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日本語を学習する中国語母語話者が誤用を産出しやすい漢字名詞の特徴について

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漢字名詞の特徴について

山口 薫

要  旨  日本語を学習する中国語母語話者が漢字名詞を産出する際に、どのような語で誤 用が現れやすいのであろうか。これを明らかにするために、小室(2019)に挙げら れている 4 級漢字名詞のうち CT(転用注意) 語に焦点を絞り、I-JAS における中国 語母語話者 205 名分のコーパスで、CT 語である 4 級漢字名詞の産出状況を調べた。 その結果、中国語母語話者が「男、水、声、箱、門、明日、学生、全部、問題」の 語を産出する際に、日本語として不適切な使い方がされやすいことがわかった。こ れらの語の多くは CT - gap 語(日中同形語の語義用法にずれがある語)、特にその B2 タイプ(日本語より中国語の方が意味範囲が広いもの)に属するものである。 つまり、中国語母語話者は中国語の独自義を日本語の文脈の中でも使っているため、 日本語にはない語義の部分で誤用が起きやすいのだと考えられる。 キーワード:中国語母語話者、4 級漢字名詞、CT - gap 語、I-JAS

1.はじめに

 日本語と中国語は、表記用の文字としていずれも漢字を使用するという共通点がある1)。 しかし一見同じ文字や言葉を使っているようでありながら、実際には意味や使い方が殆ど 同じものから微妙に異なるもの、大きな隔たりがあるものまで様々である。それゆえに中 国語母語話者2)が日本語を学ぶ際には、正の転移を享受できることもあれば、負の転移か ら免れないこともある。そのような母語干渉を受けた結果としての漢字語彙3)の使い方に 対し、日本語母語話者は違和感を覚えることが多い。例えばある中国語母語話者が、日本 人学生の発表を聞いた後、「問題があります」と言いつつ挙手をした。発表した学生は一 瞬「何か重大な問題点があるのだろうか」と考えたが、実際には「質問があります」と言 いたいにすぎなかった。また別の中国語母語話者が書いた作文に、「教室に男がいた」と いうものがあった。前後の文脈から、単に「男子学生がいた」と伝えたいだけなのだと理 解できたが、この 1 文だけ読むと、何か犯罪でも起こしかねない不審な人物が教室にいた かのように思われる。  このように、聞き手や読み手に、話者または筆者の意図を理解するために余分なエネル

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ギーを使わせることがしばしば起こるのである。言わんとするところはかろうじて伝わる ものの、相手に予期せぬ誤解を与えてしまいかねない。そしてその主な原因として、日本 語と中国語では漢字語彙の意味範疇やニュアンスが異なることが考えられる。  一方、漢字語彙のこのような不適切な使用は、「勉強、手紙」など日本語と中国語の意 味に大きな開きがあるものでは起きにくい。日本語の意味と中国語の意味するところが一 部オーバーラップして、一部ずれているような場合に起きやすいのである。  では、具体的にどのようなずれがある場合に、このような誤った使い方がなされやすい のであろうか。それを明らかにするために、先行研究を踏まえた上で、中国語母語話者が 実際に産出したデータで使用状況を調べてみようと考えた。

