副腎皮質癌の腫瘍栓が後大静脈から右心系にまで達した犬の1例
藤岡崇伯1),野村雅史2),田邊美加3),西田卓真1),吉村公仁子1), 岩本希生1),岩崎大樹1),山口明子1),山口 潤1),日高勇一4) 1) ASAP動物病院 〒822‒0011 福岡県直方市感田小野牟田3597‒1 2) ラリーペットクリニック 〒751‒0852 山口県下関市熊野町2‒2‒19 3) 動物病理診断センター 〒809‒0011 福岡県中間市岩瀬1‒4‒11 4) 宮崎大学農学部獣医外科研究室 〒889‒2192 宮崎県宮崎市学園木花台西1‒1 (受理 2019 年 11 月 25 日)A Canine Case of Adrenocortical Carcinoma with Extension
from the Caudal Vena Cava into the Right Heart
Takanori FUJIOKA1), Masafumi NOMURA2), Mika TANABE3), Takuma NISHIDA1), Kuniko YOSHIMURA1), Kio IWAMOTO1), Hiroki IWASAKI1), Akiko YAMAGUCHI1),
Jun YAMAGUCHI1) and Yuichi HIDAKA4) ) ) ) ) 連絡責任者: 藤岡崇伯 ASAP動物病院 〒822‒0011 福岡県直方市感田小野牟 田3597‒1 TEL: 0949‒26‒4136 FAX: 0949‒26‒4137 E-mail: [email protected]
要約 ウェルシュ・コーギー・ペンブローグ,15歳,避妊雌が,腹囲膨満と運動時の虚脱を主訴に来院し た。本例は3年前に近医にて実施された腹部超音波検査において,副腎腫瘍の可能性を指摘され,ト リロスタンの内服治療を受けていたが,1年前からは後大静脈内腫瘍塞栓とみなされる超音波所見を 随伴していた。当院で実施した経胸壁心エコー図検査では,右傍胸骨左室流出路断面像にて右心腔内 に可動性の大型異常構造物が描出された。さらに右傍胸骨右室流入路断面像では,異常構造物は後大 静脈から右心室腔内までつながっていた。以上の検査所見から,右心腔内の異常構造物は副腎腫瘍の 後大静脈内進展に起因する右心腔内腫瘍塞栓と仮診断した。飼い主は積極的な外科的治療を希望せ ず,本例は当院初診の10日後に呼吸困難により自宅で死亡した。死後の病理学的検索により,右心腔 内の異常構造物は副腎皮質癌に由来する右心腔内腫瘍塞栓であることが確認された。 キーワード: 副腎腫瘍,右心腔内塞栓,腫瘍栓,犬,心エコー図検査 動物の循環器 第 52 巻 2 号 61‒67 (2019) は じ め に 右心腔内に存在する異常構造物は,ことに無 茎性かつ可動性である場合には,急性肺塞栓症 により突然死を招く恐れがある1)。ヒト医療で は,右心腔内の可動性異常構造物として,血 栓,原発性心臓腫瘍,腫瘍栓,疣贅,デバイ ス,先天性異常構造物,異物などが挙げられて いる2, 3)。一方,獣医療では,原発性心臓腫瘍 に起因するものが多く,腫瘍塞栓の報告は少な い4, 5)。右心腔内の可動性異常構造物の検出に は,心エコー図検査が極めて有用であるが, 原発性心臓腫瘍と血栓あるいは腫瘍塞栓は,そ のエコー源性や形状が似ているため,心エコー 図検査のみで鑑別することはしばしば困難であ る4, 6)。 本稿では,経胸壁心エコー図検査により右心 腔内に存在する異常構造物が副腎腫瘍の後大静 脈内進展に起因する右心腔内腫瘍塞栓であると 仮診断し,死後の病理学的検索により確認され た副腎皮質癌の犬の1例について記す。 