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母娘関係に関する伝記分析研究の今後の課題と展開 ――水本氏・池田氏のコメントに対するリプライ――

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Academic year: 2021

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(1)青年心理学研究. 意 見. 2021,32,115-119. リプライ. 母娘関係に関する伝記分析研究の今後の課題と展開 ――水本氏・池田氏のコメントに対するリプライ―― 赤木. 真弓1. Future development of biographical analysis study about mother-daughter relationships: A reply to MIZUMOTO s and IKEDA s comments Mayumi AKAGI. はじめに. 1. に対する尊敬がそのまま劣等感に結びつくわけで はない,という点は水本氏のご指摘どおりであ.  本稿は,青年心理学研究第31巻第 2 号に掲載さ. る。しかし,ミッチェルの場合は,尊敬する母の. れた拙論「娘のアイデンティティ形成を妨げる母. ようにならねばならない,という思いに縛られて. 娘関係の特徴――マーガレット・ミッチェルの伝. いたうえに,彼女自身は母と真逆のタイプであ. 記資料の分析から――」(赤木,2020)に対して,. り,「私には誇れるものが何もないから,皮肉で. 水本深喜氏および池田幸恭氏よりいただいた意見. ある。…私は怠惰で,勉強することができない。. 論文に対するリプライ論文である。大変貴重な意. 数学ができない」(赤木,2020,p.116,Table 3;. 見をいただいた両氏に感謝の意を表するととも. 以下同)というように,母の求めることが苦手で. に,いただいたコメントにお返事する形で,赤木. あったことが劣等感に繋がったと解釈した。さら. (2020)について再考したい。. に,水本氏(2021)からは,従属についても,日.  なお,本稿では,マーガレット・ミッチェルの. 記で「母は,人に 2 度チャンスを与えることは. 表記を「ミッチェル」で統一させていただいた。. めったにない。私もそれを請うような人間ではな い(p.114, Table 1)」と,対等な側面も見せてい. 「葛藤従属群」という母娘関係. ることから,母に従属していると言えるのか,と いう疑問が示された。確かに,ミッチェルのこう.  赤木(2020)では,赤木(2018)が多次元の母. した強気な発言や行動はところどころで見られる. 娘関係尺度を用いたクラスタ分析の結果から見出. のだが,その前後には,「私はやらされなければ. した「. 藤従属群」の典型として,作家のミッチェ. 何もできない人間のひとりなのである」 「彼女. ルを取り上げ,その母娘関係について検討してい. (母)は私には大志がないと思っているだろう」. る。「. 藤従属群」は,母に対する劣等感,従属. (p.114, Table 3)など,自信のなさ,母の期待に. が高いという特徴が見出されているが,水本氏. 応えられず失望させる恐怖がつづられており,全. (2021)からは,ミッチェルの母への尊敬の念が. 体として読むと,自立した強い人間でありたいと. 劣等感と言えるのか,という疑問が示された。母. いう気持ちを書いているにすぎないと解釈した。 ちなみに,赤木(2020)では根拠資料として用い.  . 1. 立教大学(Rikkyo University). なかったが,日記の中で,上記の対等な側面を見.

