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<判例研究>福岡魚市場株主代表訴訟事件

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(1)福岡魚市場株主代表訴訟事件. 判例研究. 福岡魚市場株主代表訴訟事件 . 遠藤 元一. 最判平成 26・1・30 金融・商事判例 1435 号 10 頁、福岡高判平成 24・4・13 金融・商事判例 1399 号 24 頁、福岡地判平判平成 23・1・26 金融・商事判例 1367 号 41 頁. Ⅰ 事実の概要 本件は、水産物及びその加工品の販売の受託、輸出入などを業とする訴外 A 株式会社(以下「A 社」という)の株主であるX(原告・被控訴人・被上 告人)が A 社の代表取締役であった Y1、取締役であった Y2 及び Y3 に対し、 A 社の 100%子会社であり、食料品の購入、販売又はあっせん等を業とする訴 外B株式会社(以下「B社」という)に対する不正融資等により、A 社が 18 億 8000 万円の損害を被ったとして、平成 17 年法律第 87 号改正前商法 267 条 3 項(現行会社法 847 条)に基づき、Y1 らに A 社への損害賠償の支払を求め た株主代表訴訟事案である。 Y1 は平成 11 年 6 月から同 20 年 6 月まで A 社の代表取締役の地位にあり、 昭和 61 年 8 月から平成 20 年 6 月までB社の非常勤取締役を兼務し、Y2 は平 成 13 年 6 月から同 17 年 6 月まで A 社の専務取締役の地位にあり、同じ時期 にB社の非常勤取締役を兼務し、Y3 は平成 13 年 6 月から同 17 年 6 月まで A 157.

(2) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 社の常務取締役の地位にあり、平成 11 年 6 月から同 17 年 6 月までB社の非常 勤監査役を兼務していた。 A 社とB社とは、平成 9 年から同 10 年頃に「ダム取引」1)を始めており、 平成 14 年春頃から不良在庫を一時的に解消するため、5 億円の限度で「グル グル回し取引」2)を始めた。その後、C社など 4 社との間でも同様の取引を開 始した。 グルグル回し取引は、繰り返し行うと、含み損をもたらし、他方で、グルグ ル回し取引の相手方には手数料等の利益をもたらす取引である。取引を行う際 には、代金額の 5%の利益が上乗せされ、個別の取引について契約書は作成さ れていなかった。 B社では、平成 11 年 4 月の取締役会において、不良在庫の調査報告に基づ きその処分等の対応を図ったが、その後も在庫は増加し続け、その結果として 銀行からの短期借入金残高も増加した。平成 13 年 9 月には、A 社の常務取締 役会でも在庫の管理状況の問題が取上げられており、平成 14 年 11 月には、A 社の監査を担当していた公認会計士からB社を含む A 社グループの在庫管理 に関する指導が行われていた。 平成 15 年 12 月頃、Y2 がB社の取締役からB社の在庫問題について相談を 受け、そのことを平成 16 年 3 月上旬に Y1 に話したところ、Y1 は在庫問題に 対処するため Y2 を委員長とする調査委員会を設置した。調査結果としてB社 の在庫、売掛金の含み損が約 13 億 7800 万円であるとする 3 月 31 日付調査報 告書を受け、4 月 30 日の再建計画書を作成し、A 社に提出したが、6 月 17 日 頃、B社の損失額は 14 億 8000 万円に修正された。A 社は、同年 6 月 21 日の 取締役会で、B社を再建するために 20 億円の枠で融資を行う旨を承認し、同 年 12 月末までに 19 億 1000 万円の貸付けを実施した(このうち 5 億 5000 万円 はB社の A 社に対する買掛金の支払に宛てられた) 。 しかし、同融資を実施した後、B社の特別損失額が約 22 億 6200 万円である ことが判明したため、再建計画を実施することが困難となり、A 社は、平成 158.

(3) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. 17 年 2 月の取締役会で 15 億 5000 万円の債権放棄を承認した。 その後、B社から A 社に対して 3 億 6000 万円の返済がなされたが、すぐに A 社からB社会に対して 3 億 3000 万円の貸付けが行われた。そこで、A 社の株 主であるXは、子会社に対する監視義務違反並びに子会社に対する貸付けに係 る善管注意義務違反及び忠実義務違反などを主張し、Y1 らの A 社に対する損 害賠償責任追及する訴えを提起した。. Ⅱ 判 旨 一審判決(福岡地判平成 23・1・26 金融・商事判例 1367 号 41 頁) 1 忠実義務違反及び善管注意義務違反 グルグル回し取引を繰り返すことで当事者である会社に損害をもたらすもの であること及び A 社及びB社らとがグルグル回し取引を継続していたことを 認定した上で、次のとおり認定した。 ・‌ (1)Y らがグルグル回し取引に積極的に関与し、又は承認したとまでは認め られない。 ・‌ (2)しかし、 「Y1 は、平成 11 年 1 月ころにB社において不良在庫の問題が 起こったことを認識していたことが認められる。また、…Y らは、B社の非常 勤取締役及び監査役の立場で、Bの在庫及び銀行からの短期借入金が平成 11 年ころから大幅に増加し続けており、平成 14 年ころには、これらが改善を要 するレベルに達成していることを認識していたこと、また、A 社の取締役の 立場でも、B社の在庫が多いことが従前から問題とされており、平成 13 年 9 月 22 日の常勤取締役会において在庫管理状況を徹底的にチェックするよう厳 しく指導すること及び長期在庫の処分することとされたにもかかわらず、その 後も在庫は減少せず、事業本部の加工原料課における在庫はむしろ大幅に増加 している状況にあり、そのような状況下において、平成 14 年 11 月 18 日、A 社の取締役会において、公認会計士が、B社ほか子会社を含めて在庫管理を適 159.

(4) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 切に行うよう指導したことを認識していた。 」 ・ (3) 「Y らは、A 社及びB社において従前から問題とされてきた在庫の増加 について、取締役会等における指摘及び指導にもかかわらずこれが改善され ないことを認識していたのであるから、A 社の代表取締役または取締役とし て、遅くとも、…公認会計士からの指摘を受けた平成 14 年 11 月 18 日の時点 で、…A 社及び子会社であるB社の在庫の増加の原因を解明すべく、従前の ような一般的な指示をするだけでなく、自ら、あるいは A 社の取締役会を通じ、 さらには、B社の取締役等に働きかけるなどして、個別の契約書面等の確認、 在庫の検品や担当者からの聴き取り等のより具体的かつ詳細な調査をし、又は これを命ずべき義務があったといえる。 」 「にもかかわらず、Y らは、何ら具体 的な対策を取ることなく、B社ひいては A 社の損害を拡大させるに至ったの であるから、Y らには上記の内容の調査義務を怠った点に、忠実義務及び善管 注意義務違反が認められる。 (調査をすれば、直ちに問題の全容を解明するこ とまでは難しいとしても、B社及び A 社においてグルグル回し取引による不 適切な在庫処理が行われていることを発見し、これを検討したうえで、不良在 庫の適切な処分及びグルグル回し取引の中止などの対策をとることにより損害 の拡大を防止することが可能であった) 。 」 2 本件連帯保証契約の締結について 「Y らは、遅くとも平成 14 年 11 月 18 日の時点で、B社の在庫問題について 調査を行うべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠っていたもので あり、Y らは、その後の平成 15 年 3 月に本件連帯保証契約を締結する際にも、 …B社から提供された資料のみを検討しただけで詳細な調査や検討を行うこと なく、安易に極度額の定めのない本件連帯保証契約を締結したというのである から、まず、この点に忠実義務及び善管注意義務違反があったというべきであ る。 」. 160.

