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「婦人が担う農業」 の意味と展望

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(1)

「婦人が担う農業」 の意味と展望

小佐乗 松々本

木 泰 秀 信隆樹

(三重大学教育学部)

(信州大学農学部)

(㈲長野県農協地域開発機構)

はじめに

わが国の農業が婦人を不可欠な担い手として展開してきたことは、い

まさらいうまでもない。農業生産・農業経営がともかくは順調に展開し

ている時期においては、その重要性がことさらに意識されないほどに重

要な役割を果たしてきたし、危機的な状況においては、婦人こそが頼み

の綱とされてきたのである。後者についていえば、第二次大戦中の「銃

後の労働力」や総兼業化のなかでの「三チャン農業」をはじめとして、

これを証かす事実にこと欠かない。

そして、今後、こうした傾向ないし要請は、いっそう (またしても)

強まると予想される。高度経済成長期以降の農業・農村を支えてきたい

わゆる「昭和一ケタ」男子労働力のリタイアや、若年男子労働力の定着

難などを想うとき、とにもかくにも婦人に期待されるところが大きいの

である。

にもかかわらず、婦人を農業の重要な担い手として正面からとらえ位

置づけようとする傾向は、農業をめぐる議論のいずれの領域 (農業経営 論、農政論、農協論など) においても、これまで乏しかった。また、現

状においても、十分だとはいえない。

もちろん、そうした議論のなかで婦人を農村展開や農業経営展開の主

体としてまつりあげてしまうのは、けっして好ましいことではない。か

といって、曖昧模糊とした農村文化や農家生活の担い手といったかたち

で婦人を周縁的 (農業展開にとって) な位置に置いたり、農村厚生行政 の対象(農家婦人の健康管理など) とみなすだけでは、不十分きわまる のではない璧想うに、男性と同等に(といったことすら意識すること

なく、ごく自然に) 農業を営もうとする意欲と必要をもつ女性の立場に

立ってみれば、解決を要する問題が山積しているはずである。そうした

点をめぐるいわば実質にかかわる議論こそが、従来の視座をややずらし

ながら、おおいに展開されるべきだと思われるのである。たんなるコス

ト低減策として、婦人たちが〝利用される″ ことのないようにするため

にも。

ほぼ右のような動機に端を発しながら、本稿では、以下のような考察

を試みる。

(2)

東本秀樹・佐々木隆㌧小松春信

すなわち、まず方法論的な観点から、農業経営理論のわくぐみのうち

に (女性) という主体を登場させることの可能性について、論じる

(二)。ついで、統計資料によりながら、従来とは異なった農業労働力の

動きを現状に見い出す。それによって、婦人労働力の将来を展望するた

めのてがかりをつかんでおく(三)。そして、農家婦人が活動するうえ

で大きな意味をもつであろう農家婦人組織に着目し、そのありようを論

じる際の視点について、若干の調査結果をまじえつつ検討する

(四)。

基礎的な事実の把握と方法の認識を主眼としているために、「婦人

が担う農業」のありようを具体的・直接的に論じるまでには立ち至って

いない。だが、ここでのいくつかのアプローチは、そのために不可欠な

予備的作業として位置づけられるはずである。

(1)

たとえば、『農業白書 註

昭和六二年版I』

(農林統計協会) に読みと

れる農村婦人についての理解は、およそこのようなものである。

農業経営理論と(性)

H農業経営理論の盲点

〓前述のように、農業生産・農業経営に不可欠な役割をはたしてきた

(女性) であるが、そして、農業生産・農業経営が危機的な状況に陥る

たびに浮上し再認識されてきた(女性)ではあるが、農業経営理論のな

かでは必ずしも正当に過されることがなかった。時事的な関心を呼ぶこ

とはあっても、農業経営学が自身のテーマとして積極的に引き受けよう

とする気配はなかったのである。なぜなのだろうか。 根本的な理由として、二つのことが想像される。 そのひとつは、農業経営学の原論領域をなす農業経営形態論において、 〝家族農業経営(ど邑y・訂∃) こそが農業経営の基本形態なのだ″とい

う了解がとりつけられていたことである。そのかぎりで、(男性‑女性)

という区別は不要であり、〝家族員″という性不問のむすびつきが先行

し独行しえたのである。

いまひとつは、農業経営学が、近代科学であろうとすることにともな

う宿命として、〝理論の対象主体は (理論の構築主体とともに) (男性)

なのだ″という了解を無意識裡におかざるをえなかったことである。理

論のらち内でことさらに問われることのなかった性は、当然のこととし

て、(男性) という中性だったのである。

何ところで、農業生産・農業経営の構造にゆるぎがなく、多くの問題が

量に還元しきれているうちは、このような理解であっても、現実に困っ

たことにはならない。だが、農業生産・農業経営の構造がゆらいだり危

殆に瀕するかもしれないとき、気がかりなことも多い。盲点に潜んでい

たラディカルな問題を、あらためて引きずり出さざるをえなくなるので

ある。

右に述べた理由との関連でいえば、農村の人びとを長いあいだにわ

たって内面から支配し外面から規定していた「ジェンダー」はすでに消

失しかかっており、かわって「セクシズム」や「中性化」が色濃く兆し

てきている。女性であれ男性であれ、自身の生き方を求める傾向が強く

なっているのである。つとに問題になっている経営・生活上の役割再編

成、後継者難、嫁不足などは、そのあらわれともみてとれる。そうした

状況のなかで以前と同様に〝家族農業経営″が成り立つにしても、その

意味ないし長期的安定性・経営管理的特質に関しては、従来の常識と予

(3)

