プレイセンター型家庭支援における「協働」の課題対応
─スタッフインタビューから─
古郡 曜子
Ⅰ はじめに
厚労省は少子化対策の一環として,平成 19 年(2007 年)に自治体に向けた「地域子育て支援拠点 事業実施ガイド」を示し,その中で「求められる機能と役割として,学び・支え・親子の力を引き出 す」の 3 点を挙げている.同じく平成 22 年(2010 年)に「子ども・子育てビジョン」として子育て 支援を家族のみにとどめず,社会全体での子育て重視の観点を打ち出している. このような政府の施策を受けて,E市プレイセンターは,2008 年 9 月からE市が内閣府の採択を 受けた元気再生事業として開始したプロジェクトである.2011 年 4 月からは,E市子育て支援セン ター 4 拠点の1拠点「子育て支援センター」として活動を続けている.ここではプレイセンター発 祥(ニュージーランド)の理念「自由遊び・学習(育児を学びあう学習会)・協働運営」の 3 原則を 守り続けている. 筆者はE市プレイセンターの 2006 年の準備から 2008 年の実施を経て 2009 年までのスタッフによ る運営過程を報告した(古郡 2011).結果は次のようであった. 運営活動の基本に信頼感があり,その信頼感を培うための方法としての「協働」の活動があり,親 と共に同じスタンスによる信頼感を育むことに成功している.「協働」活動は参加者全員で子育ての 不安や悩みを共有し,コミュニケーションをスムーズにしていた.活動も順調に行われ,運営スタッ フの努力と母親達の参加意識の高まりがうかがえた. 先行研究において「プレイセンターは新たな子育て支援を生みだすひとつの手立てとなっているこ とが明らかになった」(佐藤 2011)の報告がなされ,これからの子育て支援における有効性が示され ている. そこで,筆者は 2010 年以降の活動がどのように行われているか,変化が生じていればそこから分 かったことを探るために再び分析を行うこととした. これまでのプレイセンターに関する研究報告には活動状況や活動内容の報告は見られるが,行政主 導型スタッフによる運営活動を継続した報告はなされていない. 本研究では,市職員スタッフが親と同じ立場で「協働活動」の実践を行っているE市のプレイセン ターを対象として,「協働」における課題解決の過程を探り,運営の要点を明らかにするものである.Ⅱ 方法
インタビュー対象者はE市子育て支援センター「プレイセンター型」でE市職員の3名である.3 人は 2006 年9月の準備段階から現在までスタッフとして活動している.インタビューは半構成的 面接法を用い,2010 年 12 月と 2011 年 12 月の2回行った.質問内容は 2010 年には① 2010 年のプ レイセンターとの関わりの中で感じたこと②スタッフとして気になったこと④実際の対応の3つで, 2011 年には 2010 年に課題となっていたその後の状況や変化を中心にインタビューを行った.分析は質的研究方法のエピソード法を用い,一人ひとりの考えを把握した. 3人のプロフィールは次のようである.Aさんは保育士してとして 24 年間勤務した経験がある. Bさんは前任がE市子ども情報センター相談員であった.Cさんは専業主婦経験者で保育者としての 勤務歴は5年間である. 本来,プレイセンターの実際の運営は母親達のスーパーバイザー資格保持者を中心として行うが, E 市子育て支援センター「プレイセンター型」では,本研究インタビュー時期の運営を市職員が中心 に行っているため,市職員を「スタッフ」とする.3 人は活動日に常駐している.
