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日本における蕗の認識・実態―主に食文化の視点から―

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会誌 食文化研究 No.15 37∼48 (2019)

日本における蕗の認識・実態

―主に食文化の視点から―

The Recognition and Food Culture of Japanese Butterbur

関原

成妙

†1

品川

†2

Narumi SEKIHARA Akira SHINAGAWA

キーワード: 蕗 FUKI Japanese Butterbur); 日本原産野菜 vegetables native to Japan; 食文化 food culture; 和食 Washoku Japanese food

1. はじめに 豊かな自然を尊ぶ日本人の伝統的な食文化が評価さ れ*12013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され た。食文化が無形文化遺産に登録されるということは、 その価値の高さが認められると同時に、その食文化を保 護・継承する義務が生じたことをも意味している*2。し かし、高度経済成長期以降の日本では、食の欧米化など により和食の基本形が崩れていった。日本らしい食材や 季節感が失われつつあるのが日本の食文化の現状である (江原、2015)。 流通の発達により、遠く離れた外国の物さえも入手で きる現代社会では、身近な存在のありがたさや貴重さを 忘れがちになってしまう。しかし、健康的で持続可能な 生活のためには、住んでいる土地の気候風土とともに生 きることが重要である。気候風土に則した文化を学び伝 えていくことが、後世に対する義務や責任であると考え る。 日本原産の野菜は日本の気候風土に根づいた作物であ り、その歴史は深く、古くから日本人に食されてきた。 これまでにも日本各地の伝統野菜などの研究はなされて きたが、その多くは海外から伝来し日本に根づいた作物 についてである。日本原産野菜には日本ならではの文化 的背景が豊富にあると考えられるが、これまでの食文化 研究において日本原産野菜に着目した知見は少ない。和 食とは何かを見つめ直し、日本の自然や食文化を深く理 解し保護・継承していくために、日本原産野菜の食文化 研究が重要である。 日本を原産とする野菜は数少なく、ウド、サンショウ、 ジュンサイ、セリ、フキ*3、ミョウガ、ワサビなど、わ ずか18種ほどである( 澤、1992)。特に蕗は、比較的 親しみのある野菜として貴重な存在である。長い間日本 人に食されてきただけでなく、春や夏の季語として詩歌 に詠まれ、工芸品の意匠にもなるなど、様々な形で日本 人に愛されてきた。 これまで、蕗の研究といえば、農業生産の効率化を目 指した研究や、その生態に関する研究が多く行われてき た。今津、藤下(1961)によると、フキには稔性株と 不稔性株*4が存在し、不稔性株が稔性株に比べて食用 や栽培に優れた特性を持っている。柴田、清水(1978) は、フキに多様な形態が存在することに注目して化学成 分分析を行い、主に3種類の化学成分系が存在すること を明らかにした。香りについては、1-nonen-3-olという 化合物がフキの独特な香りを特徴づけるとしている(伊 藤ら、1995)。同じ株でも生育環境の変化によって形態 が異なるなど、フキの生態には謎が多く残されている (今津、1961)。 †1 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程

Graduate School of Frontier Sciences,The University of Tokyo

†2 学習院女子大学

Gakushuin Women’s College

*1 「自然を尊ぶ」 という日本人の気質に基づいた 「食」 に関する 「習わし」 が、「和食; 日本人の伝統的な食文化」 と題して、ユネスコ 無形文化遺産に登録された。http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/ (2019年3月26日閲覧) *2 無形文化遺産は 「無形文化遺産の保護に関する条約」 によって登録が行われており、第2条に無形文化遺産の定義が記載されている。 それによると、世代を超えて伝承されることや持続可能であることなど、継続的に保護されていくことが求められている。https:// www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/treaty159_5a.pdf (2019年3月26日閲覧) *3 本稿において、引用文献等で“フキ”や“ふき”と表記された内容に関する記述については同様の表記とし、それ以外は“蕗”と表 記する。 *4 稔性株とは種子が稔実する株であり、異常花粉などにより種子が稔実しない株は不稔性株という。 〔資 料〕

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また、蕗は食べる人や状況によって有害になる恐れが あることも示されている。二條ら(1986)は、アレル ギー症状が出現した事例をもとにフキノトウの持つ抗原 物質について解明し、アレルゲンの性状は水溶性物質で 雄株の花のみに存在することを示した。古谷ら(1976) は、フキの持つ発癌性アルカロイドとしてFukinotoxin (フキノトキシン)などを単離している。蕗やフキノト ウを食べる際には、アク抜きをする、量を制限するなど が必要である。 さらに、山田、下田(2004)は、純国産の抗アレル ギー素材としてフキに着目した。フキから抽出したエキ スが抗I型アレルギー作用を示し、花粉症患者の症状を 緩め、アレルギー疾患の予防に寄与することを示唆して いる*5 このように、フキについての先行研究は多岐にわたる が、食文化に関する研究では山菜の一例として取り上げ られるに過ぎず、蕗が主題とされることはない。そこで、 文化芸術、食文化、人々の認識、生産・消費などの面で の、日本における蕗の実態はどのようなものであったか を明らかにすることを本研究の目的とする。その際、研 究の前提として蕗の植物学的分類および生態的特徴を把 握した。また、蕗は葉身(葉)も葉柄(葉の下部)も花 蕾(蕗の薹)も食用とされるが、本稿では葉柄の食べ方 を中心に検討した。くわえて、蕗は栽培種だけでなく野 生種も多く存在するが、主として作物として栽培される 蕗について調査を行った。 2. 研究方法 文献調査を主とし、蕗生産者および女子大学生へのア ンケート調査を実施した。 3. 結果と考察 各種文献によって調査した蕗の植物学的、食文化的特 徴を以下に述べる。 (1) 日本における蕗の位置づけ 1) 植物学的分類および生態的特徴

フキの学名は、Petasites japonicus (Siebold & Zucc.)

