最先端レーザーとガラス・高分子で新しい情報の世界
を拓く
創造科学技術推進事業 平尾誘起構造 PJ 代表研究者(’94 ∼ ’99)平 尾 一 之
* 七色の光を放つガラスは有史以来、人類の心を引きつけてきた。そのガラスにフェ ムト秒(1000 兆分の 1 秒)という極めて短いパルスでレーザー光を当てると、まっ たく新しい機能が生まれることが最近、分かってきた。この現象は、科学技術振 興事業団の創造科学技術推進事業(ERATO)の平尾プロジェクトで見つけられた 成果である。我々は、この現象を「誘起構造」と名付けた。この新しいガラスに、 産業界も大きな期待を寄せている。本稿では、特にフェムト秒レーザーとガラス の相互作用が、材料をいかに変貌させるかについて述べることにする。1.
はじめに
昨年度のノーベル化学賞は、「フェムト秒分光学を用い た化学反応の遷移状態の研究」でエジプト人のアーメド・ ズベイル教授に与えられた。極短時間での分子の振る舞 いや超高速で起こる化学反応をフェムト秒レーザーのパ ルス幅の短さを利用して調べた功績によるものである。 一方、フェムト秒レーザーは、非常に高い電場を物質 に与えることができる。その結果、物質内部に原子・分 子レベルで構造を変化させることができる。ここでは フェムト秒レーザーを自由に操り、ガラス内部に思うが ままの構造を誘起した試みについて紹介することにす る。2.
求められる光機能材料
ガラスや高分子などの非晶質材料は、内部構造の自由 度が大きいため、電場・磁場・光などの外部場によって 新たな構造が誘起され、これまでにないさまざまな機能 の発現が期待される。我々は、このような誘起構造の形 成技術の探索と発現機能の追及、および誘起構造の理論 設計を目指して ERATO プロジェクト研究を行ってきた。 たとえばフェムト秒・超短パルスレーザー光の集光照射 により、ガラス内部の任意の位置に屈折率変化・イオン 価数変化・結晶化・分極配向などの永続的な構造変化が 誘起されることを見出している。一例として、BaO-B2O3 -SiO2 系ガラスの内部にフェムト秒レーザー光を照射する ことにより、BBO(BaB2O4)の単結晶がファイバー上に 析出することができた。その様子を図 1 に示す。これら の構造変化を利用すれば、光導波・光メモリー・波長変 換などさまざまな光機能をもつ三次元フォトニクス素子 が得られ、将来の超高速・大容量光情報処理技術を、ガ ラス材料で実現する道を拓くものと期待される。 図1 フェムト秒レーザーのガラス内部への集光 による単結晶の析出 フェムト秒レーザをガラス内部に集光させると 単結晶が析出する。その集光点を左に移動させる と単結晶ファイバーを成長させることができる。 (a)は上から見た図で、(b) はそのファイバーの断 面図。3.
光とガラスの相互作用
光と透明材料との相互作用としてはフォトクロミック ガラス、感光性結晶化ガラスや多色性ガラスなどが良く *京都大学大学院 工学研究科 材料化学専攻 教授知られている[1-3]。また近年、光ファイバー中へのブラッ ググレーティングの書き込みや、次世代の記録方法とし て期待されるフォトケミカルホールバーニング(PHB)な ども盛んに研究されている[4-6]。すでに光ディスクなどで 実用化されているヒートモード方式による相変化型メモ リー[7]も光とガラスとの相互作用を利用したものといえ る。これらの反応は、基本的にはガラスの吸収領域を励 起し、いろいろな構造変化を光誘起させることによって 実現される。したがって、光による反応はガラスの表面 層もしくはその近傍において最も活性であり、内部のみ を選択的に光誘起することは困難である。また、これら の励起に使用される光の波長は一般に紫外或いは可視領 域であり、光源としては CW(continuous wave )レーザー もしくはパルス幅がナノ秒オーダー以上のパルスレー ザーが使用される。 一般に、1光子でガラスに吸収されない波長域のレー ザー光とガラスとの相互作用は困難である。しかし、パ ルス幅がフェムト秒オーダーの超短パルスレーザーを使 用すると、1光子ではガラスに吸収されない波長のレー ザーパルスにおいても、いろいろなガラスと相互作用を 起こさせることが可能である[8,9]。