重症心身障害児の意思を家族が紡いでいく過程 ―意思決定支援の再考
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(2) 1.研究の背景と目的 「わが国は,この数十年小児医療を着実に進歩させてきた.その結果,救命できる子ども が増え子どもの死亡者は急速に減少し,この 30 年で約 1/4 になっている(前田 2015). 」 しかし,救われた子どもたちすべてが元気に生活をしているわけではない(中村 2015) . 命を救われた子どもたちの中には非常に複雑で重度の疾病や障害を抱え医療依存度が高い ことが知られている(前田 2015) .加えて,家に帰られてもなお,在宅人工呼吸器をはじ め医療ケアを日常的に必要としながら自宅で生活している子どもの数も多い(中村 2015) .そういった子どもたちと暮らす家族は,生活を支える厳しさがある(久野ら 2006) . また,忘れてはならないのが,家族たちに委ねられる生活上のあらゆる決断である.子 どもは心身ともに成長過程にある.一般的に,成長に伴って病態は重症化するため,新た な医療が導入されることが多い.家族はその都度,命さえも左右する決断を求められる. そこで問題となるのが,重症児の気持ちや意思を尊重した最善の決断とは何かということ である.例えば,成人の意思決定であれば,情報の伝達が正しくなされれば自分の利益と 不利益を考えることはできる.それゆえに,意思決定には感情の存在が重要であるといわ れている.支援者は患者が自分の感情と対話できるよう,感情を共有しながら意思決定支 援をする(川崎 2015) .また,高齢認知症の意思決定においては,患者,家族の双方の価 値観を尊重して,患者の自己決定を促す.患者の生活過程を丁寧にたどることによって或 る程度の推測をする.そして,その時々の経済や家族の状況を見ながら様々な選択肢を準 備し,本人や家族の理解を促し決断を進めていく(水沢,出貝 2011) . それでは,出生時から重度の障害をもち,感情も表情から推測することしかできないよ うな子どもはどうするのか.例えば,小泉(2010)は「小児医療における概念分析を行 い,子どもの最善の利益とは実態のつかみにくいものであるからこそ,親は医療者とコミ ュニケーションを密に行い,最終選択において医療者の専門性と親の価値観を結合するこ とが必要である」と述べている.また,看護師の視点から子どものための最善の決断とは 何かを探求した研究においては,子どもをみている人(家族に限らない)に「子どもが幸 せそうに生きていると映る」ことでされ,その幸せそうかどうかには親子の関係性に左右 される(井上,横尾 2009)とある. 以上のように,重症児の最善の決断とはなにかを考える際にはどうしても,社会や周囲 の大人たちの価値観によって左右されがちである.また,家族は患者の心身の安寧を願 い,患者の希望や価値観について最も信頼できる情報を持つ存在であるとして,家族が患 者の意思決定の代理人として最適であるとされている(伊勢田,井上 2003) .そのため, そもそも,純粋に子どもの意思は何かや,代理決定の中心となる家族はどのようにそれら を推測し,我が子の決断をどういう過程で行っているのかという詳細な記述がされている 文献は見当たらない.一方で,語れない子どもの意思は,結果として家族に代弁してもら 2.
