• 検索結果がありません。

自閉症スペクトラムの特性理解の新たな視点 : 当事者の著作の検討を通して

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "自閉症スペクトラムの特性理解の新たな視点 : 当事者の著作の検討を通して"

Copied!
9
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

自閉症スペクトラムの特性理解の新たな視点

―― 当事者の著作の検討を通して――

黒 田 吉 孝 *

Reconsideration of Disorder Traits in Autistic Spectrum

Yoshitaka KURODA

キーワード:自閉症スペクトラム、特性理解、当事者の著作、連続性と非連続性、機能的連関 1.自閉症スペクトラム概念と特性理解 特性理解を論じる前にスペクトラムの意味に ついて検討してみたい。スペクトラムそのもの は連続性という意味であるが、自閉症において は、重度の知的障害の人から知的に高い人まで を含み、また、自閉症の障害程度も重い人から 軽い人までさまざまであることから、この言葉 が使われるようになった。最近では、これまで 自閉症に特有と考えられてきた行動特性のうち、 いくつかの特徴を有する人が、健常者において も少なからずみられることが分かり、例えば、 記憶の卓越性、論理的思考への親和性、強迫性 等があげられ、このような特性について、自閉 症の「幅広い表現系」と呼ばれるようになって きている。自閉症の行動特性について、岡田 (2008) は、「自閉症を形作る一つ一つの形質が 遺伝しており、それらが一定以上集まると自閉 症としての臨床像を形作る」とし、自閉症の障 害程度は、自閉症を形作る遺伝子の組合せの内 容と量によってくると考えている。この考えは、 スペクトラムとしての自閉症概念を支える遺伝 学からの論と理解することができる。 スペクトラム概念自体は、自閉症に限らず、 知的障害についても、あてはまることである。 知的障害の程度を表す、IQ (知能指数) は、ス ペクトラムを意味する指標として理解すること ができる。自閉症と異なるのは、知的障害の場 合、知的な能力を想定し、その単一の尺度であ る IQ で表現しているのに対し、自閉症の場合、 知的な能力を含む、複数の能力を勘案しての尺 度を構成する必要があるということである。留 意すべき点は、知的障害の理解は IQ 以外の他 の視点が必要であるのと同様に、自閉症の場合 も、連続性としての量的評価以外の他の評価が 求められる。スペクトラムへの量的評価に代わ る質的評価 (質的理解) の問題である。 量的評価は、症状としての行動レベルに注目 しての評価であり、質的評価は、情報処理等 の認知レベルや脳等の生物学的レベルあるいは 内的世界の精神レベルに注目しての評価であ る。これらのレベルを区別し、相互に関連づけ て特性を理解する必要があることを、自閉症で はハッペ (1997) が、読み書き障害ではウルフ (2008) が指摘している。 ハッペは、自閉症の認知発達と障害の特徴と して、自閉症では、「心の理論」を獲得しても その年齢は遅く (自閉症は言語発達年齢が 9 歳 頃に獲得され、ダウン症では、言語発達年齢が 5 歳頃に獲得されると報告されている。ダウン 症は、通常発達の子どもの獲得年齢とほぼ同じ * 滋賀大学

(2)

