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ゾチアール・シュタット

「社会国家」の源流としての,

ゾチアーレス・ケーニッヒテウム

L。v.シュタインの「社会王制」の理論

北 岡 甲 子 郎

1,人間性理念の顕在化としての国家と社会の 関係について

2,新しい国家の存在形態としての「社会王制」

(SQziales K6nigtum) 1こつ、、て 結 び

わが国が戦後の荒廃から急速に立直り,高度成長下,経済の繁栄を享受して いた時期にあっては,種々の批判があったとは言え,庶民の間では現存の資本 主義体制を是とする考え方が支配的であった。しかし急激な成長に伴うさまざ まなひずみが露呈し,特に顔境破壊と公害の深刻化をきっかけに,高度成長路 線への批判が強まり,加えて世界資源の将来予測から省資源的な経済構造への 転換,福祉型安定成長を望む声が高まり,折からの石油ショックに伴う・イン

に低成長下,深刻化する不況と失業,就職難を目の当りにして,政治への不信 感と資本主義体制そのものに対する不安感にかりたてられている。資本主義で うまく行かなければ社会主義といった考え方が,このひずみと不安を集中的に 受けている都市市民の間に拡がりつつあることは,公害の原点としての企業の 社会的責任の追究,価格引上げに対する消費者運動と消費節約となって現わ れ,また選挙の回を重ねるごとに革新票の伸びとなって示されている。

しかしこの資本主義か社会主義かという二者択一的な考え方は・西ドイツ国

民にとっては満足な解答を与えるものではない。東西両ドイツに分断された精

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1

2 北岡:「社会国家」の源流としての・Lv・シユタインの「社会王制」の理論

神的不自由さの体験,アメリカを主体としたNATO駐留軍への潜在的な批判 の目が,アメリカ的な資本主義体制,ソビエト的な社会主義体制のいずれにも

組しない独自の第三の道を志向させている。西ドイツ連邦政府の一翼を担った      

社会民主党(SPD)が1959年のバード・ゴーデスブルク大会で階級政党から 国民政党ぺの脱皮を宣言し,ドイツ労働組合総同盟が1963年,デュセルドルフ 大会で綱領にある社会化要求を取り下げ体制内労働組合の立場を鮮明にし,労 使パートナーとしての経営参加方式たる「共同決定」(Mitbestimmung)路線を 第一にかかげたのもその現われとみることができる。そして「社会的市場経済」

(Sozialmarktwirtschaft)における企業間自由競争原理を尊重し,厳しい独 占禁止法のもとで競争を阻害する諸要因を排除するとともに,1967年,経済安 定・成長促進法に基づき,政府の「経済趨勢データ」(Orientierungsdatum)の

もと政府,労使双方の代表が「協調行動」(Kozertierte Aktion)懇談会を行な い・全国民的見地に立って協調しているのもその実現の為の努力とみられる。

ドイツ連邦共和国が標榜する「社会国家」(Sozialstaat)という言葉はその点を 意識して掲げられた新しい国家体制の理念を表現したものといえる。それは人 問存在の基本的な理念の顕在化として社会における対立・競争を人間性の発 展・向上のための剣造的な活動力として把える一方,対立抗争から生ずる諸階 級の利害の解決を,社会の諸階級から超越し,全国民的立場から個々人の自由 で自律的な人間性の高揚を指向する新しい国家形態に託したものである。現在 まで存在した国家形態は,社会における支配階級に専有されることによって社 会の階級陸,その利害の対立を国家内に持ち込むことになり,国民全体の福祉 と,その自由で自律的な人間性の発展という国家本来の理念を喪失していると みる。社会国家という言葉は,従って本来の国家理念を取り戻すため,諸階級 の利害を超越し,全国民的視野に立って,国家本来の理念実現の為,常に社会

改造の先頭に立つ国家という意味が合まれている。      義 この新しい社会と国家の存在形態,西ドイツ連邦政府が標榜している社会国

家の原理の源として,現在,E・R・フーバrE・フォルシュトフ,E・W・

ベッケンフェルデ等が指摘しているL・v・シュタインの国家・社会学説を,

彼等の説に準拠して叙述してみたい。(注)

〔注〕

1) Ernst Rudolf Huber, Lorenz von Stein und die Grundlegung der Idee der

Sozialstaats, In:Ernst Rudolf Huber:Nationalstaat und Verfassungsstaat,

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3

Studien zur Geschichte der modemen Staatsidee, Kohlhamrner, Stuttgart 1965.

2)Ernst Forsthoff, Der Staat der Industriegesellschaft, q H. Beck, M茸nchen 1q71.

