―ベネチアのリアルト市場と仙台朝市を事例として
著者
河野 奈津美
雑誌名
東北人類学論壇
号
18
ページ
60-90
発行年
2019-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/00126915
60 研究ノート
市場における人間関係の構築に関する人類学的研究
―ベネチアのリアルト市場と仙台朝市を事例として
河野奈津美
1. はじめに
市場は世界中にある。当初の計画から2 年遅れた 2018 年に、築地から豊洲に移 転した巨大魚市場は、記憶に新しいだろう。魚だけでなく肉、野菜・果物、スパイ スといった食料品から衣料品、骨董品、食器、宝飾品に至るまで、今日も各国各地 域の市場であらゆるものが売り買いされている。国内外を旅行して市場に足を運ぶ ことで、市場をフィールドとした民族誌を読むことで、筆者は市場がもつ独特の雰 囲気に惹かれてきた。そして、いくつかの疑問を抱くようになった。なぜ売り手は、 隣り合う他店と同じような商品ばかり売っているのだろう。客の奪い合いといった 競争は生まれないのだろうか。買い手はどのようにして連なる店舗群、所狭しと並 ぶ商品から自分が買うものを選ぶのだろう。目移りしたり、決めかねたりしないの だろうか。 筆者のこのような疑問に対し、すでにいくつかの人類学的研究が言及し、示唆的 な答えを提示している(Geertz 1978; 田村 2009; 大坪 2013; 宗野 2014; 渡部 2015, 2016)。モロッコのバザールで、トルコの定期市で、イエメンのカート1市場 で、ウズベキスタンの手織り物売買の場で、ネパールの宝飾品市場で、人類学者た ちは売り買いの様子を観察し、分析してきた。しかし市場の人類学的研究のほとん どは、第三世界や小作農層・植民地社会で行われてきたのであり(ベスター 2007: 88)、 市場経済が浸透した今日のいわゆる先進国の都市に開かれた市場をフィールドとし た研究は、ベスター(2007)の『築地』のほかに、筆者が探した限りにおいて見つか 1 カートは紅海を挟んだ東アフリカとイエメンで主に栽培され、その新鮮な葉を噛むと 軽い覚醒作用が得られる嗜好品である(大坪 2017: 16)。61 らなかった。市場経済が普及する都市の市場にこそ、あえてそこで売り買いを行う 人たちに焦点を当てる意義があるのではないか。このような視点から2 つの都市の 市場を観察すると、そこでは冗談を頻繁に交しあいながら築かれる、中期的なやり とりの経済が立ち現れていることに気がつく。筆者はこれに「冗談の経済」と名付 け、その実態と効果を論じる。
2. 問題の背景
本稿では市場における人間関係とそこで交わされるやりとりに着目し、それが人 類学の分野で論じられてきた経済領域にいかにあてはまるのかを議論する。 これまで市場をフィールドとした人類学的研究は、そこでの売り手―買い手関係 を対象に、信頼や価格交渉を論じてきた(Geertz 1978; 田村 2009; 大坪 2013; 宗 野 2014; 渡部 2015, 2016)。しかし筆者が 2 つのフィールドで見てきたのは、この 二者間関係だけでは語りきれない市場の文化と、それを可能にする常設の生鮮食品 小売市場の特性だ。商品に関する質問に店員が快く答え、価格が明示され、基本的 に値段交渉の必要がないリアルト市場と仙台朝市において、熱く/厚く議論されてき た信頼関係構築や価格交渉の過程は、どれだけ適応可能な視座といえるのか。ほか に注目すべき点があるのではないか。本研究では、先行研究で見過ごされてきた市 場を行き交う人たちも議論の俎上にのせ、市場ではそこで売買を行うか否かよりも、 頻繁に顔をあわせる相手かどうかがコミュニケーションのとり方に影響を与えるこ とを明らかにする。市場で働く売り手同士、市場を日常的に利用する客と近くで働 く人たちの間では、冗談を含むある程度共通したふるまいが見られる。しかし、市 場で買い物をするにもかかわらず、外国人観光客はそのふるまいを共有できないの だ。 本研究は経済人類学分野で議論されてきたサーリンズ(1984)の「互酬生と親族居 住圏」に、市場経済とモラル・エコノミーという経済領域を対応させる。そしてそ の経済領域の中に、市場における人間関係を構築するやりとりを位置づけることを 試みる。62 (1) 互酬性と親族居住圏 互酬性とは、贈与と返礼のサイクルを促す人間社会の原理を意味する(山本 2010: 52)。サーリンズ(1984: 233-235)は、社会的距離に応じて 3 種類の互酬性を説明し た。 互酬性の軸を見るとき、一般的互酬性が肯定的な極で、否定的互酬性が否定的な 極であることはいうまでもない(サーリンズ 1984: 229)。そのちょうど中間に、均衡 的互酬性が位置する。互酬性の両極間の距離とは、社会的な距離に他ならないのだ (サーリンズ 1984: 229)。この互酬性と、以下で説明する経済領域の対応関係を提示 し、本研究の視座を明確にする。そのために、まずは経済人類学において議論され てきた経済領域について説明しよう。 (2) モラル・エコノミー モラル・エコノミーとは、東南アジアの農村社会での農民の行動様式を観察した スコット(1999)によれば、農民の経済的公正についての観念だ。スコット(1999)は、 自身のアイデアがチャヤーノフ(Chayanov 1966)に依拠するところが大きいと述べ ている。資本主義的企業とは異なり、農家は生産単位と消費の単位が共通している た め 、 農 民 は サ ブ シ ス テ ン ス(生存維持)2を 重 視 す る 独 特 な 経 済 行 動 を と る (Chayanov 1966)。この考えをもとにしたモラル・エコノミーとは、具体的に①農民 の「生存維持(サブシステンス)の権利」の保障と、②互酬性の規範という 2 つの道徳 的原理に基づく、コミュニティーレベルでの財の共有や取引のことである(スコット 1999)。資本主義や市場主義とは相容れないある種の文化的特性が強く維持される理 由は、農民たちがモラル・エコノミーにしたがって行動するからだ(松村 2007: 73)。 東南アジアの農村共同体の成員の間で、サブシステンス、つまり生存維持は保障 されるべきだという道徳的規範がある。その規範を実際に成り立たせているのが、 互酬性だ。これらは村落レベルの相互扶助の仕組みから、領主や地主と農民の間に 見られるパトロン・クライアント(保護者・被保護者)関係にまではたらいており、さ まざまなレベルにおいて、生存の危機にさらされた農民が生き延びられるよう機能 2 嶋田(2007)は「サブシステンス」を「生存維持」と訳す。「自給自足」という訳で は、英語にある厳しいニュアンスが伝わらないため(嶋田 2007: 79)。