であることが報告されている。)、臨界期 (おそ らく幼児期) までに獲得されることがないため に、通常発達と異なる心理システムをもつよう になり、心理機能のむすびつきも通常発達とは 異なってくると指摘している。ハッペのこの指 摘は、「心の理論」の獲得の困難性という行動 レベルにおける他の発達障害等との連続性の他 に、他の発達障害とは異なる認知システムを検 討する必要があることをしめしている。後者に 関するハッペの指摘は、通常幼児が直感的に理 解する他者の心を、自閉症の人は、言語−論理 システムを使って推理するという、最近の研究 (例えば、別府、2007) と重なってくる。また、 読み書き障害では、脳神経システムの研究が進 み、読み書き障害の脳神経システムの特異性が、 通常発達における読み書きの熟達と関連した脳 神経システムの再編の特徴と比較され明らかに されている (シェイウィッツ、2006)。読み書 き困難に対する行動レベルの評価と脳神経シス テムの評価とを区別し、特性理解を深める必要 があることをしめしている。 近々翻訳される DSM-5 において、広汎性発 達障害の名称が自閉症スペクトラムに変更され、 かつ、広汎性発達障害を構成していたアスペル ガー症候群等のサブカテゴリーが廃止されるこ とを考えるならば、心理学や医学における質的 評価の向上が自閉症スペクトラムの特性理解を 深めると考える。スペクトラムの特性理解は、 自閉症と通常タイプ (標準的な脳神経システム を有すると考えられる典型タイプ) の間におけ る連続性と非連続性との関係、そして、自閉症 内における連続性と非連続性との関係が検討さ れる必要があろう。 本論では、この 2 つの関係を検討するために 有益な情報を提供している、高機能自閉症スペ クトラムの当事者の著作 (テンプル,G、ショー ン,B、2009) を対象に自閉症スペクトラムの 特性についての理解を深めることにする。その 際、特性理解とその検討において従来あまり取 り上げられることがなかった視点、例えば、上 記の連続性と非連続性との関係や特性理解にお ける機能的連関等に注目したい。 ところで、自閉症スペクトラムの特性を、本 論では、他の発達障害とは区別される生理的特 徴、認知的特徴と考えることにする。そして、 これらの特性は、自閉症スペクトラムが発達障 害であることから固定的なものではなく、変化 するものとして理解したい。それ故、その変化 をどのように理解するかも、特性理解の重要な 視点となるが、本論では前述した機能連関に視 点をおきたい。筆者は先 (黒田、2012) に自閉 症スペクトラムの特性理解の視点をいくつかに 整理し紹介したが、本論では更に論を深めたい。 2.今回対象の 2 人の高機能自閉症 スペクトラム者とその著作 テンプル,G は 1947 年生まれで、現在、動 物行動心理学者としてコロラド大学で教鞭をと り、そして、家畜施設設計の第一人者としても 高く評価されている。また、社会的活動として 全米各地で自閉症の講演活動を積極的におこ なっている。邦訳された「我、自閉症に生まれ て」(1994)、「自閉症の才能開発」(1997) は、 自閉症の研究者にとっても、これまでの自閉症 理解を覆す著書として評価されている。テンプ ルの場合、自閉症概念が定着していなかったた めに 2 歳時に脳障害と診断されている。もう一 人のショーン,B は 1961 年生まれで、3 歳時 に自閉症と診断されている。州立大学卒業後に 地方の新聞社にインターンシップで採用された 後にフリーのライターとして仕事を続けている。 高校卒業後に最初に入学したのは二年生のコ ミュニティカレッジであるが、その後、12 年 間にわたる老人介護施設の職員をはじめさまざ まな仕事を経験している。1992 年に母親との 共著である、自閉症への自覚と克服を描いた 「ここにいた少年 (There is a Boy in Here)」が 出版され、好評をえたことで文筆活動を目ざす ことになった。 2 人による著書「自閉症スペクトラム障害の ある人が才能をいかすための人間関係 10 の ルール」(2009) は、編集者も加わり、2 人を 語り手にして推敲を重ね上梓されたものである。 人間関係におけるルールは、明示化されること のない暗黙のルールが多いことから、自閉症の 人がこのようなルールを身につけることは困難 であると言われている。実際、高機能自閉症ス

(3)

