか,勤労体験学習の推進とかが 取上げられ,1980年の学習指導要録の改訂通知では,観点別学習状況に関心・ 態度の観点が全教科に追加された由縁でもある(植松1980)。これらの改正点 を具体的な日常の学習指導から捉えて,包括的なスロ−ガンに要約したもの の一つが,「自然の教育」を重視する,ということではなかろうか。 そこで,次に,今日「自然の教育」を重視する,といわしめている数多くの 背景の中から,1)我が国に.おける農村の都市化および2)現代化の旗印のも とに推進した,1970年代の理科教育の実践結果という,ニつの観点に限って述 べてみたい。 2 「自然の教育」を指向させる社会的背景
「自然の教育」おぼえ寄き 49 重 ̄自然の教育_lというスロ−ガンほ,教育に関係する多くの人々紅,ルソー の『−エミール』(1762)を連想させるに.ちがいない。そこでは,人間の本源的な 状態であり,蕃なる理想的なあり方として自然をとらえ,自然主義の教育が, 200年前に.提唱されている。『エミ−ル』に集約された教育思想は,ぺスタロツ チ,プレ−・ベル,デューイなど,それ以後の教育改革の偉大な思想家たちに・, 強い影響を与えている。これらの人々の着古は,『エミ−ル』とともに,教職を 志す者の必読の苫とされていたものである。 ルソ−が自然主義教育の基盤を,農民の生産活動の健全さに求め,それと対 比させて象徴的に藩としで捉えた都市という視点は,今日のl▼自然の教育」の 社会的背景を考え.る上で,極めて有効である。 『.エミーー・ル.』が多くの人々に共感されたのは,18世紀後半に/始まった産業革 命と額縁でほないと思うのである。煮気機関の発明改良が,工場労働者を増加 させ,都市生活者の拡大は,農村を圧迫し,人々のこれまでの生活砿,大きな 変革を生みだした筈である。このような,社会的に不安定な日常が,ルソ⊥を して,自然主義教育を提唱させるエネルギーとなったのでほなかろうか。 次に,私の許紅ついた我が国の自然教育指向の囁矢は.谷本富(1905)の『新 教育講義』である。谷本ほ,「新教育とほ,自然に随う教育である」として,手 工業を蛋じ,美育・宗教教育を噂び,個性を尊重する教育を主張した。『エミーー ル』から,133年経過していた。それほ,日露戦争(1904∼1905)の終わった年 であり,明治維新による教育改革の成果が,ようやくあがって,我が国が西欧 に近い状況に到達しかけた頃である。 ここで指摘したいのは,『新教育講義』を発刊させた多くの要因の中で,我が 国での産業革命,つまり,1880年頃の紡織機械化による社会変化である。自然 紅随う教育と都市化が対応していると考えられるのである。 順序からいえば,同時代のアメリカ初等学校に.おける「自然科Naturestudy」 や,大正デモクラレ−・と呼応する新教育運動,第二次大戦後の生活単元学習に よる経験カリキュラムの実践なども,「自然の教育」の視点から検討すべきでは あるが,ここでは.,先を急いで,現在いわれているl ̄自然の教育」の社会的背 景を,農村の都市化という側面から考.えてみたい。
植 松 康 美 50 1)農村と都市化とi‘自然の教習_】 岩戸景気に始まった1960年以降における,農村の変化を象徴するような世相 やニュ−・スを松島(1978)から,以下砿拾い出して−みた。 池田首相によって,高度成長・所得倍増と産業構造改善政策が打ち出され, 10年間で農民の6割をへらすといわしめた。カラーテレビ・インスタント時代 のほじまり(1960年)。1961年には,農業基本法が強行可決された。そして, この年606万戸の農家が,10年後1971年には.,526万戸に減少した。 1967年に.は,自動車の保有数が1,000フラ台を突破し,マイカー時代に入った。 三ちゃん農業の核といわれていた農家の主始が勤め紅出て,二ちゃん,・一・ちゃ ん農業が増えた(1968年)。大型工場が各地に卜林立し,公害問題が深刻化し,米 の生産調整150万トンの減産期当てに.