Ⅲ 結果と考察
1 「ゆっくり型」と「上昇型」の2つのグループ プレイセンターでは,2つのグループが異なる日に活動をしている. 2010 年にはその 2 つのグルー プの活動に違いが見られた. ひとつは「ゆっくり型」である.こちらは,スタッフたちが「これまでと同じ活動をしていた.去 年と同じようなことをじっくりやろうとした.イベントもそんなにたくさんやらなかった.」と捉え たグループである. 活動の様子を「お母さん達がテーマを決めて進行するのではなく,学習会の担当になったお母さん が『苦手』と言ったことを受けて,私達スタッフがやっていた.」と話していた.スタッフ達はこの「ゆっ くり型」に対して「学習会の参加人数が,いつも同じ4~6人のメンバーで人数が少なくて変化が無く, 私たち(スタッフ)がいなければ始まらない.どのように参加人数を増やしていこうか.新しい人や 他の人にももっと参加して欲しいのに.」と活動をより活発にする手立てを考えている状況だった. 一方「上昇型」では「畑のエピソード」があった.プレイセンターからバスで移動したところにあ る畑を借りて,野菜の栽培を行った活動である.スタッフ達は「たまたま,借りることのできた畑」 に「お母さん達の何人かが野菜を作りましょうと,どんどん進めていった.」,「学習会の参加者も多 くてお母さん達の勢いが良かった.私達スタッフが手を出すところは何もなく,お母さんたちだけで 運ばれていった.」と捉えていたグループである. 上昇型については「お母さんたち全員が賛同したわけではないけれど,畑が楽しかったとの思い出 が残るのではないか,やってみる価値はあるのではないだろうかと始めた」,「子どもに実際に収穫さ せて食べさせることに,なにかそこにあるのじゃないかと思っていた」と話している.スタッフたち が上昇型の母親達の活発さを認めつつ,母親たちや子どもたちが何か得られるものがあると期待して いたことが分かる. しかし,栽培活動が活発になっていくとともに「種を蒔かないと遅いということから始まって,ど んどん進んでしまった.」と話し,考える間もないまま忙しい状況が起こってきた. さらに,夏になり草取りや水やりなどの栽培作業に手間がかかっていくうちに「上昇型」の子ども に変化が起こった.スタッフの 1 人がそのときの様子を次のように話している.「畑のことで頑張っ ていたお母さんたちの子どもたちがだんだん大変になってきた.不安定になって,赤ちゃん返りみた いなところがあった.畑をやっているからには,途中で止められない.収穫やその時々にやらなきゃ いけないことがあって.」と子どもの様子の変化と,母親達の忙しさに不安をもっていた. さらに「何度も虫取りに行ってくれたお母さん達がいて,個人の仕事に頼ることになってしまった.私たちはわりと早い時期から,『多分子どもの不安定さはお母さんの忙しさからだよね』って話し, お母さんが離れるような時に,一生懸命遊ぶようにしたけれど,子どもはお母さんが欲しいわけだか ら代わりじゃだめで,いくらか緩和されたとしても私達じゃ知れていて.」と,母親の代わりをしよ うと試み,困難だったことを話していた. このエピソードからは,母親達が栽培の作業に時間と手間をかけたために子どもとの遊びを通した 関わりが少なくなり,子どもの情緒が不安定になっていったことがわかる.スタッフ達はそれを分かっ て対処したが限界を感じている. この2つのグループを比較して「一方がずいぶん先をいっていて,もう一つはなかなか進まない感 じがしていた.」と捉えていた. その後,スタッフ達は「上昇型」のこの問題に対して,「学習会」をとおして次のような助言をした. 「子どもが不安なら,今,抱っこしてあげた方がいいんじゃない?と言った.」と話している. その後,学習会(2010 年 10 月)において助言者(大学教員)から「子どもは同じ遊びをしていて も,成長・発達をしている」との見方を知った.そこでスタッフ達は「ゆっくり型」の変化の少なさ の不安について「ゆっくりでも大丈夫」との安心感と共に子育て支援の立場を再認識した. 2 Aスタッフの再認識 Aスタッフの 2 つのグループの活動への思いは次のようであった.どちらのグループに対しても, 最初は「これでいいのだろうか」という思いであった.しかし,「ゆっくり型」の参加者が少ないな がらも「基礎固めの良さ」や「参加のしやすさ」を見出していた. また,「上昇型」に対してはお母さん達の「もっといいことをしなくてはいけない,変化させたい, もっと違うことをしたい」という気持ちを理解していた. お母さん達に運営を任せての気持ちを次のように話した.「一方はゆっくりしていて,活動的では ないが,始めてのお母さんへの対応や子どもの遊びを任せられる.もう一方は活発で私達は邪魔にな らないようにという気持ちはあるものの,どのようなアドバイスや支援をしていいのか分からなく なっていた.」であった. 「上昇型」については,「子どもの変化の様子を把握し,一人ひとり負担にならにようにしてあげれ ばよかった.