(5) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. 3 本件貸付けについて 「B社の不良在庫問題については、平成 15 年 12 月にB社内に本件調査委員 会が設立され、調査が行われて本件調査報告書が提出されている」が、 「本件 調査委員会のB社の不良在庫に関する調査の内容としては、…本件不良在庫問 題の原因及びB社の損害を解明するには、なお不十分なものであったといわざ るを得ない。そして、本件調査委員会は、本件調査報告書の再検討を求められ るや、同報告書が提出されてからわずか約 2 か月あとにはB社の特別損失額を 約 1 億円も上方修正する修正案を提出したことからすれば、Y らは、本件調査 委員会による調査結果の信用性にも一定の疑問を抱くべきであったといえる。 にもかかわらず、Y らが構成するB社の取締役会は、本件調査報告書の信用性 について、具体的な調査方法を確認するなどといった検証を何らすることなく、 その調査結果を前提として本件貸付けを行ったのであるから、この点について も忠実義務及び善管注意義務違反があったというべきである。 」 4 連帯保証契約の締結及び本件貸付けの経営判断としての妥当性 「Y らは、連帯保証契約締結に当たって A 社の子会社であるB社とC社との 取引がより円滑に行われるためにC社の要請を受け入れることが必要と判断し たこと、本件貸付けに当たって、Y らがB社の再建方法を検討した結果、破産 及び民事再生手続、銀行からの融資、取引先への長期返済の依頼等の他の手段 に比較して、最良の手段であると判断して本件貸付けを行ったことは、いずれ も経営判断であったと主張する。 しかし、そもそも経営判断の前提となるB社の経営状況に関する調査が不十 分であれば再建策について適切な判断をすることは不可能であるところ、B社 の経営状況に関する調査や本件調査報告書の正確性についての検証を行うこと ができないほどに緊急の対応を要したとの事情はうかがわれない…たやすく 本件貸付けを実行するに至った Y らの判断に合理性があるということもでき」 ず、経営判断の原則として妥当とは認められない。 161.

(6) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 5 本件債権放棄について 「本件債権放棄は、本件貸付け後、B社の特別損失額が 22 億 6242 万円であ ることが判明したため、当初のB社の再建計画が頓挫しただけでなく、本件貸 付けの回収も極めて困難な状況になったところ、B社を倒産させるよりも A 社のB社に対する債権を放棄させることによりB社の再建を図るほうが、B社 の親会社である A 社の信用の維持につながるし、税務上のメリットもあると いう A 社の取締役会の判断で行われたものである。 この点については、債権放棄という手段が当時考えられた選択のうちで結果 として最良であったかは別として、上記判断の前提となったB社の特別損失額 などの事実に関する Y らの認識に誤りはなく、回収が期待できない債権に固 執するよりも、これを放棄してB社の再建を期待するという判断も企業経営者 として特に不合理、不適切とはいい難く、これをもって取締役としての裁量の 範囲を逸脱するものとはいえない。したがって、本件債権放棄について、Y ら の忠実義務あるいは善管注意義務違反は認められない。 」 6 本件新規貸付けについて 「本件新規貸付けは…、B社に対する支援策として融資枠内で既に行われて いた 3 億 6000 万円について、3 億 3000 万円に減額した上での実質的な期限の 猶予の性格を有するのであって、全く新たな貸付けを行ったものではないから、 これを行ったことについて、別途、Y らに取締役としての忠実義務あるいは善 管注意義務違反があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証 拠はない。 」 7 損害賠償額について (1)調査義務 「もっとも、Xは、グルグル回し取引から生じた損害の額について具体的な 主張及び立証をしないところ、本件証拠からは、同日時点で既にB社において 162.

(7) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. どれだけの損害が生じていたのか、B社の不良在庫が具体的にどのように処理 されたのかなどといった事情が必ずしも明確ではなく、また、B社の経営悪化 にはグルグル回し取引以外の要素も影響していることがうかがえることからす ると、Y らが平成 14 年 11 月 18 日の時点で具体的な調査を怠った忠実義務及 び善管注意義務違反の行為によって A 社に生じた損害の数額を具体的に認定 することは困難である。 」 (2)本件連帯保証契約についての注意義務違反 「Xの主張によっても、本件連帯保証契約によって直ちに損害が発生したと いうのではなく、その結果、本件貸付けを行わざるを得なくなり、本件債権放 棄等によりその回収ができなくなったことで損害が発生したというのであるか ら、本件貸付けの注意義務違反として、…検討する。 」 (3)本件貸付けについての注意義務違反 「Y らは、本件調査報告書の信用性を検証することなく本件貸付けを行った 点に忠実義務及び善管注意義務違反が認められるところ、本件貸付けによって A 社がB社に交付した 19 億 1000 万円のうち、本件債権放棄により放棄した 15 億 5000 万円及び本件新規貸付けにより交付した 3 億 3000 万円の合計 18 億 8000 万円が回収不能となったというのであるから、同額をもって、本件貸付 けについての忠実義務及び善管注意義務違反により生じた損害額と認めるのが 相当である。 」 (4)各忠実義務及び善管注意義務違反による損害の数額 「Y らがグルグル回し取引についての調査を怠ったことによる損害の数額を、 それ自体として具体的に認定することは困難であるものの、Y らは、本件調査 報告書の信用性を検証することなく本件貸付けを行ったことにより A 社に 18 億 8000 万円の損害を生じさせたことが認められ、Xも同額を請求しているの であるから、Y らの各忠実義務及び善管注意義務違反による A 社の損害の数 額は 18 億 8000 万円とするのが相当である。 」. 163.

(8) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 控訴審判決(福岡高判平成 24・4・13 金融・商事判例 1399 号 24 頁) 控訴棄却 「以下のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第 3 当裁 判所の判断」に記載するとおりであるから、これを引用する。 」 1(ダム取引、グルグル回し取引は譲渡担保取引であり Y らの忠実義務ない し善管注意義務違反なしとの Y らの主張について) (1) 「ダム取引ないしグルグル回し取引は、営業上の必要ないし短期間の資金 繰りの必要等からのやむを得ない経営上の事情等があるときに、後にそれに対 する適正な回復措置が行われることを前提に、例外的な場合に限って行われた ものでない限り、会社経営上において違法、不当なものであることは明らかで ある。 」 (2) 「親会社である A 社の元役員であり、非常勤ではあるものの、子会社のB 社の役員であった Y1 らは、平成 15 年末ないし平成 16 年 3 月ころ、B社には 非正常な不良在庫が異常に多いなどの報告を受け、本件調査委員会を立ち上げ て調査したのであるから、その不良在庫の発生に至る真の原因等を探求して、 それに基づいて対処すべきであった。 」 (3) 「そして、その正確な原因の究明は困難でなかったことは、その取引実態 に起因する前記徴表等から明らかであった。それにもかかわらず、Y らは、子 会社であるB社の不良在庫問題の実態を解明しないまま、親会社である A 社 の取締役として安易にB社の再建を口実に、むしろその真実の経営状況を外部 に隠蔽したままにしておくために、業績に回復の目途もなく、経済的に行き詰 まって破綻間近になっていたことが明らかなB社に対して、貸金の回収は当初 から望めなかったのに、平成 16 年 6 月 29 日から同年 12 月 29 日にかけて合計 19 億 1000 万円の本件貸付けを実行してB社の会計上の損害を事実上補填した が、当然効果は見られず、平成 17 年 2 月 24 日には、そのうち 15 億 5000 万円 164.

