• 検索結果がありません。

音楽科教育におけるアートマネージメントの可能性~宝塚音楽学校を事例として~

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "音楽科教育におけるアートマネージメントの可能性~宝塚音楽学校を事例として~"

Copied!
71
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)平 成20年. 度. 学位 論 文. 音 楽 科 教 育 に お け るア ー トマ ネ ー ジ メ ン トの 可 能 性 ∼ 宝 塚 音 楽 学 校 を 事 例 と して ∼. 兵庫教 育大学大学 院 教 科 ・領域 教育学 専攻 MO7208J島. 学校教育研究科. 芸術系 コース(音 楽分 野) 本知恵美.

(2) 凡例. 1.『. 』:文 献 名 、 作 品名 を表 す 場 合 に 用 い る 。. 2.「. 」:引 用 部 分 、 論 文 名 、 強 調 語 句 を 表 す 場 合 に用 い る。. 3.():本. 4.〔. 文 中及 び 引用 文 中 にお け る補 足 事 項 を 示 す 場 合 に用 い る。. 〕:引 用 ・参 照 の 文 献 を示 す 場 合 に 用 い る。 (例)〔. 5.`':特. 6.イ. 著 者:出. 版 年:頁. 〕→. 〔島 本:2008:10〕. 定 の語 句 に 対 す る強 調 を 示 す 場 合 に用 い る。. ン タ ー ネ ッ トのURLに. 関 して は 、 そ こ か らの 引用 を表 示 す る 場 合 、 以 下 の表 記 を 用. い る。 (例)#lh七tplwww な お 、URLの. 一 覧 は 引 用 ・参 考 文 献 に 示 す 。.

(3) 目次. 現代社会 にお ける母性 剥奪 と心理劇. 4 5. 集 団心理療 法. 3. 節 節 節 一二 三 第 第 第. 現代社会 における母親剥奪. OU. 第一章. -占. 凡例 は じめ に. 現 代 の ソー シ ャル ス キル トレー ニ ン グ と して の音 楽 劇. 第 二章. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ トレー ニ ン グ と現 代 の 子 ど も た ち. 7 7. 節 節 節 節 一二 三 四 第 第 第 第. 2 1. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ の 技 法. 9. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル は ど の よ う に し て 身 に つ く の か. 8. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ と現 代 の 子 ど も た ち. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レー ニ ン グ の 実 際. 第 三章. 宝塚音 楽学校 を事例 として. 節 節 節 節 一二 三 四 第 第 第 第. 明治期 の音 楽事情. 玉8. 董8. 宝 塚 音 楽 学 校 の 教 育 方 針 と ソー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ の 共 通 点 」-20 21. 宝塚歌劇 の初期作 品 と宝塚音楽 学校. ?4. アー トマ ネ ー ジ メ ン トと宝塚 音 楽 学校. 50. 心 理 劇 とアー トマネ ー ジ メ ン ト教 育. PO. アー トマ ネ ー ジ メ ン ト教 育. 1. 小 林 一 三 の 発想 とアー トマ ネ ー ジ メ ン ト. ﹁O. ア ー トマ ネ ー ジ メ ン ト と は. 0. 章 節 節 節 節. 一二 三 四 四 第 第 第 第 第. 宝塚音楽 学校 の設立. 一60. 61. 終 わ りに. 64. 引 用 ・参 考 文 献. も6.

(4) は じめ に. 現 代 社 会 に お い て 私 た ち を 取 り囲 む 生 活 環 境 は 、1990年 代 を境 に 、急 速 に 変 化 して き た 。 核 家 族 化 ・IT革. 命 ・ポ ー タ ブ ル オ ー デ ィ オ の発 達 等 に よ り個 人 化 が 進 み 、 コ ミュ ニ ケ ー. シ ョ ン能 力 ・意 欲 ・集 中力 ・問題 解 決 能 力 の 低 下 が 問題 視 され 、 更 に 協 調 性 の欠 落 が 叫 ば れ て い る。 こ れ らは 個 人 化 が 進 ん だ こ とに よ り、 人 と の触 れ 合 い や 、 自 分 自身 の 感 情 や 意 見 を表 現 す る 力 が 不 足 し て い る た め に起 こ り うる 問 題 で あ り、 学 校 教 育 の 現 場 に も大 き く影 響 して い る 。 こ う し た 問 題 は 学 級 崩 壊 に つ な が る だ け で は な く、 暴 力 で 解 決 し よ う と した り、 周 囲 と うま く コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョン を とれ な い 事 か ら 「うつ 病 」 や 「引 き こ も り」 に 代 表 され る 精 神 的 な 病 に 発 展 した りす る ケ ー ス も少 な く な い 。 しか しな が ら現 代 の 教 育 現 場 で は 、 こ の よ うな 社 会 現 象 に 対 応 した カ リ キ ュ ラ ム や 授 業 づ く りが 確 立 され て い な い 現 状 が あ る。 そ こ で これ ら の 問 題 を解 決 す る為 に 、 学 校 教 育 の 現 場 に 「 ア ー トマ ネ ー ジ メ ン トの要 素 を 取 り入 れ た 総 合 芸 術 で あ る音 楽 劇 に取 り組 む 」 と い う こ とが 、 有 効 な 一 つ の 手 段 で あ る と考 え た 。 「 音 楽 劇 」 の 導 入 に 関 して は 、 従 来 か ら教 育 現 場 で 行 わ れ て き て い る が 、 「ア ー トマ ネ ー ジ メ ン ト」 とい う視 点 で 実 践 され て い る例 は 、 現 在 の と こ ろ筆 者 は 把 握 し て い な い 。 そ こ で 、 従 来 の 創 作 音 楽 劇 導 入 の 効 果 を視 野 に い れ な が ら、 「 ア ー トマ ネ ー ジ メ ン ト」 が 如 何 な る 有 用 性 を持 ち うる か を検 証 しな が ら、 表 現 の 問 題 に ア プ ロ ー チ して い き た い と 考 え て い る。 そ の た め に 、 この 新 しい 試 み の 実 践 例 と して 、 大 正 初 期 よ り連 綿 と続 け られ て き た 宝 塚 歌 劇 団 の教 育 的 組 織 で あ る 宝 塚 音 楽 学 校 を 取 り上 げ 、 そ こ で の 教 育 が 如 何 な る も の で あ り、 個 々 の 生 徒 の 表 現 能 力 を 引 き 出 して い る か を考 察 し、 そ れ ら が 、 現 代 の 学 校 教 育 の 現 場 に 応 用 で き る か を考 え て み た い 。 宝 塚 音 楽 学 校 の カ リキ ュ ラ ム は 、 舞 台 人 と して の 様 々 な 訓 練 、 及 び 知 識 を 徹 底 的 に 習 得 す る 事 に 重 点 が 置 か れ て い る。 そ の 中 で も 、 舞 台 の 運 営 上 必 要 な ア ー トマ ネ ー ジ メ ン ト教 育 の 要 素 が 取 り入 れ られ た授 業 が 行 わ れ て い る 。 そ れ だ け で は な く、 毎 朝 早 朝 の 学 校 ・稽 古 場 の 大 掃 除 な ど の 厳 しい 生 活 を 送 り、 集 団 生 活 の 重 要 さ が 体 験 的 に 習 得 で き る工 夫 が な さ れ て い る 。 宝 塚 音 楽 学 校 副 校 長 、 今 西 正 子 が 宝 塚 音 楽 学 校 の カ リキ ュ ラ ム に つ い て 「 一 人 が 欠 け て も で き な い こ と とか 、 助 け合 い の 精 神 とか 、 舞 台 人 と して の 基 本 的 な 心 構 え を 磨 く た め の も の で す 」 〔2005:ス ポ ー ツニ ッポ ン 新 聞 宝 塚 歌 劇 特 集 号 〕 と述 べ て い る。. 1.

(5) 生 活 環 境 が 目 ま ぐ る し く変 化 して い く現 代 で 、宝 塚 音 楽 学 校 は90年 や 教 育 方 針 を 変 えず 存 続 し続 け 、 毎 年20倍. 以 上 もカ リキ ュ ラ ム. とい う倍 率 を維 持 し続 け て い る。 ま た 、 目的 意. 識 が 明 確 な 生 徒 の集 団 で あ る こ とか ら、 一 般 の 教 育 現 場 とは 異 な っ て い る の は 事 実 で あ る が 、 教 育 とい う視 点 に 立 っ て 考 え る場 合 に 、 宝 塚 音 楽 学 校 が 初 期 の段 階 か ら、 教 育 プ ロ グ ラ ム が 時 代 性 を 超 え て 存 在 して い る こ と に は 、 注 目す る必 要 が あ る と考 え る。 相 互 の 切 磋 琢 磨 の 状 況 が 、 程 度 の 差 を考 慮 に 入 れ な け れ ば な らな い が 、 現 在 の 学 校 教 育 の 現 場 に も求 め られ る こ とで は な い だ ろ うか 。 子 ども た ち の 自 己 表 現 と協 同 的 行 動 を 引 き 出 す 重 要 な 手 が か り と し て 、 宝 塚 音 楽 学 校 の存 在 は 決 して 特 殊 な ケ ー ス と して 看 過 し え な い と考 え る。 本 研 究 で は 、 上 記 の よ うに様 々 な 問題 を 内 包 す る 現 在 の 学 校 教 育 の 場 に お い て 、 宝 塚 音 楽 学 校 の 考 察 を通 じて 、 新 た な授 業 作 りの 展 開 を提 示 して い き た い 。. 2.