(2) 116. 青年心理学研究 第32巻 第 2 号. せているように思われる文章のすぐあとに,「私. たが,水本氏(2021)から,ミッチェルの場合も,. は母の膝に頭を置いて,言いたい。『ごめんなさ. 18歳のときに母が亡くなっていなければ,その. い,もう一度チャンスをください』と。でもそれ. 後,母に. はしないだろう。そう言うくらいなら,手を切り. デンティティを見出していけたのではないか,と. 落とすだろう。」(Eskridge, 2010)と書いている。. いうご指摘をいただいた。高村との差,という観. つまり,本当は,もう一度チャンスを与えてほし. 点でいえば,高村は,フォークロージャーとして. いが,母はそれを許さない,自分もそんなことを. 父のようになろうとしていた時期のことについ. 望む人間でありたくない(そんな人間は母が認め. て,「何でも実に面白かったし,. ない)ということであると考えられる。. るが,朝から晩まで実際大変勉強したものであ.  このような. 藤は,まさに水本氏(2021)の言. る」と振り返っている(西平,1990)。このこと. われる,「母親への思慕や敬意といったポジティ. から,父からの押しつけではなく,進んでそうな. ブな感情と,母からの押し付け,母への従属・劣. り た い と 思 っ て い た「 開 放 型 フ ォ ー ク ロ ー. 等感といったネガティブな感情とのアンビバレン. ジャー」であったと考えられ,したがって,その. ス」から生じており,母は素晴らしい➡母のよう. 後,「父とは違う」と感じたときに,自分の意志. にならねばならない➡自分と母は正反対➡母に認. で父を否定して自らの道を見出していくことがで. めてもらえない➡自分はダメだ,という悪循環に. きたと解釈した。それに対してミッチェルは,. 陥っていたのではないかと考えられる。もし,母. ずっと医者を目指すといっていたが,自分にとっ. が,娘の個性を尊重していたら,もし,ミッチェ. ては関心が持てないこと,能力がないことに悩み. ルが,母は母,自分は自分,と考えることができ. ながら,強迫的に母の価値観にしたがう「閉鎖型. ていれば,ミッチェルの. フォークロージャー」であった。したがって,. 藤の在り方は違ってい. 藤をぶつけ,高村のように新たなアイ. かな間ではあ. たのではないだろうか。. ミッチェルの母がその後生きていたとしても,.  さらに,「. ミッチェルが自分の意志で母を乗り越えることは. 藤従属群」はネガティブな感情は. 非常に高いが,ポジティブな感情はやや高い程. 難しく,. 藤が長引いていた可能性が高い。昨今. 度,というところに複雑さがあると考える。たと. 注目されているインナーマザー(斎藤,2004)は,. えば,下位尺度の「肯定的評価」には,母の能力. 「大人になっても娘を支配する母の残像」と説明. や生き方を評価する項目と,人間としての温かみ. されているが,ミッチェルにとって母は,まさに. や自分に対する思いやりを評価する項目があり,. 「インナーマザー」であり,生きていればもっと. ミッチェルの場合,前者は非常に高いが,後者は. 支配されていたのではないかと推察できる。これ. 低いか,あまり高くなかった。つまり,母につい. に関しては,池田氏(2021)からいただいた, 「母. ては,立派な女性で尊敬しているが,温かみを感. 親との死別が,ある種の解放としての意味を持つ. じず,自分を理解してもらえない,という気持ち. 体験であったと読み取れる」という解釈のとおり. であったと推測される。. ではないかと思われる。つまり,ミッチェルは, 母の死で,依存対象を失って拡散したが,一方で,. 母の死別の影響について. 束縛から解放され,それがその後,夫の支えを得 ながらのアイデンティティ形成に繋がっていった.  赤木(2020)では,同じフォークロージャーで. と考えられる。. も, 父 を 乗 り 越 え た「 開 放 型 」(Archer &.  さらに,水本氏(2021)からは,母の遺言の中. Waterman, 1990)の高村光太郎に対し,母を乗り. の自分の意志で生きろ,というメッセージが,そ. 越 え ら れ な か っ た「 閉 鎖 型 」(Archer &. れまでの,母の意志に従うフォークロージャーと. Waterman, 1990)のミッチェルという対比を示し. しての生き方を否定していて,これがダブルバイ.

