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アスペクト記号素と非アスペクト記号素 利用統計を見る 福岡大学機関リポジトリ A1701 0093

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0. はじめに

 近接未来の動詞形には近接未来記号素の実現形が含ま れ,複合過去の動詞形には複合過去記号素の実現形が含 まれる.たとえば ⑴ の tu vas avoir ... には,近接未来 記号素の実現形が含まれる.⑵ の tu as eu ... には,複 合過去記号素の実現形が含まれる.

⑴ Tu quel âge ? (Anna Gavalda, , Collection J ai lu, 2004, p.367)

   「きみは何歳になるのですか?」

⑵ Tu quatre ans aujourd hui. (Agathe

Hochberg, ,

Collection Pocket, 2005, p.51)    「きみは今日4歳になった」

 複合過去記号素は,アスペクト記号素である.アスペ クトクラスの元である記号素を,アスペクト記号素と呼 ぶ.複合過去記号素の本質的な表意機能は,事態の完了 を明示することにある.つまり複合過去記号素は,アス ペクト記号素である.なおアスペクトクラスの元ではな い記号素は,非アスペクト記号素と呼ぶ.

⑶ Demain, son corps parmi les ordures. (Internet)

   「明日かれの身体はごみの中に横たわる」 ⑷ Fin avril, une partie du troupeau les

prairies humides du Marais Poitevin. (Internet)    「4月の終わり,その群れの一部は Poitevin 湿

原の湿った牧草地の草を食む」

 近接未来記号素の実現形のなかには,複合過去記号素 の実現形と入れ換えることのできるものもあれば,この 入れ換えができないものもある.たとえば ⑴ の tu vas avoir ... に含まれる近接未来記号素の実現形は,⑵ の tu as eu ... にみられるように,複合過去記号素の実現形と 入れ換えることができる.他方 ⑶ の son corps va gésir

... や ⑷ の une partie du troupeau va paître ... に 含 ま れる近接未来記号素の実現形は,複合過去記号素の実 現形と入れ換えることができない.⑶ の gésir や ⑷ の paître に含まれる動詞記号素の実現形が,複合過去記号 素の実現形と共起しえないからである.

 したがって,近接未来記号素にはアスペクト記号素で ありうるものと,非アスペクト記号素であるものとの二 種類があることになる.複合過去記号素の実現形との入 れ換えが成立する近接未来記号素の実現形は,その近接 未来記号素がアスペクト記号素であるための必要条件を みたす.一方,複合過去記号素の実現形との入れ換えが 成立しない近接未来記号素の実現形は,その近接未来記 号素がアスペクト記号素であるための必要条件をみたさ ない.

 近接未来記号素がどのような表意単位であるのかを推 定するためには,文脈ごとに,その実現形の振る舞いを 個別に観察,検証するしかない.抽象的な存在である表 意単位は,直接的には観察ができないからである.表意 単位と実現形の関係は多様である.意味と形の間に,か ならずしも一対一の対応関係があるとはかぎらない.実 際,近接未来記号素と実現形の間に一対一の対応関係は ないと考えられる.

1. 表意単位と実現形

1.1 表意単位の実現形として成立するための必要条件  発話のある切片が表意単位の実現形であるためには, その切片を他の切片 (ゼロ切片でもよい) と入れ換える ことによって,知的意味にもとづいた弁別が発話に生じ ることが必要である.言い換えれば,少なくとも次の2 条件がみたされることが必要である.条件 ⒜ 発話の一 部分において,その切片を他の切片 (ゼロ切片でもよい) と入れ換えることができる.条件 ⒝ この入れ換えによっ て,知的意味にもとづいた弁別が発話に生じる.知的意 味という用語は,大略,言語共同体において共有され る客観的,離散的な弁別にもとづく意味のことを指す. たとえば ⑸ および ⑹ では,jour と nuit を入れ換える ことができる.つまり jour と nuit が条件 ⒜ をみたす.

川  島  浩 一 郎

二種類の近接未来記号素

(2)

また jour と nuit の入れ換えによって,⑸ や ⑹ の意味 に客観的,離散的な弁別が生じる.つまり jour と nuit が条件 ⒝ をみたす.したがって jour と nuit はそれぞれ, 少なくとも il faisait ... という文脈において,表意単位の 実現形であるための必要条件をみたしていると考えてよ い.