(6) 第 一章 第 一節. 現代社 会 にお ける母性 剥奪 と心理劇 現代社 会 にお ける母親 剥奪. 私 た ち の 住 む 現 代 社 会 は 、1990年. 代 を境 に 急 速 に 変 化 して き た。IT革 命 ・ポ ー タ ブ ル オ. ー デ ィ オ の 発 達 に よ り個 人 化 が 進 ん で い る 。 人 々 は パ ソ コ ンや ゲ ー ム に 夢 中 に な り、 部 屋 に こ も る機 会 が 多 くな り、 家 族 や 友 人 と接 す る 時 間 が 減 っ て き て い る 。 最 近 の 若 者 の 傾 向 と して は、携 帯 を使 っ ての 「 メ ー ル や 電 話 で な け れ ば 本 音 を 話 せ な い 」 とい っ た コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン の 変 化 ま で 生 ま れ て き て い る。 ま た ポ ー タ ブ ル オ ー デ ィオ も 、 ど こ で も 音 楽 が 聞 け る とい う便 利 さの 反 面 、 耳 に イ ヤ ホ ン を は め て 一 人 で 音 楽 を聴 く とい う体 勢 は 同 じ く 人 と話 す 時 間 を 減 らす き っ か け を つ くっ て い る。 こ うい っ た 現 象 は 現 代 で は 珍 し く な く な っ た が 、 人 々 の 暮 ら しや 文 化 、 そ して 教 育 現 場 に大 き く影 響 を与 え て い る 。 一方. 、 核 家 族 化 や 女 性 の 社 会 進 出 に よ っ て 子 供 た ち の 多 く は 早 く か ら保 育 園 や 幼 稚 園 に. 預 け られ た り、 小 学 校 の 高 学 年 に な る頃 に は 自 宅 の 鍵 を 持 ち 、 家 で 親 の 帰 りを待 っ た りす る 状 況 が 当 た り前 の 世 の 中 に な っ て き て い る。 保 育 園 や 幼 稚 園 で は0歳 児 ク ラ ス が 存 在 し、 ま た 親 の 帰 りを 待 つ 小 学 生 を 対 象 に 学 童 保 育 の シ ス テ ム も確 立 され て き た 。 一 見 子 ど もた ち に とっ て 、 そ して 働 く親 に と っ て の サ ポ ー ト体 制 が 整 っ て き た よ うに 思 わ れ る。 だ が発 達 心 理 学 の 分 野 か ら見 れ ば 、 そ う と は い え ない。 人 は 哺 乳 動 物 の 中 で 最 も 高 等 な 動 物 で あ り な が ら 、 生 後1年. ぐ らい の 問 は 自力 で 移 動 し. た り食 べ 物 を 食 べ た り出 来 な い未 熟 な 存 在(子 宮 外 胎 児 期)で あ る 。つ ま り人 間 の 乳 児 は体 内 で 成 熟 す る 期 間 が 短 く、 早 く生 ま れ す ぎ て い る と考 え られ て い る。 これ を ア ドル フ ・ボル トマ ン(AdolfPortmann,1897-1982)は. 生 理 的 早 産 とい っ た 。 〔 東 京 ア カ デ ミー:2006:. 14〕 こ の未 熟 な 状 態 は 必 然 的 に長 期 的 な母 親 と の 密 接 な 結 び っ き を もた らす 。 世 話 を しな が ら 、 言 葉 の しつ け の も と とな る 交 流 が繰 り広 げ られ 、 乳 児 に は様 々 な 学 習 の機 会 が 与 え ら れ る 。 つ ま り、 初 期 の 発 達 で は 、 母 親 とい う環 境 は き わ め て 重 要 な 意 味 を も つ の で あ る。 母 親 との 愛 情 豊 か な 交 流 が 妨 げ られ た と き 、 子 ど も に 知 的 発 達 の 遅 れ 、 情 緒 表 現 の 未 熟 、 社 会 性 の 不 足 、 習 癖 の 問 題 な どが し ば しば み られ る。 これ は か つ て 乳 児 院 で 報 告 され た た め 、 ホ ス ピ タ リズ ム と呼 ば れ た が 、 ジ ョン ・ボ ウル ビー(JohnBowl煽1907・1990)の. 3. 研究.

(7) に よ っ て そ の メ カ ニ ズ ム が 解 明 さ れ 、 「マ タ ナ ー ル ・デ プ リベ ー シ ョ ン(母 性 剥 奪)」 と 呼 ば れ る よ うに な っ た 〔東 京 ア カ デ ミ ー:2006:15〕. 。 し か し 家 庭 で 育 っ て い て も 「マ タ ナ ー ル ・. デ プ リベ ー シ ョ ン」 の 状 況 に陥 る こ と も あ る。. 現 在 、 児 童 虐 待 の ケ ー ス が 増 加 傾 向 に あ り、深 刻 な 事 態 を 招 い て い る。 こ の 場 合 、 社 会 的 ネ ッ トワ ー ク を 通 して 発 達 を支 え て い く必 要 が あ る 。. 近 年 学 校 教 育 の 現 場 で み られ る. 子 ど も た ち の 『コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョン 不 足 、 意 欲 ・集 中 力 の 低 下 、 協 調 性 の 欠 落 、 問 題 解 決 能 力 を 向 上 させ る に は ど う した ら よ い か 』 とい う様 々 な 問 題 は 、 親 と子 の 関 わ りだ け で は な く も は や 親 と子 の 関 係 を変 化 させ て しま っ た 社 会 全 体 の 問 題 で あ る。 しか しな が ら こ の よ うに 環 境 の 不 足 は 十 全 な 精 神 発 達 に欠 陥 を も た らす こ と も あ る が 、 人 は 環 境 の 改 善 や 適 切 な 教 育 ・学 習 の 機 会 を 得 る こ と で 、 発 達 の 遅 れ や 障 害 を 軽 減 す る 可 能 性 を持 っ て お り、 柔 軟 性 、 可 塑 性 を 持 っ た 存 在 で あ る。 十 分 に 教 育 の 現 場 で も こ の 問 題 に 取 り組 み 、 解 決 し て い け る 可 能 性 が 十 分 に あ る。. 第二節. 集団心理療法. 集 団 心 理 療 法 と は 、 さま ざま な 理 論 に基 づ く心 理 療 法 を 、 集 団 場 面 で 行 う場 合 を総 称 し て 呼 ぶ 。個 人 の 不 適 応 は社 会 的 場 面 に おい て 端 的 に 現 れ る もの で あ り、個 人 の 発 達 は 家 族 、 学 校 、 職 場 の 人 間 関係 とい う集 団 経 験 に か か っ て い る。 そ の よ う な観 点 か ら集 団 活 動 を治 療 理 念 の 基 本 にす え よ う とす る 立 場 で あ る。 そ の一 つ が 「 心 理 劇 」 で あ る。 モ レ ノ は ロー ル プ レイ ン グ を 手 段 とす る 心 理 劇(サ イ コ ド ラ マ)を 開 発 し た 。 集 団 の 場 で 、 参 加 者 は 監 督 、 助 監 督(参 加 者 の 補 助 をす る補 助 自我)や 役 者 、 観 客 と して 即 興 的 に ア ク シ ョ ン を行 い 、 こ の 中 で 様 々 な 体 験 を し、 創 造 性 と 自発 性 を 働 か せ る こ とに よ っ て 、 カ タ ル シ ス と新 し い 行 動 可 能 性 を獲 得 す る。 そ して 演 技 を通 して 自 己 へ の 洞 察 や 他 者 と の共 感 を深 め る こ とに な る 〔 東 京 ア カ デ ミー:2006:99〕. 。. こ の よ うな 心 理 学 的 な 手 段 や 技 法 を用 い る こ とで 、 カ タル シ ス 効 果 が み られ る と考 え ら れ る 。 カ タル シ ス とは 、 浄 化 作 用 と も訳 され 、 心 の 中 に 抑 圧 され て い た 感 情 や 不 満 を 、 言 動 を 通 して 発 散 す る こ と に よ っ て 精 神 の安 定 を もた らす こ と で あ る。 つ ま り、 心 の 中 に た. 4.

(8) ま っ た 感 情 を 吐 き 出す こ と に よ っ て 、不 快 感 ・不 安 な ど を減 退 させ る の で あ る 。 さ ま ざ ま な 療 法 が あ る が 、 こ こ で はモ レノ に よ る 心 理 劇 療 法 の 観 点 か ら音 楽 劇 に着 目 し考 察 す る。. 第 三節. 現 代 の ソー シ ャル ス キル トレー ニ ン グ と して の音 楽劇. 現 代 で は 、 ソ ー シ ャ ル ス キル トレー ニ ン グ の ひ とっ の 手 段 と して 音 楽 劇 が 試 み られ て い る。 第 二 節 で 述 べ た 「 心 理 劇 」 の 効 果 を 求 め る もの で あ る。 音 楽 劇 は 、 他 教 科 との 連 携 の しや す さか ら さ ま ざま な形 で 導 入 され て い る。 そ の 多 くが 「 総 合 的 な学 習 の 時間」 に地域 の 歴 史 を学 ば せ る も の や 、 英 語 の 歌 詞 を使 っ た も の な ど さ ま ざ ま な 目的 で 試 み られ て い る。 音 楽 劇 を 導 入 す る上 で 有 効 と され る の は 、 第 一 節 で 述 べ た よ うに 音 楽 劇 に 取 り組 む プ ロセ ス で あ る。 こ の プ ロセ ス か ら生 徒 た ち は 沢 山 の 人 々 と一 緒 に 行 動 し、 協 力 し あ う こ とに な る。 こ こ か ら 「問 題 解 決 能 力 」 や 「コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン能 力 」 を 向 上 させ る こ とが 出 来 る と考 え られ て い る。 だ が こ の 音 楽 劇 に 取 り組 む に は 、 「 総 合的 な学 習 の時 間」 だ けで は十分 な 授 業 時 間 が 確 保 で き な い とい う問 題 点 が あ る。 学 校 現 場 で の 舞 台 づ く り と な れ ば 、 プ ロ の 劇 団 な ど と は 違 い 衣 装 や 大 道 具 小 道 具 な どは ほ とん どが 手 作 りで 作 られ る こ とが 多 い 。 ま た 脚 本 な どの 準 備 は コ ピー や 製 本 な ど、 か な り時 間 を 割 く作 業 とな る 。 こ の よ うに莫 大 な 作 業 と時 間 を こ なす こ と だ け で 生 徒 も教 師 側 も精 一 杯 に な っ て しま い 、 生 徒 た ち が 十 分 な 「心 理 劇 」 の 効 果 を実 感 しな が ら授 業 を 進 め る と こ ろ ま で に た ど りつ く の は 困難 に な っ て し ま う。 さ らに は教 師 側 が 普 段 の 勤 務 に 加 え か な りの 負 担 を 強 い られ る こ とに な る。 こ の よ うな 問 題 を解 決 し、 「 心 理 劇 」 の も つ 効 果 を 十 分 に活 用 で き る音 楽 劇 に す る に は ど の よ うな 形 式 で 授 業 を 進 め た ら よい の だ ろ うか 。 現 在 行 わ れ て い る授 業 の 例 をい くつ か 見 て み る と、 生 徒 全 員 が 役 者 で あ りな が ら舞 台 の 裏 方 の 準 備 も 進 め る とい う形 式 で あ る。 さ ら に準 備 も練 習 も教 師 が 計 画 し、 生 徒 が そ れ に 従 う形 で 進 め ら れ て い る 。 この 形 は確 か に 生 徒 全 て が 平 等 な 形 で 作 業 に 取 り掛 かれ る が 、 裏 方 の 作 業 と役 者 の 両 方 を授 業 内 で 済 ま せ よ う とす る と上 記 の よ うな 問 題 が 必 ず 浮 上 して く る。 こ の よ うな 問題 を 解 決 す る た め に は 、 効 率 の 良 い 形 で 準 備 を進 め る こ と で あ る 。 こ の こ と が 結 果 的 に 心 理 療 法 の 効 果 を十 分 に 実 感 す る こ と に つ な が る は ず で あ る。 そ こで 学 校 現 場 で は 全 て の 生 徒 が 同 じ役 割 を担 う形 の 音 楽 劇 で は な く、 役 者 と裏 方 の 役 割 分 担 を し. 5.

