学習過程と教材 : 教材の機能と追究視点の転換
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(2) 学習過程. と. 教材. 25. は「追究の中核+と称する)に,教師が提示する資料はいかなる関係をもちうるか,また, そのときの資料はいかなる性格と内容をもつことが望ましいかということについてである。 以下,本研究の目的を箇条書きする。 1.本研究の第一の目的ほ,前論文で分析した授業の指導者である松本健嗣教諭の他の 授業にも同じように「ゆきづまり+と「追究視点の転換+が存在することを確認すること である。. 2.追究視点の転換の有効性ほ,その視点がどれほど科学的であるかということ(問題 事実についての社会科学的な視点であるか否かということ)に深くかかわる。そして,そ の科学性が,子どもたちの思考過程つまり学習としての追究過程が問題事実のリアリティ ーにどこまで迫りうるかということを左右するのである。したがって本研究においてほ, 転換された視点の科学性に関する吟味を行ない,それと,学習の展開がいかにかかわりあ うかというところに一つの焦点をおきたい。 佼. 説. Ⅰ. 追究が発展するためには,転換された視点が問題事実の分析視点として,社会科学 的により深いものであることが必要であるo. 3.また,いかに科学的な視点であっても,それが現に追究活動を続けている子どもた ちの視野と関心のなかに含みこまれるものでなければならない。そしてそのためにほ,そ. の視点がいかなる集団思考構造(個性的思考の対立括抗の関係)のなかから生み出された ものであるかということが,重要な問題となる。 説. 仮. Ⅱ. 転換された視点ほ,子どもたちの集団思考のなかに,その萌芽があり,それが「ゆ きづまり+のなかで飛躍的に出されるか,あるいほある教材を契機にして出されるも のである。. 4.追究視点の転換が,集団思考によって生み出された新しい視点によって実現される 「ゆきづまり+の状態が深刻で,子どもたちだけでは動 場合にほ,俊説Ⅱで説明しうるが, きのとれないような場合にほ,教師の働きかけの具体化として,一つの資料的教材2)の提 示があるはずである。この資料的教材ほ,その内容を子どもに理解させることが目的では ない。ゆきづまっている子どもが,この資料的教材と自己の追究とをかかわらせることに. よって,新しい追究視点を生み出すことができるようにするところにそのねらいがある。 このとき,いかなる教材を用意するかということこそ,子どもの主体的な追究を保証する か,それとも子どもの追究を否定して注入の授業に堕するかの分岐点となるのである。 説. 仮. Ⅲ. 転換された視点は,子どもたちの多様な追究にこたえうる問題事実を反映する資料 的教材を介して生み出される。そしてその資料的教材がその意図する機能を果すため には,その内容が佐説Ⅱに示す,集団思考構造のすベての構成実機となる個性的思考 や個性的追究になんらかの意味でかかわることが必要である。 以上の目的をもって授業分析に臨もうとするのであるが,ここにあらかじめ述べておか.
(3) 26. 田. 山. 勉. なければならないことがある。. 本来であるならば,すく中れた授業をもってこの分析作業を行なうべきところであるが, ここで取り上げる授業ほ,必ずしも十分な意味ですく小れたものとは言い難いところがある。 それは,授業研究のための軽業として設定された授業であって,授業研究の目的が教師の 指導を制約したという事実が,分析によって明らかになったことである。したがって,仮 説についてのこれからの立証ほ,むしろ仮説に述べてある点が不十分であったためにすくtl れた授業になりえなかったという,いわばネガティブなものにならざるをえないのである。. しかしそうであっても,前論文で指摘したように,本指導者の授業は,一般的な授業の遠 く及ばないすぐれたものであって,それだ桝こ,仮説にかかわる条件を欠いたことが致命 的な欠陥となったと考えられる。わたくしほ,現行の一般に行なわれている授業の質を考 えたとき,ネガティブな立証によってすぐれた授業の条件を探ることも意味があり,かつ きわめて現実的な研究方法であると思っている。なお,本授業がいかなる欠陥をもってい るかということは,仮説をネガティブに立証していく過程で明らかにしていくことにする0 2. 授業. の概要. (1)社会科学習指導案から 時. ①. 日. ②. 指導者. @. 単. ④. 単元目標. 省. 略3). ⑤. 展. 省. 略4). ⑥. 本時目標. 日. 昭和47年3月7. 第5校時. 神奈川県足柄上郡大井小学校 元. 開. 5年1組担任. 松本健嗣教諭. 日本の工業-牧野放維工場-. (.:)工場の生産の背後にほ,. 経営する人の意志が働いているという見方を,牧野繊維工. 場の変遷の中に位置づけ,かつ深める。 (ii)牧野繊維工場は,質のよい生糸を作ることに努力していたことがわかる。 ⑦. 前時までの子どもの考えの動き. 大井地区には昭和のはじめ16の繊維工場が操業していた。しかし,昭和初期の大恐慌 によって,. 15の工場が倒産し,牧野織維工場のみ生き残った。本時の授業ほ,この牧野. 織維工場が恐慌を切り抜けることができたのほなぜかということを考え,そこに経営者の 先進的な経営感覚が強く働いたことを発見させようとするものである0 ここまでくる子どもたちの問題意識ほ大要次のような動きを示している。 牧野繊維工場が建てられたころの大井町の様子を調べていくうちに,当時は町やその周 辺に養蚕がさかんであったことや,農家にとってそれが大きな収入源であったことがわか ってきた。また,当時ほ大井町やその周辺に16の製糸工場があったが,昭和初期に牧野 以外の工場のすべてが閉鎮倒産したことが明らかになった。 この工場倒産がいつの時点かということについて,ほじめ子どもたちほ生糸の生産高や 輸出量を調べながら,第二次大戦と関係をもつ頃と推定していたが,それが昭和初期であ.
(4) 学習過程. と. 教材. ることを知ると,なぜ生産・輸出ともにさかんな昭和初期に倒産したのかということに大 きな疑問をもった。. このとき,生産量に対して,輸出量が相対的に減少しているのほ,アメリカに大きな不 景気があったからであることを知り,工場が倒産したのほ,アメリカ向け輸出が減ったか らではないかという方向をもって考えようとする子どもが多かった5)0 (2)授業の凍れ(「分節関連構造図および資料+参照) く第1・2分節〉. 本時の問題の確認後,. 15の工場が倒産した原因の追究を行ない,いくつかの考えが出. される。 ・. よい製品を大量に作るのに金をかけたが,不景気のため売れず,値段も下落して倒 産した。. ・牧野繊維は国内向けのものを作っていた。 ・農家はつぶれなかったのか。 以上であるが,大多数の子どもたちほ不況に注目し,それが需給のバランスをくずして, 利益をあげられず倒産に追いこまれたという考えをもっていた。そして,これに生産費を かけてよい晶をつくったのでよけい若しかったのではないかという考えが付加されたので ある。. く第3分節〉 第2分節の考えに,さらに売れるだろうという予想のもとに,大量によい品物をつくっ たのでほないかということになり,需給のバランス,値段等についての見込み違いという ことで統一的にとらえようとする。 く第4分節〉. 今までの考えを確かめるためには,何を調べればよいかと考え,製品の値段を国内・国 外における差,よい品・悪い晶による差等に注目して調べるとよいということになる0. く第5分節〉 資料イ(生糸の値段の動き)によって,生産量が向上するにつれて値段が下落している ので,確かに損をするようになったほずだと考える。 く第6分節〉 資料ア,イを数量的にくわしく読み取っていって,そのことだけで全部の工場が倒産す るのはおかしいと考え,さらに,今まで考えてきたことほ,牧野繊維だけが残った理由に はならないということになる。. く第7分節〉 あらためて牧野繊維が生き残った理由を次のような手順で考えていく。 ・牧野紡維ほ国内向け専門ではなかったのかという考えがまず出されたが,見学時の メモによって,アメリカ向けであったことが確認され,この考えほ間違いであると いうことになる。. ・牧野放維は,生糸を作るのに金をかけないようにしたのでほないかという考え,さ. 27.
