幸田露伴『露団々』における「難題聟」
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(2) 幸田露伴『露団々』における「難題聟」. 北嶺中・高等学校. 菅 原 利 晃. 石 井 行 雄. 『露団々』 本稿は、昔話や説話の一つの類型である「難題聟」を手がかりに、 を分析しようとするものである。 『露団々』が「難題聟」という、前近代的・. 要旨. れ、それによって姨捨の風習がやんだというのがある。これは、婚姻という要. 姨捨山の昔話にも、捨てられそうになった老人が息子に知恵を授けて、難を逃. 「難題聟譚」とも 昔話や説話の一つの類型に、「難題聟」というものがある。 ) 言い、「難題型」「難題求婚型」「難題女房型」とも分類されることがある (1。. はじめに. (3). (2). 。また、『日本古典文学大辞典』によれば、「難題聟譚」とは、. 難題を解決し、幸福な婚姻を獲得する説話群の総称。なお課せられた難 題を果たせず、 求婚に失敗する難題聟失敗譚をもこれに含めることもある。 とある. 昔 話 の 一 群 を さ す 用 語。 提 出 さ れ た 難 題 を 無 事 に 解 決 す る こ と に よ っ て、娘の聟に選定されるのを主題にした昔話群をいう。広く説話の一般に (4). 。. も適用される。 とある. - 15 -. 北海道教育大学釧路校国語学研究室. 伝統的な構成によって構築されているということを一つの提起とするものであ. 素を含まないものであり、「難題聟」には直接あてはまらないが、「難題」解決. A study on "Nandaimuko" in Koda Rohan's Tsuyudandan. る。その際に、①娘の存在、②難題提出者(舅)の存在、③難題解決者(男). の型としてはこれに類するものの一つである. SUGAWARA, Toshiaki Hokurei Junior and Senior High School ISHII, Yukio Kushiro Campus, Hokkaido University of Education. の存在、④協力者の存在、⑤第三者(ライバル)の存在という諸点に沿って論. 。. 及してみた。それに基づく考察により、 『露団々』において「難題聟」の話型. 『日本伝奇伝説大事典』によれば、 「難題聟」とは、 . しい強い感情のこもった「理想的な人物」を描いたのが『露団々』なのである。. とも受けとめることも可能である。 「難題」を解決するだけの力をもつ、若々. 信念をもって「難題」に果敢に立ち向かう「しんじあ」の「立身出世」の物語. に立ち向かわねばらぬ姿勢の類型と置き換えることもできる。あるいはまた、. が認められるが、これは、明治という新しい時代の、近代人に課せられた困難. . 釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第47号(平成27年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.47(2015):(15)-(20).
(3) 菅 原 利 晃 ・ 石 井 行 雄. 与して」とあり、財産相続について述べている。他に、年齢や健康、宗教、家. その美貌を言い、第四では「財産は結婚の時に臨み、一億九千万円を予より譲. この「難題聟」は、大きく二つに分けられる。一つは、娘自身が直接相手に 対応する場合であり、もう一つは、娘の父親がこれに代って難題を課する場合. 族などに言及しているが、美人の妻、財産による結婚後の幸福な家庭、という. 点は、まさしく「難題聟」の結末にあてはまるものである。. である。前者は『竹取物語』が有名な例の一つであり、後者は『古事記』上巻 。. (5). 関敬吾によれば、「異族女房譚」の結末について、「致富型」をそのうちの一 つにあげ、「異族の女性は美女でなんらかの呪宝をもたらし、かついずれも富. の大国主神の話が有名であるという. を生産する能力をもつ」と述べているが. (8). 