(9) た 形 で 音 楽 劇 の 準 備 に あ た れ ば 、 効 率 よ く授 業 展 開 で き る の で は な い か と筆 者 は 考 え た。 ま た 授 業 の 最 終 目標 と して 、 発 表 す る とい う前 提 で 進 め る 。 発 表 の機 会 を 作 る こ とで 、今 度 は 自分 た ち が 作 り上 げ た もの を観 客 に 見 せ る こ と に よ っ て 、達 成 感 を 得 る こ とが 出 来 る。 そ して よ り良 く 表 現 し よ う とす る こ とで 、 歌 唱 技 術 や 表 現 力 が 向 上 す る こ と が 出 来 る。 こ の 方 法 は本 来 の. 「 心 理 劇 」 の 手 法 で も あ り、 現 代 の 社 会 現 象 に 対 応 した 授 業 作 りだ と考 え. ら れ る。 だ が 最 近 の 傾 向 と して 学 級 崩 壊 が 進 む ほ ど、 生 徒 の 授 業 に 対 す る 関 心 や 意 欲 が 低 下 して い る。 い か に して この 授 業 に積 極 的 に参 加 させ 、 効 果 を得 る か が 鍵 とな っ て く る 。 そ こで そ の ヒ ン ト と して 、 生 徒 の 訓 育 に も、 総 合 的 な教 育 を成 功 させ て い る宝 塚 音 楽 学 校 を参 考 と し 、 検 証 して み る。. 6.

(10) 第 二章. 第一節. 1990年. ソー シ ャ ル ・ス キル ・ トレー ニ ン グ と現 代 の 子 ど も た ち. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ と 現 代 の 子 ど も た ち. 代 前 半 ま で の子 ど もた ち は 、パ ソ コ ンや ゲ ー ム な どが ど こ の 家 庭 で も見 られ る現. 代 と は違 い 、 集 団 の 遊 び を 通 して 他 者 との 付 き 合 い を 学 ぶ 機 会 が 十 分 に あ っ た 。 先 輩 や 後 輩 との 上 下 関 係 か らは 、 しぶ しぶ で も先 輩 の 言 うこ と を受 け 入 れ た り、 後 輩 は弱 い 立 場 で あ る か ら面 倒 を み る とい っ た もの を 自然 と身 に 付 け て き た 。 そ れ は 意 識 的 に 学 ぼ う と した も の で は な く 、知 らず 知 らず の うち に 学 ん で い た こ と で あ る 。こ の よ うな 社 会 性 の 学 習 は 、 多 く は 子 ど も の こ ろ の 集 団 で の 遊 び を 中 で お こ な わ れ て き た 。 学 校 か ら帰 る と、 近 所 の子 ど も た ち が集 ま り、 集 団 の 遊 び を 体 験 し、 そ の 中 で 対 人 関 係 作 りを 学 ん で き た 。 と こ ろ が 近 年 で は 子 ど もた ち が 徒 党 を 組 ん で 遊 び に 興 じて い る 姿 は め っ た に 見 られ な く な っ た 。 少 子 化 や 核 家 族 化 の 影 響 で 、放 課 後 に 近 所 の 子 ど も と遊 ぶ 機 会 を 失 っ て い る と考 え られ 、 さ らに そ こへIT革. 命 や ポ ー タ ブ ル オ ー デ ィ オ や ゲ ー ム な ど の 発 達 に よ り個 人 化 が. 進 み よ り一 層 一 人 で 遊 ぶ こ とが 多 くな っ て き た 。 親 の視 点 か ら見 て み る と、 子 ど も は一 人 で 遊 ん で い る の で 、 そ の 間 自 由 に 仕 事 や 家 事 を 済 ま せ る こ と が 出 来 て 都 合 が 良 い の が 現 実 で あ る。 そ の た め 家 に 帰 っ て も親 子 で の 会 話 も 少 な く、 コ ミ ュ ニ ケー シ ョ ン が あ ま り取 れ て い な い こ と に気 が つ か な い こ とが ほ とん どで あ る 。 こ の よ うな 生 活 を送 っ て き た 子 ど も た ち は 、 人 付 き合 い が 苦 手 で 、 他 者 とぶ つ か っ た と き に どの よ う に対 処 した ら よ い の か 、 方 法 を 見 つ け る こ とが 出 来 ず 、 ど の よ うに動 い て よ い の か わ か ら な くな っ て しま う。 そ の 結 果 他 者 の 気 持 ち を 推 測 し捉 え る こ と も、 自分 の 気 持 ち を表 現 す る こ と も苦 手 に な っ て し ま い 、集 団 で い る こ と 自体 が ス トレス に な っ て し ま う。 人 間 関係 を 良 好 に保 つ に は コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンが 大 切 で あ る と言 うこ とは 言 うま で も な い 。 相 手 を 思 い や る気 持 ち 、 素 直 な気 持 ち 、本 音 の 気 持 ち を相 互 に伝 え よ う とす る こ と に よ っ て 、 お 互 い に 関係 を 良 好 に 保 っ こ とが で き る と考 え られ る 。 だ が そ の よ うな 気 持 ち を 持 っ て い た と し て も、 そ の 気 持 ち を 十 分 に 伝 え る こ と が 出 来 る わ け で は な い 。 特 に 学 級 集 団 の 中 で は 、 自分 の本 音 の 気 持 ち を 素 直 に 出 し合 うの は な か な か 難 しい こ と で あ る。 学 級 の 中 で は カ ウ ン セ リン グ 的 な本 音 の 部 分 を ぶ つ け る こ とで は な く、 立 ち 居 振 舞 い や も の の 言 い 方 に 焦 点 を あ て た 授 業 が よ り現 実 に即 して い る と考 え られ る 。 ど の よ うに 振 舞 うこ と. 7.

(11) が 、 他 者 と の 関 係 を良 く させ る か とい う行 動 面 を考 え る授 業 の 展 開 が 学 校 教 育 で は 求 め ら れ る。 第二節. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル は ど の よ う に し て 身 に つ く の か. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル は 学 習 に よ っ て 獲 得 され る。 子 ど も は 成 長 す る過 程 で 、 ま た 日常 の 生 活 の 中 で 、 様 々 な 人 間 関係 を体 験 す る。 そ の 体 験 を 通 して ソー シ ャ ル ・ス キ ル を 学 習 す る。 そ の メ カ ニ ズ ム は 次 の よ うな4つ の 学 習 原 理 に 分 け る こ とが 出 来 る。. 1)言. 語 的教 示. 言 語 的 教 示 とは 、 ソ ー シ ャル ・ス キル に 関 す る こ とを 言 葉 で 言 わ れ て 学 習 す る こ とで あ る。 周 りに い る 家 族 、 友 人 、 知 人 、 級 友 や 同 僚 、 先 輩 が ソー シ ャ ル ・ス キル に 関 す る こ と を 言 う。 第 一 に 、 対 人 面 で の 具 体 的 な 振 る舞 い に 関 す る こ と 、 第 二 に 対 人 関 係 の 中 で機 能 して い るル ー ル に つ い て の 言 及 、 第 三 に 、 行 動 改 善 に役 立 つ 質 問 をす る。. 2)オ. ペ ラ ン ト条 件 づ け. 私 た ち は 偶 然 と っ た行 動 や 、 言 語 的 教 示 に 従 っ て 実 行 し た 行 動 が 、 肯 定 的 な 結 果(他 者 の 肯 定 的 な 反 応)を もた らす と、肯 定 的 結 果 を え よ う と して 、そ の 行 動 を繰 り返 す よ うに な る。 反 対 に 、 自分 が と っ た 行 動 に 対 す る 他 者 の 反 応 が 否 定 的 な も の で あ る と、 そ の 行 動 を と ら な く な る 。 例 え ば 、 新 しい ヘ ア ス タ イ ル で 外 出 し、 友 人 が 「 似 合 うね 」 な ど と ほ め られ る と、 そ れ は 報 酬 と な り、 報 酬 を受 け た 行 動 は 強 化 され 、 ま た そ の髪 型 に して み た い とい う 思 い を強 くす る。 反 対 に 「 そ の髪 型 へ ん じゃ な い?」. と嫌 な こ と を言 わ れ る と、 そ れ は罰. とな っ て も う二 度 とそ の 髪 型 に した くな い と思 っ た り、 そ の 美 容 院 へ い か な く な る こ とが あ る。 こ の よ う に 私 た ち の行 動 は 、 行 動 した 後 に 報 酬 が 与 え られ る と、 そ の 後 の行 動 の 頻 度 が 増 し 、 逆 に罰 を受 け る と、 そ の 後 の行 動 の頻 度 は 減 っ て い く。 私 た ち は こ の よ うに し て 自分 の と っ た 行 動 の結 果 か ら社 会 的 ス キ ル を 学 ぶ が 、 こ の よ うな タ イ プ の 学 習 を 「 オペ ラ ン ト条 件 づ け 」 とい う 〔 新 里健:2008:16〕 学 習 の研 究 を も とにB.Eス. 3)モ. 。 これ はE.L.ソ. ー ン ダイ ク に よ る試 行 錯 誤. キ ナ ー に よっ て 定 式 化 され た。。. デ リング学 習. 人 は 他 者 を モ デ ル に して 見 よ う見 真 似 で 学 習 す る 。 他 者 をモ デ ル と し、 ど の よ うに 振 舞. 8.

(12) うか を 学 び 、 自 分 が 同 じ状 況 に な っ た と き に 、 モ デ ル の とっ た 振 舞 い 方 を 思 い 出 し、 と る べ き 行 動 を 試 して み る。 例 え ば 、 あ る 生 徒 が授 業 中 に お しゃ べ り を して 先 生 か ら怒 られ る と、 周 りの 子 ど も た ち は 、 「 授 業 中 お しゃ べ りを し た らお こ られ る 」 こ とを 学 び 、 授 業 中 に お し ゃ べ りを す る こ とが 少 な くな る。 自分 が 体 験 した わ け で は な く 、他 者 の 行 動 を 観 察 す る こ と に よ っ て 自分 の と るべ き 行 動 を 学 ん で い く。. 4)リ. ハ ー サル. リハ ー サ ル とは 、 記 憶 の 定 着 を 図 る た め に 、 短 期 記 憶 内 に 貯 蔵 され て い る 情 報 を 意 図 的 に 、 場 合 に よ っ て は 無 意 図 的 に 何 度 も繰 り返 して想 起 す る こ と を い う。 人 間 関 係 に 関 す る 知 識 を頭 の 中 で 何 回 も繰 り返 して 反 復 し た り、 あ る 対 人 関係 を 実 際 に何 回 も反 復 した りす る こ と に よ っ て 、 私 た ち は社 会 的 ス キ ル を習 得 す る。. 第 三節. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ の 技 法. 社 会 的 ス キ ル を 体 系 的 に 教 え る の が ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ で あ る 。 そ の ト レ ー ニ ン グ 方 法 に は 以 下 の5つ. 1)教. が ある。. 示. 教 示 で は 、 社 会 的 ス キ ル を 学 ぶ こ とが 対 人 関 係 を よ くす る の に どん な に 大 切 で あ る か を 話 し て 納 得 し て も ら うこ と が 大 切 で あ る。 ど うい う授 業 が 始 ま り、 そ れ が 何 に役 に 立 つ の か わ か れ ば 、 子 ど も た ち の 動 機 付 け は 高 ま らな い 。 導 入 の 際 に ソー シ ャ ル ・ス キ ル ・ トレ ー ニ ン グ の 意 義 に つ い て 述 べ て お く必 要 が あ る. 2)モ. 。. デ リン グ. モ デ リン グ と は 、 トレー ニ ン グ し よ う とす る ス キ ル をモ デ ル(手 本)に よ っ て 示 し、 そ れ を 観 察 させ 模 倣 させ る こ とで あ る。 モ デ リン グ に は 、 新 しい 反 応 を 獲 得 させ た り、 す で に獲. 9.