(5) 28. 田. LU. 勉. らに,それに生産量も平均していたのであろうということになるが(早野説),そ れについての疑問も出る。. ・以前に宿舎を建てて工員獲得に役立てたことがあったが,それと同じように,不景 気がくることを予想して,うまくこの不景気を切り抜けたのではないか(小野説)0 アメリカ以外にたくさん輸出していたのであろう(清水説)0 く第8分節〉 ・. それぞれの考えの証拠を何に求めたらよいか話し合い,早野説は手間をかける程度と値 段の変化を,清水説ほ生産量・販売先をみればよいが,小野説は証拠が考えられないとい う意見が多い。それに対して,小野は宿舎の例があるとがんばる。 く第9分節〉 資料り(社長談話のプリント)を読んで,品質管理が養蚕家の巡回指導,直接取引等に ょって維持されたことと,たとい不景気でも,揃ったよい製品は売れるんだという社長の 諸に引きつけられる。これが早野説とほ道であることに気づき宿舎建設のときのように社 長の社会変動に関する予想の的確さに驚く。 く第10分節〉 宿舎の問題と比べてみると,似ているけれども宿舎のほうは失敗すれば大きい損害にな ることだが,生糸のほうほ,よいものを作るんだから失敗は考えられなかったということ になる.いずれも予想してやったことであるが,一方ほ賭であるが,他方ほ確実なことで あることが違うということで終る。 3. 追究の中核の分析. 本授業の流れを追究としておさえると,まず,本時の問題としてとらえられていたほず (問題A)ということが,ただちに「なぜ の「なぜ牧野織維だけが倒産しなかったのか+ (問題B)という問題に置き換えられてしまっていることに気 15の工場が倒産したのか+. づく。この置き換えは,問題Aを直技的に追究するのは非常に困難なことであるので,む しろ当然のことのように思える。. 問題Bの追究のために,子どもたちが討論の過程で確立してきた「需給関係+の視点ほ, 前時にも扱われた資料ア(生糸の生産と輸出)からみて当然生まれるべくして生まれたも ののように思える。そして,俊説bを立証する資料として生糸の値段に関係のあるものを 求めたのほ,子どもたちの設定した視点が子どもたち自身のものになりきっていたことを 示す。. しかし,値段の変化に関するグラフと生産量,輸出量の変化を示すグラフとを比較検討 したとき,つまり子どもたちの追究が観念的抽像的レベルから具体的になるにつれて,千 どもたちの問に次第に疑惑が生まれてきたのである。それは生産減と価格低下の現象を数. 量的にみた場合,大井町およびその周辺の工場と日本のその他の工場が軒並に倒産するこ とほありえないだろうという疑問である。また,もしそれまで考察してきたことが真の原 因であるならば,牧野織維もその荒波を受けるはずであるということである。そこから,.
(6) 学習過程. 29. と教材. く分節関連構造および資料〉 1. (万俵) 8 生糸の生産と輸出. 下. iPF75題の確認. ・牧野残存理由. 7. 資料ア. 60■ 5申. 問題の第一 次の成立. A. 15工場倒産哩由B. 千. (生糸の生産と輸出). 4(). 38・. 問題Bについて の仮説的考え. 生産. 2Q1. b/. 1O. --一--輸出 6 10142. (A). 6■1014182226・3(】34-. 需 給 関 係. b′の深化・重点 b′/ 化. (S). 仮説. bを立証する 千. 資料ほ何か. 生糸のねだんの動き. 4. ⑨. 資料イ 5. (生糸の値段の動き). 3. 資料(イ)によって. 2. 最高. ノーーーへヽノ′【、. ・bを立証. ヽ---一一--ヽ. _-一′. 1. 、、嶺低 910・111213141. 大 正. 2 34. 尉 和'. 5. 6. 牧野社長の話 私の会社では百パーセント,アメ. 間超A. a. 資料は何か. @ 資料り (社長談話). まず,かいこの品種を同じものに. しました。. 経 営 方 S[. aを立証する. すね。. で毎日その農家をじゆん回して指導. A. -こついての. 仮説的考え. リカ-の輸出生糸を作っていました。 まゆは,放かの会社とちがって農 家と直接とりひきしていました。足 柄上郡・中郡・下郡の養蚕農家とで. そろえ,たまご柱全部私の所でかえ して,飼うばかりにして農家にわた しました。また,蚕の先生をたのん. 問題の第二 次の成立. bは間置Aの理由にならない 7=とに気づく,問題Aの再確認. 資斜(ウ)によって aを立証 10. 既習事項との対此に よるaの一般化. 墨壷. 1. 婆. 視点(. 方 針. +. 托かの会社は,やったりやらなか ったり,あまり熱心ではありません. でしたね。原料がいいかどうかで製 糸の運命Fま半分以上きまってしまい ましたね。不景気でもいいものは売 れたですよ。. +.
(7) 30. 山. 田. 勉. 子どもたちほ,考えるべき問題が実ほ問題Aであったことを再認識し,それまでの追究を ふまえて牧野政経が生き残った理由を推理していくのである。 ここで,本時の問題が真の意味で成立したことになる。 問題成立以降の追究ほ,まず,第2から第5分節までの倒産理由を,需給関係の視点を そのままにして裏返すところから始まる。それが,生産費を必要以上にかけず,一定の生 産量を維持し,アメリカ以外に販路を拡大したのであろうという推論である。この経営方 針ほ,恐慌の生じる可能性をあらかじめ見通すことのできる企業のみができることである ということから,小野が以前に学習した宿舎のこと(若年労働力としての工員確保が困難 になることを見越した社長が,昭和30年代に他企業に先がけて工員宿舎を建設し,これ が労働力確保に有効な施策であったこと)を思いおこし,社長は景気の動きを把握してそ の対策をたてたのでほないかという考えを示す。. しかし,同じく不況を予想してたてられたはずである早野,清水等によって提起された 諸対策と小野の推論とほ,教師によって寸断され相互に補いあうことのないものとされ, 早野試,小野説そして清水説が対立関係をもったそれぞれ固有の推論ということになる。 そもそも,早野説と清水説はともに経営方針にかかわる具体的内容をもっているのにもか かわらず,小野の予想説ほそれらと対立する共通の場をもちあわせていなかったのである。 したがって,小野説ほ,早野説と清水説との関係で処理されなければならなかったほずの ものである。 しかし,小野ほ集団思考のなかで,自説を他の説と関係づけながら主張することができ. ず,ついに孤立無援の状態となる。そして,結局,需給関係の視点と予想(経営感覚)の 視点との対立括抗の状況を現出するのである。まさにゆきづまりということができる。. このゆきづまりほ,教師のいかなる資料を見るとよいかという第4分節的な活動をうな がす発問によってくずれ,追究の状況ほ,需給の関係で見ようとするところに大きく傾斜 するのである。. この傾斜の状況をみて,教師ほ本時の目標にかかわる社長の談話プリントを配布し,そ れによって,よいものはいかなる時でも売れるという,いわば需給関係からの推論を否定 し,経営方針の視点から考えるのが妥当であるという考えに導くのである。 かく考えてくると,追究の中核を構成するいわゆる「ゆきづまり+ほ,社長談話のプリ ントを提出する前の段階,第7,. 8分節にあらわれているといえる。. しかし,このゆきづまりほ比較的浅い次元にとどまり,第9分節-と移っていく。それ ほ,第7,. 8分節において教師の指導意図がきわめて露骨にあらわれ,それがまた子ども. たちの追究に非常に迎合していたために,第9分節にいたると,急流の観を呈して流れて いくのである。. 以上の概括的な分析からわかるように,われわれの当面の課題ほ第6分節から第9分節 の問に現出した視点の転換の構造を克明にかつ厳密に明らかにすることである。そのため にまず第6分節の問題把握における集団思考過程の分析からほいりたいと思う。.
