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シューベルト・リート受容史の研究 : リートの変容と改変

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(1)Title. シューベルト・リート受容史の研究 : リートの変容と改変. Author(s). 村田, 千尋. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 45(2): 137-150. Issue Date. 1995-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4319. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 平成7年3月. 北海道教育大学紀要 (第1部A) 第45巻 第2号 f Hokka Se i lo i do Un i i fEduca i Journa 1 t t t ver c onIA)VO s on( yo ‐45 ‐2 , No. March , 1995. ソユ ーベ ルト・リ ー ト受容史の研究 リ ー トの 変容 と 改 変. 村. 田. 千. 尋. はじめに 我々 は しば しば, ウィ ー ンの作 曲家 シ ュ ー ベ ル ト F ‐Schube ) に 「歌 曲王」 と いう 称 号を 1797‐1828 t( r. つけて語る. この呼び名は, シューベルトが作った様々な器楽作品やオペラな ど大規模作品の存在を無視し た言い方であり, 一面的な偏った呼称であるとも言えよう‐ しかし一方で, 生前に彼が周囲の人々から受け ていた評価や, 彼の音楽が一般に知られていった経緯を考えてみる と, あながち不当とも言えないことがわ かる‐ ンュ ー ベ ル トは生 前 からリ ー ト (ドイ ツ 歌 曲) の作 曲家 と して知 ら れ, 演 奏 ・出 版 に関 してもリ ー トが先. 行していた‐ 彼の全作品の中で最初に印刷楽譜となったのは, 雑誌付録として印刷された友人マイアーホー 『 フ ァ ー ヱ Mayrhof ) の 詩 に よ る リ ー ト 『エ ル ラ フ 湖 Er l er (1787‐1836 af see ‐8,3』 ( 絵 の 本』 1818 ,D586. op. 年 1月24日 発 行) で あ り, 最 初 の 出 版 楽 譜 も ゲー テj he ( 1749‐1832 ) の 詩 に も と づ く 『魔 王 t ‐ W.v .Goe Er lk6nig ‐ op.1』 (1821年 4 月 2 日出版) ,D328. であっ た. その後も作品番号の8番までをリートが占めて. いる の を始 め, 生 前 に出版 さ れた百 余り の 楽譜 の半 数以 上 がり ー トとな っ て いる‐ その 結果 全リ ー ト作 品 , の お よ そ1/3にあ たる187曲 が生前 に出 版 さ れる こ とと な っ た‐ こ の割 合 は シ ュ ー ベ ル トの 他 ジ ャ ンルの 楽. 譜出版と比べて, 特別 に高いと言わざるを得ない‐ それどころか, 彼の没後も常に出版活動の先頭を切った の がリ ー トであ り, 1895年 の 『旧シ ュ ー ベ ル ト全集』 完 結 以前 に, 3/4以 上 のり ー ト作 品 が既 に印刷 さ れて. いたのである. 交響曲やオペラな ど, 比較的大規模なジャンルの出版が 『旧シューベルト全集』 完結後に本 ) ネ酬ヒする の と は大きく 異 な っ て いる1 . 同様 に, 生前 に演 奏さ れた回、数 が最 も多 い ジ ャ ンルもリ ー トであ っ た. 彼 の作 品の 内 生前 に公 開の場 で , 初演 さ れた こ と が判 明 している の は わ ず か70曲程 にす ぎない が そ の 内 30曲余り をリ ー トが占め 重唱 ・ , , ,. 合唱曲, 宗教音楽も含めると, 声楽曲が全体の8割を越えるのである‐ しかも リート作品は同じ曲が様々 , な演奏会で何回も歌われることが多く, 延べ回数で数えると, 演奏会におけるリートのシェアはいっそう高 まる こ と になる. こ のよう に見 る と, シ ュ ー ベ ル トを 「リ ー ト作 曲家」 と して 捉 え る こ と が正 当 であ り リ ー トこ そ シ ュ ー , ベ ル トの評 価 を高 め, シ ュ ー ベ ル トが一 般 に広 く 知 ら れていく き っ か けとな っ た ジ ャ ンル である こ と がわ か る‐ しか し, 彼 のり ー トはそ の 出版 ・ 受 容の 過程 にお い て 必 ず しも オリ ジナ ルな 形 によ っ ての み伝 え ら れ , て い っ た と は 限ら な い‐ 場 合 によ っ て は, 作 曲さ れ たま ま の真 正 な 姿 か ら改変 さ れ 原 作 か ら歪 め ら れて知 , ら れてい っ た場 合も ある‐ こ れも ま た シ ュ ー ベ ル ト歌 曲 が伝 播 する 重 要な き っ か けとな っ た現 象 であり , ,. ソユーベルト歌曲の受容史研究の上で, 興味深いテーマとなる‐ そこで本稿では, シューベルト歌曲が出版 さ れていく 過程 で, い かなる 変 容 を被 っ た の か とい う こ と を検 討 して いき た い‐. 137.

(3) . 村 田 千 尋. 1. 演奏会用音楽への改変 19世紀初 頭 にお い て, リ ー トはサ ロ ン的ナイ ー フな音楽 と考え ら れてい た‐ シ ュ ー ベ ル トのリ ー トも, 公 開 の場 で歌 わ れる よ り も む しろ, 「シ ュ ー ベ ル ティ ア ー デ」 と 呼 ばれる, シ ュ ー ベ ル トを 囲 む友 人 達 の夕 べ. の集いにおいて, 彼自身の伴奏で, 友人の一人である歌手によって, 親しい友人達のために歌われることが ) 一方で1 9世紀初頭は 「公開演奏会」 の制度が定着し, 大きなホールにおける聴衆を前 多かっ たのである2 ‐ 3 ) に した演 奏 が一 般 化 し始め て い た時代 でも あ っ た . そう い っ た流 れの 中 で, 本来サロ ン的 ナイ ー フ な音 楽. であるリートも, 演奏会用音楽へと改変され, その性格を変えて受容される という例が見られる. ) による演 1811‐86 i t( s z シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トの 演 奏 会 音 楽 へ の 改 変 と して 最 も 有名 な例 はリ ス ト F ‐L 奏会用 ピ アノ 曲へ の トラ ンス クリ プシ ョ ン/ パ ラ フ レー ズ であろう. リス トは自 分の演奏 レパ ー トリ ー拡 大 ) 1810‐49 ), シ ョ パ ン F i 1810‐56 n( の ため に, シ ュ ー ベ ル トを始 め と して, シ ュ ー マ ン R .Chop .Schumann ( ) 等 の オ ペ ラ, ベ ー トー 1813‐83 ), ヴ ァ ー グ ナ ー R 1813‐1901 i( 等 の 歌 曲, ヴ ェ ル ディ G rd ‐ Wagner ( .Ve )等 の交 響 曲と い っ た様々 な ジ ャ ンルの様々 な音 楽 を ピ ア ノ 曲 に編 曲 し(サ 1770‐1827 ヴェ ン L v hoven( t e .Be ), 自 ら演 奏 して 喝采 を 浴 びて い たの である. そ の 中 で, シ ュ ー ベ ル ー ル による 作 品 表 にお ける s ‐383a‐577. 4年間に,57曲 (他に重唱曲を原曲とするもの1曲) を編曲し, 33年から46年までの1 トのリートについては18 ) その多く を出版している (表1)4 ‐ として原曲の旋律にほぼ忠実に作られていることがわかる 旋律については原則 曲法を見ると リストの編 , ) 例 え ば 『海 の 静 けさ Meeres st 5 26 p i l l e 』 の場合, 旋律は最上声に置かれ, 完全に原曲の旋律 .3,2 ,D 1 o ‐ I 1 と 一 致 して い る. 『エ レ ン 第 3 の 歌 (ア ヴ ェ ・ マリ ア) E ens Gesang m,D839 op 』 の 場 合 も, 旋 律 ‐52,6. は一貫してテノールに置かれ, わずかなリズムの変更, 装飾音型の省 略を除けば, 原曲 どおりの旋律をなぞ っ ていく と 言う こ と がで きる‐ こ れ らの 2 曲 に代 表さ れる とおり, 主 旋律 は主と して ソ プラノ かテノ ー ル に. 置かれ, わずかに変形されることはあっても, 原則 として原曲どおりとなっ ている. もっとも, 多少の変形 を受けることも珍しくはないし (例え ば 『君はわが憩いDu bist die Ruh,D776 op.59,3』 な ど), 多節 に わ r Lindenbaum,D911,5 op‐89,5』 たる歌曲の場合, 一部の詩節が省略されることもある (例え ば 『菩提樹De l d な ど). ま た, 『い ら だち Ungedu 』 の よう に, 演 奏 上 の都 合 で はあ ろう が, リ ズ ム を 変 .25,7 ,D795,7 op 『弔 い の 鐘 Das Zugeng 6 16ck‐ 更 し て い る 場 合 も 少 な く な い ). と こ ろ が, 『セ レ ナ ー デ standchen ・ ,D920』 や. の場合には, 伴奏音型の中に歌唱旋律が埋もれてしまっ ている部分がある. リスト自 身は, 原曲の旋律を重視していたものと 思わ れ, こ れら トラ ンス クリ プシ ョ ン・リ ー トの 出 版 にあ た っ ても, 『 5ペ」 ジ) 歌詞を添えて印刷 し, 旋律を明示すべきであると考えていたが (文献27 , 菩提樹』 にいたって ,5 は, 本来の旋律が埋もれてしまっている箇所について, 歌詞の印刷も省 略されている. 一方では 『魔王』 の ように,歌詞の中の登場人物に応じて旋律をソプラノや バスに配置するという 工夫がされているものもある‐ これに対し, 伴奏部については原曲から変更されていることが多い. 演奏上の都合から伴奏の音型が簡略. in 0,2 l e 』 p .8 ,D871 o. 『 化さ れる こ ともある が, む しろ, よ り装 飾 的 に, よ り効 果 的 にさ れている こ とが多 い‐ 例 え ば 魔 王』 で‐は,. 前半についてはほぼ原曲に近い伴奏となっ ている が, 後半, 子 どもの恐怖がつのり, 父親までもが次第に不 安になってくると, 伴奏はより細かな音価を多用し, オクターヴの連打など, 広い音域を用いることによっ て, 不気 味で恐ろしげな雰囲気をいっ そう高めている‐ 『魔王』 を始めとして若干の曲では, このような変 更は受けながらも, 全体としての音楽構造, 特に全体としての小節数に変更がないため, 場合によってはリ ストの編曲に合わせて原曲を歌うことも可能である-・しかし, 多くの曲においては前奏や間奏, 後奏に追加 の小節を挿入して拡大しているため, 原曲の小節 数とは異なることになっ ている‐ この拡大は1~2小節の こともあるが, 『君はわが憩い』 のようにほぼ歌の1節に相 当する間奏を挿入したり, 『水の上で歌う Auf 138.

