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イスタンブルの駆け落ち事情 (特集 途上国の出会いと結婚)

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Academic year: 2021

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アジ研ワールド・トレンド No.226(2014. 8) ●蚊ほどの亭主でいいから 二○○二年にトルコで出版され たハティジェ・メリアムのベスト セラー ﹃蚊ほどの亭主でいいか ら﹄は、語り手が﹁もし私が○○ の女房だったら﹂と、 ﹁家具職人﹂ や﹁酔っ払い﹂などさまざまな職 業や年齢、性格の男たちの妻の気 持ちに想像をめぐらせ、亭主がい てこその女、という庶民の結婚観 をユーモラスに語って人気を博し た。タイトルは﹁蚊ほどの亭主で いいから、いてくれないと﹂とい う慣用句による。トルコでは国民 の大半がムスリムだが、結婚は世 俗的な民法によって成立し、一夫 一婦制である。二○一二年の結婚 統計によれば平均初婚年齢は男性 が二六・七歳、女性が二三・五歳 である。メリアムが軽い皮肉をこ めて描いたように、トルコでは結 婚はするものと考えられており 、 離婚の増加が警戒されることは あっても、非婚や晩婚が社会問題 化する気配は今のところない。失 業や低賃金労働の問題は、たとえ ば本特集でも取り上げられたエジ プトにおけるような若者の結婚難 よりむしろ、結婚後の夫婦の不和 や離婚の原因をつくりだしている ようにみえる。   そんな結婚大好きのトルコ社会 では、世話焼きおばさんが活躍す る見合結婚や親族結婚が幅をきか せる。二〇〇六年の家族構造調査 によると、現在結婚しているカッ プルのうち、親族結婚は二一 % を 占める。一方、結婚における愛情 はますます重視されるようになっ ている。現在結婚していない男女 の九○ % が、結婚相手に求める条 件として、相手に対する恋愛感情 を挙げている。ちなみに最も重視 する条件は、女性は仕事について いること ︵九五 % ︶、男性は恋愛 感情、次いで初婚であること︵八 六 % ︶であった。トルコでは女性 の処女性や貞操が家族の名誉にか かわるため、男女の交際は制限さ れがちである 。だが見合結婚で あっても、相手への恋愛感情が重 視され、性的な自由化が進む大都 市の大学生のあいだでは、異性と 性的な関係を含む恋愛を経て結婚 することは普通のことになってい る。 ●母が娘に望むこと イスタンブル市の端に位置する S 区は保守的な地方出身者が多い ことで知られる 。その S 区でも 、 結婚における互いの理解や愛情が 大切だという考え方は広がりをみ せている。かつては傷物にならな いうちに、あるいは夫の家のしき たりに早くなじめるよう、一〇代 のうちに結婚させようとしたが 、 夫や義母たちから虐げられないた めにはある程度の年齢に達して分 別がついてから結婚するほうがよ いという考え方も生まれている。 とりわけ母親たちは、親にいわ れるままに結婚したこと、あるい は親の拘束から逃れるために相手 をよく知らないまま駆け落ちした ことを悔い、娘には自分がした失 敗や苦労はしないでほしいと望 む 。彼女たちの結婚の背景には 、 親との関係が反映されている。現 在三○代から四○代の女性の多く は 、両親との関係はより厳格で 、 父親はもちろん母親にも甘えたり 何かを相談したりすることはでき なかったという。だから自分の娘 とは友達のように何でも話す、好 きな相手ができれば相談してほし い、という。母親たちが娘たちに 望むのはあくまでも ﹁理性の恋﹂ であり、性的な関係は禁じるのに たいし、娘たちはロマンチックな 恋愛に憧れるといった温度差があ るとしても、結婚の風景は確実に 変化しているように思われる。 そんな﹁自由化の波﹂が押し寄 せる S 区では、意外なことに駆け 落ちの話がよく聞かれた。トルコ では昔から農村を中心に駆け落ち

