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発達障害のある人の青年期における課題と支援

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Academic year: 2021

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原 著 論 文 1.問題と目的 QOL思想が広まってきた近年、その人らし い生き方をしているかどうかが問われる。その QOL(生活の質)を創り出す諸要素には、学 び、遊び、働き等があり、これらの時間を充実 させ豊かにすることがQOLの向上をもたらす と論じられている。だが、発達障害のある人の QOLを高めるには、複雑な発達特性もあって さまざまな課題が存在している。自己理解の困 難さに加えて、家族の障害受容や事業主の障害 者理解にも問題がある。筆者は、このような課 題を見据えて、彼らのQOLを高め、地域社会 で、あるいは職場で、家庭の中で、満足感や達 成感、安心感の持てる生き方を自己実現させた いと思っている。 本研究では、具体的な事例を通して、QOL の観点から彼らの未来を納得のいくものにする ために、就労支援、余暇、親子関係、障害福祉 制度の課題等を含めた社会生活支援の方向性を 探る。 対象事例者の生活年齢は成人期にあるが、敢 えて「青年期における課題と支援」としている。 なぜなら、彼らの抱える発達課題は、青年期の 発達課題そのものだからである。 具体的には、当事者と母親からの聴き取り調 査による事例検討を通して、発達障害のある人 の発達的課題と、彼らの自立に向けての基礎と なる力やQOLを高めるための支援とは何かを 明らかにする。青年期における課題と支援を明 らかにするためには、双方からの意見を整理 し、検討をおこなっていく必要があると考える。 2.方法・対象者 (1)当事者へのインタビュー インタビュー内容は、①学校卒業直後の状況  (労働)②現在の生活状況(余暇・人間関係・ 賃金)③願い(暮らしの場・職場・社会)の3 点について半構造化インタビューを行った。 対象者は 通級指導教室終了者(23歳~ 30 歳)3名である。 (2)当事者の母親へのインタビュー インタビューの内容は①学校教育終了直後か ら現在までの状況②支援制度、相談機関の利用 状況③保護者(家族)自身の心配事④障害受容 に関わること⑤その他(生育歴を含む)の5点 とした。 対象者は通級指導教室終了者の母親4名であ る。 3.当事者と母親へのインタビューの結果 生育歴、現在の状態や心配事などを双方から 聴き取り、そこから見えてくる課題と支援を考 える。 Aさん(インタビュー) 28歳 男性 LD、ADHD、鼻腔閉鎖機能障 害 非正規一般就労 専門学校卒 家族構成:本人と両親(他市に姉がいる) 母親(インタビュー):会社員 【生育歴・学齢期】 哺乳が困難であったため、医療機関を受診し 鼻腔閉鎖機能障害と診断され、構音訓練を受け る。3歳児健診では発達全般にも課題があるこ とを指摘され、地域療育教室に2年間通所する。 小学校2年生の時、「友達とのコミュニケー

発達障害のある人の青年期における課題と支援

日 花 滋 子

† 障害児教育専攻 障害児教育専修 1013723 † 障害児教育専修 障害児教育専攻   指導教員:白石惠理子

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ションが円滑に行えないことがあり、うまく集 団になじめないことが多い」を主訴に、言語通 級指導教室への通級を開始。コミュニケーショ ンの問題だけでなく、言語発達の遅れ、鼻腔閉 鎖機能障害(異常な構音習慣)もあり、小学校 卒業まで通級する。 小学校4年生時に、WISC-Rの検査を受けて いる。このときの検査結果は(生活年齢10歳1 ヶ月)、VIQ80、PIQ77、FIQ77であった。 4年生進級前に,医療機関でLD、ADHDの 診断を受けた。「学習障害児の指導法や関わり 方を配慮できれば、通常学級が望ましい」と言 われ、小学校・中学校ともに通常学級に在籍し た。県外の専門学校(通信制高校)へ進学した。 さらに2年間の専門学校(整備)にも行ったが、 整備士の資格は取ることができなかった。 【就労】 学校教育終了直後は、車が好きなことと整備 士資格を取るためには実務(3年以上)が必要 なので、ガソリンスタンドに就職したが、職場 でのパワーハラスメントにあって1年で離職し た。20歳を過ぎていたので、パワハラとわか っていても親が介入できなかった。 その後、一般就労(正規)したが、事業縮小 でリストラ退職となった。退職後、ハローワー クで見つけた企業に一般就労(非正規)する。「3 年間経ったら、正規採用する」と言われたが、 非正規のまま5年間勤めた。ことばでの表現が 苦手で、会社では部署替えや残業(労働基準法 を超える勤務時間)など、他の人がいやがる仕 事をさせられることが多かった。身体を壊して は困るので、依願退職した。 現在の状況は、ハローワークにも一般就労の 求人がなく、チラシ広告で見つけたリネン会社 で9月からアルバイト(時給800円)をしてい る。10月にパートになって、障害者の人と一 緒のシーツの部門になった。併設のB型事業所 に補助に入ることもあって、勤務時間も増えて 残業もある。週休2日制であるが、連続して休 むことができないので、連休にしてほしいとい う願いがある。 【生活】 面接の予定の日がキャンセルになった理由を 聞くと、「フィギュアを買いに行ってたんで」 と応える。自動車が好きだという話になって、 「25歳の頃は4人のグループで、車を改造し て、夜中に走り回っていた」「3年前には、友 だちを乗せて青森へ旅行した」と話す一方、「今 は足が弱くなって、以前のような無茶はできな い。車もオートマチックに乗り換えた。休日は、 家で寝ていることが多い」と話していた。パチ ンコは月1回くらい。アニメ映画を見に行った り、前の会社の同僚と海釣りや琵琶湖へバス釣 りに行ったりもする。家では、プラモデルを作 ったり、ゲームをしたり、DVDを見たりして 過ごしている。連休があれば、旅行や映画(連 続で見るとグッズが手に入る)に行きたいと思 っている。 一人暮らしは、食事が作れないので無理だ が、自分の衣類の洗濯、掃除はやっている。両 親と同居している。姉は保育士で、結婚してい て3人の子どもがいる。里帰りしてくる甥や姪 を相手に上手に遊んでいる。子ども好きで、小 さい子どもから好かれている。 自動車普通免許を取得(学科試験は5回目で 合格)し、飲酒しないので友人や同僚の運転手 になって、居酒屋などに連れて行っている。こ こで、いろいろな人と出会って、社会勉強して いる。また、食べ物の好き嫌いもなくなった。 【支援制度、相談機関の利用状況】 福祉制度の利用はないが、5月に知人を通じ てB型事業所を見学して、就労相談をした。そ こで「B型事業所の時給は100円から300円と 安いが、障害者年金を受給すると、一般就労者 と同程度の月額になる。但し、障害者手帳を取 得しなければならない」ことを聞いた。障害を 受容できず、アルバイトでもいいからと、一般 就労を探した。 パワハラが原因でも「一身上の都合で」退職 しているので、失業保険がすぐに支払われなか った。受給までに6 ヶ月くらいかかると言われ た。それまでにアルバイトが見つかり、就労し たので受給していない。退職の原因がパワハラ (労働基準法違反)であることを法律に訴える こともできたが、Aさんは話すことが苦手なの で、その時の就労状況をうまく説明できないだ ろうと判断して、訴えることをあきらめた。