3)Ernst Wolfgang B6ckenf6rde, Lorenz von Stein als Theoretiker der Bewe一 gung von Staat und Gesellschaft zum Sozialstaat, In:Alteuropa und die moderne Gesellschaft, Festschrift fur Otto Brunner, hrg. vom Historischen Seminar der Universitat K61n, Vandenhoeck&Ruprecht, G6ttingen 1963.

4) シユタインの国家と社会の存在形態を論じたものは「現在フランスの社会主義と 共産主i義」(1842)及びそれを改言]増補(3巻となる)した「1789年から今日に至る

までのフランス.における社会変遷の歴史」(1850)である。

鴨LoreDz von Stein, Der Sozialismus und Kommunismus des heutigen Frankr一 eichs, Ein Beitrg zur Zeitgeschichte,正eipzig 1842,2, Auf1・1848・

Die Geschichte der sozialen BeweguDg Frankreichs von 1789 bis auf unsere Tage, Leipzig 1850.

5.人間性理念の顕在化としての国家と社会の関係について

シュタインの国家一社会理論は人間存在そのもののあり方から出発する。個 々人は自由で自律的な人間性を発揮せんとの理念をもっている。しかし人間が 外界に立ち向うとき,人間の無限の欲望とその能力並びに有限な素材との間に , 不可避的な矛盾をもっている。即ち,各人の能力は限られたものであるから,

個人の場においては欲望の解決は困難である。従って人間は自つと相集まり,

相互に関係しあう共同的な存在となる。このことは,欲望充足の為,外界の対 象を得んとする行為たる労働においても,労働の結合による財の生産が必然と なる。このように,欲望体系のもとで自然発生的に統一の場を形成するとき,

社会という概念が生ずる。しかし,個々人の無限の欲望と有限な素材,人間能 力の矛盾は,共同的存在としての社会のみでは,却ってより激しい形態で露見 することになる。なぜなら各人が自律する手段を得ようと努力することは,社 会生活という欲望体系のもとでは,ただ他人を従属させ,自己の所有を得るこ

とによってのみ保証されるからである。ここから社会における自由と隷属の矛

盾が生ずる。従って共同的存在たる人間は,自由で自律的な人間性の理念に基

ついて,社会における自由と隷属の矛盾を調整するため,それ自体として自律

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4 北岡:「社会国家」の源流としての,L・v.シユタインの「社会王制」の理論

的な意志と行為をもった一個の人的な有機体を必要とするに至る。最高の人間 的統一体にまで高められた個々人の集合生活,これが国家である。従ってシュ タインによれば,人間存在そのものの矛盾から,一方において自然発生的な欲 望の体系としての「社会」,他方において自由で自律的な人間性の理念をすべ ての人々に貫徹せんとする「国家」という二つの存在形態をもつに至ったとす るのである。それ故,人間の歴史とはこのような国家と社会の関連,動きのな かに核心をもつ。両者は人間存在そのものの顕在化であり,同時に人間存在そ のもののもつ矛盾をより高次の理念で合一せんとする現われである。

シュタインは国家の性格を,人的な有機体としての性格,すなわちそれ自体 で成長し,自己決定する能力をもつものと解する。それは人間と同様,意志と 行為を持ち,それぞれは憲法と行政として示顕される。国家としての独立的存 在は,国家理念に基礎づけられ,国家の不可分性,統一性となって現われる。

他方,社会は物的な生活を充足する機構として,国家に対立している。しかし 社会は有機的な性格,つまり理念に基づいて統一され,自ら決定し,統一的な 意志と共同の行為に達する能力をもった統一体ではない。社会は欲望充足の為 に,自然的な生命力が絶えず対立,競争しあう場であり,そのことによって無 限の創造と発展の司能性を蔵した人間存在形態の一側面である。それ故,国家 の原理が自由な人間性の理念に基づくのに対し,社会の原理は人間相互間の利 害の関係に基づくものである。

国家原理としての理念は,さらに次のことを要請する。国家がその憲法のな かで国家意志に対する全国民の参加を実現し,その行政のなかで国家行為にお ける全国民への生活の配慮が実現されることを要請する。ここで言う国家意志 形成に対する全国民の参加とは,単なる形式的なデモクラシーの導入をいって いるのではなく,もっと深い意義をもち,精神的な国家生活と各個人の精神的 な一致すなわち個と全体との一体化,共感,相互信頼に導くことである。ま た国家行政における全国民への生活配慮を義務づけているということは,行政 が個々人又は特定の階層の利害に奉仕してはならないということを意味してい る。行政は全国民の福祉を増進することによって,全体にのみ奉仕せねばなら ないとしたのである。後者は近代行政の新しい特徴として「人間存在への配 慮」(Die Daseinsversorge)と名付けられるものに相当する。このことをシュ