(4) . ンューベルト・リート受容史の研究. dem Wa ingen sser zu s 』 .72 ,D774 op. の よ う に 長 大 な 後 奏 を つ け て い る 場 合 も あ る‐ 特 に 『セ レナ ー デ. St andchen 』 で は 間 奏 を ほ ぼ歌 詞 1 節 分 に 拡 大 し, カノ ン 的 な 音 構 成 を 導 入 す る こ と によ っ て, 自 ,D957,4. 由な幻想曲を展開している (譜例1). リス トは編 曲 にあ た っ て, 原 曲を かなり 重 視 してい た と見 ら れ, 移調 する こ と は少 な い‐ 僅 か に 『セ レナ 7 ) ー デ, D920 』 にお い てハ 長調 か ら 変 ロ 長調 へ の 移調 が見 ら れる だ けであ る . ま た, 『弔 い の 鐘』 で は二分. の二拍子が四分の四拍子に改められているが, これも例外的な変更と言える. 以上見てきたように, リストによる編曲は原曲に忠実な場合と, 比較的自由に構成されている場合とがあ る‐ いずれにせよ, 原曲の旋律はそのまま活かし, 伴奏と一体化することによってほぼ原曲どおりに旋律を 追っ ていくため, 全体としては聴く者に原曲と同じ様な印象を与えることはできる‐ しかし, 極めて技巧的 な 難 曲と な っ ている‐ この よう な編 曲 活動 は リス トにと っ て, ピ アノ の ヴィ ル ト ゥ オー ゾと して 演 奏 レパ ー トリ ー を拡 大 し , ,. 自らの超絶技巧を示す という目的を持っ ていたと考えられる‐ その際, 聴衆がよく知っている旋律を用いる こ と は, ブ レ ン デル A.Br ) も 言う よう に, 聴 衆 の 喝采 を 浴 びる た め に は極 め て有 効 な 手段 で l( 1931- ende ) 従 っ て パ ラ フ レー ズ の原 曲 と して利 用 さ れる と いう こ と は その 曲 が既 にあ る 程 度 人気 あ っ たろう8 の ‐ , , を得 ており, 人々 に知 ら れてい たと いう こ とを 示 す と考 える こ と ができる‐ 一 方 で リス トがパ ラ フ レー ズ , して演 奏する こ と によ っ て, 原 曲の 知名 度 も い っ そう 高 まる であ ろう. つ ま り リス トがパ ラ フ レー ズ の材 , 料 と して用 い た と いう こ と は, シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トの 受 容 史 にお い て 極め て重 要な 意 味を持つ こ と なの で ある. こ のよう な ピ アノ ・ パ ラ フ レー ズ は, リ ス トと 限らず他 の ヴィ ル ト ゥ オー ゾの 活動 にお い ても見 ら れる こ と である が, シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トは 彼 の生 前 か ら パ ラ フ レー ズ の対 象 とな っ てい た 模 様 であ る 例 え ば , ‐ 『魔 王』 は出 版 さ れて1 ヶ 月 余り の1821年 5月16日 友 人 の1 人 ヒ ュ ッ テ ン ブ レンナ ー A H t enbr enner , , . ut ( 1794‐1868 ) によ っ て ピ アノ 曲 『魔 王 ワ ル ツ』 へ と編 曲さ れ 同年 8月13日 に出 版さ れてい る のである (文 , 『 献5, S 王 1 2 7 4 ) f 1 3 魔 編 曲 歴 た ど S の 史を っ て いく と, 1824年 8月19日 に は グ レー ザーJ 』 a ‐ . s er ‐ .F .G1 『 ( 1798‐1861 ) による 魔 王 行 進 曲』 が 出 版 さ れ (文 献5, S ), シ ュ ー ベ ル トの 死 後, 1829年 に ‐256,S .330 『魔 王 の ギ ャ ロ ッ プ』 が 出 版 さ れ て い る‐(文 献5 S 128 , ‐ ). 最 後 の 作 品 につ い て は, 出 版 当 時 シ ュ ー ベ ル ト自 身 の作 品 と さ れて い た が, 現 在 で は そ の 可 能 性 は否 定さ れて いる 『魔 王』 と 同様 に シ ュ ー ベ ル ト自 . , 身も ピ アノ 幻 想 曲の主 題 と して利用 したこ と が知 ら れている 『さす ら い 人 De r Wander er ,D489 op.4,1』 に 『 つ いても, 1826年 に編 曲者不 明の さ す らい 人の ワ ル ツ』 が出 版さ れて いる (文 献5 s 128 , ‐ )‐ このよう に, シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トが作 曲者の生 前 からパ ラ フ レー ズ の対 象 とな っ て いた こ と 特 に 『魔 王』 の場 合 作 , , 曲者 の友 人 による と はい え, 出 版直 後 に パ ラ フ レー ズ さ れてい たとい う こ と は シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トの 受 ,. 容史の上で重要な意味を持つ出来事であると言える‐ 一 方, 1876年 に も ゴッ トハ ル トJ ha 1839‐1919 ) によ っ て 数 曲の ピ アノ ‐ パ ラ フ レー ズ ・リ ー t t rd ( ‐P ‐Go ~ トが出版 さ れている. こ の 楽 譜 につ い ては, 出版の 経緯 か ら考 える と シ ュ ー ベ ル ト.リ ー トの 出 版運動 の一. 環として位置付けることが適当と 思わ れる た め, 後 に再 び触 れる こ とと した い. サロン的ナイーフな音楽であったりートが演奏会用 音楽へと性格を変えていくもう一つの方法は 伴奏の , オーケストラ編曲であろう‐ リートという声と鍵盤楽器の伴奏による室内楽的な音楽が 管弦楽伴奏を用い , る こ と によ っ て響 き を拡 大 し, 大 ホー ル にお ける コ ンサー ト音 楽へ と変 化 する わ けであ る こ のよう なり ー ‐ トのあ り 方 は, 19世紀 末, マ ー ラ ー G ゴ ( ー M 1 8 6 0 ‐ ) ー h l 1 9 1 1 ・ フ ヴ ル r l f( 1860‐1903 ), R ォ フ H‐ Wo . a e , ‐ 9 ) シ ュ トラウス R 1864‐1949 ) 等 によ っ て 追 求さ れ たも の である . と ころ が シ ュ ー ベ ル ト- t r auss ( . .リ ー ト .S の場 合, はる か に早く か らリ ー トをオ ー ケス トラ 伴奏 に編 曲 し 演 奏 会用 音楽 と する 試 み が行 わ れている , ‐ 139.

