中 国 の 企 業 経 営 に 関 す る 組 織 論 的 研 究
甲 南 女 子 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 社 会 学 専 攻 博 士 後 期 課 程3年
郁
貝
紅
1997年
3月
酔■
聰髪
98/Ei 2/26EiB2881 86-0
前 書 中国 で は1979年に始 ま つた 改 革 開放 政 策 の も とで 正 式 に 市場 経 済 を導 入 して 以 来 、 経 済 は 驚 くほ ど大 きな発展 を見 た 。 中国 国 家 統 計 局 の公 表 に よれ ば、 1992年 か ら95年 にか けて 中国 の経 済 成 長 率 は、 そ れ ぞれ 13.6%、 13.4%、
H.8%、
10.0%(95年
は 予測 値)で
あ る。 90年 代 の前 半 、 世 界 の 多 くの 国 々 と地 域 が経 済 不 況 の 窮 地 に陥 つて い た の に対 して 、 中国 経 済 が持 続 的 に、 先 進 国 よ り造 か に高 い成 長 率 を保 つ こ とがで き た こ とは、 世界 的 に注 目 され て い る。 中国経 済 の急 成 長 は、 い う まで もな く中国政 府 主 導 に よ る「 上 か らの 」 改 革 開放 の成 果 で あ る。 改 革 開放 は 大 き く見 れ ば 、 産 業 構 造 の調 整 、 経 済 体 制 の 転 換 、 市場 ネ ッ トワー ク の 形 成 な どマ ク ロの 面 で の 近 代 化 と、 経 済 活 動 の担 い手 で あ る生 産 企 業 な ど ミク ロな 面 で の 近 代 化 の2つ
の 部 分 に分 かれ る。 本 論 文 は 、後 者 、 つ ま り生 産 企 業 の 改 革 に着 目 して、 中 国企 業 の経 営 特 質 を 1949年 の新 中国成 立 か ら改 革 開放 の 現 時 点 まで 、 歴 史 的 に そ の 変貌 の様 相 を考 察 しよ う と して い る。 経 営 特 質 につ い て の研 究 とい え ば、 大 体 あ る特 定 の企 業 の経 営 状 態 を調 べ る た め に行 う か 、 或 い は経 営 能 率 の 向上 に とって 一 般 性 の あ る経 営 理 論 を探 求 す る た め に、 企 業 一般 の 経 営 を対 象 に行 うか の どち らか で あ る。 そ れ に対 し、1つ
の 国 を単位 に して 、 そ の 国 の企 業 が共 有 して い る経 営 特 質 を分 析 す る研 究 は 、 1970年 代 まで は あ ま り見 られ な か つ た。 お そ ら く、 多 国籍 経 営 が誕 生 して 以来 、 と くに、 今 世 紀 の初 頭 か ら、 非 西 洋 文化 圏 に属 す る 日本 が独 特 の経 営 管 理 法 に よ って 、 一 躍 、 世 界 経 済 の第2大
国 にな つた こ とに刺 激 され て 、 「 日本 的経 営 」 を始 め、 「 ア メ リカ 的経 営 」「 イ ギ リス 的経 営 」「 ドイ ツ的経 営 」 な ど、 国 を単位 に企 業 経 営 の 特 質 を論 じる研 究 が 多 く見 られ る よ うにな っ た と考 え られ る。 現 在 、 中 国 は改 革 開放 を推 進 して 、 経 済 と経 営 の扉 を 国 際 社 会 に 開 きつ つ あ る。外 国 資 本 が 中国 に入 つて定 着 す る た め には 中国 的経 営 を研 究 す る必 要 が あ るだ け で な く、 中国 自身 も、 こ れ か ら外 国 の文 物 を ど う取 り入 れ るべ きか、 ま た、 自国 の伝 統 的 経 営 を ど う改 造 して 、経 済 の近代 化 を進 め て い くべ きか とい う課 題 を よ リス ムー ズ に解 決 す る た め に、 中国 の伝 統 的経 営 特 質 を研 究 す る必要 が あ る。 「″日本 的″経 営 とい う言葉 は″ア メ リカ 的″経 営 とか 、″イ ギ リス 的″経 営 とか、″ 中 国 的″経 営 に対 して 用 い られ る。 した が つて 国 際 比較 が 前 提 とな って い るか ら、 この面 で の研 究 が発 達 しな い と、 厳 密 に は この 言葉 は使 え な い わ けで あ る」 。 間宏 が そ の 著『 日-1-本 的経 営 』 の 中で こ う言 つ て い る とお り、 国 を単 位 に企 業 の経 営 特 質 を と らえ よ う とす る 場 合 、 諸 外 国 との 国 際 比較 に よ って え られ る社 会 的 。文化 的 な特 徴 の 質 的 な相 違 か ら、研 究 対 象 の経 営 特 質 を分析 す るの が望 ま しい 。 そ れ 故 に本 論 文 は 、 日本 的経 営 、 す な わ ち、 い わ ゆ る「 集 団 主 義 」 との 比 較 対 象 にお い て 、 中国 的経 営 の特 質 を探 ろ う とす る もの で あ る。他 の 国 で は な く、 日本 を比 較 対 象 に選 ん だ の は 、 中 日両 国 の 伝 統 文化 の類 似 性 及 びそ れ か ら生 じる近代 化 の類 似 性 を考 慮 した た め で あ る。 周 知 の 通 り、 高 度 の経 済 成 長 を経 験 した先 進 国 は 、 18世 紀 の後 半 か ら西 洋 で初 め て 現 れ た 。 この 事 実 か ら、 ヴ ェー バ ー が 東 洋 と西 洋 の 文 化 を分 析 して 、 産 業 主 義 (「 産 業 主 義 」 とは近代 産 業 、 す な わ ち人 間 の 物 質獲 得 活 動 にお け る合 理 化 され た形 態 を重 視 、 した が つ て 経 済 的価 値 を優 位 にお く価 値 体 系 で あ る」 〔富 永 健
-1993153〕 )が
西 洋 文 化 の 中 に 固有 の もの で 、 東 洋 文化 に な い と論 じた 。 しか し、 現 在 、 日本 は 、「 経 済 大 国 」 と称 され るほ どに世 界 の先 進 諸 国 の経 済 水 準 に到 達 し、 非 西 洋 圏 に お け る最初 の事 例 と して 、 先 進 国 の列 に入 つた 。 した が っ て ヴ ェーバ ー の 学 説 に基 づ い て 考 えれ ば 、 非 西 洋 後 発 先 進 国 の 日本 の経 済 的近 代 化 は、 西 洋 諸 先 進 国 の よ うに 自生 的 な産 業 化 、 す な わ ち 日本 が 自力 で 生 み だ した産 業 化 に よ る もの で は な く、 富 永 健 一 の 言 葉 で 言 え ば 文 化 伝 播 を通 じて「 政 府 主 導 に よ る″上 か らの″産業 化 」 の 産 出物 で あ る とい う こ とにな る。 しか も高 く評 価 され た 日本 の企 業 組 織 の「 集 団主 義 」 的経 営 に も独 特 な 特 徴 が あ つて 、 確 か に西 洋 近 代 的 な経 済 的 諸 制 度 を 日本 の伝 統 文化 と掛 け合 わ せ て作 り替 え た もの と考 え られ る。経 済 成 長 をめ ざ して 離 陸 し始 め て い る 中国 は、 日本 の近 隣 で、 とも に東 洋 文化 圏一― 儒 教 文 化 圏一― にあ る。 した が つて 宿 命 的 に 日本 と同 じ く、 先 進 国 (日 本 も含 む)の
文化 の 中か ら優 れ て い る もの を選 択 的 に学 び と り、 そ の学 び とつ た もの を 自国 の伝 統 文化 と掛 け合 わ せ る創 造 的作 業 を しな け れ ば 、 経 済 的近 代 化 は 達 成 され な い で あ ろ う。 中 日両 国 に は こ う した類 似 点 が あ る故 に、 日本 企 業 が そ の 近 代 化 の歴 史 的過 程 の 中 で異 文 化 とぶ つ か りな が ら形 成 した 日 本 的経 営 との 比 較 は 、 中国 的経 営 の これ か らの成 り行 きを探 求 す る上 で 大 変啓 発 的 で 有 益 で あ り、 ま た 当面 の 中国 の 改 革 開放 に とっ て も非 常 に現 実 的 な 意 義 が あ る と考 え られ る。 日本 的経 営 の「 集 団 主 義 」 的性 質 は 、 日本 の伝 統 文 化 の諸 要 素 が 産業 化 と近 代 の合 理 的組 織 づ く りに適 応 しつ つ 変形 して 第2次
大 戦 後 に定 着 した もの で あ る。 しか し、 こ う した 日 本 的経 営 の特 質 も、1950年代 後 半 か ら 日本 社 会 の 近 代 化 が 進 ん で い く中 で、 変化 し崩 れ て い く傾 向 にあ る と考 え られ て い る。 本 論 文 は、 日本 の高 度 経 済 成 長 を支 え た 日本 的経 営 の 特 性 が 一 番 顕 著 に表 れ て い た1950年代 の後 半 か ら60年 代 に か け て の時 期 と、1949年の新 中-2-国成 立 か らの改 革 開 放 の現 時 点 に お け る 中国経 済 の 離 陸 まで の 時 期 とを比 較 対 照 して 、 中 国 的経 営 を考 察 しよ う とす る もので あ る。
-3-目
次
前 書 第1章
中 国 に お け る 集 団 主 義 ――――――――――――――- 6
1。 中国 の 集 団 主義 1・ 1。 中国人の忠誠 と献身 1・2.集