(13) 得 して い る反 応(例 え ば攻 撃 反 応)を 抑 制 させ た り、 あ るい は 、 抑 制 して い る 反 応(例 え ば 、 うま く出 来 な い 主 張 反 応)を 解 除 させ た りす る効 果 が あ る。 実 際 の 授 業 で は 、 い き な り ロー ル プ レ イ を させ て も対 応 で き な い こ とが 多 い 。 導 入 部 分 教 師 が モ デ ル に な る こ と も授 業 を ス ム ー ズ に進 め る 上 で 効 果 的 で あ る と考 え られ る 。 日常 で は 見 られ な い 教 師 の ロ ー ル プ レイ を 見 る こ と は 、 子 ど も た ち に と っ て 学 級 全 体 の 雰 囲 気 を盛 り上 げ る 上 で も役 立 っ 。. 3)リ. ハ ーサ ル. リハ ー サ ル とは 、 教 示 や モ デ リ ン グ で 示 した 適 切 な 反 応 を 生 徒 に何 度 も繰 り返 し練 習 さ せ る こ と で あ る。 反 復 させ て 記 憶 の 定 着 化 を 図 り、 反 応 の 実 行 率 を 高 め る こ と を 目的 と し て い る。 リハ ー サ ル に は 、 言 語 リハ ー サ ル と行 動 リハ ー サ ル が あ る。 前 者 は 、 対 人 関係 に 関 す る知 識 を 口頭 で 反 応 させ て 「 記 憶 の 定 着 を促 す 」 こ とで 、 後 者 は 、 実 際 の 行 動 レベ ル で 何 回 も 繰 り返 して 反 復 させ 「 身 体 に 覚 え させ る」 こ とで あ る。 ロ ー ル プ レイ を行 う場 合 は 、 子 ど も の 実 態 か らか け 離 れ た ケ ー ス だ と現 実 味 が な い た め 、 適 度 に リア ル な ケ ー ス が 自分 の 問 題 と して 捉 え る こ とが で き る。 日 ご ろ の子 ど も た ち の 葛 藤 場 面 を ど の よ うに ロ ー ル プ レイ に 乗 せ る か が鍵 と な る。 ケ ー ス に よ っ て は 学 級 が 盛 り上 が り雰 囲 気 も よ くな る こ とが あ る。. 4)フ. ィー ドバ ッ ク. 自分 の とっ た 行 動 に対 して 結 果 を 知 る こ と は 大 変 重 要 な こ と で あ る 。 子 ど も の 反 応 が 適 切 で あ る 場 合 に は 褒 め 、 不 適 切 な 場 合 は修 正 す る。 対 象 が 子 ど も の 場 合 に は フ ィー ドバ ッ ク と し て 言 語 強 化 だ け で な く 、 お 菓 子 や シ ー ル な ど と い っ た 物 理 的 な 報 酬 を 与 え た りす る 方 法 も と られ る 。 自分 自身 の と っ た行 動 に 対 し強 化 が 与 え られ る の で あ れ ば 、 こ の 肯 定 的 な 結 果 を 再 度 得 よ う と して 、 そ の 行 動 を積 極 的 に 身 に 付 け よ う とす る。 そ こ で 、 生 徒 の 反 応 の 中 か ら肯 定 的 な側 面 を 見 出 し、 そ れ を 強 調 し た フ ィ ー ドバ ッ ク を行 う。 生 徒 が 不 適 切 な 行 動 を 行 っ た 場 合 や 、 ス キ ル が 不 足 して い る 場 合 に は、 「こ うす れ ば も っ と よ く な る」 や. 「うま くす るた. め に こ うす れ ば い い よ」 とい う肯 定 的 な言 い 方 をす る。 あ る教 育 委 員 会 の 行 っ て い るADHDの で は 、 肯 定 的 な反 応 に 対 して50分. 児 童 に対 す る ソ ー シ ャ ル ・ス キル ・ トレー ニ ン グ. の授 業 の 中 で サ ブ テ ィー チ ャ ー が 「 ∼ さん は 、 じっ と座. 10.

(14) っ て い る こ とが 出 来 ま した か ら、 シ ー ル を あ げ た い と思 い ま す 」 や. 「 ∼ さん は 『こ う した. ら も っ と い い で す よ』 とい っ た ら、 き ち ん と出 来 る よ うに な りま した か ら、 シ ー ル を あ げ た い と思 い ま す 」 の 提 案 に対 して 、 メイ ン テ ィ ー チ ャ ー が5つ く。と て も 効 果 的 な 方 法 で あ る 〔 新 里 健:2008:19〕. も6つ. もシール を与 えてい. 。子 ど も た ち の よ さ を よ り多 く発 見 し、. 出 来 る だ け 多 くの 肯 定 的 な フ ィー ドバ ッ ク が 出 来 る よ うに 試 して い く こ とが 望 まれ る。. 5)定 着 化 定 着 化 と は ト レー ニ ン グ した ス キ ル が 、 トレー ニ ン グ 場 面 以 外 で も実 施 され る よ うに 促 す こ とで あ る。 カ ウン セ リン グ は 通 常 、 カ ウ ンセ ラ ー と生 徒 の 一 対 一 の 関 係 で 行 わ れ る。 しか し、 カ ウ ン セ リン グ を通 して 学 ん だ こ とが 必 ず し も学 級 の 中 で 他 の 生 徒 か ら受 け入 れ られ る わ け で は な い 。 学 級 集 団 が そ の 生 徒 を 受 け 入 れ る準 備 が 出 来 て い な い か らで あ る。 個 別 に 学 ん だ も の が 、 す ぐに 集 団 の 中 で 効 果 を発 揮 す る か は わ か らな い の で あ る 。 定 着 化 を 考 え る とき 、 カ ウ ン セ リ ン グ の よ うな 個 別 面 談 で は な く、 学 級 全 体 の 中 で 行 う ス キル 学 習 が 現 実 的 だ と思 わ れ る。 沖 縄 県 立 芸 術 大 学 教 授 、 新 里 健 氏 は 「 単 独 で な く、 学 級 の 中 で ト レー ニ ン グ を 積 む こ とで 、 学 習 した ス キ ル が 日常 的 場 面 で 容 易 に 試 す こ とが 出 来 る の で は な い か と思 われ ま す 。」 【新 里 健:2008:20】. と述 べ て い る 。. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ トレー ニ ン グ は 、 大 学 教 員 と、 現 場 教 師 、 そ して 臨 床 心 理 士 が 一 体 とな っ て 作 り上 げ て い く こ とが 大 切 で あ る。 ソ ー シ ャル ・ス キ ル ・ トレー ニ ン グ の 対 象 は 健 全 な 学 級 全 体 の 子 ど もた ち と考 え て い る。 問 題 が 出始 め た り、 す で に 問 題 が 出 て しま っ て か らで は そ の 対 応 に多 く の 人 た ち の 関 わ りが 必 要 とな っ て く る。 健 康 な 間 に 色 々 な社 会 的 ス キ ル を 学 級 の 中 で 教 え る こ と に よ っ て 予 防 的 な 働 き をす る と考 え られ て い る 。 ま た こ の よ う な ソー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レー ニ ン グ は 主 に 小 学 校 課 程 で 行 わ れ て い る こ と が 多 い が 、 高 校 な ど の 中等 教 育 で も取 り入 れ て い か な けれ ば な らな い の で は な い か と考 え て い る 。 ソ ー シ ャル ・ス キル ・ トレー ニ ン グ を 取 り入 れ た 授 業 は 現 代 で も少 な く 、前 述 した よ うな 状 況 で 、 社 会 的 ス キ ル を身 に っ け づ に い る子 ど も た ち が 多 い 。 例 え 高 校 生 で あ っ て も、 こ の よ うな 手 法 を 取 り入 れ た 高 校 生 に 合 わせ た 授 業 作 りの 展 開 が 望 ま れ る。. 11.

(15) 第 四節. ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ の 実 際. こ こ で は 、 実 際 ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ 授 業 で ど の よ う に 実 践 さ れ て い る の か を 考 察 し て い く。. 1)マ. ナ ー教 育. 朝 登 校 す る と、 校 門 で は あ ち ら こ ち ら か ら 「 お は よ うご ざ い ま す 」 と言 う声 が 聞 こ え て く る。 こ ち ら も 「 お は よ う ご ざ い ます 」 と応 え る と、 お 互 い に さわ や か な気 持 ち で 一 日を 始 め る こ と が 出 来 る。 しか し 「お は よ う ご ざい ま す 」 と言 う言 葉 にす べ て の 生 徒 が 快 く答 え て くれ る わ け で は な い こ と も確 か で あ る。 ブ ス ッ と した 顔 で 通 りす ぐ て い く と、 こち ら は い や な 気 分 に な っ て し ま う。 こ の よ う に 、 相 手 が 挨 拶 を した ら、 こ ち ら も挨 拶 を して 応 え る と、 両 者 と も気 分 よ くな っ て 一 日を 始 め る こ と が 出 来 る が 、 一 方 が 挨 拶 を しな い と、 関係 が 悪 化 し て しま う こ とが あ る。学 級 で は挨 拶 を 励 行 させ 、そ れ と同 時 に 、 「 お 礼 」や 「 謝 罪 」 な ど の 基 本 的 な マ ナ ー を教 え る こ と を 始 め て い く。 学 級 の マ ナ ー を 教 え た 上 で 、 さ ら に 学 級 作 り を深 め て い く こ とが 大 切 で あ る 。 1.ね. らい. 学 級 に お け るマ ナ ー を教 え る。. 2.準. 備 す る もの. ロー ル プ レイ の 題 材. 3.方. 法. 「 挨 拶」 や. 「 お 礼 」、 「 謝 罪 」 の 場 面 を設 定 し、 ロ ー ル プ レイ を行 う。 「 で は今 日は 挨 拶 の. 仕 方 、お 礼 の 言 い 方 、謝 罪 の 仕 方 な どを 練 習 しま し ょ う」 と述 べ 、ロー ル プ レイ に入 る。 「 は い 。 麻 衣 子 さ ん が 朝 学 校 に 登 校 して来 ま した 。 『お は よ う』 とい い ます 。 雄 二 君 が 『お は よ う』 と応 え ま す 。」 と い い 、 「 挨 拶 」 を 交 わ す 場 面 を設 定 し、 「 挨 拶 」 の 仕 方 を教 え る。 そ の 後 挨 拶 を せ ず 、「 ぷ い 」と し らん ふ りを して 通 り過 ぎ る 場 面 を作 る。ロー ル プ レイ を 通 して 、 「 挨 拶 」 を せ ず 相 手 を 無 視 す る と、 人 間 関係 が 不 都 合 な こ と を教 え る。 次 に 、 何 か や っ て も ら っ た と き に 、 「あ りが と う」 とい う習 慣 を 身 に 付 け させ る 。 例 え ば 自分 の 机 か ら 消 し ゴ ム が 落 ち た と き に 、 隣 に 座 っ て い る子 が 拾 っ て あ げ た と き 、 何 か 重 い. 12.

