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「モノ」教材に関する社会科授業理論の比較研究 : 実践者における「モノ」教材理論の形成過程を視点にして

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(1)研究題目. 「モノ」教材に関する. 社会科授業理論の比較研究 実践者における「モノ」教材理論の形成過程を視点にして一. 兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 教科・領域教育専攻 社会系 コース. 学i籍番号M975021有吉研治 1998年12,月21日.

(2) 目 次. 1. はじ,めに. 研究の動機と目的 研究の対象と方法. 第1章. 教授型「モノ」教材に関する社会科授業理論の性格. 1 1. 阿部泉氏の社会科教育実践的経歴と時期区分. 1 1. 1. 社会科教育実践的経歴. 2. 社会科教育実践の時期区分. 11 17. 第1節. 第2節. 阿部泉氏の「モノ」教材理論の形成過程. 1. 事実の伝達手段としての「モノ」教材理論期. 2. 解釈の伝達手段としての「モノ」教材理論期. 3. 解釈の習得媒体としての「モノ」教材理論期. 第3節. 阿部泉氏の「モノ」教材理論の性格. 第H章 学習型「モノ」教材に関する社会科授業理論の性格 第1節 村上浩一氏の社会科教育実践的経歴と時期区分. 1 社会科教育実践的経歴 2 社会科教育実践の時期区分 第2節 村上浩一氏の「モノ」教材理論の形成過程 1 学習方法の習得媒体としての「モノ」教材理論期 2 学習内容の理解媒体としての「モノ」教材理論期 3 学習者の反省媒体としての「モノ」教材理論期 第3節 村上浩一氏の「モノ」教材理論の性格. 24 24 26 29 31 34 34 34 40 47 47 49 53 55.

(3) 第皿章 教材型「モノ」教材に関する社会科授業理論の性格. 第1節 若木久造氏の社会科教育実践的経歴と時期区分. 1 社会科教育実践的経歴 2 社会科教育実践の時期区分 第2節 若木久造氏の「モノ」教材理論の形成過程 1 科学者の理論伝達手段としての「モノ」教材理論期 2 教師の解釈解説媒体としての「モノ」教材理論期 3 子どもの解釈構成素材としての「モノ」教材理論期 第3節 若木久造氏の「モノ」教材理論の性格. 第IV章. 「モノ」教材に関する社会科授業理論の評価. 第1節. 「モノ」教材理論の形成過程の比較. 第2節. 社会科授業理論としての特質. おわりに. 58 58 58 63 72 72 75 80 85 88 88 90 96.

(4) はじめに. (1)研究の動機と目的. 「モノ」で社会科授業が変わる!? 1980年代後半,実物や現物を含み込んだ新し. い概念として,ギモノ」教材が登場した。以来,「モノ」教材に関する書籍Dが次 々と出版されたり,教育雑誌2)に特集や連載として取り上げられたり,教材発掘の. 視点として,あるいは授業改善の1っの方法として認知され,「モノ」3)教材の活 用が一般的に波及していった。これは,以下の理由によるところが大きい。. 第1に,「モノ」教材は,子どもを引きつける,子どもを動かす魅力的な手段と して認知されてきた。目新しい教材として子どもの注目を集め,授業を活性化する ことができる。教科書や資料集を使った講義形式の授業や市販されている掛図や視. 聴覚教材を使った授業では新鮮味に欠けるが,「モノ」教材であれば子どもの興味 を引き,主題の学習へ導くことが可能である。4> 第2に,「モノ」教材は,抽象的な教材から具体的な教材の問に位置づけるなら,. 最も直接的で具体的かっ総合的な学習経験を促す性質をもったものとして認知され てきた。子どもの理解や認識の側面からも,極めて直接的で具体的であり,「かか わりやすい」(学習意欲と主体的活動の促進),「わかりやすい」(理解の促進)教 材であり,授業効果を高めることが可能である。5). 第3に,教科の本質・内容を含み込んだ素材として認知されてきた。「モノ」と の出会いを通して,学習への興味や関心を高めるだけでなく,社会的事象を実感的 に捉えさせ,その「モノ」のもつ社会的な役割や意味を考えさせることが可能であ る。6). 以上のことから,「モノ」教材は,①子どもを学習過程に引きつけていく手段(認 識主体からの側面)として,②抽象的な社会をより具体化することのできる性質(認. 識方法からの側面)として,③教科の本質・内容を含み込んだ素材(教科からの側 面)として,一般的に捉えられるようになってきた。さらに,教師ならおそらく, 「モノ」を使うと子どもを引きつけられることを経験的に認識しており,「モノ」. に求める価値がそれぞれ違っていても,何らかの「モノ」を授業に持ち込んだ経験 はあるだろう。. 1.

(5) それでは実際に,社会科授業では「モノ」教材はどのように活用されてきたのだ ろうか。また,そもそもなぜ「モノ」教材を導入しなければならず,導入すること によって,社会科授業はどう成長・発展していったのだろうか。一体,「モノ」教 材は,社会科教育実践においてどういう存在なのだろうか。. これまで「モノ」教材に関しては,2つの研究が進められてきた。1っは,「モ ノ」教材を使った授業実践の提案(実践的考察)であり,もう1つは「モノ」教材 を使った個別実践の分析(理論的考察)である。前者は,「モノ」の選定や入手の 方法,さらにはその活用方法を論じ,多種多様な「モノ」が授業に導入できること を明らかにしてきた。その一例として,「モノ」教材が紹介されている書籍や雑誌 の典型的な構成方法をとっている溝上泰・片上宗二・北俊夫編『社会科授業を面白. くするアイデア大百科囹単元別授業に使えるモノ図鑑』(明治図書)が挙げられ る。これは,「モノ」教材に着目することが一般的に定着してきた1995年に刊行さ れたもので,小学校社会科の各単元ごとに188種の「モノ」教材が紹介されている。 内容の構成は三二年ごとに,“「○○○○」(小単元)に使える「モノ」”と題して, (1)「モノ」教材名,(2)入手の方法,(3)活用学年・小単元・ねらい,(4)活用のポ. イント(簡単な学習展開)の順で構成されている。つまり,188種の多種多様な「モ ノ」を社会科授業に使う事例として報告している。しかし,提案することが目的と. なっており,新しい教材開発のアイディアとしては評価できるが,これまでの成果 を吟味・検証するものにはなっていない。. 一方後者は,個々の授業の構造や特色を明らかにし,「モノ」を使うと授業改善 につながることを明らかにしてきた。例えば,早くから「モノ」から授業づくりを. 試みている若木久造氏の「実物の自動車」を持ち込んだ「自動車産業」実践(中学 校経済学習1974年)を分析・評価した大友秀明氏(秋田大学)の論文(1991年). がある。(本事例の具体的な授業展開は,第三章第2節第1項で取り上げているの で参照)若木実践は,従来の経済「原論学習」を乗り越え,資本主義のしくみを「自. 動車産業」という具体的な単元を設定し,①自動車産業の総合性,②コンベア・シ ステム及び部品の標準化による大量生産のしくみ,③資本主義生産様式が及ぼす影 響(大量生産と大量消費の問題・労働の問題・独占価格と広告・公営交通の破壊等) と展開させながら資本主義経済のしくみを捉えさせている。本物の自動車という「モ. ノ」を学校へ持ち込み分解してみるという,従来の経済学習の概念を打ち破るやり. 方をとっている。教師のねらい通り子ども達は興味や関心を示し,子ども自ら考え を発展させる授業展開となっている。「自動車」は,教師が考えた教育内容を把握. 一2一.

