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憲法判断回避の「法理」について

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(1)毛ふ 口 片町. 説. 「. 憲法判断回避の「法理」について. 君塚王臣. はじめに. 「憲法判断回避の 準則」は,「憲法判断は 事件の解決にとって 必要な場合以覚 は行わないという『必然性の 原則』に基づいて 準則化された 一連のルールをい う. 」,とされる。 そして,これを「絶対的なルールとして 主張すると,違憲審. 査 制の憲法保障機能に 反する」ので ,「裁判所は,事件の重要性や違憲状態の 程度,その及ぼす影響の範囲,事件で問題にされている 権 利の性質等を 総合的 に 考慮し十分理由があ ると判断した 場合には,」「憲法判断に 踏み切ることが できる」 , ・と解されてきている。. この結論は,憲法問題の 提起のあ った事件に. えに裁判官の. おいて憲法判断を 行うか否かが ,それ以上の基準は示されていない 以上, ひと 裁量に委ねられることになると 解されよ つ、. しかし他方, 日本の違憲審査 削 が付随的違憲審査. 制. であ ることもまた 周知. の事実であ る。 具体的な民事・ 刑事・行政事件の 中で憲法判断は 解決のためになされるのが 原則であ. る. ,その事件の. 3.。 そこではまず ,法律事件としての事. 件争訟性が必要であ る。 。 だとすれば,一般的な事件性の要件につきこれを 厳. 格 に解しながら ,憲法判断の可否については 裁量と解するのは ,同じ「司法」 の作用として 整合性があ るのだろうか。 これが素朴な 疑問であ る。.

(2) 横浜国際経 筒共学第 14 巻第 1 号 (2005年 9 円. 果たして,付随的違憲審査制 とはそのようなものであ ろうか。 本稿では,. こ. れを「憲法判断回避の 準則」といわれるルールに 焦点を当て,検討することす る 。 そしてそれに 2 0 ,司法の高度に政治的な判断に 基づく沈黙であ るかの ょ. うな評価,或いは 理論化されない「準則」からの 脱却を試みたいと 思う。. Ⅰ. 恵庭事件再考 --. 憲法判断先行 説. なにより,「憲法判断回避の準則」といえば 恵庭事件札幌地裁判決,・であ る。, 。. 同事件は, 1962 年 12. 月. 11 日に北海道恵庭 町 、 3W. で発生した。 被告兄弟は ,. 演習場の大口径実弾射撃訓練を 阻止する目的で ,「修理費用・ 時間ともに取る に足らぬ」,,自衛隊の 通信線を切断したとして ,刑法の器物損壊罪ではなく , 専ら自衛隊法 121 条違反で起訴された。 札幌地裁は, 自衛隊法の合憲性につい て 検察官に釈明を 求め,証人により 自衛隊の実体審理を 行い,その後, 両 当事 者による憲法解釈論争が 繰り広げられて 長期裁判となった 後の 1967 年 3 月に , 本格的な自衛隊裁判となるとの を. 大方の予想に 反して,・, 「ことさらに 憲法判断. 回避するために 工夫された論理テクニック」. " を 用いたとも評される ,被告. 無罪の「肩透かし」判決を 下したのであ った " 。. この判決は,自衛隊法121 条の「その他防衛の 用に供するもの」という 規定 は ,「罪刑法定主義にもとづく 強い要請」から 考えれば,「包括的・ 抽象的・多 義的な規定方法であ. り,」「『武器,弾薬,航空機』という 例示物件」と「法的. に ,ほとんどこれと 同列に評価しうる 程度の密接かつ 高度な類似性のみとめら. れる物件を指称するというべきであ る」ので,通信線は「構成要件に 該当しな い 」のだと述べた。 そして札幌地裁は ,このような「結論に 達した以上,弁護. 入 ら指摘の憲法問題に 関し. なんらの判断をおこな. う. 必要がな い のみならず,. これをおこなうべきでもない」として 憲法判断を行わなかったのであ る。 無罪 判決を得た被告は 控訴できない。 そして,検察も 控訴せず, この判決は確定し たのであ る。.

(3) 憲法判断回避のほ 理」について 半. Ⅱ央は,自衛隊法 121 条は全体と可分であ ると考え,構成要件該当性の 判断. を憲法判断より 先に行ったものと 言えよう ".。 当初から学界では 確認されたよ うに, この判決は合憲・. 違憲の判断を 示したものではなかった " 。 恵庭事件判. 決は , 後の長沼事件一審判決 " が,統治行為論や原告適格による 却下という 途 を 採らず。。. ,憲法判断に踏み切り,違憲判決を下したのと対照的な 結論となっ. たのであ った " 。. 恵庭事件判決には ,その判決に 至る特異な経緯や 過熱した期待もあ って ,. 様々な批判があ った。 その最大公約数は ,この事件は憲法事. 牛であ. ィ. り,当事者. 双方がそのつもりであ ったのだから ,端的に憲法判断がなされるべきであ った というものであ ろう。 そもそも検察は「積極的な 改憲の意味を 持った起訴」 " を行っており ,裁判所も「明らかに憲法事件として 受け取るべき」 " であ った. という。 「憲法問題は ,法律的な形をとった政治問題」であ るにも 杓 わらず, 裁判所が「判断すべき 場合に回避するということは ,これはまさに違憲審査権 を 放棄したといっていい. 場合」 だ ". というのであ る。 また,憲法判断回避がな. され続ければ ,継続する重大な違憲行為を是正できない 旨の批判もあ った " 。. 特に有 倉遼吉は ,「恵庭判決ほど,終始,政治にじろどられた 判決はまれ」. 四. であ るとして,激しく 批判を加えた。 そして,「ある法律が合憲であ ることが その法律を具体的事件に 適用するについての 論理的前提でなければなら」 ず, 「論理的に先行する 憲法判断をしないで 裁判が十分にできる 場合など想定でき な い 」と主張した " 。 にも 杓 わらず,憲法判断をしなかった恵庭事件判決は ,. 問題あ るⅡ実質的 " 統治行為論」 " であ ると非難したのであ る。 新井隆一も , 憲法判断回避はあ くまでも現在の 判例法理から 妥当だというに 過ぎず,判例は 誤りであ. って. 有倉説 が支持されるべきだと 援護射撃した " 。. ほかに,構成要件該当性と 適用法条の違憲性の 間題は併存しているのであ り, その何れを先行して 判断するかは 事件性の要件とは 無関係であ って,付随的違 憲 審査 制 だから構成要件該当性の 判断を憲法判断 よ り先に行わねばならない 論 理必然性はないという ,判決を憲法判断回避積極的肯定論と 読んでの批判があ.

(4) 樹兵 国隣 蚤 iき ;共学第 14 巻第 1 号 (2005 年 9 Ⅲ. った " 。 「司法の自己抑制という. 裁判官の心がまえに 関する問題を 違憲審査の. 原則にまで高めた」のは「誤っている」という. 批判 " も同様のものであ ろう。. そして,このような「司法の 自己抑制的姿勢は」「憲法. 81 条の背景にあ る法の. 支配の原理や 98 条の最高法規性からの 要請 博僻 ;K.l. 生の鋳口,-%. り. 効力への接近.・を 過. 不評価するもの」だとする 批判 " もあ る。 加えて,今日の戦争では通信線の 重要性は高く , 本 判決では縮小解釈が 可能 だとする説得的理由が 示されていないとする 批判 " もあ った。 火砲の射撃にと. って不可欠なものであ り,「防衛の 用に供するもの」と 言うべきであ るという のであ. る. " 。 そもそも立法者が「その 他防衛の用に 供するもの」に 通信線を含. める意思であ ったとすれば ,裁判所は国会の本意を歪曲したとも 言える " 。 通. 信線の置かれている 状態によって 法的意味は全く 異なるのであ り,当日の自衛 隊の演習について ,事実審理なしにこれを 判断できる筈はない ,. とする批判も. あ る " 。 地裁は,その法解釈に事実調べは 必要なしとして 証拠調べを打ち 切っ. たと考えねば 筋が通らないが ,通信線の重要性等についての 事実調べは必要で あ ったという指摘 ". も. 痛いところを 突いたものと 言えよう。 要するに,このよ. うな無理な解釈をしてまで 憲法判断を回避できないというのであ る。 以上の批判をまとめれば ,自衛隊の演習を止めることにはならず ,延いては 「自衛隊の増強と 軍国主義復活をチェックでき」 ず ,兵器を破壊して抵抗すれ 自衛隊法 121 条で処罰されることを 示した判決ではないかという. ば. と. |. な. ろ. ぅ,, 。 政府高官の発言も ,恵庭事件判決を自衛隊合憲論のお 墨付きのように 扱 うものが続出したという " 。 既成事実の承認だというのであ る " 。 判決は憲法. 判断をまさにしていない " のであ るが,或いは,このょ うな憲法判断回避とい. う手法がその 種の意図的な 誤解を招いたのではないかという 批判もあ ころであ った " 。 総じてこれらの ,いわゆる憲法判断先行説は ,. り得ると. 自衛隊の合憲. , 性に疑問を持つ 立場から主張される 傾向にあ ったのであ る " 。. しかし憲法判断先行 説 には,「実体法上,法令は 合憲でなければならないと いうことから ,手続法上,裁判所は 常に憲法判断をする 4. 義務を負」. ぅ. わけでは.