団 と個 人 の 一 体 関係 1・ 3。 「 和 」 1・ 4。 「 温 暖 た る社 会 主 義 大 家庭 」 1・ 5。 「 外 人 」 と「 自家 人 」2.中
国 の 集 団 主 義 の 歴 史 的 変 化 2・1.国
益 の 優 先 2・ 2。 伝 統 的 中 国 の 家 族 ・ 宗 族 集 団 主 義 2・ 3。 国 家 意 識 の欠 如 と愛 国 主 義 の成 長 3。 日 本 の 集 団 主 義 の 歴 史 的 変 化 3・1.伝
統 的 日本 の 家 族 ・ 親 族 集 団 主 義 ・2。 第2次
集 団 に浸 透 した 日本 の集 団主 義 3・ 3。 日本 的経 営 の形 成 過 程 第2章
中 国 的 経 営 の 企 業 環 境 及 び 特 質 ――――――一―- 50
1。 中国 企 業 の誕 生 と分 類2.特
殊 な体 質 を持 つ 中国企 業 2・1.利
潤 追 求 の 動 機 の な い 企 業 2・ 2。 経 営 主 体 の 弱 い 地 位 2・3.党
の 指 導 の 優 位 及 び 政 治 思 想 教 育 2・4.党
委 の 指 導 下 の 「 工 会 」 3。 経 営 の 国 家 集 団 主 義 と企 業 集 団 主 義 と の 違 い 3・ 1。 国 家 目標 を遂 行 す る組 織 総 合 的機 能 を有 す る組 織 国 家 建 設 の応 急機 動 隊 政 治 に転 向 す る企 業 目標 3・2.集
中 に偏 向 す る「 民 主 集 中制 」 3・ 3。 国 家 と企 業 と職 工 の 関係第
3章
中 国 的 経 営 の 展 開 の 特 徴 ――――一―――一―――― 1。 中国的経 営 の形成期 1・1.国
家 の 主 人 公 1・ 2。 「 天翻 地 覆 」 の 生 活 変化 2。 中 国 的 経 営 の 定 着 期 2・1.党
と国 家 の使 用 者 的 地 位 2・2.党
の経 済 復 興 力 2・ 3。 中 国 的 経 営 の成 果 3。 中 国 的 経 営 の 動 揺 期 3。 1。 政 治 的 な過 激 化 日本 的 経 営 の 動 揺 要 因 極 端 に煽 られ た「 主 人 公 感 」 生 産 性 の低 い 企 業 運 営 「 闘私 批 修 」 に よ る忍 耐 3・ 2。 経 営 主 体 の価 値 観 の 変化 党 と政 府 に 対 す る不 信 文 革 後 の価 値 意 識 の 変 化 第4章
中 国 的 経 営 の 改 革 期 ―― ― ――― ― ― ―一― ――― 1。 中 国 的 経 営 の 基 盤 の 喪 失 1・1.幹
部腐 敗 の深 刻化 1・ 2。 経 済要 素 の多様 化 1。3.企
業 経 営 権 の 自律 化2.工
場 長 責 任 制 3。 「 工 人 階 級 」 の 分 化 3・ 1。 労 働 契 約 制 に よ る地 位 分化 3・2.収
入 分 配 上 の 不 公 平 3。3.改
革 に 払 う コ ス トの 不 平 等後 書
注
99155
188
189
192
引用・参言
む文献 ―――一――――一――――――――――――
第
1章
中 国 に お け る集 団主 義
中 国 の集 団主 義
第2次
大 戦 後 、 日本 は敗 戦 の廃 墟 の 中 で経 済 再 建 を始 め た。 そ して、 周 知 の とお り、 30 年 ぐ らいの短 い期 間 で高度 経 済 成 長 を遂 げ、 しか も石 油 危 機 や 円高 デ フ レな ど様 々 な経 済 的 シ ョック を乗 り越 え、1970年代 後 半 に は集 中豪 雨 的 な輸 出熱 戦 を引 き起 こし、 つ い に、 ア メ リカ に次 ぐ世 界 第2位
の経 済 大 国 に な っ た。 日本 は ど う して これ だ け の発 展 が で きた の か、 日本 企 業 の環 境 に対 す る高 い柔 軟 性 の あ る競 争 力 の 強 さは いっ た い ど こか ら出 て く るの か 、 国 際 的 な 関 心 が 高 ま り、1950年代 の末 か ら「 日本 的経 営 」 を研 究 す るブ ー ム さえ 現 れ た。 そ して、 欧 米 の個 人 主 義 的経 営 との対 比 で 、 日本 の高 度 経 済 成 長 を さ さえ て きた 経 営 の特 質 は、 しば しば「 集 団主義 」 と して議 論 され て き た。 「 集 団主 義 」 と い う言 葉 は い くつ か の意 味 を持 つ用 語 で あ るが 、 日本 的 経 営 の特 質 の 1 つ と して狭 義 に用 い られ る場 合 、 欧米 の近 代 思 想 の柱 とな って い る個 人 主義 に対 して、個 人 と集 団 の 関 係 に お いて個 人 は集 団 と心 理 的 な 一 体 感 を もつ と と もに、 集 団 の 目標 や利 害 を 自分 の それ よ りも優 先 させ て い くと い う、 集 団 中心 の価 値観 を さ して い る。 そ の特 徴 を 塩 原 勉 は 次 の5つ
に ま とめ て い る。 す な わ ち、 ① 成 員 が集 団 目標 の達 成 に献 身 す る ことが 賞 賛 され る よ うな価 値観 が あ り、 これ が 個 人 主 義 的 な達 成 動 機 とは ち が う集 団的達 成 動機 を強 め て い る こ と、 ②集 団 の繁 栄 の た め に成 員 の和 が 重視 され る こと、 ③ は っ き り限定 さ れ た役 割 に1人
ひ と りの成 員 を配 置 す るの で は な く、 単 位 集 団へ 所 属 させ て、 そ こを中心 と して活 動 させ る こ と、 ④ 長 や上 司 とよば れ る人 は 単位 集 団 の代 表 者 とみ な され 、 下 位 者 は彼 か ら温 情 を期 待 して い る こと、 ⑤ 集 団 は 内 に お いて は親 密 で あ るが 、 外 に対 して は敵 対 や 、 無 関 心 を示 す と い う閉鎖 性 を もつ こ とな ど、 で あ る (「 世 界大 百 科 辞 典 」 ⑬lH)。
これ は、 日本 の集 団 主義 とは い え、 中 国 人 に も熟 知 され 、 ま た 中 国 で もよ く見 られ る もの で あ る。 1・1.中
国 人 の 忠 誠 と献 身 確 か に、 中 国人 に とっ て も、 日本 人 と同 じよ うに個 人 主 義 の方 が な か な か理 解 しが た く、ま た 、 素 直 に 受 け 取 りに くい と こ ろ が あ る。 た と えば 、 忠 誠 と献 身 は 昔 か ら中 国 人 の 賞 賛 す る道 徳 の
1つ
で あ る 。 忠 誠 ・献 身 とは 、 もち ろ ん 自分 以 外 の 他 人 の た め に 行 う行 為 を さ す と、 中 国 人 は 理 解 し て い る 。「 忠 誠 は 何 よ り も ま ず 自分 自身 に 向 け られ る 」 (間宏 14)と
い う個 人 主 義 の 価 値 観 を持 つ 欧 米 人 の 考 え は 、 是 非 善 悪 を全 く さ か さ ま に す る こ と だ と、 わ れ わ れ 中 国 人 は 思 う。 他 人 と い っ て も も ち ろ ん 自分 を除 くす べ て の他 人 で は な く、 忠 誠 と献 身 を 行 うべ き他 人 と は 、 自分 の 所 属 して い る集 団 、 あ る い は そ の 集 団 に い る個 人 、 す な わ ち 自分 に 関 係 あ る集 団 あ る い は友 人 な ど を指 す 。 集 団 の 利 益 、 友 人 の 利 益 に 反 して で も 自分 の 利 益 を追 求 す る の は 不 道 徳 と見 な され る 。 こ う した利 己 主 義 的 な 行 動 は 、 中 国 で は 利 己 主 義 と い う よ り、 個 人 主 義 と い う言 葉 で 表 現 す る の が 一 般 的 で あ る。 つ ま り、 実 を い えば 、 中 国 人 の 意 識 の 中 に お い て は 個 人 主 義 イ コ ー ル 利 己 主 義 で あ り、 個 人 の 利 益 は 道 徳 の 中 で は 認 め られ な い の で あ る 。 個 人 主 義 は 一 種 の 道 徳 だ と い う 欧 米 人 の 見 解 は 、 中 国 人 に と っ て は 理 解 不 可 能 で あ る 。 と に か く、 中 国 文 化 の 中 で は 道 徳 と個 人 主 義 と は 両 立 で き な い も の と思 わ れ 、 個 人 主 義 と い えば 、 そ れ は 不 道 徳 で な り、 ま た 、 道 徳 と い えば 、 個 人 が 集 団 に 服 従 す る こ と と思 わ れ て い る の で あ る 。 周 知 の とお り、 中 国 人 は 昔 か ら家 族 本 位 で あ り、 家 族 主 義 と宗 族 主 義 を も っ と も尊 重 し て い た 。 ま た 中 国 で は 慣 習 的 に 親 族 同 士 が 集 っ て 住 み 、 互 い に 助 け 合 い、 強 め 合 う か ら、 村 落 、 郷 な どの 地 域 も、 ほ と ん ど が 血 縁 の つ な が りの あ る 人 た ち か ら で き て お り、 地 縁 に よ る集 団 主 義 も非 常 に発 達 して い る。 そ れ ゆ え に 、 集 団 へ の 忠 誠 と献 身 と い えば 、 家 族 ・ 親 族 集 団 及 び血 縁 ・ 姻 縁 に よ っ て 集 中 的 に 居 住 す る こ と か ら広 が っ た 村 。郷 ・地 域 社 会 ヘ の 忠 誠 が 優 先 す る の で あ る。 