(6) するための手がかりとして,また内容をリアルにわかりやすく把握する資料として. 存在している。「自動車産業」は,資本主義生産の諸問題を内包しており,「自動 車」を題材に取り上げた若木氏の着想が,この実践を成功させた最も基本的な要素 であるとしている。7). また,独自のネタ教材理論でユニークな教材開発をしている有田和正氏の「沖縄 のさとうきび」の実践を渡辺尚人氏(宮城教育大学大学院)が,次のように分析・. 評価している。「さとうきび」という「モノ」が,1時間あるいはそれ以上の授業 を支え,子ども達が「モノ」の背後にある「しくみ」に迫り,連続的な追究が行わ. れている。さとうきびの栽培方法,気温,雨や風の関係,台風の襲来する季節や進 路等を追究しながら,子ども達の思考は「曲がったさとうきび」と「沖縄の気候」. の問を行ったり来たりし,抽象的な「しくみ」(沖縄の気候)へと迫り深まってい る。沖縄の気候に対する子どもの認識が,「さとうきび」を媒介に次第に複雑化,. 高度化し,子ども達はさまざまな要素を結びつけて,「沖縄の気候」という1つの 抽象を描き出している。つまり,この実践には,総合的な「抽象」へ向かう「モノ」 と「しくみ」の往復運動が存在しているとしている。8). しかし,これらの分析は「モノ」を使うことを前提とした上での個別実践の評価 であり,その背後にある社会科教育論までは掘り起こしていない。個人の教育実践 のなかの一個別実践のみを取り出した場合,その個別実践に限っての特質は明らか にすることはできる。しかし,実践者の授業理論が実践者の試行錯誤,他者からの 評価や批判,子どもとの関わり等のなかで自己成長(修正・発展)しながら確立さ れていくという立場に立つとすれば,なぜその時「モノ」を使おうとしたのか,「モ. ノ」によって社会科授業はどう変わったのか,当時社会科教育実践に何を求めてい. たのか,という授業観や教育観までは明らかにされていない。さらに,社会科教育 実践における「モノ」教材の活用意義を解明するまでには至っていない。. 以上のことから,これまでの研究では,新しい「モノ」教材開発の可能性や授業 改善における有効性は明らかにされてきたが,「モノ」教材に関する教材理論や社 会科授業理論は明らかにされていないことが指摘できる。. そこで本研究では,先駆的に「モノ」教材に着目した実践者を個人実践史的に取 り上げ,「モノ」教材を何のために,どのように活用し,社会科授業をどう発展さ. せてきたのか,「モノ」教材理論の形成過程を視点にしながら「モノ」教材に関す る社会科授業理論を明らかにしていく。そして,社会科教育実践における「モノ」 教材の活用意義を見いだしていきたい。個人レベルの「モノ」教材の活用理論が,. 一3一.

(7) 社会科教育のあり方を変えていく可能性を秘めた理論として,積極的に評価し位置 づけていくことを本研究の課題とする。. (2)研究の対象と方法. 研究の対象は,先駆的に「モノ」教材に着目しながらも,「モノ」教材に着目し た経緯や考え方,活用の目的や仕方が違い,現在も積極的に教育実践を行っている 実践者3名に限定する。. 第1は,独自に発足させた「歴史教材仲間の会」の代表であり,高等学校日本史 教員の阿部泉氏(1950年生まれ)である。. 第2は,向山洋一氏代表「教育技術の法則化運動」や“新聞”を教育に生かそう とする「NIE運動」に関心を寄せている小学校教員の村上浩一氏(1960年生まれ) である。. 第3に,「教育科学研究会」に所属した経験:があり,現在中学校社会科サークル 主宰の中学校社会科教員の若木久造氏(1938年生まれ)である。. 分析の対象は,各実践者の教育実践が公開されている書籍,教育雑誌,市販授業. VTR,さらには独自取材によって得た個人所有の記録資料,インタビュー調査,. 授業撮影VTR,手紙や電話等をもとに抽出した,①各実践者の社会科教育実践に 関する問題意識,②開発した「モノ」教材,③授業実践事例である。. 3者の具体的な分析対象は,以下の通りである。(事例や実践論文等の年代別一 覧は「巻末資料1∼3」に,抽出した「モノ」教材の一覧は「巻末資料4∼6」に,. インタビューの記録は「巻末資料7∼9」に,手紙の一部は「巻末資料10∼12」に 掲載しているので参照). A,阿部泉氏 [代表的著書]. ・宮内正勝・阿部泉共著『手に取る日本史教材』地歴社1988年 ・阿部泉著『日本史モノ教材』地歴社1993年. ・阿部泉著『最手に取る日本史教材』地歴社1998年 ・日本史視覚教材研究会編『日本の歴史写真解説』清水書院1989年. 一4一.

(8) ・宮内正勝・阿部泉共著『文学作品で学ぶ目本史』山川出版1986年 ・笠原一男・児玉幸多編『日本史こぼれ話古代中世』山川出版1993年 ・阿部泉解説『解体新書斜日の巻』地歴社1994年. ・阿部野解説『社会科複製資料歴史レプリカ第2集』清水書院1998年. [独自取材による資料]. ・「インタビュー調査」の記録1998年4月11日埼玉県東松山市にて ・「講演:ノートは写すものではなく創るもの」の記録 1998年4,月12日埼玉県鴻巣市にて. ・「講演:モノ教材と20年」の記録1998年7月7日埼玉県所沢市にて ・「授業記録一弥生文化」1998年. ・「授業記録一古墳文化」1998年6,月15日発表者撮影VTR ・「日本史体験レポート」の実物作品1985年他 ・「学習プリントー幕藩体制」1986年 ・「平成10年度社会科・歴史目録」1998年. ・「子どもの日本史ノート」の実物及びコピー1996年1998年 ・「手紙」1998年1月から7通. [分析事例数]. ・「モノ」教材140事例. ・「モノ」教材を活用した授業実践2事例(単位時間収録). B,村上浩一氏 [代表的著書]. ・村上浩一著『社会科教育別冊Nα1授業活性化のすぐ使える「モノ」図鑑』. 明治図書1993年 ・向山洋一編集代表『第9期教育技術の法則化90おもしろい社会科ネタ事例 ;集』明治図書1990年 ・村上浩一編著:『新聞を利用した総合学習』. 熊本NIE教育懇談会熊本日日新聞社1998年. 一5一.

(9) [実践論文掲載の書籍]. ・藤岡信勝・石井郁男編『ストップモーション方式による1時間の教育技術. 中学社会公民』日本書籍1989年 ・朝倉隆太郎編集代表『現代社会科教育実践講座10』ニチブン1991年 ・向山洋∼編集代表『教育技術の法則化』Nα54Nα66 Nα71 Nα94 Nα98 Nα99 Nα104 Nα111 Nα120 Nα121 Nα123. ・北俊夫編『社会科教え方細案7』明治図書1992年 ・溝上泰・片上宗二・北俊夫編『社会科授業を面白くするアイデア大百科. 第6巻単元別授業に使えるモノ図鑑』明治図書1995年 [実践論文掲載の教育雑誌・機関誌] ・『中学校学級経営』明治図書Nα23Nα30 Nα34 ・『教育科学社会科教育』明治図書Nα307Nα308 Nα324 Nα328 Nα337 Nα346 No.349−360 Nα367−374 Nα379 No.385 No.386 Nα397 Nα404−419 No.428 Nα443. Nα453 Nα455 Nα462. ※Nα360は,有田和正氏が村上実践を分析 ・『教室ツーウェイ』明治図書Nα47Nα52 Nα56 Nα64 Nα86 Nα170. ※Nα170は,有田和正氏が村上氏を紹介 ・『授業研究21』明治図書Nα345Nα384 Nα418 M426 Nα448 ・『授業のネタ教材開発』明治図書Nα48Nα58 Nα70 Nα94 NdOO Nα106 Nα118 Nα130. ・『生活科授業研究』明治図書Nα11 ・『楽しい学級経営』明治図書Nα109 ・『生活科を楽しく』明治図書Nα75. ・『生活科と共に総合的学習を創る』明治図書Nα92 ・『心を育てる学級経営』明治図書Nα160. ・熊本地理学会編『熊本地理』Nd 1990年. [独自取材による資料]. ・「インタビュー調査」の記録1998年2月28日熊本県熊本市にて ・「法則化実践論文応募原稿」1988年から1997年まで ・私家版『解読型歴史授業』1993年. 一6一.

