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源師房「初冬扈従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中)

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(1)

源師房﹁初冬半挿行幸、遊覧大井河。応当和歌﹂再転︵中︶

>Oo逐日①昌訂q8寓曽9日08−口。−寓。き守。。9、の..℃話貯88口δき勘Ω℃o①日Oo日℃o。。巴

ま雪げ巴ヨb巴巴きぎ白9匹昌αq守詳目窪ま夢Φ国目℃霞霞9巳霞。・国暮。弓品Φ≦霞①

早磐。=昌σq9。円。巨山9田く①=当国9二図白宣け①㌦一︵bり︶1

       鈴木 徳男

      北山 円正

 承保三︵一〇七六︶ の㈲㈲について行う。 年十月に、白河天皇が嵯峨野・大井河に行幸した時に催した歌会の序を注する。本稿では段落 (4) そ  ほうれんやうや   ゆ   りゅうきか  すす  さかひ とじやう ちか   ゆゑ しゃば  つひ  な   みち さんや  ふ  ゆゑ 

夫れ鳳輩漸くに揺れ、龍旗且つ進む。境は都城に近し、故に車馬の費え無く、路は山野を経、故に錐兎の遊び

あ    いは    てうくわん  こし  とど    くわせん  ひつ  うつ       せいたい  すな  しば      きせき  しうしよ   し     に      こうえふ

有り。況むや調舘に輿を警め、華船に躍を移すをや。青苔の沙に睡るは、綺席を洲渚に轟くに似たり、紅葉の

みつ  そそ     ばいきん  かうは  あら    ごと   しかのみならずはじ   じゃうげん さかのぼ   はんぜん     のち    かりう  そ    ようよ

水に潟ぐは、貝錦を江波に濯ふが如し。加以初めは語源を回りて迂然たり、後には下流に沿ひて容与たり。

きがん  そ   すうしう あふ    ろくめいれいりん きよくひたた  じんらい さを    げきたんもてあそ   ぎょくわくわんじん  ひ  か 奇巌に傍ひて崇舳を仰げば、鹿鳴墨摺の曲に混け、瀬瀬に悼さして激滞を翫べば、漁火官人の燈に代はる。  大井河への行幸が始まる。途上での狩や現地での舟遊・奏楽、そして変わって行く遊覧の場の景色を進行とともに 描いている。天皇が出遊の希望を関白左大臣藤原師実に語っていた時の、﹁荒目﹂に向かうのではないかという不安 三三

(2)

源師房「初冬雇従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中)

      三四

は、ここでは払拭されている。﹁夫﹂は、発語の助字。﹃文語解﹄︵巻之四︶には、﹁語端辞ト注ス篇首ノ発語二用ユ⋮⋮ 篇中二一段端ヲアラタムル時コノ字ヲ用ユ﹂とある。     スクヒ  ○夫抵二民於沈溺↓奉・至尊之休徳・︵﹃文選﹄巻四十四、司馬長卿﹁二二蜀父老一﹂︶      ○夫和歌者、託二其根於心地︵発・・其花於詞林・者也︵﹃本朝文粋﹄巻十一、紀淑望﹁古今和歌序﹂︶ ﹁鳳輩﹂は、天子の乗る車。その屋根に鳳鳳の飾りがある。          〇四五老僧迎二二賛、久除・有結・意心骨︵﹃文華秀麗集﹄巻中、淳和天皇﹁属従梵釈寺っ応レ製﹂︶          マサニ  ○早態宴二方欲レ幸、可レ憐浦佐押・・恩情・︵﹃本朝麗藻﹄巻上、藤原伊周﹁暮春侍・・宴左丞相東三条第︽同賦・度レ水   落花舞の応レ製詩﹂。﹃新撰朗詠集﹄巻下・帝王︶ ﹁龍旗﹂は、龍を描いた旗。天子の存在や威厳を示す。          ○順二時服一而設レ副、青龍族而繁縷︵﹃文選﹄巻三、張平子﹁東京賦﹂。醇綜注﹁龍龍駕、交龍為レ族也﹂。李善注   ﹁毛詩日、龍旗陽陽﹂︶          ○平楽枝一重披二半材一之者惟少、尊閤兼レ之、侃.鵠印一而挙.龍旗一之者亦稀、相府兼レ之︵﹃本朝続文粋﹄手並、藤   原明衡﹁冬日陪二内相府書閣↓同賦落葉浮湖水っ応レ教子﹂序。﹃詩序集﹄下︶ 以上の二句は、天皇の車やその一行が大井河へ向かう途上の様子を描いている。  ﹁境﹂は、場所、地域。大井河の流域や嵯峨野一帯。﹁都城﹂は、都、京城。         ○及下其抗二至上国内与レ晋争等長、都城屠於勾践.︵﹃文選﹄巻四十四、陳孔璋﹁橡・呉将校部曲.文﹂︶          ○都城台南、有二一廟宇・︵﹃本朝続文粋﹄巻八、藤原子嚢﹁春陪二吉祥院聖廟↓露里.・・桜花残・古社・詩﹂序︶          ○境近二都門︵往来未レ過・一里之際馬銭如・・仙洞︵煙霞猶残..三春之光一︵﹃扶桑古文集﹄、藤原令息﹁暮春於・・城南別   業ハ同賦二仙家春未レ尽詩﹂序︶

(3)

鈴木 徳男・北山 円正 ﹁境近.都城・﹂とあるように、遊覧する嵯峨野・大井河のあたりは、都の近郊である。        ハドヤ      の  り  ○何処秋情不レ可レ涯、嵯峨暖野近.京華一︵﹃江膳部集﹄巻上、﹁嵯峨野秋望﹂︶ ﹁車馬諸費﹂は、車や馬を用いるために要する経費。近郊への出遊であるので、あまり費用はかさまないと言う。こ の一句と対をなす﹁故有二錐兎之遊﹂の直接の典拠は、        ツカレシメ    の    ソコナヒ        ○若ド夫終日馳騎、労レ神苦レ形、罷・車馬盗用↓抗二士卒前置馬長.府庫之財︽而無二徳厚零話↓務在二独楽↓不レ       ヨラ   顧・.衆庶︽忘.・国家之政︽上中雑沓総身b則仁者不レ縣也︵﹃文選﹄亡八、司馬長卿﹁上林賦﹂︶ であり、このほかには、行幸を止めて莫大な支出を抑えた天子を称える、﹁新楽府﹂の、        じ        〇六宮従分百司備。八十一車千萬騎、朝有二塵事一暮有レ賜。中人之置数百家、未レ足レ充−君一日費一︵﹃白氏文集﹄巻   四・OH蔭α、﹁騒宮高﹂︶

