歴史認識とアイデンティティ形成
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(2) 教科 書検 定 の 問題 は単 純 に 日本 政 府 の保 守化 と捉 え る こ とは で きな い だ ろ う。 今 回 の 問題 で は 、 これ ま で の対 立 の構 造 とは異 な った も のが 現 れ て い る と思 わ れ る。 1965年 の第 一 次 訴 訟 の提 訴 か ら第 三 次 訴 訟 が終 結 す る1997年 まで32年 間 に及 ぶ家 永 訴 訟 に お け る対 立 の構 図 は 、太 平 洋 戦 争 を肯 定 し天 皇 崇拝 を復 活 させ よ うとす る保 守 的 な政 府 に対 して、 平 和 憲 法 の理 念 を擁 護 し歴 史 の 真実 を教 科 書 に記 載 す る こ とを 求 め る市 民 が対 峙 す る とい うも の で あ った1。 この 対 立 構 図 に お い ては 、 日本 国憲 法21条(検 (教 育 を 受 け る権 利)そ. して教 育基 本 法 第10条(不. 閲 の禁 止)、23条(学. 問 の 自 由)、26条. 当 な 権 力 支 配 か らの 自由)を 根 拠 と して 、 政. 府 に よる 検定 制 度 そ の もの お よび検 定 の不透 明性 と恣 意 性(裁 量 権 乱 用)を 批 判 す る こ とが 重 要 で あ った 。つ ま り 「国 家 が 教 育 内容 に介 入 す る こ と は基 本 的 に は許 され な い」 「国 に教 育 権 が あ る とす るの は相 当 で は な い」 とい った1970年7月. に 第 二 次 教 科 書 訴 訟 に 対 し て 出 され た 〈杉 本 判. 決 〉 が 民 主 的 な平 和教 育 を保 障 す る も の と考 え られ た 。 国 家 に よ る教 科 書 の検 定 制 度 が 存 在 せ ず 、 学 問 と教 育 の 自由 が保 障 され れ ば 、侵 略 戦争 の 事 実 も含 め 、 歴 史 の真 実 が 子 ど もた ちに 伝 え られ る とい う構 図 に な って い た 。 と ころ が 今 回 の 教 科 書 検 定 の 問題 で は、 対 立 の構 図 が 見 た と こ ろ逆 転 して い る よ うに 思 わ れ る。 民 間 の 団 体 が 、 日本 の近 現 代 史 に 関す る 「自虐 的 な 」 歴 史 記 述 を 克 服 す る と主 張 し、 戦 前 ・戦 中 期 も含 め て 日本 を 肯 定 的 に 描 き、 子 どもた ち が 「日本 人 と して の 自信 と責任 」 を もて る よ うな歴 史 教 科 書 を つ くった と称 して い る。そ して この 民 間 か ら提 出 され た教 科 書 に対 して政 府 が 十 分 な 「 検 定 」 を 行 わ な か った と して 、 政府 が国 内外 か ら批 判 され て い るの で あ る。 こ こで は学 問や 教 育 の 自 由 とか 検 閲 の禁 止 が 問 題 で は な く、 反 対 に 「真 実 の歴 史 」 を 国 家 が 強制 す る こ とが求 め ら れ て い る。 教 科 書 問 題 は 「教 育 の 自由」 か ら 「教 育 内容 へ の国 家 介 入」 へ と主 題 が 転 換 した よ う に も思 わ れ る。 本 稿 は 、今 回 の教 科 書 問 題 に お い て も、 教 育 内容 へ の 国 家 権 力 の 介 入 を 否 定 す る 「教 育 の 自 由」 とい う理 念 を 放 棄 す べ きで は な い とい う基 本 的 な 立 場 を 維 持 した い 。 国家 に よって 作 りあ げ られ た民 族 の 「 正 史 」 に よって 国 民 の政 治 的 統 合 を 基 礎 づ け よ うとす る試 み は 、戦 前 の皇 国 史 観 の押 しつ け と構 造 的 に 同 一 で あ る と考 え るか らで あ る。 政 治 は 、 政 治 的 共 同体 の統 合 原 理 を 歴 史 とは別 の次 元 に 求 め るべ きで あ る。「国家 の脱 歴 史 化 」が 必 要 で あ ろ う。 この方 策 に よって しか 歴 史 教 科 書 問題 を 長 期 的 な 観 点 か ら解決 す る こ とは で きな い ので は な い だ ろ うか 。 しか しな が ら 同 時 に、 政 治 は 「 歴 史 に 対 す る政 治 的判 断」 を 放 棄 す るべ き で もな い と も考 え られ る。 平 和 と民 主 主 義 を原 理 とす る戦 後 日本 とい う政治 的共 同 体 は 、 旧 「大 日本 帝 国」 の侵 略 戦 争 を 誤 りだ と認 め、 そ の よ うな こ とが 繰 り返 され な い た め の政 治 的 判 断 を 行 うべ き で あ る。 しか し 「国 家 の 脱 歴 史 化」 と 「 歴 史 に 対 す る政 治 的 判 断」 とは どの よ うに す れ ば両 立 す る こ とが で き る のだ ろ うか 。. 1−1「. 新 しい 歴 史教 科 書 を つ くる会 」. 今 回 の歴 史 教 科 書 問 題 に 関 して は 、制 作 団 体 で あ る 「つ くる会 」 の政 治 的意 図が 問 題 とされ 、・ 検 定 結 果 が公 表 され る以 前 か ら、 批判 が行 わ れ て いた 。 あ らか じめ 「つ くる会 」 の特 徴 を 確 認 し 22.
(3) て お こ う2。 「 新 しい 歴 史 教 科 書 を つ くる会 」 は1996年12月 に 創 立 記 者 会 見(東 京 ・赤 坂 東 急 ホ テル)を 行 い 、 翌 年1月31日. の 設立 総 会 で そ の趣 意 書 を発 表 して い る。 会 長 は 西 尾 幹 二(電. 気 通信 大学 教. 授)、 副 会 長 は藤 岡信 勝(東 京 大 学 教 授)で 出発 し(現 在 副 会 長 は 明 星 大学 教授 の 高橋 史 朗)、 そ の 他 の理 事 に は 坂 本 多 加雄(学. 習 院大 学 教 授)、 西 部邁(評. や 理 事待 遇 と して 小林 よ しの り(漫 画 家)な. 論 家)、 芳 賀 徹(東 京 大 学 名 誉教 授). どが 名 を 連 ね て い る。 創 立 以来 、 各 地 で シ ンポ ジ ウ. ムや 講 演 会 が 開 か れ 、99年10月 に西 尾 幹 二 著 『国 民 の 歴 史』(初 版35万 部発 刊 、 現在72万 部 発 刊)、 また2000年10月 に は西 部邁 著 『国 民 の道 徳 』(発 行 ・産 経 新 聞 、販 売 ・扶 桑 社)が 発 行 され 、今 回 の 『新 しい歴 史 教 科 書 』 や 『新 しい公 民 教 科 書 』 の 準備 が行 われ て きた 。1999年10月 に は会 員 数 が1万 人 を越 え た とさ れ て い る。 「つ くる会 」 の趣 意 書 で は次 の よ うに 主 張 され て い る。 固 有 の伝 統 を もつ 日本 は 「 欧 米 諸 国の 力 が 東 ア ジ アを飲 み込 も うと した 、 あの 帝 国主 義 の 時代 」 に西 欧文 明 を受 け 入 れ つ つ 近 代 国 家 を建 設 した。 「そ れ は諸 外 国 との 緊 張 と摩 擦 を と もな う厳 しい歴 史 」 で あ った が、 こ うした祖 先 の た ゆ まぬ努 力 の結 果 と して 現 在 の 「 安 全で 豊 か な 日本 」が あ る。 「 世 界 史 的 視 野 の中 で 、 日本 国 と 日本 人 の 自画 像 を、品 格 とバ ラ ンス を も って活 写 す る」 歴 史 教 科 書 を子 ど もた ち に 与 え る こ とで 、子 どもた ち は 「日本 人 と して の 自信 と責 任 を も ち 、世 界 の平 和 と繁 栄 に 献 身 で き る」 よ うに な る。 と ころ が戦 後 の歴 史 教 育 は 「日本 人 の 誇 りを 失 わ せ る」 もの で あ り、「特 に 近 現 代 史 に お い て 、 日本 人 は子 々孫 々 まで 謝 罪 し続 け る こ とを運 命 づ け られ た罪 人 の 如 くに あ つ か われ て」 い る。 「冷戦 終 結 後 は 、この 自虐 的傾 向 が さ ら に強 ま り」、「旧敵 国 の プ ロパ ガ ンダ を そ の ま ま 事 実 と して」 受 け 入 れ て い る。 そ の よ うな 自虐史 観 を克 服 した歴 史 教 科 書 を 子 ど もた ち に 与 え る こ とが 「 つ くる会 」 の 目的 で あ る。(つ くる会1997:1) こ こで 「 冷 戦 終 結 後 は、 この 自虐 的 傾 向が さ らに強 ま り」 と言 わ れ て い るの は 、 検 定済 み歴 史 教 科 書 へ の 従 軍 慰 安 婦 に 関 す る 記 事 の登 場 に 象 徴 さ れ る一 連 の 動 向 で あ る。1991年12月. に. キ ム ●バ クス ン. 金 学 順 さん ら韓 国 の 元 「 慰 安 帰 」、 軍 人 、 軍 属 が謝 罪 と補 償 を求 め て東 京 地 裁 に 提 訴 して 以来 、 従 軍 慰 安 婦 問題 が 内外 で政 治 問 題 に な り、従 軍慰 安 婦 記 事 は、93年 公 表 の 検 定 済 み 高校 日本 史 教 科 書 す べ て に、 ま た96年 公 表 の す べ て の 検 定済 み 中学 歴 史 教 科 書 に登 場 す る こ とに な った。 と こ ろ で、 こ の よ うに 日本 軍 に よ る加 害 行 為 の 教科 書 記 載 が増 加 す る き っか け は 実 は そ れ 以 前 に遡 る 。 会 長 ・西 尾 幹 二 とと もに 「つ くる会」 の 主 要 メ ンバ ー で あ る藤 岡信 勝 自身 が 指 摘 して い る よ うに (西 尾 、藤 岡1996:3)、 そ れ は1982年 に 起 こ った教 科 書 問題 で あ っ た。 この 年 に 公 表 され た検 定 教 科 書 の なか に 「 侵 略 」 を 「進 出 」 と書 き換 え させ た もの が あ った とい う報 道 か ら、 中 国政 府 や 韓 国政 府 か ら正 式 抗 議 が 行 わ れ た 。 同年8月. に 日本 政 府 は 〈政 府 の責 任 に お い て 、 教 科 書 の記 述 を. 是 正 し、 ま た今 後 の教 科 書 検 定 で は 、 検 定基 準 を 改 め 、近 隣 諸 国 との 友 好 、 親 善 が 十 分実 現 す る よ うに 配 慮 す る〉 旨 の宮 沢 喜一 郎 官房 長 官談 話 を発 表 した。 そ の結 果 、82年11月 に 義 務教 育 諸 学 校教科用図書検定基準に、 「 近 隣 の ア ジ ア諸 国 との 間 の 近 現 代 の歴 史 的事 象 の 扱 い に 国 際 理 解 と 23.
