2015 年 3 月
1.あるベンチャー企業の事例
先端フォトニクス株式会社は 2006 年に設立さ れた技術開発型大学発ベンチャー企業である。事 業コンセプトとしては,光導波路技術を中心とし た新技術による新市場の創造を目指しており,創 立以来およそ八年間が経過している。大学で生れ た次世代向けの新技術を特許化し,研究者集団か ら事業会社組織へと脱皮を図りながら,東京大学 駒場の地で,新規事業の創造へと結び付ける事業 活動を試みてきた,いま流行の典型的な『ものづ くりベンチャー企業』である。日本経済にも,よ うやく明るい兆しが見え始めた現在において,大 学発ベンチャー企業や産学連携の企業活動は再び 脚光を浴び盛んになりつつある。 大学から企業への技術移転にあっては,大学に おける基礎研究をそのまま既存企業に移転し事業 化を目論んでもなかなか成功しない。プロセス開 発に始まって,製品開発,生産技術開発,さらに ビジネス開発へと愚直に新規事業を一段づつ組み 立てていく必要がある。つまりサイエンスをテク ノロジーへと拡げていき,工業化プロセスを考え ながら同時に新規事業と呼ばれるに耐えうる新製 品を生み出すことを模索していく必要がある。先 端フォトニクス株式会社は,その光導波路技術に おける先行優位性を維持するための参入障壁とし て,早い時期から「設備開発」,つまり生産技術 開発に取り掛かり,顧客の信用とそれに基づく投 資 を 獲 得 す る こ と が で き て い る 数 少 な い ベ ン チャー企業である。 本稿では先端フォトニクス株式会社を事例とし て取り上げ,日本における現代のイノベーション がどのように行なわれているかを,先端フォトニ クス株式会社の社長とのインタビューや数回にわ たる同社訪問を通じて発見できた事象を分析しな がら,多面的なイノベーション概念の視点から, 日本のものづくりイノベーションの将来的な可能 性を見極めながら,探ってみることとしたい。2.クローズドイノベーションとオープン
イノベーション
クローズドイノベーションとは,既存企業の従 来型のイノベーションシステムである。既存企業 の企業内中央研究所が大学の研究施設や政府機関 の研究所などよりも充実した大規模研究所である 場合に,そこに数少ないエリート大学卒あるいは 大学院卒の研究者を生涯,雇用することによっイノベーション概念から観た日本のものづくり
イノベーションの新展開
萩原 俊彦
*The Japanese new innovation management from the viewpoint
of the innovative perspectives
HAGIWARA, Toshihiko
論文
である。オープンイノベーションの企業がクロー ズドイノベーションの企業と違う点は,研究開発 のすべてを自社でする必要がないし,最初から行 なわないということである。つまり他社の研究を 買い取ってそこから製品を作っても良い,また自 社の無駄な研究は他社に売ってしまえば良いと割 り切っていることである。ただし留意すべき点 は,技術は人材ごと流出してしまう可能性も高い ということである。それゆえに特に機密性の高い 軍事関連や原子力などの産業においては,オープ ンイノベーションが依然として忌避されるといっ たことは十分起こりうる。 このような情報管理上の制約条件はあるもの の,最近では外部の知識を企業のイノベーション 創出に利用するオープンイノベーションが,着実 に産業界に定着しつつある。半導体メーカーのイ ンテルはパソコンの心臓部にあたるマイクロプロ セッサーの世界第1位のメーカーだが,意外なこ とに,この企業は当初,企業内研究所を持たずに 世界的なイノベーションを実現した。インテル は,AT&T,ゼロックスなどの基礎研究の成果 を購入またはライセンスして,その製品化,事業 化に注力した。つまり他人の褌で相撲をとってき たわけで,自社では先進的な製品開発の方に集中 し,品質問題,製造プロセスの問題に全力を挙げ て取り組んだのである。この戦略が非常にうまく いき,インテルは短期間で世界規模の事業拡大を 実現した。オープンイノベーションとは,自社と は別の組織の経営資源(資金,技術力,人材,組 織力)をうまく活用し,迅速かつ効率的にイノ ベーションを行なう経営戦略であると言える。最 近活発になってきたストラテジックアライアンス などが企業間で行なわれる場合に,その一部とし てオープンイノベーションに関する条項が,具体 的な契約条項に含まれる場合がある。オープンイ ノベーション戦略を実行することは,一見,非常 に容易だと思われるが,実は企業経営としては多 くの変革を必要とする。まず企業内における機密 情報に対する意識改革が必要である。