フィンランドの健康福祉制度改革と地方制度改革
── VALTAVA 改革から未完の SOTE 改革まで ──
萩 野 寛 雄
要旨: 北欧型福祉国家では政府による市民への基本サービスの保障が政府の正当性の根 源となり,その実際の供給責任を負うのは地方政府である。他の北欧諸国と異なり遅れて 北欧型福祉国家となったフィンランドでも,これを担保するために地方自治が果たす役割 は大きい。フィンランドでは1980年代のVALTAVA改革で社会サービスに基づく北欧型 福祉国家の先鞭をつけ,1990年代の国庫支出金制度改革でその供給を担う地方政府の裁 量を強化した。その間にソ連崩壊に伴う大恐慌に襲われるが,その運用でかろうじて健康 福祉サービスを維持できた。その後,携帯電話産業を中心に景気が回復した2000年代に は地域間,市民間の健康福祉格差是正が問題となってPARAS改革が行われる。その後,リー マンショックに発する世界的恐慌が再度フィンランドを襲う。この経済状況から脱出し得 ない中,フィンランドは超高齢社会を迎えた。これらの課題に対し,フィンランドでは SOTE改革が試みられた。市民に基本サービスを普遍的に保障するため,その受け皿とし て中央政府と地方政府との間に広域自治体を新設し,従来の中央-地方政府関係を大き く変えようとしたが,それは未完に終わった。本稿では,北欧型福祉国家を支えるた めに密接に関連しあって形成されてきたフィンランドの健康福祉行政と地方制度の緒 改革を時系列的に扱い,フィンランド福祉国家を支える地方自治とその最新動向も整 理する。
キーワード: フィンランド,地方自治,SOTE改革
は じ め に
古くはムーミンやサンタクロース,一昔前はNOKIAの携帯電話,最近はAngry Birdsや
Cities : Skylinesなどのゲームで著名なフィンランド。北欧諸国として認識されているフィンラ
ンドだが,他の北欧諸国とは大きく異なる点が多い。フィンランドの国土はスカンジナビア半島 に存在しないし,最大言語であるフィン語は他の北欧諸国と語族が全く異なる。立憲君主国の多 い北欧諸国の中でフィンランドだけ(アイスランドを含める場合はアイスランドも)が共和制で あるし,通貨にユーロを導入しているのもフィンランドだけである。
フィンランドの独立国家としての歴史は僅か100年弱であるし,福祉国家形成も第二次世界大 戦が終わってからかなり遅れて始まった。しかし現在のフィンランドは社会民主主義型福祉国家 システムに基づく北欧型福祉国家である。そして,その福祉国家制度と密接に関連し,歩を一つ にして形成されてきたのがその地方制度である。本稿は,北欧型福祉国家としてのフィンランド を作り上げるに至ったフィンランドの健康福祉制度改革と,その福祉国家を支える両輪である地
方制度改革を関連付けながらまとめていく。
本稿の構成は,最初にフィンランドの現行地方制度のあらましを紹介し,それがフィンランド の福祉国家と関連しながら形成された過程を健康福祉制度改革と地方制度改革とに分けて時系列 的に整理し,最後にそれが統合されるはずだった進行形の改革を紹介して終わる予定である。現 行制度のあらましについては,参考文献にも記した『新 世界の社会福祉 第三巻 北欧』筆者執筆 部分に対してより詳しい情報を加筆修正し,制度改革では分析表を新たに作成して異なった枠組 みで整理した。他に新たに議会傍聴や自治体当局者へのインタビューを行い,更に参考文献脱稿 後に発生した政権交代を受けて結論部分を新たにしている。
1. フィンランドの地方自治
(1) 地方制度の概要
フィンランドの地方制度は一層制からなり,他のスカンジナビア諸国とかなり異なる。一つの 主権国家たるフィンランド共和国が中央政府としてあり,その全国土は311(2017年現在)の地 方政府としての基礎自治体に区分されている。一層制のために,中央政府と基礎自治体との間に 中間自治体,広域自治体は存在しない。基礎自治体はKuntaと呼ばれ,名称こそKaupunki(市)
とKunta(町村)に分かれるがその権限に違いは無い。各自治体は,伝統に則って比較的自由に
市や町村などの名称を名乗ることが出来る。我国の基礎自治体の一自治体当たりの平均人口は7.2 万人だが,フィンランドでは1.7万人となっていてかなり小規模である。フィンランドの国土面 積自体は我国の約89%なので,少ない人口が広い圏域に疎らに分散している。2015年現在,
Helsinki,Espoo,Jyväskylä,Tampere,Vantaa,Turku,Oulu,Lahti,Kuopioなど人口10万人を 超える比較的大規模な自治体が9つある。その一方で,人口2,000人以下の小さな自治体数も約 20%にのぼる。自治体人口の中央値は約5,800名だが,人口6,000人以下の小規模自治体も全自 治体の約40%となる。マイノリティーの権利擁護を重視する視点から人口100人に満たない小 さな自治体(Sottunga)を保証する一方,ヘルシンキのように人口63万人(共に2015年現在)
を越える比較的巨大な自治体もある。面積でも,最大の基礎自治体であるラップランドのInari が日本の全自治体で2位の浜松市にほぼ等しい15,055 km2 なのに対し,首都圏のKauniainenは 屈斜路湖内の中島とほぼ同じ5.9 km2に過ぎず,その差は大きい。面積では1%に過ぎない都市 部が全人口の30%以上を占め,自治体間の担税力や行政需要に大きな格差が生じているのが現 状である。その結果,フィンランド福祉国家の正当性に関る市民サービスの普遍的,均一的供給 に格差が生じているのが大きな問題である。
自治体には最高意思決定機関として,4年毎に直接選挙で選ばれる「議会」(定数は人口毎に 決定)がおかれている。予算案等を含めた自治体活動の幅広い議決権に加え,強い人事権も議会 は有する。議会の構成員たる議員は,出席による手当は支給されるものの,固定給による直接報
酬はない名誉職である。そのため兼業が一般的である。議会は夕方以降に開催され,本業を持つ 市民の政治参加を担保できるようになっている。議会選挙は,北欧の政治文化に従った完全比例 代表制で行われる。そのため,政治や行政のキャリアを有さない素人議員でも当選できることが 多い。一定期間以上在住する外国人にも参政権が与えられ,多くの自治体では留学生にも選挙権 が与えられるなど,地域の幅広い住民の意見を表出可能である。そのため地方選挙の投票率も高 い。また議員数男女定数ルール(各40%)があるため,女性議員が約39%と多いのも特徴である。
こうした経験の浅い議員も多い議会をスムーズに運営するべく,議員の互選で執行部としての「参 事会」が選ばれ,実質的に議会運営をリードしている。
参事会の下で「委員会」の委員が議会議員から選ばれ,参事会や自治体部局の支援を得ながら 行政をリードする。自治体職員幹部クラスの多くも参事会に加わり,議決議案の起案や合法性の 確認,議決された議案の執行見届けを行っている。「首長」は我国のような直接公選ではなく,
