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「自由への読書」のための基礎的研究2-コロス劇への昇華-: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Title

華−

Author(s)

上原, 明子

Citation

沖縄キリスト教短期大学紀要 = JOURNAL of Okinawa

Christian Junior College(37): 131-155

Issue Date

2009-02-27

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/9731

(2)

「自由への読書」のための基礎的研究Ⅱ

−コロス劇への昇華一*

上 原 明 子 * *

Abstract Thisarticledealswithastudyofdevelopmentofreadingeducationprogram. Theauthorbelievesthatthegoalofeducationistoenabletherisinggenerationto "livefreely".Threeabilities;"imagination","criticalthinking"and"meta-cognitive abilitythatsupportsself-control"areneededtobedevelopedforoneto"livefreely". Recognizingthatreadingasthebestmethodtodevelopthethreeabilities,"Reading forFreedom"wasproposed(Uehara,2007)asasystematicreadingeducationprogram thatmeetstheneedsofchildren'sstageofdevelopment. Inthisarticle,reportsandanalysisof"ReadingforFreedom"program,whichthe authorhasimplemented,areconductedwith"physicalizationofreading"askeywords. は じ め に 筆者は、教育の目標は、次の世代を担う子ども達を「自由に生きる」ことへと導いてやるこ とだと考えている。「自由に生きる」ためには、「想像力」、「批判的思考力」、「自己コントロー ルを支えるためのメタ認知能力」の3つの力を鍛えておく必要がある。この3つの力を鍛える 最良の方法が「読書」であると考え、上原2007では、子どもの成長段階に即した体系的な読書 教育プログラムである「自由への読書」を提案した。 本稿は、「読書の身体化」をキーワードに、これまで実践してきた「自由への読書」プログ ラムの報告と分析を行い、「自由への読書」の意義を再考するものである。 1.読書を身体化するための4つのタイプ 体系的な読書教育としての「自由への読書」には、「読書の身体化」、「批判的思考力養成」 という段階的なプログラムがある。「批判的思考力養成」については、上原2007で、短期大学 の「表現技法」クラスにおける実践の報告がなされている。本章では、「読書の身体化」につ いての4つの実践報告と分析を行う。 1.1「よみきかせ・よみあい」型 読書を身体化する方法として、「よみきかせ」による「耳からの読書」がある。「耳からの読 書」は、いわゆるサイレント・インフォメーション文化における個人的な閉じた活動としての 読書体験を、読み手と聞き手の共有の活動として開かれた読書体験へと転換させるものである。 *BasicResearchfor"ReadingforFreedom"11 一SublimationtoChorus-**AkikoUehara

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-131-そこに、テキスト(読書材・作品)を媒介とした相互交流が生まれ、「読書の身体化」が起こ る。最近は、一対多の「よみきかせ」の他に一対一の「よみあい」というスタイルも注目され つつある。 「よみきかせ・よみあい」は、家庭や保育園・幼稚園等の幼児教育の現場、図書館、その他、 さまざまな場所で行われている。近年では、学校現場、特に小学校において、保護者や地域ボ ランティアによる活動が盛んに行われている。上原2005に、沖縄県における小・中学校の「よ みきかせ・よみあい」活動の実態調査がある。活動日は、多くの学校で、週に1回、職員朝礼 の時間を利用し、20分程度行われているようである注1.題材の選択は、絵本のような短い時 間に読みきれるものに偏る傾向がみられる。読み聞かせ活動の目的は、子ども達への愛情表現 や読み聞かせ活動に参加する大人の生涯学習の機会であった。筆者は、学校現場での読み聞か せ活動には、教師が関わることを切望している。カリキュラムの中に、体系的な読書教育を組 み込んではどうだろうか。学校現場では、「よみきかせ・よみあい」をすることで、生徒の読 書意識が高まったことを評価したり、逆に変化が見られなかったことで活動への評価が下がっ たりと、「よみきかせ・よみあい」と「読書」が対になって捉えられる傾向がある。しかし、 体系的な読書教育の一環として「よみきかせ・よみあい」をプログラム化していなければ、 「読書」との相関関係は希薄なままである。このまま、あいまいな目的と実施を続けていれば、 今後、文部科学省の指導要領の改訂等に伴い、「よみきかせ・よみあい」の時間は、学力向上 のための活動に取って代わられることも予想きれる。 筆者は、特に、小学4年生からの「よみきかせ・よみあい」については、「耳からの読書」 を意識した題材選びがなされるべきであると考えている。分量のある本を読み聞かせる場合、 絵本のような1回毎の読みきりスタイルではなく、数回に分けて読み継いでいく方法や、ブッ クトーク注2の手法を取り入れる等の工夫をしてはどうだろうか。脇2005でも、大学生が小学 校で実施した1冊の本を数ヶ月かけて読み継いだ「よみきかせ」活動で、子ども達はリレー形 式の「よみきかせ」でもお話の世界に入り込めたことが報告されている。分量のある一冊の本 を読みきった経験は、子ども達にとって意味のある読書体験になったと思われる。 これまで、さまざまな教育の場で、「よみきかせ・よみあい」の実践や指導を行ってきた。 筆者が常に心がけていることは、深い呼吸と調和のとれたリズムに支えられた美しい響きによ る朗謂を行うことである。「耳からの読書」となる「よみきかせ・よみあい」を行うには、読 み手の側に、ある程度の訓練がなされるべきである。「耳からの読書」の世界を豊かにできる かどうかは、読み手の力量によるところが大きい。「よみきかせ・よみあい」に関わる者は、 その責任を自覚して、鍛錬して欲しい。楽しいだけの活動に終わらせず、読書の道標となる活 動へ発展させることはできないだろうか。 成長段階に即した教育を行うためには、教育に関わるすべての活動が、時間の横軸・縦軸に おいて有機的なつながりを持つことが肝要であり、読書教育も幼児から青年期まで有機的なつ ながりの中で体系的に行われるべきである。「よみきかせ・よみあい」を、読書の身体化のひ とつのタイプ、「耳からの読書」であると位置づけることで、読み手の意識も明確になり、活 動の意義も深まると考える。 1.2「読書会」型 「読書会」とは、読書を媒介としたコミュニケーションの場となる。開かれた読書体験とし 3 2

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-ての「読書会」の「場」では、開かれた読書への意識の転換、読書の習‘慣形成、鍛錬型読書の トレーニング注3,が行われる。何よりも、集う仲間とひとつのテキストについて語り合うこ との喜びがある。斎藤2002では、「読書会」を成功させる秘訣について、「一番大事なことは、 全員が最後まで読んできているということを前提としないということだ」(斎藤2002p.l73)と 述べている。 筆者の実践している読書会では、「線引き15分読書」、「テーマ別ベスト3報告会」、「読書 クイズ作成・クイズ大会」、「句点読み」という4つの活動を組み合わせて、読書会という「場」 における、読書を媒介としたコミュニケーションを深めている。 (1)線引き15分読書 読書習‘慣形成のために、15分読書を奨めている。15分間という時間を区切った読書により、 読書への抵抗感が解消きれる。この手法は、「朝の読書運動」等で活発に行われている。また、 鍛錬型読書へ移行するためには、「線引き読み」という、印象に残った箇所に印を付けていく 読解スキルを身につけることが大事である。特に鍛錬型読書の初期段階では、印を付ける箇所 を探すことが、ページをめくる推進力になってくれる。 (2)テーマ別ベスト3報告会 「線引き15分読書」で印を付けた箇所の中から選んだベスト3を、読書会で報告し合う活 動。読後の感想文やあいまいな印象をコメントするよりは、「印象に残った表現ベスト3」や 「疑問に感じた表現ベスト3」のような、テーマごとのベスト3を報告しあう方が、読書体験 にとっては意味がある。それを膨らませたものが、ブックリポートや感想文になれば、さらに 教育効果も高くなるだろう。 (3)読書クイズ作成・クイズ大会 テキストの内容から、読書クイズを作成することで、読書体験が深まる。さらに、作成した クイズを持ち寄ったクイズ大会を行うことで、読書を媒介としたコミュニケーションが深まる。 この手法は、ブックトークにも取り入れることができ、読書力のレベルや年齢を問わず、誰も が楽しんで参加できる読書を媒介としたコミュニケーションとなる。 (4)句点読み 「句点読み」とは、参加者が輪になって座り、句読点で短く区切りながら音読する方法であ る。この方法の利点は、1回に読む量は短いが、読む回数が多くなること、また、すぐに順番 がまわってくるため、自ずと集中することである。参加者全員がひとつのテキストに集中して 音読することで、スポーツの団体競技のようなチームワークが生まれる。 1.3「タスク」型