⑸ Il faisait . (Maxime Chattam, , Collection Pocket, 2004, p.180)

   「明るくなっていた」

⑹ Il faisait , [...].(Sébastien Japrisot, , Collection Folio, 1962, p.197)

   「暗くなっていた」

⑺ Il faisait . (Jean-Christophe Grangé, , Collection Le Livre de Poche, 2004, p.375)

   「まだ暗かった」

 入れ換えの可能性が検証の対象となる切片には,いわ ゆる「ゼロ切片」も含まれる.ゼロ切片という用語は, 切片が不在の状態を指す.たとえば ⑹ と ⑺ にみられる ように,il faisait encore nuit の encore はゼロ切片と入 れ換えることができる.この入れ換えは ⑹ と ⑺ に,知 的意味にもとづいた弁別を生じさせる.この観察によっ て ⑺ における encore は,表意単位の実現形としての必 要条件をみたすと考えることができる.

 最小の表意単位は,記号素と呼ばれる.記号素は,そ れ以上小さな表意単位に分割することができない表意単 位である1.つまり記号素の実現形の内部において条件

⒜ と条件 ⒝ をみたす切片は,その記号素の実現形全 体だけである.たとえば ⑸ の jour の内部にあって条件 ⒜ と条件 ⒝ をみたす切片は,この jour の全体しかな い.よって ⑸ の jour は,記号素 (最小の表意単位) の 実現形であるための必要条件をみたすと言ってよい.

1.2 表意単位の実現形としての必要条件の必然性  発話のある切片が表意単位の実現形であるためには, その切片が,少なくとも次の条件 ⒜ および条件 ⒝ をみ たすことが必要である.条件 ⒜ 発話の一部分において, その切片を他の切片 (ゼロ切片でもよい) と入れ換える ことができる.条件 ⒝ この入れ換えによって,知的意 味にもとづいた弁別が発話に生じる.この2条件は,発 話の切片が表意単位の実現形であるための必要条件であ る (1.1を参照).

 条件 ⒜ および条件 ⒝ をみたす発話の切片が,表意単 位の実現形であるとはかぎらない.たとえば [mwa] に おける [m] と [twa] における [t] は,条件 ⒜ と条件 ⒝ をみたす.しかし,これらの [m] や [t] を表意単位の実 現形と言うことはできない.これらの [m] や [t] は,音 素つまり最小の弁別単位の実現形である2

⑻ Il . (Georges Simenon, , Collection Folio, 1965, p.85)    「曇っていた」

⑼ Marion se surprenait à mentir avec une facilité . (Maxime Chattam, , Collection Pocket, 2005, p.187)

   「Marion は自分が陶然となるほど簡単に嘘をつ いていることに驚いていた」

 条件 ⒜ および条件 ⒝ をみたさない切片については, それを表意単位の実現形であると言うことはできない. 条件 ⒜ に反して,かりに ⑻ の faisait および gris を (ゼ ロ切片も含めて) 他の切片と入れ換えることができない と仮定しよう.この仮定によれば,これらの faisait と gris は一体化して分離不可能である.つまり ⑻ におい て faisait と gris はいずれも,表意単位の実現形である とは言えないことになる.これらは ⑼ の grisante にお ける gris と同様,記号素の実現形の一部分に過ぎない ことになるからである.また条件 ⒝ に反し,⑻ の gris を他の切片と入れ換えることはできるが,この入れ換え によって ⑻ に知的意味にもとづいた弁別は生じないと 仮定しよう.この仮定のもとでの gris を,表意単位の 実現形と言うことはできない.どのような実現形を用い ても (たとえば gris であろうが jour であろうが nuit で あろうが) 発話に知的意味にもとづいた弁別が生じない 文脈がもしあるとすれば,それは表意機能が働きえない 文脈であると考えざるをえない.以上の考察により,少 なくとも条件 ⒜ と条件 ⒝ をみたさない切片について は,それを表意単位の実現形とみなすことはできないと 言ってよい.

1.3 表意単位と実現形の非一対一的な対応関係

 表意単位とその実現形の間に,厳密な一対一の対応関 係はない.声の大きさ,話す速さ,男女差,年齢差,地 域差,個人差など,音声面でのあらゆる違いに着目する ことによって,同一の表意単位の実現形は無数に見いだ すことができる.また異音同義や同音異義の事例も少 なくない.たとえば ⑽ の peux と ⑾ の puis のように,

複数の記号素の複合体は,連辞と呼ばれる.表意単位は,記号素と連辞に大別される.なお最小の表意単位は,形態素とも呼ばれる. 表意単位と弁別単位を区別するためには,おそらく「当該の切片を除いた発話の他の部分が表意単位 (記号素あるいは連辞) の実現形で

(3)

同一の表意単位が異なる実現形をもつことがある.この 現象は,異音同義と呼ばれる.また定冠詞記号素の実現 形である ⑿ の la と直接目的代名詞記号素の実現形であ る ⒀ の la のように,異なる表意単位が (音声的な微細 な違いを除けば) 同じ「かたち」で実現することも珍し いことではない.この現象は,同音異義と呼ばれる.

