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日越両言語における謝罪表現の比較とベトナム人を対象とした日本語教育への応用

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Academic year: 2021

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(1)Title. 日越両言語における謝罪表現の比較とベトナム人を対象とした日本語教 育への応用. Author(s). 阿部, 二郎; レ ティ ホン ヴァン. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 71(2): 1-16. Issue Date. 2021-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/11727. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第71巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 71, No.2. 令 和 3 年 2 月 February, 2021. 日越両言語における謝罪表現の比較とベトナム人を対象とした日本語教育への応用1 阿部 二郎・レ ティ ホン ヴァン* 北海道教育大学札幌校 *. フエ大学. Comparison of Apology Expressions in Japanese and Vietnamese and Their Application to Teaching Japanese Language to Vietnamese Students ABE Jiro and Le Thi Hong Van* Hokkaido University of Education Sapporo *. Hue University. 概 要 本稿は日本語とベトナム語に見られる謝罪表現及び謝罪言語行動を対照し,その特徴を明ら かにすること,およびその応用としてベトナム人日本語学習者に対する謝罪の指導法を考案す ることを目的とする。日本人とベトナム人を対象とした調査から,日本人は相手によらず謝罪 表現を使用する傾向があるのに対し,ベトナム人は相手によって謝罪表現の使用率やストラテ ジーが大きく異なるという結果が得られた。この結果に対しポライトネス理論の枠組みから, 日本人が相手のフェイスを優先するのに対し,ベトナム人は相手との関係に応じて自分と相手 いずれのフェイスを優先するかが変化するという説明をおこなった。さらに,このような両言 語の特徴を学習者が意識化できるような日本語の授業案を作成した。. 1.はじめに ベトナム人は一般的に家庭内や親友などの親しい関係の人にはあまり謝罪の言葉を用いない傾向にある。 それに対し,日本人は家庭内や親友に頻繁に謝罪する傾向が見られる。例えば,ジュースを買うように母親 に頼まれていたが忘れてしまったとき,日本人は「ああ,ごめん,忘れちゃった」と謝罪表現を用いるのが 一般的であるが,ベトナム人は謝罪表現を用いず,「ああ,忘れちゃった」とだけ言うのが普通である。 また,ベトナム語は謝罪する場面が少ないだけでなく,謝罪表現の数も少ないとされる。日本語には「す みません」 「ごめんなさい」「申し訳ございません」など謝罪表現が豊かであるのに対し,多くのベトナム人 は「シンロイー(Xin lỗi)」がベトナム語の唯一の謝罪表現であるという認識を持っている(グエン2015)。 そのため,ベトナム人にとって場面,そして相手によって使う謝罪表現が違うことは理解しにくい。親友に. 1  本研究はレ・ティ・ホン・ヴァン(2019) 「日越両言語における謝罪表現の比較」 (北海道教育大学教育学研究科修士論文) の成果を基盤とし,これに日本語教育への応用を加えたものである。. 1.

(3) 阿部 二郎・レティホンヴァン. 「ごめんなさい」の代わりに, 「すみません」を使ってしまったり,お客さんに「ごめん」など軽い謝罪表 現を使ったりするというようなベトナム人日本語学習者の誤用がしばしば見られる。これらの誤用を避ける には,日越謝罪表現の使用状況等を理解する必要がある。これにより,ベトナム人日本語学習者は誤用を避 け,自然な日本語を身につけ,円滑なコミュニケーションができることが期待される。. 2.謝罪とポライトネス 2.1 謝罪の定義 森山(1992)は, 「謝罪」を「相手への損害を与えたことによる不均衡の修復であり,対人関係の修復」(森 山1992:289)と定義している。また,近藤(2002)は「不愉快な気分を相手に負わせる行為を犯してしまっ たため,その行為の責任を認め,相手との関係を維持,または再構築していくためにとる修復作業」(近藤 2002:50)と定義する。いずれも相手への損害や負担,その後の関係修復という点が共通する。また,近藤 (2002)は行為の責任を認める点にも着目しており,これは謝罪表現の使用と大きく関連する。 これらを踏まえ,本研究では,謝罪を「相手に何らかの損害を与えてしまい,その行為の責任を認め,相 手との関係を修復するために行う作業」と定義する。 2.2 謝罪表現の機能 本研究では謝罪に用いられる表現すなわち謝罪表現を扱うが,謝罪表現自体は常に謝罪そのものを表すと は限らない。柏木(2015)は謝罪表現の持つ機能を, 「謝罪」「感謝」「同情・遺憾」「聞き返し」「注意喚起」 「軽微なマナー違反」「前置き」の7種に分類している。 日本語の謝罪表現に比べ,ベトナム語の謝罪表現は機能が少ない。例えば,日本語において相手に何かし てもらった時に言う「すみません」は「謝罪」ではなく「感謝」である。一方,ベトナム語の謝罪表現には 「感謝」という機能がない。「感謝」の場面は,「Cám ơn」といった感謝表現を使うのが普通である。 また, 「同情・遺憾」という機能は日本語とベトナム語両言語の謝罪表現に存在しない。「英語の「Sorry」 という表現は自分の行為で相手に被害を与えたことに対する自分の心の痛みを表す場面には謝罪表現として 用いられるが,それと同時に自分の行為とは無関係に相手の状況に同情する場合,また自分の過去の行為を 悔いる場合にも使用される」(柏木2015:16)。これに対し,日本語やベトナム語における謝罪表現は相手に かけた負担に対して許しを請う表現であり,「同情・遺憾」を表明するためには使用されない。 また,日本語の謝罪表現は「注意喚起」という機能を持っているが,ベトナム語の謝罪表現はこの機能を 持っていない。ベトナム人は注意を喚起したいときに,謝罪表現を使わないで,「Em ơi」というような呼 びかけ表現をよく使う。 「軽微なマナー違反」という機能に関しては,日越両言語の謝罪表現にみられる。日本人は,相手に軽く ぶつかった場合等に, 「ごめんなさい」, 「すみません」等の謝罪表現を使うのが一般である。ベトナム人も, 「Xin lỗi」という謝罪表現を使うことが多い。 他の機能は,ベトナム語の謝罪表現にもあるが,使用頻度が低く,目上の人や距離が遠い相手にだけ言う のが普通である。例えば, 「聞き返し」の時は,目上の人には「すみません,よく聞こえませんでした」等, 謝罪表現を使うが,家族や親友等の親しい間柄には単なる「なに?」のような表現を使うことが多い。また, ベトナム人は,親しい関係の間柄には「前置き」をほとんど使わない。親友や家族に何か依頼するときに, 謝罪表現を前置きとして使わず,直接「この本を借りてもいい?」とだけ言うことが多い。目上の人や距離 の遠い人にだけ「すみませんが,この本を借りてもいいですか」など謝罪表現を使う。. 2.