Maxim.*6であり、“Petasites”とは縁の広い帽子を意味 する(石井、1952)。大きく広がる蕗の葉を表している と考えられるが、頭の皮膚病を患った子どもに蕗の葉を かぶせたことに由来するという説もある(北村ら、 1957)。 一般的に食されている葉の下部は茎ではなく葉柄であ り、フキの茎は地下にある。地下茎からは細い根が出て いる。晩冬に花蕾(フキノトウ)が生じ、開花する頃 (1∼3月)には、一芽から3∼6本の一年葉が生じる(石 井、1952)。 フキ(Petasites japonicus)は、多年草15種からなる キク科フキ属(PETASITES)の一種である。キク科フ キ属の特徴として、葉が円腎形や心臓形であり、春に葉 が出る前に小花が房状に群生するか、花穂をつくる。日 本産フキ(Petasites japonicus)以外に、ヨーロッパ一帯 に生息する西洋フキ(Petasites hybridus)や、台湾に生 息するタイワンブキ(Petasites tricholobus)樺太原産 のアイヌ(ポロナイ)ブキ(Petasites palmatus)、南部 ヨーロッパ原産のニオイカントウ(Petasites fragrans) などがある(トニーら、2005; 石井、1952)。 また、日本産フキ(Petasites japonicus)の変種として、 アキタブキ(Petasites japonicus Maxim.subsp.giganteus) や ベ ニ ブ キ(Petasites japonicus Maxim.forma

purpu-rascens)が存在する。アキタブキ(秋田蕗)は、本州北 部や北海道に自生しており、大型で、葉は直径1.5 mに 達することもある。ベニブキ(紅蕗)は、自生するフキ に稀に見られる、地上部の各器官が紫紅色のフキである (牧野、1956; 石井、1952)。 以上を整理し、キク科フキ属の名称(学名を持つ品 種)を図1に示した。 2) 多様な名称*7 日本産フキは、変種として学名を持つもの以外にも、 多様な生態の特徴ごとに名称がついている。 日本で最も多く生産される品種は愛知早生蕗である。 明治29年(1986)頃から愛知県で盛んに栽培されてき た。早く大きく育ち、クセが少なく食用に適している。 蕗の生産量が日本一である愛知県では、「知多のふき」 として愛知早生蕗が生産されている。大阪府泉州地域で は、愛知早生蕗を基にバイオ技術によって育成した新品 種を 「のびすぎでんねん」 と名づけて栽培している。 大型の秋田蕗は、東北地方に自生し大蕗、白蕗とも呼 ばれる。寒地に適する品種であり、同じ株でも温暖な地 域では大きく育たない。葉柄の肉質が硬く、煮物や砂糖 漬に加工されることが多い。 水蕗は、自生する蕗の中で葉柄の肉質が軟らかく食用 に適したものを指す。各地で自生する水蕗の優良品種が 選抜され、栽培されるようになった。群馬県利根沼田地 域では、群馬県内の吾妻在来と呼ばれる在来の水蕗のう *5 既存の抗アレルギー素材は何らかの形で海外栽培品との関わりが考えられるものが多く、未承認農薬の使用や残留農薬量の問題が懸 念されるが、純国産の素材であればそのような懸念がない。オリザ油化株式会社では、フキエキスの製品情報が公開されている。 https://www.oryza.co.jp/product/detail/japanese_butterbur_extract_igai (2019年3月25日閲覧)

*6 (Siebold & Zucc.) Maxim.は、分類や命名に関わった植物学者を示す。他品種との比較のため、後述では省略する。

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日本における蕗の認識・実態 ち優良株が選抜され、「群馬県産フキ」という表記で出 荷されている。宮城県南三陸地域でも、地域在来の水蕗 が選抜されてきたと思われる栽培蕗を、「南三陸の水ふ き」として生産している。 八ツ頭蕗は、明治時代に東京付近において栽培されて いた。葉柄よりも、フキノトウを主目的に栽培された品 種であり、品種育成などにも利用される。群馬県では、 県在来の水蕗と八ツ頭蕗を交雑させた「春いぶき」が生 産されており、水蕗に比べて4∼5倍程のフキノトウが 発生する。 自生するが栽培されていない蕗として山蕗や野蕗とい う名称があり、栽培種に比べて香りが強く、葉柄の肉質 が硬い。稀に見る紫紅色の蕗は紅蕗と呼ばれる。 これをふまえ、日本産フキの生態の特徴による名称を 表1に、日本産フキの名称および主な産地における商品 名を図2に示す。フキという一つの植物に多くの名称が 存在することから、蕗が日本人にとって親しみ深い存在 であるとわかる。文献では名称と特徴が列記される形式 が多く、学名や商品名をもとに図式化し、整理すること によって、蕗の多様な名称を深く理解することが可能に なる。 3) 類似する植物 フキと名称や形態が類似する植物として、ツワブキ (キク科ツワブキ属Farfugium japonicum)がある。新 潟県・福島県以南の日本各地、朝鮮半島、台湾、中国な どに分布する多年草であり、光沢のある葉の形状がフキ とよく似ているがフキ属ではない。秋から冬にかけて濃 図1 キク科フキ属の名称(学名を持つ品種) 表1 日本産フキの生態の特徴による名称 名称 生長 葉柄の長さ 特徴 愛知早生蕗 早生 50∼100 cm 最も多く生産される。 秋田蕗 晩生 150∼200 cm 葉柄は空洞が大きく、肉質が薄く硬い。 水蕗 中生∼晩生 60 cmほど 葉柄の外側に筋がない。自生する蕗の中で食用に適したものを指すこともある。 八ツ頭蕗 早生 50 cmほど 花蕾の発生が多く、大きく、形が良い。 紅蕗 中生 不明 地上部の各器官が紫紅色をしている。 山蕗(野蕗) 様々 様々 野生フキを指す。栽培フキで野生の趣を残すものを指すこともある。 図2 日本産フキの名称および主な産地における商品名

