日本の哲学教育史(下の一)
著者名(日)
柴田 隆行
雑誌名
井上円了センター年報
号
12
ページ
173-197
発行年
2003-07-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002745/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja日本の哲学教育史︵下の﹂︶
柴田隆行
§忘ミミさ○主\ まえがき 本稿は、上中下の三回で終える予定であったが、前回、仏教系大学だけで一回を要したため、全体がおさまり 切れなくなり、少なくとも今回を含めて二回必要になった。中部地方から北海道まで、とくに関東周辺を含めて まだたくさんの哲学専攻科を有する大学が残っている。 東京大学と東洋大学、早稲田大学については別稿で言及したことがあるが、ほかに取りあげたい大学として、 東京都立大学、東京教育大学、筑波大学、一橋大学、東北大学、北海道大学がある。可能ならば、名古屋大学や 金沢大学なども調べたいが、各地に点在する諸大学をすべて扱うには時間と予算の限界がある。 東洋大学と早稲田大学を取りあげたときから気になっていたことだが、﹁哲学﹂の幅の問題がある。すなわち、 教養課程の哲学関連科目は当然のこととして、それ以外にも、広義で哲学に入る科目が多数あり、東洋大学や早 稲田大学ではかつて、哲学科の科目のなかに多様な哲学関連科目が置かれていた。これは、前回の小括で触れて おいたが、官立大学と違って私立大学で目につく傾向である。この点を検証するために、法政大学、中央大学、 学習院大学、東京女子大学など哲学科を有する私立大学、ならびに哲学科を置くことをあえて拒否した明治大学 173 日本の哲学教育史(下の・)を次回取り上げる予定である。もとよりこの論稿は、とりあえず制度を調査するだけのノートにすぎないが、最 後に総括的な考察を加える予定である。 今回もこの小論を書くために、東京都立大学文系学部事務室人文学務係、東北大学文学部教務掛、北海道大学 文学部教務掛の職員のみなさん、東北大学文学部哲学科教授座小田豊氏のお世話になった。ご多忙の折、貴重な 資料の閲覧を許可して下さり、感謝している。 174 二、東京都立大学 東京都立大学は、一九四九年の学制改革に伴い、旧制の都立高等学校、都立工業専門学校、都立理工専門学 校、都立機械工業専門学校、都立化学工業専門学校、都立女子専門学校の六校を母体として、﹁都内で唯一の公 立の総合大学﹂として発足した。その背景には、戦後の民・王化の一貫として﹁多くの教育機関の平等性をめざ す﹂︵﹃東京都立大学三十年史﹄一九八一年、三四頁︶という動きがあった。東京にはすでにたくさんの国公私立大 学があったが、総合大学としての性格をもつ国公立大学としては東京大学だけであったため、総合大学設立を柱 とし、低額の学費や昼夜開講制、自由聴講制などによる、﹁都民に開かれた大学﹂としての役割、﹁民主的大学﹂ ﹁市民の大学﹂、そして少人数教育の採用などを目指した︵同右三七頁︶。四八年一二月開学のための第一回打合会 で代読された知事挨拶では、﹁都民のための大学として、都市文化の向上を目指し、都市生活に必要な学術を教 授研究し、知的道徳的及び応用的能力を展開させる﹂という設置目的が述べられた。 最初に開設されたのは、人文・理・工の三学部三三講座であった。五七年に人文学部から法経学部が独立し、 六六年これがさらに法学部と経済学部に分離独立した。開設当時の人文学部は、文学専攻と社会学専攻に分か
れ、文学専攻講座として、哲学第一講座︵専門部門、哲学及び科学論︶、哲学第二講座︵専門部門、社会倫理学︶、 哲学第三講座︵教養部門、哲学倫理学心理学一般︶、その他があった。また、﹁専門教育科目と一般教育科目それぞ れの担当者を区別せず、各学部の専門科目を担当する教員が一般教育を受けもつという方式﹂︵同右、八二頁︶が 採られた。五二年に大学院修士課程、五四年博士課程が設置され、﹁哲学﹂︵のち﹁哲学史﹂︶講座が開かれたほ か、六三年からは﹁科学論・科学史﹂が増設された。二〇〇二年現在、学部から倫理学専攻がなくなり、哲学と 西洋古典学の二分野となっている。 開設当初の人事に関する詮衡委員のうち、人文学部では、倫理専攻の東大助教授金子武蔵、文学専攻の東大講 師中島健蔵、社会専攻の東京商大教授高島善哉、経済専攻の副知事山田文雄が任にあたった。哲学研究室に属す る教員の多くは旧制都立高校から来た教員であり、山本光雄が主任格であったという。歴代の哲学専攻教員に は、佐竹哲雄、山本光雄、桝田啓一二郎、高峯一愚、深作守文、大村晴雄、坂部恵、坂井秀壽、寺澤恒信、戸塚七 郎、吉澤伝三郎、田島節夫、加藤信朗、秋間実、久保元彦のほか、二〇〇二年度には実存哲学専攻の岡田紀子、 古代ギリシア哲学専攻の神崎繁、科学哲学専攻の丹治信春、倫理学専攻の甲斐博見、フランス哲学専攻の実川敏 夫、論理学専攻の岡本賢吾、ドイツ哲学専攻の石川求、言語哲学専攻の松阪陽一がいる。助手のポストに恵ま れ、中島盛夫、泉治典、大畑甚一、花崎皐平、出かず子、千葉茂美、仲本章夫、中野重伸、内藤純郎、軍司敏、 水野清志、田島孝、鈴木修一、稲葉守、許萬元、清水哲郎ほか多くの著名な研究者がここで助手を務めた経歴を 持つ。学生定員が少なく︵たとえば五七年度総定員第一部八名、第二部五名、六六年は第一部二〇名、第二部一〇名、 二〇〇二年度でも第一部三二名、第二部一五名︶、大学院生の方が学部学生より多いので、演習では原典を用いての 質の高い教育が維持されている。 175 日本の哲学教育史(下の一)