(9) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. の本件債権放棄を行わざるを得なくなったのに、さらに、同年 4 月 4 日から同 年 5 月 30 日にかけて合計 3 億 3000 万円の新規貸付けを行ったものである。 」 (4) 「前記経緯からすると、その経営判断には、原判決が説示するとおり、取 締役の忠実義務ないし善管注意義務違反があったことは明らかである。 」 2(平成 16 年 7 月に資金ショートするおそれがあったB社に本件貸付け などの支援を行うことが合理的な経営判断であるとの Y らの主張について) 「Y1 らは、B社に不明瞭な多額な在庫があるとの報告を受け、その後も、在 庫や借入金が急速に増加し、その状況が一向に改善しない等の状況を認識して いながら、何らの有効な措置を講じないまま、経営破綻の事態が差し迫った状 況になった後に、支援と称して本件貸付等を行ったのである。また、B社の 再建にはその経営困難に陥った原因解明が必要不可欠であったのに、それをな さないで、そして現実の経営回復の裏付けがないため回収不能による多大な損 失がでることが当然予測されることが認識できたのに、本件貸付けなどの支援 をB社に行ったことは、A 社の取締役としての経営判断として合理性はなく、 正当なものであったなどとは言い得ないことは明らかである。 」 3(損益相殺の主張について―新規貸付けの 3 億 3000 万円がB社の株式 と交換されているため回収不能とはいえず、本件債権放棄は税務上損金処理し、 税務上の利益 6 億 9539 万 6500 円が発生しているから損益相殺すべきだ との主張について) 「B社は多額の債務超過にあるのであるから、その株式が無価値であること は明らかである。また、本件債権放棄により生じた税務上の利益が損益相殺の 対象にはならないことは当然であるので、Y らの上記主張はいずれも失当であ る。 」. 165.

(10) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 4(遅延利息は商事法定利率ではなく、民法所定の利率を適用すべきとの控 訴人らの主張について) 「本件損害賠償は、会社関係としての商事事件であることは明らかであるの で、その損害回復のためには商事法定利率の適用が排除されるべきでないと解 される。よって、Y らの上記主張は採用できない。 」. Ⅲ 研 究 【1】控訴審の論理構造と本報告で取扱う論点 1 はじめに 一部の研究者や実務家から子会社管理責任を認めた裁判例として注目されて いた福岡魚市場事件の最高裁判決が出され、控訴審判決の結論が事実上認めら れた格好となった 3)。本研究は確定した控訴審判決を取扱うことにする。 控訴審判決は、一審判決を敷衍して補足する判示を付加するほかは、一審判 決を引用するとしているため一審判決の論旨を踏まえることが必要である。一 審判決の判断過程がXの主張に沿いすぎているためにわかりにくいが 4)、論理 的には、次のとおり整理することができる。 第 1 に、Y らがグルグル回し取引に積極的に関与・承認したとまでは認定で きない(1(1) )が、A 社取締役の立場兼B社取締役あるいは監査役の立場で、 在庫管理に改善の余地があり、数度の指摘や指導にかかわらず改善されていな いことを認識し(1(2) ) 、遅くとも公認会計士による指導があった時点で在庫 増加の原因解明のために具体的かつ詳細な調査を行う義務があり、原因を詳 らかにしたうえで A 社に損害を生じさせないような対策を講じる義務があり、 この調査義務を怠ったことに善管注意義務違反が認められるが(1(3) ) 、損害 額についてXは主張・立証しておらず、損害の数額を認定することは困難であ る(7(1) ) 。 第 2 に、1(3)の調査義務違反がありながら、連帯保証契約の時点でも詳細 166.

(11) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. な調査・検討を行わず、B社から提供された資料のみを検討しただけで安易に 極度額のない連帯保証契約を締結した点も善管注意義務違反が認められる(2) が、連帯保証契約締結により直ちに損害が発生したというのではなく、本件貸 付けを行わざるを得なくなり、本件債権放棄等により回収ができなくなったこ とで損害が発生したので、本件貸付けの注意義務違反として検討する(7(2) ) 。 第 3 に、連帯保証契約を締結した結果として本件貸付けをおこなわざるを得 なくなり、調査委員会による調査報告書の信用性に疑問を抱くべきだったにも かかわらず、具体的な調査方法を確認するなどといった検証をすることもなく 調査結果を前提として本件貸付けを行ったことも善管注意義務違反が認められ る(3)が、本件貸付けによって A 社がB社に交付した 19 億 1000 万円のうち、 本件債権放棄により放棄した 15 億 5000 万円及び本件新規貸付けにより交付し た 3 億 3000 万円の合計 18 億 8000 万円が回収不能となったのであるから、同 額が本件貸付けについての善管注意義務違反により生じた損害額と認めるのが 相当である。 第 4 に、Y らは、連帯保証契約の締結や本件貸付けは経営判断だと主張する が、経営判断の前提となるB社の経営状況に関する調査や調査報告書の正確性 の検証を行うことができないほどの緊急性はうかがわれず、経営判断に合理性 があるとはいえない(4) 。 第 5 に、Y らの各善管注意義務違反による A 社の損害の数額は 18 億 8000 万円とするのが相当である(7(4) ) 。 Y らの善管注意義務違反は 1(3) (調査実施義務) 、2(連帯保証契約締結) 、 3(本件貸付け)で認定されるが、2 は結果的に 3 による損害に結びつき、 結局、 1(3)と 3 とが損害賠償の根拠となっている。1(3)は論理的には 3 とは独立 してそれ自体の違反を理由とした損害賠償請求権を成立させうるが、本件では 具体的な損害額の主張・立証がない。 より早期に詳細な調査を行い、グルグル回し取引を中止するなどしていれば、 B社の損害が拡大することもなく、B社の経営の立て直しのために A 社が連 167.

(12) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 帯保証契約の締結、本件貸付けを行うこともなかったといえること(遅くとも 平成 14 年 11 月 18 日の公認会計士の指導がされた時点でこう言える) 、また、 詳細な調査をすれば容易に不良在庫の発生に至る原因等を解明できたことが何 度も繰り返されていることを考慮すると、1(3)は、3 の本件貸付けの善管注 意義務違反の有無、経営判断原則が適用されるか否かを判断する際に考慮され る重要な事情として位置付けることができる。 2 控訴審判決の構造と本研究で取上げる論点 控訴審判決の判示の文言に従えば上記の一審判決の論旨を踏襲するはずであ る。ところが、控訴審判決は、①平成 17 年 4 月 4 日から同年 5 月 30 日にかけ ての 3 億 3000 万円の新規貸付けについて、一審判決 6 と異なり、忠実義務な いし善管注意義務を認め(控訴審 1(3) ) 、②グルグル回し取引について Y ら が積極的に関与・承認したとまでは認定できないとの一審判決 1(1)と異な り、不良在庫問題が実体と異なる不正であることを認識しながら、解明しな いまま真実の経営状態を外部に隠蔽したままにしたと認定し(控訴審 1(3) ) 、 ③本件債権放棄・リスケについても、前提事実の認識に誤りはなく裁量の範囲 内等として善管注意義務に違反しないとの一審判決 5、6 と異なり、経営破綻 の事態が差し迫っていることを認識しつつ隠蔽のため支援と称してした貸付の 放棄・リスケであり正当なものではないとして善管注意義務違反を認定する等 (控訴審 2) 、一審判決を引用(踏襲)しておらず、一審判決とは整合性がとれ ない内容になっている 5)。 以上のように一審判決、控訴審判決とも分かり難い点があるが、本研究は、 一審判決、控訴審判決の論理的な関係の解明に焦点を置くのではなく、裁判例 で論じられている重要な論点である、①取締役の不正調査義務(監視義務との 関係も含む) 、②①と関係する論点として子会社管理に関する親会社取締役の 責任、③本件貸付けにおける善管注意義務の判断、経営判断原則の適用に絞っ て検討する。 168.