(5) . 村 田 千 尋. ) によ っ 1794‐1859 i t( わ か っ て いる 限り 最 も 早 い例 は, 作 曲 者 の 兄, フ ェ ル ディ ナ ン ト Ferd r nand Schube ). て1830年 3月21日 に行 わ れ た 『魔 王』 の 独 唱 と オ ー ケ ス トラ, 合唱 によ る 演 奏 で あ る (文 献6, S .199 r フ ェ ル ディ ナ ン トは1836年 にも 『潜 水 者 Der Tauche 』 を 弦 楽 合奏 伴 奏 に編 曲 して演 奏 して いる (文 ,D77 ) o 献6, s )l ‐ .53 シ ュ ー ベ ル トの 死 後, 彼 のリ ー トを オ ー ケ ス トラ 伴 奏 版 に編 曲 した 作 曲 家 と し て は, ベ ルリ オ ー ズ H‐ ) の名 前 が上 げら れる. ベ ルリ オー ズ は 『とら 1833‐97 ), リス ト, ブラームスj 1803‐69 l i Be r oz ( .Brahms ( 1832年 作 曲, 34年 オー ケス トラ 伴 奏編 曲) な ど自 身 の歌 曲 をオ ーケス トラ 版 わ れの女 Lacap i i t ve 』( .12 ,op に 編 曲 し, オ ー ケス トラ 伴 奏 歌 曲 の 道 を 開 い た と み な す こ と が で き よう が, 1860年 に シ ュ ー ベ ル トの 『魔 『 S 王』 を管弦 楽 伴 奏 に編 曲出 版 している‐ 同 じく60年, リス トも シ ュ ー ベル トの6つ の歌 曲 ( ‐651 若 ‐375,R 8 .2』, き 尼 Di 』, 『糸 を 紡 ぐ グ レー トヒ エ ン Gretchen am Spinnrade eiunge Nonne,D828 op ,DI1 op ‐43,1 『 『ミ ニ ヨ ン Mi non D321 NL20』 『魔 王』 『影 法 師 De 78 ed r Doppelganger , D5 g , , D957 ,13』, 別 れ Abschi , , 『 ) を独唱 と男 声 の重 唱, 8 2 .7 9,2 S 1macht NL29 e AI 』( ‐652 .376,R 』) を編 曲 し,71年 に は, 全能の神 Di ,D 5 op 管 弦 楽 伴 奏 の た め に編 曲 して い る‐ や や 遅 れ て ブラ ー ム ス も62年 以 降 に, 『御 者 ク ロノ ス に An schwager 『 レ ンの 『秘 密 Gehe 『 1 imes 69 op Kronos .14,2』, エ ,D719 op ,D541 op.6, 』, ‐19,1』, メ ム ノ ン Memnon ,D3 『 第2 の 歌 EI 1 ‐24,1』 ens Gesang=,D838 op‐52,2』, タ ル タ ル ス の 群 れ Gruppe aus dem Tartarus ,D583 op. の5曲を管弦楽伴奏に編曲している‐ これらの管弦楽伴奏編曲版はその多くが出版もされており, シューベ ルト・リート受容史における変容の問題を考えるに際しては重要な出来事といえよう‐. 2. よりナイーフな音楽への改変 これまでに述べてきたような, 形式の拡大を伴う 演奏会用音楽への改変とは全く逆の方向性を持つ変容, よ り ナイ ー フ な, サ ロ ン的 という よ り も む しろ 家 庭 的な 音 楽へ の改 変 という こ とも, シ ュ ー ベ ル ト・リ ー ト. の受容の歴史の中では起こっている‐ 例え ば, 鑑賞の対象としての芸術歌曲 (リート) を, 娯楽としての民 1 ) 謡へ 転用 す る と いう こ と が挙 げら れる1 . シ ュ ー ベ ル トのリ ー トで, 民 謡 と して も 歌 わ れる こ と の あ る 歌 曲 と して は, 『野 ばら Heidenroslein,D257 ) が 『魔 1875‐1955 op 』 と 『菩 提 樹』 がよ く 知 ら れ て いる. こ れ ら の 場 合, トー マ ス ・ マ ン T‐Mann ( ‐3,3 改 の 山 Zauberbe rgs 』 にお い て い み じく も 述 べ て いる よう に, 旋 律, 音楽 構 造 な どが単 純 化 さ れ, 歌 い易 く 変 さ れる こ と が多 い. マ ンは 『菩 提 樹』 につ い て 次 の よう に 言 っ てい る‐ 「こ の す ばら しい 歌 が民謡 と して. 歌われる ときには, 芸術歌曲としての歌い方とは多少異なっている. その場合, たいていは単純化され, 全 体を主要旋律で通 して歌う. 原曲では, この有名な旋律は, 早くも8行からなる第2節で短調に転調し, 美 しい第5行目で長調に戻ってくる. それに続く<冷たい風>と帽子が頭から吹き飛 ばされる場面では, この 旋律は劇的に崩 れ,第3節の最後の4行に至ってようやく回復される. そして2回繰り返され, 歌い終わる‐」 『魔の山』 第7章 『譜音の充溢』 ) ( ) による 編 曲 を指 して いる. 本 1789‐1860 l i r( こ こ で言う 「民謡 と しての 歌 い 方」 とは ジルヒ ャ ー F che ‐S. 来は4節からなる変奏有節リートであるが, 第2節前半が短調に転調し, 第3節が朗詞調の旋律となること に よ っ て ほ と ん ど通 作り ー トに近 い 様相 を示 している. と ころ が ジルヒ ャ ー の編 曲 では旋律 に 一部 変 更がみ. られるのに加え, すべての詩節を第1節と同じ旋律で歌う純粋有節リ ートヘと改められているのである‐ こ 8世紀半ば以来の民謡調リートの理念が生きている (譜例2) こに, 「誰にでも歌う ことができる」 という1 . シ ュ ー ベ ル ト.リ ー トの 場 合, 「よ り ナ イ ー フ な音 楽へ の 改 変」 と して い っ そう の 重 要 性 を持 つ の は, ギ ) や ジュリ 1786‐1826 r( タ ー伴 奏へ の編 曲 版の存 在 であ ろう. こ の当 時, ウ ェ ー バー C .13 , op ‐ Webe .M.v 140.