研究開発に 係る重要な情報は,本当に社外に出せないのだろ うか,出したらライバル企業に利用されるだけな のだろうか,また自社の研究開発は,自社が本当 に単独でやる必要があるのだろうか。まずこれら の問いかけに対し,綿密に検討し社内の主要な技 て,他企業への研究開発情報の流出を避け,ゼロ から研究を進めて生み出した技術を独占的に事業 開発に結びつけるイノベーションの古典的方法で ある。ひとつの企業内で,研究のための素材開発 から,製品として出荷するまでのイノベーション のトータルプロセスを極秘裏に行なう。従来,石 油や電気の基礎技術はこの例によるイノベーショ ンが圧倒的に多い。具体的には,AT&T のベル研 究所,GE,DuPont など,日本では日立製作所, 東芝,東京電力,旭硝子など,企業内研究施設と して中央研究所を有する企業は,このイノベー ションを行なう傾向が強い。クローズドイノベー ションのメリットは,他社に自社で開発した技術 が漏出する可能性が少ないので,独占的な事業開 発とそれに伴う独立した経営管理ができることで ある。またデメリットは,自社で開発した技術の 流出を防ぐために質の高いエリート技術者を生涯 雇用する必要があるため,比較的コストがかかる ことである。さらに中央研究所では,大学の研究 室さながらに研究員が結構好き勝手な研究をして いる場合もあり,すべての技術が自社で最後まで 開発できて製品に応用できるものではないため, 無駄な技術開発はどこかで打ち切らなければなら ないということも起こりうる。 日本でクローズドイノベーションを実施してい る企業は,政府が基礎研究への投資として大学の 研究施設を拡充させていったため,現在のところ 概して,研究開発上の危機に瀕している。また独 占企業でない規模の小さな企業でも,比較的質の 高い技術者を雇うことができるようになったこ と,またそれと同時に技術者の流動性が大きく なったため,以前ほど技術者の囲い込みが容易で はなくなったことから,クローズドイノベーショ ンは,もはや流行遅れとなってきている。さらに 1980 年代よりアメリカの西海岸を中心にベン チャーキャピタルが増えたことにより,クローズ ドイノベーションの企業で自分の研究を打ち切ら れて,結果としてスピンアウトした技術者が集 まってベンチャー企業を創り,自らの研究を続行 させて製品開発に結びつけることが可能になって きたことも,従来型のクローズドイノベーション が廃れてきた一因である。シリコンバレーにおけ るベンチャー企業の台頭はその結果と言える。そ こで登場するのがオープンイノベーションの企業
組みを根本的に変えつつある。 オープンイノベーション戦略は,現在ではもは や普通の経営戦略となってしまったが,先端フォ トニクス株式会社では,2006 年の会社設立直後 から既にこの考え方を,その経営戦略の根幹に据 えていた。特にこのような技術開発型ベンチャー 企業においてオープンイノベーション戦略は,大 手メーカー開発部門との共同開発活動を獲得する 上で,必要欠くべからざる戦略であった。この戦 略を活用することにより,ベンチャー企業は,不 足している経営資源としての資金を,比較的豊富 に有している経営資源である技術を大手メーカー に提供することにより,対価として獲得するので ある。一方,大手メーカーは豊富な資金を使って 不足している技術を補うことができる。 このように活用されるオープンイノベーション 戦略には,一般に四つのメリットがあるとされ る。第一に,共同研究開発によって研究開発のス ピードをアップさせることができる。第二に,各 企業の研究開発の重複がなくなり,研究開発コス トの削減が可能となる。第三に,研究開発を分業 化することにより,研究開発のリスクを低減させ ることができる。つまり各社が研究開発の責任分 担範囲の明確化を行なうことにより,安心して研 究開発に専念できるのである。野球で言えば守備 範囲が確定されるわけであり,ベンチャー企業に とっては研究開発のリスクが抑えられる。第四と して,企業内中央研究所を中心とした研究開発構 造による自前主義の強い日本メーカーの研究開発 部門にあって,オープンイノベーション的な思考 に満ちた社外企業の参画は,従来の秘密主義を打 破し,社内の壁を越えた全体最適的な意思決定を 促すことに繋がる。つまり研究開発活動の早い段 階から外の風,市場の風を吹き込む機会ともな り,活用の仕方次第では研究開発の幅を拡げ,事 業機会を拡大することができると考えられる。
3.インクレメンタルイノベーションとディ
スラプティブイノベーション