(4) 日越両言語における謝罪表現の比較と日本語教育への応用. 以上に述べたように,謝罪表現の機能と用いられる場面は言語によって異なる。例えば,「同情・遺憾」 という機能は英語の謝罪表現にはあるが,日本語とベトナム語の謝罪表現にはない。また,日本語の謝罪表 現は「感謝」 , 「注意喚起」という機能を持っているのに対して,ベトナム語の謝罪表現はこの機能を持って いない。日本語に比べ,ベトナム語は謝罪表現の機能が少ない。また,ベトナム語では,謝罪表現の特定の 機能が特定の相手に対してだけ使われることがある。 2.3 謝罪のストラテジー 相手に不愉快な気分を負わせ,関係修復をする際には謝罪という言語行動をする。謝罪言語行動をする際, 先に見た「明確な謝罪表現」を使う以外にも,「責任承認」,「補償の申し出」等,状況に応じて様々なスト ラテジーがある。本研究では,池田(1993)及び羽成(2016)の謝罪ストラテジーを参考に,謝罪ストラテ ジーを以下のように分類する。なお,それぞれのストラテジーに用いられる具体的な表現や発話の例につい ては4.3.1および4.3.2を参照されたい。 【明確な謝罪表現】 謝罪の決まり文句を発するもの 【責任承認】 自分の行為の責任を認めるものと,謝罪の対象とする内容や事実を述べるもの 【説明・弁明】 謝る対象の事柄がどのようにして生じてしまったのか,故意にその事態を招いたのでは ないということを説明したり,相手の非を説明して事態を変えたりしようとするもの 【補償の申し出】 損失の埋め合わせを提案し,謝罪の意志を示すもの 【二度と起きない旨の表明】 再発防止の約束をするもの 上記の謝罪ストラテジーは日越両言語に見られるものではあるが,それぞれのストラテジーを用いる場面 や頻度は同じであるとは限らない。学習言語にも母語と同様の表現があるからと言って,母語と同じ場面で 同じストラテジーが有効であるとは限らないということである。 2.4 ポライトネス 謝罪という行動には「ポライトネス」という概念が密接にかかわっていると考えられる。ここではポライ トネス理論について概観する。 Brown and Levinson (1987) は,人間は「フェイス」(面子)というものを持っていると述べる。フェイ スには「ポジティブ・フェイス」と「ネガティブ・フェイス」の二つの基本的な欲求があると想定される。 ポジティブ・フェイスは,他人に理解されたい,好かれたいというプラス方向への欲求であり,ネガティブ・ フェイスは,他人に邪魔されたり,立ち入られたりしたくないというマイナス方向にかかわる欲求である。 互いのフェイスを脅かさないように配慮して円滑なコミュニケーションを維持していこうとする言語行動が ポライトネスである。 上記の2種類の「フェイス」 (ポジティブ・フェイスとネガティブ・フェイス)を脅かすような行為のこ とを「フェイス侵害行為」 (FTA: Face Threatening Act)と言う。例えば,批判する行為は聞き手の欲す るものを求めていないことを示すことなので,ポジティブ・フェイスを脅かす行為であり,弁解する行為は 話し手のポジティブ・フェイスを脅かす行為である。一方,依頼する行為は,聞き手に何らかの圧力をかけ るような行為で,聞き手の行為の自由を妨害する行為なので,聞き手のネガティブ・フェイスを脅かす行為 であり,約束は話し手のネガティブ・フェイスを脅かす行為である。この「フェイス侵害行為」の度合いは 三つの要因によって規定され,次のように公式化される。. 3.

(5) 阿部 二郎・レティホンヴァン. Wx=D(S, H)+P(S, H)+Rx Wx:ある行為が相手のフェイスを脅かす度合い(Weightiness) D (S, H):話し手と聞き手との社会的距離(Distance) P (S, H):聞き手が話し手に及ぼす力の量(Power) Rx:そのFTAxがその文化でどの程度負担と見なされるかを示す値(Rate of Imposition)。 「フェイス」を脅かす度合いは,話し手と聞き手がどのくらい親しく付き合っているか,また話し手にとっ て聞き手がどのくらい社会的な力を持った人であるか,また話し手が聞き手にどのくらい負担をかけるかに よって決定されるということになる。 さらに,Brown and Levinson (1987) は,相手の「フェイス」を保つために二つのストラテジーを挙げ ている。他人からよく思われたい,理解されたい,という欲求を満たすための戦略である「ポジティブ・ポ ライトネス・ストラテジー」と,自分の領域を守りたい,他人に脅かされたくない,という欲求を満たすた めの戦略である「ネガティブ・ポライトネス・ストラテジー」である。 謝罪について,Brown and Levinson (1987) は,話し手が犯したFTAのせいで聞き手のネガティブ・フェ イスを脅かしたことを残念に思う気持ちを伝え,そのFTAを和らげようとすることであると定義している。 また,謝罪は相手のネガティブ・フェイスに手当てするポライトネス・ストラテジーの一つとされるが,同 時に話し手自身のポジティブ・フェイスを傷つける行動であるとも述べられている。. 3.研究課題 本研究では以下の4点を研究課題とする。 1.日本語は謝罪が多く,ベトナム語は謝罪が少ないという印象の違いの要因を明らかにする 2.日越両言語において,謝罪表現の使用相手,使用場面を解明する。 3.日本語母語話者とベトナム語母語話者はどのような謝罪表現と謝罪ストラテジーを用いるのか明らかにする。 4.ポライトネス理論の観点から両言語における相違点の背景にあるものを説明する。. 4.日本語とベトナム語における謝罪言語行動に関する調査 本研究では4点の課題について研究するにあたり,理論的仮説を立て,アンケート調査によって検証する。 4.1 理論的仮説 本研究では日越謝罪表現の使用頻度の違いの要因についてBrown and Levinson (1987) によるポライト ネス理論の観点から説明を試みる。 池田(1993)はフェイスという視点から日米の謝罪について以下のように述べている。  日本人は,特に相手が目上の場合には,説明・弁明をあまり使わないで,責任承認を明確な謝罪表明 と併用するなどして,相手のfaceを尊重することを重視し,謝罪の表明を効果的に行うこと自体に重点 をおくのだろう。 (中略)一方,アメリカ人の場合を考えてみると,個人領分がはっきりしている個人 主義の社会においては,相手と自分の各々のfaceを尊重し,維持することが必要となる。 . 4. (池田1993:19).