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【保護者の心配事】 マザコンで、毎日、仕事が終わると電話をし てくる。いつまでも子どもで困っている。時々、 鬱陶しくなることもあるが、話や要求を聞いて しまい、母親自身も子離れできていないのだと 反省している。 父親は障害を認めていない。何かにつけて厳 しく、「しっかり稼がないと、嫁さんがもらえ ないぞ」と叱咤激励するが、親子げんかに発展 することもある。母親も漫画のポスターやフィ ギュア人形を収集するAさんに「いつまでも子 どもみたいだから、パワハラを受けるのだ」と、 苦言を言うこともある。 親亡き後のことが心配で、姉が結婚すると き、相手の人が弟の将来をみてくれることを結 婚の条件にしている。だが、通級指導教室で一 緒だった青年が結婚して、2児の父親になって いることを知って、Aさんの結婚にも希望を持 ち始めた。 Bさん 25歳 男性 PDD  大手測量メーカー正規 高等専門学校卒 家族構成:一人暮らし(隣県に両親と妹) 母親(インタビュー):保険外交員   【生育歴・学齢期】 吸引分娩で生まれ、生後1週目に腸閉塞で全 身麻酔の手術を受けた。3歳児健診で「多動で、 ことばが遅れている」と指摘され、地域療育教 室に3年間通所していた。小学校に入学すると 「発音が不明瞭、語彙が少ない、コミュニケー ションに課題がある」を主訴として、言語通級 指導教室に通った。こだわりや対人関係の問題 (小・中・高でいじめられた)はあったが、学 習上の課題は目立たなかった。中学校では、ま じめに取り組んだので成績は上がっていった。 個別指導塾にも通い、国立高専に合格している。  中 学3年 生 時 にWISC-Ⅲ の 検 査 を 受 け て い る。 このときの検査結果は(生活年齢14歳5 ヶ 月 )、VIQ:105 PIQ:117 FIQ:112 VIQ <PIQ(12)VC:109 PO:116 FD:88  PS:97>であり、記憶や注意集中に弱さがみ られた。影響因としては、不安、転導性、固執性、 強迫観念がみられた。同時処理優位であった。 【就労】 高等専門学校の先生の推薦で、大手企業に就 職する。進路指導の際、建設系か測量系かとい う選択はBさん自身がしているが、紹介された 3社の中から母親が選んで、就職試験を受けさ せた。初任研修が10日間あったが、友だちは ひとりもできなかった。2年半は本社にいて、 上司と一緒に各会社(クライエント)に出張し、 検査業務に従事していた。この出張検査では、 上司は毎回違ったが何とかやっていた。年に 3、4回は、失敗して叱られると電話やメール をしてきた。辞めたいと言ったことはあるが、 離職、転職はしていない。 職場での現在の状況は、3年前からD社に常 駐して検査業務を行っている。最初の2年間は 50代と40代の上司とBさんとの3人体制であっ たが、昨年度より40代と30代の上司とBさんに なった。半年前に40代の上司から「精神科へ 行け」と言われた。息子は言われた通りに精神 科を受診し、薬をもらって飲んだが変化が感じ られない(失敗して叱られる)ので、薬をやめ てしまった。再び4月に、上司は職場での課題 (エピソード)を記入して、「これを持って精 神科に行け」と言われた。今回は母親に相談し た。母親の知人の紹介で、D社の近隣にある市 の障害者就業・生活支援センターに相談する。 7月に精神科で検査等を受ける。この上司は「自 分の何が問題なのか、目標設定として明確にし たことがない」「問題を解決するためのモチベ ーションを持っていない」「思い込みでいつも 同じ作業しかできない」などと、Bさんを分析 している。 【生活】 給料は月16万~ 40万円で、ボーナスを入れ ると年収400万円くらいになる。家賃は6万円 くらいで、職場貯金を毎月1万円している。あ とは使い切ってしまい、時々「ボーナスで返す から」と言って、母親から借りることがある(必 ずボーナス時に返金する)。 ひとり暮らしなので、休日はアパートでゲー ムをしたり、寝ていたり、読書をしていたりし て、ゆっくり過ごしている。食事は自炊をして