イ ノ ベ ー シ ョ ン の ジ レ ン マ(Innovator's Dilemma)とは,優れた特色を持つ製品を販売す る既存の大企業が,その特色を改良するインクレ メンタルイノベーション(持続的イノベーショ ン)のみに目を奪われ,顧客の別の需要に目が届 術者がオープンイノベーション戦略に対して納得 しなければならない。特に優秀な技術者ほど自社 の研究や技術に対して誇りを持っているため,他 社からの技術導入に対して反対しがちである。自 分の存在価値が脅かされるという危機感もあるた め,この社内のイノベーションの在り方に対する 意識改革は非常に難しい。 つぎに他社とストラテジックアライアンスを行 ない,他社の経営資源と自社の経営資源とを連携 させる具体的なケースに際して,どのような切り 口でそれを行なうのか,その連携内容は整理され ているのかどうかを検討しなければならない。言 いかえれば,ストラテジックアライアンスに対し て,企業内における連携のためのインターフェー スが両社ともにきっちりと設計されているのか, 連携に必要な社内体制は人事面も含めて相互に 整っているのかということである。そしてそのス トラテジックアライアンスに対応できるマネジメ ント能力を持った人材が現場に確保されているの かということである。オープンイノベーション は,このように「言うは易く,行なうは難し」の 類の経営戦略であるが,最近のように日本が世界 的な競争に晒され高度な技術でもすぐにコモディ ティー化するような時代になってくると,大企 業,中堅,中小企業にかかわらず,オープンイノ ベーションが一部の独占企業を除いて必要不可避 な経営戦略となってきている。 オープンイノベーションへの動きは,様々な業 界で見られる。製薬業界では,これまでタブーで あった自社の研究開発テーマの公表を行なう企業 が現れ,社外から積極的な研究提案を求める企業 も出てきた。硝子メーカーでもストラテジックア ライアンスに向けて,多くの課題を公表し相手企 業を公募した。またここ数年,自動車メーカーで もベンチャー企業を吸収合併したり,ストラテ ジックアライアンスを行なったりという動きが活 発化している。製造業では従来から言われている ように,原材料,部品加工,製品組立,物流,販 売,製品設計などの専門企業への外注化が進展 し,そのサプライチェーンをいかに革新的にそし て最適に組むかが重要な課題となっている。これ も見方を変えれば,生産システムにおけるオープ ンイノベーションの一例である。このようにオー プンイノベーションという経営戦略が,産業の仕のもとでは,いくつかの優れた特徴を持つ新技術 に基づくイノベーションである。いくつかの優れ た特徴とは,低価格,シンプルさ,使い勝手の良 さなどであることが多い。 先端フォトニクス株式会社の技術もこれに相当 する。先端フォトニクス株式会社の技術が完成す れば,現在は電気的な回路によって構成されてい るパソコンが光導波路によって構成されることに なり,いわゆる光パソコンが完成することにな る。まさに驚異的な新技術である。ディスラプ ティブイノベーションで作られた製品は優れた特 徴を有しながらも,作られた当初は従来製品より も性能的,価格的に劣るのが一般的で,最初は マーケットシェアを得られないことが多い。例え ば IBM の独壇場であった巨大コンピューターは, やがてパソコンというディスラプティブイノベー ションに取って代わられ,巨大コンピューターは 銀行の ATM システムなどのニッチ市場へと追い やられた。デジタルカメラもディスラプティブイ ノベーションの代表例である。従来の写真フィル ムを使った銀塩カメラと比較すると,初期のデジ タルカメラの画質と解像度は非常に悪くシャッ ター遅れも存在するなど,銀塩カメラと比較して 機能的に大きく劣っていた。しかしケーブルでコ ンピューターと接続することができることなど, 他のデジタル機器との接続性が高かったため,小 規模ながら当初よりある程度のマーケットを得る ことに成功した。デジタルカメラは,その後の技 術開発と製品開発により画質や解像度は格段に上 昇し,シャッター遅れも改善された。また SD カードのような小さな記憶装置に何千枚もの写真 も保存できるようになり,デジタルカメラはニコ ンとキャノンの独占であった従来の銀塩カメラの 市場を破壊するとともに,コダックと富士写真 フィルムの独占であった写真フィルム市場までも 完全に破壊した。いまや銀塩カメラを購入するの は,ごく少数のマニアが趣味で収集するのと,カ メラを忘れて観光地に赴き使い捨てカメラを購入 する場合以外ありえなくなってしまった。このよ うにデジタルカメラがディスラプティブイノベー ションであったように,近い将来,先端フォトニ クス株式会社の光技術を応用した光パソコンや光 デジタル家電で家電量販店が賑わうようになるか もしれないのである。 かず,その商品より劣るが新たな破壊的な特色を 持つ商品を売り出し始めた新興企業の前に力を失 うことがあるという,現代イノベーション理論の 中核をなす理論である。