1.はじめに 2003 年にヒトゲノム配列の完全解読が宣 言されたのをはじめとし,ゲノム解析技術等 の進歩によりさまざまな生物の全遺伝情報が 容易に解読できる時代となった.このような 中,遺伝子産物であり生命の営みそのものを 担うタンパク質が実際にどのような働きをし ているかを調べる機能解析研究(例えばタン パク質間相互作用解析)が重要となってい る.また,標的タンパク質と結合してその機 能を制御する化合物(薬剤候補化合物)を探 索する創薬研究も活発に行われている.この ような研究を行うためには,まず目的とする タンパク質を何らかの方法でつくらなければ ならない. 目的タンパク質をつくる方法としては,現 状では,遺伝子組換え生物(大腸菌,酵母, 昆虫培養細胞,哺乳動物培養細胞等)を用い た発現系が一般的である.一方,その簡便さ から近年注目されている生産方法が,試験管 内でタンパク質を合成する無細胞タンパク 質合成系である.無細胞タンパク質合成系 とは,タンパク質合成反応に必要な各種因 子(リボソーム,伸長因子,など)を含んだ 細胞の抽出液に基質やエネルギー源など反応 に必要な成分を加えることにより生物の遺伝 情報翻訳系を試験管内に取り揃え,目的タン パク質をコードしている mRNA を鋳型とし てタンパク質を合成する方法である(図 1). 鋳型として mRNA の代わりに DNA を用い, 転写と翻訳を共役させることもある.無細胞 タンパク質合成系は,現状では高価な試薬類 を用いなければならず,工業的スケールでの タンパク質生産法とはなっていない.しかし ながら,生細胞を用いる発現系と比較して, ①生きた細胞を使用しないため生命維持に関 わる因子(例えば細胞の培養など)から開放 される,②一般に短時間で反応を完結させる ことができる,③多検体処理が可能である,
特集企画「地域シルク関連産業」
沖縄での新たな養蚕業への挑戦
-カイコを活用するベンチャーの起業-
伊東昌章
1),2)* 1)沖縄工業高等専門学校 生物資源工学科:〒 905-2192 沖縄県名護市字辺野古 905 番地 2)株式会社シルクルネッサンス:〒 904-2234 沖縄県うるま市字州崎 5 番 8 沖縄ライフサイエンス研究センター 116 号 (令和 2 年 4 月 8 日受領,令和 2 年 4 月 15 日受理)Challenge of new sericulture in Okinawa
–Start up a venture company utilizing silkworms–
Masaaki Ito 1), 2) *
Key Words: New sericulture, Silkworm, Okinawa, Cell-free protein synthesis system, Sericin
④細胞にとって毒性となるタンパク質も生産 できる,⑤簡単に非天然型アミノ酸を導入で きるので目的タンパク質の標識が容易であ る,⑥生細胞を用いずに済むので遺伝子組換 え実験に該当しない,などの利点を有してい る.生細胞の系と比べこれらの利点があるこ とから,無細胞タンパク質合成系は,機能解 析のための実験室的スケールでのタンパク質 生産法としては,極めて有用な方法である. 無細胞タンパク質合成に関する研究は,遺 伝子組換え技術よりも古くから行なわれてき た.1950 年代に,細胞をすりつぶした抽出 液にタンパク質合成能が残っていることが 見出されて以来,大腸菌,小麦胚芽,ウサ ギ網状赤血球,昆虫培養細胞,ヒト培養細 胞由来などの抽出液を用いて研究が行われて きた1).そして,これらの抽出液を用いた試 薬キットも開発され,現在,試薬メーカー各 社より販売されている.近年,この技術は, 日本を中心として活発に研究が行われ,その 結果,大腸菌や小麦胚芽由来の抽出液を用い て,反応液 1mL あたり数 mg のタンパク質 が合成可能な高効率発現系が開発された2,3). また,一晩で数百種類のタンパク質を生産す ることができるハイスループットな合成法, およびその操作を自動化したロボット,など も開発されている.