(3) 赤木真弓:母娘関係に関する伝記分析研究の今後の課題と展開――水本氏・池田氏のコメントに対するリプライ――. 117. ンドになって拡散に繋がったのではないか,とい. とで,作家としてのアイデンティティを確立した. うご指摘をいただいた。母が自分の価値を押し付. と解釈している。成人期以降のミッチェルを見る. けていたことと,自分の意志で強く生きろ,とい. と,どんなに成功しても,評価懸念が強く,アイ. うメッセージがダブルバインドになっていた,と. デンティティが揺らぎ,それをジョンが励まし,. いう点ではそのとおりである。ただし,これは,. 支える,ということを繰り返している(p.120,. この遺言によりはじめて示されたものではなく,. Table 4)。つまり,漸成発達理論(Erikson, 1959. ミッチェルは幼少期から常にこのダブルバインド. 西平・中島訳 2011)における第 4 段階の活力と. の中にいたと考えられる。母は,娘がクリエイ. しての有能感は , 十分獲得できていないままで. ティブなことに興味を持っても評価せず,科学的. あったと考えられる。それを補ったのがジョンで. なことを身に着けて医者になれ,と自分の価値観. あり,それは依存ではあるが,親密性の形として. を押しつけつつ,生き方としては,「人生の. 博. の相互補完としてとらえることができるのではな. 者であれ」(p.114, Table 1)というように,恐れ. いだろうか。漸成発達理論では,各段階の主題を. ず自分の意志でチャレンジすることを望んでい. 解決して,次の段階の主題に取り組むことができ. た。母自身は,それが娘にとってダブルバインド. る,とされるが,主題の解決のために,他者の力. であることには気づいていなかったであろう。母. を借りることもひとつの方法だということをミッ. であれば,親にどういわれようと「私はジャーナ. チェルは示してくれたと考える。ただし,『風と. リストになる」と言い切れる強さがあったのかも. 共に去りぬ』の成功後も,些細なことでアイデン. しれないが,娘にはそういう強さはなかった。水. ティティが揺らぎ,失敗を恐れて 2 作目が書けな. 本氏が指摘されたように,ダブルバインドのメッ. かったのは,やはり,十分な有能感を持ちきれな. セージを与えられると人は身動きがとれなくな. かったことが原因であると思われる。. る。その結果,ミッチェルは,「アメリカで最初 の女医になる」ということが自分の意志である,. アイデンティティ・ステイタスにおける. と自分に思い込ませるしかなかった。親の価値観. 「健康―不健康」,および「退行」について. を無条件に受け入れ,頑なになる「閉鎖型フォー フォークロージャー」になったのは,まさにその.  池田氏(2021)から,「健康―不健康」という. ダブルバインドによるものであったと考えられ. 概念は,「望ましい―望ましくない」という価値. る。さらに,不幸なことに,ミッチェルにとって. 的な印象を与える可能性がある,とのご指摘を受. は,医者になることも自分の意志で生きること. け, 確 か に 説 明 不 足 で あ っ た と 感 じ た。 赤 木. も,苦しいことだったのである。. (2020)の中で,アイデンティティ・ステイタス における「健康―不健康」については,池田氏の. 夫ジョンとアイデンティティ形成. ご指摘通り,西平(1996)の人格形成の 3 次元に 基づくと,安定感,調和,幸福感などの「健全性.  水本氏(2021)から,夫のジョンは,母に代わ. X」のプラスの側面を満たしていることを「健康」. る新たな依存対象であり,ジョンの期待に応える. とし,それらが欠如していることを「不健康」と. ということが,アイデンティティを確立したかの. しており,人格全体の望ましさを示しているもの. ようにみえたともいえるのではないか,というご. ではない。. 指摘をいただいた。ご指摘のとおり,ミッチェル.  また,池田氏(2021)には,フォークロージャー. は,母の存命中は母の意志に依存し,母の死で依. から拡散への変化を「退行」とすることについて,. 存対象を失ったことで,アイデンティティが拡散. 慎 重 な 検 討 を 促 し て い た だ い た。「 退 行. した。そして,ジョンという依存対象ができたこ. (regression)」について,Kroger(1996)は,よ.

(4) 118. 青年心理学研究 第32巻 第 2 号. りパワフルで複雑で差別化された状態から,より. ていったと考えられる。. それらが少ない状態に移行すること,と定義し,.  最後に,水本氏(2021)が,『風と共に去りぬ』. アイデンティティ・ステイタスにおいては,達成. のスカーレット・オハラとのイメージの違いに驚. からモラトリアムへ,達成,モラトリアムから. いたと述べられているので,少し触れておきた. フォークロージャーへ,達成,モラトリアム,. い。私もそうであったが,読者は,スカーレット. フォークロージャーから拡散へ,という 3 つの. の倫理性の欠陥は創作だと感じるが,そのベース. 「退行」を定義している。赤木(2020)では,そ. となる. 博師的な大胆さ,「Tomorrow is another. の定義に基づいて「退行」としたが,高村光太郎. day」という力強い生き方のモデルがミッチェル. の例に見られるように,フォークロージャーから. ではないか,と思ってしまう。実際,レッド・バ. いったん拡散することで次のモラトリアムに移行. ト ラ ー の モ デ ル は 最 初 の 夫 の レ ッ ト・ ア ッ プ. するという,前に進むための拡散というケースも. ショーというのが一般的な解釈である。しかし,. あることから,「退行」という表現は適切ではな. 伝記資料を見ると,スカーレットの大胆不敵で勝. いという池田氏のご指摘は説得力があり,今後の. 負師的なところは,むしろミッチェルの母のもの. 研究の参考にさせていただきたいと思う。. であり,ミッチェルがそうありたい,と願った姿.  さらに,池田氏(2021)からは,identity agent. であったのではないか,と推測される。ちなみに,. という視点からのご意見をいただいた。本研究で. ミッチェルは幼少期から文才にすぐれ,物語が. は,母親の関与について分析したが,父親の関与. ノートに残されているが,母に「正義のためなら. についてご質問いただいたので補足しておきた. 劣勢でも戦うべきだ」と言い聞かされていた小学. い。ミッチェルの性格や資質は父親譲りであった. 校時代は,冒険ものが多く,勇気を持った強く賢. とされているが,「全部の中間試験で落ちること. い女主人公(名前はいつもマーガレット)が仲間. はわかっているし,母のためでなければ,気にし. の危機を救うものであった(Peacock, 1985)。つ. ないのだが・・。父は私を心配させることはでき. まり,ミッチェルは,叶えられない自分の願望. ない。母はできる」 (p.116, Table 3)というように,. (母の望む姿)を,フィクションの中に昇華させ. 父のことはあまり重視していなかったと推測され. ていたのではないだろうか。子供の頃の物語は,. る資料が多い。さらに,母の死後は,父の忠告を. なりたい自分を書くだけであったが,『風と共に. 無視してカレッジを退学し,不良的行動に走って. 去りぬ』は,どこかで出版を視野に入れて書いて. いる(p.116, Table 3)。Edwards(1983 大久保訳. いるためか,読んだ人に,「スカーレット≒ミッ. 1986)によると父ユージンは,一流の弁護士で. チェル」だと思わせる巧妙な書き方になっている. あったが,冒険を好まず,堅実な人物であったた. ように思われる。その根底にある心理力動は興味. め,大胆な生き方を好むミッチェルの母メイベル. 深いところだが,機会を改めて議論させていただ. には,あまり尊敬されていなかった。一方で,. ければ幸いである。. ユージンはメイベルの行動力と確固たる目的意識 に引きずられ,またその行動力を高く評価したと. おわりに. いう。identity agent としての父の影響が薄いの は,このような夫婦関係を娘として感じていたか.  赤木(2020)で用いた伝記分析法は,生涯発達. らだと考えられる。つまり,父のような小心者で. の視点で分析が可能という点で有効な研究法であ. は,母には認められないし,父が認めるのは母の. るが,質的研究として解釈の蓋然性を示すことが. ような人間である,という二重の意味で,「母の. 課題となる。水本氏,池田氏に多様な視点からご. ように確固たる価値観を持って行動する強い女性. 意見をいただいたことで,解釈をより深めること. にならなければならない」という思いが強くなっ. ができた。一方で,「列挙法」を用いて検討を進.