も、語句の重なりからすると念頭にあったであろう。﹁路経一山野﹂は、大井河への道は山や野原を通るというこ

と。﹁錐兎﹂は、キジとウサギ。         〇十月鷹出レ籠、草枯雑兎肥︵﹃白氏文集﹄巻一・OOG。㊤、﹁放レ鷹詩﹂︶          ○緑耳馳レ蹄、駆・蘂鹿・雷雨レ血、青骸在レ腎、逐二言兎一而風レ毛︵﹃本朝続文旦﹄巻十二、藤原敦光﹁白河法皇八幡   一切経供養願文﹂︶ ﹁錐兎之遊﹂は、狩猟。ここは右の﹁上林賦﹂に基づく。山野を経て行くので、狩を兼ねられると述べている。別途 猟をするのではないため、それだけ費用を掛けずにすむことになる。近隣への遊覧であれば出費を抑えられると言う のとともに、白河天皇が危惧した﹁明楽﹂には、実際に陥っていないことを説明したことにもなる。

 ﹁況乎﹂は、まして⋮⋮の場合はなおさらだ。直前の四句を承けて、この場合でも経費節減しているのであるか

ら、次の場合は言うまでもなく奢修に向かわず節約しているのだと述べている。

       三五

(4)

源師房「初冬雇従行幸、遊覧大井河。応製和歌ゴ序注(中) 三六      む  ○況乎代レ主制レ命、自レ下財レ物者哉︵﹃文選﹄巻四十六、陸士衡﹁豪士賦序﹂︶         ○況乎匡衡以支章一奉レ公之功、於−当時.異−他人・ ︵﹃本朝文粋﹄巻六、大江匡衡﹁請卜特蒙・夫恩へ依・・尾張国所レ   済功井侍読労↓被去拝美濃守閾・状﹂︶ ﹁珊舘﹂は、装飾を施した建物。用例未見。﹁珊﹂は、玉を研く、彫る、飾る。﹃象隷萬象名義﹄︵第一︶には、﹁離 也、彫也﹂とある。用例未見。﹁輿﹂は、天子の乗る車。観心院本﹃類聚名義抄﹄︵里中︶の訓に﹁コシ、ミコシ、コ シグルマ﹂がある。﹁駐レ輿﹂は、車をとどめること、天皇が滞在すること。         ハタ  ○廻レ輿駐レ牢、嶽鎮淵淳︵﹃文選﹄巻四十六、王元長﹁三月三日曲水詩序﹂︶       ム    ○忽看烏狂必三明影、暫駐鶯輿一日躍︵﹃新撰朗詠集﹄巻下・帝王、後冷泉院﹁宇治行幸詩﹂︶ ﹁華船﹂は、美しく飾った船。         ○水駅路穿二身店月↓花船悼入・女湖春・︵﹃白房文集﹄巻五十七・b。刈Q。刈、﹁送.二型郎中赴任蘇州・﹂。﹃千載佳句﹄下・   水行、﹃和漢朗詠集﹄巻下・水︶          ○脂二金車一分過二郊野之路↓樟−華船.分量−蔵葦之叢・︵﹃本朝続文粋﹄叢書、聖経信﹁春日住吉行旅述懐。応−太上   皇製一和歌﹂序︶ ﹁鐸﹂は、道行く人の足を止めて貴人の行列を通すこと。﹃築隷萬象名義﹄︵第二︶に﹁止レ行也﹂とある。ここは天子 の車の意に取るべきであろう。﹁移レ踵﹂は、天子の車を移動する意。ここでは天皇が船遊びすること。         ○暫八二震居↓便世一感温・︵﹃本朝続文粋﹄巻九、藤原義忠﹁暮春侍レ宴、菩薩・花樹邊・池岸っ応レ堺市﹂序︶ ﹁況乎﹂以下は、天皇が﹁調書﹂や﹁華船﹂にいるのについても、乗り物と遊猟の場合と同様、無駄のないように勉 めているのはもちろんであると、この行幸の姿勢を重ねて強調している。  ﹁青苔﹂は、青々とした苔。以下四句は大井河の風景を描いている。﹁青苔﹂と下句あとの﹁紅葉﹂とが対をなす例

(5)

鈴木 徳男・北山 円正 は次のとおり。     ム      ヒ  ○鳥栖紅葉樹、月照青苔地︵﹃白氏文集﹄巻十四・O誤卜⊃、﹁秋思﹂︶       ム      つ     ○踏.紅葉・而尋レ蓬、占−青苔・而昇レ階︵﹃本朝国粋﹄巻上、源英明﹁冬日遊円城寺上方.﹂詩序︶       ム  ム       じ     ○白霧籠レ山紅葉尽、蒼波洗レ岸青苔寒︵﹃本朝無題詩﹄巻五、藤原忠通﹁冬蔦言レ志﹂︶ ﹁纈レ沙﹂は、砂の上に絞り染めをする。そのように川辺の砂に苔が生えている。        ○黄爽纈林寒有レ葉、碧瑠璃水閣無レ風︵﹃白房文集﹄巻五十四・卜。駐G。、﹁迂・太湖.書レ事、寄二重之一﹂。﹃千載佳句﹄   上・初冬、﹃和漢朗詠集﹄巻上・紅葉︶          ○乍諺管投レ地、那知纈曝レ場︵﹃田氏家集﹄巻之下、﹁禁中盟麦花詩三十韻﹂︶  O纈レ地晴煙沙草獺、随レ風春雪論叢零︵﹃本朝無題詩﹄巻四、藤原明衡﹁暮春即事﹂︶        ホ    ホ 次の句は、底本には﹁施−綺席於洲十一﹂とある。対をなす﹁如レ濯・・貝錦於江波﹂と並べてみると、﹁如﹂に相当する 一字がない。欠字となっているこの箇所を、︵版︶の﹁似﹂で補った。﹁綺席﹂は、あや絹の敷物、美しく飾った敷 物。﹁綺﹂は、﹃新撰軽挙﹄︵巻四︶に﹁堂島、二心。阿也﹂とある。﹁青苔﹂が生えているのを敷物に見立てた。         ○膏鎗絶・沈僚︽綺転生・・浮上・︵﹃文選﹄巻三十一、江文通﹁雑体詩三十首﹂ノ﹁休上人 怨レ別﹂。拝芝注﹁西京雑   記、郡陽酒賦日、納綺為レ席、犀壕為レ鎮﹂︶         ○漢旧儀日、祭天、紫檀紺席、六采綺席。祭嶽、白菅席︵﹃初学記﹄巻二十五・席︶         ○綺席已媛、碧窓欲レ明︵﹃本朝文粋﹄巻八、紀型名﹁三月尽、同賦・・林豊春已降︽各分−一字ゆ応レ教﹂詩序︶ ﹁洲渚﹂は、川の中の島、中洲。          ○島懊綿遡、洲渚凋隆︵﹃文選﹄巻五、左二戸﹁呉都門﹂。劉淵林注﹁水中可レ居日レ洲、小腰日レ渚﹂︶            ○終日踏.洲渚之沙馬無レ由レ過二野田之草一︵﹃紀家集﹄巻十四、﹁昌泰元年歳次.戊午・十月廿日競年記﹂︶ 三七