しかしながら,未だ,タ ンパク質生産手段の主流とはなっていない. そのような状況のもと,筆者らは,近年, 生細胞の系であるカイコ・バキュロウイルス 発現系で多数のタンパク質生産実績があり, タンパク質生産工場として注目されているカ イコに着目し,その各器官から調製した抽出 液を用いて,無細胞タンパク質合成系を構築 した4).また,安定して高い合成量が得られ る実用的なカイコ幼虫後部絹糸腺抽出液を用 いた無細胞タンパク質合成系(カイコ無細胞 タンパク質合成系)を開発した(図 1).さ らに,各種疾患関連タンパク質を効率的に合 成することができ,創薬研究に有用であるこ とを明らかとした.そして,開発した技術を 広く生命科学や創薬研究分野の研究者に提供 するために,ベンチャーを立ち上げ,大関株 式会社と連携し,カイコ無細胞タンパク質合 成系を用いたタンパク質受託生産サービスを 開始した.さらに,カイコ無細胞タンパク質 合成系の研究の過程で,再生医療研究等で有 用な細胞増殖促進能を有する高分子セリシン の簡便な調製方法を開発した5).本稿では, その研究・開発,実用化の経緯,および,今 後のカイコ無細胞タンパク質合成系等の可能 性について記述し,沖縄での新たな養蚕業へ の挑戦の動向について紹介する. 図 1 カイコ無細胞タンパク質合成系の概要 1
アミノ酸・
エネルギー源等
DNA
カイコ幼虫の 後部絹糸腺 試験管内転写反応mRNA
リボソーム、翻訳因子カイコ絹糸腺
抽出液
高
高い
いタ
タン
ンパ
パク
ク質
質合
合成
成量
量(
(7
70
0μ
μgg/
/m
mll以
以上
上)
)を
を有
有す
する
る
カ
カイ
イコ
コ絹
絹糸
糸腺
腺由
由来
来無
無細
細胞
胞タ
タン
ンパ
パク
ク質
質合
合成
成系
系を
を構
構築
築
目的タンパク質
目的タンパク質の 遺伝子をコードカ
カイ
イコ
コ無
無細
細胞
胞タ
タン
ンパ
パク
ク質
質合
合成
成系
系
図1
2.カイコ無細胞タンパク質合成系の基礎研究 カイコ無細胞タンパク質合成系の基礎研究 は,2001 年 1 月から 2004 年 3 月まで,かつ て筆者が在籍したレンゴー株式会社中央研究 所にて,京都工芸繊維大学大学院工芸科学研 究科の長岡純治博士との共同研究として行わ れた.まず,抽出液作製に用いる昆虫として, 飼育や昆虫としては大型のため各器官の摘出 が容易であるカイコ (Bombyx mori) を選んだ. カイコを用いた無細胞翻訳の試みは,既に, 1970 年代に行われている6).5 齢 5 − 6 日カ イコ幼虫の絹フィブロインタンパク質生産器 官である後部絹糸腺から調製した抽出液を用 い,内在性 mRNA を鋳型とし,絹フィブロ インのin vitro 合成に成功している.しかし ながら,この実験での合成量はごく少量であ り,また,外来性 mRNA を用いた合成が試 されておらず,タンパク質合成のための実用 的な系ではなかった.そこで,筆者らは,市 販のルシフェラーゼ mRNA を鋳型として用 い,カイコの各器官や個体(カイコ幼虫の中 部および後部絹糸腺,脂肪体,胚(卵),蛹) の抽出液を用いた系がどの程度のルシフェ ラーゼ合成能を有するかを調べた.結果とし て,5 齢 2 − 7 日のカイコ幼虫後部絹糸腺お よび脂肪体,2 日間保温した胚の抽出液を用 いた場合にルシフェラーゼの合成が確認され た.それらの中では,5 齢 4 日カイコ幼虫後 部絹糸腺より調製した抽出液の系が最も高い 合成量を示した.カイコ幼虫において,5 齢 4 日の後部絹糸腺は,繭の主要構成タンパク 質である絹フィブロインを活発に合成してい る状態にあり,その高い合成能を無細胞タン パク質合成系に転用することで高い合成量が 得られたものと考えられる.そこで,対象と する器官を 5 齢 4 日のカイコ幼虫後部絹糸腺 とし,合成量を向上させるために以下の検討 を行った.①抽出方法の改良:抽出時にグリ セロールを添加し,抽出液中に含まれている 可溶性の絹フィブロインを不溶化させ除去す ることにより大幅に合成量が向上することを 見出した.②反応液組成の最適化:反応に必 要な成分それぞれについて最適添加量を決定 した.③翻訳促進配列の適用:タンパク質合 成量における,鋳型発現プラスミドの開始コ ドン上流への昆虫の主要タンパク質遺伝子あ るいは昆虫ウイルスのポリへドリン遺伝子 5’ 非翻訳領域の挿入による影響を調べ,翻訳促 進効果を示す配列を見出した.