タスク(課題)をこなすことで、テキストを深く読み込むことをねらいとした、課題解決型

の読書スタイルである。タスクは、一人で読む読書の道標の役割を果たし、同時に、それぞれ のタスクをテーマに、ディスカッションを行うことにより、読書の共有化を図ることができる。

以下に、琉球大学留学生センターの留学生クラス「日本語作品購読Ⅱ」(2006年度、2007年

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-133-度)で行った、「宮津賢治作品購読」の中から「よだかの星」で使用したタスク、タイプAと タイプBを紹介する。タスクを行う前の事前学習として、宮津賢治についての情報収集と報告、 「雨ニモマケズ」の詩の朗謂と、「○○にも負ケズ」オリジナル詩作・発表会を行った。「よだ かの星」作品購読は、「よみきかせ」→「句点読み」→「タスク」→「赤と青のイマージュ・ ちぎり絵制作・鑑賞会」→「群読」→「エッセイ」、という流れで行った。 (1)タイプA タイプAは、2006年度の「日本語作品購読Ⅱ」クラスで行った。 〔クラス概観〕 ◇授業期間:2006年10月12日∼2007年2月8日 ◇クラス活動について: 「生きる」ことをテーマにした日本語作品を、音読やディスカッション、オリジナル作 品作りを通じて、作品と学習者の内面が響き合うような活動を展開した。 事前レポートを課し、各自の報告から作品情報を構築していくことで、作品や作者を身近 に感じられるよう工夫した。 ◇クラスの様子、その他: 少人数であることと同時に、韓国出身学生が多かったことで、親密な雰囲気のクラスで あった。作品についての読解力の高い学習者が多く、深い内容の発言がなされた。取り上 げた作品についての朗読を行うことで、鑑賞にも幅が出た。また、作品や作者についての 情報は、担当講師が準備した資料以上に、学習者の事前レポートの内容が充実しており、 学習に対するモテイベーションの高さを感じた。今後の課題は、作品のジャンルの幅を広 げること。 〔タスク.Aタイプ〕 タスク1:この作品のテーマは何? タスク2:鱈がこだわっているのはよだかの何? タスク3:よだかは、何を選択するのか? タスク4:作品に出てくるよだかの飛ぶ様子を描写している箇所を全てチェック タスク5:よだかの「自己肯定」の箇所はどこか? タスク6:よだかが「食物連鎖」の宿命を拒否する決意を描写している箇所はどこか? タスク7:よだかの意識が、他力から自力への転換する箇所はどこか? タスク8:「山やけの火」が描写されている箇所を全てチェック タスク9:「青い火」と「赤い火」は何を表現しているのか? タスク10:「水平移動」と「垂直移動」は何を表現しているのか? (2)タイプB タイプBは、2007年度の「日本語作品購読Ⅱ」クラスで行った。

2006年度のクラスに比べて、日本語のレベルが低かったため、タスクを改訂した。

−134−

(6)

〔クラス概観〕 ◇授業期間:2007年10月18日∼2月14日 ◇クラス活動について: 「生きる」というテーマに貫かれた日本語の作品を学ぶことで、学習者自身が「生きる」 ことについて深く考えることを目標とした。日本文化、日本人の考え方と自国の文化や個 人としてのあり方等、作品購読をきっかけとして、様々な気づき、発見が起きたようであ る。 作品の音読・朗読や暗調を通して、日本語のリズムを身体化した。さらに、オリジナル 作品製作や、意見文、感想文等につなげることで、書く力の養成にもつなげた。 ◇クラスの様子、その他: クラスへの参加の熱心さに加え、課題への取組等もまじめで、教えがいのあるクラスで あった。日本語の文学作品についての、学習者からの深いコメントは、日本人学生にも大 いに参考になるのではないかと思う。ひとつの作品を巡って、日本語教師養成コースの学 生たちとのデイスカッションの機会を作ってはどうだろうか。 〔タスク.Bタイプ〕 タスク1:よだかの「飛ぶ様子」を描写している箇所を全てチェック タスク2:よだかが「食物連鎖」の宿命を拒否する決意を描写している箇所をチェック タスク3:よだかの意識が、「他力から自力への転換」する箇所をチェック タスク4:作者は、よだかを「どんな存在」として、描いているのか? タスク4:「名前」とは何か? タスク5:「水平移動」と「垂直移動」は何を表現しているのか? タスク6:「赤い火」と「青い火」から、どんなメッセージを受けるか? タスク7:1∼6を参考にして、この作品のテーマについて、考えてみよう。 1.4「表現」型 「表現」により、読書を身体化する方法として、「部分群読(句点読みの際に、一部、群読

の技法を取り入れる)」、「場面表現(ペア・グループで、会話文を読み、場面を演ずる)」、「作

品制作(テキストのイメージを、ちぎり絵やパステル画で表現し、鑑賞会を行う)」、がある。 前節までに紹介した「よみきかせ・よみあい」型、「読書会」型、「タスク」型とは異なり、

テキスト(読書材)を離れた活動が多くなるが、「読書の身体化」にとって、「表現」型の果た

す役割は大きい。以下に、実践報告を行う。 (1)部分群読・場面表現 2008年5月24日、西原町中央図書館講演会にて、「親子読書」についての講演とワークシヨ ップ「親子で楽しむ読書の世界」を行った。小学校4年生から6年生までの親子を対象に、

宮津賢治作「よだかの星」を題材にして、「自由への読書」プログラムの「読書の身体化」

を行った。

内容は、1.アクテイビテイ〔①わらべうた遊び「月・星・蛍」②イマジネーション遊

び「森の回廊」③クリエイテイブ遊び「星座探索」〕、2.「よだかの星」〔①「星めぐりの

-135−

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歌を歌おう」②「句点読み・部分群読」③「二人読み・場面表現」〕、3.振り返り〔① 「よだかの星」に隠されたメッセージ注4②宮津賢治の作品紹介〕・ 以下、ワークショップで行った部分群読と場面表現について紹介する。 ①部分群読 「部分群読」とは、句点読みによる音読の一部分を、群読の技法を使って読む活動のこと。 ワークショップでは、参加親子全員で大きな輪を作り、句点読みをしながら、講師である筆 者の指示の下、「親グループと子どもグループに分かれて」、「スピードを速めながら」、「だ んだん大きくして」、「1行づつ追いかける」等の部分群読を体験した。 部分群読を行うことで、句点読みにアクセントがつき、最後まで読みきる助けにもなる。 ②場面表現 テキストから、会話文だけを抜き出し、場面に分け、親子で配役をして、それぞれのセリ フを声に出して読みあう。(資料1参照)セリフを声にする時には、誰が、どんな風に、ど んな状況で発しているのか、場面を認識しなければならない。そのためには、テキストに戻 り、読みを深める必要が出てくる。また、親子で場面の共通認識をするために、相談をしな ければならない。さらに、場面を演じるためには、動きの練習もある。 場面表現を行うために、さまざまな課題を親子で解決することにより、読書によるコミ ュニケーションが深まる。 (2)作品制作・鑑賞会 1章3節で紹介した留学生クラスで行った「宮津賢治作品購読」のプログラムの実践を紹 介する。

