る。今までに﹁見徳一炊夢﹂は﹁金々先生栄花夢﹂からの影響のみ が説かれていたが、私は﹁高漫斉行脚日記﹂からの影響が多大であ 第一章 第 二 意 第三章 第四章 第五章 第六章
東国東郡安岐町方言における
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は じ め に て研究の動機と目的 一、調査 一調査地概説 本 三ふ 日冊 日 々 の あ い さ つ ︵ 路 上 の 出 会 ︶ 労 働 の あ い さ つ 訪 問 の あ い さ つ 辞 去 の あ い さ つ 物品贈答のあいさつ 勧 め る あ い さ つ る と い う 事 を 強 調 し て お き た い と 思 う 。 力く松
市 山 第七章特別な行事のあいさつ 第一節お盆のあいさつ 第二節結婚のあいさつ η L h 結 び lま じ め て研究の動機と目的 国東地方は、半島で一地方を形成し、他地区との交流も少なく、 大分方言のなかでも独特な形が、数多くみられる。安岐町は、筆者 の母の出身地で、現在祖父母が健在で、幼い頃からなじみの深い土 地である。未知の土地よりは正確な調査が出来るであろうし、熟知 の土地よりも新鮮な日が向けられるだろうと判断した。以上の点から、かねてより方言に関心があったので、国東半島東南部の安岐町 方 言 を 調 べ る こ と に し た 。 方 号 一 一 口 を 研 究 す る う え で 、 方 言 人 の 生 活 意 識 や 発 想 は 、 常 に 基 本 と なり、重要な課題であるが、あいさつことばは、それらの要素を最 もよく含むと思われる。方言人の言語生活を知る手がかりとしては 適 当 な 分 野 で あ ろ う 。 あ い さ つ ζ とばを、発想や品位、機能などの面からとらえて、方 言事実を明らかにし、その特質にふれると共に、今後の方向をも見 出 し た い と い う の が 、 本 稿 の 目 的 で あ る 。 二 、 調 査 ひ が し く に さ き あ き し も ぱ る 調査は、大分県東国東郡安岐町下原を中心に行なった。五回延 べ二十五日聞にわたる実地調査で、自然傍受を中心に、質問で不備 を補い、資料を確実にする方法をとった。被調査者は、土地人の全 年 令 層 に わ た る が 、 少 年 層 は あ い さ つ 生 活 が 確 立 し て い な い た め 、 参考程度で、中・老年層のカlドが多くなった。あいさつの瞬間を と ら え る の で 、 録 音 法 は あ ま り 効 が な く 、 カ ー ド 中 心 で し た 。 三 、 調 査 地 概 説 ー 、 位 置 ・ 地 形 安岐町は、大分県の東北方、瀬戸内海へ突出した国東半島の東南 ぷ ん と す い ど う ぷ ん と た か だ お お た 主 っ き 部 に 位 置 し 東 は 豊 後 水 道 、 西 は 豊 後 高 田 市 、 太 田 村 、 南 は 杵 築 市 、 む さ し ︿ に 吉 き 北は、武蔵町、国東町に隣接している。面積は九
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三 平 方 キ ロ ふ た ご メ ー ト ル で あ る 。 北 部 の 両 子 山 ︵ 七 二 一m
︶ を 要 に 、 海 岸 に 向 か っ て放射状に展けた地形で、総面積の六二形が山林で占められ、耕地 は 三 二 M P で あ る 。 調査地は安岐町の東側にあたる2
、 沿 革 安岐郷は、古代には六郷満山の文教文化を中心に隆盛を極め、近 世においては三浦梅園哲学が開花した。徳川時代から明治の初期に かけて、杵築藩の支配下に属していたが、昭和二十九年三月町村合 に し む き し あ 古 ︿ に し あ き あ き み な み あ き 併法により、西武蔵村来朝村、西安岐町、安岐町、南安岐村、 な か 町 え 奈狩江村の一部が合併して、新しい安岐町が生まれ、今日に至って い る 。 調 査 地 は 、 旧 安 岐 町 で あ る 。 以 下 調 査 地 は 安 岐 地 区 で 示 す 。 3 人 口 ・ 産 業 昭和四十三年の調査では、戸数三O