(10) ・「NIE発表論文」1992年 ・・「学校訪問指導案」1991年. ・「小学校教育課程熊本市研究集会資料」1994年. ・「NIE公開授業総合学習指導案」1998年 ・「新『モノ』図鑑ネットワーク通信」Vol.1(1993年)から66号(現在) ・「手紙」1997年9,月から12通. [分析事例数]. ・「モノ」教材123事例. ・「モノ」教材を活用した授業実践25事例(単位時間または1単元収録). C,赫久造氏 [代表的著書]. ・若木久造著『モノからの社会科授業づくり一教材開発最前線・教室に楽しさ. と夢を一』日本書籍1992年 [実践論文掲載の書籍]. ・大槻健・臼井嘉一編『中学校社会科の新展開』あゆみ出版1983年. 目・藤岡信勝・石井郁男編『ストップモーション方式による1時間の教育技術. 中学社会歴史』日本書籍1989年 ・藤岡信勝・石井郁男編『ストップモーション方式による1時間の教育技術. 中学社会地理』日本書籍1989年 ・安井俊夫・川島孝郎・石井郁男編『ストップ方式による教材研究の. 1単元の授業中学社会歴史』日本書籍1991年 ・安井俊夫編『1単元の授業21子どもとつくる近現代史第1集』. 日本書籍1998年 ・本多公栄著『生徒と共につくる社会科の授業』明治図書1974年. ※本多氏が若木実践を分析 ・朝倉隆太郎編集代表『現代社会科教育実践講座5』ニチブン1991年. ※大友秀明氏が若木実践を分析 ・民教連社会科研究委員会編『祉会科教育実践の歴史記録と分析中学・. 一7一.

(11) 高校編』あゆみ出版1984年 ※木内剛氏が若木実践を分析 ・藤;原和博:・宮台真司『人生の教科書[よのなか]』筑摩書房1998年. [実践論文掲載の教育雑誌・機関誌]. ・教科研・社会科部会編『社会科教育』Nα71965年. ・東京教職員組合編『みんなでっくろう自主編成』1977年 ・『ひと』太郎次郎社Nα50Nα96 Nα101 Nα115 Nα189 Nα273 Nα294. ※Nα189は,中澤賢一氏が若木実践を分析 ・社会科の授業を創る会編『授業を創る』Nα31980年 ・『教育科学社会科教育』明治図書Nα302Nα384. ※Nα302は,勝又将雄氏が若木実践を分析 ・『酪農事情』酪農事情社Vol.531993年. ※「具体的なモノを使った教材教育最前線」インタビュー記事. [授業実践記録VTR] ・授業のネタ研究会編「ビデオライブラリー」Nα29Nα34 Nα35 Nα38 Nα58. Nα64Nα65 Nα66 ※Nα343538以外は瀬谷正行氏(目本書籍)撮影. [独自取材による資料]. ・「インタビュー調査」の記録1998年6月13日から6,月14日東京都清瀬市にて ・「中学3年“経済学習”資本主義経済のしくみ」実践記録. 都教組清瀬中分会レポート1969年 ・「中学校社会科サークル内発表論文」1997年. ・(仮題)『モノから出発する楽しく学べる社会科の教材発掘』の草稿1998年 ・「手紙」1998年6月から4通. [分析事例数]. ・「モノ」教材83事例. ・「モノ」教材を活用した授業実践19:事例(単位時間または1単元収録). 一8一.

(12) 以上の分析対象を,以下の方法で研究を進めていく。. ①各実践者の「モノ」教材に関する社会科教育実践の変遷を明らかにする。手順 としては,次のことを抽出し再構成する。. a)「モノ」研究に取り組む問題意識・教育実践課題. b)「モノ」研究で取り上げている素材とそれを通じて認識させたい内容 c)「モノ」を使った授業実践の構造. ②各実践者の社会科教育実践の変遷から,「モノ」教材理論の形成過程を明らか にする。. ③各実践者の「モノ」教材理論の性格を明らかにする。. ④「モノ」教材に関する社会科授業理論として検討・比較し,社会科教育実践に おける「モノ」教材の活用意義と活用方法を見いだす。. 1)法則化城北教育サークル編『「モノ」で社会科授業が変わる』明治図書1991年 若木久造著『モノからの社会科授:業づくり』日本書籍1992年 白川隆信著『歴史モノ教材で授業を変える』地歴社1993年. 阿部泉著『日本史モノ教材一入手と活用一』地歴社1993年 村上浩一著『社会科教育別冊Nα1授業活性化のすぐ使える「モノ」図鑑』 明治図書1993年 溝上・泰・片上宗二・北俊夫編『社会科授業を面白くするアイデア大百科第6巻 単元別授業に使えるモノ図鑑』明治図書1995年. 小田忠市近著『モノでまなぶ世界地理』地歴社1996年 「モノ」とは直接銘打っていないが,次のような書籍もある。. 宮内正勝・阿部泉共著『手に取る日本史教材』地歴社1988年 綿引弘著:『手に取る世界史教材』地歴社1989年. 全国民主主義教育研究会編『手に取る公民・現代社会教材』地歴社1991年 渡辺尚人著『二十坪の未来一生徒にうけるなまネタ授業』ルック1995年 阿部旧著『続出に取る日本史教材』地歴社1998年 2)「具体から抽象へ」「この匡=]あなたならどう抽象化するか」. 『教育科学社会科教育』Nα328明治図書1989年9月 「『モノ』が子供をゆさぶる∼成功例59」『授業研究』Nα345明治図書1989年 「授業をゆさぶる『モノ』∼魅力の実物462+α」『教育科学社会科教育』Nα346. 一9一.

(13) 明治図書1991年2月 「社会科授業に使える“モノ”情報」『教育科学社会科教育』Nα349−361 明治図書1991年4,月一1992年3月 「『モノ』で引きつける授業びらき」『授業のネタ教材開発』Nα51. 明治図書1992年4月 「社会科資料室一片単元欲しいモノ一覧」『教育科学社会科教育』Nα379. 明治図書1993年7月 「歴史教育ハンドブックモノ・実物を生かす授業」『歴史地理教育』Nα546 歴史教育者協議会1996年3,月増刊号. 3)「モノ」教材の概念規定(定義)は,各研究者や実践者によって多種多様であ る。代表的なものを以下に示す。北俊夫氏は,「モノ」とは,実物や本物の教 材・教具のことである。実物や本物を似せたり,あるいは真似たりして作った 物(模型や標本等)も含め,教材の形態からみた概念である。村上浩一氏は, 「モノ」とは,人間が社会生活のなかでっくり出してきた物,発見した物であ る。実物・絵など教室に持ち込めるもの全てである。菊池靖志氏は,「モノ」 とは,実物及び実物に替わるものである。白川隆信氏は,「モノ」とは,教材 を子どもに提示する際に使用される物的手段のうちの実物,あるいはそれに相 幽する復元物で,①教材である素材等を直接的かつ実際に示す具体物であり, より教材に沿ったもの。②教材のために特別に用意し教室に持っていくもの。 (教室外のこともある)③子どもの目の前に示し,直接子どもの興味・関心の 対象になるもの,①から③の条件を満たしているものである。 4)鈴木武「モノ・実物教材と授業」. 『歴史地理教育』Nα546歴史教育者協議会1996年pp.6−11. 5)北俊夫「なぜいま『モノ』か」『社会科授業を面白くするアイデア第6巻単元 別授業に使えるモノ図鑑』明治図書1995年pp.7−12. 6)同上 7)大友秀明「若木久造一自動車産業」『現代社会科教育実践講座帰一社会科の授 業理論と実際』ニチブン1991年pp.237−245 同実践を木内剛氏も分析している。『社会科教育実践の歴史一記録と分析中学. 校・高校編』あゆみ出版1984年pp.213−241 8)渡辺尚人『二十坪の未来一生徒にうけるなまネタ授業』ルック1995年 pp.133−157. 10一.

(14) 第1章 教授型「モノ」教材に関する 社会科授業理論の性格. 本章で取り上げる阿部泉氏は,1950年山形県に生まれる。1972年大学を卒業し,. 1975年大学院を修了する。卒業論文は『古代東海道における地理学的研究一東海道 諸国の庸:・調』,修士論文は『古代水産物の研究』である。1978年高等学校日本史. 教員として埼玉県立菖蒲高等学校に着任する。1982年からは県立大宮東高等学校,. 1986年からは県立大宮高等学校,1993年からは現在の県立鴻巣女子高等学校に勤務 する。代表的な著書として,『手に取る日本史教材』(地歴社1988年),『日本史モ. ノ教材』(地歴社1993年),『続手に取る日本史教材』(地歴社1998年)がある。. 本章は,第1節では阿部氏の社会科教育に関する実践的経歴を再構成し,社会科 教育実践を「モノ」教材の性格によって時期区分する。第2節では,各時期ごとの 「モノ」教材理論を具体的な実践を通して明らかにする。第3節では,阿部氏の実 践の背後にある「モノ」教材理論の性格を解明する。. 第1節 阿部初店の社会科教育実践的経歴と時期区分. ! 社会科教育実践的経歴. 阿部氏の勤務校歴,阿部氏に影響を与えた出来事,授業実践,さまざまな教育活 動等を手がかりに,社会科教育に関する実践的経歴を年表にすると,次頁の表1の ようになる。ただし,阿部氏の社会科教育実践に関する問題意識に変化が見られる ところには破線を入れて作成している。. 11.