(4) 国 際協 調 の見 地 か ら必 要 な 配 慮 が され て い る こ と」 とい うい わ ゆ る 「 近 隣諸 国条 項 」が 追 加 され る こ とに な った 。 この「 近 隣 諸 国 条 項 」 のゆ え に文 部 省 の教 科 書 検 定制 度 は 、近 代 日本 国家 を 全 面 悪 と記 述 す る 「自虐 的 な」 教 科 書 をチェック す る こ とが で きな くな った とい うの が藤 岡 の状 況 分析 で あ る。96年6月. に 検 定 済 み 歴 史 教 科 書 が 公表 され る と、10月 に藤 岡 と西 尾 は 『国 民 の 油 断. 歴 史 教 科 書 が 危 な い !』 を 出 版 し、 そ れ ら歴 史 教 科 書 の 「自虐 性」 を列 挙 して い る。 この よ うに 「 つ くる会」 の運 動 は 、82年 以来 の教 科 書 検 定 の変 化 を 「自虐 的 」 傾 向の 増 大 と捉 え 、次 世 代 の 日本 人 の 歴 史 意識 を 憂 慮 す る民 間 の 「 任 意 団体 」 と して、 政 府 の教 科 書 検 定 姿 勢 を 変 更 し よ うとす る も ので あ る。 まず 確 認 して お きた い こ とは 、 今 回 の教 科 書 問 題 が 、 保 守 的 な 政 府 に よる民 間 の進 歩 的 な 教科 書 に 対 す る 「検 閲」 問題 で は な く、反 対 に 、 保 守 的(あ. るい は 戦 前. の歴 史 を肯 定 的 に描 くこ とで 日本 人 の 自信 を 回復 し よ う とす る)民 間団 体 が 作 成 した 教 科 書 に 対 して政 府 の教 科 書 検 定 制 度 は ど う対 処 す べ きか とい う問題 に転 換 して い る こ とで あ る。 つ ま り、 政 府 は公 教 育 に 用 い られ る教 科 書 の 「歴 史 認識 」 に一 定 の制 限 を設 け るべ きか とい う問題 が焦 点 とな って い る。 中 国政 府 や韓 国 政 府 か ら提 出 され た今 回 の修 正 要 求 は 日本 政 府 に 対 す る もの で あ り、政 府 が 検 定 を強 化 す べ きだ とい う形 式 に な って い る。. 1−2道. 徳 的 判 断 の 中 止 と国 益 論. 「 つ くる会 」の 趣 意 書 で も、「日本 人 の 誇 り」 を子 供 た ち に伝 え る ことが 会 の 目的 で あ る と強 調 され て いた が、 「 つ くる会」 の歴 史 教 科 書 では 「国家 」 や 「国民 」 とい う共 同 体 の歴 史 とい う側 面 が 強調 され て お り、 こ の点 が 「軍 国 主 義 ・国家 主 義 」 だ と して 内外 か らの 批 判 を 招 くこ とに な っ て い る 。「つ くる会」 の主 要 メ ン バ ー で あ る藤 岡 信勝 は 、彼 が 代 表 とな っ て い る 「自 由主 義 史観 研 究 会」 との連 名 で 『教 科 書 が教 え な い歴 史』(1)∼(4)を96年か ら97年 に か け て 出 版 し、「外 国 の 国家 利 益 に起 源 を もつ 歴 史 観 」 ・ 「日本 を 悪 玉 に した反 日史 観 」 か ら一 切 自由に な って 、 しか しか と い って 「 戦 前 の 日本 の国 家 行 動 を 全 面 的 に 肯定 す る 『大 東 亜 戦 争 肯 定 史 観 』」 で もな く、 「日本 人 の立 場 で 、自国 の歴 史 を 考 え る」(藤 岡1996:10)よ うな 歴 史 記 述 を試 み るの だ と主張 す る。藤 岡 は 自 由主義 史 観 が どの よ うな 意 味 で 「善 玉 ・悪玉 史 観 」 を越 え て い るか を 次 の よ うに述 べ て い る。 「 私 た ち は 日本 人 で す か ら、 まず 日本 の立 場 、 日本 の 国益 に立 って もの を考 え る の は 当然 で 、 出発 点 と して 自国 の 生 存 権 や 国 益追 求 の権 利 をハッ キ リと認 め るべ きで す 。 しか し、 そ うだ とす れ ば他 国 も また 同 じ権 利 を 持 って い る こ とを認 め な けれ ば な りませ ん 。 そ こで、 再 び 日本 と して どの よ うな 政 策 を 採 る こ とが 、 自国 の利 益 に もか ない 他 者 を も生 かす 道 に な る か を考 え る こ とです 。」(藤 岡1996:10) 一 見 、そ れ ほ ど問題 のな い 文 章 の よ うに 思わ れ る。 しか し歴 史 を勧 善 懲 悪 の 物語 に還 元 しな い た め に ここ で提 案 され る 「国益 追 求 権 」 とい う概 念 か らは重 大 な帰 結 が 引 き出 され る構 造 に な っ て い る。 こ こで は 、そ れ ぞ れ の 国 が 国 益 を追 求す る権 利(国 家 の 自己 保 存 権 = 主権)を 不 可 侵 の もの と して承 認 す る こ とが歴 史 認 識 の 大 前 提 だ とされ て い る。 この前 提 の も と、戦 争 を も含 め た す べ て の 国家 行 為 は、 承 認 され るべ き国 益追 求 行 為 で あ る。 そ れ らは平 和 的 な 外交 政策 と して行 24.