断で律しきれないものがあるはずである。

また、農業経営学が、実践的な有効性を問われるところのいわゆる実

践科学であることは、まちがいない。だが、対象である農業経営事象が、

農村・農家の社会的・文化的な状況にはまりこみながら展開するもので

あるかぎり、性急に経営経済的な局面だけを抽象することはできない。

かりに可能だとしても、経営経済活動が社会的・文化的な文脈から剥離

し自律化してゆく過程(そう認識できる可能性)を把握する作業を、十

分なまでに試みておかねばならない。その意味で、ひとまずは実践性の

要請から離れて、地理的・歴史的に多様な農村・農家の社会的・文化

的・経営経済的な営みを精確にとらえることが望まれるし、そのために

新たな視座が必要になるのである。屈折した表現をあえて選ぶならば、

農村であれ農家であれ、その構造と紐帯が経営や生活の近代化を阻害す

るほどに強かった時代においては(であればこそ)、経営経済の局面を

単純に抽き出すことはデモンストレーション以上の意味(実践性)を保

ちえた。そうした事情がいまや変化し、状況はもっと複雑なものになっ

ていると思われるのである。

り」のような問題意識を下敷きながら、以下では、二点について考察を

及ぼしておきたい。

第一は、農業経営理論にとっては不慣れで、ともすればイクセント

リックに扱われがちな(性)に接近するに際して、マークすべき問題局

面を明確にしておくことである。近年の女性学(女性解放論)の成果を

みるとき、このあたりがあきらかになるであろう。

この考察をふまえて、主題を検討する。すなわち、しよせんは顧みら

れることのなかった(性)であるが、農業経営理論において、いかにし

てそれが〝完壁に捨象されえたのか″という点についてである。それに よって、〝完壁に捨象される″プロセスのなかに、かえって (性)

を組

みこむための契機を見い出しておく。

口(性) への接近のポイント

一女性解放論からの示唆‑

〓いわゆる女性学の輪郭については、必ずしもさだかではない。だが、

社会における女性のありようをめぐる近年の諸研究について、すくなく

ともつぎの傾向が指摘できるのではないか。

すなわち、もはや、たんなる政治的平等を求めることだけに終始して

はいない。より実質的な、根底的な議論が展開されようとしているので

ある。その場合、われわれが(女性たちが)生きるこの社会をどうとら

えるかという点にかかわって、二つの異なった立場がある。

そのひとつは、この社会(産業社会、脱産業社会)とこれをかたちづ

くる文化・文明を不問にしつつ、そこでの(女性) の生き方を模索し編

み出そうとする立場である。

これに対して、いまひとつは、つぎのような立場である。すなわち、 この社会(近代)とそれを享える文化や言説を単純には肯定しないで、

(男)ないし(男の眼・知性)であることを前提にした議論から重大な

ことがらがもれ落ちることを憂慮し、その学問的・政治的帰結を危倶す

る。そして、すぐれて認識論的な次元から〝知″を再構成し、あるべき

社会を構想しょうとするのである。

抽象的に過ぎる整理ではあるが、農業経営理論に(女性)を登場させ

ようとする意図にとって、第一の立場は魅力的である。ある種のハウ・

ツーとしてライフ・スタイルが示されるのもさることながら、それにも

まして、自己実現意欲に横溢する主体として労働力(男性・女性)がと

らえられることは、農業経営理論に新たな展開(転回)を促すのではな

(4)

乗本秀樹・佐々木隆・小松春信

いか。たとえば、個々にライフ・コースを歩む人びと(男性・女性)が

選択の結果として農業経営という場を共有するといった理解などが可能

になるとすれば、家族農業経営論に新たな局面が発見されると思われる

のである。

こうした示唆は、農業経営理論を実践的なものとみなす

場合には、とくに有益である。

他方、客観的な事象把握をもって農業経営理論の課題だとする場合に

は、第二の立場からもいくつかの示唆がくみとれる。

付この立場は、さらに二つに分かれる。ひとつは、(男性)とは異なる

地平(カテゴリー‥自然、身体など) に議論のよりどころを求める立場

である。いまひとつは、(男の理論) であれ (女の理論) であれ、およ

そ認識といういとなみはイデオロギー性(窓意性)を免れえないもので

あり、その自覚のうえに認識論レベルから不断に告発を続けてゆこうと

する(その意味で、ポリティカルに安住できる地平はない)立場である。

いずれの立場においても、民族学的資料等にあたり、解釈作業が行な

われることが多いのだが、その過程でつぎのことが発見されている。

㈹世代再生産はもちろんのこと、日々の生産(再生産)過程でも、

(女性)はぬきさしならぬ、そしてしばしば(男性)以上の「力」

を、事実において発揮する。

㈹ところが、文化やイデオロギーの局面をみるとき、(女性の力)

いかんにかかわらす、(男性優位) の状況がほとんど普遍的に観察

される。それぞれの社会のダイナミズムによって形成されるこの

〝優位″は、権威として維持されている。そして、しばしば(女性

の力)を隠蔽し粉飾する〝虚偽″性をともなっている。

この二つの傾向のうち、㈹を重視し、(女性の力) の淵源と日される

「自然」や「身体」をよりどころにして解放戦略を構想するのが第一の 立場である。逆に㈹を重視し、(男性優位) の文化やイデオロギーの生

成メカニズムを検討する、そしてこれと括抗できるだけの(女性)

の文

化・権威システムを展望するのが、第二の立場である。

いずれの立場に与するかはさておき、ここに、農業経営理論が(性)

に接近する際の配慮事項が示唆されていることに留意し、それらを列挙

しておこ、つ。

①(女性の力)を把握すること。農業経営・農家生活で(女性)が発

揮する「力」を、極力公平かつ精確にみてゆくべきである。

②農村・農家を支配する文化・権威・イデオロギーの体系を、把握す

ること。おおまかにみれば、「ジェンダー」が希薄になり「セック

ス」が支配的になりつつあるのだが、その過程で、(男‑女)の関

係とそれぞれの生き方をめぐってどのような様式が生まれているの

か。このあたりを、精確にとらえるべきである。

③(男性「セックス」)優位の雰囲気が濃厚に過ぎるのであれば、こ

れに括抗すべく、(女性「セックス」) のシステムが求められるかも

しれない (農業経営理論の脱・構築とは一線を画するテーマではあ

るが)。

臼(性)の排除と導入の構造

大槻理論をよりどころにして ‑

〓農業経営の成り立ちとそこで展開される経営管理についての基本的な 理解は、農業経営形能義に与えられる。そこで、本節では、この農業経

営形態論

わが国の農業経営形態論のなかでも最もオーソドックスで

あり、精緻な論理に支えられている大槻正男氏の理論

に着目してみ

たい。

内容ゆたかで示唆に富む学説であるがゆえに、同氏の理論はさまざま

(5)