(5) 憲法判断回避の「法理」について. なく,「憲法判断手続の 具体的形態は ,各国憲法における違憲審査制の 構造に よって規定される」筈だとする 批判があ る,, ・。 また,アメリカと「同じ 通常 裁 判 所による附随的違憲審査 制. であ りながら, 日本の場合はつねに 憲法判断が先. 行しなければならないのか ,その特別の理由は十分に 明らかにされていない」 などとする,批判も 強い " 。 通常,裁判で当事者にとって 最も重要なのは 有罪 か 無罪 か ,請求認容か 棄却かなどの 結論であ って,理由は二の次であ る筈であ る 。 。 。 そして,アメリカ型違憲審査制の 前提となる「英米における 訴訟の基本. 構造」たる「当事者主義」の 下では,「攻撃防禦の 方法を十分に 尽くして戦わ ない当事者が」その 得 べき果実を得られなかったとしても「その 結果は是認さ れねばならない」ものであ. る. " 。 そして, もし適用条文の 合憲性を必ず 先行し. て判断しなければならないのであ れば,当事者が憲法問題を一切争っていない 場合でも,裁判所はその合憲性をまず 審査せねばならなくなり ", それでは違 憲審査のみが 職権 主義に転化してしまう。, 。 憲法判断先行説の 理解は,構成要 件 該当性,違法性,有責性と 進む通常の刑事裁判の 手順とも異なると 思われる " 。. 民事・行政事件の 全てがそうでなければならないのだとすれば ,現実の法廷は 大学の憲法ゼミと 大差な い ,異様な光景となろ. う. 。. 日本の裁判所は 法律の合憲性を 具体的事件から 切り離して抽象的に 判断する 傾向が強かったと 思われるが,付随的違憲審査制を 前提とする限り ,そのこと の 改善こそ求められるべきであ ろう " 。 また,憲法学界が政治過程への 厳しい. 認識を示す一方で ,司法に人権擁護の強い期待を 抱いた傾向があ るが,その期待 が憲法解釈上どこまで 求められるか ,再考せねばならないようにも 思われる。。 ・。. 確かに,「裁判所は 被告の有罪・ 無罪を決定しさえすればよいというのではな. く,法を解釈・ 適用して法を 宣言し破られんとする. 法を維持する 司法作用を. おこなう」のであ るから,「つねに違憲・合憲の 審査を前提として 法の解釈を なさざるをえな い. 」. " という主張には ,佳日り 安定性を軽視すべきでないという. 意味で傾聴に 値する面もあ るが,これを裁判所に求めれば ,全ての裁判所は憲 法裁判所と化してしまうのではなかろうか。. 憲法判断を必ず 法令解釈に先行 せ.

(6) 横浜国際. %. ; 学 第 14 巻第 1 号 (2005 年 9. き 共. 月. ). ねばならないとする 主張には無理があ ったのであ る。. 恵庭事件で無罪という 結論が妥当であ るならば,英米琉司法権 の下では,. も. はや憲法判断は 最重要ではないのであ るから,法令解釈や 事実認定によって 事 件の解決が図られた 際には,一般 りには憲法判断は 無用の長物なのではないか 日. という疑問もないではない " 。 奉事件で,構成要件が不明確な刑罰法規の 適用 が回避されたことは ,. これを憲法 3,N条 違反と言うべきか 否か。。 は別として,. 立憲主義的な 憲法論としては 是 とせねばならない 側面はなかったか " 。 罪升If去. 宝主義は,事案が高度に政治 りか否かに 杓 わらず貫徹せねばならない 原則だか 自. らであ る。 しかも,憲法判断先行説 に従 い ,. もし仮に合憲判断がなされれば ,. 裁判官の心理として 無罪判決は下しにくく ,かえって人権擁護の見地からみて 問題あ る結果も招来しかれないということはないだろうか. " 。 地裁判決は違憲. 判断ではなかったが , 自衛隊法を民間人に 適用することは 跨曙 される効果をも たらしたとも 言え ,,・,有罪を覚悟しても 違憲 半 Ⅱ央を得ることなどを 当事者に求 めるような立論には 無理があ る 2 6 に思われた。. 2. 憲法判断回避の「準則」の 定着. 恵庭事件の裁判所は 憲法判断を必ずすべきであ ったとする,その当時の多く の 勢いあ る見解とは異なり. ,このょう な事例での憲法判断は 不可避とは 限,らな. いとする説明を 比較的早い時期から 主張してきたのが ,声部借書である 甜 。 芦. 部は ,「法律解釈によって 憲法判断を回避するかどうかは ,アメリカでは裁判 所の高度に裁量的な 行為だと考えられている。 もしそうだとすれば ,『憲法判 断は,それをしなければ 裁判の結論が 出せないという 場合にだけなされるべき』 だ , というふ. う. に,憲法判断をするか回避のルールを 適用するかに 関する裁判. 所の選択の余地を 否定するほど ,憲法判断を制限的に解するのも 疑問だと私は 考える」と述べ ,回避するか否かは「事件の 重大性,違憲状態の程度,その及 ぼす影響の範囲,事件で 問題にされている 権 利の性質,憲法判断で解決するの.

(7) 憲餅蜥 回避の「法理」に. つ して. と法律解釈ないしその 他の理由で解決するのと ,その及ぼす影響がいかに 違う かという判決の 効果など,総合的に検討」する必要があ るのだと述べたⅥ。 そ こでは,「あまりにもカテゴリッシ. ュ. に問題を考えてはならない」 " というこ. とが強調されていた。 裁量説の奥義を 見る思いであ る。 声部 は アメリ ヵ の判例上のルールとしてこれを 紹介している , 6.。 アメリカで. は ,法律を直接違憲とする 判決に議会が 強、、 反発を示すことが 多 い ため,裁判 所による憲法判断回避は ,議会との直接衝突を 避けっ つ ,憲法判断では意見の. 異なる裁判官の 結論をまとめて ,裁判所の人権擁護の機能を 上げる効用があ. る. ことを, 日本での受容のためにか ,強調している. とはいえ声部 は ,裁判所の裁量にこの準則を全て委ねていたわけではない。 声部 は ,「憲法判断回避のルールの 適用が裁判所の 裁量だとしても ,法律解釈、. による憲法判断の 回避が是認されるためには ,最小限,その 法律解釈は法の 文. 恵庭事件判決は「『法律の 書き直し』ではないかという. 述べ,. 大きな疑問が 残る」 ,,. ・. 言と立法目的から 判断して合理性をもつものでなくてはならない」とも. とも述べており ,純粋に裁判所の自由裁量と考えているわけではなかった。 同 判決が「人権 擁護の客観的効果をもちえたかどうかは. 本件は憲法判断を 回避すべき場合ではないとするのであ. 問題」的だったとして , る。 本件では,「自衛. 隊法全体が違憲だという 疑いがきわめて 濃厚であ り, 121 条の違憲性はもっぱ ら. 自衛隊法全体の 違憲性に依存するという ,両者の一体不可分の関係が存在す. る場合には,なおさらそうだといってよい」とし. ,「そもそも自衛隊法全体か. ら適用法条たる 12,H条 だけを切りはなし ,通信線が『防衛の用に供する 物 』に. じ. 当たるかどうかの 解釈作業を行うこと 自体が, 自衛隊法の合憲性を 前提としな いで,果たして理論的に許されるかどうか ,それすら問題になろう」. レし. 三ロ. 八冊. て ,憲法判断を回避すべきでなかったことを 主張したのであ る。. 声部 は ,アメリカ連邦最高裁判決のいわゆるブランダイス. 七 準則 6, に触れな. がら,そこで示されるようなものは「『基本的なもの』として ,法律解釈、 によ る憲法問題回避の 技術それ自体に 一定の普遍 Ⅵ生 格を認めることが 許され」 自. る.