2.先行研究

2.1.これまでの先行研究  日本語と中国語の漢字語彙の違いに関する研究は、数多く行われている。早い段階で、 日中語の意味が同じか異なるかずれがあるかによって分類(S 語:Same、O 語:Overlap、 D 語:Different、N 語:Nothing)を施し、リストアップしたものは文化庁(1978)である。 これがその後の漢字語彙の分類研究に与えた影響には極めて大きいものがある。例えば王 (1998)は、漢字 2 字で表される日中同形異義語を自身の語感により 4 種類に分類している。 加藤(2005)は、中国語母語話者への正誤判断テストを行うことにより、文化庁の 4 種類 の語のうち「(D)は初中級では負の転移が多くみられたが、上級では殆ど負の転移は見 られなかった。これに対して、(O)は上級でも正しく習得されていない語があり」4)との 調査結果を提示している。  日本語習得に対する母語の影響という観点からみると、河住(2005)は、中国で学ぶ学 習者による誤用例 1028 例を分析し、誤用の「多くが、中国語の漢字語彙をそのままの認 識で用いたために生じた」5)とのまとめをしている。大和・玉岡(2009)は、中国語母語 話者の中国語の語彙知識が、日本語の漢字語の処理に影響を及ぼしていることを実証した。 ただどちらの論考も、主に漢字 2 字から成る字音語を分析対象としている。  このように、漢字語彙の意味理解や使い方に関しては干渉の見られることが多くの研究 から明らかにされているが、品詞でも起こりうることを示したものとして、坂本他(2008)、 張(2009)、熊・玉岡(2014)、何(2015)などの研究成果がある。一方、発音面での影 響を示したものには、砂川・黒沢(2017,2018)がある。  以上のように、漢字 2 字以上で一つの語を形成する漢字語彙を分析した研究は数多くな されているのだが、漢字一字で表記される和語に焦点を当てたものは少ないと言える。そ れも含めて漢字語彙の分類を再考したのが、次に挙げる小室(2019)である。

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2.2.小室(2019)による研究成果とその問題点  小室(2019)は、4 級レベルの漢字名詞(『旧 JLPT 出題基準』にある 4 級語彙のうち、 漢字で表記される名詞。以下「4 級漢字名詞」とする)6)を、日本語・中国語の意味の対応 関係(一致点及び相違点)により 4 つのタイプに分類した。それは  ・PT(Positively Transferrable、転用プラス)語:   中国語に日本語と同形の語があり、日本語と同様に使える語  ・CT(Carefully Transferrable、転用注意)語:    中国語に同形の語或いは語素があるものの、日本語と同様に使える面と使えない面が 共存している語  ・NT(Negatively Transferrable、転用マイナス)語:   中国語に同形の語或いは語素があり、日本語と同様に使えない語  ・UT(Un-Transferrable、転用不可)語:   中国語に同形の語或いは語素がない語  である7)。この中で特に CT 語が、中国語母語話者にとって意味理解は可能であるもの の産出時に負の転移が予想されるので、「学習や指導時に最も気を付ける必要がある」8)語 群だとされた。  小室(2019)は、CT 語を更に以下の 3 種類に下位分類している9)。  ・CT - other 語:   現代語の話し言葉では、同形の中国語に代わる別語の使用が一般的な語群  ・CT - gap 語:   日本語と同形の中国語との間に、語義用法のずれがある語群  ・CT - other & gap 語:

  CT - other 語と CT - gap 語、両方の特徴を持つ語群

 しかしながら、これらの語群の実際の使用状況に関しては、「産出に問題が生じる可能 性がある」10)との記述にとどまっており、学習者の具体的な誤用例はわずかしか挙げられ ていない11)。

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3.調査の概要

3.1.調査の目的  漢字は、アジアの漢字圏と言われる国や地域で広く使われている文字であるし、共通の 意味で使われる文字や漢字語彙も確かに多いので、意味が理解できればその解釈のまま日 本語の文脈の中で使っても問題はなかろうと中国語母語話者に思われがちである。しかし 実際には、理解可能でありながら産出する際には注意を払うべき語や語彙が数多く存在す る。本稿における調査対象語は、4 級レベルの漢字語彙、その中でも最も基本的な言葉で ある名詞に焦点を絞る。それらは、中国語母語話者が日本語学習の早い段階で接すること になる語彙だからである。そしてそれにより、中国語母語話者が、使用頻度は高いものの 日中語で意味や用法に微妙なずれがある漢字名詞を産出する際に、どのような言葉で不適 切な使用が起こりやすいか、或いは起こりにくいのかを明らかにすることが本調査の目的 である。 3.2.分析対象語と調査資料  小室(2019)には、CT 語(中国語の意味のままで理解はできても、産出の際に負の転 移が予想されるもの)に分類される 4 級漢字名詞として、90 語12)が挙げられているが、 そのうち単漢字(漢字 1 文字)名詞は 61 語13)、複漢字(漢字 2 文字以上)名詞は 29 語14) である。これらについて、CT - other 語、CT - gap 語、CT - other & gap 語ごとに分析を進 めていくことにした。