に受け継がれ、リファインされている。あるいは、逆に、いくつかの批

判も展開されている。ここでは、いまひとつ、(性)についての理解

(=無理解)という観点から、検討を加えようとするのである。 吊まず、テーマに関連するかぎりで、大槻氏の農業経営形能義を切り

取っておこう。

そこでは、出発点において、三つの条件が措定される。

㈹収益を追求する主体。ただし、収益の内容はさしあたり不明であり、

のちにあきらかになる。また、主体は、実体をもたない質点である

(収益追求意欲とある種の経営者能力だけを備える)。

㈹労働力・土地・資本財という、生産性能を備え、二疋程度に可塑的

な生産要素。

㈱生産要素の流通平面(市場)。

これらの条件を前提にして、農業経営形態の形成・維持のプロセスが、

つぎのように説明される。

すなわち、労働力であれ土地・資本財であれ、それらが有用なもので

あるためには、必ずや変形・加工を受ける。特定の産業での用途に向く

ように(「分産的」)、特定の経営での用途に向くように(「分骨的」)、あ

りようを変えるのである。そのかぎりで、それぞれの生産要素は一般的

な流通価値を失い、流通平面から没する(「沈下」‥「分産的沈下」、「分

骨的沈下」)。このとき(この過程を経て)、当該生産要素は特定の農業

経営に搬入されるのである。

この変形・加工は、そののちにも進行する。それぞれの農業経営に一

定程度以上に長い期間存在しっづけることによって(「固定的沈下」)、

技術的にはもちろんのこと、純粋に技術的とはいいがたい面においても

当該の経営になじんでゆくのである(「技術的沈下」、「関係的沈下」)。 こうして、いくつかの種類の生産要素が農業という産業、ならびに

個々にいくばくかの特性をもつ農業経営に一定程度以上になじむとき、

それらは、他の産業・他の経営では用いられ難い状況にたちいたる。す

なわち、ここに、安定的な農業経営の形態が決定される。と同時に、農

業経営目標の内容も確定される (固定的沈下態にある生産要素に帰属す

る生産物部分が収益、「流動的沈下」態にある生産要素に関する支出が

費用、といっておこう)。

そして、「沈下」を徴標として、農業経営の諸形態を識別することが

できる。固定的沈下態にある生産諸要素の組み合わせによって、グロー

バルに展開する農業経営の諸形態を分類することさえできるのである。

山生産要素自体のありように即した右の説明には、「取り引き」という

局面が明示的でない。というよりも、大槻氏自身において、社会学的意

味での取り引きないし交換に、こだわりがみられない。取り引きないし

交換の当事者、制度・手続きについては、必ずしも関心が払われないの

である。

しかしながら、右の議論には、レヴィ=ストロースの論理をほうふつ

させるふしさえある。〝取り引きの結果として安定的な構造ができあが

る〟、〝構造の存在を通して合理的「知性」 (目標‥比喩的表現) の存在

が類推される〟という論理構削が感じとれるかぎりにおいて。

とはいっても、大槻氏において、構造主義の方法が意識的にとられて

いようはずはない (経営経済的な費用1収益関係を明確にしようとする

同氏の意図にてらして。いわゆる構造主義が台頭する時期にてらして。)。

それどころか、偶然にも帯びることになった構造主義の気配は、あたか

も構造主義自体がしばしば論難されるところ (一元的知性主義、客観主 義的決定鞋と同種の論理が優越するなかで、かき消されてゆく。大槻

(6)

乗本秀樹・佐々木隆・小松春信

氏自身、他方で、一元的な知性観ともいうべき経済学の観点から「沈

下」を定義していたし、客観的に農業経営形態を把握することをめざし

ていた。この側面が氏自身においてもまさっていたし、のちに菊地泰次

氏、頼平氏によってリファインされていったのである。

ともあれ、メタ・メソドの観点からすれば構造主義の方法にもなぞら

ぇられる論理構造(ごく限られた局面についてではあるが)のうちに、

いくつかの問題点が潜んでいることは、確かなようである。ちなみに、

金沢夏樹氏、吉田忠民らによって展開された1所有」の位置づけをめぐ

る批判は、多様な「沈下」概念をいかに整序するか、陽表的ではない

「取り引き」をいかに具体的・歴史的なものとしてあぶり出すか、とい

ぅ問題指摘であった。(性)の導入をめぐるわれわれの議論においても、

関心はこのあたりに集中する。大槻氏の議論の抽象性を指摘しっつ、今

後の調査研究に対して示唆されることをいくつか挙げておこう。

冊論考の時期によって一義的ではない生産要素の1沈下」の諸概念とそ

の相互関係を、

〔変形・加工を受けない根源的状況〕

〔分産的沈下態〕

ー(取り引き)

〔分営的沈下態〕

m

技関 術係 的的 沈沈 下下

青巨青巨ノbヽJbヽ

\̲̲ノ〕

と整理してみよう。このとき、(性) とのかかわりにおいて、つぎのよ

うな疑問が浮かびあがる。

①「根源的状況」においても、(男‑女) の差異は認められるのか。

②労働力(男・女) が農業経営に「搬入」 (取り引き) される経緯と 様相は、どのようなものか。 ③搬入された経営内で形成ないし醸成される「関係的沈下態」、「技術 的沈下態」とは、どのような状況をさすのか。 こうした諸点について、大槻氏の議論は実にあいまいなのであるが、