これらの検討 結果を適用したところ,反応液 1ml あたり 約 30μg のルシフェラーゼを合成することが できた.この値は,古くより商品化されてき たウサギ網状赤血球抽出液の無細胞タンパク 質合成系の値と比べ 10 倍以上である.また, ルシフェラーゼのみならず他のタンパク質も 効率的に合成することができた.これにより 開発コンセプトである,動物由来,高いタン パク質合成能,反応液の光学分析が可能(無 色透明)という項目を達成した系を構築する ことができた.しかしながら,後部絹糸腺を 材料として抽出液を作製する場合,その前処 理として,カイコ幼虫の解体,器官の摘出, 洗浄などの細かな工程を必要とするため非常 に手間がかかっていた.また,作製した抽出 液のロットによって合成量が異なり一定の品 質を得るのが難しいという問題が生じた.そ のため,当時は,安定かつ低コストでカイコ 幼虫後部絹糸腺を材料として抽出液を製造す るのは難しいと考えた.このような状況のた め,一旦,カイコ無細胞タンパク質合成系の 研究開発は休止した.一方で,カイコ無細胞 タンパク質合成系の構築で得られたノウハウ を使い,解体や器官の摘出が不要で,均一の 細胞を大量に増やすことが可能な昆虫培養細 胞を抽出液の材料として用い新たな無細胞 タンパク質合成系を構築した7).また,その 技術を活用し,2004 年 12 月,移籍先の株式 会社島津製作所より,昆虫培養細胞由来無 細胞タンパク質合成試薬キット,Transdirect insect cell を上市した4).この試薬キットは, 現在も販売されている. 3.カイコ無細胞タンパク質合成系の実用化研究 その後,筆者は,2008 年 4 月,独立行政 法人国立高等専門学校機構沖縄工業高等専門 学校に採用され,改めて,カイコの安定飼育,
絹糸腺摘出の簡便化,抽出液作製方法の工夫 等を通して,安定して高い合成量が得られる 実用的なカイコ無細胞タンパク質合成系の開 発に取り組んだ.以下にその概要を記す. 3.1 中部絹糸腺を用いた無細胞タンパク質 合成系の開発 カイコ無細胞タンパク質合成系において, 太く容易に摘出可能な中部絹糸腺を材料とし た抽出液の調製方法およびその抽出液を用い た無細胞タンパク質合成方法の開発を行っ た.中部絹糸腺は,繭成分のセリシンを生産 する一方,後部絹糸腺で生産されたフィブロ イン(絹糸主要タンパク質)の蓄積を伴うた め,一般的なカイコ品種では,粘弾性に富み 抽出液作製には不適である.そこで,フィブ ロインを特異的に産生しない突然変異蚕系統 であるセリシンホープから作製したハイブ リッド種の中部絹糸腺を用いた.このカイコ 幼虫の腹部第 3 節と第 4 節の複脚の間の節間 膜にハサミで切れ込みを入れ,その切れ込み よりピンセットで中部絹糸腺を取り出すこと で極めて簡便に摘出可能であることを見出し た.この方法を用いることで,従来の後部絹 糸腺摘出の場合と比べ約 1/10 の所要時間で 絹糸腺を摘出することが可能となり,細胞抽 出液調製に要する時間を大幅に短縮すること ができた.また,5 齢 2,3 日の中部絹糸腺抽 出液において約 30μg/ml のβ-ガラクトシダー ゼの合成が確認され,それを用いることによ り,簡便な抽出液調製が可能な無細胞タンパ ク質合成系の提供が可能となった8, 9). 3.2 後部絹糸腺を用いた無細胞タンパク質 合成系の改良 5 齢カイコ幼虫において,短期間に大量の フィブロインを合成する器官である後部絹糸 腺は,極めて高いタンパク質合成能を有して いる.そこで,再度,後部絹糸腺を用いたカ イコ無細胞タンパク質合成系の改良に取り組 んだ.まず,人工飼料を用いて安定したカイ コ飼育に取り組んだ.次に,5 齢 4 日のカイ コ幼虫より 1 頭あたり 20 秒以内と簡便・迅 速に後部絹糸腺を摘出する方法を開発した. さらに,高いタンパク質合成能を保持できる ように温和な条件のもと抽出液を簡便に大量 調製する方法を開発した.そして,開発した 翻訳促進配列を適用し,大量調製した抽出 液を用いて,安定して約 70 μg/ml 以上の効 率でのβ-ガラクトシダーゼ合成に成功した. これらの技術開発により,カイコという安価 な材料を用いて動物由来の抽出液で最高レベ ルの合成量を有する実用化可能な無細胞タン パク質合成系を構築することができた. 