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い黄色の花が咲くことが特徴である(邑田、2015)。日 本原産の植物であり、街中や庭園などで頻繁に見かける 日本人にとってなじみ深い古典園芸植物であるととも に、食用として利用されることもある(奥野、2017)。 そのほかにも、トウゲブキ(キク科メタカラコウ属)、 マルバダケブキ(キク科メタカラコウ属)、タマブキ (キク科コウモリソウ属)、フキユキノシタ(ユキノシタ 科ユキノシタ属)、フキタンポポ(キク科フキタンポポ 属)など、別種の植物で花の形状や開花時期が全く異 なっていても、腎臓形や心臓形と呼ばれる葉の形状が類 似しているものの和名に 「フキ」 がつくことが多い(邑 田、2014, 2015; 八尋、1997)。日本人にとって蕗は身 近な存在であり、そのことが葉の形が類似する植物にフ キの名を冠した理由であると考えられる。 4) 蕗を題材とした文学と工芸(文化芸術) 日本には、蕗を題材とした文化芸術も数多く存在す る。文化芸術での蕗の描かれ方から、日本人にとって蕗 がどのような存在であるのかを探る。 絵本『ふき』(斎藤・滝平、1998)では、幼くして両 親を亡くしながらも強く生き、鬼にも恐れずに立ち向か う少女の名前が“ふき”である。雪山のように厳しい環 境の中でも花を咲かせる様子が描かれ、勇敢さや力強さ が象徴されている。また、父からの形見である簪がフキ ノトウに似ていることから、親子の絆を表す役目も果た している。厳しい冬が終わり春の訪れを告げる象徴とし て描かれ、悲しい物語にも希望の光がさしこむような役 割を持つ。 NHKの子ども向けテレビ番組などで歌われた童謡 「おべんとうばこのうた」(さいとう、2013)にも、蕗 が登場する。“筋の通った蕗”として歌詞の最後に登場 する食材であり、筋のある食材という印象に加えて、人 柄を表す意味での“筋が通っている”ことも連想させ る。子どもが手遊びをしながら食べ物について学ぶ歌で あり、この歌で蕗の存在を知る子どもも多いだろう。ほ かに登場する食べ物は、おにぎり、きざみしょうが、ご ま塩、人参、さくらんぼ、しいたけ、ごぼう、蓮根であ る。蕗は唯一緑色をした食材であり、彩りのよいお弁当 にする役割も果たしている。 久保田、長島(2012)は、日本の自然を詠む名句と して、蕗を詠む俳句を掲載している。細貝綾子作『蕗の 薹 見つけし 今日は これでよし』は、蕗の薹(ふき のとう)が春の季語となり、冬を越え春の息吹を見つけ た充実感が表現されている。また、“今日は これでよ し”によって、食卓の菜が決まった喜びを連想させる。 類句として、『ふきのとう 喰べる空気を 汚さずに』、 『蕗の筋 よくとれたらば 素直になる』が添えられて いる。いずれも、蕗や蕗の薹を食べる喜びと充実感、旬 のものを食べる清々しさを表している。 国語の教科書(光村図書、2014)には、工藤直子作 の『ふきのとう』という文章が掲載されている。寒く冷 たい雪の中から顔を出すため懸命に踏ん張っている様子 が描かれ、厳しい環境でも努力する強さを印象づける。 また、そのように努力することで、雪や竹やぶ、太陽、 春風から協力してもらえることを示唆している。雪の中 から春を呼び起こす存在として、また、顔を出したとき には春の訪れを告げる象徴として周囲に見守られ期待さ れている存在として描かれている。 文芸作品に登場する蕗は、春の訪れを告げる象徴とし て、また、厳しい状況に負けずに希望を持つ存在とし て、特に蕗の薹が多く描かれていた。絵本や童謡、民 謡、教科書にも取り上げられるため、子どもの頃に物語 に触れた記憶によって、蕗を食べた経験がなくても親し みのある野菜だと感じる人もいるであろう。 また、蕗が工芸品の意匠となることもある。江戸時代 から明治にかけて活躍した絵師の柴田是真は、図額や印 籠などの作品に蒔絵で蕗を描いている*8。その際、蕗の 薹が金色で目立つように描かれることが多く、春本番を 迎える希望を感じられる。雪の中から顔を出す蕗の薹が 輝いて見えた様子を描いたとも考えられる。さらに、 「蕗の薹に茗荷蒔絵琴柱箱」や「蕗茗荷漆絵重箱」では、 蕗と茗荷が描かれている。これは、ふき(富貴)と、 みょうが(冥加)が富貴冥加に繋がることを意味する吉 祥文様である*9 このように蕗は、春を告げる光のような印象で描かれ るほかに、同じく日本原産野菜である茗荷と組み合わ せ、位が高い様子や幸運を意味する吉祥文様としても描 かれている。身近で素朴な山菜でありながら、時には特 別な意味を持つ。 蕗茗荷文様のように、身近なもので吉祥の言葉遊びを するような感性は日本人だからこそ通じる文化でもあ り、蕗の絵に隠された意味に気づいたときには、遥か昔 の人と言葉遊びをしているような感覚になる。そのよう な楽しみ方ができるのも、日本に古くからある作物だか らこその魅力といえよう。 *8 各所蔵者のホームページ参照。蒔絵蕗に小鳥図額http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/collection/index.php?app=shiryo&mode=detail& list_id=7243612&data_id=639 (石川県立美術館 2018年12月20日閲覧) 蕗図蒔絵印籠https://www.bonhams.com/auctions/22532/lot/13/?category=list (Bonhams 2018年12月20日閲覧) *9 根津美術館において2017年に開催されたテーマ展 「行楽を楽しむ器 堤重と重箱」 で展示された、「蕗茗荷漆絵重箱」の説明文より。