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いるが、残業の時は外食になる。盆と正月には 帰省する。選挙権があることを知ってからは、 選挙のために必ず帰省する。初任の頃は会社へ の土産を母親が準備していたが、今はBさんが 買ってきている。 友だちがいない。悪徳商法(デート商法)に だまされたこともある。 【支援制度、相談機関の利用状況】  今回、障害者就業・生活支援センターに相談 した。今後も相談・支援を継続して受けていく。 以前にも精神科を受診している。今回は、障 害者就業・生活支援センターで紹介された精神 科で検査を受けた。Bさんは自分が知的障害か も知れないと心配していたが、そうではないこ とを知って「良かった」という気持ちになって いる。母親はBさんの「良かった」という言葉 を聞いて、今回、精神科を受診した値打ちがあ ったと思っている。今後も障害者就業・生活支 援センターを通じて、必要があれば関わってく れる。 広汎性発達障害(PDD)と診断され、月1回 の障害者就業・生活支援センターでのカウンセ リングも実施されるようになった。 【保護者の心配事】 一人暮らしをしているので、日々目につくこ とはない。しかし、年に4回くらい「仕事をや めたい」、「死にたい」という電話やメールが入 る。そのときは、話を聞いて励ますことで、モ チベーション(やる気)を喚起してきたが、息 子からの電話やメールに「また、何かあったの か」と、どきっとする。今まで、上手く支援し てきて、ありのままの息子を他人に隠してき た。高専までは、大きな問題はなく普通に過ご してきた。仕事に就いてからは、やっぱりBさ んだけではできないことがあって、それを上司 や同僚にもいえなくて、失敗して叱られて落ち 込んできた。一般就労のため、会社に苦手さや 特性を理解してもらえない。それでも母親は、 Bさんへの告知も会社へのカミングアウトもし たくないと思っていた。母親としてできること は、話を聞いてアドバイスすることだけだった が、アドバイスをすると息子は元気になった。 そして、また失敗して落ち込むというのを4年 間くり返してきた。今回、心理検査を受けて、 Bさんが「良かった」と言うのを聞いて、母親 はほっとしている。 米や野菜は送っているが、食事は外食が多 い。残業があると食べないこともあって、一度、 肝臓を患って入院したことがあるので、健康面 が心配である。精神的自立をして、一人で生き ていってくれたら嬉しい。結婚は無理だろうと 思っている。 Cさん(インタビュー) 25歳 男性 ADHD、知的障害(軽度) 福祉就労B型 専門学校卒 家族構成:本人と両親(隣県に兄) 母親(インタビュー):自営   【生育歴・学齢期】 身体発達が未熟で低身長のため、医療機関を 受診している。幼稚園で「語彙が少なく発達全 般に遅れが見られ、多動傾向もある」と指摘さ れるまでは、発達については少し遅れていると 思う程度で,あまり気にならなかった。身体が 小さいことには悩んでいた。 5歳から通級をはじめる。主訴は語彙の少な さや経験不足、全体的な発達の遅れであった。 就学指導も受けており、両親は「ことばの教室 に通って、1年生入学までに遅れを改善させた い」という気持ちで通級させていた。 小学校4年生進級の前に、医療機関でADHD (不注意優性型)の診断を受ける。中学校は特 別支援学級に入級し、療育手帳を取るように進 められ、障害を認めることに抵抗があって悩ん だが取得した。専門学校(通信制高校)に進学 する。遠距離なので、障害者生活支援センター の通学支援を受けながら電車で通学した。その 後、2年間の専門学校に進み,卒業する。その 間に,普通自動車免許を取得(学科試験は9回 目に合格)した。 小学校3年生時にWISC-Rの検査を受けてい る。このときの検査結果は(生活年齢8歳8 ヶ 月)、VIQ71、PIQ72、FIQ69であり、知的障 害が疑われた。  【就労】 専門学校(通信制高校)と2年間の専門学校 卒業後、A福祉作業所に就労した。2011年9月