(13) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. 【2】 取締役の監視義務・不正調査(実施)義務 第 1 に、一審判決 1(3)の 取締役 の 監視義務・不正調査(実施)義務 に つ いて検討する。 1 取締役の善管注意義務の判断枠組み 取締役は、会社との間で締結した取締役任用契約に基づき受任者として委任 の趣旨に従い善管注意義務(民法 644 条、会社法 330 条) 、忠実義務(会社法 355 条)を負い 6)、委任事務に係る善管注意義務違反による任務懈怠により会 社に損害を負わせた場合は、対会社責任(会社法 423 条 1 項)を負うほか 7)、 不法行為責任(民法 709 条)も生じうる。 個別具体的な法令違反でない行為につき取締役の任務懈怠責任が問題となる 場合 8)、善管注意義務違反の有無は具体的状況に応じて判断されるが、その判 断枠組みは、原則として過失の判断と重なりあうと解されている 9)。なぜなら、 過失は、かつてのように結果が発生することを認識できたのに不注意でそれを 認識しない心理状態(主観的過失)を意味するのではなく、結果発生を予見・ 防止すべき具体的な行為義務違反(客観的過失)を意味すると理解されており、 「取締役がその職務を執行するにあたり善管注意義務を尽くさなかったこと」 と「過失があったこと=善良な管理者の注意義務を尽くさなかったこと」とは 実質上はオーバーラップすると捉えられるからである 10)。そしてこのような 理解は、従前の判例とも整合的である(平成 17 年改正前商法 266 条 1 項 5 号 の責任につき、最判昭和 51・3・23 金法 798 号 36 頁、最判平成 12・7・7 民集 54 巻 6 号 1767 頁等)11)。 以上のような理解からは、取締役の善管注意義務違反の有無は、取締役の過 失(予見可能性、結果回避可能性)の有無によって決まることになる。 2 不正調査(実施)義務 一審判決 1(3)は、遅くとも公認会計士から指摘を受けた平成 14 年 11 月 18 169.

(14) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 日時点で、A 社及びB社の在庫の増加の原因を解明するため具体的かつ詳細 な調査をし、またはこれを命ずべき義務があったと判示し、善管注意義務違反 を肯定している。 しかし、財務諸表監査であれ、会社法監査であれ、監査を担当する公認会計 士より在庫増加等の不正の兆候があることを指摘され原因の解明等を要請され た場合に取締役がそれに応じて調査を実施することは、取締役が会社に対して 負う善管注意義務に基づく職務を遂行する上で当然行うべき対応であり、公認 会計士の要請に応じない場合に善管注意義務違反となることは論を俟たない。 これを不正調査義務というか否かはネーミングの問題に過ぎない。 不正調査義務を論じる実益があるのは、公認会計士の指摘を受けていなくと も、取締役に調査義務が認められ、調査を行わない場合に善管注意義務違反と なる場合であるが、このような局面での不正調査義務が認められるであろうか。 取締役は、会社との間で締結した取締役任用契約に基づき企業価値を維持し、 最大化を図る職務を担っている。企業に損害が発生することが見込まれる場合 に、企業が被る損害を最小化するように努めなければならず、このようなリス ク管理を行う義務が取締役の職務に含まれることに異論はないと思われる。し たがって、公認会計士の指摘・要請がない場合でも、不正の兆候(糸口)があ る場合に、不正の有無を調査して、不正の有無・原因を解明し、不正がある場 合はそれを除去・是正することは取締役に期待される職務であり、取締役の善 管注意義務の一環をなすものと解することができる 12)。 ただし、取締役には、監査役のような業務・財産の状況の調査権限(会社法 381 条 2 項)が認められていない 13)。それゆえ、不正の兆候が見られるのが自 らが管掌・担当する業務である場合は、業務管掌・担当取締役は、管掌・担当 する業務についてその指揮監督の下に業務を執行している従業員に対する上長 としての監督権限を発揮し、自ら調査し、あるいは調査を命じて状況の把握・ 原因の解明を行い、是正措置を講じることが求められる。これに対し、不正の 兆候が見られるのが他の取締役が管掌・担当する業務である場合は、取締役会 170.

(15) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. を通じて調査を実施し、その結果得られた情報に基づき取締役会を招集・開 催、取締役会を通じて是正措置を講じるなどの態様で調査権限の行使が求め られ 14)、このような職務を行わずに漫然放置することは取締役の善管注意義 務違反となる 15)・16)。 このように不正の兆候を認知した場合、不正の兆候を調査し事態を解明すべ き義務が認められることを、取締役の善管注意義務が論じられるカテゴリーの 中から切り出して、不正調査義務として論じ、その判断枠組みを分析すること には意義があると思われる 17)。 一審判決は、1(2)で、従前から問題とされてきた在庫の増加の指摘があり、 改善するよう指導されたにもかかわらず改善されない状況にあることや、その 状況を取締役が認識していたことを説示しているが、これは取締役の調査義務 を、1(3)で判示した公認会計士から指摘があった場合にとどまらず、不正の 兆候が検出されたときにも調査義務の範囲に含めるために拡張したものと捉え ることもでき、このように捉えることができるとすると、上記の意味での取締 役に不正調査義務を認めていると解することができる。 不正の兆候の存在を認識した場合は、不正の有無を調査・解明して結果を回 避する義務を尽くさないと善管注意義務違反が認められる(善管注意義務の判 断を過失の判断枠組みと共通なものとして捉えると、この結論も首肯できる) 。 3 監視義務と不正調査義務の関係 一審判決は取締役らの監視義務違反との表題の下で取締役の不正調査義務を 論じているため、監視義務と不正調査義務の関係をどう理解するかが問題とな る。 取締役会設置会社における取締役会は、業務執行権限に基づき業務の執行を 委任した者に対する業務監督権限(会社法 362 条 2 項 2 号)を有し 18)、取締 役会の構成員である各取締役は、会社に対して負担する善管注意義務の一環と して他の取締役の業務執行一般につき監視し、必要があれば取締役会を自ら収 171.

(16) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 集する等により業務執行が適切に行われるよう努めなければならない。これが 取締役が会社に対して負う監視義務である。 そして、A 社、B社のように、資産的基礎が脆弱な小規模閉鎖会社の場合は、 内部統制システムが適切に構築され、十全な機能を果たす大会社の取締役の場 合と異なり、取締役の監視義務の範囲は、取締役会の上程事項に留まらず、会 社の業務執行全般に及ぶと広く解されている 19)。 もっとも、監視義務違反を理由として責任が認められるためには監視される 側の取締役の任務懈怠を立証する必要があるとされているため 20)、個別具体 的な法令違反でない行為につき取締役の任務懈怠責任が問題となる場合と同様 である。 義務違反に結びつけられる効果が同じであることからすると、不正の兆候が 存在する場合における監視義務の具体的な表われが不正調査義務と捉えれば足 りよう 21)。 4 本件において不正調査義務が認定される事情 では、本件で具体的にどのような不正の兆候が認められるか。一審判決・控 訴審判決で認定された事実から不正の兆候を抽出すると、平成 14 年 11 月 18 日以前にも次のような不正の兆候が認定されている 22)。①平成 11 年 1 月ころ、 B社の常務取締役がB社の商品棚卸表の在庫評価額を調べた際、在庫商品に異 常に高額なものがあることに気づき、調査したところ、かなりの割合の在庫商 品自体に不良品があることが判明し、Y1 に報告した。②平成 12 年 11 月 18 日、 17 億円以上の在庫があることが報告され、11 月中に長期在庫の目途をつける よう指示がなされたが、期限までに目途が立たなかった。③平成 12 年 12 月 7 日、長期在庫について回転率を揚げて対処するよう指示がされたが、芳しい成 果が上がらなかった。④平成 11 年から同 14 年にかけてB社の不良在庫が急増 した。⑤平成 11 年から同 14 年にかけてB社の短期借入金が急増した。⑥平成 13 年 4 月 30 日~同 14 年 7 月 30 日の間に、A 社の事業本部加工原料課の在庫 172.