症 例 ウェルシュ・コーギー・ペンブローグ,15 歳,避妊雌,体重13.2 kgが,腹囲膨満と運動 時の虚脱を主訴に来院した。本例は,当院受診 の3年前に,近医で実施した腹部超音波検査に て,右側副腎の腫大(最大短径15.0 mm)を認 めた(図1a)。さらに,同日実施したACTH刺 激試験でのコルチゾール値が高値(刺激前 15.2 μg/dl, 刺激後48.6 μg/dl)を示したことか ら,機能性の副腎腫瘍である可能性がきわめて 高いと診断された。飼い主の希望もあり,トリ ロスタンを用いた内科的治療が施されていた。 また1年前には,腹部超音波検査により副腎腫 瘍の後大静脈内進展とみなされる像が確認され ていた(図1b)。なお,5カ月前には腹水の貯 留が見られ,腹部超音波検査で腫瘍栓とみなさ れる構造物が肝部後大静脈にまで進展していた ことから(図1c),バッド・キアリ症候群に 陥っているものと判断された。 当院における初診時の身体検査では,心拍数 156回/分,呼吸数36回/分,体温37.8℃, 胸 部X線検査では,胸骨心臓サイズ(VHS)は8.7v
であった。経胸壁心エコー図検査では,右傍胸 骨左室流出路断面像において,右心腔内に可動 性の大型異常構造物を認め,収縮期には右心房 内に主座していたが,拡張期には右心室腔内に 陷入していた(図2a)。右傍胸骨右室流入路断 面像では,異常構造物は後大静脈から右心室腔 内までつながっていた(図2b)。心臓にその他 の構造的異常は認められなかった。一方,腹部 超音波検査ではこれまでに得られている所見と 同様,右側副腎の腫瘍性増殖を疑わせる画像が 描出され,腹水の貯留も認められた。以上の超 図1 近医での腹部エコー検査所見 当院受診の3年前(a)に右副腎に腫大が見られ,当院受診の1年前(b)には後大静脈内に腫瘍栓とみな される構造物を認めた。また,当院受診の5カ月前(c)には腫瘍栓が肝部後大静脈まで進展していた。 AT: 副腎腫瘍,CaCV: 後大静脈,TH: 腫瘍栓 図2a 右傍胸骨左室長軸流出路断面を変形した断面 右心腔内に可動性の大型な異常構造物が認められる。
Ao: 大動脈,CrVC: 前大静脈,IVS: 心室中隔,LA: 左房,LV: 左室,RA: 右房,RV: 右室,TH: 腫 瘍栓,TV: 三尖弁
図2b 右傍胸骨右室流入路断面像
異常構造物が,後大静脈から右心腔内へ進展している。 CaCV: 後大静脈,CrVC: 前大静脈,RA: 右房,RV: 右室,TH: 腫瘍栓,TV: 三尖弁
音波検査所見から,本例を副腎腫瘍の後大静脈 内進展に起因する右心腔内腫瘍塞栓と仮診断し た。 治療にあたっては,飼い主が右心腔内異常構 造物の外科的摘出術を希望されなかったため, 血栓症の可能性も考慮し,まずはダルテパリン (120 IU/kg, SC, BID)お よ び 塩 酸 オ ザ グ レ ル (11 mg/kg, PO, BID)による抗凝固療法を実施 した。しかしながら,これらの治療にまったく 反応することなく,呼吸促迫や虚脱,失神を繰 り返し,10日後に呼吸困難により自宅で死亡 した。なお,死後20時間で剖検に供した。 心臓の肉眼的観察では,8.4×0.8×1.5 cmの円 筒状で比較的硬固な灰赤色の腫瘤塊が,右心房 から三尖弁輪部を超えて右心室腔内を占拠して いた (図3)。肺動脈弁口付近に位置していた腫 瘤の先端部分は表面が平滑で,薄い線維性の膜 で覆われていた。一方,後端部分は粗造かつ不 整であった。腹腔内では右側の副腎が著しく腫 大し,後大静脈内には腫瘍栓の形成が認められ た。