− − − − はじめに
本県では、工業科や商業科などの高校において 地歴A科目を2つ、普通科の高校ではAとB、も しくはB科目を2つ履修するのが一般的である。 県下の世界史A担当教員にどのような授業を行っ ているかを伺ったところ、内容では、教科書全内 容の網羅的学習、近現代史のみの学習、第二次世 界大戦後のみの学習というもの、また東アジア中 心、ヨーロッパ中心の学習など、様々な回答が返 ってきた。しかし、私自身は前近代史不要論には 反対である。近現代史のみの場合、どうしてもヨ ーロッパ優越史観に陥りやすいからだ。さて、指 導上の悩みでは、生徒の世界史学習への無関心、 地理・歴史の基礎学力不足、指導者が世界史専門 でない場合の指導力不足、教科書内容すべてを網 羅することの時間的不足、前近代史を身近に感じ てもらうことへの苦労、などがあった。世界史A 学習の指導に悩んでいる様子がわかる。
その悩みのうち最も大きいのは、世界史A前近 代史の内容精選と授業構成についてではないだろ うか。世界史Bの政治史を単純化したものがA科 目というのではない。精選の規準をきいてみると、 現代史につながる内容であること、生徒が興味関 心を持ちそうな内容であること、「平和」「人権」 に関する内容であること、異文化理解に役立つ内 容であることといったように様々であった。現行 の学習指導要領では、近現代を16世紀以降とし、 「近現代史に授業時数を多く配当」とある。標準 単位数が2であるため、年間授業時数を70時間と して、前近代史授業時間は3割程度、つまり約20 時間と考えたい。約20時間で扱う前近代史の内容 は何か。どのような視点で精選し、指導計画をた てればよいか、これが本稿の目的である。
歴史の面白さと歴史学習で育てたい学力
歴史学習の醍醐味は、新しい知識を知る喜びだ けでなく、人々の生々しい足跡に感動し、いろい ろの事象が影響しあって事が起き、社会が変化し ている面白さにある。私たち歴史教員が味わった 喜びを、生徒にも味わってもらいたいと思う。 では、高校の歴史学習を通して生徒に身につけ てほしい学力とは何であろうか。それは、「日本 人としての歴史教養」と「歴史的思考力」である と私は考える。「歴史教養」をいかにわかりやす く理解させ、「歴史的思考力」をいかに育てるか が歴史教員に求められている。しかし、「歴史教養」 はさておき、「歴史的思考力」とは一体どういう ものであろうか。それを整理しておきたい。
歴史的思考力とは
一般に思考力とは、事象を的確に把握し、分析 し、その意義を理解し、今日の問題に応用する能 力とされる。では、「歴史的思考力」とは具体的 にはどのような力であろうか、次にあげてみたい。 ①時間や空間の認識力。100年前という感覚や50
年間という時間の把握、東西南北や遠近の位置 関係などが認識できることである。
②時代の社会構造把握力。その地域・時代の生産 力(経済力)をどこが握っており、どういう階 層が社会を動かしているかという構造がわかる ことなどである。
③背景や因果関係の認識力。どうしてそうなった かという原因を考察できることである。 ④共通点や相違点の比較認識力。たとえば、中世
西欧と東欧との比較や、農耕社会と遊牧社会の 違いを発見するなどである。
⑤変化の認識力。発展しているとか衰退している とかといった社会の変化がわかることなどであ
世界史A 再考 指導計画立案のコツ
楽しく力になる授業をめざして−世界史A前近代史の指導計画−
− − − − る。
⑥交流による影響の認識力。経済・文化の交流に よる各地域の社会変化がわかることである。 ⑦多面的な見方や考察力。一方的なものの見方に
よる誤った判断防止のために必要な、思考力の 中でもとくに重要と思われる力である。 ⑧批判力。矛盾や嘘はないか、科学的に推論でき
る力である。
⑨総合的把握力や特性把握力。細部の違いにこだ わらず、大きな視野で把握認識する力である。 ⑩歴史小法則の発見力。その時代その地域に通用 する法則というものがあり、それを発見する力 である。
⑪資料読み取り力。資料やグラフから何がわかる かを正確に読み取る力である。
歴史的思考力とは、以上のような学力をいうの であろうか。
考える場を設ける授業