63 してきた(スコット 1999)。富の分配を支えるモラル・エコノミーは、商品交換とつ ねに対置されるかたちで、あるいはそれとの差異というかたちで初めて取りだすこ とのできる行為の一形式だといえるかもしれない(松村 2007: 72)。モラル・エコノ ミーは、どこにも見られる普遍的な現象だが、それは歴史的な時間および空間に応 じて違った様式で現れる(ハイデン 2007: 42)。 (3) 情の経済(Economy of affection)とモラル・エコノミー 主流のモラル・エコノミー研究がカバーする以上に、現実は多様で複雑なものだ とハイデン(2007: 38)は述べる。資本主義がまだ社会に浸透せず、社会組織経済の大 部分が小規模で互酬的なものにとどまっている国々における選択と行為をよりよく 理解し分析するためには、モラル・エコノミーの概念では説明しきれない点を「情 の経済(Economy of affection)」の立場から考慮しなければならない(ハイデン 2007: 38)。情の経済がモラル・エコノミーを補完しているのだ。ハイデン(2007)の定義に よると、情の経済とは「個人では達成できない物質的・象徴的な目的を達成しよう とする集合的行為というよりも、互いに他者の公正さの感情や期待に配慮しながら 相互依存的にふるまう行為」である。情の経済は、直接的な互酬的関係(それは垂直 的関係の場合もあれば水平的関係の場合もある)の機能をもつ(ハイデン 2007: 41)。 情の経済には垂直的/水平的、排他的/包括的という次元があり、その組合せによって インフォーマルな制度を恩顧主義、カリスマ、自己防衛、共同委託という4 つのカ テゴリーに分けることができる(ハイデン 2007: 41-45)。 (4) 市場経済とモラル・エコノミー 市場経済とモラル・エコノミーという2 つの領域への着目は、資本主義経済の流 れに沿い、貨幣がもつ特徴への言及から始まった。市場経済とモラル・エコノミー に関する研究では、2 領域が独立しているのではなく、双方が複雑に絡みあったり、 片方がもう一方を含んだりしながら存在している状況が明らかになった。これはパ リーとブロック(Parry and Bloch 1989)がまとめた事例研究に端を発している。パ リーとブロック(Parry and Bloch 1989)はこの事例研究で、取引の性質は個人の競
64 合を志向する短期的やりとりと、コミュニティー3の秩序の再生産を志向する長期的 やりとりに区別されると述べた。地域や対象の異なる複数の事例の通文化検討を通 して、この短期的/長期的やりとりという枠組みの有効性を提示したうえで、贈与/商 品あるいは伝統/近代といったこれまでの議論の中核を占めてきた二項対立の解体 が行われる。人は市場経済(高利的交換)とモラル・エコノミー(利他的贈与)のどちら かに基づいて行動するのではない(Parry and Bloch 1989)。2 つの領域は、文化によ ってさまざまな方法で共存している。このような観点から見ると、資本主義経済は、 短期的やりとりを志向する循環が長期的やりとりを志向する循環を飲み込んだ経済 として捉えることが可能になる(Parry and Bloch 1989)。パリーとブロック(Parry and Bloch 1989)は、サーリンズ(1984)の社会関係に依存した互酬性の議論を、社会 秩序の再生産に関わる長期的やりとりを志向する循環と、個人的競争にともなう利 己的な短期的やりとりを志向する循環の 2 つの秩序領域へと読みかえた(松村 2007: 70)。 (5) 2 つの経済領域と互酬性の軸 消費の共同性にかかわる顕著な違いに注目して、杉村(2004: 415)は、財の共有や やりとりの背後にある東南アジアとアフリカ両地域の互酬性の規範について、東南 アジアの互酬性はサーリンズ(1984: 223-285)のいう「均衡的互酬性」と性格づけら れることを指摘した。換言すれば、アフリカでは厳密な価値の等価性を追求する東 南アジアと比べて、互酬性のあり方がおおらかで、取引のバランスに対して細かい 配慮が払われないということだ(鶴田 2007: 59)。やりとりする財の価値の等価性に こだわるか否かという違いがある理由は、東南アジアの均衡的互酬性は、市場経済 の浸透によって互酬性がサブシステンスの問題と結びつかなくなったからだと考え られる(鶴田 2007: 59)。東南アジアでは、互酬的交換が市場での経済的交換の論理 に影響されたものとなり、結果として交換の等価性に細かい注意が払われるように なっている(Tsuruta 2004)。それに対してアフリカでは、互酬性がいまだにサブシ ステンスと密接なかかわりをもつために、つまり必要量を与えたり獲得したりする 3 コミュニティーは家族、地域社会、民族のように個人の選択の裁量を超え、生まれた ときからある程度は定められたところに存在する(竹沢 2010)。コミュニティーには、 個よりも集団の決定に重きが置かれるという特徴がある(竹沢 2010)。
65 こと自体が重要なので、交換量の等価性への配慮が二次的なものとなることが考え られる(鶴田 2007: 59)。 鶴田(2007)の指摘は、市場経済とモラル・エコノミーという 2 つの経済領域をサ ーリンズ(1984)の互酬性の軸に当てはめて考えるとき、非常に示唆に富んでいる。 アフリカのように互酬性が生存維持と密接に関わるような場所では、人々のやりと りは一般的互酬性、つまりモラル・エコノミーの領域に対応する。市場経済の浸透 の度合いは、互酬性とサブシステンスの結びつきに大いに影響を与える。市場経済 の影響を強く受けている地域や状況では、人びとは均衡的互酬性に基づくやりとり をするのだ。情の経済は、共同体の中で静態的に見られてきたモラル・エコノミー という概念に対して、むしろ動態的な視点から議論を再構築する可能性を持つ(杉村 2007: 28)。静態という語を経済の分野で用いるとき、ある特定の日時における一定 の時点での状態を意味する(新村 2018c)。動態は静態の対義語で、動き変動する状 態を意味し、ある期間中に継起する事象に対して用いられる(新村 2018b)。その時々 のある時点に着目し、ものがいくついくらで売れたかを重視する市場経済は、均衡 的互酬性の中でも静態的な領域と見なすことができるのではないだろうか。ハイデ ン(2007) が提唱する動態的なモラル・エコノミーの形態である「情の経済」も含め、 サーリンズ(1984)の互酬性の種類と経済領域の対応関係を、以下のように表せると 筆者は考える。 表2-1: 互酬性と経済領域の対応関係 出所: 筆者作成
66 上の表から分かるとおり、均衡的互酬性と対応する動態的な経済領域(x)は、これ まで議論されていない。市場経済と、均衡のとれた互酬性のやりとりが行われると いう共通点を持ちながら、より動態的に捉えられる経済領域(x)を、本研究では市場 に見出し議論したい。