、まさしく「るびな」は夫に富を. さて、幸田露伴『露団々』を見るに、まさしくこの「難題聟」があてはまる と考えられるのである。先述のうちの、娘の父親がこれに代って難題を課する. 0. 「難 結 婚 後 の 幸 福 が 約 束 さ れ る 娘、 す な わ ち「 る び な 」 が 存 在 す る こ と は、 題聟」の要素の一つとしてあてはまるものである。. じ通したことからも、 俗世の人間らしくないほどに人間らしい「異族」である。. 0. 「温順良貞」で、「朋友の間に敬愛を受」け、終始「しんじあ」を最後まで信. びな」は、 「資格」すべてに示されるように、すでに超人的性格を有している。. ただ、「異族」とは、「異類」とも言い、人間以外の者のことを指し、純然た る人間である「るびな」はこれにはあてはまらない。しかし、美人・富裕の「る. 与える者にほかならない。. 場合があてはまる。. (7). 。. 本稿は、昔話や説話の一つの類型である「難題聟」を手がかりに、 『露団々』 ) を分析しようとするものである (6。 以下、次の諸点に沿って論及したい。こ れらは、先行書・論を参考に、筆者が私に設定したものである ① 娘の存在 ② 難題提出者(舅)の存在 ③ 難題解決者(男)の存在 ④ 協力者の存在 ⑤ 第三者(ライバル)の存在. 二 難題提出者の存在 . 「難題」解決の間、④のように、 「難題」解決に対する「協力者」があ この、 らわれる場合がある。これは時に、娘自体であったり(例えば「絵姿女房」な. 者」 (舅)からの「難題」を解決し、二人は結ばれ、幸福な家庭を築く。. 得ようとする者( 『露団々』の場合は「被求者」となっている)が、「難題提出. 極めて安易な課題であり、これまでを「難題」とするのは無理がある。. しかし、「被求者の資格」には、教育職業はなくてもよい、性質は敬愛を受 けるものでなくともよい、容貌は奇形でなければよい、などと「第八」まで、. な」の父「ぶんせいむ」にほかならない。. が「難題聟」の「難題」の一つにあたるものである。「難題提出者」は、「るび. 娘「るびな」の「求 『露団々』の冒頭の、父「ぶんせいむ」による新聞広告では、 婚者の資格」とともに、「被求者の資格」が示されている。この「被求者の資格」. どがこれにあてはまる) 、 全く別の仲間や他人であったり( 『宇治拾遺物語』「博. これらのうち、①②③は「難題聟」を成立させるのに必要な要素である。求 婚される娘( 『露団々』の場合は「求婚者」となっている)が存在し、それを. 打子、聟入の事」などがこれにあてはまる) 、多種多様である。. につまり、すぐさま「じょん」によって「雨が降てさへ愚痴を云ふ人だもの。」. 格だ」「よろし」などと自己評価しているが、第九の要求では「むゝ。 」と言葉. これには、例えば『露団々』第二回で、 「れおなアど」が第八の資格までは「合. ただ、「第九」では、「特に望む所あり、即ち決して不愉快の感覚を抱かずし て、常に愉快なる生活をなし得る者なることを要す。」という資格要求がある。. 、すなわちライバル また、⑤のように、途中で娘を奪おうとする「第三者」 があらわれることもある( 「梵天国」の鬼(羅刹)などがあてはまる)。 『露団々』を分析してみたいと思う。 これらの諸点について、. と否定されることからも、相当な「難題」であるといえる。 加えて、実際の試験では、. 一 娘の存在 . 「にうよるく府」の「ぶんせいむ」による新聞広告からはじま 『露団々』は、 る。ここで、娘「るびな」の「求婚者の資格」及び「被求者の資格」が示され. . ている。. a 「ぜねらす村」での試験 b 「不愉快」についての筆記試験 「ぶんせいむ」自らによる面接試験 c 前者は、娘「るびな」の「資格」を列挙したものだが、第三で「容貌は文章 を以てあらはし難けれども、衆人の云ふ所によれば、現今米国第一なり。」と、. - 16 -.