(16) 荷 物 を運 ぶ の を 手 伝 っ て くれ た とき 、な ん と返 事 し た らい い の か 、練 習 を 通 して 学 ば せ る。 次 に謝 罪 の 言 葉 を教 え る 。 廊 下 で 学 級 の 仲 間 とぶ つ か り、 肩 が 触 れ た こ とで 、 「ご め ん な さ い 」 と謝 る場 面 と、 無 視 して 通 り過 ぎ る場 面 を作 り、 謝 罪 の仕 方 を 体 験 させ 、 謝 罪 す る こ と で お 互 い の 気 分 が よ く な る こ とを 確 認 させ る。. 〈指導案 〉 対 人 関 係 を 良 好 に す る た め の ス キ ル の こ と を社 会 的 ス キ ル と呼 ぶ 。 子 ど も た ち は 、 ギ ャ ン グ エ イ ジ の 時 期 に 異 年 齢 、 あ る い は、 同 年 齢 の 仲 間 との 接 触 に よ っ て 、 どの よ う にす れ ば 人 間 関 係 が よ くな る か を 学 ぶ 。 しか し な が ら、 少 子 化 や 核 家 族 化 な ど か ら隣 近 所 の仲 間 との 接 触 が 少 な くな っ て き た 現 代 の 子 供 た ち の 中 に は 、 適 切 な社 会 ス キ ル を 獲 得 で き な く な っ た 子 ど も も見 られ る。 各 発 達 段 階 で適 切 な 社 会 的 ス キ ル を 獲 得 で き て い な い 子 ど もは 、 そ の発 達 段 階 で 適 応 が 悪 い ば か りで な く 、 将 来 重 大 な 適 応 上 の 問 題 を 引 き 起 こす と言 わ れ て い る。 〔Coieeta1.:1987:7∼10〕 本 授 業 で は 、 社 会 的 ス キ ル 訓 練 を行 うに あ た り、 学 級 の マ ナ ー を 教 え た い 。 社 会 的 ス キ ル の 獲 得 を 体 系 的 に行 わせ 、 自然 な 獲 得 過 程 を 促 す トレー ニ ン グ を 受 け させ る こ と で 、 子 ど もた ち は 適 応 上 の 問 題 に 出 く わ す 可 能 性 を減 らす こ とが 出 来 る と考 え られ る。 ト レー ニ ン グ は 、 子 ど も た ち に 複 雑 な 人 間 関 係 が も た らす 障 害 へ の 予 防 効 果 もっ と考 え る か らで あ る 。 具 体 的 に は 、 まず 相 手 の 話 を聴 く こ と の 重 要 性 を 学 級 で 認 識 させ た い 。 人 と出 会 っ た とき は 「 挨 拶 」 し、 何 か や っ て も らっ た と き は 「 感 謝 」 し、 何 か 相 手 に 迷 惑 を か け た と き は 「 謝 罪 」 す る とい っ た こ と に始 ま り、 「 相 手 の話 を 中 断 しな い 」 「 相 手 の 話 して い る話 題 を変 えな い」 「 相 手 の感 情 を 否 定 した り、 否 認 した り しな い 」 な ど の学 級 で の振 る 舞 い 方 を 教 え 、 守 らせ た い 。1年. を通 じて 社 会 的 ス キ ル 訓 練 の 土 台 作 りに は ま ず 基 本 的 な マ ナ ー の. 確 認 が 必 要 で あ る。. 指 導 計 画:. シ リー ズ で 行 う場 合 は 、表 に して 書 く。. 本 時:. ①題 材. マ ナー を教 え る. ② 学級 の実態. 脚 本 は5行. ③ ね らい. 挨 拶 な ど の 基 本 的 な マ ナ ー を 教 え る こ とで 、 社 会 的 訓. か ら10行. く らい にす る ほ うが わ か りや す い. 練 に入 る うえ で の構 え を作 る。 準 備:. ① ロー ル プ レイ の 題 材 を 準 備 して お く. 13.

(17) ② 学 級 で の マ ナ ー を掲 示 で き る よ うな用 紙 を準 備 す る. 14.

(18) 評 価:ふ. りか え り シー トで 評 価 す る. 15.

(19) 振 り返 りシ ー ト(例). 年. 1.こ (は. 組. 番. 氏名. の 授 業 は 楽 し か っ た で す か? い ・. いいえ ・. わ か ら な い). 2.挨. 拶 や 謝 罪 な どの マ ナ ー は な ぜ 大 切 だ と思 い ます か?. 3.マ. ナ ー を 守 る の と守 らな い の で は ど う違 い ま す か?. 4.こ. の 授 業 を 通 して ど うい う こ と に気 が つ き ま した か?. 16.

(20) こ の よ う に 、 必 ず 振 り返 りを させ 、 学 ん だ こ とを 認 識 させ る。 こ の よ うな社 会 的 ス キ ル を 身 に 付 け る た め の 授 業 も行 わ れ て い る。 こ の 授 業 は ロ ー ル プ レイ の 部 分 を 音 楽 劇 と し て 行 う とす れ ば 、 簡 単 に ソ ー シ ャ ル ・ス キ ル ・ ト レー ニ ン グ を 兼 ね た 音 楽 劇 を つ く る こ とが 可 能 で あ る 。 以 上 の よ うに ソー シ ャ ル ・ス キ ル ・ト レー ニ ン グ を活 用 した 音 楽 劇 の 学 校 教 育 に お け る 有 効 性 に つ い て 、 実 際 の 指 導 案 を提 示 し な が ら考 察 し て き た 。 こ の よ う な 学 校 現 場 に お い て 重 要 と 思 わ れ る音 楽 劇 の 導 入 に 関 し て 、 す で に わ が 国 で 長 い 歴 史 を 誇 る 実 践 例 が 存 在 して い る 。 そ れ が 宝 塚 音 楽 学 校 で あ る 。 こ の 小 林 一 三 に よ っ て設 立 され た 特 殊 な学 校 組 織 は 、 ま さ に わ が 国 に お け る ソー シ ャル ・ス キ ル ・ トレ ー ニ ン グ の 最 も早 い 導 入 とそ の発 展 を担 っ て き て い る と思 わ れ る 。 そ こ で 、 次 に この 宝 塚 音 楽 学 校 につ い て詳 細 に 述 べ て み る 。. 17.

(21) 第三章 第一節. 1)第. 宝塚音楽学校 を事例 として 明治期 の音楽事情. 四師団軍軍楽隊駐留. 1888年. 、 大 阪 の 陸 軍 第 四 師 団 に 軍 楽 隊 が配 属 され た こ と に よ り、 関西 の音 楽 事 情 、 特 に. 洋 楽 に つ い て の 事 情 は 大 き く変 化 す る こ と とな っ た 。 そ れ ま で の 関 西 に み られ る洋 楽 の 要 素 は 、 キ リ ス ト教 布 教 の た め の プ ロテ ス タ ン トの 賛 美 歌 、 リー ド ・オ ル ガ ン、 そ して1872 年 に文 部 省 が 発 布 した 学 制 の カ リキ ュ ラ ム に掲 げ られ て は い る も の の 、 未 だ 実 施 され て い な い 学 校 で の 唱 歌 教 育 、こ の2つ の領 域 が 全 て で あ る。強 い て い え ば 天 皇 行 幸 な ど の折 に、 随 行 す る 音 楽 隊 の 演 奏 を 耳 にす る よ うな こ とが 、 例 外 的 な 洋 楽 体 験 だ っ た よ うで あ る。 軍 楽 隊 の 任 務 は 、 軍 の 士 気 を鼓 舞 し慰 安 を 与 え る こ と、 そ して 儀 式 用 音 楽 の 提 供 で あ る が 、 加 え て 官 ・民 い ず れ か らの 出 張 演 奏 依 頼 に も応 じ る こ と制 度 化 して い た 。 軍 楽 隊 は 、 再 生 音 楽 の な い 時 代 に あ っ て 、 唯 一 の 洋 楽 供 給 団 体 で あ っ た。 ま た 音 楽 的 な 存 在 意 義 だ け で な か った。 揃 い の洋 服 を着 込み 勇壮 な音 楽 を奏 で る様 子 は、 当時 の西 洋崇 拝 的 、軍 国 主義的 な 感 覚 を 非 常 に 満 足 させ る もの で あ っ た 。 そ の 結 果 、 出 張 依 頼 は 増 加 の 一 方 で 、 関 西 一 円 の 需 要 に 第 四 師 団 軍 だ け で は 対 応 しきれ な い 状 況 が 起 こ り、 軍 楽 隊 の模 倣 集 団 「 民 間音楽 隊 」 が 出 現 す る。 民 間 音 楽 隊 の最 盛 期 は1894年 問 で あ る。 ま た 、1888年. の 日清 戦 争 か ら、1904年. の 日露 戦 争 の期. に は一澤喜 兵衛 が 「 京 都 音 楽 会 」 を筆 頭 に 、 「 遊 楽 会 、 「関 西 鼓 勇. 会 」な ど が 次 々 に 発 足 し、1892年 か らは 続 々 と結 成 が 続 き 、名 称 が 確 認 され た だ けで も107 団 体 に の ぼ っ た。. 2)民. 間音 楽 隊の衰 退. 民 間 音 楽 隊 の 活 動 は 、1905年. 頃 か ら衰 退 の 方 向へ 向 か っ て い く こ と とな る。 民 間 音 楽 隊. は 需 要 が 非 常 に 高 か っ た た め 、供 給 も増 え 安 直 な 方 向 へ 向 か っ て い っ た 。 格 式 高 い も の か らお 手 軽 に 楽 し め る余 興 の よ うな もの へ 品 格 を 下 げ て しま っ た の で あ る。 自覚 の あ る音 楽 隊 は 上 質 な 音 楽 を提 供 して い る こ と を ア ピ ー ル した が 、 一 部 の 音 楽 隊 が ア ピー ル した と こ ろ で社 会 の 評 価 は低 くな ら ざ る を得 な か っ た。. 18.