当該副腎の割面は灰褐色∼茶褐色で髄様を 呈していた。なお,本例の場合には遺体の返却 を求められており,細部にわたる完全な剖検を 実施できなかったため,右側副腎近傍の後大静 脈内腫瘍栓と右心腔内腫瘍栓との連続性につい て確認することはできなかった。 病理組織学的検索では,副腎に形成された増 殖性病変は基本的に多角形細胞の索状配列から なっており,菲薄な繊維性隔壁によってさまざ まな形や幅の細胞索に分画されていた。増殖細 胞は類円形核と弱好酸性で微細顆粒状の小型∼ 中型胞体を有し,各細胞索間に洞様毛細血管を 入れていたことから,副腎皮質由来とみなされ た(図4)。自己融解が比較的強かったため核の 詳細な観察は困難であったが,全体的に核のク ロマチンは粗剛で,核小体は不明瞭であり,中 等度の大小不同が見られた。腫瘍組織は副腎の 被膜内にまで旺盛に浸潤しており,さらに静脈 内への進展を伴っていたことから副腎皮質癌と 診断された7, 8)。なお,右心腔内を占拠してい た腫瘤塊も副腎のそれと同様の組織像を呈して いた。一方,心臓自体に特記すべき異常所見は 観察されなかった。肺では全葉に中等度∼重度 のうっ血性肺水腫が見られたが,腫瘍塞栓や副 腎皮質癌の転移病変は見いだされなかった。 図4 副腎の組織像 病変は類円形核と微細顆粒状,弱好酸性の細胞質を 有する多角形細胞で構成されていた。これらの細胞 は索状配列を示し,その索間には洞様毛細血管が存 在していた。ヘマトキシリン・エオジン染色。 図3 心臓の肉眼所見 右室自由壁を切開したところ,右心腔内を占拠する 大型の腫瘤塊を認めた。 *: 腫瘤塊
腹囲膨満および運動時の虚脱を呈する犬に, 心エコー図検査を実施したところ,右側副腎近 傍の後大静脈から右心腔内に進展する可動性の 異常構造物を認めた。死後の病理学的検索によ り,この構造物は,副腎皮質癌の後大静脈内進 展に起因する右心腔内腫瘍塞栓であることが確 認された。 犬の副腎腫瘍は,全腫瘍の1∼2%を占める とされ,その大半は副腎皮質腺腫,副腎皮質 癌,褐色細胞腫である9)。また,副腎腫瘍の 9.5∼46%は,横隔腹静脈を介して後大静脈内 へ進展し,腫瘍栓を形成する9)。腫瘍栓の発生 頻度は,褐色細胞腫では33∼55%, 副腎皮質癌 では2∼22%である10)。さらに,副腎腫瘍によ り形成された腫瘍栓は,横隔腹静脈内あるいは 肝臓尾側の後大静脈内にとどまることが多い が,まれに右心腔内にまで進展する5, 9, 11)。し かしながら,本例のように副腎腫瘍との仮診断 後から,腫瘍の静脈内浸潤により生じた後大静 脈内腫瘍栓が右室腔内に至るまで3年間にわ たって経過観察した報告例は見当たらない。 心エコー図検査は,本例において右心腔内異 常構造物を検出するのに極めて有用であった。 ヒトの右心腔内異常構造物の診断においても, 第一選択の非侵襲的検査法として用いられてい る12)。しかしながら,心エコー図検査のみで は,腫瘍塞栓,血栓,粘液腫などからなる可動 性の右心内異常構造物を鑑別することは難しい 4, 6)。ヒト医学領域では,これらの鑑別診断に 際し,傍胸骨アプローチによる右室流入路断面 において,右心腔内異常構造物が下大静脈内か ら進展している像を描出することで,心腔内腫 瘍と腹部腫瘍由来の腫瘍栓との鑑別が可能にな クすることも,右心腔内異常構造物の由来を判 断するうえで極めて重要である12)。本例も同様 に,右室流入路断面像において,右心腔内異常 構造物の後大静脈からの進展を想起させる画像 所見が得られたとともに,腫瘍栓を合併した副 腎腫瘍を疑わせる既往歴から,右心腔内異常構 造物が副腎腫瘍の後大静脈内進展に起因するも のであろうと判断された。 