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井上毅と明治憲法(共同研究報告 : 憲法研究) 利用統計を見る

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Title

井上毅と明治憲法(共同研究報告 : 憲法研究)

Author(s)

野口, 日宇満

Citation 聖学院大学総合研究所 Newsletter, Vol.19-4 : 16

URL http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/detail.php?item_i d=2335

Rights

聖学院学術情報発信システム : SERVE

SEigakuin Repository for academic archiVE

(2)

16

【憲法研究】

井上毅と明治憲法

 2009年10月19日、聖学院本部新館2階において、

22名の参加者の下、本年度第4回目の憲法研究会 が開催された。今回は、京都大学公共政策研究科 大学院長の大石眞氏をお招きして標題のテーマに 基づいてお話をいただいた。概要は以下の通りで ある。

 井上毅(1844-1895)は教育勅語の作成に関わっ た中心人物としての教育官僚や法制官僚であった と言われるが、伊藤博文と共に明治国家のグラン ドデザイナーであったという評価が最も適切で あったと思われる。井上が伊藤博文と共に作成に 携わった明治憲法は、東洋初の立憲君主制憲法で あった。明治憲法の作成の動機は何よりも当時の 列強諸国からの外圧の中でどのように日本の自主 独立を守るかという課題に答えるところにあっ た。そして特に関税自主権の回復や領事裁判権の 撤廃という不平等条約の改正が明治維新後の近代 国家形成のための緊急の課題であった。当時の政 府高官の間では、どの国の憲法をモデルにするの が明治憲法に相応しいのかを巡って紛糾した。政 府内でも君主大権を残すドイツ憲法をモデルとす るかイギリス型の議院内閣制の憲法をモデルとす るかという二つの考えの間で激しい議論があり、

前者を支持する伊藤博文が後者を支持する大隈重 信を政府から追放するといういわゆる明治14年の 政変が起き、これが明治憲法の内容を決定付けた 事件となった。そしてこの事件によって、後に制 定される大日本帝国憲法は君主大権を残すドイツ 憲法を範とされることが決まった。明治憲法制定 に至る過程における中心人物が伊藤博文であった ことは言うまでもないが、その背後で実際の憲法 の条文作成に携わった井上毅の存在を忘れてはい けない。

 以上が発表の概要である。質疑応答において は、明治憲法と教育勅語や国家神道との関係、更 には現代における憲法改正の議論などにまで踏み 込んで活発な議論が交わされた。

(文責:野口日宇満 聖学院大学大学院アメリカ・

ヨーロッパ文化学研究科博士後期課程)

(2009年10月19日、聖学院本部新館2階)

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