タインは今から100年以上も前に,既に当時の国家の本質的要素として主張し

ていたのである。そして人間存在への具体的な配慮として,経済生活,交通機

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.      5

構,教育制度等各面における行政行為に基づく生活の安定を指向していたこと は,古典的な自由主義的法治国家の理論家達とシュタイン自身を区別し,行政 がただ単に警察的な課題のみでないことを指摘したものといえる。

以上の国家生活への全国民の平等な参加と全国民の生活に対する国家の平等 な配慮ということが,国家の内的原理としての自由を形成している。従って国 家原理が自由であるということは,伝統的な自由主義の教義を越えた意義が存

していることは明白である。

他方,社会の原理は,国家の原理が自由であるのに対し,自由のないこと,

つまり隷属が支配していることである。その実態は,各個人が自律する手段を 得ようと努力することのなかにある。社会生活での自律が唯他人を従属せしめ ることによってのみ可能だからである。従って理念としての国家が全国民の平

 等な自由を願っているのに対し,社会においては個々人は自己の自由と他人の  従属に努めているのである。なぜなら社会における自由はただ所有によっての

み保証され,そして所有は自己の自律を得るためと,他人を隷属におく確実な 手段だからである,所有は社会的な自由と同意義であり,無所有(無産)は社 会的な隷属と同意義である。かくて社会は必然的に所有するものと無産のも の,自律するものと従属するもの,自由と隷属の階級に分れる。

シュタインは古典的自由主義の偉大な収獲物  営業の自由,契約の自由,

労働の自由一 が実は所有者階級の自由のみを反映し無産階級の隷属を隠蔽し ていることを冷徹な論拠で暴露し,自由主義のもつ社会の実態を隠蔽するヴェ 一ルを突き破った。社会的な自由は必然的に所有格差の増大に導き,それは同 時に社会的隷属の顕在化でもある。そしてこの循環からの脱出は人間存在の一 側面である。社会のみでは達成できないとした。

理念としての国家が自由を指向し,しかも社会の原理が隷属であるならば,

シュタインの説は,国家と社会が止揚しえない矛盾とみるのであろうか。かれ によれば,この国家と社会の矛盾は単なる否定ではなく,両者はその対立・矛 盾にも拘らず,相互に牽引しあっているとする。その対立はより高次の原理,

人間性の原理に源を発しているからである。両者は入間存在そのものの顕在化

であり,ただ異った仕方で現われているに過ぎない。それは人間性の原理に基

つく二つの可能性,人間としての精神的自由を求める理念としての国家と,物

的な人間欲望の充足を求める社会とが示現している姿である。従って国家と社

会はその先端では分れてはいるが,もともと一体的なものであり,相互に密接

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6 北岡:「社会国家」の源流としての,L陥シュタインの「社会王制」の理論

に結ばれ,相反する仕方ではあるが,一方は理念として,他方は利害として,

ともに人間性の原理の実現に奉仕しているのである。

しかしシュタインは,現実の,歴史に現われた国家が不断に,あらゆる状況 において自由の楯であったとはいっていない。すなわち国家の理念は自由を創 造することではあるが,実在する国家は屡々とその内的原理を放棄し,国家に おいても隷属が支配しているとみた。それは国家の原理からではなく,社会の 原理から生じている。なぜそのようなことが生じたのか。

シュタインによれば,国家と社会の対立から一方において,国家は社会の従 属階級を国家意志としての憲法に参加せしめ,その行政を行使して従属階級の 人間的存在への配慮を行なうことによって,社会の原理に打ち克とうと努め

る。けれども反対に,社会における所有階級は社会での自己の所有を保障し,

支配を維持する為に,国家権力をわがものにせんと努力する。かれらは国家 を,社会的な支配力の継続的な保持の為の道具として奉仕させんと努めるので ある。このような国家と社会の闘争のもとでは,理念としての国家は単に抽象 的な存在としてとどまることはできない。現実の国家は,国家の為に意志し,

行為する人びとによってのみその目的を達することができる。しかもこの現実 の人間はすぺて国家に帰する前に,既に社会に属している。従って社会的生活 は不可避的に国家生活に入りこみ,国家理念は自由を志向しながら,現実の国 家は,国家に関与した個々人の利害を指向することになる。かくて国家に関与 した個々人はかれらの社会的要求,意図を憲法と行政に持ちこむ。従って国家 はその立場を社会の外に保つことが不可能となり,現実には支配者による国家 観に従属することになる。そして当然の成行として,社会のなかの二階級のう

ち,所有階級がこのような方法で,まず国家権力を掌握することになる。かく て社会における所有と国家権力は一体化し,社会における所有からの除外は,

同時に国家からの排除となる。所有階級は国家意志形成への参加を,その所有 に依拠しているので,国家憲法をわがものとして規定する。国家の役職を所有 によって保持したので,国家行政をわがものとして行使する。それ故,憲法と