⑽ Je vous aider ? (Brigitte Aubert,

, Collection J ai lu, 2002, p.44)

   「お手伝いしましょうか?」

⑾  -je vous aider ? (Brigitte Aubert,

Collection J ai lu, 2002, p.48)    「お手伝いしましょうか?」

⑿ Elle allume télé. (Brigitte Aubert, , Collection Points, 1998, p.78)    「彼女はテレビをつける」

⒀ On dit fantasque et imprévisible, [...]. ( , 11 avril 2005, p.155)

   「彼女は風変わりで先が読めないと言われてい る」

⒁ Ce m étonne. (Amélie Nothomb, , Le Livre de Poche, 1996, p.16)

   「それには驚きます」

 したがって表意単位と「表意単位の実現形」の対応関 係については,実現形を決定的な論拠にすることはでき ない.表意単位とその実現形は,一対一に対応しないか らである.たとえば ⑿ や ⒀ の la が表意単位の実現形 だからといって,⒁ の cela の内部にある la が表意単位 の実現形であるということにはならない.定冠詞記号素 の実現形である ⑿ の la と直接目的代名詞記号素の実現 形である ⒀ の la にみられるように,同一の実現形が同 一の表意単位の実現形であるともかぎらない.

1.4 相互排除と記号素のクラス

 複数の記号素が同一の記号素クラスの元であるために は,それらの記号素の実現形が同一の環境に現れる可能 性をもっている必要がある.記号素という用語は,最 小の表意単位を意味する (1.1を参照).たとえば ⒂ の beau と ⒃ の chaud は,互いに入れ換えることができる. つまり,これらの beau と chaud は il fait ... という同一 の環境に現れることができる.もしも il fait ... のような, beau と chaud が共通して現れうる環境がひとつもなけ れば,beau と chaud を同一の記号素クラスの元とみな

す必然性はないことになってしまう3

⒂  [...], il fait . (Frédéric Beigbeder, , Collection Folio, 2005, p.143)    「天気がよい」

⒃ Et en plus il fait , [...]. (Bernard Werber, , Collection Le Livre de Poche, 1991, p.16)

   「そのうえ,暑い,[...]」

⒄ Il fait et . (Cécile Krug,

, Collection J ai lu, 2004, p.186)

   「天気がよく,しかも暑い」

 複数の記号素が同一の記号素クラスの元であるために は,当該の記号素の実現形が,それらが等位関係にない かぎり,相互排除の関係にあることが必要である.相互 排除という用語は,大略,一方の出現が他方の出現を 妨げる関係を指す.たとえば beau と chaud は,⒄ の beau et chaud のような等位関係にないかぎり,il fait ... という環境においてどちらか一方しか現れることがで きない4.つまり,相互排除の関係にある.⒂ において

fait と beau を実現形とする記号素のような,それぞれ の実現形が相互排除の関係にないまま (等位関係におか れることなく) 同一の環境において共起しうる記号素に ついては,それらを同一の記号素クラスの元としてみな す必然性がない.

 以上より,複数の記号素が同一の記号素クラスの元で あるためには,少なくとも次の2条件がみたされること が必要だと考えられる.条件 ⒞ 当該の記号素の実現形 が,同一の環境に現れうる.条件 ⒟ 当該の環境において, 等位関係にないかぎり,当該の記号素の実現形が相互 排除の関係にある.たとえば ⒂ の beau と ⒃ の chaud は,互いに入れ換えることができる.つまり,どちらも il fait ... という環境に現れる可能性がある.そして beau と chaud が同一の環境で共起しうるのは, ⒄ にみら れる beau et chaud のように,これらが等位関係にあ る場合にかぎられる.等位関係にないかぎり,beau と chaud は il fait ... において相互に排除し,どちらか一方 しか現れることができない.したがって beau と chaud を実現形とする記号素は,少なくとも il fait ... という環 境において,同一の記号素クラスの元であるための必要 条件をみたすと言ってよい.条件 ⒞ と条件 ⒟ をみたす からである.

 少なくとも上記の2条件をみたさない複数の記号素 を,同一の記号素クラスの元であると言うことはできな

(4)

い.たとえば ⒂ の il fait beau における fait と beau は, 相互排除の関係にない.また,これらは等位関係にも ない.つまり ⒂ の fait と beau は,条件 ⒟ をみたさな い.したがって ⒂ において fait を実現形とする記号素 と beau を実現形とする記号素は,同一の記号素クラス の元ではないと考えざるをえない.上記の2条件をみた さない複数の記号素を,同一の記号素クラスの元である と考えるべき必然性はない.

