9 章台風災害と防災
一実例 9 1 1 9 号台風一
は じ め に
湯 藤 義 文
台風の歴史の中で,史上最大級と言われている洞爺丸台風や伊勢湾台風は,
今もなお有名である。台風は,熱帯地方で発生する低気圧,すなわち熱帯低気 圧が強大化したもので,フィリピン,中国および日本方面を襲うものである。
熱帯低気圧の種類には,このほか西インド諸島に発生するハリケンと,インド 洋に発生するサイクロンがある。台風の年間発生数は 2 0 ‑ ‑ 3 0 個ぐらいで,統計 上 6‑‑10 月に多い。
昨年, 1 9 9 1 年という年は,日本列島に接近した台風を含めて,平年よりも多 かった。中でも, 9 月に上陸した台風 1 9 号 ( 9 1 1 9 号台風)は,洞爺丸台風や伊 勢湾台風に匹敵する強さであった。各地の被害は大きく,森林・農作物,送配 電設備にかなり広い範囲におよんだ。台風そのものとしては過去最大級ではな かったが,近年の台風被害の減少化が,台風に対する備えの甘さとなって表れ たのではないか。
本章では,台風の基礎的なことについて触れ, 9 1 1 9 号台風を例に台風被害に ついて,さらに台風に対する防災・対策のあり方について,さらに台風を総合 的に見て行こうというものである。
1 節 台 風 の 概 説 1 . 台風とは?
低気圧は,発生する地域によって熱帯低気圧と温帯低気圧に分類される。熱 帯地方で発生する低気圧,すなわち熱帯低気圧は,フィリピン,中国および日 本方面を襲う台風をはじめ,西インド諸島に発生するハリケンやインド洋に発 生するサイクロンがある
1)。
熱帯低気圧は,その区域内での最大風速の強弱によって分類される。 17m/s
‑77
(気象庁風力階級 8) 以上の暴風域をもつものに台風何号と番号をつけて呼 び,さらに発達して 33m/s (気象庁風力階級 1 2 ) 以上の暴風域になると,英 文放送では番号のほかに女性名が追加される
2)。
台風は,はじめ南洋から北西にゆっくり進み,沖縄の東方洋上で北東に転進 する。転進後は速度を速め, (最大印刷/h),5 0 ' N付近で風力も弱まりしだ いに消滅する。北半球における台風の進行方向の右側は風雨が強いので,右半 円を危険半円とも呼ぶ
3)。台風の中心を台風の目と呼び,台風の自に入ると,
風や雨が一時的に止み青空を望見することができる。その範囲は,数十キロに 及ぶことがある。台風の目が通過すると,風向きは通過前とは逆向きとなり,
ふたたび暴雨風にさらされる。
2 . 台風の移動経路
台風の経路は,発生の場所から最初北東の貿易風にのって西 北西に流さ れ,緯度 2 0 '‑ ‑ 3 0 。の聞において,小笠原高気圧による風に押し流されて方向を 北にかえ,さらに偏西風の影響を受けて北東に進むようになる。このように,
北西から北東に進路を変更する地点を転向点と呼ぶ。
また台嵐の中には,進路と速度が一定していない,迷走台風と呼ばれる台風 などがある。この台風については,特に注意を要する。図 1 に,月別の台風 の移動経路の概略を示す。
台風の移動進路を予測するには,次のような経験員
1]2)から,判断することが できる。
① 小笠原高気圧の外縁に沿って時計廻りに進み,等温線に沿って暖域を右 にみて移動する。
② 気圧の谷に沿って移動する傾向がある。
③ 気圧の下降の最も著しい地域へ向かう傾向がある。
④ 2 つの低気圧はお互いに引き合う性質から,低気圧の位置から進路を予 測できる。
⑤ 台風は,強雨域へ向かう性質がある。
3 . 台風域内の風雨の分布
2)台風は,普通進行方向に対して,右側と左側で違う風を吹かせる。つまり,
右半円で風が強く,左半円では比較的弱く,特に移動速度の速い台風では,こ
‑ 78 ‑
9
章 台 風 災 害 と 防 災図
‑1
台風の月別移動経路の傾向にある。しかし台風域内の右側と左側の風速分布は,一定していない のに対して,気象要素は対称になっている。
また,台風は普通,大雨を降らせるが,台風の発生期及び成長期では,比較 的雨量は少ない。一方,梅雨期や秋期の台風では,台風が上陸しなくても,日
‑ 7 9 一
本各地で豪雨を降らせることがある。これは,台風の中心に吹き込む気流が,
山岳をこえるとき起こる地形性降雨である。また,台風に伴う南風が赤道気団 の北上を促し,日本を通過する時はすでに,最盛期を過ぎ弱まったものであ り,温帯低気圧の性質を帯びるようになり,形成する前線も豪雨の原因とな る 。