(22) ま た こ の 頃 か ら洋 楽 全 体 の動 き も音 楽 隊 の存 続 に 大 き く影 響 を与 え た よ うで あ る。 明 治 30年 代 に な っ て か ら国 産 の ヴ ァイ オ リ ンが 手 軽 に 入 手 で き る こ とに な っ た こ とか ら、吹 奏 楽 か ら管 弦 楽 へ 変 化 しつ つ あ っ た 。 ヴァ イ オ リン の 音 色 は 西 洋 ら し く、 吹 奏 楽 を 聞 き飽 き た 聴 衆 を満 足 させ た。 演 奏 形 態 は和 洋 折 衷 の形 を と り、 箏 曲 な ど の 邦 楽 曲 を ヴ ァ イ オ リン で 演 奏 して い た 。 洋 楽 の 最 高 水 準 を 守 っ て き た 第 四 師 団 軍 も 、1911年. か ら導 入 し、 体 質 改. 善 を 迫 られ た 。 更 に こ の 頃 蓄 音 機 が 登 場 し、 宴 会 な ど の 場 で は 音 量 の 大 き い 音 楽 隊 の 演 奏 よ り蓄 音 機 で の 再 生 音 楽 が 好 ま しか っ た 。 次 第 に 新 鮮 味 の な い 音 楽 隊 の 存 在 に 変 わ っ て 、 当 時 の ハ イ テ ク 機 器 の 蓄 音 機 が 注 目 を集 め た 。 以 上 の よ うな 要 因 で 隆盛 を 極 め た 民 間 音 楽 隊 は徐 々 に 衰 退 の 方 向 へ 進 ん で い っ た の で あ る。 明 治40年. 代 に は 日露 戦 争 が 終 了 し、 社 会 を覆 っ て い た. 軍 事 色 も 薄 ら ぎ 、 模 擬 軍 楽 隊 と して の役 割 もな くな りそ れ を 意 識 し な い 音 楽 隊 へ と転 換 し 始 め た の が こ の 頃 で あ る 。 企 業 に よ る音 楽 隊や 少 年 音 楽 隊 な どが 登 場 し始 め 、 こ の 民 間 音 楽 隊 の最 終段 階 は 「 百貨店 の少年 音楽 隊」 への 導入期 であ る ともい える。. 3)少. 年音楽隊 と少女歌劇. 大正 時 代 は. 「 大 正 デ モ ク ラ シー 」 とい う言 葉 に 象 徴 され る よ うに 、 帝 国 主 義 的 な 考 え 方. と は反 対 に 、 民 主 主 義 の 考 え 方 が 台 頭 し女 性 や 子 ど も に 目が 向 け られ る よ うに な っ た。 当 時 は 百 貨 店 が 新 しい 商 業 施 設 で あ り、 子 ど も を タ ー ゲ ッ トと して い た。 そ うい っ た 時 代 背 景 の 下 で 百 貨 店 の 少 年 音 楽 隊 が 誕 生 した 。 ハ イ ソ ッ ク ス に タ ー タ ンチ ェ ッ ク の ス コ ッ トラ ン ドの 民 族 衣 装 を 着 た 少 年 た ち は 、 そ の 愛 く る しい 姿 か ら人 気 を博 し、 そ れ を 少 女 に置 き 換 え た の が 小 林 一 三 で あ り、 少 女 歌 劇 の誕 生 とい え る。. 19.

(23) 節 二 第 点. 宝 塚 音 楽 学 校 の教 育 方 針 と ソー シ ャル ・ス キル ・ トレー ニ ン グ の共 通. 第 一 章 で 述 べ た 問 題 を解 決 す る参 考 例 と して 、 宝 塚 音 楽 学 校 の 教 育 方 針 を検 証 して み る。 宝 塚 音 楽 学 校 で は 、 宝 塚 歌 劇 団 の 入 団 を 目的 と した 教 育 が 行 わ れ て い る が 、 単 に 舞 台 の た め の 実 力 養 成 だ け で は な く総 合 的 な 教 育 が 行 わ れ て い る。 こ の 宝 塚 音 楽 学 校 で の 教 育 方 針 は 、 第 二 章 で 述 べ た ソー シ ャ ル ・ス キル ・ トレー ニ ン グ の 技 法 と 大 変 類 似 して い る 点 が 多 い 。95年. 以 上 続 く学 校 組 織 と して 歴 史 も深 く、 生 徒 の 訓 育 に 関 して は 学 校 教 育 に応 用 で き. る 点 や 、 参 考 に 出 来 る 例 と して 十 分 に 検 討 す る意 義 が あ る と考 え られ る。 現 在 で は 阪 急 グ ル ー プ の`企 業 内 学 校'と. して 、 ま た 宝 塚 歌 劇 団 とい う ミ ュ ー ジ カ ル 劇. 団 の 養 成 学 校 と し て 印 象 の 強 い 宝 塚 だ が 、 そ の 学 校 経 営 や 運 営 を 見 て み る と、 単 に 芸 事 だ け を 習 得 す る こ と だ け が 目的 で は な い こ とが 創 立 者 の 小 林 一 三 の 指 導 方 針 や 設 立 目的 か ら も よ くわ か る。 劇 団 の 機 関 紙 が8月. に創 刊 され て い る が 、 そ の 中 で 、 宝 塚 音 楽 学 校 の設 立. に つ い て 次 の よ うな記 載 が あ る。. 今 日の 学 校 教 育 で は 、 唱 歌 に伴 う西 洋 音 楽 の 音 律 に よ っ て そ の 聴 覚 が 養 育 され て き た に も か か わ らず 、 学 校 を 離 れ る と、 多 く の 青 年 子 女 は 西 洋 音 楽 を 味 わ い 楽 しむ 機 会 を奪 わ れ て い る 。 そ こ で そ の欠 陥 に応 ず る 手 段 と して 、 「 理 屈 を離 れ て維 持 しや す き も の 、存 在 し得 る も の と い う経 済 上 の 方 針 」 も あ っ て 、 わ が 歌 劇 団 は 生 まれ て き た 。 幸 い 関 西 で は 青 年 子 女 の 好 評 を得 て 新 名 物 と な っ て は い るが 、 も と よ り新 興 芸 術 と し て は 「 理 想 の一 部 分 す ら も表 現 し得 な い 」 未 完 成 で は あ る が 、 ま ず 山 に登 る 第 一 歩 の 足 取 り と 自省 し て い る』 〔 小 林 一 三:1918:7〕 と述 べ て い る 。 小 林 一 三 に と っ て の 宝 塚 歌 劇 団 は 単 な る利 益 目的 の ミュ ー ジ カ ル 企 業 集 団 で は な く、 「 歌 劇 」 を 人 々 の 暮 ら しの 質 的 向 上 に つ な が る よ うに 振 興 芸 術 の 域 ま で 高 め よ う と して い た こ とが わ か る。 ま た 彼 は 、 そ の こ と が 当 た り前 と な る 時 代 が 来 る こ と を 予 測 して い た の で あ る。. 20.

(24) 第 三節. 宝塚音 楽学校 の設 立. 1913年7月. 、小 林 一 三 に よ る新 しい 芸 術 理 念 の 遂 行 は 、 「 宝 塚 歌 唱 隊 」の 発 足 か ら始 ま っ. た。 そ の 指 導 に は 、 東 京 音 楽 学 校(現 ・東 京 芸 術 大 学 音 楽 学 部)出 身 の 安 藤 弘 ・智 恵 子 夫 妻 、 同 窓 の 高 木 和 夫 を 音 楽 教 師 と し、 そ の 後 振 付 教 師 に 高 尾 楓 蔭 、 久 松 一 聲 を 招 待 し、 第 一 期 生16名 年4月. 、第 二 期 生4名. を採 用 し、そ の 名 称 も 「 宝 塚 少 女 歌 劇 養 成 会 」 と改 称 した。 翌1914. に 宝 塚 新 温 泉 で 開 催 した 集 客 の た め の 「 婚 礼 博 覧 会 」 の 余 興 と して 「ドン ブ ラ コ 」. が 公 演 され た 。 下 の 写 真 は 「ドン ブ ラ コ 」 上 演 の 写 真 で あ る 。. 〔上 田 善 次:1972:34〕. 1918年. の1月. よ り. には 「 宝 塚 少 女 歌劇 養 成 会 」 が 、 声 楽 、 器 楽 、 舞 踊 の 三 部 授 業 を 開 始 し、暮. れ に はそれ ぞ れ が 「 宝 塚 音 楽 歌 劇 学 校 」 と して 文 部 省 か ら正 式 に設 立認 可 を受 け た 。 こ の 時 点 で 、宝 塚 音 楽 歌 劇 学 校 の 生 徒 と卒 業 生(研 究 科 生 徒)に よ り 「 宝 塚少 女歌劇 団」が 組織 さ れ 、 音 楽 ・歌 劇 ・演 劇 ・舞 踊 劇 を 発 表 す る機 関 と な っ た 。 現 在 で も宝 塚 歌 劇 団 で は 、 出 演 者 の こ とを 「 生 徒 」、 稽 古 場 の こ と を 「 教 室 」 と呼 び 、 入 団 して か ら の 生 徒 の こ と を研 究 科 ○ ○ 年 な ど とい う制 度 が あ る の は そ の 名 残 で あ る。 ち な み に 、 宝 塚 音 楽 学 校 は 、 宝 塚 歌 劇. 21.

(25) 団 と同 じ く、阪 急 グル ー プ の ひ とつ で あ る。学 校 法 人 と して 最 高 の議 決 決 定 権 は 理 事 会 で 、 理 事 長 ・阪 急 電 鉄 の 社 長 を は じめ理 事 会 の メ ンバ ー は 、阪 急 グ ル ー プ の 首脳 陣 で 占 め られ 、 運 営 され て い る。 さ て 、 宝 塚 歌 劇 場 の 舞 台 に 立 つ た め に は 、 宝 塚 音 楽 学 校 を 卒 業 しな け れ ば い け な い 。 っ ま り宝 塚 音 楽 学 校 は 宝 塚 の 舞 台 に 卒 業 生 を送 り込 む 一 種 の`企 業 内 学 校'と. い える。 それ. と 同 時 に 、 養 成 とそ の 成 果 を 常 に 連 動 させ る シ ス テ ム は 、 当 時 に お い て は 斬 新 で あ っ た と い え る だ ろ う。 そ うで あ る た め に 、 授 業 カ リキ ュ ラ ム や 講 師 陣 に は 、 か な り の 実 績 あ る 者 が 選 ば れ た と い え るだ ろ う。. 「現 在 の 宝 塚 歌 劇 場 」2008年12月27日. 22. 撮影.