五 五 戸 、 人 口 一 二 八 三 五 人 、 う ち 男 六 一O
四人、女六七コ二人で、二十代の男女が極端に少な く、青年層の都市への流出を物語っている。安岐地区の人口は三四 三 六 人 、 戸 数 八O
八 戸 で あ る 。 農業が全体の七三労を占め、次いでサービス業八夕、卸小売業七 夕となっている。農業は、水稲、七鳥、みかんで総生産額の八三労 を占めるが、近年七島がイ草におされて伸び悩み、みかんが急速に 伸びている。安岐地区は水稲、七島が多い。専業農家は減り、若年 層 の 離 農 が 目 立 つ 。4
、 交 iffi 交通機関は、昭和三十六年の水害で、従来の軽便鉄道が廃止されて以来、パス路線のみである。関東町と杵築市の中間にあるため、 国道筋は交通の便が良い。中心地大分、別府へも二時間程度で行け る。四十六年秋に、新空港が安岐町と武蔵町にまたがって完工すれ ば、ます
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中心地との交通の便は良くなることであろう。しか し、国道からはずれた地域や町内の移動に、交通は不便で、今後の 開発も望めない状態である。自動車の普及はめざましく、生活必需 品 と な っ て い る 家 が 多 い 。 ︵資料は、町役場発行の、一九六九年度版 ﹁ 展 望 ・ 安 岐 町 ﹂ に よ る 。 ︶ 本 号・b. ottfl 第 与主 日 々 の あ い さ つ ︵ 路 上 の 出 会 ︶ 社会生活を営むうえで、構成員同士の滑らかな接触は、最も望ま れる乙とである。同じ社会の一員であるという﹁仲間意識﹂から、 人間関係を尊重し、円滑にしていこうとする気持は、人の出会いの 都度﹁あいさつことば﹂を交わすという形をとらせる。声をかける ということは仲間であることを表示することである。路上で会えば 必ずことばを交わす。しかし、若い人々には、丁寧なあいさつや、 見知らぬ人へのあいさつの意識は非常に低い。 ー、朝の出会い 。 オ ハ ヨ l ゴ ザ イ マ ス 。 お は よ う ご ざ い ま す 。O
オ ハ ヨ l ゴ ザ り マ ス 。 お は よ う ご ざ い ま す 。 最も一般的な形である。後例は老年層に多く、男女による使用差は ない
O
ハ l ヨザイマス。おはようございます。O
オハヨアス。おはようございます。 前例は中年女子に、後例は老年男子によくみられる。気軽な親しい あ い さ つ で 、 品 位 は 中 で あ る 。 青年層以下には、極端な簡略形﹁オハヨ l ﹂があるが、対象は同 年輩以下に限られる。中年層以上は、音声の変化はあるが丁寧な形 を保っており、オハヨ i は ほ と ん ど 使 わ な い 。 朝のあいさつ ζ とばとして﹁オハヨ l ゴ ザ イ 7 ス﹂が定着してい て、昼近くまで使われる。本来の意味である相手の早起きをたたえ る 気 持 は も う 無 い よ う で あ る 。 ζ の表現が形式的になってきたた め、朝のあいさつをこの形のみですませるのは、あまりに簡単で、 相手に失礼である。物足りないと思う意識からか、後にあいさつこ とばを重ねる場合がほとんどである。続けることばは天候に関する ものが多い。こうして、この地方の朝のあいさつは、三重三重の丁 曜なものになっている。乙とばを重ねるのは朝のあいさつに限らな y u- 2
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ー 。オハヨアス。ゥット l シ l ヒ ジ ヤ ナ 1 0 おはようござい ます。うっとうしい日ですね。︵老男中女︶O