3. 仮名の使用
本稿では、地名と市場の名称を実名で表記する。2 つの市場について、その全体 象と立地の説明に用いた店名は実名である。しかし、二者間関係の具体的な記述の 際には、店の特定を避けるため「青果店Mr」、「青果店 Ds」というように、その店 が扱う商品の区分とアルファベットで表す。アルファベットは筆者が設定したもの であり、実名とは関係がない。小文字のアルファベット“r”はリアルト市場にある店、 “s”は仙台朝市にある店を意味する。 市場で働く店員に関しては、プライバシー保護の観点から、基本的に「店員」ま たは「男性店員」、「女性店員」と記す。「店員1」、「店員 2」という店員の後ろの数 字は、各事例の状況を説明するためその都度便宜的につけたものだ。そのため、本 稿を通して「店員1」が同一人物を指すわけではない。4. 2 つの常設の生鮮食品小売市場
生鮮食品を扱う市場には、必然的にそれらを消費する客が来る。一般消費者が購 入する生鮮食品1 つの価格帯は 100 円前後から 1000 円台で、試しに買ってみるこ とが可能な額だ。近隣住民はスーパーでの購入が難しいもの、旬の食材などを求め てくることが多い。小売市場の商品は、そこで働く店員たちが卸売市場から仕入れ てくる。そのため店員たちは朝4 時など早朝から起きだし、卸売市場に向かう。そ こからリアルト市場なら船を、仙台朝市ならトラックを利用して市場まで商品を運 ぶ。67 (1) リアルト市場 ① 全体像 陣内(2015: 95)に沿って、リアルト市場(Rialto Mercato)の歴史を手短に述べる。 現在のリアルト市場に通じるような形態は、1094 年の創設とされる。大運河(カナ ル・グランデ)の中央部にあたり、しかも川幅が狭まる地点に、12 世紀最初の橋がか けられた。この橋を越えたところにある教会前の広場の周りに、アラブ都市のスー クのように数多くの店がぎっしりと並び、密度の高い商業空間を形成した。北側の 大運河にそった荷揚げのしやすい広場には、場所をとる生鮮食品の市場が置かれた。 これが今日のリアルト市場に通じる形態である。 1997 年に開かれたベネチアの議会で、リアルト市場の衛生状況を改善することが 定められた(Fabris 2001)。この決定により、リアルト魚市場(Pescheria di Rialto)の 床下に排水装置を整備する工事が行われ、改装された市場での営業は 1999 年から 始まった(Fabris 2001)。この排水装置のお陰で営業後にホースで洗浄することがで き、リアルト魚市場の衛生は保たれている。 ② 立地 ベネチアは、イタリア共和国の北東にあるベネト州の州都であり、ベネタ干潟に 浮かぶ島である。観光の中心で歴史地区(historic center)と呼ばれる本島のほかに、 映画祭で有名なリド島、ガラス工場が多いムラーノ島、イタリア本土に続くメスト レ地区といった場所があるが、本稿では特に言及しない限り、「ベネチア」という ときにはベネチア本島を指す。ベネチアは「水の都」として人気の高い観光地であ る。 リアルト市場は、ベネチアの中心部にあるサン・ポーロ地区内のリアルト橋の袂 に位置する。本島にある市場は、このリアルト市場の1 ヶ所だけだ。リアルト橋か ら離れたほうに「リアルト魚市場」と呼ばれる特に鮮魚だけを扱う区画があり、こ こだけで6 軒の鮮魚店が集まっている。そこから橋に向かうように鮮魚店、精肉店、 青果店が続いていく。市場の北東にはカナル・グランデと呼ばれる大運河が流れて おり、これがベネチアを二分している。リアルト橋は、カナル・グランデに架かる 3 本の橋のうちの 1 本である。カナル・グランデの両岸には、バポレットと呼ばれ る水上バスの乗り場が連なっている。ベネチア住民から観光客まで、運河の横断や 本島とその周りの島の移動のために水上バスを利用する。最もリアルト橋に近い青
68 果店の脇には、「リアルト市場(Rialto Mercato)」という名前の水上バス乗り場があ る。 図4-1: リアルト市場の見取り図 出所: 筆者作成 (2) 仙台朝市 ① 全体像 1945 年、空襲で焼け野原となった仙台駅前に農家や漁師らが集まり、物々交換や 商いを始めた(朝日新聞 2018)。これが通称「青空市場」と呼ばれ、仙台朝市の起源 であるといわれている。3 年後の 1948 年に、現在の朝市の場所に人々が移った(朝 日新聞 2018)。農家などが入れ代り立ち代りに直売所として商品を並べ、次第にバ ラック4建ての店が次々とできていった(朝日新聞 2018)。1970 年頃まで、仙台朝市 商店街振興組合の事務局が、仙台朝市のホームページの管理、雑誌やテレビ取材の 対応といった仕事をしている。月に1 度この事務局内で理事会が開かれ、年間行事 4 粗造りの仮小屋、仮建築のこと(新村 2018a: 2395)。
69 の担当者を決めたり、その内容を話し合ったりしている。朝市内の全ての店舗がこ の組合に加盟しているわけではないが、組合員は福利厚生の一環として、健康診断 などを受けることができる。 「仙台朝市」という名前に反して、市場にある店が朝だけ営業しているわけでは ない。営業時間は朝8 時頃から 18 時頃までで、店舗によって異なる。日曜祝日は、 大部分は営業していない。年末は大晦日まで営業している。営業時間、営業日、年 始の営業開始日などは、仙台朝市商店街振興組合で統一している。 現在働いているそれぞれの店の店長は2 代目か 3 代目で、多くの場合は店を父親 から受け継いでいる。店長の年齢は30 代半ばから 60 代ほどだ。フィールドワーク 中に、客の1 人に「お姉さん(筆者のこと)、市場で(働いている人の中で)1 番若いん じゃないの?」と指摘されたように、20 代前半で働いている人はいないようだ。店 員たちは扱っている商品に関係なく、エプロンを着用する。鮮魚店で働く人は、さ らに長靴をはく。惣菜店では時おり三角巾を着用して働く女性の姿が見られる。朝 市のビル内には、公衆トイレと自動販売機がいくつかある。朝市店員たちは交代で 休憩をとる際などに、トイレを利用する。 買い物に来るのは地元に住む客だけでなく、山形や白石など、仙台市の外からや って来る人も珍しくない。仙台朝市商店街振興組合の事務局長によると、平日の来 客数はおよそ8000 人、土曜日だと 1 万 2000 人から 1 万 3000 人が仙台朝市を利用 するという。 ② 立地 仙台朝市は、仙台駅の西口から徒歩で3 分ほど進んだところにある。北は「阿部 長商店」、南は「Picks Salad」から始まり、「朝市通り」にそって店舗が肩を寄せ あい、「いたがき」まで続いている。魚や野菜、果物、肉などの生鮮品、海産物、 生花、惣菜など約 70 の店が営業している。仙台朝市は 7 つのビルから構成されて いる。仙台朝市のホームページ内には、ビルごとの店舗が分かる地図が掲載されて いる(仙台朝市商店街振興組合 2003)。しかし店舗間の境界が一般客には分からない ことも多く、どの店がどこのビルに入っているかは、買い手にとってさほど重要と は思われない。