(5) 赤木真弓:母娘関係に関する伝記分析研究の今後の課題と展開――水本氏・池田氏のコメントに対するリプライ――. 119. める方法において,説得力が足りない部分があっ. ラへの道 ──マーガレット・ミッチェルの. たことについては,今後の課題にしたいと思う。. 生涯── 文藝春秋). また,赤木(2020)では,解釈の蓋然性を高める. Erikson, E. H. (1959). Identity and the life cycle. Se-. ため,根拠資料を抜粋して列挙する「列挙法」と. lected papers. In Psychological Issues.Vol.1. New. 質問紙調査の分析結果を組み合わせる方法を試み. York: International University press.(エリク. ているが,池田氏(2021)から「列挙法」に加え. ソ ン,E. H. 西 平  直・ 中 島 由 恵( 共 訳 ). て,全体性・力動性の特質を明瞭にとえらえやす. (2011).アイデンティティとライフサイクル . い「生活空間要因関連図」(西平,1996)を併用. 誠信書房). するという方法をご提案いただいた。今後検討. 池田幸恭(2021).青年期のアイデンティティ形. し,さらなる伝記分析法の発展に繋げていきた. 成と親子関係をつなぐ視点――赤木論文への. い。. コメント―― 青年心理学研究,32,111114.. 引用文献. Kroger, J. (1996). Identity, regression and development. Journal of Adolescence, 19(3), 203-222. 赤木真弓(2018).母娘関係が娘のアイデンティ. 水本深喜(2021).母親との関係は娘のアイデン. ティ形成と精神的健康に与える影響 ――母. ティティ形成にどのように影響を与えるのか. 娘関係尺度の作成を通して―― 発達心理学. ――赤木論文へのコメント―― 青年心理学. 研究,29,114-124.. 研究,32,107-110.. 赤木真弓(2020).娘のアイデンティティ形成を 妨げる母娘関係の特徴――マーガレット・ ミッチェルの伝記資料の分析から―― 青年 心理学研究,31,109-125.. 西平直喜(1990).成人になること ──生育史心 理学から── 東京大学出版会 西平直喜(1996).生育史心理学序説――伝記研 究から自分史制作へ──金子書房. Archer, S. L., & Waterman, A. S. (1990). Varieties. Peacock, J, B. (Ed.) (1985). Dynamo Going to Waste:. of identity diffusions and foreclosures: An ex-. Letters to Allen Edee, 1919-1921. Atlanta:. ploration of subcategories of the identity statuses. Journal of Adolescent Research, 5, 96-111. Edwards, A. (1983). The road of Tara: The life of Margaret Mitchell. Taylor Trade Publishing.(エ ドワーズ,A. 大久保康雄(訳)(1986).タ. Peachtree Publishers, Ltd. 斎藤 学(2004).インナーマザー ──あなたを 責めつづけるこころの中の「お母さん」──  新講社 (2020年12月 1 日受稿,2020年12月27日受理).

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