対し,目標達成率は139%,80万∼50万ヘ クタ−ルが減反された(1970年)。 環境庁の発足(1971年)。バイコロジー・運動。日本列島改造論(1972年)。1977 年には,小学生の自殺事件が続発した。 上述の20年間払おける農業の機械化は,実にすぎましく,農業革命というの にふさわしいものである。例.えほ,動力田植機は,1971年の4.6万台から1979 年には160.1万台に.,コンバインほ,8.4カ台から74.7万台に.,乗用トラクタ− は,26.7万台から109.6万台へと増加している。これらの機械は,1960年の始め に・ほなかったものである。そして,田植えや刈取の作業は,1978年の水稲作付 面積のそれぞれ86%,94%におよぷ水田において機械化されている(日本遇業 年鑑刊行会,1980)。 いまや, 田畑は屋根のない工場であり,農民は農米機械の運転技術者に過ぎ ず,年間の実働時間ほ,1か月にも満たない有様である。農機具格納庫と住宅 ほ分離され,各戸はほぼ20年前の値に.分散はしているが,個々の農家の内部構 造や住宅の機能は,全く都市のそれと区別がなくなった。明らか紅,農村は産 業革命によって都市化したのである。 こうして,今日我が国には,ルソ」−が自然主義教育の基盤と考えた,健全 な生産活動に従事する農民と農村は,なくなったといってよい。都市化した農
「自然の教育」おばえ寄き 51 村でほ,意図的な手だてを講じない限り,児童・生徒が生産活動に密着した自 然に直接ふれる機会は,家庭に.も地域社会にも存在しない。自然が現実にほ存 在しても,日常生活檻機能していないので存在しないのに等しい。存在するも のが機能しないのほ.,存在しないことよりも問題が大きい。しかし,改善の可 能性では有利である。 以上の考察から,学校教育に,「自然の教育_lを,という今日の訴えの主た る原因ほ,農村の都市化という背景に求めることができる。 2)理科教育の現代化運動とヨ ̄自然の教育」 我が国における,理科教育の現代化運動は,1960年代の,世界的な教育改革 運動の一層として捉えることができる。プル岬ナ−(1963)に代表される現代 化運動の教育思想を,具体化した学習指導要領によって,1970年代の教育が実 践された。アメリカでは,経験カリキュラムの欠点を克服する方向へ改革され たのに対し,我が国でほ,探究の過程を重視するという,むしろ,経験カリキ ュラム側への指向が強かった。その理由は,すでに.,我が国では,1958年の学 習指導要領改訂に.よって,系統化された実践がなされており,早くも教材カリ キュラムの欠点がめだち始めていたからである。 もちろん,尊なる経験カリキュラムへの復帰でほ.なく,教材カリキュラムと, 経験カリキュラムの統合をめざしたものであった。すなわち,理科の目標を「輸 送され,構造化された科学の基本的概念や法則と科学の方法とを,探究の過程 を通して\教え,学ばせ、科学的な自然観を育てる」と要約できることが,その ことを示している。 1970年代の理科教育は,探究の過程,つまり,研究者が辿った発明・発見の 過程をふませて,学習の方法を学習させるということに,どの段階の学校でも 熱中した。 中学校理科では仁構造化の核として,物質・エネルギ・一概念がとりあげられ, 理科という教科内容の体系化(具体的にほ単元名のレステムプロ・−−チヤ・−ト化) に苦心が払われた。しかし,10年間の実践の成果は,申し分のない理科の目標 を達成させたとはいえなかった。