ここでは、以下のように可能性を読みとっておこう。

①について‥農業経営学において、いわゆる性差をどのように問い答

えるか、という問題である。「京大式簿記」

〝女子労働力=男子労

働力の二疋割合″と能力換算されるあたりにも、ひとつの性差観があ

らわれているようだが、必ずしも単純にわりきれる問題ではない。②、

③の問題と、不可分だからである。

②について‥③の 「関係的沈下態」とともに、「沈下」概念を具体的

に把撞しなおすことが求められる。その意味で、吉田氏による問題提

起と軌を一にする。

その場合、性急に「所有」という経済学的カテゴリーに問題を絞り

こむだけでは、不十分である。むしろ、Ⅰ・イリイチにも通じるよう

な社会史的・文化史的視野があってよいのではないか。あるいは、継

続する日常のなかで構造化される文化や身体、そのもとでの利害判断

という事実を重視しながら構造主義を克服しょうとする、P・ブル

デュの視座なども有効であろうか。

「ジェンダー」と「セックス」をめぐるイリイチの議論についてい

えば、(男性)、(女性)というカテゴリーと両者のむすびつきである

(家族) が形成され変質してゆく過程が、歴史的な視野のなかで虚心

に問われている。その過程で、たとえば道具の意味、農業経営・消費

生活の分業・協業態勢、共同体の意義などが、克明に措かれようとし

ている。今日のように社会的にも文化的にもダイナミックな状況変動

(7)

下で、婦人労働力が農家・農業経営ととりむすぶ関係を見きわめよう

とする場合、捨てがたい方法的魅力が感じられる。

③について‥ここで気がかりなのは「技術的沈下態」についてである

が、問題の一面はすでに②にふくまれている(「技術的沈下」と「関

係的沈下」を戴然と区別することが、困難なため)。ただし、「技術

的」沈下態を狭く理解するならば、これがいわゆる「熟練」に関連す

るであろうことは、想像に難くない。特定の場ないし機会のもとで、

当該農業経営のパフォーマンスを高める性能を((女性)が)身につ

けてゆく過程に関する問題だからである。

(l)

本章では「婦人」、「女性」という類似の用語を併用するが、現実的な問 註

題に関する文脈では前者を、理論的な問題に関する文脈では後者をという

かたちで、使い分けている。

(2)

大槻正男「耕転行程機械化の問題1‑岡山県児島郡興除村の事例に観て 1‑」(同『国家生活と農業』、岩波書店、一九三九年)における農家婦人

への顧慮などは、むしろ稀有な例であろう。

(3)

「ジェンダー」、「セックス(セクシズム)」、「中性化」などの表現は、

Ⅰ・イリイチにならっている。

(4)

菅原真理子『新・家族の時代』(中央公論社、一九八七年)を、挙げて

おこう。

(5)

上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勤草書房、一九八六年)、青木やよ

ひ『フェミニズムとエコロジー』

(新評論、一九八六年)を、挙げておこ

〜つ0

(6)

前掲青木『フェミニズムとエコロジー』に、端的である。

(7)

前掲上野『女は世界を救えるか』、江原由美子『女性解放という思想』

(勤草書房、一九八五年)などに、端的である。

(8)

主に参照した大槻氏の論文は、「農業生産要素の沈下固定性と農産物価 格統制の必要」(虔業経済研究』第八巻第三号、一九三二年)、「農業に於 ける純収益及び所得の両概念1金沢夏樹君へのお答え‑1」(虔業と経 済』第一五巻第九号、一九四九年) である。

(9)

「沈下」(s仁邑という用語(概念)は、A・マーシャルがはじめて用い、

福田徳三氏らによって草創期のわが国の経済学にもちこまれたようである。

(10)

C・レヴィ=ストロース『構造人類学』(生松敬三・川田順造他訳、み

すず書房、一九七二年)。〝取り引きを導く無意識の知性ないし社会集団の

構造〟というレヴィ=ストロースの趣旨の、パロディー表現である。

(11)

前掲上野妄は世界を救えるか』、P・ブルデユ『実践感賞(今村仁

司・港道隆訳、みすず書房、一九八八年)などにみられる批判である。

(望

菊地泰次「農業経営学における経営体の認識と計測について」(大槻正

男博士還暦記念出版『農業経営経済学の研究』、養賢堂、一九五人年)、頼

平『農家経済経営論』明文書房、一九七二年)、同「『大槻正男著作集第一

巻』解説」(楽静香房、一九七七年)などに、明快である。

(ほ)

金沢夏樹1農業に於ける『純収益』及び『所得』の概念に就てー一大概

数授への質問の形として1」(『農業と経済』第一五巻第一号、一九四九

年)、吉田忠「いわゆる生産要素泉源体の『沈下固定』概念について」(神

崎博愛京大教授定年退官記念出版『日本農業の新展開』、富民協会、一九

七二年)。

(14)

大槻正男・桑原正信・菊地泰次『農業簿記精説』(富民協会、一九七五

年)

(ほ)

Ⅰ・イリイチ『ジェンダー』(玉野井芳郎訳、岩波書店、一九八四年)、

前掲P・ブルデユ『実践感覚』、同『構造と実践』(石崎晴己訳、新評論、

一九八八年)。

(8)

東本秀樹・佐々木隆・小松泰倍

婦人が担う農業・農業経営展開の可能性と困難性

婦人農業就業者の動向と就業形態の変化を中心に ‑

H高度経済成長以降の農業労働の変化と婦人の位置

農業生産の担い手が大幅に減少したこと、そしてそこにおける婦人の

役割の増大がいわれたのは、高度成長期においてであった。しかし、そ

の後の農業における婦人の状況については二つの見方がある。一つは

「農業就業者の女性化は止まり、男性化が始まった」とする見方である。

これによると、高度成長期には「男は農外に就業し、女が農業を支え

た」が、農業就業者の高齢化が進むにしたがいこの関係は逆転した。男

の場合は七〇才になって農業からリタイアするが、女の場合は六〇才代

後半に農業からリタイアしている。このため農業就業者の高齢化の進行

は「女の離農をより早期にうながす」ことになったからだ、というので

(1)