(5) わ れ る こ と も、 また戦 争 とい う形 態 を とる こ とも あ るが 、 個 々の 国 益追 求 行為 が 〈端 的 に〉 あ る い は 〈道徳 的 に 〉 悪 で あ った り善 で あ った りす る こ とは な い 。 な ぜ な ら、す べ て の 国家 行 為 は 国 益 追 求行 為 で あ り、 自己保 存 行 為 と して 承 認 され るべ きで あ って 、 あ る 国 の 国益 追 求 行 為 が 端 的 に道 徳 的 な悪 で あ る とは言 えな いか らで あ る。 そ れ らの 国家 行 為 は 、せ いぜ い国 益 追 求 手段 と し て の有 効 性 に お い て、 優 劣 の判 定 を 下 され る だ け で あ る 。 国家 行 為 に対 して 功 利 性 判 断 は下 せ て も、 道 徳 性 判 断 を 下 す こ とは で きな い とい う立 場 こそ 、 自由主 義 史 観 が 「善 玉 ・悪 玉 史 観 」 を越 えい る とい うこ とで あ る。 これ は ほ とん どク ラ ウゼ ヴ ィ ッツ の 『戦 争 論 』(1832年)の レベ ル の 議 論 で あ る。 さて 〈国 益 論 の 立場 か らは 、歴 史 を道 徳 的 に 裁 定 す る こ とは で きな い〉 とい う歴 史 観 が 採 用 さ れ る た め に は 、歴 史 を見 る個 人 が あ らか じめ 「国 家 や 国 益 の立 場 」 と同化 して い る こ とが 必 要 に な る。 そ の た め に先 の 引用 で は 、 「 私 た ち は 日本 人 で す か ら、 まず 日本 の立 場 、 日本 の 国 益 に 立 っ て もの を考 え る の は 当然 です 」 と前 置 き され て い た。 しか し戦 後 民 主 主 義 社 会 の 前 提 は 、個 人 が 直 接 無 媒 介 に 国家 利 益 と 同一 化 され な い とい うこ とで は な いか 。 個 人 の アイ デ ンテ ィテ ィは 直 接 に 国家 ア イ デ ン テ ィテ ィ と重 な る こ とは な い。 だ か ら こそ 両 者 を 媒 介 す る民 主 的 な プ ロセ ス が 必 要 にな る。 敗 戦 を 通 して獲 得 した 戦後 日本 の この基 本 認 識 を 自由主 義 史 観 は 簡 単 に放 棄 して い る。 〈国 益 論 の立 場 か らは歴 史 を道 徳 的 に裁 定 で き な い〉 とい うの が 「自 由 主 義 史 観 研 究 会 」 や 「新 しい 歴 史 教 科 書 を つ くる会 」 の基 本 的 な立 場 で あ る と思 わ れ る が 、 こ の立 場 は 当 然 今 回 の 『新 しい歴 史教 科 書』 に も受 け継 がれ て い る。 検 定 合 格 とな った 『新 しい歴 史 教 科 書 』 の劈 頭 に は 「 歴 史 を 学 ぶ とは」 とい う文 章 が置 か れ 、 次 の よ うに 述 べ られ て い る。 「 歴 史 を学 ぶ とは 、今 の時 代 の基 準 か ら見 て 、 過 去 の 不 正 や 不 公平 を裁 い た り、 告 発 した りす る こ と と同 じで は な い。 過 去 のそ れ ぞ れ の 時 代 に は 、 そ れ ぞ れ の時 代 に特 有 の善 悪 が あ り、特 有 の幸 福 が あ った 。〔中略 〕歴 史 を 固 定 的 に 、動 か な い もの の よ うに考 え る のを や め よ う。 歴 史 に善 悪 を 当 て は め 、 現 在 の 道 徳 で裁 く裁 判 の場 にす る こ と もや め よ う。 歴 史 を 自 由 な、 と らわ れ のな い 目で 眺 め 、 数 多 くの 見 方 を重 ね て 、 じっ く り事 実 を 確 か め る よ うに し よ う。」(西 尾 他2001:6−7) 「つ くる会 」 の 教 科 書 に 対 す る 内外 か らの批 判 は 「 歴 史 の歪 曲」 と い う表 現 を 用 い て 語 られ て い るが 、 批 判 の 情 熱 を 支 え て い るの は歴 史 記 述 の客 観 性 へ の熱 意 では な く、 侵 略 戦 争 と植 民 地 支 配 に 対 す る道 徳 的反 省 と悔 悟 の 欠 如 へ の憤 りで あ ろ う。 歴 史 を 善 悪 の 判 断 か ら解 放 し て 、 「じ っ く り事 実 を 確 か め よ う」 とい う一 種 の客 観 主 義 の言 説 こそ が 、「つ くる会 」の 教 科 書 に対 す る激 し い 反発 を 引 き起 こ した もの で あ ろ う。 しか も歴 史 記 述 の脱 道 徳 化 とい う考 え は 、個 々 の記 述 の 中 で繰 り返 され て い る。 例 え ば検 定 過 程 の 中 で修 正 ・削 除3さ れ た 記述 の 中 に は次 の よ うな特 徴 的 な もの が あ った 。 申 請 本 の283頁(市. 販 本 で は279頁)で. は、 「 大 東 亜 戦 争(太 平 洋 戦 争)」 の経 過 を記 述 し、 日本 兵 の. 玉 砕 や 本 土 空 襲 、 神 風 特 攻 隊 や 沖 縄 戦 に つ い て 述 べ た 後 に 、 次 の よ うに述 べ られ て い た。 「 戦 争 は悲 劇 で あ る。 しか し、 戦 争 に 善 悪 は つ け が た い 。 どち らが正 義 で あ り どち らが 不 25.
(6) 正 とい う話 で は な い 。 国 と 国 と が 国益 の ぶ つ か りあい の 果 て に 、 政 治 で は 決着が つ かず 、最 終 手 段 と して 行 うの が戦 争 で あ る。 ア メ リカ軍 と戦 わ ず して 敗 北 す る こ とを 、 当 時 の 日本 人 は選 ばな か った の で あ る。」(西 尾 編2001「 資 料 編 」:62) 歴 史 を 、 と りわ け 戦 争 を道 徳 的善 悪 の 基 準 で裁 くべ き で は な く、 さ らに 正 義 ・不 正 義 とい う基 準 で も裁 くべ きで は な い とい う 「 つ くる 会」 の 基本 テ ー ゼ が 明確 に語 られ て い る。 そ れ ぞ れ の 国 益 を追 求 す る権 利 を 主 権 と して 有す る 国 家 間 関 係 の一 局 面 で あ る戦 争 を 、 た とえ そ れ が 悲 惨 な結 果 を 常 に伴 う と して も、 そ れ 自体 と して 「悪 」 だ と断罪 す る こ とはで きな い とい うこ とで あ る。 さ らに市 販 本 で コラ ム 「戦 争 と現 代 を 考 え る」 へ と修 正 され た 項 目 「戦 争 犯 罪 と ジ ェ ノ サ イ ド」 に お い て は 、戦 争 犯 罪 とい う観 点 か ら も 日本 軍 の戦 争 行 為 に 関す る一 種 の相 対 化 が 行 わ れ て い る。 す な わ ち 、民 間人 の生 命 や 財 産 を 奪 うこ と、捕 虜 の殺 害 や虐 待 、 残 酷 な兵 器 の使 用 は 国 際 法 で 禁 止 され て お り、違 反 した 兵 士 や 指 揮 官 は 処 罰 され る こ とに な っ て い るが 、「戦 争 を して 、戦 争 犯 罪 を い っ さい お か さ な い国 は な く、 む ろ ん、 日本 も例 外 で は な い」 と述 べ られ て い る(同:7 2)。 ソ連 軍 に よ る満 州 で の 日本 人 の殺 害 、略 奪 、 暴 行 、 そ して シベ リア へ の強 制 連 行 、 ア メ リカ 軍 に よる無 差 別 爆 撃 や原 爆 投 下 も戦 争 犯 罪 で あ った と指 摘 す る。 「しか し、 戦 勝 国 の 戦 争 犯 罪 は ほ とん ど黙 認 され 、 そ れ に対 して敗 戦 国 の 日本 は 、真 偽 の 不 確 か な戦 争 犯 罪 ま で十 分 な審 理 も さ れ ず裁 か れ 、1000人 以 上 の 兵 ・将 校 が死 刑 に処 せ られ た 」(同 上)と 続 く。完 全 な正 義 が実 現 され ●. ●. て い な い世 界 の現 実 の中 で 、 日本 の戦 争 犯 罪 だ け を不 正 義 と して 断 罪 す る こ とは不 公平 だ 、 とい うこ とで あ る。 それ ゆ えに 戦争 犯罪 の事 実 が あ った と して も、 日本 だ け を 犯 罪 国家 と見 な し、 日 本 人 を 〈子 々孫 々 ま で謝 罪 し続 け る こ とを 運 命 づ け られ た 罪 人 の如 く〉 見 な す 必要 は な い とい う こ とに な る。 日本 人 の罪 悪 感 は む しろ ア メ リカ軍 の 占領 政 策 に よって 植 え 付 け られ た もの だ とさ れ る。 「戦 争 へ の 罪悪 感:GHQは. 、新 聞 、雑 誌 、 ラ ジオ 、映 画 を通 して 、 日本 の 戦 争 が い か に不. 当 な もの で あ った か を宣 伝 した 。 こ うした 宣 伝 は 、東 京 裁 判 と並 んで 、 日本 人 の 自国 の 戦争 に対 す る罪 悪 感 を つ ち か い、 戦 後 日本 人 の歴 史 の見 方 に影 響 を与 え た。」(西 尾 他2001:295). この よ うに 『新 しい歴 史 教 科 書 』 は、 戦 争 を 不 可 侵 の 国益 同士 が衝 突 す る一 種 の 自然 過 程 と見 な し、そ れ ゆ え に 戦争 の歴 史 につ い て道 徳 的 判 断 を 下す こ とは無 意 味 だ と し、 戦 争 とは 区 別 され る戦 争 犯 罪 に 関 して も、戦 争 犯 罪 処 罰 の不 完 全 性 と罪 悪感 形 成 の政 治 性 を指 摘 す る こ とで 、 日本 の 侵 略戦 争 に つ い て の歴 史記 述 が引 き起 こ し うる 「道徳 的 な 当 惑」 を子 供 た ちか ら取 り除 こ うと して い る。 こ うす る こ とで過 去 の歴 史 に 直 面 した 日本 の子 供 た ち か ら 「 罪 悪 感 」を 払 拭 し、 「日本 人 と して の 自信 」 を 形 成 で き る よ うにす る とい う 「 つ くる会」 の趣 意 書 の 目的が 達 成 で き る こ と に な る。 「歴史 の脱 道 徳 化 」 とい う基 本 テ ー ゼ が 「つ くる会 」 の 歴 史 教 科書 の も っ と も問題 とな る点 で あ り、 この教 科 書 に対 す る内外 か らの批 判 や憤 激 を引 き起 こ した 深 い 原 因 で あ る と思 わ れ る。 以 下 で 見 る よ うに 、 多 くの 批 判 は この歴 史 教 科 書 が 「 歴 史 の真 実 を 歪 曲 して い る」 とい う表 現 を 用 い て い るが 、 この表 現 は 問題 の核 心 を 曖 昧 に して しま うおそ れ が あ る。 つ ま り 「 歴 史 の真 実 」 を 26.