(6) 日越両言語における謝罪表現の比較と日本語教育への応用. ベトナム人は日本人やアメリカ人とも異なり,相手によってポライトネス・ストラテジーが変化すると考 えられる。相手が目上の人や知らない人の場合は,相手のネガティブ・フェイスを尊重することを重視する。 一方,相手が家族の場合は,相手のネガティブ・フェイスを尊重するよりは,自分のポジティブ・フェイス を重視する。 「はじめに」において,母親に頼まれたジュースを忘れたとき,日本人は謝罪表現を使うが,ベトナム人 は謝罪表現を使わないという例を挙げた。この例にあてはめると,日本人の場合は相手がだれであろうが相 手のネガティブ・フェイスを尊重し,必ず謝罪表現を使う。それに対して,ベトナム人は相手が家族の場合, 自分のポジティブ・フェイスを重視し,謝罪を口にしないのではないかと考えられる。 4.2 調査内容 仮説を検証するために,アンケート調査を行った。予備調査を経て,本調査は2019年7月に北海道教育大 学とフエ大学の学生を対象に,場面設定による質問紙調査を実施した。アンケートは日本人学生には日本語 で,ベトナム人学生にはベトナム語で行った。ベトナム人学生は,日本語学習者と日本語学習者でない学生 を両方とも対象にし,調査をした。調査票は日本語105部を配布し,100部を回収し,ベトナム語120部を配 布し,100部を回収した。回答者は全て学生であるため,年齢は18才から22才までで,平均年齢は20才である。 男女の内訳は,日本は,男性が38人で,38%を占めていて,女性は62人で,62%を占めている。ベトナムは 男性が26人で,26%で,女性は74人で,74%である。 本研究は「謝罪が行われる状況」 (熊取谷1992:30-31)と「陳謝の対象」 (中田1989:192-193)を参照し, 謝罪の典型的で,日越の違いが予想されるものを以下のように選んだ。また,これに加え,以下の表1のよ うに状況ごとに相手が「親」「親友」「先生」である場面1~12をそれぞれ設定した。 ① 約束違反(頼まれたジュースを買い忘れた) ② 礼儀違反(約束に15分遅れた) ③ 相手の所有物の負担(借りていた本を汚した) ④ 相手の身体への負担(お茶をこぼして火傷をさせた) 表1.謝罪の場面 相手が親. 相手が親友. 相手が先生. 約束違反. 場面1. 場面2. 場面3. 礼儀違反. 場面4. 場面5. 場面6. 相手の所有物への負担. 場面7. 場面8. 場面9. 相手の身体への負担. 場面10. 場面11. 場面12. アンケートの質問は,日本語版とベトナム語版のそれぞれ以下のようなものを作成した。 日本語 出かけるときについでにジュースを買うようにと親に頼まれていたが,忘れてしまいました。家に帰っ て,親に会ったとき,何と言いますか。. . ………………………………………………………………………………………………………. 5.

(7) 阿部 二郎・レティホンヴァン. ベトナム語 Khi bạn có việc đi ra ngoài, mẹ (bố) bạn nhờ bạn mua giúp một chai nước ngọt nhưng bạn lại quên mua mất. Khi về nhà bạn sẽ nói gì với mẹ (bố)?. . ………………………………………………………………………………………………………. 4.3 調査結果 以下では,日本人とベトナム人それぞれの回答に見られた謝罪ストラテジーを概観し,次に全体の使用率 を比較する。 4.3.1 日本人の回答に見られる謝罪ストラテジー 表2. 調査の回答に見られる日本語の「明確な謝罪表現」 ごめん系. ごめん,ごめんね,ごめんなさい,本当にごめんなさい,まじでごめん,めっちゃごめん,ご めんって,ごめーん. すみません系. すみません,すいません,本当にすいません,すまん,すみませんでした. 申し訳ない系. 申し訳ございません,申し訳ありません,申し訳ないです,申し訳ありません,大変申し訳あ りませんでした. 悪い系. 悪い,わり,わりい. 許して系. 許して,許せ,許してくれると嬉しいです. その他. 謝って済むことじゃないけど,面目ありません. 日本語の謝罪表現は豊富で,相手によって使う表現が変わることが分かる。終助詞をつけたり(「~ね」), 程度の副詞をつけたり(「本当に」「大変」),過去形に変えたりすることで,謝罪表現の印象がやや変わる。 また, 「明確な謝罪表現」以外にも他の謝罪ストラテジーもよく使われる。なお,括弧内の数字は質問紙 の回答者番号を示す。 【説明・弁明】 すみません。寝坊をしてしまって遅れてしまいました。以後気を付けます。(J46) ごめん,悪気はなかったんだけど…(J66) すみません, 不注意でお茶をこぼしてしまって。病院へ行かれましたか。医療費をお支払いします。 (J46) 【責任承認】 ごめん,ジュース買うの忘れた。(J8) ごめん,遅くなった。(J13) お借りしていた本を汚してしまいました。申し訳ありません。(J20) 申し訳ございません。 大丈夫ですか?私の不注意で先生に火傷させてしまって申し訳ございません。 (J62) 【補償の申し出】 あー!忘れた。ごめん。買いに行ってくるねー!いるよね? (J11) ほんとうごめん,待たせた。何かおごるね。(J43). 6.