伝 統 的 中 国 人 は 祖 先 の 名 を揚 げ 、 宗 族 の 勢 力 を強 くす る、 い わ ゆ る「 栄 宗 耀 祖 」 を個 人 の 生 き が い と して き た 。「 一 人 当 官 、 鶏 犬 昇 天 (一人 が 栄 達 し た ら、 家 に い る鶏 も、 犬 も利 益 を得 る)」 と い う言 葉 は 、 如 実 に こ う い う 中 国 人 の 集 団 主 義 を表 明 し て い る 。 今 日で も、 中 国 で は 個 人 の 地 位 が あ が っ た り、 商 売 が 成 功 す る な らば 、 親 族 ・友 人 ・職 場 。地 域 社 会 等 々 、 彼 を 中 心 に で き て い る 各 種 の 集 団 に 便 宜 を は か り、 地 域 の チ ャ リテ ィ ー 事 業 に 寄 付 を し、 少 な く と も投 資 を拡 大 し て 地 元 の 就 職 率 を増 す こ とが 期 待 さ れ る 。 こ う い う 周 辺 の 人 た ち の 期 待 を 無 視 す れ ば 、 そ の 人 は 情 理 に も と る と か 、 「 貪 得 無 厭(貪欲 で 飽 く こ と を知 らぬ)」 と か 、 さ らに「 為 富 不 仁 (金は あ るが 愛 の 心 は な い)」 と か 非 難 され が ち で あ る。 そ れ で 、 周 知 の とお り、 改 革 開 放 の 中 で 生 ま れ た 郷 鎮 企 業 は 、 企 業 と し て の 性 格 を も っ た 経 済 組 織 で あ る と 同 時 に 、 地 元 の 人 び と の 期 待 を 一 身 に 背 負 っ た 地 域 の 利 益 組 織 で も あ る と い わ れ て い る 。 郷 鎮 企 業 は 地 元 で 、 学 校 を作 っ た り、老 人 ホ ー ム を作 っ た りして、 地 元 の社 会 事 業 の 繁 栄 に大 い に貢 献 を して い るの で あ る。 こ う した 中 国 に だけ 見 られ る光 景 は、 ま さに 中 国人 の集 団主 義 価 値 観 の産 物 だ と い え よ う。 1・
2.集
団 と個 人 の 一 体 関 係 個 人 主 義 の価 値 観 を持 っ た欧 米 人 は、 個 人 と集 団 とを対 置 して と らえて い る。「 会 社 の た め」 と い えば 、 自己犠 牲 に な っ て しま う よ うに、 集 団主 義 と い えば 、 個 人 の主 張 や 自己 実 現 が で きな くな る よ うに考 え られ 、 ま た、 自己実 現 は ど こま で も個 人 の努 力 と責 任 に よ っ て実 現 され る もの だ と考 え られ て い る (間宏 16)。 こ う した 欧米 人 の発 想 に対 して、 伝 統 的 中 国 人 は、 日本 人 と同 じよ うに、 集 団 と個 人 と を対 立 の 関 係 に あ る もの とは と らえ ず 、「 会 社 の た め」 は、他 者 へ の犠 牲 で は な く自分 自身 の た め の もの で もあ り、 集 団 と個 人 は互 いに依 存 しあ い、 強 め あ う一 体 の 関 係 に あ る もの とみ な して い る。 上 に述 べ た が、 中 国人 は家 族 。同郷 ・遊 び仲 間 な ど、 自分 の所 属 して い る集 団 へ の 忠 誠 と献 身 を重 ん じる が 、 そ の か わ り、 自分 自身 も所 属 集 団 か ら個 人 の 力 の及 ば な い援 助 や 保 護 を受 け て い るの で あ る。「 在 家 罪 父 母 出 門罪 朋 友 」 (家 に い る場 合 、 両 親 に た よ るが 、 外 に 出 れ ば 友 人 に た よ る)と
い う中 国 人 の古 い言 葉 に は、 個 人 と集 団 との融 合 。一 体 関 係 が 一 日了然 に現 れ て い る。 近 代 以 前 に も中 国 に見 られ た「 会館 」、 た とえば 北 京 の 広東 人 会館 の よ うな組織 は 、 実 は 、 全 国 各 地 に移 住 した人 たち が それ ぞれ の 土 地 で血 縁 。地 縁 関 係 の社 団組 織 を設 立 して 、 同郷 の血 縁 関 係者 。旅 商 人 ・科 挙1)の 受 験 者 、 あ る い は官 職 希 望 者 な どの世 話 を し、 便 宜 を提 供 す るた めの もの で あ っ た。 ま た、 集 団 を通 して 自己 実 現 を達 成 す る ことは、 近 代 欧 米 社 会 で発 達 した個 人 と集 団 の 間 の義 務 ・権 利 意 識 や交換 ・契 約 規 則 に よ る もの で は な い。 テ ンニ ー スの い うゲマ イ ンシ ャ フ ト的 な 共属 感 情 、 つ ま り人 間 の本 質 意 志 に よ る もの な の で あ る。 目的 合理 性 を超 えた 感 情 価 値 を中心 とす る集 団 の助 け あ いの 中 で互 いに 喜 び を味 わ い、 ま た、 全 体 の利 益 の増 大 をは か るの で あ る。 か つ て 中 国 で は、 科 挙 試 験 の成 功 者 を出 して宗 族 の栄 光 を高 め るた め に宗 族 の 人 び とは お 金 を出 し合 い、 一 族 の 中 で期 待 の で き る人 材 に教 育 と科 挙 試 験 を受 け るた め の 費 用 を喜 ん で提 供 して いた。 ま た、 科 挙 試験 に成 功 して官 吏 にな っ た人 は、 官 職 を利 用 して蓄 財 し、 彼 の属 す る宗族 の た め に、 村 や郷 の 宗 族 の 祠 堂 ・廟 。道 路 ・橋 。学 校 な ど、 公 共施 設 を修 繕 ・建 設 した り、 宗 族 成 員 の 中 で の 次世 代 の科 挙 受験 者 等 の た めの 族 産 (宗族 全 体 に所 有 す る財 産)を
増 や す ことに貢 献 した と いわ れ る。 彼 は そ うす る こと-8-で、 富 裕 の 印 を多 く持 つ 繁 栄 した宗 族 の一 員 だ と い う事 に大 きな誇 りを感 じた の で あ る。 (シ ュ ー 74) も う一 例 を挙 げ よ う。世 界 に遍 在 して い る華 僑 ・華 人2)社 会 は、 中国 人 の ゲマ イ ンシャ フ ト的 な 相 互扶 助 と共栄 を重視 す る集 団主 義 の 産 物 の絶 好 の例 と い え よ う。 世 界 中 の華 僑 。華 人 の総 数 は、
2,600万
人 (方雄 普4)と
い う説 もあれ ば 、5,000万
人 と い う推 測 もあ るが 、 いず れ に して も相 当 な人 口 で あ る。 しか し、 人 数 だ け 多 くて も、 異 国 で華 僑 ・華 人 社 会 が 必 ず 成 り立 つ とは限 らな い。 人 数 が 多 い に加 えて、 集 団 と して一 定 の勢 力 を有 して い る こと と、 中 国 文 化 を保 持 して い る こ との二 つ の条 件 が 必 要 で あ る。 華 僑 。華 人 が どん な に 多 い と い っ て も、 各 居 住 国 で は少 数 民 族 で あ る。 しか し、 少 数民 族 で あ っ て も経 済 力 で は は るか に大 きな 力 を持 っ て い る。「 華 人 国家 」 と もい え るシ ンガ ポ ール は もち ろんの こ と、ASEAN諸
国 で も華 人 企 業 の 力 は抜 群 に 強 く、 所 在 国 経 済 の 中核 地 位 を 占 め て い る。 ア メ リカ の「 フ ォー ブ ス」 誌 の1994年7月
18日 号 に よ る と、 ア ジア の華 人 の年 間 生 産 総 額 は5,000億
ドル 以 上 で、 中 国 本 土 の それ と肩 を並 べ る水 準 に達 し、 年7-10%の
急 成 長 を と げ つ つ あ る といわ れ る。 上 場 企 業 の株 式 時価 総 額 (政府 系 及 び外 資 系 を除 く)に
占 め る華 人 企 業 の シ ェア をみ る と、 タ イ とシ ンガ ポ ール は8割
と最 も高 いが 、 イ ン ドネ シ ア は75%、 マ レー シ ア は6割
、1番
低 い フ ィ リ ピ ンで も5割
