八 戸 市 の 地 理 学 巡 検 報 告
、富谷 敬、
俗、永宮慎也、
、 本 津 正 帯
、llJi埼 雅 代
晋森県の東南部に位癒し、人口 23万8208人の (1980年国勢調査による〉
中核都市である八戸市は、全舗でもし 2泣を争う漁港をもっ水産都高として、
2の都市であるの
また、 1964年に新産業都市に指定されて以来、工業・港湾都子ちとして、さらに段、
よび岩手県北の商業の中心として発展しつづけている。
持来に向けて、ニュータウ ポートアイランドな 目指す八戸市の現状に ついて、港湾、工業、商業、性喝の4つの視点から考察し、その問題点およ
ついて調査を試みた。以下はその調査報告である。
現 議湾および工業 1 )港湾およ
八回港は 1664年(寛文4年)高部蕃がこの地に撲を構えてから顎詮年間に至るま 250年間、 鮫漁港として知られ、南部藩領内の物資集敷地の移出入港として栄えたっそし て、それに付随する小規模な水産加工業・木材工業があるのみであったが、 1919 器移築の著工、同年襲井田JlIi可口に初の近代的工場である日の出セメン卜(後に磐城セメン
トサ住友セメント今八戸セメンりが設立され、八戸階部から楳掘される石灰石および 粘土と八戸港を通じてのj協 議 炭 を 用 い て 、 日21年から操業が開始されたの
1928年に内務省指定港湾に指定された八戸は、 tJ議急速に漁塔・
れを契機として漁業根拠地としての役割も高まり、*揚高が増える 本o製材・造船・機械および鋳物など漁業関連の工場が棺次いで設立 種重要港湾の指官、 1937年同士防衛工業立地地械の指定を受け、
そ 製 二
第
議 年 冷 お
Qd
された9このよう 砂鉄損業、中外鉱業な
もとに、日東化学、東北興業(後の東北アルコ…ノレ)、日本
・鉄鎖業の近代的工場が進出してきたむ戦時体制下ιおいて これらの諸工場はしミずれも拡充、生産量の増強がなされた。
戦後、八戸の工業は新しい段階をむかえることになる。復興期において、 E携しセメント、
鉄鋼などの復興資材な提供する日東化学・磐威セメント・電気鉄諸工場は額斜生産方式の渡 にのり、いち早く きかえすことになった。そして、 1946 ノレコールが合
39
同裡鮪八戸工場として再発足し、 1951年には日本高周設鋼業八回工場、 1952年には東北 砂鉄鋼業が設立された。
そして、馬淵J/li司口を北西方に移動し、 i日河道を工業港として利用する馬淵111河口改修が なされ、 1951年重要港湾の指定を受けた。青森県および八戸市の工場誘致策や、朝鮮戦争 による撃需景気とそれに続く神武景気とを背景に、 1957年には日響製鋼(後に太平常的金騒)
1958年東北電力が進出し、さらに1960年東新銀、 1962年日東右趨ポ…ドが設立される など工業潜を中心とした地区は化学・金麗工業地区としてほぼ現悲の工業地区の骨格が形成 された。生産品も鉄鋼業ιおいては電気銑・砂鉄銑。鋼塊などから、鱗材・線材・特殊鋼片 などの一翼生産がみられるようになった。
さらに、漁港の整備と水産業における水揚高の急増により、 1948年の太洋水境、 1950 年の太洋冷蔵の設立をはじめとして 1955年以蜂は、八戸缶詰、武輪水産、宝幸水産、町出 荷居、国際漁業、自本冷蔵などの諸工場が相次いで鮫、湊地区へ進出し、従来のするめ、い か塩辛、塩蔵、魚粕、かまぼこ等の製造に加えて、記詰、油指、飼料の生産が伸長した。さ らには、都市人口増に伴う需要の増加から 1956年に常印乳業八戸工場、翌年には明治乳業 八戸工場が相次いで設立されたほか、養豚業を背景とし 1961年κは北日本ハムが設立され た。