コンニチヮ。アツイナ l 。こんにちは、暑いですね。︵老女 ← 中 女 ︶ 以 前 は ﹁ オ ハ ヨ l ゴザイマス﹂で十分あいさつの機能を果し、相手 の早いのをたたえる気持が表現できていたのだが、それが頻繁に使 われだし、あいさつ表現として定着すると、本来の機能が薄れたの で、新しいととばを言い足して親しみを表現しようとする気持が、起 ζ っ た た め で あ ろ う 。
O
オハヨlゴザイマス。ハエ 1 ナ l 。 お は よ う ご ざ い ま す 。 早 い で す ね 。 な ど は 、 そ の こ と を よ く 表 わ し て い る 。 ︵ 中 女 中 男 ︶2
、 昼 の 出 会 い 略3
、 午 後 の 出 会 い 略 午 後 は 、 家 で 昼 休 み を し て 、 ま た 畑 へ 戻 っ て い る 人 に よ く 会 う 。 次 の よ う に 声 を か け る 。O
オヒルヨコlタカエ。お昼は休みましたか。︵中女←中女O
オヨカイナサレマシタカ。お昼休みをなさいましたか ︵ 老 男 中 男 ︶ 後 者 が よ り 敬 意 が 一 両 く 、 丁 寧 な 言 い 方 で あ る 。 午 前 中 の 勤 労 を た た え、十分な休息をとねぎらい、昼からまた精出しましょうと呼びか け る 、 味 わ い 深 い あ た た か い 乙 と ば で あ る 。4
、夕方から夜にかけての出会い 夕食がすんだかどうかと声をかけあうととが多い。﹁コンパン ワ ﹂ は 聞 か れ な か っ た が 、 若 い 人 は 使 う と い う こ と で あ る 。O
モータベタン。もう食べましたか。︵中女中女︶O
シモータカェ。︵夕食は﹀すみましたか。︵老男中女﹀O
オシマイマシタヵ。おすみになりましたか。 敬意の低い煩に並べた。第三例は老年男子の教示である。﹁しま う﹂は必ずしも﹁夕食をすます﹂という意味ではなく、一日の仕事 の 全 て が す み ま し た か と い う 気 持 が 含 ま れ る 。5
、健康に関するあいさつことば 略 第二章 労 働 の あ い さ つ 略 第三章 訪 問 の あ い さ つ 日常生活の中で、人とのつきあいは重要な位置を占める。用事の 有無、未知既知の別に関係なく、他人を訪問することは多い。その 際のあいさつは、相手に敵意を持っていないこと、あるいは親近感 を表現して警戒心を解くとと、同一社会の仲間意識を確認しあうこ とといった目的を持つ。毎日会う人に敵意のなさを示す必要もない が、しばらくでも会わなかった人などには、互いに懇意である乙と を 確 認 し あ う 必 要 が あ る 。 訪問のあいさつことばを、③朝・昼・晩の訪問と⑥時聞に関係 な い 訪 問 に 大 別 し 、 ⑥ を さ ら に 発 想 か ら 四 つ に 分 類 し て み た 。 以下略 第 四 章 辞 去 の あ い さ つ 辞去には、人家辞去と、一般的別れとがあるが、両方を発想を中 心に考えてみる。また送るあいさつをみると、その発想には類似点 が 多 い 。 去 る 側 と 送 る 側 を 対 応 し て み て い く 。 辞去のあいさつは、生活共同体の仲間意識を基盤にして、相手の 幸 福 を 願 う 、 許 容 を 乞 う 。 親 近 感 を 表 わ す と い っ た 目 的 を 持 つ 。 ー、会話に区切りをつける発想O
フ ン ナ 。 ホ ン ナ 。 そ れ で は 、O
サ ヨ l ナ ラ 。 サ イ ナ ラ 。 さ よ う な ら 。本来辞去のあいさつは、さて帰ろうという時、﹁それならば﹂など という接続詞で話をしめくくり、次に辞去の乙とばを続けてなされ ていたものと思われる。例はどちらも﹁それならば﹂という接続討 が変化したものであろう。前例は立ちながら、﹁じゃあ﹂と帰るき っかけ吾作る軽いあいさつことはとして、時に中年以上の人に頻用 される。他の辞去のあいさつことばと共に使うのが普通である。 。フンナスン 7 セ ン 。 そ れ じ ゃ す み ま せ ん 。