ハーバードビジネスス クール教授のクレイトン=クリステンセン(Clay-ton M. Christensen) が,The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail (1997)(『イノベーションのジレンマ―技術革新 で巨大企業が失敗するのはなぜ』)のなかで初め て,この考え方を提唱した。クレイトン=クリス テンセン教授は,北欧の祖先を持つ人物らしく身 長二メートルを超える大男で,アメリカ経営学会 の会議の席で握手をする際に思わず見上げてし まったのを覚えている。 既存企業は既存顧客のニーズに応えて既存製品 の改良を進め,既存のニーズのないアイデアにつ いては切り捨てる傾向がある。つまり将来生じる であろうニーズや,そのニーズから具体化された ウォンツ,やがてそこから発生するであろう将来 の新しい需要には反応が鈍いのである。 このような既存企業が熱中するインクレメンタ ルイノベーションと対峙されるイノベーションと して,既存製品の価値を低下させ,あるいは徹底 的に破壊するかもしれない新しい価値を生み出し ていくディスラプティブイノベーション(破壊的 イノベーション)がある。インクレメンタルイノ ベーションは,液晶テレビの解像度が上がるとい うように,主要顧客が評価する性能を向上させる イノベーションであり,携帯電話の機能や性能が 日進月歩で進歩していくのも,これに相当する。 既存企業は既存製品の改良によるインクレメンタ ルイノベーションのプロセスで自社の事業の大半 を成り立たせており,ディスラプティブイノベー ションを軽視する傾向がある。実際の企業現場に 立ち会ってみると,既存の大企業はインクレメン タルイノベーションを継続させていくだけで手一 杯であり,新しい研究にまで手が回らないのが現 状である。既存の大企業でよく行なわれる顧客の 声を聞くという主要顧客を対象とした調査方法で は,新たな顧客を創造しその新たな需要をつかむ ことは難しい。 それに対しディスラプティブイノベーションと は,従来の価値基準のもとでは最初は従来製品よ りも性能を低下させるが,新しい異なる価値基準
呼ぶことにする。 このデバイスイノベーションとはシンプルな言 い方をすれば,ある製品の構成要素だけをイノ ベーティブな新製品に置き換えることである。イ ンテグラル型のアーキテクチャーよりもモジュ ラー型のアーキテクチャーにおいて,デバイスイ ノベーションが発生する可能性が高い。なぜなら 先に説明した通りモジュラーアーキテクチャーで は構造と機能の対応関係が一対一に近く,部品の 交換だけで新たなイノベーションを達成していく ことが可能になるからである。デバイス化によっ てシステム設計者は他の要素を変更することなく 特定のシステムにおける構成要素,つまりデバイ スを置換できるという柔軟性を得ることができる のである。 このようなデバイスの置換によるアップグレー ドの余地により,つまりインクレメンタルイノ ベーションの余地により設計者は既存の技術的プ ラットフォームに従って設計することが可能とな り,それゆえ彼らの中核となる製品知識ベースは 維持され,その製品知識ベースを次世代の製品に 移転することが可能となる。そしてそれは自らの ドミナントデザインをインクレメンタルに改善し 構築する立場を保持し,自らのドミナントデザイ ンが市場に普及することを助ける。このような立 場にあるということは,プラットフォームビジネ スにおけるリーダー企業であるということと,ほ ぼ同意義である。 日本の自動車産業のように,その部品の多くを 外部調達しつつも完成車メーカーとしての交渉力 が低下しない要因としては,最終的な実車での組 立工程,検査工程を完成車メーカーとして,依然 として握っていることが理由として挙げられる。 つまりプラットフォームを握っているのである。 デバイス化が進行すると明示化されたルールを遵 守する限りにおいて,デバイスイノベーション が,つまり構成要素の交換が極めて容易となり, ある特定の構成要素に特化した新興企業群が誕生 することで産業内の水平分業化が促進される。こ れによって個々の構成要素つまりデバイスの迅速 かつ多様なイノベーションが期待され,プラット フォームビジネスにおけるリーダー企業の管理の もとに製品の付加価値向上が図られるのである。 先端フォトニクス株式会社のケースも,デバイ
4.アーキテクチュラルイノベーションと
デバイスイノベーション