(6)

源師房「初冬唇従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中) 三八          ○望二海上之飛帆︽翫二洲上之群鶴・︵﹃本朝無題詩﹄巻二、藤原忠通﹁詠二画障・詩六韻﹂詞書︶ この二二のように﹁苔﹂が生えているのを﹁席﹂を敷いていると描く例は、しばしば見られる。﹃文鳳抄﹄︵十八・        苔︶には、﹁煙⋮⋮席、菌⋮⋮皆以・二字・有・苔意・﹂とある。         ○鄭荒収二酒慢↓屋古布・苔菌一︵盛唐顧況﹁送・友失意南帰﹂︶           ○夜深二苔席一松月眠、出レ洞孤雲到・枕辺・︵﹃経国集﹄七十四、嵯峨上皇﹁青山歌﹂︶         ○休二世夢↓断二塵縁ゆ苺苔唯展坐禅錘︵﹃本朝文粋﹄巻一、紀長谷雄﹁山家秋歌﹂ノ三︶         ○燈明送レ夜窓間月、座席経レ年砺下苔︵﹃本朝無題詩﹄巻十、藤原明衡﹁春日遊・雲林院西洞・﹂︶ この見立てについては、竹下豊﹁﹃堀河百首﹄の﹁苔﹂題の歌をめぐって﹂︵﹁女子大文学 国文篇﹂第五十六号︶参 照。        ホ    ホ  次の二句﹁紅葉潟レ水、如レ濯・貝錦於江波﹂に類似した表現には、          ○或流為二蜀江、紅葉浮而濯レ錦、或潟為・・享年馬黄菊聖断沈レ金︵﹃本朝文粋﹄巻十、慶滋保胤﹁冬日於・.極楽寺禅   房↓同賦二落葉声如レ雨﹂詩序︶ がある。﹁潟﹂は、水などを流しかける。ここは﹁紅葉﹂が水面に降りそそぐのであって珍しい例と言えよう。ただ       ム     じ 保胤の詩序は菊花の場合であり、﹃扶桑古文集﹄に引く歌題﹁夏日詠二藤花潟レ水和歌﹂︵大江家国︶のように藤の花 について言うこともある。国史大系の本文︵底本は内閣文庫本︶は﹁浮﹂とし、頭注に﹁浮、原作潟、名号活餌﹂と 校訂の理由を述べている。保胤の詩序﹁漂流為.蜀江︽紅葉浮而濯レ錦﹂に基づけば、﹁浮﹂とあってもよいが、右に 挙げた例があるのであえて底本を改める必要はないだろう。邑智院本﹃類聚名義抄﹄︵法上︶には、﹁ソ・ク﹂の訓が    ホ  ネ      ホ ある。﹁濯年強﹂を、底本は﹁貝濯錦﹂に作る。これでは意味をなさないので、︵版︶によって改めた。﹁濯﹂は、あ らう、すすぐ。﹃笈台密象名義﹄︵第五︶には、﹁洗﹂、﹃新撰字鏡﹄︵巻六︶には、﹁條也⋮洗レ足也⋮酔也﹂とある。

(7)

鈴木 徳男 北山 円正        ハ       リ   ム  ○吹・入江中.如レ濯レ錦、乱−飛機上・奪・文紗 ︵﹃文華秀麗集﹄巻下、藤原冬嗣﹁奉レ和・.一陽十詠.二首﹂ノ﹁河陽   花﹂︶       ム  の   ム  ○如レ遇・・呉娃需レ汗血へ似レ看・蜀錦濯レ江戸.︵﹃菅家文草﹄巻斗、﹁早春侍・.朱雀院︽同素・春雨洗P花。応・太皇   製﹂︶ ホ       ホ    ネ ﹁貝錦﹂は、貝殻の錦のように美しい模様。﹁如レ濯自一盛於江波.﹂は、次の﹁蜀罰俸﹂に基づく。

    ムムムハ

 ○貝糠穂成、要語江波・︵﹃文選﹄巻四、左太沖﹁劇評賦﹂。劉淵林注﹁古畳錦文也。諜減益皆野云、成都織レ錦既   成、濯於江水馬其文分明、勝於初手馬軍水斧始、不レ如・.産霊・也﹂。李群群﹁毛詩日、其分平分、成二是貝錦・   也﹂。五臣注﹁貝錦織文也﹂︶  O月花遍臨、似レ螢驚鏡於廻塘庫裏↓三葉妾散、如レ裁貝錦於揖枝之間.︵﹃詩序集﹄下、藤原明笛﹁秋日侍右相   府書閣へ同賦林池秋色多っ応レ教﹂︶ ﹁江波﹂は、河に立つ波。     の の       モチヰ  ○馬伎江波・寄二辞貞不レ須三夏恨報二微之一︵﹃白氏文集﹄巻五十三・卜。G。α①、﹁重寄別・微之﹂︶       の  ○漁人悼而高歌、江波氷潔、搾昔噺野並レ惑、野草霜深︵﹃本朝文粋﹄巻八、紀監置﹁仲秋陪中書大王書閣“同賦−   望レ月遠情多っ応レ教﹂詩序︶ この二句のように﹁紅葉﹂を﹁錦﹂と見立てる表現は、中国の詩文にないように言われることがあるが、盛唐杜甫に は、         ム        ○江上亦秋色⋮⋮巫山猶錦樹︵﹁復愁十二首﹂ノ十︶          ○霜凋・碧樹・待−錦樹︽萬墾東逝無二停留一︵﹁錦樹行﹂︶ とある。日本では、