ペクトラムの2人にとっても、このようなルー ルを言語化し提案に到るまで編集者の協力が必 要であった。 この著作は 3 部から構成されており、1 部は 「社会的思考の二つの視点」のタイトルがうた れ、自己と他者との関係や他者の視点等を理解 する自閉症の社会的思考の障害には 2 つのタイ プがあることが強調され、2 人はそれぞれのタ イプを代表する典型として扱われている。2 部 のタイトルは「2 つの思考・2 つの道」であり、 自閉症に特徴的な社会的思考が社会的行動にど のような影響をあたえるか、2 人の社会的思考 の違いにもとづきながら考察している。そして、 3 部タイトル「人間関係の暗黙のルール 10ヶ 条」では、自閉症が最も困難と感じる、社会的 関係における明示化されないルールを 10ヶ条 に整理し、自閉症の社会的障害の理解と支援の ための有益な情報を提供している。これらの 10ヶ条は、彼ら自身が社会性を学ぶために必死 に獲得してきたルールでもある。いくつか紹介 すると、「ルールは絶対ではない、状況と人に よりけりである」「正直と社交辞令を使いわけ る」「やさしくしてくれる人はみな友人とはか ぎらない」「人は公の場と私的な場とでは違う 行動をとる」「とけ込むとはおおよそとけ込ん でいるように見えること」等があげられている。 1 部と 2 部は、自閉症内における連続性と非 連続性を理解する上で重要であり、3 部は自閉 症の社会的関係の障害を具体的に理解する上で 重要である。本論では、1 部と 2 部に焦点をあ て上述した2つの関係、すなわち、自閉症と通 常タイプの間の連続性と非連続性との関係、そ して、自閉症内における連続性と非連続性との 関係を機能連関の視点を意識し検討する。 3.自閉症スペクトラムの特性の連続性と 非連続性 ― テンプルとショーン の特性の検討から ― 自閉症スペクトラムの連続性として、上述し た「人間関係の暗黙のルール 10ヶ条」に関わ る社会性の障害があげられる。これらのルール に関わる社会性の障害は、自閉症スペクトラム の人々に共通する特性として考えられる。しか しながら、テンプルとショーンの 2 人が人間関 係のルールや社会的な意識 (社会的関係におけ る自己・他者意識等) を学んできた道筋は大き く異なっている。この違いは、2 人の周囲の世 界に対する関わり方 (興味・関心の動機づけを 含む社会的な志向の特性) や理解 (思考・認知 のみならず感情的な特性を含む) の仕方やあり 様が大きく異なっていることに起因している。 この違いについては、以下で紹介する自閉症ス ペクトラムの 2 つのタイプという用語で説明し ている。2 つのタイプの存在は、自閉症スペク トラムの特性理解において非連続性という視点 ももつ必要があることを示唆している。2 つの タイプが存在するという彼らの考えの妥当性に ついて、検討が必要であるが、彼らの意図する 所は、自閉症スペクトラムの特性を一般社会の 人によく理解してもらいたい、なかでも、自閉 症スペクトラムの人の精神構造の特徴をよく理 解してもらいたいという所にある。2 つのタイ プは以下の通りである。 (1) 第 1 のタイプとしてのテンプルの特徴 第 1 のタイプは、「世界に対する結合感や幸 福感は、常に論理的分析的観点から生まれるで しょう。彼らは人との感情的なつながりよりも 知的探求に関心があります。また、しばしば高 い知的能力に恵まれ、研究や学習に没頭するあ まり周囲の世界には無関心になりがちで、事実 や数字、問題、パターンなどが思考の中心を占 める「豆学者」です。彼らの自己存在感や結合 感は、何を感じるかよりも何をするかに結びつ いています。彼らは共通の関心をもつ人と友だ ちになります。」という特性をもっている。 テンプルはその典型と自分自身で述べている。 子ども時代の様子を中心に簡潔に紹介してみる。 彼女は、生まれた時からの典型的な自閉症であ り、4 歳頃まで言葉を話さず、触覚と聴覚の過 敏のためにたえずかんしゃくを起こしていた。 また、飽くことなく絨毯の繊維をいじったり、 指の間からこぼれ落ちる砂をじっと眺めたりし ていた。彼女の障害は深刻であり施設入所を薦 められるほどであった。しかし、母親は辛抱づ よく愛情をもって彼女の成長を信じ熱心に関 わった。一方で、彼女は好奇心が強く、創造力 があり、意欲的にまわりの世界を探求したり、

(4)

ものを作ったりすることを好む子どもであった。 6 歳頃、弟の出産と退院する母を歓迎するため に工夫を凝らしたしかけを作り母親を驚かせよ うとしている。人を驚かせたり喜ばせたりしよ うとするアイデアでいっぱいだったと述べてい る。テンプルによれば、感情面の「心の理論」 は人との関係の困難性について不得意であった が、視覚面の「心の理論」には長けていたとも 述べている。 しかし、彼女は、目の動きが感情を伝えるこ とを最近まで知らず、そのことを記述している 本に触れて初めて知ったと述べている。現在で も対人的に複雑すぎてトラブルになりそうな場 面はなるべく避けるようにしている。 感情については、ときには非常に激しい感情 を抱くがその場限りのもので、記憶に保存され た情報には感情は伴わないと述べている。しか し、記憶の中でも、自己存在感と直接結びつく ような対象と状況に対しては非常に強い感情が 湧き上がるという指摘に注目する必要があろう。 例えば、彼女が手がけた畜牛処理の DVD ディ スクを手に取ると思わず涙があふれてくると述 べている。なぜなら、この DVD の中身は彼女 自身であるからと説明している。 彼女の変化の契機は、彼女の優れた能力を早 くから理解していた母親の熱心な養育と、彼女 の優れた科学的な能力と知的好奇心を見いだし 応援してくれた高校教師との出会いであった。 (2) 第 2 のタイプとしてのショーンの特徴 第 2 のタイプは、「もともと人に対する感情 的なつながりがあります。最初は適切さを欠く ものの、強く感情を表現し、欲求を訴え、感情 的な回路を通して理解されることを望みます。 そして社会的・感情的なつながりを通して周囲 の世界を感じ取り、自分と世界が調和しないと きはひどく動揺します。彼らは感情によって奮 い立ち、感情をむき出しにします。このタイプ の子どもは感情的なつながりをもてる友だちや 仲間を切に求め、つながりをもつこと自体が動 機づけとなります。しかし感情の波に飲みこま れないように激しい逆流に抵抗するすべを知り ません。」という特性をもっている。 ショーンは第 2 のタイプの典型と紹介されて いる。子ども時代の特徴を簡潔に紹介してみる。 3 歳になって数や文字を発するようになったが 4 歳まではそれ以外の言葉は使わなかった。人 と視線を合わせることはなかった。両親からの 呼びかけを無視しているように見えたが、実際 は、音に対する選択性がないために混乱してい たようである。しかし、表面的には周囲の人に は無関心に見えたが、彼は人との感情的なつな がりの欲求は強くもっていた。彼の意識は自分 に集中しており、それは、「自分の思考の枠か ら一歩踏み出して柔軟に考える能力や、他人の 視点でものごとを見る「心の理論」の能力が欠 落していたことと」に起因していると紹介され ている。彼は、切望する人間関係で躓くたびに、 「ガラスのようにもろい自尊感情は大きく傷つ き……日々の社会生活につきまとう不安や恐怖 をコントロールできず、しばしば怒りを爆発さ せては、自分への絶望というブラックホールへ と引きずりこまれていく」という生活を送った。 彼は現在、新聞記者として自立した生活を送 り、多彩な人間関係を恋人との関係を含め楽し んでいる。彼の変化の契機は、10 代後半から の両親との人との関係の学びのための話し合い であり、両親は辛抱強く彼の悩みや問題に徹底 的につきあってくれ、例えば、「僕 (ショーン) に僕自身の感情に対する責任があるのと同じく らい、彼らにも僕の感情に対する責任があると 思い込んでいたのだ。ものごとをオール・オ ア・ナッシングでしか考えられず、他人の立場 になって考えることができないという、僕の自 閉症の一大特徴」を乗りこえる機会を作ってく れたと述べている。 (3) 2 つのタイプと支援との関係 この 2 つのタイプと社会的支援との関係につ いても考える必要があろう。テンプルは自閉症 スペクトラムの社会的支援について、「社会生 活能力」と「感情的なつながり」を区別した個 の障害特性を配慮した支援が必要であると強調 している。彼女が指摘する「社会生活能力」の 支援とは場に応じた行動のふるまいに関わる能 力であり、劇中で役を演じることと似ていると 述べている。マナーやエチケットを守る、交代 する・順番を待つ等の規則に従う、遊び等での 役割行動である。一方、「感情的なつながり」 の支援とは場に応じた感情のあり方や感情交流