1.5 知的意味と非知的意味

 表意単位の複数の実現形を発話の一点で入れ換える ことで,その発話に知的意味にもとづく弁別が生じる とき,入れ換えた実現形の間にも知的意味にもとづく 弁別があると言われる.たとえば ⒅ の française と ⒆ の américaine は,それらを入れ換えることによって ⒅ や ⒆ に知的意味にもとづく弁別が生じる (1.1を参照). よって少なくとも elle est ... という文脈においては,⒅ の française と ⒆ の américaine の間に知的意味にもと づいた弁別があると言ってよい.

⒅ Elle est , [...]. (Guillaume Musso, , Collection Pocket, 2005, p.206)    「彼女はフランスの人です,[...]」

⒆ Elle est , [...]. (Guillaume Musso, , Collection Pocket, 2009, p.13)    「彼女はアメリカの人です,[...]」

⒇  Sieg ! (Agnès Abécassis,

, Collection Le Livre de Poche, 2008, p.33)    「こんにちは,Sieg !」

 Bonjoûûûr ! (Agnès Abécassis,

, Collection Pocket, 2004, p.100)

   「こんにちはっっっ!」

 同一の表意単位の実現形とみなされる複数の実現形 が,非知的意味にもとづいて弁別されることがある.た とえば ⒇ の bonjour と の bonjoûûûr は,同一の表 意単位の実現形とみなすことができる.つまり,これら を入れ換えることによって知的意味にもとづく弁別は 発話に生じないと判定することが可能である.このとき ⒇ の bonjour と の bonjoûûûr には,知的ではない 意味 (非知的意味) にもとづいた弁別があると考えざる をえない.これらの間に,意味にかかわる何らかの弁別 があることは自明だからである.

 ただし,ある弁別が知的意味にもとづく弁別である かそうでないかを判定する先験的,客観的基準は本 質的には存在しない.たとえば ⒇ の bonjour と の bonjoûûûr を同一の表意単位の実現形であると解釈する 者にとっては,これらの間に知的意味にもとづく弁別は

ない.逆に,これらの bonjour と bonjoûûûr を異なる 表意単位の実現形であると解釈する者にとっては,これ らの間に知的意味にもとづく弁別がある.どちらの解釈 をとるにせよ,それが個人的な解釈であるかぎりは,根 拠の所在は判定者の個別の経験に立脚した主観でしかあ りえない.

2. 複合過去記号素と近接未来記号素

2.1 複合過去記号素 : 完了アスペクト記号素

 複合過去の動詞形には,複合過去記号素の実現形が含 まれる.たとえば の j ai eu ... には, の j ai ... には ない切片が含まれる.複合過去形を特徴づけるこの切片 は,表意単位の実現形としての必要条件をみたす (1.1 を参照).つまり複合過去の動詞形を特徴づける切片は,

と にみられるように,他の切片 (ゼロ切片でもよ い) と入れ換えることができる.また,その入れ換えに よって発話に,知的意味にもとづいた弁別が生じる.こ の切片は,記号素の実現形と考えられる.複合過去の動 詞形を特徴づける最小の切片だからである.

 J eu 16 ans. ( , 18 avril 2005, p.188)    「わたしは16歳になった」

 Tout d un coup, j 16 ans. (Frédéric Beigbeder, , Collection Folio, 1997, p.110)

   「突然,わたしは16歳になっていた」

 複合過去記号素は,完了アスペクト記号素である.た とえば の j ai eu ... における複合過去記号素の実現形 は,この事態が完了していることを明示する.実際 ai eu という動詞形によって表現された事態を,未完了の 事態として解釈することはできない.複合過去記号素の 本質的な表意機能は,事態の完了を明示することにある と言ってよい.複合過去記号素は,完了アスペクト記号 素である.

 Elle le 20 mai, n est-ce pas ? (Fred Vargas, , Collection J ai lu, 1995, p.165)

   「彼女は5月20日に失踪したんですよね?」  Et maintenant, il . (Fred Vargas,

, Collection J ai lu, 1995, p.25)    「そして現在,彼は失踪している」

 Nous bientôt à la maison. Plus que quelques rues. (Agnès Abécassis,

, Collection Le Livre de Poche, 2007, p.56)

(5)

かだけ」

  Retour à Coal Run" est un roman qui sort du lot, une œuvre poignante, un de ces livres qu on ne peut pas lâcher une fois qu on l . ( , 7 mars 2005, p.62)