を 占 め て い る (朱炎 33)。 一 方 、 華 僑 ・華 人 は、 共 同 の組 織 ・財 産 。学 校 。共 同の言 語 ・新 聞社 ・共 同墓地 さ え有 してお り、 中 国 語 。中 国歴 史 ・地 理 な ど中国 文 化 を代 々子 孫 に勉 強 させ 、 中国 の伝 統 的 な年 中行 事 や祭 典 ・葬 式 。お 盆 祭 りな ど を行 い、 故 郷 の風 俗 慣 習 をず っ と守 っ て きた。 中 国 人 が大 規 模 に 海 外 へ移 住 し、 ま た世 界 各 地 に分 散 して い くの は、1840年の ア ヘ ン戦 争 以 降 の ことで あ る。 そ の後150年 あ ま りの 間 、 どの よ うに して彼 らは これ ほ ど世 界 の 人 び との 目を見 張 らせ る 巨大 な勢 力 にな っ た の か 。 ま た、 長 い年 月 が た っ て も中国 の文 化 や慣 習 を保 持 して きたの か 。 これ らの疑 間 に つ いて は華 僑 ・華 人 社 会 を考 察 す る こ とで、 一 つ の ヒ ン トが得 られ る よ うに思 う。 つ ま り、 あ る国 に お け るあ る職 業 は、 往 々 に あ る出 身地 や あ る地 域 か ら来 た 華 僑 ・華 人 が従 事 し、 独 占 して い る と い う ことで あ る。 例 えば 、 か つ て は、 マ レー シア に い る客 家 人 は 多 くが錫 の生 産 に従 事 して お り、 広 東 出身者 は 多 くが建 築 。伐 採 ・黄 金 ア ク セサ リ業 に従 事 して お り、 海 南 人 は コ ー ヒー の飲 食 業 を独 占 して いた。 ま た、 シ ンガ ポ ー ル に い る福 建 南 部 出 身 の人 た ち は、 多 くが 商 業 ・銀 行 業 と ゴム業 に従 事 して いた。 ア メ リ カ や カ ナ ダヘ の 早 期 移 民 は 、 そ の 多 くが 広 東 四雇 人 で、 金 鉱 。鉄 道 修 理 ・ レス トラ ンの経 営 は主 に彼 らの職 業 で あ っ た。 ビル マ の 商業 で は、 オ ー ナ ー も店 員 も多 くが福 建 南 部 の人-9-た ち だが 、 広 東 出 身 の人 は 多 くが ビル マ 南 部 で鉄 鉱 や錫 鉱 の生 産 に、 雲 南 出 身 の人 は 多 く が ビル マ 北 部 で宝 石 鉱 の生 産 に従 事 して い た (方雄 普 167)。 これ らの ことが わ れ わ れ に 教 え るの は、 華 僑 ・華 人 の 祖 先 は、 移 住 国 で親 族 や 同郷 人 に頼 っ て生 計 を立 て、 異 国 に根 を は り、 事 業 を発 展 させ た と い う ことで あ る。 親 族 や 同郷 人 同士 の相 互 互 助 は、 中 国 人 の 伝 統 で あ る。 華 僑 。華 人 間 の相 互 扶 助 は 、 実 は 中 国 本 土 に あ る こ うい う集 団 主義 が 海 を渡 っ た人 び とに も守 られ た結 果 で あ る。 しか も彼 らは、 これ を もっ て 自分 たち を強 め、 つ い に、近 代 世 界 史 にお け る一大 景 観 とい うべ き華 僑 。華人 社 会 を作 り出 したの で あ る。 ア ヘ ン戦 争 か ら1949年 に新 中 国 が 成 立 す る ま で の100余年 の 間 、 中 国 は西 側 先 進 諸 国 と 日本 に侵 略 され 、 自給 自足 の小農 自然 経 済 が破 壊 され た。 ま た、 これ と同時 に、 資 本 主義 諸 国 で は、 自国 と植 民 地 を開発 す るた め に、 大 量 に安 い労 働 力 が 必 要 いな っ た。 そ の た め、 破 産 した沿 海 と辺 境 地 区 の貧 しい人 た ち は、 生 計 を立 て るた め に、 未 曾 有 の規 模 で大 量 に 古 里 を離 れ 海 外 へ 出 たの で あ る。 彼 らは異 国 で言 葉 も通 じな い上 に、 帝 国主 義 や民 族 主義 の勢 力 か らいろ い ろ な制 限 を受 け 、 排 斥 され 、 差 別 され て いた。 こう した苦 しい境 地 にお か れ た彼 らは、 生 存 を して い くた め に、 自ず か ら中 国 の伝 統 的 な血 縁 。地 縁 集 団主 義 を も っ て寄 り集 ま っ て住 み、 ま た無 数 の社 団組 織
(表 1を
参 照)を
作 り、 それ を通 じて 相 互 救 済 ・資 金 調 達 。情 報 交 換 ・ 団結 自衛 を行 い、 こ う い う相 互 互 助 と共 同達 成 の 中 で基 本 的 な 生 存 権 と事 業 の発 展 を求 め て い った。 表1世
界 に お け る華 僑 ・ 華 人 の 社 会 団 体 の 発 展 状 況 一 覧 表 年 次 総 計 資 料 の 出所 1951 4872 (台 湾)《
華 僑 志 。総 志 》 1955 4926 (台 湾)《
華 僑 志 ・総 志 》 1988 8900 (台)中
央 日報1988年2月 20日 華僑 ・華 人 の 社 団組 織 は、 苗 字 や宗 族 つ ま り血 縁 に よっ て組 織 され た宗 族 親 族 会 館 、 例 えば カ ナ ダ に あ る黄 氏 宗 親 総 会 や シ ンガ ポ ール に あ る南 洋 方 氏 総 会 な どが そ うで あ る。 ま た、 出身 地 や方 言 に よ って結 成 され た 同郷 会館 、 例 えば 世 界 各 地 に あ る広 東 会 館 ・福 建 会 館 ・ 山東 会 館 な どや 、 さ らに の ち に は職 業 別 に結 成 され た職 業 団体 、 例 えば 星 洲 魯 北 行 な どが 多 く成 立 した。 そ の ほ か に、 政 治 ・宗 教 ・社 交 ・教 育 ・娯 楽 な どの社 団 もあ る。 華僑 ・華人 社 団 の主 な機 能 は華 僑 。華 人 の事 務 を管 理 す る と同時 に、 彼 らの利益 と要求 を代表10-して、地 元 の行 政 と交 渉 す る こと で あ る。 例 えば 、 母 国 か ら来 たば か りの 同郷 者 の宿 泊 接 待 、 生 活 の世 話 、 職 業 の紹 介、 事 業 の相 互 協 力 、 チ ャ リテ ィー事 業 ・救 済 事 業 の 主 催 、 学 校 。幼 児 園 ・病 院 、 さ らに 祖 廟 。関帝 廟 ・孔 子 廟 な どの建 設 、新 聞紙 の刊 行 、 トラ ブル の 解 決 な どで あ り、 ま た外 に お い て は、 地 元住 民 との連 係 、 地 元 の 自治 体 との 各 種 の 交 渉 を 行 い、場 合 に よ っ て は所 在 地 の 行 政 と抗 争 す る こ と もあ る。 これ らの 社 団組 織 、特 に職 業 縁 に よ る 団体 は、 社 会 変 化 と 自己 発 展 の 中 で、 地 縁 と業 種 を超 え て華 僑 。華 人 の各 職 業 の 連 合組 織 、 あ る いは最 高 指 導 機 構 、 例 えば 各 国 に あ っ た 中華 総 商 会 。中華 工 商 連 合 会 。中 華 理 事 会 総 会 な どに拡 大 して い っ た。 第
2次
大 戦 後 は、血 縁 。地 縁 ・職 業 縁 に よ る華 僑 。 華 入 社 団 が さ らに連 合 の方 向へ 発 展 し、 国 際組 織 ま で作 り出 した 。 そ の機 能 も企 業 の振 興 や地 元行 政 へ の参 権 を活 発 に行 うよ うに変 わ っ た。 この よ うに、 中 国移 民 た ち は、 各 種 の血 縁 。地 縁 。職 業 縁 関係 が絡 み 合 い、 重 な りあ う 華 僑 ・華 人 社 団 を通 じて、 感 情 を融 合 し、 力 を凝 集 し、 長 い年 月 の 中 で、 華 僑 ・華 人 の間 の つ な が りの維 持 と経 済 力 の発 展 と中 国文 化 の保 存 に大 きな貢 献 を した。 言 い換 えれ ば 、 華 僑 ・華 人 社 会 は、 各 種 の 社 団組 織 に結 集 した華 僑 。華 人 の 共 同作 業 に よ っ て作 り出 され た の で あ る。 神 戸 華僑 総 会 の会 長 を務 め る林 同春 は「 金 が あれ ば 、 金 を出 す 、 力 が あれ ば 、 力 を出す (有 銭 出 銭 、 有 力 出 力)と
い うの は わ れ わ れ 華僑 、 華 人 の座 右 銘 だ 」 と よ く言 っ て い る。 華 僑 ・華 人 の相 互 扶 助 に は、 ま さに、 個 人 の達 成 は集 団 の発 展 に あ る、 と い う中 国 人 の集 団主義 が よ く表 れ て い る。近 年 、 国 際 情 勢 の影 響 と啓 発 の下 で、 血 縁 。地 縁 感 情 を一 層 融 合 し、 経 済 面 の 情 報 交 流 と工 業 ・貿 易 の協 力 を一 層 強 化 し、 伝 統 文 化 を一 層 輝 か せ るた め に、 華 僑 ・華 人 は積 極 的 に国 際 的 な組 織 を設 立 してお り、 す で に数 十 に上 っ て い る。 各種 の 国 際 的 な血 縁 。地 縁 懇 親 会 も活 発 に行 わ れ て い る。 これ か ら、 国 際 社 会 で の華 僑 ・華 人 社 会 の力 は ます ます 顕 著 に な るにち が いな い。 新 中 国成 立後 、 政 府 が「 水 澁 船 高 (水嵩 が増 す と船 も 自然 に高 く浮 き上 が る)」 「 大 河 有 水 小 河 満 (大 き い川 に水 が 多 け れ ば 、 小 さい河 の 水 も 自然 に満 ち る)」 と い って 、 国家 の 利 害 を優 先 す べ き理 由 と して、 集 団主 義 の 思 想 教 育 を行 っ て き て い る。 これ も言 うま で もな く、集 団 と個 人 は対 立 せ ず 、 融 合 と一 体 の 関 係 に あ る と い う発 想 に も とづ い て い る。 「 オu」 集 団主 義 は、 ま た集 団 目標 と集 団利 益 を達 成 す る た め に、 内部 で は親 和 協 力 の精 神 を唱-11-え て い る。 日本 の企 業 で よ く強 調 され て い る「 和 を以 て貴 し と為 す 」 とい う言 葉 は、 実 は 中 国 か ら伝 わ っ て来 た もの で あ る。 宋 の 時 代 の 人 で あ る許 洞 が「 欲 謀 勝 敗 、 先 謀 人 和 」 (勝敗 の こと を考慮 す る時 、 先 に人 の和 の こと をは か らな けれ ば な らな い
)と
い う言 葉 で は っ き り示 した よ うに、 中 国人 は昔 か ら人 の和 と事 業 の成 功 との か か わ りを よ く知 って い た。「 和 」 は、2千