(8) 31. 学習過程と教材. く第6分節の分析〉 第5分節において,生糸の需給関係の視点から,多数の工場が倒産した理由を考えてき た子どもたちほ,資料イを資料アと関係づけてみることによって,確かに生産量と輸出量 の低下が値段の低下と関係あることをつきとめている。 163く吉田〉 「アメリカなんかが不景気だった年は昭和5・6年ごろでしょ。だからね。 昭和6年ごろというのほね,中でも一番下っているというか,一番下っている年になって いるからね。やっぱり輸出が減って値段が下ってしまって損してしまったということがだ いたいわかる。+ 169く横山〉. 「そっちの生産高が多くなればなるほどね,こっちの値段のはうがね,だ. んだん安くなっていっちゃってね--,安くなっている。+. ここで,子どもたちが納得しきれないことほ次の諸点である。 「最高と最低の差がうんと開いているでしょ。だからね,それほどうして. 173く岡部〉 なの。+. 177く露木〉 「そういう,普通,生糸とか,普通,どんな製品でもね,今じゃどんどん 上ってくるのが普通でしょ。でもね,その場合,下っているからね--。おかLい。+ 184く小沢〉 「今ちょっと見てて気がついたんだけどね。大正10年のとこ・あるでしょ。 最高4000--約4500. く1,らい・-。え-と何かな,あともう一度考える。+. 177く露木〉 の発言に対しては, 178く吉田〉が「生産高がふえてきてね,できてくる ものがたくさんになってきたからね,国内に売るにもね,値段が下ってきてしまったんだ と思う+と説明して一応了解したものと考えられるが,岡部と小沢についてははっきりし T 「値段が下ったというのはいいか。+, 182 T 「よし, ないまま,最終的な確認の180 損をしたんだろうというのは--,いえる?+,. 185. T. 「そうすると--こういうわけで. はかの工場はつぶれちゃったんだということだな。+がなされたことになる。. 教師による第5分節の最終的確認,つまり,子どもたちの問題Bに対する仮説として提 出されている坂説bが立証されたことを確認するための185. T. の教師発言は,だめ押し. の一言であったが,子どもたちにそのまま素直に受けいれられることのできるものではな かった。. それは,問題Bと問題Aとの問のギャップが,この確認のための教師発言によって急に 意識されたからである。 186く吉田〉 「牧野放維はつぶれなかった。+ほ,このような意識変化に火をつけたこと になる。そして,それまで市場の視点から問題解決に取組んでいた岡部がただちに187 く岡部〉 「牧野赦維は国内(以下不明)+の発言をするきっかけができたのである。かくして, 需給関係によって問題解決をしようとするそれまでの追究に,大きな窮問を投じる第6分 節が生み出されたわけである。 この分節において,疑問の形で自己の思考を表出したのは次の7人である。これを疑問 提示の視点から分類すると次のようになる。 ①. 市場の視点一枚野撒維は国内専門でほなかったのか。それにしてもおかしい-.
(9) 32. 山. 田. 勉. (岡部,青田) ②. 生産量,輸出量と価格の相関-それだけでは考えられない-(善最,露木,石. 田) ⑧. 過去の生産・販売実績-過去の利益からいってそう簡単に倒産するとは思えな. い-(鈴木). ④. その他不明なもの(平沢). ②と③の視点は問題Bとの関連で考えているが,. ①は明らかに問題Aに正対して. いる。そして平沢が自己の考えを表現する楼会のないまま終っているので,どのような角 55く平沢〉 「ちょっと,それ 度から問題Aに対決しているか不明である。この平沢は で--工場は別としてね,工場に送っていた農村のね,養蚕をやっていた農家がつぶれた 「アメリカが景気悪くてね,不景気でね,少ししか のかよくわかんない。+と120く平沢〉 買わなかったでしょ。その時日本のね,工場なんかはどうしていたか。+の発言でみるよ うに,他の子どもとかなり異なる点に着目しているので,ここでも是非発言させたいとこ ろであった。. 以上4つの視点から第6分節における疑問が提示されているのであるが,これらの視点 の背景にほ,共通の基盤として需給関係によって説明しようとする発想を認めることがで きる。要するに第2分節以降の視点が,この段階でも生きていることなのである。したが って,第7分節ほ,同じ需給関係の視点をもつ思考の蔦藤という形で始まる。外見的にほ 新しい問題追究のようであるが,その内実は,第6分節までの連続として位置づけられる 俣説の提示をもって開始されるわけである。. く第7分節の分析〉 第7分節は,問題Aに対して個別的な考えが俊説として複数提出されるところで,真の 問題成立を受けて,あらためて追究が開始されるところである。そして,具体的にほ第6 分節の①の視点からの疑問の連続としての意味をもつ発言から始まるのである。その疑 問は212く吉田〉と214く岡部〉によって提示された,牧野織維が国内専門であったにし ても,輸出専門メーカ-が国内向桝こ転向すれば,国内での供給過剰から価格低下がおこ り,結局牧野織維だけが生残るというのほおかしいのではないかということである。この 疑問を受けて,く岡部〉はすく叫こ217で「それ事実じゃない。+と断定していくし,く平沢〉 223 219 「そうじゃなくて+ 221 「国内専門じゃないの+ 「他にある。 もそれとの関係で, 理由が。+と国内専門説を否定していく。これは,見学時のメモを見ることによって牧野 織維が輸出専門の工場であったことを確認することによって容易に立証されたのであるが, こうなると,青田,岡部の提示した疑問ほみんなの納得するところとなり,武井のように, それじゃ牧野政経が倒産しなかったのはおかしいということになる。 そこで241く宮田〉が,不況の中心がアメリカであった事実と関係づけ,牧野織維の主 要な輸出先がアメリカ以外でほなかったのかという佼説を提示する。これほ, 236の発言 にみられるように,やや時間的にずれたところで考えられたもので,. ′ミラシュ-トのひも. などほアメリカほ輸入する必要なんかなかったろうという事実のうえの根拠と,国内専門.
(10) 学習過程. と 教材. 33. 一否定-アメリカ以外という論理的推論という二つの面をもって発想されたものであ ろう。つまり,宮田ほそれではおかしいと思ったことを合理化していくために,一つの事 実関係を新しく導入したわけである。 以上の討論が,結局第6分節の市場に関係ある考え方の発展であり,事実確認に基づき ながら,宮田の提示した佼説を除いて他が否定されていった過程である。 次に提起されるのがいわゆる早野説である。これほ. 245,. 247,. 251とかなり息長く主 張されたもので,要するに,牧野繊維は機械の導入に慎重で,製品にあまり手をかけない ようにした。そのためコストが安くなったので,不況により購売力低下ということがあっ. ても,他の工場より損害が少なくてすんだのではないかという考え方である.しやば設備 投資抑制説ともいうべきものであろう。この早野説をさらに新しい要素を付加しながらサ ポートしたのが,それまで自己の考えを述べる機会をもてなかった平沢である。彼は252 で,早野に「つけたし+として,牧野織維ほ生産拡大をせず,つねに平均的生産量をあげ ていたので,不況の場合にも損害が少なかったと考えるのである。 この早野説に平沢説を加えて発言したのが256く富山〉である。これら一連の考え方を. 生産調整説(A)とここでは呼ぶこととする。 この(A)に対してほ,. 261く善最〉から疑問が出されている。それほ,そのような生. 産調整が設備と生産量の面でなされることは考えられないというのである。利益のあがる ときに利益をうるよう生産するのほ当然でほないかという考えであって,牧野繊維が不景 気がくることを予想していたということがほっきりしなければ納得できないというのが彼 の発言の趣旨であるように思える。 この討論を聞きながら,小野はどうして牧野が生産調整できたのかを考えていたのであ ろう。既習の事実,すなわち牧野織維の経営者が,労働力不足を予想して寄宿舎を建設し た事実を想起し,それを関係づけて,牧野織維の経営者ほ不景気を予想しそれに対処すべ く手をうっていたほずだという着想をもち, 262く小野〉の発言になる。 この小野の見解に対し,教師がいかに力をいれた対応をしたかほ,集団思考過程関連図 の教師の働きかけの内容を見れば明瞭になる。まさに教師の的にほまった発言であったの である。. かくして(A)は小野e)予想説(B)によってその可能性が裏づけられ,学習集団のな. かに(A+B)という有力な思考集団が形成される。しかし,子どもたちほさらに別の発 想を試みる。ここに松本学級の執扮な集団思考体質がうかがわれる。 それがいわゆる清水説である。これは第6分節ならびに第7分節の当初にあらわれた市 場の視点からこの問題に取り組もうとする考え方の再生である。すなわち,. 241く宮田〉. の考え方が吟味されないまま残存していたものが,ここで再び表層に発現したわけである。 したがって,この集団思考のなかでは,. (A)に対立する,すなわち(A)と同じ次元で. 子どもたちがとらわれている第二ゐ基本的な考えということができる.この清水説ほ286 く加藤〉, 288く横山〉.によって敷街されるのであるが,具体的に立証する方法まで踏みこ. んでいないので,前の241く宮田〉以上のものではない。しかし現実にこのような仮説を.