参事会議長が兼ねる場合もあれば,シティマネージャー的に首長を公募等で別途選ぶこともあり,
何れかが議会の各種「委員会」を実質的に統括する。後者の場合,多くは自治体幹部職員から選 ばれて行政事務を実行している。2017年からヘルシンキ市でも後者の首長制を導入した。首長 の任期は自治体によって異なるが何れも議会任期内が限度であり,議会の信認を失った首長は罷 免される。2015年の地方自治法改正でも首長の直接公選制は導入されなかったが,間接代表制 であっても地方政府に対して広く強い住民統制が働いているのは,他の北欧諸国同様にフィンラ ンドの地方自治の特徴である。
この他にも,フィンランドには二つの公用語が有るためにフィン語圏とスウェーデン語圏に纏 わる独特の制度を有する。特にオーランドの地方制度は興味深いが,文字数の関係で今回は触れ ないでおくこととする。
(2) 福祉国家を社会サービス供給面で担う地方政府
北欧型福祉国家は,社会保険を主とした現金給付による社会保障のナショナルミニマムを政府 が総体的に保障するのみにとどまらず,個々の市民のニーズに応じた多様な現物給付を伴う社会
図1,図2 国際空港のあるフィンランド第4の都市ヴァンター市(人口約20万人)の市役所/市議会 庁舎(左)と市議会の様子(右)(筆者撮影)
サービスも政府が責任を持って供給することによって定義される。シピラ等の先行研究を基に山 田は,北欧の社会サービスの特徴として自治体にサービス供給の責任があり,地方分権も進んで いることをあげている1。そのため,フィンランドは最も地方分権の進んだ国としてOECD 『Eco- nomic Surveys : Finland 2014』でも紹介されている。
福祉国家が社会サービスを効率的,効果的に供給するには,市民の身近に位置して地域や住民 ニーズをよく把握し,同時に市民の声も届きやすい基礎自治体への分権が重要である。フィンラ ンド地方自治法第一条は,「地方自治体は住民の福祉の向上と地域の継続的な発展に努めなけれ ばならない」とする。その結果,北欧型福祉国家ではサービス供給の責任を帯びる自治体の事務 量は増大するが,フィンランドも例外でない。フィンランドの雇用者の約20%に当たる42万人 以上(2015)がフィンランド地方自治体や連合体の被雇用者であり,その約半数は,健康福祉サー ビスに従事している。
フィンランド憲法は,自治体行政は住民自治に基づかねばならないと定めている。これに基づ き,「健康福祉サービス」(一次医療,二次医療,歯科医療,保育,高齢者福祉,予防サービス等),
「教育・文化サービス」(小・中・高等学校,職業訓練学校,図書館,美術館等),「社会的インフ ラ整備」(土地利用,施設管理,水道,エネルギー供給,廃棄物処理,道路整備,消防,地域振 興等)の三つの提供が自治体の責任である。中央政府は法律や補助金面で責任を果たし,自治体 はサービス提供面で責任を司る。全市民に健康福祉サービスを基本サービスとして供給すること を前提とするフィンランド福祉国家では,その供給責任の多くを自治体が担う。
(3) 地方財政
地方自治体の歳入は主に地方税,国税再分配,利用料/手数料,サービス販売代金等からなる。
平均19.9%(2016年)の地方税率は自治体により異なり,地方所得税や固定資産税,法人税の
収入は全自治体収入の約49%になる。居住地に関係なく全市民にナショナルミニマムを保障す るため,中央政府から担税力の低い自治体に再配分が行われ,自治体収入の約19%に達する。
我国同様に財源としては国税が多い(毎年約70%前後)が,自治体間格差是正の為に再配分し て最終的なサービス供給での支出は約70%を自治体が担っている。この再配分は後に触れる93 年国庫支出金制度改革によって地方交付税的な裁量の大きいものとなっている。利用料/手数料 は水道やエネルギー供給,公共交通機関などが主で自治体収入の約21%になるが,健康福祉サー ビスに関する自己負担は10%以下で,教育サービスは無料である。他には借入8%,利子収入 2%,その他1%となっている(Association of Finnish Local and Regional Authorities 2017)。
支出では保健福祉サービスが約51%を占め,28%が教育サービス,その他のサービスが11%,
その他である。
(4) 中央政府と地方政府の役割
極寒で不毛,木材以外の天然資源も乏しいのがフィンランドの国土である。加えて第二次世界 大戦敗戦国であり,多額の賠償債務を負った。冬戦争,継続戦争の長期の戦災からの復興に加え,
ソ連への賠償など安全保障に課題を抱えるフィンランドの福祉国家形成はマイナスからのスター トだった。この点で,他の北欧型福祉国家とフィンランドの歩みは異なる。
終戦時には十分な近代的社会福祉制度を備えておらず,全国的な各種年金や社会保険制度の整 備が最初の課題だった。この段階では中央政府,国が主導的役割を果たした。これは他国にも共 通する,戦中期に統制機能を強化した中央政府の権力は戦後にも持ち越され,国の指導は内外の 安全保障だけでなく,教育,保健,社会保障分野にも及んだ。民間セクターが未成熟な段階に,
その生産性を高めるためにも公的セクターの役割,特に国のそれが大きかったのは我国とも共通 である。
フィンランドの基礎自治体はスウェーデン,ロシアの統治時代を経て形成されたが,旧来は農 村部の「村: maalaiskunta」,市街地の「市: kaupunki」,中間の「市場町: kauppala」の三分類だっ た。それが1948年の自治体法で実質的に統合され,1976年の法改正で名称も現在のように
Kuntaに統一された。スウェーデン統治時代の1634年以降,他のスカンジナビア諸国と同様に
基礎自治体を後見的に監督する12の「ラーニlääni(県)」(1997年に6に統合)が存在した。こ のラーニは我国の「戦前の県」に類する中央政府の行政区画で,地域住民の声を反映する自治体 ではない。オーランドを除いて公選議会もおかれず,知事は内務省から派遣された。ラーニは主 に中央政府の7つの出先機関をまとめた地域の総合開発を担う計画官庁だが,同時に警察権や検 察権を有し,行政裁判所機能などもラーニに属していた。フィンランドでは自治体の権限が憲法 で強く保障され,制限列挙方式で自治体事務とされたものにはラーニや国は強制できず,我国の 様に許認可権での統制も働かない。強制力ではなく情報提供による誘導に留まるため,中央政府 のラーニや地方政府への信頼も絶大ではなかった。
社会省権限のラーニへの委譲が議論された際も,ラーニが自治体ニーズをよく把握しているの は認められていた。しかしラーニの裁量によって均一性が乱れることが懸念されたため,1948 年の福祉計画委員会報告でも権限委譲は見送られた。この時点ではまだ,自治体の福祉行政遂行 能力への不信があったのも確かである。しかし,後の1967年の社会福祉の原則委員会でも同様に,