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日本における蕗の認識・実態 (2) 日本における蕗の食文化 1) 食用の起源 蕗について記載されている最も古い文献は、『出雲国 風土記』(733年*10)であり(時枝ら、2012)、奈良時 代前期には蕗が広く認識されていた。また、ツワブキを 示すとされる「都波」という表記があり、フキとツワブ キが区別されていたことがわかる。しかし、「蕗」とい う植物の存在が記されるのみで、食用などの利用につい ては記されていない。 『延喜式』(927年)には、身近で栽培できる園菜とし て栽培され、塩漬にされていたことが記されている(土 山ら、2016)。蕗は遅くとも平安時代から栽培され食さ れていたのである。『百姓伝記』(1681年)や『農業全 書』(1697年)には農法が詳しく記載され、盛んに栽培 されていたと思われる(古島、1977; 宮崎ら、1948)。 手軽に栽培できる蔬菜として、当時は貴重な作物であっ た。 蕗の食べ方は、『延喜式』(927年)に見られるように 塩漬にされるほか、『倭名類聚抄』(938年)では煮物と して、『農業全書』(1697年)では漬け物や蕗味噌とし て、『本朝食鑑』(1697年)では生薬としても使用され ていた(狩谷、1931; 宮崎ら、1948; 島田、1976)。ま た、『和漢三才図会』(1712年)では、春には常に食べ ると記され(島田ら、1991)、季節感を味わえる食材と しても、漬物などの保存食としても頻繁に食されてい た。現在食べられている蕗料理と同じようなものを 1000年以上前の人々も食べていたと考えられ、古代と 現代を繋ぐ貴重な食品として、蕗の価値の高さが窺え る。 2) 『聞き書 日本の食生活全集』に見る蕗料理 資料として『聞き書 日本の食生活全集』(農山漁村 文化協会、1993)を用いた。『聞き書 日本の食生活全 集』は、大正から昭和初期(1930年頃)にかけて家庭 で食事を作っていた主婦を対象に、食事についての聞き とり調査を行い作成されたもので、全50巻・5万2000 点もの料理が収録されている。現在のように食の欧米化 などが進む以前の大正から昭和初期に、蕗がどのように 食されていたのかを知るために、『聞き書 日本の食生 活全集』掲載の蕗(葉柄)を用いた料理の品目数を、地 方ごとに集計し、調理法によって分類した。その結果を 図3に示す。 蕗は広く日本各地で食され、多様な調理法が用いられ ていた。全地方の合計では煮物が多く、半数近くを占め ていた。煮物のうち、筍やわらびなど他の山菜と煮合わ せるものが数多く、また、 、鰊、イカなどの魚介類と 煮る料理もあった。どの地方においても、煮物が最も多 *10 各文献の成立または刊行の年を示す。 図3 『聞き書 日本の食生活全集』掲載の蕗(葉柄)を用いた料理の品目数

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いことは共通していたが、それ以外の調理法にも注目す ると、地方によって調理法ごとの品目数に違いが生じて いる。 北海道(北海道およびアイヌ)や東北地方(青森、岩 手、宮城、秋田、山形、福島)では、煮物のほかに汁物 や漬物が多く、寒冷地方ならではの温かい汁物や保存の 効く漬け物として、日常で頻繁に食されてきたことがわ かる。特異な調理法として、アイヌの生食や練り物、北 海道の雑煮、秋田県の砂糖漬が挙げられる。 関東地方(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神 奈川)では、煮物に次いできゃらぶき(つくだ煮)が多 く甘辛い味が好まれると考えられる。他の地方では比較 的多い漬物が、関東地方には見られなかった。また、茨 城県では蕗を用いた料理の掲載はなかったが蕗の生産は 行われている。調査対象者には蕗の食習慣がなく、調査 対象とならなかった地域で蕗が食されていた可能性はあ るだろう。 中部地方(新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐 阜、静岡、愛知)は、煮物が6割以上を占め、最も煮物 の割合が高い地方であった。筍や大根と煮合わせるほ か、鰊、 、イカといった魚介類との煮合わせも多く見 られた。また、漬物やご飯もの、きゃらぶきといった、 他の地方の特徴的な調理法を併せ持っている。 近畿地方(三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和 歌山)では、ご飯ものの割合が高く、蕗ご飯や混ぜご飯 などの日常的な料理が多い。汁物は見られなかった。滋 賀県は蕗の干し物が特徴的であった。干し物が記載され ていたのは滋賀県(さらし干し)と九州の佐賀県(干も の)のみであった。水分の多い蕗が干されることで、味 や成分が凝縮されると考えられる。 中国・四国地方(鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳 島、香川、愛媛、高知)では、巻き寿司やちらし寿司な ど祝い事や年中行事に食べるご飯ものが多かった。汁物 は見られなかった。愛媛県には蕗の砂糖煮が掲載されて いた。 九州・沖縄地方(福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮 崎、鹿児島、沖縄)では、筍などの山菜との煮物が多 く、ひじきとの煮しめも挙げられた。調理法が豊富で、 干し物や味噌炊きも作られていた。沖縄県については蕗 を用いた料理の掲載はなかった。蕗は暑さに弱く、沖縄 県は蕗の生態に合わないことが考えられる。 蕗は漬物や煮物などの日常食としても、祭りや祝い事 などの行事食としても食されてきたことがわかった。身 近な食材でありながら、野性味や季節感によって特別感 を演出することができる野菜である。蕗が日本各地で食 されてきたからこそ、地域ごとに異なる食べ方の特徴を 比較することが可能であった。さらに詳細な地域別、調 理法別に分類することで、新たな知見を豊富に得ること が期待できる。 (3) 蕗の生産・消費状況と今後の展望 『聞き書 日本の食生活全集』に登場する蕗は野生種 が多く含まれると考えられるが、現状では栽培種を購入 することが多い。そこで、蕗の出荷量や市場での取扱 量、栽培農家への聞き取りなどを通して、蕗の食文化を 展望する。 1) 蕗の出荷量の推移 図4は蕗の出荷量(全国合計値)の推移を、農林水産 省の統計情報*11をもとにグラフ化したものである。 2002年以降の数値が公表されているが、減少傾向が顕 著である。その背景として、生産者の高齢化や後継者不 足などの影響が考えられる。現状では、今後、出荷量が 増加するとは考えにくく、この傾向が続くと予想され る。 2) 蕗の市場取扱量の推移 図5は蕗の市場での取扱量の推移を、東京都中央卸売 市場の統計情報*12をもとにグラフ化したものである。 2008年以降は増加することがなく、以前より緩やかで *11 農林水産省統計情報、作況調査(野菜) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_yasai/index.html (2018年11月15 日閲覧) *12 東京都中央卸売市場統計情報、取扱数量http://www.shijou-tokei.metro.tokyo.jp/asp/smenu2.aspx?gyoshucd=1&smode=10 (2018 年11月15日閲覧) 図4 蕗の出荷量(全国合計値)の推移 (農林水産省の統計情報をもとに筆者作成)

