「植物環境工学の研究展望」(第十二回)養液栽培と環境調節
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(2) 55 養液栽培と環境調節 物分解能など) ,および微生物相は多様である.また,土壌 の温度,水分条件は時間とともに変動する.土壌の物理的環 境については原. 4). が,化学的環境については松本. 5). が,生. 耕や DFT(Deep flow technique)式 水 耕などがある.前 述の固形培地耕においても培養液の循環の有無で静置式と 流動式に分けられる.研究面では,地上部が収穫対象の作. が『新版生物環境調節ハンドブ. 物の栽培には水耕が,地下部の塊根や塊茎が収穫対象の. ック』で詳細に解説しているので,そちらを参照されたい.上. 作物や移植が困難な作物の栽培には固形培地耕が用いられ. 物的環境については小倉. 6). 記に挙げただけでも,それらの組み合わせは多岐にわたるこ. る.図 2 にはサツマイモの茎葉部を収穫対象とする品種「ス. とが理解できると思う.このように,複雑な要素を多く含む条件. イオウ」の DFT 式水耕. 下で作物の根は生育しており,この多様な土壌環境をすべて. ジン貯蔵根 ,薬用植物カラスビシャクの球茎. 制御するのは非常に難しい.したがって,植物地下部環境の. の静置式固形培地耕の様子を示す.. 7). の様子と,サツマイモ塊根 ,ニン. 9). 加藤. 制御を行うには,植物生育に影響が大きいと考えられるいくつ. 11). 8). 10). を得るため. によると,一般の作物生産の現場を対象としたもの. かの要素に限っての制御を行う単純化が必要となる.具体的. であるが,培地が備えるべき条件・特性としては,次のことが. には,根 部 支 持 体の有 無(固 相の有 無) ,温 度,通 気 性. 重要であるとしている.. (酸素供給を主とする) ,養分組成,養分濃度に限って作物 1.材料が均一で,長期にわたり変化がなく安定している.. 地下部環境の制御を行うこととなる.. 2.入手が容易で安価. 3.水の拡散が良好で,水分管理がしやすい.. 養液栽培. 4.養分吸着がなく,養分管理がしやすい. 5.塩類,毒物,重金属など阻害物質が含まれない.. 養液栽培とは,土壌を用いることなく,作物の生育に必要 な養分・水分,つまり培養液を与えて栽培することを言う.こ. 6.雑草の種子,病原菌が含まれない.. こでは,養液栽培の種類およびその特性等について述べる.. 7.使用後の処理が安全で簡単にできる.. 1.養 液 栽 培 の 種 類 図 1 に示すように,養液栽培は固形培地を用いる栽培法 (固形培地耕)とこれを用いない栽培法(水耕)に大別でき る.固形培地耕は,さらに有機素材を培地に用いる有機培地 耕と無機素材を培地に用いる無機培地耕に分けられ,前者. このように,前述したごとく,土壌病害や塩類集積,連作障 害を避けるという養液栽培の利点を実現するための条件が多 く挙げられている. 2.培 養 液 組 成. にはピートモス耕,燻炭耕などが,後者には砂耕,れき耕,ロ. まず,筆者が携わっている植物研究の場では,原水には純. ックウール耕,パーライト耕などがある.水耕には培養液がそ. 水や蒸留水のような養分や病原菌を含まず,pH にも大きな偏. のまま培養液槽に貯められたままの静置式と培養液が循環す. りのないものが用いられている.水道水や井戸水を用いる場. る流動式に分けられ,前者には浮き根式水耕,毛管式水耕な どがあり,後 者には NFT(Nutrient film technique)式 水. 図 1 養液栽培の種類.. 図 2 養液栽培の実用例.A)DFT 式水耕での茎葉利用 型サツマイモ品種「スイオウ」の栽培.固形培地耕 による B)サツマイモ,C)ニンジン,D)薬用植物 カラスビシャクの栽培. ─9─.