「よだかの星」作品購読は、「よみきかせ」→「句点読み」→「タスク」→「赤と青のイ

マージュ・ちぎり絵制作・鑑賞会」→「群読」→「エッセイ」、という流れで行われた。購

読学習が「タスク」まで終わった段階で、「勉強」という感覚をずらし、より深い作品理解

につなげるために、「表現」を取り入れた。

「よだかの星」の主題に関わる表現として、「赤い火」と「青い火」の対比がある。「赤と

青のイマージュ・ちぎり絵制作・鑑賞会」では、赤系統の色紙の「ちぎり絵」、青系統の色

紙の「ちぎり絵」作品、2点を制作し、鑑賞会を行った。ここで実際の作品を紹介できない

のが残念だが、完成した作品はどれも、大変に魅力的な仕上がりであった。作品を制作する

にあたり、ちぎり絵を選んだのは、ちぎるという行為により、身体感覚をより活性化したか

ったからである。鑑賞会では、自分の作品についての解説や、クラスメートの作品への感想

を述べ合った。

授業の最後の「よだかの星」についてのエッセイからも、「表現」を体験したことが、深

いイメージに支えられた作品購読につながったことがうかがわれた。 2.「コロス劇」への昇華

上原2007では、「自由への読書」プログラムの中で、読書を個人的な閉じた活動から開かれ

た共有の活動へ転換する方法として、「読書会」と「群読」が有効であると述べた。「群読」は、

さまざまな教育的可能性を秘めた塾術活動である。筆者は、「群読」から発展させた「コロス

(8)

-136-劇」を用いて、読書を深く・強く身体化きせることを試みている。コロス劇の演じ手は、テキ ストに描かれた世界を真に生きることができ、その過程で、テキストの内容、表現、語黄が身 体 化 さ れ る 。 コ ロ ス 劇 の 観 客 は 、 五 感 を 通 し た 読 書 体 験 を す る こ と が で き る o 1 章 で 述 べ た 「よみきかせ・よみあい」、「読書会」、「タスク」、「表現」という「読書の身体化」の4つのス タイルを昇華させたものが、「コロス劇」である。 本章では、宮津賢治作「よだかの星」から生み出した、コロス劇「レムニスカートー永遠に 生 き る も の − 」 に つ い て の 解 説 と 分 析 を 行 う 。 2.1コロス劇とは コロス(choros)とは、古代ギリシア悲劇の中で、登場人物の心情や場面の状況を表現する 多人数合唱隊のことを指す。特に、ソフォクレスのテーバイ三部作でのコロスは、物語の進行 の要であり、劇の流れや状況・背景等についての解説者の役割を担った。能楽における大人数 での斉唱や1960年代に山本安英の会が提唱した「群読」もコロスの流れを組むものであると考 えられている。 コロス劇とは、筆者の造語であるが、これは「群読」を場面展開や挿入劇、舞台のしつらえ 等を用いて、塾術的に展開させた舞台のことである。「朗読劇・群読劇」と似ているが、それ よりも演劇的要素が濃くなっている。しかし、あくまでも朗調の舞台であるため、出演者は作 者の表現したテキストの世界の代弁者・通訳者の域を出ることはない。コロス劇の演じ手は、 テキスト(台本)持って舞台に立つ。 筆者は、「自由への読書」プログラムにおける「読書の身体化」の最高峰に、「コロス劇」を 掲げた。 このことは、哲学者中村雄二郎の提唱する「臨床の知」から学んだところが大きい。少し長 くなるが、中村が、演劇の本質について述べた箇所を引用したい。〈下線:筆者による〉 では、演劇本来の特質とはなにか。それは、まえにも触れたように、人間と世界とを凝縮 して重層的に捉え、描き出すことである。等身大の日常的な人間ではなく可能的な人間を表 現することによって、人間の隠れた本質を捕らえることである。 ここにおいて、大きな意味を持って浮かびあがってくるのは、なにかといえば、〈対話〉 ではなくて〈コロス〉(舞唱)、つまり、ギリシア悲劇の起源がそこにあったとニーチェが言 うあのコロスである。デイオニュソスの祭りでのサチェロス(半人半羊神)のコロスがその 原型だが、これは、人間のもっとも気高くてつよい情動の表現であり、雄大な統一感情によ って人々を世俗的な国家や社会の生活から宇宙的な自然に引き戻す力をもっている。この ようなコロスこそ対話が生まれる母体にほかならない。 (中村雄二郎「臨床の知とは何か」p.116より) 2.2コロス劇の構成 (1)主題を導き出すプロセス

「よだかの星」の主題を導き出すために、「読書会」→「タスク」→「表現」→「よみきか

せ・よみあい」という4つのプロセスを辿り、作品の主題に迫っていった。主題を導き出すプ ロセスを組み立てるにあたっては、請藤1997をはじめ、多くの「よだかの星」の先行研究や宮 −137−

(9)

津賢治論を参考にした。それらの先行研究や、「よだかの星」の文学的研究については、別の 機会に報告したい。 以下、主題を導き出し、コロス劇に仕立てるまでのプロセスを報告する。 ①「読書会」 テキストを配布し、初見で「句点読み」を行った。参加者が輪になって座り、「よだか の星」の全文を「句読点」で細かく区切りながら音読した。読み終えた後、印象に残った 表現や場面を紹介し合い、読書会という「場」における共通感覚を培った。 宮津賢治の作品は、閉じた読書の前段階に、開かれたかれた読書体験がある方が、作品 の世界に入りやすいように思われる。 ②「タスク」 ボランティアスタッフの大学生・高校生・大人へは、1章3節で紹介した〔タスク・タ イプAを配布し、読みを深めてもらった。子ども達へは、〔タスク・タイプBを基に した問答方式で、内容理解を深めていった。 ③「表現」 「赤と青のイマージュの作品制作」と「鑑賞会」、「場面表現」を行った。 作品制作は、ちぎり絵とパステル画の2種類を制作した。紙をちぎる行為、指で描く行 為による身体感覚の活性化、赤と青の色の感覚を感じ取ること、立体(ちぎり絵)と平面 (パステル画)の体験は、深い読書体験に連なっていく。鑑賞会では、自分の作品の紹介 とお互いの作品への感想を述べ合った。 会話文を取り出した場面(資料l参照)を、ペアで小ざな劇に仕立てる「場面表現」を 通して、賢治が作品の中に潜ませたメッセージを読み取っていった。 ④「よみきかせ・よみあい」 筆者ともう一人の朗謂者、ピアノ奏者の3人で行った。よだかの昇天する場面には、讃 美歌「アメージンググレース」を用いた。これまでの3つのプロセスを通し、「よだかの 星」を「知って」いた聞き手は、墓術的に仕立てられた「よだかの星」と出会うことで、 作品を「体験」することになる。そして、いよいよ次の段階、コロス劇を演じることで、 作品を「生きる」のである。 構想から2年、主題を導き出すプロセスを辿り、「よだかの星」の主題を、「水平と垂直」、 つまり、「永遠の生命の流れと真に生きる思考」と定め、コロス劇「レムニスカートー永遠 に生きるもの−」に仕立てるに至った。 (2)場面構築

要になる表現を軸に、場面を3つに分け、「パトスの知・・・生きることの痛みを知る」、

「他力」、「のろしをあげる」というテーマを配した3幕から構成されるコ

ロス劇に仕立てた。

以下、それぞれについての解説を行う。実際の舞台のイメージを紙面上で伝えるには限界

があるが、資料2の台本で補っていただきたい。 3 8

(10)

-①プロローグ「夜の森の回廊」 「夜の森の回廊」を通り、よだかの森へ分け入っていくイメージを喚起する。 観客参加で行われることの意味については、2章3節に詳しく述べる。 ②第一幕「パトスの知・・・生きることの痛みを知る」 「ぼくは今まで、なんにも悪いことをしたことがない」と嘆いていたよだかが、一匹のか ぶと虫を飲み込み、「急に胸がどきっとして・・・中略・・・大声を上げて泣き出しました。 泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐった」瞬間、「真に生きる」ための苦しみが始まる。 自分自身を知ることは、痛みを伴うのである。 第一幕は、よだかの己を知ることの痛み、「パトスの知」注5をテーマにした。それまで、 自己肯定をしていたよだかが、生きるための食物連鎖の仕組みに気がついた場面、よだかは