(11) LU. 34. ti]. 題. もつ子どもが存在するので,これを(C)と称することにする。 さて,この(A+B)に対し(C)が対立するのであるが,吉田は291において(B) に(C)を加え(C+B)の考えを提示する。すなわち,アメリカの不況を予想してアメ リカ依存の輸出体制をあらため,他の国-の依存度を高めたので牧野織維ほ残存しえたと いう考えである。この吉田の考えは,そもそも(A)を裏づけるべく出された(ち)の主 張者である小野を動かし,牧野政雄では,アメリカにあらわれた何ものかをいち早く不況 の前兆としてとらえられたのではないかと考えさせたのである(293く小野〉)。この発言 は, 262以降の小野よりは,予想を可能にする材料がアメリカにあるほずだと考えるだ仇 具体性をやや増したことになろう。 (ち). かくして,第7分節ほ(A+B)と(C+B)との対立をもって終ることになる。 ほ(A), (C)の両者と結合し,有力な考えとして育ってきたのである。 く第8分節〉. 前節の最後の(C+B)を指向する吉田の発言と,. (A),. (ち), (C)のそれぞれに結. 合する小野の発言は,普通,ゆきづまりをさそいやすいものである。 291く吉田〉 「ぼくの思うのはね,小野君と清水さんのと一緒になるんだけどね。アメ リカなんかを一緒にやっていてね。 -ああ,わかった。一小野君が言ったように予想 してね,アメリカなんかにあまりやんないでね,清水さんが言ったように他の国にやった んだと思う。+. 293く小野〉 「アメリカでもね,いろんなことがあってね。不景気ということがわかる ように何かのことが出てきて,それを牧野織維が見つけたりして,そういうふうに予想し たんだ。+ (ち), (C)をある程度概括する機能をもつ この裏現にみられるように,両者は(A), (A)の子どもたち し,しかもそれがかなり抽象的レベルでなされているばかりでなく, からみても, (C)の子どもたちからみても,既習の事実-個性的認識における共通基盤. としての寄宿舎の学習をふまえているだ桝こ,きわめて表面的ではあるが納得しやすいも のなのである。. しかし,松本学級の子どもたちほ,そう簡単に納得しないし,したがってゆきづまりも 訪れがたい。 (B)に対してただちに294, 296と続く岡部の反論が出される。そして, 岡部の反論をふまえた教師の的確な発問295. によって,非常に激しく動く第8分節が導. き出される。 岡部はすでに述べたように,問題Aに対して,つねに市場の視点から考えをすすめてき 「予 ている子どもである。したがって,小野の293の発言に対してただちに294く岡部〉 295 Tを受けて296く岡部〉にみるように牧野 想ほできないよ。+と反論する。そして. 織維の具体的な輸出先を調べることを提案するのである。これは岡部が,. (B)とほ分離. される(C)の考えを立証しようとする意図をもつこと,また岡部が強い(C)の支持者 であることを示している。. (A)の立場からは,. 300く平沢〉の発言がある。これも早野をサポートし,さらに生産.
(12) く第7 ・S分節集団思考過程関連園〉 教師の働きかけ (発問). 立場の不明擾な 子どもの応答. 230これだな,鴇出専 門だったんだろ. 需. 給. 関. 係. 生産量・生産費. 総合的需給論l国内国射場論! 経営感覚論i生産量調整論F設備投資捌論. じゃおかし. 231くC〉 し、. 触232. く平沢〉 おかしくない. おかしいよ 233くC〉 234く武井〉 飽工場輸 出専門,牧野国 内,牧野だけ残る のはおかしい. l】. _メ_-------236. 237それは後をこなって. (J細〉牧野輸出専門としても不況ほアメリカ /ミラシふ-トのひもはアメリカは少量. _-----〟-----I. 238く内田〉. 後だよ (J官記〉国からい-て塩入する必要なし. 240くC〉 242. 今関係ない. tJまかに. Ⅰ. 241く宮田〉 アメリカ以外に輸出 ---一--- ̄ ̄2芹9. (A). h¶Ⅳ∼【-M ̄…N- ̄----一---------->243く平沢〉. ほカゝにつぶれなかった のは. 2百5 ∋繁銀鉱 く早野〉 牧野 は磯城いれな い,金不要. 247. わかんなし 248くC〉 249〈竹村〉 そうだ 250くC〉 予想だろ. 251く早野〉アメ1) カ不景気でも 牧野の損害は 少ない 生産量も平均させた. 7. 254早野説はどうだ. / 252-竿三≡ 256く富山〉 (早野+平沢). ∼----------N. 258早野説に賛成の人 260そうでない人. 261. 〈喜最〉. 金をかけ. てたくさん生産し. プこかもしれない. 262. 263くC〉. 発のことを予想している. 】1. そうだ. 264 266. 267ちょっと待て. 宿舎なんて それで. ” そのときも先のことを見通して. 271小野のいうのわか るか,もう一度. 270くC〉. 望;. でも. 先のことを予想してやっている. 273待て,そういうこ とあったか 274くC〉 あった 275 〈清泉〉 宿舎を建 276. て人を集めた. グラフ思い出すか. 278それで小野. 277〈C〉 -騒. 283他首こ. うん. 279く小野〉. 然-. その萌含も先のことを予想し氏. (C). 2Sアメリカ以外の国. -〟-2胃-ア耕輸出 器8でごシアメリカ以外を専門をこしていた. をこ. 286く加藤〉. 外国でもうからない分を国内/. l暮. 290問題を整理しよう 早野説,小野説. )I. Il. 29(く細〉不景気を予凱てアメリカ以外へ I] 295. カギ照雷買警湖慧孝義雪. ∼----------. どう確か冷たらよ いか. ーー≠----296く岡頚;〉. どの国へどうやっていたか,アメリカ以外にも 少しほあろう,どの国に主にやっていたか / 298く宝田〉 どこの国にどのくらい. 299偽をこ---. 他工場倒産前後の -…---300く平沢〉 牧野の生産・輸出量. 名02それほ清水さんの か,こっ、らは. 303小野君のほ. 13i;:, 小野君のほ考えられない. 305く琵木〉. 然-騒 3(描く平沢〉 わかりた. 307く霜木〉. 308早野のほ,小野の ほ調べられない9 ことを調べればよ. -騒. 証明ほ無理. 然-. M--------∼_. 309早野のはどういう. 考えられない. ii. いか・. -->310. 〈大津〉 どの くらいの手間 をかけたか, 値段の変化. 311あるいはどんな手 間をかミサたとか 313く加藤〉. 314く富木〉 ・j、野のほ考えられない, 不景気も予想できなかった. 315くC〉. ドルショックの. 牧野で扱っていた量. 昔も正確で はなかったから考 えられない. 317くC〉 -騒. 1二316く小野〉. 宿舎なんかのとき予想してやった. それでも 然-. 〔資料ウ,社長談話プ7)ソト配布〕. 同. 質. 閑 適 反対,否定 回 答.