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から就労移行支援事業所に、約2年間通った。 月 額6,000円 か ら10,000円 程 度 支 給 さ れ て い た。2013年8月就労移行支援事業所、障害者相 談支援センター、就労継続支援B型事業所(O 市)との自立支援相談会があり、ハローワーク を通して、9月から就労継続支援B型事業所(9: 00 ~ 15:00 時給730円 通勤手当なし)で 働くことになった。しいたけ栽培や野菜の水耕 栽培の事業所なので、汚れて帰ってくることは ない。土日は休みで、火曜日はT市の就労継続 支援B型事業所で仕事をしてくる。通勤定期代 は6 ヶ月で6万円かかっている。だが、喜んで 行っている。まじめでみんなに好かれている。 【生活】 給料は、毎月2万円を小遣いにして、服を買 って流行のファッションを楽しんでいる。職場 には友だちがいて、カラオケや食事にいくこと もある。福祉手帳を使って、友だちと映画に行 ったりしている。ギャンブルはやったことがな い。親には内緒だがタバコを吸うことがある。 休日は、家でテレビを見ているか寝ていること が多い。 親と同居しているので、食事の心配もないし 住む家もある。自分だけで生活するのは無理だ と思っている。生活費は渡してないが、家事は 「風呂掃除と準備」と「犬の世話」をしている。 大事なことには、母親が付き添って行き、手 続きをする。働き・暮らし応援センターの支援 で、貯金の出し入れができるようになった。 【支援制度、相談機関の利用状況】 就労移行支援事業所、障害者相談支援センタ ー、働き・暮らし応援センターとの関わりを持 っている。障害者年金を受給している。通勤手 当はないが、月4,000円の補助金が国から支給 されている。  【保護者の心配事】 親は子どもの将来を障害の有無に関わらず、 親亡き後のことを同じように心配している。就 労移行支援事業を受けていた頃に、女性につき まとわれて、「何かあったら」と心配したが、 今はない。結婚についても、本人が決めること なので心配していない。「親と同居していれば、 年金とB型事業所の給料で何とか生活していけ るだろう」と、母親は思っている。 Dさん(インタビュー) 24歳 男性 PDD、強迫性障害 非正規一般(障害者雇用)養護学校卒 家族構成:本人・両親・妹 母親(インタビュー):自営 【生育歴・学齢期】 3歳児健診で「ことばが遅れている」と指摘 され,地域療育教室に2年間通所した。幼稚園(5 歳児)で、「発音の不明瞭,不器用,集団に溶 け込めない,語彙が少ない」ことを主訴にこと ばの教室に通級する。対人関係の形成を目標 に、小学校卒業まで通級している。医療機関で 感覚統合訓練を受けており、この時点でPDD の診断を受けた。 通常学級に3年生まで在籍していたが、学習 不振と「いじめ」など友達関係が悪くなったの で、4年生から特別支援学級に入級している。 その頃から強迫的な行動がみられ、精神科クリニッ クで強迫性障害(二次障害)と診断された。 小 学 校4年 生 にWISC-Ⅲ の 検 査 を 受 け て い る。このときの検査結果は(生活年齢10歳11 ヶ月)、VIQ:63 PIQ:90 FIQ:74 VC: 70 PO:98 FD:56 PS:69であり、VIQ とPIQのディスクレパンシィは27と乖離して いた。 中学校も特別支援学級に在籍し,療育手帳を 取得(B判定)している。強迫性障害は、中学 生の頃が最も深刻な状態だった。養護学校高等 部に進学し、適切な支援と良好な人間関係が構 築され、生徒会長をするまでになった。 【就労】 養護学校高等部を卒業して、繊維工業に障害 者雇用(契約1年更新型・時給制一般就労)で 就職した。学校の進路指導で3 ヶ所薦めてもら った中から、職場実習に行ったDさんが気に入 って決めた。3年2 ヶ月間の勤務は順調だった が、3年目に職場で、機械に手を巻き込まれて 怪我をする(労災認定・入院)。復職後、直属 の上司からパワハラを受ける。工場長は理解あ る対応をしてくれたが、その上司のパワハラ は、部署が変わっても通勤途中等に行われるな ど陰湿なものだった。徐々に欠勤が多くなり、 結局、依願退職してしまった。  

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22歳から就労移行支援事業所Bに、約1年間 通った。ここでは6,000円から10,000円程度支 給された。1年後、就労移行支援は後1年間あ ったが、働きがいを探して「働き・くらし応援 センター」に相談した。ハローワークで求人を 紹介され、面接試験2回を受けて、外食産業A 店(9:00 ~ 11:00 時給800円 通勤手当有) に一般就労(障害者雇用)する。4カ月後には、 勤務時間を4時間にしてほしいと「働き・くら し応援センター」に相談する。このとき「働き・ くらし応援センター」の職員が職場に出向き、 働く様子を見に行ったが、手を抜いてぼんやり していることがあるので、もう少し1日2時間 勤務で様子を見ることになった。3月半ば頃、 サラリーマン金融で借金して車の頭金にしよう としたが、悪質な金融機関であったことから職 場にも迷惑をかけた。A店では働きづらくなり 5月末に離職する。 ハローワークで求人を紹介された一般就労 (障害者雇用)を受け、6月から外食産業B店 (11:00 ~ 17:00 時給780円)に転職した が、1週間でやめてしまう。通勤に時間がかか ること、土日勤務が離職の理由であった。 7月から市内の食品加工会社(9:00 ~ 17: 00 時給750円)に転職。ハローワークの紹介 であるが、この就労には、「働き・くらし応援 センター」から就労サポーターが週一回出向い て支援している。しかし、1 ヶ月間の仮採用中 にも欠勤や早退が多く、会社の陣容にならない という理由で更新してもらえず、8月離職。 9月から電子部品製作所でのパート(9:00 ~ 15:00 時給750円)勤務が始まった。こ こには養護学校時代の友だちや親の知人(育成 会会員)が勤務しているので、職場内での理解 がある。Dさんは、午前中に配送業務をしてい る。Dさんの職務遂行に問題が生じなければ、 一般就労(障害者雇用)に切り替えてもらえる。 11月末、交通事故で全治二ヶ月の怪我をし て、現在休職中である。 【生活】 自分の車があったときは、友だちを誘ってド ライブに行ったり、車をいじったりしていた。 車の改造を自分でやってみたいので、車関係の 仕事がしたいと思っている。整備士の学校に行 きたいけど、勉強ができないから無理だとあき らめている。仕事から帰ってくると、家で寝て いるか、スマホでゲームをしているか、借金を 返す工面を考えている。大切な物(スマホ)を 入れた引き出しを何度も開けて確かめるという 強迫性症状が出ている。何種類もの薬を服用し ている。 休みの日には友だちの家にも遊びに行くこと もあるが、友だちは一つ上の人だけしかいない。 この友だちとも「彼女」の取り合いをして、 仲たがい中である。Dさんは車で和歌山まで行 って、ペットのイタチを購入してきた。その理 由を「僕には友だちがいないから」と言ってい る。部屋の中でイタチを飼うことを条件に許し たが、「毎月、何か思いがけないことをするの で、どきどきしている」と、母親はその心境を 話された。 今は家族と暮らしている。「自分の車があっ たら、一人暮らしもやってみたいが、今は無理 だ」と、Dさんは思っている。家事は猫や犬の えさやりをしている。猫は長浜へ遊びに行った ときに拾ってきたので、イタチと同じ世話もD さんがしている。 【支援制度、相談機関の利用状況】   就労移行支援事業 、障害者相談支援センタ ー、働き・暮らし応援センターなどの支援機関 との関わりを持っている。障害者相談支援セン ターで、新版K式発達検査2001を受ける。結 果(生活年齢24歳0 ヶ月)は、<全領域>発達 年齢 7歳10 ヶ月 <認知・適応領域>発達年 齢 6歳10 ヶ月 <言語・社会領域>発達年齢  8歳4 ヶ月であった。 小学校5年生時に、精神科クリニックで強迫 性障害の診断を受ける。20歳から精神科病院 に転院。精神科クリニックは投薬だけでなく、 カウンセリング中心であった。転院した病院は 薬物中心の上、Dさんへの対応が厳しいので、 以前の精神科クリニックにもう一度替わりたい 意向を示している。また、「なぜ市内の病院で はだめなのか」とも言っているが、母親は発達 障害を理解した対応が難しいだろうと、その病 院への転院に反対している。 次から次へとおこる課題を克服するために、 障害者年金受給と後見人制度にむけての手続き