「パトスの知」を得たのである。それは大きなパラダイムの変換を迫られる苦しみであった。

生きることは美しい、しかし、それ故に苦しい。よだかは「美しい生命の循環」の中に捕ら われている。 第一幕の終わりに、美しい調和のフォルム「レムニスカート」を動くことで、よだかの生 きるが故の苦しみ、痛み、永遠の生命の循環を表現した。 ③第二幕「他力」 「どうかあなたのところへつれてってください」そう叫びながら、お日様、オリオン座、 大犬座、大熊座、わし座へ救いを求めるよだかの苦しみ・もどかしぎを、宮津賢治は「水平 方向に飛ぶ」、「ぐるぐる飛びめぐる」という表現で示している。 この場面は、古より今日まで、古今東西の神話、伝説、物語の多くが内包している「通過 しなければならない成長の苦しみ」と共鳴している。しかし、「よだかの星」では、そこに 「他力」での解決が困難であるというメッセージが加えられており、9歳前後から12歳前 後の子ども達に与えるには、細やかな配慮をした。コロス劇を演ずることで、子ども達は、 賢治のロゴスの響きに導かれながら、やがて訪れる現実に備える力を蓄えていく。 ④幕間「わらべうた遊び」 わらべうた「向こうお山」を歌いながら、目隠し鬼ごっこ「月・星・蛍」で遊ぶ。 観客参加で行われることの意味については、2章3節に詳しく述べる。 ⑤第三幕「のろしをあげる」 「そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、よだかはにわかにのろしのよう にそらへとぴあがりました」という表現に、「よだかの星」の主題が凝縮されている。 ここに至り、よだかは「水平」から「垂直」の動きに転ずる。「永遠の生命の流れ」から 「真に生きる思考」への転換である。「のろしをあげる」とは、「己の存在を示す」ことであ り、「己の生き様を表現する」ことである。 第三幕の終わりに、真に生きる思考の原像のフォルム「ペンタグラム」を動くことで、 「よだかの星」の主題を表現した。 ⑥エピローグ エピローグに、バッハのプレリュード1番を響かせることで、新たな始まりを表現した。 (3)挿入劇・挿入曲・挿入歌 ①挿入劇:

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-139-ギリシア悲劇の舞台では、コロスとヒーロー(俳優)の役割り分けがなされていた。コロ ス 劇 で も そ の 形 態 を 踏 襲 し 、 ヒ ー ロ ー に よ る 劇 を 挿 入 し た 。 ヒ ー ロ ー は 、 テ キ ス ト (台本)を持たずに演じる。「動き・演技」は、コロス劇にアクセントをもたらす役 目を果たしている。 ◇挿入劇1【よだかとめじろ】: 二人のヒーローによる〈対話>o 第一幕のよだかの自己肯定のモノローグの内容を劇にして、プロローグの中で演じる。 これにより、コロスによるよだかのモノローグの朗謂部分が強められる。 ◇挿入劇2【よだかとたか】: 二人のヒーローによるくコロスの朗謂に合わせたマイム>・ コロスが「たか」のセリフを朗謂し、こども達が「よだか」のセリフを朗詞する。 観客は、朗調とマイムを同時に体験することにより、追い詰められていくよだかの心情 を、より深く感じ取ることができる。 ◇挿入劇3【よだかとかぶと虫】: こども達がヒーローとなり、〈コロスの朗調に合わせて動く>・ よだかが「パトスの知」を得るシーンで表現されている、「水平方向に飛ぶ」、「苦し む」、「ぐるぐる飛びめぐる」動きを、子ども達が身体全体で表現することで、テキスト の内容が子ども達の体験として身体化する。そのため、この挿入劇は、他の3つの挿入 劇とは異質で、観客側からは劇として認識されないかもしれない。しかし、コロス劇の 目的である「読書の身体化」は、子ども達の中で充分に達成されている。 ◇挿入劇4【よだかとかわせみ】: 二人のヒーローによる〈対話>o 「パトスの知」を得たよだかが、「これまでの自己、生き方」との決別と「新しい自己、 生き方を追求する」決意を表明する場面。挿入劇lでは、モノローグを劇にしたが、挿 入劇4では、もともとのテキスト〈作品>にある会話文を劇にした。 ②挿入曲 コロス劇「レムニスカートー永遠に生きるもの−」では、挿入曲にJ.S.BACH(バッハ) の<DasWohltemperierteKノavierBWV846前奏曲>(プレリユード1番)と<Das WohltemperierteKlavierBWV847前奏曲>、CharlesFrancoisGounod(グノー)の(Ave 伽血〉を用いた。バッハの美しい旋律は、舞台にある種の秩序を与えてくれる。 第一幕の、よだかが「パトスの知」に目覚める場面で、バッハのプレリュード2番と朗調 を組み合わせ、「よだかの星」の第一の転換点の緊迫感を表現した。 第三幕の、よだかが昇天する場面で、バッハのプレリュード1番とグノーのアヴェ・マリ アを用い、ピアノとリコーダーで奏でた。リコーダーの音色は、よだかの「真に生きる思考」 が、「永遠の生の循環の秩序」から抜け出し、高次の「永遠の世界」へ導かれていく様を表 現した。 エピローグに、プレリュード1番を用いることで、コロス劇の終わりは、新たな始まりに つながっていること、つまり、コロス劇と日常の世界が、美しいレムニスカート曲線の中で、 出会い、別れ、また出会い…を繰り返す「永遠に生きるもの」として、つながっているのだ ということを伝えた。 −140−

(12)

③挿入歌 舞台の中で、久高島の子守唄を繰り返し吟ずることで「永遠」を表現した。子守唄は、コ ロスによる歌唱や沖縄の竹笛で奏でられたりした。観客は、様々な場面で繰り返される子守 唄の旋律に導かれ、舞台に、より近づいていく。 コロス劇「レムニスカートー永遠に生きるもの−」の前段階の群読劇では、宮津賢治作 詞・作曲の「星めぐりの歌」使用したが、沖縄の古い叡智を湛えた子守唄の方が、はるかに 舞台を深める力があった。 久高島の子守唄「網し−よ−」(図1)について、採集者の田中美也子氏は、「旧暦6月、 子どもの発育健康祈願のハーサキー行事(戦前まであった)でうたわれた。もち米をトーギ ンで染めて炊き、お供えした。外間殿の大きな木に、縄をU字形に垂らし、そこの女の子を 一人づつ乗せ、うたいながら漕いだ。行事以外にも子守唄としてうたった。」と報告してい る。 あ一み

網し−よ一

(ハーサキー行事うた) うた内間美代(1925.11.11生) 採集田中美也子(Re2005-3.31)

J

=

9

6

み し − よ や い ん ふ よ − あ み し − よ あ

三子

『 ‐ が ら ん ど や い ん ふ よ − ふ ぎ ば ん ふ ぎ ば ん ふ

さ き 一 め さ き 一 め ふ か ま い し る め 一 は は 来 年 ( や − い ) ん 来 ( ふ − ) よ 一 漕 ( ふ ) ぎ ば ん 漕 ( ふ ) ぎ ば ん 来年(や−い)ん来(ふ−)よ− 外間(ふかま)ぬ白米(しるめ−) 網(あ−み)し−よ− 網(あ−み)し−よ− 漕(ふ)がらんど一 ハ ー サ キ ー め − ハ ー サ キ ー め − 図1久高島の子守唄「網し−よ一」 (4)フォルムを動く コロスの表現形態は、「舞い」と「朗唱」である。コロス劇では、第一幕と第三幕の主題 に関わる重要部分を、「フォルムを動く」ことで表現した。美しいフォルムを動くことによ り、作品の主題が身体化し、強められる。フオルムを動く際、和歌の5.7.5.7.7の リズムある朗唱と組み合わせた。 ①レムニスカート -141-一 ■ ● ■ = = ■ = ロ ● ■ = 、 = ー = ー = ー I 1 = ー ノ ー ノ 。 ■ = ー ー ノ I ノ ー ノ ■ ー 一 ー 二一 一 ■ ■ ● 一 ■●ロ = = ‐ = ー = ー = ー 0 , = ー = ー ’一 ー ー 一 ー I 〃 一 。■ = ー ’ 一 ノ ー ー 一 ー 一 I■■■ ■ 。 ■ = ロ■ = ‐ ■ ● = ■●■ = 、 = ー = ー ロ Ⅱ = ー I , = ー ノ ー ノ ■ = = ● ー ロロー ノ I ノ 一 ノ ■ 一