 また調査資料としては、I-JAS のデータを利用する。I-JAS とは、国立国語研究所が開発 し た『 多 言 語 母 語 の 日 本 語 学 習 者 横 断 コ ー パ ス(International Corpus of Japanese as a Second Language)』15) である。これは、日本及び海外の日本語学習者の話し言葉及び書き 言葉を大量に収集して電子化した言語資料であり、2019 年 8 月時点で 875 名もの学習者の データが公開されている。そのうち、中国語母語話者の数は 205 名16)に上る。  このデータを調査資料とするのは、以下の理由による。  ・インフォーマントとなった学習者の数が多い。  ・ タスクの内容が明確であるので、どのような意図でその言葉が使われたのか確認しや すい。  ・ 学習者の発話や表記したものを極力ありのままにデータ化しているので、客観的な言 語資料として信頼性が高い。  ・ 発話データも公開されているので、学習者の音声を聞いて話者の意図を確認すること もできる。

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 ・ 学習者に関する詳しい情報(出身地、年齢、日本語学習環境、学習歴、日本語レベル 等)も公開されているので、産出されたデータの背景もつかみやすい。 3.3.調査手順  I-JAS では、ストーリーテリング、対話、ロールプレイ、絵描写、ストーリーライティ ング等、多様かつ多数のタスクを学習者に課している。収集するものは、その全てのタス クで産出されたデータとした。書き言葉と話し言葉の違いや、実際のことと架空のことと の違いをみることは、本調査のねらいではないからである。  検索画面で入力した言葉や絞り込み条件は、以下の通りである。 「語彙素:(検索語)、品詞:大分類>名詞、語彙素読み:(検索語の読み方)、データセット: 第一次∼第四次データ、言語環境・調査地:海外>中国語(中国・台湾)/日本国内(国 内教室環境・国内自然環境)、母語:中国語・中国語(台湾)」  抽出されたデータの中の漢字名詞には、普通名詞ではなく固有名詞(テレビドラマや映 画、小説などの名前)の一部として使われているものも含まれるため、そのようなデータ は除外した。そして残った文(検索する漢字名詞が含まれる会話文や筆記文)の中に 4 級 漢字名詞の不適切な使い方がされているものがあるかどうか、ある場合はどの程度の割合 で現れているのかを調べた。

4.調査結果

4.1.4 級単漢字名詞の CT 語 4.1.1.CT - other 語  まず、漢字 1 文字の名詞をみていく。CT 語とは、中国語母語話者にとって漢字を見れ ばその意味は大体理解できるものの、産出する際に誤用が生じやすいものである。その中 の CT - other 語は、現代中国語の話し言葉では別の漢字語彙を使うのが一般的であるもの を指す。そして CT - other 語は、更に A,B,C,D の 4 つのタイプに分類される17)。以下、タイ プごとに説明を加え、I-JAS のコーパスで調べた結果を記していく。  A タイプは「日本語の語義に対応する中国語の漢字や漢字語彙が、日本語にはないもの」 である。例えば、「朝」という漢字語彙は、中国語母語話者にとって目で見れば理解は可 能だが、中国語の「朝」を表す言葉は「早上」である。そして日本語には「早上」という 漢字語彙はない。このような 4 級単漢字名詞としては「秋、朝、兄、池、妹、弟、顔、曇り、 縦、夏、鼻、春、晩、昼、冬、目、夜」18)の 17 語が挙げられる。これらの語について学習 者の使用例をコーパスで確認したところ、「目」を「第∼回/話」の意味で使っているも のが 5/88 例19)あったが(CCH34―I―198020)他)、これは「一つ目、2 回目」などの「目」を