(8) 日越両言語における謝罪表現の比較と日本語教育への応用. 申し訳ありません,弁償します。(J96) ごめんなさい!保冷剤もってくるね。(J18) 【二度と起きない旨の表明】 申し訳ありません。おくれてしまいました。以後気をつけます。(J22) ごめんなさい。不注意で本を汚してしまいました。次から気をつけます。(J46) 【その他のストラテジー】 気遣い ごめんねえ,待ったしょ?本当にごめん!?(J12) ごめん!大丈夫?けがしてない?(J16) 感動詞 あー!!ジュース買うの忘れちゃった。(J8) わー!ごめん!大丈夫?(J30) 4.3.2 ベトナム人の回答に見られる謝罪ストラテジー 表3. 調査の回答に見られるベトナム語の「明確な謝罪表現」 Xin lỗi系 (ごめん). Xin lỗi ,Xin lỗi cô,Em xin lỗi,Em xin lỗi cô,Em rất xin lỗi,Em thành thật xin lỗi cô ạ,Xin cô tha lỗi . Thông cảm系 Thông cảm hấy,Xin thông cảm (分かってください) Bỏ qua系 (許してください). Mong cô bỏ qua ạ,Bỏ qua cho t nha. Áy náy系 (申し訳ない). Em áy náy quá. Sorry系. Sorry. ベトナム語の「明確な謝罪表現」は,日本語ほど豊富ではないが,「Xin lỗi」がベトナム語の唯一の謝罪 表現ではないと言える。 「Xin lỗi」という表現でも,主語と目的語を使うか使わないかによって,丁寧さが 違う。友達や目下の人に対して, 「Xin lỗi」だけ使ってもいいが,目上の人や距離の遠い人に対して 「Xin lỗi」だけを使うと,失礼に当たる。 「Xin lỗi+目的語」,「主語+Xin lỗi」,「主語+Xin lỗi+目的語」 という形の方がよく使われる。また,「rất」(とても),「Thành thật」(本当に)などといった程度の副詞を つけ,謝罪の気持ちを表す場合も多い。 なお, 「Xin lỗi」以外にも, 「Thông cảm」という謝罪表現もよく使われる。「Thông cảm」を直訳すると, 「通感」ということで, 「分かってくれ」という意味である。また,「Bỏ qua」は「許してください」で, 「Áy náy」は「申し訳ない」気持ちを表す。 「Sorry」は英語の謝罪表現をそのまま使う。家族や,親友な ど親しい間柄に対して,「Sorry」を使うことで,軽くお詫びを言うことができる。 「明確な謝罪表現」以外にも,以下の謝罪ストラテジーが使われる。 【補償の申し出】 Tao bận tí,nước hôm nay tao bao. Còn lại mày trả.. 7.

(9) 阿部 二郎・レティホンヴァン. ちょっと用事があった。今日の飲み物代は私が払うね。残りは払ってね。 Con xin lỗi mẹ. Để con mua lại cuốn khác. (V77) ごめんなさい。違うのを買い直すね。 Cô có sao không ạ,em sơ ý quá,để em đi mua thuốc bỏng ạ. (V7) 先生大丈夫ですか。不注意でした。薬を買いに行って来ます。 【責任承認】 Mẹ ơi con quên mua rồi. (V34) お母さん,買い忘れた。 Con xin lỗi bố (mẹ) con đến trễ (V30) 遅れてごめんなさい。 Tau làm bẩn sách mi rồi. Có làm răng không? (V70) 本を汚してしまった。大丈夫? Tau xin lỗi mi tau lỡ làm mi bỏng để tau lấy đá chườm cho mi, thiệt tình đó tau không cố ý tau xin lỗi mi nhiều. (V57) 火傷をさせてしまって, ごめんなさい。氷を取りに行って来る。本当に故意じゃなかった。ごめんなさい。 【説明・弁明】 例:Con thiếu tiền nên không mua được rồi. (V10) お金が足りなかったので買えなかった。 Con xin lỗi tại con có chút việc bận.(V9) ごめんなさい。ちょっと用事があって。 Nãy bất cẩn quá nên vô tình làm bẩn sách mi, cho tau xin lỗi hấy! (V20) 不注意で本を汚してしまいました。ごめんね。 Em xin lỗi cô. Em không cố ý,cô có sao không ạ (V50) すみません。故意ではありませんでした。大丈夫ですか? 【二度と起きない旨の表明】 Cô tới lâu chưa cô,em có việc gấp nên tới trễ mà không báo cô trước. Lần sau em sẽ đến đúng giờ. Em xin lỗi cô ạ! (V43) 先生待ちましたか?急用ができて連絡せずに遅れました。以後約束に間に合うように心がけます。すみ ません。 Con xin lỗi bố,mẹ con lỡ làm bẩn mất rồi, lần sau con sẽ cẩn thận. (V98) ごめんなさい。汚してしまった。今後気をつける。 【その他のストラテジー】 気遣い Có sao không? Tau xin lỗi, tại vô ý quá. (V45) 大丈夫?ごめん,不注意だった。 Mi tới lâu chưa? (V46) ずいぶん待った? 感動詞 Á chết! Đi mà quên mua mất rồi. (V26) ああ,しまった。買い忘れた。. 8.

(10) 日越両言語における謝罪表現の比較と日本語教育への応用. Ôi! Chết cha. (V7) ええっ!しまった。 ユーモア Nghiệp quật nhé con! (V36) 因果応報だよ!(罰当たりだよ!) Ui chao ơi! Bị chi không mi? Mà răng mi không tránh đi? (V46) 大変だ!大丈夫?なんで避けなかった? May đấy(V97) 運が良かったよ。 Đến sớm rứa bây(V25) 早いね! 日本人の回答でも,「気遣い」と「感動詞の使用」というストラテジーが現れるが,「ユーモア」というス トラテジーは現れない。ベトナム人の回答データを見ると,ユーモアのストラテジーが多く使われる。 「Nghiệp quật nhé con」(因果応報だよ)などはその例の一つである。お茶をこぼして人に火傷をさせたの に,謝罪を言わないどころか, 「Nghiệp quật nhé con」(因果応報だよ)と相手を攻撃するのは日本人にとっ てなかなか理解しがたいだろう。また,相手が火傷になったのに,「May đấy」(運が良かったよ)と言うの も「ユーモア」のストラテジーだと考えられる。前章にも述べたように,熊谷(1993)は謝罪は社会の規範 や倫理観と密接な結びつきを持つという特徴を述べている。ベトナム人は行為の善悪に応じて,その報いが あるという仏教の教えを信じる人が多い。 「ユーモア」のストラテジーの使用もベトナムの社会の規範や倫 理観を反映している可能性がある。 以上のような謝罪表現やストラテジーごとに出現率をまとめたものが以下である。 表4.日本人の回答に見られる謝罪表現やストラテジー 明確な謝罪. 説明・弁明. 責任承認. 補償の申し出. 再発防止. 場面1 ①親. 88%. 0%. 94%. 11%. 0%. 場面2 ①親友. 93%. 0%. 88%. 14%. 0%. 場面3 ①先生. 95%. 0%. 86%. 24%. 0%. 場面4 ②親. 91%. 5%. 65%. 0%. 0%. 場面5 ②親友. 97%. 2%. 55%. 3%. 1%. 場面6 ②先生. 99%. 20%. 61%. 0%. 8%. 場面7 ③親. 95%. 5%. 75%. 5%. 1%. 場面8 ③親友. 98%. 3%. 63%. 52%. 0%. 場面9 ③先生. 97%. 8%. 64%. 35%. 1%. 場面10 ④親. 94%. 1%. 1%. 16%. 2%. 場面11 ④親友. 97%. 0%. 0%. 18%. 0%. 場面12 ④先生. 97%. 4%. 2%. 16%. 0%. 9.