行政は所有階級の支配と非所有階級の隷属を基礎づけ,このような社会状態を     ■

維持し,促進する為に行使されるに至れる。ここから階級利害に基づく「社会 的立法」(das gesellschaftliche Recht)と名づけられるものが生ずる。

シュタインによれば,もしも所有と非所有の区別がただ現実の形として存在

するだけならば,まだ階級問の壁は開かれており,個々人は取得への努力によ

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7

って非所有階級から所有階級に達することが司能である。しかし所有階級が一・

度び国家権力を掌握すると,非所有階級の所有層への上昇の権利を制限し,一 方所有階級の非所有への転落を防ぐことに努め,社会的立法を制定することに なる。このことは当然,所有と非所有の階級を固定化する。そこから特権が生 れ,身分が生じ,カストが形成される。国家での支配・隷属関係も必然化さ れ,不司避となる。シュタインにとって現実に批判されるべき隷属状態は,上 層階級の所有と下層階級の隷属そのものにあるのではなく,階級関係の固定化,

すなわち上層階級がその権力を,下層階級が上層階級に達する道を永遠に閉ざ す為に行使するところにあった。

このように現実の国家が一度び社会によって支配されると,純粋な国家の理 念はすべての抽象性と同様に,無力化するようにみえる。しかし国家と社会を 超越したより高次の原理,人間性の原理が再び両者を総括し,国家憲法と行政 の変革を目指す自由への行動の担い手となる。この変革は二つの仕方,社会革 命と社会改造によって実行に移される。

まず,市民革命では隷属的な市民階級が労働を通じ,自己の所有を獲得し,

国家憲法を変革して,新しい市民社会の状態に適合させる。しかし市民革命の なかには深い矛盾が隠されていた。それは原理的には,全隷属階級の平等な権 利を要求していたが,現実には革命の結果,既に社会的な富を所有しえた一部 の階層に自由を与えたにすぎなかった。従って市民革命では隷属階級の広範な 大衆を従来の支配的な上層階級への闘争に奉仕させることができたが,結果と して隷属的大衆の利益とはなりえず,従属の地位にとどまった大衆は,今度は 革命による受益者に対抗し,新しい市民階級国家に反抗するにいたった。

そして市民革命ではただ暗示されていたこの対立は,産業化社会の進展とと

もに,鋭尖化していった。それは資本と労働の対立の独自性によって顕在化す

るのである。なぜなら封建社会の原理は静態的な所有(土地)であったが,資

本主義社会は動態的な取得(資本)に存するからである。所有階級はここでは

自らは仕事から放れることができない。絶えず仕事に従事し,事業に固執する

ことによって,隷属階級をして所有へ達する道を妨げ,それを永続化せしめる

ことに努める。つまり取得された資本は常に増大することを求め,生産費を上

回る価格の剰余部分たる利潤を絶えず資本に再投入せねばならなかったからで

ある。反面賃金は可能な限り低く保とうと努力し,低賃金は労働者の需要の下

限におかれた。かくて労働と資本はその調和を失い,所有に基づく社会の二大

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8 北岡:「社会国家」の源流としての・L・v・シュタインの「社会王制」の理論

階級の対立が再び顕在化していったのである。㈹

(注)シュタインがここで資本蓄積に関する理論,賃金の最低生活費に関する理論を,

マルクス,エンゲルス・ラッサールによる理論的解明以前に・明瞭に展開していた ことが判る。しかしシ昌タインがその認識から引出した結論はマルクス学説とは正 反対のものでありた。マルクスが社会の対立を絶対視し,二元論的な論理から階級 なき社会,共産主義社会を夢みたのに対し,シュタインは詳細な歴史的現実の分析 に基づいて,社会と国家の対立の奥に秘む,人間存在そのものの在り方を把握し・

来るべき社会と国家の存在関係を予見したのである。

社会主義革命では,これまでの隷属階級が従来支配していた階級の所有を暴 力的に奪取することによって,支配階級になることを意味する。それは同時に 従来の支配階級が,その当然の帰結として隷属者の地位に置かれることであ

る。従ってその根底にある,支配・被支配という関係においてはなんら変化し ていないのである。この場合,共産主義の教義に則って,すべての私有財産を 除去し,すべての事業とあらゆる財産を社会に委ねたとしても,内在的な矛盾 は必ず顕在する。なぜなら共産主義社会においても,社会的所有の管理者とし て,特定の個人又はその指導者層が労働を指導し,財貨を配分せねばならず,