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過剰般化したものと考えられる。それ以外には、特に誤用と言えるものは見つからなかっ た21)。また、上記の単漢字名詞に対応する中国語(「秋天、晩上」等)を日本語読みする などして使っている事例があるかどうか文字列検索で探してみたが、特に見当たらなかっ た。  B タイプは「日本語の語義に対応する中国語の漢字や漢字語彙が日本語にもあり、その 意味が元の日本語とも中国語ともほぼ同じもの」であり、「赤、犬、今、金、体、川、木、 国、空、服」の 10 語22)がそれに該当する。例えば、日本語の「木」は中国語では通常「樹」 と言う。言語使用域は異なっているものの、意味としては大きな差がない。そのためか「今、 体、国、服」については、それぞれに対応する中国語「現在、身体、国家、衣服」を使用 している例が散見された。但し、「現在の社会(CCM45―I―3240)」のような文脈で使われ るのであれば問題はないが、「(母との関係は)現在はよくなりました(CCM45―I―2120)」 のように個人的、日常的な事柄で使われると違和感がある。  また、A と B の混合タイプもある。「父、庭、母、道」の 4 語23)がそれにあたる。それ ぞれ「爸爸/父親、庭子/庭園、媽媽/母親、路/道路」が対応する中国語になるが、日 本語・中国語どちらの漢字語彙でも誤用と言える使用例は見つからなかった。  C タイプは「日本語の語義に対応する中国語の漢字や漢字語彙が日本語にもあり、その 意味は元の日本語と異なるが、中国語とはほぼ同じ意味で使われる場合もあるもの」であ る。例えば「物」の中国語は「東西」であるが、方角の「東西」であれば、日本語も中国 語も意味は同じである。これに分類される漢字語彙は、「物」以外に「所、他」24)の 2 語が ある。それぞれの中国語の訳語は「地方、別・其他」である。3 語の単漢字名詞については、 誤用は多くなかった25)。  D タイプは「日本語の語義に対応する中国語の漢字や漢字語彙が日本語にもあるが、そ の意味が元の日本語とも中国語とも異なるもの」であり、「足、色、口、歯、本、耳」の 6 語26)がこれに属する。例えば、「耳」は中国語で「耳朶」だが、これをそのまま日本語 として使うと「耳たぶ」の意味になる。その「耳たぶ」の中国語訳は、「耳朶」ではなく「耳 垂」である。このタイプに関しては、日本語でも中国語でも漢字語彙を不適切に使ってい る例はなかった。 4.1.2.CT - gap 語  CT 語の中の CT - gap 語は、日本語と中国語で形が同じでありながら、語義に同じ部分 と異なる部分があるものである。CT - gap 語は、日中語で品詞が異なる A タイプと、語義 用法にずれがある B タイプの 2 つのタイプの二つに分けられる27)。  A タイプの語は「男、女、黒、白、晴れ、緑」の 6 語28)である。これらは日本語では名 詞だが、中国語では形容詞或いは連体詞として使用され、単独の名詞として使用されるこ

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とはない。そのためか「男先生(JJC35―I―2130)」「緑世界(JJC14―I―2220)」のような誤用 が現れる。ただ「男、女」に関しては、「男の子/男の人/男子学生/男性」「女の子/女 の人/女子学生/女性」の意味で「男、女」を単独で使っているケースが目立つ。ところ が日本語で「男、女」を単独の名詞として使うと、性差を強調したり不審者や犯罪者の意 味で使ったりすることがある。従って、「男が泥棒かもしれないと思って(CCH06―ST2― 80)」のような文脈であれば「男」の使い方としてしっくりくるが、「(クラスメートに 8 人の)男がいた(CCH39―I―180)」のような文脈だと違和感を覚える29)。「男、女」につい ては品詞ばかりでなく、ニュアンスにもずれがあると言える。  B タイプは更に、日本語に独自義がある B1 タイプと、中国語に独自義がある B2 タイプ に分けられる。B1 タイプの場合は日本語の方が意味の範囲が広い(例えば「年」は、日 本語には「1 年間」「年齢」の意味があるが、中国語では前者のみである)ので、日本語 の漢字語彙を使った文では誤用は現れにくいと予想された。該当する「家、卵、年、話、 辺」30)について誤用があるかどうかコーパスで確認してみたが、やはり予想通りであった。 逆に B2 タイプは、中国語の方が意味の範囲が広いものである。これに該当する 1 語 「水」31)は、日本語には「熱くない水」の意味しかないが、中国語では「熱湯」も含める ことができる。コーパスでも「水が沸く(JJC35―D―220 他)」32)のような言い方が 24/240 例 観察された。