講義科目は﹃履修の手引﹄に掲載されており、一九七四年度からは別冊の﹃授業概要﹄も作られている。都立 大学の人文学務掛には、学部が開設された四九年度のガリ版刷りのもの以降すべての﹃履修の手引﹄が保存され ている。これによると、前述のように、都立大学では昼夜開講制をとり、また一般教養科目担当者を別組織にお かずに専門科目担当者が交代で受けもつ方式が実践されていることがわかる。 たとえば、四九年度は、一般教養科目人文科学関係科目として﹁哲学概論﹂寺澤恒信︵昼夜︶、﹁哲学概論﹂高 峯一愚︵昼夜︶、﹁倫理学﹂︵昼︶、﹁論理学﹂、専門科目として﹁哲学史︵古代・中世︶﹂山本光雄、﹁哲学史︵近世・現 代︶﹂大村晴雄、﹁科学論﹂、﹁哲学演習講読﹂山本、﹁社会倫理学﹂深作守文、とあり、初年度で受講生も少ない ので、自ずから開校科目数も少ない。五〇年度には倍増し、専門科目だけを挙げると、﹁哲学史一︵西洋古代・中 世︶﹂山本︵昼︶、﹁哲学史二︵西洋近世、ルネッサンスよりへーゲル︶﹂大村︵昼夜︶、﹁倫理学︵カントの実践哲学︶﹂ 深作︵昼︶、﹁哲学演習︵プラトン、パイドン篇原文∀﹂山本︵昼︶、﹁哲学演習︵へーゲル小論理学原文︶﹂大村︵昼︶、 ﹁哲学演習︵エンゲルス、自然弁証法原文︶﹂寺澤、﹁哲学演習︵カント、純粋理性批判原文︶﹂高峯、﹁哲学特殊講義﹂ ︵昭和二六年度以降︶、﹁倫理学特殊講義﹂︵昭和二六年度以降︶、﹁古典論一︵ギリシヤ語初歩︶﹂山本、﹁古典論二︵ラ テン語初歩∀﹂玉川、となっている。それから一〇年後の六〇年度は、﹁古代中世哲学史﹂山本、﹁近世哲学史﹂ 大村、﹁哲学特殊講義︵ベルグソンを中心に現代哲学講義∀﹂桝田啓三郎、﹁哲学史特殊講義︵べーメ研究︶﹂大村、 ﹁科学論﹂寺澤、﹁美学﹂杉野、﹁倫理学特殊講義︵カント倫理学研究︶﹂深作、﹁日本倫理思想史﹂今井、﹁哲学演 習︵口巴o見↑g9°力︶﹂山本、﹁哲学演習︵。りO日ONぶ卑庄n①︶﹂高峯、﹁哲学演習︵ス①白□×﹁三×巳巽﹁①日㊦白く。∋=忌[︶﹂ 高峯、﹁哲学演習︵Gn合㊦=日σq°o。×°。甘日△隅[日コ゜。NΦ邑。暮巴①づ包。巴一ω∋5︶﹂大村、﹁哲学演習︵≦。二昌=。ω8互。△雪 忌巴訂ヨ巴三オ旨匹△22巴已﹁S°・ω窪゜・合ぼ︷︶﹂寺澤、﹁哲学演習︵英文テキスト︶﹂吉澤伝三郎、﹁哲学演習︵b。。完色。s 176
↓冨零日巳旦①ωo﹃寓已∋き×8≦一。ユσq。︶﹂中島盛夫、﹁哲学演習︵邦文による哲学諸古典の研究︶﹂全教官、﹁倫理学演 習︵内昌で×﹁三ズム2買①古︷°。∩冨コ<。∋芦巳﹂深作、﹁倫理学演習︵2︸。言゜・合p≧ω。む。o日合N①日日⊆。茸p一一゜↓。=︶﹂吉 澤、﹁倫理学演習︵コo己。σq°q6﹁、ご亘隅△8=已∋き一の日⊆ω︶﹂吉澤、﹁ギリシヤ語﹂山本、卒業論文、とあり、現在と大 差のない従来一般的に見られた哲学科らしい科目構成である。 その後、大学大衆化時代である七〇年代も、都立大学は少数精鋭主義を貫いているため、担当者の異動以外に 大きな変動はない。たとえば、七五年度は、﹁古代中世哲学史﹂加藤信朗、﹁近世哲学史﹂久保元彦、﹁哲学特殊 講義︵科学史︶﹂道家達将・大沼正則、﹁科学論﹂秋間実、﹁美学﹂細井雄介、﹁倫理学特殊講義︵へーゲル研究︶﹂ 小林靖昌、﹁日本倫理思想史﹂野崎守英、﹁哲学演習﹂寺澤、﹁哲学演習︵勺芭8講読︶﹂戸塚七郎、﹁哲学演習 ︵汀﹂σ己NwZ。賃く窪已×①む。ω①[ω︶﹂中野重伸、﹁哲学演習︵内外の認識論・科学論・技術論の文献︶﹂秋間、﹁哲学演習 ︵勺①ぎpggぴq。蔓論︶﹂坂井秀寿、﹁哲学演習︵寓。己Φσqσq①でOσ隅○雪=已∋①己゜。ヨ已゜。︶﹂岡田紀子、﹁哲学演習︵邦文 文献︶﹂吉澤・秋間、﹁倫理学演習︵Z一9N°。合p9Φ○①9詳﹂隅司日゜qo庄①︶﹂吉澤、﹁倫理学演習︵×①葺w零○一①mqO日− 窪①︶﹂久保、﹁ギリシア語﹂新海邦治、﹁ラテン語﹂坂口ふみ、である。八〇年代も九〇年代も変わりはない。九 〇年度は、﹁古代中世哲学史﹂神崎繁、﹁近世哲学史﹂福谷茂、﹁哲学演習﹂甲斐博見・丹治信春、﹁哲学演習︵和 辻哲郎﹃倫理学﹄︶﹂岡田、﹁哲学演習︵勺Ooo①で○豆①π⇔一<①国完Φコ暮三ω︶﹂秋間、﹁哲学演習︵=①庄Φσoσq①でo力①日旨ユ NΦ芭﹂岡田、﹁哲学演習︵↑°肉①ぺ㊨ひ。ぽq一甘言コ⇔一①コ2∩。帽一9窪詳①ぴ一①口︶﹂実川敏夫、﹁哲学演習︵工已∋p>5穿O巨巨 8目隅三コ゜q=已日呂己邑隅゜・8コムぎoq︶﹂福谷、﹁哲学演習︵次①艮日三弄巳隅﹁。日窪く。∋旨巳﹂福谷、﹁哲学演習 ︵甘口已三①゜・剛耳。↓三︸①コユ言富﹁買⑦冨己oコ︶﹂丹治、﹁哲学演習︵=⑱ぬ♀勺7ぎ。日Φ8一〇③q⋮Φ△Φ切○。一ω甘ω︶﹂山口誠一、 ﹁哲学演習︵ハーバーマス﹃コミュニケーション的行為の理論﹄︶﹂尾関周二、﹁哲学演習︵アリストテレス﹃心につい 177 n本の哲学教育史(トの一)
て﹄︶﹂桑子敏雄、﹁哲学演習︵﹀ユ゜。g叶。一〇白・“O。。力①コ・。已︶﹂神崎、﹁哲学演習︵ヵ已白・m①=唱↓汀零。亘一。∋ω。咋昌まω。音ぺ︶﹂ 秋間、﹁哲学演習︵コ巴8、ゴ日餌巴白。︶﹂神崎、﹁哲学演習︵098箒夕忌①合豊。コ6ω︶﹂実川、﹁哲学特殊講義︵ライ プニッツの哲学︶﹂佐々木能章︵後期︶、﹁哲学特殊講義︵パットナム﹃実在論と理性﹄︶﹂飯田隆、﹁哲学特殊講義︵プ ラトン哲学の問題︶﹂松永雄二、﹁倫理学演習︵プラトン﹃ソクラテスの弁明﹄原文︶﹂甲斐、﹁倫理学演習︵ヴィトゲ ンシュタイン﹃哲学探究﹄︶﹂甲斐、﹁倫理学演習︵新約聖書﹃ロマ書﹄︶﹂伊吹雄、﹁日本倫理思想史﹂野崎、﹁科学 論﹂秋間、﹁美学﹂松尾大、であり、演習が非常に多くなっているのが特徴である。 現在も基本的には変わっていない。一例として二〇〇〇年度のみ列挙しておく。﹁哲学基礎演習︵現代英語圏の 哲学︶﹂野本、﹁哲学基礎演習︵↓轟鵬言戸Qりm一σω夢m≦震ゆ房㊦日旨巳o力巴亘。・仔霧匡∋∋§°q︶﹂岡田、﹁哲学演習︵意味の問 題︶﹂野本、﹁哲学演習︵=①己而唄ぴq。口00。日§△N①芭﹂岡田、﹁哲学演習︵ニーチェ﹃余りに人間的﹄︶﹂樋口克己、﹁哲 学演習︵Z一㊥͡Nむ・合pN旨○。コ。巴。°q一。△氏呂。