年 前 の 孔 子 の 唱 えた大 は 国 家 管 理 か ら小 は家 庭 管 理 ま で の管 理 思 想 の 礎 石 で あ る。孔 子 の 弟 子 で あ る子 有 は、 こう した孔 子 の「 和 」 の 思 想 を「 和 為 貴 」 とま と め た (『 学 而 』)。 ま た、 孔 子 の後 継 者 で あ る孟 子 は、 さ らに「 天 時 不 如 地 利 、 地 利 不 如 人 和 」 (時の利 は地 の利 に しかず 、地 の 利 は人 の和 に しか ず)と
、 成 功 をか ち と るに は い ろ い ろな条 件 が必 要 で は あ るが 、何 よ りも成 員 の和 が一番 の先 決 条 件 だ と定 め た。 中 国 の大 家 族 の形 成 は、 ま さに「 和 」 の精 神 の産 物 だ と も い え よ う。 一 つ の エ ピソ ー ド を挙 げ よ う。唐 の時 代 、張 公 芸 と い う宰 相 が い た。 彼 の家 族 は九 世 同 堂 で あ るた め に、 世 間 の人 び との 憧 れ の 的 にな っ た。 唐 の皇 帝 高 宗 が そ の秘 訣 を乞 う た と ころ、 彼 は使 用 人 に 文 房 具 を運 ん で も らい、「 忍 」と い う字 を百 個 書 い て皇 帝 に見せ た とい う。 つ ま り大 家 族 を 保 つ た め に は、 成 員 た ち は無 数 の 忍 耐 、 い いか えれ ば 成 員 の 多 くの犠 牲 を必 要 と し、 忍 耐 を もって大 家 族 の和 を求 め る とい う意 味 で あ る。 家 族 集 団主 義 的 価 値 観 を もつ伝 統 的 中 国 人 に とっ て、 個 人 の犠 牲 や 忍 耐 は、 家 族 制 度 が 個 人 に与 え る不 幸 な もの とは 思 わ ず 、 む し ろ「 和 」 を追 求 す るた め に敬 服 す べ き品 行 と して受 け止 め られ て い た。 今 日で も「 百 忍 」 と い う言 葉 は、 賞 賛 され る道 徳 を示 す 印 と して 、 お正 月 な どに縁 起 の 良 い赤 い紙 に書 いて 玄 関 に貼 るほ どに人 び とに 好 まれ て い る。 和 を保 つ た め に は、 個 人 の犠 牲 が要 請 され る だ け で な く、 内輪 の他 者 に謙 譲 な どや さ し い姿勢 を取 る姿 勢 も求 め られ る。 世 界 中 に知 られ るほ どに な って い る「 面 子 」 と い う中 国 語 は、 実 を言 えば「 和 」 を求 め よ う とす る中 国 人 の価 値 観 が 日常 行 動 の 中 で現 れ た様 式 の1つ
で あ る と思 う。 中 国人 は 自分 に対 す る他 人 の評 価 や態 度 を気 にす る反 面 、 相 手 を も傷 付 け な い よ うに 面 子 を保 全 してあ げ よ う と心 が け て い る。 こ うい うふ うに して、 お 互 いに 直 接 の衝 突 を避 け、 人 間 関 係 の 円滑 をは か る こ とが で き るの で あ る。「 和 」 と競 争 は、 動 態 的 な 人 間 関 係 の2極
で あ り、 人 間 社 会 に お け る相 互 作 用 の2つ
の基 本 形 態 と も い え る。 個 人 主 義 の価 値 観 が 発 達 した欧米 社 会 で は、 人 間 関 係 は主 に競 争 と い う形 で現 れ て い るの で、 能 力 主 義 が 重 要 視 され て い る。 それ と反 対 に、 和 を保 と う とす る集 団主 義 を柱 とす る 中 国 で は、 身 分 を しっか り守 らな け れ ば な らな い。恒 久 不 変 の 身 分 を通 じて競 争 を避 け、 和 の秩 序 を維 持 す るの で あ る。集 団主 義 の下 で は、 集 団 の 利 害 が 自分 の利 害 だ と いわ れ て-12-も、 実 際 に は成 員 の 間 で利 害 が 同 じよ うに は組 み込 まれ 切 れ な い か ら、 関 係 の対 立・緊張 ・不 平 ・不 満 が 生 ず るの は さけが た い。 そ う したな か で親 和 関係 を保 つ ため には、 成 員間 の 緊 張 と対 立 を最 小 限 に押 さ え る必 要 が あ る。 そ うだ とす る と、
1番
人 間 と して改 変 で き な い身 分 と い う生 得 的 な地 位 に従 っ て利 益 配 分 を行 えば 、 誰 も不 服 を言 う ことが 出来 な い。 そ こで、 伝 統 的 中 国 で は、 儒 教 に よ って、 君 臣 。父 子 ・夫 婦 。長 幼 の間 に人倫 秩 序 が定 め られ 、 不 公 平 ・不 平 等 に され て も黙 っ て甘 受 す る人 は品 行 が い い と賞 賛 され たの で あ る。 改 革 開 放 前 ま で は、 給 料 は、 身 分 化 した学 歴 に よ っ て決 め られ 、 指 導 幹 部 の ポ ス トが 身 分 化 した革 命 経 歴 の持 ち 主 、 す なわ ち、1949年 の建 国 前 に共 産 党 の 指 導 した革 命 に参 加 した こ との あ る人 に よ っ て 占有 され 、 ま た、 革 命 歴 の 長 さに よ っ て指 導 ポ ス トの 官 等 を決 め ら れ た の で あ る。 これ らの制 度 は、 当初 どの よ うな発 想 に基 づ いて作 られ た にせ よ、 煩 わ し い争 い を さけ よ う とす る伝 統 的 な集 団主 義 の遺 風 の一 つ だ っ た と言 え よ う。 和 と い う形 の協 力 は、個 人 が 自分 の利 益 を放 棄 す る ことで は な い。 成 果 の 配 分 を め ぐっ て は、「 この 前僕 が お れ た の だか ら、 今 度 は君 が お れ て くれ 」 と い うふ うに、 利 害 に つ い て の長 期 的 バ ラ ンスが 考 え られ て い る と、 間 宏 は 日本 企 業 の風 景 を描 い た (間宏 25)。 成 員 間 の 利 害 の 長期 的バ ラ ンスが 和 を維 持 す る基 盤 で あ る とい う、 日本 企 業 の こ う い う光 景 は 中 国 人 の 間 で も よ く見 られ る。 た と えば 、 費 孝 通 は次 の よ うに言 っ て い る。「 親 密 な 社 会 集 団 の 中 の人 び との 団結 は、 諸 個 人 相 互 の 間 で の 人 情 の貸 し借 りに依 存 して い る。我 々 の社 会 で きわ め て よ く見 られ る こ とで あ るが 、 友 人 た ち 同 士 が競 って 自分 の方 で お 金 を払 お う とす るの は、 相 手 に人 情 の 借 りが で き た と思 わ せ よ う とす る こと を意 味 して い る。逆 に ひ とに人 情 の借 りが あ る と き に は、 折 りを見 て 自分 が 前 に受 け た人 情 以 上 の お返 しを して、 今 度 は相 手 に 自分 か らの人 情 の借 りを作 らせ よ う とす るの で あ る。 こ うい うふ うに人 情 の貸 し借 りを相 互 に行 き来 さ せ て、 人 び との 間 で の 互助 と協 力 が維 持 され て い くの で あ る」 (費孝通1988年 105)。 い わ ゆ る「 報 大 於 施 」 (恩返 しは受 け取 っ た もの よ り大 き くす べ き)と
い う言 葉 は、 中 国人 の返 礼 原 理 で あ り、 これ に よ っ て和 の基 盤 を築 い て い る と い え るの で あ る。 4。 「 温 暖 た る社 会 主 義 大 家 庭 」 中国 で は、 昔 か ら人 び とが 長 か ら温 情 を期待 す る文 化 が あ る。「 父 母 官 」 と い う言 葉 を よ く聞 か され て い る。 これ は20世紀 前 ま で の王 朝 時代 に も使 わ れ て い た。「 父 母 官 」 とは-13-旧 時知 府 、 知 県 な ど直 接 に 人 民 を治 め る地 方 長 官 を さ して い る。 つ ま り民 に とっ て彼 らは 父 母 の よ うな存 在 だ と思 わ れ て い る こと を意 味 して い る。 これ は言 うま で もな く、 庶 民 に 関 す る さま ざま な事 務 を遂 行 す る時 、 官 吏 た ち の取 っ た家 族 的 な感 情 、 態 度 、 方 式 に与 え られ た庶 民 の心 か らの感 じか ら生 まれ た言 葉 に違 いな い と考 え られ る。 近 代 に な っ て 、 共 産 党 の 指 導 し た軍 隊 が 誕 生 して以 来 の 中 国 革 命 の 長 い年 月 の 中 で も 「 官 兵 一 致 、 上 下 一 致 」 (長官 と兵 士 との 間 、 上 司 と部 下 との 間 は平 等 で な けれ ば な らな い
)と
い う教 育 を行 っ て い た。 それ と同 時 に、 幹 部 に は大 衆 の生 活 に対 して気 を配 らなけ れ ば な らな い と も教 育 して いた。「 わ れ わ れ は全 国 の津 津 浦 浦 か ら来 て い る。 一 つ の 共 同 の 革 命 的 目標 の た め に い っ し ょに来 て い る」「 わ れ わ れ の幹 部 は 兵士 に関 心 を寄 せ 、 革 命 団体 にお け るす べ て の人 た ち はみ な助 け あ い、 い た わ りあ い、 心 を くば りあ わ な け れ ば な らな い」 (『 毛 沢 東 選 集 』「 為 人 民 服 務 」)と