4.1.3.CT - other & gap 語

 上述した CT - other 語と CT - gap 語、両方の特徴を有する語群が CT - other & gap 語であ る。このカテゴリーに分類される語には「青、飴、角、靴、声、皿、箱、門、休み」33)の 9 語があるが、この中でも特に「声、箱、門」に誤用が多かった。いずれも、日本語の方 が中国語より意味の範囲が狭い漢字語彙である。具体的に述べると、この 3 語の日本語と しての意味はそれぞれ「人が話す声」「木や紙で作った、小さめで方形の入れ物」「建物の 外構えに設けた出入口」だが、中国語としてはそれにとどまらず「物体が出す音」「大き い籠のような入れ物」「家や部屋のドア」も含まれる。コーパスにも、そのような意味で「声、 箱、門」を使っている事例が数多く見受けられた。順に「ドアを、叩くの声(CCT29―I― 3560)」「箱(大きめのバスケットを指す)を開けた後、犬が飛び出した(CCM33―SW1― 40)」「門の前にうちの鍵を持っていないのが気づきました(CCH29―SW2―20)」といった ものである。語数は、それぞれ「22/228」「119/130」「7/12」であった。 4.2.4 級複漢字名詞の CT 語 4.2.1.CT - other 語  次に、2 字以上の漢字から成る複漢字名詞について、CT - other 語、CT - gap 語、CT -

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other & gap 語の順にみていく。複漢字名詞の CT - other 語にも A タイプと B タイプがある。 日本語に対応する中国語の漢字名詞が、日本語としても使われるかどうかを基準に、使わ れていないものを A タイプ(語例は「明日、昨日、牛乳、今日、午後、午前、洗濯、電気、 毎日」の 9 語)、使われているものを B タイプ(語例は「来年」の 1 語のみ)としてい る34)。  A タイプの言葉のうち「明日、昨日」に関しては、基準となる「時」を現時点におくの ではなく、語りの中の過去の一時点におく誤用例(それぞれ「19/68」「9/426」)が多かった。 また「今日」に関しては、発話時の当日ではなく、「今、現在、もし、例えば」など様々 な意味で使われている。これらの誤用例の数は「16/292」であった。 4.2.2.CT - gap 語  複漢字名詞の CT - gap 語についても単漢字名詞と同様、A タイプ(日中語で品詞が異な る)と B タイプ(語義用法にずれがある)の 2 種類が想定されるが、A タイプに属する語 はない35)。一方、B タイプには、語の概念に共通点があることを前提とした上で、独自義 が日本語にあるか(B1 タイプ)、中国語にあるか(B2 タイプ)によって 2 つのタイプに分 けられる。  B1 タイプに分類されているのは、「椅子、意味、伯父/叔父、伯母/叔母、教室、兄弟、 砂糖、掃除、茶色」36)の 9 語である。これについては、日本語として使える意味範囲が中 国語より広いため、単漢字名詞と同じく、誤用と言えるものは殆どなかった。  B2 タイプに分類されている 3 語「学生、全部、問題」37)は、いずれも日中共通の意味(そ れぞれ「大学生」「(物事の)全て」「テストや問題集の設問/解決すべき深刻な事態」)以 外に、中国語特有の意味がある。それは、順に「(大学生以外で)何かを学ぶ児童、生徒 や学習者(コーパスの用例は、CCM37―I―2420 他。以下、同様)」「(人)全員(CCM29―I― 2260 他)/全然(JJC34―I―1680 他)/(全体の範囲を示さず)何でも(JJC14―I―2040 他)」 「質問(CCM34―I―2440 他)/ちょっと困ったこと(JJN48―I―2340 他)」である。実際に日 本語で話し、書いているにもかかわらず、このような意味で上記の 3 語が使われている例 が非常に多かった。その語数は、それぞれ「124/279」「155/674」「37/127」であった。 CT - gap 語のB2タイプで誤用例が多く見つかったという点は、単漢字名詞と共通している。  複漢字名詞の場合、上記の 2 つに加え、「日中で語の概念に共通点はあるものの、具体 的な対象は異なる」という B3 タイプもある。それは、「家族、警官、辞書」の 3 語であ る38)。その中で、「家族」を「子孫、一族(CCH02―I―1760 他),2/321」の意味で使うとい う用法は日本語にはないが、それ以外では特に誤用と認められるものは見つからなかった。