日ご﹂岡田、﹁哲学演習θ窪m子↓冨ヲ9日δコ巴。り8白8︶﹂丹治、﹁哲学 演習︵ライプニッツ、モナドロジー︶﹂福居純、﹁哲学演習︵ジョイントゼミ︶﹂甲斐・実川、﹁哲学演習︵×昌戸×﹁三ズ ム雲﹁。日Φコ<Φ∋⊆コ芭﹂石川求、﹁哲学演習︵綱一茸σqΦコ゜・け。一ロZo↓①亘。o村ωお忘己・。一Φ︶﹂岡本、﹁哲学演習︵。。o日。Nぶ 卑まひ①︶﹂福居、﹁哲学演習︵ウ8ひqpO日aσq。ω9NΦ鮎Φ﹁︾碁ゴ∋Φ穿︶﹂野本・岡本、﹁哲学演習︵=。﹁江色∋臼\﹀○。日ρ O芭Φζ完ユ隅﹀已完醸﹁旨ぴq︶﹂石川、﹁哲学演習︵アウグスティヌス﹃告白﹄︶﹂神崎、﹁哲学特殊講義︵ラッセルの記述 理論︶﹂松阪陽一、﹁哲学特殊講義︵プラトン哲学について︶﹂田島孝、﹁哲学史特殊講義﹂岡本、﹁哲学特殊講義 ︵科学的認識論︶﹂小林道夫︵集中︶、﹁古代中世哲学史﹂神崎、﹁近世哲学史﹂石川、﹁科学哲学﹂岡本、﹁美学﹂ 宮川達、﹁日本倫理思想史﹂高島、﹁倫理学演習︵︸ロ6コ。子司庁。>9[誘。一︹︶﹂神崎、﹁倫理学演習︵≦旨ひq。58⋮p 勺匡。切。℃宮ωo冨ご葺。目已6巨コαqΦコ︶﹂甲斐、﹁倫理学演習︵マルコ福音書︶﹂甲斐、﹁倫理学演習︵出゜Gの合=隅のパウロ研 178
究︶﹂甲斐、﹁倫理学特殊講義︵現代思想の中の仏教哲学︶﹂加藤茂︵後期︶。 三、東北大学 東北大学は、一九一一年︵明治四四︶、東北帝国大学理科大学として発足した。一九〇七年まで、東北地方に は、高等教育機関としては仙台の第二高等学校、仙台医学専門学校、札幌の札幌農学校しかなかった。一八九七 年の京都帝国大学開設以来全国に大学設置の声が高まり、まずは︹旧制︺高等学校のある都市からということ で、第一高等学校ー東京、第三高等学校11京都に続く新たな候補地として、第二高等学校のある仙台と第五高等 学校のある福岡が選ばれた。第四高等学校11金沢は﹁中間的地域としてあとまわしにされたのであろう﹂と﹃東 北大学五〇年史 上﹄二九六〇年、二頁︶は書いているが、大学設置費用を民間に求める経済原理が働いたので はないかと思われる。 一九〇七年九月、まず札幌農学校が東北帝国大学農科大学として開学したが、一〇年に廃止となり、前述のよ うに、=年一月一日付で東北帝国大学理科大学が開設された。折しも日露戦争後の国家予算不足のため、内務 大臣原敬は策を講じ、当時足尾鉱毒事件により世間から非難を浴びていた古川鉱業会社にその緩和策として大学 設立のための寄付を申し出て説得に成功し、かくて開学にこぎ着けるという事情があった︵同右︶。その後、学 制改革を経て、理学部、医学部、工学部を擁する大学に発展したが、先に︹本稿︵上︶︺九州大学の項で詳論し たように、これまでの近代化11西欧化のなかで理系中心であったことへの反省から、大正時代に入って﹁法経文 をあわせた教養ある卒業生﹂を出すべく、東北大学と九州大学に法文学部を設置することとなり、二二年︵大正 =︶八月に東北大学法文学部は開設された。 179 H本の哲学教育史(トの一)
﹃東北大学五〇年史﹄によれば、東北大学法文学部開設時の特色は、東京大学と京都大学からだけではなく、 民間ならびに私立大学からも教官を招き、また若い人を積極的に採用したこと、学生については高等学校卒業生 だけではなく、各種専門学校生や検定による﹁学歴なきもの﹂も入学させた点にあった︵同右、一七頁︶。設立当 初の講座は、史学二、哲学、印度学、心理学、民法学、憲法学、経済学各一の八講座だった。翌二三年、これ に、倫理学、美学など、二四年に哲学二、宗教学など、二五年に社会学、印度学などが増設されて、当初予定さ れた四三講座がそろった。戦後の四九年、法文学部は法学部、文学部、経済学部に分かれた。文学部は哲学三、 倫理学一、その他全二五講座で構成された。哲学科は、二二年の法文学部開設と同時に設置され、二四年に三講 座がそろった。この三講座制は九七年の学部改組まで続いた。当初は、第一講座が西洋近世哲学史、第二講座が 西洋古代中世哲学史、第三講座が哲学概論であったが、四七年に編成替えとなり、第一講座が哲学概論、第二講 座が古代中世哲学史、第三講座が近世哲学史となった。 哲学概論講座は、第三講座として始まり、第一講座と名称変更になったのち、現代哲学講座となった。初代担 当教授は高橋里美で、二四年理学部助教授から転入、四八年退官。その後、三宅剛一︵四八∼五四年︶、細谷恒夫 ︵五五∼六七年︶、細谷貞雄︵六〇∼七七年︶、柏原啓一︵七三年∼九九年︶、鈴木権三郎︵三九∼四二年︶、松本彦良 ︵五〇∼五八年︶、滝浦静雄︵六八年就任、七一年近世哲学史講座第四代教授として転出︶が担当した。 西洋古代中世哲学史講座は、第二講座に位置づけられ、初代担当教授は石原謙で二四年着任、四〇年退官。そ の後、久保勉︵二九∼四四年︶、河野与一︵二七年仏文学および古典語助教授として着任、四二年近世哲学史講座転入、 四六年第二講座転入となり、五〇年退官︶、真方敬道︵四八∼七三年︶、岩田靖夫︵七三∼九六年︶、天野正幸︵八五 ∼八九年︶が講座を担当した。第六代は清水哲郎で、九三年助教授として着任、九六年教授に昇任したのち、九 180