      三九

(8)

源師房「初冬雇従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中) 四〇        の  ○天紙風筆画二量云鶴︽山機霜仔織.葉錦・︵﹃手風藻﹄、大津皇子﹁述レ志﹂︶          ○秋過二其道一者、千樹錦葉︵﹃常陸国風土記﹄・香島郡︶ などと古くから例があり、平安時代に入ってからも多数現れる。         ○秋錦開レ林、遊人不レ倦︵﹃性霊集﹄巻二、﹁大和州益田池碑銘﹂序︶  ○雁飛二碧落一書二青紙ハ隼撃・・霜林・破・・錦機・︵﹃田氏家集﹄巻之中、﹁秋暮傍山行﹂︶        ム     ○孤立如レ逢表レ錦客臣四分疑−伴.散レ花僧・︵﹃菅家後集﹄、﹁冬日感二庭前紅葉馬示・秀才淳茂.﹂︶         ○野樹班班紅錦装、惜来爽候欲レ閾光︵﹃新撰万葉集﹄巻上・秋歌︶ やがてこの見立ては、和歌において、         Oひぐらしに秋の野山をわけ来れば心にもあらぬ錦をぞ着る︵﹃寛平御時夜宮歌合﹄秋歌・左・八四、﹃新撰万葉

  集﹄巻上・秋歌・一一こ

     ム       の  ○竜田川紅葉乱れて流るめり渡らば錦中やたえなむ︵﹃古今集﹄重患・秋下・二八三︶ と、﹃古今集﹄以後頻繁に用いるようになる。この見立てについては、本間洋一﹁王朝漢詩の表現世界  王朝詩と白 詩と一﹂︵﹃王朝漢文学表現論考﹄所収︶・鈴木宏子﹁︿紅葉と錦の見立て﹀考1一和歌と漢詩文の間﹂︵﹃古今和歌集表 現論﹄所収︶参照。﹁青苔纈レ沙﹂以下の四句は、﹁聖堂﹂に生えた﹁青苔﹂を敷物と、﹁江波﹂に注ぐ﹁紅葉﹂を錦と 見立てることによって、無駄な出費をしなくてもこと足りていると述べている。  ﹁加以﹂は、その上、それに加えて、ひきつづいて。釈大典﹃文語解﹄︵巻之二︶には、﹁加マタ クハユルノ義ヨリ        テ    ニ       ニタ 転ス。又ノ字二半テ又ヨリ重ク又ヨリ狭シ・⋮−加之・出羽ト用ルコト多シ⋮・−当・此之時︽宮号.儲主︽董賢拠重加以・

     ヲヲクダスヲスル

傅氏有界之援︿王葬伝﹀。獲・師傅之教浅、加以レ少レ所.・聞見入宣元六町伝﹀﹂とある。﹃類聚名義抄﹄︵僧上︶の訓に は、﹁シカノミナラス﹂がある。﹁況乎﹂以下の六句を承けてなおも述べるのは、この行幸の節約についてである。直

(9)

鈴木 徳男・北山 円正 前の四句につづけて、さらに船の中から見た大井河周辺の景色や遊びの模様を描いている。      ニシテ   ケハシク         し       シ  ○河流遍疾、道阻 前堂。加以伊王胤蕪、津塗真上︵﹃文選﹄巻三十八、傅季友﹁為・宋公’至.洛陽.謁五陵一表﹂︶      の  ○加以物色相当、姻監置.奔命之場ハ山水助レ仁、風月無..息肩之地・︵﹃懐黒藻﹄、下毛野虫麻呂﹁秋日於町長王宅︽   宴.薪羅客﹂序︶ ﹁派﹂は、さかのぼる。湖に同じ。﹃象十七象名義﹄︵第五︶には、﹁逆レ流上﹂とある。底本は﹁サカノホテ﹂を傍記 している。        ツゲ        ○憤.西夏・以鞠レ旅、泳−秦川一而挙レ旗︵﹃文選﹄巻六十、陸士衡﹁弔・魏二黒・文﹂︶       ご    ム  ○興野入意・押不レ去、或源或沿与レ波遊︵﹃文華秀麗集﹄巻下、朝野鹿取﹁奉レ和.河陽平詠・二首﹂ノ﹁水上鴎﹂︶ ﹁上源﹂は、上流。         ○阿膠在・・末派馬岡象游上源・︵中唐元積﹁奏神﹂︶ ﹁渣然﹂は、舟の浮かぶさま、ゆったりと浮かび漂うさま。         ○滝然独遊遡然坐、坐念行心二二古今一︵﹃白氏文集﹄巻六十三・。。OG。駅、﹁池上作﹂︶         ○蔑笙薦盧宇治川、迂露髄憶古神仙︵﹃本朝麗藻﹄巻下、藤原伊周﹁与・諸文理内迂・船影宇治川︽至福積書﹂︶      り  ○迂然不レ尽舟中興、此処帰欺及・下春一︵﹃本朝無題詩﹄巻筆、書軸禅﹁冬日宇治別業即事﹂︶ ﹁沿﹂は、流れに従う、流れに従って下る。﹃好情萬象名義﹄︵第五︶に、﹁従レ流而下﹂とある。例は、﹁源﹂で引いた       ホ  ネ ﹃文華秀麗集﹄参照。﹁容与﹂は、ゆったりとしたさま、悠然とした状態。底本が﹁客輿﹂に作るのを、︵蓬︶︵版︶に よって改めた。天皇たちはのんびりした船遊びをしている。    の       トドマリテ       ハ  ○船容与而不レ進分、滝− 回水一而疑滞︵﹃文選﹄巻三十三、業平﹁九章﹂ノ﹁渉江﹂。五臣注﹁容与徐動見﹂︶          ○舞袖瓢翻樟容与、忽疑身是夢中遊︵﹃白白文集﹄巻五十八・鱒。。刈Q。、﹁府中優賞﹂︶ 四一

(10)

源師房「初冬属従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中)

