1.はじめに:教育制度普及の二側面
本研究では、バングラデシュのへき地農村の教 育に焦点を当て、教育開発が進んだ結果として、 経済格差や社会階層間の格差が縮減したのかを検 証する。 バングラデシュは、1990年代の EFA(Educa-tion for All:万人のための教育)期を通じ、一貫 して初等・中等教育開発に力を入れ、粗就学率に 関 し て 初 等 教 育 は114%(BANBEIS 2018)、中 等教育も61%(前掲)となり、質に問題はあり ながらも国民の大多数が少なくとも初等教育を受 ける、または受けたことになっている。就学率の みならず、SSC(Secondary School Certificate) という前期中等教育や、HSC(Higher Secondary Certificate)という後期中等教育の修了試験合格 者も2000年代に入って以降、増加傾向にあり、 BANBEIS(2018)の示す傾向では、成績も GPA 評価の高いものをとる人々が増加してきている (BANBEIS 2018)。 この現状を踏まえたうえで問う必要があるの が、「教育制度は、制度として機能し始めたのか」 ということであろう。バングラデシュの教育制度 は、少数民族や障がい者、最貧困層などを取り込 めておらず、厳密な意味での EFA 実現は未だに 道半ばであるが、初等教育では100% を超える就 学率が実現し、中等教育も修了までする者が多く なってきている、ということは、その出口におい て起こる教育制度受容、つまり「学位や修了証を 活用したうえで、経済・雇用機会にアクセスでき るようになったのか」あるいは「より上位の教育 段階に行けるようになったのか」といった、教育制 度から輩出される人材が適切に進路を形成できる ような状況ができたのかを検討する必要がある。 発展途上国における教育制度の創造は、いうま でもなく国家事業であり、莫大な資金と労力がか かった事業であるとともに、保護者の教育費負担 や、農業を手伝うことができないという逸失利益 がでるなど、受益者側の負担も大きい。そのた め、①ある国の教育開発といったとき、基本的人 権としての教育普及を達成できたことは、福祉的 観点から評価できたとしても、②制度論的観点か らは、産業人材が輩出されているのか、すなわち 教育制度の本来的な機能を果たしているのかを評 価しなければ、莫大な制度準備コストが大いなる 教育的損耗(ウェステージ)となることを見逃し てしまう。 以下では、上記のうち②の側面である、住民の 教育制度受容によって、バングラデシュのへき地 農村、さらに貧困層という、社会的エンパワーメ ントが最も必要な地域、階層において、社会移動 といったような格差を縮減するような動きがみら れたのか、村落レベルでの長期的研究を行う。こ れにより、バングラデシュの社会格差縮減に、30 年に渡って持続してきた教育開発が貢献している のか確認できるようなら、その社会利益創出構造 を明らかにする糸口となる。2.縦断的研究によるバングラデシュ村落
の地域教育研究
⑴ パネルデータによる縦断的研究 教育の長期的縦断研究(Longitudinal study) はこれまで、あらゆる学問分野で、また世界中でバングラデシュ農村の経済・社会格差縮減に対する
教育開発の貢献
―20 年間の縦断的研究結果から―
日下部 達哉
広島大学 E-mail:[email protected] 国際開発研究 第29巻第2号(2020)行われている。縦断研究は、人文・社会科学が研 究対象とする「人・モノ・本」のうち、成長して ゆく「人」を長期的に追跡調査する点で、実証性 の高い調査方法といえる。調査対象である「人」 が、初期状態ではどういった経済的社会的環境 か、家庭や地域の状況、人種や民族、言語状況な どをおさえることによって、また、生育歴におい てそれらの変化をとらえることによって、どう いった条件のもとに「人」は成長、変化するのか、 実際に数年後や数十年後の結果が得られるという 貴重で得難いデータ、知見が得られる可能性があ る。アメリカをはじめとする先進諸国では、良質 なパネルデータが豊富に存在し、量的な縦断研究 を可能にしており、とりわけ教育の効果に関する 実証研究が盛んに行われている(明日山 2008)。 また、インドでは、全国標本調査(National Sam-ple Survey:NSS)と い う、大 規 模 標 本 調 査 が 1950年から行われている。この調査は政府の下 にある全国標本調査機構(NSSO)が実施してお り、当 初、1,833村 落 を 対 象 と し、現 在 で は 14,000村落へと標本数が増加している。消費や 雇用のみならず、保健や教育、格差など、多岐に わたって標本世帯の追跡が可能となっており、本 研究も分析対象としている高齢労働力の市場参加 の経年分析(Antara 2019)や、第52回と第60 回 NSS のデータを用いた疾病と入院に関する研 究(Sarda 2011)など、様々な応用のされ方をし ている。 研究者らがこうした良質なパネルデータを用い て、地域研究の資料とするのみならず、インドが 国際的な開発目標にいかに到達しているのか/し ていないのか、といった検証的研究の資料とされ ることも多い(Deolalikar 2004)。また、日本で は国勢調査が行われており、人口学や地理学、経 済学において活用されているが、教育学において は活用が見られていない。 こうした量的な、パネルデータを用いた調査 は、全体的な傾向を把握することに利点があるも のの、村落、世帯や個人、とりわけ教育や進路選 択といった、個々人の指向推移にいかなる力学が あったのか、また、なぜその地域で就学率や修了 率などが上がったのか/下がったのかを解き明か したい、といった問いに応えるためには、当該地 域を実際に研究者の目で確かめていく以外にな い。特に、本研究が対象とするような、「へき地 の貧困層が教育によってエンパワーされたのか」 というリサーチクエスチョンを明らかにする場 合、結果の要因分析などを行う際には、ミクロレ ベルのデータを必要とする。 ⑵ 個人・世帯データによる縦断的研究 例えば、教育分野においては、国内では「青少 年期から成人期への移行についての追跡的研究」 (JELS プログラム)といった大規模な研究プロ ジェクトが挙げられる。