皆が同じようにはできるわけじゃない.お母さん達の『自分からやってみたいです』を 優先するより,『できればやってみたい』っていう感じが丁度いい.」と「ゆっくり型」の良さを取り 入れた観点を認識した. Aスタッフの「学習会の様子」への考えは次のようであった.学習会で,母親達に誰とも交流をも てないで帰る様子のあることや,ためになることをみんなでやったほうがいいんじゃないか,という 意見を聞きつつ,「上昇型」の問題をふまえて「学習会はためになることをするのではない.学習会 は母親達が共通理解するため」と確認していた.さらに,「子ども主体の活動を考えてほしい.」と話 していた. さらに,Aスタッフの母親たちへの対応は次のようであった.一つは「私達がわかりやすく話すこ と」,「広めていくように」である.もう一つは「他の人たちのやり方も認めよう」である.これらの ことはプレイセンター開始当初からの役割として行っていたことであり,再確認を行っていた. Aスタッフは 2 つのグループ活動にそれまでの活動同様に「見守り」を最優先していた.しかし,「こ
れでいいのだろうか」と「私達はどのように行動したらいいのか,何らかのアドバイスをした方がい いのか」という疑問を持っていた.見守りながらもスタッフとしての役割を見失いそうになっている ことがうかがえる. 活動に落ち着きを見せてきたときに思うことは,「母親達に対する理解」として「大人の上昇志向 と子どもの発達は異なるということ」であった.大人は常に上へ上へと向かっていくが,子どもは同 じことをしているようだが発達をしていると言う認識である.その認識を母親達に「学習会での助言」 を行い,「決定を母親達に任せる」という行動をしている. 3 Bスタッフのジレンマ Bスタッフは「上昇型」グループに対して「お母さん達のものすごい力」を感じていながら「イベ ント化している」と思い,プレイセンターのスタッフとして「本来のプレイセンターの説明ができな くて苦しかった」と話していた.さらに,「お母さんたちに言って良いときと悪いときがあることと, お母さん達との思いの行き違い」を感じ取っていた. お母さん達を「認める部分と変化も見えたけれど,微妙にわからない.」と話してした.その分か らなさの原因として「言葉のキャッチボール・話し合いの足りなさ.」との見解を話していた. 次に,プレイセンター活動に課題となった「9時半エピソード」について次のように話した.「9 時半に来たお母さんが遊びの準備を始める」が本来の活動である.しかし,この約束事が「9 時半に みんなが来なければならない,9 時半に来るために来週どういう人が来るか先に前もって予約をとる になってしまった.このことはプレイセンターとは反していること」と話していた. プレイセンターでの「協働」は「出来る人がする」という個性を重んじる活動である.「出来ない」 ということを表立って言う必要が無く,出来ないことに抵抗を感じるお母さんへの配慮としての活動 形態である. もう一つは,「楽しいをしっかりと考えないといけない.」ということである.これは,Aスタッフ の「畑のエピソード」から得られた考えと同じである.「大人の楽しさイコール子どもの楽しさでは ない」について母親とともにスタッフも考える必要性を話していた.このことは,母親達の都合を優 先し,活動意欲を重んじて自主的活動を重視するが,子どもの楽しさを考えて無理をしてはならない, という考えである. Bスタッフは 2 つのグループへの助言を試みるが「行き違い」を感じ「なぜかスタッフ同士とお母 さん達との話し合いが出来なかった.余裕の無さからかもしれない」とジレンマを感じていた.本来, 母親がスーパーバイザーとして活動の誘導すべきところ,前例がないために運営の具体的な役割行動 を見出せなくなっていたと推察される. さらに振り返ったときに「プレイセンターとは何か」を考え「9 時半エピソード」から「個性の尊 重に強制的なことは間違っている」とした.さらに,「遊びは子どもを中心にすること」である.B スタッフはこのジレンマを通じて,プレイセンターらしさを「強制的にならないこと」と「子どもが 中心」との認識を得ていた. 4 Cスタッフの母親達への信頼感 Cスタッフの「2 つのグループへの見解」は次のようであった.Cスタッフは主に畑に同行したス