3.3 エリ蚕を用いた無細胞タンパク質合成 系の開発 これまで研究材料としてきたカイコガ科に 属するカイコでは,後部絹糸腺は細く摘出が 難しく,中部絹糸腺では合成量が低いという 欠点を改善するために,カイコとは異なりヤ ママユガ科に属するエリ蚕の絹糸腺に着目し た.このエリ蚕の絹糸腺は,5 齢期に急激に 発達し,さらに,中部,後部絹糸腺の区別が ほとんどなく全体を容易に摘出できることが わかった.その容易に摘出した絹糸腺を用 い,合成量を実用化レベルにまで向上するた めに,抽出液調製条件を検討した.その結果, 5 齢 2,3 日のエリ蚕幼虫から摘出した絹糸腺 を用い,さらに絹糸腺重量に対して 1.25 倍 の抽出用液を添加して作製した抽出液を用い て,4.2μg/ml のβ-ガラクトシダーゼ合成に 成功した.これにより,作業性の向上を保ち つつ,カイコ後部絹糸腺,中部絹糸腺抽出液 と比べると合成量は低いものの,エリ蚕を用 いた無細胞タンパク質合成系を構築した10). 3.4 実用化する無細胞タンパク質合成系の 選択 普通蚕品種のカイコ幼虫後部絹糸腺を用い た無細胞タンパク質合成において,合成量向 上に向け抽出液作製条件,反応液組成の最適 化,翻訳促進配列の検討を行い,当初の合成 量(30μg/ml)の倍以上の合成量となる 70μg/ ml 以上の系の構築に成功した.この後部絹 糸腺を用いた系は,中部絹糸腺の系,エリ蚕 の系と比べた場合に,抽出液調製の簡便性, 1 頭から得られる抽出液量,合成量,全てに
おいて優っていたことから,事業化はカイコ 幼虫後部絹糸腺を用いた無細胞タンパク質合 成系を用いることとした. 4.疾患関連タンパク質の生産 創薬研究にカイコ無細胞タンパク質合成系 で合成したタンパク質を用いるためには,簡 便な精製方法を確立しておく必要がある.そ こで,まず,GST タグ,Strep-tag II,His タグ, FLAG タグ,HA タグ,His と GST タグの組 み合わせ,計 15 種類のタグ付き発現プラス ミドを構築し,それらを用いて比較検討した 結果,高い純度(90% 以上),低い精製コス ト(1 回あたり約 2,000 円),特許フリーであ る Strep-tag II がタグ精製を行う配列として適 することが分かった.これにより,カイコ無 細胞タンパク質合成系を用いた疾患関連タン パク質の迅速な生産・精製システムを構築す ることができた.次に,創薬研究において重 要な疾患関連タンパク質のデータベースの作 成に取り組んだ.その結果,次の観点から, 合成する疾患関連タンパク質を選定した.米 国食品医薬品局(FDA)承認薬のターゲッ トとなったタンパク質 646 種のうち,①製薬 会社の開発パイプラインに多く使われている こと,②過去 10 年間に論文掲載数が増えて いること,③合成が難しい GPCR,トランス ポーター,イオンチャネル,核内受容体など の膜タンパク質は対象から除外すること.こ れらを基準とし,大いに需要が見込める 9 種
の疾患関連タンパク質(Janus kinase 2, Matrix metallopeptidase 2, Prostaglandin-endoperoxide synthase 2, SRC proto-oncogene non-receptor ty-rosine kinase, Mitogen-activated protein kinase 1, Vascular endothelial growth factor A, Interleukin 6, Tumor necrosis factor, Interleukin 1 beta) を 選定した(表 1).次に,これら 9 種の遺伝 子を外部に委託合成し,それらの遺伝子を Strep-tag II 配列が入った発現ベクターに挿入 し,各疾患関連タンパク質発現プラスミドを 作製した.それらを鋳型として,mRNA 合成, それに続く,カイコ無細胞タンパク質合成を 行った.合成反応液のウエスタンブロット解 析の結果,9 種すべての疾患関連タンパク質 について可溶化状態での合成が確認できた (図 2, 3).タグ精製に関しては,Interleukin 1