(8) 横浜国際経済法学第 14 巻第 1 号 (2005 年 9. 述べ ,. と. 月. ). 「この種の技術。 とくに犯罪構成要件非該当を理由とする無罪判決の技術,を理論上合と. する理由」はない ,. とした。, 。 「憲法判断は 不可避でないかぎり 行なれないと. いう 『厳格な必要性のポリシー. コは 」,「『事. Ⅰ. 捌の. 牛 ・年高. ルール と コロラリー. の関係にあ 」るとも述べている。, 。 声部 は ,日本の裁判所が憲法判断回避がで. きる最大の理由を 付随的違憲審査. 制. に求めていると 思われる㈱。. ところが声部 は ,憲法判断回避を 常に当然とはしない。 違憲審査権 の憲法 保 陸機能或いはその「民出訴訟的な 公的性格」 を 先行させてもよいと. " に 言及して,裁判官は憲法判断. 論じたのであ る。。 ・。 「アメリカ型の 附随的違憲審査 制は,. 当事者の個別的な 権 利の救済を直接の 主張な目的とする」ので ,「人権規範の 客観的な保障の 契機に副次的な 意味しか与えられていないのはむしろ 当然であ る」のであ るが,「法律解釈、 による憲法判断の 回避の技術が 裁判官の人権 規範 の 保障義務を『ほぼ 完全に否定する』. か 否かは,制度の運用全体から 総合的に. 判断されるべき 問題であ って,制度の構造から論理必然に 結論が導き出される 問題ではないではない」と 高 6 のであ る " 。 また声部 は ,「憲法問題は通常の. 訴訟事件で争われ ,そこで裁断されるにしても ,当事者は,重要な 事件にお い ては立憲政治における 公益の代表者であ り,最高裁判所は 憲法裁判所白 9 機能を いとなむ ,. と 解される」. " とも断じたのであ る。. その上で声部は ,恵庭事件では「法律全体の 憲法適合性について 重大な疑い」 があ ったのであ るから,「一体不可分」のものとして ,「被告人は法律全体の違. 原理や民主政の. 憲性 を争. う. 利益を認められた」のではないかと 批判した "。 。 そして,権力分立. 原理を根拠に 統治行為論を 適用することも 牽制しつつ ",. までの憲法判断回避は「『法律の 書き直し』ではないか ,. ニ. という大きな 疑問が. 残る」と指摘したのであ る " 。. 高橋和之も,通常は憲法判断を後に 回すことが多 い であ ろうが,事件の性格 によるとの見解を 示している " 。 とは言え,「私権保障」が主役割であ る付随 的 違憲審査 制の. 「精神」からは ,法律判断先行が「原則的な 態度であ る」とも. 述べている " 。 その理由について 高橋は,司法権の「本来の土俵で 勝負した方 8.

(9) 憲甜 断 回避の「 法囲は Ⅱ. が,統治構造全体の中で無用な波風を 立たせるおそれが 難なのであ. る」. ついて. 少ないという 意味で無. " に 過ぎないと,説明する。そして,「現代憲法の 下では」 違. 憲 審査制度は「私権. 保障型から憲法保障型へと」移行しており. ,「当事者の救. 済のみならず ,それを超えてより 広範囲の人々の 権 利保護をも考慮に 入れた 憲 法 保障的機能を 果たすことも 裁判所に期待されている」のであ ると述べるに 至 るのであ る ".。 そして恵庭事件では ,. 自衛隊法 121 条の合憲的意味の 画定をし. たわけではなく ,およそ憲法判断をしなかったもので ,条文に違憲の部分があ る 疑 い があ るが,それについては 判断しないというものでもないと 指摘する. これらの立場では ,長沼事件一審の判断は適切なもの ,或いはありうる判断で あ ると評価される 2 3 に思われる " 。. 戸 松秀興. ら. ,このょう な「狭義の憲法判断回避の 手法」は,「裁判所が 憲法. 判断に踏み込むことは 可能であ るのに何らかの 理由でそれを 行わないという 政 策的考慮が働い」たものだとする " 。 そして,「日本国憲法」下では「すでに」. 憲法判断回避「肯定説にそった 運用がなされてきており ,あらゆる憲法訴訟に 対して必ず憲法判断が 先行しなければならないとの 見解は,もはやとりえ」 ず ,. 「検討すべきは ,」 る」. ". 「いかなる適用のされ 方がふさわしいのかということであ. と ,憲法判断先行説を斬り捨てた。. その上で,「事件の 重大性,違憲状. 態の程度,判決が及ぼす影響の 範囲などに照らして ,裁判所は,政策的に 判断 することになる」. ," と 述べ,基本的に声音随党 に同調したのであ る. このほか,栗城寿夫も ,憲法判断回避可能としっ っ ,重大な理由があればこ の ルールには例外が 存し法令解釈、において技巧的に 過ぎる方法を 採ることも 避けられるべきであ ると主張した " 。 司法概俳を「歴史的に 可変であ る」 " と. しながら,日本の 状況では「抽象的違憲審査制の 貫徹という方向を 採ることは できない」,。 とする樋口陽一も ,憲法適合性の審査に厳格な 要件を課さず ,職 権 に よ る違憲判断を 寧ろ肯定 りに説明し,,,違憲審査の 憲法保障機能を 強調し 由. て ,憲法判断回避を裁量とすることを 示唆した,。 ・。 憲法判断先行 説 「のほうが. 筋が通っていると 思われるため ,」憲法判断を回避する「場合には 憲法判断 よ 9.

(10) 横浜国際経 漸共学第 14 巻第 1 号 (2005 年 9 円. りむしろ回避のほうを 原則とするための 積極目 り 根拠づけが必要であ. る」. る辻村みょ 子説も ,先行説 シフトではあ るが裁量 説 に分類できる. うに思われ. よ. " とす. る 。 裁量説は多数の 支持を集めるに 至っている㈱。. しかし裁量や 政策を理由とする 憲法判断回避裁量 説は ,終局的決定力不足 の 機関の限界を 一般的に記述したものに 過ぎないのではなかろうか " 。 違憲審. 査権 が憲法により 司法権 に付与された 権 限であ る以上,それが裁判所の全くの 裁量に属するとは 解し難 い のであ る " 。 だとすれば,. 日本国憲法下で 司法権 が. 憲法判断回避を 行う根拠は , 主として事件争訟性,当事者主義構造であ. るべき. であ る。 憲法判断がなされるべきか 否かは,当事者の主張があ ったかと,司法 権 の役割としてこれに 応えるべきかにかかっているのであ って,それが裁判所 の裁量であ るという結論 " は 疑問であ る。 司法権 は,憲法76 条の規定する 権 限を独占するが , またその権 限を拒否できないからであ る。 付随的審査 制を憲 法 保障機能で中和したのだとする 説明 " では,ある一定の場合には 憲法判断を. 先行させるべきだとする 説の理由づけなら 兎も角,裁量説の根拠として説得的 ではないように 思われた。 声部 説が 「議会の判断に 十分な敬意を. 払」. ぅ. べきという. 「自制のポリシー. 」. と「十分に熟慮された 憲法判決の望ましさ」を 根拠とするとする ", ブランダ イス 七 準則は,理論的に未 整理なものであ ると言わざるを 得ない " 。 訴えを 裁 判 所が取り上げるべきかに. 関するもの,憲法判例の 個別的拘束力,信義誠実の. 原則などを含み ,第7 準則も主として 合憲限定解釈を 内容とするであ って厳密 な意味での憲法判断回避ではなく ",, 第 4 準則が狭義の 憲法判断回避を 内容と しているに過ぎないのであ る 96.。 もし英米流の 司法権 概念を根拠とするので あ れば,ある事件の中でたまたま. 一 判事によって. 判 示されたこの ょ 6 な内容に. 依拠するべきではなく ,日本国憲法の「司法権」概俳が事件の 解決を第一義に する英米流の 司法権 概念であ ることを根拠とすべきであ ったように思われる。 声部 は ,「司法審査に積極的な法創造機能が 認められるからこそ ,事件性の要 件のほかに,裁判所が憲法問題を回避する 自己制限 硝極主 封の技術とその 意義 10.

(11) 憲封 断 回避の「法理」について Ⅱ. が大きな問題として 登場する」. " とも述べてはいるが ,だとすれば声部 説 にお. ける「憲法判断回避の 準則」は事件争訟性が 根拠なのか,司法の政策的な自制 が 根拠なのか,不明となろ あ. う. 。 もし後者であ るとすれば,これが司法の裁量で. るという結論は 理解できる。 しかし仝度は ,おょそ憲法判断をするかしない. かは裁判官のいわば 政治的嗅覚に 従うべきことなり ,「法原理部門」。 ,・とも言 われる機関として 相応しくない 判断を裁判所に 求める結果になりはしないか ,. 疑問が残ろ ,つ そして,裁量説の論理は,結局のところ ,憲法判断回避をすべきかすべきで ないのかについて 明確な基準を 示し得ていないように 思われる。 恵庭事件で憲 法 判断を行. う. べきとする声部説の 結論は , 何を決定打としているのか 不明に見. える。 長沼事件一審が 憲法判断を先行させた「論拠は」「抽象的にすぎ , ル一 ル というにはほど 遠い」としながらも ,「裁判官の裁量に大きく 依然せざるを. えない問題であ ることを考えれば ,本件において裁判官が憲法判断をする 方向 で裁量を行使する 理由の説明として 聞く限り納得しうる」. " というのは,「裁. 判 所のみならず 訴訟の当事者が 憲法訴訟の諸法則に 敏感にな」 , 。。 ・ることを起. 点に「判例の 集積」を待っだけとなり ,憲法学説の憲法解釈の放棄となる 危惧 も. 感じないではない。 また,事案の政治性を理由に 司法権 が憲法判断の 可否を. 決めるべきとの 誤解,。 , ・を生む危険があ り,裁判所の中立性への信頼を 揺るが す 恐れもあ. るのではなかろうか。. 加えて, このような論理は ,朝日訴訟最高裁判決, " における「なお ,念の. ため」に始まる 傍 論を許容する 危険を内包する。 「上告人の死亡. と 同時に終了」. した筈の裁判に 実体判断は加えられないが ,それを離れて憲法判断を示すこと ができるというのは ,最高裁判所の一部憲法裁判所化にほかならない。 付随的 違憲審査制の 下では,「違憲の争点を提起する 適格」№があ るのであ って,当 事者が主張しても ,裁判所が取り 上げ得る場合は 限定されている 筈であ る。 裁 判 所が都合により 憲法判断を回避したり 踏み込んだ判断をしたりすることが. 一. 般的にできるのであ れば,事件は裁判所にとって 自由な憲法判断のきっかけに 11.

