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人と術と風景と(ウィリスを巡る人々)

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Academic year: 2021

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人と術と風景と(ウィリスを巡る人々)

著者

河内 浩志

雑誌名

鹿児島大学医学雑誌=Medical journal of

Kagoshima University

47

Suppl. 1

ページ

113-114

別言語のタイトル

On Men, Arts and Landscape : Peoples Related

to Dr. W. Willis

(2)

鹿 児 島 大 学 医 学 雑 誌 第47巻 補 冊1  113∼114頁 平 成7年8月

Med J Kagoshima Univ, Vol.47, Supplement 1. 113 — 114, August, 1995

人 と術 と風 景 と(ウ

ィ リス を巡 る人 々)

河 内 浩 志

ウ ィリスの曾孫 国立石川工業高等専門学校助教授

On Men, Arts and Landscape

— Peoples Related to Dr . W. Willis

Hiroshi KOUCHI M. Eng.

A Great-grandchild of W. Willis, Associate Professor, Ishikawa National College of Technology, Ishikawa Prefecture

戦 後 生 まれ の私 達 曾 孫 の代 に な る と,戦 中 に帰 化 し,直 接 の歴 史 の只 中 に翻 弄 され た孫 に 当 た る母 の 青 年 期 と,そ の 考 えや 思 い はお のず と異 な っ て い る.そ れ は,安 寧 の 時 代故 か,私 達 は 日々の 忙 し さの 中 に,歴 史 の実 在 感 と離 れ て 安 心 して住 まっ て きたせ い で もあ る.し か し,幼 い 時 よ り語 り聞 か され た母 を巡 る 人 々 の70余 年 の 人生 は,小 説 の ご と く 奇 な る歩 み で は な か っ た か.国 籍 の異 な る 生 い 立 ちに 難儀 し,彼 らの 祖 母 や 父,そ して 自分 自身 に数 奇 な 運 命 を もた ら

(3)