beta と Mitogen-activated protein kinase 1 に つ いて 1 回のタグ精製のみで,SDS-PAGE 的に ほぼ 1 本のバンドとなるまで容易に精製する ことができた.以上のことから,創薬研究に 用いられる疾患関連タンパク質をカイコ無細 胞タンパク質合成系にて可溶化の状態で効率 的に合成できることが明らかとなった. 5.高分子セリシンの開発 セリシンは,カイコ幼虫の中部絹糸腺で合 成される繭の構成タンパク質である.主要 3 成分としてセリシン A, M, P が存在し,セリ シン A は中部絹糸腺前区,セリシン M は中 区,セリシン P は後区で作られる.分子量は 表 1 選定したヒト由来疾患関連タンパク質 疾患関連タンパク質の名称(略称) 分子量(kDa)
Janus kinase 2 (JAK2) 130
Matrix metallopeptidase 2 (MMP2) 74
Prostaglandin-endoperoxide synthase 2 (PTGS2) 67
SRC proto-oncogene,non-receptor tyrosine kinase (SRC) 60
Mitogen-activated protein kinase 1 (MAPK1) 41
Vascular endothelial growth factor A (VEGFA) 27
Interleukin 6 (IL6) 21
Tumor necrosis factor (TNF) 17
それぞれ,セリシン A が約 250kDa,セリシ ン M が約 400kDa,セリシン P が約 150kDa となっている.以後,最も分子量が大きいセ リシン M を高分子セリシンとして記す.セ リシンは,製糸,製織業界において絹糸から 除去される廃材であったが,研究が進むにつ れて保湿性,抗酸化作用,チロシナーゼ活性 阻害作用,細胞生育促進作用など,様々な機 能性が見出され,化粧用材,医療分野での利 用が期待されている.特に,近年,再生医療 分野が飛躍的な進歩を遂げており細胞培養基 材や凍結保存基材の開発に関しても研究が進 められているなかで,セリシンは培養基材や 凍結保護基材として注目すべき素材といえ る.また,高分子セリシン(セリシン M)は, セリシン A, P よりも高い細胞増殖促進効果 を持つことが報告されている11).そこで, 筆者らは,中部絹糸腺を用いた無細胞タンパ ク質合成系の開発で用いていたセリシンホー プのハイブリッド種の中部絹糸腺に着目し, そこから高分子セリシンのみを効率的に得る ことを考えた.まず,3 種のセリシンの内, 高分子セリシンのみを採取するために,5 齢 5, 6 日のセリシンホープのハイブリッド種か ら中部絹糸腺中区のみを切除した.次に,摘 出した中部絹糸腺をアルコール系の溶媒に浸 漬することで全体を硬化させた後,表面の細 胞を剥がし取り,高分子セリシンのみを分 離・精製した.さらに,凍結乾燥を行い,物 理的破砕によりパウダー化することで精製高 分子セリシンを得た. 以上を行うことで,細胞増殖促進能を有す 図 2 合成産物のウエスタンブロット解析 M:分子量マーカー,N:ネガティブコントロー ル(-mRNA 反応液),1:JAK2, 2:MMP2, 3: PTGS, 4:SRC, 5:MAPK1, 6:VEGFA, 7:IL6, 8:TNF, 9:IL1B 図 3 合成産物の可溶性確認 S:上清画分,P:沈殿画分,それ以外は図 2 と同じ 図 4 高分子セリシンの調製方法 5 カ カイイココ絹絹糸糸腺腺由由来来高高分分子子セセリリシシンンのの抽抽出出・・精精製製方方法法をを確確立立 ( (高高いい細細胞胞増増殖殖促促進進能能をを有有すするるたためめ再再生生医医療療分分野野でで有有用用))
カ
カイ
イコ
コ絹
絹糸
糸腺
腺由
由来
来高
高分
分子
子セ
セリ
リシ
シン
ン