(13) 35. 教材. 学習過程と. 量調整の観点を付加した平沢にとっては当然の発言である。ここにも,. (A)対(C)の. 対立が明瞭にあらわれているということができるであろう。 T. ここで問題にしなければならないのは302. の発問である。平沢が無視されている状. 況がよくわかる。彼ほ確かにこの授業でほ疎外されているとしか考えられない。あるいほ, 教師の小野説(B). -の執着(目標による拘束)が強かったというべきであろう。 教師のこのような姿勢にもかかわらず,子どもたちは容赦なく小野説を切り捨てようと する。すなわち,先程の岡部に典型的にみられるように, (A+B)と(C+B)からB 的要素を排除しようとするのである。子どもたちからみれば,. (ち)を立証するのほ困難. なのである。. 教師が小野説に注目させようとして,. 302,. 304く岡部〉が考えられないといって否定し,. 303. の発問をするのであるが,ここでは 305く露木〉もこれに同調する。この間教室. が騒がしいのほ,小野説の立証可能性について激しい意見交換が行なわれていることを示 す。そしてそれが子どもたちひとりひとりの個性的な判断をうながしたであろうし,その なかにほ小野をサポートするものもあったろうと考えられるのである。しかし,ついに小. 野に近い見解は顕然としない。この喧燥ののなかで,. 806く平沢〉が「わかった+と言っ. ているのに興味をひかれるのであるが,これは取り上げられず,彼の考え方をとらえる手 だてを失う結果となる。 教室ほ非常に騒がしい。しかし小野は自説をまげない。このときの集団思考構造からい えば,小野説はすでにAとBから離れ独立したものとなっている。そして立証可能性の論 議から, AとCの親近性が高まり, BがAとCの共通の敵対物となったのである。しかも, 小野をサポートする子どもはどうしても表面にあらわれない。教師のあせりはその極に達 する。. この間の気持を教師は次のように述懐するのである。 291く吉田〉の発言のあたりでほ, (早く小野説にもっていきたかった。しかし,それからだんだん離れていくようで焦りを 感じた。)そしてこの分節の最後には(小野説を追求させようと思ったがどうも無理なよ うなので,早野説を調べることによって小野説が浮び上るだろうと予想した。)8). まさに激しい論争を通して到達した一つのゆきづまりである。このゆきづまりは,教師 の指導意図もからみ,集団思考が予期せざる展開をして動きがとれなくなった状況である. 資料ウ(牧野社長の話)ほ,こうして子どもたちの前に提出されたのである。これはそ もそも小野説的な考えを立証する目的をもって用意されたものであった。しかし教師は第 7,. 8. 分節における子どもたちの追究状況からみて,小野説を裏づける資料というよりも. むしろ早野説を否定する資料として生かすことのほうが有効であると判断した。ここに, 子どもたちの追究にのる教師のすく.,れた指導性をみることができる. これから第9分節にほいるのであるが,その前に第8分節における子どもたちの追究視 点を整理しておこう。 ①. 岡部,宮田などにみられるように,市場の視点から輸出の実態に迫ろうとするもの. ②. 平沢にみられるように,需給関係の視点から生産の変化をみようとするもの.
(14) 36. ⑧. 山. 田. 勉. 大津にみられるように,設備投資の実態とそれとの関係で変化する値段の動きをみ. ようとするもの ④. それに,小野のように経営者ほ恐慌を予想し的確な対策をたてたのだろうと考える. もの. 以上4つの視点が表層にあらわれているもので,これを前にあげた第6分節の4つの視点 と比較してみると非常に具体化している,つまり,追究の視点が,問題Aのリアリティー に一段と接近していることがわかる。そして,これらの視点の宕藤が,本分節にあらわれ たゆきづまりである。. く第9分節〉 第9分節ほ次のような教師の発言をもって始まる。 318. T. 「ちょっと待て。. 聞いたからね。. --早野君のここのところを,ぼくが社長さんに会って話を. ・-・その中で小野君の問題もからんでくるかもしれない。. --どこが違う. のかね。社長さんの話から考えてみよう。+ 資料を手にした子どもたちほ,印刷物の回ってくる順序に従って静粛になっていく。ひ・ とりひとりが真剣なまなざしで読み取っていく。そして読み終ったものから沈黙したまま 挙手をしていくのである。 まず,発言のうえでほ,今まであまり指名を受けなかったものから始まる。その順序は 子どもたちが読み取り自己の見解を整理して挙手という意思表示に移る早さを示すもので はない。むしろ,教師のできるだけ多くの子どもに発言の機会を与えようという配慮のあ らわれである。したがって,ここでわれわれが注目しなければならないのは,発言の少な 330く二見〉ほ, い子どもたちがどのような思考をし,何を指摘するかということである。 牧野織維が他社より熱心であったことを指摘する。 332く夏苅〉 は牧野繊維は一生懸命や ったこと,. 336く夏苅弘〉は,牧野繊維は自分たちで原料を作っていたから熱心であった. という。いずれもきわめて道徳的な勤労精神を指摘するのである。この一連の指摘ほ,そ れまでの追究過程では確かに触れていなかったことである。すなわち,牧野織維が他の倒 産企業より熟亡上であったということは, (A),. (B),. (C)のいずれのなかにも,明瞭な. 形で直接的な表現をもって触れられていることほなかったのである。 このような子どもたちの発言にほ,以前の追究過程と新しい資料とをどのように関係づ けるかということについての一つの原則をうかがうことができる。いわゆる「次ほ+ある. いは「その掩か+型ともいうべき並列型あるいは晃加型の思考がほっきりとあらわれてい るのである。われわれの求めている科学的創造的思考とほ,そうではなくて過去の追究の 矛盾をこの資料から見出していけるような思考,すなわち,過去の追究において形成して きた思考をそのまま温存するのでなく,それをむしろ再編成していこうとする,開かれた 有機的な知識と思考であるほずである。 もう一つ重要なことほ, 339く鈴木〉の「(前略)原料がいいかどうかで製糸の運命は決 まってしまいますと書いてあるでしょ。. ・-・牧野のほね,原料がうんとよかったからね, それをね,アメリカはね,牧野のを輸入してくれたと思う。+という発言などにもあらわ.