七年学部改組により古代中世哲学分野担当となり現在に至っている。 近世哲学史講座は、第一講座として出発し、のち第三講座となった。初代担当教授は小山靹絵で、理学部講師 ︵科学概論担当︶から二三年哲学概論講座担当後、二四年当講座に転入、四六年退官した。この間、外国人講師 として、オイゲン・ヘリゲルが二四年から二九年まで哲学と古典語を、カール・レーヴィットが三七年から四一 年まで近世哲学史を講じた。その後、三宅剛一︵四三年近世哲学史講座兼任、四六年転入、四八年哲学概論講座に転 出︶、木場深定︵四八∼七一年︶が担当。第四代にあたるのが野家啓一で、八一年助教授として着任、九一年教授 昇任、九七年の学部改組により科学哲学分野担当となった。 九七年の学部改組とともに川本隆史が生命環境倫理学分野担当教授として着任、九八年に座小田豊が国際文化 研究科より現代哲学分野担当として哲学科に転入した。 倫理学科は法文学部開設の翌二三年に設置された。二〇年に広島高等師範学校教授から転任し三年間海外研究 に従事していた錦田義富が初代担当教授となったが、二七年病没した。二九年度は哲学科の石原謙が兼任、広島 高等師範学校教授西晋一郎︵東洋倫理専攻︶を講師に招くなどして欠を補った。その後、高橋穣︵三〇∼四八年︶、 矢島羊吉︵四八∼七〇年︶、亀井裕︵五六∼八五年︶、上妻精︵八五∼九四年︶、加藤尚武︵七二∼八二年︶が担当し た。八七年助教授として着任した篠憲二は上妻の退官後第六代教授となり、現在に至っている。九六年から二〇 〇〇年まで熊野純彦が助教授に就任。教員のやりくりに苦労した倫理学科ではあるが近年安定していたところ、 九七年の学部改組で哲学講座と一つになり、倫理学科は一つの単位として消えることになった。 つぎに、講義科目を見よう。現在、文学部教務掛に保管されている最も古い資料は、戦後の改革後の一九五二 年度﹃東北帝国大学法文学部規定﹄である。第五条で授業科目は、哲学概論、論理学及認識論、西洋哲学史、倫 181日本の哲学教敵(下の
理学、倫理学史と定められ、第九条では、必修科目は﹁哲学概論、西洋古代中世哲学史概説、西洋近世哲学史概 説、哲学特殊講義二、哲学演習二、倫理学概論、心理学概論、論理学及認識論、外国語︵英、独、仏ノ中︶﹂、選 択必修科目は﹁宗教学、美学、教育学及教育史、倫理学及倫理学史、支那哲学史概説、印度哲学史概論、仏教 史、基督教史、社会学、法理学・国家原論・経済原論、外国語︵英、独、仏ノ中︶二、希臆語及羅旬語二、以上ノ 七単位以上﹂と定められている。課程表には、必修科目として﹁哲学普通講義、西洋古代中世哲学史普通講義、 西洋近世哲学史普通講義、論理学及認識論、哲学特殊講義又は西洋哲学史特殊講義、哲学講読又は演習及び西洋 哲学史講読又は演習﹂、要望科目として﹁倫理学・倫理学史、心理学・社会学・美学、印度哲学史・仏教史・中国 哲学史、宗教学・宗教史・キリスト教史、ギリシャ語・ラテン語・独語・仏語﹂が課せられた。 五四年の﹃講義題目﹄ではさらに詳しい情報が与えられている。哲学専攻科目として、﹁哲学普通講義、哲学 概論、三宅剛一﹂﹁哲学特殊講義、価値の問題、細谷恒夫﹂﹁哲学演習、松本彦良﹂﹁論理学及認識論、松本﹂﹁哲 学講読 水野爾彦、乞゜O︷一臣①SO一〇弓這窪ユo﹁綱而一8コ゜・合①巨コσq§匹一宮o>已゜。ぴ一庄旨ひq日臼隅ヨ09曾誘一ω90﹁ 乙o リω9日めコ﹂、西洋哲学史専攻科目として、﹁西洋古代中世哲学史普通講義、古代中世哲学史概論、真方敬道﹂﹁西 洋古代中世哲学史特殊講義、ヅンス・スコッス研究序説、真方﹂﹁西洋古代哲学史演習、アリストテレス﹃ニコマ キヤ倫理﹄、真方﹂﹁西洋中世哲学史講読、トマス・アクイナス﹃ロンバルヅス命題集註﹄、真方﹂﹁西洋近世哲学 史普通講義、木場深定﹂﹁西洋近世哲学史特殊講義、近世哲学の諸問題、木場﹂﹁西洋近世哲学史演習、民①葺“ 内ユ↑完匹隅﹁o日①嵩く。日已コ津、木場﹂、倫理学専攻科目として、﹁倫理学普通講義、倫理学概論、矢島羊吉﹂﹁倫理 学特殊講義、現代倫理学の諸問題、矢島﹂﹁倫理学演習、Poり゜忌一戸○コ=ぴ巽蔓、矢島﹂﹁倫理学特殊講義、ソク ラテスとプラトン、林竹二﹂﹁倫理学演習、Ω゜。∩一∋∋。一F①σoづ゜。①コω合①已已oぴq、服部紀﹂と記されている。その後、 182
担当者や講義内容に多少の変更はあるが、大きな違いはない。一〇年後の六五年度は、﹁哲学普通講義、哲学の 課題と方法、細谷恒夫﹂﹁哲学特殊講義、人間存在の問題、細谷恒夫﹂﹁哲学演習、現象学研究、細谷恒夫、 =已゜・ω①算勺ゴ=○°・o℃庄6①一G・ω茸①コひq。≦一ωmoコ乙・9①津﹂﹁哲学特殊講義、ニーチェ研究、細谷貞雄﹂﹁哲学演習ω、細 谷貞雄、Z︷o言。・合p≧。・oω買①合N胃巴巨む・耳①﹂﹁哲学演習②、細谷貞雄、=①σqo一“O︷o勺富8∋窪o一〇°q︷o口①ω ΩΦ一゜・9°・﹂﹁西洋中世哲学史特殊講義、アウグスチヌスにおける悪の問題、真方敬道﹂﹁西洋古代哲学史演習、ア リストテレス、真方﹂﹁西洋古代哲学史特殊講義、連講、斎藤忍随﹂﹁西洋近世哲学史普通講義、デカルトおよび デカルト学派の哲学、木場深定﹂﹁西洋近世哲学史特殊講義、カント解釈とカント批判、木場﹂﹁西洋近世哲学史 演習、カント研究、木場、民自戸×﹁三ズ鮎隅毒日巾コ<①日旨津﹂﹁倫理学普通講義、倫理学の根本問題、矢島羊 吉﹂﹁倫理学講読、西洋近世倫理思想研究、矢島、Cロユコ゜q宮ロ↓古①mゴ①O日σq丘ζo△①∋↓ゴ2ひq宮﹂﹁倫理学演 習、矢島、民①艮∨×ユ[完ユΦ﹁胃①ζ一ω合O白くO∋芦︹巨﹁倫理学特殊講義、亀井裕﹂﹁倫理学演習、亀井﹂﹁西洋倫 理学史、関雅美﹂﹁西洋倫理学演習、林竹二﹂﹁西洋倫理学特殊講義、ヒューム研究、小田清治﹂である。全国的 に大学闘争が展開された七〇年度の講義題目に﹁哲学演習ω、細谷貞雄、=°ζ昌o易◎○白o合∋而コωざ白巴ヨ昌﹂ ﹁哲学演習、滝浦静雄、ζ゜ブo已ひ芦言↑ゴ﹁合①o﹁oぴq一①合゜・①<巳ユといった現代哲学が古典文献とならんで取りあ げられている点は興味深い。細谷貞雄はその後も現代哲学を哲学演習で取り上げ続け、七五年にはホルクハイマ ーのO︷oぬoωo=ω9忠巳8古o町⊂コζ︷8△①﹁勺ゴ一一〇mo℃三6を読んでいる。この傾向は細谷に限られず、現代哲学を積 極的に取り上げることが東北大学の一つの特徴である。 九四年度のカリキュラム改革によりセメスター制が導入されて、すべて半期科目となった。さらに九七年の大 規模な学部改組により、従来の講座制が廃止となって、科目編成が大きく変わった。﹁哲学思想概論1、古代ギ 183 日本の哲学教育史(Tの.)