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日本における蕗の認識・実態 はあるがここ数年も減少し続けていて、数年のうちに 1000 tを下回ると考えられる。蕗を購入する消費者が減 ることで市場取扱量が減少し、出荷量の減少にも繋がる という悪循環に陥っている。農家が生産する栽培種は、 野生蕗に比べて調理しやすく食べやすい品種である。蕗 出荷量の維持あるいは増加は、一般消費者が蕗を食す機 会を増やす上で重要であり、蕗食文化の保護・継承のた めにも不可欠である。 3) 蕗の生産者に対するアンケートおよび聞き取り調査 全国の農業協同組合(JA)のうち、ホームページ等 で「ふき部会」の存在が記載されている事業所に連絡を とり、アンケート調査への協力を依頼した。2018年1∼ 5月に各農業協同組合のふき部会担当者を介して、蕗の 生産者の方々にアンケート用紙を配布し、郵送にて回答 を集めた。その結果、1府5県から、46人の回答を得 た。アンケート回答者の居住地域(人数)は表2に、年 齢は図6の通りである。 また、聞き取り調査の協力要請に応じてくれた愛知 県、群馬県、大阪府、宮城県の生産者やその家族など約 30名に対してアンケートの回答内容をもとにした聞き 取り調査を行い、蕗生産者の現状認識を把握した。質問 項目は、①蕗の栽培で苦労すること、②蕗を栽培してよ かったこと、③おすすめの蕗料理、④一般消費者に知っ てほしいこと、⑤蕗に関する思い出やエピソードの5つ である。 ①蕗の栽培で苦労すること 蕗の栽培で苦労することについて自由記述式(複数回 答可)で尋ねたところ、重労働であるという回答が37% に上り、夏の暑い時期に収穫することの大変さや、水分 の多い蕗は他の作物に比べて重いという回答が多かっ た。また、出荷に手間がかかるという回答も多く見られ た。聞き取り調査によって、蕗は傷みやすいため長細い 形を維持したまま専用のラップに包んでから段ボールに 梱包するなどの作業が必要であること、高齢者にとって は腰を屈める除草作業が大きな負担となっていることが 判明した。 ②蕗を栽培してよかったこと 蕗を栽培してよかったことについて、自由記述式(複 数回答可)で尋ねた。苦労することに比べて回答数が少 なく、半数以下であった。収穫時期が長く安定している ため比較的融通がきく作物であるという回答が最も多 く、21%を占めた。その他に、春先の貴重な収入源で あること、生命力が強く比較的栽培しやすいこと、価格 が安定していることなどが挙げられた。また、蕗特有の こととして、蕗の薹による副収入が得られるという回答 もあった。聞き取り調査では、蕗の薹の収穫を目的とし て栽培されることは少なく、蕗(葉柄)を栽培すると蕗 の薹が発生するため、余裕があれば出荷し副収入を得る という生産者が多かった。 ③おすすめの蕗料理 おすすめの蕗料理を自由記述式(複数回答可)で尋ね たところ、図7のような回答が得られた。煮物が最も多 く40%を占めた。煮物でも、出汁のみで煮る以外に、 図5 蕗の取扱量の推移 (東京都中央卸売市場の統計情報をもとに筆者作成) 表2 蕗の生産者に対するアンケート回答者の居住地域 (N=46) 居住地域(人数) 愛知県 徳島県 宮城県 群馬県 大阪府 福岡県 13 10 8 7 7 1 図6 蕗の生産者に対するアンケート回答者の年齢 (N=46)