(15) 学習過程と教材. 37. 「不景気でもいいものほ売れた+ れているが,社長談話で社長自身の語る見解,つまり, ということと, 「原料がいいかどうかで製糸の運命は半分以上きまってしまいました+と いうきわめて独断的で,それだけに信念ともいうべき個人的人間的表現に子どもたちが着 目することであるo これは,一応追究過程との関係づけをしたうえでなされる選択である が,追究の弱い子どもにみられる特性であるかもしれない。ひとりひとりの子どもを生か そうとする教育的配慮から,以上考察してきた迂回路が考えられたのであろうがそれによ. って追究力の弱い子は引き上げられ,強い子ほゆとりを持つようになって,集団思考は次 第に社長談話の核心に迫っていくのである。 344く露木〉の「蚕の品種を同じものに揃え と書いてあるでしょ。だから品種を同じものに揃えればね,大体質も同じようになるから ね,だからね,質が同じならね,急に悪くなったりよくなったりしないからね。そうすれ ば値段が変ったりしないからね,外国でも安心して買ってくれたんじゃないか。+という 発言は, 339く鈴木〉 に対する否定的なニュアンスをもつ。鈴木が単純に品質の善悪をと らえているのに,露木は品質の等質性をあげるのである。この発言ほ,追究の過程が否定 を介して発展することを象徴的に示している。しかし,これらの道徳的で並列的累加的思. 考による追究は, 348く岡部〉の「品質が同じだと,そんなに値段ほ変化しないでしょ。だ からね,アメリカのほうでも他の工場と違って値段が変化しないからね,露木君が言った ようにね,安心して買っていたということでしょ。 それにね,. -・だからね,今までどおりね,. --品種がいいというのほ,よくわかんないけどね,同じだからね,. の変化が少ないからね,. ・-・値段. --いいのは売れたですよと書いてあるからね,やっぱり今まで. どおり少しくやらい不景気になってもね,同じように買っていたといえるんじゃないの。+. という抽象的で総括的な発言をもって終り,. 350く吉田〉 以降具体的な指摘を伴って深ま. るのである。そして350く吉田〉から381く岡部〉までの過程ほ,まさに具体的な追究の実 現したものということができるであろう。. このような資料に即した追究ほ,過去の追究との関係づけが明確におさえられたときに, しかもそれが過去の追究の方向性に対して否定的な関係づけをもったときと,過去の追究 が蓋然的であったものが,多くの部分否定によって鮮明な方向性をもつようになったとき に,もっとも飛躍的に発展するものである。 第9分節でいえば,. 368く岡部〉の「だから私なんかの考えと違う。+という発言と371,. 373く露木〉の「小野君のに,ちょっとからんでいるよ。+の発言が,過去の追究と資料と の関係づけの契機となっているものである。 第8分節で孤独な主張をしてきた小野の予想説ほ,この否定の契機によって,何を予想 するかという具体的な内容をもった主更に転換する。それまでは,. (A+B),. (C+B). という複合形式で発想され,しかも(A)と(B)からともに排除されようとしてきた (ち)が,ここでほじめて(ち)固有の内容をもって集団思考のなかに存立することになる のである。. 「いいものほ売れるんだからね。そういうことがちゃんとわかっていたからね,. 不景気でも品質を揃えて売れば買ってくれる。+という. 373く露木〉ほ,第8分節におい. ては小野説は証明できないと言っていた。しかも,それは314く露木〉のように,ドル・.
(16) 38. 山. 田. 勉. ショックという現実の問題を例にあげながら具体的に述べていたものである。ここでほ露 木は,不況の発生,しかもそれがアメリカに発生するということを予想するということで はなく,不況期でも,よくて均一な製品ほ売れるという社長の判断を企業経営方針と結合 させ,これを小野説と関係づけて,社長ほ見通し(予想)をもっていたと考え,それが牧 野織維を倒産から救ったと考えたのである。これほ小野が第8分節で主張したことと同一 でほない。しかし,それをふまえ,新しい関係づけを個性的主体的になしとげた,つまり 統一させたところから生み出された露木なりの納得であったというべきであろう。 この露木の発言は,他の子どもたちの思考をうながし,第8分節でほどうしてもあらわ 377く横山〉 ほ輸出量・生産量の変化 れなかった小野説援護にあたる考え方を生み出す。 に上下動が激しいことを指摘して,この対策として牧野織維の経営方針があったと考える。 381く岡部〉は,その変化を経験として生かしていたと考える。また380く小野〉もグラ フの変化から変化に対応する対策が牧野繊維では考えられていたと思■うという。この三者 の発言ほ, 371, 373く露木〉によって第8分節との関係づけがなされたときに,その勢い にのってあらわれたものである。そして露木の統一と,他の三人の統一とは異なることも, ここで注目しておくべきことであろう。. この後,教師の発言を契機に,宿舎問題とこの不況対策との共通性と異質性を考える第 10分節にほいり,結局経営者の経済変動予測ということが企業存立にとって重要なこと であることを確認して終るのである。 く残された問題〉. 松本教諭による授業は,そのほとんどが授業の最終の段階で新しい問題に到達し,次時 はその問題を起点として始まるのであるが,本時においてほその問題が発見されることが なかった。なぜだろうか。もちろん,宿舎と不況対策の共通性と異質性について若干の対 立はある。しかし,それらの対立にほ決定的なものがなく,いずれも概括しうるものであ った。とりわけ平沢のように,独特な発想と問題の指摘をしながら,終始疎外的状況下に おかれたものが,. 402く平沢〉 「それだけね,他の15工場と違ってね,熱心にやりながら,. そういう先のことまで考えて生産していた。+という素直な発言をもって終ったことは何 を意味するのであろうか。 子どもたちの追究ほ,ここまできて一つの大きな休息を迎えたことほ事実であるo. これ. ほゆきづまりであるとともに,追究の終蔦を意味するもののように思える。わたくしほこ の一点に,本投票の最大の問題点を感ずるのである。 4. 視点転換の質と限界. (1)ゆきづまりにおける視点構造 問題追究の視点が,第7,. 8分節で出現し,それが資料りの読解を契椀に新たな視点に. 転換していっことほ,すでに各分節の分析で述べたとおりである。追究視点の転換がいか なる構造,したがって追究の発展との関係でいかなる価値をもっているかという課題に迫 8分節の分析をふまえて転換以前の視 ろうとするのが本章の意図であるが,まず,第7,.
(17) 39. 学習過程と教材. 点構造を整理しておきたい。 第7分節における視点は,主として生糸の需給関係で問題Aを説明しようとするのであ るが,さらにこれを細分すれば,生産調整説(A)と市場転換説(C)に分れ,それぞれに (A+B)と(C+B)の対立となっていたo 予想を重視する(B)の視点が加味されて, 第8分節,すなわち(A). (B). (C)をいかに立証するかを考える過程をとおして,まず. (A)と(C)の対立が明確になるのであるが,この過程で(B)ほ立証できないという. 見解が支配的となり,. (A)と(C)のそれぞれからの孤立化作用が進行する。このよう. な視点構造の変化を起させたものの一つは,目標ならびに目標に向うための手がかりを見 出してなんとか処理していこうとあせる教師の硬直した指導性である。このように指導が 硬直してくると,教師は,集団思考の構成単位ないし構成契機となっているひとりひとり の個性的思考や思考の内容や方向の共通性によって束ねられた複数の共通思考相互の問に 存在する微妙で不安定な差に対して盲目となる。もう一つは,この学級集団として次第に 形成してきた集団構成員間の対立抗争-の指向性である。これはきわめて把握しがたい要 田をもつので,授業記録の分析によって明らかにすることほ不可能である。少なくとち,. 対立の顕在化の方向-,すなわち立証可能立証不可能という可敵性の有無という観点から の対立関係に思考が収赦していったことは事実である。したがって,ここでの視点構造ほ, 俊説の立証可能性という問題との関係で構造化されてしまうのである0 次に各視点から問題Aに迫ろうとするとき,具体的に何を調査し分析すればよいかとい う具体的内容について考察を加えてみよう。 (A)の生産調整説が具体的軒土調べる必要があるとあげたものは次のとおりであるQ ①. 他工場が倒産した前後の牧野織維の生産量の変化(平沢). ②. 倒産のあった当時の価格の変化(大津). ⑧. 生産のためにかけた手間の実態(大津). ①と②については,至極当然の内容であるが,. ③についてほここで若干考える必要. がある。手間という表現をしたのは310く大津〉が最初であるが,これほ,早野によって 指摘された,いいものを作るためにお金がかかる,牧野級維ほそんなに機械をいれないか ら金がかからないということと,手をいれなかったということを受けているのであって, その具体的内容は,機械設備をすることと人手をかけることではないかと考えられる。そ こで注意しなければならないことほ,このときの子どもたちほ,設備投資をコスト・アッ プと同一視していることである。設備投資の目的が,資本主義企業にあっては,大量生産 や人件費削減によるコスト・ダウンや品質管理の効率性を高めることなどにあることほわ かっていないのである。つまり,機械化-コスト・アップ-品質向上という系列が固定化 ⑧の内容を生 して子どもたちにとらえられているのである。この固定的認識の打破は, 産工程と生産量,生産費等を総合的に考察するときほじめて可能になるのであるが,それ を具体的に追究することは不可能であろう。 (c)の市場転換説があげたものほ, 国別輸出量である。. 296く岡部〉と298く宝田〉の指摘した牧野繊維の. (A)の立証と比較して,. (C)の立証は非常に単純である。したがっ.