(6) . ソユーベルト・リート受容史の研究. 1781‐1829 )の ギタ ー 伴 奏 歌 曲 に見 ら れる よう に, ギタ ー は家 庭 的伴 奏 楽 器 と し ア ー ニ M.Gi l i i( op u an .89 ,‐ て比 較的 ポ ピ ュ ラ ー な 楽 器で あり, ギター を伴 奏 楽 器と した歌 曲の存在 も さ ほ ど珍 しいも の で はな か っ た‐ ソユ ー ベ ル ト自 身, ギター を愛 好 して いた こ と が知 ら れ, 愛用 の ギタ ー が遺 品 と して 現在 も ウ ィ ー ンの シ ュ ー ベ ル ト協 会 に所 蔵 さ れている. このよう な 時代 を背景 と して, シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トの ギター 伴 奏 編 曲は 誕生 した の であ ろう. ン ュ ー ベ ル トの 生 前 に 出 版 さ れた187曲 のり ー トの 内, お よ そ1/4にあ たる44曲 が ピ アノ 伴 奏 版 と 同 時, ま た はや や 遅 れて ギタ ー伴 奏 版 によ っ て も 出版さ れている‐ ヘ ッ ク T.F ck (文 献11 .He , 60ペ ー ジ, 文 献12 ,. 序文) は, 出版譜のプレート番号を根拠にギター版の方が先に出版されているものもあり, それらは本来ギ ター伴奏歌曲として作曲されたのではないかと主張しているが, プレート番号は順序が入れ替わって出版さ れる こ とも ある ため, 必 ず しも 決定 的な 証拠 と はな らない (文 献3, 文 献22 , 121ペ ー ジ)‐ 現在 の と ころ,. ギター版の方が早いとする資料も,ギター伴奏版がオリジナルとする資料もこれ以外には見つかっていない‐ ま た, ギタ ー 版 が出版さ れて い ない ピ アノ 版 歌 曲 は存 在 して も, その 逆 ピ アノ 版の 出 版さ れて いな い ギタ , ー 版 歌 曲 がシ ュ ー ベ ル トに は存在 しない こと, 残 さ れ ている 自 筆譜 がすべ て ピアノ 伴 奏 版 である とい う こ と. を考えると, ギター版がオリジナルであるという見解は, 否定する根拠も十分とはいえないが かなり無理 , がある よう に思 わ れる. オリ ジナルな ギタ ー 伴 奏歌 曲 が存在 したか どう かはさ てお い て ピ アノ 版 にや や 遅 ,. れてギター版が出版されている場合も, オリジナルとほぼ同時にギター版の出版が予告され, ほどなく実際 に出版されているということから考えると, 更に, 他の作曲家によるリートの出版状況, しばしばピアノ伴 奏版に加えてギター伴奏版が出版されているということも考慮に入れると, 当時, ピアノ伴奏版に併せて , ギター伴奏版も出版するということがかなり一般的であり, それだけの需要もあっ たということがわかる. ソュ ー ベ ル トの場 合, 生 前 に出 版さ れた44曲 に加 え て, 13曲 が没後ま も なく ギター 版 で出 版さ れている‐ 更. にオリ ジナルな ピアノ伴奏版自体が遺作として出版され,続いてギター伴奏版が出版された1 0曲も含める と, 総計67曲が1840年までにギター伴奏歌曲として出版されている (表2, 語例3). こ れ らの ギター 編 曲版 につ い て, そ の編 曲者の氏名 は 明ら か にな っ てい な い- シ ュ ー ベ ル ト自 身 がい か に ギター を愛 好 してい た と しても, ギタ ー のオリ ジ ナ ル 曲を 1 曲も残 してい な い とい う こ と ギター 伴 奏 版 が ,. 彼の自筆譜によっ ては1つも残っていないということを考えると, どう やら彼自身による編曲とはみな し難 い. ギタ ー 版の編 曲者 と して は, 彼 の周 辺 にい た 人物 の 中 で, 作 曲家 と して は ギタ ー を用 い た歌 曲や 室 内楽 作 品 を 残 し, 出 版 業 者 と して は シ ュ ー ベ ル トの ギタ ー 伴 奏 版 の 出 版 の 内 24曲 に 関 わ っ て い た ディ ア ベ リ , A.Di l ) こ そ, そ の す べ て につ い て で はな い と して も か な り 多 数 に 関 与 して い た こ と が l i( 1781‐1858 abe ,. 想像できる‐ ンュ ー ベ ル ト歌 曲の ギタ ー 伴 奏 版 は, ヘ ッ ク による テ ーク ラ 版 (文 献12 ) に収め ら れている16曲を見る 限 2 ) い ず れの 場 合 でも り, ピ アノ 伴 奏 を そ の ま ま 単 純 化 して ギタ ー に演 奏 さ せ て いる と 言う こ と がで きる1 . ,. ギターで演奏するために音域を変更したり部分的に音型を単純にすることはあっ ても 主要な音型を変更す , る こ とも, ま してや 音楽 構 造 そ のも の に関 わる よう な 改 変 を加 える こ とも い っ さ い行 わ れて いな い 16曲中 . 10曲 につ い て は, ギタ ー編 曲す る にあ た っ て移調 して いる が い ず れも b系 の音 楽 を #系 に改 める も の であ ,. り, 楽器の特性 に合 わせた 変更と考えることができる. その結果, b系の音楽 は16曲 中1曲 ( 『悲 しみ Wehmut i 』 ニ 短 調) に 限 ら れ て い る. も っ と も, 『狩 人 の 夕 べ の 歌Jage r s Abendl ed , D772 op .22,2 ,D368. op 』 の よう に, 大 幅 な 移調 (変 ニ 長 調 か らイ 長 調 へ の 減 4 度 の 移調) によ っ て 声 域 が 変 わり, テノ ー .3,4 ルに適 した 歌 がバリ トンに適 した歌 へ と 変 わ っ て しまう 場 合もある. い ず れ にせ よ ここ で見 ら れる の はリ , ス トによる トラ ンス クリ プシ ョ ンの 場 合のよう な, 一般 の民 衆 に と っ て演 奏 の対 象 と はな りえ な い超 絶技 巧. の難曲をつくろうという態度ではなく, できる限り原曲に忠実に, 一般大衆にも演奏の可能性を開いた親し 141.

(7) . 村 田 千 尋. みやすい音楽を作ろうという態度であると言えよう‐ より大衆的な伴奏楽器としてギターを用いた編曲版を 作 っ た という こと も, シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トが一 般 に知 ら れていく 上 で重 要な役 割 を果 た した とい う こと は. 想像に難くない‐ これらの楽譜の内, 多くが失われてしまい, 現在手に入れることができるもの がわずかと な っ て しま っ た こと は 極め て残 念 である‐. 3. シューベルト・リートの出版運動における改変 先 にも述 べた よう に, シ ュ ー ベ ル トの音 楽作 品 が一 般 に広く 知 ら れて行く よう にな っ た過程 にお い て, リ. ートの果たした役割は大きい‐ まず作品番号の1番から8番までをリートが占め, その後も作品番号の過半 数 を, 実 際の 出版 曲 数 につ い て も4割 以上 がリ ー トとな っ て いる‐ 更 に, そ の 没後 にお い ても, 作 品出 版運. 動が最初に成果を挙げたのはリートであった. この動きの中で, とくに重要な働きをしたのは, 作曲家の生 前にも処女出版である 『魔王』 を始め, 多くのリートを世に紹介したディアベリであった. 彼は, 生前の出 30年 か ら50年 にか けて, 50巻135曲 に も 及 ぶ 『遺 作歌曲集 Franz 版の 内47件 に関 与 した 以 外 に, 18 laB-Li erungen)=NL』 を 出 版 し て い る‐ l i ef ika chtungen (Nach schuberゼs nachgelassene mus sche Di. と ころ で, こう い っ た出 版運動, 出版の 経 緯 とも 関 連 して, シ ュ ー ベ ル トの作 品 が改 変 を被る という こ と 0 .32 l e があ っ た‐ 例 え ば, 彼 の 生 前 に 出 版 さ れ た 『ま す Di e Forel 』 に して も, 前 奏 の 追 加 と いう ,D55 op. こ と が行 わ れてい る‐ 即 ち, 『ま す』 はま ず1816年 末 か ら17年 7月 の 間 に作 曲さ れた と 考 え ら れ てい る. こ の段 階で, 2稿 残さ れた が, いず れ にも前 奏 はつ いてい ない‐ つ い で18年 2月21日 に第 3稿 が, 20年 秋 に第 4稿が作られ 第4稿はウィーンの雑誌の付録として20年12月 9 日に出版されている‐ この段階でも前奏は. ,. つ け ら れてい な か っ た. シ ュ ー ベ ル トは第 4稿 出版後の21年10月 に, もう 一度 改 訂 を加 え て第 5 稿を作 り, こ こ に初 め て前 奏 を加 えている. と ころ がこの 第5 稿 の前 奏 は, 我々 が今 日耳 にする も の と は異な っ ている ので ある. 雑誌付 録 とな っ た第 4稿 は ディ ア ベ リ によ っ て歌 曲シリ ー ズ の1 冊 と して25年 1月13日 に 再 出 版. 7年になってから出された再版に至って初めて32という作品番号が与えらた. このデ され, 後に, おそらく2 ィ ア ベ リ 版 に至 っ てよう やく, 我々 が知 っ て いる 前 奏 が加 えら れて いる‐ 現 在 で は, この前 奏 はシ ュ ー ベ ル. ト自身によるものではなく, 第5稿の前奏を参考に, ディアベリによって作られたものではないかと考えら ベ 奏 を承 認 して い たも の と思 わ れる‐ しか f れている (文 献6, S .). もちろ ん, シ ュ ー ル ト自 身この前 .319. し, 出版の事情によって前奏が追加されたという事実は変わるまい‐ 『ます』 の場合は出版当時, 作曲者も生きていたのである から, 自ら作っ たかどうかは別としても, 前奏 の追加を作曲者自身が知っていたことは明らかである‐ ところが, シューベルト没後に始まっ た遺作歌曲集 の出版運動に関しては, もはや作曲者自身とは関係のないところで前奏・後奏を追加し, 伴奏を改変してい くことになる‐ 実際, ディアベリの遺作出版活動の中で, (表3A) の各曲について, そのような作業が行 わ れて いる.. 没後の遺作出版運動の波は, 完成作品 ばかりではなく, 未完として残された作品にも及んでいる. 即ち, (表3B) に見 ら れる 4 曲 につ い て は, シ ュ ーベ ル ト自 身は完成 させ な か っ たも のの, 編 者 である フリ ー ト レン ダー, ディ ア ベ リ, ゴッ トハ ル トが未完部 分 を補い, 作 品 と して 完成 さ せ ている の である‐ 更 に興 味深. いことに, 前述のように ゴッ トハルトは彼が編んだ遺作歌曲集の中に, オリ ジナルな ピアノ伴奏歌曲ばかり で は なく, ピ アノ . パ ラ フ レー ズ を も加 えて いる (表 3C). こ れが い か なる 意 図 による も の か, ゴッ トハ. ルトによる遺作集の現物を見ていないため判断はできないが, シューベルトの遺作出版運動の多様性を見る 思いがする.. 142.