CT検査は,ヒトの下大静脈内腫瘍栓の診断に おいて,超音波検査に次いで多用されている13)。 下大静脈内腫瘍栓の進展度の評価や遠隔転移の 有無,さらには深部静脈血栓と腫瘍栓との鑑別 が可能であり,その予後や治療計画の決定に重 要な役割を果たしている14)。CT検査は,犬の 副腎腫瘍においても,静脈内浸潤の有無を評価 する際に有用である15)。しかしながら,CT撮 影時に,呼吸や体動などのモーションアーチ ファクトが生じた場合,診断に適切な画像が得 られないため,犬では全身麻酔が必要となる場 合が多い15)。一方,近年CT装置の多列化が進 み,モーションアーチファクトの影響が少ない 機器が開発されている。それゆえ,より高性能 のCT検査装置を用いることで,犬のCT撮影 が無麻酔下で実施されるケースも増えている16)。 しかしながら,本例の場合には,呼吸促迫によ るモーションアーチファクトに加え,当院が保 有するCT検査装置の性能,全身麻酔が困難な 一般状態であったことなどから,CT検査を実 施することはできなかった。 本例は,当院にて実施した心エコー図検査に より右心腔内異常構造物の存在が明らかになっ た10日後に死亡した。ヒト医学領域では,副 腎,肝臓あるいは腎臓の腫瘍に合併した下大静 脈内腫瘍栓が,三尖弁輪を超えて右心室腔まで
進展することはまれである17 ∼ 20)。しかしなが ら,右心腔内まで進展した場合には,右室流入 路閉塞や急性肺塞栓など重篤な病態を引き起こ す21)。本例においても,腫瘍栓に起因する右心 機能の障害により腹水貯留,運動不耐,失神な どの臨床徴候が惹起された。医学領域で用いら れている腹部悪性腫瘍に合併した下大静脈内腫 瘍栓に対するステージ分類では,腫瘍栓が右心 腔内まで及ぶ例は,最も進行した段階に分類さ れる19)。このような下大静脈内腫瘍栓を合併す る患者に,積極的な外科療法を実施しなかった 場合,予後は極めて悪い22)。その一方で,右心 腔内にまで伸展した下大静脈内腫瘍栓の摘出術 は,急性肺塞栓による突然死を回避するだけで なく,長期生存も得られたとする報告も見られ る21, 23)。心腔内へ進展した腫瘍栓の外科的摘出 例の多くは,出血量の軽減や腫瘍栓の術中急性 肺塞栓の予防を目的として,体外循環下にて実 施されている24)。一方,犬の副腎腫瘍における 後大静脈内腫瘍栓の摘出は,後大静脈の血行を 一時的に遮断して実施される10, 25)。それゆえ, 腫瘍栓が肝部後大静脈を超えていた場合には, 血行遮断が手技的に困難であるなどの理由か ら,外科的摘出術の周術期死亡率が高い9, 25)。 さらに,腫瘍栓が右心房内にまで進展した場合 には,血行遮断の手技自体が不可能であるた め,外科不適応とされている9)。しかしなが ら,これまで犬における体外循環下での後大静 脈内腫瘍栓摘出例の報告はなく,今後,ヒト医 領域で用いられている手技・手法を参考にさら なる検討が必要であると思われる。 以上,今回の症例では,心エコー図検査によ り検出された右心腔内の可動性異常構造物は, 死後の病理学的検索により副腎皮質癌に由来し た右心腔内腫瘍塞栓であることが明らかとなっ た。予後は不良であったが,その生前診断に は,後大静脈内腫瘍塞栓を合併した副腎腫瘍を 疑わせる既往歴,心エコー図検査の右傍胸骨右 室流入路断面像による異常構造物の後大静脈か らの進展所見が極めて重要であった。 文 献
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