O
ホ ン ナ マ i オ ジ ヤ マ シ 7 シ タ 。 それではまあお邪魔しました。︵老男老女︶ 乙の例は﹁フンナ・ホンナ﹂が、まだ接続詞としての機能を十分持 ち、独立したあいさつことばとして、定着するに至っていないこと を 表 わ し て い る と い え よ う 。 それに比べ後例は、修飾部の役割から独立し、すでに辞去のあい さつことばとして定立している。品位は一荷くはないが、簡単な気軽 なあいさつことばとして使用頻度は高い、しかし、老年が進んで使 うことは少なく、相手が言った場合、おうむ返しに使う例が多いよ うである。いよいよ帰る時、あるいは帰りながら発する場合がほと んどである。いわば、最終的辞去のあいさつことばである。O
フンナサヨ l ナ ラ 。 そ れ で は さ よ う な ら 。 この例は以上述べたあいさつことばの性質をよく表わしているとい え よ う 。2
、感謝や許容を乞う発想 3 、思いやりの発想4
、次回の約束をする発想5
、自分に言いきかせる発想 、回目ーー、~ーーー’ 略 辞去のあいさつは今回の調査で最も分類、考祭が困難な分野であっ た 仲間意識を大切にする生活の中で、今までのつながりに短かいこ とばで上手に区切りをつけて、気持良く別れるのは気を使うことで あろう。人々は、後に残ったしこりや誤解で、日常生活がまずくな ることを非常に恐れる。そこであいさつことばもきっばりした表現 よりも、あいまいな表現を取るようになる。あいまいな表現に、以 後のつながりを保とうとする方言人の気持が表われているといえよ う。場面や相手に応じて、心を込めた別れを告げるには、定型化し 沼償化された表現などで間に合わせるわけにはいかないので、辞去 の あ い さ つ 表 現 は 多 様 と な る の で あ ろ う 。 送るあいさつ ζ とばの種類が少なく、簡単なのも特徴である。お うむ返しに同じあいさつをするか、あいづちを打つ例が一番多い。 辞去する側と同じ心理作用があるものと思われる。- 3
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ー 第五章 物品贈答のあいさつ 生活共同体の中で、人間関係を尊重し、円滑にしようとする意識 は、物品贈答という形をとり、そのあいさつによく表われる。ここ では水や花を貰うという場面も、物品贈答として扱った。 贈る者は謙遜と親愛の情でいっぱいである。 。ヒトッチャケンドタベチョクレ。 ひとつですけれど食べてください。︵中女←中女﹀O
コ リ ゃ l オイシュ、不 l カシランがタベヨ。 これはおいしくないかもしれませんが食べてください。 ︵ 中 男 ← 老 男 ︶。クゼンジョージスマンケンドチットジヤケンド。 くずばかりですみませんけれど、すこしですけれど︵とう ぞ ︶ ︵ 中 女 ← 中 男 ︶ いずれも贈る品物の量や質を謙遜、卑下し、このようなものでもど うぞという発想からの表現で、逆接を用いて動詞に続ける。動詞を 略 す こ と も あ る 。 。コドモサンニアゲチョクレ。 子 供 さ ん に あ げ て く だ さ い 。
O
オヤツニデンオシヨ。 おやつにでもしなさい。︵老女←青女︶ 贈る対象や用い方を謙遜する表現をとって、品物がたいしたもので はないと、相手が気を使わないようにするあいさつの例である。O
ツクツタンジヤケンドタベテミチヨクレ。 作ったのですけれど食べてみてください。︵中女←老女﹀ 自分が作ったもの、あるいは白分の家でとれたものですがと、白山水 を謙遜し、出来映えを恥ずかしがふ気持と共に、相手が贈られるこ とによって受ける心理的負担を少しでも軽くしよう、心配するほど のものではないからという。思いやりのある暖かい発想が伺える。 ﹁動詞の連用形+チヨクレ﹂は、相手に請い願う意味の﹁1