このプロジェクトは、お 茶の水女子大学の研究グループが、2003年より COE プログラム「青少年期から成人期への移行 についての追跡的研究」によって、同じ青少年に ついて、学齢期から成人になるまでを追跡するよ うな研究を行っている。このプログラムからは、 多 く の 書 籍 や 報 告 書 が 出 版 さ れ て お り(耳 塚 2013;菅 原2012;内 田・浜 野2012な ど)、個 人 の追跡ができる点で興味深いものとなっている。 この研究では、日本における「⑴学力と進路選択 に対する家庭的背景の影響力の大きさを、保護者 調査によって採取した家庭経済(所得等)、文化 的環境データによって実証的に示した点、⑵学力 と進路意識形成の過程が、大都市圏と地方小都市 とで大きく異なることを明らかにした点(中西・ 耳塚2013)」が、本研究の知見とも比較が可能な 興味深い結果となって出ている。 本研究が対象とするバングラデシュにおいても BRAC という、世界最大の NGO が、活動の成果 を測るため、マトラブという農村地域の保健分野 において576名の生後6か月から3歳までを対象 とした、4か月ずつ三回にわたる縦断研究を行っ ている(Masuma, Hans and Agneta 2004)。こ れにより、貧困層の母親が BRAC の活動に参加 した場合、いかなる効果が得られたかが比較の視 点からわかるようになっている。バングラデシュ では長年、経済や保健分野をはじめとした開発諸 学について、研究が進められてきたが、個人レベ ルの追跡を行うといった手法、すなわち教育開発 の成果を縦断的研究によって測定するような研究 は行われてきていない。 ⑶ 本研究が対象とするバングラデシュ農村の地 域教育研究 筆者は、これまでバングラデシュ国内4農村、 189世帯のデータをはじめ、農業、家庭経済、宗
教、教育などのデータを収集し、まとめたことを 皮切りに、縦断研究の結果を発表してきた(日下 部2007;2020)。つまり、バングラデシュの社会 変化と教育を、近郊農村やへき地農村の視点から 定点観測をしてきたということになる。現在、4 農村のうち、全てについて10年後(1999年調査 開始)の縦断研究データが揃っており、2019年 より開始した20年後のデータについて、1農村 の調査が完了したところである。 本研究における分析では、へき地農村の、さら に貧困層が「教育開発の果実」を享受できたのか 否かを、フェースシートを含む26問の世帯デー タ、家庭経済、教育データ収集からなる42世帯 の世帯標本調査によって集めた村落データをもと に明らかにしていく。調査票にもとづいてインタ ビューを行い収集されたデータは、むろん何らか の書類に基づいた正確なものとはいえない。さら にいえば、世帯主といえども前年度の収入を正確 に覚えていることは少ない。しかし調査の際に は、ある職業の日給、月給、月々の大まかな実働 日数などを細かく聞き取ることによって、誤りを 少なくするよう努力している。 調査期間は、1999年、2010年、2019年にそれ ぞれ3―4週間程度の調査を実施している。これに より、20年間の標本調査世帯の世帯構成変化、 職業・就業の変化、家庭経済の向上/下落、そし て子どもたちの就学、進学、就職などの追跡調査 結果が揃ったことになる。 ここで最終的に明らかになるのは、教育制度と 就学という、「制度と行動様式との整合性」であ る。なぜこのことを明らかにしなければならない かというと、アジア・アフリカ諸国ではよくある 状況であるが、EFA が憲法あるいは教育法規で 規定されていたとしても、実態は、許容範囲を大 きく超えた乖離、つまり就学という実態が追いつ いていない場合が多く、比較的、世界的な教育開 発トレンドに同調的に取り組んできたバングラデ シュの「EFA の30年」の成果がどのようなもの であったか、明らかにされれば学ぶところは大き い。また、貧困問題はとりもなおさず現代的な地 球規模課題であり、多くの国々で、学歴を職歴に 転じることができない貧困層という重荷を抱えた まま低空飛行を続けざるをえない状況がある。バ ングラデシュへき地農村における教育―職業接続 という、リンケージ部分をみることで、貧困層が 社会移動を果たすなど、何らかの兆しが観察でき れば、その成果創出構造を実態から明らかにする ことも可能となる。
3.調査対象村と時系列比較による経年変
化観察
バングラデシュ全体の人口の約8割が住む農村 のあり方が、社会経済や宗教文化において多様で ある点は、研究を行う際にきわめて重要な事実で ある。本研究では、これを近郊農村とへき地農村 に分類している。都市に近い近郊農村では、就業 のあり方が農業というよりは、賃労働(工場労働、 交通業、会社員、銀行業など)に就く機会が増加、 都市経済と一体化し、工場労働者の供給地として 機能した結果、都市を中心とする経済圏を形成す る。そのため兼業農中心となり、かつ、資産とし ての土地活用が中心となってくる。この場合農業 の基盤となる土地を、本来の目的で使わないの で、人々の生活も現金収入に拠らざるをえなくな り、教育希求は高まる傾向にある。また、その地 域において求められる人材にはそれなりの学歴が 要求されることになる。しかし、政府の力、とり わけ財政力が弱かったバングラデシュは、先進国 のように公教育セクターで国民教育を担うことが できなかった。それゆえ、教育制度を巧みにつく りあげ、私立、NGO、宗教団体などにも学校へ の参入ができるような柔軟性を持たせ、結果とし て多種多様な学校が設立されることになった(日 下部2020)。近郊農村ではそこで得られた修了証 や学位を活用して就職・就業していく自然発生的 なシステムが整い、教育―職業接続の機会は相対 的に多くなる(同書)。 一方のへき地農村では、近隣に都市経済圏がな いため、産業は農業中心で、就農あるいは農村関 連雑業への就業機会が多く、現金収入を得るため には、わずかにある公務員や教師の枠、でなけれ ば首都ダッカや、中東諸国への出稼ぎへ行くこと になる。そのため修了証や学位といった学歴活用 と就業・就職とのリンク、すなわち教育―職業接 続のあり方は希薄である。