(12) 撒兵国際 繍斉i共 学第 14 巻第 1 号 (200R 年 g 朋. 過ぎず " 。 ,それは抽象的違憲審査を日本国憲法に 持ち込むものであ って,「司 法権 」の本質を掘り 崩すものと言えよう ,。, 。. そのように考えると ,憲法判断先行説 に待ったをかけた 裁量説の意義は 理解 できるものの ,それを文字通りの形でなお維持できるかは 疑問であ ると言わざ るを得ないよ.うに 思われる。 司法権 による付随的違憲審査権 の行使と,裁量と いう語は , 同じ波長を有していないように 感じられるのであ る。. 3. 憲法判断回避・ 不回避の「法理」性. 以上のような 諸学説,特に憲法判断先行 説 に対して,恵庭事件判決の際に, 裁判所が憲法判断回避をすべきだということを 積極的に肯定したのが ,宮沢俊 義 であ った。 宮沢は同判決を , 「それほど意覚と 見るべきでもないし. また,. かならずしも 不当と評すべきでもない」 " 。 として,多くの批判に反撃を 加え た 。 宮沢は,「裁判所の 憲法判断は,それをしなければ,裁判の結論が出せな い という場合にだけなされるべきであ り,憲法判断をもち 出さずに裁判がじゅ ぅ. ぶんにできる 場合には,憲法判断をするにお. 場合は,むしろ,憲法判断をすべきでない」 ". ょ. ばむ い だけでなく,そういう と 述べ,付随的違憲審査制の. 下では,裁判所の憲法判断は事件の 解決に必要な 限りでのみ許さると 主張した。 これは,憲法判断回避を ,裁判所の政策判断とか自制と捉えるのではなく ,. 上ヒ. 較的 厳格なルールと 捉えている点で 見逃せないものであ ろ. もっとも,宮沢は 本事件の性格にも 言及しており ,自衛隊を巡る「憲法Ⅱ@t況 は ,その裁判の前と後とで,すこしも変わりはな い. 」. ". ことや,合憲・ 違憲. の何れかの憲法判断がなされ ,それが最終的に最高裁に上告されることも 考え ると,現時点で「『司法自切な『確定』をもたらすことが いか. 」. ,はたしてのぞまし. " ということへの 疑問も理由としている。 だが, このことを裏 返せば,. 事情が変われば 司法判断も許されるという 論理に見える㎜。 もしも付随的違憲 審査制を理由として 憲法判断回避を 説明するのであ れば,この部分は不要では.

(13) 憲法判断回避の「法理」について. なかろうかと 思われた。. そうではなく 純粋に,違憲審査権が司法権 の行使に付随するものであ るなら ば ,司法権の限界の理論が , ここでほぼそのまま 妥当するのでなければなるま 。 憲法判断を求め 得るのは,当該事件において ,それによる利益を得る当. 事 者に限定されるのが 原則だからであ る。 事件の解決を 目的とする司法裁判所 が,憲法判断なしにそれを 達成できれば ,無用な憲法判断は回避するのが 望ま しい " 。 確かに,抽象的違憲審査制の ドイツでも憲法判断回避のテクニックは. あ り,裁判官が国民により選ばれない 制度の下では ,同様の問題は生じるとい ぅ. 指摘もあ る " 。 この見解に従えば ,この法理は付随的違憲審査 制 だからでは. なく,司法消極主義の下で一般に妥当するものであ ることになろ. う. 。 しかし. ドイツで行われているのは ,憲法判断回避ではなく ,合憲限定解釈など,法律 解釈のレベルで 法令違憲という 結論を避けるものであ. り. "., やはり憲法判断 固. 遊め ルールは付随的違憲審査特有のものと 高 3 べきであ ろう。 憲法判断回避が 許されるのは ,法令の解釈が無理でな い こと,書き換えの 域 に 達しない場合だという 飯田稔の指摘Ⅲもあ る。 この点は,法令の性格によ. って異なり,何らかの 合理性を模索される 経済的自由制限立法などと ,厳密に 立法者意思を 探求しその目的がやめにゃまれぬもので 手段が必要最小限度で あ ることを要求される. 言論規制立法などとでは 異なろう。 違憲の法令解釈をし. ておきながら ,憲法判断を回避したと と 考えるべきであ. 判 示することは. 矛盾であ り,許されない. ると思われる。 また飯田 説は ,事件の解決を目的とする司法. 裁判所が憲法判断を 回避できるのは ,結論が同じ場合に限られ ,必要な救済が 全うされないのであ れば,憲法判断に進むのが正当だともしている " 。 裏 返せ. ば,そうでない 場合には憲法判断回避が 当然であ るということになろ. う. 。. しかし付随的違憲審査制を 理由に憲法判断回避を 当然とするこれらの 説に 対しては,批判も多かった。 その批判は,「違憲性の う たがいのあ る法律を適 用 する場合に,裁判所は憲法判断をしないで 結論をだすことができるものであ. ろうか」Ⅲという 批判に代表されるようなものであ. ろう。 要するに,宮沢説 13.

(14) 樹異国隣曲斉法学第 14 巻第 1 号 (2005年 9 朋. のような立場では ,違憲の法令が見逃され,残存していくことをわざわざ 黙認、 しているのではないかという 点に集約できるのではないかと 思われる。 だが,渋谷秀樹が違憲性を主張する 適格者が誰かという 整理の下で述べてい る. 23 に,「個人主義的な観点」からも ,仮定的な問題に裁判所が判断を 下せ. ば, 「なるべく法廷内にいる 当事者の具体的属性・. 事実に密着した 判決を下し. その判断の到達範囲を 限定した方が 望ましい」 し 「文面上の判断はなるべく 差し控えるのが 望ましい」 " のではあ るま いか 。 まず,当事者が主張しない. 憲法判断を裁判所が 行 う ことは,当事者主義原則,延いては 個人主義や自己決 定権 的発想に反しよう。 そして,個人の救済を核とする 司法権 概念からも外れ るものと言わざるを 得ない " 。 そもそも基本的に ,出訴も上訴も 当事者の自由 であ ると考えるべきものではなかったか , 20,。. また,宮沢が,違憲審査権行使の問題を 論理的能否の 問題として扱っている ことは疑問であ るとする批判もあ る ". 。 確かに,憲法判断回避は論理必然では. なく, 日本国憲法の 解釈の問題として ,それ以上の大原則があ れば例外があ. り. 得ることであ り, このことを否定したことは 宮沢 説 に疑問が残るところであ っ. た。 しかしその例外的場合は ,裁判官の盗煮 によって決定されるべきもので はない。 司法権 の枠組に関する 例外は憲法法理として 定まるべきだからであ る。. それはより大きな 憲法原則に根拠が 求められねばならないように 思われた。 そのことは,付随的違憲審査制や 司法消極主義の 厳しい制約も 外れれば, 結 論 が逆になり,例覚的に憲法判断が裁判所の 義務となるときがあ ることも意味 している。 司法積極主義が 妥当すべき表現の 自由の制約事例などでは ,憲法制 断 回避は寧ろ行うべきでないのであ る。 その意味では ,「付随的違憲審査 制. と. いっても,本来,憲法的価値の保障に奉仕する 性格を有することは 当然のこと であ るから,憲法上の価値体系の上位に 位置する価値が 法令の存在に. 2 0. 侵さ. """ 生 れることが,特定の 事件の中での 遅 思の争点の提起にょり 明らかにされ ,かっ,. その違憲の主張に 関し法令の文言上の 効力を判断することに. よ. り,その事件. が処理されるのみならず ,事件を超えて憲法的価値が 守られるという 場合に , 14.