(5)

に関わる能力である。具体的には、他者と心が 通じあえる感覚であり、友情・恋愛・結婚・近 所づきあい等での感情的なつながりであり、愛 情表現を含む気持ちや感情を行動や言葉で表す こと、さらには相手の立場への配慮等が含まれ る。しかしながら、テンプルによれば、自閉症 スペクトラム障害の人へのソーシャルスキル訓 練プログラムの多くは、この両者の能力を区別 することなくおこなわれている。それ故、自閉 症の第 1 のタイプの人にとって困難をもってい る特性への配慮がないまま、感情的なつながり や感情的な説得がおこなわれていることから、 混乱が起こり、困難がますます多くなると批判 している。 自閉症スペクトラムの特性と社会的支援との 関係をより具体的に理解するため、テンプルに よる教師と保護者へのアドバイスの例を引用し てみる。以下の事例は特性としての第 1 のタイ プに属するケースに関するものである。 「ある教師が、アスペルガー症候群のある生 徒が心を開かないことにいらだち「心が通じそ うにありません」と訴えました。私は「通じな いかもしれませんね」と答えました。もし感情 に訴える方法だけで働きかけるなら、決して通 じないでしょう。科学なり数学や歴史なり、そ の生徒の興味を利用してかかわりをもったらと 提案しました。また何を「成功」と定義するの か ― 自分がその子に好かれていると感じるこ とか、それともその子が学業で合格点をとるこ となのかをよく考えてほしいとアドバイスしま した。」 「「うちの子は私を愛していないように思える のです」と悩む親は、その子が特定の分野に秀 でていたり、成績がオール A であったりと、 彼の興味を正しい方向に伸ばせば洋々たる前途 が開けることを忘れがちです。感情のつながり を育てることに熱を入れるあまり、親も子もこ んなに努力しているのに報われないと感じてし まうのは一種の悪循環です。非常に頭脳明晰で アスペルガー症候群のある子どもの中には、も ともと親が期待するレベルの人間関係を築く能 力がない子どももいるでしょう。親がこうなっ てほしいと期待する姿ではなく、ありのままの 子どもを認めて、そこから始めようとしないか ぎり、その子は成功できません。」 特性配慮によるテンプルの支援アドバイスは 極めて明快である。第 2 のタイプの事例に対す る支援においては、このタイプは人との関係を 強く求めていることが多いことから、感情的な つながりを実現する具体的な支援 (人との関係 を強く求めることと社会的関係を築くことや他 者を理解すること等とは次元が異なる問題であ る。自閉症スペクトラムのこれらの 2 つのタイ プは、人や物に対する動機づけ・志向性は異 なっていても、社会的関係を築くことや他者を 理解することにおいて共通の問題をもっている ことに留意する必要がある。スペクトラムとし て共通する問題である〔黒田:注〕) 方法が検 討される必要がある。 黒田は、社会的支援における「社会生活能 力」と「感情的なつながり」について、この 2 つを単純に分離し個別に支援を考えるのではな く、子どもの特性とニーズを踏まえながら相互 に関連づけた子ども理解と支援が大切と考える。 また、子どもの特性とニーズは支援等によって 変化することにも留意する必要があり、その理 解のためには子ども理解の発達的な視点が求め られる。 4.自閉症スペクトラムの特性理解に おける機能的連関について ― 自閉症的思考と社会性との 関係の検討 ― テンプル等は、「自閉症スペクトラム障害の ある人は、定型発達の人には理解しがたい、 まったく異なる精神構造で世界に対峙してい る」と述べ、そして、この問題の理解を深める ため、自閉症的思考に視点をあて、この思考の 特性が社会理解にどう影響するかというテーマ を掲げ検討している。黒田 (2012) は、自閉症 の特性理解のひとつに機能的連関の方法がある ことを指摘し、その意義について言及した。自 閉症スペクトラムにおける思考の特性と社会的 特性との関連性を明らかにしようとする、テン プル等の試みも機能的連関の方法に位置づける ことができる。彼らの試みは、自分たちの体験 に依拠している所から主観的と批判されること