ヘンダーソンとクラーク(Henderson and Clark (1990)) は,イノベーションが構成要素そのもの の技術的イノベーションだけではなく既存の構成 要素間のつなぎ方の変化,構造上の変化(アーキ テ ク チ ュ ラ ル イ ノ ベ ー シ ョ ン(architectural innovation))によっても起こりうることを指摘し, イノベーション研究にアーキテクチャーの視点, つまり構造やデザインからの分析の必要性を提起 し た。 ア ー キ テ ク チ ュ ラ ル イ ノ ベ ー シ ョ ン (architectural innovation)が有する強みとは,市 場で支配的な立場にある企業に対し,挑戦者がそ のアーキテクチャーを変化させることで対抗しう るということである。すなわち支配的な企業が持 つ構成部品に対する強力な開発能力に同じスタイ ルで正面から挑むことなく,挑戦者が同等以上に 競争していくことが可能であることを示唆してい る。ただし挑戦者は業界で二番手か三番手ぐらい の大手既存企業で,総合的な資本力と開発力がな ければならない。 例えばマイクロソフト陣営が作り出したウイン ドウズパソコンの牙城に対して,アップルが G3, G4 と斬新なデザインのパソコンで挑んでいった のは皆さんも記憶に新しいであろうが,これが アーキテクチュラルイノベーションの典型的な事 例である。ヘンダーソンの貢献は,イノベーショ ンの形態を「構成要素のイノベーション=モジュ ラーイノベーション(modular innovation)」,そし て「構成要素間の関係性のイノベーション=アー キ テ ク チ ュ ラ ル イ ノ ベ ー シ ョ ン(architectural innovation)」という二つの概念に分割して提示し たことである。 モジュラーイノベーションでは,構造と機能の 対応関係が一対一に近く,構成要素間の相互作用 は相対的に低い。モジュラー度が高くなればなる ほど,ある任意の要素の変更が及ぼす他の要素群 への影響は軽微になる。モジュラー型製品の場 合,市場で調達可能な部品つまり汎用品だけを集 めてきて組み立てるだけでもある程度の性能を備 えた製品ができることになる。本稿では構成要素 のイノベーションについてはモジュラーイノベー ションという言い方はせずに,産業界で通用して いる言い方を使用してデバイスイノベーションと
リンター」などはコンセプト主導型の開発と言わ れている。こういうものが開発できると革新的な 新製品になる可能性が高い。 一方プロセスイノベーションとは生産工程にお けるイノベーションである。イノベーションに初 めて注目したシュムペーターの定義に従えば,経 済発展の原動力となるのは諸資源の新結合であ る。彼は『経済発展の理論』(1926)の中でイノ ベーションの類型として,新製品の開発(プロダ クトイノベーション),新工程の開発(プロセス イノベーション),新市場の開拓,原材料などの 新たな供給源の獲得,および新しい産業組織の実 現の五つを挙げている。イノベーションの日本語 訳として,しばしば技術革新という言葉が使われ ているが,この言葉が含意する類型は新製品と新 工程の二種類に限定される。すなわち技術革新と は狭義のイノベーションを意味する言葉なのであ る。中国語訳ではイノベーションに『創新』とい う漢字が当てられているが,この方がシュムペー ターのイノベーションの定義に近いと言える。 あ る 産 業 に お い て 製 品 の 支 配 的 デ ザ イ ン (dominant design)が確立すると,やがてその産 業は成熟段階を迎える。やがて成熟期を迎えた産 業ではプロセスイノベーションをめぐる企業間競 争の活発化に伴って,生産性は向上するものの, その一方でプロダクトイノベーションは創出され にくくなるという傾向が現れる。プロセスイノ ベーションの代表事例としては,産業革命時から 発展してきた「分業」が挙げられる。チャップリ ンのモダンタイムズなどの映画をみると,当時ど れだけ「分業」が革新的なものであったかが,う かがい知れるが,最近では「分業」に逆行して キャノンなどの製造現場で行なわれている「一人 屋台方式」が新たなプロセスイノベーションとし て脚光を浴びている。「一人屋台方式」とはプリ ンターなどを最初から最後まで一人で組み立てる 製造方法のことである。この製造方法では,一人 一人が製造工程に責任を持つようになり,仕事に 対するモチベーションが上昇し,仕事への達成感 と責任感から生じる品質管理上のメリットが,従 来の「分業」のメリットを上回ると言われてい る。 既存企業であればプロダクトイノベーションを 先行させることが通例であり,プロセスイノベー スイノベーションを起点として展開されている。 CPU やメモリーなどの LSI のそばに電気を光に 変換するガリウムヒ素製の受光素子を設置し, LSI から出た電気信号を光に変換し,プリント基 板内に埋め込まれたエポキシ樹脂製の光導波路を 通って他の LSI に入れる。全部を光に置き換える のは無理なので,まず LSI から出た電気信号を光 に変えて他の LSI に入る前にまた電気信号に切り 替える部品から始めたわけである。パソコンが部 分的に光に置き換わっていくイメージである。こ のようにベンチャー企業の場合は資金的な制約 と,既に製品アーキテクチャーを大企業に掌握さ れてしまっているという状況から,デバイスイノ ベーションから入っていかざるを得ないというの が通例である。