(3) 江口. 56 合でも,なるべく純水や蒸留水に近い原水を採用するか原水 を純水や蒸留水に近づける処理が必要である.その原水 に,植物の生育に必要な無機成分を,主成分としては,窒素 (N) ,リン(P) ,カリウム(K) ,カルシウム(Ca) ,マグネシウム (Mg) ,硫黄(S)を,微量成分としては,鉄(Fe) ,マンガン (Mn) ,ホ ウ 素(B) ,銅(Cu) ,亜 鉛(Zn) ,モ リブ デ ン (Mo)を添加したものを培養液として用いる.作物生産に適 する組成は,対象とする作物によって異なるとされるが,一般 には主成分の組成を示した基準となる処方,例えば園芸試 験場均衡培養液(園試処方) ,山崎処方などを用いることが 多い.また,市販の培養液作製用肥料や濃縮培養液なども 入手可能である.いずれも成分は商品に表示されている,あ るいはそのメーカーが公表しているので,必要に応じて適宜 選択すると良い.これらをとりまとめて紹介した書籍もある . 12). 実際には,試験栽培することを勧める.試験栽培をすることに. 図 3 サツマイモ細根の成長と培養液温との関係(Eguchi 14) et al., 2003 より) .縦軸は細根の乾物蓄積速度, 横軸は細根温=培養液温を示す.. より基準とする処方の培養液組成の調整が必要かどうかを判 断できる.また,作物生産に適する培養液の pHも作物により 異なるとされており,新たに水耕を試みる作物については,培 養液の最適 pH を調査する必要がある. 養 液 栽 培と環 境 調 節 ここでは,養液栽培を行う場合に,制御可能な環境条件に ついて述べる. 1.温 度 培養液の温度は,主に作物の根に影響を及ぼすが,適す る培養液温は作物によって異なる.筆者の経験上, トマトやキ ュウリは,培養液温 20 ℃前後であれば栽培が可能である. ハーブ類では培養液温 15 ∼ 25 ℃で生育等を調査した報告 があり,生育好適温度は 20 ℃前後で,ディルやタイムの茎葉 の精油含有率および含有量に培養液温が影響していた. 図 4 サツマイモ塊根の収量と塊根温との関係(Eguchi 15) et al., 1994 より) .縦軸は塊根の乾物重,横軸は 塊根温を示す.. .. 13). 一般に,生育できる範囲の温度では,程度の差はあるが,根. 働き)の温度,すなわち培養液温が変わると,塊根の乾物蓄. の伸長や養分・水分の吸収は温度の影響を受ける.図 3 は. 積が変わる(図 5) .しかし,根の生育可能な温度域の範 14). 培養液温により異なるサツマイモの細根(肥大した,いわゆる. 囲外の低温・高温域では,根の褐変や腐敗が生じ,根として. イモではなく,主に養水分の吸収を行う細い根)の伸長を示. の機能,すなわち植物体の支持と養水分の吸収,を担うこと. す.16 ∼ 32 ℃の範囲では直線的に上昇している .イモの. ができなくなる.. 14). 肥 大の適 温は細 根とは異なって 24 ∼ 26 ℃であった(図. 培養液の温度の調節においては,研究場面では,培養液. 4) .一般的には葉菜類を対象として,収穫量が最大となる. が流動する循環式が温度を制御しやすく,培養液の貯留槽. 培養液温を調査・検討するが,植物体地上部の品質向上を. にクーラーとヒーターを組み込み,これらの稼働を調節計で制. 目的として,培養液温を根の生育適温とは異なる温度条件を. 御する.調節計には栽培ベッドの中に設置したセンサーが接. 15). 一時的あるいは長期的に与えて植物にストレスや環境変化な. 続されており,センサーから得られた培養液温からフィードバッ. どを付与することもある.また,植物体における乾物の分配を. クして培養液温を設定値に制御する.. 変えるために培養液温を調節することもありうる.例えば,実. 2.培 養 液 組 成 ・濃 度. 験の場でのことだが,サツマイモの細根(養水分吸収が主な. ─ 10 ─. 培養液は,先に簡略に説明した通り,植物によって,その.