(18) 40. 山. 田. 勉. て,市場転換説をとる他の子どもたちも,岡部,宝田の発言にまかせてあまりこだわらな い。資料さえあれば片づく問題だと受け止めているようである。 (B)の予想説ほ最後まで空虚な説として主張される。第8分節が(B)対(A),. (C). の様相を帯びぎるをえなかったのほ,何をもって予想しうるかという,何がついに明らか にされないところに一つの理由があったoつまり立証するために必要な資料が考えられな いまま,岡部,露木等によって強く否定されていくのである。特に露木は314く露木〉に おいて,小野のいう「何かのこと+に注目して,ドルショックのときにも不景気ほ予想さ れていなかったと言って,. 「何か+がはっきりしない限り,小野の予想説は単なる「考え+. に過ぎないというのである。確かに,この(ち)ほ,単なる予想であって,牧野繊維が不 況を生き抜くためにほ,かりに予想があたっても, (A)か(C)という施策を打ち出さな ければならない。. (B)が(A)と(C)に対立するものとなっていく必然性ほ,立証可. 能性ともからむのであるが視点の内面的質的相違あるいは発想次元の相違というべきもの にもその起因を認めるべきであろう。 さて,ここで以上のような構造をもつ視点を,科学的な観点から検討しておこう。. (A). も(C)も需給関係で問題Aを説明していこうとするものである。つまり,不況→需要減→ 価格低下-生産減-利潤低下-倒産という因果系列のなかで,. (A)は生産減を意図的に. すすめるか,そういう事態に至らぬよう生産量を平均化しておこうという発想と,価格低 下に対応して生産コスト減をほかり,そのため新鋭機械の導入を抑制しようという発想で, 生産量あるいほ生産設備の直接統制により,上記の因果系列をカットしようとするもので あるo. また(C)ほ需要減を起さないように,輸出市場を変えることによって,この系列. をカットしようと考えるのである。しかもこれらの直接統制が企業経営者の意志快足によ ってなされるというのである。これらほ確かに科学的にほ部分的,静的であって,経防の 動向と個々の企業のそれに対する対策を全体的に,また動きのあるものとして把捉してい ないが,生糸の生産量と輸出量および価格変動をみてきた子どもたちにとっては精一ばい の仮説と考えられる。 次に同じ科学的観点からみて,子どもたちの視野に入りうるはずで,しかも完全に欠落. している観点を考えてみたい。 ①. 昭和初期の大恐慌期およびその前後の生糸産業そのものの状況. 牧野繊維に執着する子どもたちが,そのための必要性から同地域に立地する16の製糸 工場の不況対策を考察しようとするとき,同時に日本全体の状況を把握することほ望まし いことであったろう。ちなみに,生産量,輸出量,価格変動ほ日本全体の資料によってな されていたのであるし,問題Aの再確認の段階において,日本-の視野の拡大はみられた のである8)0 ⑧. 牧野繊維および他の工場の経営規模. 不況によってすべての工場が倒産するわけではないことほ,子どもたちも経験的に知っ ている。しからば,その経験ならびに推理を相互に交換し合うことも可能であったろう。 そのときの比較的容易な着眼点が企業の経営規模である。大・中・小の各工場が,それぞ.
(19) 学習過程. と. 教材. 41. れ競争力や耐久力において違いがあることは,そのメカニズムの解明は不可能にしても, 感覚的,総体的にほわかるところである。そしてもしこの着眼点が生かされれば,この学 習はわが国の資本主義生産が,資本の強蓄積一戦争一恐慌一独占化のサイクルを経ること によって急激な成長をとげたことに気づくことになるほずである。きわめて高度な学習を 具体的次元ですすめることになる可能性をもっていたと考えられる。 ⑧. 特約生産取引. 昭和初期の農村でほ,商品作物の栽培が一段とすすみ,商業的農業の色彩が濃くなって きた。このときに,それまでまゆやビール麦などにみられていた特約生産の方法が非常に 普及したのである。特約生産とほ産業資本家が原料を農家からえる場合に,収穫前に生産 物の品質や数量について農民と一定の特約を結び,それにおうじて取引をする制度である。 産業資本家はこの取引によって,優良な生産物をできるだけ安価に,しかも確実に入手で きるようにしていくので,資本家による農業生産収奪の一種であるが,農民ほこれによっ て生産物の販路を確保し生産の保障ができるとして歓迎したのである。特に製糸業におい てほ,この特約生産取引は優良蚕種の配布や養蚕業老への資金融通およびまゆ購入価格の 一方的決定という形で進められ,良質なまゆの確保と養蚕農民の掌握による低価格購入が 実現していったのである。 特約生産取引についてほまったく無知である平沢が,作文5)において,また55く平沢〉 の「ちょっと,それで--工場ほ別としてね,工場に送っていた農村のね,養蚕をやって いた農家がつぶれたのかよくわかんない。+という発言において,養蚕農家に着目してい るところからみれば,製糸業を,周辺農村の農業生産との関連で扱うことは決して無理な ことではなかったと思われる。. ④. 資本系列あるいは関連企業関係. 牧野繊維が周辺養蚕地域との関連で自生した地域在来の資本であるのか,それとも他の 比較的大手といわれる企業の進出した資本であるのかということは,この学習にとってほ 重大な要件である。また,このことほ,製品をとおしてみられる系列としておさえること もできるのであって,少なくとも当該時期にみられる他企業との関連に日を向けることは できたであろう。しかし不況をとおしての独占化ないし企業再編成-の見通しほ,製糸業 界のように中小企業が支配的な産業部門ではかなり高度な問題でほある。 (2)視点転換後の視点の構造. 教師による資料りの提出後,子どもたちがまず注目したのほ工場が熱心であったという ことと,社長が品質のすぐれているものはいかなる時代でも売れるし,その質のよさは原 料まゆによって決まると断定的に述べたことであった。しかし,これほすでに第9分節の 分析で述べたように,集団思考にみられる並列的累加的思考の発現であって,いわば転換 過程へのオ1)エソテ-ショソにあたるo. このオ1)エソテーショソを受けて,社長談話を対 自的に深く読み取っていく子どもたちの発言がみられるようになる。 それほ原料の質に注目するところから始まる。そして製品→原料-養蚕農家の指導によ. る優良まゆの確保とたどっていく視点が確立される。これを原料品質説(α)と称すること.