(11) 阿部 二郎・レティホンヴァン. 表5.ベトナム人の回答に見られる謝罪表現やストラテジー 明確な謝罪. 説明・弁明. 責任承認. 補償の申し出. 再発防止. 場面1 ①親. 28%. 4%. 93%. 43%. 0%. 場面2 ①親友. 21%. 9%. 96%. 21%. 0%. 場面3 ①先生. 61%. 5%. 90%. 30%. 0%. 場面4 ②親. 53%. 42%. 47%. 0%. 0%. 場面5 ②親友. 54%. 42%. 32%. 1%. 0%. 場面6 ②先生. 90%. 49%. 60%. 0%. 1%. 場面7 ③親. 63%. 18%. 56%. 8%. 3%. 場面8 ③親友. 79%. 21%. 56%. 24%. 0%. 場面9 ③先生. 89%. 29%. 54%. 23%. 4%. 場面10 ④親. 73%. 27%. 0%. 44%. 0%. 場面11 ④親友. 76%. 22%. 1%. 34%. 0%. 場面12 ④先生. 95%. 33%. 3%. 28%. 0%. 図1.日本人とベトナム人の謝罪ストラテジーの使用率. 図1では,日越の謝罪ストラテジーに関して「明確な謝罪表現」ストラテジーおよび「説明・弁明」スト ラテジーの使用率の違いがもっとも目立つ。 「明確な謝罪表現」というストラテジーにおいて,表4より日本人の場合は各場面において使用率が低い 場面は88%で,高い場面は99%とあまり違わない。それに対して,表5よりベトナム人の場合は「明確な謝 罪表現」の使用率が低い場面は21%で,高い場面は95%と,大きく異なる。この結果から,日本語は軽度, 中度,重度の場合でも,そして相手が親,親友,先生でも, 「明確な謝罪表現」の使用率が高いことが分かる。 一方,ベトナム語は軽度の場面だと, 「明確な謝罪表現」の使用率が低く,重度の場面は使用率が高いこと が分かる。また,同じ状況でも,相手によって「明確な謝罪表現」を使ったり,使わなかったりすることも ある。親と親友に「明確な謝罪表現」を使わないが,先生に使う回答者が多い。この違いは,日越の対人関 係観と関係すると考えられる。このように,本研究の出発点の「日本人は謝罪が多い,ベトナム人は謝罪が 少ない」というステレオタイプを支持する結果を得ることができた。 なお,日本人とベトナム人の「説明・弁明」というストラテジーの使用率を見てみると,「説明・弁明」 をほとんど使わない日本人に対して,ベトナム人はこのストラテジーをよく使う傾向が分かる。特に,「約 束に15分遅れた」という状況において,10%に満たない程度の日本人がこのストラテジーを使う。それに対. 10.

(12) 日越両言語における謝罪表現の比較と日本語教育への応用. して,ベトナム人は40%以上と,高い使用率である。「ベトナム人は謝罪しない,その代わりに言い訳をよ く言う」とよく言われているが,この調査結果からもベトナム人の方が「説明・弁明」を多用していること が見られる。しかし,「説明・弁明」を多用しているが,「明確な謝罪表現」を使用しないわけではない。複 数の謝罪ストラテジーを組み合わせて使用する傾向がある。例えば,ベトナム人の回答には「Cô ơi, cho em xin lỗi. Hôm qua em lỡ làm bẩn sách của cô rồi. Cô mua chỗ mô để em mua quyển khác trả cô.(先生 すみません, 昨日先生の本を汚してしまいました。先生はどこで買いましたか。買い直します。)」などといっ た「明確な謝罪表現」「責任承認」「補償の申し出」の組み合わせがある。 他の謝罪ストラテジーは, 「明確な謝罪表現」と「説明・弁明」というストラテジーほど日本人とベトナ ム人の使用傾向の違いが目立たない。 「責任承認」というストラテジーの使用率は,日本人もベトナム人も 高く,55%と49%となっている。日越両言語とも,このストラテジーが単独使用される場合は少ない。「ご めん,忘れちゃった」など様々なストラテジーを併用して,謝罪の気持ちを表す場合がよくみられる。 また, 「補償の申し出」というストラテジーは日本人もベトナム人も使用率が低く,日本人の使用率の 16%に対しベトナム人の使用率は21%となっている。「二度と起きない旨の表明」はどちらも使用率が非常 に低く,日本人は1%でベトナム人は0%である。 日本人とベトナム人の謝罪ストラテジーの使用傾向をまとめると,日本人は,「明確な謝罪表現」と「責 任承認」というストラテジーを多用しており,この二つのストラテジーが日本人の主な謝罪ストラテジーと なっている。一方,ベトナム人は「明確な謝罪表現」の使用率が日本人と比べれば低く, 「明確な謝罪表現」 の他に, 「補償の申し出」 , 「説明・弁明」など他のストラテジーも多用している。なお,もう一つの著しい 違いは,日本人はだれに対しても「明確な謝罪表現」の使用率が高いのに対して,ベトナム人は対親と対親 友は「明確な謝罪表現」の使用率が低く,対先生は使用率が高いことである。 調査結果をみると,回答者の性別,地方,日本語学習者と日本語学習者でない人の謝罪ストラテジーの使 用傾向の違いが見いだせない。 4.4 ポライトネス理論からの考察 本研究では,2.4に見たFTAの公式におけるDとPとRxを変数とした場面を設定することで,日本人 とベトナム人の謝罪表現を使用する傾向を明らかにした。ベトナム人は相手が親,親友のPとDが小さい場 合,相手には「明確な謝罪表現」を使用しないか,軽い謝罪表現を使う傾向がある。一方,相手が先生のP とDが大きい場合,主語,目的語,程度の副詞をつけて丁寧に謝罪をする。相手が友達の場合は「Xin lỗi」 か「Xin lỗi mày」とだけ言う場合が多いが,相手が先生の場合,「Em xin lỗi cô」というSVOの文がよく使 われる。それに対して,日本人の場合はPとDが小さくてもほとんどの場面で「明確な謝罪表現」が使われ る。しかし, 「明確な謝罪表現」の使用は相手によって変わる。親と親友などの親しい関係の相手には「ご めん」が多く使われるのに対して,先生という相手には「申し訳ない」という表現の方がよく使われる。つ まり, 「ごめん」「すみません」「申し訳ない」の使い分けには,D要因,P要因に影響されるという傾向が みられる。相手が目上の場合は,相手のフェイスを尊重するのを重視するが,相手が家族と親友の場合は, 相手のフェイスよりは自分のフェイスを尊重するというベトナム人の傾向がみられる。 また,軽度から重度までの謝罪状況を設定することで,Rxが変化すると日本人とベトナム人の謝罪表現 の使用に影響するかが分かる。日本人の場合は軽度でも中度でも重度でも謝罪表現の使用率が高いので影響 が見いだせないが,ベトナム人の場合は「頼まれたジュースを買い忘れた」などの軽度のときは謝罪表現の 使用率が非常に低いことから,Rxに影響されることが分かる。 なお,上記の表「全体的な謝罪ストラテジーの使用率」で現れる日本人学生とベトナム人学生の謝罪スト. 11.