(26) で は 次 に 、 戦 前 の 授 業 科 目 と講 師 陣 を 以 下 に示 して お く。. 校長. 小林 一 三. 主事. 吉岡重三郎. 理事. 窪 田義太郎. 教授. 舞 踊 ・脚 本. 久松一聲(明 治大学. 教授. 聲 楽 ・ピ ア ノ ・作 曲. 高木和夫(東 京音樂學校). 教授. ダ ン ス ・脚 本. 岸 田辰彌(青 山學院). 教授. 舞 踊 ・風 俗 史 ・脚 本. 小野晴通(早 稲 田大學). 教授. ピ ア ノ ・聲 楽 ・作 曲. 古谷幸一(東 京音樂學校). 教授. ダ ン ス ・脚 本. 白井鐵造(巴 里舞踊學校). 教授. 樂 理 ・ ピ ア ノ ・作 曲. 安藤弘(東 京音學學校). 教授. 聲樂. ザ ヌ ツ タ ・ル ビニ ー(伊. 教授. 聲 樂 ・ピ ア ノ ・作 曲. 竹内平吉(東 京音樂學校). 教授. 舞 踊 ・脚 本. 楳茂都陸平(楳 茂都流舞踊家元). 教授. 歴 史 ・舞 踊 ・脚 本. 竹原光三(國 學院大學). 教授. 英 語 ・國 語. 松本文子(女 子大學). 教授. ピ ア ノ ・シ ン フ ォ ニ ー. ヨセ ブ ・ラス カ(伯 林 音 樂 學 校). 教授. 舞踊. 藤間小勘(藤 間流). 教授. 舞 踊 ・脚 本. 水 田茂(藤 澗 流). 教授. ダ ンス. 出 口秀 子. 教授. ダ ンス. オ ソ フ ス カ ヤ(露. 教授. 給 ・書. 田中良(東 京美術學校). 教授. 演劇史. 引 田一 郎(慶 応 大 學). 教授. ダ ン ス ・脚 本. 宇津秀男. 教授. 修 身 ・作 文. 谷みね. 教授. ピ ア ノ ・聲 樂 ・樂 理. 森完二(東 京音樂學校). 教授. ピ ア ノ ・聲 樂 ・樂 理. 小村三千三(東 京音樂學校). 教授. 作曲. 須藤五郎(東 京音樂學校). 23. 國學院大學). 太 利 音 樂 學 校). 國 帝 室 舞 踊 學 校).

(27) 教授. 作曲. 中 川 榮 三(維. 教授. 作曲. 松尾武之助. 教授. 舞踊. 花柳壽恵子(花 柳流). 教授. 聲樂. 中村薫(寳 塚音樂歌劇 學校). 教授. 舞踊. 竹 中操(寳塚音樂歌劇學校). 教授. 舞踊. 鳥居榮子(寳 塚音樂歌劇學校). 教授. 舞踊. 佐々木かっ(寳 塚音樂歌劇學校). 助教授. 作曲. 酒井協. 講師. 脚本. 坪内士行. 講師. 脚本. 堀正旗(早 稲 田大學). 講師. 脚本. 坪井正直(伯 林演劇學校). 生徒監. 南部半左衛門. 生徒監. 丸 山源. 納 コ ン セ ル ・バ ト リ ウ ム). 〔津 金 澤 聰 廣:2006:12〕. 宝 塚 音 楽 学 校 の 創 立 に は 、 上 記 の よ うな 日本 で も トップ レベ ル の 教 授 陣 を 配 し、 音 楽 教 育 で もか な り高 い 水 準 の教 育 が 行 わ れ て い た 。. 第三節 宝塚歌劇 の初期作 品 と宝塚音楽学校. 宝 塚 少 女 歌 劇 の 初 期 の 公 演 目か ら見 る と、 そ の 当 時 は お 伽 歌 劇 が 多 く上 演 され て い た 。 こ こ か ら宝 塚 音 楽 学 校 で どの よ うな レベ ル の音 楽 教 育 が な され て い た か が うか が え る。 小 林 一 三 は 文 化 的 側 面 か ら見 た そ の 当 時 の 音 楽 を こ の よ う に分 析 して い る。 「・ …. そこ. で そ の 欠 陥(今 日の 学 校 教 育 で は 、 唱 歌 に 伴 う西 洋 音 楽 の音 律 に よ っ て そ の 聴 覚 が 養 育 され て き た に も か か わ らず 、 学 校 を 離 れ る と、 多 く の青 年 子 女 は 西 洋 音 楽 を 味 わ い 楽 しむ機 会 を 奪 わ れ て い る こ と)に応 ず る 手 段 と して 『理 屈 を離 れ て 、 維 持 し易 き もの 、 存 在 し得 る も の とい う経 済 上 の 方 針 』 も あ っ て わ が 歌 劇 団 は 生 ま れ て き た 。 目下 の と こ ろ 、 歓 迎 され て い る 主 な 理 由 は 、 西 洋 の音 律 の 不 自然 な 直 輸 入 は避 け て 、 つ とめ て 目本 的 に 、 学 校 で 習 っ. 24.

(28) た 唱 歌 が 仮 に 楷 書 で あ る とす れ ば 、 これ を 軟 く、 行 書 、 草 書 ぐ ら い に く だ い て 、 親 しみ や す く唄 はせ る 、 直 ち に 共 鳴 し得 る程 度 の 歌 と西 洋 の ダ ン ス と、 日本 の 踊 り との 調 和 す べ き 一 致 点 を見 逃 さ ぬ だ け の 注 意 が 多 少 共 喜 ば れ て い る の で は 」 〔 小 林 一 三:1932:31〕. とみ て. い る。 そ の 当 時 は 浅 草 オ ペ ラが 全 盛 期 を迎 え て い た とい わ れ て お り、 宝 塚 少 女 歌 劇 の み な らず 、 多 くの少 女 歌劇 団や音 楽 隊 な どが活動 して いた。 そ の少 女 歌 劇や 浅 草 オペ ラの集 団 は、 現 在 で は 宝 塚 歌 劇 団 、 松 竹 歌 劇 団 以 外 で は ほ とん ど見 られ な い 。 そ もそ も お 伽 歌 劇 と は 、 浅 草 オ ペ ラ の 定 義 が 「 対 話 に よ っ て 劇 が 進 行 し、 そ の 場 面 場 面 で 歌 唱 が挿 入 され 成 立 す る 演 劇 の な か で 、 歌 唱 の 比 重 が 高 い も の 」 〔#6〕 と され て い る が 、 こ こに 「 子 ど も を テ ー マ と した 」 ま た は 「 子 ど も の 生 活 を 題 材 に し た も の 」 と い う定 義 が 加 わ っ た も の だ とい うの が 妥 当 で あ る 。宝 塚 少 女 歌 劇 団 は 、 「ドン ブ ラ コ 」や 「 兎 の春」 「 舌 切雀 」 「 一 寸 法 師 」 な どが 上 演 され て い た 。 お 伽 歌 劇 の 分 類 を 図 式 化 す る と次 の よ うに な る。. 対象1題材. 子 ど もの 生 活. 昔 話 ・物 語. 特色. 子 ども. 1. 皿. 児童歌劇 の色が強い. 一般 大 衆. H. IV. 浅草オペ ラの流れ 〔#6〕. こ の よ うに1・H・ か ら見 て4種. よ り. 皿 ・IVの よ うに4種 類 の パ タ ー ン が あ る が 、 宝 塚 少 女 歌 劇 で は演 目. 類 全 て の お 伽 歌 劇 を 上 演 して い た と考 え られ る 。 そ の 背 景 と して は 、 まず 上. 演場所が 「 宝 塚 新 温 泉 」 だ っ た こ とか ら、 子 ど も連 れ の 家 族 か ら お 年 寄 りま で 幅 広 い 年 齢 層 の 観 客 が 訪 れ て い た こ とが あ げ られ る。 しか し小 林 一 三 は 、 こ の ま ま の 上 演 目で は 時 代 や 、 歌 劇 団 自体 に 合 わ な くな っ て い く と 分 析 して い た 。 少 女 歌 劇 団 とい っ て も 、 所 属 し て い る 生 徒 た ち は年 々 成 長 して い く。 それ に 合 わ せ て の 演 目 を準 備 す る必 要 が あ り、 さ ら に子 供 向 け の 演 目だ け で は な く、 大 人 の ニ ー ズ に 合 わ せ た 演 目 も追 加 して い く こ と を 求 め た. 。 大 人 向 け の 演 目 と して ヒ ン トを 得 る た. め 、 当時 「 新 星 歌 劇 団 」 に 所 属 して い た 岸 田辰 彌 を小 林 一 三 は 洋 物 専 門 の 指 導 者 と して 迎 え 入 れ た 。 岸 田辰 彌 は1927年. に 宝 塚 歌劇 団 初 の レ ヴ ュ ー 『モ ン ・パ リ』 を発 表 して い る。. 続いて 「 男 子 養 成 会 に 」 所 属 して い た 白井 鐵 造 を 、 『モ ン ・パ リ』 に続 く作 品 を 持 ち 帰 る役 目 と して 洋 行 させ た 。. 25.

(29) 1928で 移 肉:毒{び) 『モ ン ・パ リ 』 〔#1〕 よ り. 193〔}年8!1・ 出 演:門. 月 紐 玄、演:レ. 田 芦 ∫・、 巽 寿 美r・ 、. ビユー. 「パ リ ・ゼ ツ ト』. こ浦 時 」 仁、 橘 蒸 、 天 津 乙 女. 26. 〔#1〕 よ り.

(30) 1972年. に 、 『モ ン ・パ リ』 『パ リ ・ゼ ッ ト』 な ど、 パ リか ら直 輸 入 の レ ビ ュ ー と 呼 ば. れ る 新 形 式 の シ ョー の 大 成 功 に よ っ て 、皮 肉 な こ と に 、宝 塚 歌 劇 は 、東 京 の 眼 あ る い は 西 洋 の 眼 を 強 く意 識 せ ざ る を 得 な く な る 。 そ の 結 果 、 中 央(東. 京)あ. る い は西 洋 の 眼 か. ら見 た 特 殊 性 を 強 調 す る か た ち で マ ー ジ ナ ル(周 縁 的)な 性 格 づ け が な され て い く よ う に な り、 小 林 が 目指 した. 「 国 民 劇 」 とは決 定 的 に異 な っ た 志 向 性 に 乖 離 してい っ た。. 当時、西洋直輸入派 の よ うなあか らさまな西洋崇拝の立場 は観客 の大 多数 を 占め る大 衆 の嗜好 と合 わず 、興行的 にも成功 を収 め られ なかったので あるが、他 方におい て、大 衆消 費的な嗜好 を持つ レビュー が大 きな成 功 を収 めた ことを考 え合わせ ると、この当時 か ら、日本社会 において西洋 的価値観または西洋的生活様式 が大衆 の間に急速 な浸透 を 見せ つつ あった ことを うかがい知 るこ とがで きる。その 中で、宝塚 歌劇 は、終始 一貫 し て、少数 の文化的エ リー トではな く新た な時代 の多数派 を形成 しつ つあった 中間消費者 階層 の西洋文化 受容のためのひ とつ の文化的装置 として の役割 を担 って きたので ある。 ひ とつ の 見 方 に よ れ ば 、 宝 塚 歌 劇 と は 、 日本 対 西 洋 、 関 西 対 東 京 、 女 対 男 、 宝 塚 対 歌 舞 伎 と い う よ うに 、文 化 的 に マ ー ジ ナ ル な 性 格 が 幾 重 に も積 み 重 な っ た も の を 引 き 受 け る 存 在 と し て あ る 。 そ して 、 宝 塚 歌 劇 が 今 日 に 至 る ま で 大 衆(観. 客)の. 支 持 を受 けて 隆. 盛 を 続 け て き た の は 、そ れ が 大 衆 消 費 文 化 の あ り よ うを 体 現 して い る とい う一 点 に お い て の み相 対 的 に 「 消 費 社 会 の 王 道 」 を 歩 い て き た と い うイ メ ー ジ が あ る か ら で あ る。 言 い 方 を 変 え れ ば 、宝 塚 歌 劇 を 支 え る フ ァ ン の 心 性 は 、マ ー ジ ナ リテ ィ に お け る 両 義 性(文 化 的 な 比 較 劣 位 の 自覚 と消 費 に お け る 自足 性)を. そ な え て お り、そ こ に こそ 宝 塚 独 自 の. ア ン ヴ ィ バ レ ン トな 魅 力 を 見 出 す こ とが で き る と言 っ て よ い の で は な い だ ろ うか 。そ こ で 、 次 に 、 宝 塚 歌 劇 と宝 塚 音 楽 学 校 の 設 立 の経 緯 を以 下 に 年 表 の形 で 示 して お く。. 27.