こうした地域で教育政 策インプットをし続けた場合、教育機関の数は増 加するが、就学した人々は、果たして学歴や修了 証を活用した就職ができたのであろうか。 2019年の調査時には、かつて乳幼児であった 子どもたちも成人を迎え、これまでの教育開発の 成果が検証できる段階にある。バングラデシュの西端メヘルプール県にあるカ ラムディ村は、首都ダッカからバスで8時間ほど の、へき地的性格をもつ農村である。人口は1万 人ほどの大きな村で、村内ではパラと呼ばれる自 然発生的集落が16ある。近隣に通勤するような 大都市はなく、村人たちは農業関連の仕事に就く ことが多い。そうでなければ首都ダッカや中東へ の出稼ぎで現金収入を得ている。この村の性質 は、調査を開始してから20年後の2019年におい ても基本的には変わっていない。 こ う し た 場 所 に、政 府 は1990年 代 を 通 じ た EFA 諸施策によって学校を整備、さらには子ど もたちを学校へ誘引するために、学校へ子どもを 送った貧困層に対し、穀物を給付したり、女子が 中学校へ進学する場合、授業料を無償にしたりす る政策を展開してきた。 つまりこの村では、自律的な教育―職業接続が 醸成されてきたわけではなく、人為的な力を加え て、教育の部分を肥大化させてきた経緯を有する。 こうした中で貧困層といわれる人々は、うまく仕 事にありついたのか、以下で検討していきたい。
4.カラムディ村における農村経済の変化
本研究が対象とした42世帯209人の住民のう ち54人が、調査開始時に子どもあるいは乳幼児 であった人々である。2019年の調査時では、全 ての人々が成人しており、①教育―職業接続を果 たした人々、②教育を継続している人々、③教育 経路をドロップアウトし、就農あるいは結婚した 人々、と大まかに3カテゴリに分けられる。まず、 この20年間で、村の生活、経済、教育に関する 指標がどのように変化したのか見ていく(表1)。 この表からわかることは、キャッシュフローが 大幅に増加していることである。かつて村では、 自家で生産した農作物をハットと呼ばれる村内の 定期市において売るか、自転車に載せて村を一周 すれば、生活に必要な他の農産物と物々交換する などが可能であった。また床屋の料金を野菜で支 払うことも可能であった。しかし、2019年時点 でそうした習慣はなくなり、へき地農村であって も貨幣経済が浸透したことをうかがわせた。 表1を見ればわかる通り、世帯員は微増にも関 わらず、現金収入は爆発的に増えている。これは 一人ひとりの収入が増大したことを意味してい る。また、へき地農村では、農地を保有した場 合、農作物を生産、自家消費分を確保したあとは 販売することで生活費を得る形が多かったが、土 地を手放し、農地によらない生計のあり方が進行 していることがわかる。農地の価値を何より重視 してきたへき地農村における動きとしてこれは重 要な動きである。おそらくは、肥料の値段、人件 費、その他維持費も上がってしまい、農業の採算 がとりにくくなっていることが原因の一つであろ う。2010年における調査では、商品作物として のタバコの作付けが激増し、各世帯の家計を潤し たことが確認されているが、莫大な肥料のための 借金がかさむことも確認されている。また2019 年調査時まで一貫して借金の理由は、土地購入、 農業ランニングコスト、自己雇用ビジネスの資金 表1 標本調査世帯における世帯員、土地、キャッシュフローの20年間の推移 1999年 2010年 2019年 備 考 標本調査世帯員数(人) 209 237 230 世帯員若干増 99年から残る世帯員 ― 169 129 土地所有(ビガ) 78.53 80.75 58 土地を売る世帯が増 借地(ビガ) 42.35 47.75 47 貸地(ビガ) 33.18 17.75 5 現金収入総額の推移(タカ) 1,160,565 3,608,800 8,882,640 現金収入大幅増・借金も大幅増 月間生活費の推移(タカ) 96,714 300,733 657,267 年間借金額の推移(タカ) 112,400 459,000 2,264,000 (注)1ビガはサッカーグラウンド1つほどの面積。1タカは2.0円(1999年)から1.4円(2019年)で推移。 (出所)1999年、2010年、2019年現地調査データよりなど農業あるいは農業関連雑業に関わるものであ る。こうしてみると村人たちの生活は、いまだに 農業に深い関わりがあるが、表2の職種の変化を みてみると、20年をかけて農業と雑業の職種は 減ってきており、代わって月々の現金収入を伴う 職種が増加してきている。つまり、この村ではへ き地農村であるにも関わらず、人々の生活様式に は「脱農」ともいうべき動きがあることがわかる。 表2 カラムディ村標本世帯における職種数の変化 農 業 及 び 農 業 関 連 雑 業 1999年(16業種) 2010年(13業種) 2019年(11業種) 農業 労働者 農業生産ビジネス バナナビジネス 生乳ビジネス 家畜飼育 ナッツビジネス 野菜ビジネス 雑貨ビジネス マスタードオイルビジネス 脱穀所 穀物ビジネス 小麦脱穀所 越境交易(牛・作物) バッグビジネス アイスビジネス 農業 労働者 農業生産ビジネス フードフォーワーク マスタードオイルビジネス 大工 脱穀所従業員 脱穀所 穀物ビジネス ブランケット縫製 材木ビジネス 砂糖ビジネス ナッツビジネス 農業 労働者 牛ビジネス 土地貸し 家畜飼育 米・ジュウトビジネス 材木ビジネス 建築業 脱穀所 砂糖ビジネス 野菜ビジネス そ の 他 雑 業 1999年(11業種) 2010年(12業種) 2019年(13業種) ブランケット縫製 材木製材所労働者 テイラー 清掃人 家事労働者 銀製食器ビジネス アクセサリービジネス 小規模茶屋経営 交通業 リキシャドライバー(農産物運搬用) ドレスメイキング 店員 薬局店経営 塗装工 内装工事 リキシャドライバー(農産物運搬用) エンジン付きリキシャドライバー 小規模縫製業 小規模茶店経営 銀製食器ビジネス テイラー 縫製業 携帯電話ビジネス 店員 塗装工 内装工事 リキシャドライバー(農産物運搬用) エンジン付きリキシャドライバー 家屋修理 電気修理 服ビジネス エンジン付きリキシャドライバー 小規模茶屋経営 テイラー 銀製食器ビジネス 交通業 定 期 の 現 金 収 入 を 伴 う 業 種 1999年(8業種) 2010年(8業種) 2019年(16業種) 運転教習 家庭教師 教師 高校事務員 火器職工 陸軍 国境警備隊 出稼ぎ(海外) バスケットボール選手 用務員 土地登記事務 高校事務員 陸軍 国境警備隊 出稼ぎ(国内) 出稼ぎ(海外) 土地登記事務 縫製会社社員 陸軍 たばこ会社社員 製菓会社社員 カレッジ事務員 小学校事務員 陸軍退職者 高校教師 マドラサ事務員 モオラナ(宗教関係職) マドラサ教師 出稼ぎ(国内) 出稼ぎ(海外) 繊維機械技師 ツーリストガイド (出所)1999年、2010年、2019年カラムディ村現地調査より