そして、 1964年、八声市を中心とした3市61BJ村が新産業都市に指定された。しかし 新産都市指定後誘致された工場士、八対各地区に 1967年に設立されずに三菱製紙およ 金嬬八戸製練所〈後に八戸製練)のほかは、同年の住吉王業、 1968年の東北森紙業等の中 小企業工場にすぎなかった。この工場進出耳娠の主な原踏ま地舗の高騰にJろったとし寸。こ の時期、水産加工業においては八戸港が1966年から3年連続して水揚高臼本ーを記録して、
1967年の青森県くみあい飼料、 1968年の岡部酪臣、 1970年の極持、 1971年の東京定 温冷裁と工場進出が続いた。
しかし、 1973年秩に始まる第4次中東戦争が引きおこしたオイルショックおよび1974 カラカスにおける第3次海洋法会議が発端となった200カイリ問題は八戸の工業の士台を 視底から揺るがすことまこなった。オイルショックは、石油の高橋により、火力発電所および 各工場の操業短縮をまねき、資源エネルギーを大量に消費する素材型工業を主とする臨海地 区の工業に大きな打撃を年えた。 1975年には八戸鋼業、 1977年ιは住友セメント。東北 砂鉄鋪業等が閉鎖においこまれたの 〈住友セメントは後に八伊セメントとして再開)オイル ショックを契機とする高度経済成長から安定患成長への移行の中で、非鉄金属業は構造弓現 業種としての指定を受けるまでになった。また、 1977年から本格的に始まった200カイり
時代は八戸の水産業、水産加工業を大きく揺さぶり、スケトウダラの入荷減少をはじめとし てスリ身業界その他の水産加工業に深刻な打撃を与え、操業短縮・人員削減が続いている。
オイルショック以後は、 1976年に東京鉄鋼の進出のほかは、目立った工場進出はみられ ない。八戸市では、中小企業の育成にも力を入れるため、水産加工業団地である市川│工業団 地、さらには槽梗野工業団地の造成・分譲を進めて現在に至っている。
第l図
¥ '
八 戸 港 と 各 工 場 の 配 置 埠頭名(公共施設) ミE八 太 郎 地 区
(入太郎A,B,C,‑5m 第l埠 頭E,F,G 1き 白 銀 地 区
白銀A,B,C 2, 3, 4号
。 第 一 工 業 港 地 区 ⑬ 公共1,2号
③ 石 油 基 地2,4,5.6号 L専用埠頭は含まない)
「一;土.工事中) マ 第 一 魚 市 場
v第 二 魚 市 場 マ 第 三 魚 市 場
第2
入港船舶船種別総t数 (1980年j 総:1数 15,483.4371 内 航
10,094,0081 (65.2%i
入t巷船舶船種別隻数 隻 数 37.137隻
漁 船 30.271隻 (81.5%)
外 航 329隻 :1.0%:
その他 1.269隻 (3.40〆ク)
⑪
⑬
4込
、
主要工場名
水 産 関 係 L業1羽係 田 武 輪 水 産 拘 三菱重品紙i倒 回 八 戸 缶 詰 柑 ⑧ 日 東 化 学 才 ヨ(掬町田商広 l,立1li東.fi禽ポーート(仰 回 東 陽 水 産 拘 'IIjノ¥f'セ メ ン ト 桝
z 八 戸 定 温 冷 蔵 帆 ~:Þ J:.判羊金属l楠 そ の 他 訪 日 本 高 周 波 鋼 業e側 ム 合 同 調 精i側 u東 京 鉄 鋼 怖
lY八洋鋼業側
20 八戸4巷 7お東新鎌~,怖
:届八戸鉄工[泊地(切 輸 入 木 村 協 同 組 合 ⑪ 八 戸 製 錬l怖
〆 ぺ . 4
@ ⑬」ヒE:I本造船(桁⑮l 東北/..電F五力火柑力
);1
1.400 1.300 1.200 1.100 1.000 900 800 700 600 500 400 300
第3同 年 次 別 入 港 船 舶 総 t数&u隻 数
人&~丹駅l 総?数
1967 68 69 70 71 i2 i3 71 う76 77 7g 79 i>C
41‑
1') 14 1.3 12 11 10
2)港湾の機能
a 。入港船舶および海上出入貸物の状況
1980年の入港船舶総t数は、 1548万3437tであり、まずこ絵:隻数は、 3万7137髪で 東北有数の搭湾機能を誇る。