(17) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. の額が急増している。 ⑦平成 13 年 9 月 22 日、在庫管理状況を徹底的にチェックするよう厳しく指 導することおよび長期在庫を平成 13 年中に処分することがきめられたのに、 その後も在庫は減少せず、A 社の事業本部加工原料課の在庫はむしろ大幅に 増加した。⑧平成 14 年春ころから開始された A・B社のグルグル回し取引は 帳簿上の商品単価、数量等の徴表等から非正常な取引であることが明白になっ ていた。これらの兆候に照らすと、Y1 は平成 11 年 1 月ころから、不正の兆候 を認識し始め、その後の不正の兆候が深まる状況を認識していたと認められ、 B社の非常勤取締役である Y1、B社の常務取締役はB社の取締役会で報告す れば、B社の取締役・監査役である Y2、Y3 も不正の兆候を認知することなり、 Y らはこれらを認知していたものと推認される。 したがって、一審判決の適示事実や認定事実からは、公認会計士の指摘内 容は必ずしも具体的・明確になっていないけれども、公認会計士が A 社の取 締役会でB社ほか子会社を含めて在庫管理を適切に行うよう指導した事実が 通例とは異なる事態と捉えられるのであれば、その指摘を受けたこの時点で 23)、 異例とは捉えられなくともB社の在庫等に上記のとおりの不正の兆候が看取 される事態が上記の諸事情を積み重ねられ、Y1 ~ Y3 らがそれを認識した上 で公認会計士から指摘を受けていることを踏まえれば平成 14 年 11 月 18 日時 点で 24)、不正調査義務を認定するに支障はないと考えられる。そして、Y1 ~ Y3 の認識を前理とすると、同人らがA社役員とB社役員を兼務しているため に【3】の親会社取締役の子会社管理主任の論点の検討を経たところで結論に 変わりはないと考えられる。 なお、不正の兆候が存在するのにそれに気がつかなかった場合も善管注意義 務違反となるかという点も、本裁判例の事案を離れるが検討を要する点である。 取締役に期待される通常の注意義務を尽くせば気がつくはずであれば、予見義 務違反を認定することができ、本件では監視義務あるいは不正調査義務を懈怠 したものとして、善管注意義務違反になると解すべきである 25)。 173.

(18) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 【3】親会社取締役の子会社監視義務(管理責任) 第 2 に、本裁判例では、子会社B社の取締役・監査役を兼任していた親会社 A 社の取締役が責任追及の対象となっているため、親会社取締役の子会社に 対する監視義務(管理責任)を認めた裁判例として捉える見解があるが、この ような理解は的確といえるか。親会社取締役の子会社に対する監視義務の議論 を確認し、親会社取締役の子会社に対する監視義務という争点について本裁判 例の意義・影響等を検討する。 1 親会社取締役の子会社に対する監視義務(管理責任) 現行会社法は、会社というものを基本的に単体ベースで制度設計し、規制 するスタンスを採用し、子会社を中心としたグループ会社に対する規律は、会 社法本体でいわゆる内部統制システムの整備に関する事項の決定を取締役会の 専決事項とし(取締役会設置会社について会社法 362 条 4 項 6 号) 、大会社に ついて決議義務を定め(会社法 362 条 5 項) 、施行規則で企業集団に関する内 部統制システムに含めている(会社法施行規則 100 条 1 項 5 号) 。そして、親 会社の子会社又は子会社取締役に対する指揮・指図権は、取締役の遷解任権等 を背景とした事実上のものであり、法的なものではなく(子会社又は子会社取 締役には指揮等に伴う法的義務はない) 、親会社取締役の子会社管理・運営に ついての義務・責任、親会社取締役から指揮を受ける子会社取締役の義務・責 任の内容が曖昧で、両者の関係も不明確である。このように現行会社法には企 業結合法制がなく、親会社又は親会社取締役がどのような場合に子会社管理責 任を負うのかは法的には明確になっているとはいえない 26)。親会社取締役の 子会社についての監視義務違反に関し、学説では、親子会社が法的に別個独立 の法人であることを理由に、親会社の取締役は原則として子会社で生じた不祥 事に関する監視・監督責任を負わないが、子会社取締役に対し指図をするなど して実質的に関与した場合は監視・監督義務責任を問われるとして、親会社の 取締役の責任を限定的に認める見解が有力である 27)。 174.

(19) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. 実質的な関与を親会社取締役の積極的な行為に限定するとすれば、親会社の 取締役が子会社の取締役の違法・不正な行為を黙認・放置するにとどまり、自 らは積極的な行為に及ばない場合は、親会社の取締役は監視・監督義務責任を 問われないことになろう。 しかし、親会社が子会社を活用して事業展開を行う以上 28)、子会社の活用 に関する親会社の取締役の経営判断について善管注意義務が問題となることは 否定できない。親会社取締役は親会社の最善の利益となるように親会社が保有 する資産である子会社株式を管理し、そのために必要・適切な措置を講じるこ とが求められる、すなわち、一定の範囲で子会社の監視義務、管理義務が認め られると考えられる 29)。 実務上、グループ経営においては、親会社は子会社の運営における基本的な ルールの制定や運用を通じて種々の関与をするのが通例であり、その意味で親 会社取締役は、個別具体的な指図や要請をしたことに基づく責任もさることな がら、親会社取締役が子会社の経営管理に際してなすべき監視・監督を懈怠し たという不作為についての責任も重要な問題である 30)。 このような整理や実務的なニーズを踏まえると、子会社の株式価値が毀損し ないよう、子会社を管理し、あるいは適切に管理されるよう監視・監督する義 務は親会社取締役の負う善管注意義務と解すべきとの考えがもはや一般的であ ろう。 もっとも、子会社の業務執行は子会社の取締役により履行され、親会社の取 締役は子会社の業務執行に直接関与することはできないから、親会社取締役の 子会社についての監視・監督義務は、親会社の財産である子会社が子会社の取 締役により適切に管理されるよう監視・監督する義務として把握される 31)。 では裁判例はどうか。親会社取締役の子会社についての監視義務違反が争点 とされた裁判例は少ないが、完全孫会社が SEC 規則違反により課徴金を納付 したことについて親会社の取締役の任務懈怠責任が争われた事案で、東京地判 平成 13・1・25 判例時報 1760 号 144 頁(野村証券株主代表訴訟事件)は、① 175.

(20) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 親会社と子会社(孫会社を含む)とは別個独立の法人で、財産の帰属関係も、 業務執行機関・監査機関も別個に存するため、子会社の経営についての決定、 業務執行は子会社の取締役が行うものであり、親会社の取締役は特段の事情の ない限り、子会社の取締役の業務執行の結果子会社に損害が生じ、さらに親会 社に損害を与えた場合であっても、直ちに親会社に対して任務懈怠の責任を負 うものではない。②もっとも、親会社と子会社の特殊な資本関係に鑑み、親会 社の取締役が子会社に指図をするなど、実質的に子会社の意思決定を支配した と評価しうる場合であって、かつ、親会社の取締役の右指図が親会社に対する 善管注意義務や法令に違反するような場合には、特段の事情に該当すると判示 し、親会社の取締役の任務懈怠責任を否定した 32)・33)。 2 本裁判例の「親会社の取締役の子会社の監視義務についての裁判例」と しての意義等 上記の野村証券株主代表訴訟事件判決では、 「子会社に指図をするなどの特 段の事情」がある場合に親会社取締役の任務懈怠責任が認められる余地があり、 「特段の事情」の内実を明らかにする必要性は認識されているものの、実際に は責任追及は極めて困難であった 34)。そこで、一審判決が親会社の取締役に 子会社についての調査義務を認め、親会社取締役の責任を認め、控訴審がその 結論を是認したため、上記の裁判例との関係をどのように理解するかが学説の 関心を呼んでいる。 この点、本裁判例を野村証券株主代表訴訟事件判決を異なる判断を示したも のと捉え、子会社管理に関する親会社の取締役の義務を比較的広く捉えている 点に意義があると評価する見解がある 35)。 しかし、本件では、①グルグル回し取引が A 社とB社との間でも行われて おり、② Y らが A 社取締役とB社の取締役・監査役を兼任していた立場で、 ③ A 社、B社の両方の取締役会で不良在庫の問題が報告され、④ Y1 は、早 期の段階でB社の取締役から不正の兆候についての報告を直接受けていたこ 176.