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をはじめた。Dさんは後見人制度に対して、「僕 の自由を縛らないで」と言い、裁判官に対して も「車を買ってもらうまでは、後見人を認めま せん」と言っている。父親が後見人になった。 【保護者の心配事】 家財(妹のゲームソフト・お父さんのくつや 衣服・テレビなど)をリサイクルショップに売 り、小遣いにしたり、消費者金融でお金を借り たりする。消費者金融で簡単に借りることがで きることを知って、50万円もの借金をし、親 が精算している。親所有の新車を下取りにし て、大型乗用車(中古スポーツカータイプ)に 乗り換え、約30万円の借金(本人が返済中) をしている。乗り換えた中古車はすでに壊れて 廃車になっている。 父親と「家の物を勝手に持ち出さない」の約 束をしたのに、叱られてもすぐに忘れる。応接 間のテレビを勝手にリサイクルショップで売っ てしまったときに、父親から殴られた。このと き、就労移行支援事業所に電話して「殴られた こと」だけを訴えている。事業所長は殴られた 理由を知って、本人にも説諭してくれたが、D さんが反省したのはそのときだけであった。父 親に叱られた数週間後にサラリーマン金融(ヤ ミ金)で借金して、自動車販売会社で新車購入 手続きをする。自動車販売会社からの問い合わ せで発覚する。この日、職場には欠勤(病気) 届を出して休んでいる。弁護士に介入してもら って、解約・返金の手続きをとった。この後に も、父親のカードを無断で使って殴られている。 また、サラリーマン金融で借金して車の頭金 にしようとしたが、悪質な金融機関であったこ とから就労先や親の職場にも迷惑をかけた。 5,000円借りると、翌日から執拗な電話がかか ってきて、解約に5万円支払った(親が精算)。 警察に届けたので、この事案は終結した。 さらに、スマホのカーセンサーの中に気に入 った車を見つけて注文、ローン会社に母親名義 でローンを申し込んだ。家に車が届いて、この 事案が発覚する。車販売会社にDさんは「後見 人に入っているのですが大丈夫ですか」と確認 していた。クレジット申込書に母親の名前を書 いているが、確認の連絡をDさんにしているな ど、ずさんな契約状況であったために、この事 案は何とか片が付いた。このとき、父親から殴 られたDさんは警察に通報している。母親が警 察官に事情を説明すると、警察官はDさんにク レジットやローンの恐さを説諭してくれた。 車・金融・離職、どんな問題が飛び込んでく るかわからない不安がある。家族の方が先に潰 れてしまいそうだ。次にどのような行動をとる かが心配である。父親は、家から出したい(グ ループホームなど)気持ちをもっている。Dさ んは今のまま家族と一緒に生活したいと思って おり、「家族が離れて暮らすのはおかしい」と 言っている。 薬を1週間服用しなかったことから、水も飲 めない状態に陥り、脱水症状になって点滴を受 けた。回復せず、病院に再入院したことがある ので、健康面のことも心配である。 4.4事例を通しての考察 (1)人間関係にかかわって 人が生きていくためには人間関係が必要不可 欠であり、家族・友だち・職場・地域、さまざ まな相手と人間関係を結びながら生活してい る。 25歳頃までのAさんには、車を通じての友だ ち関係があったが、仲間は結婚して家族を持っ たので、無茶な付き合い方ができなくなった。 だが、学生時代からの友だちや社会人になって からの友だちなど、趣味を通じての幅広い人間 関係を持っている。また、酒を飲まないので友 だちや同僚の運転手になって居酒屋等に行っ て、いろいろな人との関わりの輪を広げて社会 勉強している。 誘われて、一緒にカラオケやドライブに行 くという関係の友だちが、Cさんには何人もい る。相手の都合でつきあわされているようにも 見えるが、そのような友だち関係に満足してい る。 Bさんは、小・中・高でいじめにあっている。 仲間集団が支配するこの時期は、いじめが起こ りやすい。発達障害のある子どもの反応が特異 的であるために、いじめがエスカレートするこ とがある。就職してからのBさんには、友だち ができない悩みがある。友だちが欲しいという 気持ちがあって、デート商法の被害に遭った。