フェムト秒レーザーに 代表される超短光パルスは、そのパルス幅の短さを生か し、ピコ秒からフェムト秒領域の速度で起こる物質中の ダイナミクス、例えば光と原子や分子との直接相互作用、 物質のコヒーレント状態に関する緩和過程や化学反応の 素過程などを高い時間分解能で観察、評価するための ツールとしてよく知られている。同時に、そのパルス幅 の短さゆえに、非常に大きいピークパワーをもち、集光 することで容易に数百 TW(テラワット:1012W)/cm2程 度の高強度光を得ることが可能である。このためフェム ト秒レーザーは、ガラスを含め多くの物質と多様な相互 作用を発生させるためのツールとしても非常に興味深 い。 我々は、フェムト秒レーザーを集光照射することで、さ まざまなガラス中に 10-2∼ 10-3のオーダーで屈折率変化 が誘起可能であること、およびレーザーの集光スポットを ガラス試料に対して連続的に走査することで、ガラス内部 に自由自在にライン状の高屈折率化領域が形成できるこ とを確認している[10-12]。一般的な光通信に使用されてい る光ファイバーのコアとクラッドとの屈折率差は 10-3 オーダーであることから、フェムト秒レーザーによる屈折 率の変化量は光通信用の各種デバイスに用いる光導波構 造を形成するのに十分な値である。また、フェムト秒レー ザーによる光導波路書き込みでは、集光スポットを三次元 的に走査することで、複雑な光回路をガラス内部へ書き込 める可能性がある。次に具体的方法について説明してみる ことにする。
4.
光誘起構造(屈折率変化、光導波路)を
書き込む方法
屈折率変化および光導波路の書き込みは図2に示す光 誘起構造書き込みシステムを使用した。書き込み光源に はモードロック Ti:Al2O3レーザーを再生増幅して得られ た波長:800nm、繰返し:10Hz あるいは 200kHz の2台の フェムト秒レーザーを使用した。いずれのレーザーもOPA(Optical Parametric Amplifier ) により波長可変が可能であ るが、波長は多くのガラスにおいてその固有吸収と一致 しない近赤外域(800nm)に設定した。レーザー集光およ び照射の基本ユニットは光学顕微鏡から成り、レーザー パルスの集光には対物レンズを使用した。このシステム
図2 光導波路書き込み用の実験装置図 において、パルス幅はプリズム対を使用し、角度分散に よって生ずるプリズム間の群遅延分散とプリズム内の群 遅延分散の組み合せにより調節し、レーザーの平均出力 は ND フィルターにより制御する。連続的な屈折率の変 化が必要とされる光導波路書き込みは 200kHz の高繰り返 しパルスレーザーを使用し、コンピューター制御の XYZ ステージ上のガラスサンプルをレーザーの光軸に対して 平行或いは垂直に移動させることにより行った。(図3参 照) 図3 高繰り返しパルスレーザーにより書かれた 光導波路の模式図
5.
フェムト秒レーザーによる屈折率変化
波長:800nm、パルス幅:120fs、繰り返し:200kHz、平 均出力:200mW のレーザーパルスをガラス表面および内 部へ集光(50 ×)照射した際の透過光学顕微鏡写真を図 4 (a)、(b) にそれぞれ示す。ガラス表面へ集光照射した場 合、照射スポットでは熱衝撃を伴ったアブレーションが 起こっていることが確認できる。これに対しガラス内部 への集光では、照射スポットがレンズ効果により周囲に 比べて明るくなっており、ガラス内部が局所的に高屈折 率化していることがわかる。この時、レーザー集光スポッ トにおける電場強度は 1014W/cm2オーダーに達する。光 と物質との非線形相互作用のしきい値はたかだか 1010W/ cm2オーダーであることから、集光したレーザー光が一定 のビーム径を保って伝搬されるフィラメント化や、自己 位相変調などによる白色光や SHG 光の発生も屈折率変化 と同時に観測される。これらの屈折率変化はガラス転移 点において完全に消去されることを高温顕微鏡にて確認 している。