      四二

        ○王船組分未レ出、春樟容二与沙減上間︽孫黒垂分猶眠、暁夢券.一芳書秩之下一︵﹃新撰朗詠集﹄巻上・花、紀流下   ﹁入レ夜花如レ雪﹂︶  ﹁奇巌﹂は、珍しい形の石、風情のある岩石。この一句は川の近くの光景を描いている。         ○奇巌怪石之千幽居形、霊跡異草之大隠無名︵﹃本朝文無﹄巻十、高潮保胤﹁冬日於・極楽寺禅房︽同心落葉声如レ   雨﹂詩序︶  ○嶋中贋.生花樹芳草↓岸辺双・立貞松奇巌・︵﹃扶桑古文集﹄、大江千里﹁三月三日、吏部王池亭会﹂和歌序︶          ○春尋二幽寺一上.山嶺ハ満レ眼奇巌与・噴泉・︵﹃本朝無題詩﹄笹飴、源経書﹁遊長楽寺﹂︶  ﹁崇舳﹂は、高い峰。        ハ  ○臨二溶墾一而怨レ遙、登・崇舳・而傷レ遠︵﹃文選﹄巻十三、謝半身﹁月賦﹂。五臣注﹁崇高也﹂︶

 ホ

﹁鹿鳴﹂は、鹿の鳴くこと、鹿の鳴き声。底本が﹁鹿嶋﹂に作るのを、︵版︶によって改めた。       ヨモギ  ○拗拗鹿鳴、食二野之華一︵﹃毛詩﹄小雅・鹿鳴之什・鹿鳴︶           ○暁露鹿鳴花始発、百般禁折一枝情︵﹃新撰万葉集﹄巻上・秋歌。﹃和漢朗詠集﹄巻上・萩︶         ○晩霞影壁、漫埋.由レ唐草猿叫︽暁雨声冷、暗洗・在レ林之鹿鳴一︵﹃本朝文粋﹄巻十、高丘相如﹁初冬於・長楽寺︽   同賦二落葉山中路こ詩序︶ また、延暦十七︵七九八︶年八月十三日の遊猟後の宴で、桓武天皇が鹿の鳴き声を聞くまでは帰るまいと歌うと、た ちまち鹿が鳴いたという次の逸話が想起される。  ○庚寅、遊二猟於北野っ便御.伊予親王山荘へ飲酒高会。干レ時日暮、天皇累日、       む       の     けさの朝げ鳴くちふ鹿のその声を聞かずは行かじ夜はふけぬとも  スナハチ     登時鹿鳴、上欣然。令・・群臣和レ之。冒レ夜乃帰︵﹃類聚国史﹄巻三十二・天皇遊猟︶

(11)

鈴木 徳男 北山 円正 ﹁混﹂は、まじる、一つになる。﹃類聚名義抄﹄︵法上︶には、﹁ヒタ・ケテ﹂の訓がある。        マジハル  ○斉竿混−紹夏ハ燕石邸一跨狼一︵﹃白毫文集﹄巻十五・OQ。O“、﹁潤村退去、寄礼部崔侍郎・翰林銭舎人・詩一図   韻﹂︶       ○便混商風・添二六韻ハ遙辞朔土.入・華声・︵﹃新撰朗詠集﹄巻上・雁、源時綱﹁雨声遠和レ琴﹂︶       かいこく ﹁伶倫﹂は、黄帝の臣下で、解谷の竹を切って吹き楽律を製した人。ここでは楽人の意。  ○呂氏春秋日、昔黄帝命伶侮﹁為レ律。伶倫自大夏之西、古寺工員︵取二重之解谷︽断:両節間︵長六寸九分而吹   之、為二黄鍾之宮っ律之本也︵﹃芸文類聚﹄巻八十九・竹︶        り  ○別命二伶倫︽整正理音楽︽兼令舞人尽・・其妙曲・︵﹃本朝文部﹄二十三、大江維時﹁村上天皇、供・養雲林院御塔一願   文﹂︶          ○整二半倫於龍舟︽自調・春波之妙曲へ択.墨客於鳳筆︽皆螢.夜月之明文・︵﹃江吏帯磁﹄巻下、﹁暮春侍二宴左丞相東   三條第内同賦−渡レ水落花舞っ応レ製﹂詩序。﹃本朝貞門﹄巻上。﹃本朝文粋﹄巻十︶ 鹿の鳴き声が、天皇に随行した楽人の奏でる音色と混じり合って聞こえてきたのである。﹁悼﹂は、樟で水底を突い て船を進める、船をこぎ進めること。  ○策.細馬・而観覧、悼軽舟一面迂遊︵﹃本朝文粋﹄巻十↓、源道済﹁初冬迂・・大井河馬詠二紅葉薦花一和歌序﹂︶  ○策.緑耳・而望−山村︽則林風之声薫策、命・黄頭・而悼瘤牛へ裏漏煙之色砂荘︵﹃本朝続文粋﹄巻筆、藤原激成   ﹁初冬於・大井河︽翫二紅葉・和謁﹂序︶ ﹁迅瀬﹂は、流れの速い川、早瀬。        ハ   の  ○松低老葉一危巌下、水噴.塩花一迅瀬間︵﹃菅家文草﹄巻三、﹁全巻勧.諸僚友馬共蓋二南山.﹂︶         ○和風扇分粧血止、二瀬咽号影不レ閑︵﹃本朝文粋﹄巻十、源順﹁暮春於二浄曲梨洞房︽同型二花光水上浮・﹂詩序︶

      四三

(12)