また、表2にある定期の現金収入を伴う業種は、 一定の学歴を要する。 つまり、2019年調査時点では、この村の経済 が、遅まきながら農業から近代部門へ移行しつつ ある状況がみてとれる。
5.調査対象村の教育格差縮減に関する縦
断調査結果
上記の状況に対して、政府が施策してきた EFA の諸施策は時宜にかなったものだったといえる。 (年表)にある通り、1990∼2000年代を通じて、 村内教育機関の数は4校から16校に増加し、「教 育開発されてきた」ことが見て取れる。また、表 3を見てもらえばわかる通り、親世代の学歴は確 実に上昇しており、経済変化と軌を一にするよう に、学歴を要する職に就きやすい教育環境が整備 されていったことがわかる。また、図1でも示し た通り、国民に GPA に基づく学歴が与えられは じめた傾向と、程度の違いはあるものの同様の傾 向がこの村にもある。では、かつて貧困層であっ た世帯の子弟たちは、この、不十分ながらも整備 された教育制度を通じて何らかの自己実現が達成 されたのであろうか。この村で起こっている農業 部門縮減と現金収入増加、すなわち近代部門の萌 芽的増加という動きに貧困層の人々は乗っていけ たのであろうか。この動きに乗るためには、学 歴、教育歴を取得した貧困層の人々が、「学歴を 活用して職を得る」という行動様式、すなわち本 来的な意味での教育制度受容に至る必要がある。 仮にそうなってないのであれば、貧困の再生産と なり、格差が拡大することになるだろう。 本研究では、標本世帯の年間収入、及び世帯主 (年表)カラムディ村における学校設立の歴史 1920 カラムディ政府立小学校 1970 ジャパニ登録私立小学校 1973 カラムディ中・高校(前期中等教育) 1974 カラムディアリアマドラサ(宗教校) 1991 カラムディ第4小学校 1994 サテライト小学校(後登録私立小に昇格) 1999 私立カラムディ KG 小学校 2000 カラムディカレッジ(後期中等教育) カラムディコンランプルジュニアカレッジ(前期中等教育) カラムディガールズカレッジ カラムディマスパラ小学校 2007 BRAC スクール2校(後閉鎖) 2010 私立プロゴティ小学校 2012 私立ビションアカデミー小学校 2019 私立キシュロイアカデミー小学校 (出所)1999年、2009年、2019年における著者フィールドワークより。 表3 親世代の学歴の推移(人) 1999年 2010年 2019年 未就学 60 65 28 小学校 24 46 54 中学校 12 21 33 中学以降試験合格 1 3 10 カレッジ 2 3 7 マドラサ 0 2 4 (出所)1999年、2010年、2019年カラムディ村現地 調査よりあるいは成人した家計負担者の職業などの、主と して家庭経済のデータをもとに、1999年調査時の データをもとに、相対的に富裕な上位階層9世 帯、中位階層20世帯、そして貧困といえる下位階 層10世帯に分類したうえで分析してきた。当然な がら第一階層ほど収入が多く、広大に土地を所有、 あるいは公務員や会社員など、定期収入源をもつ 世帯員が多い。一方、下位階層ほど収入は少な く、ブミヒンといわれる土地なし農民となってお り、土地を保有する世帯で、農業労働に従事する など経済的に従属して生計を立てる場合が多い。 ここでは調査開始時に子どもあるいは乳幼児で あった54名の標本世帯員のライフコースについ て、①教育―職業接続を果たした人々、②教育を 継続している人々、③教育経路をドロップアウト し就農あるいは結婚した人々に分け、貧困層の 人々がいかに変容させたか、つまり社会移動など の 格 差 縮 減 に 至 っ た か、至 ら な か っ た か、に フォーカスして分析していく。標本世帯の中には 多くの子どもをもつ世帯もあったが、ここでは便 宜的に第4子までを分析対象としている。また紙 幅の都合上、全ての子どもの分析を掲載できない ため、各カテゴリをまとめた分析と、代表的事例 について詳細を掲載していきたい。 ⑴ 教育―職業接続を果たした人々 調査開始時、子どもであった54名中、11名が 教育歴を活用する形で職業を得ている。階層毎の 内訳は、上位階層5名、中位階層4名、下位階層 2名であった。1万人規模の村での54名は、標本 数としては物足りないが、詳細なインタビューを 伴う縦断研究からはいくつかの重要な知見がみら れる。 まず、1999年の調査開始時、及び2010年にお いて、親に子どもの将来的な教育と職業の願望に ついて聞き取りを行っていたが、上位階層ほど明 確な回答をしている。親にも学歴がある場合が多 く、中等教育までは経験している場合が多い。そ ういった親の場合、どういった学校が良い教育を してくれるか、また、費用はどのくらいか、と いった細かな情報まで知っている場合が多く、ま た何より、教育を受けさせる資金力がある。 A(27歳:男性)は標本世帯のなかでも上位 階層の世帯出身で、2019年時点において、ダッ カの縫製会社で、機械技師をしている。この村の 実家にも毎月5,000タカ程(約7,000円)を送っ てきている。また、世帯員の全員が中等教育経験 者という、村の中では高学歴一家である。Aは、 同世帯に住む父親と叔父が陸軍と国境警備隊に所 属していたため、比較的裕福であった。1999年 調査当時、父親に対してAの将来的なビジョンに ついてインタビューしたが、エンジニア関係のカ レッジに行かせ、エンジニアにさせたいとする明 確なビジョンを有していた。Aは中等教育から ダッカに行かせてもらい、そのままエンジニアリ ング・ディグリー・カレッジに進学、BA という 学部卒業の学位を取得し、村人の紹介をうけた。 