福祉行政の執行責任主体として自治体には信頼が置かれなかった2。社会福祉やその財政は中央 集権的に国の指導に拠るべき,個人と社会の利益を調整する役割は国が担うべき,との思想が強 かったのである。
その後,戦後復興が終わり1960年代に経済成長も遂げると,新たに様々な課題が発生した。
急激な産業構造転換に伴う都市への人口集中と同時進行の地方の過疎化,付随する所得や健康,
教育,居住環境等での様々な格差是正等の全国的課題を解決するため,中央政府主導の均一的社
会政策が一層拡充された。この段階でも,中央政府の強力なリーダーシップの下,普遍的で全国 均一の社会保障整備が目指された。社会目標として平等を強く希求する北欧型福祉国家フィンラ ンドでは,全市民に均等な福祉を保障することが重視されるためにこれも必然だった。
地方自治の文脈に関しては,全国的ナショナルミニマム達成の為に1976年に健康社会福祉分 野の法改正が行われた。計画制度が導入され,社会保険省の約100の事務が庁やラーニに分権化 された。自治体への国庫負担金はラーニを経由するようになり,移管される主要事務や病院事業,
国民保険事業,保育事業の事業計画承認などの事務もラーニに委譲された。中央省庁は事業の指 針や計画を作成する専門官庁となり,ラーニが地域の健康福祉事業の監督と指導する機能を負う ようになった3。同年の地方自治体法改正では地方議会や住民参加が強化されるも,市長権限は 縮小された。
この時期の分権は,意思決定を住民の近くに下ろすものではあったが,中央省庁間,或いは中央 政府の出先機関であるラーニへの行政的分権であり,現在我々の想定する北欧型福祉国家の基盤と しての地方分権ではなかった。国会制定法に基づく制限列挙的な従来の制度から,包括受権的に自 治体の裁量を極大化させる現在のフィンランドの地方制度に至るには,更なる改革を要する。
2. フィンランドの健康福祉制度改革
既述のように,北欧型福祉国家となったフィンランドでは住民の関心の高さからも社会福祉や 医療健康サービスの適切な提供が政府としての正統性の根源となり,選挙においても大きなア ジェンダとなっている。本節では,第二次世界大戦後に新たに福祉国家を建設してそれを北欧型 福祉国家に組み替えていったフィンランドの健康福祉制度改革をまとめておく(表1)。
(1) 1984年のVALTAVA改革とそれに伴うラーニへの分権
遅れて北欧型福祉国家となったフィンランドなので,その福祉制度が公的扶助や全国均一な医 療・保健制度の整備・推進を優先する段階では,社会サービスの優先度はまだ低かった。そのた め,中央政府の国庫負担率も健康サービスの率と比して低かった。それ以前,高齢者ケアの平均 国庫負担率は保健事業の約24分の1に制限されていた4。この状態では,各自治体が持ち出しの 少ない保健サービスに資源を割くのもやむを得ない。VALTAVA改革の目的は,この格差を是正 して社会サービスを拡充することにあった。またこれと同時に,財政力の弱い自治体への国庫負 担率も高め,全国均一に健康福祉サービスのナショナルミニマムを達成することが企図された。
ここでの国庫負担金は使途限定であり,国の政策誘導ツールとして用いられた。VALTAVA改革
のVALTAVAはフィン語で「国庫支出金の是正の影響」の各単語の頭文字だが,“valtava”それ自
体は「大きい,偉大な」の意味を持つ。
この目的を確実に遂行するため,社会保健省に対して健康福祉事業の全国計画作成と各自治体
の監督事務が課された。その代わり,同事業全般の全国計画作成事務が社会福祉庁に移管された。
その結果,社会保険庁が従来担ってきた各自治体の個々の審査決定事務は12のラーニに委譲さ れ,ラーニは従来以上に幅広い健康福祉の審査決定を担うこととなった。ラーニは健康福祉事業 の自治体中央組織と自治体との窓口の役割も負い,加えて自治体への国庫負担金の配分窓口とも なった。更に中央政府の各省庁の総合窓口として,中央政府と自治体のコミュニケーションを調 整する役割も負った5。このように多くの権限や機能が,中央政府の意図を全国に実施するため にラーニへ分権された。ラーニは警察権や検察権を有し,貿易や各種業務の許認可も担い,自治 体の計画策定や各種の建築への指示・監督の権限も有した。
自治体には社会福祉法に定める全ての社会サービスの供給と全ての健康福祉事業の計画作成も 義務付けられたため,自治体内での保健部門と社会福祉部門は協力を余儀なくされた。これも,
中央政府からの義務付け,監督という形で推進された。この改革では,第三セクターのサービス 提供事業者が自治体や自治体連合から委託を受けてサービスを販売する現在のシステムの礎も築 かれた。
このように,VALTAVA改革の結果として基礎自治体による社会サービスの開発と供給が拡大 し,社会福祉事業の整備が進んだ。社会サービスの現物給付も政府が担うようになり,フィンラ ンドもようやく北欧型福祉国家の要件を満たすようになった。高齢者ケアも,現在のような在宅
表1. フィンランドの健康福祉制度及び地方行政制度の変遷 (筆者作成)
年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代 健康福祉制度改革 VALTAVA改革
(1984) 医療保健法
(2010)
SOTE改革
(2019中断)
地方制度改革 国庫支出金制度改
革(1993) PARAS改革
(2005)
ALKU改革(2009)
解決すべき課題 医療保険サービス と 比 し て 未 整 備 だ っ た 社 会 福 祉 サービスの拡充 全国的なナショナ ルミニマムの担保
VALTAVA改 革 で 肥大化した社会福 祉サービス支出の 効率化地方自治体に経営 意識を持たせ,政 策イノベーション の主体に
産業構造の激変に 伴う地域間,階層 間の健康福祉の格 差是正地域開発を効率的 に遂行できる受け 皿の整備
超高齢社会の到来 /低経済成長の慢 性 化/そ の 状 況 に おける持続可能且 つ市民満足度の高 い健康福祉サービ ス提供システムの 構築
主な内容 社会福祉サービス の中央政府の補助 率を医療保健サー ビスと同等に 全国一律的に医療 健康サービスと社 会福祉サービスを 供給社会福祉サービス の 権 限 の 多 く を ラーニ(県)へ分 権
健康福祉,教育文 化サービスの国庫 補助金を包括化,
一般化し,地域・
市民の需要に適し た内容,供給形態 を選択可能に 中央地方政府間分 権に留まらず,地 方政府内で現場へ の分権や地方政府 から市民への分権 をセットで
市町村連合の統合 と機能促進 新しい健康福祉シ ステムの受け皿と なる自治体の合併 促進地域開発を効率的 に促進可能な中央 出先機関の統廃合
(ラーニの廃止と AVI,ELYへ の 再 編)
THL提 案 に 類 似 した広域自治体創 設と多くの医療健 康サービスのそこ への権限委譲 多様な供給主体を 絡 ま せ た 持 続 的 な,多様な市民の 満足度が高い選択 可能なシステムの 構築