、 毛 沢 東 は1944年 に言 っ て い る。 幹 部 に対 して は「 わ れ わ れ は 長 向郷 、 才 渓 郷 に学 ば な け れ ば な らな い。反 対 に、 汀 州 市 の よ うな官 僚 主義 的 な 指 導 者 に反 対 しな け れ ば な らな い。3)… … ゎ れ わ れ は大 衆 の 生 活 の問 題 、 す な わ ち土 地 、 労 働 の問題 か ら薪 。米 ・油 ・塩 の 問題 ま で注 意 深 く気 を配 らな け れ ば な らな い。 婦 人 た ち が 田畑 を耕 す こと を勉 強 した いが 、 誰 に教 えて も らえば よ い か、 子 ど もた ちが勉 強 した いが 、 小 学 校 はす で に開校 して い るか、 向 こ うの木 造 の橋 が狭 す ぎて 、渡 る時 落 ち る危 険 が あ るが 、 ど う した らよ い だ ろ うか、 これ らの大 衆 の生 活 に関 す る問 題 はす べ てわ れ わ れ の 考 え るべ き問題 と して、 日程 に 入 れ 、 ち ゃ ん と討 議 、 決 定 、 実 行 、 検 査 しな けれ ば な らな い」 (『 毛 沢 東 選 集 』「 関 心 群 衆 生 活 、 注 意 工作 方 法 」)と
、1934年に も毛 沢 東 は述 べ て い る。 中 国 の革 命 的 イデ オ ロギ ー の提 唱 した価 値 観 に は、 この所 で は伝 統 家 族 集 団主義 的 価 値 観 とぴ っ た リー 致 して い る。 毛 沢 東 を は じめ とす る中 国 第 一 代 目の革 命 家 た ち を記 述 す る伝 記 や逸 話 の 中 に は、 ほぼ 誰 に つ いて の もの で も、 部 下 や 兵士 に対 して、 父 母 の よ うな愛 情 や 思 いや りを与 えて い る描 写 が あ る と い え よ う。 た と えば 夜 中 に若 い警 備 の小 兵 士 に布 団 をか け直 して や っ た り、 戦 闘 の あ い間 をみ て字 を教 え て や っ た り、 行 軍 中 の 弱 い兵 士 に馬 を譲 り乗 せ て あ げ た り、 ほ ん の す こ しの食 糧 を負 傷 した兵 士 に分 け あ た え て食 べ さす な どで あ る。 ま た、 これ らの物 語 は本 職 に関 す る業 績 よ りも人 び との心 を感 動 させ 、 尊 敬 され るの で は な いか と思 わ れ るほ ど、 作 者 に よ っ て熱 心 に た た え られ る傾 向が 見 られ る。 今 日で は、 中 国 に お け る ほ とん どの社 会組 織 は、 一応 合理 的規 則 の支 配 、 権 限 の ヒエ ラ ル ヒー、 非 人 格 的 人 間 関 係 、 職 務 の専 門 化 な どの特 徴 が備 わ っ た官僚 制 原 理 に基 づ いて編-14-成 され て い る。 それ に もか か わ らず 、 人 び とが 長 や 上 司 か ら温 情 を期 待 す る心理 構 造 に は 依 然 と して大 きな変 化 は見 られ な い。「 わ れ わ れ は社 会 主 義 大 家 庭 の 中 で生 活 して い るJ と い う比 喩 は、 建 国 後 よ く使 わ れ て い る し、「 関心 群 衆 生 活 、 注 意 工 作 方法 」 (大衆 の生 活 に関 心 を配 り、 工作 の方 法 に気 をつ け な け れ ば な らな い
)と
い う、 上 記 の30年 代 に行 っ た毛 沢 東 の 講 話 は、 す で に幹 部 の座 右 銘 と して記 憶 され て い る。特 に 、 職 業 集 を単 位 に し て そ の メ ンバ ー の 生 活 が 営 まれ る独 特 な 生 活 様 式 (第2章
を参 照 、 郁 貝 紅1993参
照)を
採 用 した ことで、 さ らに家 族 主 義 的 な感 情 が 助 長 され 、近 代 的 な 諸組 織 の 中 に ま で蔓 延 さ せ て しま っ た。「 あ な たが た は わ た した ち の父 母 官 な の だ か ら、 わ た した ち の意 見 を主張 して ほ し い」 とか 、「 あ な たが た はわ た しど もの父 母 官 な の に、 ど う して私 ど もの 家 族 の 悩 み や 困 難 を解 決 して くれ な いか 」 とか いわ れ て、 各 種 の 行 政 。経 済 組 織 にお け る中 。下 層 の官 吏 や指 導 者 は 、依 然 と して「 父 母 官 」 と見 な され て い る。 彼 らは、 生 産 や経 営 な ど 組 織 目標 の達 成 に責 任 を持 っ て い る だけ で な く、組 織 構 成 員 及 び その 家 族 に対 して、 生 活 の 面 に お いて も精 神 的 な面 に お い て も、 相 談 ・助 言 ・援 助 な どの 思 いや りを成 員 に期 待 さ れ て い る。 成 員 の結 婚 相 手 の紹 介 、 病 気 の見 舞 い、 子 弟 の 入学 。就 職 の斡 旋 、結 婚 儀 式 へ の 出席 ・あ い さつ 、 お正 月 の家 庭 訪 問 な ど、 多 くす れ ば す るほ ど成 員 に高 く評 価 され る。 特 に、 文 化 大 革 命 後 、 成 員 の た め に便 宜 を提 供 した り、 不 正 な行 為 をカバ ー してや っ た り、 国 家 財 政 制 度 に違 反 して ボ ー ナ ス を濫 発 した りす る ことが ます ます 多 くな っ た。 す で に19 70年 代 後 半 に は、 組 織 目標 の能 率 的 な 達 成 を 目的 と した官 僚 制 的原 理 が正 常 に運 行 で きな い ほ ど、 組 織 体 の 中 に は イ ンフ ォー マ ル で ゲ マ イ ンシ ャフ ト的 な原 理 が活 発 に働 い て いた とい え る。 そ して つ いに、 改 革 開 放 に取 り組 まな けれ ば な らな くな るわ け で あ る。 5。 「 外 人 」 と「 自家 人 」 集 団主 義 は、 集 団 内 で は親 密 で あ るが 、 集 団 の外 に対 して は敵 対 や 無 関 心 を示 す 閉鎖 性 を特 徴 と して い る。 個 人 主 義 に と って は 内 と言 えば 自分 を指 す 。 外 と言 えば 、 自分 を除 い たす べ て の他 者 で あ る。 他 者 は 自分 と本 質 的 に異 な っ て、 自分 に対 立 す る存 在 で あ る。 し か し、 集 団主 義 に と っ て は、 内 と言 えば 、 自分 の他 に も同 じ集 団 に属 す るす べ て の他 者 を 含 ん で い る。 そ れ らの 人 び と も 自分 と同 質 で一 体 に な っ て い る。 そ れ 故 に 、 日本 語 に は 「 赤 の他 人 」 と「 内輪 の人 間 」 と い う言 葉 が あ る、 前者 は集 団外 の人 を指 し、 後 者 は集 団 内 の他 者 を指 す の で あ る (間宏30)。
日本 と同 じよ うに、 集 団主 義 の価 値 観 を持 つ 中 国-15-人 の言 葉 に も 自分 を除 く他 者 を「 外 -15-人 」 と「 自家 -15-人 」 と言 い分 け て、 前者 を集 団 の外 に い る他 者 、 後 者 は 同 じ集 団 に い る他 者 とす る表 現 が あ る。「 家醜 不 可外 揚 」 (家の 中 で起 こ っ た恥 ず か しい こと を外 へ 漏 らして は いけ な い
)と
い う言 葉 か ら も、 集 団 内 と集 団外 の境 界 を中 国 人 が は っ き り意 識 して い る こと を うか が わ せ る。 伝 統 的 中国 人 は親 族 圏 に お いて非 常 に凝 集 して い る。彼 らの理 想 は、 一 方 で は 自己 の親 族 圏 に属 さな い人 び とか ら干 渉 され ず 、 他 方 で は それ らの 人 び とに干 渉 せ ず 、 自分 た ち だ け の 閉 鎖 的 な生 活 を楽 しむ こと で あ っ た。 しか し、 一旦 自己 の集 団 が他 の集 団 に侵 害 され 、 脅 か され た場 合 、 彼 らは、 どん な犠 牲 を払 って で も復 讐 し、 死 闘 す る ことに な るの で あ る。 つ ま り、 外 に対 す る無 関 心 か ら敵視 に一 変 す るの で あ る。 ま た、 集 団 の 利 害 の た め に、 集 団 の 目標 を達 成 す るた め な らどん な 手段 を使 っ て も正 当 だ と され る (シ ュ ー 327)。 この 場 合 、 時 に は法 に背 き、 社 会 秩 序 を乱 す の で、 集 団外 の人 び との 目に は利 己 主義 や 小 集 団 主 義 的 な 行 動 と しか 映 らな いか も しれ な い。 こ う い うわ け で、集 団 内 に対 す る忠 誠 と集 団 外 に対 す る無 関 心 、 無 神 経 、 あ る いは敵 視 か ら、 中 国人 は 公徳 が 欠 如 して い る と よ く指摘 され て い る。 公 共 の場 にお い て、 中 国 人 は 、 公 共 利 益 と公 共秩 序 を守 り、 環 境 を維 持 し、 マ ナ ー に気 をつ け、 集 合体 の活 動 を促 進 す るな ど と いっ た ことに は、 あ ま り協 力 的 な姿 勢 を取 ろ う と しな い。