大雨を伴う台風を雨台風,雨の少ない台風を風台風と一般では呼んでいる。
2 節 台 風 災 害 (9119 号台風を例に)
4)自然の猛威である台風は,多くの分野の災害をひき起こしその広さも広域 に及びます。 1 9 9 1 年の台風1 9 号も,全国に大きな被害をもたらした。そこで,
この 9 1 1 9 号台風を例に実際に台風災害にはどんなものがあるかを述べてみた いと思う。
1 . 9 1 1 9 号台風の概要
5) . 6)・
7). 8)「大型で非常に強い J 9 1 1 9 号台風は, 9 月 2 7 日午後 4 時すぎ長崎県佐世保市 の南に上陸した。台風は,九州のほぼ全域を風速 25m/s 以上の暴風域に巻き 込み,速度を更に早めながら九州北部を横断し,日本海、海上に抜けた。 2 8 日午 前 8 時前に北海道南部に再上陸,その後,勢力を弱めてオホーツク海に抜け,
同日午後 3 時に千島付近で温帯低気圧に変わった。
9 月 2 7 日の 9 時から2 1 時までの台風の1 2 時間の進路を,図‑ 2 に示す。
台風の通過に伴って,九州、│・中園地方の各地で2 7 日の午後から, 40m/s を 超す暴風が吹き荒れた。各地の地元気象台(測候所〉では,観測史上最大の風 速を記録しており,表 ‑1 のとおりである。
また,普通の台風は日本に近づくにつれて,勢力が次第に衰えていくのに対 し
, 9119号台風は,沖縄県沖の東シナ海を通過中の 9 月 26~27 日にかけて,一 時その勢力を更に増大させている。台風が通過した東シナ海の海水温は27~28 度と高かったので,台風に水蒸気が十分補給され続けたことが, 9 1 1 9 号台風を 並み以上の台風に発達させた理由であると考えられている。
しかし強風を伴った台風にもかかわらず,雨量は比較的少なく,典型的な f 風台風」であった。
‑ 8 0
ー9章 台 風 災 害 と 防 災
36
34
30
28
130 132
図
2 9119号台風の進行進路8)‑ 8 1
表
‑1 9 1 1 9 号台風による九州│・山口の最大瞬間風速
8)地 名 最大瞬間風速
(m/s) 観測時刻車 阿 蘇6 0 . 9 1 8 : 3 0 熊 本 市 5 2 . 6 1 6 : 5 0 牛 深 市 5 0 . 6 1 6 : 0 0 人 吉 市 4 8 . 8 1 5 : 3 0 飯 塚 市 4 8 . 3 1 7 : 4 0 佐世保市 4 2 . 1 1 7 : 2 0 長 崎 市 5 4 . 3 1 6 : 4 0 日 田 市 4 0 . 0 1 7 : 1 0 下 関 市 4 5 . 3 1 7 : 4 0 山 口 市 5 3 . 1 1 7 : 5 3
*いずれも 1 9 9 1
年9 月2 7 日 2 . 被 害 内 容
9119 号台風による被害は非常に大きく,また,多岐にわたっている。過去最 大の被害といわれるものは,農林水産関係が 7 , 1 8 7 億円, (台風 1 7 , 1 8 号の分も 含めて),停電の最大時戸数が全国で 210 万 2 , 000 戸(配電戸数の 36%) ,電話故 障が九州管内で 1 1 万 8 , 000 回線などである。台風 1 9 号は,雨がそれほど降らず 風台風であったにもかかわらず¥死者・行方不明者は 49 名,けがした人は 777 名 ( 9 月 28 日現在)にも上る。 9119 号台風は市民生活を直撃し停電だけでな
く断水,ゴミの発生,生鮮品・建築資材・瓦・シートの不足など,大きな波紋 を及ぼした。
(1)農水被害
農林被害の最大の特徴は, リンゴやミカンなどの果樹関係と樹木の被害が大 きかったことである。果樹の総被害は 2 , 1 1 6 億円であるが, リンゴは青森県を 主として 760 億円,愛媛,広島,熊本各県などを中心に,塩害によるミカン被 害は約 500 億円
9)~こ上った。昨年 1 年間の生産額759億円を超え 1
0 ¥リンゴ生 産農家は壊滅的な被害をこうむった。また,大分,福岡,熊本各県を中心とし て林野関係被害額は, , 1 284 億 2 , 300 万円に上った。
農林水産関係の被害は全都道府県に及び,国有林分を除けば,青森県,福岡 県,熊本県が上位 3 県であった。図 3 に上位 1 0 県の被害額を示すが,ワース
‑ 8 2
台風災害と防災