(4) 幸田露伴『露団々』における「難題聟」. 「難題」が続いている。これらの試験が、被求者に課せられた「難題」 と、 であり、これをクリアした者が、 「るびな」の夫になることができるのである。. 前の「しんじあ」を呼び出すにも、「じやくそん」では相手にならないから「し. んじあ」を呼べと、飛躍して「しんじあ」を呼び出している。ある意味で、芝. その点について考えるに、実は、 「しんじあ」にも「難題」はあった。「るび な」の結婚相手が田亢龍に一時的に決まったことである。しかも、これには「ぶ. うか。. ているのである。それでは、 「しんじあ」には「難題」は存在しないのであろ. らの「難題」の解決に参加していない。試験を受けずに、 「るびな」と結ばれ. まり「難題」であることを言っているのである。そして、冒頭の奇怪なる広告. 得て」とあり、「しんじあ」に課せられた今までの試練が「試験外の試験」 、つ. びな」の配偶者に得たことである。これによると、「真の試験外の試験に認め. 情を制して矩を踰えざる紳士を真の試験外の試験に認め得て、少女の良配偶を. ある。後者は、「真面目とは予の少女の良配偶を得んと欲したのです。(中略). 「大滑稽のお話」 また、最終の第二十一回では「ぶんせいむ」の挨拶として、 と「大真面目の御話」との二つを述べている。前者は、老後の友を得たことで. 居ともとれるものである。. んせいむ」も乗り気である。この、田亢龍の存在、すなわち先に示した「⑤第. の意味が、自分の友と娘の配偶者という二者を求めるものであることを言って. この『露団々』で「るびな」と結ばれようとする者は、「しんじあ」 ところで、 である。結局、この二人は結ばれるわけであるが、実は「しんじあ」は、これ. 三者(ライバル)の存在」こそ、 「しんじあ」にとっての試練であり、「難題」. 得たるのみならず、(中略)宗教の価値を知り、 」とあるように、「しんじあ」を「る. なのである。. 忘られぬ。おゝ忘れまい、いや忘るべき人ではない。 」と、結婚審査に申し込. との絡みから、「申込事は出来ない。申込事はすまい……が、 可憐の令嬢は、えゝ. して矩を踰えざる紳士」たるにふさわしいか。これが、「ぶんせいむ」による、. いに結婚試験に申し込まなかった「しんじあ」が、いつ申し込むか。 「情を制. つまり、「難題提出者」は、「ぶんせいむ」であり、その「難題」とは「しん じあ」に対する結婚申し込みそれ自体なのである。宗教・道徳との葛藤からつ. おり、最初から「しんじあ」を想定して課した「難題」と言えるのである。. むかどうか迷うところがあるが、 これも「難題」と言えよう。これらによって、. 「しんじあ」に対する試練であり、「難題」であり、裏返せば期待でもある。. (9) 、一見「しんじあ」を好まぬと受け止めることのできる「ぶ. 制して矩を踰えざる紳士」と同じものと言ってよいものである。そのような人. 「難題」と言えるものである。そして、 「 王 」 と は、 「道徳」があって、「情を. もちろん、正規の試験を受けて合格した、吟蜩子も「難題解決者」であるが、 . んじあ」であることに疑いはない。. 『露団々』で、「ぶんせいむ」による「難題」を解決し、「るびな」と結ばれ たのは「しんじあ」であった。彼以外に解決した者はなく、「難題解決者」は「し. 三 難題解決者の存在. 11. - 17 -. また、「ぶんせいむ」の「しんじあ」に対する不理解と「協力者」 「しんぷる」 の排斥も、試練・ 「難題」と言える。また、第六回で「しんじあ」が「道徳」. 窮地に立たされたことが、「しんじあ」の果たすべき「難題」と言えるのである。. これについて登尾豊は、. 。 ( ). んせいむ」は、まさしく「難題提出者」に該当するのである。例えば、第十八. 物であることを望み、また「じやくそん」の言う「るびな嬢を取る勇気」を期. ちなみに、第十五回で、「るびな」が「女王の位を与る者は王でなければな りません」と述べているが、この「王でなければなりません」という言葉も、. と述べている. という日本人の友人を得たことである。. 〈ぶんせいむ〉の狙いは、〈しんじあ〉と〈るびな〉の愛の純粋さと深さ を確認することにあったが、この騒ぎで望外の収穫もあった。〈吟蜩子〉. 財産目当てとみられることを潔しとせず、相手を信じることこそが本当の愛で あるという自らの信念を最後まで貫き通すこと、 これこそが「しんじあ」にとっ ての最大の「難題」であり、果たすべき「使命」なのである。 関敬吾は、 親権者が娘の聟を好まず、難題を課する。本格的婚姻譚は求婚者の能力 を試みようとして難題が提出されるが、この形式では逆にすでに結婚して いる娘を奪い返そうとして、親が苛酷な難題を提出する。. 回で「ぶんせいむ」の、「言ふな〳〵、 しんじあの囈語の取次は聞きたくない。」. ( ). 。. 待していたのである. 例えば、第十九回で「じやくそん」に励まされてやってきた「しんじあ」を 見るなり、 「ぶんせいむ」は「二人の恋は永久なるべし。 」と述べている。その. 見られる。. を娘の結婚相手に決めていたのではないだろうか。そう思われる部分が随所に. 「ぶんせいむ」は、本当に「しんじあ」を最初から「るびな」の ところで、 結婚相手にしたくないと思っていたのであろうか。実は、 最初から「しんじあ」. などと、 「しんじあ」を否定的にみる言葉も見られるのである。. と述べているが. 10.