リシアの哲学、清水哲郎﹂﹁哲学思想概論H、西欧中世の哲学、清水﹂﹁哲学思想概論m、近代哲学の成立と展開 (一 j、 ?ニ啓=﹁哲学思想演習1、終末論の世俗化、柏原啓一﹂﹁哲学思想演習n、歴史主義の問題、柏原﹂ ﹁哲学思想演習m、パスカルの科学思想︵1︶、野家﹂﹁哲学思想講読1、T・ネーゲルの哲学入門、川本隆史﹂﹁現 代哲学概論1、知識論、柏原﹂﹁現代哲学概論H、世界観、柏原﹂﹁倫理思想概論1、倫理学の諸問題、篠﹂﹁倫 理思想概論H、現代倫理の展望、熊野純彦﹂﹁倫理思想各論1、臨死の現象学、篠﹂﹁倫理思想各論H、フランス 現代倫理思想研究、熊野﹂﹁倫理思想演習1、カント第三批判研究、熊野﹂﹁倫理思想演習H、カント第三批判研 究、熊野﹂﹁倫理思想講読1、ミンコフスキーの時間論、篠﹂﹁倫理思想講読m、へーゲルの﹃宗教﹄論、佐々木 俊三﹂など。二〇〇〇年度には﹁生命環境倫理学各論1、風土論の基礎問題、オギュスタン・ベルク﹂﹁生命環境 倫理学各論n、生命環境への関わり方、﹃技術﹄という行為、長崎浩﹂﹁生命環境倫理学演習1、ジョン・ロール ズの﹃正義論﹄を読み解く、川本隆史﹂等の講義が注目される。 前述したような、東北大学の現代哲学への強い関心は、一九五六年以来続けられている外来講師による﹁連 講﹂に象徴的に現れている。連講とは連続講義の略称だが、いわゆる集中講義のことであり、九八年度以降その ように名称が改められている。これを見ると、当時日本の哲学界や倫理学界でどのような課題や研究者が話題を よんでいたかがわかるので、その一部を列挙しておきたい。とくに七〇年代以降はかなり意図的に実施されてい ると思われる。六九年度﹁倫理学特殊講義、社会思想史の諸問題、城塚登﹂、七三年度﹁西洋近世哲学史特殊講 義、近世における反省と自覚の展開、新田義弘﹂、七四年度﹁西洋哲学史特殊講義、価値論の研究、アリストテ レスとトマス・アクイナス、加藤信朗﹂、七五年度﹁西洋哲学史特殊講義、日常生活と科学、大森荘蔵﹂、七六年 度﹁西洋哲学史特殊講義、意味と行為、黒田亘﹂﹁倫理学特殊講義、現代フランス倫理思想研究、市倉宏祐﹂、七 184
七年度﹁西洋哲学史特殊講義、アリストテレスにおける存在と意味、井上忠﹂、七八年度﹁西洋近世哲学史特殊 講義、象徴形式の基本問題、坂部恵﹂、七九年度﹁哲学特殊講義、ウィトゲンシュタイン研究、奥雅博﹂﹁倫理学 特殊講義、倫理言語の論理学、杖下隆英﹂、八〇年度﹁西洋哲学史特殊講義、プラトン・アリストテレス哲学の研 究、藤沢令夫﹂﹁哲学特殊講義、心身問題 分析哲学的考察、坂本百大﹂、八一年度﹁西洋古代中世哲学史特殊 講義、ギリシア思想からイスラム思想へ、福島民夫﹂、八二年度﹁哲学特殊講義、行為の問題、増永洋三﹂、八三 年度﹁西洋哲学史特殊講義、トマス的存在論における諸問題、宮内久光﹂﹁倫理学特殊講義、カント研究、久保 元彦﹂、八四年度﹁哲学特殊講義、現象学の諸問題、立松弘孝﹂、八五年度﹁哲学特殊講義、個体論、青木茂﹂、 八六年度﹁倫理学特殊講義、キリスト教倫理と深層心理学、湯浅泰雄﹂、八七年度﹁哲学特殊講義、二ーチェと 歴史意識、三島憲]﹂、八八年度﹁倫理学特殊講義、懐疑、その史的諸形態と哲学的医務、大橋良介﹂、八九年度 ﹁哲学特殊講義、世界・分類・カテゴリー、菅野盾樹﹂、九〇年度﹁哲学特殊講義、フランクフルト学派の社会. 歴史哲学、徳永悔﹂、九一年度﹁西洋哲学史特殊講義、ライプニッツの哲学、石黒ひで﹂、九二年度﹁西洋哲学史 特殊講義、人間の成立と徳、宮本久雄﹂、九三年度﹁西洋哲学史特殊講義、思想史における構造主義、フーコー の場合、加藤精司﹂、九四年度﹁哲学特殊講義、自我・世界・他者、山崎康祐﹂、九五年度﹁哲学特殊講義、意味 と様相、飯田隆﹂、九六年度﹁西洋哲学史各論H、生について、竹田純郎﹂、九七年度﹁哲学思想各論H、ハイデ ガー哲学の射程、細川亮一﹂、九八年度﹁哲学思想各論m、迫遙と柱廊、アリストテレスとストア派との比較研 究、神崎繁﹂、九九年度﹁倫理思想各論H、へーゲル哲学への新しいアプローチ、﹃歴史哲学講義﹄新資料の読解 を中心として、松田純﹂、ほか。 座小田豊氏から提供された、哲学科の歴史と現状を紹介する校正ゲラによると、東北大学哲学講座の特徴は 185 日本の哲学教育史(下の
﹁発足当初から現在に至るまで、徹底した原典主義﹂にあり、﹁今後もこの指導方針を堅持し続ける﹂が、同時 に新たな方向性も目指し、﹁グローバル化の趨勢の中で︹中略︺哲学の新しいさまざまの可能性を追究すること﹂ ならびに﹁哲学の二一世紀的在りようを希求する﹂と書かれている。前半の伝統的立場はよくわかるが、後半は 抽象的でほとんど意味不明であるが、現役スタッフの多彩で活発な日常活動を思い起こすことによって理解の不 足を埋めることは可能である。 最後に、教養部についても見ておきたい。教養部は四九年に設立され、倫理学担当林竹二、哲学担当水野彌彦 と松本彦良が着任、五〇年第二教養部所属哲学担当に渡辺義雄が着任した。五三年度の﹃教養部学生便覧﹄によ ると、第一教養部所属﹁倫理学﹂担当教授服部紀、助教授小田清治、﹁哲学﹂担当教授水野彌彦、﹁論理学﹂担当 助教授古田惇二、講師荒井武、第二教養部所属﹁哲学﹂担当助教授渡辺義雄、教育教養部所属﹁哲学﹂担当教授 本多修郎とある。八九年度の﹃授業概要﹄によると、哲学Aは﹁ヨーロッパの代表的な哲学者の思索のあとをた どりながら、哲学史上の根本問題である哲学の本質、存在と認識、自然と歴史における人間、価値と実存などの 諸問題について考察する﹂とあり、担当は近藤功、坂口ふみ、輪田稔、竹内修身、篠沢和久である。その他、哲 学BIは輪田稔、哲学BHは浅野楢英、論理学は浅野楢英、野家啓一、川添良幸、塚本龍男、倫理学Aは岩谷 信、安西和博、池尾恭一、盛永審一郎、倫理学Bは安西和博が担当している。 九三年度から﹃学生便覧﹄は﹃全学教育科目の手引﹄に代わり、東北大学大学教育研究センター発行となっ た。二〇〇二年度は、全学教育科目が基幹科目と展開科目に分けられ、前者に人間論・表現論・学問論が、後者 に人文科学・社会科学・自然科学・総合科学が属し、人文科学に哲学、倫理学、論理学、文学、宗教学、教育学、 歴史学が含まれる。 186