(4) 57 養液栽培と環境調節. 図 5 サツマイモ塊根の乾物蓄積に対する細根温と塊根 14) 温の影響(Eguchi et al., 2003 より) .縦軸は塊根 の乾物蓄積速度,横軸は塊根温を示す.図中の数 字は「塊根温/細根温」を示す. 組成も濃度もpHも異なる.養液栽培,特に培養液循環式の 水耕を採用すれば,これらは容易に調整できる.ただし,長期 に同一の培養液を用いれば,植物の吸収等によって培養液 の組成や濃度や pH に変化が生じる.高価なシステムを用い れば,培養液中の各成分の濃度および培養液 pH を検知す るセンサーからの情報をもとに,その植物に適する培養液組 成・濃度・pHとなるように,複数の化学物質の溶液を添加し て調整することができる.多くのセンサーや調節器等を必要と するため,この方法は高コストとなる.また,より単純なシステ ムでは,培養液の電気伝導度から簡易に成分変化を検知し て,全量あるいは一部を新鮮な培養液に置き換える方法もあ り,前者よりも低いコストで栽培可能である.. 図 6 サツマイモ塊根の肥大に対する低酸素処理の影響 18) (Eguchi et al., 2007 より) . 一部を空気中に置いて,空気中の酸素を吸収させる方式の 養液栽培(浮き根式,毛管式など)では根毛が生じることも ある. 研究に携わる方々には,予備的な知識として,水には酸素 が溶けにくいことを頭に入れておいてほしい.空気中では約 20 %の酸素があるが(もちろん地球上のこと) ,例えば 20 ℃,25 ℃,30 ℃の純水中の飽和溶存酸素量は,それぞれ約 8.8,8.1,7.5 ppm である.単位をご覧になればわかるように,. 3.通 気 性. 空気中の酸素の割合は「%」で表示してあり,水中の値は. 通気性を良くするということは,根がより酸素を吸収しやす. 「ppm」で表示してある.1 %は 10,000 ppm にあたる.水の. い状況を作ることと同意である.エアポンプを用いて培養液に. 膜を通すと,どれほど酸素がブロックされるかが理解できると. ブクブクと空気を送る,培養液をバシャバシャと撹拌して空気. 思う.根が養水分を吸収することだけに機能が限られていれ. を混ぜるなどで培養液中の酸素濃度を空気飽和させれば,. ば根の周囲が水で覆われていても問題はないが,サツマイモ. 根は培養液中で旺盛に伸長し,繁茂する.特別な条件を創. の塊根が肥大する場合は,根の周囲が空気で覆われている. 出する実験の場ではなく,通常の養液栽培では,培養液中に. 必要がある .ジャガイモ塊茎のように細胞間隙がなく密に. 酸素ガスを送って酸素飽和させる必要はない.養液栽培にお. 細胞が集まっている組織では,周囲の酸素濃度が極度に低. いては,根が潤沢に水を得ることができる状況にあるのがほと. 下しなくても組織内部が低酸素になりやすい. んどで,根の表面に根毛(分岐した根のような複数の細胞か. および機能を有するサツマイモ塊根でも同様な状況が生じて. らなるものではなく,根の一つ一つの表皮細胞が毛のように管. いると考えられ,低酸素条件下では,塊根の形成も肥大も抑. 状に伸びたもの)が生じることはほとんどない.しかし,根の. 制される(図 6) .ニンジンの貯蔵根もサツマイモ塊根と同. 16). ─ 11 ─. 18). .よく似た組織. 17).
(5) 江口. 58 様に,過度な湿潤条件下では肥大できない(図 7) . 9). 4.根 域 制 限 養液栽培では非常に根が繁茂する.そこで,根の生育を 抑制して,他の器官に同化産物などをより多く配分できるよう な方法が検討されている.根域制限はその一つで,根が生 育できる範囲を物理的に制限して,根がその範囲を超えて伸 長できないようにする手法である.水は通すが根が通らないよ うな生地,いわゆる不透根シートで根の生育範囲を制限す る.先に述べた培養液温の調節による乾物分配の調節と同じ 観点によるものである.しかし,一般の作物栽培では,効果的 な援用法が実現されておらず,実用されていることはほとんど ない.実験の場面で,サツマイモ塊根の形成・肥大を促進す べく用いたことがある(図 8) .顕著な促進効果は認められ 19). なかったが,根域制限をしないよりはした方が多少は塊根の 形成・肥大を促進するようである.高糖度トマト果実を安定生 産する試みも実験的にはなされている. 20). が,実用には至って. いない.. 図 7 ニンジン貯蔵根の肥大に対する培地水分条件の影響 9) (Eguchi et al., 2009 より).a:培地内の水分含量 と深さとの関係.縦軸は深さ,横軸は水分含量,図 中の GLW は培地内水位(培地表面からの距離) , カッコ内の数字は気相の割合を示す.b:ニンジン貯 蔵根の形状.縦軸は深さ,横軸は貯蔵根の幅. れにしても,植物の栽培に不慣れな者でも,露地栽培に比べ ればはるかに高い再現性での実体験が可能であり,比較的. まとめ. 「とっつきやすい」栽培法と思われる.養液栽培装置に付加 した環境制御装置があれば,一時的な高温・低温など短時. 養液栽培には様々な種類があり,また,その環境条件も多. 間のストレスも容易に与えることができる.また,地下部の環境. 様に創出できる.ただし,土壌での露地栽培に比べれば,より. 調節で植物体での乾物分配を上手く調節する手法は確立さ. 単純化した条件ではある.各々の植物に適した方式,条件が. れておらず,実用的なシステムの開発を試みる価値があると. あり,これらについてすでに情報があるものは,それに準じて. 思う.. 栽培を行えば良いが,情報のないものについては,各自で地 道にその方式,条件を検討しなければならない.しかし,いず. 図 8 確実なサツマイモ塊根形成のための水耕法の検討:細根の生育条件 (江口, 19) 2005 より) . ─ 12 ─.