(15) 憲封り断 回避の「 i去理」について. 例外的に,違憲の争点を提起する 適格についての 準則を緩和することも ,憲法 の 禁止している 処ではない」 ". ところで,司法に. よ. と. 指摘は妥当であ ろう. る憲法判断回避裁量 説 のうち,高橋説 もまた,裁判所が. 憲法判断についてほぼ 唯一 ". 「積極的態度が 要請される」場合に「精神的自由. が 問題となっている 場合」 " があ り,その際には文面上違憲の 法理も妥当す る " 。 ・ことも明言している. ". 。 この立場を一歩踏み 込めば,精神的自由制約の. 場面では,憲法判断回避は 行うべきでないということになるのではなかろうか。 実際,憲法判断に踏み込むべきとして ,声部は ,公安条例に関する事案を 取り 上げている " 。. 「『. G 汎に失するがゆえに 無効』の理論などを 具体的に検討し. 限定解釈の意義と 限界を明らかにすることこそ ,憲法判断回避の準則に対する 抽象的・ る」. ". --. 般的な批判よりも ,憲法学にとっては生産的であ り重要な課題であ. とするという 声部の指摘は , 既に憲法判断回避の 例外の定式化への 指. 向を含んでいよう。 渋谷秀樹も,萎縮的効果が問題となる表現の 自由規制の場 合と,「法令が漠然性の暇疵を 帯びている場合」は「特殊例覚的」であ. るとし. ているのであ った,30・。. アメリ ヵ の判例法理から ,裁判所が回避をしない 方向に向けての 裁量が許さ れる「特別の 例外」があ る, との主張 ". もあ る。 だが,精神的自由制約が問 題 となっている 場合には,文面審査であるか,厳格審査基準の 下で適用審査が. 求められる筈であ る。 だとすれば,裁判所の 義務として憲法判断が 求められる 筈 であ り,憲法判断をしてもしなくてもよいという 場面はないのではないだ. る. うか。 結局,憲法判断回避は「準則」や 裁量ではなく ,すべき場合とすべきで ない場合の二分のルールとして 確立されるべきではなかったかと 思われる。. そもそも安全保障・. 防衛問題については 司法消極主義が 妥当しまさに 社会. 運動を基盤とした「投票 箱 と民主政」のプロセスに. 委ねられるべきであ ろう " 。. 防衛に関する 政策決定は , 例えば衆議院を 解散して,国民の判断に委ねよ ,と. 言えばよかったのではあ るまいか。 恵庭事件が「肩透かし」判決に 終わった理 由は「護憲運動の 盛上りの不足にもあ った」という 評価 ". もあ るが,ならば 15.

(16) 樹異国際 繍剤共学第 14 巻第 1 号 (2005 年 9. なぜ裁判所に 期待をかけたのか ,. 月. ). という疑問が 今日では浮かぶ㎝。 或いは,憲. 法判断が求めにくいことが 問題なのではなく ,行政事件で法律の執行の 差止め を 求める訴訟が 提起できない 点こそが問題だったのかもしれない " 。 何れにせ. よ,一般論として 政策の是非を 司法判断に委ねることは 疑問であ った。 恵庭判決での 自衛隊法の解釈に 無理があ るとしても, 即 憲法判断が求められ るわけではなく ,可罰的違法性論や公訴権 濫用論などの 刑法・刑事訴訟法の 解 釈、 レベルでの解決や 統治行為論などに れ. よ. り憲法判断に 入らないことが 求めら. ", 仮に憲法判断に 踏み込むにせよ ,まずは適用審査の下,合憲限定収は拡. 掛 解釈を模索し. 旺 生を避けるべ 少なくとも適用違憲の 途があ る限りは法令 婬忠. きであ ろうように思われる。 恵庭事件判決は , 大きくは罪刑法定主義の 要請か ら刑罰法規に 合憲限定解釈、 を施して憲法判断回避をしたものと 言えよう " 。 そ のように考えると ,長沼事件一審判決が, 果たして憲法判断を 回避した判決を 下し得なかったかも 疑問であ るし百里基地訴訟一審判決, , " が 逆の意味で憲. 法 判断に踏み込んだこともまた 疑問であ ろう。 社会・経済問題についても ,これに準じる結論が妥当すると 考えてよ い 23 に 思われる。 裁判所は「司法」概俳を 超えた権 限の行使はできないとの 原則に. 立ち帰れば,裁判所が具体的事件の 解決を超えて 憲法判断を示すことは 一般に 許されるべきではない。 国民相互間の 利益調整は第一義的には 国会が立法と ぃ う. 形で行い,その執行は行政に 委ねられる。 異議申立についても ,専門性を多. く. 含むが故に,一次的には上級行政庁や 独立行政機関,オンブズマンなどの 裁. 決 等を待っ制度が 期待された。 それでもなお ,この26. な 事件が憲法訴訟とな. るためには,憲法事件としての 事件争訟性が 必要であ り,憲法を援用すること が具体的事件の 解決に必要であ る場合に原則として 限られよ. 義 的には憲法判断を 回避して法令解釈に. よ. う. " 。 , 。 裁判所は 一. る途を模索しそれができないとき ・. には次に法令を 合憲 @ 定 ・拡張,解釈して 事案を解決すべきであ ろう " 。 し 違憲 判断を伴 3 場合でも適用違憲を 原則とすべきであ ろう. 以上のような 場面では,法令違憲は例外中の例外であ ろう 皿 。 そして,事案.

(17) 患群 lIf目遊め 「法理」について. の解決を離れた 違憲判断はあ り得ないと言うべきであ ろう。 緩やかな合理性の 基準が妥当し. 法令に合憲性の 推定を及ぼすということは ,憲法判断にあまり. 踏み込まないことと 整合性があ る。 逆に,裁判所が一般的に法令を 合憲と宣言 することもまたあ り得ない ",.。 ましてや,朝日訴訟最高裁判決の 傍論のように ,. 事案の解決を 離れての合憲判断は 非常に疑問であ ろう。 しかし精神的自由の 侵害が問題となっている 場面については , この原則の 例外となると 思われる " 。 精神的自由を 規制する法令には 萎縮自 り 効果があ るの. であ り,特に表現の 自由を規制する 立法に対しては ,文面審査が及ぶとするの が通説であ る。 だとすれば,文面審査とは ,当該事件の解決以前に憲法判断を 要請するものであ り,付随的違憲審査制の 例外と解される。 また,仮に文面違 上生 憲ではないにしても ,当該事件の解決に際しては 違憲性はないが ,類似の事例 、. を 想定すると当該法令が. 広汎であ るとか 暖昧 であ るなどの場合に ,将来への妻. 締約効果を削ぐ 意味で,当該事件の解決に必要な 限度を超えて 法令の憲法判断 をすべき場合があ ろう " 。 ・。 「繰り返されるが 審理を免れる 場合」についても ,. 憲法判断に踏み 込むべきであ ろう " 。 制度的保障であ る,政教分離や「大学の 自治」に違反する 場合もそうであ ろう " 。 このことは,刑罰法規についても 言. える 26. に思われる,。 " し 身体的自由規制一般もそ. う. 言えるのかもしれない. のであ る,。 。 ・。 憲法 14 条 1 項後段列挙事由に 基づく差別事例,, 。 でも,法令違憲. が 原則になると 言ってよかろう。 これらの場面では ,事件の解決を超えて憲法 判断を要請され ,裁判官の裁量ではなく 義務として憲法判断をすべきことにな ると考えられる。 そうなると,憲法判断回避が 裁量であ る場面は考えにくいよ う. に思われるのであ る。. おわりに 憲法判断回避は「準則」と 呼ばれ,立場の弱 い 下級審裁判官の 護身術的な知. 恵 のように扱われてきた。 しかし付随的違憲審査の 下で常に権 限があ るわけ 17.

(18) 横浜国際経済法学第 14 巻第 1 号 (2005年 9. 月Ⅰ. ではないことを 求めるのは酷であ った。 逆に, これを裁量としたことで ,裁判 官を政治的判断に 追い込んだ側面も 否定できなかった。 そして,言論規制など についても司法裁量的判断を 許容するかのような 空気を醸し出したのではなか ろうか。 我々は,事件争訟性や付随的違憲審査の 原点に戻るべきであ ろう。 結論的には,憲法判断回避は 法理であ り,その例外的場合も 法理として定ま り,憲法判断をするか 回避するかは ,裁判所に選択の余地は殆どない ,. と言. う. べきであ ろう。 通常,違憲判断をせずとも 同様の結論が 下せるならば ,事件の 解決を主務とする 司法裁判所は 憲法判断を回避すべきであ る。 そして,一定の 例外的事例では 憲法判断を必ず 行 う べきなのであ る。 一般的に言えば ,司法消 横主義の妥当する 事案では憲法判断を 回避するべきであ るし積極主義の 妥当 する事案では 逆に回避すべきではないのであ る。 だとすれば,憲法判断回避に 関する記述においては ,裁量や「準則」という 語を排しルールもしくは「法 理」という語を 用いるべきであ ると思われるのであ る。 1 ) 戸部借書 (高橋和之補訂 ) f憲法fn rJ L第 3 版 351 頁 (2002)0 コ. 2) 同上岡頁 。 3) 君塚正目「付随白 9 違憲審査制の 活性化に向けて」 関大法学論集 81 頁, 98 頁 (2003)n 4) 佐藤幸治『現代国家と 司法権J 80-82頁 (1988) は,対立性や,「係争対象の 主題または利益 が裁判所での 対審的訴訟手続になじむ」「法的性格のものでなければならない」ということ. 「相手方の行為の 結果個人的にあ る現実の損害を 蒙りまたは蒙るおそれがあ. ,. り,その損害が. 争われている 行為に正当に 帰せしめることができ ,原告に与する判決によってその 損害を除 ること」,成熟性・ムートネス ,終局性などを要件とする考え 方は「日. 去できる見込みのあ. 本国憲法上の『司法権 』との関係でも 否定し難い」と 述べている。 5 Ⅰ札幌地判昭和 42 年 3. 29 日下 刑集 9 巻 3 号 3R9 頁。 本件評釈としては ,阿部照哉「 判批 法学論叢 81 巻 5 号 99 頁 (1967), 黒田了一「 判批」『昭和 41 . 42 年度重要判例解説』 136 頁 (1968), 石川lオ顕 判批」『刑法判例百選 J (新版 16 頁 (1970), 小林武「 判批 法 セミ 増 刊 『憲法裁半り 68 頁 (1983),大久保史郎「 判批」上田勝美 編 『ゼミナール憲法判例 J (増補 版 342 頁 (1994), 中谷実 判批」『憲法の基本判例 J (第 2 版 ) 208 頁 (1996), 今関源成 判批」正基本判例 1-憲法』 184 頁 (1999), 声部借書「 判批」『憲法判例百選Ⅲ (第 4 版 ) 362 頁 (2000), 倉持孝司「 判批」杉原泰雄 = 野中俊彦 編 "新判例マニュアル ー 憲法 1J 38 頁 (2000) などがあ る。 同事件被告弁護人に よ るものとして ,内藤助「『論』 よ り『証拠Ⅱ 法 セミ増刊 "憲法裁判 ] 242 頁 (1983), 同 「恵庭事件」自由と 正義 38 巻 5 号 25 頁 (1987) 月. 」. 「. コ. 「. 18. コ. 「. 」.