ある。

もう一つの見方は、統計上女性化はストップしたようにみえるが、農

業専従者のなかでの増大傾向は依然として続いているとするものである。

これによると、農業における技術革新が農業労働のあり方を大きく変え、

それが「従来は男子基幹労働力が担っていた労働分野に婦人が登場しう

る可能性を拡大し」、いわば「本格的な主婦農業が成立する前提条件」

を作った。そして農業労働の女性化率の低下とは、第二種兼業農家を主

体とした「主婦の農業離れを反映したもの」なのであり、「専業ないし

専業的農家においては逆に主婦の労働力化が一層強まっている」とする

(2)

のである。

このような二つの見方がある以上、高度成長期以降における農業と婦

人労働との関係をまず確認しておくことが必要となる。そこで最初に 「農業センサス」を用い、「農業を主とする」世帯貞である「農業就業人 口」と、そのなか・の「仕事を主とする」世帯員である「基幹的農業従事 者」

の推移をみておくことにしたい。

さて、表三‑一は、一九六五年から八五年にかけての男女別の農業就

業人口とそれぞれの割合を示したものである。この表によると、婦人の

割合は七五年までは徐々に増大し七五年で六二・四%とピークをつくり、

その後また徐々に割合を低下させ八五年では六一・一%になっている。

したがって、農業労働力における婦人の比率は、七五年までは進んだが

八〇年以降は後退しっつあるということになる。しかし、農業就業人口

とはその定義からわかるように、農業労働への関わり方がさまざまな人

達を含んでいる。そこで、自家農業に従事した日数別に、その推移をも

う少しくわしくみてみよう。

表三‑二は自家農業への従事日数を九九日以下、一〇〇〜一四九日、

一五〇日以上の三つに分け、おのおのにつき一九六五年以降の動きを一

〇年きざみでみたものである。これに七〇年と八〇年の数値を補足して

みていくと農業就業人口の動きはそれぞれの類型別に異なり、前にみた

動きよりは少し複雑なものとなる。まず九九日以下でもっとも婦人の割

合が高かったのは六五年であり、その後は七五年に若干割合を高めてい

るものの、以後低下傾向を示している (ただし七五年では実人数が最大

になっている)。一〇〇〜一四九日まででは七〇年がもっとも高く、そ

の後はやはり低下している。一五〇日以上になるとこの傾向はより明確

になる。婦人の割合がもっとも高かったのは六五年で、その後は一貫し

て割合を低下させている。なお、基幹的農業従事者の推移は、この一五

〇日以上の農業就業人口の動きと類似したものとなっている

(表三‑

三)。

(9)

表3‑1年齢別農業就業人口の推移

単位:1,000人、()内は%

年 男女 計 16‑29才 30〜59才 60才以上

1965

4,565 748 2,528 1,290

(39.7) (38.7) (35.9) (51.0)

6,949 1,186 4,521 1,242

(60.4) (61.3) (64.1) (49.1)

11,514 1,934 7,049 2,532

(100) (100) (100) (100)

1975

男 女 計

2,975 446 1,389 1,140

(37.6) (43.7) (31.7) (45.6)

4,932 575 3,000 1,359

(62.4) (56.3) (68.4) (54.4)

7,907 1,021 4,389 2,499

(100) (100) (100) (100)

1985

男 女 計

2,478 204 1,022 1,252

(38.9) (46.2) (32.4) (45.3)

3,885 238 2,131 1,515

(61.1) (53.9) (67.6) (54.8)

6,363 442 3,153 2,767

(100) (100) (100) (100) 註)統計資料は全国値である。以下の図、表についても同じ。

表3‑2 自家よ業従事日数別農業就業人口

単位:1,000人、()内は%

年 男女 計 99日以下

100‑149 150日以上

1965

男 女 計

4,565 540 597 3,428

(39.7) (25.6) (30.9) (46.1)

6,921 1,569 1,338 4,014

(60.3) (74.4) (69.2) (53.9)

11,486 2,109 1,935 8,442

(100) (100) (100) (100)

1975

男 女 計

2,975 814 351 1,810

(37.6) (26.2) (34.0) (48.0)

4,932 2,288 681 1,963

(62.4) (73.8) (66.0) (52.0)

7,907 3,102 1,032 3,773

(100)

(100) (100) (100)

1985

男 女 計

2,478 769 292 1,418

(38.9) (27.2) (38.6) (51.0)

3,885 2,054 465 1,365

(61.1) (72.8) (61.4) (49.1)

6,363 2,823 757 2,783

(100) (100) (100) (100)

表3‑3基幹的農業従事者の推移 単位:1,000人、()内は%

年 計 男 女

1965 8,941 4,191 4,750

(100) (46.9) (53.1)

1975 4,889 2,298 2,591

(100) (47.0) (53.0)

1985 3,696 1,870 1,826

(100) (50.6) (49.4)

このように、自家農業への従事日数別にみてくると、婦人の割合の増

加がみられたのは、実は従事日数が一四九日以下の層においてであり、

農業労働力のもっとも中心となる一五〇日以上の層では婦人化の動きは

これまでなかったことがわかる。つまり農業就業人口において七五年ま

でとはいえ、婦人化の動きがみられたのは農業従事日数一四九日以下、

特に九〇日以下においてであった、ということになる。

さて、以上のような農業就業人口、基幹的農業従事者の推移をふまえ、

前にふれた婦人の農業就業者に関する二つの見方を検討していくことに

しよ、つ。

まず、農業労働力において女性化はとまったとする見方からみてみよ う。この見方では「国勢調査」 の農業就業者を主に使用し、そこでの男

女比率が逆転したことを根拠に議論を展開している。この比率の逆転自

体は農業就業者のみにあらわれた現象ではなく、「農業センサス」にお

いても「国勢調査」の農業就業者に対応する「基幹的農業従事者」で同

様な動きがみられている。しかし、これに関して指摘しておきたい第一

の点は、農業就業者や基幹的農業従事者で男女比が逆転した最大の要因

は高齢者のリタイア期の問題ではなく、三〇〜五九才における婦人が大

きく減少し男性の数に近づいたことにある、という点である。そして第

二は、それゆえ農業での婦人化という場合は、六〇才以上の動向(それ

は一括して高齢化としてとらえた方が適当であろう) よりもむしろ、就

(10)