(6)

もあろうが、当事者でなければ感じたり考えた りすることができない貴重な情報をわれわれに 提供してくれる。 ここでは、彼らが考える自閉症的思考とはど のような思考なのか、また、自閉症的思考が社 会的理解や行動にどのような影響を与えている のか、そして、前述した自閉症スペクトラムの 2 つのタイプと自閉症的思考との間にはどのよ うな関係があるのか、彼らの著作を通して検討 してみる。 はじめに、第 2 のタイプのショーンの自閉症 的思考の特性と社会的理解や行動との関連につ いて考えてみる。 ショーンの自閉症的思考の特性を「3 つの R ― ルール (Rules)、反復 (Repetitions)、柔軟 性の乏しさ (Rigidity) ―」で特徴づけている。 「3 つの R」の中で自閉症的思考と関連してい るのは「柔軟性の乏しさ」であり、それと連動 して、他の「2 つの R」が症状として出現する という論立てをしている。例えば、「自閉症の ために自分の殻にこもり、僕を圧倒するような 大きな全体像を見るよりも、細切れの情報を取 り入れることで安心していた。自閉症であるこ とは、生まれながらにして容赦のない不安にと りつかれ、その暗雲の下で暮らし続けるという ことだ。その不安にはこれといった原因はなく、 解放されるのはつかの間だ。僕は、人やものご とを見る視野をごく狭くすることによって安心 感を得ようとした。ものをいじる、電気をつけ たり消したりする、ほかのすべてを忘れて細部 に集中する、そのほか自閉症に典型的なさまざ まな反復行動によって、世界をコントロールす る手ごたえを得ていた。そうやってほかの何か にひたすら精神を集中することで強烈な不安に 対処し、毎日の生活に何とか耐えていたのだ。」 と述べている。 また、自閉症的思考を特徴づける 3 つの R と 対人関係との関連について、彼は、「人は (物 と異なり) コントロールできないし、一定の予 測可能なパターンにそって動くわけではない。 いつも同じように同じときに同じことをする人 など、ほとんどいない。他人をコントロールす ることができないとわかると、僕は次の手を 打った。自分勝手な白か黒か式の「暗黙」の ルールを作り、彼らがそれに従うのを期待した のだ。そして彼らがルールに従わないときは ― たいてい彼らはルールの存在さえ知らない のだが ― 僕の世界も彼らの世界も修羅場と化 すのだった。……山ほど質問するわりに、相手 に自由に回答させるような質問は一つもなく、 決まった答えが返ってくる質問ばかりしていた。 自分が会話の流れを支配し、情報よりも会話の リズムや予測通りの回答を得ることに魅力を感 じていたのだ。巨大で予測不可能な外界から身 を守るために作った白か黒かしかない世界の中 に、僕の思考も表出言語も取り込まれていた。 僕の行動もまたそこから外へはでられなかっ た。」と述べている。 自閉症的思考に基づく対人関係の困難さと不 安の高まり、自己への脅威等とむすびついた反 復行動の出現、ならびに反復行動による環境コ ントロールへの欲求の出現と増強による精神的 エネルギーの消耗という連鎖の形成と強化の道 筋を第 2 のタイプであるショーンの場合描くこ とが可能である。 彼の社会性の発達をもたらした発達的契機に ついても言及する必要があろう。彼の場合、そ の契機は 10 代過ぎから変化した自己意識をあ げることができる。クラスメートと比べ自分に どこかひどくおかしな所があることを自覚する ようになり、何とかして自分の殻を破りたい、 友だちが欲しいと強く思うようになったと述べ ている。しかしながら、その願いを叶えること は困難で、強迫的症状が強くなったとも述べて いる。その結果、人生に対する強い怒りと不満 に常に満ちあふれ、彼の自尊感情は極端に低い ものとなった。しかし、両親との話し込みによ る社会生活に必要な具体的な学びと話し合いか ら芽生えた批判的思考 (例えば、「質問をして ものごとの裏側を探り、隠れた意図に気づける ようになった。……耳を傾け、吸収し、質問す るというプロセスをくり返すうちに、何でもか んでも信じこむおめでさは消え、人を見る目が できてきた。僕の道は遅々とした障害物だらけ の道だったが、両親は僕を導き支え続けてくれ た。彼らがあきらめなかったから、僕もあきら めずにすんだ。」と、他者との関係を通して自 己意識・内省力等を発達させることができたと