ケア中心へと移行していく。国庫負担率を自治体の財政能力に応じて弾力的に運用した結果,自 治体間格差も減少して全国均一なナショナルミニマムが整備された。富裕自治体では,こうした 法定基礎サービス以外にも,独自サービスを開発・供給するようになった。しかし一方,担税力 の乏しい地域では整備が遅れる分野も残された。
VALTAVA改革の成果として1980-93年の間に自治体の社会福祉費は56%増加し,地方政府の 健康福祉サービス職員数も1990年の不況までは約16%増大した6。自治体は競って社会福祉サー ビスを拡充し,特に高齢者向けの在宅サービスが充実した。その結果,在宅ケアを中心に保健と 福祉が統合されるようになった。同レベルのサービスを全国均一に保障するという,北欧型福祉 国家としての特色を有するフィンランドの制度はVALTAVA改革を通じて一応整備された。社会 サービスの開発,供給によって自治体のサービス供給能力が向上すると同時に,ナショナルミニ マムを一応達成したことで,中央政府にもサービス供給の責任を自治体に委譲する考え方も芽生 えた。しかしそれが故に新たな課題も発生し,それを担う地方制度も3.で扱う国庫支出金制度 改革として実現されていく。
(2) 保健ケア法
VALTAVA改革で北欧型福祉国家としてスタートしたフィンランドは,3.で扱う1990年代初頭
の経済不況気を乗り越えて健康福祉制度を充実させていった。そして,日本に次ぐ世界第二位の スピードで高齢化社会から高齢社会と化したフィンランドは21世紀には新たな課題を抱える。
2007年以降,リーマンショックに発する世界金融危機のどん底にあったフィンランド(図3)
図3 日本とフィンランドの経済成長率推移
では,将来予想される医療費の増大への対応が困難で,この分野の将来的労働力不足も課題だっ た。2010年の保健ケア法は国民保険法と専門医療ケア法を統合し,一次医療と二次医療のシー ムレス化による国民保健医療サービス強化,それによる「自治体とサービスの構造改革」推進を 目的とした。患者情報を一次医療,二次医療で共有することで健康サービスをシームレス化し,
更に居住地内での保健センター選択の自由化(2014年には全国展開)で市民に便利の良いサー ビスを実現し,併せて医療と福祉の統合化で市民目線からの質の向上,市民本位の健康福祉サー ビスへの転換が目指された。
そして2017年,フィンランドはついに超高齢社会に突入する。この状況において,高品質で 持続可能な全国均一的な健康福祉制度が必要とされている。国立保健福祉院(THL)は,諸問 題解決には「社会福祉保健サービス供給と財源の責任を地域における1つの機関に集中させる。
つまり,すべての社会福祉保健ケアの公的財源をそのサービスの供給機関に統合する。その上で,
その供給機関がその地域の住民のサービスと財源の責任を担う。財源は住民と共にサービス・
財源供給機関から,サービスの生産者へと移動する」ことが必要と提案した7。THLは,その「地 域」を少なくとも20万人の人口を対象とする全国12-15の地域に分割するのが望ましいとした。
3. フィンランドの地方制度改革
1.で述べたように,フィンランドでは住民への健康福祉サービス提供を担う地方自治体を無視 して健康福祉制度を語ることはできない。健康福祉制度を実現するには,その供給主体としての 地方制度を理解しておく必要がある。そこで本節では地方制度改革の変遷を整理する。
既述のようにフィンランドでは自治体規模が小さく,日本の「県」に相当する広域自治体が存 在しない。そのために一つの自治体単独では全サービスの供給が困難で,日本の一部事務組合の ように多くの自治体が事務毎に連合体をアドホックに形成している。二次医療や精神障害者福祉,
職業訓練学校などでは,住民に確実にサービスを供給するために連合体形成が義務付けられてい る。これら連合体は法人格を有し,独自職員採用も可能である。市町村議会から選出される議会 や執行機関としての委員会もある。但し徴税権は無く,財政は中央政府補助金と市町村の負担金 で成り立っている。フィンランドでは伝統的にこの自治体間協力が盛んだったため,自治体の構 造改革や合併よりもこちらが迅速で経済的だった。
(1) 1993年の国庫支出金制度改革
2.で触れたVALTAVA改革による社会サービスの拡充は,健康福祉サービスを従前より質量と
もに向上させた。これは,都市でも地方でも全国均一的に達成された。しかし,目的達成が故に 新たな課題を抱えた。一つは社会保障関係支出の膨張である。ナショナルミニマム達成の為の事 業拡大に重点を置いたため,国庫負担を当てに必要以上に事業が拡大された。その結果,量的に
は十分に拡大されたとはいえ,質的拡充は不十分で,費用構造も見直す必要があった。
住民が旧来の自治体に拘って合併に反対したり,合併せずとも既存の自治体連合で取り繕うこ とが可能だったりしたため,フィンランドでは大規模な自治体合併が進まなかった。小規模
Kuntaが残存し,その多くが複雑で非効率な構造で財政基盤も弱く,行政遂行能力も低いままだっ
た。中央政府主導で全国画一的な新たな健康福祉サービス施策の遂行を求められても,それが可 能な自治体と実施できない自治体との地域間格差が大きくなった。こうした非効率な状況での組 織肥大化抑制のため,Kuntaへの権限委譲による自治体自身のコスト意識の醸成が求められた8。 社会サービスに力点を置く場合,利用者に身近な基礎自治体がそのニーズを良く把握している ため,決定権は住民に身近に下ろすほうが効果的である。しかしVALTAVA改革は,中央政府主 導でのナショナルミニマム達成を最優先とした。地方の声,特に地域住民の声の反映は二義的だっ た。しかし全国画一的な方策だけでは,地域特性に応じた施策を講じられなくなる。その結果,
住民の福祉を向上させるKuntaの機能が低下する危険性も生じた。
VALTAVA改革を通じて多くの社会サービスを実際に供給したことで,自治体にも自信と経験
がつき,自治を求める声が高まった。1990年代初頭は折からの不況にソ連崩壊が加わって,深 刻な恐慌が発生する(図3)。この状態で北欧型福祉国家を維持するには,不況にも対応可能な 制度が必要だった。1993年の国庫補助金制度改革は,丁度この時期に検討され,成立した。
既述のように,VALTAVA改革によって担税力の弱い自治体でも質量共に全国均一な健康福祉 サービスの供給が可能となった。そうなると今度は,中央集権的な計画制度や監督に反して,地 域の実情により合致したサービス開発と提供を求める自治拡充の声が高まった。フィンランドの 地方制度では地方議会の権限が強く,そこには住民の声が届きやすい。そのため,地方自治体も 住民の最大の関心事である健康福祉サービスの持続的拡充を重視せざるを得ない。VALTAVA改 革で量的拡充を第一義に支出拡大を後押しした結果,費用節約や合目的性を考えない浪費的事業 が拡大し,国庫負担金は国の予算の25%を占めるに至っていたので,国も対策を求めていたの である。