植 松 辰 美 52 科学の方法とか,探究の過程に目を奪われて,個別具体の知識が欠落したこ とから問題は起こってきた。具体的知識の不足には,精選化という大義明分に よる切り捨ても手をかしている。特に.,生物関係分野で曙,具体的動櫨物の実 物はもちろんのこと,名前や大略の分類学的位置までが,高校生の知識内容か ら脱落していった。その動植物が,極めてありふれた身の廻りの,身近かな生 き物であるに.もかかわず(身近かでなくなっている?)一山一一一】−−−−一1 現代化運動が,個別的な多量の単なる物識り,枚挙的で,応用の効かない知 識の詰め込みの反省に.たち,結論・結果を示さない教科書で,「考えてみましよ う」,「やってみましよう_iと,専ら,仮説と称する予想を樹てさ塵,こぎれい なグラフを書かせることに熱中し.そのことで問題解決能力を育てようとした ことほ,理解できることではあった。ただ,個別異体の,しかも,体験に.もと づく知識がなければ,問題そのものが見つからないし,論理的な思考を進めた り,ましてや,新しい創造など出てくる筈のないことを,しかと,自覚しなか ったことほ,大きな落し穴であった。 さらに,定型的な探究過程を繰返し,知識として教えるという結果さえ,産 み出した。つまり,知識も方法もと,理想的な目標によって,実践された理科 教育は,結果として,両者とも不十分な学生を,大学に.送り込んできた。 最初に述べた今回(1980∼’82)の学習指導要領の改訂の主旨ほ,自然の事物・ 現象の,豊富な直接経験による,生きな個別具体の知識を,という味意に読み とれる訳である。この主旨が,理科にもっと「自然の教育」をという音楽の意 味するものと同じであり,現代社会の教育に対する要求であると理解するので ある。 5l ̄自然の教育」の将来 「自然の教育」が必要とされる上述の社会的・教育的背景は,少くとも,教 育における今日的課題の解決方向だけは示している。 1980年代の学習指導要領や,学習指導要録の改訂は,改選へ向けて−・歩膿み 出したものである。しかし,根本的に・は,都市化された遊村を直視し,機械化 された趨業,ひいてほ地域社会や家庭を,積極的に教育の場とすること,およ
「自然の教簡」おぼえ古き 53 び探究の過程を重視するということで必要以⊥二に時間をとることや,精巧な機 械・器具と,数式イらされる結果やグラフに執着することを少なくし,個別異体 の,手足を使った直接経験を重視するなど,本稿で指摘した背景に対処するこ とで解決できるのでほないか。 4 まとめ l一月然の教育」とほ,知・情・意の調和した人間,たくましい体と,やさし い心をもった人間を育てるという全人教育の中で,身の廻りの地域自然にり 肌 でふれて全身で学ぶという極めて基礎・基本的な教育が不足しているという指 摘である。 また,学習指導要領や学習指導要録の改訂主旨の要約として,捉えることも できる。 本稿では,今日,「自然の教育_‡が提唱される社会的背景を,農機の機械化に よる農村の都市化と,理科教育の現代化遅効による探究の過程への偏りという 二つの視点から考察した。明らかに.された背景ほ,教育の今日的課題に対処す る方策の方向を示唆している。 引 用 文 献 1)プル−サー(鈴木祥蔵・佐藤三郎訳)1963:教育の過程,ⅩⅩ+160+ivpp岩波書店。 2)日本農業年鑑刊行会1908:日本農業年鑑1981年版。370pp家の光協会。 3)松島栄一・1978:■読める年表。162pp 自由国民社。 4)谷本 富1905:新教育講義(鯵坂二夫解説1975:教簡名著復刻版)。玉川大学出 版部。 5)植松辰美1976二理科教育と環境教育。理科の教育 25:350−352小 6)植松辰美1979a:幼稚園に.おける総合保育はどうあるべきか−一動物・植物との ふれあいを通して。昭和54年度幼稚園教育研究集会要項 28−31‖ 7)植松成美1079b:生物領域における野外学習の改善。理科の教育 2∂こ521−525, 8)植松辰美1980:観点別にみた理科的能力とノ・−ト指導。理科教育12(14):7− 13. 9)植松辰美1981a■自然の数倍と自然科学館。21pp 香川県自然科学館協議会。 10)植松辰夫1981b:理科における基礎的教授スキルの訓練プログラムに関する研究 (5)vTR録画授業および野外自然の観察碇よる幼稚園自然保育の実習前訓練。香 川大学教育工学センタ一研究報告(8):59−64.