   「Retour à Coal Run は際立った小説で,心をつ かむ作品だ.いちど読み始めたらやめられなくな るタイプの本のひとつでもある」

 複合過去記号素は,過去時制記号素ではない.完了ア スペクト記号素である.実際,複合過去記号素には,事 態の時間的な位置づけを特定する表意機能が欠けてい る.たとえば において a disparu で表された事態の 成立は,le 20 mai が示すように,過去時間に位置づけ られている. の a disparu によって表現された事態は, maintenant の存在が示唆するように,現在時間に位置 づけられている. において sommes ... arrivés によっ て表される事態は,bientôt の存在から未来時間に位置 づけられていることがわかる. において a commencé で表された事態の成立は,過去時間,現在時間,未来時 間のいずれにも特定されない.このように,複合過去記 号素の使用は時間的な位置づけによる制約を受けない. つまり,事態の時間的な位置づけを一意的に特定する表 意機能を備えていない.複合過去記号素は時制記号素で はなく,アスペクト記号素だからである.

2.2 アスペクトクラスの元 : アスペクト記号素

 複合過去記号素は,アスペクトという記号素クラスの 元であると考えてよい.複合過去記号素は,過去時制記 号素ではなく,完了アスペクト記号素だからである (2.1 を参照).アスペクトクラスの元を,アスペクト記号素 と呼ぶ5

 複合過去記号素以外の記号素がアスペクト記号素であ るためには,その記号素が複合過去記号素と同一の記号 素クラスの元でなければならない.つまり,その記号素 と複合過去記号素が,少なくとも次の2条件をみたすこ とが必要である (1.4を参照).条件 ⒞ 当該の記号素の実 現形が,同一の環境に現れうる.条件 ⒟ 当該の環境に おいて,等位関係にないかぎり,当該の記号素の実現形 が相互排除の関係にある.

 したがって,複合過去記号素がアスペクト記号素であ ることを前提にしながら,複合過去記号素以外の記号素 について,それがアスペクトクラスの元だと言うために は,当該の記号素が少なくとも次の2条件をみたすこと が必要である.条件 ⒠ 当該の記号素の実現形が,複合 過去記号素の実現形と同一の環境に現れうる.条件 ⒡

等位関係にないかぎり,当該の記号素の実現形が,複合 過去記号素の実現形と相互排除の関係にある.複合過去 記号素がアスペクトクラスの元であることを前提にする かぎり,この2条件をみたさない記号素について,それ をアスペクトクラスの元であると言うことはできない. アスペクトクラスの元である記号素は,複合過去記号素 と同一の記号素クラスの元であるはずだからである.条 件 ⒠ および条件 ⒡ は,複合過去記号素以外の記号素が アスペクト記号素であるための必要条件であると考えて よい.

2.3 近接未来記号素とアスペクトクラス

 近接未来の動詞形には,近接未来記号素の実現形が含 まれる.たとえば の Gabrielle a ... と の cette femme va avoir ... を比べれば,前者には含まれない切片が後者 に含まれていることは明らかである.近接未来の動詞形 を特徴づけるこの切片は,表意単位の実現形としての必 要条件をみたす (1.1を参照).すなわち近接未来の動詞 形を特徴づける切片は, の Gabrielle a ... と の cette femme va avoir ... にみられるように,他の切片 (ゼロ切 片でもよい) と入れ換えることができる.また,その入 れ換えによって知的意味にもとづいた弁別が発話に生じ る.この切片は,記号素の実現形と考えられる6.近接未

来の動詞形を特徴づける最小の切片だからである.

 Gabrielle 20 ans. (Guillaume Musso, , Collection Pocket, 2009, p.13)    「Gabrielle は20歳だ」

 Cette femme quarante ans ! (Tonino Benacquista, , Collection Folio, 1997, p.210)    「その女性は40歳になるところだ!」

 Sophie dix-sept ans cette année. (Marc Levy, , Collection Pocket, 2007, p.151)

   「Sophie は今年17歳になった」

 近接未来記号素のなかには,複合過去記号素と同一の 記号素クラスの元であるための必要条件をみたすものが ある.近接未来記号素には,つまり,アスペクトクラス の元であるための必要条件をみたす可能性がある.複合 過去記号素がアスペクト記号素であることを前提に,複 合過去記号素以外の記号素がアスペクトクラスの元であ るためには,当該の記号素が少なくとも次の2条件をみ たすことが必要である (1.4および2.2を参照).条件 ⒠ 当該の記号素の実現形が,複合過去記号素の実現形と同 一の環境に現れうる.条件 ⒡ 等位関係にないかぎり,

(6)