従って労働の過程(生産構造)並びに財貨配分(分配構造)の管理者とその集団を 除いては,すぺての労働者は管理者層に従属させられねばならない。ここでは ある種の階級支配,すなわち労働過程と財貨配分についての決定権をもつ新し い階層,いいかえれば私的所有に基づかないが,直接的に社会的所有とその権 力を保持する担当者達,党の首領,幹部といった新しい階級の支配が生ずる。

しかもシュタインによれば,この新しい階級支配のもとでは,真の奴隷の境遇 が生ずる。なぜならすべての共産主義は社会における物的所有に基づく従属に 代って,新しいさらに耐え忍び難い,人間性の存在形態の全般にわたる,精神 的,物質的な全生活面の隷属をつくりだすからである。従って共産主義は資本 主義と同様の一側面をもっており,両体制の支配者層が共存しうる基盤が存在 する。唯一の違いは,資本主義社会では企業家がその私的資本に基づいて労働 を支配しているのに対し,共産主義社会では社会的共有の保持者,党担当者が その共有的資本に基づいて独裁的に労働を支配していることである。それ故,

プロレタリアートの勝利は不自由の勝利となり,一方共産主義の措導的幹部の みが自由の勝利者となる。かくて共産主義は権力支配となり,独裁政治とな

り,そしてテロリズムになると。

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9

以上の叙述をシュタインは今から百数十年も前に,従って社会主義革命の経 験をまだしていなかった時に,恰もそれが実現していたかの如く明晰に展開し ていたのである。

新しい社会と国家の存在形能,全国民の自由で自律的な人間性の理念を求め た革命に基づく二つの共和制,資本主義的共和制と社会主義的共和制は,とも に真の解決をもたらすことができず,むしろ社会の階級対立そのものを直接,

国家のなかに持ち込むことによって,国家本来の理念を社会の利害に隷属さ せ,支配した階層に奉仕せしめただけであった。それでは自由で自律的な人間 の理念を真にすぺての国民に実現せしめる社会と国家の存在形態はいかなるも のであろうか。シュタインはそれを社会改造の道に,さらにその実現を王制に 求めたのである。

2.新しい国家の存在形態としての「社会王制」

(soziales K6nigtum)について

シュタインは社会革命ではなく,ただ社会的改造によってのみ,自由で自律 的な人間性の理念を全国民に実現せしめる運動を成功に導くことができるとみ た。そして,この改造を決定する原理は,もはや資本による労働の支配からで はなく,逆に労働による資本の支配によるものでなければならないとした・な ぜなら国民のすぺての富は労働によって生ずる。資本もまた過去の労働の蓄積 された価値以外のなにものでもない。従って社会改造によって,社会の体制を 労働の本質と意義が実現されるように,社会を変革せばならない。社会改造と は,従って現在の労働をして過去の労働を支配する地位に高めることである・

社会改造の目標は,所有と非所有の階級,従って資本と労働の対立を止揚する ことではなく,後者すなわち労働そのものが資本所有を得る可能性を樹立する ことである。しかし非所有階級はこの状態を自らの力によってひき出すことは できない。なぜなら既述のごとく革命はその努力した結果を労働者にもたらさ ないからである。一方,支配的な所有階級は,そのインセンティブを一方的な 利害に向けるから,自らの動因によって,この状態を生みだすことはできな

い。

かくてシュタインは「1789年から今日に至るフランス社会の変遷の歴史」

(1850)による詳細な実証分析に基づいて,この社会改造を貫徹しうるのは・

ただ社会における諸階級を超越した第三の中立的な力によってのみ可能であ

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10 北岡:「社会国家」の源流としての,Lv.シュタインの「社会王制」の理論

り,その担い手は国家理念を代表する王制によってのみ成就しうることを予見 したのである。

社会改造の王制は,シュタインの国家・社会理論の核心をなしている。すな わち,人間存在そのものから発すする純粋な国家の理念が,その自由の原理を 社会の抑圧から脱するためには,あらゆる社会的利害を超えた代表者を見出さ ねばならない。王制はこのような使命,すなわち国家権力を社会の諸階級から 自律した,独立の無党派的な力として討立する使命をもっている。そしてこの ことは世襲の王制によってのみ可能である。なぜなら変動常なき社会によって は利害の対立から選び出せないような継続的な代表をそこに見出すことがで

き,その代表のもとで純粋な国家の永続的な理念の実現が可能となるからであ

る。

シュタインはフランス社会変遷の歴史のなかで,立憲的動きを詳述し,国家 と社会がいかに交錯してぎたかを明らかにしたうえで,社会改造の王制の形態 が自由で自律的な人間性の理念を実現する国家存在として,最も純粋な姿であ ることを論証することにあった。(注)