(7)

述懐している。) が社会的・感情的理解を大き く変えたと述べている。この変化は 10 代後半 になってからである。また、この時期、自閉症 からの回復をテーマにしたテレビ映画を鑑賞し、 母親と何時間も語り合うことで自分が自閉症で あると理解しえたこと、そして、映画の主人公 と自分の姿を重ね合わせることできたことで改 善への見通しがえられたと述べている。その後、 観念や概念を獲得し、抽象的な事態を受け入れ ることができるようになり、その結果、機械的 情報の保持や操作が苦手になったと述べている。 次に、第 1 のタイプであるテンプルの自閉症 的思考の特性と社会的理解と行動との関連につ いて考えてみる。 彼女は、人間関係を築けるようになった理由 として、「知力を駆使した観察と視覚化の能力」 をあげている。このことを「いろいろな場面で どうふるまうべきかを長年かけて一つひとつ暗 記学習のように覚えてきました。そして、視覚 記憶のアーカイブを猛スピードで検索して、す ばやく判断を下します。私は視覚化の能力を 使って、それぞれの場面での自分を一歩離れた 所からみています。あたかも科学者が実験を観 察するように、場面の構成要素をメモし、すべ てのデータを今後の参考資料として頭の中の ハードディスクのメモリに保存するのです。 ……幼い頃は脳内のハードディスクに十分な データがないため、対人的場面で正しい論理的 判断ができないことが少なくありませんでした。 ……現在の私は昔よりもずっと適切な反応がで きます。直接的な経験や本、論文、新聞、映画、 テレビなどから得た大量の情報が、ハードディ スクに保存されているからです。」と説明して いる。現在の彼女の脳の特性について、巨大コ ンピューターと同様に、何千もの画像を瞬時に 検索できる論理的なカテゴリーを有していると 述べている。例えば、対人関係における思考プ ロセスは、「クライアントを喜ばせた行動」「ク ライアントを怒らせた行動」「同僚の嫉妬」「失 敗への対処」等のサブカテゴリーに分かれてお り、過去の経験の画像を「検索」して新たな場 面にふさわしいテンプレートを見きわめる。彼 女の思考プロセスは言語も感情もいっさい伴わ ない画像だけが流れていく特徴をもっているが、 このプロセスを画像単位に分割し論理的に説明 することができると述べている。しかし、人間 の複雑な感情は論理で理解することができない (例えば、自分に暴力をふるう男性をなお愛す る女性の心理) ので、感情的な泥沼にはまるこ とを避けるためそのような場を回避したり、感 情抜きの論理的思考で解決をはかろうと試みた りしていると述べている。 彼女は、上記のような画像で考える特性を視 覚的思考と名づけている。そして、その思考の 特性は、連想を基本にしており、課題解決に必 要なキーワードがインプットされると、完成図 をもたないままに無数の情報がヒットし、その 中から必要な情報を一つひとつ見つけだしてい かなければならないと説明している。以下のた とえを用い、なぜ自閉症の人が応答に時間がか かるか、それは頭の中で非常に多くのプロセス を踏む必要があるからだと説明している。すな わち、「(この思考の特性は) 完成図のないジグ ゾーパズルのようなものです。二割ぐらい組み 立てると、何の絵になりそうか、それが馬なの か家なのかオートバイなのか見当がついてきま す。個々のピースにヒントがあり、それぞれの 情報に価値があります。シャーロック・ホーム ズになった気分で、個々のピースの内容と個々 のピースどうしの関連性を判断します。けれど 一つのピースを見つけるためには、ほかの膨大 なピースの山をかきわけなければなりません。 そのプロセスを踏まなければ、関連のある情報 を見つけ出すことができないのです。」と述べ ている。他の箇所では、自閉症の思考について、 自閉症の人はさまざまな分野の膨大な情報を脳 に保存しているのに相互参照の索引がない本に 似ていると説明している。 このような思考の特性を自閉症の人が有して いるならば、流動的で、変化にとみ、瞬時に反 応が求められる対人関係に多くの自閉症の人が 困難をしめすのはよく理解することができる。 ところで、視覚的思考の優位性に関しては自 閉症以外でも確認される (黒田、2007)。テン プルも畜産関係の人や学習障害等の人にもみら れると指摘している。したがって、視覚的思考 のみに上記の自閉症の人の思考プロセスの特性 や障害の原因を帰することはできない。自閉症