さて、入器鉛舶の状況 と、漁船の箆数は多いがt数会討かないのは小型操船治ゆいた めであることや、逆に高船は最大40,571 tの八戸丸を筆頭に大捜船舶が多いことがわかる。
(第2閣参照)
次に第3閣によれば、 1972年から大きな埠壁(1万5千t開票等〉の完成とそれに伴な う大型船舶の入港により、入港船舶の総t数が急壊してし、る。一万、絵:隻教が減ったためで あり、これは、オイルショックおよび200カイ 1)問題の波及によるものと思われる。
八戸港の取り扱い貨物としては、金属機械工業品・鉱産品・化学工業&b・水産品などが主 なものである。特徴ある品自としては 1971年植物輸入特定指定を受けて以来、原木を輸入 している。まずこ、むつ小川原開発に伴なし、、砂利。砂・石材・窯業品を移出しているO その 抱、輸送機械類舗車等)・セメント・化学Z醇ヰ・紙パルプ・,原油などが扱われてし喝。
O外貿について 0980年)
外貿における輸入t数の割合は、全体の920 1 ~与を占める。中でも金銭鉱はその 55. 7与ヲ を占め、主にニッケノレ鉱・鉛・亜鉛・マンガン鉱などである。
それに対して輸出品は、わずかにセメントが輸出されているにすぎない3 O内貿について (1980年)
移出入ともに輸送機械は1位であるが、室蘭、苫小牧のブエリー利用の自動車が大半を占 め、八戸そのものの輪送機械の毒お量は、ほとんどないと思われる。その他、川崎・
広島からは、それぞれほ産・トヨタ・マツダの新車が移入されている。また、その返品ι思 われる若干の移出がある
鉄鋼が移出入ともj二位(移出7位、移入3位 .t数)にあるというのは、移入している工 場によって製造する品物が異なっているからである。例えば、ビレット(鏑片)を移入し、
丸棒などに加工する工場もあれば、スクラヅブなどからピレットを作り、それを移出してい る工場もある。
O議上出入貨物に関す
八戸港は、内繋が810 9怒を占め、国内とのつながりが大きし、つしかし、移出する製品も 一次的製品が多いので、囲内での位躍も決して高いものではない。(これは、後に工業の項 で詳しく述べることにする。)
第1表 海上出入貨物の品種別t数 (19 8 0年) 取り扱い貨物総 t数 外資 1 3. 73 5. 9 52 t (8 1 • 9幼
1 6, 7 6 9~ 3 1 5 t
内貿 3~ 033量 363. (18.1熔 輸 出 トγ数Ct) 計 t 移 出 トγ数(t) t
(慾) く怒)
1位 セメント 135,978 1位 輸 送 機 被 3, 114, 232 2 鉄 鋼 49, 615 2 石 灰 石 1, 765, 134
化学肥料 18, 640 240, 488
3 鉄 鋼 252, 828 6, 138, 899
3 込必
4 合 品 了 掌 品 12, 398 4 セメント 230, 616 <36. 6) 5 米,雑穀,豆 12, 041 S 非金義拡物 189, 536
輸 入 トγ数告) 〈宰〉t 6 非鉄金量 151, 854
1 f立 金 属 鉱 1, 556, 681 移 入 トン数(t) (知〉
2 木 材 497, 354 1 f立 輪 送 機 械 3, 681, 145 3 京 木 198, 522 2, 792, 875 2 石連製品 1, 085, 669 4 E 炭 163,134 (16. 7) 3 治 1, 01 ,6247
7, 597, 053 S りん豊玉石 99,622 4 水 口仁口3 667,421 (45争3) 5 非金瀦鉱物 70,505 5 セメント 262,381
伍こう、ドロマ 5 原 油 217. 921
イトなど) 7 鉄 鱗 1 Q(31 723
また、水産物は輸出実績(金額)が、全体の71.7受づく3鐘2065万 1700丹)を高めていたこ とから、それだけ八戸において重要な産物であるといえる。 くl含79年;議憩税関八戸税関支署報告 より)