9章
1200
849 1000 914
714 694 756
被害額(億円)
800388 600
400
200
石 長野 川 広 島 愛 媛 佐 長 賀 崎 大分 熊
本 福
岡
青森
︒ 県 名
ト 6 に九州の北中部 5 県が入っている。
停 電
電気事業連合会の調査
11)では,台風 1 9 号による電力 1 0 社での述べ停電戸数 は 7 3 5 万 9 , 0 0 0 戸に達し,総需要戸数の 13% を占める。これは, 3 0 0 万戸程度が 停電した, 1 9 5 9 年の伊勢湾台風を上回る過去最悪の被害となった。復旧費用も 総額で約 3 5 0 億円に上ると見られ,これも過去最高額である。
送電鉄塔が全国で 3 9 基倒壊・損壊し電住の折損・倒壊・傾斜が多いのが,
今回の被害の特徴といえる。鉄塔・電柱の設計強度は, 1 0 分間平均風速で 4 0 m/s (瞬間風速で、 60m/s ) まで耐えられるようになっていることを考える と,鉄塔・電柱が台風で損壊することはほとんどないことであり,今回の台風 がし、かに強風であったかがこれからも分かる。
人的・物的被害
表 ‑2 は , 9 1 1 9 号台風による全国の人的被害(1 9 9 1 年 9 月 2 8 日 1 0 時現在〉で ある。これによると九州,中国,東北地方で死者,行方不明および負傷者が多 く,これに対して,台風が頻繁に訪れる沖縄や四国では被害者は少ない
7)。ま た表 ‑3 は,九州・沖縄・山口かくけんの人的・物的被害(1 9 9 1 年 9 月 2 8 日現
国有林分を除く
)0農林水産関係の被害額(上位
10県 ,
図
‑ 3( 2 )
︒
j un口
( 3 )
表‑ 2 全国の9119
号台風による在)である。
死者・行方不明7)
(28日午後1
日時現在,警視庁調べ) 台風通過時には,物の飛散による事故が多
死 不 行 負者 者明方 傷者
沖 縄
2鹿児島
l l 26宮 崎
8熊 本 3 101
大 分
l 23 佐 賀 58長 崎
4 68 福 岡 7 4 68香 川 7
徳 島
愛 媛 8
高 知
山 口 5 42
広 島
4 22 鳥 取 3 25島 根
l 55 岡 山 10 兵 庫 13大 阪
l 3京 都 6
石 川 31
福 井 4
愛 知 l
富 山 6
新 潟
23茨 城
東 京 2
青 森 8 73
秋 田
5 58岩 手
18宮 城
山 形 6
福北海道
島
6 l 言十 45 6 7773 節 台 風 に 対 す る 備 え
く,屋根あるいは瓦の損壊,飛散が目立つ。
次いで多いのは,物の倒壊・落下による事故 で,工場の鉄製門扉や建物の倒壊が目につ
く 。
台風通過では,匡根の点検修理中の事故が 非常に多い。
( 4 ) 都市活動や生活の被害
都市活動では,停電により信号がストップ したため交通網が混乱し電車が走らず足が 遮断された。当然オフィス内も電気がつか ず,機械が動かず,電話や FAX も通じない ので情報が混乱し業務に支障をきたした。
市民生活では,停電に伴い水道・下水道が ストップした。また停電により電化製品がす べて使えなくなり,食事の支度もできなかっ た。高層マンションでは,屋上の水タンクに 水を上げるポンプが動かず,水が供給されな くなった
7)。水の確保に住民は近くの公園や 消化栓を使ったが,高い階の住民は 1 回運ん でくるだけでも大変であった
13)。また,
スーノ号ーやコンビニエンスストアーでは,冷 蔵庫が動かないため生鮮野菜や冷凍食品の腐 食が相次いだ。
一般の人は,台風に対する防災の基本的な知識があまりなく,台風に対する
‑ 84
一
9
章 台 風 災 害 と 防 災表 ‑
3 9 1 1 9
号台風による九州・山口の人的・物的被害12)死者 不明 負傷
家全屋
壊家 半 屋
壊床 浸 上
水道損路
壊 崩山がれけ 山 口5 D 4 6 1 0 5 2 1 7 2 1 4 4
福 岡7 4 6 8 1 0 2 5 7 1 1 6
佐 賀
。。 5 8 5 。
l 長 崎4 。 6 8 1 5 1 1 4 1 1
熊 本3 。 1 0 1 2 0 4 6 D 。 7
大 分1 。 2 3 8 5 。l 9
宮 崎
。。 8 。。。。 7
鹿児島 l l
2 6 8 1 9 。 2 7
沖 縄
。。 2 O 2 。 2 。
百
十
2 1 5 4 0 0 7 6 1 6 1 2 4 4 4 0 4 7