(7) 歴 史 上 の 個 別 的 「史 実 」 と解 す れ ば 、そ の よ うな 誤 りが 訂 正 され た場 合 には 「つ くる会 」 の歴 史 教 科 書 は あ た か も問題 の な い もの とな るだ ろ うし、反 対 に 、 「 歴 史 の真 実 」 を 「 正 しい 」歴史 認 識 と解 せ ば 、 歪 曲 され た歴 史 認 識 を権 力 に よ って矯 正 す る こ とが要 請 され る こ とに な る。 しか し権 力 に よる歴 史認 識 の矯 正 の果 て に は、 国 家 に よ る歴 史 の独 占 が待 って い るだ ろ う。 内外 か らの批 判 を具 体 的 に検 討 す る こ とで 、 「 歴 史 の 歪 曲 」 とい う批 判 の レ トリ ッ クの 背 後 に は 、真 実 の強 制 とは別 の 問題 が 存 在 す る こ とを次 に見 て み よ う。. 1−3国. 内外 か らの 批 判 の 声. す でに. 「 つ く る 会 」 が 文 部 科 学 省 に 申 請 本 を 提 出 した2000年. さ れ て い た 。 特 に2001年. に は 、 内 外 か ら批判 や 懸念 が 表 明. に 入 り検 定 審 査 が 大 詰 め に な る と、 こ の 歴 史 教 科 書 を 採 択 さ せ な い よ う. に と の ア ピ ー ル が 多 数 出 さ れ る よ うに な っ た 。2001年4月. の 検 定 結 果 公表 ま で の主 な ものを 見 て. み る こ と に す る 。(以 下 の ア ピ ー ル に 関 して は 、 「 子 ど も と 教 科 書 全 国ネット21」 文 氏 の ホ ー ム ペ ー ジ(http://www.1inkc1ub.or.jp/∼teppei-y/tawara%20HP/)を だ い た 。 と りわ け. 参照 させて いた. 「新 しい 歴 史 教 科 書 を つ く る 会 の 教 科 書 に 反 対 す る 内 外 の 諸 声 明 」(www.lin-. kclub.or.jp/∼teppei-y/∼awara%20HP/2001.3.14/2001.3,14.html)の. ■. の事 務 局 長 俵 義. 韓 国 挺 身 隊 問 題 対 策 協議 会 は2001年2月22日. 資 料 を 利 用 し た 。). に 「日本 の 歴 史 教科 書 改悪 の も くろ みに つ い て. の私 た ちの 立 場」 とい う声 明 を発 表 して い る。 そ れ に よ る と、 日本 の極 右 集 団 「 新 し い歴 史教 科 書 を つ くる会」 の 歴 史 教 科 書 に 見 られ る反 動 的 内容 が80年 代 か ら続 い て い る 日本 の軍 国主義 化傾 向 と一 体 で あ る と指摘 され て い る。 「日帝 の 侵 略戦 争 を美 化 し,日 本 軍 「 慰 安 婦 」 問 題 な どを 大 幅 に縮 小 し,日 帝 侵 略 時 代 の 加 害 の 事実 を歪 曲 す る歴 史 教 科 書 改 悪 の も くろみ は 、 す で に1980年 代 か ら続 い て い る 〔中 略 〕 日本社 会 の右 傾 化 の傾 向 と結 びつ いて い る。1999年 軍 国 主 義 の 象 徴 で あ る 国 歌(君 代)と. 国旗(日. が. の丸)の 復 活 、新 ガ イ ドライ ンの 通過 な ど一 連 の軍 国主 義 体 制 の 整 備作 業 、. 日本 与 党 の森 首相 の 「 神 の 国」 発 言 、 東 京 都 知 事 石原 の 「 三 国人 」 発 言 、 最 近 の 野 呂田衆 議 院議 員 に よる太 平 洋 戦 争 の正 当化 発 言 な ど右 翼 勢 力 の妄 言 とそ の脈 絡 は 同 じな の で ある。」 ■. 韓 国 キ リス ト教 教 会 協 議 会 は2001年2月26日. に 「日本 教 科 書 の歴 史 歪 曲に 対 す る立 場」 とい. う声 明 を発 表 し、 「つ くる会」 の 『 新 しい歴 史 教 科 書 』 が 「韓 日合 邦 を 「国 際法 上 合 法 的 な 措 置 」 で あ る と し、 「 従 軍 慰 安 婦 」 問題 を い っ さ い 削除 し、 ア ジ ア侵 略 は 「 進 出」だ とい う用 語 を用 い る な どの歴 史 の歪 曲」 を 行 っ て い る と批 判 す る。 そ して この教 科 書 を承 認 す るな らば 日本 政府 自身 が 、 「20世紀 に 自 らが 行 な った軍 国 ・覇 権 主 義 に よる国 家 敗 亡 の 生 きた教 訓 を も う忘 れ 」、 「 偏狭 な 民族 主 義 と軍 国主 義 の復 活 」 を 意 図 して い る こ とに な る と、 日本 政 府 の 責 任 を追 求 して い る。 ■. 韓 国 国会 に 「日本 国 の歴 史 教 科 書 歪 曲 中 断 を 求 め る決 議 案 」 が2001年2月27日. に 提 出 され て. い る。 この決 議 案 は、 「日本 国 は次 世 代 を担 う子 供 た ちに 正 しい歴 史 観 を 植 え 付 け る こ と で ア ジ ア諸 国 の信 頼 を 回復 し国際 社 会 の 期 待 に 応 え な け れ ば な らな い。 伸 び 行 く世 代 に捏 造 した虚 構 の 27.
(8) 歴 史 を 教 え る限 り、 日本 国は ア ジ ア と世 界 か ら孤 立 す るほ か な い こ とを厳 重 に 警 告 」 す る、 と述 べ 、 次 の よ うに 「 つ くる会 」 の 教 科 書 と 日本 政 府 を 批 判 す る。 「 特 に 日本 国 の特 定 団 体 が 製 作 して検 定 を 申請 した歴 史教 科 書 は、 大韓 民 国 と 日本 国 の 併 合 を 正 当化 し侵 略 戦 争 を 美 化 す る等 、歴 史 を 広 範 囲 に 捏 造 して い る とい うもの で 、 これ に 対 して わ れ わ れ は深 刻 な憂 慮 を 表 明 せ ざ る を え な い 。 日本 国 の この よ うな歴 史 教 科 書歪 曲 は 日本 国 の 軍 国 主 義 の被 害 を 受 け た ア ジ ア各 国 へ の 挑 戦 で あ り、民 主 主 義 と平 和 を 希 求す る世 界 人類 に対 す る 背信 で あ る。また 、「両 国 が過 去 を 直 視 し相 互 理 解 と信 頼 に根 ざ した 関 係」 を 発 展 させ て い くこ とを確 認 した1998年 の 「韓 日パ ー トナ ー シ ップ共 同宣 言 」 を 覆 す もの で あ る。」 ■. ま た 国 際 シ ンポ ジ ウ ム 「 東 ア ジ アの 冷戦 と国 家 テ ロ リズ ム」 日本 事 務 局 は 「東 ア ジ ア平 和 ・. 人権 韓 国 委 員会 」 との共 同声 明 「日本 の 歴史 歪 曲策 動 に 対 し厳 し く警 告 す る」 を3月7日. に出 し. て い る。 この声 明 も、「 過 去 に 日本 の軍 国 主義 が 行 った侵 略 と蛮行 の歴 史 を 隠蔽 ・歪 曲 、か つ 美 化 す る教 科 書」 とそ れ を検 定 合 格 させ よ うとす る 日本 政 府 の 共 犯 性 を指 摘 し、 これ らを 「日本 列 島 で行 わ れ て い る、 許 しが た い歴 史 歪 曲の 犯 罪 的 状 況 」 と呼 ん で い る。 さ らに 日米新 ガイ ドライ ン や 憲法 改 正 の 動 き と結 び つ け 、 「日本 に お け る歴 史 改竄 は 、重 大 な 没 歴 史 的 ・反 人 道 的 犯 罪 で あ る」 と断 じて い る。 また 台湾 か らの 共 同 声 明 文 は 、 「 つ くる会 」の理 事 の一 人 で も あ る小 林 よ しの りの 『台 湾 論 』 が 日本 に よる 台湾 植 民 地 統 治 を 美 化 して い る と批判 し、そ の議 論 に 荷 担 す る台 湾 の 親 日派 の存 在 を 「台 湾 内部 の反 民 族 的 「 共 犯 」 構 造 」 と して 糾弾 して い る。 特 に 「 歴 史 改竄 勢 力 」 の抬頭と日 米 新 ガイ ドライ ンな ど との共 犯 関係 が 強 調 され 、 「再 び ア ジア を 支 配 し よ う とす る米 日帝 国主 義 の血 迷 った"夢"を ■. 粉 砕 」 す べ きだ と、 この 声 明 は結 ばれ てい る。. 韓 国 歴 史 学 関 連 学 会 は2001年3月19日. に 「日本 の歴 史 教 科 書 の 改悪 を憂 慮 す る」 と い う共 同. 声 明を 発 表 した。 改 悪 と して批 判 され て い る の は 「 つ くる会 」 の 教科 書 だ け で はな く、 今 回 検 定 申請 され た多 くの教 科 書 に お い て 、 「日本 の 侵 略 を 進 出 と表 現 した だ け で は な く、 「 従軍慰安婦」 を は じめ とす る 日帝 の植 民 地 支 配 と関連 す る事 実 を大 幅 に削 除 し」、 「 韓 国民 族 が 熾 烈 に 展 開 した 抗 日独 立 運 動 に 関す る叙 述 が 大部 分省 略 」 され て い る点 に及 ん で い る 。 そ して こ の よ うな改 悪 が 98年 の 日韓 共 同宣 言 以来 好 転 して きた 日韓 の友 好 関係 を 著 し く阻 害 し、 「韓 国 人 た ち に 日本 に 対 す る否 定 的 な認 識 を再 び 拡 大 させ る契 機 とな って い る」 ことを 憂 慮 す る と述 べ られ 、 「過 去 に 対 す る正 しい理 解 が な くて は望 ま しい未 来 は期 待 で きな い」 と結 ば れ て い る。 ■4月3日. に文 部 科 学 省 が 「つ くる会 」 の歴 史 教 科 書 を検 定 合 格 と した こ と が 公 表 さ れ る と 、. 「日本 歴 史 教科 書 改悪 阻 止 運 動 本 部」 とい う韓 国市 民 団体 や 「 韓 国 ・全 国歴 史 教 師 集 会 」 が 直 ち に抗 議 声 明 を 出 して い る。 検 定結 果 発 表 後 は 、検 定 合 格 と した 日本政 府 の責 任 追 求 が重 要 な 論 点 とな って い る が 、「韓 国 ・全 国歴 史 教 師 集 会」 が 「ア ジ ア の多 くの 国 々が共 同 で参 与 す る共 同 の歴 史 教 科 書 」 の 開発 努 力 を 要 求 項 目に挙 げ て い る点 は注 目され る。 ■. 国 内 で もす で に2000年12月 に 、網 野 善 彦 、 荒 井信 一 、 粟 屋 憲 太 郎 は じめ60名 の学 者 ・文 化 人. に よる反 対声 明 が 出 され て い る。 この ア ピー ル で は 、 「 所 定 の 手続 きを へ て 教 科 書 を 発 行 す る 権 28.