(3) うしか方法はない.しかし,先述したように,その言葉の現れを考えられることはなかっ た.たとえば,代弁者の価値観により構築されていくのか,もしくは代弁するひとの価値 観は排除されて構築されていくのか,それとも全く違った現われ方をするのか,などであ る.これらの疑問に近づくためにこの研究では,家族が子どもへの,特に厳しい医学的判 断を迫られたときに,子どもの意思や願いをどのように言葉として紡いでいくのかを知る ことである. 2.研究対象者 重症心身障害児であり,子どもの意思の推測が著しく困難であること,また出生後すぐ に障害をもっていることによりその子の生活過程を辿ることができない幼児期の子どもを 育てる家族とする. 3.研究方法 発語のない子どもからの意思をどのように家族が受け取っているのかを知るには,科学 的な研究では限界がある.しかし,実際は障害児(者)の意思疎通支援においてはコミュ ニケーションツールの開発が盛んにおこなわれている(黒岩 2017) .この研究の流れか ら,家族や周囲の支援者が子どものニーズや意思を知りたいと思うことが多いのがわか る.また同時に,家族や周囲の人々が,子どもがどれだけ重度であったとしても意思があ り,ニーズや願いを持っているはずだと思っていることも推測される.また,忘れてはな らないのが,日々,子どもと共に生活する家族たちはそれらのツールに頼ることなく子ど もと意思のやり取りを行っているということである.しかし,先行研究には子どもの意思 をどのように推測していくのかという研究はない.そのため今回はとくに家族が困難感を 強く持つ子どもの医学的判断時の経験に注目していく. インタビューは非構成面接方法を採用し,インタビューを1~3回(各1時間~2時 間)を行った.最初の質問は「お子さんに必要な治療はどのように決めたのかを教えてく ださい」とし,あとは自由に語ってもらった.研究者は会話が止まった時やインタビュー の後半に前半の内容確認をするのみである. 4.倫理的配慮 大阪大学人間科学研究科・社会・人間系研究倫理委員会に提出(承認番号 2018003)を 得て,平成 30 年 3 月~平成 31 年 3 月まで行った. 本研究では,主に施設より対象者を紹介していただくため,施設の紹介者には協力は任 意であり断っても一切の不利益を生じないことを説明していただいた.また,対象者には いつでも中途離脱可能であり,離脱した際でも一切の不利益はないことについて説明をお こなった.また,インタビューのデータは逐語録とすることを説明し,同意を得たうえで 録音をおこなった.個人情報の取り扱いについてインタビュー前に口頭で説明し,同意書 3.
(4) への署名をもって研究の同意を取得した. 5.結果 今回の研究協力者は 5 人(全員が母親)である.明確に意思の確認が行えると語る母親 もいれば,全く何を訴えているのかわからないと述べる母親もいた.しかし,いずれの母 親にも共通していたことは「子どもが楽であるかどうか」を常に考えて医療の決断をして いた. 6.考察 今回,重症心身障害児と家族がどのように日々を過ごしているのか,そこではどういう やり取りが行われているのかを知ることを目的としてインタビューをした.しかし,この 語りのなかでおこなわれている,母親と子どものやり取りには特別なものはなにもなかっ た.そのうえで,重度の障害をもつ子どもに意思が在るのかどうかという疑問そのもの が,脳科学を前提としたものとして存在することを改めて認識することにもなった.その 気づきとともに再度,子どもの意思について家族(今回は母親)がどのように汲み取って いくのかという研究目的に沿って整理していく. まずは,母親にとって,子どもの意思はある.その前提は,私たちにも疑いの余地を与 えないほど強固である.そのため,母親の話し掛けは他の家族と話すように日常の語句と 話し方を用い,何も代わり映えしない.ただ,子どもからの返答は言葉を発することがで きないため,手の握り返しであることが多い.例えば, 「はい」ならば握り, 「いいえ」な らば握り返さない.また,自主的な訴えに関しては,主に心拍によって行われていること も多かった.ほとんどの子どもがモニターを装着しているため,音を言葉として発せるこ とができ,感情や欲求を周囲に知らせる力となる.不快な行為,恐怖,心配,不満などは 心拍を「ドキドキ」と上昇させる.安心,喜び,好意などは心拍を安定させ,その一定の リズムにより伝えていく.一見するとレパートリーは少ないように思われるが,母親はこ こから多様な読みとりを可能にしている. また,子どもとのやり取りが行えるのは母親だけに限らない.きょうだいや理学療法士 や看護師,実習に来ていた学生たち,同じような境遇にある母親やその子どもたちなどで ある.それぞれが子どもとコミュニケーションを行っていく.また,そのコミュニケーシ ョンの姿は相手によって違う.母親が主に手の握り返しや,モニターで汲み取っていくの と違い,理学療法士は表情や脚の曲げ伸ばし,緊張の程度やいつもとは違うという感覚な どであった.また,きょうだいや母親の友人たちはちょっとしたいつもと違う顔(表情) を見て意味づけをしていく. これらの母親をはじめとする,子どもとのコミュニケーションを可能とする人たちの, 子どもへの視点の向け方を追ったときに見えてくるものがある.限りなく,コミュニケー ションの成立が難しい人々との意思のやり取りを可能とする地平の広がりである.例えば 4.