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4.2.3.CT - other & gap 語

 複漢字名詞にも、上記の 2 つの特徴を持つ CT - other & gap 語が 4 語存在する。「玄関、 写真、電車、料理」39)である。これらの語が中国語として使われる時、日本語にはない意 味(順に「仏道への入口、肖像画、トロリーバス、処置」)もあるが、そのような意味で 使 わ れ て い る 例 は な か っ た。「 サ ン ド イ ッ チ 」 の こ と を「 料 理(JJE20―SW1―20 他 ), 8/1268」と言っている程度である。

5.まとめと考察

 以上、小室(2019)で CT 語に分類された 4 級漢字名詞について、日本語を学ぶ中国語 母語話者の産出データを I-JAS のコーパスで調べた。その結果、学習者が産出した 4 級漢 字名詞の中で、誤用例が約 1 割を超えるものは、以下の語彙であることが明らかになった。  ・単漢字名詞:CT - gap 語(A)「男(27/264)」、         CT - gap 語(B2)「水(24/240)」、

        CT - other & gap 語「声(22/228)」、「箱(119/130)」、「門(7/12)」  ・複漢字名詞:CT - other 語「明日(19/68)」、

        CT - gap 語(B2)「学生(124/279)」、「全部(155/674)」、「問題(37/127)」

 こうしてみると、多くが CT - gap 語であることがわかる。中でも B2 タイプに属するも のが多いが、これは、これらの語の中国語の意味範囲が日本語より広いので、日本語には ない語義の部分で誤用が起きやすいためだと考えられる。また CT - other & gap 語も 3 語 あるが、いずれも B2 タイプ同様、中国語の独自義を日本語の文脈の中でも使っているも のである。  従ってこのような語に、中国語母語話者である日本語学習者も教師も注意を払うべきで あると言える。

6.今後の課題

 I-JAS の産出データを調査することにより、4 級漢字名詞に関する中国語母語話者の誤用 は、CT - gap 語、特に B―2 タイプの語に顕著に現れることがわかった。従って、今後日本 と中国の研究者に求められることは、B―2 タイプに分類されうる CT - gap 語の語例や日中 語における意味や使われ方の違いを、例文とともに明確かつわかりやすく学習者に提示す ることであろう。それにより学習者が日中語の意味範疇の違いに気づき、産出時に注意を