(9) 利 自体 は 、誰 もが も っ てい る」 と断 った 上 で 、「 教 科 書 に虚 偽 ・虚 構 が あ っ ては な らな い」 とい う 理 由か ら 「 つ くる会 」 の歴 史 教 科 書 を 検 定 合格 させ る べ き で は な い と論 じられ て い る。虚 偽 の例 と して 、 「 神 武 東征 」 が史 実 で あ る か の よ うに 描 か れ て い る点 、 「 大 東 亜 戦 争 」 が 「植 民地 解 放 」 の戦 い で あ った か の よ うな 記 述 が 挙 げ られ て い る。 この段 階 で は まだ 申請 本 の 詳 細 な 批判 的分 析 は 行 わ れ て い な い よ うで 、 「 歴 史 的 事 実 」 とい う基 準 か らの 一 般 的 批判 で あ る。 ■. 検 定 が 最 終 段 階 に あ った2001年2月27日. に荒 井 信 一 は じめ18名 の署 名 者 に よ って表 明 され た. 「日本 の あ り方 を 誤 る歴 史教 科 書 に反 対 す る声 明」 で は、 百 数 十 ヵ所 の修 正 要 求 に応 じた書 き換 え が 行 わ れ れ ば 、 教 科 書 自体 は検 定 合格 に な る こ とに 最 大 の危 惧 が表 明 され て い る。 韓 国併 合 、 満 州 国建 国 、 日中 戦 争 、 太 平 洋 戦 争 に 関 す る 「つ くる 会 」 教 科 書 の 記 述 を 再 構 成 し、 そ れ が 「誤 った歴 史 認識 に 立 つ もの で 、植 民 地 支 配 と侵 略 を 讃 美 し、 太 平 洋 戦争 を賛 美 して い ます」 と 述 べ て い る 。 こ こで も 「 過 去 の事 実 を 隠蔽 」 と い う言 葉 は 使 わ れ てい るが 、批 判 の重 点 は個別 的 記述 の資 料 的誤 りか ら、 「 歴 史 認 識 の誤 り」 に移 って い る。そ して 「正 しい歴 史 認 識 」 に基 づ い た 歴 史教 科 書 の記 述 とは 「日本 の戦 争 が ア ジ ア の諸 国 民 に 損 害 と苦 痛 を 与 え た こ とに対 す る反 省 と 謝 罪」 が表 現 され て い る こ とで あ る と示 唆 され て い る。 つ ま り 「大 東 亜戦 争 」 を美 化 す る とい う 「誤 った歴 史 認 識 」 に 基 づ く歴 史 教 科 書 は、 表 面 的 な 修 正 が どれ ほ ど行 わ れ て も、検 定 合 格 させ る べ き で は な い 、 とい う論 理 で あ る。 この声 明 に お い て 、歴 史認 識 の 「 正 しさ」 と 「誤 り」 を 判 定 す る基 準 が ど こに置 かれ てい るか 完全 に 明 瞭 で は な い 。戦 後 の歴 史 学 研 究 の学 問 的 営 為 の 中 で 「正 しい歴 史認 識 」 が確 立 され て い る とい う こ とな の か 、 そ れ と もア ジ ア諸 国 との友 好 関 係 に 照 ら して とい う こ とか、 つ ま り 「学 問 的 な正 し さ」 が 問題 な の か 、 あ る い は 「 政 治 的 な 正 し さ」 が 問 題 な の か とい う点 で あ る。 お そ ら く両者 を単 純 に 分 離 す る こ とは で き な い とい うこ とだ ろ う。 少 な くと も歴 史 認 識 の 「 正 しさ」 が 政 治 的判 断 と不 可 分 の もの と して位 置 づ け られ て い る こ とは 確 か で あ る。 「つ く る会 」 の歴 史 認 識 は 、 そ れ が次 世 代 の 日本 人 か らア ジ ア の諸 国 と平 和 的 に 共 存 す る可 能 性 を奪 うた め に 「誤 りで あ り」、 また 「 近 隣 諸 国条 項 」や1995年8月15日. に 閣 議 決 定 され た 村 山 総 理談 話 な ど 日本 政 府 の歴. 史 認 識 に照 ら して 「 誤 りで あ る」 と主 張 され て い る。 ■. さ て 、3月16日. に大 江 健 三 郎 を含 む荒 井 信 一 は じめ17名 の 学 者 ・文化 人 が表 明 した 「加 害 の. 記 述 を後 退 させ た歴 史 教 科 書 を憂 慮 し、政 府 に 要 求 す る」 とい う声 明 は 、歴 史 の歪 曲 の問題 と政 府 の外 交 上 の責 任 の 問題 に加 え 、言 論 ・表 現 の 自 由の 問 題 に 言 及 して い る。 声 明 で は 、 「私 た ち は 、 日本 が言 論 ・表 現 の 自由 を認 め て い る以 上 、 多 様 な 歴 史 観 の 出版 物 が 刊行 され る こ とは 、 当 然 許 容 され るべ き だ と考 え ます 」 とまず 断 った 上 で 、 日本 政 府 が 陥 って い る 自己矛 盾 を指 摘 して い る。 す なわ ち 、村 山談 話 な どに よっ て 日本 政 府 は 戦 前 の 行 為 を 謝 罪 す べ き行 為 で あ る と国 際 的 に表 明 して い る に もか かわ らず 、 他 方 でそ れ らの 行 為 を 正 当 化 す る歴 史認 識 に立 っ た歴 史 教科 書 を検 定 合 格 させ る こ とは矛 盾 で あ り、 欺瞞 で あ る。 した が って 自己 矛 盾 を 回避 す る た め に政 府 が なす べ き こ とは 、(1)公 か 、(2)検. 表 され た政 府 の歴 史 認 識 に 反 す る 「つ くる会 」の教 科 書 を不 合 格 とす る. 定 制 度 そ の もの を 廃 止 す るか 、 の いず れ か で あ る。 た だ し 「教 科 書 検 定 制度 の廃 止 」 29.
(10) とい う選 択 肢 に 関 して は 、微 妙 な 留保 が加 え らえ て い る。声 明は 、「 今 回 の教科 書 問題 をめ ぐる 内 外 の議 論 で大 きな 障 害 とな った の は 、 申請 本 の 内 容 や 修 正 意 見 を含 む 、 検 定 の過 程 が 、 一 切 秘 密 に され て い る とい う事 実 です 」 と指 摘 し、検 定 制 度 に 関 して も情 報公 開を 原 期 と し、「 検 定 の経 過 を 、 そ のつ ど遅 滞 な く公 表 して透 明性 を 高 め る こ とを 強 く求 め ます 」 と主 張 して い る。 この 要 求 は 、政 府 ・文 部 科 学 省 に よ る独 占的 な検 定 権 を 公 共 的 な議 論 へ と譲 り渡 し、実 質 的 に 検 定 制 度 を 廃 止す る と い うこ とを 意 味す る。 もっ と も この声 明 の 中 で 、「国家 検 定 制 度」 か ら 「 市 民 に よ る公 共 的検 定 制 度 」 へ の転 換 とい うプ ログ ラ ムが 明 示 的 に表 明 され て い るわ け で は な い。. 1−4政. 府 ・文 部 科 学 省 の 対 応. と ころ で、 内外 か らの さ まざ まな批 判 や 、 と りわ け韓 国政 府 と中国 政府 か らの修 正 要 求 に 対 す る 日本 政 府 の対 応 を 確認 して お きた い。 これ らに 対す る文 部 科 学 省 の回答 は、 教 科 書 検 定 が 「歴 史認 識 の検 閲」 で は な い こ とを理 由 に、 修 正 要 求 に は応 じ られ な い とい うもの で あ った 。 検 定 結 果 発 表 直 後 の4月3日. に発 表 され た 文 部 科学 大 臣 ・町村 信 孝(当 時)の. コメ ン トは まず. 検定 制 度 の性 格 を 説 明 す る。4 「 一 、 教 科 書 の検定 は 、学 習指 導 要 領 に 基 づ くと と もに 、 申請 図 書 の 内容 に誤 りや 不 正 確 な 記 述 が ない こ と、特 定 の 事項 等 に偏 った 扱 い とな って い な い こ と、 国際 理 解 と国 際 協 調 の 見 地 か ら必 要 な 配 慮 が され て い る こ と、 児 童 生徒 の発 達 段 階 に適応 して い る ことな どか らな る 検 定 基 準 に 沿 って厳 正 に実 施 す る もの で あ り、今 回 の検 定 に おい て も検 定 基 準 に 基 づ き慎 重 な審 査 が 行 わ れ た と ころ で あ る。」 しか し検 定 制 度 に つ い て の この説 明が 意 味 す る と ころ は 、検 定 は 「特定 の歴 史 認 識 」 を 国 家 認 定 す る も の では な い とい うこ とで あ る。 続 け て次 の よ うに述 べ られ て い る。 「も と よ り教 科書 検定 に お いて 執 筆 者 の歴 史 認 識 等 の是 非 を判 断す る こ とは 、 思 想 ・良 心 の 自 由を 保 障 した 憲 法 の規 定 に抵 触 す る こ とか ら 、歴 史 教 科 書 の検 定 は、 国 が 特 定 の歴 史 認 識 や 歴 史 事 実 等 を確 定す る とい う立 場 に立 っ て行 うも の では な い。」 とい うこ とは 、 「つ くる会 」 の 教 科書 が 「 歴 史 の脱 道 徳 化 」 とい う 「 歴 史 認 識 」に基 づ い て い る 場 合 で も、 この こ と 自体 に対 して修 正 を 求 め る検 定 意 見 を付 け な い とい うこ とで あ る。 植 民 地 支 配や 侵 略 戦 争 に つ い て の道 徳 的 な反 省 や 謝 罪 が 明記 され て い ない 教科 書 で も検 定 を 合格 す る こ と に な る。 そ れ に もか か わ らず 大 臣 コメ ン トは 、今 回 の教 科 書 検 定 に お い て も 「近 隣諸 国条 項 に つ い て も十 分 配慮 」 して い る と述 べ 、 さ らに文 部 科 学 大 臣 と して も過 去 の 日本 の 行為 に対 して 「 痛 切 な反 省 と心 か らの お詫 び の気 持 ち」 を 共有 して い る と記 して い る。 この よ うな 政府 ・文 部 科 学 省 の姿 勢 が 、 中 国政 府 、 韓 国政 府 お よび 内外 の 批 判者 に とっ て 、 自 己矛 盾 と映 じる こ とは 当然 で あ ろ う。 中 国政 府 と韓 国 政 府 か らの 修正 要 求 を 受 け た後 の文 部 科 学 省 の姿 勢 も変 わ る こ とは なか った 。 修 正 要求 に対 す る7月9日. の文 部 科 学 大 臣(遠 山敦 子)の. コ. メ ン トも、 明 白な誤 りの記 述 以外 に つ い て は修 正 はで きな い とい うも ので あ り、次 の よ うに述 べ られ て い る。 30.