70 図 4-2 : 仙台 朝市の 全体 図 出所 : 仙台 朝市 商店 街 復 興組合 (200 3) を 基に 筆者 作成
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5. 4 つの二者間関係
ここから、売り手を中心に売り手―買い手関係、売り手同士の関係、売り手と周 囲で働く人たちの関係、売り手と外国人観光客の関係という4 つの二者間関係につ いて事例を見ていく。 はじめに先行研究が豊富な売り手―買い手関係について、生鮮食品という商品を 介しながら、それぞれの生活や家族構成を知りあっていく様子を述べる。2 番目に 売り手同士の関係をとりあげる。売り手同士は、日々顔をあわせる頻度の高さから、 活発な交流が見られる。これら2 つの二者間関係からは、市場におけるコミュニケ ーションに冗談が頻出することが分かるだろう。3 番目に売り手と周囲で働く人た ちの関係を見る。売り手と日常的に顔をあわせることで、周囲で働く人たちは市場 の客にならずとも、冗談を含んだやりとりを売り手と行う。一方で、最後にあげる 外国人観光客は、市場における買い手の立場であっても、ほかの3 つの二者間関係 で見られるようなやりとりを交わすことはない。 (1) 売り手―買い手関係 買い手は市場を利用する親しい人からの紹介で店を決めたり、自らその店の商品 の質を判断したりすることで、その店に通う頻度を変化させる。そういった買い手 に対して、売り手は相手やその家族の近況を気にしたり、冗談を含めた親しげな態 度で接したりしている。売り買いの様子からは、買い手が売り手に提示する生活の 一部、逆に客を知ろうという店員の努力が見られる。 ① 売り買いを通して生活を知る 売り手は買い手の家族を把握している場合が多い。親が子を連れて市場に来たり、 夫婦で歩いているところを目撃したりと、店員が客の家族を知る機会は少なくない。 リアルト市場と仙台朝市、どちらの市場でも、ある程度親しい売り手と買い手は名 前で呼びあうことがある。よく買いに来る客の名前を覚えようとする店員の姿勢が 見られる。 商品を買うという行為からも、店員たちは買い手の生活を知ることができる。購 入した商品からその客の好みが、選別する商品の質から経営する店のレベルが、1 度 に買う量から家族の大まかな人数が見えてくることがあるのだ。72 ・青果店Mr ある日、筆者はリアルト市場内の青果店 Mr でホウレンソウを買った。対応した のはその店で1 番年配の男性店員である。 筆者: 今日鶏肉を買ったから、どの野菜と食べようか考えてるんだけど。何がお 勧め? 男性店員: ああ、ホウレンソウ好き? 2 種類あってこっちのほうが少し小さい。 (2 つの箱に入ったホウレンソウを見せる) 筆者: うん。じゃあ、こっちの小さいほう。 男性店員: 500 グラム? 筆者: ちょっと多い気がするんだけど。 男性店員: これくらいでいい? ホウレンソウは料理すると縮むからね。2 人分? 筆者: ううん、1 人だけ。それで OK。 上記のような会話から、店員はその客がどれだけの人数と食事をするのか把握す ることができる。 ・青果店Ds 子どもの成長を市場で働く店員が感じる機会は、先述した事例だけにとどまらな い。仙台朝市にある青果店Ds に、飲食店を経営する 30 代半ばほどの男性とその妻、 3 歳前後の娘が 3 人で買い出しに来た。店長であるこの男性が、複数の店を見て回 り仕入れをしている間、妻と娘はこの青果店 Ds の商品を見ていた。この店の女性 店員は妻に対し「娘さん、随分大きくなったんじゃない?」と声をかけた。隣の青果 店Hs の女性店員も顔を出し、この少女にかまっていた。 妻が目を離した隙に、この少女は商品のブドウに手を触れ、1 粒もぎ取ろうとし ていた。それに気がついた父親である男性客があわてて彼女を止め、「すみません!」 と謝った。青果店Ds の店長である女性店員は「大丈夫よ」と答えた。 ここまでの例から分かるように、店員は店で買い物をする客自身とその子どもま で把握しており、子どもを気遣う様子を見せる。これは、客が子どもを市場に連れ てきたり、市場で子どものことを話題にしたりすることがよくあるからだ。 客が同じ店に複数回にわたり通うなら、その店の店員は客のことを認識しはじめ、
73 さらにその客の生活にあわせて、購入する商品を予測することも可能になってくる。 ② 挨拶、雑談、冗談を交わす 売り手―買い手という関係を友人関係と混合したくないという買い手の立場が、 いくつかの先行研究から明らかになった(田村 2009; 大坪 2013; 渡部 2016)。この ような知見が得られたあとで、その日その店で商品を買わないのに、挨拶だけして 通り過ぎていく人がいることは注目に値するだろう。リアルト市場でも、仙台朝市 でも、客の名前を知ろうとする店員の態度が観察された。リアルト市場を利用する 客の中には、店員を名前で呼ぶ人が多い。仙台朝市では、経営者の苗字がそのまま 店名の一部になっていることがある。そのため客も店員の名前、少なくとも苗字を 知る機会がある。 ・鮮魚カウンターVr リアルト市場の鮮魚カウンターVr で、女性客は購入する商品を決めかねているよ うだった。そこに男性店員がやって来て彼女に声をかけた。 男性店員: 何を探してるの? 女性客: ええと、何だろう。自分でも分からないわ。幸せかな。 この会話のあと、彼女は結局カレイの切り身を購入していた。 ・食堂Ys 仙台朝市でも、客と店員の間で冗談が交わされる様子が見られた。第3 章で述べ た通り筆者が仙台朝市内の店舗で働くと、市場内で最年少の店員ということになる。 ある日、筆者が市場内の食堂 Ys で売り子として店頭に立っていると、常連客の男 性がやって来た。彼は筆者と隣に並んで働く女性店員の年齢差をからかいながら、 女性店員に対して「ほんとのお嬢さんになっちゃって! 俺はこっち(女性店員のこと) のファンなんだから。若くなったかと思ったよ」と言った。 この会話は商品の売り買いを伴って行われた。しかし仙台朝市を訪れる買い手が、 売り手と顔をあわせるたびにいつも商品を購入するわけではない。買い手はその日 その店で買い物をするつもりがなくとも、店員と挨拶を交わして通り過ぎていく。