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職場の上司には、それぞれの考え方や性格があ るし、部署の異動等によって、その度に人間関 係も変化する。これらの経験は、Bさんの心に 人間関係に対する不安や恐怖を抱かせる結果と なり、ますます関係性が狭くなっている。 Dさんの場合、養護学校高等部に入学して人 間関係が広がったが、社会人になって人間関係 が縮小されている。また、最近になって、「中 学校の頃にいじめられていた」ことを母親に告 白している。「いじめ」を受けた体験は、自尊 感情を低下させ、二次的な障害を生じさせる可 能性がある。職場での人間関係は厳しかった。 「職場内いじめ」を受けて、心理的ストレスか ら強迫性障害が重篤になっていった。この「職 場内いじめ」は、上司が発達障害を理解してい なかったことが原因だろうと推測する。 人間関係をうまく結べなかったり、ネガティ ブなものだったりした場合の生活はつらいもの だと思われる。BさんやDさんは、人間関係に 課題を残していて、不安や恐怖を抱いていると 考えられる。 以上のことから、発達障害のある青年だか ら、必ずしも人間関係の構築がうまくいってな いわけではなく、周囲の適切な理解のもとで関 係を築けるし、また、青年期のおいても関係性 が発達し続けることが考察できる。しかし、学 齢期に「いじめ」を受けている場合、PDDの 青年には深刻な課題になりやすいこと、職場で の「いじめ」がその時のことをフラッシュバッ クさせていきやすいことが共通性として見られ た。 (2)自己理解にかかわって 自分の何が問題なのかの理解を深めるために は、他者との関係性が必要不可欠であるといわ れる。 28歳のAさんにとって、他者との関わりの変 化や空間・時間的環境の変化は、自己理解への 貴重な契機になっている。「おれも年やし」と、 今の仕事と生活を維持する構えもみられる。パ ワハラやリストラによる転職をくり返しながら も「働く」という経験を重ね、職業人としての 自己理解にも至っている。 毎日、喜んで仕事に行き、家族のために風 呂掃除をするCさんの姿には、自分の生活を自 分でつくるという生き方が感じられる。Cさん は、家庭、地域、支援機関、職場という環境の 影響を受けながら、肯定的で安定した自己イメ ージを培ってきたと思われる。 対人関係や社会的スキルに課題をもつBさん は、他者との関係性を築くのが難しい。その結 果、「自ら助けを求められない」「相談すること ができない」という課題を生んでいる。上司か らは、「相談する癖がなく思い込みで作業をし ている、問題を解決するためのモチベーション を持っていない」等、厳しい見方をされている。 Bさんの自己認識も課題であるが、職場に発達 障害の複雑な障害特性への理解がないという、 相互障害状況がみられる。 発達障害のある人は、きわめて高い理想の自 己認識を抱いており、その姿に周囲の人が実際 の姿とのギャップに悩むことがある。ギャップ が大きい背景には、認知能力の発達が未熟なた めに自己を客観的に捉えることが難しいと考え られる。Dさんは発達的に7,8歳頃であり、自 己を客観的に捉えることに困難を抱えている。 また、高い理想自己を抱くことによって、自尊 感情が傷つくことを防衛しているのかも知れな い。 他者との関係性に課題が見られるPDDの青 年らの自己理解には、きわめて高い理想の自己 認識ときわめて低い自己認識が見られた。そこ には、発達的に7,8歳頃で自己を客観的に捉 えられない青年と客観的理解が進んできた青年 の実態が見られたが、発達だけの要因ではな く、家庭や学校、職場での諸経験が自己概念の 形成に影響を及ぼしていると考察する。 職場で上司から否定されて、自信を失い自分 を駄目な人間だと認識するのも、関係性のよわ いPDD青年の個別性の問題である。同じよう に職場で否定された経験(パワハラ)を持って いても、他者との関係性が構築できている場合 は、肯定的な自己理解に至っている。 (3)就労問題にかかわって 学校と職場への移行の段差は大きく、特に職 場での人間関係は生やさしいものではない。A さんもBさんもDさんも職場の人間関係でつら い経験をしている。Aさんは、ことばでの表現 が苦手で理不尽な対応にも従い続け、無理をし

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て身体に異変を感じて離職を決断している。B さんは、作業内容や作業過程を理解しそれなり の作業能力を発揮していても、それを独特の価 値観や思考方法で解釈してしまう傾向があるの で、「思い込みでいつも同じ作業しかできない」 と、上司から指摘されている。また、複数作業 の同時並行が苦手で失敗を重ねて叱られること も多く、悩み続けている。 就労がうまくいかない原因の一つは、職場の 人間関係の善し悪しや信頼できる上司や仲間が いるかどうかにある。Dさんは、障害者雇用で 一般就労しているが、そこで働く上司の発達障 害に対する理解がなかったために「職場内いじ め(パワハラ)」を受けて離職している。 就労がうまくいかない第二の原因は、ジョブ マッチングの問題である。特に発達障害のある 人の場合、自分にあった仕事を選択しなかった ために、職務遂行にトラブルが生じるのだと考 えられる。Dさんには「車が好きだから車関係 の仕事がしたい」という職業意識があるのに、 実際の仕事には清掃や食品加工業務を選んでい る。本人の要求と能力との乖離があり、Dさん の職業イメージは低く、「手を抜いてしまう」「理 由もなく休む」などの問題が生じて、離職、転 職をくり返しているのだと思われる。 福祉就労の場合は、職場に信頼できる上司や 仲間がいて、毎日楽しく働いているが、経済的 自立はできるのだろうかが問題になる。Cさん は就労継続支援B型事業所で月額70,000円(時 給730円、通勤手当なし)を支給されている。 障害福祉関係者は、「障害者年金を受給すれば 一般就労者と同額程度の収入になる」と親に説 明しているが、Cさんの経済的な自立は難しい だろうと推察する。 このように、ジョブマッチングの問題、低収 入の問題、人間関係の問題があっても、彼らは 誰かのために働いたり、漫画やファッションや 車のために働いたりして、「働きがい」を感じ ているのではないか。 発達障害のある人が自分らしさを生かす就労 への支援が、企業や就労支援に関わる者の責務 だと考える。そのためには、「できないこと」 だけでなく「できること」にも目を向けてくれ る、上司や仲間と仕事ができるような会社の合 理的配慮が必要である。 (4)生活・余暇にかかわって Aさんの休日は、家で寝ていることが多い。 プラモデルやゲームをしたり、DVDを見たり して過ごすこともある。友人と休日があえば、 アニメ映画を観に行ったり、海釣りやバス釣り に行ったりする。連休があれば、旅行に行きた いと思っている。一人暮らしは、食事が作れな いので無理だが、自分の衣類の洗濯や掃除はや っている。 Bさんは、都会でひとり暮らしをしている。 給料は月16万~ 40万円で、ボーナスを入れる と年収400万円くらいになる。家賃は6万円く らいで、職場貯金を毎月1万円している。あと は使い切る。「複数で騒ぐのが苦手」なので、 同僚と食事に行くことも少ないし、一人でいる ことが多い。デート商法に引っかかってから は、人との関わりに不安や恐怖を感じて外出が 減った。休日はアパートでゲームをしたり、寝 ていたり、読書をしたりして、ゆっくり過ごし ている。 Cさんも職場に友だちがいて、カラオケや食 事にいくこともある。ギャンブル(パチンコ) はやったことがないが、親に内緒でタバコを吸 うことがある。休日は、家でテレビを見ている か寝ている。また、福祉手帳を使って、友だち と映画に行ったりしている。友だちにドライブ を誘われ、遠出をすることもある。おしゃれに 興味があるので、自分で服を買うこともある。 家庭に食費は入れてないが、犬の世話もする し、風呂掃除と風呂の準備もする。まだ、大事 な手続きなんかは、母親に付き添ってもらう が、支援センターの人に教えてもらって、貯金 の出し入れはできるようになった。 Dさんは、コミュニケーションが苦手で一人 で過ごすことが多いが、「友だちがない」「彼女 が欲しい」という要求は強い。車が生きがいで、 一人でいると車のことで頭の中がいっぱいにな って、ネットで車を見つけて予約したり購入手 続きをとったりしてしまう。後先を考えない で、軽い気持ちで借金をしてしまうのである。 強迫性症状も出ていて、何種類もの薬を服用し ている。この二次的な障害は、彼の生死にもか かる問題を生じさせることがある。脱水症状に