b 。機能分化ιついて(第1関・第2表参照)
(鮫・館鼻〉 ・高港(台銀) (第一・第二〉 さ才しているo
湾
塔 臨 と は 港 帯 合 漁 漁 場
︒ 一 円 た 八 て き
と邑 ところが、 3tV4万 t級の母船が入っ され設い5万 t岸壁〈八太郎巳埠頭)を使増させることもある。
現在の漁港括支で、は院に合わないが、その拡張も早急、には困難だからである。また、もうひ、とつの としては、会害規寄せのため水産加工匝地が、鮫・安富鼻地区から離れた市川地区花建設された ことがあげられる。
o I誌と港湾(企業の埠頭利用状況など〉
八太郎地区〈第二工業帯)
この地底手Ij患の企業は、八戸製隷・東京鉄鋼・太平持金属 α八戸港輸入木材協同組合・東日本フ ヱリ…・γノレパーフェリーなどであり、 とは設い難いa
っ け
A斗&
白銀地区
狭い地区で八戸石灰鉱業主どのセメント会社。水産加工会社。その他くみあい飼料などが利男 してしるoしかし、埠頭数カ沙ないために増大する産業界の要請についていけ式拡充整備が必 要ι思われる。
第一工業構地底
公共埠頭がふたつある飽は、各石油会社,太平洋金麗・臼本高馬投・日東北学・八戸火力など がそれぞれ専用埠頭を持つ。公共埠績は、くみあい館料などが利用している。
石油基地地臨
すべて重油・石油製品の輸移入で島る。
。機能分化に関する若干の考察
第2表を見て、まずわかることは、ひとつの品目がひとつの埠頗にあがるとは限らないという ことである。例えば、第一工業融こて農水産品が、第二工業港内の埠頭に顛末が率がっていたり、
また使歯号守は為るがフェリーの発着場を設けたりしてし、る。さら花、白銀商港では鋲鉱石・原 木・農水産品があげられていることからも、八戸港のそれぞれの埠頭が、特定の品物、商工業の ため民あるのではないと言える。
それは、陸揚げされてからの物資輸送も考えあわせれば不都合な点が多い。また、商港が、議室
・館鼻同漁港にはさまれて位置することから、港内の海上交通の揺で危検も生じる。
ではなぜ、一品自ー埠頭が達成できないのであろうか。それは埠頭の献す数が少ないためであ る。ゆえに現在のところは、産業界の要請によって空いている埠頭に荷揚げし、それぞれの企業 としづ非合理的処震がとられている白よって漁港。商港・工業港がそれぞれに比重を持ち 併存することから、訪波堤、航路、泊地等治、よ密接に相関しあって利用されるとし寸事が八日港の 特徴と言える。そのため、輔轄する貨物船・漁船。糟内利用による接触事故等の危険を午んでい
る。
以上の様に埠頭の絶対数の不足、商港の拡充整備が内費増大による要請に追いつけないなどの 点から、港湾の機能分化は、明瞭になされていないと言えそうである。
3)港湾の課題と展望
八戸港の今後の課題としては、工業港・蕗港・漁港の併存という型をお破し、八戸港全体の機 能分割に基づいた帯広の再編成について、ひき続き検討を進める必要があるということである。
具体的には商港の拡充整備・フェリ…壇頭と専用貯木場の連やかな完成・大型母船の受け入れ施 設の設置などである。
今後よりいっそうの港湾機能の拡充によって、八日が東北地方の広域中心港湾都市へ発展する
2 1 9 8む年 (怒)
農 水 産 品 林 産 品 鉱 産 品 金 械 化 学 工 業 品 工 業 品
公 共 28. 5 (1) O. 6 27. 4 (9) 12. 3
ノ/ 2 O. 1 O. 9 61. 4 (9) 36. 7 (14)
八太郎 C O. 8 O. 3 62. 1 (4) 27. 6 4. 2
11 B 2. 3 L号 16. 2 55. 6 (9) 11. 1
λF A O. 0 1 00. 00.0) O. 0 (l~
5rn岸 壁 7 9 2ぐ7) 20. 80.2>