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レムニスカート(Lemnuscate)とは、カッシーニ曲線(Cassinianoval直交座標の方程式 によって表きれる四次曲線)から発展した水平に横たわる「8の字」のこと。「調和のレム ニスカート」と呼ばれ、「めぐり続ける生命の流れ」のフォルムを生み出す。ギリシア語の 語源を辿ると、「永遠に生きるもの」を表す。 このフォルムに内在するリズムは、絶えることのない流れが1点で交差しながら巡り 合うことの繰り返しの中に、変容の高まりを醸成する力を秘めている。 第一幕のテーマ「パトスの知・・・生きることの痛みを知る」を、レムニスカートの フォルムに凝縮して表現した。 ②ペンタグラム ペンタグラム(Pentagram)とは、正五角形に内接した等しい長さの5つの交差した直 線からなる星型多角形のひとつで、「五菩星形」のこと。「真に生きる思考の原像」と呼ば れ、人が両腕を水平に伸ばし、足を広げて立った姿を表しているとも言われている。 このフォルムに内在するリズムは、黄金律の美しい秩序をなぞることで、意識が覚醒され 心を明るく輝かせる力を秘めている。 第三幕のおわりに、ペンタグラムのフオルムを動くことで、よだかの「真に生きる思考」 を表現した。 ③和歌のリズム フォルムを動く際に、美しいリズムのある行情詩と組み合わせることで、内的なリズムを 整える。 コロス劇「レムニスカートー永遠にいきるもの」では、和歌の5.7.5.7.7のリズ ムと組み合わせた。作品の選定にあたっては、よだかが目指した「天のむこう、夜空」のイ メージを喚起する句を探した。結果、「万葉集巻第七巻雑歌」に収められている柿本朝

臣人麻呂作、「1066天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ(あまのみ

に〈ものなみたちつきのふれほしのはやしにこぎかくるみゆ)」を採用した。 コロス劇では、二人の朗調者の二重朗調の響きに導かれた、レムニスカートとペンタグラ ムのフォルムが、舞台の上に美しく造形された。 (5)台本

コロス劇の台本は、ひとつの作品としても読めるように仕立ててある。(資料2参照)「読書

を身体化する」ことの最高峰に位置するコロス劇は、朗調の舞台であることから、常にテキス

ト(台本)を手元に置く。もちろん、舞台に上がる時には、テキスト(台本)の内容は頭に入

っていなければならないが、「テキストをめくり、読む」という行為は、途切れることなく続

いている。 演じ手は、舞台において、開いた読書体験をし続けることになる。 2.3コロス劇という「場」 (1)観客

筆者の創るコロス劇において、「観客」はコロス劇の大事な一部であり、観客であると同時

に演じ手の役割をも担う存在である。演じ手と観客が、コロス劇という「場」を共有すること

により、何事かが起きる。それこそが、「自由への読書」プログラムにおける「読書の身体化」

4 2

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-の最高形態であるコロス劇の本質である。 演じ手は、「観客の感動に責任を持つ」ことで、観客は、「舞台と同化する」ことで、まさし く、真剣と真剣のぶつかりあいの中で「作品を生きる」ことになる。 コロス劇「レムニスカートー永遠に生きるもの−」では、「プロローグ」と「幕間」に、観 客が演じ手へと変換する装置がしかけられている。 ①プロローグ:「夜の回廊」 「よだかの星」の主人公よだかが、夜の森に暮らしていることから、「夜の回廊」という ドラマ教育の手法を取り入れたパフォーマンスを観客と共に行う。ここでは、観客も演じ手 の一人として、回廊役になって、夜の森に響き渡る音(風の音、木の葉のさざめき、虫やふ くろうの鳴き声等)を表現したり、目を閉じて回廊を進む心地よさを体感したりしながら、 次第に「よだかの森」へ、コロス劇の中へ分け入っていく。 ②幕間:わらべうた遊び「月・星・蛍」 観客と共に、目隠し鬼遊びを行う。劇の流れでは、よだかがお日様に向かって飛んだ後、 疲れて眠っている間に見た夢の時間を表現している。ここでも観客は、わらべうた遊びに参 加することで、よだかの見る夢の場面の演じ手の一人となっている。 わらべうた遊びやごっこ遊びは、子ども達の「想像力」を育む力を持っている。わらべう た遊びを楽しめる時期を過ぎた子ども達や大人達も、舞台という特別な「場」では、楽しむ ことができるようである。わらべ歌のリズムに満たされて遊ぶことにより、演じ手も観客も 身体と心がほぐれ、再び舞台に取り組む力が湧いてくる。 (2)しつらえ コロス劇の舞台では、「本物」、「生命」を機軸にした美しいしつらえを心がけている。な んのために舞台という「場」をしつらえるのだろうか。単なる演劇のための表面的な飾りで はない。子ども達の心の成長を《美》によって支え、強めるため、そして、演じ手と観客が 「場」を共有することで生み出きれる何事かのために、舞台という特別な「場」をしつらえ るのである。 ①照明:「闇」と「静けさ」 蛍光灯のような刺激の強すぎる人工的な照明の下では、子ども達の心はざわめき、自分の 深い部分と向き合うことが難しい。大人も刺激に対する感覚が鈍くなっているだけで、心の あり方は同様である。心を鎮め、内的な塾術衝動を高めるためには、「闇」が必要である。 そのため、舞台は、暗幕を張り巡らせた会場で、白熱球の間接照明を用い、舞台も会場も、 全体が薄暗がりの中で行われる。ぼんやりとしか見えないこと、影のゆらめきを感じること を通し、演じ手や観客の心は舞台に集中していく。 ②衣装等:「絹」と「藍染め」 コロス劇の舞台は、極力抑えた舞台設営をする。墨絵の墨色の中に豊かな色彩を感じこと ができるように、物や色等、さまざまな外側の刺激を抑えることで、演じ手と観客の心の内 側からイマジネーションが生み出される。 コロス劇「レムニスカートー永遠に生きるもの−」では、舞台と会場を20メートルの生成

りの絹織物でつなげ、光の道を演出した。舞台には、絹織物を藍染めに仕立てた大きな布を

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-143-掲げ、深い森を表現した。舞台演出も「読書の身体化」の重要な要素のひとつである。 「よだか」役の演じ手(ヒーロー)は、インドネシアの古バテイックを羽織り、大人の演 じ手は、絹織物を深い色に染め上げた藍染めの布を、子ども達は、絹織物を1回染めに仕立 てた美しい青色の藍染めの布を纏った。 絹は、蚕の生命を紡いだ布であり、藍染は、藍という植物の生命の色であり、生命が息づ くものを舞台のしつらえに用いることに大きな意味がある。 3.「自由への読書」の意義再考 「自由への読書」は、「自由に生きる」ための3つの力、「想像力」、「批判的思考力」、「自己コ ントロールを支えるためのメタ認知能力」を鍛えるための体系的な読書教育である。これまで、 ざまざまな実践を行ってきたが、コロス劇を終え、「自由への読書」の意義を再考したいと考えた。 百の言葉を連ねるよりも、宮津賢治の作品について語った二人の子どもの対照的な言葉を紹 介したい。Aは、多読推奨の環境で育てられ、Bは、「自由への読書」プログラムで育てられ ている同年代の子ども達である。筆者はこの二人の言葉を、個人的なものではなく、ふたつの 異なる教育環境を具現化したものだと捉えた。筆者は、やみくもに多読を否定しているのでは ない。無責任な多読推奨による読書教育のあり方に疑問を感じているのである。なんのために 読書を奨めるのか、教育者は、常に問い続ける責任がある。 A:「宮津賢治の作品は、ほとんど読んでいるよ。あらすじもいえるよ。すごいでしよ。」 B:「海でおぼれそうになったとき、とっても怖かったよ。その時、ああこれが、よだかの 気持ちなんだってわかったよ。」注6 次に、コロス劇「レムニスカートー永遠に生きるもの−」の感想コメントの一部を紹介する。 これらのコメントから、コロス劇に参加することで、観客の中にも読書の身体化が起きたこと がうかがわれる。 ◇「よだかは、私の姿です。苦しみから逃れようとあがいている自分です。」