なお、哲学関係学科としてほかに一九二三年設立の日本思想史学科がある。これは文化史学第一講座に位置づ けられており、初代教授は村岡典嗣、第二代教授は竹岡勝也が務め、現在は人文社会学部日本文化学科日本思想 史専修に所属している。 四、北海道大学 北海道大学の前身は、最も古くは一八六九年︵明治二︶に東京芝増上寺に設置された開拓使仮学校であり、七 五年これを札幌に移し札幌学校と改称、七六年クラークが教頭として招贈され札幌農学校と再度改称して、以後 九〇七年に東北帝国大学農科大学となるまで続いた。一八年︵大正七︶北海道帝国大学が設置され、東北帝国 大学農科大学は北海道帝国大学農科大学となり、翌年農学部と改められた。法文学部が設置されたのは四七年で あり、五〇年に法文学部は文学部と法経学部に分離した。法文学部設立の趣旨は、﹁北海道に対する政策が従来 は拓殖に偏重し文化施設を軽視していた傾向がある﹂が、﹁戦後日本の中で北海道が担う重要な役割にかんがみ、 教育面、文化面でのこの偏向を急速に是正するため﹂︵﹃北大百年史 部局史﹄一九八〇年、三〇八頁︶であったと いう。四七年に設置が認められた学科と専修科は、哲学科、史学科、文学科、法律学科、政治学科、経済学科の 六学科一四専修科であり、哲学科は哲学倫理学・心理学教育学・社会学宗教学の三つの専修科を擁した。哲学倫 理学の講座は、哲学第一﹁哲学概論・哲学史﹂、第二﹁東洋哲学︵中哲︶﹂、第三﹁東洋哲学︵印哲︶﹂、第四﹁西洋 哲学史︵1︶﹂、第五﹁西洋哲学史︵2︶﹂、第六﹁倫理学・倫理学史﹂、第七﹁心理学・教育学︵1︶﹂、第八﹁心理学・ 教育学︵2︶﹂、第九﹁社会学・宗教学︵1︶﹂、第一〇﹁社会学・宗教学︵2︶﹂である。法文学部の設置準備は、東 京帝国大学名誉教授の桑木厳翼と同元教授伊藤吉之助に委ねられた。法科系は杉之原舜一、経済系は大塚金之助 187 日本の哲学教育史(Fの一)
の協力によった。 四七年九月一日の開講式で、学部長に就任した伊藤吉之助は、﹁大学の理念の自覚﹂﹁真理の探究と学問の発展 に貢献すること﹂を訴え、へーゲルがベルリン大学に就任したときの演説を引用し、﹁学に対する信頼、真理に 対する信念、自己自身に対する畏敬﹂が大切であると訓示している︵同右、一六七頁︶。哲学科を開設するにあた り、伊藤がとった方針は﹁文学部内における哲学の重視と哲学専攻内における論理の尊重﹂︵同右、二一一二頁︶で あり、 般教育課程の授業科目に当初から論理学があり倫理学がないのはそのためである︵同右︶。︹伊藤吉之助 や出隆に学んだ人たちが着任している大学にこの傾向が見られる。︺ 哲学第一講座︵五三年以降西洋哲学第一講座︶は哲学概論を専修とし、初代教授は伊藤吉之助が務めた。伊藤は 四七年教授着任、五一年退官した。第二代担任は、四八年に助教授に着任した細谷貞雄で、五二年から講座担任 となったが、六〇年東北大学へ転出。五七年一般教養課程講師に着任した吉田夏彦が、六〇年助教授として第一 講座担任となったが、六二年に東京工業大学へ転出。倫理学講座助教授の茅野良男が六一年より第一講座へ転入 し、六六年教授に昇任したが、六八年お茶の水女子大学へ転出。伊藤勝彦は六三年助教授着任、七一年埼玉大学 へ転出、熊谷直男は六九年教授着任、藤本隆志は七二年助教授着任。哲学第四講座︵五三年以降西洋哲学第二講 座︶は西洋古代中世哲学史を専修とし、初代教授として武田信一が四七年に着任、五九年定年退官した。五一年 一般教養課程講師に着任した岩崎允胤が五三年助教授として転入、六八年教授昇任、七三年一橋大学へ転出。中 村一彦は六五年助教授着任、七六年教授昇任、八五年定年まで務めた。哲学第五講座︵五三年以降西洋哲学第三講 座︶は西洋近世哲学史専修とし、斎藤信治が四七年助教授として着任、五 年七月に教授昇任となったが、同年 一二月神戸大学へ転出。五〇年に 般教養課程講師に着任した花田圭介が本講座担当となり、五三年助教授、六 188
六年教授となり、八四年の定年まで務めた。花崎皐平は六四年講師、六六年助教授に昇任したが、七一年大学闘 争と住民運動参加のため退官。倫理学専修の哲学第六講座︵五三年以降倫理学講座︶は、須田豊太郎が四七年初 代担当教授として着任、六六年定年退官まで務めた。斎藤忍随は四八年助教授着任、第五講座転任ののち五三年 東京大学へ転出。茅野良男は五五年助教授に着任、六一年第一講座へ転出、その後御茶の水女子大学へ転出。宇 都宮芳明は六一年に着任し、九五年の定年まで務めた。岩田靖夫は六七年助教授として着任、七三年東北大学へ 転出。七五年に助教授に着任した田中亨英は、八七年教授昇任とともに西洋哲学第二講座へ移り、九五年哲学講 座所属となり定年まで務めた。哲学第十講座︵五三年以降宗教学講座︶は宗教学概論専修であり、以上、西洋哲 学第一、第二、第三と倫理学、宗教学の五講座が基礎となって、五三年以降大学院人文科学研究科哲学専攻を形 成している。 一般教養課程は、四九年教養学科として発足。旧制予科は五〇年三月まで併存した。新制大学の教養課程は、 旧制予科とは校舎も教官組織もまったく別に新たに組織された。五〇年に一般教養科が発足、五一年一般教養部 と改称した。︵五五年まで﹁北海道大学通則﹂では一般教養課程とならんで、新制大学専門課程が専門教養課程と呼ばれ ていた。︶﹁哲学﹂担当教官は、岩崎允胤︵五〇∼五三年︶、花田圭介︵五〇∼五三年︶、河西章︵五四年∼八九年︶、 秋間実︵五四∼六八年︶、﹁論理学﹂担当は吉田夏彦︵五七∼五九年︶、大畑甚一︵六三∼八七年︶、水野一︵六五∼九 一年︶、﹁社会思想史﹂担当は徳永悔︵五九年∼六八年︶、奥山次良︵六七年着任︶、八木橋貢︵七三∼九三年︶がそ れぞれあたった。なお、旧制予科の教官は、﹁哲学﹂担当が真方敬道︵四六∼四八年︶、古田惇二︵四八∼五〇年︶、 ﹁論理﹂担当が佐藤清太郎二九∼二〇年︶、﹁修身︵倫理︶﹂担当が溝渕進馬︵〇八∼一一年︶、渡辺又次郎︵= ∼二〇年︶、藤原正︵二〇∼四〇年︶、冨永義彦︵四〇∼四九年︶であった。︹以上、前掲﹃北大百年史 部局史﹄お 189 日本の哲学教育史(Fの一)
よび茅野良男﹁北海道大学哲学科二十年史要﹂﹃哲学﹄第四号︵北海道大学哲学会発行、一九六八年︶を参照した が、各部局相互ならびに茅野の記事に教官の着任年にいくつかのばらつきがあった。︺ 資料不足でその後の人事の動きが明確に把握しがたいので、﹃学生便覧﹄によってメモしておくと、七〇年度 の講座担当者の構成は、西洋哲学第一講座教授熊谷直男、西洋哲学第二講座教授岩崎允胤と助教授中村一彦、西 洋哲学第三講座教授花田圭介と助教授花崎皐平、倫理学講座は助教授宇都宮芳明と助教授岩田靖夫であり、八五 年度の旧一般教養課程すなわち新制度の基礎文化論講座担当者は八木橋貢教授、羽田野正隆助教授、吉崎昌一助 教授、岡田淳子助教授、岩崎一孝講師、高幣秀知講師である。九一年度の構成は、第一講座山田友幸助教授、第 二講座田中亨英教授と清水哲郎助教授、第三講座加藤精司教授と坂井昭宏助教授、倫理学講座宇都宮芳明教授と 熊野純彦助教授となっている。九六年度は、哲学科改め人文科学科所属となり、哲学講座は教授が田中亨英、山 田友幸、高幣秀知の三名、助教授が千葉恵、中戸川孝治、花井一典の三名、倫理学講座は教授が坂井昭宏と新田 孝彦、助教授が浅見克彦と熊野純彦である。現在哲学講座に所属するのは、高幣秀知教授︵社会思想史、哲学︶、 中戸川孝治教授︵哲学・論理学︶、山田友幸教授︵言語哲学、心の哲学、行為の哲学︶、千葉恵助教授︵ギリシア哲学、 英米分析哲学、神学︶、花井一典助教授︵中世キリスト教哲学、特にスコラ哲学︶、野村恭史助手︵言語哲学、現代分 析哲学︶であり、倫理学講座所属は坂井昭宏教授︵現代倫理学および応用倫理学、西洋近世哲学、フランス啓蒙思 想︶、新田孝彦教授︵西洋近現代倫理学︶、浅見克彦助教授︵現代社会論、メディア論︶、石原孝二助教授︵現象学・解 釈学、近現代ドイツ・フランス思想︶、蔵田伸雄助教授︵生命倫理学、応用倫理学、近現代西洋倫理学︶、柏葉武秀助手 ︵西洋近世哲学︶である。 つぎに、講義科目について、北海道大学文学部教務掛に所蔵されている資料のうち最も古い一九五二年度﹃学 190