(13) 阿部 二郎・レティホンヴァン. ラテジーの使用傾向を比べると, 「明確な謝罪表現」と「責任承認」というストラテジーは日本人の方がベ トナム人より多用していることが分かった。一方, 「説明・弁明」と「補償の申し出」というストラテジーは, ベトナム人の使用率が日本人に比べて高いことが分かった。 まず, 「明確な謝罪表現」はベトナム人より日本人の方が多用している。Brown and Levinson(1987)は 謝罪を相手のネガティブ・フェイスに手当てするポライトネス・ストラテジーの一つとしているが,同時に 話し手自身のポジティブ・フェイスを傷つける行動であると述べている。日本人がこのストラテジーを多用 することから,日本人は自分のフェイスよりは相手のフェイスを尊重することが分かった。ベトナム人は, 相手によって使用傾向が変わる。親しい関係の相手には,相手のネガティブ・フェイスを尊重するよりは, 自分のポジティブ・フェイスを尊重するので,「明確な謝罪表現」はほとんど使わない。しかし,目上の人 に対しては,ベトナム人の「明確な謝罪表現」の使用率が高いので,相手が目上の人の場合,自分のポジティ ブ・フェイスよりも,相手のネガティブ・フェイスを尊重することが分かった。 「明確な謝罪表現」というストラテジーと同じように,「責任承認」もネガティブ・ポライトネス・スト ラテジーである。 また,ベトナム人の謝罪ストラテジーの使用傾向を見ると,日本人と比べ,ベトナム人の方が「説明・弁 明」と「補償の申し出」を多用していることが分かる。まず,日本人の「説明・弁明」というストラテジー をあまり使わない理由として,日本人は,特に重度の謝罪場面には,「説明・弁明」よりも,自分を責めて 謝罪するのが一般的であるということが挙げられる。それに対して,ベトナム人はこのストラテジーを多用 している。このことから,ベトナム人は理解されたいという自分のポジティブ・フェイスを尊重することが 分かる。 「補償の申し出」は好かれたい,理解されたいというプラス方向の欲求を満たすためのポジティブ・ポラ イトネス・ストラテジーであると思われる。 日本人と比べると,ベトナム人の方がこれらのストラテジーを多用していることから,日本人は謝罪の受 け手,つまり聞き手のフェイスを尊重して人間関係の調和を保つことを重視するのに対し,ベトナム人は話 し手のフェイスを配慮しながら,自分のフェイス保持も重視することが分かる。. 5.ベトナム人日本語学習者に対する謝罪表現の指導法の提案 5.1 ベトナムにおける日本語謝罪表現指導の現状と課題 以上に見られた日本語とベトナム語の謝罪表現の異同を踏まえ,ここでは日本語教育への応用を考える。 ここで論点となるのは,ベトナムの日本語教育における謝罪表現指導の現状と課題,どの段階でどのように 謝罪表現を導入していくかということである。以下では事例としてフエ大学外国語学部の状況を取り上げ る2。 まず,謝罪表現指導の現状であるが,フエ大学外国語学部では初級段階において教科書に沿った指導がな されている。初級の主な教科書としては『みんなの日本語』(スリーエーネットワーク),『テーマ別中級か ら学ぶ日本語』 (研究社)が用いられており,謝罪表現についてもその説明に即している。そこで用いられ る謝罪表現は「すみません」「申し訳ありません」である。『みんなの日本語』は一部くだけた表現を扱って いるものの,全体的には丁寧な表現が多く,謝罪表現に関しては調査の回答で得られたややくだけた「すま. 2  フエ大学(Đại học Huế)はベトナム・フエにある国立総合大学であり,学部に相当する下部組織としてフエ外国語大学 (Trường Đại học Ngoại ngữ)がある。ここでは便宜上「フエ大学外国語学部」と呼称する。. 12.