東本秀樹・佐々木隆・小松泰倍

業年齢層である五九才以下を主として対象にすべきことである。その場

合、この年代では依然として婦人の比率は高く、女性化の程度は低下し

てもそれが終わったとはいえないことになる。

では、第二の見方、すなわち農業労働の女性化率の低下は第二種兼業

農家を主体としたものであり、農業専従者のなかでは依然として増大し

ている、とする見方はどうであろうか。この見方が根拠としてあげてい

る、技術の変化が婦人を登場させる可能性を拡大した、という側面は確

かにみられることである。しかし、それはあくまでも前提条件であり、

それのみで婦人の農業への関わり方が強まるとはいえない。事実、前に

示したように、基幹的農業従事者のなかでの婦人の比率は一貫して低下

しているのである。

さて以上のようにみてくると、基幹的な農業労働力のなかにおいて婦

人の比率は低下傾向にあるが就業年齢層のなかでは依然としてその比率

は高く、労働力構成の男女比だけからはただちに女性化はとまった(男

性化へ向うようになった)とはいえそうもない。また婦人の基幹的農業

従事者が減少傾向にあることから、女性化は今後継続あるいは拡大して

いくとすることもできない。婦人の農業就業の動向を把握するには、別

の視点が必要とされるように思われる。

自婦人農業就業者における就業形態について

農業就業人口については、前にふれた見方に代表されるように、これ

までは女性化やその急激な減少という点にもっぱら関心が向けられてき

たようにみえる。減少の幅が大きかったために、そこにおける婦人農業

就業者の就業形態の変化という面については十分論じられてこなかった

のである。しかし、最近ようやくこの農業就業人口の変動の幅が縮小し、 就業形態にも安定性が一定程度みられるようになってきた。そしてその ことにより、婦人農業就業者を論じるさいも、農業就業とのかかわりを ある程度固定したものとしてとらえられるようになってきた。以下では、 このような下においてみられるようになった就業形態の特徴を中心に、 婦人農業就業者の検討をすすめていくことにしたい。

なお、そのさい「農業センサス」と「農家就業動向調査報告書」を使

い、ここでも前にふれた「農業を主とする」農家世帯貞である農業就業

人口と、そのなかの「仕事を主とする」世帯員である基幹的農業従事者

の動きを中心にみていくことにする。それによって、基幹的農業従事者

だけでなく、現在は仕事を主としていなくても将来農業就業日数を増や

し、基幹的な農業従事者になる人達も検討の対象に含みうるからである。

ところで、婦人の農業就業が安定した下においてみられる特徴的な形

態をとらえていこうとした場合、手がかりとなるのは年齢別にみられる

変化である。婦人農業就業者について、「農業センサス」から同一年代

の一〇年間における増減をみてみると、現在の三〇才代においてその数

が増加に転じていることが見出せる。表三‑四は、一九六五年、七五年、

八五年の各年「農業センサス」をもとに一〇才きざみでコーホート分析

を行った結果を示したものである。ここからわかるように、他の年代は

いずれも減少を示しているが、三〇〜三九才は一〇年前、つまりその人

達が二〇才代であった頃の農業就業人口に対し八%の増加を示している。

このような増加は、定年退職者による農業就業者を含む六〇才以上を除

くと、八五年のこの年代の婦人のみにみられる動きである。

ただし、農業就業人口が増加したからといって、それがただちに農業

生産を担う婦人も増加に転じたというわけにはいかない。そのなかには、

「家事・育児」を中心とする人達も含まれているからである。そこで、

(11)

表3‑4同一年代における婦人農業就業人口の推移 単位:1,000人 年 30‑39才

40〜49才

50‑59才

60‑69才

1965 984 1,670 1,512

1975 427 737 1,141 1,122

1985 462 582 1,086 977

註)表頭の年齢は1985年時。

表3‑5同一年代における婦人基幹的農業従事者数の推移 単位:1,000人 年 30〜39才 40〜49才 50〜59才 60〜69才

1975 174 467 828 672

1985 213 386 636 418

註)表頭の年代は1985年時。

農業との関わりをみるために、婦人農業就業人口のなかの 「仕事を主と する」人数(基幹的農業従事者数) を表三‑五によりみてみることにす

る。

この表は七五年と八五年の一〇年間の推移をみたものであるが、この

基幹的農業従事者は表に示されているように、農業就業人口と同様に三

〇〜三九才において二二%増加している。またそこでは、農業就業人口

のなかに占める基幹的農業従事者の割合も、七五年の四〇・七%から四

六・〇%へと上昇している。つまり、婦人の三〇才代は一〇年間に農業

生産に従事する度合を明らかに強めるようになったことが、ここからう

かがえるのである。このように現在の三〇才代はそれ以上の年代とは農

業就業の型が異なっているとすると、婦人農業就業者の就業形態につい

ても、今後は三〇才代を一つの分岐層としてみていくことが必要になる と思われる。そこで次に三〇才代をを軸に、婦人の農業就業とのかかわ り方にみられる新たな側面を検討していくことにしたい。 臼婦人農業就業人口の増減要因とライフスタイル