第一埠頭怠 O. 2 告5.5 (5) 1. 7 O. 2 F 一 18. 2 69. 0 (5) 10. 5 O.吉
G 5. 9 78. 20日 1 3. 7 O. 8 白 銀 3 O. 2 (2) 29. 2 (3) 61. 3 (6) O. 8 8. 3
ノノ A 4. 6 (2) 17. 2 29. 9 (4) 5. 0 40.0な5)
p C 立2(2) 1. 8 。愉ら 台工 5立D
λア 3. 4 O. 3 450 2 (8) 27. 2 1 O. 1
ノ〆 2 100. 0 tカ 一
j汐ミ? 一 100. 0 (3)
4号 100. 0 (l金
5 100. 0(1争
s号 一 100. 00.4>
噂そ頭の他も含民間む専合計毘 4. 5 4.2 26. 6 44.0 18.吉
時 E仁3ロ3 雑 工 業 品 森 品 G訪 t 31. 3 (20) CIOω 234,648 O. 3 <1& O. 6 (I00)
169,167 ぇ8~~ 一 4. 1 (100) 48 ,6954
O. 7 Gち 12. 2
a
争 c1 00) 363, 343 (10①6, 384, 179 uOo)
125, 507 2. 3 1<9 c1 00)
85(¥ 184 O. 8 C17J O. 6 c1 00)
42~ 414 O. 9 (1ち O. 5 (100)
53 ,5674 O. 2 む00) 18Eら904 3. 3 (21:>> u 65, 564
c1 00) 276, 353
17. 2 む00)
6丸230
C100) 6, 423 (100)
86, 604
C100) 5,告。。
む00)
33, 063 (100)
11, 782 O. 7 O. 0 1. 1 c1 0 0) 1 6, 7 6 9, 3 1 5
( )内
( 1 ) 米 、 機 穀 、 豆 (2)
(3 )
(4) 鉄 鉱 五
(5) その鵠の金嵩鉱 マンガン拡、ニッケ (6 ) ヲン鉱石
(7) 砂科、砂、 ど (8) その強非金屠鉱物
鉛、亜鉛、
指こう、 ドロマイト、いおうなど (告) 鉄 鋼
cl 0) 輪 送 機 械 (10 セメント
(1 2)
コンクリート 石 氏 、 セ メ ン ト 製 品 な (1 3)
(1 4) 石 油 製 品 ( 1 5) 化学思料 ( 1 Q) 紙、 ノレブ (17う その他食料工業品 ( 18) 木 製 品
( 19) 金露く
(2① 動 植 物 性 製 造 飼 肥 料 ( 21)
こ と を 強 く 望 む も の で あ る 。 ( 木 津 正 博 ' 永 宮 模 也 〉 4)事業所の分布
八戸市の工業の分布告r業種別拡みると、まず、本産加工業は章受地広・小中野地区・市川地 区などに集中的にみられる。これは議港に近いためであるが、近年市川端肢に市川i工業団地 が造成され、水産加工工場が築中している。位の食料品工業では、製肉殺や製乳業は内陸部 に立地するs
木#・木製品工業および一般機械工業は撰喋との関連が深いため、
区等の臨海地域への分布が顕著である。
‑白銀・下長地
‑パルフ砥工業およびち零細な鉄工所などを含む金属工業は共に偏った分布をせず、車 内全域に及んでし、る。
鉄鋼業・非鉄金属工業・化学工業は原封料入手や製品斡送を考;慈して、ほとんどカ鴨帯地 域K分布する邑
業種構成と立地条件 a)食料品工業
1380、 (全業種中の構成比・・日以下単に第で記す。 44.0務)、従業者数 9181、 (52.0%)、製造品出荷額1794億円 (46.7 5ち〉を占め、/¥p市の工業の大き な特住者示す。