(11) 「修 正 要 求 項 目の うち 、 朝 鮮 古代 史 に 係 る2箇 所 につ い て は 明 白に 誤 りで あ る こ とが 明 ら か に な りま した 。 そ の他 の 箇所 に つ い て は、(1)様 々な学 説 が あ る な ど我 が 国 の 学 界 に お け る学 説 状 況 か ら見 て 必ず し も誤 りとは言 え な い も の、(2)い わ ゆ る解 釈 の 問 題 で あ って 検 定 済 教 科 書 に つ い て 訂 正 を 求 め る こ とは で き な い も の、(3)学 習指 導 要 領 に お い て 必 ず 取 り上 げ るべ き事 項 と され て は お らず 、検 定 制 度 上 記 述 を 求 め る こ とは で きな い もの、 で あ り、 こ れ らは 、 我 が 国 の教 科 書 検 定 制 度 上 、検 定 済 教 科 書 の訂 正 を 求 め る対 象 とは な らない も の で した 。」 政府 ・文 部科 学 省 の この よ うな姿 勢 は 、 口先 だ け で は 「 反 省 と謝罪 」 を対 外 的 に表 明 しつ つ も、 自国 の 教科 書 に 「 反 省 と謝 罪 」 を 明記 す る こ とを 拒 む欺瞞 的 な 態度 と考 え るべ きで あ ろ うか 。 そ れ と も、歴 史 認 識 の 内容 を規 制 す る こ と を控 え る健 全 な 態 度 と見 なす こ とが で き る のだ ろ うか 。. 1-5問. 題 点 の整 理. さて 、 これ ま で見 て きた 今 回 の歴 史 教 科 書 問題 の構 造 を整 理 してみ よ う。 海 外 か ら の批 判 の 骨 子 は表 面 上 、 「 つ くる会 」 の歴 史 教 科 書 が 「 歴 史 の 歪 曲」で あ り、それ を検 定 合 格 させ る こ とで 政 府 も同罪 とな る 、そ れ ゆ え政 府 は 合 格 を 撤 回 す べ きだ 、 とい う もの で あ った 。 これ に 対 して 国 内 の批 判 は 、「 歴 史 の歪 曲」 とい う批 判 の基 調 は共 有 しな が らも、国家 が歴 史 教 科 書 の 内容 に過 度 に 介 入 し、 いわ ば 「 検 閲 」 す る こ とへ の危 惧 を含 ん で い る。 い わ ば 「 正 しい」 歴 史 認 識 を 国家 が 強 制 す べ き な のか と い う問 題 が 潜 在 的 に 提 起 され て い る と言 って よいだ ろ う。 興 味 深 い こ とに 、 政 府 ・文 部 科 学 省 の説 明で も言 葉 の上 で は 、 侵 略戦 争 を反 省 し謝 罪 す る歴 史 認 識 を 政 府 自身 が も っ て い る が、 思 想 ・言 論 ・教 育 の 自 由 とい う原 則 か ら 「 検 閲」 に類 す る ことは で きな い と主 張 され て お り(隠 され た 意 図 が あ るか ど うか は 、 こ こで は 問 わ な い)、 「 正 しい」 歴 史 認 識 と言 論 ・教 育 の 自 由 と の齟齬 の問 題 が 表 面 化 して い る。 ま さに この齟齬 の た め に政 府 の コ メ ン トは 曖 昧 で 自己 矛 盾 的 で、欺瞞 的 に 響 くの で あ る。 今 回 の歴 史 教 科 書 問 題 の構 造 が 、 「 言 論 ・教 育 の 自 由」 と 「 正 しい歴 史 認 識 」 とい うそ れ ぞ れ 守 るべ き二 つ の原 理 が 不 調 和 に 陥 って い る点 に あ る とす れ ば 、 この不 調 和 や齟齬 を 解 消 す る方 法 を わ れ わ れ は 考 え な け れ ば な らな い 。 そ の た め に本 稿 で は 「国家 の脱 歴 史 化 」 と 「歴 史 の 政治 化 」 と い うキ ー ワ ー ドを 用 い て 問題 を 解 きほ ぐ してゆ きた い。 「国家 の脱 歴 史 化 」 とは 、国 家 が歴 史 を 国 家 の 統 合 原 理 と して利 用す る こ とを放 棄 す る こ と、 そ して歴 史 認 識 に 関 す る言 論 ・教 育 の 自由 を 保 障 す る こ とを 意 味 す る。 また 「 歴 史 の政 治 化 」 とは 、 国家 か ら解 放 され た 歴 史 認識 を 、民 主 的 な 公 共 空 間 の 中 で一 つ の政 治 文 化 へ と作 りあげ てゆ く こ とを 意 味 す る。 歴 史 教 科 書 問題 を長 期 的 な観 点 か ら解 決 す るた め に は これ ら二 つ の視 点 か ら問題 を 捉 え る必 要 が あ る と思 わ れ る。. 第二節. 「国 家 の脱 歴 史化 」 と 「歴 史 の政 治 化 」. 「言 論 ・教 育 の 自 由」 と 「 正 しい歴 史 認 識 」 との齟齬 は 、〈歴 史 を 歪 曲 す る言 論 や 教 科 書 に対 し て も、 言論 ・教 育 の 自由 とい う原 理 を保 証 す べ きか?〉. とい う問 い と して 今 回 現 れ て い る。 本 稿 31.
(12) は 、 そ の場 合 で も言 論 ・教 育 の 自由 とい う原 理 を擁 護 す べ きだ と考 え る。 そ れ は 、 「歴 史 の 歪 曲」 とい うこ とが多 義 的 で あ り、 「歴 史 の 真 実 」 を 一 義 的 に 確 定 す る こ とが実 際 上 困 難 で あ る とい う 理 由だ け で は な く、 多 文 化 主義 社 会 を作 りあ げ て ゆ くた めに も 、 国家 が歴 史 認識 を独 占す る こ と を 否 定 す べ きだ か らで あ る。 今 回 の教 科 書 問題 に則 して考 察 して み よ う。. 2−1韓. 国政 府 の修 正 要 求 の 問 題 点. まず韓 国政 府 の修 正 要 求 に つ い て 、 そ の要 求 が一 面 で は正 当 で あ りな が ら、 この要 求 を教 科 書 検 定 制 度 の 強化 に よって 実 現 す る場 合 の 弊 害 に つ い て考 え てみ よ う。 韓 国政 府 が2001年5月. に 日本 政 府 に 提 示 した 修 正要 求書 の論 理 は次 の よ うな 組 み立 て に な って. い る。 す な わ ち 、 日韓 共 同 宣 言 で は 「日本 の植 民地 支 配 に対 す る反 省 と謝 罪 を 前提 に"両 国 国 民 、 特 に若 い世 代 の歴 史 へ の認 識 を 深 め る こ とが 重 要 で あ る こ とに つ い て見 解 を 共 有 す る"」 と発 表 され て い る のに 、 この 「 宣 言 の 趣 旨か ら著 し くか け離 れ た 内容 」 の教 科 書 が 検 定 合 格 に な った の で 、 これ の再 修 正 を 日本 政 府 に 要 求 す る。(韓 国政 府2001:97) さて 、 この要 求 の正 当性 は、 問題 とな る教 科 書 が 「宣 言 の趣 旨か ら著 し くか け 離 れ た 内容」 で あ る と断定 で き るか に か か って い るが 、 しか しそ の よ うな 判 断 は 実 際 に は非 常 に困 難 で あろ う。 修 正 要 求書 に よれ ば 、 「 つ くる会 」 教 科 書 の検 討 は、(1)「事 実 と記 述 に 誤 りが あ るか 」(2)「解 釈 と 説 明 に歪 曲 が あ るか」(3)「内容 に縮 小 や 欠 陥 が あ るか 」 とい う三 つ の範 疇 で行 わ れ た と され る。 (1)につ い て は まだ しも、(2)と(3)につ い て検 討 す る とい うと き、 何 が 「 歪 曲」 で あ り、 どれ だ け の 内容 記 述 が 「 縮 小 や 欠 陥」 と見 な され るか 決 定 す るの は 容 易 な こ とで は な い。 た と えば 修 正 要 求 で指 摘 され て い る 「日本 の歴 史 を美 化 す る ため に韓 国 の 歴 史 を お と しめ て い る」 と い う点 は 、 こ の解 釈 が 事 実 と して確 認 され る な ら、 日韓 の友 好 を 阻 害 す る 由 々 しき事態 で あ る。 しか しそ の よ うに解 釈 す る理 由 と して 「例 え ば 、韓 国 の歴 史 に言 及 す る と きに 朝 貢 ・従 属 ・服 属 国 ・属 国 ・宗 主 権 な どの 用語 を頻 繁 に 用 い て い る」(同:99)と. い う こ とが 挙 げ られ て い る。 だ とす れ ば、 こ の. 問題 を 解 消 す る た め に は教 科 書 検 定 基 準 の 中 に用 語 とそ の使 用 頻 度 に つ い て の膨 大 で詳 細 な規 定 が必 要 に な る と危惧 され る。 また 「 従 軍 慰安 婦 」 に関 す る記 述 が欠 け て い る 点 につ い て 、修 正 要 求 で は、 「日本 軍 に よ る軍 隊 慰安 婦 の強 制 動 員 事 実 を 故 意 に 欠 落 し(マ マ)、 太 平 洋 戦 争 当時 の人 倫 に も とる残 虐 行為 の実 態 を 隠 蔽 した」(同:100)と. 指摘 され て い る。確 か に 「何 が書 かれ て い な. い か」 が歴 史 認 識 を大 き く規 定 す るの は 事 実 で あ る が 、 この 問題 を是 正 す るた め に 「 何 が書 か れ るべ きか 」 を 教 科 書検 定 基 準 が 詳 細 に 規 定 して しま え ば 、教 科 書 は一 種 の 国 定 教科 書 に な っ て し まわ ざ る を得 な い だ ろ う。 と りわ け 、単 に 「 従 軍 慰 安 婦 」 の記 述 が 欠 け て い る だ け で な く、 「日本 が 韓 国 な ど他 国 に 及 ぼ した被 害 を 縮 小 また は 隠 蔽 した」(同:100)と. い う非 難 が 生 じな い よ うに. しよ うとす れ ば 、 用 語 の み な らず 文 体 に まで 及 ぶ 模範 記述 を検 定基 準 は 含 まな け れ ば な らな くな るだ ろ う。 誤 解 が な い よ うに 断 って お け ば 、 「つ くる会」 の歴 史 教 科 書 が過 去 の侵略 戦 争 と植 民 地 支 配 が ア ジ アの 人 々 に与 えた 被 害 と苦 痛 を相 対 化 し、 軽 減 して 描 こ うと 「 意 図 して い る」 こ とは 、 通 読 32.