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油揚げや椎茸と煮る、筍などほかの山菜と煮る、牛肉と 煮るなど、ほかの物と煮合わせるという回答も多かっ た。煮物の次には、きゃらぶき(甘辛い佃煮)が多く、 ほかにもバリエーション豊かな料理が挙げられた。 その他(14%)に含まれた料理は、白和え、かきあ げ、葉の天ぷら、生フキの天ぷら、卵とじ、お菓子、塩 昆布、おでん、ベーコン炒め、生ジュース、味噌漬けな ど、生産者ならではの多様な調理方法が数多く聞かれ た。新鮮な蕗が手に入る生産者だからこそ、サラダや生 ジュースなどにして、美味しく食べることができるとの 回答もあった。 蕗はクセが強いイメージがあるが、農家によって生産 される栽培フキは比較的食べやすく、和食・洋食を問わ ず、どんな料理にも合いやすいことがわかった。生産者 が楽しんでいるような蕗料理が、一般消費者にも広まれ ば、蕗の消費量も増加すると思われる。 ④一般消費者に知ってほしいこと 蕗について一般消費者に知ってほしいことを自由記述 式(複数回答可)で尋ねたところ、多数の回答が寄せら れたため、4つに分類し表3に示した。生産や消費が減 少していることへの不安からか、もっと食べてほしいと いう意見が多かった。聞き取り調査では、生産者の周辺 でも高齢者は蕗をよく食べるが若い人はあまり食べてい ないという声が多く聞かれた。また、蕗は皮をむく、ア クをとるなどの手間がかかるイメージを持たれがちだ が、調理してみれば意外と手軽で美味しいと感じるた め、まずは一度食べてみてほしいという意見も多かっ た。 栽培についての回答からは、産地によっては抑制栽培 を行うことがわかった。また、日本の伝統的な野菜であ ること、生産者がいることや生産者が減少していること を知ってほしいという回答があった。 ⑤蕗に関する思い出やエピソード 蕗に関する思い出やエピソードを自由記述式(複数回 答可)で尋ねた結果を3つに分類し表4に示した。父母 や祖父との思い出や、小さい頃、自生していた蕗や蕗の 薹を見かけたり収穫したりしたこと、栽培や出荷の仕事 をしていたことなどが多かった。日本の原産野菜であり 表3 蕗について一般消費者に知ってほしいこと ①もっと食べてほしい ・食べると美味しく健康的なので食べたことがない人は一度食べてみてほしい。 ・旬の食感を味わってほしい。子どもの時に嫌いでも、大人になると好きになる。 ・調理方法や食べ方を若い人に広く知ってほしい。 ・栽培蕗の食べやすさやおいしさを知ってほしい。 ・少し手間がかかるが食感と香りを味わってほしい。 ・苦みがあるが、春一番の味を楽しんでほしい。 ②栽培について ・もともと早生蕗は葉柄基部が赤くなる品種なのに、クレームが来る。知らない人には説明しにくい。 ・10月∼1月までの蕗は、種根を冷蔵庫に保管して寒さにさらし、冬だと思わせてから定植を行う。 ・蕗の生産者がいることや、減少していることを知ってほしい。 ・日本の伝統的な野菜であると知ってほしい。 ③健康に良い ・繊維が豊富でヘルシー ・薬効、花粉症予防効果がある。 ・体にやさしい(体の老廃物を出すはたらきがある) ④食べ方 ・肉料理に合う。 ・漬物や煮物にすれば常備菜になる。 ・和食洋食問わず何にでも合いやすい。 図7 生産者おすすめの蕗料理

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日本における蕗の認識・実態 身近にたくさん自生するからこその思い出である。ま た、以前は栽培に関わる道具を手作りしていたこともわ かった。聞き取り調査では、先代から受け継いだが重労 働や収益の低迷から生産を止めることを検討している、 最近は自生の蕗が減少してきた、などの声が聞かれた。 アンケートからは、蕗の生産状況について知ってもら いたいという生産者の切実な熱意が伝わってきた。回答 者の年齢は60代以上が70%を占め、生産者の高齢化が 進んでいることが窺える。聞き取り調査でも、来年は蕗 の栽培を止めようと思っている、若い生産者が少ない、 後継者に蕗の栽培を継がせるのは躊躇する、といった声 が多く、数10年後には蕗の生産量が激減することが懸 念される。旬の時期になっても栽培蕗を見かけないとい うことが、近い将来起こる可能性がある。 生産者から一般消費者に伝えたいことが多く寄せられ た。流通が発達した現代では、生産者と消費者が交流せ ずに食材を入手することが容易である。生産者ならでは の食べ方や知識が存在していたため、食文化の伝承や発 展には生産者と消費者の情報交換が有効であると推察し た。 4)女子大学生に対する蕗のイメージ調査 2018年5月18日に、食に関する授業を受けている学 習院女子大学の学生(18∼22歳女性)147名に対して アンケートを行った。アンケートの作成および実施には