(15) (表1)阿部泉氏の社会科教育に関する実践的経歴. 実践的経歴・◇代表的実践事:例・◇参考事例. 年. 1978. ・埼玉県立菖蒲高等学校に着任する. ・『岩波講座・日本歴史』や学会誌の内容を伝える授業をする. ・宮内正勝氏(新任研修講師・高校教員)と出会い,実物を使った授業 方法に刺激を受ける ・「モノ」〈遺物・文献的史料)を中心とする教材研究に関心をもつ 1980. ・授業以外に,子どもの個々の興味や関心に応じたテーマを追究させる 「日本史体験レポート」を実施する (1980年一1985年). 1982. ・埼玉県立大宮東高等学校に転任する ・古書会館(東京神田)で和本『農業全書』を購入する ・「モノ」研究が本格化する. 1984. ・宮内正勝氏と教材や授業を考える「歴史教材仲間の会」を発足する. 1985 1986. ◇「日本史体験レポートi(「農業改革」例示) ・埼玉県立大宮高等学校(進学校)に転任する ・「モノ」と「学習プリント」を用いた授業を始める. ◇「学習プリント幕藩膣制1−4」「織田信長1−2」他 1988. ・『手に取る日本史教材』(地歴社・宮内正勝共著)を発刊する ・「社会・歴史教材目録」(カタログ)を作成する. 1993. ・『日本史モノ教材』(地歴社)を発刊する. ・埼玉県立鴻巣女子高等学校に転任する ・子どもが授業に参加しにくい状況に出会う 1994. ・子どもの歴史ノートに着目し,工夫したノートづくりに取り組ませる. 1996. ・「日本史体験レポート」を再開する. ・「モノ」サミットIN東京で「授業に役立つ日本史モノ教材」を講演 する. 1998. ・『続手に取る日本史教材』(地歴社)を発刊する. ・歴史教材仲間の会で「ノートは写すものではなく創るもの」を講演す. 12一.

(16) る. ・所沢市小・中社会科部会研修会で「モノ教材と20年」を講演する. ◇「弥生文化」実践(石包丁・日本人の精神他) ◆「古墳文化」実践(陶器・日本人の思考文化他) ・秋里寄島著『都名所圖會』(和本)を解説・復元し『精選都名所圖會』 (仮題)として執筆中である. [著書・直接取材をもとに有吉作成]. 阿部氏は,1978年日本史教員として埼玉県立菖蒲高等学校に着任した。当時は, 『岩波講座・日本歴史』や学会等の発行した日本の歴史に関する文献を教材研究し,. 学説や歴史学の成果を紹介することが日本史の授業であるとしていた。しかし,教 員研修において,講師の宮内正勝氏(1940年生まれ・現職教員)から,実物教材(和. 本中心)を使った授業方法を紹介され,教材研究のあり方を問うようになった。そ して,教職一年目の終わりに自らの教育実践を次のように反省した。. 「授業の“格調”を保とうとするあまり,最先端の学説や論を紹介することに労 力の多くをさき,基礎的なことがらに目を向けることが少なかったのではないか。. 黒耀石一つまともに手にしたことがないではないか。さも自分が何か知っているか のように話しているが,その実,何も知らないではないか。」P. このように,歴史に関する基礎的事項の理解の不足や事実や経験にもとづいた歴 史認識の不足から,歴史学習に出てくる事物について自ら確かめていく必要がある と強く感じた。そして,教科書に掲載されている石器や土器,貨幣や古文書などの 「モノ」を中心とする教材研究に関心を寄せた。また一方で,少しでも子どもが歴. 史学習に興味や関心を持つように,近くの博物館まで連れて行ったり,竪穴式住居 らしきものを造らせたり教室外にも学習の対象を求めた。1980年からは「日本史体. 験レポート」と称して,子どもの個々の興味や関心をもとに歴史に関連することを 課外で調べさせ,レポートとしてまとめさせる課題を出すようになった。当時この 取り組みに対して,次のように述べている。. 「史料を生徒に提示しても,それに波長が合うのは一部の生徒である。興味は一 人ひとり異なるから,それも当然である。場所や時間という枠に制約されず,自由 に史跡を訪ねたり何かを創作したり,各自が興味を持っていることを徹底的に追求 できたら,どんなに生徒の自主性が引き出され,歴史を学ぶ喜びを感じさせること. 13一.

(17) ができるだろうか」2). このように,教材研究の方法や授業実践の反省をもとに,子どもを歴史にかかわ らせる方法を模索していた。. 1982年,新設校の大宮東高等学校に転任し,「モノ」の収集や「モノ」の研究が 活発になっていった。同年,宮内氏と東京の神田にある古書会館において,江戸時 代の農学者宮崎安貞が書いた『農業全書』(和本)を購入し,その時の感動を次の ように記している。. 「開いてみると,水戸黄門漫遊記のスケさんこと佐々宗淳の手紙,貝原益軒や宮 崎安貞の序文等本人の筆蹟そのまま残っているではないか。教科書に必ず載ってい る農事図があるではないか。所々変体仮名や草書が混じっているので読めそうで読 めないが,活字になったものと見比べたり暇があれば眺めたりした。すると,読め なかったものが読めるようになり,他の古文書も読んでみたいという気になった。. 何よりもうれしかったのは,何代何人もの農民の手垢によって汚れた本物の『農業 全書』を自分が直接手にレて読めることであった。」3). それ以降,「モノ」の収集や「モノ」の研究が教材研究であるという立場から, 「モノ」を通して過去の事実を明らかにしていこうとする歴史研究こそが教材研究. であるという立場へと自らの考え方を転換していった。その結果,専門の歴史研究 者の成果を鵜呑みにするのではなく,遺物や史料に自らあたって確かめることをよ り強く意識した。そして教師が実感的に理解した過去の事実を授業で語るようにな. た。1985年には,『農業全書』(和本)を使った“江戸時代の農業の発達”の学習 の後に,それを自主的に発展させる形で研究した「日本史体験レポート」が出てき た。それは「農業改良」と称して,冬休みに「和紙の里会館」で漉いた和紙をもと. に和綴りの帳面を作り,見開きの右側に江戸時代の『農業全書』から農作業の図を 模写し,左側にその農作業に相当する現代の農作業風景を描いたものであった。一 目で技術の改良や発達がわかるレポートとして仕上がっており,そのアイディアと. 作品の出来映えを高く評価した。このような子どもの反応に刺激されながら,「モ ノ」の収集や「モノ」の教材化をより一層進めていった。. 1984年,そんな楽しい教材研究・歴史研究を広く知ってもらいたくて,収集して きた「モノ」を展示し,歴史教材や歴史教育について考える会「歴史教材仲間の会」. を宮内氏とともに発足させた。個人ではなく集団として「モノ」教材にかかわって いこうと考えた。現在,歴史教材の展示や頒布,歴史授業に関する意見交流の場と して,関東近圏の小・中・高校の教員がたくさん集い発展し続けている。. 14一.