5.プロダクトイノベーションとプロセス
イノベーション
イノベーションには他社に製品で差別化するプ ロダクトイノベーションと,開発,製造工程,物 流システム,情報管理システムなどで他社が真似 できない革新的なプロセスを実現するプロセスイ ノベーションがある。プロダクトイノベーション とは,その言葉の通り革新的な新製品を開発して 差別化を図ることである。プロダクトイノベー ションのアプローチには,「技術主導型」「ニーズ 主導型」「類似品型」「商品コンセプト型」などが ある。技術主導型は,本稿で取り上げている先端 フォトニクス株式会社や米国シリコンバレーの技 術型ベンチャーやバイオベンチャーに代表される ような独創的で高い技術を基盤に革新的な新製品 を開発する王道型のプロダクトイノベーションで ある。ニーズ主導型は,日本企業が従来,得意と してきたアプローチと言える。例えば緑茶の缶製 品化やペットボトル化は,ニーズに合わせて開発 を進めたアプローチである。温めて販売されてい るペットボトルの蓋には,製品化させるために相 当のノウハウが詰まっている。類似品型は,独創 的な製品を後追いで開発することで,リーダー企 業がマーケットシェアの拡大を図る場合によく見 られる。コンセプト主導型とは,まず先にコンセ プトありきで,それに必要な技術,部品,素材を 後から開発していくアプローチである。富士フィ ルムの「写ルンです」,キヤノンの「レーザープ位性を維持するための参入障壁として,非常に早 い時期から新製品製造のための設備開発に取り掛 かり,顧客の信用を勝ち取り,大企業との間で安 定的なストラテジックアライアンスの関係を構築 することが最重要課題となっている。 さらにそれを支えるのが,ベンチャー企業から アライアンス先の既存の大企業へと注ぎ込まれる オープンイノベーション的な思考と自由闊達な組 織風土である。つまり製品開発活動の早い段階か らアライアンス先の大企業も巻き込んでオープン イノベーション戦略を行なうことによって,研究 開発コストの削減と製品開発のスピードアップを 計り,そのことが結果として,そのベンチャー企 業のみならず提携先の既存大企業をも含めた日本 全体のイノベーションの進展と活発なイノベー ション風土の醸成に寄与していくと考えられる。 参考文献 「毎秒 100 ギガビット通信 光ファイバーケーブ ル 実用化にめど 先端フォトニクス」『日刊 工業新聞』2013 年 9 月 12 日,第 1 面 . 「光で高速大容量に」『日経産業新聞』2007 年 1 月 18 日. 「光伝送路 8 本の光電混在基板 先端フォトニク スが試作」『日刊工業新聞』2008 年 1 月 17 日. Clayton M. Christensen(1997)The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail Harvard Business School Press. Henderson, R., & Clark, K. B. (1990)"Architectural
innovation: The reconfi guration of existing product technologies and the failure of established firms." Administrative Science Quarterly, 35, 9-30.
ションは置き去りにされるのが一般的である。と ころが先端フォトニクス株式会社の事例のような 大学発のものづくりベンチャー企業では,大学か らの技術を製品としてそのまま企業に移転あるい は事業化を目論んでもなかなか成功しないのであ る。プロセスイノベーションまで既存企業に代 わって事前に開発しておいてやることが重要なの である。プロセス開発に始まって,製品開発,生 産技術開発,つまり生産工程を設計することの重 要性が高い。つまり,このようなケースではプロ セスイノベーションとプロダクトイノベーション は,同時進行で行なわなけれればならないのであ る。そして製品化の目途が立ったとき,さらにコ ストダウンのためのもう一段の量産化のプロセス イノベーションに突き進まないと,事業化の成功 は見えてこないのである。