生便覧﹄から見て行きたい。武田信一教授は﹁西洋哲学史概説﹂と﹁哲学演習、トマス・アクイナスO①①コ甘2 0°。ωo葺口﹂を、細谷貞雄助教授は﹁哲学︵特殊講義︶、ドイツ観念論﹂﹁哲学演習、﹄○°巴o江pU活じoo°・江∋∋芦σq 匹Φ。・ζ①コω9①口﹂﹁哲学演習、現代哲学︵ハイデッガーその他︶の講読﹂を、斎藤忍随助教授は﹁哲学特殊講義、 ニーチェとクラツスィツシェ・フィロロギー﹂と﹁哲学演習、プラトン﹃アポロギア﹄﹂を、須田豊太郎教授は ﹁倫理学特殊講義、近代自我論﹂と﹁倫理学演習、カント﹃実践理性批判﹄﹂を担当、兼任講師岩崎允胤はギリ シア語を担当した。以下、いくつかピックアップする。五五年度は武田﹁演習、○﹁忠∋①コロ Ωo°・∩庄∩宮o 匹o叶 ヨ葺o巨9﹁一ω合6コ勺宮一〇ω8庄。﹂、細谷﹁演習、o。合⑳一6でO一。。の[o=已轟△①。・忌Φコ゜。合。コぎ×o°・日o°・﹂、岩崎﹁演習、 ﹀ユむ力↑09庁㌘>o巴ぺ亘o①勺○°力冨﹁合轟﹂、花田﹁演習、Oo°。ひ①﹁冨゜。>O冨60烏。。創①冨ヨo庄○ユ①﹂、須田﹁演習、へーゲル ﹃法の哲学﹄﹂、茅野﹁倫理学、生の哲学と歴史哲学﹂と﹁倫理学演習、=O庄巾ぴqぴq①さご亘臼○①コ寓已∋①コ一゜・日已ω﹂で あり、六〇年度の演習テキストは、岩崎コ讐oロ勺碧日而コ己o。・、花田ウ゜巳d知8P言ω冨巨巴日ζ①ひQ8、吉田﹀ぺoさ [①コひq已①ぴqp☆暮古①白匹言ぴqド、須田パ①コ戸×芸完匹①﹁買①ζ︷°・合巾コ<①日已コ津、茅野×き口×葺完△而﹁﹁⑳日oづ >o﹁日ココである。 その後大きな変動はなく、八一年になってカリキュラムが改編され、同時に﹃学生便覧﹄に授業内容が記述さ れるようになった。また、北海道大学独自の試みとして、一つの科目を教授と助教授が分担する方式が採られ た。たとえば、八一年度は﹁西洋哲学史概説二﹂を花田圭介教授と加藤精司助教授が、八五年度は﹁哲学概論﹂ と﹁西洋哲学史概説二﹂を野本和幸助教授と加藤精司教授が、九四年度は﹁西洋哲学史概説1、古代中世哲学 史﹂を花井一典助教授と田中亨英教授が分担している。八九年度から一部セメスター制が導入された。九六年に カリキュラムが大きく変更され、従来の講座制が解消し、構成はかなり複雑化した。しかも、新旧制度が併存す 191日本の哲学教鞭(下の一’)
るため、科目数が倍増した。九六年度の新カリキュラムによれば、哲学・文化学コースでは、﹁哲学・文化学基礎 演習︵哲学・倫理学︶﹂として﹁プラトン﹃クリトン﹄、田中亨英﹂﹁文化哲学への基礎、高幣秀知﹂﹁人間科学の歴 史、坂井昭宏﹂など、﹁哲学概論1﹂に﹁問題群と基礎的諸概念、山田友幸﹂、﹁西洋哲学史概説﹂として﹁古代 ギリシャ哲学、田中﹂﹁中世哲学史、花井一典﹂が、﹁倫理学概論﹂として﹁倫理的問題群、熊野純彦﹂﹁倫理的 問題群、新田孝彦﹂が、﹁論理学﹂に﹁初等論理学、中戸川孝治﹂が、﹁西洋哲学﹂として﹁思いと行為、山田﹂ ﹁形而上学の基礎概念、花井﹂﹁プラトンのイデア論、田中﹂﹁因果概念の研究、集中、一ノ瀬正樹﹂﹁勺﹁Oぴ①亘亭 一← ロト考、石垣壽郎︵理学研究科︶﹂が、﹁倫理学﹂として﹁道徳理論の諸類型、坂井﹂﹁生命倫理学の諸問題、今 井道夫非常勤講師﹂﹁生命と倫理、集中、金森修﹂が、﹁社会思想史﹂として﹁西洋社会思想史概説、高幣﹂︵1︶ ︵2︶﹂が、﹁ヨーロッパ・アメリカの歴史と思想1﹂として﹁形而上学の基礎概念、花井﹂﹁プラトンのイデア論、 田中﹂﹁生命倫理学の諸問題、今井道夫﹂﹁総合文化論基礎演習︵哲学・倫理学︶﹂﹁心・脳・プログラム、山田﹂﹁現 象学的認識論の研究、熊野﹂が、それぞれ開かれている。二〇〇一年度は専門科目にも新カリキュラムが及び、 ﹁西洋哲学演習﹂として﹁言語哲学演習、山田﹂﹁勺一昌Oロ>OO一〇∂q冨、千葉恵﹂﹁﹀已σq已゜・江コ已゜・“OO↓﹁一巳古①けP×、 花井﹂﹁弓庁○∋①゜・>O巳づ①乙。“QO已∋∋C・弓古①05σq︷①PN、花井﹂﹁ライプニッツ研究、坂井﹂﹁現代フランス哲学演習、 屋良朝彦﹂が、﹁倫理学演習﹂として﹁現代倫理学研究、坂井﹂﹁J・S・ミルの功利主義論、浅見克彦﹂﹁シェー ラーの共感論、石原孝二﹂﹁シュッツの生活世界論、石原﹂が、それぞれ開講されている。 五、一橋大学と筑波大学 一橋大学は、一八七五年 ︵明治八︶に森有礼が設立した商法講習所に由来する。以来、東京商業学校︵八四 192
年︶、高等商業学校︵八七年︶、東京高等商業学校二九〇二年︶、東京商科大学︵二〇年︶、東京産業大学︵四四 年︶、東京商科大学︵四七年︶を経て、四九年五月一橋大学となった。この年の改組で生まれた新しい学部は商学 部、経済学部、法学社会学部の三つであり、法学社会学部は五一年四月に法学部と社会学部に分かれた。 戦後の教育改革にともない、一橋大学へと発展する際、社会学部の特徴を﹁社会科学の総合的研究を必至とす る新時代の要求に応じ社会諸科学に基礎理論を与え、それと他の人文諸科学との関係を明らかにし、又社会現象 としての教育現象を研究し、教育の担当者を養成すること﹂を求めた二東京商科大学新制度化要項﹂︵四七年︶。 『一 エ大学百二十年史﹄一九九五年より重引︶。五〇年一一月の﹃↓橋論叢﹄二四巻五号に掲載された座談会コ橋 社会学の七五年﹂で、板垣与↓は﹁哲学という場合にも純粋な哲学だけでいかないで、やはり社会思想史的なも のと結びつくような形でやる﹂ことに学風があったと述べている︵三橋大学大学院社会学研究科教育研究活動状況 報告書﹄二〇〇〇年、二二〇頁以下より重引︶。また、五三年一月の社会学部長上原専禄のことばとして、﹁歴史学、 哲学、文学、等の実証的研究を介して、逆に社会の歴史的実態そのものに迫ろうとする方法的意識﹂があったと 記されている︵同右、二二六頁︶。四九年に大学名称を改めることになった際に候補として一橋大学のほか東京社 会科学大学、東京社会大学が挙がったが、ここに大学の特徴がよく表現されている。四八年に公表された﹁新制 大学立案の趣意 東京商科大学﹂に﹁社会科学の新大学﹂を設立すると明記されているように、社会科学大学と するのが内容的には最も適切ではあったが、﹁社会科学﹂はマルクス理論的であるとして、反対意見が多かった ほか、あくまでも社会科学の﹁総合﹂を目指すゆえに偏った見方をされないようにとのことで、一橋大学が選ば れた。八〇年に大講座制が採られ、社会学部では、従来二〇あった小講座が、社会思想、社会学ほか八つにまと められ、さらに二〇〇〇年度からは大学院重点化が進められて、学部の講座も、社会動態研究、社会文化研究、 193昧の哲学教育史(下の一)