(18) 1986年,進学校である大宮高等学校に転任した。進学校であるために,学習内容 を短時間に教えていくような授業に迫られた。そこで,これまで収集・研究してき た「モノ」教材を活用しながらも,学習内容をコンパクトにまとめた学習プリント を併用するようになった。「モノ」教材の活用を基本にしながら,状況に応じた授. 業へと変わっていった。そして,1988年これまで収集・研究してきた「モノ」教材 の内容や入手の方法を収録した『手に取る日本史教材』(地歴社)を宮内氏と共著 で発刊した。掲載されている「モノ」は,ほとんどが遺物や文献的史料であった。 例えば,石・器時代の「黒耀石やサヌカイト」,鎌倉時代の「青磁片」,各時代の「貨. 幣」,江戸時代の「宗門改帳」,明治時代の「地券」,大正から昭和初期の「伏せ字. 本」などであった。本著に対して読者から,「モノ」を入手したくてもなかなか入 手できないという意見があった。その声に応えるために自作の「歴史・社会教材目. 録」(頒布可能な品目と価格を掲載したカタログ)を作成した。これ以降,頒布を 考慮してなるべく多く入手するように努めた。. 著書『手に取る日本史教材』(1988年)発刊後も,歴史の一研究者として次々と 「モノ」を収集し,その「モノ」を通して歴史の事実を明らかにしていくことに一. 層喜びを感じていった。1993年3月,前著書以降,新しく開発した「モノ」教材を 収録した『日本史モノ教材』(地歴社)を発刊した。前著書では過去の事実を示す 遺物や文献的史料を中心に収集・研究していたが,本著書では,過去と現在には断 絶ではなくっながり(連続性)があるという“歴史観”から過去の事実を解釈した ものも含めていった。例えば,今も継承され使われている現物としては,「米」「あ んパン」「正号丸」などであり,今も継承されている文化的な抽象物としては,「ロ ーマ字」(文字文化)「姓」「和室」(生活文化)などである。当時教育雑誌等では,. 教室に持ち込める実物的な「モノ」教材のみが注目されていたが,文字文化や生活 文化という抽象的な概念までも「モノ」教材に含めていこうとする試みをした。 そして1993年4,月,鴻巣女子高等学校に転任した。これまでの歴史研究で開発し. た「モノ」教材を使い,過去と現在との連続性としての歴史解釈を語るとともに学 習プリントを併用した授業をしていた。しかし,子どもが歴史学習に参加しようと. しない状況に出会い,授業改善に迫られた。そこで1つの方法として,子どものノ ートづくりに着目し,ノートに「モノ」教材や資料を貼付させたり感想を書かせた り,子どもがまとめていくようなノートづくりを始めた。子どもは少しずつノート. づくりに喜びを感じ,歴史学習に主体的に参加するようになった。さらに,「私に 関係あるのは彼氏のことと食べること,それに将来のことと今のこと。信長がどう. 一15一.

(19) した,卑弥呼がどうした,私には関係ない」4)という子どもの歴史意識の低さを感 じ取り,その意識を何とか変えたいと思うようになった。これまでのような,歴史 を過去の事実として語ったり過去と現在との連続性としての歴史解釈を語ったりす るだけでは歴史と子どもを結びつけることは難しいと感じた。そこで,過去からの. 歴史も子どもと密接に関係していることや現在も進行している歴史の上で生きてい ることを,子どもに実感させることが大切であると考えた。1996年には,1980年か ら1985年に行っていた「日本史体験レポート」を子どもの歴史への主体的なかかわ りを期待し任意の形で再開した。このような取り組み方によって,子どもは少しず つ歴史を遠い昔の他人ごとではなく,自分のこととして捉えるようになってきた。. そして,これまでの「モノ」を通して歴史研究してきたことや授業のことを,講 演会などで積極的に話すようになった。最近の考え方を次のようにまとめている。 「実物教材は,生徒の興味を引き出し単調になりがちな授業を盛り上げる道具と して活用できることは否定しないが,それよりも私にとっては重要な意味をもって いる。教えるからには確信をもって話したい。そのためには,自分で確認したこと. だけしか話さない。もちろん,これはとうてい無理なことである。しかし,授業で 語る者の誠意として,せめて気持ちの上ではそういうところがら出発したい。可能 な限り自分で確かめようとする検証や追体験が,結果的に実際・実物・現地という “モノ”へのこだわりとなって表れてきた。「モノ」教材は,その副産物である」5). これまでの取り組みを振り返り,その原点は,教師自身が歴史の事実を確かめた いという主体的な歴史へのかかわりであると述べている。1998年には,新たに開発 した「モノ」教材を収録した『中手に取る日本史教材』(地歴社)を発刊した。 現在は,和本の一つである安永9年初版,秋里擁亭主・竹原春朝挿図の『都名所圖 絵』を復元・解説する作業を進めている。. このような実践的経歴から,阿部氏の社会科教育実践に関する問題意識の変遷を たどると,まず1978年から1980年頃は,歴史に関する基礎的事項の理解不足や事実 や経験にもとづいた歴史認識の不足から,遺物や文献的史料などを手がかりに教材 研究の方法を模索していた時;期として特徴付けることができる。次に,1982年頃か. ら!993年頃は,遺物や史料などを通して過去の事実を明らかにしていこうとする教. 師自身の歴史研究こそが教材研究であると考えていた時期として特徴付けることが できる。そして,1993年から現在は,子どもの歴史意識の低さや学習参加しにくい 状況から,子どもを主体的に学習参加させ,子ども自ら歴史とかかわるような授業 方法やその意義を見いだそうとしている時期として特徴付けることができる。この. 16一.

(20) ような判断にもとづき,阿部氏の社会科教育実践の変化を表したものが,前掲の表 1の区分(破線)である。. 2 社会科教育実践の時期区分. 阿部氏の問題意識は前項のように,教材研究の方法を模索していた時期(1978年 から1980年頃),歴史の事実を明らかにしょうとしていた時期(1982年頃から1993 年頃),子どもの主体的な学習参加をめざしている時期(1993年から現在)の3っ に分かれた。. 本項では,このような社会科教育実践の変遷を踏まえ,「モノ」教材とのかかわ りから社会科教育実践を時期区分していく。. まずは,「モノ」教材を活用していない時期(1978年から1980年頃)と「モノ」 教材を活用している時期(1982年頃から現在)の2つに分けられる。. (1)「モノ」教材を活用していない時期(1978年から1980年頃) 新任当時は,歴史学の成果を教材研究しそれを直接子どもに伝えており,「モノ」. 教材は使われていない。そして自ら教育実践を反省し,遺物や文献的史料などを中 心とした「モノ」を手がかりに教材研究の方法を模索している。おそらく,すぐに いくつかの「モノ」を手に入れ,その歴史的内容を調べ教室に持ち込んだと思われ るが,確かな目的をもって授業に活用しようとはしていなかったに違いない。そこ. で,「モノ」を導入し始めた初期の段階も含めて,「モノ」教材に関心をもった時 期として捉える。. したがって,1978年から1980年頃は,「モノ」教材を活用していない時期,つま り,「モノ」教材活用の準備期とすることができる。この時期以降を「モノ」教材 を活用する時期とする。. (2)「モノ」教材を活用している時期(1982年頃から現在). 「モノ」教材を活用している時期のなかでも,活用する目的や活用の仕方によっ て「モノ」教材の性格が変化しているので,実践的経歴を踏まえながら「モノ」教. 17一.

(21) 材の性格を具体的に見ていくことにする。阿部野の場合,最近の授業実践(単位時 間)の記録はあるが,過去の実践記録が残っていないために,実践的経歴と3冊の 著書である『手に取る日本史教材』(1988年),『日本史モノ教材』(1993年),『続. 手に取る日本史教材』(1998年)の内容を関連づけて分析していくことにする。. ①1982年から1988年の時;期. 目的をもって「モノ」を研究し授業で活用し始めたのは,1982年の和本『農業全 書』からである。阿部氏は,江戸時代の農学者宮崎安貞が書いた当時の現物を手に し,それを解読していったことに感動を覚えている。この経験によって,過去の歴 史を知るということは過去の事実が表れている当時の一次資料をわかっていくこと. が最良の方法であるという考え方が確立されていったと考えられる。つまり,「モ ノ」を通して過去の事実を明らかにしょうとする歴史研究を始めたのが,この時期 なのである。. 1982年頃から1988年までに収集・研究された「モノ」教材は『手に取る日本史教 材』(地歴社1988年)に収録されている。代表的なものを取り上げると,「黒耀石」 「サヌカイト」「鹿角製釣針」「木簡」「渡来銭」「寛永通宝」「紙幣」「青磁片」「黒. 船撃退の布陣図」「農業全書」「解体新書」「宗門改帳」「学問のススメ」「地券」「修. 身書」「伏せ字本」などで,当時の人々が実際に使っていた現物が多数紹介されて いる。例えば,江戸時代の貨幣や宗門改帳,和本の授業効果について,阿部氏は次 のように説明している。. 「貨幣は生活に密着したものであり,それぞれの時代の政治・経済を反映したも のであるから,古銭一枚から多くのことを説き起こすことができる。(略)寛永通. 宝は… 真鍮ということで田沼意次の積極的な経済政策を印象づけることができ る。生徒に示す時は素材がよくわかるように,一文銅銭と四文真鍮銭をよく磨いて, 大きさや色の違いを比べさせるとよいだろう」6). 「江戸幕府のキリシタン宗門禁止と摘発の方法としては,よく踏絵があげられる が,むしろ全国的な規模で明治初期まで行われたのは宗門改の方が中心である。 (略)宗門改帳は,どこを開いても民衆の生々しい生活の断面を見ることができる。. (略)江戸時代の古文書を解読できたということは,生徒にとっては大きな感動と なるだろう」7). 「和本の魅力は,活字本にはない本物のもつ迫力である。写真でしか見ることの できなかった物を,手にとって見ることができるというのは,生徒にとっては過去. 一18一.