(8) . シューベルト・リート受容史の研究. 4. フオーグルとシューベル ト・リートの改変 こ こ で, シュ ー ベ ル ト・リ ー トの演 奏 ・出 版 に関 わ っ て, 重 要 な働 きを した1 人の 人物 につ いて述べ な け れ ばなる ま い‐ そ れは, シ ュ ーベ ル ト・リ ー ト演 奏 の 第1 人者 であり, 時 には彼 の音楽 的助 言 者と して, 時 に は 父 の よう な 保 護 者 と して シ ュ ー ベ ル ト の 生 活 全 般 に 深 く 関 わ っ て い た オ ペ ラ 歌 手 の フ ォ ー グ ルJ ‐M‐ 1768‐1840 ) であ る. シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トの演 奏 史 を紐 解 い て み て も, フ ォ ー グル の 果 た した 役割 Vog l( は極 め て 大きく, 例 え ば, 1828年 3月26日 に開 かれ たシ ュ ー ベ ル ト唯 一 の 自作 音楽 会 にお い ても, シ ュ ーベ ル ト自 身 の 伴 奏 によ っ て 6 曲 を 歌 い, 主 要 な 出 演 者 の 1 人 と な っ て い る (文 献 5, s )‐ とこ ろ が こ の ‐503 - フォ ー グル が, 本稿 にお い ても 重 要な 意 味 を持 っ ている の である‐ 即 ち, 彼 は シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トの演 奏 にあ た っ て, 即 興的な マニ ー ル を加 える こ と によ っ てか なり 目‐由な改 変 を行 い, しかもそ れを楽譜 に残 して 3 ) 彼 が 関与 した とさ れて いる 改 変 は (表4) の 7 曲に及 んでいる いる の であ る1 ‐ ‐ こ れ らは い ず れも 手稿 譜と して 残 さ れている, ま た は残さ れて い たもの であり, 自筆譜, 及 び初 版譜 と の 比 較 によ っ て, 他 人 の 手 が加 え ら れ た と判 断す る こ と が で きる が, 更 に, 『ブロ ン デル がマリ ー に B1 l onde i zu Ma r en,D626. NL34 』 の 場 合, 自 筆 譜 が消 失 して い る た め 断 定 は で き な い も の の, や はり フ ォ ー グル に. よる と 考 え ら れる マ ニ ー ル が見 ら れ, 旧 シ ュ ー ベ ル ト全 集 版 (AGA 343 , ), 及 び フリ ー ト レン ダー による ペ ー タ ー ス 版 (pet ) と して 印刷 さ れている (文 献13 ers v,50 , 74ペー ジ).. 『美 しき 水 車 屋 の 娘 Di l in 2 er e sch6ne Mni ‐25 ( . Ausgabe 1830?)』 に至 っ て は, 確 証 こ そ な ,D795 op いも のの, お そ らく フ ォ ー グル が, 場 合 によ っ て は ディ ア ベ リ と 相 談 して手 を加 え た と思 わ れる 出版 楽譜 が 初 版 譜 と は別 に残 さ れてお り,‐1870年 代 ま で, そ れがオリ ジナ ルの 『美 しき 水 車屋 の女恥 と して歌 わ れてい 4 ) た1 ‐. フ ォ ー グル によ る 改 変 は多 岐に亙 っ て いる‐ そ の第1 と して旋 律 に装飾 を つ け, よ り華や か に している と いう 点 が挙 げら れる (第1 番, 第4 番, 第6 番, 第7 番, 第 8 番, 第11番, 第12番, 第13番 第17番 第18 , ,. 番, 第1 9番, 第20番) . 第2に, 旋律中に休符を挿入して長いフレーズを分割したり音の動きを簡単にして 歌い易くするという点が挙げられる (第1番, 第2番, 第5番, 第11番, 第1 8番, 第1 9番) ‐ 第3に, 移調 を 行 っ て いる (第 7 番, 第18番, 第20番)‐ こ れ ら は い ず れも 長 3度 低く 移調 さ れ てお り フ ォ ー グルの 声 ,. 域に合わせたのではないかと考えられる‐ 第4に, 歌詞の割り振りを変更している場合もある (第11番 第 , 13番, 第15番). この 中 で, 第13番 『緑 のリ ボンで Mi t dem. granen. Lau t enbande 』 は特 に変 更の 幅 が大きく,. 原詩さえも改変している点が目につく‐ 更に, 休符の挿入やリ ズムの変更によっ て言葉の区切りをはっきり させるな ど, 言葉の語り, 朗誠に配慮した変更も見られる (第2番, 第5番, 第6番 第13番) ‐ 最後に, , 第15番 『妬 み と 誇 り Ei f l e r sucht und S t o z 』 では歌詞の付け変えはさほど多くないものの, 旋律と音楽構造. が大幅に変更されている. 即ち, 旋律自体を大幅に改変・追加し, 更に器楽の間奏も追加しているため オ , リ ジ ナ ル の93小 節 が99小 節 に拡 大 さ れ て い る (譜例 4). 『新 ドイ チ ュ 目 録』 (文 献6 S 489 , ‐ ) によ れ ば, 『美 しき 水 車屋 の女劇 の 全 曲初 演 は作 曲者の 死 後30年 近く た っ た1856年5月 にウ ィ ー ンで シ ュ ト ク ハ ウ ゼ ッ ンj 1826‐1906 ) によ っ て行 わ れた こ と にな っ て いる が 恐 らく そ の時 にも この 「フォ ー グ ockhaus en ( ‐St , , ル版」 によ っ た の であろう‐. 5. シューベル ト・リートの受容史における改変の意味と方向 以上の考察からシューベルト・リートがその受容史において被っ た変容の意味と方向性をまとめてみよ う. そ の 第1 の方 向 は, リ ー トという ジ ャ ンル の 本来 的 な意 味をより 強 める ところ の より ナイ ー フな音 楽 , 143.