(14) 日越両言語における謝罪表現の比較と日本語教育への応用. ん」 「ごめん」 「悪い」などは掲載されていない。また,教科書に記載されている謝罪表現についても,定型 表現としての謝罪表現の意味を説明するにとどまり,実際の場面に即した使い方が詳細に教えられているわ けではない。 次に,謝罪表現指導の課題であるが,上記の通り提示される謝罪表現が限定されていることと謝罪表現を 用いる場面に関する指導が行われていない結果として,ベトナム語の謝罪表現とその使用場面をそのまま日 本語の謝罪表現と使用場面に当てはめて用いる学習者が多いことが挙げられる。その場合,ベトナム語で明 確な謝罪表現を用いない場面では日本語でも謝罪表現を用いず,日本語母語話者の聞き手に誤解を与える可 能性がある。 5.2 日本語謝罪表現指導を行う段階と科目 ベトナム人学習者を対象とした日本語謝罪表現指導の改善にあたっては,学習のどの段階で,どのような 科目の中で謝罪表現の指導を導入すべきかを考える必要がある。これまでも見てきた通り,謝罪行為は謝罪 表現の意味を理解しただけでは適切に遂行できるとは限らない。意味に加え,謝罪表現の機能や,それが用 いられる場面 (相手に対する負担の軽重や相手との関係)など複合的な要素に配慮する必要がある。しかし, 日本語指導という観点においては,初級段階からそのすべてを学ぶには学習者の負担が大きく,あまり効果 は期待できない。そのため,学習段階や学習内容に合わせた指導法を考案することが必要となる。 ここでは,フエ大学外国語学部日本語日本文化学科における日本語教育のカリキュラムを取り上げ,指導 表6.フエ大学における日本語科目. 基礎科目(必須). 専門科目(必須). 科目. 単位数. 総合日本語Ⅰ.1~5(1.聴解,2.会話,3.読解,4.作文,5.漢字). 各2. 総合日本語Ⅱ.1~5(1.聴解,2.会話,3.読解,4.作文,5.漢字). 各2. 聴解1~3. 各2. 会話1~3. 各2. 読解1~3. 各2. 作文1~3. 各2. 聴解・会話. 2. 読解・会話. 2. 面接. 3. 文章を書く技術. 3. 文章の読解技術. 2. 基本翻訳1~2. 各2. 翻訳論. 2. 実践通訳. 3. 実践翻訳. 3. 日本文化文明. 2. 語彙論. 2. 文法論. 3. 音声学. 2. 日本文学入門. 2. 13.

(15) 阿部 二郎・レティホンヴァン. 専門科目(選択). 観光日本語. 2. IT日本語. 2. 介護医療日本語. 2. 経営・経済日本語. 2. 課題研究. 7. 法の改善について考察したい。本学科のカリキュラムは表6のようになっている。 初級の段階では「総合日本語」を中心として使用教科書と学習内容が固定されており,各学習項目がバラ ンスをとったものになっている。謝罪表現については『みんなの日本語』では「すみません」と「申し訳あ りません」があり,同僚などに対する軽い謝罪と客に対するフォーマルな謝罪の場面で用いられている3。基 礎的な内容を学ぶ初級段階では体系的な習得という観点から各項目で均衡のとれた学習が重要であり,した がってこの段階では謝罪表現については従前どおり限定的で定型的な謝罪表現の意味の学習にとどめる。 中級以降の段階では実践的な科目の割合が増え,教材と学習内容も自由度が増す。とりわけ, 「実践通訳」 「実践翻訳」 「日本文化文明」等ではいわゆる真正(authentic)な教材を用い,現実の場面・文脈に即した 指導が行われる。ここでは,謝罪表現の使われる場面,謝罪表現を使う相手,日越謝罪表現の類似点相違点 等を教えるのに適している。本研究では「実践翻訳」の授業を取り上げ,指導案を提案する。 また,後述するように,指導に当たっては学習者が母語であるベトナム語と学習言語である日本語につい て相対的な視点を持つように配慮する。母語を絶対視して学習言語の特質だけを学ぶという方法では学習者 が両言語の違いをとらえにくい。母語の特質も理解し,学習言語の特質とどのように異なるのかを学ぶこと で,学習者の理解がより深まると考えられる(阿部・徐2014,阿部・李2015)。本研究の場合で言えば,日 本語では相手が誰であれ謝罪表現を用いるという説明だけでは学習者の理解は十分でなく,ベトナム語では どのような時に謝罪表現を用いるのかという点を振り返りつつ日本語と比較し,その根底にある文化的背景 の相違に触れることが重要である。 5.3 指導法の提案 「実践翻訳」では様々な素材の翻訳を学習者が実際に行う。翻訳は原語の直訳では翻訳された言語の話者 に伝わらないことも多く,話者の文化的背景に考慮した意訳などの工夫が必要となる。本研究で扱う謝罪表 現は日本語とベトナム語の文化的背景に起因する違いの現れるものであり,翻訳ではそうした違いが浮き彫 りとなる。以上のことから, 「実践翻訳」の授業はベトナム人学習者に日越の謝罪表現の違いへの気づきを もたらすのに適していると考えられる。また,一方向の翻訳ではなく,双方向の翻訳を行うことで日本語の 持つ特徴だけでなく母語であるベトナム語の特徴を意識化し,学習者が相対的な視点を持つようになる効果 も狙っている。 教材として日本とベトナムのテレビドラマを用いる。秦(2013)は,日韓の謝罪表現を比較する基礎研究 として,韓国のドラマとその日本語吹き替え版において謝罪表現の出現頻度に違いが見られることを明らか にしている。秦(2013)のデータによれば,同じドラマのセリフであるにもかかわらず,原語の韓国語版に 無い謝罪表現が日本語吹き替え版に追加されている。これは,日韓両言語の謝罪に関する文化的な差異を反 映したものであると考えられる。原語のセリフを直訳すると,視聴者には違和感を生じる可能性がある。こ のような問題を授業の中で学習者に体験させるのが本指導法の狙いである。 3  「すみません」については謝罪のほかに,「感謝」と「注意喚起」の用法も別の課で扱っている。. 14.