シ テ オ クレ﹂から変化したものである。敬意度は中から上で、全年令層に 頻発される。日下に対して使うのは、間接的に目上や遠慮のある人 に関係ある場合や、親が子に用事を頼む場合などに限られる。O
ヨロシュユ l チ ョ ク レ 。 よ ろ し く 言 っ て く だ さ い 。 。チョイトシモイイッチキチョクレ。 ちょっと下に行ってきておくれ。︵中女←中学、女︶ ︵ 老 女 ← 中 女 ︶ しかし、物を贈る場合には、丁寧なやさしい一言い方として、目下に 使うこともまれにある。﹁食べてください﹂というのを、敬意の低 い 順 に 並 べ る と 、 次 の よ う に な る 。O
オ タ ベ 。 タ ベ ヨ 。O
タ ベ チ ョ ク レO
オ ア ガ ッ チ ョ ク レ 。 ﹁チョクレ﹂は使用範囲の広い便利な動詞で、人々はその場に応じ て巧みに使いこなしている。しかし、丁寧に言おうとするあまり に 、 滑 稽 と も 思 え る よ う な 例 も あ っ た 。O
ヒトlツオトッチヨクレ。 ひ と つ お 取 り く だ さ い 。 ︵ 老 女 ← 中 男 ︶ 普通なら﹁ツマンヂョクレ﹂なとと言うところを、さらに丁寧に言 お う と し た の で あ ろ う 。 ﹁1
シ テ ク ダ サ イ ﹂ も 例 は 少 な い が 使 わ れ る 。 青 年 間 屈 が 目 上 に 物 を 贈る場合は、ほとんど﹁l
シ テ ク ダ サ イ ﹂ で あ る 。 火未の動詞を省略した形や、主内容を欠いたあいまいな言い方 で 、 物 を 贈 る こ と が あ る 。 。コリャナンジャケンド。 こ れ は な ん で す け れ ど ︵ 中 男 ← 老 男 ︶O
ナンノタベタカロ l ト モ l チ 。 どういたしまして。食べたいだろうと思いまして。 ︵ 中 女 ← 老 女 ︶ 。イン、不チットジヤケンド い い え す こ し で す け れ ど 。 ︵ 老 女 ← 老 女 ︶ 贈る口上を述べた後、それに対する相手のお礼や感嘆のことばに符えて発せられたものに、乙の形が多い。直接に﹁あげる﹂と言わず に、文末を略したり、あいまいに言ったりすることで、おしつけが ましくなることを避けようとする発想である。贈る時の動作が、あ い さ つ ζ と ば を 助 け て い る こ と も 原 因 で あ ろ う 。 次 に 受 け る 側 の 場 合 を 考 察 し て み る 。
O
オiキニ。ォlケニ。ありがとう。 各年令層に頻用される一般的謝辞である。本来、実内容を表わす ﹁ ア リ ガ ト i ﹂や﹁スミマセン﹁の修飾機能を持っていた部分が独 立 し て 、 謝 辞 と な っ た も の で あ る 。 。 オ l ケ ニ 。 ス ン マ セ ン 。 ありがとう。すみません。︵老女←中女︶ かなりの聞を置いて言われた。二つの謝辞を重ねて謝意を強調した ものとみなされる。乙とばを重ねて意味を強調する例は多い。O
ア l ス マ ン ジ ヤ ツ タ ナ 1 0 オ l キ ニ 。 ああすみませんでしたね。ありがとう。︵老女 l v 中 女 ︶O
ソリャスンマセン。アリガト。ワり l ナ l 。 それはすみません。ありがとう。悪いですね︵老女←中男︶ ﹁スンマセン﹂も広く使われる。青年層は﹁スイマセン﹂と﹁イ ﹂ を 明 確 に 発 音 す る 。 その他﹁アリガトl﹂︵ありがとう︶﹁ゴツツオサン﹂︵ごちそ うさま︶など感謝を表わすことばは多い。 品物をほめたり、労をねぎらつたり感嘆したりする発想からの謝 辞もある 。メズラシイモンオ。 珍 ら し い も の を ︵ あ り が と う ︶ 。 ︵ 老 女 ← 中 女 ︶O