(注) しかし当時のドイツ大衆にとって,シュタインの著述は「遠いかなたからのお とぎ話」と思われていた。(W.Roscher, Geschichte der National6kQnomie in Deutschland, M自nchen 1874, s.1039)

シュタインは,まずこれを憲法上の課題として取り上げ,国民の社会的権利 として国家意志形成にあずかることを基本的に認めながら,しかも社会的権力 闘争を国家の自律的領域に持ち込むことを予防せんとする憲法形態が保証され るところにあるとした。そしてこの形態として立憲君主制の憲法形態のみが,

社会的利害の対立を調和し,社会的断層をつなぎ合し,国家生活と社会生活の関 連を保証する器であるとした。(他方,産業化社会が共和制を形成せんとすると ころでは,社会の両階級の対立が必然的に国家内に持ち込まれ,平和のない,不 幸を伴った市民間の闘争に導くであろうとした。)立憲君主制の原理は,国家権 力の最高元首への集中と,憲法に基づく執行権が議会の協賛に基づく点に存し,

両者が相まって国民の総意を代表する「自由な君主の原理」が形成される。そ

して立憲君主制と産業化社会との関連において,継承された君主国の理念と市

民階級の自由な憲法実現の要求が調和し,国家元首の無責任性(拒否権)と大

臣(首相)の責任性(選挙による国民議会に対する協賛)のもとで,国家の自

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律性が,社会グループの利害の闘争に巻き込まれることなく,階級利害から超 越した第三者としての中立性(全国民的立場)を発揮しうるとしたのである。

しかし他方,このような王制でも,国家自体におけると同様に,社会の支配 階級による「社会的立法」(利害を固定化せんとする)の要請の為,王制をそ の支配下に置かんとする絶えざる働きかけにさらされている。そしてもしこれ が成功すれば,現実の国家権力は社会の手に帰し,王権そのものは実際の立 憲,行政から排除され,ただの「国家の抽象的権威」(die abstrakte Majestat des Staats)を代表するのみとなる。このように王制が力を失った時,その実 体に則した核心としての国家理念が破壊され,ただヴェールのみが残されるこ

とになる。この場合,支配階級に対する下層階級の革命的攻撃をうけ,王制も 当然,支配的な社会層と同一視され,その真の立場を放棄したものと看徹され

る。

従って王制がこの社会からの破滅の危機から脱するには,なによりもまず,

支配階級から超越して,すべての国民の自由で自律的な人間性に根ざした国家 理念にのみ奉仕する官職の指導者達を結集させることによってのみ可能であ る。シュタインによれば,すべての政治的な共同社会には,全体の福祉に純粋 に関与する能力をもち,全体の発展の為に働き,各自の利益を全体の利益の為 に無視するような人びとが必ず存在する。そしてこのような国家理念に奉仕す ることを宿命とした人びとが真の官僚となる。官僚と同じく軍隊もまた国家理 念の奉任に基づくものでなければならない。従って王権,官僚制,軍隊は,社 会の支配的な力に対抗し,王制のもとで真の国家理念を保持する資格を保持せ ねばならない。だがこの王権,軍事力,官僚による純粋な国家性は,不可避的 に社会全体,所有階級と非所有階級から,王制支配に対する反抗に出くわす。

なぜならそのいずれの要求に対しても一方的に満足せしめることはないからで ある。かくて王制は孤立する。社会は継続してその成果が自己の手に帰するま で,絶えず新たな攻勢を加えてくるであろう。(注)

(注) シュタインのこの予言は,1862〜1866年までのプロシヤ憲法闘争の状況,なら びにドイツ帝国の成立過程とその崩壊を正確に予告したものであった。

シュタインによれば,王制がこの宿命から脱する唯一の可能性は,王制が純

粋な国家理念の真の代表者であるという証を常に立てることであり,その為に

王制は常に社会改造の担い手として先頭に立たねばならないとするのである。

(12)

      \

P2 北岡:「社会国家」の源流としての,L・v・シュタインの」社会王制」の論理

すなわち王制はその力をあらゆる階級の平等な自由を樹立するために行使せね ばならない。そのことは特に,非所有階級の自由の保護にあたることになるか ら,王制は非所有階級と協調せねばならない。つまり労働がもたらす取得を労 働者に適正に流れ込むように配慮せねばならない。このことによって社会改造 は王制の存在のもとで,国家の繁栄と全国民の愛と信頼を実現することにな る。所有階級も革命の危険が,このことによって回避されることを理解するに 至る。従って真に強力で,永統的な,そして最も愛される王制は社会改造の王 制である。もしあらゆる王制が社会改造の王制となる崇高な精神的気構えを失 うならば,以後王制は空虚な影法師となるか,暴政となるか,もしくは共和制 に堕落するであろうと,シュタインは予告したのである。