フェムト秒オーダーの超短パルスをガラス内 部に照射した場合、極短時間でエネルギーが内部に蓄積 され、イオン化、プラズマ加熱、プラズマ振動の励起な どによる急激な温度変化に比例した内部圧力の上昇や、 これに伴う X 線発生などが報告されている[13,14]。 図4 フェムト秒レーザーをガラスの (a) 表面と (b) 内部に照射した部分の写真 一方,分子動力学計算法である MXDORTO を用いて、 Si原子 400 個、O 原子 800 個からなる石英ガラスの高精 度構造シミュレーションを行った(図5)。 図5 計算機シミュレーションによる石英ガラス の構造 得られたガラス構造に基づき、高精度分子軌道計算法 である DV-Xα 法を用いて、石英ガラスの電子構造計算を 行った。さらに、外部電場によって誘起される電子構造変化のシミュレーションを初めて可能にした(図6)。 図6 電場誘起による電子構造変化 また、誘起された電子構造は、酸素の電子が Si の空の d軌道へ移動することによりもたらされ、その結果屈折率 変化が生じることを突き止めた。 ガラス全般における光・電場誘起構造形成メカニズム の解明や新しい誘起構造形成の指針を得るためにも極め て有用であると考えられる。 フェムト秒レーザーによる屈折率変化のメカニズムに ついては十分な解明がなされていないが、このような レーザー光強度に依存した極めて多様な物理現象が関与 していることが予想される。また、屈折率変化の誘起に は一定のしきい値が存在するため、最も集光強度が高い 集光スポットのみを選択的に屈折率変化させることが可 能であり、これがフェムト秒レーザーによる光誘起屈折 率変化の大きな特徴といえる。 これらの屈折率変化は、ガラス内部へ局所的に誘起さ せることができ、多層記録が可能であることから、ビッ ト・バイ・ビットでの三次元記録による大容量な光メモ リー材料への応用も興味深い。
6.
フェムト秒レーザーによる光導波路
先に述べたように、現在、光通信などに使用されてい る光ファイバーや光導波路のコアとクラッドとの屈折率 差は 10-3オーダーである。したがって、フェムト秒レー ザー照射による屈折率変化量は光通信用の各種デバイス に用いる光導波構造を形成するのに十分な値であること がわかる。図7に合成石英、フッ化物およびカルコゲナ イドガラスの内部に連続的に光誘起屈折率変化を書き込 んだレーザー誘起光導波路の例を示す。 光軸に対してサンプルを垂直に移動させる方が、より 書き込みに自由度があり好ましい方法であることもわ かった。実際にこの方法により石英ガラス内部へ書き込 んだ曲線を含む光導波路の例を図8に示す。ピークパ 平均出力、パルス幅および走査回数のコントロールによ り、任意のコア径、および比屈折率差をもつ光導波路が 書き込み可能であることがわかった。 実際に条件を変えてフッ化物ガラス中に書き込んだ、 異なるコア径の光導波路から得られた NFP(near field pattern )を図9に示す。この図において、コア径が 8μm 図7 さまざまなガラス中へ光導波路を書き込ん だ顕微鏡写真 図8 レーザービームを試料に(a) 平行と(b) 垂直 に移動させて書いた光導波路の場合は基本モードのLP01モード(linearly polarized mode ) のみが伝搬されるが、コア径が太くなるに従い、より高
その光強度分布を示したものである。この図より、波長 633nm光に対する FFP は、複数のモードが重なりあった 複雑な強度分布で伝搬されているのに対し、波長 810nm では基本モードのみが伝搬されていることがわかる。さ らに、波長を変化させながら FFP を観察することで、シ ングルモードのカットオフ波長が 800nm 付近であること がわかった。また、NFP のモードプロファイルをエルミー ト・ガウス関数でフィッティングした結果から、この光 導波路はコア中心部の屈折率が 1.502(書き込み前:1.499) で、屈折率が二乗分布の分布屈折率型であることを確認 した。 図9 (a) 8μm、(b) 17μm、(c) 25μmのコア直径 をもつフッ化物ガラスのnear fieldパターン
7.