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払うようになることが期待される。  なお今回の調査では、学習環境(国内/海外、教室/自然習得)の違いによる習熟度の 差異は明確には認められなかった。4 級漢字名詞のような基本的な語彙では、学習環境に よる習熟度の違いは現れにくいのかもしれない。  今後の課題としては、今回扱えなかった動詞、形容動詞などについても CT - gap 語に属 する漢字語彙にどのようなものがあるのか調べ、リストアップすることが挙げられる。  また漢字語彙は、中国語ばかりではなく韓国語でも使われている。韓国語の漢字語彙に おける CT - gap 語にどのようなものがあるのか、中国語の漢字語彙とどのような違いがあ るのか、といったことも興味深いところである。 (注) 1) 漢字には日本の漢字以外に簡体字や繁体字があるが、本稿では、字体の異なりについては捨 象して論を進める。 2) 本稿では、出身地が中国であるか台湾であるかを問わず、中国語を母語とする日本語学習者 を「中国語母語話者」と記す。 3) 本稿では、日本語(和語/漢語を問わない)であれ中国語であれ、一つまたは二つ以上の漢 字で一つの自立した言葉(名詞、動詞、形容動詞等)となっているものを「漢字語彙」と記 す。 4) 加藤(2005)p. 104 5) 河住(2005)p. 65 6) 小室(2019)p. 42 7) 小室(2019)pp. 139―141 8) 小室(2019)p. 154 9) 小室(2019)p. 162 10) 小室(2019)p. 156 11) 筆者である小室氏が個人的に採取した誤用例は挙げられているが、大量のコーパス・データ から抽出されたものではない。 12) CT 語である漢字名詞は、4 級漢字名詞全 283 語のうちの31.8%を占める。小室(2019)p. 152 13) CT 語である単漢字名詞は、4 級単漢字名詞全体の 55.5%を占める。小室(2019)p. 157 14) CT 語である複漢字名詞は、4 級複漢字名詞全体の 16.8%を占める。小室(2019)p. 190 15) URL は、https: //chunagon.ninjal.ac.jp/ijas/search(アクセス日:2019 年 8 月。中納言 2.4.2。デー タバージョン 2019.05)。詳しくは、迫田(2016)及び迫田他(2016)を参照されたい。 16) 205 名の内訳は、以下の通りである。海外教室環境(中国:100 名、台湾:50 名)、日本国内 教室環境(中国:42 名、台湾:6 名)、国内自然環境(中国:6 名、台湾:1 名) 17) 小室(2019)p. 164 18) 小室(2019)pp. 165―167 19) 学習者が産出した 88 例の「目」のうち、「第∼回」または「第∼話」を意図したものが 5 例あっ たことを示す。これはあくまで用例の延べ出現回数を数えたものであり、学習者の数ではな い。以下、同様。 20) この番号は I-JAS で用いられているものであり、順に「調査協力者の ID(母語や学習環境を

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表す)、そのカテゴリーの中での学習者の番号、タスクの種類、発話番号」を示す。例えば 「CCH34―I―1980」は「中国語を母語とし、海外の教室環境で日本語を学んでいる学習者のう ち 34 番目の調査協力者が、対話のタスクで 1980 番目に発話したデータ」であることを表す。 21) 「冬の時(CCH06―I―80 他)」「夜の時(JJE45―I―340 他)」といった不自然な言い方が数多く検 出されたが、「冬、夜」の言葉の意味自体は学習者は理解していると判断できるので、本稿 では誤用とみなさない。また、自分の「兄」のことを「お兄さん」と言っている例(CCT13 ―I―2720 他)などがあったが、日本語母語話者の中にもそのような言い方をする人はいるため、 誤用とまでは言えない。更に、「夜」を「よーる」と発音している例(CCH10―I―2800)もあ るが、発音についても本稿では捨象して考える。 22) 小室(2019)pp.167―168 23) 小室(2019)p.170 24) 小室(2019)p.172 25) 中国語の語彙である「地方」を、日本語の文脈の中でもそのまま「場所」の意味で使ってい るものが 4/26 例(JJE50―ST1―70 他)、同様に「別」を「他」の意味で使っているものが 5/107 例(CCM15―RP2―320 他)あった。 26) 小室(2019)p. 174 27) 小室(2019)p. 176 28) 小室(2019)pp. 177―178 29) 「男、女」をこのように不適切に使っている例は、それぞれ「27/264」「15/230」であった。 30) 小室(2019)pp. 180―181 31) 小室(2019)p. 182 32) その殆どが、お湯が沸いているイラスト(許(1997)でも使用されているもの)を見て描写 したものである。 33) 小室(2019)pp. 184―185 34) 小室(2019)pp. 200―201 35) 小室(2019)p. 202 36) 小室(2019)pp. 203―204 37) 小室(2019)pp. 205―206 38) 小室(2019)pp. 206―207 39) 小室(2019)pp. 208―209 参考文献 王承云(1998)「同形異義語における中国語と日本語の対照研究 ―中国語教育の視点から―」『人 文科教育研究』25: pp. 143―152. 加藤稔人(2005)「中国語母語話者による日本語の漢語習得 ―他言語話者との習得過程の違い ―」『日本語教育』125: pp. 96―105. 何龍(2015)「日中同形語の品詞の違いによる誤用について ―中国人の日本語学習者を対象と して―」『第 8 回コーパス日本語学ワークショップ予稿集』pp. 1―10. 河住有希子(2005)「中国人学習者の漢字語彙使用に見られる問題点」『早稲田大学日本語教育研 究』7: pp. 53―65. 許夏珮(1997)「中・上級台湾人日本語学習者による『テイル』の習得に関する横断研究」『日本 語教育』95: pp. 37―48.