シュタインの社会改造の国家形態は,国家社会主義と原理的に異なってい る。シュタインは帝国における経済的な国力の増大を目指したものではなく,

国家を通して社会の従属階級である個々の大衆の自由の樹立と生活の保障を求 めたものである。この考えはまた厚生国家的な社会政策とも相違している。シ ユタインは構造的に改造された階級社会の内部で,単に従属階級の経済的関係 を改善することで満足したものではない。その狙いはむしろ社会構造の質的な 改造にあり,精神的生活をも含めた全人間的な自由で自律的な人間性理念の実 現にあったからである。最後に無産階級の独裁によって階級なき社会に導くこ とを口実とした社会革命の計画と同一・視されるものでは勿論ない。シュタイン は社会革命がただ階級関係を逆にしたものにすぎず,正確には社会的共有物の 所有という新しい階級の寡頭政治の拾頭に導き,真の問題解決を逆行させるこ

とを予告したものであった。

国家社会主義,厚生国家的社会政策,社会革命のいずれでもなく,シュタイ ンは労働者階級がその所有と教育を高めることによって,社会的自由を保持す ることが,真の社会改造の国家の課題であるとした。そしてこの教育と所有の 高まりによる自由の保持のなかに,真の労働の意義と価値の回復をみた。すな わちこの国家形態のもとで,従来従属のなかで行なわれていた労働が,所有と 教育によって,つまり自律的な自由を高めることによって,従属からの解放,

自由で自律的な人間性発現の手段となるとした。シュタインの社会改造の王制

理論の核心は,従って国家科学的な新しい構想に基づく労働の概念の形成に存

する。この国家形態のもとでは,労働はもはや商品ではない。すなわち労働は

生産諸手段から疎外された関係にもとつく奴隷の身分ではなく,逆に労働が

(13)

13

本来の資本であり,あらゆる財産と経済活動の基礎であり,物的生活と社会発 展の内在的原理であり,産業化社会に適合した社会改造国家の憲法の核心であ る。社会改造国家が,教育と所有をうる前提として労働を把握することによっ て,労働者階級に希望のない自己疎外からの脱出の道を示すことになる。社会 改造国家はその絶えざる国家行政の行使にもとついて,非所有階級に教育と所 有の双方を担った層へと上昇する手段を,労働に見出すことを司能ならしめ

る。

以上,シュタインの社会科学的理論は,国家と社会の関連をフランス革命以 後,現実に変遷する歴史のなかから動的に把えたものであり,単なる社会学で はなく,同時に国家学でもあった。そこでは国家と社会は対立関係にあると同 時に統一され,より高次の原理,人間存在そのものの理念にまで遡っている。

この立場からシュタインは,国家と社会の関係を対立一崩壊の過程としてでは なく,調和と発展の過程として把えた。自由で自律的な人間性理念の発現が,

国家と社会の関係,つまり二元的な人間存在の現象形態であるとともに,その 形態が即自的に人間存在そのものの統合であることを把握した。そしてこのこ とによってシュタインは19世紀における多数の社会理論家のように,一面的な 党派的立場に組することから脱することができた。シュタインは資本主義的営 利社会の弊害を客観的に鋭く分析・批判するとともに,ユートピア社会主義,

マルクス主義の如き,党派性の強い人びとに組することもなかった。シュタイ ンは熱心に大衆の隷属からの解放と,国家への参加を主張したけれども,自由 主義的デモクラシーの党員ではなかった。かれは自然の法則に合致する憲法の 樹立の為に闘ったけれども,政治的な理想主義者ではなかった。また王制の機 構を純粋な国家理念の代表として弁護したけれども,反動家ではなかった。し かし単に一面的な党派性も排斥しただけの相対主義もしくは不決断なものでは なかった。それどころか事実は,自己をすべての一面性,中途半端なもの,単 なる一時的な事柄から切り離す強固な決断をもっていた。かれは究極的に正し い人間性への認識をもっていたといえる。従って部分的な真実の為に,党派に 加担することはなかった。党派性はかれにとって特別な目的の弁護者と看倣さ れた。シュタインは党派性を社会生活の要素と考えてはいたが,国家生活の要 素とは看倣さなかった。すなわち党派性は利害の代弁者ではあるが,理念の代 表者とはみなかったのである。

現実科学と精神科学の総合,就中社会と国家の関連を,へ一ゲルの法哲学に

(14)

