ミツパテ科学21(4):164-168
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(2000)液体 クロマ トグラフィー/質量分析法 を
用 いたプ ロポ リス成分 の分析
熊津 茂
則
・田津 茂実 ・野 呂 忠敬 ・中山 勉
現在, 日本において健康食品の素材 として も 注 目されているプロポ リスは, ミツバチが周辺 の植物の芽や浸出物を集 めて作 った樹脂状物質 である.プロポ リスの主 な成分 は,樹脂, ろう 質,花粉,その他 ミネラル類などであるが,莱 際の組成 は原塊の採取地や蜂が利用する植物源 に左右 される.プロポ リスは,世界各地で民間 伝承薬 として利用 されてお り,近年,抗菌作用, 抗 ウイルス作用,抗炎症作用,抗腫痘作用など の数 多 くの薬 理 学 的効 果 が報 告 されて い る(
Bur
doc
k
,1998).プロポ リスを薬品や健康食 品として利用す る場合, エタノール抽出物を利 用す ることが多い.そのため,エタノールで抽 出される成分が,プロポ リスの生理活性 に大 き な役割を果た していると考え られる.プロポ リ スのエ タノール抽 出物 中 に含 まれ る主 な成分 は,桂皮酸やp-
クマル酸 などの フェノール酸 類, フラボノイ ド類などであり(
Bankova et
a
1.,2000), これ らの成分組成を分析すること はプロポ リスの生理活性 の解明につながるだけ でな く,プロポ リスの品質管理を行 う上でも非 常に重要なことである. 天然物質の成分を同定す るためには,各種 ク ロマ トグラフィーによって, 目的 とす る成分を 単離 ・精製 した後,NMR
(核磁気共鳴)やMS
(質量分析)などの機器分析を行い,その化学構 造を解明するのが一般的な流れである. このよ うに一つ一つの成分を単離 した上で機器分析を 行 うことは,最 も確実な分析手段であるが,プ ロポ リスのような多種類の化合物の混合物につ いては,各成分の同定に至 るまで多大な労力 と 時間を要す る.そこで,プロポ リスのエタノー ル抽出物の簡便な分析法 として,HPLC
(高速 液体 クロマ トグラフィー), TLC
(薄層 クロマ トグラフィー),紫外分光光度計 などによる評 価 法 が提案 されて い る (藤本,1992;Pal
ma
andMal
as
pi
na
,1999;Par
k
,2000). しか し, これ らの方法か らは,大 まかな化学組成につい ての知見は得 られるものの,個々の成分に関す る情報 まで知 ることはで きない.それにもかか わ らず, これまでのプロポ リス成分の分析例の 中には,HPLC
の保持時間を比較 しただけで成 分を同定 しているもの もあり,間違 った情報を 報告 しているもの も少なか らずあると考え られ る.今回,私 たちはプロポ リスのエタノール抽 出物 に含まれる成分を分析す るための信頼性の 高い分析法の一つとして,HPLC
とMS
を合わ せたLC/MS
法 (液体 クロマ トグラフィー /質 量分析法)の利用を紹介 したい.LC/MS
法は,決 して新 しい分析法ではな く, 現在では食品や医薬分野だけでな く,環境分析 に至 るまで幅広 く利用 されてい る.HPLC
とMS
とを直 接 っ な ぐ こ とに よ り,混 合 物 をHPLC
で分離 した後,その まま質量分析 がで き,短時間で有用 な情報が得 られるという利点 が あ る (原 田 ・岡,1996).私 た ち は, このLC/MS
法をプロポ リス成分 の定性分析 に利用 す るための検討を試みた. 材 料 お よ び方 法 プロポ リスおよびフラボ ノイ ド標準試料 プロポ リスは, ブラジル ミナスジェライス州 産の原塊 を 70%ェクノールで抽 出 した ものを 試料 と した.また, フラボノイ ドの標準試料 (ケルセテ ン)は,関東化学 (秩)か ら購入 した ものを用いた.LC/MS
分析LC
装置 は,資生堂 (樵)製 セ ミミクロLC
シ ス テ ムで あ るナ ノスペ ー スSI
-
1
を用 い た.分 析条件 は以下 の通 りで あ る.
カ ラム :資生 堂
Capc
e
l
lPackC1
8UG1
20
(内径2.