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アジ研ワールド・トレンド No.226(2014. 8) が行われてきた。経済力、家族同 士の関係、宗派の違いなどが理由 で、娘の親から結婚の承認を得ら れないときに、娘の合意のもとに ︵合意のない場合もある︶ 、娘を連 れ去るのである。娘はいったん駆 け落ちすれば処女を失ったとみな され、親の面子をつぶしたとして 家族や親族からは絶縁されてしま う。双方の家族が和解できればす べてがまるく収まる一方、保守的 な地域では娘殺しに発展しかねな い。 ●アイシェの駆け落ち アイシェは夫のメフメットと 、 一八歳のとき、彼がイスタンブル から村に帰省したときに知り合っ た。正確には、アイシェの母親が かねてから有望な結婚相手候補と して目をつけていたメフメットと 引き合わせた。メフメットは八歳 上の真面目な好青年で、イスタン ブルに移住した男たちの多くが建 設現場の日雇い労働者なのとは 違って、フォーマルセクターの工 場労働者で社会保険にも加入して いた︵つまりいずれは年金がもら える︶ 。二人はすぐに互いを気に 入り、メフメットがイスタンブル に戻ったあとも、毎晩のように電 話で話し 、交際を深めていった 。 やがてメフメットがアイシェの両 親のもとに求婚に訪れると、両親 はこれを受け入れ、二人は晴れて 婚約式を挙げた。両親はメフメッ トに、結婚の条件として新婚夫婦 が住むための家を用意するよう求 めた。 メフメットは狭い平屋に兄一家 と同居しながら、兄たちと共同で 二階を建て増し、そこを新居にあ てる予定だった。彼らは四人兄弟 で資金を出し合い共同で家を建て ていたが、三男坊のメフメットに ようやく順番が回ってきたのであ る。だが地券登録のない不法住宅 であったため、区からなかなか増 築の許可が下りず、また建築資金 も不足していた。メフメットはア イシェの両親に事情を話し、新居 の完成を待たずに結婚させてほし いと頼んだが、彼らは許そうとし なかった。業を煮やしたメフメッ トはアイシェと示し合わせ、ある 日、彼女を村から S 区の兄の家に 連れ帰ったのである。 二人は宗教婚はせず︵少数派の アレヴィーで宗教婚は重視してい ない︶ 、区役所に結婚届けを出し、 兄一家と同居しながらの新婚生活 が始まった。披露宴は両親が許し てくれたらするつもりだったが 、 二年たっても許しは得られなかっ た。 ●駆け落ちの新しいかたち? その後、兄弟は力を合わせて二 階を完成させ、夫妻は新居に移っ た。アイシェは初めての子を出産 し、メフメットは週末も返上して 働き、洗濯機やテレビ、応接セッ トなどをそろえた。 駆け落ちした嫁は、チェイズと 呼ばれる花嫁道具︵リネン類、調 理器具や食器のセット 、冷蔵庫 、 絨毯など︶を持たず、和解するま では実家の後ろ盾もないから、夫 の家族にたいして立場が弱くいじ められやすい。アイシェも、同居 の夫の兄の妻や近くに住む夫の姉 から嫌みをいわれ、よく涙ぐんで いた。また実家と縁が切れること は、いざ夫から暴力を受けたり夫 が家にお金を入れないといった問 題が起きたときに、頼る場所がな いということでもある。 幸いアイシェは夫婦仲が良く 、 夫も安定した仕事についている 。 ﹁お茶を淹れるのも薪を集め火を おこすところから始めなければな らない﹂村と比べて 、生活も楽 だ。唯一不満があるとすれば、記 念日にはキャンドルを灯して祝っ たり、贈り物をもらうような都会 的でロマンチックな結婚生活に憧 れていたのに、夫がさっぱりのっ てこないことだという。スカーフ をはずすことも化粧も許してもら えないと口をとがらしながら、 ﹁そ れでも﹂とアイシェはいう 。﹁ 心 も体も頭もぴったりな相手と巡り 会えたことだけで十分なのよ﹂ 。 日本語の駆け落ちは、ずいぶん と古くさい響きがする。トルコで もミドルクラス以上の人々は似た 感覚を抱くはずである。大卒の若 者が親の意向に逆らって結婚する ことは、 駆け落ちとは呼ばれない。 駆け落ちが成立する背景には、処 女を失えば後戻りできないという 厳格な性規範の世界があるからで ある。アイシェの事例はその点で まぎれもない駆け落ちであった 。 だが同時にまた、ロマンチックな 恋愛結婚への憧れや結婚相手選び における本人の意向の尊重といっ た現代的な考え方に後押しされて いた点で、駆け落ちの新しいかた ちといえるのかもしれない。 ︵むらかみ   かおる/アジア経済研 究所   中東研究グループ︶

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