次なる改革では,VALTAVA改革で量的には達成された社会サービス供給の,より効率的,効 果的,合目的供給が求められた。ようやく達成したナショナルミニマムと社会サービスだが,折 からの経済不況でそれを維持するために十分な財源を国から委譲できない状況となった。この困 難な課題に際し,自治体にサービス供給の財源と権限を一体的に委ねる分権改革が地方補助金を 包括化する国庫支出金改革だった。これは,従来から中央集権的思想が強いフィンランドにとっ ては画期的な転換である。極度の歳入不足の為,中央政府は地方への財源移転を減らさざるを得 なかった。その条件で自治体に住民サービスを維持する責任を負わせるには,自治体に対してコ スト意識や経営感覚を身につけさせ,それに見合う権限と財源を与えねばならない。そこで全国 の自治体に従来の支出ベースではなく,計算ベースで補助金が支給されることとなった。この補 助金は,当該分野内ならば使途制限の無い包括補助金とされ,同時に国の監督基準も大幅に緩和
した。また,料金徴収の面でも自由裁量を大幅に拡大した。健康福祉分野のみならず,教育文化 行政の補助金も包括化された。従来は国の計画を確実に,忠実に実行するツールとして用いられ た紐付き補助金が,今回は自治体に経営感覚を注入するツールと化した。その結果,健康福祉分 野,教育文化分野それぞれの枠内で,各自治体が創造性を発揮して質量ともに高品質低コストな サービスの開発,サービスの提供体制を模索した。地方政府の責任に基づく裁量で,健康福祉や 教育文化の内部で重点分野と削減分野を自由に決定できるようになった。住民の福祉向上の為の 積極的取り組みが,自治体に一層求められるようになる。
勿論,これが可能としなったのには前提がある。1980年代中盤に北欧で盛んになり,フィン ランドでもハーメンリンナなどでしきりに実験されていたフリーコミューン制度がそれである。
フィンランドは後も触れるように,社会実験を通じて得られた知見に基づいて政策イノベーショ ンを行うことが多い。この実験成果に基づき,自治体の行政遂行能力を高める分権化が進められ た。この分権は,中央政府と地方政府との政府間の団体自治拡充に留まらなかった。自治体内部 でも,自治体職員能力をフル活用するために自治体幹部職員の権限が積極的に自治体現場職員へ と分権化され,現場の裁量権が拡充された。
分権には同時に,過度の経営的視点からの地方政府の暴走を防いで住民の基本サービスを守る 安全弁も欠かせない。そこで政府間の分権に留まらない住民自治の拡充も行われ,市民憲章など も積極的に導入された。フィンランドの場合,従来から制度が分権的で地方政府自体に地域住民 の声が反映されやすい構造だった。そこに住民投票や各種直接民主主義的要素が加わって,地域 住民の声が更に強く反映される制度になった。自治体の選択は,以前のような国による監督によっ てではなく,身近な住民による監視や定期的な選挙での審判で担保されるようになる。その結果,
地方政府も政策の合目的性や結果だけでなく,コストパフォーマンスを含めた行政効果に敏感に なった。自治体幹部職員には政治的任命も多いため,彼/彼女らには議会任期内の速やかな成果 が求められるようになり,危機意識も高まった。
健康福祉サービスにおいても,諸規制が緩和された。これは,限られた資源で効率的な効果達 成の為である。サービス提供も,直営以外にも他の自治体と協働で提供したり,従来の自治体組 合よりも簡素な自治体組合で提供したり(二次医療等は自治体組合の形成が義務付けされた),
幅広く請負契約やサービス購買,自治体職員によるパイロット企業など様々なアウトソーシング が可能となった。こうした多様な供給主体を活用したウェルフェアミックスで最も効率的,効果 的に住民の福祉を充実させる意識が高まった。他の北欧諸国と比して,市場化を包摂したウェル フェアミックスが進んでいるのはフィンランドの特徴である。
その結果,健康福祉分野での多様なイノベーションも進んだ。筆者はオウル市とヴァンター市 で予防分野での健康福祉のイノベーションエコシステム(図4)を研究したことがあるが,これ らは自治体がサービス提供の責任と権限,財源を同時に持ち,更に選挙や住民参加でそれを監視 されるというフィンランドの地方自治から生まれていた9。
藪長は,包括補助金導入で自治体の裁量が拡大する一方,その運営コストを自らで賄わねばと なり,大規模施設の建設費などを確保するのが困難になったとする10。EU加盟国の中でも一人 当たりのギャンブル消費額が多いギャンブル大国フィンランドでは,旧RAY(フィンランドス ロットマシーン協会,現在はVEIKKAUSに統合)の助成が健康福祉でも重要な役割を果たして いる。この助成を受けることが可能な民間団体による施設設置・運営が特に伸張したが,ウェル フェアミックスはこれらをも包摂して成り立っている。
こうした変化がこの時期に生まれていたのは幸いだった。フィンランドは安全保障の観点から,
経済的にもソ連依存が強かった。1990年代初頭の不況にソ連崩壊の影響が加わった結果,GDP の成長率は1989年5.1%から91年にはマイナス5.9%に急落(図3)。失業率も3.11%から
16.5%と急激に悪化した(IMF 2018)。この中で福祉国家を維持するためには,包括補助金化導
入で自治体がコスト意識を持てたことは極めて有意義だった。
(2) 経済不況後の課題
大不況はNOKIAに代表されるICT産業の急成長で90年代半ばには解消された(図3)が,
それは同時に産業構造転換を大きく進めて新たな課題を産んだ。農村部を多く抱える北部や北東 部では失業率も高く,若者を中心とする求職者が流出して南部首都圏に流入した。そのため人口 が増加して担税力の強い自治体と,過疎化に悩んで担税力の低い地自治体との格差が大きくなっ たのである。
図4 広域仙台地域「先進予防型健康社会創成クラスター」広域化プログラム 平成21年度事業報告書『付
録1 協働創造(Co-Creationプロセス・モデル機構図)より)
同時に高齢化も急激に進んだ。既述のように,フィンランドは高齢化社会から高齢社会への倍 化年数が世界二位(一位は日本)である。フランスが115年,スウェーデンが85年かけて準備 しながら高齢社会を迎えたのに対し,フィンランドは1994年には僅か36年で高齢社会となった。
短い期間での急激な高齢化は様々な課題を産み出す。高齢社会に伴う行政需要が増加した結果,
貧しい自治体では増大する高齢住民に十分なサービスを提供できなくなった。VALTAVA改革と 補助金包括化によって,概ねナショナルミニマムは達成されていたが,効率化重視で国の指導監 督を軽減して自治体の裁量を高めたことで一部地域では憲法に保障される平等な教育や社会保障 に関る基本的権利を損なうこととなった。一次医療を担う医師,歯科医師が不足し,保健センター へのアクセスにも格差が生じた。横山は首都圏のUusimaと過疎地のKainuuでは,社会福祉サー ビスの老人ホームで大きな格差があると指摘する11。健康福祉のみならず,教育サービスへのア クセスにも格差が生じた。