0mm
,長 さ1
50mm)
溶離 液:
A
液,水 (
2
%
酢酸);B
液,アセ トニ トリル(
2%
酢酸) グ ラ ジェ ン ト条 件:0-60
分,B
液20%
-80%
流量:200
〟1/分 検 出 :UV280nm
サ ンプ ル :1
00/
J
g/ml
メ タノール溶 液 に調 製 した試料 を2〝
1注入 したMS
測定 は, イオ ン トラ ップ型質量分析計LCQ (
The
r
moQue
s
t
社) に, エ レク トロスプ レー(
ES
I) 用 のイオ ン源 を装着 した装置 を用 い,資生堂 のLC
装置SI
-
1に接続 した.測定条 件 は以下 の通 りで あ る. イオ ン化 モー ド :ESI
負 イオ ン キ ャピラ リー電圧 :-10V
キ ャ ピラ リー温度 :260℃
シースガス :窒素(
85ar
b)
165 スプ レー電圧:5kV
コ リジ ョンエネルギー :30%
結果および考察
ブ ラ ジル産 プ ロポ リスのLC/MS
分析 図1(a)に, ブラジル産 プ ロポ リスのエ タノー ル抽 出物 のHPLC
ク ロマ トグ ラムを示 した. 図1
(
b
)
は,図 1(a)と同 じ条 件 で ケル セチ ンを分 析 したHPLC
ク ロマ トグ ラムで あ る. ケ ル セ チ ンは, プ ロポ リスの主要 な構成成分 の一 つで あ ると も報告 されて い るが(
Pal
maand MaL
as
pi
na,1998;
斉藤,2000)
,図1
(
a
)
を見 て もわ か るよ うに,今 回使用 したプ ロポ リスサ ンプル にお いて は, ケル セ チ ン と同 じ保 持 時 間 に,UV280nm
で検 出 され る強度 の強 い ピー クは 検 出 されなか った. ダイオ ー ドア レイ検 出器 を 用 いた多波長分析 も行 ったが, このサ ンプル中 のケルセチ ンは検 出限界(1
0〟g/ml
)以下 で あ った. E]1(a)に示 した ピー ク4は, ケルセチ ンと近 い保 持 時 間 に観 測 され た ピー クの一 つ で あ る が,HPLC
の保持時間 の比較 だ けで, この ピー クが ケル セチ ンか ど うか を判別す ることは不可 時間 (分) 図1
ブラジル産プロポ リスのエタノール抽出物とケルセチンのHPLC
クロマ トグ ラム(a)ブラジル産プロポ リスのエタノール抽出物,(b)ケルセチン図2 ピーク4の MSスペクト
ル
図3
ピーク6
のMS
スペクトル(a)とMS/
MS
スペクトル(
b
)
能 である. しか し,LC/MS
分析 を行 うことで, ピー ク4
が ケル セ チ ンで あ るか ど うか を簡単 に判 別 す る こ とが で き る.図2に ピー ク4のMS
ス ペ ク トル を 示 した が,m/Z247.3
に[
M-
H]
と考 え られ る分子 イオ ンピー クが観測 され た ため, ピー ク4
の分 子量 は248
で あ る ことが確認 された. ケルセチ ンの分子量 は302
であ るため, ピーク4はケルセチ ンとは異 なる 化合物 であ ることがLC/MS
分析 か ら,明 らか にす ることがで きた.実 際, ピーク 4は単離 ・ 精製 した後,NMR(核磁気共鳴)などの詳細 な 機 器 分 析 を 行 う こ と に よ り,(
E)
-3-
(
2,2-di
me
t
hyl
13,4l
di
hydr
0-31
hydr
oxy-2
HllIbenz
opyr
an-
6-
yl
)
-
2-
Pr
ope
noi
c ac
i
d
であ ることを確認 している
(
Taz
awae
ta1
.
,1
999)
.
このよ うに
,LC/MS
分析 は,HPLC
におい て観測 され る ピークの分子量 を簡単 に調べ るこ とがで きるため, プ ロポ リスのよ うな多種多様0 0 0 0 0 CO 6 4 2 髄 米 W d 夜
晋
0 0 0 0 0 0 8 6 4 2 髄 米W
d
夜 空 図 4 ケルセチンのMSスペク トル(a)と MS/MSスペク トル(b) 表 1 ブラジル産プロポ リスのエタノール抽出物の ピーク帰属 tR (min) [M-H](m/Z) 化合物 3 6 0 1 6 9 2 0 6 0 3 8 5 20.12 6 22.39 7 29.07 8 30.48 9 31.74 10 32.42 11 33.49 12 35.67 13 35.98 14 36.71 15 37.62 16 42.77 17 48.62 p-coumarlCacid 3.5-dlCaffeoylquinicacid 3,4-dicaffeoylqulnlCaCld(E)131(2.21dimethyl13.41dihydro131hydroxy12H11-benzopyran16
-yl)- 2-propenoicacid 7.3 未同定
14 dihydrokaempferlde
i,4 drupamn((E)-3-prenyl-4-hydroxyclnnamlCacid) 5.5 未同定
7.5 dlhydrocomferylp・Coumarate 5.5 capillartemisinA
9.4 kaempferlde
4.7 E-31[2,3・dihydr0-2-(1-hydroxy-1-methylethyl)-71prenyl151
benzofuranyl]・2-propenoICacid
393.6 E-312,3ldihydr0-2-[2-[31(4-hydroxyphenyl)12-propenoyl]
oxy-1-methylethyl]-5-benzofuranylト2-propenoICaCld 313.5 未同定
SIS.5 (E)-3-(2,2-dLmethyl-3,41dihydro-3-hydroxy181Prenyl-2H-1 -benzopyran-6-yl)-2-Propenoicacid
299.5 artepillinC
297,7 (E)-3-(2,21dlmethyl・8-prenyl-2H・1-benzopyran-61yl)12・propenoICaCld