(5) 母親がむける視点の前提には重度の脳損傷を受けているからという医学診断はない.ある のは大切な我が子という思いと,子どもが毎日を楽に過ごせるようにという願いである. また,興味深いのはコミュニケーションを可能とする医療従事者たちである.医療従事者 たちは重度の脳損傷を受けているという医学診断は知識としてある.ただしそれは前提を とはならずに,子どもの思いを少しでもいいから知りたいという強い思いが前提となりコ ミュニケーションを成立させていた. 具体的な場面を紹介していこう.ある母親は出生後すぐに行ったある手術への決断は 「○ちゃんがどう思っていたか」を無視したことにより,未だに母親の心に後悔として強 く残っている.だからこそ今の母親は,子どもの意思を確認していくことを徹底しておこ なっていく.それはあらゆる日々の生活のちょっとした選択においてもである.必ず,○ ちゃんが何を思いっているのか,どうしたいのか,を知るために向かいあう.それゆえ に,当たり前のように目の前にいる我が子とのコミュニケーションが行われる. また,ある母親は回復がむずかしいと説明を受けた後に子どもの呼吸器を外そうと決断 する.しかし,その決断した日に偶然に同じような境遇の子どもが意識を取り戻したとい うテレビを目にする機会を得て,それが子どもからのメッセージであると思い呼吸器を外 さずに子どもが生きていきたいだけ付き添うと決心する. また,ある母親はたくさんの命の危機を乗り越えてきたことそのものが「この子が生き ていきたい」から「生き残ってこれたからラッキー」と子どもの置かれている状況そのも のを子どもからの意思として読み取り,毎日を大切に過ごしていくことを誓う. このように,子どもの意思になにも疑いのない母親のコミュニケーションの方法にはな にも特別なものはない.子どもに向かって「どうする?」「これやってもいい?」と普段 の言葉づかいで話し掛ける.時には厳しく叱り「この子ね,わかっているんですよ.お客 さん(研究者)が来てるから,怒られないだろうと」と言って笑う. しかし,重度の脳損傷があること,呼吸器が装着され,いつ急変を起こしてもおかしく はないという前提が視点に与えられると,心拍の上昇や手の握りは,身体の変調として現 われてくる.それは同時に,子どもからの語りかけが消えることでもある.そこにはコミ ュニケーションは成立しない.例えば,こういう場面がある「私は両手握って聞くんです けど.看護師さんはどっちかの手だけ握ってたとか.そうやったり.ねえ,全くこう,反 応はしてない」と母親は言う.片手でおざなりなコミュニケーションをとると,子どもの 意思がわからないだけではなく,子ども自身もその態度に意思表示をしなくなると母親は いうのである.つまりは,子どもの意思に目が向けられていない以上,子どもからも語り かけを行わなくなるのである. 目の前にいる人に,ある前提が与えられた時に,その人を見る人々の印象は大きく変化 する.とくに,医学診断から与えられる前提は大きく強い.例えば,がんと診断を受けた 人々は,その診断を受けたとたんに世界は急変し,本人も家族も心の苦痛を大きく抱える (片山,小笠原 2008) .私たちは「背景的意味(ベナー,ルーベル 1999:52)」から世界 5.