(21) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. と、⑤不良在庫の問題が長期間にわたり改善されなかったこと等の諸事情が認 定され、③、⑤は A 社固有の問題として A 社の不正調査義務の対象でもある。 本裁判例は、これらの事情の下に A 社の取締役、B社の取締役・監査役の地 位を一体と把握したうえで、予見可能性があるとして不正調査義務(監視義務) 違反を認定したと捉えられる。 したがって、本裁判例は、親会社取締役の子会社管理責任に関する一般的・ 抽象的な規範を示したものではなく、本事案の下でなされた、事例判断と捉え るべきである 36)。 しかも、大会社以外の会社は、大会社で整備が求められるグループ経営の規 律(会社法施行規則 100 条 1 項 5 号、同 112 条 2 項 5 号の企業集団全体の内部 統制システム)と異なり、事業規模や事業内容等に相応して子会社の管理のあ り方は区々であり、善管注意義務に違反するか否かに関する一律かつ定型的な 判断枠組みを定立することは必ずしも合理的ではない。本裁判例の判示を親会 社の子会社管理責任の法的責任の枠組みに一般化することはできず、また、す べきではなかろう 37)。 3 改正会社法における子会社に対する管理責任 親会社が子会社に対していかなる範囲で監督責任を負うかについて改めて実 務の関心が高まり、持株会社化が進んだ今日、東京地判平成 13 年の野村証券 代表訴訟事件判決がそのままでは維持されないことを会社法上で確認する必要 があるのではないかという議論が会社法部会の審議でなされ 38)、かような議 論をへて、 会社法制の見直しに関する要綱案第 2 部第 1 の 1[代表訴訟]の「後 注」が設けられ、 会社法の一部を改正する法案で、 「会社法 362 条 4 項 6 号の 「業 務」の下に『並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務』を 付け加える」という、会社法施行規則 100 条 1 項 5 号、同 112 条 2 項 5 号が定 める規律を会社法に格上げする、 「会社法の一部を改正する法律案」が平成 26 年 6 月 20 日に成立し、来年 4 あるいは 5 月から施行される。 177.

(22) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 多重代表訴訟制度と親会社の取締役等の子会社管理責任追及とは論理的に排 他的な関係ではないが、エンフォースメントとしての実効性と適格性について の制度間での役割分担を明確にすることが本来は望ましかった。しかし、この 点について統一的な見解が形成されないまま、多重代表訴訟制度に関する規定 を設ける法改正に至った経緯がある。 改正法 362 条 4 項 6 号は子会社に対する親会社取締役の監視義務(管理責任) に影響を及ぼすであろうか。 改正前後の相違は、内部統制システムの整備として決定すべき事項の 1 つが 会社法施行規則から会社法本体に移ったというだけであり、 「あくまで現行法 上の義務を超えない範囲で法律に明文の規定を設けるもの」として規定化され たにすぎず、改正前会社法に関する解釈に影響を与えるものではないとも解し うる。要綱案第 2 部第 1 の 1[代表訴訟]の「後注」の規律は、親子会社の多 様なあり方に応じ、子会社管理について多様性・柔軟性を確保した上での善管 注意義務を確認する趣旨であり、①親会社の取締役の義務を定めるものでも、 ②子会社に内部統制システム業務を構築させる義務を定めるものでもなく、③ 企業集団の業務の適正の確保ができなかった場合の結果責任を課す趣旨でもな いとの解説がされていたこともこのような解釈を支えるであろう 39)。 しかしながら、法律である会社法に明記される以上、子会社に対する監督責 任が親会社取締役の善管注意義務に含まれるという解釈もあり得よう 40)。会 社法規範そのものに格上げされたことを契機に、従前、相当限定的と考えられ てきた親会社取締役の子会社管理についての法的責任が、会社法 362 条 4 項 6 号等を根拠規定として認められやすくなったと解することもできるように思わ れる 41) (具体的には、親会社の株主は親会社の取締役に対し、①子会社の取締 役等に対する責任追及の懈怠、②子会社取締役等に対する監視・監督義務違反、 ③企業集団内部統制システム構築義務違反等を理由として、責任追及すること 等が考えられる。 ) 。会社法改正が実現した場合に今後、どのような判断がなさ れるかは、改正後の法文に対する研究及び今後の裁判例等の動向を注視し、裁 178.

(23) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. 判例の蓄積を待つ必要がある。. 【4】子会社の救済と取締役の善管注意義務(経営判断の原則) 第 3 に、Y らのBに対して行った貸付け(救済融資)が善管注意義務に違反 しないかにつき、一審判決 3、5、控訴審判決 2 はいずれも経営判断の原則を 適用することを示している。そこで、経営判断の原則と善管注意義務との関係 を確認した上で、同原則が子会社であるB社を救済するための貸付け、債権放 棄等にどのように適用されているかを検討する。 1 経営判断原則と取締役の善管注意義務違反 取締役の善管注意義務違反の判断にはいわゆる経営判断の原則が適用されて いる。 取締役は、限られた時間で多くの事柄を同時並行的に取扱い、不確実な状況 で迅速な決断を迫られる場合が多く、その判断を事後的・結果的に評価して注 意義務違反の責任を問うべきではなく、取締役の経営判断に係る善管注意義務 違反の判断基準として、取締役の経営判断に広い裁量が認められるべきであり、 特に不合理なものでなければ注意義務違反の責任を課さないとするのが経営判 断の原則の法理である 42)・43)。 経営判断の原則は、これを定めた法規定が存在せず、法適用において同原則 の内容・位置付けが必ずしも明確でなく、その具体的な適用は容易ではないこ とが認識されている。しかし、現在、経営判断枠組みについて多くの下級審裁 判例は 44)、 取締役の判断の前提となった事実認識(情報収集とその分析・検討) に重要かつ不注意な誤りがあったか、及びその判断の過程・内容が著しく不合 理・不適切なものであったか否かを基準として善管注意義務違反か否かを判断 する枠組みを採っていると整理することができ 45)・46)、最高裁も、その姿勢は 必ずしも明確ではないが 47)、アパマンショップHD株主代表訴訟事件の最高 裁判決(最判平成 22・7・15 判時 2091 号 90 頁)で問題とされた子会社株式の 179.

(24) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 取得について「その決定の過程、内容に著しい不合理な点がない限り、取締役 としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである」と判示し、 その実質部分について上記の下級審裁判例と同趣旨の判示をしている 48)。 最初に確認しておく必要があるのは、経営判断の原則は、取締役の注意義務 を軽減するものではないという点である。この点、経営判断の原則の論拠とし て、①企業経営には常に危険が伴い、危険を冒すことなしには企業の成功や成 長もあり得ず、取締役の経営判断を過度に委縮させないよう裁量を確保する必 要があること、②取締役を選任し、会社の経営を委ねた株主は、経営判断の失 敗についてリスクを負担すべきであるし、また、株主に比べて、取締役は分散 投資の度合いが低くリスクの負担がより難しい立場にあることなどが挙げられ ることがあるが 49)、この論拠を徹底すると、経営判断の原則はあたかも政策 的な判断から認められる法理であり、相当広い裁量の幅が認められることは当 然であるかのように捉えていると読み得る見解にいきつく 50)。 しかし、取締役の経営判断に裁量が認められるのは、取締役が会社に負担す る債務の特質に内在する、委任契約(取締役任用契約)の解釈の問題にすぎず、 取締役の注意義務が軽減されるものではないことに留意する必要があるように 思われる。 つまり、取締役は会社との委任契約(取締役任用契約)に基づき、会社の利 益の最大化を目的とした債務を負担しており(手段債務) 、取締役の債務の履 行態様が債務の本旨に従っていない場合は、不完全履行として善管注意義務違 反となるけれども、そもそも会社経営は極めて個性的なものであって、ある場 面における経営行動にも複数の選択肢があり、その何れもが不合理ではないと いうことが十分あり得るため、取締役の経営判断には幅広い裁量が認められる ことになる 51)。その結果、一見、結果債務の不履行責任における帰責事由の 有無の判断に比して責任が軽減されているかのように見えるような説示がなさ れることがある。しかし、これは、取締役が負担している上記のような債務の 特質にあわせて過失責任の原則を適用しているに過ぎないのであり、取締役の 180.