(31) ●宝塚歌劇 と宝塚音楽学校 の年表. 細 馨 鯉蜘 轟 織 難 阿L脚 1912年. 大 正2年. 「 宝 塚 唱 歌 隊 」 が 発 足12月. 贈:1「 遍 蹴.、 壕 論 「 宝 塚 少 女 歌 劇 養 成 会 」 と改 称 。. 第 一 回公 演 『ドン ブ ラ コ』 『浮 れ 達 磨 』 『胡 蝶 』 上 演 。. 1914年. 大 正3年. 1918年. 大 正7年. 私 立 宝 塚 音 楽 歌劇 学 校 設 立(12月28日. 文 部 省 認 可)。. 雑 誌 『歌 劇 』 創 刊 。 1919年. 大 正8年. 「 宝塚少 女 歌劇養 成 会」 を 「 宝 塚 少 女 歌劇 団 」 に 改 称 。. 1921年. 大 正10年. 花 組 ・月 組 が 誕 生 。. 1922年. 大 正11年. 宝塚 音楽 歌劇 学校. 1923年. 大 正12年. 新 校舎落 成。. 宝 塚 音 楽 歌 劇 学 校 の 入 学 年 齢 を変 更 。 13歳. か ら19歳. ま で とす る 。. 雪組新 設。 1924年. 大 正13年 宝 塚 大 劇 場 誕 生(3000人. 収 容)。. 鱒 難 脚1欝 雛 麹麟脚 鰐鷲轟 霧 難: }… 灘 琶聾纒 …賑 初の9ビ ユコ 嵐. 二.ぜ り乏那1睡. 鈎. 蹟. … …. 初 め て の ライ ン ダ ン ス が 登 場 。. 1927年. 昭 和2年. ごで 歯. 1930年. 昭 和5年. 1933年. 昭 和8年. 『パ リゼ ッ ト』 を 上 演 。 「 す み れ の 花 咲 く頃 」 「 おお 宝塚 」が誕 生。 星 組 を新 設 。(春 日野 八 千 代 の た め に 作 品 が 作 られ 話 題 に な る). 28. 冊i.

(32) 1934年. 凍 京 宝 塚 劇 場 完 成 。 柿 落 と し作 品 は 『花 詩 集 』。 し_、__、. 昭 和9年. 「宝 塚 友 の 会 」 の 前 身. 「宝 塚 女 子 友 の 会 」 発 足 。. 雑誌 「 宝塚 グ ラフ」創刊。 … 宝塚 音楽 歌劇学 校 の学則 変更。. 1936年. {① 昭 和11年. 在 学生 の手 当て支給 を止 め る ②. i③. 入 学 試 験 で 特 に優 秀 な も の は 本 科 に編 入. 本科卒業後の義務年限(研究科 に在学 し、教務補助及び歌劇出 演)を2年. か ら3年 に す る. i初 の 海 外 公 演 、 第 一 回 ヨ ー ロ ッ パ 公 演(ド ドを 巡 回)を. イ ツ ・イ タ リ ア ・ポ ー ラ ン …. 行 う。. 1 1938年. 昭 和13年i宝. 塚 音 楽 歌 劇 学 校 財 団 法 人 とな ゐ 。. …. 時 局 悪 化 の た め星 組 を廃 止 。 … 宝 塚 音 楽 歌 劇 学 校 を宝 塚 音 楽 舞 踊 学 校 と改 称 1939年. 。「 宝 塚 少 女 歌 劇 団 」 と分. 昭 和14年i 離 し、 研 究 科 を廃 止 。 本 科 を1年 か ら2年 制 とす る。 学 校 生 徒 は 興 行 iに出 演 させ な い こ と と した 。. 1940年. 昭 和15年i「. 宝 塚少 女歌劇 団 」 を. 「宝 塚 歌 劇 団 」 と 改 称 。. i 戦 争 に よ り宝 塚 大 劇 場 ・東 京 宝 塚 劇 場 が 閉 鎖 に な る。 1944年. 昭 和19年i(生. 徒 た ち は戦 地 に 慰 問 に 行 き 、 劇 場 を返 却 して も ら うた め の 活 動 を. 1お こ な っ た). 蜂 齢 鞠 晦i癖 騨i:;乎i葱 ◎:1鰭 灘:湯謎 畢叢 ∴ 饗 繍 1946年. 昭 和21年. 宝塚 大劇 場公演 再 開。. 29.

(33) 宝塚音楽舞踊学校 か ら宝塚音楽学校へ校名変更。 東京公演再開。 1947年. 昭 和22年(東. 京 宝 塚 劇 場 が 使 用 で き る よ うに な っ た の は 昭 和30年) 宝 塚 音 楽 学 校 学 貝1」 変 更(入 学 年 齢 を15歳. 1948年. 昭 和23年. 1949年. 昭 和24年. か ら20歳. に 変 更)。. 星組 復活 。. 宝 塚 音 楽 学 校 入 学 年 齢 を16歳 授 業 料 徴 収 、 学 費 は年3,600円 1951年. 昭 和26年. 宝塚 音楽 学校. 1953年. 昭 和28年. 宝 塚 音 楽 学 校 入 学 年 齢 を15歳 認 め る。. 、17歳. とす る。. 。. 準 学 校 法 人 と な る。. か ら ・8歳 ま で と し・ 一 部 男 子 の 入 学 をi. 宝 塚 音 楽 学 校 学 則 変 更。. 1956年. 1957年. ①. 別 科 ・学 童 科 を廃 止 。. ②. 男 子 の 入 学 を廃 止 。. ③. 予 科 を新 設 。 予 科1年. 昭 和31年. 昭 和32年. 。 本 科1年. に な る。. 宝塚 歌劇 の創 設者 、小 林一 三翁逝 去. 麟1制. 鷹 術 祭ぐ ∴鑛 緬レ 選. 1960年. 昭 和35年. 1964年. 昭 和39年. 宝 塚 歌 劇50周. 年 記念 式典。. 30.

(34) 初 の 海 外 ミュ ー ジ カル. 1967年. 『オ ク ラ ホ マ!』. 上演。. 昭 和42年. 翌 年 に は 『ウエ ス トサ イ ド物 語 』 も上 演 し、 芸 術 祭 賞 受 賞 。 (ブ ロー ドウ ェ イ か ら振 付 師 を 招 き 、役 は オ ー デ ィ シ ョ ン形 式 で 配 役 が 行 わ れ た 。). 灘 羅i醗 鞭 羅1聾. 灘_纏. 一._〆. 『ベ ル サ イ ユ の ば ら』 初 演 が 大 ヒ ッ ト. 1974年. 昭 和49年 そ の 後(昭 和52年)上. 演 され た 『風 と共 に去 りぬ 』 と合 わせ て 空 前 の. 宝塚 ブー ムが訪れ る (当 時 は テ レ ビが 主 な 娯 楽 とな っ て お り、 観 客 の 激 減 が あ っ た 。 こ の 作 品 に よ っ て 宝 塚 歌 劇 は 存 続 の 危 機 を 乗 り切 っ た 。) 1978年. 昭 和53年. 1988年. 昭 和63年. 1989年. 平 成1年. 宝 塚 バ ウホ ー ル が 開 場 。. 『風 と共 に去 りぬ 』 が 通 算 観 客 動 員188万 『ベ ル サ イ ユ の ば ら』 を15年 通 算 観 客 動 員 が200万. 1993年. 平 成5年. ぶ りに 再 演 、 再 び ブ ー ム に。. 人 を超 え る. 新 ・宝 塚 大 劇 場 開 場. 31. 人 を記 録 。.

(35) ll∼ 嗣 憐1駿. 柿 落 と し公 演 は 『宝 寿 頗 』 『PARFUMDEPARIS』 1月 、阪 神 淡 路 大 震 災 に よ り、宝 塚 大 劇 場 閉鎖 され る が3.月31日 1995年. 、『国. 平 成7年 境 の な い 地 図 』 よ り公 演 再 開 。 ウ ィ ー ン ミュ ー ジ カ ル. 1996年. 『エ リ ザ ベ ー ト』 を 日本 初 で 上 演 。 大 ヒ ッ ト。. 平 成8年. 東 京公 演通 年化 の た め宙組誕 生。 1998年. 平 成10年. 東 京 宝 塚 劇 場 改 築 の 間 の 仮 設 劇 場 と し て 、rTAKARAZUI(A1000days' 劇 場 」 が 開 場.。 1月1日. 東 京 日比 谷 に 新 ・東 京 宝 塚 劇 場 が 開 場 。. 柿 落 し公 演 は 月 組 『い ます み れ 花 咲 く』 『愛 の ソナ タ』。 『ベ ル サ イ ユ の ば ら』 を東 京 宝 塚 ・ 宝 塚 大劇場 同時 上演。 2001年. 平 成13年. CS放 2002年. 平 成14年. 送 宝 塚 専 門 チ ャ ン ネ ル 「TAKARAZUKASKYSTAGE」. 放送 開. 始。 上 海 、北 京 、広 州 を 巡 る 日中 国 交 正 常 化30周. 32. 年 記 念 第2回. 中国 ツアー.

参照

関連したドキュメント

このように,先行研究において日・中両母語話

ヨーロッパにおいても、似たような生者と死者との関係ぱみられる。中世農村社会における祭り

多様な知識を統合する能力に大きく左右される(例えば、Gardner et al., 2012; Harvey, 2014; Uzzi et

本論文は、フランスにおける株式会社法の形成及び発展において、あくまでも会社契約

それぞれユニークな営業体制をしだいに有するようになり,営業の違いが確認

本稿は、拙稿「海外における待遇表現教育の問題点―台湾での研修会におけ る「事前課題」分析 ―」(

 日本語教育現場における音声教育が困難な原因は、いつ、何を、どのように指

The psychological functions of and individual differences in music listening in Japanese people Shimpei Ikegami (Showa Womenʼs University) , Noriko Sato (Musashino