(19) 憲法判断回避の「法理」について [以下,内藤前掲註 5) Ⅱ論文,と引用 1, 同 「恵庭事件」自由法曹団 編 『憲法判例をづ くるd 12 頁 け998),. 同 「恵庭事件 一 威武に屈せぬ 面魂」労働法律旬報. 号 32 頁 (2000). 1471=1472. [以下,内藤前掲註 5) Ⅳ論文, と引用 ] などがあ る。 このほか,深瀬忠一『恵庭裁判にお ける平和憲法の 弁証』 け967), 渡辺洋姉 = 松井康浩 編 「恵庭事件」 (1967), 風早八十二『 憲 自衛隊」 (19f67),「特集 恵庭裁判」ジュリスト. 法 裁判一恵庭事件と. 前掲註 5) ジュリスト特集, 前掲註 5) 法律時報. 1. 特集,. と と. 370 号は 967) ¥以下,. 引用 ], 「特集・恵庭判決」法律時報 39 巻. 5. 号 (1967) [以下,. 引用 1, 「特集・違憲審査 制 」法律時報 39 巻 9 号 (1967) ¥以. 下 ,前掲註 5) 法律時報Ⅱ特集,. と引用 ], 「特集・恵庭事件」自由と 正義 18 巻 3 号 42 頁. (1967), 「特集・恵庭事件の 総合的研究」現代の 眼 8 巻 6 号 44 頁 (1967), 高木武 「自衛隊 法 - 二一条への憲法的視点と 実定的解釈一恵庭事件における」『東洋大学創立八十周年記俳 法学論文集』 205 頁 (1967), 長谷Ⅱ@ 安 「恵庭判決」法学セミナー 134 号 49 頁 (1967), 有 倉 遠音「恵庭判決」同 13.5 号 13 頁。1967), 河上和雄「恵庭事件の 憲法的意義」法律のひろ ば 20 巻 6 号 31 頁は 967), 新井隆一「違憲立法審査の 現在的問題」同 8 号 23 頁 (1967), 「自衛隊法第 121 条」時の法令 603 号 8 頁 (1967), 植松正「泰山鳴動して 単一匹」 同 11 頁, 小林直樹「憲法政治の 点検 一 施行 20 年目の憲法機能の 検討」世界 259 号 29 頁 (1967), 深瀬 忠@. 「恵庭裁判の 経緯と争点」同. るか」同 72. 46 頁,平泉渉ほか「座談会・ 憲法第九条の 現実をどう見. 頁,佐藤助「恵庭判決一政治を 避けた「政治的 ] 裁判」朝日ジャーナル. 号は 967), 長谷川正安「恵庭事件のゆくえ」エコノミスト 吉 「恵庭判決と 憲法裁判の限界」日本の. 科学者 2 巻. 1. 号. 45 巻 15 号 42 頁 2. 9. 巻 16. (1967), 針生誠. 頁は 967), 田畑 厳穂 「恵庭事件. (1967), 宮本吉夫「恵庭判決の 政治的意義」自由 民主党政策月報 137 号 6 頁は 967), 佐伯静治 「「憲法第九条] の解釈」月刊社会党 120 号 111 頁 (1967), 星野安三郎「恵庭事件判決と 日本の軍事化」同 122 号 59 頁 (1967), 瀬戸山登 一 「自衛隊と恵庭判決」八幡大学論集 18 巻 1。2,3 号 109 頁 (1967), 鈴木安茂「恵庭事件の 示す もの」文化評論 68 号 42 頁 (1968), 鈴木房 太郎「恵庭裁判について」宮城学院女子大学研究 論文集 31 号 1 頁 (1968), 上野裕久「自衛隊の 違憲性一恵庭事件」針生誠吉ほか『日本の 憲 166 法 判例 J 35 頁 (1969), 小笠原 謙蔵 「砂 l及び恵庭判決を 顧みて」自由民主党政策月報 号 70 頁は 969), 和田英夫「恵庭事件」田中二郎ほか 編 Ⅱ戦後政治裁判定 録 3J 409 頁 (1980), 深瀬忠一「平和憲法はたたかって 守られ発展する」杉原泰雄 = 樋口陽一編『日本国 憲法 50 年と私 J 167 頁 (1997),中村陸男二宮本照 樹 『憲法裁判 50 年 ¥ 39 頁以下は 997) [中村 1, 中村陸 男ほか編 旧教材憲法判例 J (第 4 版 ) 24 頁以下 (2000Ⅰなども参照。 と憲法第九条」日本及日本人. 1448 号 32 頁. れ. 6) このほか,あん 摩 銭 灸 師法事件 (最大判昭和 36 年 2 ・. ・. 月. 15 日刊 集 15 巻 2 号 347 頁 ) の 藤. 出判事少数意見が ,被告人の行為は構成要件に該当しないとして とや,公安条例違反事件や 戸別訪問禁止違反事件で を理由に無罪判決を 下した下級審判例 高利昭和 50 年. 2. 月. 憲法判断を行わなかったこ. ,構成要件非該当や可罰的違法性の 欠如. (東京地判昭和 44 年 12. 月. 18 日刊 時 583 号 24 頁,大阪. 21 日刊 時 794 号 123 頁など) があ る。. れ 黒田双掲 註 5) 評釈、 137 頁。 8) 典型的には,声部信書ほか 研究会「恵庭裁判の 林直樹発言 ] がそうであ. 検討」双掲 註 5) ジュリスト特集 30 頁 [小. る。. 19.

(20) 横浜国際経済法学第 14 巻第 1 号 (2005 年 9. 月. ). 9) 樋口陽一ほか『憲法判例を 読み直す j (改訂版 25 頁 (1999) [山内敏腔 ]。 コ. 10) 声部信言「恵庭判決の 問題点」 "憲法叢説 2J 306 頁, 306,307頁 (1995) によると,「いささ か興奮の面持でテレビ 放送を注視していた」声部「は ,憲法判断回避の報道に,率直にいっ て , しばし唖 然とした気持におそわれた」とのことであ る。 初出は世界 259 号 61 頁 (1967)n また,平野龍一「刑罰法規と違憲性の判断」双掲 註 5) ジュリスト特集 83 頁, 84 頁は, 自 衛隊法 121 条解釈や構成要件該当性について. 殆ど弁論がなされていない. 点,「手続上肩すか. しの感はまめがれない」 と述べている。. 11) 高橋和Z F憲法判断の方法 " 59 頁 (1995L。 12) 例えば,声部ほか前掲註 8) 座談会 38 頁 [橋本公亘 ・声部信書発言 ] など。 13) 札幌地判昭和 48 年 9 月 7 日刊 時 712 号 24 頁。 本件評釈としては ,市原昌姉郎「 批」「 H呂オ 48 年度重要判例解説」 6 頁 (1974), 影山日出 弥 判 T 」『憲法判例百選」 (第 3 版 210 頁 (1974), 浦田一郎「判地」正憲法判例百選Ⅲ [ 第 2 版 ) 344 頁 け988), 浦田賢治「 判批 「憲法の基本判例 " (第 2 版) 181 頁 (1996), 佐々木高雄「 判批」『憲法判例百選Ⅲ (第 4 版 364 頁 (2000) など多数あ る。 14) ところで,論者の中には,警察予備隊違憲訴訟 (最大判昭和 27 年 10 月 8 日長集 6 巻 9 号 783 頁 ) で最高裁が憲法裁判所的性格を 否定して訴えを 斥けたことや ,砂川f 件 (最大判昭和 34 半. Ⅱ. 「. 口. コ. 」. コ. 年 12. 月. 16 日刊 集 13 巻 13 号 3225 頁 ) での統治行為論,或いは 東富士演習場自衛隊立人禁止. 訴訟が和解に 持ち込まれたことや ,百里基地訴訟一審判決 (水戸地判昭和 52 年 2 時 842 号 22 頁 ) が憲法上の争点の 審理をしようとしないことまでも「憲法判断を. 月. 17 日刊. 回避」した. と評するものがあ る。 上野前掲 註 5) 解説 44-47 頁。 しかし,およそ当事者一方が 当初期待 した憲法判断を 裁判所が行ないこと 全てを指すものとしてこの. 語を用いることは ,複数の論. 点を混同しているものと 考えられ,妥当ではない。. 15) 例えば,大久保双掲 註 5) 評釈 346 頁は,長沼事件一審判決を ,「恵庭事件判決の 憲法判断 回避に対する 批判を踏まえて ,違憲審査のあ り方をひろく 憲法保障の見地から 定式化した 典 型 例であ る」と評価している。. 16) 17) 18) 19) 20) 21). 声部ほか前掲. 註. 8) 座談会 31 頁 [深瀬忠一発言 ] 。. 同上 32 頁 [小林直樹発言 ] 。 同上 43 頁 [小林発言 ] 。 同上 39-40 頁 [橋本公亘 発言] 同旨か。 有食前掲註 5) 論文 13 頁。 同上 14 頁。. 22) 同上岡頁 。 23) 新井前掲 註 5) 論文 27 頁。 24) 高橋前掲 註 11) 書 60 頁。 25 Ⅰ永田秀樹「憲法訴訟」阿部照哉. = 松井幸夫 編 fH ㎜ DBooK. 憲法』 296 頁, 306. 頁. (1990)。. 26) 駒村圭吾「憲法判断の 回避」加藤一彦姉只野雅人偏『現代憲法入門ゼミ 50 選 ] 296 頁, 297 頁 (2005)。 27) 上野前掲 註 5) 解説 61 頁。 声部ほか前掲 註 8) 座談会 49 頁 [和田英夫発言 ] は,軍隊経験 20.