(25) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. 注意義務が軽減されているわけではないと解される 52)。 実際にわが国の裁判実務における経営判断の原則は、取締役の任用契約上の 債務の不履行としての善管注意義務という規範的要件の存否の判断手法(一種 の契約解釈の手法)であり、会社経営という委任事務における善管注意義務違 反の判断の基準を明確にするために、上記のような、経営判断の過程が不合理 であるか否か、経営判断の内容が不合理であるか否かという具体的な規範的判 断基準(判断枠組み)が設定されたものと解すべきである。 2 子会社・関連会社の支援と経営判断原則の適用 では、A 社がB社を支援するために対し貸付けを行うことにつき経営判断 の原則が適用されるであろうか。控訴審では、資金ショートが迫る子会社(B 社)に融資することが合理的な経営判断であるとの控訴人の控訴審における追 加(補充?)主張に対する判断が追加されている。 経営不振の会社に対する経営支援は、支援会社がその財産(出資)を回収不 能等のリスクの高い状態におく行為である反面、被支援会社との長期的関係等 からそうしたリスク負担がやむを得ない場合も少なくない。経営不振の会社が 支援会社の子会社・関連会社(以下「子会社」と総称する)の場合であれば、 通常の場合以上にその必要性が認められる。子会社を支援するか否かの判断に 際しても、一般的には取締役が自己又は第三社の利益を図る意図がある場合を 除き、経営判断原則が適用されると考えられている 53)。 そして、子会社の救済・整理に関する取締役の善管注意義務が争点として争 われる裁判例の判断事例を集積・分析し 54)、そこから浮かび上がる判断枠組み を定式化してみると、子会社の救済・整理の必要性(子会社を救済・整理する ことなく破綻した場合に会社が被るおそれのある損失)と子会社を救済・整理 することにより会社が損失を被る可能性及びその規模との比較衡量を問題とす るという手法を採用する裁判例が多く見られる。中には、善管注意義務違反の 有無の判断の核心が比較衡量であることを明示的に説示する裁判例 55)もある。 181.

(26) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 何れの裁判例も、子会社の破綻による損失と子会社を救済することによる損 失とを厳密に数値化してその大小を比較するというアプローチをとるのではな く、子会社の破綻による損失を回避するという目的との関係で相当性を欠いて いないか、あるいは当該救済・整理行為よりも明らかに優れた現実的に実行可 能な選択肢があったかどうかという幅のある比較衡量を行っている 56)。 比較衡量として具体的に顧慮されるべき事情 57)として、裁判例に現われた 事情及び理論的に考え得る事情を整理すると、①既に存在するリスクを回避す る必要性(会社が被るかも知れない損失の規模、会社の存続に与える影響、損 失発生の危険性の程度、切迫性) 、②新たな出捐等の有するリスク(直ちに会 社に損失をもたらすものか、そうでないとしても、それが将来に損失となる危 険性がどの程度あるか) 、③新たな出捐等のもつリスクを引き受けることの既 に存在するリスクの回避にとっての有効性(双方のリスクの程度の比較衡量、 出捐等)が考えられ、③については、この判断を誤れば、会社に更なる損失を もたらす危険がある一方で、新たな出捐等が奏功すれば会社は既存のリスクを 回避し得るとともに、さらなる利益を得ることも不可能ではないから、取締役 に広範囲な裁量を認めることになると考えられる。 では、本事案では、子会社であるB社の救済のために A 社が貸付けを行う ことが経営判断の原則により許されるか。 確かに親会社による子会社救済のため、親会社にとって一時的に損失となる 可能性がある取引(貸付け)を行うこと自体が直ちに不合理な判断と評価され るものではないとしても、本件のように子会社の危機的な財務状況を子会社の 取締役を兼任する立場で知り、その情報をもとに親会社の取締役の立場で貸付 けを行うべきか否かを判断する際に、子会社の経営状況について十分な調査を しなければ再建について適切な判断をすることは不可能である。しかし、B社 の財務状態を把握するために行われた調査は、十分なものであったとはいえな い。 善管注意義務違反と認定されないためには、①判断の前提となった事実認識 182.

(27) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. に重要かつ不注意な誤りがないように事実を収集・調査すること、及び②①を 経た上で過程・内容が著しく不合理・不適切でない判断を行うこと、子会社・ 関連会社の救済に関する裁判例について上記のとおり整理した枠組みに従った プロセスでは、B社の救済の必要性とB社を救済することにより A 社が損失 を被る可能性及びその規模との比較衡量を、①存在するリスクを回避する必要 性 (A 社が被るかも知れない損失の規模、B社の存続に与える影響、損失発生 の危険性の程度、切迫性 )、②新たな出捐等の有するリスク(直ちに A 社に損 失をもたらすものか、そうでないとしても、それが将来に損失となる危険性が どの程度あるか )、③新たな出捐等のもつリスクを引き受けることの既に存在 するリスクの回避にとっての有効性(双方のリスクの程度の比較衡量、出捐等) を考慮しながら判断することが求められる。 子会社の経営状況について十分な調査をしなければ再建について適切な判断 をすることは不可能であり、財務状態を正確に把握するためには、B社の経営 が悪化し、危機的な財務状況に陥った原因を調査・解明することは、 (1)判断 の前提となる事実認識に重要かつ不注意な誤りがないと判断されるために、ま た、 (2)B社への貸付けによる出捐等のリスク(直ちに焦げ付いて A 社にリ スクをもたらすか、B社の窮状を回避することに寄与し、リスケ等で回収が期 待できるか)等の、分析・検討につながり、善管注意義務違反とされないため に、A 社の取締役会として省略することのできないプロセスである。 控訴審判決が、B社に対する本件貸付けなどによる支援について、控訴審 2 の説示で、 「B社の再建にはその経営困難に陥った原因解明が必要不可欠で あったのに、それをなさないで、そして現実の経営回復の裏付けがないため回 収不能による多大な損失がでることが当然予測されることが認識できたのに、 本件貸付けなどの支援をB社に行ったことは、A 社の取締役としての経営判 断として合理性はなく、正当なものであったなどとは言い得ないことは明らか である。 」と判示し、A 社の取締役会としての経営判断として合理性を否定し たことは至当であろう 58)・59)。 183.