源師房「初冬屋従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中) 四四         ○始則蟻.・烏鷺・而源・迅瀬︽糸竹緩調、後亦騰.完載一翠蓋・寒郊馬面弾器従︵﹃扶桑古文集﹄、慶滋為政﹁秋日臨.大   井河ハ紅葉迂レ水。応レ令歌﹂序︶ ﹁激滞﹂は、川の速い流れ、急流、早瀬。川に船を漕ぎ出し、急流を楽しんでいる。          ○交渠引レ漕、激滞生レ風︵﹃文選﹄巻十、播安仁﹁西征賦﹂︶          ○或鋪為一慢流ハ或激為・・奔濡・︵﹃白骨文集﹄巻六・Ob。忠、﹁遊・悟真寺・詩、一百三十韻﹂︶ ﹁漁火﹂は、いさり火。夜になって川で漁が始まった。          ○窺二潜魚一以漁火畳、逐・帰鳥・以釣帆孤︵﹃菅家文台﹄巻七、﹁秋湖賦﹂。﹃本朝文粋﹄巻一︶         ○虻漏漸転、豊洲之漁火焼レ波、鴛意欲レ帰、松門之騙驕動レ駕︵﹃本朝続文粋﹄巻八、大江興国﹁暮秋陪・大長秋員   外藤相公城南別業一即事。応レ教詩﹂序︶ ﹁官人﹂は、役人。白河天皇の供をしている朝廷の役人たち。﹁漁火代官人角燈己は、漁船の焚く火が、﹁官人﹂た ちの点す燈火の代わりになったということ。          ○代レ火輝・書蒙↓逐レ風廻二洛浜一︵﹃懐風藻﹄、文武天皇﹁詠レ雪﹂︶         ○山雲続レ舎応レ簑レ慢、澗月臨レ吊出レ代レ燈︵﹃本朝麗藻﹄巻下、藤原為時﹁題・玉井山骨.﹂︶  ﹁加以﹂以下の六句目、船遊びにおける奏楽では鹿の鳴き声が加わり、夜に入って漁り火が自分たちの燈火となっ ていると、ここでも節減しても興趣があるのだと強調している。音楽・燈火どちらについても、新たに人を揃え道具 などを用意せずとも間に合ったことを言わんとしているのであろう。㈲の段落は、行幸の模様を順次描きながら、以 上のように一貫して冗費を省いていることを主張しているのである。吻において白河天皇が、陥るかもしれないと危 惧していた﹁荒楽﹂は、見事に回避されたのであった。

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鈴木 徳男・北山 円正 (5)  ︵現代語訳︶ さて帝の車は揺れながら向かい、帝の旗もまた進み行く。大井河のあたりは都から近いところにある、それで車 や馬に経費はかからない、道は山野を通るので、狩猟の遊びも併せてできた。言うまでもなく、装飾を施した建 物に天皇の輿を駐めたり、美しい船に天皇の乗り物を移す場合も同様なのである。青い苔が川辺の砂を絞り染め にしているのは、あや絹の敷物を川の中洲に敷いたかのようだ、紅葉が水面に降り注いでいるのは、錦の織物を 川の流れで洗うかのごとくである。河の風情はこれだけではない、初めは上流へ湖って船をゆったりと浮かべ、 後には下流へ向かってのんびりと漂ったりした。奇怪な岩に寄って高い峰を見上げると、鹿の鳴き声が楽人の奏 でる音曲と混じり合い、早瀬に船を漕ぎ出して急流を楽しんでいるうちに、漁り火が官人の点す燈火に代わって いたりするのである。 すで     くわうくわん  あ       な    おどろ     くわがい  うなが    かへ         さんらんしき     つ

既にして皇歓の猷くこと無きを驚かし、華蓋を促して帰らむとす。山嵐頻りに報げて、

こゑ  かすいひと    す     まなこ  み    もの  せんしう  いう  さんすい  かきやうまこと ゆゑあ 声、河水一たび清みて、眼に満つる者は千秋の色。山水の嘉既、誠に以有るかな。 みみ  い  もの  ばんざい 聞に入る者は万歳の  時が過ぎて都へ帰るように天皇を促すと、山河に瑞祥が現れたと述べて、聖代を讃美する。﹁既而﹂は、すでに、 そのうちに、かくして。﹃愚母示蒙﹄︵巻五︶には﹁ホドアツテト云フ意ナリ﹂、﹃助語審象﹄︵巻之中︶には﹁ソノコ トノアトデ外ノコトへ転ゼシナリ﹂とある。ことの進行に新たな展開があることを示す場合に用いる。遊覧も終わり を迎えたのである。       ヤミ  ○既而氣昏夜漱、景物澄廓︵﹃文選﹄巻十四、飽明遠﹁舞鶴賦﹂︶   の     ○既而玉爵飲酎、金鳥影面︵﹃本朝文墨﹄尊卑、紀島井﹁北堂漢書寛宴、詠レ史得−蘇武﹂詩序︶        四五

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源師房「初冬雇従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中〉 四六 ﹁皇歓﹂は、天子の喜び。        イタリ  つ  アマネク  O平楽備、百黒子、餌取挾、群臣酔、降・煙燈馬調・元気︵﹃文選﹄巻一、班孟堅﹁東都賦﹂。五臣子﹁言、天子之   歓霜及、群臣皆酔、和楽之気、感レ天而降・・煙燈.﹂︶        ○皇歓袋発、叡興自生︵﹃経国集﹄巻一、菅原清風﹁重陽節神泉苑、賦二十可レ哀。応レ制﹂︶        ロ     ○遂使下禎祥不レ休、能平.帝徳下意へ符応当レ信、牢固三皇歓之基卜︵﹃本朝野立﹄巻帯、大江匡衡﹁寿考﹂対策文︶ ﹁無レ獣﹂は、飽くことのない、満足することのない。﹁猷﹂は、﹃象隷萬象名義﹄︵第三︶に﹁飽食﹂とある。﹁厭﹂に 同じ。この一句は、まだ遊覧に飽きてはいない天皇に、帰る時であることを気付かせると述べる。        り  O得二九月二十日書︽読レ五境笑、両型無レ猷︵﹃文選﹄巻四十一、陳孔璋﹁為二曹洪・与−魏文旦・書﹂︶         ○梵語聞無レ厭、塵心伏不レ驚︵﹃文華秀麗集﹄言置、多治比清貞﹁遊北山寺﹂︶ ﹁華蓋﹂は、華必至。この星を天子の車に掛けるかさに見立てる。ここでは天皇の車の意。﹁促−華蓋﹂は、天皇の車 をせき立てる。帰りを急かす。        ハ      ノソトリテ  ○華軍学レ辰、天畢前駆︵﹃文選﹄巻舌、張平子﹁西京賦﹂。醇綜注﹁華蓋星覆北斗っ王者法而作レ之﹂。書套注﹁劉   歌遂初賦日、奉・華蓋於帝側﹂︶      じ  O華蓋何曾惜、金丹不レ致レ功︵﹃白氏文集﹄巻二十・蕊誤、﹁新秋病起﹂︶ ﹁山嵐﹂は、山に立ちこめる気。ここでは山に吹く激しい風。﹃経国集﹄︵巻十四︶滋野思議﹁奉レ和・漁歌・五首﹂ノ三        に、﹁砂巷囎、鮫浦吟、山嵐吹送出..引写﹂とある。その注である、小島憲之﹃国風暗黒時代の文学 壷皿﹄︵四一二 〇ページ︶参照。       こ     ○花落能紅復雄踏、山嵐子下萬條斜︵﹃文華秀麗集﹄巻下、嵯峨天皇﹁河陽十詠四首﹂ノ﹁一陽花﹂︶  ○夫海非..人力之所レ成、白塩尽分海岸遺レ体、山借地勢之自得、碧巌高分昨年風乾レ声︵﹃本朝文事﹄巻十、寺内﹁三