(9) . 村 田 千 尋. へ向かう改変であった‐ 具体的には民謡化やギター伴奏への編曲が挙げられる‐ この行為はシューベルト・ リートの出版と同時平行的に行われたものであり, 恐らく, 当時の一般民衆にとっては親しいものであった ろう. しかし現在では, 少なくともギター伴奏版はほとん ど演奏される機会がなく, 楽譜もその多くが失わ れて しま っ た た め, 現 在 に はさ ほ ど影響 を 及 ぼ して い な い と 考 え ら れる. そ の 理 由 と して は, ドイ チ ュ ○ ‐ ) が 『旧 ドイ チ ュ 目 録』 を作 成 す る に あ た っ て, ギタ ー 伴 奏 版 の存 在 を 無 視 し, そ 1883‐1967 E ch ( s .Deut 5 ) 1 の情 報を 同 目録 にい っ さ い載 せ な か っ た という こ と が挙 げら れる の では な い だろう か 二 第 2 の方 向 は, こ れと は全く 逆 の, 演 奏会用 音 楽へ と向 かう 方 向であ り, ヴィ ル トゥ オー ゾによる パ ラ フ ・ 出 版 に際 して の手直 レー ズ とオ ーケス トラ伴 奏へ の編 曲, そ して フォ ー グル の活動 に見 ら れる よう な演 奏. しな どが挙 げら れる. こ れら は, 演 奏の 場 を通 して シ ュ ー ベ ル ト・リ ー トを広 め ていく という 意 味を 持つ も の であ り, 特 にリ ス トによる パ ラ フ レー ズ は, シ ュ ーベ ル ト・リ ー トをウィ ー ン以 外の地 にも伝 える という 役割 を担 っ た とさ え言 えよう. ま た, リ ス トの パ ラ フ レー ズ は, 現代 でも演 奏チ ャ ンス が残 さ れて いる‐ し. かし, 『美しき水車屋の女陶 の場合に見られるように, それが当時の演奏様式を反映したものであったとは して も, シ ュ ー ベ ル ト像, シュー ベ ル ト・リ ー ト像 を歪 曲 して伝 えて しまう という 危 険性も は ら ん だもの で あ っ た.. これら2つの方向性に加えて, 没後の遺作出版運動と関連した行為, 前奏・後奏の追加や簡略化など, 伴 奏の改変と未完作品の補完が重要である‐ これらの行為 は, シューベルト像を築く要素の一つという意味を 持つ反面,やはり誤っ たシューベルト像を伝えてしまう という危険性があることも考えておかねばなるまい. 更に, 完成した歌曲作品が被る変容としては, 新しい創造の契機, その作品に基づく器楽編曲や旋律の引 用などが挙げられよう. 例え ばシューベルト自身による創 造として, 『さすらい人』 に基づく ピアノ幻想曲 6 ) 『ま す の 主 題 を用 い た ピ アノ 5 重 奏 曲D667 ( 1819 1822年II自 作 曲, 23年 2月24日 出版)1 D76o 。p 』 , .15 ( 1824年 3月 作 曲), 年 作 曲),『死 と 乙 女 De 』 による 弦 楽 4重 奏 曲D810( r Tod und das Madchen .7,3 ,D531 op ‐ 『萎 め る 花 Tr 1824年 1 自 作 曲) な どが残 さ 』 の 主 題 に よる 変 奏 曲D802 ( ockne B1umen,D795,18 op .25,18 れて いる‐ 更 に, シ ュ ー ベ ル ト以 外の 手 による も の と なる と, 枚挙 に暇 がな い‐ こ れらも シ ュ ーベ ル ト歌 曲 の伝播に一役買っている ことは 確かである が, 本稿 で はこの 問 題 に は触 れな い こ とと した い.. 以上の考察から, 作品が変容を被る条件として, 遺作出版運動に関わるものを除けば, いずれも既に出版 さ れ, 一 般 によく 知 ら れている 曲である という こ と が浮か び上 が っ てこよう. 既 に大 衆の 人気 を得 てい た か. らこそ, 少なくとも, 人気が出る ことが確実視されたからこそ, それに手を加えようと考えたのであろう‐ 逆 に, 変 容 を被 っ たこ と に よ っ て, 元 の曲 も い っ そう 知 ら れる よう にな っ て い っ たという こ とがわ かる. 変. 容を被るという ことが, 知られていることの証であり, いっそう知られるようになるための条件である とさ えい えよう‐ こ れは こ こ で 取り 上 げた変 容 の多 く に, 『魔 王』 が関 わ っ て い た と いう こ と か らも わ かる こ と である. 我々 の 今 日的 課題 と して, 我々 自 身の シ ュ ー ベ ル ト・リ ー ト像 を築 き上 げる にあ た っ て, 後 に加 えら れた. 修整な どを洗い落とし, 真正な音楽, 即ちいわゆる原典版によるオリ ジナルな音楽を見ていくことも重要で ある が, 改 変 さ れた音 楽, 曲の 被 っ た変 容 を手 がかり と して, 後の 人々 がシ ュ ー ベ ル ト・リ ー トを どのよう. に捉えてきたのかということを追っていくこともまた興味深い作業である‐ 本稿がその一助 となれば幸いで ある‐. 註 ) 解説において, 9 3シューベルト歌曲集Wi(文献1 註1) シューベルト・リートの出版・演奏史にっいては, 『新編世界大音楽全集声楽編2 144.

(10) . ンューベルト・リート受容史の研究. 簡単に触れた‐ ここで出版総数の過半数といっているのは, シューベルトの生前に出版きれた作品番号10 6まで及び10 8に, 雑誌付録な ど作品番号無 しに出版された19点を加えた, 計126点の内, 7L点がりートであったということであり 明らかにリートが第1位を占め , ている‐ 一つの作品番号に含まれる複数の曲をそれぞれ1と数えた場合, ピアノ曲の出版数がリートを上回ることになるが シューベ , ルトの楽譜出版に関わったすべての出版社がリートの出版から始めているということも考えると やはりリートの優位は動かないと言 , えよう. ちなみに, 出版数の第3位は重唱・合唱曲であり ここまでの3ジャンルはいずれもサロン的ナイーフな音楽である もっと , . も, 当時の出版事情から考えると, ピアノ曲や歌曲が先行するのは当然であるとも考えられる. 註2) 残されている記録から, シューベルトの歌曲は生前に34曲が59回の公開演奏会において歌われていることがわかる (延べ7 0曲) ‐ 一方, 最初のシューベルティアーデとして伝えられているのは, 1 8 21年1月 3 日 に 友 人であ る シ ョ ー バー F.v‐Schober ( 1796‐1882 ) の家において開かれたものである. しかし, 私的な集いであるシューベルティアーデはその性格上, 記録に残りにくく 全容を把握す , ることは事実上不可能である. 残された友人達の証言から考えると, この集いはかなり頻繁に開かれ その場ではリートが最も人気の , ある演目だったようである‐ ドイチュ編 『シューベルト 友人たちの回想』 (文献4) による‐ 『 註3) この時代の演奏会のあり方については, 西原稔 『音楽家の社会史』 (文献2 『 ) 1 ) 3 , レイノア 音楽と社会』 (文献2 , シュ ヴァープ コ 『 『 ンサート』 (文献26 ) ) ) の各文献を参考にした‐ , ウェーバー 音楽と中産階 碗 (文献29 , 渡辺格 聴衆の誕生』 (文献28 註4) リストによるシューベルト歌曲のトランスクリ プションについては, 参考文献として挙げたもの (文献14 27 , ) のほかに, 日本語 ピ の文献として榎原雅代 『 L i アノ演奏技巧に関する一考察 兵庫教育大学大学院修士 tの ( s 論文, 1 z 99 0年) があるが, 残念ながら未見 』 である‐. 註5) この分析はザウアーE 186 2‐ 1 9 42 ) 縞のベタース版リス トピアノ曲集第9巻 「リート編曲集」 を用い, 以下の2 r( e 0曲につ .v ‐sau いて考察を加えた‐ se i mi 41 op.2 D7 0,1 )/ r gegruBt (. Aufdem Was i 2 )/ s erzus ngen (D774 o p ‐7. Du b i i td D7 76op.59,3) / s e Ruh (. Er i l k6n ) / g (D328 op l. Di ) / ejunge Nonne (D828 op ‐43,1. Fruh l i l ) / ng sg aube (D686 op ‐20,2. Gr i ) / t e chen am Sp nnr ade (DI18 op .2 Ra D13 8 op‐5,1) / suos e Li ebe (. S ) / t andchen (D920 op t .pos .135 、. Der Wander ) / er (D489 op .4,1. EI 1 2 )/ ens Ge sangm (D839 op .5 ,6 Auf ha l t t( D9 57 )/ en ,5. Woh i ) / n? (D795,2 op .25,2. Ungedu l d (D795. L i f t t (D957J) / ebe sbo s cha. Me 1 )/ 2 er es sロー e (D216o p .3 ,. ) / op .25,7. S t andchen (D9574) /. Di l l )/ e For e e (D550 o p .32. Da 1 l i ) / 6ck eng s zug e n (D871 op ‐80,2. Der L i ) ndenbaum (D911,5. 註6) 『いらだち』 の原曲では, ピアノの一貫した3連符リズムに対し 歌の旋律は付点リ ズムによっている このリズムを一致させて , ‐ 3連符型で歌うべきか, ずらして記譜どおりに歌うべきかという点については問題が多いが リストの編曲では 歌唱旋律も3達符リ , , ズムに統一されている. 付点リズムと3連符に関する演奏上の問題については 文献16 17 18を参照されたい , . , , 註7) 『いらだち』 も原曲のイ長調がヘ長調に移調されているが, これは第4章で触れるように リストが底本とした楽譜が既にイ長調 , に移調されていた結果であり, リスト自身が移調したわけではない‐ 註 8) 文 献2, 245‐246ペ ー ジ. ブレン デル はリ ス トの トラ ンス ク リ プシ ョ ン につ い て シ ュ ー ベ ル トの 音 楽の 本質 を歪 め て いる と して , ,. 否定的な見方をしている. 一方, ウオーカーA k l e rはリストのりート・トランスクリ プションの意義として, ① ピアノ技法の開発, .Wa ②シューベルトの音楽の伝播, ③リストのレパートリー拡大の3つを挙げている (文献2 7 ) ‐ , p‐52 註9) マーラーの 『少年の不思議な角笛 De ho s Knaben wund e r r n 8 8年のことであり, ヴオル 』 のオーケス トラ編曲版が作られたのは18 フが自作歌曲のオーケストラ編曲を行ったのも1889年以降のことである‐ 註10 ) フリ ー ト レ ン ダー M.Fr i l 1852‐1934 ) によ れ ば, 『魔 王』 オ ー ケス トラ 版 の 楽 譜 はウ ィ ー ンのク ラ ン ツ A Cranz が 所 有 ed aende r( .. していたが, 消失してしまった. フェルディナントは声楽を用いずに 全声部を楽器で演奏する版も作っていたという (文献9 S43 , ‐ , .) 一方, 『潜水者』 弦楽合奏版のパート譜は, 『新 ドイチュ目≦鈎 によれば ウィーン楽友協会に保管されている (文献6 S53 ) , ‐ ‐ , 註11 ) 民謡調リートと芸術リートの関係については, 拙稿 『芸術リートの成立4』 文献1 5 ) を参照されたい‐ 註12 ) この分析はヘックによる現代版 (テークラ版=TE, 文献12 ) を用い, 以下の1 6曲について検討を加えた‐ Scha f l i ) / r e s K1 age ed (D121 op .3,1. Meer )/ e s sml e (D216o p .3 ,2. He i denr l ) / Jage i 6s e n (D257 op l i D368 op ) / r s Abend ed ( .3,3 .3,4 De ) / r Wander er (D489 op ‐4,1. Morgen l i )/ ed (D685 o p ‐4,2. ” l Gesange de f he lm Me ) / i s Ha r ner t saus Wi s eご (D478 op .12,1 se i mi ) / r geg rnBt (D741 op .20,1. Frnh l i l ) / ngsg aube (D686 op ‐20,2. Hanni i ) / ng sL ebe sWe rbung (D552 op .20,3 wehmu 2 op.22 )/ t( D77 ,2. Der sch i f f ) / e r (D536 op .21,2. Na t ) / t uck (D672 op ch s .36,2. Gr i 78op‐60,1) / D7 e s engesang (. Na tund Traume (D827 op ) / ch .43,2. Di hyranbe (D801 op ) t .60,2. ) フオーグルの改編については, 文献7 8 10 1 註13 , , , 3に詳しい. 註1 4 ) この問題を最初に指摘したのはバッゲ (文献1) と思われる. 第1章でも触れたよう に リストがリート・トランスクリプション , を作るにあたって参照した楽譜も, ディアベリ・フオーグル版の 『美しき水車屋のぢ陶 であったことは明白である リストの用いた旋 ‐ 145.