BA をもっていたため、スムーズに現在の会社に 就職した。 次に、中位階層のケースも紹介しておく。M (30歳:男性)は、2019年時点で、ガンニという、 村から車で40分ほどの場所にある不動産の登記 事務所に勤めている。1999年調査当時は、農業 と農産物ビジネスに従事する父親の収入が7,500 タカと、どちらかというと下位階層に近いもので あった。父親には中学9年までの学歴があった が、子どものライフコース・ビジョンに関して は、明確な回答がなかった。そしてその父親は、 2010年の調査時、亡くなっていた。2005年に、 落雷によって即死したということであった。一 人っ子であったため、周囲の助けも借りながら、 父親が残した1ビガ(サッカーグラウンド1面ほ ど)の土地を活用した農業所得、アヒルの飼育・ 販売による収入、土地登記事務所のアルバイト収 入など、工夫して収入源を確保、ガンニにある ディグリー・カレッジを卒業したのち、さらにク シュティアという、遠方にあるカレッジで MA (バングラデシュでは修士だが日本では学部相当) の学位を取得した。Mはそのまま不動産登記事務 所に就職し、忙しい日々を送っているという。収 入も兼業農として、186,000タカの収入がある。 これは村の平均を若干下回るが、何とか生活を送 れるレベルである。現在では結婚し、妻と子ども がいる。未亡人となってしまった母親との4人家 族を養っている。 また、下位階層からもこのカテゴリに入ってき た者が二名いる。S(22歳:男性)は、2019年 時点で、ダッカにある縫製会社の社員として管理 部門で働いている。給料は月に8,000タカである。 もともとSの両親ともに就学経験が皆無であった ため、子どもの将来的なビジョンを見通すことは
できていなかった。そのため、教育についても、 バングラデシュ農村ではありがちな放任主義とな り、小学校を卒業したのは13歳と、通常より3 年遅れていた。しかし、中学校では比較的真面目 に学び、成績は GPA が4で、SSC 試験はAと、 良好な成績を残した。そのため、村内にあるカラ ムディカレッジに進学、2年学んだ後、HSC 試験 を受けた。カレッジではあまり真面目に学習して いなかったため、英語と ICT の科目を失敗して しまった。その後、ICT は合格したため、あと は来年(2020年)に英語を受験し、HSC を取得 するつもりであるという。その動機は、より良い 待遇である軍隊に転職したいというものであっ た。それだけではなく、HSC 取得によってかな り職業選択の幅は広がるからだという。 また、N(25歳:男性)は、2019年時点でダッ カの無認可マドラサの教員を務めている。Nが 11歳のときに父親が亡くなってしまったが、上 の兄二人が学校を辞め、農業労働及び分益小作に 従事、タバコの作付けブームが始まったときで あったため、飢餓的貧困には陥らずに済んだ。N は村の政府立マドラサに通うことができたうえ に、遠方であるチッタゴン県のハタザリマドラサ という、国内で最も有名な無認可のマドラサに入 ることができた。ハタザリマドラサへは、15,000 タカという、貧困層にとっては途方もない額の年 間校納金を納めなければならなかったが、兄二人 が働いていたことと、村のマドラサや、村人たち が寄付をしてくれたために、マドラサの教育を継 続することができ、ダウラ・ハディスという、イ スラーム教育における高位の学位を取得すること ができた。ただ、給料はそれほど高くはないた め、実家に仕送りができているわけではない。 このカテゴリにおいて明らかになったのは、上 位・中位階層と下位階層では、明確に戦略が異 なっていることである。後述するが、下位階層か ら、毎月給与を得る賃金所得者になることは容易 ではない。というのも、学歴を得ることが困難で あることも一つであるが、バングラデシュでは、 未だに公務員ですらもある種のパトロン・クライ アント関係が幅を利かせており、政治力がある親 戚・親族が近くにいれば、多少学歴に見劣りが あっても有利になってくる。また世代を経ると、 パトロンとクライアントの関係が逆転し、親族間 で「関係の貸し借り」をするのである。上位階層 であれば、そうした有利なコネクションがあると ともに、豊富な資金力によって、子どもたちは充 実した教育が受けられる。 先述のAはその代表的な事例であり、過去にイ ンタビューで述べられたライフコース・ビジョン を綺麗になぞる形で職を得ている。おそらくそれ に相応しい家庭での教育も受けてきていると思わ れる。次に中位階層のMの事例では、おそらく本 人に相当の才覚があったのだと考えられる。ベン ガル農村では、父親が亡くなってしまえば、かな り厳しい生活を余儀なくされるのが通例である が、父の死亡時、既にMは16歳になっており、 働ける年齢であったこと、また、働きながら学校 へいくという判断が自分でもできたこと、さらに 母親との二人が暮らせればよかった身軽さなどが 起因したと考えられる。 さて、下位階層のSの事例であるが、「本人の 頭がよく、成績が良かった」というのは下位階層 の人々が、子どもの教育を継続させる理由の一つ である。通常であれば、HSC も失敗したところ で受験をやめてしまう子どもが多数いるが、Sの 場合は自覚して努力を怠っていない。次にNは、 少数派ではあるが、宗教教育トラックである無認 可マドラサの経路を通じて宗教関係職を得てい る。こちらは、兄二人が農業に回ってNを支援す る形をとっている。これはバングラデシュの貧困 層世帯がしばしばとっていた教育戦略である。 「とっていた」というのは、昔は5∼10人兄弟と いうのも珍しいものではなかったため、多少土地 を保有していたとしても全員を中等、高等教育ま で受けさせることは困難であった。そのため、最 も優秀な子弟に教育を受けさせるべく、あとの きょうだいは農業に従事し、教育費を捻出してい たのである。 本項を小括すれば、下位階層世帯の子弟が学歴 を活用して職を得るためには、まだ人並みの努力 では難しい段階にあり、特別な才覚を必要とす る。また EFA による教育制度拡充という前か ら、例外的に「成績が良い貧困層の子ども」とい うのは存在していたので、格差が縮減したかとい えば微妙なところである。しかし、確実にいえる ことは、村内において、初等教育のみならず、か つては無かった HSC を取得できるカレッジまで 整備されたことは、村人たちにそのカレッジに進 学して職を得る、というビジョンを与えたといえ るだろう。また、親世代の学歴も着実に上がって きている現在、ここでみたような教育の意義を理