人間行動研究、人間・社会形成研究、総合政策研究、歴史社会研究の六つの講座に改編された。 東京商科大学時代には、福田徳三以下、左右田喜一郎、上田貞次郎、三浦新七といった経済思想史や西洋文明 史の大家がそろっていた。三四年の講義科目には、経済哲学や哲学、文明史、西洋倫理学、東洋倫理学、独乙近 代思想史といった科目が経済学や法学の科目と並んで置かれている。社会学部として独立した五一年度の三橋 大学一覧﹄によれば、一般教養科目に哲学と倫理学、社会学︵社会思想︶など、専門科目のうち社会学部門には 社会思想史や社会科学概論、社会哲学、社会主義及社会運動などの科目が、人文部門には哲学、哲学史、倫理学 などの科目が開かれている。担当は、社会思想史が大塚金之助、哲学が太田可夫、倫理学が藤井義夫の各教授、 社会主義及社会運動は副島種典講師であった。 哲学思想関係の歴代教官には、上田辰之助︵五三∼五五年、社会思想史︶、大塚金之助︵五一∼五六年、社会思想 史︶、坂田太郎︵五六∼六七年、社会思想史︶、太田可夫︵四九∼六七年、哲学︶、藤井義夫︵四九∼六八年、西洋倫理 学︶、杉田元宜︵五三∼六九年、科学思想︶、西順三︵四九∼七八年、東洋倫理学︶、岩崎允胤︵七三∼八四年、社会哲 学︶、田中正司︵八四∼八七年、社会科学古典資料センタ←、都築忠七︵五九∼九〇、社会思想史︶、田中浩︵八三 ∼九〇、政治思想史︶、良知力︵七〇∼八五年、社会思想史︶、安丸良夫︵七〇∼九八年、日本思想史︶がいる。現在、 哲学思想関係はおもに社会文化研究分野で扱われており、島崎隆、岩佐茂、古茂田宏、平子友長、山崎耕一、森 村敏己が従事している。 最初に述べたように、中部地方以北にはこのほかにも取り上げるべき大学がたくさんある。東京文理科大学、 東京教育大学、筑波大学もその一つである。務台理作以来、前二者には下村寅太郎、大島康正、坂崎侃、宮本富 士雄、永井博、村治能就、小牧治、等それぞれ個性あふれる教員が大勢いたので、ぜひ取り上げたいところだ 194
が、仮に筑波大学は東京教育大学とは別の大学だとしても、まったく無関係とは言えず、かと言って両者の関係 に足を踏み込むと泥沼に陥り、また、東京文理科大学や東京教育大学の資料の保管先を調査するのも一苦労なの で、今回これに言及することは断念した。 筑波大学の現状にのみ言及すれば、ここでは、学部学生に対する教育組織を﹁学群・学類﹂と言い、学群は中 心的な専門領域を基礎としつつ、広い視野のもとにいくつかの学問分野を総合するものとされる。哲学・思想関 係のコースは、第一学群と第二学群に見られる。第]学群のうち人文学類には哲学、史学、考古学・民俗学、言 語学が属し、哲学主専攻はさらに三つのコースに分かれている。二〇〇二年度の専任教員は、哲学コースが久保 徹、谷川多佳子、桧垣良成、藤田晋吾、堀池信夫、倫理学コースが伊藤益、河上正秀、桑原直己、水野建雄、宗 教学コースが小野基、棚次正和、リアナ・トルファッシュである。第二学群に属する比較文化学類にも﹁思想﹂ を主専攻とするコースがあり、現代思想が中心で、担当教員は、木村武史、笹澤豊、佐藤貢悦、塩尻和子、竹村 喜一郎、仲田誠、橋本康二、山中弘である。ほかに、比較文化論のみならずベルクソンやハイデガー研究者とし て知られる中田光雄が比較・現代文化に所属するなど、他の分野に配属されている哲学思想研究者もいるようで ある。 六、小括 予定紙数を超えたが、最後に簡単なまとめをしておきたい。 ①京都帝国大学や九州帝国大学と同様、東北帝国大学や北海道大学でも、 京大学の教官が深く関与している。 哲学科開設にあたって桑木厳翼ら東 195 日本の哲学教育史(ドの一・)
②開設当初は、東北大学も北海道大学も人事の異動が激しく、不安定な状態が続いた。これが落ち着くのは八 〇年代以降である。他方、都心にあって少人数教育を貫いている都立大学は、条件が良いためか異動が少なく、 安定した体制を現在まで維持している。 ③人事異動が少ないと安定要因が増す一方、内容が固定化しやすい。その点を補うものとして、非常勤講師の 折々の採用や集中講義があるが、とくに後者の機能をフルに活用しているのは、先に見たとおり、東北大学であ る。 ④関西以西の大学では、いわゆる概論・特講・演習という枠組が強いが、関東以北の大学ではそれが必ずしも 明示的ではない。そのため、題目を見る限りでは、授業内容がより豊富であるように見受けられる。 ⑤当然と言えば当然のことではあるが、前回取り上げた仏教系大学と比較すると、国公立大学では全体として 教育理念が曖昧であるように思われる。その分、教員の個性的活動で特色を誇示している面がある。たとえば、 特色と言うべきか特異と言うべきかは迷うところだが、都立大学の寺澤恒信や秋間実の﹁科学論﹂講義や北海道 大学の岩崎允胤のロシア語文献演習などはその一例である。一橋大学の場合には、哲学専攻が社会学部に属して いることも異色だが、社会学そのものが他の諸大学の社会学部と内容を異にして社会科学部と言うべきものであ り、それが現在に至るまで強く意識され、担当教員から授業内容までこの特色が貫徹されている。 ⑥九〇年代以降、大学設置基準の大綱化にともない、教養課程の再編と各学科の個性ある教育の促進が求めら れるようになって、担当教員の更新も含めて、各大学とも大幅なカリキュラム改革が行われた。これにより、教 員の個性にのみ依存する体制から組織としての個性化が進められている。今回調査した大学の中では東北大学が その好例と言えよう。 196
⑦東京都立大学では、設立当初からいわゆる教養教育と専門教育に関して担当部局を分けずに来たので、先の 大綱化にともなう混乱を回避できたのは幸いなことである。東北大学では、教養部の大改革により多様な科目が 提供されるようになったが、いわゆる専門学科とはまったく﹁別世界﹂の趣きである。 ⑧全国的傾向であるが、国公立大学の学生定員は、私立大学のそれとは比較を絶するほど少ない。したがっ て、個々の授業内容や担当教員に差はないものの、二、三人を相手の演習と二〇∼三〇人を相手の演習とではや はり比べものにならない。講義科目では一〇〇人を越えるコースも珍しくなく、教養課程では五〇〇人を越える 例もかつてはあった。こういう問題も、今後授業内容の検討に入る際には考慮しなければならない。 197 日本の哲学教育史oの一)