国の「保健2015」(Terveys 2015)では,健康促進の為の行政間の協力,市民の健康格差の防止,
健康維持の為の予防活動が強調された。自治体責任であるサービスを,質を維持しつつ供給する には,自治体とサービスの構造改革が必要となった12。そこで行われたのがカイヌー地区での行 政実験と「自治体とサービスの構造改革(PARAS)」である。
(3) カイヌー実験
カイヌー実験とは,人口流出,高齢化,失業率などの問題を抱えた典型的な低開発地域である
「カイヌー郡(Kainuu maakunta)」の周辺10自治体の圏域で行われた行政実験である。カイヌー 郡では,法定及び任意の自治体組合をまとめた自治体連合(カイヌー連合)が特別法により形成 された。その圏域では,保育と小中学校を除いた全自治体のサービスがこの連合体に委譲され,
それによって生じるコスト削減などを測る行政実験が2005年から開始された。これと同時に,
住民コントロールの低下で予測される市民の無力感や疎外感を防ぐため,自治体議会とは別個の 住民の直接選挙による連合体議会がカイヌー郡に新設され,2004年と2008年に自治体選挙と併 せて選挙が実施された。以前のラーニにも直接公選議会は置かれていなかったため,これは基礎 自治体の上位に広域政府(郡)を新設する地方制度改革の行政実験である。
中央政府としては,住民の反対で進まない自治体合併を進めて行政効率化を図りたかった。そ こで,この実験によってカイヌー郡内での自治体間,住民間協働体験を積ませ,自治体や住民の 共通意識を高め,合併への抵抗感を低減させて合併を促進する意図もあった。併せて,基礎サー ビスの統合,合理化による行政効率化,持続可能性の向上を企てていた。こうした成果を地域発 展の推進力に繋げる狙いもあった。更には,郡への自治権付与によって生じる中央地方政府間関 係や地域の各種事業への影響把握も期待されていた13。
藪長によれば,実験結果を見るとサービスの質や費用,住民満足度では概ね良好な結果が表れ た。しかし連合体議会選挙の投票率は2回とも,自治体議会に比すと低くて自治意識はそれほど
高まらなかった。産業政策や地域開発については,郡政府への予算の裁量範囲が狭かったために 狙った効果は得られなかった。藪長は,この実験の発案から一連の流れに市民の存在が殆ど見ら れず,国の狙った住民意識の醸造というより住民からは「自治体合併回避の手段」として受容され たとしている14。しかし,低開発地域でも公選議会設置で住民のコントロールを担保しつつ,健 康福祉サービスの効率化と質の維持が可能となることがわかったことは成果であった。
(4) 自治体及びサービスの構造改革(PARAS)
カイヌー実験が開始されたのと同じ2005年,フィンランド内務省は地方制度改革に向けた新 たな制度モデルを発表した。その内容は,「自治体およびサービスの構造改革」は一地域にとど まらず国全体に行うこと,地域経済をよりダイナミックなものに強化し国際競争に耐え得るもの とすること,行政上の区分をできるだけ少なくすること,行政をより明確化・軽減化し地域の民 主主義を強調すること,の4点だった。そのために,個々の自治体合併に留まらない以下の3モ デルが提唱された15。
一つ目は「圏域自治体モデル」である。これは全国に20-25の圏域自治体を新設し,既存自治 体をその所属自治体とするものである。直接投票による議会を持つ圏域自治体を広域自治体とし て新設し,税源や中央政府の国庫支出金交付先とする。更に既存の各種連合体の事務もそこに統 合するもので,スウェーデンのレギオンと同じ方向性だった。我国の県に似た広域自治体を新設 するものだが,この場合には基礎自治体と圏域自治体の所掌事務範囲などが課題となった。カイ ヌー実験は,このパイロットである。
二つ目は「連合自治体モデル」である。小規模合併によって2万-3万人程度の連合自治体を形 成し,既存自治体の財源やサービス供給を受け持たせるものである。圏域自治体よりは小規模と なるため,二次医療などの連合自治体で供給できないサービスについては既存の自治体連合を活 用する。これは自治体数を約1/4にする大規模な合併が必要で,そこが問題だった。
三つ目が「サービス地域モデル」である,これは,自治体が従来担っていた社会福祉や一次医 療,二次医療などを自治体から切り離し,それらを新設されるサービス地域が統合的に供給する ことで効率化を図るもので,デンマークの改革に近い。最低10万人,可能なら15万〜20万人 毎にサービス地域を設定し,教育サービスなどもここに統合することが想定されていた。
これらを巡って様々な議論が行われたがその結果,合併以外では最も現状維持に近い「連合自 治体モデル」が採用された。2007年に成立した「自治体とサービスの構造改革に関する法律」
では,自治体合併と自治体間協力で問題に対処するとされた。同法5章では一次医療の保健サー ビスと付随する福祉サービスは少なくとも人口2万人,職業教育は5万人の自治体,共同事業地 域で行わなければならないとされ,2015年,2025年の人口,必要なサービス,産業および都市 構造に関する戦略目標などを国に提出せねばになった16。この結果,2002年に448だったKunta は2008年に415に減少した。その後も合併は進み,特に人口の少ない自治体が減少した結果,
人口のほぼ70%以上が人口2万人以上の自治体に居住することとなった。
(5) 地方出先機関改革(ALUK)
2007年の総選挙では社民党が大敗し,それを受けて成立した中央党と国民連合中心の第二次 ヴァンハーネン内閣の下で,地方の中央政府出先機関の改革が実現される。地方格差の是正には 地域開発が重要であり,自治体改革と並行して中央政府の地方出先機関の組み換えが模索された。
中央政府7省の共同機関であるラーニは1997年に6つに統合されていたが,ラーニの他にも13 の環境省の環境センター,15の雇用及び経済省のT&Eセンター,9の道路局,13の農林省の森 林センターが分立し,警察や登録,雇用事務所,税務署などの出先機関も濫立していた。既述の 様にフィンランドでは自治体の連合体も広域行政の役割を担うので,中央政府と基礎自治体の中 間組織が煩雑になっていた。
健康福祉等の基本サービスについては基礎自治体や連合体に分権が進んだが,より広域で臨む べき地域開発,産業開発が政策課題として残された,濫立する地域の出先機関を整理,合理化し,