全国有数の水揚高を誇る八戸港から供給される魚介類に故拠した*産加工業がその大学を る。その加工品は、すり身・かんづめ・練製品・子物・冷凍品・鋭詑料・揖指などが島 る。最大のシェアを占めているのが冷凍品生産であることからも、構造的特色として低討加 価催、低次加工翠、素祥生産への額斜の強まりを示す。水産加工業の立地条件としては、原 ること、安語な労{動力を得やすいことなどがあげられる。水産加工業以外は目ぼ しいものは少なし辻較的競模の大きいものとしては、アルコーバ製造(合同酒精八戸工場〉
(~t El本ハム〉、製乳業(雪印乳業八日工場・明治乳業八戸工場)などがあげられる る。金料品工業は1事業所当りの従業者が 24.2人と総業種平均の20.4人を上田 久長鮫的規模が大きいように思えるが、その中で、も特ι水産加工業は経営的に大・中o小
と規模の隔りがあり、一律には論じ難し、。
b)鉄鋼業
17 (2.勝 〉 と 少 な い が 、 従 業 員 数1896 (10. 7刻 、 製 造 品 出 荷 額884 (23. 5務)を占め、従業員数と出荷額では譲先学工業部門で第1位、全業種中でも
、て穣2設である。 1事業所当り も111.5人以陣栓属工業に次い
第3表 八戸市の工業の業種別内訳
品 出 荷 額 等 1事業所
業 種 数 構 成 沈 従当業た員り数の
総 864 1凡グ 20. 4人
軽 工 710 77. 0 25書945,630 68. 9 19. 3 一 一 一 一一棚田 鋼欄闘幽箇'制愉闘‑喝伽開園酢 ・・ー鴫・
事ヰ 1口3口 380 44.0 ち181 52.0 17, 943, 908 47. 6 24. 2 織 維 5 0.6 51 0.3 25, 453 O. 1 10. 2 衣 3民 20 2. 3 497 2.8 111,309 0.3 24.9 木材・木製品 59 6.8 613 3.5 525, 886 1. 4 10. 4 家具・ 121 14. 0 423 2. 4 248, 005 O. 7 3.5
パ ル プ ・ 紙 10 1. 2 959 5.4 4, 62 ,4532 13. 2 95.9 出 版 ・ 印 刷 39 4. 5 774 4.4 432, 126 1. 1 19. 8
ゴ ム O. 1 X X X X X
41 4.7 868 4. 9 1, 757,283 4. 7 21. 2 一 一 一
154 17. 9 3,938 22.3 11, 744, 494 31. 1 25.6 一 一 一
4 O. 5 216 1.2 637, 725 1. 7 54. 0 石 油 ・ 石 炭 4 0. 5 l含 O. 1 65, 505 O. 2 4. 8 鉄 鋼 17 2. 0 1, 896 10. 7 ,8848, 236 23. 5 111. 5 鉄 金 3 0.3 344 1. 9 542, 162 1. 4 114. 7 金 属 65 7. 5 733 4..2 754, 11 9 2.0 11. 3 一 般 機 械 17 2.0 246 1.4 342, 002 0.9 14.5
機 械 5 O. 6 135 0.8 11, 888 O. 0 27. 0 39 4. 5 349 2. 0 542, 857 1. 4 一 一8.一a向」
‑
・
・ 聞
瞳 欄・・ 欄醐胸幽E・・・・・P 圃酬酬凶・ 一 一 一 一 一 一
そ の f自 34 3. 9 (353) (2. 0) Q.77, 188) の.7) c1 O. 1) (Xの値は公表きれず〉
、。鉄鏡業は臨海部に立地ずる大手の誘致企業群が太平を占め、…次製品、二次製品である 銑鉄、製鉄、合金鉄の製造が主である。大手の事業所が全極的市場を志向した経営を行っている のに対し、それ以外の中小・零細の規模の事業所は主として地元の市場を志向した経営を行って おり、性格安異にする。鉄鏑業の構造的特邑としては、素材生産への編り、母次加工性、付加儲 値の低さ、他の企業とのコンピナート化の低さなどがあげられ、製品のほとんどは大工業地帯へ
46