(21) 憲法判断回避の「法理」について. ド一. 3. 頁, 特集 轄は ィ華 法. 5b. ﹂. 前 註掲 @. 裁判 汁@ 生忠 た. 前川. る蛆 ( 隠 べ. ば. 890 223. 2 2 3. 論文 10. 前 部掲註 ヰ戸 頁,. ス. ユ. F﹂ な. 5. 一 一 一 口 ョ 三. のと. 打 た. 為い 壊め める. 破. , つ. 極. ㍉ 牡. な積. 程意 この 的な. 456 333. 掲 前 鮎冊 i Ⅰヨ 掲. 綴 ㏄ の. 123 333. て べ 述 ト一 る あ で 勝. 七万. キム て 1︶ レ@. 4. 183 2 18. 汁@ 壷思 頁,. 続騰 7. ふ Ⅳ ヰよ す ﹄ 日 口 "" Ⅸ @ 口 ミ知 訂 ㍉ を. 日 ﹁ 編. 汁@ @ 生 心. め本 頁 2. 屯八. 手ギ㈹ 掩. 3 12344444 5 4. 9 3. 頁 。 1.1 重日. 弄 ノ Ⅰ言葉 斗ム 0ロ う月 97八 3熊 ) は 生口 真 榊 6 8 2 も. 5 法 ). 7890 3334. 三一口. キよ. 5 0 20. 頁 3. 同 ﹂. 釈. 角牢 中 f共 %. いる. 7 6 19. な い. がて. 頁 6. 4. 口万. 9 巻 9 3. 律 汁@ ﹂. 課題. る. 頁。め く. 4 55 5. 憲掲喜. 余 で. ま. 的と. る す と レ@. 2. 8 一. 口万. 3 1. 評ア. 0123 5555. 5. し悦 らの. ﹂同異状. 日日).︶. 6789 4444. 21.

(22) 横浜国際経済法学第 14 巻第 1 号 (2005 年 9. 56) 57) 58) 59) 60). 声部信言「司法審査」双掲. 月. ). 註 10) 書 282 頁, 28%287 頁参照。. 声部前掲 註 10) 論文 319 頁。 声部前掲 註 5) 評釈、 363 頁。 声部前掲 註 10) 論文 320 頁。 同上 317 頁。. 61) Sge,Ashwanderv.TVA,297U.S.288 (1936) . 本件評釈としては , 時國 康夫構法訴訟とそ の判断の手 渕 197 頁 (1996) などがあ る。 渋谷秀樹「憲法判断の 条件」樋口陽一編Ⅱ講座 憲法学 6 一 権 力の分立 [2J 131 頁, 141-144頁 (1995) に詳しい。 62) 声部前掲 註 39) 書 286 頁。 この分野における 声部説 に関しては,高見勝利『声部憲法学を 読 む」 317 頁以下 (2004) も参照されたい。 63) 声部同上 309 頁。 64) 高見前掲 註 62) 書 325-326 頁に ょ れば,声部信 喜は東京大学法学部における 1982 年講義で, 「付随白 9 違憲審査 制 のもとで, r 憲法判断回避 ] の考え方を導く 『厳格な必要性 (strict necess. 吋). のルール』」があ り, 叩 憲法判断回避の 準則』は,このルールから派生したもの. であ る」旨を述べたという。. 65) 声部前掲 註 39) 書 232 頁。 阿部ほか 編 前掲註 44) 書 247 頁 [野坂泰司 ] もこの点などを 理由 に消去法的に声部説を. 66) 67) 68) 69) 70) 71) 72) 73) 74). 支持する。. 声部信書町人権 と憲法訴訟』 119-120 頁 (1994) でも同様の言及があ る。 声部前掲 註 39) 書 326 頁。 同上 329 頁。 栗城寿夫 = 戸波江二編「憲法 J 334 頁。1995) 畑尻剛] 同旨。 「. 声部同上 233 頁。 同上 24 件 250 頁参照。 同上 237 頁。 高橋前掲 註 11) 書 60 頁, 同上 67 頁。 同上 68 頁。. 75) 同上司頁 。 76) 同上-63 頁。 77) 中村二宮本前掲 註 5. Ⅰ. 書 45 頁は,長沼事件一審判決は 芦部説など「に 基本的に従ったもの. で ,学界から広く支持されている」とする。. 深瀬忠一「声部先生と. 平和憲法の『憲法訴訟』. と『改憲 ] 問題」ジュリスト 1171 号 83 頁, 84 頁 (2000) もその結論を 支持する。 微妙なと ころではあ るが, 時国前掲 註 61) 書 250 頁は,「判決の 結論に影響のない 点について違憲の 主張がなされた 場合, この点につき 実体の判断を 示さなくとも 違法とはならない」と. 述べ. る 。. 78) 戸 松秀興『憲法訴訟 J 21 色 217 頁 (2000)n 79) 同上 225 頁。 80) 同上司頁 。 81) 戸 松秀興「憲法判断の 回避」法学教室 181 号 50 頁, 53 頁 (1995) は,「憲法判断回避の 手法 22.

(23) 十 Ⅱ j メ 4 為. 一 丁 ノ @オ の 機関 頁 。 14 8. 頁, 特集 Ⅱ. 法 O 一 十二. ヰよ 0. 28 38 48 58 68 78 8 8. るあ Ⅰ︵. なて. 家 国 の 他 る よ. 憲法判断回避の「法理」について. 15. 2ぎ 越でる. 89. 80 1 重日 同 が , る 。 八す 、. 川も 釈並井 ハ | 亡 下L 味L ︶1 解と 松 スノ 0 0 めく こな で ,・ +j 吾 Ⅸも " 六 Ⅰ @@ 0 一戸 力引 1 {{l 方 ﹄ 引別. の参 @. . つ よ の 右. 3 2. 事て ,べ は述 財と 原﹂ のい な 避は 固く 断な 1 半エ 甘 去ら 憲め @ 月 はみ ふ Ⅳ 抑外 ㎎例 頁は 7に 煕ム口 説い 団場. 79 89 90 00Ⅰ 9 1 1.1. ︶11目 い. 021. 本国 2004 日( ㏄レ @ 蛆あ 。﹁頁. 4. ム冊. 234999 95. 6 9. らこ仇 @. 0 91 9.