私がめざしている世界史授業は、生徒が静かに 板書事項をノートに写し、テスト前にそれを覚え させるだけの授業ではなく、生徒が考え、生徒か らの質問の出る授業である。それには、時間中、 生徒に考える場面を保障しなければならない。「な ぜなのか」などを考えさせる場である。こうした 訓練の積み重ねの結果、しだいに生徒たちは、歴 史学習が今を生きるための勉強であること、生身 の人間の足跡であることに気づき、学習を楽しむ ことができるようになると考えている。ただし、 これは短期間に養成できる学力ではなく、指導者 に工夫と忍耐が求められる。教員の中には、学習 困難校では思考なんて絶対に無理といいきる教員 もいるが、工夫しだいでどの生徒にも「考えさせ ること」はできると私は思う。
「考えさせる」発問は、「なぜか」「背景は何」 といった高度な質問からではなく、答えやすいも のから始めたい。「君だったらどう思う」「どちら がすごいと思う」「前によく似たものがなかった か」「向こうの立場だったらどう」などがよい。 また、たとえ的確な回答でなくとも、否定するこ
となく生徒に自由に発言させたい。
思考力を育てる他の方策として、定期考査前の 質問メモ提出も有効である。「授業でわからなか ったこと」「授業で感じたこと」「なぜと思うこと」 などを記載させ回収し、後、QアンドAの形のプ リントを生徒に配布している。生徒が考える機会 や学習意欲向上につながる他、私自身の指導の反 省に役立っている。しっかり理解させたつもりな のに、実はそうでなかったことがわかるからであ る。
定期考査問題でも工夫したい。ペーパーテスト は、観点の「知識・理解力」を評価するのに適し ているが、「歴史的思考力」をみる出題も十分可 能である。ここでは私が出題した世界史B中国宋 代の問題を例としてあげてみたい。例①「宋代、 周辺遊牧民国家は軍事力で中国を圧倒していたが、 やがて彼ら独自の文字を作り出すに至った。その 文字の字体からみて、遊牧民国家のリーダーたち が中国文明をどう見ていたか、推測してあなたの 考えを述べよ。」例②「ゲルマン民族移動の4〜 5世紀に、中国でも北方遊牧民が華北に侵入し五 胡十六国時代を迎えている。ヨーロッパとアジア で共通する原因は何か。気候の面から推測してみ よ。」これらは、想像させたり推測させて思考力 をみる問題である。
世界史A前近現代史の扱い方
− − − − 的条件との関連留意」「前近代部分の時間配当の 工夫」などを留意事項としてあげている。 さて、前近代史指導の要点を、私は次のように 考える。
①2単位授業の場合、前近代史時間数は21時間 (東アジア4時間、南アジア2時間、東南アジ
ア1時間、イスラーム世界4時間、ヨーロッパ 5時間、アメリカ・アフリカ・太平洋地域3時 間、ユーラシアの交流圏2時間)
②1時間での小単元完結授業
③1時間を貫くおもな課題設定(MQ) ④毎時間、モノ・ビデオ・図版・資料の使用 ⑤対話型展開で思考場面の設定
⑥毎時間の世界地図教室掲示 ⑦内容の精選
そして精選の規準は、
○諸地域世界を通史でなく特質で押さえる ○日本史との関連事項を入れる
の2点と考えている。そのためにも、諸地域世界 が(今日的視点から)どのような意義・特色を持 っている地域であるかの把握が重要となる。
学習指導案例
例として、「東アジアの中央集権制」「朝鮮史」 の2時間分の学習指導案の単元目標と指導過程を 提示したい。
○東アジア世界の中央集権制指導案(2時間) 《単元》東アジア世界(全4時間)
《単元目標》東アジア世界とは、中国を中心にモ ンゴル高原・朝鮮半島・日本列島・インドシナ東 北部の地域である。この地域は、漢民族の「漢字」 「儒学」「漢訳仏教」「中央集権制」といった文化
や制度を共有する地域であり、このキーを適切な 教材を使って理解させる。また、我が国が中国か らどのような影響を受け、文明を展開させてきた のかについて考察させる。
《単元構成》「漢字・儒学・道教」(1時間)、「中 央集権制」(2時間、本時はその1時間目)、「朝 鮮史」(1時間)
《本時目標》始皇帝の政治を通して、東アジアの
歴史的政治スタイルである中央集権制のしくみを、 地方分権制と比較して考察させる。
《指導過程》