(22) という途方もない大宇宙からやってきた未確認飛行物体を見るような驚きがある。. 出会うことの感動がまず第一であるべきであって,説明や理屈はあとからでもつい てくるものである」8). このように,阿部氏が着目した「モノ」や上記の記述から,『手に取る日本史教 材』(1988年)発刊までの時期における「モノ」教材の活用については,次の2っ のことが言える。第1に,この時期の「モノ」教材は,過去にどのようなことがあ ったのか,人々は昔どのように暮らしていたのかという,その時代その時代の過去 の事実を示すものである。第2に,その「モノ」教材は,子どもの驚きをもとに過 去の事実を理解させていくための手段として使われているのである。このような「モ. ノ」教材の捉えや活用の仕方から,「モノ」を使わなかった時期とは区分される。 この時期の考え方を典型的に表したものとして,「学問のススメ」の実践がある。. ②1988年から1993年の時期. 1988年以降も「モノ」を通して過去の事実を明らかにしていこうとする歴史研究 を続けている。その研究活動のなかで,過去と現在とは断絶だけではなく,つなが り(連続性)があるという歴史解釈からも「モノ」教材を考えていくようになって. いる。1988年の前著書以降1993年までに収集・研究された「モノ」教材は『日本史 モノ教材』(地歴社1993年)に収録されている。内容の一部を取り上げると,「縄 文土器」「辛亥銘鉄剣」「古今和歌集」「慶安の御触書」「通行手形」「踏絵」「軍票」 「墨塗り教科書」「正誤丸 「麹 「あんパン 「南蛮 子」「 楽」「口室」「姓 「ロ. ー∼などである。前著にある「モノ」教材は,過去の事実を示す遺物 や文献的史料などがほとんどであったが,本州には,過去と現在にはっながりがあ ることを示唆する現物や抽象的なもの(上記波線部)が含まれている。例えば,室 町時代の和室や奈良時代の姓,室町時代の田楽について,阿部氏は次のように説明 している。. 「畳を敷きつめ,襖や障子で仕切った部屋,床の間に… どこにもありそうな場 面である。これらは室町時代そのものではないが,みな室町文化とつながっている ものばかりである。(略)室町文化の話をするのに,東求堂同仁斎を例にあげるの は当然としても,さらに現代の和風とよばれる文化・生活にも話が及べば,室町文 化がより身近なものになるだろう」9). 「(略)奈良時代末から平安時代初期にかけて,阿倍姓を授けられた蝦夷の豪族 をたくさん拾い出すことができる。阿部(本人)姓がすべて比羅夫や貞任・宗任に. 一19一.

(23) つながるというわけではないが,このように姓は現代に残る歴史の断片であり,生 徒達の姓を野業で大いに活用してみると面白い。特に姓を問題にするわけであるか ら,氏姓制度の学習には教材としてもってこいである。(略)要は動機付けになれ ばよいのであって,…日常生活の中に大和時代の歴史が残っているとは,何と楽し いことである」10>. 「(略)最も古く本来の田楽料理であるのは,田楽豆腐である。1487年相国寺の 『蔭涼軒日録』である。豆腐料理が田楽とよばれるようになったのは,…田楽法師 が踊る姿と似ているからの説と…田楽踊りの高足の曲(竿に貫を通しそこに乗って とび歩く芸)の姿がいかにも串に豆腐のようであるという説がある。この田楽豆腐. の串が抜けおち,味噌を塗るのが味噌煮込みへと変わり,さらに現在見るようなお でんになってきたのである。このような田楽踊りからおでんに至る過程を聞いた生. 徒は,あとでおでんや田楽を食べるとき,きっと田楽踊りを思いおこすことだろ や ユの つ」. このように,阿部氏が着目した「モノ」や上記の記述から,『手に取る日本史教 材』(1988年)発刊から『日本史モノ教材』(1993年)発刊までの時期における「モ. ノ」教材の活用については,次の2つのことが言える。第1に,この時期に新しく 着目した「モノ」教材は,過去にも現在にも共通に見いだされる生活や文化などの 現象を示すものである。第2に,その「モノ」教材は,過去と現在のつながり(連 続性)があるということを理解させていくための手段として使われているというこ とである。このような「モノ」教材の捉えや活用の仕方の変化から,前時期とは区. 分される。この時期の考え方を典型的に表したものとして「秋分の目の夕日」の実 践がある。. ③1993年から現在の時期 1993年4,月以降も,これまでと同様に「モノ」教材を活用しながら歴史の授業を. 続けている。しかし,子どもの歴史意識の低さや歴史学習に参加しようとしない状 況から,子どもが主体的になるような授業の改善に迫られている。そのために「モ ノ」教材の活用に2つの変化が出てきている。第1は,子どものノートに「モノ」 教材を貼付させるという作業的活動に「モノ」教材を活用し始めた点である。例え ば,「生糸」「金箔」「和紙」「黒耀石」「パピルス」「えごまの種」「サハラの砂」「弥. 勒菩薩や埴輪の描かれた使用済み切手」など貼付可能な「モノ」教材の活用である。. 教師が一方的に提示するだけではなく,子ども自ら作業活動を通じて,実感をもつ. 一20一.

(24) て歴史に迫まれるように試みている。第2は,子どもに歴史の解釈を内面化させる ような視点で「モノ」教材を活用し始めた点である。1993年の前著書以降1998年ま でに収集・研究された「モノ」教材は,『野手に取る日本史教材』(地歴社1998年) に収録されている。内容の一部門取り上げると,「五人組子」「百両分の金貨」「衣 料切符」「戦時下のコイン」「黒耀石と現在の製品(パーライト)」「お茶・上喜撰」. 「瓦葺と檜皮葺」「唐草文 のハンカチ 「縄文ピアス 「金箔」「 近な万柵イ名. 一女性の名前 「隠元一明卓本 などである。本著書には,前著書までにはなかっ た歴史と子どもとのかかわりを強く意識したもの(上記波線部)が新たに含まれて いる。例えば,奈良時代の万葉仮名について,阿部氏は次のように説明している。. 「万葉仮名については,すでに拙書『日本史モノ教材』において,万葉仮名,即 ち漢字ばかりで表記された古事記や万葉集を見せたいということを述べた。今ここ. で述べようとすることは同じ題でも少々異なり,万葉仮名を身近なところがら探し てみようということである。万葉仮名とは,片仮名・平仮名が工夫される以前,漢 字の音や訓を利用して表音文字的に用いた用字法のことである。万葉を冠するため 遠い昔の用字法であって,現代生活と全く関係のないものと思われがちであるが,. 現代の女性の名前に用いられている。担当している生徒のなかにも,漢字を表音文 字的に用いられている名前が多数ある。理恵,多恵子,由美子,美佐子,真智子… ただし上代と現代で読み方が違っていたり,表音文字的な用字が万葉仮名と全て同 じではない。万葉仮名風の名前でない生徒には,自分の名前を万葉仮名風に書かせ るのも面白いだろう」12>. 実はこの「万葉仮名」は,阿部氏が最初に表した『手に取る日本史教材』(1988 年)では取り上げられていない。2作目の『日本史モノ教材』(1993年)では,「万 葉仮名」は取り上げているけれども,古事記や万葉集の表記をもとに,漢字という. 外国文化を取り入れ日本語を表記したという文化的な大事業を理解させる素材とし. て着目している程度である。しかし,3作目の『続手に取る日本史教材』(1998 年)になると,上記に示した引用のように,歴史と子どもを結びつけるような意図 をもって「万葉仮名」に着目している。すなわち,これらの変化は阿部氏の「モノ」 教材に求めるものの変化として捉えることができる。. このように,阿部野の着目した「モノ」や上記の記述から,『目下史モノ教材』. (1993年)発刊から『続手に取る日本史教材』(1998年)発刊までの時期におけ. る「モノ」教材の活用については,次の2つのことが言える。第1に,この時期に 新たに着目した「モノ」教材は,身近にあるものが過去からの歴史と関連があるこ. 一21一.