(8)

における概念化過程の困難性と概念的思考の困 難性も取りあげ、これらの問題と視覚的思考と の関係について検討する必要があろう。先に、 自閉症の人は膨大な知識を有しているが必要な 情報を見つけ出すことは困難であり、相互参照 の索引がない本と似ているという彼女の考えを 紹介した。その背景には、カテゴリー化し、カ テゴリーを相互に関連づけ、そして、階層化す るという概念的思考の働きにおける自閉症の人 の困難性を考えることができる。現在は巨大コ ンピューターと同様、何千もの画像を瞬時に検 索できる視覚的論理思考を有しているが、40 代になるまで考えることが困難であったと述べ ている。 自閉症の概念的思考の困難性について、テン プルは、自閉症、なかでも幼少自閉症において、 互いに関連のない無数の情報が並列的に存在し ているだけで、互いにどう関連しているか分か らないバラバラの状態で蓄積されていると述べ ている。この考えに立ち、自閉症の人の社会性 の困難について、「概念もカテゴリーも一般化 もなく、個別情報だけが存在する世界は、さぞ かし生きづらいでしょう。感覚に押し寄せる膨 大な断片的情報から逃れたくなり、すべてを遮 断して沈黙の世界にこもろうとするのは無理か らぬことです。」と指摘している。自閉症の人 のこのような思考の特性を「個別から一般へ」 と述べ、「一般から個別へ」という一般的な思 考の特性と対比している。彼女自身は、個別の 情報をカテゴリー化し体系化する方法を見つけ たことで世界を理解することはたやすくなった と述べている。ショーンにおいても抽象的な概 念やカテゴリー化が困難で言語の概念的思考の 獲得が困難だったが、テンプルの場合、ショー ンと同様の困難性が、視覚的な処理や思考の優 位性により、より増大していたとも推測される。 5.高機能自閉症スペクトラムの 2 人の 著作の意義と今後の課題 以上、取りあげた 2 人の周囲の人や対象等に 対する動機づけと志向性、その結果としての人 との関係の様式と感情世界、そして、思考パ ターンはそれぞれ異なっていたと理解できる。 ショーンはジャーナリストとして活躍してお り、社会の複雑な動きに身を投じながらメッ セージを社会に発信している。その限りでは自 閉症を克服したかのような印象を受ける。思考 や認知の特性、あるいは、脳機能の特性がどの ように変化し、自閉症としての特性がみられな くなったのか、目にすることはできないが、彼 自身、観念や概念を獲得し、抽象的な事態を受 け入れることができるようになった、他者の意 図もコミュニケーションを通して理解すること ができるようになった、そして、自己や他者に 対する批判的思考もできるようになったと述べ ている。このような事実を踏まえるならば、彼 の場合、行動レベルだけでなく、思考や認知の 特性も変化し発達したと言える。第 2 のタイプ の場合、ショーンに代表されるように、自閉症 としての症状がかなり改善され、行動レベルで も、思考・認知レベルでも自閉症スペクトラム 障害としての診断が困難になってくるケースも 存在していることを示唆している。 テンプルは、動物行動の科学者と牧場等の設 計技師として活躍しており、大学等の専門機関 を含め自閉症に関する講演活動で積極的に活動 を展開している。彼女自身のスタンスで常に社 会との繋がりを積極的にもってきている。彼女 はショーンと異なり、行動レベルでも、思考・ 認知レベルでも自閉症の特性を明確に有してい る。このことは彼女自身も自覚しており、彼女 の体験と自閉症の専門的知識を駆使しながら自 閉症としての自分について、他者に分かりやす く説明している。例えば、人間の複雑な感情は 論理で説明することができないので理解困難な ことが多いこと、そのために、感情的な泥沼に はまることを避けるためにさまざまな工夫を 行っていること等を紹介している。また、社会 的行動では、巨大コンピューターと比較しなが ら、何千もの画像を瞬時に検索しながら、場面 にふさわしい適切なパターンを選択するように していると述べている。そして、この探索にお いては感情が伴わないとも述べている。第 1 の タイプでは、テンプルに代表されるように、自 閉症の思考・認知の特性を活かしながら自分の 能力を高め、社会に参加している人がみられる ことが分かる。教育支援においては、テンプル