タッフである.母親達が「中心になっている人たちは自分たちで動くことをわかっている」と話し,「お 母さん達はプレイセンターがひろばともサークルとも違うことがある程度明確にわかって,プレイセ ンターに参加していると思う」と話し,母親達がプレイセンターの協働活動を理解しているとの判断 をしている. さらに「お母さん達がコミュニケーション不足から思い違いが出てきていることを自分たちで気づ き始めている.」と話し「お母さん達にもいろんな意見がある.お母さん達自身がやってみることに 価値がある.」と個人の意見や行動を制限しないで見守りの姿勢を示した. 「畑のエピソード」については「お母さん達がマイナス面を自分たちでも分かっていった,子ども の姿を見なくてはいけないことを.」と母親達の気付きを話した. 上昇型のクループには「プレイセンターが一番子どもに焦点を当てる場所だから,みんなが一生懸 命やったことはムダじゃないから,今はその気づいたこと自体がすごいことだと思っている.」と母 親達の気付きに着目している. 「ゆっくり型」については「プレイセンターの土台っていうのをだいぶわかってきている方がいる ので,方向性は決まってきているような感じ.」と話していた. さらに,2 つのグループの母親達に対して「『プレイセンターってどんなところ?』「なにがプレイ センター?』って,すごく真剣に考えている,プレイセンターを愛していてくれている,真剣に考え てくれている人たち」との見解を示した. スタッフとしての役割としては「聞き役として『どうする?』と問いかけることをして,すぐに結 果が出なくてもそれはそれでいい」と母親達に決定を委ねている. さらに,Cスタッフ自信も「私もすごく育てられていると思う」と自分自身の成長を見出している. Cスタッフは常に見守りを優先して傾聴的な立場をとり,2 つのグループに肯定的な思いをもってい る.どちらにも信頼を持って見守り,お母さん自信の力を信じて,気付きを待っていることが推察さ れる.さらに,スタッフとしての役割は聞き役になり,課題と難しさを知って,お母さん達の力に期 待していることが分かった. 5 スタッフ達の協働観 3 人のスタッフは異なる 2 つのグループ「ゆっくり型」と「上昇型」を対照的にとらえて,それぞ れに問題を見据えていたが,対処の方法が異なる.スタッフの 1 人が,「どうしよう」と迷っている うちに活動がどんどん進み,別のスタッフは母親に何らかのメッセージを送るが「わかってもらえな い苦しさ」を感じ,さらにもう 1 人のスタッフは「得るものがあるはず」として見守りを優先していた. このことは,個人を尊重する「協働」活動では重要なことである.「協働」とは「子どもの発達を保 障する」という目的は同じであるが,画一化した活動ではなく,子どもと親とスタッフの多様な関わ りを尊重するものである. 母親達の個人を尊重するべく「協働」を行っているプレイセンタースタッフ達が,それぞれの個人 としての対応を重んじている様子が分かった.しかし,3 人に共通であるはずの役割認識に違いが見 られた.一人ひとりのスタッフそれぞれが同じ行動をとっていても,思いの異なることが分かった. スタッフ達に共通していたのは,「他の人のやり方を認め,できる人がする」という個性の尊重であり, 「無理をしてはいけない」という認識であった.
これらのスタッフ達の思いの違いや共通認識は個性を重んじる「協働」特有のものであることが推 察される.活動そのものの形態は同じように見えるが,「協働」の原則である個性尊重によっての異 なる思いは当然である. 6 「畑のエピソード」から得られたもの 2011 年の 3 人からのインタビューで語られた「畑のエピソード」のその後が次のようだった. Aスタッフは畑の活動がなくなったことを「畑に対して熱い思いがあるお母さん達が居なくなってか ら,遠のいた.」と,畑が担当のお母さんの存在によってなされていたと受け止めていた. Bスタッフは「そのお母さん達の自分達で出来るっていうエネルギー,自分達で自主的に何かこう いうものしたい,その想いは,やっぱりあのプレイセンター(の時期)ならではと思う.みんなでやっ たらそのことが楽しいことに走っていた気がする.」と,母親達の行動を冷静に判断していた. Cスタッフは「畑にまつわるいろんなことは,一旦収拾した.その後は子どもの年齢層も小さいし, ちょっと無理じゃないか.止める・止めないもお母さん達が相談して検討して,その後は無理という 結論で,プランターのトマト栽培とかきゅうり栽培をした.」と,母親たちの決定を見守っていた. 畑活動の大変さを見守っていたスタッフたちは,母親たちの大変さの自覚を冷静に受け止めていた. 新年度の畑活動の継続をしないことへの決定も母親たちにすべて任せていた.「畑のエピソード」か ら得られたことは,スタッフ達が母親達に信頼感を持ったことである. 7 スーパーバイザーの役割 2011 年の 3 人からはそれぞれにスーパーバイザーの役割についての話を得ることができた.スー パーバイザーは,プレイセンター独自の学習をして得られる資格(日本プレイセンター協会認定)で ある.プレイセンターの基本を学びリーダー的な役割を行う.E 市のプレイセンターで活動している 母親達の 2 ~ 3 人が有資格者である. Aスタッフは「新しいメンバーが集まって来た時に,すでにいるメンバーの人たちとの温度差がある ので,間に挟まったスーパーバイザーがどうしたらいいか迷ってしまう.結局は今いる人がやりたいよ うにするといい.以前のメンバーから聞いたことを無理してやることはないと思う.」と述べ,スーパー バイザーの新しいメンバーへの配慮を共感し,現メンバーの意思を尊重するアドバイスをしていた. Bスタッフは「たぶんいい活動はしている.