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なって入院したり、交通事故を引き起こしたり して、家族に心配をかけている。働きがいも生 きがいも車である彼から、車をとることはでき ない。 共通していえることは、日常は家の中で休息 をとっていることが多かった。友達関係に広が りが見られず、職場内での関わりだけという人 が多い。だが、彼らは暮らしの中での小さな楽 しみ(余暇や休息)に、満足しているのではな いかと、推測する。このような生活や余暇の過 ごし方があってもよいのではないかと思う。 (5)親との関係にかかわって 今まで上手く支援し、ありのままの息子を他 人には隠してきたし、できれば息子への告知も 会社へのカミングアウトもしたくないと思って いたBさんの母親、問題が起こると暴力でもっ て叱り、家族が潰れてしまわないようにグル ープホームにいれたいと考えていたDさんの父 親、障害認識が薄くDさんの抱えるしんどさや 生きにくさを理解していない母親、「しっかり 稼がないと、嫁さんももらえないぞ」と叱咤激 励するAさん父親の姿がみられた。 その親たちが「支援できること、できないこ と」に気づき、関わり方を変えようとしている。 これからの3人は、親だけでなく様々な人に依 存しながら自立していくのだと思われる。互い の人格を認め、安心して子別れできる時期がき たら、親の方からそっと離れていけばよい。無 理に離そうとするのも本当の自立にはつながら ない。青年期の親からの精神的離脱は、様々な 経験を通して自分らしい生き方や社会的な役割 を身につけ、少しずつ実現していくものだとも 考える。また、両親の一貫した関わりも自立を 促すと思われる。 このように親子は依存しあいながら生きてい くものであるが、共依存しすぎている親子の関 係も見られる。Aさんの母親は「マザコンで、 いつまでも子どもで困っている。時々、鬱陶し くなることもある。」と言いながらも、共依存 してしまっている。さまざまな親子関係を見て きて、人というのは多くの人に依存しながら自 立していくものだと、再確認した。 本人たちの意識には「一人暮らしは無理だ」 との思いがある。たとえ母親に給料を管理され ていても、家賃も食費もいらない生活に満足し ている。また、親が感じているほどの将来への 不安を感じていないし、親からの精神的離脱を 少しずつ始めているように思われた。親からの 精神的離脱は、さまざまな経験を通して、自分 らしい生き方や社会的な役割を身につけて実現 していくものであるから、よりよい自分への目 覚めを支える経験ができる場が必要である。家 族や地域社会での居場所や活躍の場が、精神的 離脱の基盤になるのではないだろうか。 (6)支援制度の利用にかかわって Aさんの母親は、福祉関係の仕事をしている 知人に就労相談をしたが、「B型事業所の時給 は100円から300円と安いが、障害者年金を受 給すると一般就労者と同程度の月額になる」と いう話を聞いて、福祉的就労に心理的抵抗を示 して、一般就労を探している。 Bさんは支援制度には縁が無いように思われ ていたが、今年になって、上司から「精神科へ 行け」と言われて、障害者就業・生活支援セン ターに相談することになった。青年期後期(成 人期への移行期)のこの時期に、相談や支援を 受ける場を見つけて福祉サービスを得たことに は、意義があると思われる。 特別支援学校であれば、手厚い進路指導や卒 業後の支援を受ける障害者就業・生活支援セン ター等の関連機関への引き継ぎが充実してい る。Dさんは養護学校高等部を卒業して、障害 者雇用(契約1年更新型・時給制一般就労)で 就職している。離職後、就労移行支援事業を受 けていたので、障害者相談センター、働き・暮 らし応援センター、就労移行支援事業所との関 係ができ、今もよく相談に行っている。自立支 援会議も定期的にもたれ、問題が生じたときに はすぐに対応して、警察や弁護士との連携も図 っていてくれる。障害者年金受給の手続きをは じめ、成年後見人制度の利用も決まった。 Cさんは、中学校で特別支援学級に在籍し て、そこで障害者手帳を取得していた。進学し た高校には、通学支援制度を利用しながら通っ た。専門学校卒業後は就労移行支援事業を受け ている。現在、就労継続支援B型事業所で就労 している。通勤手当がつかない事業所である が、申請すれば月4,000円の通勤のための補助