(5) 菅 原 利 晃 ・ 石 井 行 雄. やはり「しんじあ」である。. の友になる資格を得たに過ぎない。 「るびな」 を得る 「難題」 をクリアしたのは、. これは 「るびな」 の配偶者を決める真の試験ではないのであって、「ぶんせいむ」. これについて、稲田浩二・稲田和子『日本昔話ハンドブック新版』では、. ん終始「しんじあ」を信頼し、慕う気持ちもまた必要不可欠な要素である。. の助力がなくては、「しんじあ」の「難題」解決はなかったのである。もちろ. 類話は多い。そこには、平凡な若者がちょっとした機転や幸運によって美. 「娘の助言型」と「荒馬静め型」では、主人公は逆に娘に見染められ、 娘の援助で難題をこなす。(中略)国の内外を問わず、口承でも書承でも. しい女と富を得るという、庶民の素朴な願望の実現が、魅力的な物語とし. 『日本伝奇伝説大事典』によれば、 さて、この「難題解決者」については、 婚姻に関わって難題が課せられるのは、親にとって望ましくない相手の 排除や、求婚者の能力試験などの意味あいをもつ。それは古代の婚姻習俗. 。 ( ). けれどもそうした場合にも当の娘が難題解決への積極的な暗示・教唆を 与える例がしばしばみられ、これによって最終的な意志決定はやはり娘自. また、『日本古典文学大辞典』によると、. とある. そのものであった。その試練に耐えるだけの呪力、 智力、 体力をもつ者が、 ) 。 ここでは「呪力、智力、体力」とあるが、実は「ぶん. て世界中で受け入れられてきたことがうかがえる。. (. 神、英雄、昔話の主人公となりえたのである。 とある通りである せいむ」が試そうとし、必要に感じていたものは、先に触れたように「情を制 して矩を踰えざる紳士」たることであった。. を勝ち取ることができたのである。その意味で、 「しんじあ」には、「難題」を. る「力」なのである。この「力」があることによって、「しんじあ」は「るびな」. くそん」と「しんじあ」との会話で見られるが、 「しんじあ」に元来備ってい. るいはまた、 「恋慕の念」も当然必要であった。これらは、第十九回の「じや. て選定するものではなく、「るびな」の意志決定に従ったものなのである。. た」と述べているように、実は、結婚相手は「ぶんせいむ」の無謀な試験によっ. といえる。そして、肝要なのは、「最終的な意志決定はやはり娘自身の意向にあっ. ている. とあり、娘が「難題」解決への助力を行う場合がしばしばあることが述べられ. 身の意向にあったことを窺わせる傾きを示している。. 解決するに足るだけの「力」があり、「るびな」の配偶者たるにふさわしい「力」. もう一つに、「協力者」の力添えがある。この「協力者」とは、「じやくそん」 と「ちェりイ」であり、また「しんぷる」である。 「 し ん ぷ る 」 は 力 及 ば ず、. ) 。 昔 話 で の、 娘 の 助 力 は、 ま さ に、『 露 団 々』 で も あ て は ま る も の. があると言えるのである。. 結局助力するに至らなかったが、 「じやくそん」と「ちェりイ」は、「るびな」. 「難題聟」では、神仏に祈願することで、その加護により、本人が持っている. 「宗教」である。 『露団々』文中では「道徳」 「正当」「道理」な その一つは、 どとも書かれているが、おおよそ同じものと考えてよい。これらは、昔話での. 「しんじあ」が「難題」を解決するには、種々の要素が必要であった。 この、 「しんじあ」個人だけでは、決して成功しないのである。. 「難題」を解決し、 「るびな」を得ることが出来たのは、「しん 『露団々』で、 じあ」であった。. 意志がある。従って、「しんじあ」の場合は、「平凡な若者」というよりも、思. 「道徳」との絡みから、結婚審査に申し込むかどうか迷うところがあるなどの. れは、「協力者」による 「しんじあ」への説得であり、 激励である。 「しんじあ」 は、. とした機転や幸運によって美しい女と富を得る」とあったが、『露団々』の場合、. せいむ」のところへ引っ張り出している。これらの「協力者」がいなくては、. れない。ただ、第十七回で、 「るびな」が手紙を鳩に託す場面がある。