(11) . 村 田 千 尋. 律に, 明らかにフォーグルによる改変の跡が見られる. 1 註15 ) この点についてはすでにヘックが指摘している (文献1 ‐ , 55ページ以下) 18 51年以後) 75/ 3, S R 2年以前) と2台ピアノ用編曲 ( 185 9/ ピ 66 版編曲 ( S R .65 ) この幻想曲については, リストが アノ協奏曲 .3 註16 .3 , .45 を作っている.. 参考文献 ( ) .36 f i i i ka l tmg i l i l s che Ze i l l l i ne mus . era geme g er eder tnbe pz 1) S.Bagge:Der strei r schubeパs Ma ,皿, 5 1868 S ,Le 2年. 99 2) プレンデル/木村訳 『音楽のなかの言葉』 音楽之友社, 1 i l s s rぎ Number che 3) QE c Pub ,London l946‐ .Deutscb: Musi i i i i pz g l957. e ner Freunde nnerungen s 4) ○.E.Deutsch:sCHUBERT Die Er ,Le 978年. 石井訳 『シューベルト 友人たちの回想』 白水社, 1 lu i e ss ne s Lebens e es e Dokument 5) 0‐E.Deutsch:SCHUBERT Di .a .1964. , Ka lu ), Ka l l s se l i i o淳s cher Fo ono i ge (Neuausgabe n ch i .a .1978. e ner Werkei ss ze chn s ches Ver 6) 0.E.Deutsch:Franz schubert Themat )p 1979 i i l t c m, 2 ( l-A Reappra ury Mus l vog sa ,126‐140‐ tandjah e 7) W.Dnrr;Schuber そmn Mi cha ,19位 Cen. 8) W.Purr:“Manie. “ a dr nご i t i r s f nhrungspra× s der Werke Franz schube t i i r s t , onen Franz schube n Kompos r n eu und Ve ,Zur Auf. s ・124…139 , Munchen l98L i i i ede r t i i i pz g s en Bande der L i t onsber cht zum er l s an ‐Ge bum /Supp en und Rev , Le ement/ Var t i l sange‐A1 9) Fr r: Schuber ed aende 1884. )S 1893 f i kwi t区 ( i仕 範r Mus l i ss ens cha t jahr ss chr l er e ‐167‐185. l edern i rビs L ) M.Fr n schube 1 0 s chungeni ed aender: Fa , Vi. r2 1976‐77 i i f Amer i撫r Founda t i l ca:Soundboard 皿/4-N/ i娩r‐Pe b on o h Gu t e? s s , rmi ) T‐F.Heck:Schubert Lieder wi 11 , Gu )54 ‐6 5ページ. 1 1‐77 3( 与野訳 「シューベルトのギター伴奏歌曲」 『現代ギター』13. h Gu i t t t companimen ar Ac 12 ) T,F,Heck:Franz schubertSixteen Songs wi ,London l980‐ 『 7頁‐ 2 ( ) 197 9 3‐8 lの演奏」 音楽学』25 S 13 ) 石多正男 「 t歌手 Vo r chube g ,7 e. )b 1980 i l i l co og e 66,1 ( t XX s絶c taux X 獣ee es .86‐89‐ t r l i ‐H.Mah s de schube e s d①uvr ) chr rangemen 1 4 ,Revue de Mus ng: Ar . 『 「 5 頁 2 ‐ 6 85 ) 1( 19 15 ) 村田千尋 芸術リートの成立4」 音楽学』 31 ‐ ,5 , ) 1‐ 71頁‐ 4( 19 85 ) 村田千尋 「シューベルト‐リートの演奏様式研究」 『弘前大学教育学部紀要』5 1 6 ,6. 8 9年. ) 村田千尋 『新編世界大音楽全集声楽編1:シューベルト歌曲集工』 音楽之友社, 19 17 9 0年‐ ) 村田千尋 『新編世界大音楽全集声楽編2:シューベルト歌曲集ロ』 音楽之友社, 19 18 2年. 9 ) 村田千尋 『新編世界大音楽全集声楽編23:シューベルト歌曲集W』 音楽之友社, 19 19 『 ページ 「 5 3 9 7 )4 8 ‐ 1 1 1 7 1 3 3( 20 ) 中野二郎 シューベルト周辺のギター関係者」 現代ギター』 . . 87年‐ 2 1 ) 西原稔 『音楽家の社会史』 音楽之友社, 19 『 3年‐ 1 9 音楽之友社 2 2 ) 大崎滋生 楽譜の文化史』 , 9 990年. ) レイノア/城戸訳 『音楽と社会』 2 3 .音楽之友社, 1 i t s er l985, tsong Compan on 2 4 )J ed: The schuber , Manche ,Re. ’ Z ’ ” i f l l i nhrungsprax s der Werke Franz schuber鳶, S , -Ausgabe de n .140‐157 l l i er r Sch6nen Mn 1 ) R.Schoー 2 5 abe e Pi um: Pi , ur Auf Munchen l981.. 6年‐ 98 ) シュ ヴァープ/訳者不明 『コンサート』 音楽之友社, 1 26 1981 )p l i I Quar t i er i y 67,1 ( ca he schuber tSong Trans cr ons ‐50‐63. tandt 27 ) A‐Walker:Li pt z s ,The Mus 9年. 膿辺裕 『聴衆の誕生』 春秋社, 198 28 )渡 983年‐ 29 ) ウェーバー/城戸訳 『音楽と中産階級』 法政大学出版局, 1 im l 9 ) l de 75 Rep i i she i i ka l i t t ur l i era s chen L pz g 1828‐39 ( r mus . Hi ) C.F. Whi t 3 0 s ng: Handbuch de ,Le. ” “ l ker i i he Man &h c ed tt s Mus i i sz de: Transcr l ano ) P.Wi or Pi . A.Wa ,London l970. 31 onsf pt , Franz Li. 表1 リストのシューベル ト・リー ト・トランスクリプシヨン 凡例 リスト作品番号=編曲年/題名=シューベルト作品番号 S e=D745 op e Ros .74 .241=1833/Pi .556 ,R =P T 4 2=1 8 3 7/L b d S o er ranen 711 op .13,2 ‐2 .557 ,R i i td i e Ruh= s ngen=D774 op se rzu s i mi .72/Pu b r gegruBt=P741 op s .20,1/Aufdem Was .243=1837‐38/Se .558 ,R l l i aube= ng sg i l l ejunge Nonne=D828 op t i l k6n s e;P216 op e r es .43,1/Frah D776 op .3,2/Pi g=P328 op .1/Me .59,3/Er i l t t os eL ebe=D138 op s andchen=P920 op .5.1/ i P686 op t nnrade=PI18 op .135/Ra .pos e chen am Sp .2/St .20,2/Gr 1 Pe ens Gesangm =P839 op er二P489 op ,52,6 r wander ,4‐1/EI. 146.