Google Formを使用し、URLおよびQRコードを提示 して、各自でアンケートページにアクセスしてもらっ た。女子大学生にとって蕗はどのような存在であるのか を、①日本の野菜と聞いて思い浮かべるもの、② 蕗を 食べる頻度、③ 蕗のイメージの3項目によって調査し た。 ①日本の野菜と聞いて思い浮かべるもの “日本の野菜”と聞いて思い浮かべる野菜は何です か?(複数回答可、自由記述)という質問に対する回答 を表5に示す。最も多かったのは大根であり、次いで、 なす、ごぼう、ねぎ、きゅうり、にんじんなどであっ た。また、長芋、里芋、山芋、芋といった回答から、芋 類を日本らしいと感じる学生も多いといえる。しそ(大 葉)やわさびといった薬味となる野菜にも日本らしい印 象が持たれていた。「ふきのとう」という回答が3件見 られ、10位に位置づけられている。そのほかには、蕗、 茗荷、かぶ、大和芋、春菊、枝豆、玉葱、山椒、わら び、にがうり、七草、さつまいも、しいたけ、せり、く わい、うどの16品目が挙げられていたが、いずれも回 答人数は1人であった。 蕗や「ふきのとう」という回答は合わせて4人と少数 であり、その他の回答で日本を原産とする野菜は、茗 荷、せり、うどが挙げられたが、いずれもごく少数で あった。和食の食材となる日本らしい印象に加えて、一 般的に多く流通している、入手しやすい野菜が多く挙げ られていた。 ②蕗を食べる頻度 蕗を食べる頻度について、「食べたことがない」、「あ まり食べない」、「年に数回だが食べている」、「よく食べ ていて身近な食材である」という4つの選択肢から1つ を選択してもらった(図8)。あまり食べない、食べた ことがないという回答が8割近く、身近な食材だと感じ ているのは全体の3%にとどまった。また、アンケート 実施中に、蕗が何かわからないと発言する学生が数名い 表4 蕗に関する思い出やエピソード ①家庭での思い出やエピソード ・子どもの時から父や祖父が生産していた。 ・親戚が栽培していた地下茎を譲り受け、フキ栽培を始めたと祖父から聞いた。 ・子どもの頃はフキの匂いや食感が嫌いだった。 ・子どもの頃、両親の作業する納屋で大きくなった。 ・亡き母が山で収穫してよく料理をしてくれた。アク抜きが必要だと言っていた。 ・野蕗を漬物にして保存食にしていた。 ②自然の中で発見、経験したこと ・昔は梅畑の梅の木の元で蕗が自生していた。 ・通学路で蕗の薹をよく見かけた。 ・幼少期に近くの山で夢中になって収穫した。 ・蕗の葉でイチゴを包んで運んだ。 ・雪が溶けたところに蕗の薹が顔を見せると春が近いと感じた。 ・小さい時から山で野フキを収穫した。 ③栽培などについて ・アルバイトで木の箱(フキ出荷用)を作った。 ・昔は出荷場が活気にあふれていた。 ・フキの収穫している様子のテレビ取材をうけた。 ・高校生の頃、竹でハウスを作り、半早生栽培をしていた。

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た。 さらに、蕗や蕗の薹を調理した経験の有無を尋ねる と、自分で調理した経験のある学生は全体のわずか2% (3人)であった。蕗は、女子大学生にとって身近な存 在ではないことが示唆された。 蕗に対してどんなイメージを持っていますか?(複数 回答可、自由記述)という質問で得られた回答を6つに 分類した(表6)。括弧内は、同意見の人数を示す。味 や食感に関しては、「苦そう」「苦い」「渋い」「まずい」 といったイメージが多かった。また、「よくわからない」 という回答も多い。 女子大生にとって身近な存在ではないからこそ、蕗は 「苦そう」「よくわからない」などの印象を持つ可能性が あると感じた。蕗を食べる頻度について「よく食べてい て身近な存在である」「年に数回だが食べている」と回 答した学生の中には、蕗に対して「おいしい」「シャキ シャキ」などの好意的イメージを持つ人も少なくない。 蕗について理解を深めたり、蕗を調理したり、蕗を食べ たりする機会があれば、好意的な印象を抱くようになる 可能性が考えられる。まず蕗に触れてみる機会を作るこ とが、蕗の消費を増やすために重要である。 おわりに 蕗は、日本文化に深く浸透している貴重な作物であっ た。文化芸術の中では、厳しい冬に耐え春を迎える希望 の象徴として、素朴でありながら印象的に描かれてい た。吉祥文様としての役割も果たし、親しみ深さと特別 感を兼ね備えている稀有な存在である。 また、平安時代頃から食され、盛んに栽培されてきた ことがわかった。時を超えて日本人に食されてきた歴史 的価値の高い作物である。また、日本各地において地域 文化に則した調理方法で食されていることが示唆され た。 しかし、蕗の生産量や消費量は減少し続けている。特 に若者にとって蕗は身近な食材ではなくなってきている。 生産地においては高齢化や後継者不足が深刻化しており、 このままでは、蕗の食文化が失われる可能性がある。 日本原産野菜は日本の気候風土に最適な作物であると 考えられ、だからこそ全国各地で身近な存在となり得て いる。また、渡来してきた野菜よりも遥かに長い歴史を 持つため、詩歌や工芸や民族説話の題材となり、早春の 象徴のような日本人特有の共通認識が生まれている。 和食というと健康的な栄養バランスや素材を活かした 調理法が特徴的であるが、日本ならではの素材として日 本原産野菜に注目することで、日本の食文化の独自性を 高め、より充実した食文化を継承していくことが期待で きる。 現在、和食の衰退が危惧され全国各地で様々な取り組 表5 “日本の野菜”と聞いて思い浮かべる野菜 順位 野菜名 人数 1位 大根 30 2位 なす 12 3位 ごぼう 11 4位 ねぎ 10 5位 きゅうり 9 5位 にんじん 9 6位 しそ(大葉) 8 7位 わさび 7 じゃがいも 5 8位 たけのこ 5 長芋 5 水菜 4 9位 ほうれん草 4 れんこん 4 10位 小松菜 3 里芋 3 ふきのとう 3 トマト 3 山芋 3 芋 3 山菜 3 11位 ぜんまい 2 白菜 2 菜の花 2 京野菜 2 キャベツ 2 その他 16 図8 蕗を食べる頻度