直接「し. 今一つは、 娘の力添えである。昔話では、 夫に課せられた「難題」に対して、 妻が助言し、解決させる場合があるが、 『露団々』ではこれははっきりとみら. るものである。. 昔話の「難題聟」では「第三者」というものが存在する。これは、関敬吾に よれば、. 五 第三者の存在. 方がよいだろう。. うところがあって「難題」解決への一歩が踏み切れないでいる者、という言い. 周囲のちょっとした協力、きっかけによって、解決へと向かうことになる。そ. 「しんじあ」は「難題」を解決できなかったのである。 「平凡な若者がちょっ. の意図を察し、「ぶんせいむ」に談判し、「しんじあ」を説得・激励し、「ぶん. 「力」以上のものを発揮し、妻を得ることができる場合があり、それに該当す. (. 四 協力者の存在. 『露団々』文中で随所に見られる言葉、「宗教」 そして、それはまた同時に、 や「道徳」や「道理」や「正当」などを持ち合わせていることでもあった。あ. 13. 14. んじあ」に対して行動を促すものではないが、この手紙によって、「協力者」 「じやくそん」と「ちェりイ」とが行動を起こすのである。従って、「るびな」. - 18 -. 12.
(6) 幸田露伴『露団々』における「難題聟」. ( ). 。. 第三者(主として権力者)が、噂をききもしくは絵・毛髪を入手し、美 女女房を奪おうとして難題を課するが、夫婦協力して解決する。 とあるが、ここに記されているようないわゆるライバルである 「しんじあ」が「るびな」を得るまでには、いくつかの 『露団々』において、 試練があった。その一つが、 「第三者」の存在である。. 型がいくつかあって『露団々』の発想のもとになった可能性は少なくない。. 『露団々』における「難題聟」の話型は、明治という新しい時代の、近代人 に課せられた困難に立ち向かわねばらぬ姿勢の類型と置き換えることもでき. る。信念をもって「難題」に果敢に立ち向かう「しんじあ」の「立身出世」の. 物語とも受けとめることも可能である。これに関連して、柳田泉は、 『露団々』. 若々しい強い感情のこもつた、想像八分の、理想的な人物を理想的なシ チュエーションに於いてその性格心理を描いたものが多い。総体濃い男性. を含む初期の幸田露伴の作風について、. の取り次ぎをしない侍女などがいるが、両者とも配偶者になろうとはしていな. 的主観に彩られたもので、概念的誇張的な点もあるがロマンチックな詩的. 結婚のライバルである。 「第三者」とは、「しんじあ」と「るびな」以外の者、 二人の結びつきを邪魔するものといえば、 「ぶんせいむ」や、 「るびな」の手紙 い。婚姻を邪魔し、婚姻のライバルとなる者を「第三者」としたい。. その放胆な表現形式に著しい西鶴臭が認められるのは事実であらう。 。 ( ). 昔話では、 「絵姿女房」での殿様が、これに該当するが、この場合、殿様は「難 題提出者」でもあり、 婚姻のライバルたる「第三者」でもある。また「梵天国」. る。. 想的な人物」を描いたのが『露団々』なのである。. ない。「難題」を解決するだけの力をもつ「若々しい強い感情のこもつた」 「理. しかし、今まで見てきたように、幸田露伴『露団々』という近代の文学作品 を、単なる「立身出世」の物語と受けとめず、近代以前から存在する昔話や説. と述べている. 情調が豊かであり、東洋的理想主義のモーラル・トーンが底に流れてゐる。. これに該当する者は、新聞広告に応募した者すべてであるが、特に「しんじ あ」にとって、 最後まで真のライバルに該当した者は、 田亢龍と吟蜩子である。. では妻をさらう「鬼(羅刹) 」が登場するが、これも婚姻のライバルたる「第. 総じて、 『露団々』と「難題聟」とは、諸要素において、符合する点が多い。 『露団々』という近代の文学作品を、民俗学・説話文学の観点から分析するこ. 吟蜩子は、 実は「るびな」の婚姻が真の目的ではないので、確かに、 このうち、 「しんじあ」を脅かすに充分な人物ではあったが、結局は婚姻まで至らずに終. 三者」である。いずれも、 「難題解決者」の邪魔をするものであり、言い換え. とは決して無益なことではないのである。. 