74 (2) 売り手同士の関係 リアルト市場と仙台朝市は常設の市場なので、店舗間を人が自由に行き来できる 構造になっており、何か用事があれば、あるいは大した用事でなくとも、店員は容 易に他店舗の店員のもとまで移動できる。このような点に留意しながら、売り手同 士のやりとりを見ていこう。 ① 器具の貸し借り、両替の依頼 市場という場所は、客につり銭を返すために常に小銭を必要とする。小銭が足り なくなりそうなとき、彼らは周囲の店に両替を頼む。これは奥田(2017: 227)が市場 で重要な助けあいの1 つ、「おつり関係」として指摘する通りである。つり銭をやり とりする上で注目すべきことは、両替の前提である等価交換が揺らぐことだ。1000 円札3 枚と 500 円玉 6 枚の市場価値は、どちらも 3000 円で共通している。しかし、 市場での利便性を考えたとき、500 円玉 6 枚の価値のほうが高くなるのだ。両替の ために小銭と紙幣を融通しあう相手をもつことが、市場で働く際に重要になってく る(奥田 2017: 227)。 ・青果カウンターBr リアルト市場の中央に位置する青果カウンターBr の女性店員は、タバコを吸った り鼻歌を歌ったりしながら作業をしている。ある日、客足が少なく幾分暇そうだっ た彼女は、突然向かいの青果店の店頭に顔を出した。彼女はその店から、レジの充 電をするためのコードを持ち出した。彼女はそれを上手く使いこなせなかったよう で、持ち主の男性店員に使い方を尋ね、彼が説明していた。その後はその器具を使 えたようだった。このような日々の助けあいは、市場の随所で見られる。 ・青果店Is 店舗間での両替は、仙台朝市でも行われる。青果店Is の店長が隣の青果店 Bs の 女性店長に「大玉! 大至急!」と言った。筆者には意味が分からなかったが、それを 受けた女性店長は「はいはい。1、2、3」といって 500 円玉を 6 枚数えて彼に渡し た。それを受け取った彼は、1000 円札 3 枚を彼女に返した。 ② 売り文句の応酬、からかい 市場で雑談や挨拶が頻繁に交わされるとはいえ、これは学校や他の職業の仕事の 場でも見られるかもしれない。ここから、市場で見られる特徴的なコミュニケーシ ョンの例を見ていこう。
75 それは店員が行う客引きのセリフに現れる。店員は通りに向けて、客になり得る 通行人に「○○(商品名)、××(値段)!」というかたちで呼びかける。これはリアルト 市場と仙台朝市の双方で、同様の形式で行われる。リアルト市場では「ポルチーニ 5、20 ユーロ! ほらほら!」、仙台朝市では「ササギ 3 パック 108 円! お買い得です よ!」といった声が聞こえてくる。このような声は、一般的に通行人の関心を引くた めに発せられるものだが、店員たちはそのためだけに声を出しているのではないよ うだ。店員同士がこの客引きを利用して、からかいのコミュニケーションをとる場 面がある。客引き以外でも、彼らの声はよく市場に響いている。店員が常連客を見 かけたときは、不特定多数の通行人に対して声をかけるのとは違った対応が見られ る。店員たちは直接常連客の名前を呼び、挨拶する。 客引きの売り文句を通してからかうように、雑談の中にもからかいの要素が現れ ることが多い。ここから、親しげな市場店員の様子が見える。客層、営業時間、主 に扱う商品など、イタリア人とバングラデシュ人が経営する店には、いくつかの点 で違いがある。しかしながら、リアルト市場においてこのようなコミュニケーショ ンが現れる状況に、イタリア人とバングラデシュ人の差は感じられない。 ・青果カウンターDr と鮮魚店の店員 青果カウンターDr では、長髪の男性店員 1 がよく「15(クインディチ)フォンディ、 10(ディエチ)エウロ!」と客引きを行っている。これは「アーティチョークの軸の部 分15 個を 10 ユーロで売っている」という意味だ。市場にある程度いれば、筆者が 必ず耳にするセリフだった。 ある日この青果カウンターDr の正面にある鮮魚店の男性店員 2 が、男性店員 1 に 話しかけたあと、商品の魚の切り身を指差して「10(ディエチ)エウロ!」と通りに向 かって叫んだ。これは普段男性店員1 が「15 フォンディ、10 エウロ!」といってい るセリフを模したようだ。鮮魚店の店員2 が間を空けてもう 1 度「10 エウロ!」と 叫んだあと、すぐに男性店員1 も「15、10 エウロ!」と返していた。 ・仙台朝市での売り文句の応酬とからかい 朝市内で最年少と思われる女性店員は、青果店Js で働いている。彼女の客引きの 声は高く、よく響く。ある日の9 時過ぎ、彼女は「ミカン、ミカン、セーリっ」と 5 ポルチーニ茸のこと。
76 声がけを始めた。その日はミカンとセリを勧めていたようだ。そのあとで、朝市通 りを挟んだ正面の鮮魚店の女性店員2 も客引きを始めた。店員 1 は「ミカン、ミカ ーン」といった調子で、商品名をいう。店員2 は「マグロはブロックで 1000 円! 卸 し立てだから今日から 3 日間、冷蔵庫で(保存すれば)生食で食べれるよー」という 比較的長いセリフだった。店員1 の隣の青果店 Ds の女性店員 3 は「ニラは 10 把で 100 円、レタスは 3 個で 100 円!」というように、ニラとレタスを勧めていた。店員 1 が「ミカン、ミカーン」と言った直後に、店員 2 が「マグロ、マグロー」と彼女を 真似ていうときもあった 興味深いのは、客が通っていないときにもこれらのセリフが繰り返されることだ。 客が店頭で商品を眺めているとき、以上のセリフはよく聞かれる。しかし、客が常 連であれば「今日ニラ安く入ったから、買って行かない?」というように、その相手 に対して直接話しかけるのだ。 (3) 売り手と周囲で働く人たちの関係 市場には売り手と買い手のほかにも、さまざまな立場で彼らに関わる人たちが存 在する。リアルト市場に固有なのはゴミ回収員、鮮魚配達員、韓国人ガイドだ。仙 台朝市でも配達員の存在を挙げることができる。仙台朝市内には保育園があり、そ こで働く職員と園児も、日々市場を通り過ぎていく。ここでは、特にリアルト市場 付近で働くゴミ回収員と、仙台朝市内を行き来する配達員について説明してから、 市場内での彼らの活動とそこから見える特徴を、事例を交えて記述する。 ① ゴミ回収員 青果カウンターが並ぶ北東側、水上バス乗り場の手前では、ゴミの回収が行われ ている。市場付近の飲食店、近隣に住む住民宅、そしてリアルト市場から出るゴミ が主に集められる。飲食店から出るゴミは、飲食店の従業員がゴミ袋に入れてもっ て来る。家庭から出るゴミは、回収員が街中を周って台車で回収する。回収の時間 帯に住民が家を不在にする場合は、住民が自らゴミ袋を回収場までもって来ること もある。リアルト市場から出るゴミというのは、主に商品が入っていた段ボールや 発泡スチロール箱である。ここで集められたゴミは、市場すぐ脇のカナル・グラン デに横付けされた船に積まれ、運河を利用して運ばれていく。水路が入り組み移動 手段が徒歩か船のみであるベネチアでは、車も自転車も利用することができない。