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鈴木 徳男・北山 円正        メダル   月三日、於.西宮池亭、同賦花開已匝レ樹。応レ教﹂詩序︶    ム       ム  ム  ム  ム       ぐ      ム  ム  ム  ム  ○臨池水.而森森、自添.・千秋之色︽迎山嵐・而颯颯、群動万歳之声・︵﹃扶桑古文集﹄、大江匡房﹁春日同詠・松契・   遽年ゆ応レ教和歌﹂序︶       の       つ 対をなす﹁入レ聞⋮⋮満レ眼﹂は、﹃本朝文粋﹄︵巻一︶紀斉名﹁落葉賦﹂の﹁績紛満レ眼、頻払.・窮翠之簾西散乱入レ 計、幾点二鴛鴛之瓦.﹂に拠る。﹁入レ聞﹂は、聞こえてくる、耳にはいる。       つ   じ      り  ○秋冷方知意欝陶、終夜入レ聴耳噌噌︵﹃法性寺殿御集﹄、﹁入レ聴秋方冷﹂︶ ﹁山嵐﹂が告げる﹁万歳之声﹂とは、漢の武帝が嵩高山に登った時、万歳の声が聞こえてきたという故事に基づく。 ﹃初学記﹄︵二五・嵩高山︶に、﹁続漢書云、漢皇帝礼登・中岳︵聞ド言・萬歳一声ヒ三。於レ是以二三百戸封馬奉祠。命日・ 嵩高邑﹂とある。また、﹃世俗諺文﹄︵上巻︶は、  ○山斗万歳 史記云、漢武豊、元封元年三月、東平・猴氏︷登礼・中言大室ゆ従官在.山下一業レ若レ有レ言・方歳っ上   間レ上上不レ言。問レ下下不レ言。於レ是以.一三百戸・封王室︽直営命日・・崇高邑っ漢書祀志云、帝幸二挙上画祀登−中   岳太室。従官在山上︵聞レ若レ有レ言一方歳一問レ上弓レ言、問レ下不レ言。三后・﹂祠官加.増大室つ と、典拠を詳しく記す。﹃延喜式﹄︵巻二十一・治部省︶は﹁祥瑞﹂︵大弓︶の一つに、﹁山称萬歳一﹂を挙げている。        の        ○帝制.九齢.難・吉夢︽山呼萬歳・是虚声︵﹃白氏文集﹄巻六十八・。。鼻α蔭、﹁開成大行皇帝挽歌詞四首﹂ノ四︶       ム     ム     ○山呼・.万歳・空薫レ識、爵号・・千秋・未レ足レ要︵﹃本朝麗藻﹄巻下、大江声言﹁夏日陪・於員外端サ塗薬ハ同語一泉伝.   じ  の      万歳声一詩﹂︶      ム      ム      り       の      

 ○鴨河東流、一清翠色浪漫、亀山西土、万歳之声風伝︵﹃本朝生粋﹄巻十一、藤原有国﹁讃法華経廿八品︸和歌

  序﹂︶  ○海茄虚舟之遊、波澄晶瀞之色へ射山崩展之跡、嵐鞭二浄藤む画一︵﹃朝野群載﹄巻三、﹁北辰祭文﹂︶

      四七

(16)

源師房「初冬雇従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中)        四八 右の﹁山嵐﹂の用例として引いた、七生の詩序と大江匡房の和歌序も参照。また和歌においても、同様の表現が見ら れる。  ○岸のくろ水色清う澄み、山の声高う呼ばふ︵﹃手盛集﹂一、﹁子日行幸奉.和歌・序﹂︶  ○   みの日のまみり音声、いはねやま   雲の上八百万代と呼ばふなりこれやいはねの山にはあるらん︵﹃江帥集﹄三七一、﹁風俗歌十首﹂ノ七︶ ﹁河水一清﹂は、千年に一度黄河の水が澄んで聖人が現れるという瑞祥を踏まえている。       マチテ       タダニ  ○天長地久歳不レ留、侯・河之清・内懐レ憂︵﹃文選﹄巻十五、張平子﹁思玄理﹂。李雪面﹁左評伝、子馴日、周諺有レ        じ   之、日、侯二河之清A人寿幾何。里預日、逸詩也。言、人寿促而河清遅也。京舞易伝日、河千年一清﹂。幸臣注           ﹁黄河千年一清、以喩二明時・也。言、天地長久、而人易レ老。明時如二河清難レ待、砥令・我懐レ愁也﹂︶    り  り  り  ○夫黄河清而聖人生、里社鳴子聖人出︵同説五十三、李平身﹁運命論﹂。李善注﹁易乾馨三日、聖人受レ命、瑞応先          見二於河田河水先導、清華レ白。白変レ赤、赤変レ黒、黒変レ黄。各三日﹂。五二注﹁黄河千年一清、清則聖人生一・於   時也﹂︶ ﹃世俗諺文﹄︵上巻︶には、         ○侯.・河之清・丹丘千年一焼、黄河千年一清。今案云、同趣也。出・・王子年拾遺記第一っ周易云、千年一篇人生則             黄河清。 とあり、このあと右の張平子﹁思堂上﹂李善注に引く、﹃春秋左男振﹄︵嚢公十八年︶がつづく。さらに、﹁黄河清而 聖人生﹂の項目があり、ここには右の李薫製﹁運命論﹂とその李善注を引用している。また、﹃延喜式﹄︵巻二十一・ 治部省︶でも、﹁祥瑞﹂︵大瑞︶の一つとして、﹁河水清﹂を挙げている。         ○河水難レ濁有一.清日↓鳥頭錐レ黒有.白時 ︵﹃白氏文集﹄巻十二・8㊤㊤、﹁潜別離﹂︶

(17)