当該の記号素の実現形が,複合過去記号素の実現形と 相互排除の関係にある.たとえば の cette femme va avoir ... に含まれる近接未来記号素の実現形は, の Sophie a eu ... に含まれる複合過去記号素の実現形と入 れ換えることができる.したがって,同一の環境に現れ うると考えてよい.また の cette femme va avoir ... に 含まれる近接未来記号素の実現形は, の Sophie a eu ... に含まれる複合過去記号素の実現形と共起するこ とができない.つまり,等位関係におかれでもしない かぎり,相互排除の関係にある7.よって の cette

femme va avoir ... に含まれる近接未来記号素の実現形 は,複合過去記号素と同一の記号素クラスの元であるた めの必要条件をみたす.条件 ⒠ と条件 ⒡ をみたすから である (4.1を参照).

3. 複合過去記号素と共起できる動詞記号素と

共起できない動詞記号素

3.1 複合過去記号素と共起することができる動詞記号素  動詞記号素のなかには,複合過去記号素と共起するこ とができるものがある.これらの動詞記号素の実現形は, 複合過去の動詞形の一部となることができる.たとえば

の je veux ... に含まれる動詞記号素の実現形は,複 合過去記号素の実現形を含んだ の j ai voulu ... にみら れるように,複合過去記号素の実現形と共起することが できる.つまり,この動詞記号素は複合過去記号素と共 起することができる.

 Je vous parler. (Brigitte Aubert,

, Collection J ai lu, 2002, p.45)

   「あなたに話したいことがあります」  J parler. (Sébastien Japrisot,

, Collection Folio, 1966, p.215)

   「わたしは話がしたかった」

 複合過去記号素と共起できる動詞記号素は,アスペク ト記号素と共起することができる.複合過去記号素はア スペクト記号素だからである (2.1を参照).たとえば の je veux ... に含まれる動詞記号素の実現形は, の j ai voulu ... にみられるように,完了アスペクト記号素 との共起が可能である.よって,この動詞記号素はアス ペクト記号素と共起することができると言ってよい.

3.2 複合過去記号素と共起することができない動詞記号素  動詞記号素のなかには,複合過去記号素と共起する ことができないものがある.すなわち gésir,seoir, messeoir,paître に含まれる動詞記号素の実現形は,複 合過去記号素の実現形と共起することができない.たと えば の gît, の sied, の messied, の paît に 含まれる動詞記号素の実現形は,複合過去記号素の実現 形と共起することがない8.複合過去の動詞形の一部と

なることができないからである.これらの動詞記号素は, 少なくとも規範に従うかぎり,複合過去記号素と共起す ることができない.

 Il là, les flics enquêtent, bouffent des sandwichs, même sourient. (Internet)

   「それはそこに横たわっている.警官たちは捜査 をしサンドイッチを頬張り,微笑みさえする」  Non ! comme il , il fait un discours, [...].

(Internet)

   「いいえ!かれは自分にふさわしく演説をしてい ます,[...]」

 Mais il néanmoins, dans tous les cas, à l épouse du Président d exposer, face à la caméra et à des millions de Français, le fi n fond de sa pensée. (Internet)

   「しかしどんな場合であっても,カメラや何百万 ものフランス人を前に,大統領夫人が自分の考え の奥底を披露するのはよろしいことではない」  Zola lui-même, quand il ses vaches, s écrie

quelquefois : [...]. (Internet)

   「Zola 自身,かれの牛たちが草をはんでいると きには,ときおり叫び声をあげたものでした : [...]」

 複合過去記号素と共起することができない動詞記号素 は,複合過去記号素と同一のクラスの元である記号素と 共起することができない.複合過去記号素は,アスペク ト記号素である (2.1を参照).したがって複合過去記号 素と共起することができない動詞記号素は,アスペクト 記号素と共起することができないことになる.複合過去 記号素がアスペクトクラスの元であることを前提にする かぎり,複合過去記号素と同一の環境に現れることので きない記号素をアスペクトクラスの元であると言うこと はできない (2.2と4.2を参照).

(7)

4. 二種類の近接未来記号素

4.1 複合過去記号素と同一の記号素クラスの元でありう る近接未来記号素

 近接未来記号素のなかには,複合過去記号素と同一の 環境に出現することのできるものがある.たとえば の je vais prendre ... には,近接未来記号素の実現形が 含まれる (2.3を参照).この実現形は, の j ai pris ... にみられるように,複合過去記号素の実現形と入れ換 えることができる (2.1を参照).よって の je vais prendre ... に含まれる近接未来記号素の実現形には,複 合過去記号素の実現形と同一の環境に現れる可能性があ ると言ってよい.