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日本における蕗の認識・実態 みが行われており、栄養学を中心とした教育が特に盛ん である。しかし、和食の魅力は豊かな自然を尊ぶ文化で ある。栄養学などの知識がない時代から、長い時を経て 自然の恵みや文化が蓄積され、結果として健康的な栄養 バランスが得られてきたものと考える。文化を学び伝え る教育が求められ、そのためには食文化に関する更なる 研究が深められ、広がることが必要であろう。 謝   辞 本研究の実施にあたり、各地のJAふき部会の皆様 (南三陸、利根沼田、あいち知多、大阪泉州、名西郡、 糸島)には、多大なるご協力をいただき心より感謝いた します。また、温かくご指導いただきました、指導教員 をはじめ多くの先生方に深謝申し上げます。 文 献 芦澤正和(1992)野菜,化学と生物,30(11), pp. 735–742 江原絢子(2015)ユネスコ無形文化遺産に登録された和食 文化とその保護と継承,日本調理科学会誌,48(4), pp. 320–324 古島敏雄(1977)『百姓伝記(下)』,岩波書店,東京,p. 154 古谷 力,引地 学,飯高洋一(1976) Fukinotoxin, a New Pyrrolizidine Alkaloid from Petasites japonicus, Chemical and Pharmaceutical Bulletin, 24(5), pp. 1120–1122 荻原千鶴(1999)『出雲国風土記 全訳注』,講談社,東 京,p. 113 今津 正(1961)栽培および野生フキの形態,生態ならび に細胞学的研究(第1報),園芸学会雑誌,30(3), pp. 45–52 今津 正,藤下典之(1961)栽培および野生フキの形態, 生態ならびに細胞学的研究(第3報),園芸学会雑誌, 31(1), pp. 23–29 石井哲士(1952)『園芸叢書I ふき』,武藤書房,愛知 伊東哲雄,山下尚彦,菊池規子(1995)フキ(Petasites ja-ponicus Maxim.)のかおり成分,岩手大農報,22(2), pp. 37–40 狩谷液斎(1931)『箋注倭名類聚抄 下巻』,曙社出版部, 東京,pp. 905–906 北村四郎,村田 源,堀 勝(1957)『原色日本植物図 鑑・草本編I』,保育社,大阪,p. 68 久保田淳,長島弘明(2012)『名歌名句大事典』,明治書 院,東京,p. 115 牧野富太郎(1956)『原色植物図鑑;学生版[第2]野外植 物編』,北隆館,東京,p. 9 光村図書出版(2014)『こくご 二上』,光村図書出版,東 京,pp. 8–16 宮崎安貞,貝原楽軒,土屋喬雄(1948)『農業全書』,岩波 書店,東京,pp. 170–171 邑田 仁(2014)『スタンダード版APG牧野植物図鑑I』, 北隆館,東京,p. 358 邑田 仁(2015)『スタンダード版APG牧野植物図鑑II』, 北隆館,東京,pp. 444–447 二條貞子,井上隆義,御子柴甫,望月正子,柴田久夫,丸 山岳人(1986)“フキのとう”アレルギー,皮膚,28 (3), pp. 378–381 農山漁村文化協会(1993)『聞き書 日本の食生活全集 (全50巻)』,農山漁村文化協会,東京 表6 蕗のイメージ(同意見人数) ①味や食感 ・苦そう、苦い、渋い、まずい(21) ・おいしい(9) ・筋が多い(繊維質)、硬そう(5)  ・独特の味わい(5) ・美味しくなさそう(4) ・薄味、味がない(3) ・甘い(2)  ・アクが強い(2) ・シャキシャキ(1) ・食べにくい(1) ②料理 ・煮物やおひたし(6) ・高級(3) ・郷土料理、家庭料理(2) ・和食、日本料理(2) ・汁の具(2) ・きゃらぶき(1) ・漬物が美味しい(1)・天ぷらにしたい(1) ・細かく切って食べる(1) ③季節 ・春(7) ・冬(3) ・冬を耐え春に向けて頑張っている(1) ④文化 ・お弁当の歌、手遊び歌(7) ・教科書にのっていた(1) ⑤見た目など ・緑(2) ・筋が通っている(2) ・空洞がある(2) ・葉っぱ(1) ⑥その他 ・よくわからない(15) ・あまり食べない(4) ・自生している(4) ・田舎、おばあちゃん(3)  ・体に良い(1) ・珍しい(1) ・日本の野菜(1) ・フキノトウの仲間(1)

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奥野 哉(2017)『ツワブキ』,誠文堂新光社,p. 8, 20 さいとうしのぶ(2013)『おべんとうばこのうた』,ひさか

たチャイルド,東京

斎藤隆介,滝平二郎(1998)『ふき』,岩崎書店,東京 柴田久夫,清水純夫(1978)フキ属植物の化学成分に関す

る研究―2―日本産フキ(Petasites japonicus Maxim.) の化学成分系,信州大学農学部紀要,15(2), pp. 195– 207 島田勇雄(1976)『本朝食鑑1』,平凡社,東京,pp. 192– 193 島田勇雄,竹島淳夫,樋口元巳(1991)『和漢三才図会 17』,平凡社,東京,pp. 3–6 時枝久子,橋爪伸子,大下市子,五島淑子,田代文子,林  裕子,和仁皓明(2012)比較食文化史年表の作成につ いて(日本: 縄文期∼安土桃山期),食文化研究会誌, (8), pp. 37–45 トニー・ロード,他12名(2005)『フローラFLORA』,産 調出版,pp. 1014–1015 土山寛子,峰村貴央,五百藏良,三舟隆之(2016)『延喜 式』に見える古代の漬物の復元,東京医療保健大学紀 要,11(1), pp. 1–7 八尋洲東(1997)『朝日百科 植物の世界2 種子植物 双 子葉類2』,朝日新聞社,東京,pp. 162–167 山田恵水,下田博司(2004)純国産抗アレルギー素材「フ キ」の花粉症予防作用,Food Style 21, 8(8), pp. 78– 83 (2019年3月31日受付、2019年11月19日受理)

参照

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