三〇才代の婦人農業就業人口を増加に転じさせた要因をみていくには、

一つは夫である同年代の男性の動きをみていくことが必要となる。家と

して農業を行うかたちが依然として主流をなしている以上、婦人の就業

形態は夫の就業形態と対になっている部分が少なくないからである。ま

た二つは、婦人においては出産・育児が就業に与える影響が大きいこと

から、農家婦人のライフスタイルをみていくことが必要となる。前に指

摘した三〇才代の婦人の農業への就業が強まっていることは、ライフス

タイルの変化とも関連していると思われることから、この要因も見落と

すことはできない。そこで以下、この二つの点から三〇才代の農家婦人

の動きを中心に検討していくことにしよう。

まず、夫の世代の就業動向についてであるが、ここで三〇才代にみら

れる特徴は、基幹的農業従事者は増加しているのに対し、農業就業人口

は減少していることである。表三‑六は、三〇才代から六〇才代までの

男性基幹的農業従事者数について七五年と八五年を対象にコーホート分

析した結果である。これによると、男性についても三〇〜三九才につい

てのみわずかではあるが基幹的農業従事者数が増加し、八五年は村七五

年比で一〇〇・八%になっていることがわかる。この増加はそれ自体注 目に催するものと思われる璧婦人の動きと関わらせてみてみると次の

二つの点が注目される。一つは、三〇才代の婦人の夫はやはり三〇才代

が多いであろうということをふまえてみると、三〇才代は夫婦ともに基

幹的農業従事者が増加に転じたととらえられることである。

(12)

乗本秀樹・佐々木隆‑・小松春信

表㌻‑6同一年代における男子基幹的農業従事者数の推移 単位:1,000人 年 30‑39才 40‑49才 50‑59才 60〜69才

1975 196 274 553 517

1985 197 245 526 528

註)表頭の年代は1985年時。

なおこれに関連するが、三〇才代の婦人の場合は、農業就業人口と基

幹的農業従事者数ともに増加していたが、同年代の男性の場合は農業就

業人口は減少、基幹的農業従事者は増加という動きを示していた。これ

は男性の場合、農業就業人口のなかに占める基幹的農業従事者の比率が

七五年では八〇・六%であったのに村し、八五年では九五・七%と大幅

に上昇したことによる。婦人の場合この比率は一〇年間で五%余の上昇

にとどまっていたのであり、この差が両者の違いを生じさせたのである。

二つめは、三〇才代の基幹的農業従事者は八五年で男性で一九万七千

人(四八・二%)、婦人で二一万三千人 (五一・八%) でありほぼ対応

したものとなっている点である。この年代の婦人の農業就業人口の増加

分(三万五千人) はほぼ基幹的農業従事者数の増加分(三万八千人)と

みあったものとなっている。この動きを通じて、三〇才代での基幹的農 業従事者は、夫婦ともそろってというかたちが一般化するようになった。 つまり、この年代では婦人のみが農業専従者という形態は少なくなって いることがここから推測されるのである。逆にいえば、婦人の基幹的農 業就業者が増加したということは、夫が農業専従という形態をとる場合 がこの年代で増加し、それに伴って生じたものと考えられるのである。

なお、このように男女間の基幹的農業就業者数がほぼ等しくなってい

るということは、三〇才代でも一九八〇年まではみられなかったことで

ある。八〇年で三〇才代のこの比率をみてみると、男三七・〇%・に対し

女六三・〇%であったのである。また、このような男女間の基幹的農業

従事者数の比率は八五年の四〇才代では逆に拡大しており、八〇年では

四〇・〇%と六〇・〇%であったのが八五年では三八・八%と六一・

二%になっている。このことは、基幹的農業従事者においても三〇才代

で転換がみられはじめていることを示す。つまり、四〇才代以上では夫

が他産業勤務、妻が農業専従という形態がみられていたのに対し、その

ような形態は三〇才代以下では少なくなると考えられるのである。

ちなみに、農業専従者が誰であるかによって農業経営を分類した表三

‑七

(農業専従者の性格により農家を四つに分類し、それぞれの農家数

の推移を一九七〇年以降についてみたもの) によると、農業専従者が女

子のみという形態は七〇年から八五年にかけて全体の一五・六%から

八・五%へとほぼ半減している。この減少のスピードは、専従者が女子

のみ以外である経営形態の変化よりも大きい。このことを前に指摘した

ことと合わせてみると、専従者女子のみというかたちは今後少数になる

可能性が強いことを示すといえるであろう。

さて、以上のような現象があらわれはじめているとすると、それは今

後、婦人のライフスタイル全般にも影響を与えていくと考えられる。し

(13)

表3‑7農業専従者保有状態別農家数の推移

単位:1,000戸

年 総農家数 農業専従者 農業専従者 男子農業専 男子農業専従

なし 女子のみ 従者1人 者2人以上

1970 5,402 2,776 845 1,855 427

1975 4,953 2,725 615 1,362 250

1980 4,661 2,831 447 1,166 217

1985 4,376 2,726 371 1,085 194

表3‑8経路別婦人よ業就業人口の増減 (%)