将来的にはその民主統制も課題だった。そこで,2009年末をもって一定の権限を自治体や民間 に分権することでラーニは廃止された。中央政府の各地方出先行政機関も同時に統合され,2010 年には財務省を中心とする9省が共同運営する地域行政機関(AVI)が設置された。これはラー ニが担っていた事務のうち,社会福祉,ヘルスケア,環境衛生,教育に関する業務,公共安全の 管理,環境上の認可,法的権利の保護など,基本的に許認可を担当し,全国にラーニと同様の6 の本部事務所を置いた。運輸・通産省,環境省,農林省,教育省などによって運営される経済開 発・交通・環境整備センター(ELY)には,ラーニの教育研修,建設基金,図書館,体育,青少 年事業,教育機関建設,国際活動,交通行政に加え,旧来のT&Eセンターや道路局も統合され て全国に15設置されている。
4. 現在進行形の健康福祉制度及び地方制度改革
既述の急激な少子高齢化,国内人口移動,地域間格差,社会階層的格差,労働力不足,グロー バライゼーションなど,フィンランドは様々な課題を抱えている。そのため,現在でも北欧型福 祉国家のコアバリューの持続的供給のために「自治体とサービスの構造改革」(PARAS)「保険 ケア法」に引き続く改革が必要とされている。
(1) SOTE(社会福祉・保健医療サービス)改革
2017年,フィンランドはついに超高齢社会に突入した。しかし,地域の各種格差は残されて いる。一次医療,二次医療は自治体の供給義務だが,前者の多くが自治体単独や少数の連合体で 供給されているのに対し,後者は全国20の病院地区組合で提供されている。しかし公的な一次
医療の医師不足は,医療アクセス格差を引き起こしている17。また「保健2015」でも扱われた市 民の階層間健康格差も大きい。全市民への普遍的サービス供給を正当性の根源とする北欧型福祉 国家はこれを放置できない。こうした課題に対する現在の改革を最後に整理しておく。
2011年に国民連合を中心に成立したカイタネン内閣の改革プログラムでは,公的サービス供 給の生産性拡大(社会福祉,医療改革と自治体再編)が重視され,PARAS改革では不十分だっ た地方制度改革に再度取り組んだ。効率性の観点から,人口5万人毎の病院地区組合を基本とす る保健福祉リージョン設置が計画された。財政力の強い自治体を巻き込んで,健康福祉の統合ケ アを薦めれば全国に平等なサービスを保障できると目論まれた18。しかしこの場合,人口2万人 以下の自治体住民は健康福祉サービスを自らの手で計画できず,他の自治体から購買するか不本 意に合併するしかなくなる。
2015年の中央党を軸とするシピラ内閣も,同一線上の「SOTE(社会福祉・保健医療サービス)
改革」を進めた。SOTEはフィンランド語で「社会福祉・保健医療サービス」を意味する「Sosia- ali-ja Terveyspalvelu」の略である。停滞する経済成長率(図3)や高い失業率を背景に,シピラ 政権も経済財政再建と国際競争力向上を目指し,健康福祉制度改革による生産性向上を重点公約 にしていた。その中でも,「政策実験開始」が「制度導入決定」と誤報されて我国でも大いに話 題となった2017年のベーシックインカムの社会実験19は記憶に新しい。その健康福祉制度改革は,
THLが提言した保健サービス供給を人口15-20万人規模の広域組織へシフトすることを軸とし ていた。これをウェルフェアミックスで効率的に提供するのみでなく,イノベーションや供給主 体や財源を全て多元化し,アクセスや市民の意志に基づく選択の自由を拡大,一次医療と二次医 療のシームレス化,福祉サービスとシームレスな統合ケアによる市民本位の質の高い健康福祉 サービスの実現,ICT活用によるデジタル化などサービスの近代化等によって健康福祉サービス の生産性を向上させ,2030年までに支出削減と持続可能性の向上,地域間・個人間のギャップ を減らすこと。そしてカイヌー実験のように連合体議会を新設し,住民統制も同時に担保するの がSOTE改革の目標だった。
(2) SOTE改革に関する自治体関係者へのインタビュー
筆者は,このSOTE改革に関して,実際の自治体当局者にインタビュー調査を行った20。本来 は首都圏のウーシマー地域と過疎地域の両者に行うべきであるが,今回は時間の関係でウーシ マーだけとなった。聞き取り対象は中央ウーシマー自治体組合でProject Manager を務める Frank Ryhanen氏である。
Ryhanen氏が健康福祉サービスを担っている中央ウーシマー自治体組合は,中央ウーシマーの
6自治体による合計住民人口20万人規模の地区である。この人口は,首都ヘルシンキを除けばフィ ンランドのトップ5に入るEspoo市やVantaa市に相当する規模である。上記のようにSOTE改 革を実施するには10万人くらいがミニマム,通常は20万人規模とされているので,ほぼ平均的
で適切な規模である。Ryhanen氏によれば60万人を越えてしまうヘルシンキ市は,この健康福 祉サービスの供給体制としては大きすぎる。
まず今回のSOTE改革と過去の諸改革との関連性,連続性を聞いたところ,SOTE改革はその 前段階であるPARAS改革と同一ベクトルであるとのことだった。PARAS改革の目指した適正規 模の基盤の上で,高品質で且つ住民の満足度も高く,更に持続的な社会福祉,健康福祉サービス を提供することがSOTE改革の目的である。そのためには民間セクターを如何に医療供給に巻 き込むか(フィンランドでは福祉供給には民間セクターの参入は既に進んでいる)が肝要だが,
現在でも具体的にどの手術分野を民間に規制緩和し,どれを公立保健センターに残すかなどでも めているそうである。PARAS改革は一定の評価を得たものの,小規模自治体住民から健康福祉 サービスの自己決定権を奪うなど,憲法違反との批判があるのも事実である。健康福祉サービス 供給の安定的担い手とすべく自治体合併を勧めた結果,小規模自治体はかなり減ったが,それで も400が300になった程度で未だに小規模自治体が多く残っている。西部島嶼部のスウェーデン 系自治体などは特に顕著であるし,従来からフィンランド人は地域意識が強くて合併には反対 だった。現行制度で100程度の自治体は独自では住民に健康福祉サービスを提供が出来ないほど 小さいが,これを無理やりに法律で合併させたとしても求めている効果は得られにくい。日本の 合併事例と同じで,元から基盤が弱くて面積が広い自治体を集合させても解決策とはならない。
憲法で保障される市民のサービスへのアクセスを保証するためには多数の保健センターが必要と なり,却ってコスト増になる可能性もあるとのことだった。
次に,新設される広域自治体である郡との関係を聞いた。SOTE改革では,一次医療,二次医 療が新設の広域自治体(郡)へ吸い上げられ,メンタルヘルスや予防サービスなどは従来のよう に自治体に残される。新設の郡は概ねカイヌー実験の成果を踏襲し,そこに診療の自由や民間セ クターの活用などの市民参加やその統制が追加されている。しかし,現在の自治体より広域な郡 になると住民統制が薄れる可能性が高い。例えば現在の制度だとVantaa市議会は定員約20で広 い声を表出できるが,新しいウーシマー郡の一部になると僅かの定員しかなくなり,多くの自治 体はそこに一人も代表を送れなくなる。こうなると住民の高い関心事である健康福祉サービスの 決定に疎外感を感じる住民が増えてしまう。