オ l ケナコツたくさんなこと。︵老女←中女︶O
ホ ネ オ ッ チ ヨ イ テ ワ リ l ナ l 。 骨 を お っ て ︵ 堀 っ た の に ︶ 悪 い で す ね 。 以下略 ︵ 老 女 ← 中 女 ︶ 第六章 勧 め る あ い さ つ 略 第七章 特別な行事のあいさつ 第一節 お 盆 の あ い さ つ 略 第二節 結婚のあいさつ 結婚は人生の重要な儀式であり、村人の生活に占める要素も影響 も大きい。しかし古老の思い出話ゃ、私の記憶にある結婚式に比べ 大変合理化されていることを感じた。幸い調査期間中に一組の結婚 式があったので、自然傍受法と質問法で調査した。式を中心に前後 の あ い さ つ を 時 閣 を お っ て 考 察 し て み る 。 仲人は﹁ナコlドニン﹂や﹁セワニン﹂で、結納は﹁ナカシュl ギ﹂という。結婚式は﹁シュ i ゲン﹂が普通である。式の前に嫁に 行く娘の家では﹁オワカレ﹂といって小宴を張る。 ハ ベ υ ー、式の前のあいさつ 全体を通して号ヲえることだが、改まったもの言いと、路上での立 話的なあいさつことばの間に大きい差がある。O
ア ル ク ヨ l ニ ナ リ マ シ タ オタノモlシマス。 歩くようになりましたけれどどうぞよろしくお頼みします。 ケ ン ド ド l ゾ ヨ ロ シ ユ娘の母親がする改まったあいさっととばである。﹁アルク﹂の意味 を質問してみたが明確な答えは得られなかった。結婚のあいさつを して歩くようになったという意味であろうか。
O
ヨメサンがキマッチェオテツキマシタナ。ゴアンシンデ ゴザイマショー 嫁さんが決まって落ち着きましたね。御安心でございましょ う ︿ 老 女 ← 中 女 ︶O
ア ン タ タ フ ガ ヨ カ ツ タ ナ 1 0 オ メ デ ト l ゴ ザ イ 7 ス 。 あなたの家は運がよかったですね。おめでとうどざいます。 ︵ 中 女 ← 中 女 ︶O
アンタガタヨメゴモロlチユタガホントカエ。 あなたの家では嫁をもらうということですが、本当ですか。 ︵ 老 女 ← 中 女 ︶ 祝いのことばも心のこもった丁寧な形が多い。事柄の重要さが、う かつな物言いをさせないのであろうか。第三例はくだけた気さくな 例ではあるが、暖かい人情が感じられる。2
、当日のあいさつO
オ ヒ ガ ラ ヨ l ゴシュ!ギデオメデト!プ お 日 柄 良 く 御 祝 儀 で お め で と う ご 、 さ い ま す 。 中年以上の男女に、一般的なあいさつことばとして、式場でも路上 でも後日でも、最もよく使われる。﹁ゴシュlギ﹂の部分が﹁オア ルキ﹂や﹁オヒツコシ﹂に変わることもある。 。コンニチワアイスミ 7 セ ン 。 オ マ ネ キ ニ エ ン リ ョ ナ ク 7 イ リ マ シ タ 。 ス ア ズ カ り マ シ テ 今日はすみません。お招きにあづかり遠慮なく参りました。O
ケ イ ジ ョ l ナ コ ト デ オ イ ワ イ ノ シ ル シ パ ツ カ シ デ ゴ サ イ マ ス 。 わずかなことでお祝いの気持だけでございます。 と ζ とばを続ける。出席者は戸主や老人が多いので、あいさつは丁 重で形式化されている。一方、招待側は次のようにあいさっする。 前 者 は 中 年 女 子 、 後 者 は 老 年 女 子 の 教 一 示 で あ る 。O