複数の誘起構造の組み合せ
超短パルスレーザーの高いピークパワーを利用するこ とで、複数の誘起構造を複合化することが可能である。そ の一例として、光誘起屈折率変化と希土類イオンの価数 変化とを組み合わせた例について紹介する。 図11はSm3+を含有したガラスにおいてフェムト秒レー ザー照射により、コア領域のみ Sm3+を Sm2+に変化させ た光導波路の例である。図中 (a) はアルゴンレーザーを光 導波路に入射させた場合、(b) にはそれ以外の場所へ照射 した場合の例を示す。図中 (a) において光が伝搬されるコ 図10 図9(a)で観測した試料の 異なった波長 でのfar fieldパターン ア領域のみにおいて強い赤色発光が認められる。図 11 (a)、 (b)の発光スペクトルを図 12 に示す。レーザーを照射して いない領域 (a) からの 560、600 および 640nm の発光は Sm3+の4G5/2→6H5/2,7/2,9/2遷移による発光であり、照射 領域 (b) からの 680、700 および 725nm の発光は Sm2+の 5D 0→7F0,1,2遷移による発光と良く一致する。このことか ら、光導波路のみにおいて Sm イオンの価数が三価から二 価へ還元されていることが確認できる。このような複数 の誘起構造の組み合せは新しい試みであり、従来とは異 なるタイプの光機能性ガラスの創製、あるいはガラスの 新しい分野への展開が広がることを期待したい。図11 レーザー照射による光導波路部と未照射 部の Sm3+ をドープしたフッ化物ガラス の発光スペクトル 図12 図11の (a) レーザー照射と(b)未照射部 分の発光スペクトル Sm3+イオン含有ガラスを近赤外フェムト秒レーザー光 で集光照射することにより、集光点近傍の Sm3+イオンが Sm2+に変化することを見出した。多光子励起による光還 元と考えられる。集光点を三次元配列することにより高 密度光メモリーが実現可能である(吸収/発光スペクト ル変化を利用)。各集光点で Sm2+イオンのホールバーニ ング現象を利用することにより、「4次元」超高密度光メ モリー(図 13)も実現可能で、その際の記録密度は 10TB/ cm3に及び、1cm3当たり DVD 光ディスク 2000 枚に相当 する。 Eu2+、Tb3+などの希土類イオンを添加したガラスが、紫 外線照射後、24 時間にも及ぶ長時間にわたって蛍光を出 し続ける長残光現象を観測した。また、ESR スペクトル や X 線吸収スペクトルの検討により、欠陥に基づく長残 光現象のメカニズムを明らかにした。さらに、赤外フェ ムト秒レーザー光の集光照射によって、多光子励起を通 じて同様の長残光を発生する領域を、ガラスの内部に形 成出来ることを見出した。図 14 は、Pr3+、Tb3+、Eu2+イ 起された長残光の写真で、それぞれ、赤、緑、青に発色 している。昼光励起を利用した無電源の夜間標識等の他、 三次元ディスプレイや光メモリーへの応用展開が期待さ れる。
8.
新しい光機能素子の実現に向けて
フェムト秒レーザーによる光誘起屈折率変化、および それを利用したレーザー誘起光導波路の書き込みについ て紹介した。フェムト秒レーザーによる誘起屈折率変化 を利用すれば、さまざまなガラス材料に導波路を形成す 図13 超高密度4次元メモリーの概念図 図14 Pr3+(赤)、Tb3+(緑)、Eu2+(青)を添加 したZBLANガラスのフェムト秒レーザー 誘起超残光 ることができ、たとえば非線形光学効果をもつガラスや いろいろな発光イオンを添加したガラスへ光導波路を書学素子、光導波路レーザー、光増幅器などの高効率化が 期待できる。また、屈折率変化を周期的に誘起させるこ とで三次元フォトニッククリスタルなどへの展開も考え られる。さらに、これらの光機能素子とそれらをつなぐ 光回路とを1つの基板に立体的に書き込むことで、いわ ゆる三次元光集積回路が実現できるかもしれない。また、 これらの現象は単にガラスにとどまらず、有機高分子材 料でも生じることを確認している。 さらに、フェムト秒レーザーとほかの外場、たとえば X 線、電圧や磁場などとを併用することによって、さま ざまな誘起構造の複合化或いは誘起構造の周期制御が可 能になれば、まったく新しいタイプの光機能素子が実現 できる可能性もある。 なお、今回はプロジェクト研究の一部しか紹介できな かった。ご興味のある方は「平尾誘起構造プロジェクト
Activity Report No.3 」(科学技術振興事業団 発刊)[15]お よび「新しいフォトニクス時代の材料とデバイス」( ㈱
TIC発刊 )[16]を参照されたい。
参考文献
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[15]平尾誘起構造プロジェクト Activity Report No.3(1999)お 問合せは京都大学大学院工学研究科 材料化学専攻 平 尾研究室(Tel:075-753-5531)まで。
[16]新しいフォトニクス時代の材料とデバイス(2000)お問合