絹糸腺細胞↑ ↑セリシンM (高分子セリシン) 中部絹糸腺中区 中 中部部絹絹糸糸腺腺ににおおけけるる 各 各セセリリシシンンのの分分布布 ①~②:前区 セリシンA 約250 kDa ②~③:中区 セリシンM 約400 kDa ③~④:後区 セリシンP 約150 kDa 凍結乾燥・ パウダー化 溶媒浸漬 セリシン分離・精製 精製高分子 セリシン 切除 図4る高分子セリシンを高純度で極めて簡便に得 る方法を見出した(図 4)5).今後,どのよう な細胞に対して効果を有するのかを調べるこ とで,細胞培養・再生医療分野での実用化を 目指して行く. 6.研究成果を活用するベンチャーの立ち上げ 以上の技術開発を行ってきたカイコ無細胞 タンパク質合成系および高分子セリシンを実 用化するために,2018 年 1 月 26 日に沖縄高 専発ベンチャー,株式会社シルクルネッサン ス(本店:沖縄県うるま市)を設立した.シ ルクルネッサンスでは,カイコ無細胞タンパ ク質合成技術を活用した創薬支援事業,およ び,細胞増殖促進能を有する高分子セリシン を活用した再生医療支援事業の 2 つの事業を 展開していく.詳細はシルクルネッサンスの ホームページ(https://www.silk-r.jp/)を参照 いただきたい.これらを通じて,沖縄県の創 薬・再生医療拠点化形成に貢献することを目 的としている.以下に,これまでのシルクル ネッサンスの企業活動を記す. 6.1 資金調達 スタートアップ時のベンチャー企業におい て,資金調達は極めて重要である.シルクル ネッサンスは,3 つのスタートアップ支援事 業(①沖縄県産業振興公社,平成 29-31 年度 ベンチャー企業スタートアップ支援事業,② 株式会社琉球銀行,株式会社沖縄タイムス 社,OKINAWA Startup Program 2018-2019,③ 公益財団法人沖縄科学技術振興センター,平 成 30-31 年度知的・産業クラスター支援ネッ トワーク強化事業(研究シーズ事業化・人材 育成支援))に応募・採択され,それらのコー ディネーターからの,ファンド等とのマッチ ング,詳細な事業計画書の作成等の強力なハ ンズオン支援を受けて,資金調達に取り組ん だ.その結果,りゅうぎん六次産業化ファン ド,BOR ベンチャーファンド,沖縄振興開 発金融公庫,3 者による協調出資,および, 沖縄振興開発金融公庫の資本性ローンによる 融資,合計約 6,000 万円の資金調達に成功し, 事業開始に必要な資金を得ることができた. 6.2 事業連携 確実に事業を展開していくために,資金調 達と並行して事業連携に取り組んだ.シルク ルネッサンスの事業を開始するにあたり,麹 菌および遺伝子組換えカイコを用いてタンパ ク質受託生産サービスを展開する大関株式会 社とカイコ無細胞タンパク質合成技術に関す る実施許諾契約を締結した.これにより,シ ルクルネッサンスのみならず大関もその技術 を用いたサービスを展開することで複数の事 業者からの多面的なサービス提供が可能と なった.それを受けて,2019 年 6 月 19 日, 沖縄県庁にて,シルクルネッサンスと大関 は,世界ではじめてカイコの後部絹糸腺抽出 液を用いた無細胞タンパク質合成サービスを 開始すること,大関が先行してサービスを開 始することをプレスリリースした.このサー ビスは,①迅速に合成できるため,短期間 で目的タンパク質を納品可能(納期 15 営業 日),②高いタンパク質合成能(70μg/ml 以 上),③ヒトなど哺乳類由来のタンパク質を 高確率で可溶化合成可能という特徴を有して いる.サービスの詳細は,大関のホームペー ジ (https://www.ozeki.co.jp/food_bio/protein. html) を参照いただきたい. 7.おわりに カイコ無細胞タンパク質合成系および高分 子セリシンの技術を活用するベンチャー,シ ルクルネッサンスは,先ず創薬・再生医療支 援事業を展開していく.それらで事業基盤を 構築した後は,タンパク質を迅速につくるこ とができるメリットを最大限活用し,製薬会 社と連携しながら高病原性インフルエンザの パンデミックが起こった場合の医療従事者へ の緊急措置用ワクチンの無細胞系での製造 等,10 年以内にタンパク質性医薬品を開発 する創薬分野への進出を目指したい.これに よって,ここ沖縄にて新たな養蚕業の復興 (シルクルネッサンス)を実現していきたい.