 Je des photos. (Brigitte Aubert, , Collection Points, 2002, p.189)    「わたしは写真を撮るつもりです」

 J un café. (Patrice Leconte,

, Collection Le Livre de Poche, 2009, p.97)

   「わたしはコーヒーを一杯飲みました」

 複合過去記号素と同一の環境に現れうる近接未来記号 素のなかには,等位関係におかれでもしないかぎり,複 合過去記号素と相互排除の関係をもつものがある.たと えば の je vais prendre ... に含まれる近接未来記号素 の実現形は,同一の動詞形において (等位関係におかれ でもしないかぎり) 複合過去記号素の実現形と共起する ことができない (2.3を参照).これらの実現形は,一方 の出現が他方の出現を妨げる関係にある.つまり の je vais prendre ... における近接未来記号素は,等位関係 におかれでもしないかぎり,複合過去記号素と相互排除 の関係にある.

 以上の観察から,近接未来記号素のなかには,複合過 去記号素と同一の記号素クラスの元であるための必要条 件をみたすものがあると考えられる.複数の記号素につ いて,それらを同一の記号素クラスの元であると言うた めには,少なくとも次の2条件がみたされることが必要 である (1.4を参照).条件 ⒞ 当該の記号素の実現形が, 同一の環境に現れうる.条件 ⒟ 当該の環境において, 等位関係にないかぎり,当該の記号素の実現形が相互排 除の関係にある.実際 の je vais prendre ... に含まれ る近接未来記号素の実現形と の j ai pris ... に含まれ る複合過去記号素の実現形は,すでに確認をしたように, これらの条件 ⒞ および条件 ⒟ をみたす.

 したがって近接未来記号素のなかには,アスペクトク ラスの元であるための必要条件をみたすものがあると 言ってよい.複合過去記号素がアスペクト記号素である ことを前提に,複合過去記号素以外の記号素がアスペ

クトクラスの元であるためには (つまりアスペクト記号 素であるためには),当該の記号素が少なくとも次の2 条件をみたすことが必要である (2.2および2.3を参照). 条件 ⒠ 当該の記号素の実現形が,複合過去記号素の実 現形と同一の環境に現れうる.条件 ⒡ 等位関係にない かぎり,当該の記号素の実現形が,複合過去記号素の 実現形と相互排除の関係にある.たとえば の je vais prendre ... に含まれる近接未来記号素の実現形は,アス ペクトクラスの元であるための必要条件をみたすと考え てよい.すでに確認をしたように,条件 ⒠ と条件 ⒡ を みたすからである.

4.2 複合過去記号素と同一の記号素クラスの元ではあり えない近接未来記号素

 近接未来記号素のなかには,複合過去記号素と同一の 環境に現れることのできないものがある.たとえば の le corps va gésir ... や の le lion va paître ... には, 近接未来記号素の実現形が含まれる (2.3を参照).これ らの実現形を,複合過去記号素の実現形と入れ換えるこ とはできない.というのも gésir や paître に含まれる動 詞記号素の実現形は,複合過去記号素の実現形と共起す ることができないからである (3.2を参照).よって の le corps va gésir ... や の le lion va paître ... に含まれ る近接未来記号素の実現形には,複合過去記号素の実現 形と同一の環境に現れる可能性がないことになる.

 Là, le corps ainsi qu une poupée. (Internet)

   「そこに死体が人形のように横たわる」

 Dès lors, la paix va régner sur terre ; le lion avec les chameaux, le tigre avec les vaches, et le loup avec les moutons. (Internet)    「その時から,平和が地をみたした ; ライオンは

ラクダとともに,虎は牛とともに,狼は羊ととも に草を食んでいる」

 近接未来記号素のなかには,複合過去記号素と相互 排除の関係をもたないものがある.たとえば の le corps va gésir ... や の le lion va paître ... に含まれる 近接未来記号素の実現形は,複合過去記号素の実現形 と同一の環境に現れる可能性がない (3.2を参照).よっ て,この文脈における近接未来記号素の実現形は必然的 に,複合過去記号素の実現形と相互排除の関係にはない.

や における近接未来記号素は,複合過去記号素と 相互排除の関係にはないことになる.

(8)

も次の2条件がみたされることが必要である (1.4を参 照).条件 ⒞ 当該の記号素の実現形が,同一の環境に現 れうる.条件 ⒟ 当該の環境において,等位関係にない かぎり,当該の記号素の実現形が相互排除の関係にある. 実際 の le corps va gésir ... や の le lion va paître ... に含まれる近接未来記号素の実現形は,複合過去記号素 の実現形との関係において,条件 ⒞ および条件 ⒟ をみ たさない.