(6) を理解していく. ただし「背景的意味は変様され,新しい形態を取り入れていく(ベナー,ルーベル 1999:53) 」たとえば,母親に限らずに医療従事者やその他の子どもたちと接する人々が, 母親と同じように,子どもたちにとっての最善を選択できるように,何を思いっているの か,どうしたいのかを知るために必死になって向かいあえば何が起こるのか.知るための 言葉がなければ自然と,母親と同じように,子どもたちの目から,心拍から,存在から何 かを読み取ろうとするのではないだろうか.身体に触れ,手に触れ,そのわずかな動きか ら何かを感じ取ろうとはしないだろうか.その態度が繰り返されれば自然と,重症心身障 害児であるという背景にあった意味は変様していくはずである.この私たちがものごとを 見るときの前提「背景的意味(ベナー,ルーベル 1999:52) 」を変容させることが,重症 心身障害児の家族にとって必要な支援の基盤となるはずである. 7.結果 重症心身障害児である子どもたちの意思を知りたいという,強い気持ちによって医学診 断から与えられた前提は,一つの手段として落ち着きを見せることになる.このような前 提の変容は,医学診断を前提とし,画一化された重症心身障害児の存在を多様な存在へと 開きはじめる.そして,意思決定支援は,支援ではなく当たり前のコミュニケーションと して成り立ち,親が子どものための決断をする時,またその後に子ども自身が望んでいる こととして家族の心の重みを解くことにもなる. 8.感想 今回の研究は対象者が重症心身障害児であること,そのうえでなおかつ何らかの医療処 置を行っていること,幼児期の子どもであることと設定条件が厳しくなかなか研究協力者 を得ることがむずかしかった.また,昨今の患者情報保護の観点から施設関係者ではない 研究者に患者家族を紹介することはむずかしかった様である.結果として今回はほとんど がさまざまな集まりに参加し,自ら声を掛けていくことによって協力を得ることができて いる.同時に季節の変わり目や冬場には子どもさんが入院することや体調が不安定になり やすく,なかなかお会いすることができずにあらためて家族や子どもの置かれている厳し い現状を知ることにもなった. 以上の理由からいまだに協力の意思をいただきながらインタビューに行けていない方々 がいっらしゃる.今後もこの研究を続けていくことによって新たな結果を得て,様々な場 所で発表していきたいと思う. 9.謝辞 この研究は「公益財団法人. 在宅医療助成 勇美記念財団の助成により行うことができ. ました.多くのご配慮に深謝いたします.また,超人的ながんばりの中で成り立っている 6.
(7) 毎日に,この研究のための時間を割いてくださったお母様方には感謝の言葉もございませ ん.本当に,本当にありがとうございました.. <引用文献> 井上みゆき,横尾京子(2009)NICU における子どもの最善の利益と生命維持治療に対す る看護師の認識,日本新生児看護学会誌 VoL15(2)p11-17 五十嵐敬子編(2007)医をめぐる自己決定―論理・看護・医療・法の視座,成文堂 入江安子 津村知恵子(2011)知的発達障害児を抱える家族のファミリーレジリエンスを 育成するための家族介入モデルの開発日本看護科学会誌 Vol34(1)pp34-45 伊勢田暁子,井上智子(2003 年)延命治療に関わる家族の意思決定,家族看護,1 巻 1 号 48-54 久野典子・山口桂子・森田チエ子,2006『在宅で重症心身障害児を養育する母親の養育負 担感とそれに影響を与える要因』日本看護研究会誌 29(5):59-69. 小泉麗(2010)重症心身障害児の胃痩造設に関する母親の意思決定過程の構造化,日本小 児看護学会誌 Vol 19(3)p1−8, 黒岩眞吾(2017)ICT を活用した失語症者支援:タブレットとロボットを用いたコミュニ ケーション支援・訓練システム,コミュニケーション障害学 Vol.34(1)pp 22-28 前田利浩,国立研究開発法人,国立成育医療研究センター,2016『小児等在宅医療地域コア人 材養成講習会』 「総論小児在宅医療の現状と問題点の共有」(2017 年 9 月 10 日取得 http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000114482.pdf) 水澤 久恵,出貝 裕子(2011)認知症高齢者の自己決定に関する文献の動向,新潟医学 会雑誌 第 125 巻(8)川崎優子(2015)がん患者の意思決定プロセスを支援する共有 型看護相談モデルの開発 日本看護科学会誌 Vol.35,pp.277-285, 中村知夫,国立研究開発法人,国立成育医療研究センター,2016『在宅医療関連講師人材養成 事業』 「総論 4 小児在宅医療」 (2017 年 9 月 10 日取得 http://www.mhlw.go.jp/file/06Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000114468.pdf) 野村佳代(2006)子どものハイリスク治療受け入れに向けた親の関わりの日本看護科学会 誌 Vol26(1)pp42-50 Patricia Benner,Judith Wrubel,(1989) 『The Primacy of Caring. Stress and Coping in Health and Illness,Addison-Wesley Publishing Company』難波卓志訳(1999)『現象 学的人間論と看護』 ,医学書院,. 7.
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