移出され、その後完成品となる。鉄鋼業の立地条件としては、かつて天拘岱や淋代などから 砂鉄が産出したこと、港湾が近いこと、新産業都市指定に伴い企業誘致が行われたことがあ げられるが、現在では砂鉄の産出量は激減し、原材料はほとんどすべてを輸入、移入にたよ っている。
c )パルプ・紙工業
事業所数 10 (1. 2あ)、従業者数959( 5. 4労)、製造品出荷額462億 円 (12. 3箔) となっており、事業所数に比べ、従業者数、出荷額の占める割合が高く、また 1事業所当り の従業者数も 95.9人と多い。特に三菱製紙の占める比率が高し、。パルプ。紙工業の立地条件 として、特に三菱製紙の場合について述べると、新産業都市指定に伴う県の誘致企業である こと、港湾に近いため原料や製品の輸送に便利であること、工業用水が安価であり、労働力 が豊富に得られること、工業用地が安価であったことなどがあげられる。また、八戸紙業は 三菱製紙の下請企業であるo
d)窯業
事業所数41 (4. 7%)、従業者数863 (4. 791づ)、製造品出荷額176億円 (4.7%) 1事業所当りの従業員数が21.2人であることから、ほぼ平均的な事業所の集まりのように 思われるが、その中に従業員 117人を有する八戸セメントや従業員 120人の日東石膏ボード が含まれており、上の2事業所を除けば、他は小規模な事業所のみであるo八戸セメントの 立地条件としては、八戸南部から原料である石灰石・粘土が得られること、港湾に近いため 材料や製品の輸送に便利であること等があげられる。日東石膏ボード(士、日東化学が化学肥 料を製造する際の副産物である石膏を原料としており、日東化学の存在が立地条件であると
も言えるoなお、八戸製練・日東化学・日東石膏ボードはコンビナート的つながりをもって し、るo
e)化学工業
事業所数4(0.591づ)、従業者数216(1. 2 %)、製造品出荷額64億円 (1.7 %)、 1 事業所当りの従業者数は54.0人という値を示す。しかしながら、総従業者数216人のうち
209人が日東化学で占められ、日東化学以外は零細な規模でしかないことがわかる。日東化 学の立地条件としては、かつては硫黄、硫化鉱を産出する松尾鉱山が近くにあったこと、港 湾に近いこと、安価な労働力が豊富であること、地価が安いことなどがあげられたが、現庄 は松尾鉱山は閉山しており、港湾も 3000t級の船しか入れないことなど、立地条件は悪化 している。
f )非鉄金属工業
事業所数3 ( ,Q3 %)、従業者数344(1. 9 S話〉、製造品出謂棋54館内(1.4箔)、 l 事業所当りの従業者数114,7入となっているo従業者数と製造品出荷額は大部分が八戸製練
1社で占められ、他の2つの事業所は共に従業員3人以下の零細企業である。八戸製練は、
::Eな製造出荷品である硫黄の8割が日産化学八戸工場と取り引きされていることから、呂東 化学の存在の影響が大であるといえる。
g)その地
その他の業種の内訳は第3衰を参顛してもらいたいが、その中でも特に、木幹木製品・金
e…般機械等の業種は漁艶の修理、部品の隊合等、漁業関連のものが多し、。
6)まとめと課題
以上みてきたように、八戸の工業は鉄鋼。化学・セメント・水産加工の4業種を中心に発 醸してきたといえる。しかし、そのいずれもが素材型工業であれさらには水産加工業を除 いて江各工場が地元と密接な関係をもっているとはし、えず、かえって京阪神などの大工業地 構との関係カ、著である。八戸の工業の問愚点をあげるならばこの点であり、この間壊の解決 なしκは、これからの発展は望めないように思われる。
これに対し八戸市では、市川工業田地・結梗野工業団地の充実、大工場の誘致のほかに内 陸型工業を集める前山工業団地や、ポートアイランドの構想をもってご仁業の発長をはかろう
としている。 く竹田 捺・野田
48
阻 掛 け 概 観