(25) とを実感しやすいものである。第2に,その「モノ」教材は,子ども自身に歴史の 解釈を内面化させるための媒体として使われているということである。このような 「モノ」教材の捉えや活用の仕方の変化から,前時期とは区分される。この時期の. 考え方を典型的に表したものとして,子どもにも共感可能な赤米と赤飯の関係(食 文化)や日本人のお天とう様への思い(精神文化)を活用して,弥生時代を身近に 感じさせようとした「弥生文化」の実践がある。また,普段使っている陶磁器や漢 字を活用して古墳時代を身近に感じさせようとした「古墳文化」の実践がある。. 以上の考察から,阿部氏の「モノ」教材の活用の仕方は,次のように3つの時期 に区分される。第1は,1982年∼1988年に「モノ」教材を活用して過去の事実を伝 えようとした時期である。第2は,1988年∼1993年に「モノ」教材を活用して過去 と現在とのつながりとしての歴史解釈を伝えようとした時期である。第3は,1993 年以降に,「モノ」教材を活用して子どもを歴史学習に主体的に参加させ,歴史の 解釈を内面化させていこうとしている時期である。 それぞれの時期を次のように呼ぶことにする。. 第1期“事実の伝達手段としての「モノ」教材理論期”(1982年頃∼1988年頃) 第H期“解釈の伝達手段としての「モノ」教材理論期”(1988年頃∼1993年頃) 壁皿期“解釈の習得媒体としての「モノ」教材理論期”(1993年頃∼現. 在). 阿部氏の「モノ」教材理論の時期区分と授業実践事例を表にすると,次頁の表2 のようになる。. 一22一.

(26) (表2)阿部泉氏の「モノ」教材理論の時期区分. 年. 1978. 「モノ」教材理論. 授業実践事例. 準備期. 1982. ◆「学問のススメ」の実践. 第1期 事実の伝達手段としての 「モノ」教材理論期 1988. 第H期. ◆「秋分の日の夕日」の実践. 解釈の伝達手毅としての 「モノ」教材理論期. 1993 第丁丁. 解釈の習得媒体としての 「モノ」教材理論期. ◇「弥生文化」の実践 ◆「古墳文化」の実践. [阿部氏の社会科教育実践をもとに有吉作成]. 一23一.

(27) 第2節 阿部泉氏の「モノ」教材理論の形成過程. 本節では,各時期の問題意識や「モノ」教材理論にもとづいて,どういう「モノ」. 教材を選定し,どういう方法論で授業化していったのかを代表事例を取り上げて検 討する。. 1 事実の伝達手段としての「モノ」教材理論期. この時期は,「モノ」教材を活用して,過去の事実を伝えようとする時期である。 基本的な考え方は,教師が歴史研究で明らかにした過去の事実を示すものを「モノ」. 教材として活用することによって,過去の事実を子どもに伝達しようとするもので ある。. 本理論にもとつく「モノ」教材は,現在までに95事例ある。(本理論にもとつ く 「モノ」教材一覧は,巻末資料pp.10−19参照). 本理論にもとつく授業実践事例(単位時間収録)が残っていないため,授業の全 貌ではないが活用方法のわかる事例「学問のススメ」の実践を典型事例として取り 上げることにする。本事例の「モノ」教材の活用方法は,次の表3の通りである。13>. (表3)実践事例「学問のススメ」の授業展開と「モノ」教材の構成 段階. 導. [匡Z工]・発問(Q). Q1「福沢諭吉は『学問のススメ』によってどのよ うなことを説いたのか」. 認識内容 天は人の上に人を造らず…. 人間は生まれながらにして平等. である!?〔天賦人権論). 入. Q2「ともかく初篇を読んでみよう」 湘本障問のススメ』ン・. 天は人の上に人を造らず,人の下に人を造らずと言へり…. 人間には本来上下の差別がないはずなのに,現実の人間世界. 一24一.

(28) には賢愚・貧富・貴賎の差があるのは,学ぶと学ばないとの違 いである。さらに,頭脳労働をする者は身分が重く,肉体労働 展. をする者は身分が軽い。学問のある人は貴人・富人となるが,. 無学の人は貧人・下人となる。学問とは日用に近い実学(実証 的・実用的なもの)である。. 人間普通の実学の心得があって初めて,身も独立し家も独立 し天下国家も独立すべきなり。. 開. Q3「“肉体労働をする者は学問はなく,軍人や下. 現代の億値観をそのまま当ては. 人である”という諭吉はとんでもない男か」. める情緒的評価ではいけない。. (Q3−2)「当時はどんな時代だったのか」. 四民平等になったとはいえ,封. 建的身分制度が残っており,欧. 米列強の国力の差が歴然とした. 時代であり,日本を西洋的国家. にするためには,なによりも実. 学の奨励が急務であると口写は. 終. Q4「一行目より先を読み,当時の世相や政情を背. 末. 景に読んでみて初めて諭吉の真意がわかるね」. 考えた。. [阿部泉『昨日に取る日本史教材』pp.138−139をもとに有吉作成]. 本事例の「モノ」教材は,和本『学問のススメ』である。和本『学問のススメ』 は,福沢諭吉が書いた明治期の歴史的名著である。明治5年2.月から同9年11,月ま での5年間に初篇から第27篇まで出版され,初篇は22万部,総計約300万部である。. 立身出世の思想や天賦人権論,実学の奨めなど当時の入々に大きな影響を与えた書 物である。現在も,初篇の冒頭の「天は人の上に人を造らず人の下に… 」はよく 知られているが,有名なわりにそれより先に読み進められることはない。二篇で「人. は同等になること」や十二篇で「学問の要は活用あるのみ,活用無き学問は無学に 等し」などを説いていることも知られていない。名著でありながら書かれた内容に あまり触れられることの少ない史料(実物)を「モノ」教材として活用している。. 本事例では,導入で「福沢諭吉は『学問のススメ』によってどのようなことを説. 一25一.

(29) いたか」と発問している。子どもは,「人間は生まれながらにして平等である」と 答えている。展開では,教師は本物の和本『学問のススメ』(子どもはそのコピー). を読み進めている。「人間には本来上下の差別がないはずなのに,現実の人間世界 には賢愚・貧富・貴賎の差があるのは,学ぶと学ばないとの違いである」「学問の ある人は貴人・富人となるが無学の人は貧人・下人となる」「人間普通の実学の心 得があってはじめて身を独立し家も独立し天下国家も独立すべきなり」など諭吉が 説いていることを子どもとともに確かめている。終末では,読んだ内容から諭吉の 考えをまとめている。. 本事例では,和本『学問のススメ』のみが活用されている。和本『学問のススメ』. に書かれた内容を読み進めて,当時はまだ封建的制度が残り欧米列強との国力の差 が歴然としていた時代に,福沢諭吉は日本を西洋文明国にするために実学の奨励が 急務であると考えていたことを理解させることをねらっている。和本『学問のスス メ』は,当時の事実をそのまま表す1次史料として活用されている。『岩波文庫』 等にある活字資料を使っても同じような授業展開はできるが,当時の史料を使うこ とによって,明治時代の雰囲気,当時の考え方や思想を過去の事実として伝えよう としているのである。つまり,過去の事実を伝達する手段として,和本『学問のス スメ』が活用されていることになる。. このように本事例は,この時期の「モノ」教材理論の性格を特徴的に表すもので ある。. 2 解釈の伝達手段としての「モノ」教材理論期. この時期は,「モノ」教材を活用して,歴史の流れ・歴史の解釈を伝えようとす る時期である。基本的な考え方は,過去と現在とは断絶だけではなく,つながり(連. 続性)があるという歴史の解釈を示唆する現物や抽象的なものを「モノ」教材とし て活用することによって,歴史の流れ・歴史の解釈を子どもに伝達しようとするも のである。. 本理論にもとつく「モノ」教材は,現在までに27事例ある。(本理論にもとつ く 「モノ」教材一覧は,巻末資料PP.19−23参照). 一26一.