(20) 42. 田. 山. 勉. にする。. この視点の背後には,第8分析までの視点が生きている。需給関係でみようとする視点 を前提にし,その市場法則を認めるからこそ,子どもたちほ「よいものは売れる+という 社長の談話に注目する。そしていよいよ社長の断定にひきづりこまれていくことによって, ついに品質のよいものほつねに一定の需要があり,需給関係が安定するので価格も変化し ないという認識をもつようになるのである。 (344く露木〉,348く岡部〉)また, 350く吉田〉, 353く望月〉と展開していくうちに,良質で均等な原料確保のために会社が養蚕農家の巡 回指導にあたったこと,. 362く露木〉, 363く宮田〉, 365く吉田〉等によって会社と農家の. 間に結ばれた直接取引の合理性が見出されていく。かくして視点転換後の良質で均等な原 料供給体制をみようとする新しい視点が確立されて,そこからみると,牧野織維はまゆ生 産者の指導と特約生産取引に最大限の努力をはらった結果,品質の確保ができ,不況を乗 り切ることができたと考えられるのである。 368く岡部〉の発言を契機に転換前の視点と この視点ほ,教師の指導意図にこたえて, 関係づけられ, (A)が誤まりであって,むしろ逆に牧野繊維は他工場より積極的に手間 をかけたことが確認されるのである。それから373く露木〉の発言を契機に(ち)との関 係が意識され, 375く内田〉によって(C)とも否定的に関係づけられ,さらに,本来な らば第8分節にあらわれるべきであった,予想内容の指摘を. 377く横山〉,. 380く小野〉,. 381く岡部〉がしていくのである。かくして,牧野織維の経営者ほ,過去の生産量,輸出 量,価格変動の実態を確実に把握し,それをよき経験として生かし,特約生産取引によっ て生糸の品質を確保するという,不況対策を確立したということになったのである。 ここで視点転換後のα視点(原料品質)説と転換前の3視点との関係を整理して,視 点構造を明確にしよう。 需給関係A. (生産調整説)-否定\ \優良製品の 恒常的需要\. /. 需給関係C. (市場転換説)-否定/. 経営感覚B. (予想説) -肯定強化-経験的経営方針/. \原料管理α (原料品質説). /. この転換の過程をその全体的変形の過程としておさえると図のごとくになる。. (A+B),. (C)という鋭い対立となっていたのであ. (C+B)という対立的視点は(ち)対(A),. るが,転換後は, αを具体的内容とする (B′)にすべてが統一されるのである。. Bl. 具体的内容の付加. さて,ここで新しい視点と,さきに考察 した牧野繊維残存要因のうちまったく欠落. 対立. していたものとの関係を-べつしておく必 要がある。 A. ①. 全日本的視野での考察ほ,新しい視. 点からも生まれてこなかった。むしろ,社. AC関係をもちな がらβに対立. α. 需給視点貫きなが ら揚棄されてαに.
(21) 学習過程. と 教材. 43. 長談話を媒介にした視点創出のために,ますます牧野繊維に限定されていく結果になった のである ②. 経営規模の問題もまったく触れられなかった。. ③. 特約生産取引は社長談話の重要な問題だ桝こ,仲買人制度との対比までも含めて取. り上げられ,優良原料供給体制の中核として把握された。しかし,残念ながら,これが養 蚕農家の経済・経常,日本農業の発達や農業と工業との二重構造等にいかなるかげを落し ているものかについてほ触れられなかった。平沢の農家に着目しようという発想も,つい に顕在化しないまま終った。 ④. 企業系列の問題もまったく触れられなかった。. 以上の考察でわかる.ように,子どもたちの追究視点の転換ほ,非常に弁証法的過程を通 るのであるが,. 「何か+が欠けたところから,かなり重要な要因が欠落してしまったよう. である。その結果,社長のみが偶像化され,資本主義的生産の法則性認識についてほ致命 的な欠陥を残す結果となったようである。 5. 抵抗としての教材と追究. (1)資料の教材的機能と視点の転換の限界. 資料りほ教師の意図からいえば,小野の見解を裏づけるものであったので,これはわた くしのカテゴ.)-でい桝ゴ,まさに資料ということなのである.ところが,この資料は, 学習過程からいえば教材的機能をもったということができる。 わたくしほ,子どもの視点の転換をはかるもの,つまりそれを考察することによって新 たな視点を生み出せるもの,それだ桝こ学習の目標を新たに創造する可能性をもつもの,. 逆に教師のがわからいえば,あらかじめ設定した指導目標を超えたところに子どもの思考 を発展させうるもの,要するに,それ自身に複数の重層的な目標指向性を内在させている ものこそ,もっとも教材性が豊かだと考えているのである。本授業でほ,転換前の視点構. 造ほ,この資料を介して明かに否定的な構造転換卑なしとげている。しかし,それにもか かわらず,転換された視点ほ,追究する問題に対して十分に科学的(問題の本質により的 確にアプローチしうるよう)な視点とはなっていない。 それでは,いかなる理由によって,この視点構造の転換が不十分に終ったのであろうか。 新たな視点の創出という,教材のもつもっとも本質的な機能を果しえなかったのであろう か。. ①. 第一に考えられることほ,資料りが教師の厳密な指導意図の限定を受けて作成され. たものだということである。すでに触れたように,それほ子どもの追究を寄宿舎建設に示 された社長の経営感覚との関係で指導していこうとするものであった。しかしこの限定ほ, 実際の指導の場でほ実に見事に後退せられ,少なくとも子どもたちを直接統制する形には なっていない。このことほ,指導者の早野説の否定をとおして小野説の立証へ進もうとす る意図,岡部の間違っていたという発言,資料の読みに道徳的晃加的オリエンテーション があったことなどによって立証できる。したがって,視点創造の不十分さの理由が,この.
(22) 44. 山. 田. 勉. 点にあったとほ言い切れない。 ②. 次に考えられることほ,第8分節のゆきづまりにあらわれた集団思考構造が教師に. 正しく認識されていなかったということである。. (A),. (B)の内容を検討するということよ. し,結局(B)対(非B)という対立をもたらし, り,. (ち), (C)の関係を三者鼎立と. (B)の否定に走る結果となってしまったのである。これは(B)の内容を豊かにす. るよりも対立のための対立ということを招き,討論を不毛にする。 ③. 資料りは結局(A). (C)を否定して小野説と直接的に結合し,その立証資料とし. ての機台巨を果すことに終始した。そして,この傾向を一段と促進させたものが資料りの内 容そのものであった。. まず,この学級の子どもたちばかりでなく,地域全体が牧野社長に人格や能力の面で尊 敬の念をもち,社長の発想,発言,行動は地域社会の人々に少なからず影響を与えていた ことを忘れてほならない。この敬愛の対象である社長の談話が子どもたちに疑惑と疑問を いだかせるのほ困難である。むしろ逆に,社長の思想と行動から多くの教訓を見出すのが 地域の常識とするならば,社長談話のなかでもその信念を端的に吐露する最後の2行に子 どもの閑JLが集中するのほ至極当然といわなければならないoみずから求めて帰依する・[J 情が子どもたちの動きのなかに認められるのもそれだけの背景をもつゆえであろう。そし て,この2行ほ,社長の経済・社会の予測と経営感覚や経営方針の的確性を端的に表現し たものであり,小野説の格好の裏づけとなったわけである。したがって,早野説の否定は むしろ後になってなされるのである。資料の内容が,資料提出の際の思慮深い教育的配慮 を消し去ってしまったのである。. 以上の考察で明確になったように,資料りは小野とは直接的関係をもち,早野,清水と ほ関係のうすい,いわば間接的な関係をもったということができる。下の図でいえば,質 BP上のかなりBに寄ったところに位置していたと 料りは三角形ABCの中心にほなく, いうことができる。. さて,それでほ,この資料から最後の2行を除外したものを資料として子どもに提示し たらどうなるであろうか。. その資料にほ①100%アメリカに輸出したこと,. ②足柄上,中,下郡の農家とまゆ. の直接取引をしたこと, ⑧ まゆの委託生産と④養蚕の巡回指導をしたことしか述べら れていないことになる。それほ牧野繊維の輸出先とまゆの購入確保の対策という事実を客 観的に示しているにすぎなくなる。 次にこの端的な事実に接した子どもたちの予想される. β. 対応を考えてみよう。需給関係の視点から考えてきた子. I. どもたちほ,そこにアメリカ-の輸出ということを除い. I 1 1 1. て,何等手がかりになることが示されていないことを発 見してまずとまどうであろう。. ▲.. (A)ほ恐らく生産工程 //. にかなりの手間をかけていたことを発見するであろう。 しかL,その手間とまゆの供給体制とのかかわりについ. pー、、. /. A. C.
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