◇「レムニスカートとペンタグラムの動きの時、私も一緒に動いている気がしました。」

◇「一度も宮津賢治の作品を読んだことがなかったので、読んでみようと思いました。」

以上のコメントは、筆者の「自由への読書」の仮説をぼんやりとではあるが、ある方向性を もって検証してくれていると考える。

本稿を執筆するにあたり、「読書の身体化」=「読書を媒介としたコミュニケーション」に

つながるとの認識が深まった。このことは、筆者の読書教育の研究に新たな展開をもたらすき っかけとなった。 おわレノに

「自由への読書」を提案するにあたり、上原2007では、「読書」を「本を読むこと」だけに

限定せず、感覚、感情、思考を揺さぶるものすべてを「読書」として捉えた。また、子どもと

いう存在を、《真・善・美》を深く確信することで、自ら育ちゆく存在であると捉え、成長の

段階に即した読書教育のあり方を次のように整理した。幼児への読書教育は、「想像力」を育

てることを大事にした活動として、わらべ歌遊び、ごっこ遊び、語り聞かせ等の中で育まれる。

9歳頃から12歳頃までの読書教育は、塾術に支えられた言語感覚を磨くことを主にした活動

として、総合謹術である演劇と組み合わることで培われる。14歳頃から21歳頃の青年期の

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-144-読書教育は、「批判的思考力」を養成することを目的とした活動として、新書・文庫読書の 「鍛錬型読書」への移行のための働きかけを行われなければならない。体系的な読書教育の中 でも特に大切なのは、「メタ認知能力」が開花する10歳前後の読書教育のあり方だと考える。 「ルビコン川を渡る」注7と称されるこの時期、子ども達の心は、突然開けた広い世界を前に、 不安定な状態にある。私の娘もルビコン川を渡り、おぼつかない足取りではあるが、ゆっくり と自分自身の道を歩み始めている。彼らの心を励まし、彼らの進む道に光を灯し、彼らの歩み が止まらぬように、私たち教育に携わる者は、全身全霊で取り組まねばならない。

筆者は、現在、18歳前後から21歳前後の若者達のための「自由への読書」教育プログラ

ムと、9歳前後から12歳前後の子ども達のための「自由への読書」教育プログラムを実施し

ている。特に、3年前から主宰している「演劇塾月ぬ美しゃ(つきぬかいしゃ)」注8では、

言語感覚を磨くこと、絵画や音楽に親しむこと、深い呼吸と調和のとれたリズムに支えられた 美しい響きによる朗謂を行うこと、演劇(身体表現)を演じること等、墓術活動を組み合わせ た読書教育のあり方を探求している。この時期の子ども達の心の成長は、《美》と出会う体験 により、支えられ、強められる。子どもの塾術衝動を受け止める「場」として始まった「演劇 塾月ぬ美しゃ」のぎさやかな活動は、活動の趣旨に賛同し、自らも楽しみ、成長することの できる大学生や高校生、社会人のボランティアスタッフの深い愛情に守られながら、華術とい う橋によって、自分と世界がつながっていることを認識する「場」としての役割も担っている。 子ども達はやがて、その橋を渡り、それぞれの世界へと出発していく。 《善》から《美》へそして、《真》へと連なる成長段階に即した教育の場が整えられた子ど も達・若者達は、メタモルフォーゼ注9をしながら、自らの力で真に自律した自由な人間へと 育ちゆくことだろう。未来を生きゆく彼らのために、「自由への読書」教育プログラムという 「のろし」を上げ続けたい。 【注記】 i:上原2005の調査によると、その他のスタイルとして、学校行事として実施されるイベント 形式のものもある。他に、高学年の図書係が低学年の児童へ実施している学校もある。 2:本の内容を紹介することで、読書への関心を高めることをねらいとした活動。 3:筆者による造語。上原2007で、筆者は読書を「趣味型読書」と「鍛錬型読書」に大別した。 4:親を対象に、「よだかの星」の主題に関わる3つの表現について解説したo(1)己を知る痛 み:「よだかはそれをむりにのみ込んでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、 よだかは大声をあげて泣き出しましたoJ(2)他力から自力へ:「よだかはもうすっかり力 を落としてしまって、はねをとじて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその 弱い足がつくというとき、よだかはにわかにのろしのようにそらへとぴあがりました。」 (3)どう生きるのか:「もうよだかは落ちているのか、のぼっているのかさかさになってい るのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その 血のついた大きなくちばしは、横に曲がってはいましたが、たしかに少し笑っておりました。」 〈下線:筆者による〉 5:身体的な痛みを伴う知。中村雄二郎の提唱する「臨床の知」を支える3つの知(「演劇的 知」、「パトスの知」、「南型の知」)の1つ。ギリシア語の「パトス」の概念を、三木清が 「情念、情動」の意味を含ませた「自己」の述語で用い始めた。

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-145-上 を 向 い て 6:「もうよだかは落ちているのか、のぼっているのかさかさになっているのか、‐ いるのかも、わかりませんでした。」の部分のこと。 7:紀元前49年、ユリウス・カエサルが元老院に戦いを挑んで渡った国境の小川。 理学で、9歳の危機、ギャングエイジとも称される時期。 8:子どもと若者の蕊術活動支援ボランティア・プロジェクト 9:変態。ゲーテの知覚生理学における概念。 発 達 心 【引用・参考文献】 天沢退二郎(1976)『《宮沢賢治》論』筑摩書房 天沢退二郎(1993)『宮沢賢治の彼方へ』筑摩書房 家本芳郎(1994)『群読を作る』高文研 藤田隆則(2000)『能の多人数合唱』ひつじ書房 ケーテ(著)木村直司(訳)(2001)『色彩論」筑摩書房 川手麿彦(1999)『隠された子どもの叡智』誠信書房 久保けんお、他(1980)『全日本わらべうた全集26鹿児島沖縄のわらべ歌』柳原書店 見田宗介(2001)『宮沢賢治存在の祭りの中へ』岩波書店 宮津賢治(1978)『新版宮津賢治童話集5よだかの星』岩崎書店 向井周太郎(2008)『かたちの詩学l生とデザインj中央公論新社

中村雄二郎(1984)『述語集』岩波書店pp146-155

中村雄二郎(1992)「Ⅳ臨床の知の発見」『臨床の知とは何か』岩波書店ppl12-140

ニーチェ(著)秋山英夫(訳(1966)『悲劇の誕生』岩波書店 大塚常樹(1993『宮沢賢治心象の宇宙論』朝文社 w,J.オング(著)桜井直文、他(訳)(1991)『声の文化と文字の文化』藤原書店 Rシユタイナー(著)高橋巌(訳)(1988)『オイリユトミー芸術』イザラ書房 斎藤孝(1997)『宮津賢治という身体:生のスタイルへ』世織書房 斎藤孝(2002)『読書力』岩波書店 上原明子(2001)「言語生活の自覚を促す朗読教育」『沖縄キリスト教短期大学紀要』 30.ppl57-178 上原明子(2005)「沖縄県における小・中学校の『読み聞かせ」活動の現状と課題」『 上原明子(2005)|沖縄県における小・中学校の『読み聞かせ」活動の現状と課題」『沖縄キ リスト教短期大学紀要j33.pp41-55 上原明子(2007)「『自由への読書』のための基礎的研究」『沖縄キリスト教短期大学紀要』 35.pp69-83 脇明子(2005)『読む力は生きる力』岩波書店 渡辺淳(2007)『大学生のための知のスキル表現のスキル」東京図書 山本安英の会(編)1969)『ことばの勉強1日本語の発見』未来社 吉本隆明(1996)『宮沢賢治』筑摩書房 Haigh,ArthurElam(1898),TheAtticTheatre:ADescriptionOfTheStageAnd乃ea舵OfThe AtheniansAndOfTheDramaticPerformancesAtAthens,剛eClai℃ndonPi℃ss・ 原子朗(1999)『新宮津賢治語章辞典』東京書籍