鈴木 徳男・北山 円正       じ  の     ご  0山無一.蓄里馬春風山里・三無之声︵河有・定期馬秋水暗表二一清之色.︵﹃本朝続文粋﹄二四、大江匡房﹁復航第二   表﹂︶        ム       し   し  ○象岳之上、山立・三呼之嵐馬子川之江、水二二清之浪’︵同巻十二、大江匡房﹁子息等賀・左大臣七十算.﹂願文︶        ム         ム  ○水遇二一清一沙月影、山隠二万歳・嶺嵐声︵﹃本朝無題詩﹄巻一、藤原知己﹁行二幸平等院.﹂︶ 奈良時代の和歌や歌謡においても、  ○   暮春之月、幸二芳野離宮一時、中納言大伴卿、奉レ勅作歌一首。井・戸〆未・逞・奏上.歌。   昔見し象の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも︵﹃万葉集﹄巻三・三一六︶  ○葛井・船・津・文・武生・蔵六氏男女二百主人、供・・奉歌垣・⋮⋮其歌垣歌序、     淵も瀬も清くさやけし博多川千歳を待ちて澄める川かも︵﹃良日本紀﹄神護景雲四︿七七〇﹀年三月二十八   日︶ などと、その受容が見られる︵それぞれ、村田正博﹁旅人﹁吉野讃歌﹂の位置一﹁天地と長く久しく﹂を中心に一﹂ (『ン葉の歌人とその表現﹄所収︶、高松寿夫﹁由義宮歌垣の歌謡  ﹁淵も瀬も﹂歌謡の解釈を中心に一﹂︵﹁萬葉﹂第一 八二号︶などに言及がある︶。平安時代では、  0   円融院御時、堀河院にふたたび行幸せさせたまひけるによめる  曾禰好忠   水上をさだめてければ君が代にふたたびすめる堀河の水︵﹃詞花集﹄巻十・雑下二二八五、﹃和漢朗詠集﹄巻下・   水︶  ○朝夕に喜ばしきこと有栖川、ひとたび澄める水の心のどけき世に︵﹃栄花物語﹄・駒競の行幸︶ などがある。﹁満レ眼﹂は、見渡す限り、目に映るすべて。直接には、対をなす﹁入レ聞﹂とともに、先に引いた紀斉 名﹁落葉賦﹂︵﹃本朝文粋﹄巻↓︶を典拠とする。 四九

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源師房「初冬雇従行幸、遊覧大井河。応製和歌」序注(中) 五〇         ○満眼雲水色、月明楼上人︵﹃白氏文集﹄巻十三6①Q。O、﹁望楼望帰﹂︶          ○潮平月落帰何処馬満レ眼魚蝦満レ地蔦︵﹃菅家文草﹄墨譜、﹁漁父詞﹂︶ ﹁千秋之色﹂は、目に映る澄んだ大井河がとこしえの色を湛えていることを言う。        ム  ○千秋之岸、楽譜無レ私、萬年之枝、墓以有レ節︵﹃白露部集﹄巻上、﹁夏日陪二左昏黄尊閣↓同賦・・水樹多・・佳趣℃応レ   教﹂詩序。﹃本朝文粋﹄巻八︶       ム     ム     ○野望池水一華森森、自添二千秋之色へ迎・山嵐・而颯颯、細動二万歳之声一︵﹃扶桑古文集﹄、大江転義﹁春日同詠・松契・・   遽年の応レ教和歌﹂序︶ この四句は、山からは白河天皇の治世をことほいで﹁万歳﹂の声が聞こえ、川は聖主の出現を待ち付けて澄んで永遠 の色を現すと述べている。奏者は、瑞祥が立ちあらわれたと述べて、今の御代を讃美しているのである。  ﹁山水﹂は、直前の﹁山﹂と﹁河水﹂を承ける。          む     ○非二必糸与レ竹、山水有清音︵﹃文選﹄巻二十二、左太沖﹁招不乱二首﹂ノこ         ○山水秋深、若.雲夢・者有・八九︵煙嵐日暮、十二風物一瞬難二二.︵﹃江吏部集﹄壷中、﹁暮秋迂二大井河↓当言レ所レ   懐和歌序﹂。﹃本朝文粋﹄巻十こ ﹁嘉既﹂は、よいいただき物、よい贈り物。山と河の示す瑞祥を﹁嘉既﹂と呼んだ。     む  アツケレパ      ノミテ       ハ  ○嘉既益膜、 敢不−欽 承一︵﹃文選﹄巻四十二、合文帝﹁与・鍾大土嚢﹂。五臣注﹁既賜﹂︶         ○極−寿命之遙涯↓保二馳駆之嘉既一︵﹃本朝文粋﹄巻十二、士長寺運﹁第三皇子加三兀服一祝文﹂︶           ○今之嘉睨、尤可二珍重・︵﹃本朝続文事﹄巻七、藤原明衡﹁曾弾頭旅亭﹂書状︶ ﹁避溢レ以哉﹂は、なるほど理由があってのことだ。詩序にしばしば見える、感嘆の常套句。﹁以﹂は、理由、わけ。 観智院本﹃類聚名義抄﹄に、﹁ユへ﹂︵叩上︶の訓がある。山水が瑞祥を現すのは、それだけの理由がある。ここでの

(19)

﹁以﹂は、㈲に述べた無駄な出費を控える天皇の配慮である。行幸に貫かれているこの姿勢に聖帝の出現を見出して おり、聖代であるから瑞祥が示されると納得しているのである。        つ  じ        ○与信左親衛藤次将、与・同志者五六輩︵命羊歯此︽草野レ以哉︵﹃本朝麗藻﹄巻上、源孝道﹁暮春於.白河一同賦三   春色無.・辺畔一詩﹂序︶          ○居二文武之二府↓兼二栄貴於.門、未レ如・我相野・ 。今之良宴、誠有レ以哉︵﹃本朝続文素﹄巻十、藤原有信﹁冬日   陪二内相府書閣↓同賦三酌レ酒対二残菊っ応レ教詩﹂序︶ 鈴木 徳男・北山 円正  ︵現代語訳︶ やがて主上のお喜びが飽くことなくつづくのを驚かし、お車をせき立てて帰ろうとした。すると山の激しい風が 頻りに知らせて、御代を寿ぐ万歳の声が耳に入り、河の水が澄んで、聖帝を称える永遠の色が目の前をおおっ た。山や河にこのようなめでたい賜物が現れるのは、まことにそうなる理由があるのだ。 五一

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