4. 4. 4. 4. る考察も充分とは言えない。ただ、 「難題聟」との比較から、 『露団々』を論じ. おわりに 作者である幸田露伴の人となりや作風について、あるいはその他の著作につ いて、本稿では考察はなされていない。思想、宗教、漢籍からの影響等に関す. どういうやり方で追っ手から逃れるか、という点が問題なのである。. 基づくものではない。出来事の起こる方法、つまり、逃げていくふたりは. 略)だから緊張は、これからいったい何が起こるだろうか、という問いに. 4. 4. 4. 4. ている。だから、 末の息子が試練に耐えることをちゃんと知っている。(中. 4. 自分で読んだりする人は、前からもうほかの昔話を聞いたり、読んだりし. ただけのものである。士族の家に生まれ育った露伴は、少年時代に漢学や仏教. つまり、『露団々』では、「しんじあ」がどうやって「むずかしい課題を果た」. うなのだが――、同時にまた昔話の通である。昔話を語ってもらったり、. くてはならない。昔話を聞きなれている人たちは――実は大多数の人がそ. けるであろうか? むずかしい課題を果たすことができるであろうか? (中略)だが、昔話の緊張には独特な性質があることを付け加えておかな. 子たちはどんな冒険に出会うであろうか? どうやってその冒険を切り抜. まず第一に目につくのは、昔話では緊張と弛緩、期待と充足が大きな役 割を演じていることである。ある父親が三人の息子を世間へ送りだす。息. 4. さて、マックス・リューティーは『昔話の本質と解釈』の中で次のように述 ) べている ( 。. 話の「難題聟」の型にあてはめようとするのは、それほど無理があることでは. れば、 その存在自体が「難題」となっているものである。 『露団々』の場合も、. などと記されており、 「第三者」たるにふさわしい、狡猾な性格を有している. 己れの「替え玉」を受験させるなど、狡猾である。 『露団々』の田亢龍もまた、 文中、「天下を睥睨して」 「宇内を玩弄して」 「此の傲慢の亢龍」 「無法者の亢龍」. であるが、巧みに「夫」をだますところは実に狡猾であるといえる。. これらの「第三者」は、 常に狡猾でなければならない。 「梵天国」の「鬼 また、 (羅刹) 」は情をかけてもらった「夫」を欺き、 「妻」を横取りしようとするの. の「難題」となっている。. 一時的に配偶者が田亢龍に決まっており、これが「しんじあ」にとっての一つ. 16. を教えられ、漢籍や江戸文学を読み漁ったというが、それらに「難題聟」の話. ものである。. 17. - 19 -. 15.
(7) 菅 原 利 晃 ・ 石 井 行 雄. じあ」が、相手を信じることこそが本当の愛であるという自らの信念、 「難題」. る。財産目当ての結婚とみられることを潔しとせず、結婚に応募しない「しん. をどうやって解決していくのかを、期待し楽しみながら読むということでもあ. それは、読者が、 「昔話」を読み聞かせられるように、 「しんじあ」が「難題」. い、「試練に耐えることをちゃんと知って」いながら読むことになるのである。. なのである。したがって、貧乏な庶民が出世するといっても、せいぜい. の男性がお嫁さんにもらえる最高のものは、せいぜいのところ長者の娘. の「類型3」が近似する。しかし、 『日本の昔ばなし』の場合は、「庶民. いるが、『露団々』の場合は、「庶民の男と王家(殿様家)の女の結婚」. 一一〇頁では、王家の男女と庶民との組み合わせをもとに類型を立てて. ま た、 太 田 伸 広「 グ リ ム 童 話 と『 日 本 の 昔 ば な し 』 の 比 較 ― 難 題 解 決 結 婚 に つ い て ―」 (『 人 文 論 叢 』 第 二 二 号、 二 〇 〇 五 年 三 月 ) 八 一 ―. し、 「るびな」と結びつくことができるだろうかという「緊張」を読者は味わ. を最後まで貫き通し成し遂げることが果たしてできるのか、ということを読者. 長者になることなのである。 」と述べており、グリム童話における「王家」. (8) 前掲注(1)に同じ、二八二頁による。 (9) 前掲注(1)に同じ、二八四頁による。 ( ) 登 尾 豊「 露 伴 登 場 」 (『 幸 田 露 伴 集 』 『新日本古典文学大系明治編』 二二、岩波書店、二〇〇二年七月)五二七頁による。. と『日本の昔ばなし』における「長者」とを区別している。. は期待しながら読むのである。 、 「難題聟」を読むうえでの緊張や期待を生じさせる要素 そのような「昔話」 が、 『露団々』には備わっている。 『露団々』は、 「昔話」 、とりわけ「難題聟」という、前近代的な、伝統的な 発想を土台として構築されているということを一つの小結とし、 稿を終えたい。 注 (1) 関敬吾『昔話の歴史』 ( 『日本歴史新書』 、至文堂、一九六六年一一月) 二八一―二八八頁による。 (2) 稲田浩二・稲田和子『日本昔話ハンドブック新版』 (三省堂、二〇〇一 年七月初版、二〇一〇年六月新版)一五四―一五五頁には、「難題婿」と は別に「難題話」の項があり、 「実際に知恵によって難題を解くという話. ( ) 注(6)の『幸田露伴集』一〇一頁の脚注には、「あなたは王でないか ら封じることができないとも、私を女王にする王(夫)になってくださ. い と も 解 釈 さ れ る。 後 者 は 大 胆 で『 る び な 』 ら し く な い か ら、 前 者 で、. 軽い冗談であろう。 」とあるが、本稿では後者の解釈をとっている。. ( ) 前掲注(3)に同じ。 ( ) 前掲注(2)に同じ、一五五頁による。 ( ) 前掲注(4)に同じ。. (3) 『日本伝奇伝説大事典』 (角川書店、 一九八六年一〇月)六七四頁の「難 題聟」の項による。執筆者は岩瀬博。. ( ) マックス・リューティー(野村泫訳) 『昔話の本質と解釈』 (福音館書店、 一九九六年一月)四二五―四二六頁による。. ( ) 前掲注(1)に同じ、二八四頁による。 ( ) 柳田泉「幸田露伴」 (『岩波講座日本文学』岩波書店、一九三二年一一月) 一五頁による。. である。 」として「姥捨て山」等をあげている。なお、 当書では「難題聟」. (4) 『日本古典文学大辞典』第四巻(岩波書店、一九八四年七月)五七四頁 の「難題聟譚」の項による。執筆者は野村純一。. ※ 本稿では、引用に際して、仮名遣いはそのままとし、漢字の旧字体は適宜 新字体にあらためた。また、振り仮名や傍線等は略した。. 付記 本稿は、北海道教育大学釧路校国語を学ぶ会(平成二六年一月二五日) での研究発表をもとに作成したものです。発表に際しましては、多くの先生方. ではなく「難題婿」というように表記が異なる。. (5) 前掲注(4)に同じ。 ( 6) 『幸田露伴集』 ( 『新日本古典文学大系明治編』 本 稿 に 用 い た 本 文 は、 二二、岩波書店、二〇〇二年七月)による(底本は『都の花』第二巻第 書の三頁の注に『露団々』の材源として、 「この作品には、中国明末の通. より貴重な御教示をいただきました。ここに深く感謝申し上げます。. 九号~第四巻第二〇号(金港堂、一八八九年二月)である)。なお、この 俗短編小説集『三言』の一つ『醒世恒言』 (馮夢龍編、一六二七年刊)中 の『銭秀才錯占鳳凰儔』という『種』があった。 」とある。 (7) 前掲書のほかにも、柳田国男『昔話と文学』 (創元社、一九三八年一二 月) 、長野甞一『説話文学辞典』 (東京堂出版、一九六九年三月)、『時代 別日本文学史事典 中世篇』(有精堂、 一九八九年八月) などを参考とした。 . - 20 -. 10. 11. 16 15 14 13 12. 17.
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としても極少数である︒そしてこのような区分は困難で相対的かつ不明確な区分となりがちである︒したがってその
は,医師による生命に対する犯罪が問題である。医師の職責から派生する このような関係は,それ自体としては
このような環境要素は一っの土地の構成要素になるが︑同時に他の上地をも流動し︑又は他の上地にあるそれらと
2) ‘disorder’が「ordinary ではない / 不調 」を意味するのに対して、‘disability’には「able ではない」すなわち