中西進(1980)「巻第七雑歌」『万葉集全訳注原文付(二)』講談社pp83-152

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-146-.L 毎 ︰ 「 El 缶 -a) EJSL 瑚 」 a ) f; さ 0 ) 桝 轟 富 男 冷 口 -︺ 「よ だ か の 星 」 場 面 -「よ だ か と た か 」 「お い ' い る か い 。 ま だ お ま え は 名 前 を か え な い の か 。 ず い ぶ ん お ま え も は じ 知 ら ず だ な 。 お ま え と お れ で は 、 よ っ ぽ ど 人 格 が ち が う ん だ よ 。 た と え ば お れ は 、 青 い そ ら を ど こ ま で も 飛 ん で 行 く 。 お ま え は ' く も っ て う す ぐ ら い 日 か 、 夜 で な く ち や 、 出 て こ な い 0 そ れ か ら 、 お れ の く ち ば し や つ め を 見 ろ 。 そ し て ' よ く お ま え の と く ら べ て み る が い い 。 」 だ か 「た か さ ん 。 そ れ は あ ん ま り む り で す 。 私 の 名 前 は 私 が か っ て に つ け た の で は あ り ま せ ん 。 神 さ ま か ら く だ さ っ た の で す 。 」 「い い や 。 お れ の 名 な ら 、 神 さ ま か ら も ら っ た も の だ と い っ て も よ か ろ う が 、 お ま え の は 、 い わ ば ' お れ と 夜 と 両 方 か ら 借 り て あ る ん だ 。 さ あ 返 せ 。 」 か 「た か さ ん 。 そ れ は む り で す 。 」 か 「む り じ ゃ な い 。 お れ が い い 名 を お し え て や ろ う 。 市 蔵 と い う ん だ 。 市 蔵 と な 。 い い 名 だ ろ う 。 そ こ で 、 名 前 を か え る に は ' 改 名 の 披 露 と い う も の を し な い と い け な い 。 い い か ' そ れ は な 、 首 へ市 蔵 と 書 い た ふ だ を ぶ ら さ げ て 、 私 は 以 来 市 蔵 と 申 し ま す と 、 口 上 を い っ て ' み ん な の と こ ろ を お じ ぎ し て ま わ る の だ 。 」 だ か 「そ ん な こ と は と て も で き ま せ ん 。 」 か 「い い や 。 で き る 。 そ う し ろ 。 も し あ さ っ て の 朝 ま で に 、 お ま え が そ う し な か っ た ら 、 も う す ぐ 、 つ か み こ ろ す ぞ 。 つ か み こ ろ し て し ま う か ら 、 そ う 思 え 。 お れ は あ さ っ て の 朝 早 く 、 鳥 の う ち を 一 軒 ず つ ま わ っ て 、 お ま え が き た か ど う か を 聞 い て あ る く 。 一 軒 で も こ な か っ た と い う 家 が あ っ た ら 、 も う き さ ま も そ の 時 が お し ま い だ ぞ 。 」 だ か 「だ っ て そ れ は あ ん ま り む り じ ゃ あ り ま せ ん か 。 そ ん な こ と を す る く ら い な ら 、 私 は も う 死 ん だ ほ う が ま し で す 。 今 す ぐ こ ろ し て く だ さ い 。 」 か 「ま あ ' よ く 、 あ と で 考 え て ご ら ん 。 市 蔵 な ん て そ ん な に わ る い 名 じ ゃ な い よ 。 」 面 2 「よ だ か と か わ せ み 」 わ せ み 「兄 さ ん 。 こ ん ば ん は 。 何 か 急 の ご 用 で す か 。 」 だ か 「い い や ' ぼ く は こ ん ど 遠 い と こ ろ へ行 く か ら ね 。 そ の 前 ち ょ っ と お ま え に あ い に き た よ 。 」 わ せ み 「兄 さ ん 、 行 っ ち や い け ま せ ん よ 。 は ち す ず め も あ ん な に 遠 く に い る ん で す し 。 ぼ く ひ と り ば っ ち に な っ て し ま う じ ゃ あ り ま せ ん か 。 」 だ か 「そ れ は ね 。 ど う も し か た な い の だ 。 も う き ょ う は 何 も い わ な い で く れ 。 そ し て お ま え も ね 、 ど う し て も と ら な け れ ば な ら な い と き の ほ か は い た ず ら に お さ か な を 取 っ た り し な い よ う に し て く れ 。 ね 、 さ よ な ら 。 」 わ せ み 「兄 さ ん 。 ど う し た ん で す 。 ま あ も う ち ょ っ と お 待 ち な さ い 。 」 だ か 「い や 、 い つ ま で い て も お ん な じ だ 。 さ よ な ら 。 も う あ わ な い よ 。 さ よ な ら 。 」 I t 4 7

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永 遠 に 生 き る も の 」台 本 ( 2 0 0 8 .

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ド ホ イ ッ ス ル (い っ き ・り ん ・か れ ん ) 中 劇 1 ︻よ だ か と め じ ろ ︼ り よ お た (よ だ か ) ・よ し え (め じ ろ ) ・赤 ん 坊 の め じ ろ は シ ル エ ッ ト の み * 赤 ん 坊 の め じ ろ が 巣 か ら 落 ち て い る と こ ろ を 、 や さ し く 助 け た よ だ か 。 * 巣 へ 届 け る と 、 め じ ろ は 、 ま る で 盗 人 か ら で も と り か え す よ う に 、 赤 ん 坊 を ひ っ た く る 。 * め じ ろ は 、 よ だ か を ひ ど く 笑 っ た 転 一 幕 パ ト ス の 知 ︰ ・生 き る こ と の 痛 み を 知 る ︼ ス (あ す か の セ リ フ の 間 B G M ) よ だ か は 、 実 に み に く い 鳥 で す 。 す か よ だ か は 、 実 に み に く い 鳥 で す 。 顔 は 、 と こ ろ ど こ ろ 、 み そ を つ け た よ う に ま だ ら で ' く ち ば し は ' ひ ら た く て ' 耳 ま で さ け て い ま す 。 足 は 、 ま る で よ ぼ よ ぼ で 、 一 間 (い っ け ん ) と も 歩 け ま せ ん 。 ほ か の 鳥 は 、 も う 、 よ だ か の 顔 を 見 た だ け で も 、 い や に な っ て し ま う と い う ぐ あ い で し た 。 た と え ば 、 ひ ば り も 、 あ ま り 美 し い 鳥 で は あ り ま せ ん が 、 よ だ か よ り は 、 ず っ と 上 だ と 思 っ て い ま し た の で 、 夕 方 な ど 、 よ だ か に あ う と ' さ も い や そ う に ' し ん ね り と 目 を つ ぶ り な が ら ' 首 を そ っ ぽ へ向 け る の で し た 。 も っ と ち い さ な お し ゃ べ り の 鳥 な ど は 、 い つ で も よ だ か の ま っ こ う か ら 悪 口 を し ま し た 。 ス (漸 減 法 )

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れ な ら 、 た か と い う 名 の つ い た こ と は ふ し ぎ な よ う で す が ' れ は 、 一 つ は よ だ か の は ね が む や み に 強 く て 、 風 を 切 っ て か け る と き な ど は 、 ま る で た か の よ う に 見 え た こ と と 、 一 つ は な き ご え が す る ど く て ' や は り ど こ か ' た か に 似 て い た た め で す 。 ち ろ ん ' た か は 、 こ れ を ひ じ ょ う に 気 に か け て 、 い や が っ て い ま し た 。