(13) す れ ば 誰 もが 気 づ くこ とで あ る。「つ くる会」 自身 が 『発 足 の趣 意 書 』に よ って そ れ を 公 言 して い る とい って も よい 。 「 歴 史 の脱 道 徳 化 」 と して既 に 見 た と ころ で あ る。 問 題 なの は 、 この 「 意 図」 を 裁 き、 「意 図」 を 粉 砕 す る よ うな 「 教 科 書 検 定 制 度 」を つ くろ うとす れ ば 、そ れ は もは や民 間 が 制 作 した 教 科書 を政 府 が検 定 す る の で は な く、 ほ とん ど 「国 定 教 科 書」 作 成 に な らざ る を え な い とい う点 に あ る。 今 回 の教 科 書 問題 に対 す る対 応 を 誤 る と、教 科 書 に 関 して 言論 ・教 育 の 自由 を 国 民 の側 が放 棄 す る こ とに な る とい う意 図 せ ざ る結 果 を 招 く危 険 性 が あ る。 この こ とを無 視 して 、 政 府 の対 応 を単 純 に非 難 し、 「つ くる会 」 の教 科 書 の政 府 に よる根 本 的 な 再 修 正 を 要 求 す る こ と は誤 った対 応 だ と思わ れ る。 国家 の歴 史 認 識 が 、 歴 史 教科 書 の細 部 まで規 定 す る とい う事 態 を 招 く よ うな 問題 解 決 策 は採 られ るべ きで は な い 。. 2-2「. 共 同 歴 史教 科 書」 の 問題 点. 今 回 の よ うな歴 史 教 科 書 問題 の再 発 を 回避 す るた め に よ く提 案 され る のが 、 日中 韓 が 「共 同歴 史 教 科 書 」 委 員 会 を設 置 して、 各 国 の歴 史 家 が 共 同 して統 一 した歴 史 教 科 書 を 作 成 す る とい う案 で あ る。 今 回 の批 判 的 ア ピール のな か で も 「 韓 国 ・全 国歴 史 教 師 集会 」 が そ の よ うな 提 案 を 行 っ て い た。 しか しそ の よ うな委 員 会 を 設 置 して 、歴 史研 究者 が話 し合 え ば ア ジ アで 共 通 の歴 史 理 解 が得 られ る とい うほ ど、 事 柄 は 単 純 で は な い 。 日韓 歴 史 教 科 書 研 究会 編 『教 科 書 を 日韓 協 力 で考 え る』(大 月 出版)に よれ ば 、す でに1991年 に 民 間 の研 究者 た ち に よる 日韓 合 同 の研 究 会 が 発 足 し た よ うで あ る。 しか しそ こ で の研 究 方 針 は 、 「 現 在 も未 解 決 で あ る植 民 地 支 配 の 痛 み を 検 証 す る た め に も、 主 た る対 象 は 日本 の教 科 書 で の近 代 日朝 関 係史 に設 定 」 し、 「認識 の差 を 埋め る作 業 は、 お も に侵 略 国 で あ る 日本 側 の作 業 で あ って 、 当面 は韓 国側 に 求 め る も ので は な い 」 と され て い た。 韓 国側 の被 害 感 情 だ け に 配 慮 した 「共 同 研 究」 が 両 国民 の相 互 理 解 を 進 め る とは 考 え られ な い。 少 な くと もそ の結 果 を 多 数 の 日本 国 民 が 受 け 入 れ る とは考 え られ ない 。 また1997年7月. に は 日韓 両 国 政 府 の委 嘱 に よ って 、 民 間有 識 者 に よる共 同委 員 会 「 歴史研究促. 進 に関 す る共 同 委 員 会 」 が 設 置 され た(日 本 側 事務 局 は 「 財 団法 人. 日本 交 際 交 流 セ ン タ ー」 が. 務 め る)。 しか し この委 員 会 は 、歴 史研 究 が 「両 国 関 係 の健 全 な発 展 に と って 不 可 欠 な も ので あ る と の基 本 的 な認 識 」 を も ちな が ら も、最 初 か ら 「 委 員 会 自体 と して歴 史 の共 同研 究 を 行 うも の で は な く、 両 国 の 歴 史 認 識 の統 一 を 図 る もの で もな い」 と宣 言 して い る。 つ ま り 日韓 の友 好 関 係 に と って 歴 史 研 究 が 重 要 で あ る と しな が ら、 この委 員 会 は 当初 か ら、 日韓 の友 好 関 係 に とって 「 歴 史 認 識 の統 一 」 が 必 須 な のか 、 また 可能 な か の か を曖 昧 な ま ま に して い る。 こ の委 員 会 は99年 ま で シ ン ポ ジ ウ ムな どを 開 催 して 日韓 の研 究者 の交 流 を行 な った が 、2000年5月. の最 終 報 告 で 「日. 韓 歴 史 研 究 会 議 の 設 置 」 を提 言 す る に と どま って い る。 そ も そ も 、「 歴 史 認 識 の統 一 」や 「共 同歴 史 教 科 書 」 の作 成(及 び 採 用)に. よ って 日韓 の友 好 関 係 が促 進 され、 教 科 書 問 題 が 解 消 す る のか. と い う問 題 に つ い て 深 く考 察 され て い な い よ うで あ る。 「歴 史 認 識 の 統 一 」 とか 「共 同 歴 史教 科 書」 とい うス ロー ガ ンは 、一 見 、 友 好 関 係 を 象 徴 して い る よ うに 思 わ れ る。 しか しな が ら、 そ れ が 具体 的 に何 を意 味 す るか を 少 し考 えれ ば 、 そ れ ほ ど 33.