イロイロトモロ l チ ア リ ガ ト l ゴザイマシタ。ニンズガ イミリマシタカラオ、不ガイシマス。 いろいろといただいてありがとうございました。人数が増え ま し た か ら お 願 い し ま す 。 。 ナ ン ノ オ ア イ ソ モ デ ケ ン ケ ン ド オ チ ョ l イ ツ パ イ ア ギ ョ l ト モ l チ 。 何のおもてなしもできませんけれどお茶を一杯さしあげよう と 思 い ま し て 。 中 略 特別な行事のあいさつとして盆と結婚の二つをみてきたが、両方 に言えることは、改まった丁寧な形で、省略ゃあいまいな表現をす ることはまれである。種類が少ない。日常生活と一応切り離された 発想である。青年以下にはほとんとみられない。などということで あ る 。 このようなあいさつをするのは年に数回であり、重要な事柄でも あるので、場面にかなった適当な表現が出来ると、それを自由に変 えたり、省略したりしにくいのであろう。だから、大きな変化もな い ま h 伝承されるのだと考えられる。若い人は特別な行事に参加することはまれである。まして改まったあいさつをするような立場で もないし、責任もないので、青年層には特別な行事のあいさつこと ば は ほ と ん ど な い の だ と い え る 。 以 下 略 結 び 七章にわたり安岐方言のあいさつことばをみてきた。このほかに も、正月・出産・病気見舞などの特別なあいさつ、質物のあいさ つ、食前・就寝前のあいさつ等、日常生活におけるあいさつの場面 は多い。また年令により形態も変かる。生活共同体の一日は、あ い さ つ で 明 け 、 あ い さ つ で 暮 れ る と も 昔 日 ん る 。 今 ま で 、 習 慣 だ か ら くらいの気持でしてきたあいさつであるが、社会生活を営むうえ で、いかに重要な機能を持っか、また先人がどのような気持で使 い、育て、受けついできたかが思われ、言語というものを改めて見 つめる思いである。日常生活と密接に結びつき、生活の変遷と共に 言語の変遷もあることがよくわかる。ちょっとした声のかけあいに も、他人とのつながりの中でのあいさつの目的が生かされていて、 方言人の生活意識が生き生きと伺える。本稿のみで、安岐方言を論 じる乙とは早計であるが、特色の一半はあいさつことばにかなり表 わ れ て い る と い う こ と は い え る 。 国東半島は、目ぼしい工業もなく、豊かな観光資源も、山地が多 く水利の悪い地形で交通が発達しないため、開発がおくれ、昔から 農 業 地 帯 と し て ひ っ そ り と や っ て き た 地 方 で あ る が 、 一 言 語 に も そ の 影響があり、他の大分地方とはまた異質の形態がみられる。 ここでは論じなかったが、文末詞﹁ガエ・ナエ・その他﹂、助詞 の音変化、人称代名詞による敬意表現、﹁起きる・食べる﹂などと いった、上二段下二段活用動詞の存在、アクセントなどなど、問題 点は無尽にあり、今後の研究にゆだねられるところが大きい。 中・老年層には古い丁寧な表現法が数多くあるのに比べ、青年層 や子供には、歴史的影響より、外部からの新しい言語の影響の方が 強いようである。また、非常に高い敬意を表わす形はあっても、め っ た に 使 用 し な い の で 途 々 に な く な る 傾 向 が あ る よ う で あ る 。 青年女子には、指定の助動詞﹁ヤ﹂の使用や、方向を示す格助詞 が?こに統一されていく傾向、原因、理由を意味する接続助詞 ﹁ホデ﹂の衰退、個々の単語の著しい共通語化などの現象がみられ る。女子はことばに敏感で、方言の変化は女子、殊に青年女子に最 も早く新しい傾向がみられることは、﹃九州方言の基礎的研究﹄そ の 他 に も 述 べ ら れ て い る が 、 当 地 の あ い さ つ こ と ば に も そ れ は 一 宮 守 え るようである。やがて新しいことばは、青年女子から青年男子へと 広がってゆき、青年層と中年層のあたりを境に、安岐方言は大きく 変 化 す る で あ ろ う こ と が 予 想 さ れ る 。 近年、四国からのみかん栽培移住者の急増、杵築市在中心に紡績 工場の進出、新空港の建設と、急速な発展、開発が進みつつある。 ζ れによる言語の変化も当然考えられる。今後の変化に、遠い日を 向 け ね ば な ら な い で あ ろ う 。 F h J u n べ ︾