77 そのため、人力で台車を引いてゴミを集めるしかないのだ。 ここで働くゴミ回収員はみな、蛍光オレンジか蛍光黄色の作業着を着用する。回 収員は30 代から 40 代ほどの男性が多いが、女性も数人働いている。彼らは台車で ゴミを集めて来ては、回収する船にそれらを積む作業を繰り返す。リアルト市場の 横でゴミを集め分別する回収員は、常時6 人ほどである。 ゴミ回収員が台車を引きながらリアルト魚市場内を通ると、そこにいる店員たち が一斉に盛り上がることがよくある。中には彼に向かって、“Coglioni6(ばか、あほ う)!”と叫ぶ店員もいる。言葉自体はばかにするものだが、いわれた本人は笑って応 じており、盛り上がり方も険悪なものではない。彼が魚市場の脇を通る際、働いて いる店員の1 人が、彼が引く台車を蹴飛ばしたことがあった。見ていた筆者は非常 に驚いてしまったが、ゴミ回収員が驚く様子は全くなかった。ゴミ回収員と市場店 員の間で行われるこのような少々手荒なやりとりは、筆者がリアルト市場に通う間、 頻繁に見られた。 また別の日には、ゴミ回収員が片づけ作業中だったある青果店の店員にちょっか いをかけ、店員は彼を手で追い払う仕草をした。彼はそのカウンターから出た段ボ ール箱を回収し、今度は別の店員に話しかけた。話しかけられた店員は、ほうきを 使って彼を追い払っていた。 ゴミ回収員に対して市場の店員たちが一方的にちょっかいをかけるのではなく、 ゴミ回収員もまた、市場店員に対して類似の行動をとるところに、双方的なからか いの関係がある。 ② 配達員 すでに説明したように、仙台朝市で商品を購入する場合、それらを市場から自宅 や飲食店へまとめて発送することができる。商品の配送を請け負っているのが、日 本郵便の配達員である。彼らが朝市内の店舗を回り、商品を回収していく。 ・配達員 仙台朝市でのフィールドワークの際、筆者が毎回のように見かけた配達員の女性 がいる。彼女は商品を回収する台車を引きながら、朝市通りを通っていく。店先に 6 イタリアでは友人同士など親しい間柄で、下品な言葉や罵りが使われるのはよくある ことだ。汚い言葉はゴミ回収員1 に対する冒涜というよりも、親しみを意味すると筆 者が考えるのは、このようなイタリアでの罵り言葉の用法を考慮している。
78 いる店員たちに「おはよーございますー」と挨拶したり手を振ったりしながら、市 場内を往復する。店員たちも彼女に「おはよう」、「○○ちゃん、おはよう」と声 をかける。 鮮魚店 Ks に配送用の荷物を受け取りに来ると、配達員は男性店員に「社長、今 日、大丈夫な日?」と尋ねた。男性店員は彼女に「○○ちゃん、今日ね、大丈夫な日! 良かったわー」と安堵したように答えた。「大丈夫」とは、送る魚に自信があるか どうかを意味している。男性店員は、「秘密なんだけど、大丈夫な日とそうじゃな い日がある」と述べている。店長の妻である鮮魚店Ks の女性店員は、子ども連れの 客用に置かれたアメの入った箱を、配達員に「よかったらアメどうぞ」と勧めてい た。女性配達員は「ありがとうございます。どれがいいかな。じゃあ、これいただ きます。山形のは午前発送で大丈夫ですね? 全部午前中だよね?」と仕事の内容を確 認しつつ、アメを受け取った。 彼女が荷物を受け取って去って行ったあと、女性店員は「○○ちゃんのお母さん、 入院しちゃっててね。忙しかったみたいよ」と彼女の近況を筆者に述べた。売り手 ―買い手間で家族のことがよく話題にされることは本章の第 1 節で述べたが、売り 手と配達員の間でもそれは同様だ。 (4) 売り手と外国人観光客の関係 ベネチアにも仙台にも、国外から多くの観光客が訪れる。売り手である店員たち は、外国人観光客に対して現地の言葉とジェスチャーで対応する。市場でのやりと りに必要なのは商品と金額を正確に相手に分かってもらうことで、それ以上の会話 をすることは重要ではない。市場の商品はその見た目から観光客でも理解に難しく なく、数字は指や手を使ってジェスチャーで示すこともできる。 ① 現地の言葉で押し切る ・イタリア語 一般的にリアルト市場のイタリア人が経営する店では、観光客が相手でも店員た ちはイタリア語で対応する。金額だけは英語で伝えることが多い。 青果カウンターIr で果物を見ている韓国人の若い男女に向かって、イタリア人店 員は終始イタリア語で対応していた。“Ragazzi, prendi(君たち、それ取って)!”とバ ナナを持ち上げるジェスチャーをしながら言った。
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筆者の友人(日本人女性)がベネチアに遊びに来た際、魚介類が食べたいという彼 女を筆者はリアルト魚市場に案内した。彼女は英語で鮮魚店の店員に話しかけ、店 員は彼女にイタリア語で返していた。彼女はヤリイカを購入することにした。
友人: This one please.
男性店員: (ヤリイカを 1 匹手に取り、量りにのせてから) E poi(他に欲しいもの は)? 友人: No thank you. 彼女はイタリア語の意味を理解しているわけではないが、買い物の流れから店員が 言ったことを推測して返答している。彼女が商品を購入する様子から、イタリア語 が分からない観光客でも買い物の流れと店員の対応で、相手が何をいっているのか 何となく読みとれることが分かる。 ・日本語 ある日筆者が仙台朝市内の食堂Ys で働いていると、中国語を話す女性 2 人が来 店した。彼女たちはネットで食堂 Ys を調べてきたようで、携帯電話の画面と店舗 を見比べていた。彼女たちに対応したこの店の女性店員は、食堂利用に関する説明 を日本語で行った。最初に食券を買わなければならないこと、お茶はセルフサービ スであることを伝えようとしていた。女性客2 人はその内容を完全には理解してい ないようだったが、女性店員に手で指し示され、大まかには把握できたようだ。 また別の日の9 時頃、食堂 Ys に韓国人の親子が 3 人で来店した。彼らは日本語 をあまり理解していないようで、店頭にいた女性店員に英語で話しかけた。 女性店員: まずね、ここで食券を買って。 男性客: (朝市定食の写真を指差す) 女性店員: サバじゃなくてね、シャケなの。今日は。 食券販売機の定食の写真はサバ、ご飯、みそ汁、納豆、漬物、小鉢という内容だっ たが、この日はサバではなくシャケだということを店員は伝えようとした。しかし 男性客には、それが伝わっていないようだった。店頭に並んだ惣菜のほうを気にか
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ける男性客に、女性店員は再び日本語で話しかける。
女性店員: お持ち帰りですか? 今食べますか? 筆者: Take out or now?