解する子どもが増加する可能性がある。また、S やMのような、低位階層から成功した事例は、村内 にまだ存在すると考えられ、一つのロールモデル となって村人たちの中で情報共有されるであろう。 バングラデシュは、英領時代に植え付けられた 学歴意識の強い社会であるが、下位階層の農村の 人びとはもともと自らを蚊帳の外に置いていたと 考えられる。しかし、こうした事例の存在によ り、下位階層の村人たちも、積極的かつ実際に学 歴を身に着けようとする動きが農村でも活発化す る・していると考えられる。こうした、南アジア の「新・学歴社会」は興味深い研究対象となって いくはずである。 ⑵ 教育を継続している人々 20年間の縦断研究の場合、42世帯の標本世帯 中、全ての「元」子どもたちは成人しているが、 なお教育を継続していた者も3名あった。K(男 性:26歳)は、2019年調査時、26歳にして HSC 取得目前になっていた。Kは、9歳のとき、小学 校4年生でドロップアウトを一度経験した。しか し、Kの兄が教育を継続し、SSC に合格したこ とに奮起し、自分も SSC を取得すべく、16歳に して小学校4年生から入りなおした。そして26 歳にして、ようやく HSC 試験までたどり着いた という。これには、強い意志で教育を継続してい た兄の存在が大きいという。兄は現在家を離れて いるが、HSC を取得し、内装業の会社に就職、 月に22,000タカを稼いでいるため、自分もその 会社に入りたいと考えている。1999年調査時、7 歳で未就学であったKの父親は、2ビガの農地を 保有し、自家消費用の穀物と、最低限の現金収入 で生計を維持していたため、本世帯は下位階層に カテゴライズしていた。この事例の存在は大き く、教育開発の進展により、教育コストが低下し たため、下位階層の子弟でも教育が続けられると いう証左となる。 次は、ある意味「成功例」である14名の元子 どもの中で唯一の女性の事例である。N(21歳: 女性)は、2019年時点で、ラジシャヒという国 内有数の都市にある、ラジシャヒカレッジという 有名なカレッジに学んでいる。単身、寮でカレッ ジの友人たちと一緒に住んでいるという。両親と もに MA を取得しており、父親は高校の事務員 をしていたため、かなり教育への意識は高かっ た。カラムディ村の教育のあり方からすれば、当 時 と し て は 異 例 な 高 学 歴 で あ っ た。そ の た め 1999年当時、既に長兄をインドのコルカタの大 学に行かせていた。親の意識としては、村の教育 の質に疑問を持っており、子どもの教育のためガ ンニに移住する予定であると回答していた。その ため、2019年の調査時には世帯データが得られ ていないが、Nの消息についてはデータを得るこ とができた。Nには弟がおり、現在ガンニにある レベルの高い私立中学に通っているという。村内 のカレッジにはそれなりに女子が通っているが、 村外の、それも遠方に単身で進学することはこの 村では異例なケースだといえる。なぜなら、村内 であれば、結婚が親同士の協議で決まれば学校を やめさせて、嫁にやってしまうからである。これ は、上位階層ほどその傾向が強い。またムスリム の場合、結婚は宗教的義務であり、一定の年齢に 到達したらしなければならないものとされている ため、結婚のあり方は、12―3歳といった極端な 早婚はなくなったにせよ、15―6歳というケース は、初回調査時から20年経過した現在でもよく 見られる。1999年当時、筆者の認識ではまだ幼 かった女の子たちが、2010年の調査時には大き な子どもが2―3人もおり、すっかり母親の顔をし ていたのには驚かされたが、村で10年間も経て ば、女性が大人になり子どもを2―3人もつこと は、村ではごく普通の時間的流れといえ、そうし た中でNが22歳となっても教育を継続していた ことは異例なことであった。 本項において観察されたKの事例では、兄が ロールモデルとなっており、前項のSやMがロー ルモデルになるのではないか、という考え方に通 じるものがある。ここまででわかったことは、下 位階層が教育開発の果実を受け取る兆しは、確実 に芽生えているといえる。というのも、こうした へき地農村であっても、職業に就くとき、あるい は進学するとき、村外に出ることを厭わなければ 可能なロールモデルが現れてきており、それらは いずれ村人たちに共有、模倣されていき、学歴と 職歴のリンケージ部分が大きくなっていくことと 推測される。しかし、一方で女性の教育―職業接 続については、未だに未開発であるといわざるを 得ない。その分析は以下の項において行う。
⑶ 教育経路をドロップアウトし就農・就労した 人々及び結婚した女子 このカテゴリが最も多く、54名中40名である。 R(38歳:男性)は、上位階層の子弟であり、 高校までは進学したものの、学業に興味を持てず にドロップアウトした。その後、自立するために 村内に小さな服の店をひらいたが、家計に貢献で きず、新たな仕事を探していたところ、小学校の 事務助手の職を見つけ月に13,000タカの収入が あるという。また、世帯で4ビガの土地を保有、 6ビガを借地もしているため、農業も忙しくして おり、タバコと野菜といった商品作物の作付けに よって、年間の世帯収入は537,000タカと、かな りの水準である。 次に、C(25歳:男性)は、2019年調 査 時、 カタールにおいて建設業に従事している。1999 年の調査時、小学校1年生であったが、たまにし か登校しないイレギュラーといわれる状態であっ た。親いわく、近所の子どもたちと遊んでいて、 学校に行こうとしなかったという。ある日、行く ように強く促したところ、泣いてしまったので、 親としても泣いてまで行くほどのものでもないと 思い、放任したということであった。そのような 状況で中学7年生までなんとか通ったが、ドロッ プアウトして、農業労働に就いた。そして、16 歳で結婚した。