 したがって近接未来記号素のなかには,アスペクトク ラスの元であるための必要条件をみたさないものがある と言ってよい.複合過去記号素がアスペクト記号素であ ることを前提に,複合過去記号素以外の記号素がアスペ クトクラスの元であるためには (つまりアスペクト記号 素であるためには),当該の記号素が少なくとも次の2 条件をみたすことが必要である (2.2を参照).条件 ⒠ 当 該の記号素の実現形が,複合過去記号素の実現形と同一 の環境に現れうる.条件 ⒡ 等位関係にないかぎり,当 該の記号素の実現形が,複合過去記号素の実現形と相互 排除の関係にある.たとえば の le corps va gésir ... や の va paître に含まれる近接未来記号素の実現形は, アスペクトクラスの元であるための必要条件をみたさな いと考えてよい.すでに確認をしたように,条件 ⒠ と 条件 ⒡ をみたさないからである.

5. まとめ

 近接未来記号素のなかには,アスペクト記号素である ための必要条件をみたすものと,みたさないものがある. アスペクトクラスの元である記号素を,アスペクト記号 素と呼ぶ.たとえば複合過去記号素は,事態の完了を明 示するためのアスペクト記号素であると考えてよい.  近接未来記号素のなかには,複合過去記号素と同一 の環境に現れることのできるものがある. の je vais avoir ... に含まれる近接未来記号素の実現形は, の j ai eu ... にみられるように,複合過去記号素の実現形と 入れ換えることができる.つまり の je vais avoir ... に おける近接未来記号素は,複合過去記号素と同一の環境 に現れることができる.

 Je vingt-sept ans [...]. (Anna Gavalda, , Collection J ai lu, 2004, p.285)

   「わたしは27歳になるところです [...]」

 Cette semaine, j 36 ans. (Frédéric Beigbeder, , Collection Folio, 2005, p.225)

   「今週わたしは36歳になりました」

 複合過去記号素と同一の環境に現れうる近接未来記号

素は,等位関係におかれでもしないかぎり,複合過去 記号素と相互排除の関係をもつ.たとえば の je vais avoir ... に含まれる近接未来記号素の実現形は,同一の 動詞形において (等位関係におかれでもしないかぎり) 複合過去記号素の実現形と共起することはできない.一 方の実現形の出現は,他方の実現形の出現を妨げる.つ まり の je vais avoir ... における近接未来記号素は, 少なくとも等位関係におかれでもしないかぎり,複合過 去記号素と相互排除の関係にあると言ってよい.  したがって,近接未来記号素のなかには,複合過去記 号素と同一の記号素クラスの元であるための必要条件を みたすものがあると考えられる.複数の記号素が同一の クラスの元であるためには,それらの記号素の実現形が, 同一の環境において (等位関係におかれでもしないかぎ り) 相互排除の関係にあることが必要である.たとえば の je vais avoir ... における近接未来記号素は,それ が複合過去記号素と同一の記号素クラスの元であるため の必要条件をみたす.

 以上の観察から,近接未来記号素のなかには,アスペ クト記号素であるための必要条件をみたすものがあると 結論することができる.複合過去記号素が,アスペクト 記号素だからである. の je vais avoir ... における近 接未来記号素は,複合過去記号素すなわちアスペクト記 号素と同一の記号素クラスの元であるための必要条件を みたす.

 C est là que l arête. (Internet)    「そこに骨が横たわる」

 Les lions rôdent ; la famille . (Internet)    「ライオンがうろついている ; 群れは草を食む」

 一方,近接未来記号素のなかには,複合過去記号素と 同一の環境に現れることのできないものもある.たとえ ば の ... va gésir l arrête や の la famille va paître に含まれる近接未来記号素の実現形は,複合過去記号素 の実現形と入れ換えることができない.これらの gésir や paître に含まれる動詞記号素の実現形が,複合過去記 号素の実現形と共起することができないからである.つ まり の ... va gésir l arrête や の la famille va paître における近接未来記号素は,複合過去記号素と同一の環 境に現れえないことになる.

(9)

ない.その実現形が,複合過去記号素の実現形と同一の 環境に現れることができないからである.

 以上の考察から,近接未来記号素のなかには,アスペ クト記号素であるための必要条件をみたさないものがあ ると結論することができる.アスペクト記号素であるた めの必要条件をみたさないという点において,これを非 アスペクト的な記号素であると考えることもできる.実 際 の ... va gésir l arrête や の la famille va paître における近接未来記号素は,複合過去記号素すなわちア スペクト記号素と同一の記号素クラスの元であるための 必要条件をみたしていない.

参考文献

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参照

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