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熊可欣・玉岡賀津雄(2014)「日中同形二字漢字語の品詞性の対応関係に関する考察」『ことばの 科学』27: pp. 25―51. 名古屋大学言語文化研究会 小西円(2017)「日本語学習者と母語話者の産出語彙の相違 ―I-JAS の異なるタスクを用いた比 較―」『国立国語研究所論集』13: pp. 79―106. 小室リー郁子(2019)『中国語母語話者のための漢字語彙研究 母語知識を活かした教育をめざ して』くろしお出版 坂本正・小柳かおる・長友和彦、畑佐由紀子・村上京子・森山新(2008)『多様化する言語習得 環境とこれからの日本語教育』スリーエーネットワーク 迫田久美子(2016)『海外連携による日本語学習者コーパスの構築 ―研究と構築の有機的なつ ながりに基づいて― I-JAS 構築に関する最終報告書』(平成 24.27 年度科学研究費助成事業 (基盤研究 A)課題番号:24251010 研究代表者:迫田久美子) 迫田久美子・小西円・佐々木藍子・須賀和香子・細井陽子(2016)「多言語母語の日本語学習者 横断コーパス」『国語研プロジェクトレビュー』6(3): pp. 93―110. 砂川有里子・黒沢晶子(2017)「中国語を母語とする中級日本語学習者の発話に見られる日本語 漢語名詞の使用状況 ―中国語の字音の影響を中心に―」『日中言語研究と日本語教育』10: pp. 64―77. 砂川有里子・黒沢晶子(2018)「フランス語と中国語を母語とする日本語学習者の漢語名詞の習 得状況 自然発話に見られる発音の誤用分析」『フランス語を母語とする日本語学習者の誤 用から考える』大島弘子編 : pp. 21―40. 張麟声(2009)「作文語彙に見られる母語の転移 ―中国語話者による漢語語彙の転移を中心に―」 『日本語教育』140: pp. 59―69. 文化庁(1978)『中国語と対応する漢語』大蔵省印刷局 文化庁(1983)『漢字音読語の日中対応』大蔵省印刷局 大和祐子・玉岡賀津雄(2009)「中国人日本語学習者の日本語漢字語の処理における母語の影響」 『ことばの科学』22: pp. 117―135. 名古屋大学言語文化研究会

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Characteristics of problematic Kanji nouns for Chinese

native speakers studying Japanese

Kaoru YAMAGUCHI

Abstract

  When Chinese native speakers studying Japanese produce nouns written in Kanji, what kind of words are liable to be produced improperly? In order to explore this research question, I focused on CT-word (Carefully Transferrable words) nouns written in Kanji at the fourth-level listed in Komuro (2019), exploring how they are produced using the data of 250 Chinese native speakers from the I-JAS corpus.

  Words like man, water, voice, box, gate, tomorrow, student, everything, problem are liable to be used improperly by Chinese native speakers. Most of these words are classified as CT-gap words – although the word form is the same, there is a gap in meaning or usage between Japanese and Chinese – especially B2 type nouns, in which the range meanings in Chinese is wider than that of Japanese. Such errors arise when Chinese native speakers use CT-gap words with the original Chinese meaning when speaking Japanese, when there is a gap between the Japanese and Chinese meanings.

参照

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