=各県警調べ(9 月 2 8
日夕現在〕警戒心があまりないのが事実である。
気象庁が出す天気予報によって,台風の進路や速度などは,およそ確認でき るが,実際のところ感覚的によくわからなし、。だからといって,まあ大丈夫だ ろうと思う意識が,被害を拡大することになりかねません。
まず非常時の備えとして,情報を得るための携帯ラジオ,停電に備えて懐中 電灯やローソク,乾電池,非常食料と飲料水,医薬品などの準備
14)をし,
ノf
ックに入れておくと便利である。
家屋などの対策として,瓦や庭・ベランダの物を飛ばさないように事前に点 検し板の打ちつけやガムテープなと、を貼るなど,補修や保護をしておく。ま た,外壁なども,風ではがれないように補修する。窓などの建て付け具合を点 検し,ロックが確実にできるかどうかを点検し不具合があれば修理する。さ らに,高い庭木は,風で倒れないように枝をはらっておく。根付きの十分でな い樹木は支柱で支えておく
15)。また,室内は整理整頓し窓が割れて風雨が 吹き込んだ時,落下して危険であるような物は,床におろすか押し入れなどに 収納する
l5)Oさらに,雨漏りなどに対しでも,水受け皿やバケツ,雑巾など
も準備しておくこと。
避難勧告や避難指示が出されたら,ならべく早めに安全な場所に避難す る
14)ことが必要です。その時には,戸締まりや火の元に注意をする。
民d
台風が通過後は,すぐに外に飛び出さないようにする。理由は,風によって とばされたガラスや危険物がいっぱい散乱している可能性があり,電線が切れ ている場合があるためである。
なにはともあれ,台風時には,常に冷静に行動し台風慣れをなくし常に 災害に対する警戒を怠らないようにする。
4 節 台 風 学 の 提 唱
16)今まで,台風に対して,気象学,建築学,農学,林学,水産学,土木工学,
災害科学など,いろんな分野で研究が行われてきた。しかし台風のもたらす 災害は多く,また広範囲に及ぶとともに,相互に関連し合っている。このよう に考えるとき,台風を個別に扱うのでなく総合的に研究する学問,すなわち
「台風学 J なるものが必要ではなかろうか。
昔と比べて,都市や地域における土地利用のあり方,あるいは開発状況は明 らかに変化してきている。その結果,台風による被害の様相も変わってくると ともに,大規模化,広域化しているように思われる。また,今回の台風は至る 所で,観測始まって以来の強風を記録しているが,これも土地利用のあり方や 開発状況の変化に起因しているのではなかろうか。このような面からも,改め て「台風学」の必要を提唱するものである。
参 考 文 献
1 )松本吉春・市瀬信夫・本田啓之輔:航海科提要,海文堂,下巻, pp.199‑213 , 1 9 5 7 . 5 .
2 )秋葉芳雄・石橋政雄・今井一郎・勝木茂ほか:海洋・気象,文部省,実教出版,
p p . 174‑179
,1 9 8 0 . 2 .
3 )赤井正夫・井上実・宇野寛・野中順三九ほか:水産一般,文部省,東京電気大学 出版局, p p . 242‑243 , 1 9 7 9 . 3 .
4)後藤恵之輔・湯藤義文:1 9 9 1
年 台 風1 9 号による被害に関する 2 , 3 の調査につい て,自然災害西部地区部会報・論文集, 1 3 号 , p p . 83‑93 , 1 9 9 2 . 2 .
5
)朝日新聞,1 9 9 1 . 9 . 2 8
付.6)
毎日新聞,1 9 9 1 . 9 . 2 8
付.7)毎日新聞,
1 9 9 1 . 9 . 2 9 付.
8 6
ー9
章 台 風 災 害 と 防 災8
)九電新関,N o . 6 9
1.1 9 9
1.1 0 . 2 0
付.9
)長崎新聞,1 9 9
1.1 0 . 3 1
付.1 0 )
読売新聞,1 9 9
1.1 0 . 4
付.1 1 )
朝日新聞,1 9 9
1.1 0 . 1 7
付.1 2 )
毎日新聞,1 9 9
1.9 . 2 9
付.1 3 )
毎日新聞,1 9 9
1.1 0 . 1 9
付.1 4 )
富津清治・虞井修:検証' 9 1
台風1 9
号(風の傷跡),社団法人日本損害保険協会,pp.7‑17
,1 9 9
1.1
1.1 5 )
長崎県. 台風1 9
号の教訓から 住まいの暴雨対策,1 9 9 2 . 7 . 1 6 )
前出4)
,p p . 9 3 .
‑ 87ー