2010年ごろ、もともとは同世帯 に住み、ドバイに出稼ぎに行っていた叔父から手 ほどきをうけ、自分はカタールに出稼ぎに行っ た。カタールからは、月に13,000タカを送って きている。中位階層に属しており、そこまで厳し い家計ではなかったはずであるが、近隣に住む親 せきが移り住んできたため、家計が厳しくなり、 Cの教育がおざなりになってしまったことがド ロップアウトした原因であるという。ただ、これ もドロップアウトすることに悲壮感はなかったも のと思われる。なぜなら、中東をはじめとする海 外への出稼ぎは、学歴とは関係なく、先方に親族 など信頼できる仲間がいるか、またビザ取得のブ ローカーが悪徳でないか、ということにのみ左右 される。首尾よくビザが取れれば、着の身着のま まで出稼ぎの国に赴き、あとはバングラデシュ人 コミュニティの誰かの家に寄宿しつつ、仕事に従 事していくことになる(その仕事もコミュニティ が世話をすることが多い)。職種によっても違う が、月 に25,000タ カ∼30,000タ カ の 収 入 と な り、半額程度を送金するようである。 最後に、一例を除き全ての女子(54名中27名) が教育経路を外れ、早めに結婚していたという結 果についてである。彼女たちの経歴は上位、中位 階層の場合は概ね中等教育をドロップアウト、下 位階層の女子の場合は、初等教育でドロップアウ トするケースが多い。例えば、A.I(21歳:女性) は、公立マドラサの5年生まで進んだが、20歳 になる前に結婚が決まり、ガンニに嫁いでいっ た。この A.I の家は、無認可マドラサを経て現在 ダッカのマドラサで教師をしているNの出身世帯 であるが、男子の場合、有名なマドラサに進学を 希望すれば、世帯はおろか、地域や地元のマドラ サが懸命に金銭的支援をしてくれるのに対し、女 子にそうした地域の支援があることは、少なくと も筆者はみたことがない。つまりそうした婚姻慣 習に従属する層は未だ厚いということである。 このカテゴリに属する人々のうち、男性は、確 かにドロップアウトして、就業・就労している。 むろん、農業は辛く、ランニングコストの高騰に よって採算がとれなくなってきた仕事ではある が、商品作物を作付けすれば、いまだに大所帯が 食べていくことも可能な仕事ではある。また、首 都や海外への出稼ぎは学歴とリンケージがない。 そのため変な話ではあるが、学校をドロップアウ トしたとしても、受け皿となる農業や出稼ぎがあ るがゆえに、安心してドロップもできるというわ けである。またドロップしても収入自体は維持で きる。 このカテゴリで、教育開発が貢献したこととい えば、40名中24名が中等教育の就学経験者と、 過半数になるに至っている(低いかもしれないが) ことであろう。本人たちへの直接的なメリットは なかったことになるが、就学経験自体は、次世代 に継承されていくと考えられ、就学の規範化とい う点で貢献があった、またはこれからある、と考 えるべきであろう。
6.おわりに
やはり、貧困層が背負っていたディスアドバン テージは重いもので、基本的に下位階層におい て、教育―職業接続のリンケージ部分が大きく なっているとはいえなかった。つまり現時点で教 育開発は、格差縮減に明らかに作用しているとは いえない状況である。第5節⑴でみた「成功例」たちのうち下位階層の2事例では、未だに、成績 の良い一人を他のきょうだいたちが働いて支え る、という旧来の教育戦略、あるいは、才覚ある 個人が粘り強く教育を継続した結果、到達した教 育―職業接続であったといえる。しかし54名中 40名という大多数の元子どもたちは、初等ある いは中等教育を修了までいかずに、農業・農業関 連雑業、女子にあっては結婚するほうがまだ多い という結果になっている。この背景には、親の学 歴がほとんどない状況で、子どもの教育への理解 を 得 る こ と が で き な か っ た で あ ろ う 点、ま た EFA 最盛期に、村内にカレッジができるまでは、 中学を出た後さらに高校に行きたければ、村外に 寄宿しなければならず、その費用負担は貧困層に とって、現実からはかけ離れたものであった点が あった。そしてそのことが、下位階層の村人たち が自らを教育制度の蚊帳の外に置いていた原因で もある。さらにへき地農村という地域性は、定期 的な現金収入のある職を求めていく際に、どうし ても村外あるいは海外に行かなければならないた め、そこには高い壁が存在していると思われた。 近郊農村であれば、都市経済圏に毎朝通勤するこ とも不可能ではない。しかしへき地では、住まい を移すという、思い切りの良さが必要とされる。 そこで思い切ることができるようなら、親類に海 外出稼ぎ者がいれば、手ほどきを受けるなどのこ とができるし、首都ダッカの会社などに顔がきく 人物が知り合いにいれば、そのコネをつかって就 職に口添えしてもらうこともできる。そのため、 現金収入へのアクセスは、教育制度という経路だ けではなく、教育に拠らない経路もいくつかある のである。 男性がそういった状況にある一方で、単身で働 きに行くことが女性には困難であり、一例を除い て全員が結婚、それもかなり早い段階で結婚して いた、という現実があった。日下部(2020)にお いても指摘しているが、教育―職業接続が相成っ たケースはことごとく男子であり、これは女子の 婚姻慣習が大きく関与していた。中学校を卒業し てしばらくすると、15―6歳程度となり、村にお いては結婚適齢期となる。このことが大きく作用 し、ジェンダーの主流化が阻まれていたのである。 そうした厳しい現実がある一方、基本的に「兆 し」という表現でしか表すことはできないが、教 育―職業接続の新しいロールモデルは間違いなく 萌芽してきており、今後、村人たちの就学から修 了へのアスピレーションとなる可能性は高い。と いうのも、EFA 関連政策が後押しして、教育制 度が整備されたことはやはり大きく、とりわけ村 内にある安価な中等教育は、村人の中等教育コス トを下げた。このことは、単に導入されたという 事実のみならず、村の子どもたちの将来のライフ コース・ビジョンをより明確に描けるようになっ たことを意味する。その証拠に、たしかに中等教 育の学歴を有する人々は、上位下位を問わず増加 しており、そうした人々が増加していけば、必然 的に、現金収入のある職にアクセスする人々の確 率も高まっていくだろう。