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金が国から支給されるので、その制度も利用し ている。このような支援制度を受けながら、平 均的な「働き・暮らし」を維持していると考え られる。 障害者手帳を取得している事例では、生活・ 就労において支援制度を利用している。手帳を 持たないで一般就労をしている場合は、親が全 てを抱えて対応しており、親の知人を介して相 談機関を探していることがわかった。 (7)障害受容と告知にかかわって 本人への障害告知や家族の障害受容、なかな か難しい課題である。1歳半健診や3歳児健診 で、発達の偏りを指摘されていても「そのうち 普通になる」と、信じて支援してきた親もいる。 PDDやADHDの診断を受けていても、障害者 手帳を取得するには抵抗を示す親もいる。 Dさんの場合、家族も障害の受容はできてい るが、「問題行動」のたびに、動揺したり悩ん だりする。Dさんの本当のしんどさや生きにく さを受けとめてはいないように思われる。 就職してから、「なんで叱られるのか」「なん で指示されたことを忘れるのか」悩んでいたB さんは、障害者就業・生活支援センターで紹介 された精神科で検査を受けて、PDDと診断さ れた。「知的障害でないことがわかって、良か った」という気持ちになっている。Bさんのよ うに、成人期を前に人間関係の課題が生じて、 障害の受容や告知が必要になることもある。 障害受容や障害理解は、発達障害のある青年 が自分らしく生きるために必要である。就労や 生活支援を受けたり、地域や職場でよりよい人 間関係を築いたりするためには、周りの障害理 解は当然のこと、本人や家族の障害受容が重要 であることがわかった。 (8)親自身の心配事にかかわって 青年期は恋愛や結婚について意識する時期で あるが、悪徳商法(デート商法)にだまされた Bさん、電車に乗るとどうしても女の人が気に なるというDさんなど、トラブルや想いの逸脱 などが生じることがある。彼らの気持ちは、ま だ恋愛や結婚に進んでいないが、これらの心配 事も数年後には現実の問題になるだろうと思わ れる。恋愛感情や結婚観を持つには、高度な関 係性のスキルや社会規範が必要になるので、家 族や支援者には、簡単で丁寧な助言をし続ける ことが求められる。また、性の問題は被害や加 害という課題に発展することもあるので、結婚 や恋愛は当事者の問題といいながらも、気配り をしている親もある。 働くとなると、お金の管理も大切である。収 入以上のお金を使ってしまって親に借りたり、 金融機関で借りたりして借金を背負う人もい る。悪徳商法にだまされ、ことば巧みにローン を組まれてしまうこともある。お金の使い方 と管理については、親自身の心配事の1つであ り、成年後見人制度を利用することになった人 もいる。 親の心配は、健康管理の問題にもある。特に、 一人暮らしをしていると偏食になりがちになる ので、食事や栄養管理、病気などを心配してい る。母親のことばには、親としての気持ちが凝 縮されていた。 5.おわりに 発達障害のある人の青年期における課題に は、自己理解、親子の関係、職場や社会の抱え る課題、障害者福祉制度のあり方等が大きく影 響している。 手帳の有無や教育歴や職業経験等は、一人ひ とり異なっていても、彼らが自分らしく生き、 社会的な役割を果たすためには、「自ら支援者 を求める力」「適切な機関に自ら支援を求める 力」が必要である。このような「支援を求める 力」は、初等・中等教育で育てるべき課題である。 彼らのQOLを高めるには、障害者雇用促進 法の改正、精神保健福祉法の改正、障害者差別 解消法の成立から障害者権利条約の国内発効と いう障害者制度改革の経緯を絵に描いた餅では なく、実効性のあるものにしなくてはならな い。そのためには、彼らを取り巻く環境、障害 福祉サービスの充実等の具体的な整備が必要で ある。 また、社会に漂うマイナスイメージの障害観 を変えること、多様性を認める社会を構築する ことが、障害者の自立やQOLを支える社会資 源に求められる課題である。 そこには、ありのままを受け入れた支援、家 族に対する包括的な支援がごく自然な隣人に求

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められている。発達障害のある人やその家族 が、家族という閉じた関係では気がつかなかっ たことも相談できる、身近で身軽(早期)に支 援できるコミュティネットワークである。筆者 はコミュニティネットワークの構築こそが、多 様性を認める社会の構築であると考えている。 虐待、いじめ、不登校、引きこもりなどの社 会問題は、1995年頃から、教員であった筆者 の身近な問題になってきた。本研究の事例対象 者が小学校に在籍していた頃である。医療、教 育、福祉、労働などの分野で、早期から発達障 害者への十分なサポート体制が構築されていた ら、彼らが被った「いじめ」「不登校」は未然 に防ぐことができたのではないかと思う。この ような社会問題は、20年後の今、複雑に絡み 合い「自殺」という重篤な問題を生んだ。今の 子どもたちが20年後に、幸せなライフステー ジを営んでいることを渇望する。 本研究では、「発達障害のある人の青年期に おける課題と支援」を取り上げたが、現在、自 立の課題は、発達に障害のある青年たちに限っ た問題ではない。自立するという課題は、その 人にとって人生最大の課題である。それは同時 に社会全体にとっても重要な課題である。 参考文献 白石恵理子2007『青年・成人期の発達保障2』 全障研出版部 市川宏伸監修2010『発達障害者支援の現状と 未来図』中央法規 松為信雄2011「障害者と就労支援」『LD研究』 第47号 橋本和明編著2009『発達障害と思春期・青年 期 生きにくさへの理解と支援』明石書店  梅永雄二編著2010『発達障害がある人の就労 相談』明石書店       国立特別支援教育総合研究所(2011)『キャリア 教育ガイドブック』ジアース教育新社 他

参照

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