(12) . ンューベルト・リート受容史の研究. S l f abr er=D809o ‐559 p .244=1838/Gonde ,R ‐28(原曲:重唱曲) S f ha l i t t/Am Me e st adt/Da s Fi s cbermadchen/Au en er/Abs cb ed/l n de r Ferne/ ‐560 .245=1838‐39/Schwanengesang=D957/Di ,R St hr Bi l d/Fromi f andchen/l l t/DerA日a t t/Der Doppe i ngs sehnsuch t/Kr s/Li ebe sbo scha e Taubenpos e s Ahnung ganger/Di ger s i t t t/Di t/Di t/Er n err e s e=D91l op e Na ch e Nebensomen/Mu t t/ e Pos s ar run影/Was se rnu .561 .246=1839/ Wi .89/Gu ,R Der L i i t t f ndenbaum/Der Le rmann/Tauschunシ/Da ormi e s wi r shaus/Ders s che Mor e gen/lm Dor s l i i f 1 l t l i che Li eder/Am Tag s e AI er se t e en=D343 NLIO/Himme s unken=D651 NLIO/Di e Ge s rne= ‐562 ‐247=1840/Ge ,R D444 NLIO/Dem Unend i l chen=D291 NLIO S l i l (=Abs i 29?) /De od en/Lebewoh ch ed=D578 NL s Madcbens K1age=DI9・ op.58,3/ ‐563 .248=1846/6 Me ,R Da 1 l i 6ck ld=D795,7 op s zogeng e n=D871 op l l umen=D795,18 op e For e e± ‐80,2/Trockne B1 .25,18/Ungedu .25,7/Di D550 op .32 S l l e For e e=D550 op .564 .248=1846/Di .32 ,R S l i l l ー 1 e r ede r=D795 op e r und der Ba ch/DerJag er/Di e b6s e Farbe/ Wohi n?/ ‐565 .249=1846/ Mu .25/Das Wandern/Der Mロ ,R l d Ungedu. 表2 シューベルトのギター伴奏リー ト この一覧表は次の資料をもとに作成した ○‐E i sch:SCHUBERT Di ) (文献5) e Dokument ese ne i s Lebens =Dok enerZ t .Deut e ung ‐ (=Wi 「 T‐F H S k h b i ‐ d i h G i P tL i i b l ? G i F t 橡 d u f A e c : c u r 能 i e e e r w u r r m s s e e u r o n a u on o merca:Soundboard m/4‐W/2 . , ,1976‐77/ 与 野 訳 シ. 3( )=He 11 7 ) ューベルトのギター伴奏歌曲」 『現代ギター』13 k (文献1 1 c ‐7 C i l i t i ka l i i i t l s ng: Handbuch derl t de im l 97 nus 5 ) =Wh s chen Li era ur ) i f she g 1828‐39 (Rep pz .F . Wh s . Hi ,Le ./Ho .(文献30 T F H k F h 現代版 ed s b i S G tS t i h i A L 9 8 0 ( t 始 i d l T e c : r a n z l c u er xeen ongs w ) =TE (文献12 u r ccompan ment i i ) t e c a Ed on ‐.. s , on on. 凡例 作品番号 (原出版社→ギター版出版社) 原出版年→ギター版出版・予告年 (出典) 現代譜/D番号/曲名 Abkur zungeD =Ar i t r a a. C .. =Capp i. C i& Di l l i abe ‐&D. =Capp. Cz .. =Czerny. p .. s i de f sdor ‐& L ‐ =Sauer &Le. A.. =Pennauer. C i& Cz erny -& Cz . =Capp D.. =Di l l i abe. Tr en .. ;Tr ent sensky. 生前のギター版出版 ) 2‐4.21→30,4,21 (Dok ) /27‐11‐21 (Dok i op f l k6n i s .& D‐ .・ (C .125 ‐142 g , Wh ‐/Ho .22 , Heck) D328 Der Er 21→27.11.21 (Dok 1 4 2 ) 8 D I 1 G h S i t d ec en am pnnra e r .. ) 30‐ op .& D‐ .2 (C. ) 29.5‐21→27‐11‐21 (Dok i f op ) TE s e .3 (C -& D. ck ‐/Ho .142 .22 , Wh ,H. D121 scha f l i 1 l er s K1 age ed/D216 Meer es sロ e/. D257 He i denr6s l i l i e n/D3681ag er s Abend ed ) 29,5‐21一27‐11‐21 (Dok i f op ) TE k s e c ,4 (C ,& D. ,142 ./Ho ‐22 , Wh ,H D224 wa der l i l I r e s Na cht ed. C ) 9‐7‐21→27.11‐21 (Dok‐142) op .5 ( ‐ .& D. D489 Der wander e r/D685 Morgemi ed/. D138 Ras l t i l os e Li ebe/D162 Nahe de s Ge ebt en/D225 Der Fi s che r/. D226 Er l t i l t/D367 Der K6n s er Ver us n Thu e gi. C ) 23‐8.21→27.11‐21 (Dok‐142) D541 Memnon/D542 Ant op i i .6 ( lmos gone und oed abe Anse . ‐& D p/D504 Am Gr 1 1 ( ) C & D 1 2 6 2 2同 時 ( D 1 5 7 k wh /H 2 3 op i f 重唱 H ) D D o‐ , D59 s o. , e 8 as 6rf l l/ . ‐‐ . . ck chen/D724 Di e Na chbga ‐ D747 Ge i t der Li s ebe ) 8.4.23同 時 (Dok S ) /13.2‐24 (Dok op i ) T E D741 Se i mi s .20 ( .& L . ck ‐188 r gegroBt/ .227 .24 , Wh ./Hof , He D686 Fruh i /D 2 l l b 5 5 H n i L i an ngs ebe ngsgau e swerbung ) 27.5.23→4‐6.23予 告 (Dok S )/ 14‐8.23 (Dok op ) /13‐2‐24 (Dok i .22 ( .&L . s ‐193 ‐197 ‐227 , Wh ./ Ho 2 8 f H ) T E k 7 7 D 1 D z /D 7 7 2 W e h c e r t w e r e m u g . , S ) 19‐6‐23→21‐7.23予 告 (Dok ) /13.2‐24 (Dok op ) /30‐9‐26 (Dok i ‐21 ( .&L ‐ s .195 .227 .377 , Wh ./ Ho ) TE D553 Aufder Donau/D536 De f i f f f r sch i e r/D525 Wi .25 , Heck ru f scht e U1 ) 4‐8.23→14‐8‐23予 告 (Dok ) /13‐2‐24 (Dok S op ) -23 ( .& L. .197 .227 D744 Schwanengesang/D761 Scha t zgraber s Beg ehr ) 9.IQ23同 時 (Dok op .16 (C .& D. .200 , Heck) 重 唱 S ) op ,24 ( .& L) 27.10‐23→13.2.24 (Dok ‐227. D751 Di l tge l i e Li ebe ha ogen/D743 Se l t/ ge we. D740 Fro h l i ngsge t sang/D422 Na ur genuB. D583 Gruppeaus dem Tar t l arus/D527 Sch ani ed. S ) 17.2‐24/ 24.3.24/ 12.8.24→17‐2‐24予 告 ( op Dok ) /12‐8‐24予 告 (Dok ) D795 Di .25 ( .&L l l . esch6ne Mu ‐226 enn ‐253 “ 1 ( 2 ) 1 1 S & L 3 2 2 2→ ? ( 一一 D k Wh i /H f 2 op 5 T E 4 7 ) D 8 o‐ k Ge s o. , H f ner . l he lm Me ‐ . . ‐ e c sange des Har i saus Wi t ‐ s er , i op f ) (Tr i f ) s ck en s .37 (C .) 28,2‐25→ ? (Dok .- -, wh ./Ho .26 , He .= Wh ‐/Ho .34. D794 De i l im/D588 Der A1pen rp iag gr er. P 5 Do f ) TE D828 Di k o s p ck ejunge Nonne/D827 Nachtund Traume .43( ‐7 .)2 .25同時 ( .298, Whi ./Ho .26 , He 147.

参照

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