(14) 望 ま しい こ とで はな い こ とが す ぐに 分 か る。 た とえ ば 、 両 国 の 共 同政 府 機 関 と して組 織 され た歴 史家 たちが 「 歴 史 認 識 の統 一 」 に達 し、 「 共 同歴 史 教 科 書 」 を 作 成 で きた と仮 定 し よ う。 そ の 場 合 、教 科 書 が 両 国 に お い て 使用 され る制 度 が存 在 しな け れ ば意 味 が な い。 す る と、 こ の 「 共 同歴 史 教 科 書 」 を 政 府 が 国定 教科 書 に指 定 す る こ とに な る の だ ろ うか。 言 論 ・教 育 の 自 由を 一 定 程 度 確 立 して きた 日本 社 会 が 、 国定 教 科 書 化 とい う逆 行 を受 け入 れ る とは考 え られ な い。 戦 前 の軍 国 主 義 教 育 に戻 る ので な け れ ば 、ほ と ん どあ りえ な い想 定 で あ る。 あ るい は 、 「 共 同歴 史 教 科 書 」の 存 在 は単 に両 国 の友 好 の 象徴 で あ っ て 、 この教 科書 も民 間 出版 社 の教 科 書 と並 存 す る選 択 肢 の一 つ に過 ぎ ない も の と位置 づ け られ る の か?も. しそ うだ とす れ ば 、今 回 の よ うに 「つ くる会 」 の 教. 科 書 が検 定 合 格 に な る可 能性 は存 在 す る わ け で あ り、教 科 書 問題 が 解 消 す る こ とに は な らな い 。 「 共 通 の歴 史 教 科 書」 が作 成 され れ ば 問題 が解 決 す る とい うの は幻 想 に 過 ぎ ない だ ろ う。 興 味 深 い こ とに今 回 の歴 史教 科書 問題 の最 中 に韓 国 国 内 で 「国定 韓 国史教 科 書 」 に 対 す る批 判 の 声 が 上 が って い る。Webサ イ ト上 の 『 東 亜 日報 』 日本語 版(http://japan.donga.com)の2001年8月8 日付 け の報 道 に よる と、2001年3月. に 発 足 した 「日本 教 科 書 是 正 運 動本 部 」(歴 史 問 題 研 究 所 、歴. 史 教 育 研 究 会 、 全 国 歴 史教 師会 合 な ど8の 民 間 団体 が参 加)は 、 これ まで 日本 の歴 史 教 科 書 の是 正 を求 め て きた が 、 そ れ に加 え て 国定 韓 国史 教 科 書 の是 正 を も求 め て ゆ くとい うこ とで あ る。 現 在 、韓 国 では 、 韓 国 史編 纂委 員 会 に よっ て編 纂 され た 国定 教 科 書 が 唯一 の 歴 史 教 科 書 とな って い パク. ●チョンヒ. る。韓 国 にお け る国 定教 科 書 制 度 は1974年 、朴 正 煕 政 権 時 代 に 導 入 され た もの で、9種 の検 定教 科 書 を認 めて い る 日本 とは事 情 が異 な っ て い る。 この 団体 が 主 催 す る8月10日. の シ ン ポ ジ ウ ムで 、. コン ジュ. 公 州 大 学 歴 史 教 育 学 科 の チ ・ス カ ル教 授 は 、 「現 在 の 国定 韓 国 史教 科 書 は民 族 に 対 す る 忠 誠 と服 従 を 押 し付 け て お り、歴 史 上 の事 実 を 意 図 的 に歪 曲 して い る」 と し、「旧態 依 然 と した 国 家 論 お よ び 民族 論 か ら大 幅 に 抜 け 出 さな けれ ば な らな い」 と強 調 して い る と報 道 され て い る。 国家 に よる歴 史 の 独 占 、特 定 の歴 史 解 釈 を 国家 や 民 族 の ア イデ ンテ ィ テ ィ形成 の手 段 と して個 人 に 強制 す る と い った こ とに対 す る批 判 が韓 国 国 内 で も生 じ、 しか も 日本 政 府 の歴 史 認 識 を是 正 す る運 動 の中 で そ れ が 生 じて き た こ との意 義 は大 き い。 も し 「歴 史 認識 の統 一 」 とい うこ とが あ り得 る とす れ ば 、 そ れ は 両 国 が 同一 の 国定 教 科 書 を採 用 す る こ とで は な く、歴 史 を 国家(民 族) ア イ デ ンテ ィテ ィの 形成 手 段 か ら解 放 して 、 国家 や 民 族 の 枠 組 み に 囚 わ れ な い 自由 な観 点 か ら歴 史 を反 省 す る とい うこ とで は な いだ ろ うか。. 2−3「. 国 家 の脱 歴 史 化 」. 国家 は 国民 の 統 合 の た め に歴 史 が もつ ア イデ ンテ ィテ ィ形成 力 を利 用 す る こ とを止 め 、歴 史 の 管 理 者 の位 置 を 放 棄 すべ きだ ろ う。 国 家 はむ しろ多 様 な歴 史物 語 が競 合 的 に共 存 す る こ とを 保 障 す る制 度 へ と 自己 限定 す べ き で あ って 、 そ の時 、 歴 史 認識 は 公 共 的 な議 論 の空 間 に委 ね られ る こ とに な ろ う。 グ ロー バ ル化 の進 行 に よ っ て多 文 化 主 義社 会 の 到 来 が不 可避 で あ る現 在 、 国家 は歴 史 が政 治 問 題化 しな い よ うに 、 政 治 と歴 史 を 分 離 す る制 度 へ と 自己変 革 す る こ とが 求 め られ て い る。 そ の よ うな 意 味 で の 「 国 家 の脱 歴 史 化 」 が グ ロ ーバ ル化 す る時代 に必 要 とな る。 34.
(15) 山 崎正 和 は 「国家 の脱 歴 史 化 」 な い し 「歴 史 と国家 の 分離 」 に 関 して重 要 な 提 案 を して い る。 山 崎 は 、歴 史 や 伝 統 が 国家 の統 合 原 理 で あ り、個 人 は この 国家 の 中 に歴 史 ・伝統 を 介 して統 合 さ れ る客 体 にす ぎ な い と考 え る歴 史 観 を 「国 家 史」 と呼 び 、 そ の よ うな 「国 家 史」 を 克 服 す べ きだ と主 張 す る。 「 現 代 の 国家 は今 もそ うい う歴 史 〔=国 家 史〕 の存 在 を真 剣 に信 じ、 そ れ を 制 度 と して の 学 校 で教 え る と と もに 、 他 国 の 歴 史 教 育 に 政 治 的 な 関心 を払 っ てい る。 少 な か らぬ 国 民 も ま た そ うい う歴 史 の必 要 性 を 信 じ、 そ れ ぞ れ 自分 の認 識 す る歴 史 を国 家 公 認 の もの に し よ うと 争 い合 っ て い る。 〔中 略 〕 しか し今 や 根 元 的 な 問 題 は根 元 的 に 解決 す る 時 期 が 来 て い る の で は な い だ ろ うか 。 民 族 と国 家 、 そ して 歴 史 意 識 そ れ ぞれ の近 代 化 の趨 勢 を 素 直 に 受 け 入 れ 、 そ れ ぞ れ の合 理 化 を 更 に 一 歩 進 め るべ きで は な い だ ろ うか。 かね て述 べ て きた よ うに 、 国 家 . . . り. . . . . . . コ. . . . . . . . の. コ. . . . . . . . . . . の. . . . . . ゆ. . . . は特 定 の民 族 文 化 の伝 統 か ら離 れ 、 純 粋 に 合 理 的 な法 と制 度 の体 系 と して 働 くほ か に 生 き る . . . . 道 は な い。 同時 に民 族 は国 家 規 模 の 大 き さを 保 つ こ とを 諦 め 、 国家 内 に 多 元 的 に 共 存 す る 「エ スニック 集 団」 に変 貌 して 、そ の 中 で文 化 伝 統 を守 る ほか は あ る まい 。〔中略 〕国 家 が 歴 史 教 育 か ら手 を ひ き 、歴 史 が政 治 問 題 で な くな った と き、歴 史 は お のず か ら本 来 の二 側 面 へ と分 か れ て ゆ くで あ ろ う。 認 識 と して の 歴 史 と伝 統 と して の 歴 史 は ふた た び 分 離 し、 そ れ ぞ れ本 来 あ る べ き場 所 へ と帰 っ てゆ くこ とで あ ろ う。 い うま で もな く前 者 は個 人 と して の 研 究 者 の 手 に 、 そ して後 者 は さ ま ざ ま な新 しい小 共 同 体 の ふ と こ ろ へ 帰 る こ と が 予 見 され る。」 (山 崎2000:41-44、 傍 点 は別 所 に よる) 山 崎 の 提 案 は 、歴 史 が もつ ア イ デ ンテ ィテ ィ形 成 力 を 特 別 な 中 間 集 団(エ ス ニ ック集 団、 民 族 共 同 体)内 に 限 定 し、 歴 史が 国家 や 個 人 の ア イデ ンテ ィテ ィ形 成 の 唯 一 の核 とな る こ とに終 止 符 を 打 つ とい うもの で あ る。近 代 の 国民 国家 は 、人 種 や 民 族 性 、 共 通 の 文化 伝 統 や歴 史 、 そ して共 通 言 語 な どを さ まざ まな 形 で 国民 の統 合 原 理 と して利 用 して きた 。 しか し今 や 国民 国家 は そ の統 合 原 理 と して 共 通 の歴 史 とい う要 素 を必 要 と しな い(ま た 、 す べ きで な い)と い うの が 山 崎 の基 本 的 認 識 で あ る。 個 人 と国 家 は もは や伝 統 へ の 内面 的 ・感 情 的 依 存 性 を 介 して結 び つ くの で は な い 。 合 理 的 な 法 と制 度 の 体 系 と して の 国家 に対 して個 人 が合 理 的 な 同 意 を 与 え る とい う関係 が 国 家 を 存 立 させ 、 い わ ば 社 会 契 約 とい う近 代 の理 念 が は じめて 実 現 す る とい うこ とに な る。 公 教 育 に お け る歴 史 教 育 が 「国 民 の ア イデンティティ 」 を 確 立 す る とい った 政 治 的 目的 か ら解 放 され れ ば 、 そ れ に 対 応 して 、 個 人 も、 自分 の ア イ デ ンテ ィテ ィを 国家 や 共 同 体 の 歴 史 や伝 統 の 中 だ け に求め る ので は な く、 そ れ を 生 の複 合 的 な 関心 領 域 の中 で 重 層 的 に 形 成 す る こ とに な ろ う。 共 同体 の歴 史 や 伝 統 が た とえ 個 人 的 アイ デ ンテ ィテ ィの形 成 に と っ て重 要 な 要 素 で あ り続 け る と して も、 そ の際 に 生 じる一 体 性 の 感 情 が 向 け られ る共 同体 は ロー カ ル な(民 族)共 同 体 に 限 定 さ れ るべ き で あ り、 国 家 そ の も のは あ くまで 「純 粋 に 合理 的 な法 と制 度 の体 系 」 と見 な され な け れ ば な らな い。 そ の時 、 国 家 は 「 脱 歴 史 化 」 され 、 国 家 と民族 と個 人 との一 体 性 を歴 史 伝 統 が 維 持 す る とい う構 造 は消 失 す るだ ろ う。. 35.
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