(16) 日越両言語における謝罪表現の比較と日本語教育への応用. なお, 「真正さ」という点では,現実の対話場面を録画し視聴することが理想とも考えられる。しかし, 謝罪表現は先に見た通り,謝罪の場面,負担の大きさ,謝罪者と聞き手との関係と言った要因が表現やスト ラテジーの使い分けに影響するため,これらの要因が学習者に明確に伝わるモデルの方がよい。テレビドラ マは,作られた状況という点において真正さが一部損なわれるものの,登場人物や場面がはっきりしている という点においては今回の目的に適したものである。 授業の展開はおおむね次に示すとおりである。 ①導入と説明 ②学習者が日本のドラマを5分程度視聴する。 ③学習者がベトナム語の字幕を作成する。 ④教師が謝罪表現に焦点を当て,ドラマや字幕の内容について学習者に質問する。 ⑤学習者がベトナムのドラマを5分程度視聴する。 ⑥学習者がベトナムのドラマの日本語字幕を作成する。 ⑦謝罪表現に焦点を当て,学習者が二つのドラマの字幕を比較する。 ⑧学習者が日本語話者に違和感のない字幕に修正する。 まず,日本のテレビドラマから謝罪表現を含んだ夫婦の会話を5分程度ベトナム人学習者に見せる。ベト ナム人の場合は夫婦間で謝罪表現が用いられることは稀であるが,日本人の場合は夫婦であっても謝罪表現 が頻繁に表れる。学習者は,これを見て字幕を作成するうちになぜ夫婦間で謝罪表現が用いられるのか疑問 を抱くことが予想される。そこで,教師はそうした疑問の気づきを促す質問をする。 次に, ベトナムのテレビドラマから謝罪場面に相当する家族の会話を5分程度学習者に見せる。ここでは, ベトナム語のドラマに日本語の字幕を付ける活動を行う。ベトナムでは家族に対し明確な謝罪表現を用いる ことは稀であり,したがって学習者による日本語の翻訳にも謝罪表現はほとんど現れないことが予想される。 ここで, 学習者が日本のドラマに付したベトナム語字幕とベトナムのドラマに付した日本語字幕を比較し, 同じような謝罪場面における日越の謝罪表現の現れ方の違いを観察する。ベトナム語字幕については,違和 感のある謝罪表現を省略し,日本語字幕についてはどの個所に謝罪表現を補えばより自然な日本語になるの かを考え,字幕を修正する。. 6.まとめ 本研究では日本語とベトナム語の謝罪表現及び謝罪言語行動を対照した。 まず, 「日本語は謝罪が多く,ベトナム語は謝罪が少ないという印象の違いの要因を明らかにする」とい う研究課題に関して,本研究は日本人は相手のネガティブ・フェイスを尊重するのに対し,ベトナム人は, 相手が目上の人の場合は,相手のネガティブ・フェイスを尊重するが,相手が家族や親友の場合は,相手の ネガティブ・フェイスを尊重するよりは自分のポジティブ・フェイスを尊重するという要因を指摘した。 次に「日越両言語において,謝罪表現の使用場面を解明する」に関して,日本人は,各場面において謝罪 表現を多用しているのに対し,ベトナム人は軽度の場面,そして親しい関係の相手には謝罪表現をほとんど 使わないことが分かった。 また,アンケート調査をすることで, 「日本語母語話者とベトナム語母語話者はどのような謝罪表現と謝 罪ストラテジーを用いるのか,明らかにする」という研究課題に取り組んだ。その結果,ベトナム人の一般 的な意識と異なり, 「Xin lỗi」以外にも,「Thông cảm」,「Bỏ qua」,「Áy náy」,「Sorry」など,日本語ほ. 15.

(17) 阿部 二郎・レティホンヴァン. ど豊富ではないが,様々な謝罪表現が用いられることが明らかとなった。また,謝罪ストラテジーに関して, 日本人は「明確な謝罪表現」と「責任承認」というストラテジーをベトナム人より多用する傾向を見せた。 一方, 「説明・弁明」 , 「補償の申し出」というストラテジーは,日本人よりベトナム人の方が多用する傾向 がある。 「ポライトネス理論の観点から両言語における相違点の背景にあるものを説明する。」について,日本人 もベトナム人もD(社会的距離)とP(力)という要因に影響されるという傾向が見られることが分かった。 日本人の場合は,DとPが変化しても,ほとんどの場合は謝罪表現が使われる。しかし,謝罪表現の使用が 異なってくる。一方ベトナム人の場合は,DとPが変化すると,謝罪表現を使ったり使わなかったりすると いう傾向が見られた。これらについては,日本人は謝罪の受け手,つまり聞き手のフェイスを尊重するのに 対して,ベトナム人は話し手と聞き手両方のフェイスを尊重するという違いに起因していることを述べた。 最後に,対象研究の成果の応用として,ベトナム人日本語学習者に対する日本語の謝罪表現の指導案を提 示した。ここでは日本語の謝罪言語行動の特質だけに着目するのではなく,本研究に見たような対照的・相 対的な視点を持った授業展開を行うことが鍵となる。. 参考文献 Brown, Penelope and Stephen C. Levinson(1987)Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge University Press.[田中典子(監訳)・斉藤早智子・津留崎毅・鶴田庸子・日野壽憲・山下早代子(訳)(2011) 『ポライトネス 言語使 用における,ある普遍的現象』研究社] 阿部二郎・徐嬌玲(2014)「日本語学習者に母語の知識を意識化させる指導法の提案―中国人日本語学習者に対する感情形容 詞述語文の指導を事例として―」『北海道教育大学紀要 人文科学・社会科学編』第65巻1号,19-33 阿部二郎・李洪旭(2015)「中国人日本語学習者に対する『テイル』の指導法の提案」 『北海道教育大学紀要 人文科学・社会 科学編』第66巻1号,31-46 池田理恵子(1993)「謝罪の対照研究:日米対照研究―faceという視点からの一考察―」 『日本語学』12,明治書院,13-21 柏木厚子(2015) 「映画・テレビドラマにみる日米謝罪表現の差異―オリジナル言語版および吹き替え版の分析から―」 『学苑』 893,昭和女子大学国際学科,11-25 グエン ティ ホア ミー(2015)「日本のドラマにおける謝罪表現について―ベトナム語母語話者の観点から―」 『人間生活文 化研究』25号,231-235 熊谷智子(1993)「研究対象としての謝罪」『日本語学』12巻12号,明治書院,4-12 熊取谷哲夫(1992)「発話行為対照研究のための統合的アプローチ―日英語の「詫び」を例に―」 『日本語教育』79号,明治書 院,26-39 近藤富智子(2002)「日米比較『謝罪』考―謝罪のあり方とその照準」 『現在社会学』3号,49-63 中田智子(1989)「発話行為としての陳謝と感謝―日英比較―」 『日本語教育』68号,191-203 羽成拓史(2016) 「謝罪発話行為とポライトネス―データ収集方法の差異に着目して―」 『経営学紀要』 ,亜細亜大学短期大学 部学術研究所,117-131 森山卓郎(1992)「関係修復のコミュニケーション:現代日本語のお礼とお詫びの提携表現」藤森ことばの会(編) , 『藤森こ とば論集』東京清文堂出版,270-292. 秦秀美(2013)「日韓における謝罪の 「定型表現」 の使用について」『関西大学外国語教育フォーラム』第12号,1-16. 16. . (阿部 二郎 札幌校准教授)   . . (レ ティ ホン ヴァン フエ大学外国語学部講師).

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