14 北岡:「社会国家」の源流としての・L.v・シュタインの「社会王制」の論理

基づいて弁証法的に発展したところに,シュタインの創造性がある。しかもへ 一ゲルにおいては大胆な思弁的試みであったものが,シュタインにおいては事 実を観察した現実性の濃いものとなっている。そしてこの現実性を,その時代 の核心たる発展しつつある産業化社会の中に求めた。産業化社会の基本方向を 社会の有効な力,取得と所有への原動力の中に見出し,そのことを人間が本来 の自由を恒常的に高め,保持する為の不可欠な衝動としてリアルに認識し,階 級問題もこの現実に即して追究していった。そしてさらに,そこから社会的利 害のあらゆる現実を超えて自由で自律的な人間性の理念という人間存在そのも のの在り方が貫徹していることを見究め,その崇高な課題の実現が社会改造の 国家によってのみ止提されることを把握したのである。社会生活がすぺての矛 盾,衝突,対立を含んでいるという基本的事実は,無限の欲望と有限な素材と いう人間存在の基本的矛盾のなかで,創造を生みだすために打開しえないもの

と看倣した。しかしこのことはシュタインをして,そこから生ずる諸階級間の

あつれき

軋礫,抑圧を不可避的なものとみる諦めにかりたてたのではなかった。それと は反対に,純粋理念の力を確信して,意識的に社会改造の任務を引受ける国家 の存在形態へと志向きせたのである。なぜなら国家と社会の対立を究極的なも のとして受け取らず,この対立に秘む統一を,しかも予定調和といった前提か らではなく,王制から期待される社会的行動の形成力を信頼して主張したので ある。シュタインが階級を絶対的なもの,究極的なものと看倣さず,人間存在 形態の一側面たる社会の要素(利害)として把えたところに,かれの理論が階 級闘争の理論と区別されるところである。従ってシュタインの社会科学体系の もとでは,社会は国家をも含んだ全体ではない。むしろ国家の理念が真の総体 である。国家理念の根底には,全体は自由を排除するものではなく,逆に全体 は自由なくして存在しえないという認識があったからである。そしてシュタイ

ンにとって自由とは無制限性,無規律性を指すのではなく,自主的で自律的な 責任の可能性であり,同時に政治的な体制と精神的な労働における協調の可能 性を創り出すことでもあった。

シュタインは1789〜1848年に至るフランス社会の変動のなかで,人間存在の

現象形態として,国家と社会の関連を分析し,社会での隷層から真の国家によ

る自由に至る人間の歴史の内的法則性を把握し,新しい国家の存在形態を予見

した。マキャベリの国家学が政治的行動の理論であり,ルソーの国家学が政治

的意識形成の理論であり,フィヒテの国家学が政治的教養の理論だとするなら

(15)

15

ば,シュタインの国家学は人間存在の本来の姿を示顕する社会改造の理論であ

った。

結  び

19・20世紀思想の主潮をなした資本主義,社会主義(共産主義)は,それぞ れの社会体制と国家形態を構成することに成功したが,全国民の自由で自律的 な人間性の理念を実現することには,まだ成功していないようである。しかも 高度に発達した産業化社会を迎え,この成果を真に人類の福祉に結びつけるこ とと関連して,新しい国家形態の出現を期待する声が高まっていることも事実 である。21世紀を目前に控え,従来の主流をなした資本主義,社会主義(共産 主義)は,やがて歴史的な存在として,その座を新しい理念に譲るかもしれな い。もしくは,たとい存在するとしても,新しい社会と国家の存在形態を支え る主柱とはなりえないかもしれない。なぜならそれらは社会の矛盾,対立の論 理を解明することはできても,社会と国家との相互協調を支える理念とはなり えないからである。新しい思潮は人間性のより高次の原理として,それらのイ デオロギーを包摂し,対立・矛盾の存在そのものを認めながら,即自的に統 合,一体化するものでなければならない。それが人間存在そのものの在り方で あるからである。従って従来の対立・抗争の思想,合理的・二元的な分析の論 理である西洋的な思考からではなく,統合・調和といった東洋的な総合の判断 に期待されるかもしれない。なぜなら人間存在そのものが,西田哲学で表現さ れる,絶対的矛盾であるとともに,即自己同一的なものだからである。シュタ

インにおける人間存在の現象形態としての国家と社会に関する学説は,このこ との妥当性,必然性を当時の歴史的変遷のなかから解明し,予見したものとみ られるのである。そしてこの思潮を流れの一つとしている,ドイツ連邦共和国 標榜の「社会国家」(Sozialstaat)の理念も,西ドイツの実情に即して,つまり 連邦制による権力の分立と相互協調を生かすことにより共和制の欠陥を補完し つつ,社会改造国家の実現化を試行しているものとみられるのである。

(1975.8.25)

(記)Sozialstaat, L・v.シュタインの国家学説について・ボン大学社会・経済研究 所財政部門Dr. Christlan Scheer氏,ならびに,知人Ingo Richter氏から指示

を賜ったことを記します。

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