な混合 物 試 料 の組 成 分 析 に は非 常 に有 効 で あ ジヒ ドロケ ンフェ リ ド(dihydrokaem pferide)
る.しか し
,LC/MS
分析 は万能 で はな く,注意 で あ る こ と が 既 に 明 らか に な っ て い る が 深 く利 用 しな けれ ば な らな い時 もあ る.例 え (Tazawa et a1.,1998), この化合物 の分子量 ば, ピーク6は単離後 のNMR解析 な どか ら, もケルセチ ンと同 じ302であ る.仮 に, ピー ク6がHPLCにお いて ケル セテ ンと近 い保持 時 間を示 していた ら, この ピークをケルセチ ンと 判断 しかねない. 実際に, 図3(a)と図4(a)に示 すように,ピーク6とケルセチ ンのMSスペク トル は良 く似 たパ ター ンを示 して い る. しか し, このような場合,MS/MSスペク トルを測 定す ることで判別 は可能 となる.図3(b)と図 4 (b)に,m/Z301の分子 イオ ンピークを解裂 させ た両化合物 のMS/MSスペ ク トルを示 したが, そのスペク トルパ ター ンは大 きく異な っている ことが確認で きる.すなわち,ピーク6のMS/ MSスペ ク トルで は特徴 的 なm/Z283の フラ グメン トイオ ンピークが強 く観測 され る (図
3
(b))のに対 し,ケルセチ ンのMS/MSスペク ト ルではこのよ うな フラグメ ン トイオ ンピークは 観測 されていない (図4(b)).このm/Z283の フラグメン トイオ ンピークは, フラバ ノール構 造 に特 徴 的 な もの で あ る と考 え られ るた め (Liれ eta1.,1993), 仮 に分子量が同 じ化合物 であ って もMS/MS分析 を行 うことで,両者の 化合物の相同性を比較す ることは可能 となる. もちろん,このMS/MS分析 もLCと連結 した ままオ ンライ ンで測定可能 なため,容易 にデー タを取得す ることがで きる. 表 1に,図 1で 観 測 さ れ た主 な ピー ク の LC/MS分析 の結果をまとめた. 複数成分が重 なっている ピークもあるが,各成分の分子量 を 確実 に明 らかにす ることがで きた.なお, これ らの成分 は, 別途単離後, NMR等 の機器分析 により構造 を決定 している.LC/MSは, 確実 にデータを出 して くれ る装置であ り, ダイオー ドア レイ検出器を組み合わせ ることで, より詳 しい情報 を得 ることもで きる (He,2000).こ のように,LC/MS法 は "分子量"とい う各成分 の固有 の情報を与えて くれ るため, プロポ リス の簡便な成分分析法 と しての利用効果 は高 い. 今後,多 くの研究者がプロポ リスの成分分析 に LC/MS法を利用 してい くことを期待 したい. (熊樺, 中山 :〒422-8526 静岡市谷田 52-1静岡県 立大学食品栄養科学部;田滞,野呂 :同大学大学院 生活健康科学研究科) 引用文献Bankova,Ⅴ.S.,S.L CastroandM.C.Mar cu-cci.2000.Apidologie31:3-15.
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SHIGENORIKUMAZAWA,SHIGEMITAZAWA' ,TADAT-AKA NoR
O
●andTsuTOMU NAKAYAMA.Analysis ofpropolisbyliquid-chromatography-massspe -ctrometry.HoneybeeScience(2000)21(4):1 64-168.SchoolofFoodand NutritionalSciences,University ofShizuoka;'Graduate Schoolof Nutritionaland EnvironmentalSciences,Uni -versity ofShizuoka,52-1Yada,ShlZ uOka422-8526,Japan
ltisnecessary todeterminethephytoche m-icalconstituentsin propolisinordertoensure the reliability ofpharmacologicaland clinical reseal・Ch,to understand thelrblOaCtivitiesand to enhance productquality control. Analysis byHPLC,TLC andUV spectrahasbeenused for these purposes. Itis usually difficultto obtain the detailinfol-nation ofeach c ompo-nentinpropolisbyasinglemethod,sincepr o-polis contains various kinds of compounds. High-perfor一manceliquid chromatography-mass spectrometry(LC/MS)wasappliedtotheanal -ysisoftheethanolextractsofBrazilian pr o-polis. The negative electrospray ionization mode was used,and the constituents ofthe propoliswerecomparedwithstandardsamples bymassanalysis.Furthertandem massspect -rometry (MS/MS)wasapplied toidentify the compounds.ThisstudydemonstratesthatLC/ MS could beavery usefultechniqueforpr o-polischaracterization.