8.謝 辞 本研究開発は,2001 年 1 月より 2004 年 3 月までカイコ無細胞タンパク質合成系の基 礎研究をレンゴー株式会社中央研究所にて, 2008 年 4 月より現在までカイコ無細胞タン パク質合成系の実用化研究を独立行政法人国 立高等専門学校機構沖縄工業高等専門学校に て行われました.本研究開発に携わった多く の研究者の方々を代表して執筆させていただ きました.この場をお借りして関係者の皆様 に心より御礼申し上げます. 9.文 献 1) 金森崇・杉本(永池)崇・車兪徹・網藏 和晃・上田卓也(2017):無細胞タンパ ク質合成系の高度化と合成生物学への展 開,生化学,89,211-220.
2) T. Kigawa, T. Yabuki, Y. Yoshida, M. Tsutsui, Y. Ito, T. Shibata, S. Yokoyama (1999): Cell-free production and stable-isotope labeling of milligram quantities of proteins, FEBS Lett., 442, 15-19.
3) K. Madin, T. Sawasaki, T. Ogasawara, Y. Endo (2000): A highly efficient and robust cell-free protein synthesis system prepared from wheat embryos: Plants apparently con-tain a suicide system directed at ribosomes, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 559-564. 4) 伊東昌章(2005):昆虫由来抽出液を用 いた無細胞タンパク質合成試薬キットの 開発,昆虫テクノロジー研究とその産業 利用,川崎建次郎・野田博明・木内信監 修,シーエムシー出版,90-96. 5) 伊東昌章・深水愛理沙(2019):カイコ 幼虫中部絹糸腺からのセリシン M の製 造方法,特開 2019-001758.
6) T. Ikariyama, M. Aizawa, S. Suzuki (1979): Cell-free protein synthesis by posterior silk gland polyribosome, J. Solid-Phase Bio-chem., 4, 279-288.
7) T. Ezure, T. Suzuki, S. Higashide, E. Shintani, K. Endo, S. Kobayashi, M. Shikata, M. Ito, K. Tanimizu, O. Nishimura (2006): Cell-free protein synthesis system prepared from insect cells by freeze-thawing, Biotechnol. Prog., 22, 1570-1577. 8) 伊東昌章・岡田英二・飯塚哲也 (2016): カイコ幼虫中部絹糸腺抽出液を用いた 無 細 胞 タ ン パ ク 質 合 成 方 法, 特 許 第 5888522 号. 9) 伊東昌章・冨名腰敬・岡田英二・飯塚哲 也(2017):カイコ幼虫中部絹糸腺抽出 液の製造方法およびその抽出液を用いた 無細胞タンパク質合成方法,特開 2017-108697. 10) 伊東昌章・仲宗根豊一(2017):ヤママ ユガ科に属する蛾の幼虫絹糸腺抽出液 の製造方法およびその抽出液を用いた 無細胞タンパク質合成方法,特開 2017-131169. 11) 坪内紘三・山田弘生・高須陽子(2002): セリシン含有素材,その製造方法および その使用方法,特開 2002-128691.