増減 経路

増 加 経 路 減

経 路

緑事転入 勤務が主 家事・通学 農家の減 勤務が主 家事・通学

から

等から

少による

となって 等となって

比率

11.8 50.0 27.5 10.9 13.0 60.2

註)1986年の増減結果である。以下表3‑12まで同じ。

表3‑9増加経路別にみた婦人農業就業人口

年齢 計 緑事転入 勤務が

主から

家事・通 学等から

15〜19才

2.0 3.0 4.8

20‑24才

8.2 54.6 1.3 2.4

25‑29才

9.8 33.3 2.6 10.7

30〜34才

7.8 6.1 4.6 14.3

35‑39才

8.2 3.0 5.2 15.5

40‑49才

13.7 3.0 16.3 13.1

50〜59才

31.7 3.0 47.7 16.7

60‑64才

10.8 15.0 9.5

65才以上

7.8 7.2 13.1

100 100 100 100

表3‑18年代別にみた婦人よ業就業人口の増加経路

年齢 計 緑事転入 勤務が

主から 家事・通 学等から その他 15〜19才

100 16.7 66.7 16.6

20〜24才

100 72.0 8.0 8.0 12.0

25‑29才

100 36.7 13.3 30.0 20.0

30〜34才

100 8.3 29.2 50.0 12.5

35‑39才

100 4.0 32.0 52.0 12.0

40‑49才

100 2.4 59.5 26.2 11.9

50〜59才

100 1.0 75.3 14.4 9.3

60〜64才

100 69.7 24.2 6.1

65才以上

100 45.8 45.8 8.4

かし、それがどのようなものであるかをここで検討するのは早急にすぎ

るであろう。ここでは、現在みられている現象を整理するにとどめる。

なおその際、一九八六年の「農業就業動向調査報告書」を使い、農業を

主とする婦人数が年齢によりどのような要因で変化しているのかの検討

を通して、みていくことにしたい。

まず表三‑八は、八六年について農業が主である婦人の増減を取り出

し、おのおのを経路別にみたものである。まず、増加の面でもっとも大 きいのは「勤務が主から」であり全体の五〇%を占めていた。次いでは 「家事・通学等から」の二七・五%、「縁事による転入」の一一・八%で あり、この三つの.合計は八九・三%になっている。また減少について、 もっとも大きかったのは「家事・通学等となって」で六〇・二%、次い では「勤務が主となって」の一三・〇%、そして「農家の減少による」 が一〇・九%であり、この三つで全体の八四・一%を占めていた。そし てこのような増減の結果、八六年では差し引き四万四千八百人の減少に なっていた。

このような増減をもう少しくわしくみるために、一〇才きざみで年代

別に区分したのが表二丁九、表三‑一〇である。表三‑九は増加経路別

に各年代の割合をみたものであるが、これによると、「勤務が主から」

(14)

東本秀樹・佐々木隆・小松泰信

では五〇〜五九才が四七・七%と約半数を占め、次いで四〇〜四九才が

一六・三%、六〇〜六四才が一五・〇%であった。また「家事・通学等

から」では三〇〜五九才までの各年代がそれぞれ一五%前後を占めてお り、「縁事転入」では二〇〜二四才、二五⊥一九才が五四・六%、三

三・三%と大部分を占めていた。

また表三‑一〇は、各年代別にそれぞれの増加経路の割合をみたもの

である。これによると二〇〜二九才では「縁事転入」が七二・〇%、三

六・七%と各年代のなかではもっとも多く、二五〜四九才にかけての四

っの年代では「家事等から」が三〇・〇%、五〇・〇%、五二・〇%、

二六・二%と多くなっている。また四〇〜六四才までの三つの年代では、

「勤務が主から」が五九・五%、七五・三%、六九・七%とそれぞれ大 部分を占めている。このように年代別にみてみると、それぞれの年代で、 農業を主とする人が増加する形能信明確な特徴を示していることがわか る。つまり、農業を主とする婦人が増加する経路は、二〇〜二九才が 「縁事・転入」により、二五〜四四才では「家事等から」、そして四五〜 六四才では「勤務が主から」によっていると、類型分けできるのである。

以上は増加形態についてであったが、次に減少形態についてみてみよ

う。表三‑一一は減少経路別に各年代の割合をみたものである。これに

ょると、「家事・通学等となって」では六五才以上が五三・七%と半数

以上を占め、五〇〜六四才の各層がそれぞれ一七・六%、一七・八%と

なっていた。次いで「勤務が主となって」では、四〇〜四九才が三人・

表3‑11減少経路別にみた婦人農業就業人口

年齢 計 緑事転出 勤務が主

となって

家事・通学 等となって

15〜19才

0.4 2.0 0.4

20‑24才

1.2 16.7 2.0 0.4

25〜29才

2.8 41.7 2.1 2.0

30〜34才

2.7 16.7 6.1 1.8

35‑39才

4.9 16.7 22.5 1.5

40‑49才

10.0 8.3 38.8 4.6

50‑59才

18.7 22.5 17.6

60〜64才

15.3 4.1 17.8

65才以上

44.0 1.0 53.7

100 100 100 100

表3‑12年代別にみた婦人農業就葉人口の減少経路

年齢 計 緑事転出 勤務が主

となって

家事・通学 等となって その他 15〜19才

100 66.7(1) 66.7(1)

20〜24才 100 22.2 22.2 22.2 33.3

25〜29才

100 23.8 19.1 42.9 14.2

30‑34才

100 10.0 30.0 40.0 20.0

35‑39才

100 5.4 59,5 18.9 16.2

40〜49才

100 1.3 30.7 28.0 40.0

50〜59才

100 15.6 56.7 27.7

60〜64才

100 3.5 70.4 26.1

65才以上

100 0.3 73.5 26.2

註)(1)はラウンドの関係。

(15)

図3‑1年代別にみ土農家婦人のライフサイクル

八%ともっとも多く、三五〜三九才、四〇〜四九才が各二二・五%、と

なっている。

また表三‑一二は年代別に減少形態の割合をみたものであるが、ここ

でも年代別に特徴ある類型がみられる。二〇〜二九才では「縁事転出」

が二二二一%、二三・八%と多く、二五〜三四才では「家事等となっ

て」が四二・九%、四〇・〇%とそれぞれ半数近くを占めている。また

三〇〜四九才の各年代では「勤務が主となって」が三〇・〇%、五九・

五%、五〇・七%と半数以上を占めるようになり、五〇才以上では「家

事等となって」が多くなって各五六・七%、七〇・四%、七三・五%と

大部分を占めている。以上のことから、農業を主とする婦人が減少する

形態は、二〇〜二九才では「縁事転出」が、二五〜三五才では「家事等

となって」が多く、三五〜四九才では「勤務が主となって」が、そして

五〇〜六四才と六五才以上では「家事等となって」が多くなるというよ

うに類型分けをすることができる。

以上のことから、農業を主とする婦人の就業形態と年齢の関係につい

ては、図三‑一のようにまとめることができるであろう。そして流れと

しては三〇才代を境に、結婚・農業就業1農業離脱・出産、家事、育児

へ1子育て終了・農業再就業1農業就業離脱・家事へ、という形態を

とっているとみることができる。

このようにみてくると、前にのべた二〇才代から三〇才代に移るにつ

れて農業人口、基幹的農業従事者ともに増加し、しかも後者は男の動き

とパラレルになりつつあるという現象は、今後さらにライフスタイルを

多様化させ農業就業形態にも変化を与えていくものと思われる。

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