男性客: Now! 今。 女性店員: じゃあ、そこの席にどうぞ。まだ(定食は)できてません。まだ。 女性店員に通り沿いの席を指され、この家族連れはその席に移動した。定食ができ ると、女性店員は「できましたよ、もって行ってくださいね」といい、定食が出さ れるトレイのほうを指差した。家族の食事が出揃うと、女性店員は卵の食べ方を日 本語で説明した。5 歳ほどの少女を気遣った女性店員は、「取り分けるお皿あったほ うがいいよね」といって小皿を3 枚手渡した。それを受け取った家族は「ありがと うございます」と日本語で答えた。 ② 気にかけない、対応に困る リアルト市場では、多くの観光客が手にもったカメラで市場の様子を思い思いに 撮影していく。店員たちがいちいちそれに気を止める様子はなく、自分たちの作業 に専念している。 ・青果カウンターBr リアルト市場の中央にある青果カウンターBr では、中心部分と底の部分に切り分 けられたアーティチョークが売られている。その店の男性店員が、カウンターの前 の通りにプラスチック製の椅子、大小2 つのバケツ、箱いっぱいのアーティチョー クを並べ、それらを剥く作業をする。彼が1 つのアーティチョークを剥くのにかか る時間は6 秒ほどで、テンポよく次々と剥く様子から手際のよさが感じられる。彼 の様子を眺めたり撮影したりする通行人や、カメラを構えた観光客は絶えない。撮 影されても、男性店員のほうは特に気にする様子がない。 沢山のアーティチョークが入った箱を彼が足で動かそうとしたとき、予想より重 かったのか上手く動かせなかった。それを見た通行人の女性が「重たいの?」と声を かけてはじめて、彼は顔を上げた。このように誰かから話しかけられない限り、周 囲から注目されていることを彼は気にとめていない様子だ。 この男性店員が作業をしているとき、1 人の観光客がバケツに入ったアーティチ
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ョークの中心部分を指差し“What’s this?”と彼に尋ねた。男性店員は気にとめる様子 がなく、作業を続けている。彼女がもう1 度“What’s this?”と聞くと、男性店員は顔 を上げることもなく“Artichoke!”とぶっきらぼうに答えた。彼女は両手を上にあげな がら、“I can’t understand”と呟いた。
仙台朝市では、中国語や韓国語を話す観光客の対応に、店員が困ることがある。 いくつかの店の間では、外国人観光客のことを「あちらさん」と称する。このよう に呼ぶ背景には、地理的だけでなく心理的にもどこか遠い相手という認識があるよ うだ。観光客はリンゴやブドウといった果物を購入するほか、惣菜店や食堂を利用 する。仙台朝市で働く店員たちも、外国人観光客が相手でも日本語で対応する。商 品と現金の単純な交換なら日本語でもやりとりできるが、より複雑なことを伝えよ うとすると、問題が生じる。その様子は特に食堂Ys で見られた。 ・食堂Ys 食堂 Ys には、仙台朝市を利用する買い手と市場で働く店員のほかに、観光客も 訪れる。しかしこの店内を見回しても、英語表記は全くない。「食器返却口」、「お食 事のあとの器は←の返却口にお願い致します。」などは全て日本語表記である。 ある日、筆者が店頭に立ったときちょうど食事を終えた男女2 人組は、食器がの ったお盆をもって辺りを見回していた。日本人ではないようで「食器返却口」が読 めない様子だった。筆者が手で指し示すと、彼らは納得したように返却口にお盆を 返していた。 食堂Ys の女性店員は、外国人観光客への対応に何度か困った経験を、以下のよう に筆者に語った。 最近ね、何かのお休みみたいなのよ。ここ最近はずっと中国人が来てるの。韓 国人も。食べたあと、散らかってることが多くて…。 彼女のいうとおり、この日はほかに中国語を話す客が来店した。女性2 人と男性 1 人、1 歳ほどのベビーカーに乗った幼児の 4 人組である。食券の買い方が分からな い様子だったので、筆者が英語で説明した。それを横で見ていた女性店員は「すご ーい! 助かるわ。彼ら、英語なら分かるのね」と拍手しながら言った。彼女は常に 「ここでまず券を買ってね、それからそっちに券を出して」と日本語で説明する。
82 「あの人たち、OK っていうくせに全然分かってないのよ」と彼女はぼやく。上記 の4 人(うち 1 人は幼児)が食券を 2 枚しか購入しないのを見て、「3 人で来たのに、 2 つしかとらないのね」と彼女は続けた。食券を購入しなかった女性は、あとから この食堂で惣菜を購入し3 人で食べた。女性店員はさらに筆者に語る。 この前なんかね、4 人で来たのに 2 つしかとらない(注文しない)人たちがいて ね! 向かい(の惣菜店 Cs)から買ってきて食べてるのよ。納豆の食べ方なんか…。 コロッケだけ買ってここで食べていく人もいるから、困っちゃうわ! 食事を終えた上記の4 人組は、「お食事のあとの器は←の返却口にお願い致します。」 と書かれたプレートの上にお盆を残したまま帰った。それを見た女性店員は、目を 丸くして驚いた様子で、いつもより大きな声で言った。 あら! プレートの上にお盆置いて! あの人たちが返さないから、これ頼んで作っ てもらったのよ。ナツミちゃん、あちらさんが来たらいってちょうだいね! この 下に中国語書けばいいのかしら。 彼女はこの出来事を、通りを挟んだ向かいの惣菜店 Ms の女性店員に報告した。こ の話を聞いた女性店員が食堂Ys の店頭まで来てプレートを眺め、「この下に中国語 と韓国語で書けばいいのよね」といって自分の店に戻った。朝市で働く彼女たちは、 中国語や韓国語の必要性を感じているようだ。
6. 考察
本研究の主題である「市場における人間関係の構築」について2 つの市場を事例 に考察する。筆者が本稿で議論すると述べたのは、①市場における人間関係で特徴 的に見られる文化とは何か、②その「市場の文化」を共有し、体現するのは誰か、 ③市場で構成される人間関係は、人類学で議論されてきた経済領域にいかに当ては められるか、④当てはめた経済領域にはどのような効果があるかの4 点だった。以 下に続く項目を4 つの問いに対応させ、1 つずつ順に答えていく。83 ① 市場の文化 まず、市場における人間関係で特徴的に見られる文化、すなわち「市場の文化」 とは何だったのか。それは、市場を行き来する人たちが、冗談やからかいを交えな がら日々繰り返す行為だ。それぞれの二者間関係の事例から分かるように、リアル ト市場と仙台朝市では、売り手は買い手とほかの店で働く売り手に対して挨拶、雑 談、冗談を交わすというコミュニケーションをとることが分かった。これには顔を あわせる頻度と、相手のことを徐々に知る過程が影響している。 ② 市場の文化に基づくふるまいの共有 以上で述べた市場のコミュニケーションが随所に表われるのは、売り買いの場面 だけではなかった。第5 章で見てきたように、ゴミ回収員、配達員、観光ガイド、 保育園職員という市場近辺で働く人たちとも、売り手は挨拶、雑談、冗談を交わす。 以上に挙げた人たちは、日々市場の周りを行き交い、それだけ高い頻度で売り手と 顔をあわせる。 それでは、市場においてその文化を共有し、体現するのは誰なのか。これまで見 てきた市場でのやりとりは、市場を利用する万人に当てはまるものではない。この 範囲に入らない顕著な例が、外国人観光客だ。生鮮食品はその見た目から、観光客 でも何が売られているのか理解できる。金額を表す数字は、手と指を使ったジェス チャーでも表せる。このような商品の特性から、たとえ現地の言葉が分からなくて も、観光客が市場で買い物をすることは可能だ。市場で働く店員が現地の言葉で接 客しても、観光客との売り買いは成立するのだ。 ③ 冗談の経済(Economy of joking)を互酬性に位置づける 市場における人間関係の構築に関して、経済人類学の視点から何が言えるかを考 え、3 つ目の問いである「市場で構成される人間関係は、人類学で議論されてきた 経済領域にいかに当てはめられるか」に答えたい。