今現在、下位階層の 人々も、学歴取得をするような傾向になってきて おり、へき地農村における経済的社会的格差が縮 減する方向性にあるとみることもできる。しか し、今後とも「貧困に留め置かれた人々」におい て教育制度が機能していかなければ、経済成長の 重荷となる可能性もまたある。そのためには、へ き地農村に合った新しい教育政策、例えば、村外 への就職のための進路指導プログラムを導入する など、教育された人材が適切に大規模経済圏へと 移動し、国家経済を活性化していけるような動き に持っていく必要性があるだろう。また、教室レ ベルでは、貧困層からきた生徒たちは途中で興味 を失ってしまわないように、学習改善プログラム を導入し、教師の質を上げるような教育政策も あってよいのではないか。 今後は、近郊農村などの20年後を調査し、比 較研究のための資料を収集、本研究との架橋的研 究を行い、精度の高い分析を目指していきたい。
謝辞
本研究は、科学研究費補助金「アフリカ・アジ ア諸国における教育の普遍化と格差に関する国際 比較研究」(基盤A)19H00620代表:澤村信英、 の助成を受けたものである。記して感謝したい。参考文献
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Abstract
Contribution of Educational Development to Reducing Economic and Social Disparities in Rural Bangladesh: From 20 Years of Longitudinal Research Results
Tatsuya KUSAKABE Hiroshima University E-mail:[email protected]
The study analyzes how the disparities among the rural people in Bangladesh were improved after Education for All(EFA)policies in the 1990s, through a 20 years longitudinal study method.
The study employs an analytical framework of longitudinal data. Its first step consists in creating re-gional education monographs through fieldwork in 1999, 2009, and 2019 in Karamdi village situated near the Western border area of Bangladesh. Since the village is located in a remote rural area, the liveli-hoods of the villagers basically depend on agriculture or agricultural industries. The author has col-lected the household data by using the scheduled census survey which consists of 25 questions mainly focusing on the household’s economy and the education of their children. The sample comprises 42 households. Second, the study analyzes educational transitions between 1999, 2009, and 2019 in the vil-lagers based on a longitudinal and comparative analysis of each fixed-points of the village monograph. Particularly, the study focused on how the targeted poor households obtained fruitful results from edu-cational development. More specifically, the study tries to confirm the existence of some children who successfully accessed further education or job with monthly income through the school education sys-tem.
According to the research result, the 40 children out of 54 in the sample households dropped out from school before completion, and while most of the boys have become farmers, most of the girls got married under the age of 20. Therefore, the study concludes that the impact of educational develop-ment in the remote rural setting is still limited. On the other hand, this study found two children who finished their studies were employed in monthly paid jobs earned through the school education system, despite being among the poor. Those cases can represent new role models for most of the other chil-dren in the village.