あまり考え過ぎるとよくないと思う.まずやってみよう よって,言う.」と述べ,スーパーバイザーに「考えすぎない」というアドバイスをしていた. さらに,「お母さんたちと一緒の意識を持つ」,「気づかせる」,「スタッフとスーパーバイザー」の 役割を分けたほうがいいとの見解として「スーパーバイザーはお母さんたち主導がいい」と話してい た.これは,スタッフとしてアドバイスをするより,スーパーバイザーが導くほうが良いとするお母 さん達主導の協働活動重視への思いである Cスタッフはスーパーバイザーの課題としての発言「役員(毎回の活動の世話役)になった人達が つらかったとの反省があり,新しい役員のあり方が難しい.」に,「同じ人がやってしまうよりも,新 しい役員が新しい活動をする提案はいい.」と述べ,前例重視ではなく現時点での役員の考えを優先 するというアドバイスを示していた. 3人のスタッフは,プレイセンターでのスーパーバイザーとしての役割を「集団を形成していく上
で,みんなが同じ方向を向いて前に進むことは難しい」とし,「折り合いをつけながら一人ひとりが持っ ている力を出してリーダーシップがとれること,現在のメンバーの考えを重んじる」と個性と協働の 妥協の仕方に視点を向けている.
Ⅳ まとめ
プレイセンターの 2 つのグループのうち「上昇型」活動は母親達の畑の管理の手間に子どもの遊び が制限されていった.スタッフたちは心配をしたが,「協働」は個人の自主性を尊重することから母 親たちの自主性を重んじて見守りつつ,一緒に活動をしていった. このような関係性を築くことのできた要因はプレイセンターの約束である「子どもにダメといわな い」が母親たち同士でも「ダメということは無い」になり,「誰の子どもとでも一緒に遊ぶ」という 自分の子ども以外の子どもとわが子と同様に遊ぶということが「母親同士に信頼感を生じさせる」こ ととなっていることがあげられる. プレイセンターにおけるスーパーバイザーの役割は,プレイセンターの基本理念の三原則を理解し, 理念に添った活動を導くものである.この協働の関係性が活動に起こった課題を受け止め,話題とし てあげることができ,話し合ってその後の活動に生かしてくという経緯になっていったと思われる. スーパーバイザー的な役割を持ったスタッフは,迷いながらも見守りを優先して,時には専門家の 助言を聞きながら,求められればアドバイスを押し付けないように行い,決定を母親たちに任せてい る.さらに,スタッフたちは基本理念を常に意識し,理念に沿った活動かどうかを逡巡していたこと が分かった. プレイセンターの 2009 年は形成期であり,メンバー同士が不安や懸念を持っている時期であった. この時期,3 人のスタッフは個別的・受容的・参加を促す行動を行っていた. 2010 年には「より良い方法をメンバー同士で話し合う」,「妥協点を見出す」,「新たな方法を考える」 を実際に経験する機会をつくるように促していた. E 市プレイセンターとしての協働は,個々人が対等に思ったことを言葉にでき,受け入れることが 当然となりつつあることが分かった. 今後の協働を主体とする子育て支援としてのプレイセンターがどのような発展をしていくか,ス タッフとスーパーバイザーの視点からさらに検討していきたい.文献
古郡曜子 ,2011,「家庭支援における協働の実践−E市プレイセンタースーパーバイザーの活動から−」 『家庭科・家政教育研究』6:67 ‐ 80 佐藤純子 , 2011,「プレイセンターにおける親の協働保育運営とソーシャルキャピタル形成に関する 実証的研究」『人間科学研究』24,Supplement:110-111Tackling Problems of “Cooperation Activities” in
Family Support at Play Center :
From a Staff Interview
FURUGORI Yoko
Abstract : In this study, we conducted an interview survey with play center staff who were practicing
“cooperation activities.” We explored the staff’s problem-solving process and found the operational points. The results were as follows:
• They prioritized watching over the mothers’ behavior even when they were puzzled by the behavior. • They tried not to force advice on the mothers.
• They relied on the mothers to decide the details of the activities.