(30) 本理論にもとつく授業実践事例(単位時間収録)が残っていないため,授業の全 貌ではないが活用方法のわかる事例「秋分の日の夕日一浄土信仰」の実践を典型事 例として取り上げることにする。本事例の活用方法は,次の表4の通りである。14). (表4)実践事例「秋分の日の夕印の授業展開と 「モノ」教材の構成. 唖]・発問(Q). 毅階. Q1「秋分(春分)の日は何をするか」 導. 入. Q2「彼岸とはどういう意味か」 梵語の“完全な”という意味を表すparamita(波. 認識内容 おはぎ お墓参り. 「彼岸1とは生死の規を越えた. 悟りの世界を指すもので,煩悩. 羅蜜)の漢訳“到彼岸”を略した言葉で…. の多い現世は「此岸」である。. Q3「阿弥陀如来が教主となっている極楽浄土は,. 酷麟浄土. 東西南北のどの方角にあると考えられていたか」 Q4「なぜ,彼岸にお墓参りをするのか」. 太陽は真西に沈み,極楽浄土は西方の彼方に…. 太陽は真酉に沈み,阿弥陀如来. の所在する方向をはっきり示 し,極楽往生の願を衆生におこ. 展. 』秋分φ』申のダ隅.. させ,その目に仏事を営めば往. 生できるという信仰がある,. 京都の浄瑠璃寺。池を挟んで真東に薬師如来を祭った三重塔,. 真西に九体の阿弥陀如来を祭った九体阿弥陀堂が向かい合って 開. いる。彼岸の中日の早朝,薬師如来の背後から朝日が昇り,夕. 方,茜色の夕日が九体仏の中尊の位置に沈んでいく。この光景 に,篤い信仰心をもっていた往時の人々は現代人の想像もっか ない感動を覚えたことであろう。. 終. Q5「平等院鳳風堂や白水阿弥陀堂の前にある池は. 彼岸と此岸を隔てる川であり,. 末. 何を表すか」. 極楽浄土の蓮池とも見なせる。. [阿部泉『続手に取る日本史教材』pp.40−41をもとに有吉作成]. 本事例の「モノ」教材は,「秋分の日の夕日」である。「秋分の日の夕日」は,. 京都・浄瑠璃寺のお彼岸の日に沈む夕日である。浄瑠璃寺は,池を挟んで真東に薬. 一27一.

(31) 師如来を祭った三重の塔:,真西に九体の阿弥陀如来を祭った九体阿弥陀堂が向かい. 合い,平安末期の文化でも取り上げられるところである。彼岸の中日の早朝,薬師 如来の背後から朝日が昇り,夕方,茜色の夕日が九体仏の中尊:の位置に沈んでいく。. 放射する太陽の光が阿弥陀如来の光背のように見える“情景”を「モノ」教材とし て活用している。. 本事例では,まず導入で「秋分の日は何をするか」と問いかけている。子どもは おはぎを食べることやお墓参りをすると答えている。「彼岸」という言葉は,梵語 の漢訳で生死の川を越え悟りの世界を指すものであることを説明している。展開で は,「阿弥陀如来が教主となっている極楽浄土はどちらの方角にあると考えられて. いたか」を問い,これまでの学習から西方極楽浄土を導き出している。太陽が真西 に沈む彼岸と西方にある極楽浄土をもとに,「なぜ,彼岸にお墓参りをするのか」. を考えさせている。そうして,お彼岸に仏事を営めば往生できるという信仰が現在 も受け継がれていることを説明している。さらに,京都にある浄瑠璃寺に落ちる夕 日の光景を説明し,現在と当時の人々の思いを結びつけながら,秋分の日の意味を 話している。そして終末では,平等院や白水阿弥陀堂の前にある池の意味(彼岸と. 此岸を隔てる川・極楽浄土の蓮池)を考えさせ,平安時代の末法思想・浄土信仰に ついて理解を深めている。. 本事例では,“情景”である「秋分の日の夕日」が活用されている。夕日の情景 を教師が子どもに話し,子どもにその情景を想像させながら平安時代の「末法思想」. と現代まで引き継がれている「お彼岸の慣習」を結びつけさせるために活用されて いる。この夕目の情景を「モノ」教材とするところには注目すべき点が2っある。. 第1は,これまで物体,個体,手に取れる,教室に持ち込めるというイメージがあ るものだけを「モノ」教材としていたが,信仰をはじめ精神的な文化等,抽象的な. ものまで「モノ」へ含めていったことである。普通一般的には実物等の有形の物体 に限定されることが主流であるが,感情や経験,情感までをも含めている点である。 第2は,そういうものを含めっつ,過去のものではなく現在とのつながりにおいて,. 子どもに提示しようとする点である。そういう視点から歴史を解釈し,それを捉え させていこうとする歴史観や歴史教育観の芽生えとして捉えられる。平安時代の末 法思想(過去)と彼岸のお墓参り(現在)との結びつき・歴史の流れを示唆するも のとして「秋分の日の夕日まという「モノ」教材が活用されていることになる。. このように本事例は,この時期の「モノ」教材理論の性格を特徴的に表すもので ある。. 一28一.

(32) 3 解釈の習得媒体としての「モノ」教材理論期. この時期は,「モノ」教材を活用して,歴史の流れ・歴史の解釈を子どもに内面 化させようとする時期である。基本的な考え方は,歴史と子どもとはかかわりがあ るということを示唆するものを「モノ」教材として活用することによって,歴史の 流れ・歴史の解釈を子どもに内面化させようとするものである。. 本理論にもとつく「モノ」教材は,現在までに18事例ある。(本理論にもとつ く 「モノ」教材一覧は,巻末資料PP.23−25参照). 本理論にもとつく授業実践事例(単位時間収録)としては,「弥生文化一水稲耕 作」(1998年5月18日)と「古墳文化一大陸文化」(1998年6月15目)がある。この 理論の典型事例として,発表者がビデオ収録した「古墳文化」の実践を取り上げる ことにする。本事例の授業展開と「モノ」教材の構成は,次の表5の通りである。. (表5)実践事例「古墳文化」の授業展開と「モノ」教材の構成 [匡Zコ ・発問(Q). 段階. 認識内容. Q1「結論を予想しよう。古墳文化にはどんな. 概観. 大陸からの文化!?. @ 特徴があると思うか」 ソ. 一. 冒. 一. 一. 一. 一. ,. 甲. 一. 曽. 冒. 冒. 冒. 一. 一. 一. 雫. 一. 響. 嘗. 冒. 一. 一. 一. 一. 一. 璽. 9. 唱. o. 一. 冒. 一. 曹. 一. 一. 一. 騨. 讐. 一. 一. 一. 一. 一. 辱. 騨. }. 葡. 一. 冒. 一. 一. 一. 一. 一. ,. 一. 一. 一. 一. 一. 一. 一. 曹. ,. 冒. 一. 一. 一. 一. @ Q2「4−5世紀大陸に行った証拠があったね」. ¥. 噌. 冒. 一. 曹. 一. 一. 辱. }. 冒. 一. 冒. 一. 一. 一. r. ”. 層. 一. ロ. ■. 一. 一. 一. t^駄王の碑文. `の班の儲1蘇人. @ Q3「渡来人がどんなものを持ってきたのか」 歴史事象(事実). 轟の埴韓. 菶ヨの伝来・縮技術の伝来. (Q3−2)「どんな器が昔からあるか」. y器・鷲磁器. iQ3−3)「もしお客さんに熱いお茶を出すとし. スら,あなただったら陶器の湯飲みで出すか, ・器の湯飲みで出すか」 辱. 雪. 一. @i土器磁器鞠器; ・歴史と子ども蝋・ 一. 一. 一. 一. 一. ,. 一. ロ. 一. 一. 一. 冒. 一. 」の技術の伝来・継承. ・器は桃世代に伝来. 下柳町効嗜力郊鯖弊。論藷, 現. p4「みんなは何をもとして,物事を考えてい. 一29一. 教の伝来.

参照

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