また,自治体に残されたサービスも,品質や持続可能性が大きく疑問である。NGO等の民間 セクターの活用を全国の自治体ですすめねば,質の低下が懸念される。中央ウーシマー連合では,
SOTE改革の如何に関らず圏域内自治体同士や民間との連携を継続し,医療バウチャーや自費受 診などで市民の診療選択の自由の拡充に努める予定である。しかし市民に受診機関の選択の自由 を与えることで,外資系病院に契約を取られて資金が外国に流出する恐れも大きく,現実にその 危険性も高まっている。
SOTE改革は,現実となった超高齢社会と地域/個人間の健康格差を念頭に改革が設計されて いる。医療と福祉が適切に統合され,一次医療と二次医療,三次医療へのクリティカルパスがき
ちんと整備された持続的なシステム構築が目指される。特に高齢者ではパスの整備が重要となる。
健康福祉サービスに民間を巻き込んで,受診待機期間短縮などアクセスの問題を含む効率的,持 続的なシステムの構築が課題である。
(3) 未完に終わったSOTE改革
繰り返しになるが,健康福祉サービスはフィンランド市民の最大の関心事である。SOTE改革 はその自己決定権を住民から遠ざける危険性が指摘され,市民の満足度低下も危惧された。中央 党の選挙基盤の関係からも,シピラ政権はカイヌー実験に基づく直接公選議会を有する広域自治 体として18の郡政府を2021年までに全国に新設し,健康福祉サービス中心に多くの役割を負わ せる計画だった。この改革は単に規模拡大による効率改善だけではなく,福祉ケア法に盛り込ま れた市民の選択の自由の実現をはかり,福祉サービスのみならず保健サービスでも選択の自由の 保障を目指すものだった。保健と福祉の単なる統合でなく,官と民,供給者と市民の水平的,垂 直的協働を組み込んだ統合ケアの実現が企図されていた。まさに地方自治に基づき,超高齢社会 を踏まえた持続可能な健康福祉サービスシステムの実現がSOTE改革の目的だった。
しかし先のインタビューでも触れられていたように,改革には批判も多かった。健康サービス と福祉サービスの供給主体が別個(特に保育サービス)になると,統合ケアが鈍化する可能性も ある。健康センターが遠くなるなど,居住地によって基本サービスへのアクセスに格差が生じ,
改革の理念である市民本位のサービス提供に問題を来たすリスクもある。住民の自己決定権を損 なうと,憲法が謡う普遍的保障を損ない,国家基盤にも関わる。これは国会の憲法委員会でも問 題とされ,2019年に予定されていた地方議会選挙とのスケジュールもあってこの改革の進展が 注目されていた。しかしこの改革は結局実現には至らず,その責任を取りシピラ内閣は2019年 3月に翌月の総選挙を控えて総辞職した。4月の総選挙では,僅か一議席差でかろうじて第一党 となった社会民主党が16年ぶりに政権党となった。超高齢社会と低成長経済という課題の中で,
満足度が高く高品質で持続的な社会福祉,医療健康サービス供給システムを全国的に,階級的に 格差なく補償する課題は,後任のリンネ内閣に引き継がれている。
注
1 山田眞知子『フィンランド福祉国家の形成: 社会サービスと地方分権改』,木鐸社,p 34, 2006年。
2 山田,同書p 151。
3 山田,同書p 154。
4 山田,同書p 168。
5 山田,同書p 184。
6 山田,同書p 189。
7 山田眞知子「フィンランド保険ケア改革の動向─2011年5月1日施行の「保健ケア法」─『自治 総研』通巻390号,2011a年。
8 藪長千乃「NPM改革と自治体における福祉サービス供給─フィンランド3自治体の事例から─
『文京学院大学人間学部研究紀要』Vol 9, 2007年。
9 萩野寛雄 他,文部科学省知的クラスター創成事業 広域仙台地域広域化プログラム: グローバル クラスター・リンケージ(東北福祉大学実施分)『平成21年度事業報告書』,http://sendai-cyber.
icr-eq.co.jp/cluster/program/program03/index.html(2019年1月30日閲覧)。
10 藪長,同論文。
11 横山純一『地方自治体と高齢者福祉・教育福祉の政策課題─日本とフィンランド─』同文館出版,
2012年。
12 山田眞知子,2011a。
13 藪長千乃「フィンランド・カイヌー行政実験における政策形成・決定過程の考察」『法政論叢』
日本法政学会48(2), 2012年。
14 藪長,同論文。
15 山田眞知子「フィンランドの地方自治体とサービスの構造改革」自治体国際化協会,2011年b,
http://www.clair.or.jp/j/forum/series/pdf/h22_02.pdf(2019年1月30日閲覧)。
16 小野島真「フィンランドにおける地方(地域)をめぐる行財政改革の動向─ フィンランドに
おけるPARAS,ALUKプロジェクトを中心に─」『自治総研』通巻366号,2009年。
17 山田,2011b。
18 小野島真「フィンランドにおける成長戦略と構造改革」『生活経済政策』No. 208,生活経済政策 研究所,2014。
19 徳丸宜穂「フィンランドにおけるベーシッククインカム社会実験とその射程」『Trans/Actions=
とらんす・あくしょんず』第二巻,名古屋工業大学産業文化研究会,2017年。
20 2019年1月11日の13 : 00〜,Vantaa市にあるLaurea応用科学大学のTikkurilaキャンパス内 A121ブースにて2時間弱で行った。
参 考 文 献
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斎藤弥生 他『新 世界の社会福祉 第三巻 北欧』旬報社,2019年。
財務省『「主要諸外国における国と地方の財政役割の状況。」報告書』第10章,2006年。
柴山由理子「フィンランド社会政策の社会民主主義化─ペッカ・クーシの『60年代の社会政策』に 焦点を当てて─」『社学研論集』Vol 16, 2010年。
高橋睦子「福祉社会の形成と現況」百瀬宏,石野裕子編著『フィンランドを知るための44章』明石 書店,2008年。
竹下 譲『新版 世界の地方制度』イマジン出版,2002。
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横山純一「フィンランドにおける高齢者福祉の変化(1990-2006)─1990年代前半の不況以後の高 齢者介護サービスと福祉民営化,地域格差問題を中心に─」『開発論集』第85巻,北海学園 大学,2010年。
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(閲覧日2018年11月28日)
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