(28) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). ところで、一審判決及び控訴審判決が経営判断の原則について明示的に基 準を設定していないことを指摘し、基準・枠組みを明示すべきであるとの批 判や 60)、控訴審判決を、子会社の支援に関する従来の裁判例と比較すると親 会社の取締役に少し厳しい判断を示したとする評価がある 61)。 しかし、経営判断の原則の枠組みらしき判示をせずに善管注意義務違反の有無 を判断する裁判例も多い 62)。善管注意義務違反の有無が比較的明確な事例で は、あえて経営判断原則の枠組みを示して結論を導く必要がある訳ではなく、 逆にいうと、実際の裁判例では、経営判断の原則の枠組みからみた評価を相関 的に判断しないと結論を出せないような事例において、経営判断の原則の枠組 みが利用されていると考えられるのではなかろうか 63)。 控訴審 1(2)の「親会社である A 社の取締役として安易にB社の再建を口 実に、むしろその真実の経営状況を外部に隠蔽したままにしておくために」貸 付けを実行したとの説示からは、控訴審は、Y らの対応は経営判断の適用外で あり 64)、判断枠組みを明らかにするまでもないとの趣旨からこのような判示 をしたのではないかと解される 65)。このように考えると上記の評価は正鵠を 射ていないように思われる。 本裁判例は、経営判断の原則の枠組みについて言及するまでもなく取締役の 責任を明確に認定できる事案について判断した事例判決であり、その射程は極 めて限定されている。本裁判例を事業を離れて、経営判断の原則や善管注意義 務あるいは親会社の子会社管理責任に関する新たな判断枠組みやその動きを示 唆する裁判例と捉えることは適当とはいえないことは以上の検討から明らかと 思われる。改正会社法が成立し、親会社の子会社管理に関する判断枠組みは、 多重代表訴訟制度の創設や企業集団内部統制システム構築に係る決議規定が会 社法本体に規定化されたこと等により新たな局面に入ったと考えられる。今後 の判例・裁判例の動向・集積を注視したい。 1)‌一定の預かり期間以内に売却できなければ、期間満了時に買取る旨を約束する取引をダ 184.

(29) 福岡魚市場株主代表訴訟事件. ム取引と定義している。 2)‌預かり期間を過ぎて売れ残った買付予定の商品をB社が一度自身で買付、その上で当該 相手方もしくは他の業者に対し再度の第 2 のダム取引を前提として買取りを要請し、第 2 のダム取引における預かり期間を過ぎて売れ残った場合は自身で買付け第 3 のダム取引 を模索するという一連の流れを繰り返す取引をグルグル回し取引と定義している。 3)‌最高裁(最判平成 26・1・30 金融・商事判例 1435 号 10 頁)は取締役の会社に対する損害 賠償債務を商行為によって生じた債務またはこれに準ずるものと解することはできない (最判平成 20・1・28 民集 62 巻 1 号 128 頁参照)という理由から、民法所定の年 5 分と解 するのが相当とし、遅延損害金の利率及び遅延損害金の起算点につき審理させるため破 棄・原審に差戻しし、その余の上告は、上告受理決定で排斥され、棄却された。 4)‌吉田正之・判批・金融・商事判例 1378 号 11 頁 5)‌判決書の書振りとは異なり、一審判決も実質的な心証としては Y らが故意であるという 印象(親近感)をもっていたからではないかとする指摘がある(商事法務 2028 号 70 頁) 。 この点につき注 24 参照。 6)‌ここでは会社法は善管注意義務とは別に忠実義務を規定するが、忠実義務は善管注意義 務を敷衍し、かつ一層明確にしたものにとどまり、善管注意義務とは別個の高度な注意 義務を規定するものではないと解する同質説が判例(最判昭和 45・6・24 民集 45 巻 6 号 625 頁) ・通説であり、本裁判例でも同趣旨で使われているため、以下では善管注意義務 に焦点をあてて論じる。 7)‌任務懈怠(会社法 423 条 1 項)と 帰責事由(会社法 428 条 1 項)の 関係 に つ き 一元説 と 二元説とに分かれるが、論者により用語法に違いがある。①善管注意義務を尽くして職 務を執行することは手段債務であり、原告が証明すべき本旨不履行(任務懈怠)と被告 が反対証明すべき帰責事由は実質上重なり合う(本件の事案はこの類型に該当する) 、② 利益供与に関する責任(会社法 120 条 4 項) 、財源規制に反する剰余金の配当等に関する 責任(会社法 462 条)については、利益供与をしない、違法配当をしないという結果債 務が問題とされるため、原告がこの義務違反を立証すれば足り、被告が「その職務を行 うについて注意を怠らなかったこと」の証明責任を負う。③具体的法令違反行為につい て、①、②のどちらと同様に扱うかが争われている。重要なのは一元説か二元説ではなく、 立証責任と法令違反が不明確な場合の取扱いをどうするかである。吉原和志「会社法の 下での対会社責任」江頭還暦『起業法の理論(上) 』521、525 ~ 529 頁、大杉謙一「経営 判断の原則の存在意義と司法審査のあり方」江頭憲治郎編『株式会社法大系』316 頁 8)‌個別具体的な法令に違反する場合は、善管注意義務に反するかどうかを問うまでもなく 任務懈怠となるが、違反行為につき取締役に故意又は過失がなければ責任を問うことは できないと解されている。 185.

(30) 横浜法学第 23 巻第 1 号(2014 年 9 月). 9)‌江頭憲治郎『株式会社法[第 4 版] 』440 頁注 4、菅原貴与志「任務懈怠責任 の 法的性質 と構造―要件事実的考察をふまえて」山本為三郎編『新会社法の基本問題』182 ~ 183 頁 10)‌伊藤靖史 「法令違反行為と取締役の責任」 法学教室 342 号 51 頁は、 より単純に表現すると、 「取締役は何をなすべきだったか」を確定し、 「実際には取締役がそうしていなかったこ と」を証明するという点で、任務懈怠の証明と過失の証明とは結局は同じこととする。 11)‌吉原和志「取締役の任務懈怠責任」潮見佳男=片木晴彦編『民・商法の溝をよむ(別冊 法学 セ ミ ナー) 』132 ~ 133 頁、森本滋「経営判断 と『経営判断原則』 」金融財政事情研 究会編『田原古希記念 現代民事法の実務と理論』657、659 頁注 10 参照 12)‌大杉・前掲注 7・326 ~ 327 頁、笠原武郎「監視・監督義務違反に基づく取締役の会社に 対する責任について(2) 」法制研究 70 巻 1 号 101、137 頁 13)‌閉鎖会社における監督機能を強化するため、取締役会を構成する個々の取締役が単独で 調査権を行使できるとする見解もある。江頭・前掲注 9・389 頁 14)‌大隅健一郎=今井宏『会社法論 中巻』253 頁注 2、重田麻希子・判批・法学研究 85 巻 10 号 128 ~ 129 頁、畠田公明『コーポレート・ガバナンスにおける取締役の責任制度』 25 ~ 34 頁 15)‌笠原武郎「監視・監督義務違反に基づく取締役の会社に対する責任について(7) 」法制 研究 72 巻 1 号 44 頁、久保田安彦「判批」月刊監査役 599 号 86 頁等 も、 (不正調査義務 として論じるものではないが) 、違法・不当な業務執行の兆候を把握していたのに適切 な調査をしなかった場合を監視・監督義務違反とする。 16)‌会社法施行規則 98 条 1 項 15 号に基づき「関連当事者との取引に関する注記」に係る注 記表が作成していれば、Y らが完全子会社であるB社との取引金額を認識していなかっ たことは考えられない。神吉正三・判批・龍谷法学 45 巻 4 号 408 頁注 25 17)‌不正調査義務の存否は違法行為により会社に生じるであろう損害の大きさとその違法行 為がどの程度の期間継続しているかを重要な要素として考慮して判断される。南健悟「企 業不祥事と取締役の民事責任(五・完) 」北大法学論集 62 巻 4 号 145 頁 18)‌宮島司『新会社法エッセンス[第三版補正版] 』202 頁。取締役会には代表取締役を含む 業務執行取締役の監督権限があるが、取締役会は、会議体の組織であり、常時開催され ていないため、取締役の職務の執行を不断に監督することはできないため、監督義務を 実効的に履行する目的から、取締役会が負担する監督義務を取締役会の構成員である各 取締役に分配したのが取締役の監視義務であると整理する見解がある。松本伸也「取締 役の監視義務(上)―定義・射程・そして刑法との交錯―」商事法務 1971 号 34 ~ 35 頁 19)‌最判昭和 48・5・22 民集 27 巻 5 号 655 頁 20)‌東京高判昭和 52・10・21 金融法務事情 850 号 42 頁、東京地判昭和 53・3・2 判例タイム 186.

参照

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