パリーとブロック(Parry and Bloch 1989)は、各地の事例を挙げながら市場経済 とモラル・エコノミーという2 領域が共存する様子を論じた。市場はそもそも、売 り手が商品を買い手に販売することで、経済的利益を得る場所だ。リアルト市場と 仙台朝市において、基本的に売り手が買い手から値段交渉を受けることはなく、自 ら提示した金額で商品を売る。市場での商品売買はその都度精算され、店員がツケ 売りをすることもない。この仕組みを見れば、スーパーマーケットやコンビニエン
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スストアでの売買と同様、市場での売買も市場経済のやり方に則っていることが分 かる。この特徴が顕著に表れるのが、外国人観光客と売り手のやりとりだ。観光客 が市場で買い物をするとき、彼らが市場を再訪しない限り、それは1 回きりのもの となり、これはパリーとブロック(Parry and Bloch 1989)のいう短期的やりとりの 例と重なる。 仕組みが市場経済に則っているとはいえ、市場経済の特徴である短期的やりとり よりも長い中期的なやりとりが、リアルト市場と仙台朝市という2 つの市場には存 在する。親子や夫婦で市場に通うことで、店員は常連客の家族構成の一部を知る。 買い手は自分の子どもを話題にし、図らずも売り手にその情報を与える。一方で、 売り手が家族経営を行っていることを、買い手もある程度認識している。だから、 買い手は行きつけの店に見慣れぬ顔があれば、まずその家族関係を推測するのだ。 このように家族を相互に知りあうことで、売り手―買い手間には世代をまたぐ関係 が築かれることがある。この中期的なやりとりは、モラル・エコノミーの特徴であ る共同体の秩序の再生産までには結びつかない。市場の売り手はそれぞれに店を経 営し、各自で売り上げを獲得する。買い手もその時々、自分で判断しながら店を変 えたり、スーパーマーケットを利用したりする。 ここで、市場経済に位置しながらも中期的なやりとりを志向する市場における人 間関係に「冗談の経済(Economy of joking)」と名付け、2 つの経済領域に当てはめ た解釈を試みたい。「冗談」の語を用いるのは、リアルト市場においても仙台朝市に おいても、市場を行き来する人たちに共有されるふるまいの1 つに冗談が含まれ、 それが彼らのコミュニケーションの特徴でもあるからだ。中期的やりとりを志向す る冗談の経済は、ちょうど均衡的互酬性と動態的な市場経済がぶつかる場所に当て はめることが可能だ。 市場における人間関係は、売り手と買い手のほかに、売り手と日々顔をあわせな がら市場の周囲で働く人たちも含んで構成される。彼らは互いに家族を知りあった り、飲食をともにしながら冗談を含めた雑談をしたり、挨拶を交わしあったりする という市場の文化を共有し、中期的やりとりをする。そこで筆者は経済人類学でこ れまで議論されてきた市場経済とモラル・エコノミーの2 領域に、市場経済を動態 的なものと捉えた領域である「冗談の経済」という新たな視点を提示する。
85 表6-1: 互酬性と経済領域の対応の可能性① 出所: 筆者作成 ④ 冗談の経済の効果 動態的な市場経済に位置づけた冗談の経済の領域にはどのような効果があるのか、 最後の問いに答えよう。ハイデン(2007)が提唱した情の経済を手がかりに、冗談の 経済の特徴を検討することから始める。 市場というフィールドを市場経済の範囲で説明するとき、それは売り手が利益を 得るために商売し、買い手が必要なものを求め、商品と金銭の交換が行われる場所 だといえる。しかし商品と金銭の交換という画一的なやりとりだけでは、市場にお ける人間関係の大部分を見落とすことになってしまう。売り手と買い手が飲食をと もにしたり、互いに挨拶や雑談、冗談を交わしあったりするという、売り買いにす ぐには還元されない行動をどう理解すればよいだろうか。 このようなやりとりは売り手―買い手間、売り手同士、売り手と市場の周囲で働 く人たちという3 つの二者間関係において見られるものだった。3 つの二者間関係 は、市場という場所で日常的に顔をあわせることで築かれる。市場を行き来し、同 様のコミュニケーションのコードを共有すること、それは3 つの二者間関係を密に するだけでなく、売り手、買い手、市場の周囲で働く人たちそれぞれが、市場とい う場所により強く結びつくことにつながるのだ。周囲の売り手がよく見える構造の 常設の生鮮食品小売市場で、売り手は働く。市場の中に不満を覚える店があったと しても、買い手は市場のほかの店を選択し通い続ける。親が利用していた店を継続
86 して訪れる買い手は、中期的なやりとりの顕著な例といえるだろう。売り手も買い 手もそれぞれの立場から、市場に埋め込まれた中期的やりとりを志向する経済の中 で関係を築いているのだ。 ハイデン(2007)の主張に立ち戻ると、モラル・エコノミーを補完する情の経済が 提唱されたように、市場経済だけでは説明しきれない人々の行動を、冗談の経済と いう視点から見ることで、市場経済のより多様なあり方を検討できると筆者は考え る。冗談の経済には、短期的なやりとりを基本とする市場経済においても、相互に 知りあい共通したコミュニケーションを繰り返すことで、中期的なやりとりへと導 く効果があるのだ。
7. おわりに
本研究では、リアルト市場と仙台朝市という2 つの常設の生鮮食品小売市場を通 して、市場における人間関係の構築を考察してきた。最後に本研究の意義を検討す る。 本稿のはじめに、人類学分野における本研究の意義を、筆者はそのフィールドが ある地域と、議論の俎上にのせる人々にあるとした。市場がフィールドの先行研究 は、買い手が顧客化を志向するか否か、そして値段交渉の過程を主に論じてきた (Geertz 1978; 田村 2009; 大坪 2013; 宗野 2014; 渡辺 2015, 2016)。上記の人類 学者たちのフィールドはモロッコのバザール(Geertz 1978)、トルコの定期市(田村 2009)、ネパールの宝飾品市場(渡部 2015, 2016)、イエメンのカート市場(大坪 2013)、 ウズベキスタンのバザール(宗野 2014)である。ここから分かるように、人類学者が 関心を持ち、調査してきた市場がある地域は偏っている。商品が定価で売られてい る、それゆえ値段交渉が必要ない市場について、そこでどのようなやりとりがなさ れているのか、どのような人間関係が築かれるのか、明らかされてこなかったのだ。 これまで市場で着目されてきたやりとりが行われない市場で、売り手と買い手はど のように関係を築き展開していくのか、本研究は新たな事例を提示できた。 また、本研究では市場での人間関係の構築を考察するため、売り買いに深く関わ らない人たちも含めて議論した。このことは、売り手―買い手関係ばかりに着目す る傾向があった市場研究において、より広い視点から見ることの重要性を示してい87 る。 定価での売買が行われる市場を対象としたこと、売り手―買い手の二者間にとど まらない人間関係を考察したことという2 つの新規性において、本研究は人類学的 に意義があるものとなった。 2 つの都市の市場で見られた経済の特徴は、顔をあわせる人たちとの間で中期的 やりとりを志向し、ふるまいの中に冗談が頻繁に見られるものだった。近からず遠 からず、近親者でもあかの他人でもない人たちとの間に築く人間関係の1 つのあり 方を、本稿から明らかにすることができた。
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