「 事 不 関 己 、 高 々掛 起 」 (自 分 にか か わ りの な い ことは 放 って お く) と い う言 葉 は、 伝 統 的 中 国 人 の 公 共利 益 に対 す る冷 淡 な態 度 を写 実 して い る。現 実 の生 活 の 中 で、 我 々 は ま だ こ う い う内外 の 差 別 を よ く体 験 させ られ る。 店 で買 い物 をす る と き、 あ る いは役 場 で何 か 手続 き をす る時 、 店 員 や役 員 の 態度 が 冷 た く、 ち よっ と聴 いて も面 倒 くさが っ て詳 し く説 明 して くれ な い。 しか し、 この 時 、 誰 か そ の知 り合 い、 あ る いは 同郷 、 あ る いは上 司 や 同僚 、 とに か くそ の店 員 や役 員 の属 して い る集 団 の人 間 が来 て、 同 じ手続 き を して も らう場 合 に は、 そ の店 員 あ る いは役 員 は 、全 く別 人 の よ うに態度 を一 変 し、 求 め られ る以 上 に親 切 に して や るの で あ る。 時 に は、 こっち を放 っ てお いて、 ゆ っ く り、 詳 し く説 明 して あ げ る だ け で な く、 持 ち場 を離 れ て知 り合 い を案 内 して や る と ころ ま で世 話 をす るの で あ る。 それ 故 に、 中 国 人 は何 かす る と き、 そ の ことに か か わ る親 友 、 同郷 、 同 窓 、 昔 の 同僚 、 上 司 、 戦 友 が い るか、 あ る いは、 友 人 を通 じて そ の親 友 を紹 介 して も らっ て ま で、 便 宜 を図 っ て も らお う とす る。 公 的 な こ とか私 的 な ことか に か か わ らず 、 何 をす る に も、 まず縁 故 を捜 し出 して か らと い うの が 今 日の 中国 人 の一 般 的 な 習 慣 で あ る と言 え よ う。-16-2.中
国 の 集 団 主 義 の 歴 史 的 変 化 2・ 1。 国益 の優 先 上述 の よ うに、 集 団主 義 の価 値 観 は、 日本 人 だ け の もの とは言 えず 、 中 国 人 も同 じよ う な価 値観 を持 っ て い る。 しか し、 もっ と細 か く考 察 す れ ば 次 の こ とに気 づ く。 つ ま り、 第2次
大 戦 後 、 日本 の 集 団主 義 の価 値 観 は 、 企 業 を主 体 と して発 達 して きた もの で、 言 い換 えれ ば 個 人 は会 社 と運 命 共 同体 に な っ て 、 会 社 の 目標 や利 害 を個 人 の もの よ りも優 先 させ る企 業 集 団主 義 とで も言 うべ き もの で あ る。 中 国 で は それ と違 っ て、 新 中国 の成 立 か ら今 日ま で の集 団 主義 の価 値 観 は、 国家 全 体 を主体 と して発 達 して いた もの で、 言 い換 えれ ば 、 人 び とは 国 家 と一 体 に な っ て、 国 家 の 目標 や利 害 を個 人 の もの よ りも優 先 させ る国 家 集 団 主義 とで も言 うべ き もの な の で あ る。 中国人 は、 職 場 よ り国家 の事 に一 番 大 きな 関 心 を寄 せ て い る。 国 の 喜 び と憂 いに対 して は 自分 の事 の よ うに心 を傾 け る。 た と えば 、 中 国 で始 め て の原 子 爆 弾 の爆 発 に成 功 した ニ ュ ー ス(1964年
10月 16日)が
放 送 され る と、 ま た、 中 国女 子 バ レー ボ ー ル チ ー ム が大 阪 で 開 かれ て い る第3回
世 界杯 女 子バ レー ボ ー ル試 合 の 中 で、 優 秀 な成 績 を もっ て第1位
を勝 ち取 っ た(1981年
11月 16日)シ
ー ンが テ レ ビに映 し出 され る と、 中国 全 土 数 億 の 人 び とは 一 斉 にわ き あが っ た 。夜 間 に もか か わ らず 人 び とは 自発 的 に集 ま って、 銅 鎚 や太 鼓 を た た きなが ら「 中華 人 民 共和 国 万歳 !」 「 中 国 共産 党 万 歳 !」 「 偉 大 な指 導 者 毛 主席 万 歳 !」 「 中 国 女 子 バ レー ボ ール チ ーム に学 ぼ う」「 体 育 が 強 敵 に勝 ち、 科 学 技 術 が 強 国 を超 え よ う」 と歓 呼 して、 町 の繁 華 街 や省 庁 。市 役 所 へ進 行 して祝 う集 会 を し、「 祖 国 の た め に栄 光 を勝 ち取 り、 人 民 の た め に功績 を建 て た 」 と原 子 爆 弾 の研 究 者 や製 造 者 、 ま た 中 国 女 子 バ レー ボ ール チ ー ム を高 くた た え、 彼 らを手本 に各 自の仕 事 の持 ち場 で祖 国 の た め に い い 成 績 を上 げ よ う とい う決意 を表 した。 こ う い う行 動 は、 全 く国民 の心 よ り湧 き出 した喜 び と興 奮 が あ っ て こそ で き るの で あ る。 中 国 人 は政 府 と国家 の 話 を よ く聞 き、 国 家 の た め にな る こと を遂 行 す るチ ャ ンス を与 え られ る こ とで栄 光 を感 じ取 り、 国 家 に プ ラ スに な る こと と国 家 の名 声 を上 げ る こ とな ら、 個 人 の利 益 を犠 牲 に して で も喜 ん で、 ま た一 生 懸 命 に遂 行 す るの で あ る。 上 記 の 中 国 女 子バ レー ボ ール チ ー ム の成 功 が 代 表 的 な1例
と言 え る。 旧 中 国 の時 代 は体 育 運 動 が 弱 か っ た た め、「 東 亜病 夫 」 と外 国人 に侮 辱 され て い た。 建 国後 、 政 府 指 導 者 か-17-ら国民 ま でが、 ス ポ ー ッ にお い て も世 界 の人 び とに 中国 の進 歩 を見せ よ う と した。1960年 代 に な っ て,ピ ンポ ンや バ トミ ン トンはす で に世 界 レベ ル に追 いつ い たが 、 バ レー ボ ー ル 、 バ スケ ッ トボ ー ル、サ ッカ ー の レベ ル は ま だ遅 れ て いた。 当時
(1965年
)国
家 体 育 委 員 会 主 任 の賀 龍 (中 央 軍 事 委 員 会 副 主 席 、 国務 院 副 総 理)は
、「3大
ボ ー ル が (世界 レベ ル に 一 一 筆 者)追
いつ か な け れ ば 、 わ しは死 ん で も 目を閉 じな い」 と、選 手達 の 士 気 を高 め た もの で あ る。 一 方 、 選 手 た ち も「 我 々は 祖 国 の た め に、 人 民 の た めに 、栄 光 を勝 ち取 る こ とが で き るの が ス ポ ー ツマ ンに と って最 大 の幸 福 で あ り、 最 大 の快 楽 で あ るJ「
私 個 人 は 賞 杯 を一 つ もい らな い、 チ ー ム (中 国 を代 表 す るチ ー ムーー 筆 者)と
しての 賞杯 を1個
で も獲得 で きれ ば 満 足 で あ る (女子 バ レー ボ ール チ ー ム の 隊 長 の曹 慧 英 の言葉 )」 「 我 々は 必 死 に頑 張 り、 中国 人 が世 界 の第1位
に な れ る こ と を信 じて い る」 と、 彼 女 たち は「 不 具 に な って も、 命 を投 げ 出 して も金 メ ダル を勝 ち取 る た め に尽 力 しよ う」 と い う決 意 で苦 し い訓練 に耐 えて頑 張 り、 遂 に世 界1の
栄 光 を手 に した。 最 近 の 例 を一 つ挙 げ よ う。1993年に は、2000年
に 開 かれ る第 101回 世 界 オ リン ピ ック を 北 京 で開 催 して も らいた い とい う申請 が 北 京 市 に よ っ て 出 され た。 この オ リ ン ピ ック北 京 誘 致 に お いて は、 北 京 市 民 が 情 熱 を傾 け て 誘 致 活 動 に没 頭 した だ け で な く、 全 国 の 企 業 、 事 業 体 、 機 関 、 学 校 、 商 店 、 町 、 村 か ら、 団体 で あ ろ う と個 人 で あ ろ う と、 支 持 のサ イ ン、 手紙 、 電 報 、 寄 付 な ど い ろ い ろな形 で の応 援 活 動 も さか ん に行 な わ れ た。 誰 も呼 び か け て い な いの に、 北 京 オ リ ン ピ ック 申請 委 員 会 は3,000余
件 、 合計270余万 元 の寄 付 を全 国 各地 か ら受 け取 っ た 。 あ るガ ン患 者 の老 年 教 授 は、 自分 の著 作 で得 た原 稿 料 をす べ て誘 致 活 動 へ 寄付 す る よ う、家 族 に言 いつ け た。 あ るサ ラ リー マ ンは、 生 まれ た息子 に「 李 申奥 」 と 名 付 け た 。 この「 申奥 」 とは、 オ リン ピ ック (奥林 匹克)の
誘 致 を申 し込 む と い う意 味 で あ る。 あ る 目の 不 自由 な人 は、 オ リン ピ ック北 京 誘 致 の た め に毎 月寄 付 を し、 ま た それ を 2000年 ま で続 け る と決 意 した (「 北 京 日報 」93年3月
6日
)。 こうい う人 び と を深 く感 動 させ るエ ピソ ー ドを た くさん 耳 にす る。 ま だオ リン ピ ック に つ い て何 も宣 伝 して い な い誘 致 申請 の1年