(9)

が指摘しているように、自閉症としてのこのよ うな特性を理解することが大切になってくる。 本論では、2 人の著作をもとに、自閉症スペ クトラムの理解における連続性と非連続性との 関係、ならびに、論を展開する中で機能的な連 関のアプローチを取りあげてその重要性につい ても考察を加えてきた。2 人の著作によりこれ らの問題を具体的な姿でとらえることができた。 最後に、テンプル自身の思考と感情に関する記 述を以下に紹介し、われわれの今後の研究の起 点、なかでも、機能関連的理解を進める上での 大切にしたい視点としたい。 「何かを考える時、私の脳内の検索システム には次々と画像が浮かび、意のままに画像を停 止させたりフォーカスしたり、次の画像にとん だりすることができます。しかし、アスペル ガー症候群のある人の中にはそうしたコント ロールがきかない人もいます。画像はひとりで に浮かんで くるもので、止められのだといい ます。私の場合、脳裏に浮かぶのは、すべて自 分が追求するテーマに関連した画像です。たと えば「悪」を検索すれば、ヒットラーとか、9・ 11 同時多発テロ事件で世界貿易センターに飛 行機が突っ込むところとか、「悪」を映し出す 画像が現れます。定型発達の人の場合、悪の反 対である「善」の概念も自然に頭に浮かび、す ぐさま難なく比較や対照ができるのですが、自 閉症スペクトラム障害のある人にはそれが難し いのです。私の場合、「善」というキーワード を新たにインプットしないと、新しい画像群は 浮かんできません。この検索は感情の反応なし に行われます。つまり、私の頭に浮かぶ映像に は何の感情も伴わないのです。私の場合、どん なに激しい感情を抱いても、すべてその場かぎ りのものです。……それでは感情はどういう役 割を果たすかというと、脳の「保存」ボタンを 押し、ハードディスクに見聞や経験のデータを 蓄積することにあるようです。……ちょうどコ ンピューターの操作と同じで、10 ページの文 書を作成しても「保存」ボタンを押さないで終 了したら、次にコンピューターを起動したとき には、もうその文書は残っていないのです。強 烈な感情や強い関心を伴う場面は記憶に保存さ れますが、それ以外の場面は始めから存在しな いのと同然なのです。……自閉症スペクトラム 障害のある子どもの脳は情報を自動的に保存し ないことを、親や教師は理解しておいたほうが よいでしょう。そして何が「保存」ボタンを押 すのかを見つけだすことが大切です。」 機能連関については、個人と社会との関係で の個人内連関と社会的連関についても深めてい く必要があろう。 付記 本研究は、平成 23 年度科学研究費補助金 (基盤研究(C):課題番号 23531289:研究 代表 黒田吉孝)「キャリア教育推進のた めの Web 活用による知的障害者の学びの 共同体の構築と検証」によりおこなわれた。 文 献 ウルフ,M (2008) プルーストとイカ、小松淳子 (訳)、インターシフト 岡田竣 (2008) 高機能自閉症という「くくり」につ いて、そだちの科学、11、27-32. 黒田吉孝 (2007) 今日の自閉症論からみた自閉症の 社会性の発達と障害を考える、障害者問題研 究、34(4)、2-10. 黒田吉孝 (2012) 自閉症研究のこれまでとこれから、 自閉症の理解と発達保障、全障研出版部 (奥 住、白石 編)、10-46. シェイウィッツ,S (2006) 読み書き障害のすべて、 藤田あきよ (訳)、PHP ハッペ,F (1997) 自閉症の心の世界、石坂好樹 (訳)、星和書店 別府哲 (2007) 自閉症における他者理解の機能連関 と形成プロセスの特異性、障害者問題研究、 34(4)、19-26. テンプル,G、ショーン,B (2009) 自閉症スペク トラム障害のある人が才能をいかすための人 間関係 10 のルール、門脇陽子 (訳)、明石書 店

参照

関連したドキュメント

ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配

共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

えて リア 会を設 したのです そして、 リア で 会を開 して、そこに 者を 込 ような仕 けをしました そして 会を必 開 して、オブザーバーにも必 の けをし ます

自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱

しかし私の理解と違うのは、寿岳章子が京都の「よろこび」を残さず読者に見せてくれる

「欲求とはけっしてある特定のモノへの欲求で はなくて、差異への欲求(社会的な意味への 欲望)であることを認めるなら、完全な満足な どというものは存在しない

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から