れ で す か ら 、 よ だ か の 顔 さ え 見 る と 、 肩 を い か ら せ て ' 早 く 名 前 を あ ら た め ろ 、 名 前 を あ ら た め ろ と 、 い う の で し た 。 劇 2 ︻よ だ か と た か ︼ り よ お た (よ だ か ) ・よ し え (た か ) * 朗 請 に あ わ せ て マ イ ム る 夕 方 、 と う と う 、 た か が よ だ か の う ち へや っ て ま い り ま し た 。

「お い 、 い る か い 。 ま だ お ま え は 名 前 を か え な い の か 。 ず い ぶ ん お ま え も は じ 知 ら ず だ な 。 ま え と お れ で は 、 よ っ ぽ ど 人 格 が ち が う ん だ よ 。 と え ば お れ は 、 青 い そ ら を ど こ ま で も 飛 ん で 行 く 。 お ま え は ' く も っ て う す ぐ ら い 日 か 、 夜 で な く ち や 、 出 て こ な い 。 れ か ら 、 お れ の く ち ば し や つ め を 見 ろ 。 そ し て 、 よ く お ま え の と く ら べ て み る が い い 。 」 き ・り ん ・か れ ん 「た か さ ん 。 そ れ は あ ん ま り む り で す 。 私 の 名 前 は 私 が か つ て に つ け た の で は あ り ま せ ん 。 神 さ ま か ら く だ さ っ た の で す 。 」

「い い や 。 お れ の 名 な ら ' 神 さ ま か ら も ら っ た も の だ と い っ て も よ か ろ う が 、 お ま え の は 、 い わ ば 、 お れ と 夜 と 両 方 か ら 借 り て あ る ん だ 。 さ あ 返 せ 。 」 き ・り ん ・か れ ん 「た か さ ん 。 そ れ は む り で す 。 」

「む り じ ゃ な い 。 お れ が い い 名 を お し え て や ろ う 。 市 蔵 と い う ん だ 。 市 蔵 と な 。 い い 名 だ ろ う 。 こ で ' 名 前 を か え る に は 、 改 名 の 披 露 と い う も の を し な い と い け な い 。 い か ' そ れ は な 、 首 へ市 蔵 と 書 い た ふ だ を ぶ ら さ げ て 、 は 以 来 市 蔵 と 申 し ま す と 、 口 上 を い っ て 、 み ん な の と こ ろ を お じ ぎ し て ま わ る の だ 。 」 き ・り ん ・か れ ん 「そ ん な こ と は と て も で き ま せ ん 。 」

「い い や 。 で き る 。 そ う し ろ 。 し あ さ っ て の 朝 ま で に ' お ま え が そ う し な か っ た ら 、 も う す ぐ 、 つ か み こ ろ す ぞ 。 つ か み こ ろ し て し ま う か ら 、 そ う 思 え 。 れ は あ さ っ て の 朝 早 く ' 鳥 の う ち を 一 軒 ず つ ま わ っ て 、 お ま え が き た か ど う か を 聞 い て あ る く 。 一 軒 で も こ な か っ た と い う 家 が あ っ た ら 、 も う き さ ま も そ の 時 が お し ま い だ ぞ 。 」 き ・り ん ・か れ ん 「だ っ て そ れ は あ ん ま り む り じ ゃ あ り ま せ ん か 。 そ ん な こ と を す る く ら い な ら ' 私 は も う 死 ん だ ほ う が ま し で す 。 今 す ぐ こ ろ し て く だ さ い 。 」

「ま あ 、 よ く 、 あ と で 考 え て ご ら ん 。 市 蔵 な ん て そ ん な に わ る い 名 じ ゃ な い よ 。 」 た か は 大 き な は ね を 一 ば い に ひ ろ げ て 、 自 分 の 巣 の ほ う へ 飛 ん で 帰 っ て 行 き ま し た 。

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-毒 苗 斗 7) A T 簿 好 盗 汁 亜 再 棉 事

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村 よ だ か は 、 じ っ と 目 を つ ぶ っ て 考 え ま し た 。 っ き (い っ た い ぼ く は 、 な ぜ こ う み ん な に い や が ら れ る の だ ろ う 。 ん ぼ く の 顔 は 、 味 噌 を つ け た よ う で 、 口 が さ け て る か ら か な あ 。 れ ん そ れ だ っ て 、 ぼ く は 今 ま で 、 な ん に も 悪 い こ と を し た こ と が な い 。 っ き 赤 ん 坊 の め じ ろ が 巣 か ら 落 ち て い た と き は 、 助 け て 巣 へ つ れ て い っ て や っ た 。 ん そ し た ら め じ ろ は 、 赤 ん 坊 を ま る で ぬ す 人 か ら で も と り か え す よ う に ぼ く か ら ひ き は な し た ん だ な あ 。 れ ん そ れ か ら ひ ど く ぼ く を 笑 っ た っ け 。 っ き そ れ に あ あ ' こ ん ど は 市 蔵 だ な ん て 、 首 へふ だ を か け る な ん て 、 つ ら い は な し だ な あ 。 ) ア ノ (さ あ や )プ ー リ ユー ド 2 番 恵 子 あ た り は t も う う す く ら く な っ て い ま し た 。 よ だ か は 巣 か ら 飛 び 出 し ま し た 。 雲 が 意 地 悪 く 光 っ て 、 ひ く く た れ て い ま す 。 よ だ か は ま る で 雲 と す れ す れ に な っ て ' 音 な く 空 を と び ま わ り ま し た 。 そ れ か ら に わ か に よ だ か は 口 を 大 き く ひ ら い て ' は ね を ま っ す ぐ に 張 っ て 、 ま る で 矢 の よ う に そ ら を よ こ ぎ り ま し た 。 小 さ な 羽 虫 が い く ひ き も い く ひ き も そ の の ど に は い り ま し た 。 か ら だ が 土 に つ く か つ か な い う ち に 、 よ だ か は ひ ら り と ま た そ ら へは ね あ が り ま し た 。 も う 雲 は ね ず み 色 に な り 、 向 こ う の 山 に は 山 や け の 火 が ま っ か で す 0 劇 中 劇 3 ︻よ だ か と か ぶ と 虫 ︼い っ き ・り ん ・か れ ん * 夫 の よ う に 飛 び 続 け る (舞 台 I l 会 場 )

よ だ か が 思 い き っ て 飛 ぶ と き は 、 そ ら が ま る で 二 つ に 切 れ た よ う に 思 わ れ ま す 。 一 び き の か ぶ と 虫 が よ だ か の の ど に は い っ て 、 ひ ど く も が き ま し た 。

よ だ か は そ れ を の み こ み ま し た が 、 そ の 時 な ん だ か せ な か が ぞ っ と し た よ う に 思 い ま し た 。 雲 は も う ま っ く ろ く 、 東 の ほ う だ け 山 や け の 火 が 赤 く う つ っ て ' お そ ろ し い よ う で す 。

よ だ か は 胸 が つ か え た よ う に 思 い な が ら 、 ま た そ ら へ の ぼ り ま し た 0

ま た 1 ぴ き の か ぶ と 虫 が 、 よ だ か の の ど に t は い り ま し た .

そ し て ま る で よ だ か の の ど を ひ っ か い て ば た ば た し ま し た 。 * 苦 し む よ だ か は そ れ を む り に の み こ ん で し ま い ま し た が 、 そ の 時 、 急 に 胸 が ど き っ と し て 、 よ だ か は 大 声 を あ げ て 泣 き だ し ま し た 。 * ぐ る ぐ る ま わ る 泣 き な が ら ぐ る ぐ る ぐ る ぐ る 空 を め ぐ っ た の で す 。

(よ だ か の 独 白 の 間 中 B G M ) * 拍 子 リ ー ド (あ す か )

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コ A d o n is * ダ ク テ ユ ロ ス の リ ズ ム (長 短 短 ・長 短 短 )

-)5

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参照

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