〔114〕 鹿 児 島 大 学 医 学 雑 誌 第47巻 補冊1平 成7年8月 した,祖 父 ウ ィ リア ム ・ウ ィ リ ス を疎 ま し く思 った 時 期 もあ っ た よ うだ.薄 れ 行 く記 憶 の 中 で,ウ ィ リ ア ム ・ウ ィ リス の歴 史 の 断片 集 は,戦 前 か ら親 し くさせ て 頂 い た故 鮫 島 近二 先 生,常 に暖 か く接 して下 さっ た 故 佐 藤 八 郎 先 生,御 講演 頂 い た前 駐 日英 国大 使 の ヒ ュ ー ・コ ー タ ッツ ィ卿,森 重孝 先 生,そ して 最 初 に北 ア イ ル ラ ン ドに て 調 査 され た尾 辻 省悟 先 生 等 々多 くの 方 々 の 御研 究 に よ って,私 達 の 眼 前 に一 つ の生 きた全 体 像 と して 再 生 され て きて い る.遺 族 に とっ て, 何 よ りの貴 重 な財 産 と言 わ ね ば な ら ない.こ の 歴 史 の 究 明 の 中で,母 は,研 究 者 に よ っ て発 見 され た ウ ィ リス の 遺 言 書 に接 す る こ とが で きた.そ の 中 に書 き残 され た 遺 児 ア ルベ ル トへ の 愛 情 溢 れ る言 葉 は,か つ て母 に祖 父 アルベ ル トが 語 っ て くれ た ウ ィ リス の像 と も重 ね 合 わ され て,母 自 らに与 え られ て きた 歴 史 を,初 め て 自 己 の 中 で承 認 す る機 会 を与 えた ら しい.さ らに,昨 年 放 映 され た 「遙 か な る アル ス ター マ ン」― 維 新 に生 きた 英 医 ウ ィ リアム ・ウィ リス MBC製 作― の映 像 は,医 術 の展 開 と人 と人 との 交 流 を,私 達 に鮮 や か に印 象 づ け て くれ た.北 ア イ ル ラ ン ドの 美 しい風 景 と噴 煙 の 鹿 児 島 の風 景 の 交錯 を通 して,私 達 に流 れ る血 を掻 き立 てず に はお か な か った. 幸 運 に も昨年 の7月16日 に,尾 辻 省悟 先 生 と母 と私 の3人 で,何 時 も私 達 を孫 子 の 様 に心 に か け て 下 さ った 佐 藤 八 郎 先 生 と御 自宅 に て,お 話 をす る機 会 に 恵 まれ た.佐 藤 先 生 は 「ヒ ロ シサ ン!!医 術ハ ネ,医 療 技 術 ダケ デ ハ ダ メ ナ ン ダ ヨ.病 人 ノ側 ニ イテ,床 二 臨 ンデ,脈 ヲ トッテ,話 ヲ聴 カ ン トネ.ウ ィ リス サ ンハ ネ,ソ レヲ ヤ ッ タ ン ダ ヨ.ワ レ ワ レ モ ソ レ ヲヤ ラ ン トネ.」 何 故 か 先 生 に ウ ィ リス の像 が 写 し合 わ され る思 いが した こ と を覚 え て い る.短 い 時 間 で は あ っ たが,佐 藤 先 生 は,ウ ィ リス の事,MBCの 放 送予 定 の事 等 々,大 変 楽 しそ うに 語 られ て い た事 が,強 く思 い 出 され る. 今 は,先 生 の御 冥 福 を心 よ りお祈 りす るば か りだ.建 築 を志 す 私 は,先 生 の 語 られ た 術 の 心 を建 築 学 の初 歩 と し,建 築 術 を実 践 す るべ く覚 悟 を新 た に した. 昨 年 の夏,渡 欧 を計 画 して い た 私 は,尾 辻先 生 やMBCデ ィ レク ター の 新 名 主 氏 に北 ア イ ル ラ ン ドの情 報 を詳 し く頂 くこ とが で きた.ス イス,ド イ ツ滞 在 の 後,8月5日 の夕 刻 に ロ ン ドン経 由 ベ ル フ ァー ス トに到 着 した.翌 朝,レ ン タ カ ー を借 りて,高 速 で2時 間,エ ニ ス キ レ ンの 街 に到 着.昼 食 の 後 に,キ リ ッ シ ャー の 教 会 の 裏 の ウ ィ リス 家 の 墓 に詣 で た.墓 石 に刻 ま れ た 「Dr. William  Willis」 の 文 字が 何 故 だか 強 く心 に残 った.100年 以 上 もの 間,時 間 が 止 ま っ て い たか の よ うな こ の場 所 に立 っ て い る と,直 前 に お会 い した佐 藤 先 生,こ こに 来 られ た 尾 辻 先 生,新 名 主 氏,そ して母 を巡 る 人 々が,次 々 に風 景 の 只 中 に現 れ た.身 体 が受 け とめ る,今,こ こ,私 は,静 か な感 動 に深 く感 謝 した. 思 い起 こせ ば,1906年(明 治39年)3月,異 国 の地 に あ った ウ ィ リス の 遺 児 ア ル ベ ル ト(33才)は,15年 の 歳 月 を経 て,生 母 江 夏 八 重 と横 浜 埠 頭 で,正 し く劇 的 な母 子 再 会 を果 た して い る.翌 年8月14日 に母 子 共 に来 鹿 し,熱 烈 な歓 迎 を受 け た歴 史 の風 景 は,今 春,ア ル ベ ル トの 子 と孫(ウ ィ リス の 孫 と曾孫)の 新 た な 母 子 の 姿 と して,ウ ィ リス 没 後 100年 記 念 顕 彰 の 場 に立 ち会 え た風 景 と重 な る.身 に余 る歓迎 を受 け,歴 史 を 自覚 した 瞬 間 で も あ っ た.時 空 を 越 え た こ の二 つ の風 景 は,鹿 児 島(日 本)と ア ル ス ター の風 景 と共 振 し,私 達 遺 族 の 心 に深 く刻 ま れ た. 最 後 に な り ま した が,英 医 ウ ィ リア ム ・ウ ィ リス没 後100年 記 念 顕 彰 事 業 と して,ヒ ュ ー ・コー タ ッ ッ ィ卿,森 重 孝 先 生 の貴 重 な御 講 演,並 び に懇 親 会等 を盛 大 に催 して頂 きま した こ と,鹿 児 島 大 学 医 学 部 の 諸 先 生 方,鹿 児 島 日英協 会 の諸 氏,関 係 諸 機 関 の 方 々 の 御 尽 力 に,こ の 紙面 を お借 り し遺 族 を代 表 致 しま して,心 よ り御 礼 申 し上 げ ます. 散 る ち らぬ  術 の彌 栄  し ま桜 遠 く伝 え し  こ ころ 心 に 平 成6年 春 金 沢 にて

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