Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,
Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
変わりゆく歯科需要とかかりつけ歯科医
Author(s)
福田, 謙一
Journal
歯科学報, 116(6): 6i-6i
URL
http://hdl.handle.net/10130/4173
Right
Description
!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!
変わりゆく歯科需要とかかりつけ歯科医
福 田 謙 一
歯科需要の多くを占めてきた歯牙う 症という疾患は,我が国においては減少の一途をたどり,過
去20∼25年の間に12歳児 DMF 歯数は4.0本から1.08本に,3歳児う歯数は2.9本から0.68本に,3歳
児う 罹患率は55.8%から19.1%といずれも約1/4に激減している。また,1989年から厚生労働省と
日本歯科医師会が啓発してきた8020運動の達成率は,当初の約9%から現在は約40%と予想を上回る
勢いで上昇している。この過去1/4世紀における子供の歯牙う 症激減と高齢者の残存歯の劇的な増
加は,国民の健康に寄与してきた歯科業界が大いに誇って良いと思われる。ところが,歯科需要の減
少とともに生じた歯科医師の過剰,さらにはバブル崩壊から長期不景気が重なったためか,日本では
歯科が極めて悲観的な業界になってしまっている。米国では高校生が選ぶ最も就きたい職業は歯科医
師であり,隣国韓国でも歯科業界は活発である。日本の歯科業界も過去の社会貢献に堂々と胸を張
り,輝きを取り戻すために,なんらかの方向転換が必要ではないだろうか。
社会構造の変化も歯科需要に影響を及ぼしている。この過去1/4世紀の間に,合計特殊出生率(1人
の女性が一生で出産する子供の数)は1.72人から1.43人に減少する一方で80歳以上の高齢者は,約3
%から約9%に増加し,65歳以上の高齢者が全体人口に占める割合を示す高齢化率は,約12%から約
25%に増加している。現在,日本は世界に類を見ない超高齢社会であり,国民の3人に1人が高齢者
という時代も,さほど遠い未来ではない。多くの虫歯を持つ子供達が列をなして歯科に来院すること
はなくなった。それに変わって,歯を多く有した高齢者が突然寝たきりになり,歯科医の訪問を待っ
ているというような歯科需要の変化が今後加速していくことが予想される。しかしながら,多くの歯
科医師は「訪問診療の重要性はわかっているが,日常に時間的制約があり積極的になるのは難し
い。」というのが現実である。現在行われている訪問歯科診療の多くは,長い間管理してきた患者さ
んが寝たきりになったので訪問して診ているといった十分に構築された歯科医師と患者との間の信頼
関係を土台にしたものではない。多くの国民が,かかりつけの歯科医院を持っていないか,持ってい
ても寝たきりになった後は,訪問の専門の歯科医師に依頼しているのが現状である。本年4月の診療
報酬改定において,「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」が登場し,厚生労働省の意図が垣間
見えたが,おそらく地域包括医療の推進という背景があるためであろう。
歯科需要は,疾患的にも近年広がりを見せている。摂食嚥下,ブラキシズム及びそれにともなう口
腔顔面痛や睡眠障害,さらにそれに関連する睡眠時無呼吸症候群のほか,口腔乾燥症,舌痛,スポー
ツ外傷予防,口臭などである。ただ,これらの病態の多くは,これまでの歯科需要のほとんどを占め
てきた歯牙う 症,歯周病の二大感染症とは明確に異なっている。病因が多種多様に考えられ,個人
差も大きい。遺伝子型による差だけでなく表現型にも病態が左右され,治療法は一筋縄には行かな
い。これらの対応には患者個々に合わせた医療が必要であり,今後益々重要になると推測される。1
人の歯科医が1,000人前後の国民を受け持つかかりつけ歯科医として患者との信頼関係を構築した上
で,患者個々をよく把握し,う ,歯周病から睡眠障害や口臭まで,ライフスタイルに合わせて,た
とえ寝たきりになっても管理していくことが,今後の歯科医の大切な使命になると思われる。推進さ
れている地域包括医療における医療連携のなかで,歯科が取り残されないためにも重要である。今
後,診療態勢の大幅なシフトチェンジが必要なのかもしれない。また,大学教育もこの社会状況に呼
応していく必要があると感じる今日この頃である。
(東京歯科大学口腔健康科学講座 障害者歯科・口腔顔面痛研究室 教授)
巻 頭 言 ⑥