MQ:「歴史上、東アジアの政治体制には中央集 権制がなじみ深い。中央集権と地方分権の違 いは何?」
Q:「次の2型は、どちらが中央集権でどちらが 地方分権か。」
Q:「あなたが皇帝なら、どちらを望む? あな たが豪族なら、どちらを望む?」
A:「皇帝なら、上の中央集権を、豪族なら、下 の地方分権。」
<秦の始皇帝の中央集権制…以後の中国王朝政治 のモデル>
①秦の始皇帝 ※VTR「始皇帝(18分)」 前221中国統一… 法家の思想家、李斯を使って
中央集権化
ア 中央政府の任命する長官を地方へ派遣(郡県制) し、上意下達の政治(官僚制)
イ農民反乱防止のため、武器没収(刀狩り) ウ思想統制で政府批判を弾圧(焚書坑儒) エ文字・貨幣・度量衡の統一
※ 文字…篆書の字体、貨幣…半両銭(※実物回 覧)、ものさし・ます・はかり
オ領土の拡大… 北方の匈奴民族を攻撃、「万里の 長城」修築
Q:「シン=CHINという語からうまれた英語は 何?」
A:「CHINA。ヨーロッパは秦のような中央集権 中央政府(皇帝・貴族・官僚)
支配
庶民 庶民 庶民 庶民 支配
豪族 豪族 豪族
中央政府(皇帝・貴族・官僚)
庶民 庶民 庶民 庶民 対立
豪族 豪族 豪族
− 0 − − − 国家を中国と考えた。」
Q:「肖像画をみて、始皇帝をどう思うか。」 A:「(怖そう、堂々としている…)(後に描かれ
る場合、描いた時期のその人物への評価によっ て、英雄にも悪人にも描かれる)」
Q:「君は始皇帝のような容赦ない君主をすごい と思うか、悪者と思うか。」
A:「評価は様々だが、中国をひとつにまとめた 点は、今日、良いように評価されている。」 Q:「秦は農民反乱(陳勝・呉広の乱)で、建国
15年後の前206年に滅亡した。なぜ農民は反乱 を起こしたのか。」
A:「追いつめられた農民は殺されるのを覚悟で 反乱を起こした。中央集権化に伴う急激で厳格 な政治改革が原因。」
○東アジア世界の朝鮮史指導案(1時間) 《本時目標》朝鮮が、中国の影響を受けた東アジ ア地域の一国であることを把握させるとともに、 日本との関係を理解させる。近年の日本との不幸 な関係だけでなく、古代からの友好的交流につい て理解させる。朝鮮の文化を重点的に扱う。 《指導過程》<朝鮮の文化>
MQ:「『冬のソナタ』『チャングムの誓い』の朝 鮮はどのような社会か? 中国や日本との歴 史的関係は?」
※VTR「TV『チャングムの誓い』」(2分) Q:「2分間のVTRを見て、朝鮮のイメージなど、
気づいたこと。その他、知ってること。」 A:「(儒教思想、忍耐、情熱、一族の団結、一所
懸命、キムチ、チマチョゴリ、…)ここでいう 『朝鮮』とは、韓国と北朝鮮を合わせた地域。」 ①思想・価値観…儒教、仏教
・親(母=オモニ)や目上を大切にする ・一族の団結・秩序維持
②文字…漢字→仮名として15Cハングル(訓民正 音)作成
※VTR「ハングル講座」(2分) ※韓国紙幣(15C世宗)
Q:「正式でない仮名をつくった理由は何。」 A:「漢字だけではすべての朝鮮語を筆記できな
いから。庶民への文化普及にも役立った。」 ③磁器
※磁器実物(白磁・青磁) Q:「土器・陶器・磁器の違いは?」 Q:「磁器の故郷は?」
A:「英語のchinaとは磁器。つまり中国。中国か らの磁器が朝鮮でさらに進化した。」
Q:「日本の有田焼はどうしてうまれたのか。」 A:「16C末、豊臣秀吉の朝鮮侵略で陶工を連行。」 ※VTR「韓国ドラマ『壬辰倭乱・丁酉倭乱』」 (5分)(文禄の役・慶長の役)
※韓国紙幣(500ウォン)
Q:「日本軍を打ち破った李舜臣は、秀吉にとっ ては賊、では朝鮮では何?」
A:「(見方はその立場で違う)」
Q:「今日の朝鮮文化はどのようにつくられたか。」 A:「朝鮮独自文化+中国文化。」
<日本との関係史>
5・6C 大陸文化の日本への流入(漢字、織物、 養蚕、儒教、仏教等)
7C 中国(隋)と抗争、日本と抗争 13C モンゴル軍に従って北九州へ(元寇) ※近代以降
16C 豊臣秀吉の朝鮮侵略
17C 朝鮮通信使 ※VTR「朝鮮通信使」(10分) 20C 日本が併合→独立→2つの朝鮮
さいごに
生徒が世界史の授業を楽しみにしてくれること、 そして学力がつくことを、これからも指導の目標 としたい。