(6) 59 養液栽培と環境調節. 引用文献 1) 2). 3). 4). 5). 6). 7). 8). 9). 10). 11). 吉田 敏.栽培植物のイオン吸収と養液栽培技術.植 物環境工学.30: 143-148. 2018. Nukaya A. Soilless culture. In: Horticulture in Japan 2006. ed. The Japanese Society for Horticultural Science. Shoukado Publication, Kyoto, Japan. 297302. 2006. 池田英男.第 1 章 養液栽培の発展と現状.社団法人 日本施設園芸協会編,養液栽培の新マニュアル.誠文 堂新光社,東京.2-11. 2002. 原 道宏.土壌の物理的環境.日本生物環境調節学 会編, 新版 生物環境調節ハンドブック.養賢堂, 東京. 64-69. 1995. 松本 總.土壌の化学的環境.日本生物環境調節学 会編, 新版 生物環境調節ハンドブック.養賢堂, 東京. 69-73. 1995. 小倉寛典.土壌の生物的環境.日本生物環境調節学 会編, 新版 生物環境調節ハンドブック.養賢堂, 東京. 73-77. 1995. 江口壽彦,森山修二,宮島郁夫,吉田 敏,筑紫二郎. サツマイモ品種‘すいおう’の茎葉生産に適する養液栽 培方式.植物環境工学 . 19: 167-174. 2007. Eguchi T, Ito Y, Yoshida S. Periodical wetting increases a-tocopherol content in the tuberous roots of sweetpotato (Ipomoea batatas (L.) Lam.). Environ. Control Biol. 50: 297-303. 2012. 江口壽彦,鈴木健彦,宮本英揮,濱古賀 道男,吉田 敏,筑紫二郎,北野雅治.固形培地耕装置における地 下水位がニンジンの生育に与える影響.植物環境工学 . 21: 65-71. 2009. Eguchi T, Tanaka H, Yoshida S, Matsuoka K. Influence of ground water level on the growth of the medicinal plant Pinellia ternata Breit. in a solid. 12). 13). 14). 15). 16). 17). 18). 19) 20). ─ 13 ─. substrate culture system. In: Proc. Plant Factory Conference 2014. Kyoto. 10-12 Nov., 2014. 加藤俊博.第 2 章 培地の種類・特性.社団法人 日 本施設園芸協会編,養液栽培の新マニュアル.誠文堂 新光社,東京.14-26. 2002. 丸尾 達.第 4 章 用水と培養液の調整・管理 2. 培養液の調整・管理 1)組成.社団法人 日本施設 園芸協会編, 養液栽培の新マニュアル.誠文堂新光社, 東京.161-179. 2002. 宇田川雄二.培養液温を異にしたハーブ類の生育,無 機成分および香気成分含量.千葉農試研報.38: 1-7. 1997. 江口壽彦,北野雅治,吉田 敏,筑紫二郎.サツマイモ 塊根の肥大に対する根温の影響−直接的および間接的 な温度の影響−.生物環境調節.41: 43-49. 2003. Eguchi T, Kitano M, Eguchi, H. Effect of root temperature on sink strength of tuberous root in sweet potato plants (Ipomoea batatas Lam.). Biotronics. 23: 75-80. 1994. Eguchi T, Yoshida S. A cultivation method to ensure tuberous root formation in sweetpotatoes (Ipomoea batatas (L.) Lam.). Environ. Control Biol. 42: 259266. 2004. Geigenberger P. Response of plant metabolism to too little oxygen. Current Opinion in Plant Biology. 6: 247-256. 2003. Eguchi T, Yoshida S. Effects of gas exchange inhibition and hypoxia on tuberous root morphogenesis in sweetpotato (Ipomoea batatas (L.) Lam.). Environ. Control Biol. 45: 103-111. 2007. 江口壽彦. サツマイモの塊根形成研究のための水耕法. 九州の農業気象 第二輯.13: 77-80. 2004. 石上 清,堀内正美,中嶌輝子,松浦英之.根域を制 限した循環式養液栽培装置による高糖度トマトの生産. 静岡農試研報.36: 61-72. 1994..
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