あ ま り前 に、 全 国 範 囲 で行 っ た調 査 に よれ ば 、 12歳 以 上 の人 口 の 中 で92.63
%の
人 が この誘 致 に賛 成 した の で あ る (同 上)。 国 際 社 会 の 中 で、 中 国 人 に現 れ た上 記 の よ うに 国威 が 気 が か りな ナ シ ョナ リズ ム の感 情 は、「 後 進 国 」 と して な ら と くに理 解 しが た い ことは な いか も しれ な い。 しか し、 国 内 で の 工 場 の 生産 に お い て も、 中 国 人 は企 業 よ りも国 家 の利 益 を重 ん じ、 国家 の 目標 に あわせ て職 場 の 行 動 を とる か ら、 不 思 議 に思 わ れ るの で あ ろ う。 た と えば 、 中国 に於 け る あ る 日-18-中 合弁 企 業 の 日本 人 管 理 職 は、 -18-中 国 のパ ー トナ ー と実 際 に交 渉 や仕 事 をや っ て い る-18-中 で不 満 を抱 い て い る。 す なわ ち 、 本 来 パ ー トナ ー で あれ ば「 一 緒 に 同 じ企 業 の こ と を考 え る」 べ きな の に、 中国側 は「 中 国 の国益 を代 表 す る」立 場 で合 弁 に参 加 して い る よ うだ と悩 ん で いた とい う (園田 173)。 中国 の 企 業 で は (実は 中 国 の す べ て の 職 業 集 団が そ うで あ る)、 成 員 の モ ラール を高 揚 し よ う とす る時 、「 我 国 の 電 子 工 業 を振 興 す るた め に頑 張 ろ う」 とか「 世 界 の先 進 水 準 に 達 す る よ うに努 力 しよ う」 とか、 ま た、 我 々が 生 産 して い る製 品 は どれ ほ ど国家 に必 要 な 物 資 で あ るか とか、 世 界 の な か で 国家 の 地 位 を高 め るの に どん な に関 係 が あ るか とか、 ど ん な に 中央 の指 導 者 に重視 され て い るか とか、 企 業 自体 の 利 害 に は触 れ ず に 国家 の名 誉 や 利 益 を際 立 たせ て説 得 した り、 あ る い は企 業 の 目標 を国家 の利 害 に関 連 づ け て そ の重 大 さ を強 調 す る ことで、 生産 意 欲 を駆 り立 て るの が 慣 行 で あ る。 そ して、 こう い う動 員 手法 は 確 か に効 果 が あ るの で あ る。 ま た、 中国 の企 業 で は 、 職 場 で あ ろ う と個 人 で あ ろ う と、 しば しば 国家 に対 して貢 献 し て い るか 否 か に よ っ て業 績 を評 価 す る し、 評 価 され る方 も国 家 に貢 献 した と され る こと を も って最 大 の名 誉 と感 じ、 最 大 に満 足 をす るの で あ る。「 何 々 さん が 祖 国 に 忠 誠 し、 人 民 に 忠 誠 し、 毛 沢 東 思 想 に忠 誠 して い る。 彼 は わ れ わ れ の学 ぶ 手 本 で あ る」 とか「 祖 国 の 四 つ の現 代 化 (工業 、 農 業 、 科 学 技 術 と国 防 の近 代 化
)を
実 現 す る た め に、 彼 が個 人 の利 益 を顧 み ず 我 を忘れ るほ ど働 いて い る」 とか は、 よ く使 われ る評価 の決 り文 句 で あ る。 中国 の 工 場 で は、 何 か成 績 を上 げ た り発 明 す れ ば 、 労働 者 た ち は「 これ は毛 沢 東 思想 の 偉 大 な勝 利 で あ る !」 「 社 会 主 義 制 度 の偉 大 な勝 利 で あ る !」 「 優 秀 な成 績 を もっ て祖 国 に プ レゼ ン トを捧 げ よ う !」 と、 小 躍 り して国 家 や政 府 を た た え、 感 謝 す るの で あ る。 日 本 で見 られ る よ うに「 伝 統 あ る会 社 万 歳 !」 「 新 三 菱 重 工 業 万 歳 !」 (間宏11)と
い う ふ うな、 自分 の所 属 す る会 社 をた た え る歓 呼 は絶 対 に聞 か れ な い。 この よ うに、 国 の事 を つね に心 に お き、 国 の た め な ら個 人 の利 益 を犠 牲 に して で も喜 ん で や り、 国 に役 に立 つ か ど うか を も って人 を評 価 し、 国 の た め貢 献 で きれ ば な に よ りも栄 光 に感 じる、 中 国 人 の 自 分 の運 命 を国 の 前途 と一体 に して考 え る感 情 は、「 新 人 類 」 たち に は言 うま で もな く中高 年 で さえ、 現 在 の 日本 人 に は それ ほ ど理 解 で きな いで あ ろ う。 既 述 の よ うに、 日本 の集 団主 義 は個 々 の企 業 を単 位 に した もの で あ るの に対 して、 中 国 の集 団 主 義 は、個 々の企 業 で は な く、 国 全 体 を一 つ の大 きな集 団単 位 と した もの で あ る。 そ こで、 中 国 と 日本 の集 団 主義 を は っ き り区分 す る た め に、 わ れ わ れ は 前者 を「 国 家 集 団-19-主 義 」 、 後 者 を「 企 業 集 団-19-主 義 」 と呼 ぶ ことにす る。 と ころが 、 上 記 の 中 国 で み られ る集 団 主 義 の価 値 観 は、 始 め か ら この よ うな 国 家 集 団主 義 と して現 れ て いた の で は な い。 現 在 の よ うな 国 家 を主 体 と した集 団主 義 の価 値 観 は、 せ いぜ い19世 紀 以 降 の 中 国 社 会 の特 殊 な歴 史 的 体 験 に よ っ て、 数 千 年 に わ た る農 業 文 明 時 代 に形 成 され た家 族 を主 体 と した集 団主 義 が 変 化 した もの と考 え られ る。農 業 国 で あ る中国 で は19世 紀 頃 ま で、 家 族 、 ま た は それ が 直 接 外 側 へ 延 長 した親 族 集 団 で あ る宗族 が発 達 し て いた。 中 国 の伝 統 的集 団 主 義 の 価 値 観 は、 家 族 。宗 族 を主 体 と して発 達 し、 ま た 中 国 の 家 族 と宗 族 の優 れ た凝 集 性 に よ っ て特 徴 付 け られ て い た。 19世 紀 以 前 ま で 、 中国 人 の意 識 の 中 に は ま だ政 治 的 な意 味 で の 国 家 の概 念 は な か っ た。 19世 紀 以 降 、 中 国 は西側 諸 工 業 国 や 日本 の侵 略 と略奪 に さ らされ 、 完 全 に は主 権 を持 た な い国家 に され 、 国民 の生 活 の よ り ど ころが な くな る と い う苦 難 の 中 、 や っ と国家 意 識 が 人 び との 中 に芽 ば え、 よ うや く中国 共 産 党 の指 導 の も とで全 国 の愛 国 の 力 を あわせ て帝 国 主義 を追 い出 し、1949年10月 1日 に 独 立 した主 権 国 家 と しての 中華 人 民 共和 国 の成 立 を迎 えた 。 そ の後 、 政 府 の意 志 も国民 の 願 い も、 全 国各 階層 の人 び との力 を
1つ
に し、集 団 の力 で たち遅 れ た祖 国 を社 会 主 義 強 国 に建 設 す る た め努 力 しよ う と、 ます ます 国家 集 団主 義 の精 神 を高 め て きた の で あ る。2.伝
統 的 中 国 の 家 族 ・ 宗 族 集 団 主 義 まず 中 国 の家 族 集 団主 義 につ い て述 べ よ う。 家 族 の 中 に 限 られ て い る集 団主義 は、 す な わ ち家 族 主 義 で あ る。 中 国 の家 族 は、 構 成 にお いて も主 な機 能 に お いて も、 欧米 とは違 っ て い る と よ く指 摘 され る。 欧 米 で は、 夫 婦 の 関 係 が 家 族 の基 本 関 係 で あ っ て、 そ の 主 要 な 機 能 は子 ど もの 生 育 に あ る。1つ
の家 族 は、 一 般 的 に1組
の夫 婦 とそ こか ら生 まれ た未 婚 の 子 ど もか ら構 成 され て い る。 欧 米 の家 族 で は、 子 ど もの 生 育 が 主 要 な機 能 で あ るた め に、2世
代 目の子 が 成 人 に なれ ば 父 母 と離 れ て独 立 した り、 あ る いは 自分 自身 の 生 育 の使 命 を 遂 行 す る た め に生 家 を去 っ て新 し い家族 を作 るの で 、 世 代 を越 え て連 続 せ ず 、宿 命 的 に短 命 で あ る。 欧米 家族 の こう した性 質 とは対 照 的 に、 中 国 の 家 族 で は、 父 と息 子 の 関 係 が家 族 にお け る基 本 で あ り、 ま た、 子 ど もの 生 育 と並 ん で小 農 家 族 経 済 の 営 為 も家 族 の 主 要 な 役 割 で あ る。事 業 の 永 続 と拡 大 の た め に 、 縦 に お い て は一 連 の父 と息 子 の関 係 か ら、横 に お いて は複 数 の 同一 の父 か ら出 自 した息 子 の夫 婦 関 係 か ら、 構 成 され る家 族 形 態 が 要 請 さ れ る。 中 国 の家 族 は父 系親 族 原 理 に よ るか ら、 父 ―娘 関 係 が排 斥 され 、 娘 は嫁 いで生 家 を 20-出 る。 実 際 に