(24) 横浜国際経済法学第. 14 巻 第. Ⅰ. 号 (2005 年 9 月 ). 102) 最大判昭和 42 年 5 月 24 日良美 21 巻 5 号 1043 頁。 本件評釈としては , 森 順次 @判批 T昭和 41 . 42 年度重要判例解説」 148 頁 (1968), 杉村敏正 判批 憲法判例百選Ⅱ J (第 2 版 ) 32 頁 (1988), 田中 館照橘 判 T 」『行政判例百選 1J ( 第 3 版 32 頁 (1993), 前田雅子 判批」『行政判例百選 IJ (第 4 版 32 頁 (1999), 上田勝美「 判批」正憲法判例百選 DJ (第 4 版 290 頁 (2000) など多数あ る。 」. 「. 」. 「. 「. 仁. コ. コ. コ. 103) 時国 前掲註 61) 書 203-204 頁参照。 104) この点につき ,上野前掲註 5) 解説 63 頁も参照。 105) 佐藤前掲 註 4) 書 126 頁同旨か。 藤井俊夫「事件性と 司法権の限界J 48 頁 (1992) も同様の 結論に達していると 思われる。. 106 Ⅰ宮沢俊義「恵庭判決について」双掲 註 5) ジュリスト特集 25 頁。 107) 同上 26 頁。 続く部分では ,抽象的違憲審査制の導入論を批判している。 108) 同上岡頁 。 109@ 同上 29 頁。 110) 実際に上野前掲 註 5) 解説 f6Z-f63 頁は,「万年保守政権 に握られ」 た 「司法省化」した 最高裁 の下に下級審があ る状況では,恵庭事件一審は「相当に評価」するが ,「もう- 歩前進して 憲法尊重擁護の 毅然たる判決がなぜでなかったのであ. 111) 112) 113) 114). ろうか」と批判する。. 橋本公亘 『日本国憲法J 624 頁 (1980), 佐藤前掲 註 44) 書 361 頁。 橿原猛 ほか 編丁新版基礎憲法」 232-233 頁 (1999) [井上典 2L 。 中谷前掲 註 5) 評釈、 211 頁。 大石真下憲法講義. 1J 176 頁 (2004) は,憲法判断回避の準則は「司法審査役に 特有のもの. であ って,憲法判断そのものを訴訟目的として 独立審査の対象とする 憲法裁判制度について は,. もともと成り 立たない」とする。 確かに,事実上か理論上かは兎も 角,憲法裁判所が法. 律などの解釈を 行. う. ことはできるのか ,まず法律判断をせよとして通常裁判所に 事案を戻す. ことや訴えを 却下することが 可能か,疑問である。. 115) 116) 117) 118) 119). 飯田双掲 註 90) 論文 59 頁。 同上 61 頁同旨。 百合前掲 註 5) 論文 14 頁。 渋谷双掲 註 61) 論文 150 頁。 よって, 佐々木 雅寿 「勧告的意見の 可能性」高見勝利ほか 編 『日本国憲法解釈の 再検討 ] 323 頁, 33f 頁 以下. (2004) が示すような ,勧告的意見を現行憲法下で 導入する可能性につ. いては,本稿は,ないと断じておきたい。. 120) そう考えると ,刑事事件ではあるが,恵庭事件で検察側が控訴などをしなかったことについ て, 有 食前掲註 5) 論文 15 頁のように,「 すじ としては控訴するのが 当然であ る」と評する ことはできないように 思われる。 河上前掲 註 5) 論文 35 頁も参照。 なお,石川前掲 註 5) 評釈 17 頁の述べるように ,裁判所が検察に 訴因 罰条 変更を促さなかったのか 務 的なものかという 疑問は残ろう。. 121) 小林武前掲 註 5) 評釈 69 頁。 122) 時国 前掲註 61) 書 22 年227 頁。 24. ,それは義.

(25) きめ. すル べだ をル 一 れ. もう. 縮決反 萎 利令 達 0審 定 ず ,訳 帝 1言 分 検吠え 教 。干. 件. 5. 9. 力 ヰ 、 。㌧ 主恩そのの手. か3明翻. 法具 5 導り罪で 違を 2 そ 決な か有用な﹂ 罪響なぬm 口 栃 ・ 乙 動一は ,言 の お な無。は 英 で前は 日日ろ Ⅰ 一 オ Ⅰ え ら﹂ ﹁キ戸 、怒 頁 論:。 9 い﹂. 一一一Ⅰ. ,適用. 七干 エⅡ 工 輻] 億 同4塚橋連のこ 文る野塚井庭 ﹁き決な松判て Ⅰ 23113 82 93 0 3 337 2 123 2 3 14 15 16 18 1 1 1 13331 14 2 12 12 1567. 主 の な従 が 由あと で し所的白 離 る 明判 神田あ. lL. 法は 前. 王@ ト 胎繍 極 以. 憲法判断回避の「法理」について.

(26) 14 巻帯 1 号 (2005 年 9 月 ). 横浜国際経済法学第. 142) ところで,最高裁の違憲判決はほぼ 法令違憲であ 日. 月. 民集 29 巻 4 号 572 頁,最大判昭和 62 年 4. 月. 22. る 2 日. 6 に見える。 最大判昭和 50 年 4. 月. 30. 民集 41 巻 3 号 403 頁,最大判平成 14 年. 11 日良案 56 巻 7 号 1439 頁など。 しかし,経済的自由制限立法と. 9. 思われる場合,適用違憲. での解決が閉ざされ ,当該法文がいかに適用しても違憲であ るときに初めて 法令違憲の判断 がなされるべきではなかろうか。. その事例になり 得るとして諸判決に 検討を加えた ,君塚王. 臣「学生 無 年金障害者問題の 憲法学一差別包囲状況における『緩やかな. 合理性の基準 ] の想. 77 巻 8 号 75 頁 (2005) も参照。 なお,中谷実 判批 法 セミ増刊 『憲法裁判」93 頁 (1983) は,行政財産使用許可撤回事件。最判昭和 49 年 2 月 5 日 民集 28 巻. 定外の可能性」法律時報 1. 号. 1. 「. 」. 頁 ) を憲法判断回避の 例として紹介する。. 143) よって,川岸ほか前掲註 94) 書 317 頁 表 [君塚正日 ] にあ るように,付随的違憲審査制 の 下 でのいわゆる 合憲判決とは ,「本件適用の 限りでは違憲ではない」という. 判断を指すものと. 考えられる。. 144) 高橋前掲 註 11) 書 54 頁同旨。 145) 君塚正巳「事双抑制と 教科書検定一家八教科書裁判第一次訴訟最高裁判決」東海大学文明 研 充所紀要 15 号 95 頁, 102 頁以下 (1995) が示すように ,事前抑制を含む法令は文面審査され るべきであ. 同 「第姉者効力論の 新世紀 (二. る。 しかし. ・. 完 Ⅱ 関 大法学論集 50 巻 6 号 105. 頁, 127 頁以下 (2001) が述べるように ,私法の一般規定の上位法として 憲法,特にその 21 条を考える際に ,「擾昧 ・漠然性ゆえ 無効の法理」や「過度に 徹することは 困難であ. る。 そう考えると. 益処分が予定されているときに. ,. この 2. 広汎性ゆえ無効の 法理」を貫. つの法理は,刑罰規定や行政罰などの 不利. tL ない。 その意味で,. 妥当するものと 考えるべきなのかもし. 暖昧 ・漠然もしくは 過度に広汎な 法令が文面違憲とはならず. ,適用審査法令違憲もしくは適. 用 違憲となる余地はあ るように思えるのであ る。. 146) 佐藤前掲 註 44) 書 362 頁の示す,「類似の 事件が多発するおそれがあ. り, しかも憲法上の 争. 点が明確であ るというような 事情の存する 場合」とは, このことだろうか ,. 147) 君塚王臣「政教分離と 原告適格」復原 猛 古稀「現代国家の 制度と人権 は997) など参照。 一連の靖国訴訟の 高裁判決 (仙台高利平成 頁 ,大阪高利平成 4 年. 7. 月. 3. 年. 1. 月. 194 頁, 202 頁以下. 』. 10 日行実 42 巻 1 号 1. 30 日刊 時 1434 号 38 頁,福岡高利平成 4 年 2. 月. 28 日刊 時 1426 号. 85 頁 ) では,違憲もしくは違憲の疑 い があ るが原告の請求を 全て棄却する 判断があ った。 し. 両 当事者とも上訴しなければそれが. 確定した筈であ る,付随的違憲審査制の下で,当事者. がそれ以上争わない 以上,最高裁がこの問題を取り上げることはできない。 最高裁は棄却した. (最決平成 3 年 9. も. 月. 岩手県の上告を. 24 日判例葉末登載 ) が , 併せて憲法判断を 行 うめ が. 妥当であ ったと思える。 なお,本件については違憲判断を妥当と 考えたい。 以上の結論は , 精神的自由のための 制度的保障を 侵害した事例であ るが枝のものであ る。. 148) 浦部前掲 註 88) 書 379 頁が指摘するように , 刑 m 裁判で有罪判決を 下す際に,適用条文に違 憲の主張がなされている 場合には,当該条文の本件適用を合憲とする 判断を伴わざるを 得な い。. また,具体例は想定しにくいが ,参政権規制の場合も 同様であ ろう。 君塚前掲 註 3) 論. 文 90 頁。. 149) その意味では ,橋本前掲註 111) 書 f627 頁の徴兵法の 例は杷憂 かもしれない。 26.

(27) ﹁. 27. ) 千言. 脱 日. 3 月. (2005年 5. と. 平. 凹権 法華 逆臣. 生母 る, あ で 暴 ム %一. 講 の " : ﹁j '' 八百. 協 権 人 由 山口. し H. キよ. て ど. っ参 釈な. 1. 50. @@ (2 ((((. 本稿では敬称は 全て略させて 戴きました。 [付言田.

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