八邦高の謁業は、三日町・八日町・十主日町などにその中心をみるoこれらはその名の通 り定期市から発達し、 その後半径50K宣言こ瓦凶ヒ奥羽鞠醸の中心として栄え、現在に繋って いる。小中野・鮫などには漁具関係の問屋・高!吉が集まってしる。スーパーマ…ケット球、
1970和闘を墳に、それ以前は三八挨・長者・吹上・小中野など中心市街地に、以後は椴斌
@子百)11 .下長など罵辺地域に立地しているo
、十規模な個人経営が多く、一志当りの販売額は、小兜りでは全国平均・
上回っているが、卸売業では全闘の 47%しかなし、。その組、モータリゼーション よる中心商肱街に顕著な交通事情の悪化、従来、当市の商関内にあった、三沢・十和田・久 慈などの独立領向、域外大型商業資本の進部など多くの問題を控えているQ 中でも
、中心構f主鎮の中心性を高め消費者に利益を与える一方で、地元資本を欝かす という矛鰭をひきおこしている。
2)
ここでは主犯大規模d売!古の分布と取り扱い商品についてみてみる。大規模づ守官邸主、
場面積が1500rrlあるか否かで第一種と第二種に分類されるむ第二種試約3分の 2が市街地 周辺に、 3分のlが中心商広務に王立地しているO取り設い商品は、日用雑貨、食品な 品が主で、地域に密着した活動を詰っているといえるo第一穂大規模小売直は9Ji占中81百が
しており、商品も.食ー住」を総合的に扱い、顧客を広範聞から引き つけていると,思われる。
3)大規棋d明白進出による商庖街ヘ
1980年4丹1 したイトーヨーカ掌についてみるo
a 0 J現 行 監 り 没1:じより
中心脅績の通告量読査から1973 1980年を比較すると、イトーヨーカ堂の進出後 買し物客の流れが変fとしたことがわかる。(第4図a'b'c.d)
まず目立つのは、十三日町イトーョーカ堂側の通行量が、日曜・平司共大申瞳こ増加し、一 春屋側が減少したことであるo三春麗が改築中ということもあるが、イト…ヨーカ堂の関誌ー による影響ではないだろうか。十芝居町・五日町の通行量を平日。体日で比較すると、1973 年の場合、休日の増加分が2000"‑' 300合入であるのに、 1980年ーでは1100"'1200人と 大きな違いがみられる。 1973年の調査告が護休み期間で休日の特殊性が低いことを考えて 断定はできないが、全国的にネームパリ品…の高いイトーョーカ堂の購買客を引き叫する強
中心1新民iJT;7)j島行議調夜 lき fj吾日「門主 C 中心週間lhグ泊請を3開先
合同
U Q
阿川﹀
b.中心再望感僚のi虐行員量調長 19紛年lOFl13日Ifl)
第 ヰ 閲
d. 中心再調i表 役 グ ヲ 通 行 遺 品 商 事 吉80年lOfll之日!B)
さ、開告のものめす'らしさからくる一時的主人の集中の表われであると思われるのさらにこ の地域の鴎業機能の恥む性の向上を示す変化ではないかと,思われる。
この街区で特に、十三日町・三日町・中央通9・六日町を結ぶ道路北通行が集中しているo 遠方からの客が駐車場のある大型広を利用する飯向が増すιつれて、今後さらに顕著になる
で若うろうo
b.八戸高工会議所のアンケート調査より
このアンケート調蓋は、回収率が57.8 ~益、総数 521苫舗とやや少ないが、イトーヨーカ 堂の関応後の影響を各商自について調査したもので、およその頗向を伝えるものとして利用 する。(表4参照)
O食品業界
この業界は、 f変化なしJr野彰響jと答えたものがなく、最も強く影響を受けた られる。これは、イトーヨーカ堂開宿後の乱売競争が食料品を中心K狩なわれたためと,思わ れる。 5月6日から末日は藷ちつきを見せ、在来の商f古より資本方のある食品スーパーでは、
底頭通行輩、入信客数、売り上げに回復のきざしが見られる。在来の中小一般食料品!古の巻 き返しには、積極的な対策が塑まれる。
50